枕草子「風は」の段「黄なる木の葉どものほろほろとこぼれ落つる……」と和漢の伝統 : 黄葉紛々如涙庭と、文脈のスリカエ
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(2) 島. 和. 歌. 子. 聾子﹁風は﹂竃﹁黄なる木の葉どものほろほろ七こぼれ落つる⋮⋮﹂と. 中. 下−新全集﹄︶に拠るが、改行箇所は変えた所がある。傍線や. 松尾聴氏・永井和子氏校注・訳覇編日本古典文学全き︵以. −黄葉紛々如涙庭と、文脈のスリカエー. 一、は じ め に. 括る 弧章 等はすべて塙者に拠る。他書の引用においても同様である。 ﹃枕草子﹄研究における問題点の一つとして、論じられ おど 、旧字体が使用されている場合は新字体に改めた。 段に偏りのあることが挙げられるだろう。本稿では、ほとなん 風は 嵐。ヨ矧ば別別の夕暮に、ゆるく吹きたる雨風。八1 注目されない箇所にも立ち止まってみるべき一例として、﹁回風 に、雨にまじりて吹きたる風、いとあはれなり。 カ り は﹂の段末尾 、 ﹁ 九 月 つ ご も り たるに、夏とほしたる 雨のあし横ざまに、さわ カ 三巻本と能因本で直後に位置する﹁野分のまたの日こそ﹂の段. 綿衣のかかりたるを、生絹の単衣重ねて着たるも、いとを. かし。この生絹だにいと所せく暑かはしく、取り捨てまほ 較的論じられることが多いが、本段については、注釈書類でも しかりしに、いつのほど にかくなりぬるにかと 思ふもをか あまり注が施されていない。しかし、﹃枕草子﹄の本質を明ら し。暁に格子、妻戸を押しあけたれば、嵐のさと顔にしみ かにするために、重要な文章だと思われるのである。 たるこそ、いみじくをかしけれ。九月つこもり、十月のこ 前稿で﹃枕草子﹄を表現史上に位置づけることの重要性を述 封ぺ空うち曇りて、風のいとさわがしく吹きて、黄なる葉 べたが川、本稿は、そのささやかな試みの一つでもある。用例 ど。 もの、ほろほろとこぼれ落つる、いとあはれなり。桜の をあえて多めに挙げたので長くなってしまった。寛恕されたい 葉、椋の葉こそいととくは落つれ。十 かり に木立おほ なお、五節で﹁まとめ﹂として二節から四節の要点を述べた。 ︵一八八段︶ かる所の庭は、いとめでたし。 まず、﹁風は﹂の段の全文を挙げておく。本文・章段番号は. は、﹃源氏物声︵以下濾氏﹄︶野分巻との関係を中心に、比. −21−.
(3) 草 り く. 「 「. 参. 月. て、 『. か. 「 枕草子座 第「. 枕. なお. 講 こと. 三巻. 文. ︵以下﹃旧全集﹄︶一入五段. 本︵堺︶⋮速水博司氏著﹃堺本枕草子評釈﹄ニー三段. 集﹄. 能因本︵能︶⋮松尾氏・永井氏校注・訳﹃日本古典文学全 堺. 前田家本︵前︶⋮田中重太郎氏校註﹃枕冊子新註︵前田家本︶﹄. ︵以下﹃枕冊子新註﹄︶ニー八段. 類纂本系統の﹁風は﹂の段︵堺五投・前一二段︶は、雑纂本. 系統の本文の前半部分のみで、本稿で取り上げる三文は、独立. の冒頭﹁九月lばかり﹂を受けている。. した一随想章段となっている。冒頭の﹁おなじ月﹂は、前段︵三 巻本では後掲何に当る︶. 三=九月つごもり、十月のころ、空うち︳りて、. 堺=おなじ月のつごもり、十月のついたちなどに、. 空曇りて、. 空もくもりて. 能=九月つごもり、十月ついたちのほどの空うち曇りたるに、. 前=同じ月のつごもり・十月のついたちなどに、 三=風のいとさわがしく吹きて、 能=風のいたう吹くに、 こ. 堺=このはさそふかぜのさはがしうふきたるに、. 前=木の葉さそふ風のさわがしく吹きたるに. 三=黄なる葉どもの、ほろほろとこぽれ落つる、. 能=黄なる木の葉など、ものほろほろとこぼれ落つる、. 堺=きのはのほろほろとこぼれをつるこそ、 こ. 前=木の葉の、ほろほろとこほれ滞っるこそ 三=いとあはれなり。 能=いとあはれなり。 堺=いとあはれにをかしけれ。. −22−. 橋亨. 三ばかり」以下につい. い も. 』. の.
