学位申請論⽂文
局所投与されたイバブラジンは過分極活性化環状ヌクレオチド依存性(HCN)
チャネルを介してカラゲニンによって誘発された 神経障害性疼痛および炎症反応を抑制する
三宅 沙紀
岡⼭山⼤大学⼤大学院医⻭歯薬学総合研究科 機能再⽣生・再建科学専攻
⻭歯科⿇麻酔・特別⽀支援⻭歯学分野
主任教授
岡⼭山⼤大学⼤大学院医⻭歯薬学総合研究科 ⻭歯科⿇麻酔・特別⽀支援⻭歯学分野 宮脇 卓也
緒 ⾔言
神経障害性疼痛は慢性疼痛に陥り患者の⽣生活の質を低下させることが知られ
ている1-‑4)。そのメカニズムと治療について多くの研究が⾏行われてきたが、それ
らは複雑であり、⼗十分に解明されていない5,6)。さらに、直接的な神経損傷のみ ならず、炎症およびウイルス感染などによっても、神経障害性疼痛が引き起こさ れるため、いっそう病態が複雑になることがある7-‑9)。神経障害性疼痛を対象と した治療薬として、抗てんかん薬、抗うつ薬、プレガバリン、N-‑メチル-‑D-‑アス パラギン酸(NMDA)受容体ブロッカー、⾮非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)、
オピオイドなどが現在使⽤用されているが、これらの薬物は、神経障害性疼痛に対 して必ずしも有効であるとはいえない10)。
最近、神経障害性疼痛の治療標的として、過分極活性化環状ヌクレオチド依存 性(Hyperpolarization-‑activated cyclic nucleotide-‑gated, 以下 HCN)チャネルが 注⽬目されている11)。HCN チャネルは、様々な組織に分布し、特に⼼心臓、脳およ びニューロンに発現していることが知られている12-‑15)。最近の報告では、HCN チャネルが軸索損傷後の異常な末梢神経活動に関与していることが⽰示唆されて いる16)。HCN チャネルには、4 つのアイソフォーム(HCN1-‑4)があり、すべ ての HCN アイソフォームは、中枢神経系(CNS)および末梢神経に発現してい る17)。
HCN チャネルには ZD7288 およびイバブラジンなどの特異的な遮断薬があ り 18)、イバブラジンは慢性安定狭⼼心症および慢性⼼心不全の治療薬として臨床応
⽤用されている 18,19)。したがってイバブラジンは、これまでの治療薬とは異なる
機序を持った神経障害性疼痛のための新しい治療薬となる可能性がある。動物 モデルにおいて ZD7288 およびイバブラジンを全⾝身投与することで、神経障害 性疼痛を抑制するという報告はあるが 16,20,21)、イバブラジンの局所投与の効果 については明らかにされていない。
炎症は、⽩白⾎血球およびマクロファージの集積によって始まり、サイトカイン、
プロスタグランジン E2、セロトニン、およびブラジキニンなどのケミカルメデ ィエーターの放出によって加速される。神経障害性疼痛は、これらのケミカルメ ディエーターによって誘導される可能性がある 20)。炎症によって引き起こされ た神経障害性疼痛の発⽣生は、患者の回復を遅らせる可能性があり、慢性疼痛を引 き起こす場合もある。神経障害性疼痛の予防は、急性炎症の患者にとって重要で あり、HCN チャネルは炎症性疼痛の抑制に関与している可能性もある17)。した がって、本研究の第⼀一の⽬目的は、炎症によって引き起こされた神経障害性疼痛に 対するイバブラジンの効果を評価することとし、以前に当研究室で使⽤用した局 所炎症の動物モデルを⽤用いて、イバブラジンの局所投与の効果を調べた。また、
HCN チャネル遮断薬が炎症応答に直接影響を及ぼすことが考えられるため、in vivo での炎症反応に対するイバブラジンの効果を評価し、かつ、in vitro におい てマウスマクロファージ様細胞を⽤用いてケミカルメディエーターである Tumor Necrosis Factor α(TNFα)の産⽣生に対する直接的効果を調べた。