(4) り く 」 表し. =. 九. 前 月 つ. い ご. と. の. か の. 庭 は 成. を. し. な. は か. 落 見え. つ て. る な. と. 掲回波線部︶にも表れていた。. 続く﹁十月のころ﹂は、他系統ではみな﹁十月︵の︶. ついた. っい. ち﹂となっている。杉山重行氏編著﹃三巻本枕草子本文集 に拠ると、三巻本系統諸本はみな﹁ついたち﹂が無い。確 後の﹁十月ばかり﹂のもみぢ散り敷く庭の描写との関係か. ると、落葉しっつある季節は少し前、つまり﹁十月︵の︶. たち﹂のほうがわかりやすい。但し、萩谷氏著戎草子解環﹄︵以. 下﹃解環﹄︶には、﹁ばかり﹂が﹁相当に長い期間﹂であるのに. 対して、﹁ころ﹂を用いた当該箇所は﹁九月晦・十月朔に がる短い期間﹂であり、第二段﹁ころは﹂が﹁短い時期に て随想していたのと、歩調を合わせている﹂とある。これ ると、三巻本の﹁十月のころ﹂は、後の﹁十月ばかり﹂と. なり、他系統の﹁十月︵の︶ついたち﹂上岡じ意味であって、. 地がある。現に威環﹄は﹁嵐﹂の具体例と捉え佃、﹁空が 曇って﹂と訳している。但し﹃枕草子﹄のもう一例㈲を見 明らかに曇りの状態が続いている場面に使用されており、 しも﹁うち﹂に急変を読み取らなくてもよいようである。 ㈲見物は⋮⋮賀茂の臨時の祭、空の笥寒げなるに、雪す. は、﹁さっと曇って︵風がとても激しく吹き始め︶﹂とも解す余. 本文には何ら問題が無いことになる。﹃解環﹄の﹁九月の か十月になった頃﹂という訳が適当であろう。 空うち曇りて 堺本・前田家本には﹁うち﹂が無い。能因本は﹁うち曇 初に﹂なので、曇りの状態であったことになる。三巻本の. −23−. つ る. お も. ろ の き. と く 「り」)に続く季節. と こ. め で た. れ る 、. く. ど 八月ば. 。. い. し けれ. は れ も. あ は れ もり. にをか.
(5) で. 。. (. かぜ. せは、. 堺 本 統. わ. の組み合. 風)の. の「き. は「. に を様と. もわか. が ふ りやすい. 本. る. 最 言. かぜ」. ︵但し、占氏文茅には﹁紅葉﹂も多いことが知られている㈲︶。. 以下、基本的に訓読を含めて﹃和漢朗詠集﹄︵﹃朗詠集﹄︶など. の日本漢詩文は﹃日本古典文学大系﹄に︵﹃本朝文粋﹄のみは﹃新. 日本古典文学大系﹄︶、﹃自民文集﹄︵﹃文集﹄︶は那波本︵番号は. 開かに樹桐の葡萄を踏みて行く. 花房英樹氏著﹃自民文集の批判的研究﹄︶、その他の漢詩文は﹃新. 釈漢文大系﹄に拠る。 ②秋劇掃はず藤杖を携へて. ︵﹃文集﹄巻十三・〇六人四・晩秋閑居/﹃佳句﹄四時部. ・劃秋・一九九/虜詠集﹄上・秋・謝葡・三〇九︶. 春の月⋮⋮東風凍を解く﹂︶と、秋の巻頭歌︵秋歌上・一大九・. えば、﹃古今集﹄打春の二番歌︵春歌上二丁貫之・立春﹁孟. いずれも平安時代によく知られた句であるが、特に③は、﹁季 秋﹂が﹁九月﹂であるから、﹁九月つごもり⋮⋮黄なる葉ども の⋮⋮落つる﹂と符合している。﹁月令﹂を踏まえた表現とい. 三〇二︶. 屈句﹄四時部・御剣二〓五/r朗詠集﹄上・秋・紅葉・. 無し︵支集﹄巻五十四二面四三・乏太湖善事寄微之/. ﹁黄葉﹂の他にも、﹁黄﹂なる木の葉の表現はある。 ③萄桃内創、⋮⋮超凡や、草刹葡謝す。 ︵﹃礼記﹄月令︶ ④粛線描の榊は寒うして菊有り 碧瑠璃の水は争っして風無. −24−. ・前田家本. このはさそ. しうち散りて、⋮⋮祭のかへさ、いとをかし。⋮・∴日は出 このように前田家本以外では、落ちていく木の葉は﹁黄葉﹂ でたれども、空 はなほうち曇りたるに、 ︵二〇六段︶ に限られている。平安時代の和歌において一般的な﹁紅葉﹂は 風のいとさわがしく吹きて 含まれないのである。一方、元輔や順ら﹃後撰集﹄撰者が訓読 いたう吹くに﹂なので、前の﹁雨のあし横ざ した﹃万葉集﹄や漢詩文には、次のように﹁黄葉﹂が見られた. 木の. しぅ吹きたるに﹂︵三・能全く同じ︶との形容詞. が無い。. 能田本は﹁風の. 複. まに、さわ. な. 堺本 黄な. 倒. の 重. 責.
(6) き. 剖射で. ね. こなご な. に な る. ほろは.剖uq岡引. さ. まを. 表. を. 見 給. ﹁御狩野に朝たつきじのほろほろと鳴き. 二. のかたのの剰妻恋にむほ ベろほろとた. ちゐ嘲らん︵肥後︶﹂. つぞふる身を恨みつつ﹂*永久百首︵〓−の︶春﹁あふ事. 賢集︵−ONO頃︶. 、. 敏行・立秋﹁孟秋の月⋮⋮滅風至る﹂︶の村が知られているが、. 限. に﹂*源氏夕霧﹁修法の壇こぼちて、ほろほろと出. そ ま. 本段が﹁風﹂に注目していることからも、偶然ではなく、﹁月令﹂ の 表 現 が 意 識されていた可能性が高い 。 また②は、﹁庭﹂の語があり︵四節参照︶、﹃佳句﹄所収であ. る点でも注目される。天慶年中に大江維時が編纂したという﹃佳 句﹄は、﹃枕草子﹄に影響を与えた﹃購蛤日記﹄の道綱母や、 清少納言自身も後掲㈱と◎のように利用していた㈲。 ほろほろと 能田本の﹁ものほろほろと﹂は、﹃旧全集﹄に﹁用例を知ら. べ. な. ど が. ぼ れ 落 こ. 涙ほろほろとこ. れ給ひ ぬ﹂*人情本・花筐固集まって. ぬ﹂*源氏︵岩OT−ふ頃、以下成立年略︶賢木﹁忍ぶれど、. ろとうち泣きてい. 状 や 水 滴. るる。あはれ、. ふ. ︵﹃晴蛤日記﹄中巻︹一四︺︶. すべて回の落涙である。 の三例も、. たまひて、﹁あはれ、⋮⋮﹂. ︵﹃うつほ﹄忠こそ︹一二︶. ⑦︵正頼は︶﹁あないみじや。⋮⋮﹂と、ほろほろ泣きたま. 立ちぬ。. とかはべるらむ﹂と聞こえて、碗をほろほろとこ. とのたまへば、忠こそ、﹁あやしうものたまふかな。何ご. ⑥おとど碗をほろほろと落とし. また、﹃うつほ物語﹄. 時、あな、まさり顔な、⋮⋮. 今様は、女も数珠ひきさげ、 経ひきさげぬなし、と聞きし. ほろほろとこ まへとぞ、行ふままに、魂ぞ. かなへた ⑤ついたちの日、⋮⋮とくしなさせたまひ菩 て提、. れ。 も凪であ 四月一日長精進初日にも、次のような例があこる る。 る。以下、仮名散文の本文等の引用は、﹃新を 全用 集い﹄. ︵上巻︹五︺︶の他に、もう一例、中巻・天禄二年︵九七一︶. 何首を打つ音を表わす語。*歌謡・閑吟集. 回. 、. る. ない。不審。﹂とあるが、﹁黄なる木の葉封どものほろほろと﹂. 」. 語。. さ 簡が避. r輯蛤日声には、回に引かれている父倫寧が立ち去る場面. ︵以下﹃日国﹄︶を引いておく。本稿に. 、. −25−. 何け割れるさ り. 宿. わ す. も. の﹁な﹂を街字と見て削除すると、三巻本と全く同じになる。 ﹁ほろほろと﹂は、r枕草子﹄中ここだけに見える語である。. 第二版﹄. この用語の特徴を明らかにするために、長くなるが、まず﹃日 本国語大辞典. 滝 の. いた人が分かれ散るさまを表わす語。源氏若菜下﹁僧など. ち る. 直接関わらない例文等は省いた。﹃岩波古語辞典﹄も田を最初 に挙げ、回国Tこ 続 く 。. m嘗や花などが散ったり落ちたりするさまを表わす語。* ほろと山吹か. 枕︵10C終︶︵略︶*俳語・笈の小文︵−霊?讐頃︶﹁刷引 ち. 蛤︵警芯頃︶ 上・天暦八年﹁又ほろほ. る.