材料ならびに⽅方法
1. 実験動物
本研究は、岡⼭山⼤大学の動物実験委員会の承認のもとに⾏行われた(承認番号 OKU-‑2017025, OKU-‑2018059, OKU-‑2018202)。
8 週齢の Sprague-‑Dawley 系雄性ラット(体重 250〜~340g)を⽇日本チャールス・
リバー株式会社から⼊入⼿手した。ラットは明暗の 12 時間サイクルの下、24℃に保 たれた相対湿度 50±10%の部屋のスチールケージ内に収容した。飼料(CE-‑II, クレア株式会社)および⽔水は⾃自由摂取させた。
2. 試験薬
λ-‑カラゲニンを Santa Cruz Biotechnology 社から購⼊入し、以前の研究22)にな らって 1%溶液として使⽤用した。イバブラジン塩酸塩は、東京化成⼯工業から購⼊入 した。ZD7288、ラモトリジン、フォルスコリン、およびリポ多糖類(LPS, ⼤大 腸菌 O55:B5 由来)は Sigma-‑Aldrich 社から購⼊入した。ZD7288 はピリジニウ ム誘導体であり、HCN チャネル遮断薬として広く使⽤用されている。ラモトリジ ンおよびフォルスコリンは HCN チャネルを活性化する 23)。カラゲニン、イバ ブラジン、および ZD7288 は⽣生理⾷食塩⽔水で希釈した。ラモトリジンおよびフォ ルスコリンのストック溶液はジメチルスルホキシド(DMSO)で調製し、使⽤用 前に希釈し、DMSO の最終濃度が 0.1%以下になるようにした。
3. 末梢炎症性疼痛モデルと⾏行動学的疼痛閾値評価
イソフルラン吸⼊入⿇麻酔下に 27 ゲージの針を⽤用いてラット右後肢⾜足蹠に 50μL のカラゲニンを⽪皮下注射することによって局所炎症を誘発した。投与後の疼痛
閾値は、von Frey フィラメント(TACTILE TEST(AESTHESIO), Semmes-‑
Weinstein Von Frey Anesthesiometer, 室町機械株式会社)を⽤用い、機械的刺激 を与えたときの⾜足引っ込め応答を測定することによって評価した。ラットをア ルミ製メッシュ板の上に乗せ、アクリルゲージを上から被せた。ラットが環境に 馴化するまで 15 分放置し、探索⾏行動が⾒見られなくなったことを確認後、⼀一連の von Frey フィラメント(0.4, 0.6, 1.0, 1.4, 2.0, 4.0, 6.0, 8.0,および 15.0 g)を⽤用 い、Up-‑down 法24)で、痛み⾏行動の 50%閾値(以下、疼痛閾値)を以下の⽅方法と 計算式で算出した。フィラメントの先端がやや湾曲する程度の⼒力で 2 秒程度垂 直に右後肢⾜足蹠に当て、ラットが後肢を素早く退ける、接触部を舐めるといった 逃避⾏行動を⽰示した場合を陽性とした。反応が陽性から陰性へ、またはその逆に変 化した時点を最初の 2 反応とし、その後 4 回測定を施⾏行した。触刺激に対する 逃避⾏行動の観察は、試験薬投与後 2、4、6、および 8 時間後に⾏行った。なお、投 与した試験薬はブラインドとした。
痛み⾏行動の 50%閾値:
疼痛閾値(g)=10(Xf+(k×0.224))/10,000 Xf:最後に⽤用いたフィラメントの値
k:陽性反応と陰性反応の順序により決定される値
イバブラジンは、最終濃度が 10、20、または 50μM になるよう 1%カラゲニ ンに添加し、ラットの右後肢⾜足蹠に総量 50μL を⽪皮下注射した。疼痛閾値は、
投与 2、4、6、および 8 時間後に評価した。さらに、HCN チャネルの活性化作
⽤用のあるラモトリジンまたはフォルスコリンを最終濃度が 10μM になるよう 1%カラゲニンまたは 1%カラゲニン+ 20μM イバブラジン混合液に添加して⽪皮
下注射し、ラモトリジンまたはフォルスコリンのイバブラジンの作⽤用に対する 効果を評価した。対照として、ラットの右後肢⾜足蹠に 1%のカラゲニンのみを⽪皮 下注射した。
4. 組織学的評価
イバブラジンの抗炎症作⽤用を組織学的に評価するために、⽣生理⾷食塩⽔水、1%カ ラゲニン溶液、および 1%カラゲニン+ 50μM イバブラジン混合液をそれぞれ ラットの⾜足蹠に 50μL ⽪皮下注射した。投与から 2 および 4 時間後にイソフルラ ンの過剰投与によりラットを安楽死させ、注射領域を組織検体として摘出した。
採取した組織を 10%ホルマリン溶液で固定し、パラフィンに包埋し、厚さ 5μm にスライスしてヘマトキシリン-‑エオジン染⾊色を⾏行った。注射領域における⽩白⾎血 球の集積の評価は、以前の研究25)と同様に、双眼顕微鏡の倍率 200 倍を⽤用いて、
⼀一つの組織標本から試験薬の注⼊入部位周囲の 5 視野をランダムに選び、それぞ れの視野ごとに⽩白⾎血球数を計数したのち、5 視野を平均した値を求めた。⽩白⾎血球 は核の形態学的特徴に基づいて他の細胞と区別した。桿状・分葉核を好中球、円 形・類円形の核をリンパ球として定義し、それらを⽩白⾎血球として計測した。
5. ラット⾜足蹠組織における TNFα 発現の免疫染⾊色
ラット⾜足蹠組織における TNFα 発現の評価は、以前の研究 25)と同じ⽅方法で
⾏行った。上記の組織学的評価と同様に、得られた組織から切⽚片(厚さ 3μm)を 採取し、以下の⽅方法で免疫染⾊色を⾏行った。切⽚片を⼀一連のキシレン中で 15 分間脱 パラフィンし、段階的にエタノール溶液中で再⽔水和させ、0.3%H2O2中の切⽚片を
メタノールで 30 分間インキュベートすることにより、内因性ペルオキシダーゼ 活性をブロックした。抗原回収は、pH6.0 の 10mM クエン酸緩衝液を⽤用いた熱 処理によって⾏行った。正常⾎血清で処理した後、切⽚片を TNFα(LifeSpan BioSciences 社)の⼀一次抗体とともに 4℃で⼀一晩インキュベートした。⼀一次抗体 のタグ付けは、Vectastain ABC キット(Vector labs 社)を⽤用いた。免疫反応性 の可視化は、ジアミノベンジジン/H2O2溶液(ヒストファイン DAB 基質, 株 式会社ニチレイ)で酵素複合体を発⾊色させ、ヘマトキシリンで対⽐比染⾊色し、観察 した。
6. 細胞培養
RAW264.7 マウスマクロファージ様細胞(DS ファーマバイオメディカル株式 会社)を加温加湿気中(37℃, 5%CO2)の環境下で培養した。培地は 10%ウシ 胎児⾎血清(FBS)および L-‑グルタミン(最終濃度 2mM)を添加した D-‑MEM
(DS ファーマバイオメディカル株式会社)を使⽤用し、ディッシュは 100 mm を
⽤用いた。培養した RAW 細胞を 0.25%トリプシン-‑EDTA で回収し、12well プレ ートに 1×106細胞/well で播種し、新しい D-‑MEM 培地で⼀一晩培養した。
7. LPS による培養細胞の TNFα 産⽣生
上記の⽅方法で培養した RAW 細胞に、10ng/mL(最終濃度)の LPS を作⽤用さ せ、また、LPS にイバブラジンまたは ZD7288(最終濃度 10 または 50μM)を 添加し(1mL/well)、同様の環境下で 2、4、および 6 時間培養した。培養後、細 胞の上清を回収し、TNFα ⽤用の ELISA キット(Thermo Fisher Scientific 社)を
⽤用いて TNFα 濃度を測定した。さらに、1μM(最終濃度)のフォルスコリン を添加することによるイバブラジンの作⽤用への効果について評価した。
8. 統計学的解析