(7) ら. 以の「ほろ」. い. 多. 草子 』. す. 見. (同・国 の用例. て. い. つる都思へば. 観﹄に拠るが、詞書・歌共に漢字は便宜的に増やした。. ⑧旅づとに持たる翰倒 のほろほろと. ︵﹃久安百首﹄帝旅・九九九・清輔㈲︶. 団の例は﹃日国﹄が挙げる﹃源賢法眼集﹄四六番歌以外に、 次の⑨や⑲がある。⑨は﹃方丈記﹄に似た表現があるが、伝承. 歌的であり行基の実作とは考えられない。⑲の作者赤染衛門︵生. 年は九五七∼九六四︶は、満仲男で源信弟子の源賢︵九七七∼. 一〇二〇︶よりも年上だが︵﹃新編国歌大観﹄解説︶、大原少将. 入道寂源の病が悪化して亡くなった︵五二四∼五二六詞書︶の. は万寿二年︵一〇二四︶なので、源賢没後の詠歌である。但し. ほぼ同時期であり、赤染衛門は和泉式部と共に清少納言との直. 接的な交友関係もあるので︵﹃赤染衛門集﹄一五八、﹃和泉式部. 集﹄由九五・四九六︶、⑲にも注目しておきたい.︵六節参照︶。. ⑨山鳥の ほろほろと鳴く声聞けば父かとぞ思ふ母かとぞ思ふ. ︵﹃玉葉集﹄釈教歌二一六二七・山鳥の囁くを聞きて・行基︶. ︵﹁赤染衛門集し五二五・重くなりまさり給. ⑲山深く住まふ割引刊の ほろほろと立ち居につけてものぞ悲. しき. とありしに、もののみあはれなるに、矧の立ち居せしに︶. ⑪春の野の繁き草葉の妻恋ひに飛び立つ魂の ほろろと ぞ鳴引. つきぎすほろろ. ︵r古今集﹄誹許歌・・一〇三三・題知らず・平貞文︶. ⑫かりの世と思ふなるべし春の野の朝立. 鳴く︵﹃和泉式部続集﹄一九三・絵に野辺に雉の立てる所︶. 岩今集﹄歌⑪の﹁ほろろ﹂という雉の鳴㌢声も、由の和泉 式部歌以外、あまり継承されていない。﹃古今集﹄の諸注は﹁ほ. ー26−. 〕. ). 合、 は. 〔〓二. 角川 涙の く. 和. 容. その他ふ. の『. 。. 枕 あ. 前. ほろ. 譲中. 落.
(8) ひ. に. ほろほ. ろと落. りならずいたく濡れたまひぬ。山刻引uにたへぬ困の東の. 薗よりもあやなくもろきわが碗かな ︵同・橋姫︹九︺︶ ⑮去年の秋司刹ばかりに、清水に籠りてはべりしに、かたは らに、屏風ばかりを、ものはかなげに立てたる局の、⋮⋮. る. て. 、. 木の葉ほ剤ほ割と 、. さ. 滝. ざ. 「ただらむ人. の方. ︵︰﹃墳中納言物語﹄このついで︹二︺︶. 物. 今. 可. 思. ひ知. u. ま. ﹃源氏﹄.の落葉表現も、共に落涙と関わっているのである。. も. に. ). 、. ⋮⋮風のさと吹きたるに、. き. に足らざればなり。. に、. 御琴に降りかかりた るやうに融引. へ 川 い .ほろ と敗叫乱て、 み ひ り、. ⑲十月ついたち. た. んとする 泣は哀響を繁くする. 嘲. 絃の場面であり、大臣の訪問や■﹁梢﹂の語が共通することか. 台設定が似ている。⑲の.﹃寝覚物語﹄は、﹁秋風楽﹂などの管. ⑮の﹃境中納言物語﹄は、﹃枕草子﹄一一六段﹁正月に寺に寵 りたるは﹂の﹁清水などに詣でて﹂以下に、季節は異なるが舞. −27−. 呵い打習叫咄割. 折. ろほろ﹂を掛けると指摘するが、前述したように平安中期以前 など、局の前にはひまなく融引勅封 色濃きもみ の例は未見である。