⾏行動学的疼痛閾値評価のデータおよび免疫組織学的評価のデータからそれぞ れ平均値および標準偏差を算出した。統計学的分析には、統計ソフト(GraphPad Prism ver. 4R)を⽤用いて one-‑ or two-‑way analysis of variance (ANOVA)、およ び post-‑hoc 試験として Tukeyʼ’s multiple comparisons test、Sidakʼ’s multiple comparisons test、または Dunnettʼ’s multiple comparison test を⾏行った。有意⽔水 準は 5%未満とした。
結 果
1. 局所投与したイバブラジンの効果
無処置における疼痛閾値は、ほぼすべてのラットにおいて 15.0 g であった。
図 1A は試験薬の投与後 8 時間までの疼痛閾値の時間経過を⽰示す。カラゲニン投 与後 2 時間で⼤大幅に疼痛閾値は低下し、その後 8 時間まで疼痛閾値の低下は継 続した。しかし、イバブラジンを添加すると⽤用量依存的にカラゲニンによる疼痛 閾値の低下を抑制した(図 1B)。
2. HCN チャネルを活性化する試薬の効果
図 2A および 2B は、カラゲニン+イバブラジンにラモトリジンを添加した際 の、疼痛閾値の経時的変化および投与 2 時間後の効果を⽰示している。ラモトリ ジンは、カラゲニンによる疼痛閾値の低下に対するイバブラジンの効果を抑制 した。同様に、フォルスコリンもイバブラジンの効果を抑制した(図 3A および 3B)。
3. 疼痛閾値に対する ZD7288 の効果
HCN チャネル遮断薬である ZD7288 はイバブラジンと同様に、投与後 2、6、
および 8 時間のカラゲニンによる疼痛閾値の低下を抑制した(図 4)。
4. ラット⾜足蹠組織の炎症反応に対するイバブラジンの効果
カラゲニン投与後 2 および 4 時間に採取した組織では、⽣生理⾷食塩⽔水(図 5A)
と⽐比較して多くの⽩白⾎血球の集積が観察された(図 5B)が、カラゲニンにイバブ ラジンを添加すると⽩白⾎血球の集積が抑制されていることが観察された(図 5C)。
⽩白⾎血球の集積を定量的に分析すると、イバブラジンは投与後 2 および 4 時間で カラゲニンによって誘発された⽩白⾎血球の集積を有意に抑制していた(図 5D)。
また、投与 2 時間後の組織において、免疫組織学的に TNFα の発現を評価した ところ、⽣生理⾷食塩⽔水と⽐比較してカラゲニンでは TNFα の発現が強く観察され、
イバブラジンはそれを減少させていた(図 6)。
5. 培養細胞の TNFα 産⽣生に対するイバブラジンおよび ZD7288 の効果 培養したマウスマクロファージ様細胞(RAW264.7 細胞)において、イバブラ
ジンおよび ZD7288 は、⽤用量依存的に LPS による TNFα の産⽣生を抑制した(図 7)。しかし、HCN チャネルの活性化作⽤用のあるフォルスコリンは、細胞の TNFα 産⽣生に対するイバブラジンの作⽤用に影響を与えなかった(図 8)。
考 察
本研究は、局所投与されたイバブラジンが、カラゲニンによる神経障害性疼痛 を抑制することを⽰示した。これはイバブラジンが、炎症によって引き起こされた 神経障害性疼痛を緩和する治療薬の候補であり得ることを⽰示唆するものである。