しかし、少なくとも清少納言の同時代人の 源賢や赤染衛門が﹁ほろほろ﹂の語を用いたのは、この語が⑪ たるを、⋮⋮﹁いとふ身はつれなきものを憂きことをあら の﹁ほろろ﹂と音が類似しているだけでなく、何よりも人が﹁泣 Uに散れる水頭魂なりけり 風の前なる﹂. の. 刻. く﹂時の表現とlして定着していたから、と言えるだろう。. 可とl親剖u到風. 含. ︵﹃枕草子﹄以 後 の 落 葉 の ﹁ ほ ろ ほ ろ と L ︶. ま. 諦. ﹃枕草子﹄以前には未見だが、以後には落葉の例が若干見ら れる。﹃小学館古語大辞典﹄は本段と⑮、﹃角川古語大辞典﹄に は本段は見えず、⑲を例として挙げている。. に. の裔の笥もいと冷ややかに、人や. ふ. 誰ならむと聞きはべりしに、明日出でなむとての夕つ方、. を. ⑲時雨うちして荻の月風もただならぬ夕l笥叫に、大宮の御方. 大臣和利朝ひき寄せたまひて、 に 内 大 臣参ヤたまひて、⋮⋮ 律の調べのなかなかいまめきたるを、さる上手の、乱れて 掻い弾きたまへる、いとおもしろし。御前の梢ほろほろと 残らぬに、⋮⋮﹁風の力蓋し寡し﹂とうち請じたまひて、 ︵﹃源氏﹄少女︹一こ︶. ﹁嘲の感ならねど、あやしくものあはれなる・⋮・・﹂. け た. ⑩秋の末つガ、⋮⋮霧りふたがりて、道も見えぬしげ木の中 を. ち乱るる木の葉. 分.
(9) らも、﹃源氏﹄少女巻⑬を踏まえているのだろう。 ﹃枕草子﹄の﹁ほろほろと﹂は、﹃源氏﹄のような心情の奥 行きは無いが、落葉表現に用いた先駆性は看過できない。. こぼれ落つる ﹃枕草子﹄中、﹁こぼれ落つ﹂も、ここにしかない。 ﹃日国﹄は、﹁こぼれる﹂の皿の例に﹃伊勢物語﹄六十二段 ﹁瀾のJ周到割に目も見えず、ものもいはれず﹂を挙げ、﹁こ. ぼれおちる﹂の回に同じく八十七段﹁その石の上に走りかかる 水は、小相子、栗の大き 者の場では、知られるように﹁白玉﹂︵水滴︶を1涙﹂に見立. てる歌が詠まれた。さらに前掲⑤﹃晴蛤﹄や⑥﹃うつほ﹄、後 掲﹃枕草子﹄仙等にも見られるように、﹁こぼる﹂はまず、﹁水﹂ や﹁涙﹂が溢れ出る、溢れて落ちることを表わす語である。 但し、植物に用いた例も﹃枕草子﹄以前に無いわけではない。 ⑫欄内花折れば司岬叫ぬ我匂 がひ袖 にせ家づとにせむ 香移 ︵虜撰集﹄春上・二八・題知らず・素性/吉今六帖﹄六・ て旬割相聞かな︵r寛平御. 梅・四一四二・素性・四句﹁匂ふ香﹂︶. ⑲浅緑野辺の霞は包めどもq周叫. 時后宮歌含春歌・左二一/覇撰万葉集﹄上・春歌・. ー28−. る. い. こ. る. 」か. 『日国』は. かり侍りしに ︶. ︵﹃元輔集 ﹄ 九 ・ 小 野 宮 の 大 臣 、. 月林寺に似内花、見にま. ㊧右近中将同じき祐澄、﹁わづかなる藤﹂、松よりもはひq. ︵﹃うつほ﹄藤凰の君︹九︺︶. ⑲誰がためか明日は残らん劉通れて刊今日の形見に到木隠れもなほ鴬は鳴く鳴くぞ見る. 五ノ﹃拾遺集﹄春・四〇・菅家万葉集の中・よみ ⑳人 月知 のら おもしろき夜、源宰相、⋮⋮御前の花 盛のり 色々 花、 の蔭に立ち寄りたまひて、かくのたまふ。花盛り習周. ず/﹃潜遺抄﹄二五/吉今六帖﹄五・緑・三五一四︶. 味が. 少. ふ. こ. 且 て. ぁ. に.