今回の研究では、20μM 以上のイバブラジンをカラゲニンに添加して⽪皮下注射 すると、カラゲニンによる疼痛閾値の低下を有意に抑制し、この効果はラモトリ ジンおよびフォルスコリンによって抑制された。ラモトリジンは cAMP を上昇 させることなく HCN チャネルを直接活性化することが知られており 26)、フォ ルスコリンはアデニル酸シクラーゼを直接活性化することで細胞内 cAMP を増 加させ、cAMP は HCN チャネル上の C 末端尾部のドメインに結合して HCN チャネルを活性化する 21)。したがって、イバブラジンの作⽤用をラモトリジンお よびフォルスコリンが抑制したという結果は、イバブラジンが HCN チャネル を介して末梢神経および組織に作⽤用することを⽰示唆している。フォルスコリン は、ラモトリジンよりも HCN チャネル活性化に⼤大きな作⽤用があるという報告 がある26)。
HCN チャネルのアイソフォームである HCN1、HCN2、HCN3、および HCN
4 チャネルは、ラットの後肢および末梢神経末端にも発現することが報告されて いる20)。 HCN1 および HCN2 チャネルは、ニューロンの興奮性に関与してい るが27)、HCN1 チャネルは、機械的または熱的な痛覚過敏のいずれにおいても 有意な役割を果たしていないことが⽰示唆されている 28)。さらに、感覚ニューロ ンの HCN2 チャネルをノックアウトすると神経障害性疼痛に対して顕著な影響 があり、神経損傷後の熱・寒冷または機械的刺激に対する痛覚過敏は⽰示されなか ったことが報告されている 21)。これらの所⾒見から、本研究のラット後肢⾜足蹠の 末梢神経に対して、イバブラジンが HCN2 チャネルを介して作⽤用したのではな いかと考えられた。
本研究では、イバブラジンが神経障害性疼痛だけでなく、⽩白⾎血球の集積および TNFα 発現を含むラットの後肢⾜足蹠における炎症反応に対しても抑制効果を有 することを⽰示した。さらに、RAW264.7 細胞において、イバブラジンおよび ZD7288 は LPS による TNFα の産⽣生を抑制した。HCN チャネルは RAW 細胞 で発現することが報告されている 29)。これら知⾒見は、イバブラジンが炎症性細 胞の HCN チャネルを介して抗炎症作⽤用を有することを⽰示唆している。炎症性 細胞から放出されるケミカルメディエーターは、末梢神経に作⽤用して神経障害 性疼痛を引き起こすことが知られている20)。したがってイバブラジンは、HCN2 チャネルを介した末梢神経だけでなく、末梢神経の周囲の炎症性細胞にも作⽤用 し、間接的に神経障害性疼痛を抑制した可能性が考えられる。その場合、イバブ ラジンの効果は、炎症の初期段階において重要ではないかと考えられる。
⼀一⽅方、RAW 細胞においては、フォルスコリンによってイバブラジンの効果は 抑制されなかった。フォルスコリンは、HCN1、HCN2、および HCN4 チャネ
ルを活性化するが、HCN3 チャネルは活性化しないことが知られている17)。こ れは、イバブラジンの抗炎症作⽤用が HCN1、HCN2、または HCN4 チャネルを 介するものではなく、HCN3 チャネルを介したことを⽰示唆している。これまで の研究では HCN3 チャネルの役割は明らかにされていないことから、本研究結 果から末梢組織における HCN3 チャネルの新しい役割が⾒見いだされた可能性が ある。
臨床的には、副作⽤用を引き起こす⾎血中濃度以下に薬物の⽤用量を留めることが 重要である。イバブラジンは、抗狭⼼心薬として臨床的に使⽤用され、⼀一般に動物モ デルにおいては経⼝口または腹腔内経路によって投与されている。イバブラジン は⾎血液脳関⾨門(BBB)を通過せず、CNS に影響を及ぼさない17,18,30,31)。しかし、
⾼高⽤用量でイバブラジンを投与すると末梢臓器、特に⼼心臓に副作⽤用を有する可能 性があることを考慮する必要がある。過去の研究では、イバブラジンを 5mg/kg を超える⽤用量で腹腔内投与していた 11)。抗狭⼼心薬としてのイバブラジンの臨床
⽤用量(開始⽤用量)は 2.5mg/⽇日であり32)、2.5mg の⽤用量は、体重 50kg のヒトの 場合、0.05mg/kg に等しい。したがって、過去の研究における神経障害性疼痛の 有効⽤用量は、臨床⽤用量よりもはるかに⾼高かった。しかし、本研究では 50μL の 容量で 0.5kg のラットに 20μM のイバブラジンを投与した場合、2×10-‑6mg/kg であり、他の研究で使⽤用されたものより著しく少なかった。よって、本研究結果 は臨床応⽤用できる可能性がある。
本研究では以下のような限界がある。第 1 は、in vivoおよびin vitroのいずれ の研究においても、イバブラジンが作⽤用していると考えられる HCN チャネル のアイソフォームを同定しなかったことである。本研究では、HCN1、HCN2、
および HCN4 チャネルの関与を評価するために、HCN チャネル活性化作⽤用の あるラモトリジンおよびフォルスコリンを使⽤用した。現在、HCN チャネルの各 アイソフォームを特異的にブロックすることができる製品は存在していないた め、関与しているアイソフォームを同定するためには、in vivo研究においてはノ ックアウトマウスを使⽤用する必要がある。本研究の⽬目的は、炎症によって引き起 こされた神経障害性疼痛に対するイバブラジンの作⽤用を評価することであり、
本研究ではこれを証明できたので、HCN チャネルのアイソフォームを同定する ための研究は次のステップになる。HCN3 チャネルが HCN チャネル遮断薬の 抗炎症作⽤用に関与している可能性については、今後検討する価値があるかもし れない。
第2の限界としては、in vivo 研究ではラットモデルを使⽤用したにもかかわら
ず、in vitro研究でマウス細胞を対象としたことである。HCN チャネルは、両⽅方
の動物の末梢神経に分布することが報告されている 20,33)。神経障害性疼痛を研 究するのにラットモデルが⼀一般的に⽤用いられているが、HCN チャネルの発現が 証明されたラットの炎症関連細胞は⼊入⼿手することができなかった。⼀一⽅方、
RAW264.7 細胞は HCN チャネルの発現は証明されていたため29)、本研究で使
⽤用した。in vivo研究とin vitro研究で種の違いがあったが、この差は得られた知
⾒見に有意な影響を与えていないと考えている。
第 3 の限界は、試験薬投与部位以外でイバブラジンの効果が誘導された可能 性である。HCN チャネルは CNS を含む全⾝身に広く分布し、例えば、HCN1 チ ャネルは後根神経節において最も豊富に存在する 17)。この可能性を、本研究で 完全には排除することはできないが、上記のように、投与したイバブラジンは低
⽤用量であるため、全⾝身的にはかなり低濃度である。そのため、遠隔の臓器および 組織に有意に作⽤用した可能性は低く、主に⽪皮下注射部位にイバブラジンが作⽤用 したと考えられる。
結 語
本研究の結果は、局所投与されたイバブラジンが、カラゲニンによる神経障害 性疼痛に対して、HCN チャネルを介して抑制作⽤用があることを⽰示した。この作
⽤用は、末梢神経に対する作⽤用だけでなく、抗炎症効果も伴っていることが考えら れた。この知⾒見は、イバブラジンの局所投与が炎症によって引き起こされた神経 障害性疼痛を抑制するのに有⽤用であり得ることを⽰示唆している。
謝 辞
稿を終えるにあたり、本研究を⾏行う貴重な機会を与えていただき、終始御懇篤 なるご指導とご校閲を賜りました岡⼭山⼤大学⼤大学院医⻭歯薬学総合研究科⻭歯科⿇麻 酔・特別⽀支援⻭歯学分野 宮脇卓也教授に深甚なる感謝の意を表します。また、本 研究の遂⾏行に際し、ご指導、ご協⼒力いただきました岡⼭山⼤大学⼤大学院医⻭歯薬学総合 研究科⼝口腔病理学分野 ⻑⾧長塚仁教授および河合穂⾼高助教に謹んで感謝の意を表 します。さらに、本研究を進めるにあたり、多くの貴重な御援助と御協⼒力をいた