(10) 嘲 到 朝 ぞ 薗叫花今ひとしほの飽か ず 見 ゆ る は ︵同・春日詣︵梅の花笠︶︹二︺︶. ⑳水の上に花散りて浮きたる洲浜に、﹁春を惜しむ﹂といふ 題を書きて奉りたまふ。少将、水の上に花内鍋の司岬刹刹. 涙−こぼれそむ. 1例︵空蝉︶. 1例. やはり次のような落涙表現が最も多い。 涙−こぼす. 13例︵夕顔・葵2例・須磨2例・. ︵青木︶. 涙−こぼる. 涙−ほろほろとーこぼる. 涙−こぼれいづ. 1例︵須磨︶. 4例︵賢木・真木柱・柏木・夕霧︶. 1例︵幻︶. −29−. 浮標・薄雲・真木柱・梅枝﹂御法・幻・早蕨・宿木︶. ほろほろと−こぼれいづ. 1例︵明石︶. いれ. ︵同・吹上・上〓五︺︶. を含め、﹁こぼる﹂は髪や装束など恩の例が多いが、後掲刷の﹁露. ほろほろとーこぼる. 1例︵宿木︶. こぼ. は春の形見に人むすべとか. はこぼるばかり﹂や、次のような﹁花﹂の例もある。. ほろほろと−こぼす. 1例︵胡集︶. す・. ぼ. こぼ. ﹃枕草子﹄そのものでは、﹁乗りこぼる﹂︵二九段・二〇六段︶. うおもしろき枝の五尺ばかりなるを、いとおほくさしたれ. こほれいづ. ・こ. 1例︵真木柱︶. る. M高欄のもとに青きかめの大きなるをすゑて、槻の、いみじ ば、高欄の外まで矧引こl呵叫たる昼方、大納言殿︵伊周︶、. の. 2例 ︵宿木・購玲︶. こぼれそむ 語を. ︵二一段・清涼殿の丑寅の隅の︶. 「涙」. 玉水のこぼるるやう. の. 桜の直衣の⋮⋮. しかし、落葉の例は本段のみである。﹃枕草子﹄以前にも、 春の花に﹁こぼる﹂を用いた例はあり、中には﹁こぼれるよう に﹂ではなく落花そのものもあったが︵⑰⑲⑳︶、﹃うつほ﹄を 含めすべて歌であり、また秋の落葉の例は.無いようである。. つまり、﹃枕草子﹄は歌言葉の﹁花⋮⋮こぼる﹂を散文に持 ち込み、さらに秋の落葉にまで用いた点が新しいと言える。 の﹁こぼる﹂には次の﹁山吹﹂の例がある。. ︵﹃源氏﹄の﹁こぼるL︶. なお、﹃源氏﹄. ⑳月の二十日あまりのころほひ、⋮⋮まして他の水に影をう つしたる刻、岸よりd嘲れていみじき盛りなり。 ︵﹃漁民﹄胡蝶︹こ︶. しかし、花はこの地の文の一例で、﹁髪﹂や﹁愛敬﹂も多いが、. 典. ど. づ. あ. れ. 注目. ・. の. る。. ぎ. ち. て 伴わず「こぼる. そ り ら.
(11) そ. ⑳. 但. 憲. い と あ は. ここ. と. し. て 草 木 揺. な. る. り いと. ・ 落して. あは. れ. 変 衰. れ」. か. し. れ. 惜. 、. … …. 引 」. 『. 楚. のもの と. 詳. 』巻二. 九 弁 ・. 系』. 、. 漢. 宋 玉. 詩. ). や. 〔. 思. 二ハ. ほり. (『狭衣物語五 〕). 詩. ⑳. ⑳. 秋. れ. ⑳. 山の. 内 税. 嵐 ー. の. 、. へ 懐風産 .. 〇 声を 間. 八. 「こ. (『九. 四七一・. ・. 引時に. 知 い. 藤. 木 の. 原字合. 葉な ら. 租剰. ね ど. ま. 物ぞ. ・在常陸. の. 『天. 心. (. 魂. u. 剖. い. (『. 自. 拾. −30−. 』四. 『文き 巻. 贈 倭 判 官. 留 在 京).