だきました岡⼭山⼤大学⼤大学院医⻭歯薬学総合研究科⻭歯科⿇麻酔・特別⽀支援⻭歯学分野の 諸先⽣生⽅方に厚く御礼申し上げます。
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図の説明
図 1 カラゲニンによる 50%閾値(疼痛閾値)に対するイバブラジン(IVA)の 作⽤用
1%カラゲニンおよび異なる濃度の IVA をカラゲニンに添加し、ラットの後肢⾜足 蹠に⽪皮下注射した。A は、試験薬投与後 8 時間までの疼痛閾値の時間経過を⽰示 している:カラゲニン(⿊黒丸、点線)、カラゲニン+ IVA (10μM)(⽩白四⾓角、破 線)、カラゲニン+ IVA (20μM)(⿊黒三⾓角、実線)、カラゲニン+ IVA (50μM)(逆 三⾓角、実線)。B は、試験薬投与後 2 時間における疼痛閾値を⽰示している。
統 計 学 的 分 析 は 、 Two-‑way ANOVA お よ び post-‑hoc Tukeyʼ’s multiple comparisons test(A)、One-‑way ANOVA および post-‑hoc Dunnettʼ’s multiple comparisons test(B)を⽤用いて⾏行った。データは平均±標準偏差を表している
(n = 6)。
*P< 0.05、**** P< 0.0001 vs. 1%カラゲニン
図 2 カラゲニンによる 50%閾値(疼痛閾値)の低下をイバブラジン(IVA)が 抑制する作⽤用に対するラモトリジン(LTG)の効果
1%のカラゲニン+ IVA (20μM)に LTG (10μM)を添加し、ラットの後肢⾜足蹠 に⽪皮下注射した。A は、試験薬投与後 8 時間までの疼痛閾値の時間経過を⽰示し ている:カラゲニン(⿊黒丸、点線)、カラゲニン+ IVA(⿊黒三⾓角、実線)、カラゲ ニン+ LTG(⽩白四⾓角、実線)、カラゲニン+ IVA + LTG(⿊黒四⾓角、破線)。B は、
試験薬投与後 2 時間における疼痛閾値を⽰示している。
統 計 学 的 分 析 は 、 Two-‑way ANOVA お よ び post-‑hoc Tukeyʼ’s multiple comparisons test(A)、One-‑way ANOVA および post-‑hoc Sidakʼ’s multiple comparisons test(B)を⽤用いて⾏行った。データは平均±標準偏差を表している(n
= 6)。
**P< 0.01、****P< 0.0001 vs. 1%カラゲニン
#P< 0.05 vs. 1%カラゲニン+ IVA (20μM)
図 3 カラゲニンによる 50%閾値(疼痛閾値)の低下をイバブラジン(IVA)が 抑制する作⽤用に対するフォルスコリン(FSK)の効果
1%のカラゲニン+ IVA (20μM)に FSK (10μM)を添加し、ラットの後肢⾜足蹠に
⽪皮下注射した。A は、試験薬投与後 8 時間までの疼痛閾値の時間経過を⽰示して いる:カラゲニン(⿊黒丸、点線)、カラゲニン+ IVA(⿊黒三⾓角、実線)、カラゲニ ン+ FSK(⽩白四⾓角、実線)、カラゲニン+ IVA + FSK(⿊黒四⾓角、破線)。B は、試 験薬投与後 2 時間における疼痛閾値を⽰示している。
統 計 学 的 分 析 は 、 Two-‑way ANOVA お よ び post-‑hoc Tukeyʼ’s multiple comparisons test(A)、One-‑way ANOVA および post-‑hoc Sidakʼ’s multiple comparisons test(B)を⽤用いて⾏行った。データは平均±標準偏差を表している(n
= 6)。