(12) の音﹂は聞こえているのだろうが、言葉にはしていない。. なお本段には、⑳⑳⑳、さらに後掲㊥︵⑳⑳の﹁斎慧﹂も︶ 地の文における和歌的技巧は、他に例えば次の掛詞があった。 刷九月ばかり夜一夜降り明かしっる雨の﹂今朝はやみて、朝などのような聴覚表現は無く、視覚のみで描かれている。﹁風. て. 覇u. の壮なる心萄叫倒研︵﹃本朝文粋﹄■巻五・為清慎公請致仕. 時. ぞ. 草. ・篇鼓. 壮 幾. の 写. 」. 到 や. 。. 『国. 『枕. 。. あ. (. 力 作 刊. 」. の. 紅葉組葡u唯」倒とし. ても し. 同. う. て. 「と. 注. 「紅. 目. され. る. れ落つる﹂とは、いかにも写生的である。これは、 ㌣の樹. の 鋭. で. に. ー・31−. 日いとけざやか宣さし出でたるに、前栽の魂はq呵刹ばか. 文. て、﹃日本の文学﹄は本段について次のように評している。 り滞れかかりたるも、いとをかし。∴⋮・・すこし日たけぬされ ば、萩などの、いと重げなるに、蘭の落つるに、枝うち動 また九月未から十月にかけて急激に変わろうとする風景も きて、人も手触れぬに、ふと上ざまへあがりたるも、いみ みごとに措かれている。﹁黄なる葉どものほろほろとこほ. ま り. 「. 摘. じうをかし。と言ひたる事どもの、人の心には∴?呵﹂園﹁. 歓. 表・菅文時/﹃朗詠集﹄巻下・老人・七二五︶. ネ 降. をかしからじと思ふこそ、またをかしけれ。︵一二五投︶. 楽. 草木黄落し て雁南に帰る. 極. 綬を結び替を抽づ一.身. 帝. 少. また後掲㈲の、造花と気づいた後に﹁すべて、花のにほひな ど、句嘲まことにおとらず﹂とあり、後日﹁御前の桜、蘭に色 はまさらで﹂と述べたのも、同じく掛詞的遊びかもしれない。 さらに当該文は、縁語・掛詞といった和歌的・伝統的技巧に 加えて、③の﹃礼記﹄月令﹁季秋之月⋮⋮草木黄落﹂との相応 や、﹁紅葉﹂セはなく﹁黄葉﹂と指定する点において、漢詩文 の伝統との関わりもうかがえた。③を踏まえた次のような句も 当時知られている。⑳⑳の﹁黄落﹂は、人事の衰貌の悲哀を伴 っている。当該文は、本来春の色である﹁紅﹂ではなく﹁黄﹂ である点でも、述語の﹁いとあはれなり﹂に直結するのである。. ば. ⑳紅栄粛㈲一樹の春の色別画期. れ. ⑳秋風起こりて白雲飛び. 鳴りて樟歌発す.
(13) 頃、. 七. 交. 紅葉の. 」に. 段. 散る. を. 一. 〇三). でおり、﹁涙=紅葉﹂ではなく、﹁涙=雨﹂の例である。. 『公五五笥こ. 記. もの思ふ人の涙なりけり. の所々よませたまひける、帝の御になして・五二︶. ◎の伊勢歌は、⑳﹁長恨歌﹂を踏まゝサニ四節参照︶、﹁散る﹂様. ま. (. を詠んではいるが、﹁色見えわかず﹂とあるように﹁紅﹂の色 の共通性が眼目の歌であり、散り方に注目したものではない。 しかし戎草子﹄の前後には、前掲⑭の薫の歌を含め、﹁紅﹂. の. や桃内痢なるらん. の. を強調しない歌が見られるようになる。しかも、従来の1散る﹂. なもみ. か が. や﹁降る﹂もあるが、﹁落つ﹂も用いられている。. 葉や落 つると思. 六・殿励痢み細別u嘲、. 任集』. 、「木. ⑮唐衣たつたの山 のもみ ただわび人の涙−なりけり ( 『 は物. ⑫ 本. ︵﹃友則集﹄龍田の山を越えてよめる・二九︶. ⑳神無月時雨に濡る. も. ︵﹃伊勢集﹄痢憫劉の屏風を亭子院の帝かかせ給ひて、そ. の. これらのうち⑮⑳は、本段のような散る紅葉ではない。また. ). いひたる. ). ⑳ 夕 暮 れ に刹朝割威を眺めつつ 』. −32−. 六 五. 四 九. 集. ける定. 一 一. の. 』. 間 』. 孝 集. にも雨にも添ひてふ軋ものは昔を恋ふる痢なりけり. 『. 人. 集. 。. る. 山を. こ. 忠 琴 集 と. 『嘉 ど習川 言. 『義. 撰集』雉. 叫. る. に笥利ガ劉利. ︵﹃和泉式部続集﹄冬のはじめ・五二〇︶. へ. 」). (. (. ⑳折しもあれ別珂に習痢か. ⑪. 七・. と侍. りける.