**P< 0.01、****P< 0.0001 vs. 1%カラゲニン
#P< 0.05 vs. 1%カラゲニン+ IVA (20μM)
図 4 カラゲニンによる 50%閾値(疼痛閾値)に対する ZD7288 の作⽤用
1%のカラゲニンに ZD7288 (50μM)を添加し、ラットの後肢⾜足蹠に⽪皮下注射し た。試験薬投与後 8 時間までの疼痛閾値の時間経過を⽰示している:カラゲニン
(⿊黒丸、点線)、カラゲニン+ ZD7288(逆三⾓角、実線)。
統 計 学 的 分 析 は 、 Two-‑way ANOVA お よ び post-‑hoc Sidakʼ’s multiple comparisons test を⽤用いて⾏行った。データは平均±標準偏差を表している(n = 6)。
*P< 0.05、****P< 0.0001 vs. 1%カラゲニン
図 5 カラゲニン投与後のラット後肢⾜足蹠領域の⽪皮下組織像、および⽩白⾎血球の集 積に対するイバブラジン(IVA)の作⽤用
(A)⽣生理⾷食塩⽔水、(B)1%カラゲニン(CA)、および(C)1%カラゲニン+イ バブラジン(IVA)(50μM)をラット後肢⾜足蹠に⽪皮下注射し、投与後 2 時間のヘ マトキシリン-‑エオジン染⾊色組織像を⽰示している。スケールバーは 100μm を表 している。(D)投与後 2 および 4 時間における集積した⽩白⾎血球数を⽰示している。
統 計 学 的 分 析 は 、 One-‑way ANOVA お よ び post-‑hoc Tukeyʼ’s multiple comparisons test を⽤用いて⾏行った。データは平均±SD を表している(n = 6)。
*P< 0.05、****P< 0.0001 vs. PS
#P< 0.05、###P< 0.001 vs. CA
図 6 カラゲニンによる TNFα 発現に対するイバブラジン(IVA)の作⽤用
⽣生理⾷食塩⽔水(A)、1%カラゲニン(B)、および 1%カラゲニン+イバブラジン(IVA)
(50μM)(C)をラット後肢⾜足蹠に⽪皮下注射し、投与後 2 時間における TNFα
の発現を免疫組織学的に⽰示している。集積した⽩白⾎血球の周囲に TNFαの染⾊色が 確認できる。スケールバーは 200μm を表している。
図 7 マウスマクロファージ様細胞(RAW264.7 細胞)の TNFα 産⽣生に対す るイバブラジン(IVA)および ZD7288(ZD)の作⽤用
LPS (10ng/mL)に IVA (10 または 50μM)(A)または ZD (10 または 50μM)
(B)を添加して細胞を培養し、2、4、および 6 時間後の細胞上清中の TNFα レベルを⽰示している。
統 計 学 的 分 析 は 、 Two-‑way ANOVA お よ び post-‑hoc Dunnettʼ’s multiple comparisons test を⽤用いて⾏行った。データは平均±標準偏差を表している(n = 5)。
**P< 0.01、***P< 0.001、****P< 0.0001 vs. LPS
図 8 マウスマクロファージ様細胞(RAW264.7 細胞)の TNFα 産⽣生をイバ ブラジン(IVA)が抑制する作⽤用に対するフォルスコリン(FSK)の効果 LPS (10ng/mL)に IVA (10μM)および FSK (1μM)を添加して細胞を培養し、2 時間後の細胞上清中の TNFα レベルを⽰示している。
統 計 学 的 分 析 は 、 One-‑way ANOVA お よ び post-‑hoc Tukeyʼ’s multiple comparisons test を⽤用いて⾏行った。データは平均±標準偏差を表している(n = 4)。
****P< 0.0001 vs. LPS
図1
図2
図3
図4
図5
図 6
図 7
図 8