(14) や﹁荒零﹂、﹁異観﹂︵r本朝文粋﹄三三一は﹁紅葉﹂の散る様、 四〇二は﹁落花﹂︶などもある。. ︵0〇二三・〇一九七・. 一方﹁紛々﹂は、意味だけでなく、次のような理由で﹁ほろ ほろと﹂との関係が最も強いと思われる。 イ、畳語であり、﹁ほろ﹂の反復の﹁ほろほろ﹂に似ている。 ロ、落葉だけでなく落花・落涙・降雪の形容に用いられる。 ハ、身近な作品、あるいは和漢兼作の作品に見られる。 以下、﹁紛々﹂ゎ具体例を挙げておく。. まず﹃文集﹄では、人事の例が多い. ー33−. 〇三一六・〇七二八二〇六三・一三二 二三六五・二二〇 三・二二五一・二四一人・二四七四二大〇一・三〇三七・三. 一八八・三三四八・三三七九︶。但し﹃前集﹄では、降雪︵ひ. 〇四六・〇〇七大・〇二五T〇六〇六・〇七〇二、三三四二. のみ﹃後集﹄︶と落花の形容にも用いられている。落花は、春︵〇. 四八七・〇五〇二・〇五九三・〇七〇三・〇九一八︶だけでな. 賦. 重. く、秋の例も、次の㊥、巻九・〇四〇〇・翰林院中感秋懐王質 巻十・〇五二三・秋橿﹁夕娯何樹利﹂の三. ・. 夫﹁風列筍﹂、. ・. 〇〇. て言. ろ. ふさ. 七 大. 例がある。しかし、落葉は⑲の一例のみである。. 吟. 紛々たり 雪白うして. 中 集』巻二. ろほ. と」 を. 用 い. 外に. 笥として 醐に依りて衆り 片々とし 擁ぎて量る ‖た 遂に軽紅を滅たしむ 何ぞ碑鍋を縫はしめむ. ⑲夜深けて煙火尽き. ・. 「涙. つ. 」. 段 ). 葉 の に. 「ほ し 「嵐」. も. に し述. えだ. 秦. 歌言. ︵﹃菅家文革﹄巻五・三七三・厳粛淵腐朽空︶. ひ. の り. 非 」. ﹁諷々﹂は、窮恒が後掲⑳と同じ場で﹁轡季目白﹂︵﹃窮. 蓋. ろと. 恒集﹄三二九︶と用いている。歌には﹁散りぬべき紅葉﹂とあ. た. に. で. 及 び 者 く 」. るが︵三三〇︶、⑮の﹁軽紅﹂からもわかるように、﹁ひるがへ. ). ). ). 『文. 瓦. っ. り落ちたる﹂︵堺二〇〇段・前二〇六段仙︶様であって、﹁ほろ. 日暮れて渕馴州来 (. つ」 (「ほろほ. ほろとこぼれ落つ﹂とは若干異なる。畳語以外では、﹁諷落﹂. ㊨. ぼ れ 落.
(15) もちろん﹃文集﹄以前にも、次のような例があり︵他に落花・ 舞・降雪各一例︶、鹿照隣以下、初唐・盛唐の詩人達も落葉の. 古. や. を (. 『玉 台新. 詠. 更に遷し︵r佳句L四時部・暮春・九大・劉長卿・題稽少尉. 処. る. 府湖上望亭、劉長卿は落葉﹁紛々﹂の例が六例と特に多い︶. ⑳酒豊把る時には須く満々たる づ. 満々 花樹看即萄﹂︶. 酒/﹃文集﹄巻十三・〇七〇三・花下自勧酒﹁酒査酌来須. こと笥︵同・草木部・花宴・六七六・白・花下自勧. 撃. 藤原道雄・詠雪﹁翳副笥従千里﹂、﹃文華秀麗集﹄下・一二六・. で多用されているが、r枕草子﹄以前で管見に入ったの. 黄鳥の声窓に入る. 習乱. 梢雲を媚景の時に飛び⋮⋮︵﹃本朝文粋﹄巻十丁. 巻十・三〇一・源順・暮春於浄開架洞房同席花光水上浮﹁樹利. 庭葡樹幾御剣1﹂は花が﹁こぼれて匂ふ﹂様であり、﹃本朝文粋﹄. また、﹃菅家文革﹄巻二二五〇・七月七日憶野州安別駕﹁満. 三二二・淵爛・三月尽日遊五覚院同県対矧花㈲鳥関関︶. れ落ち. ⑳時に剣劇叫花院に満ち. r枕草子し以前の日本の落花の例としては、次が明確である。. 九六︶三月一日粂﹁庭桜樹可、岸柳衣々﹂も注目される。. の人事の例のみである。後の例だがr中右記﹄永長元年︵一〇. は﹃小右記﹄正暦四年︵九九三︶三月二十二日条﹁夢想樹可﹂. 右記﹄. 古記録でも、﹁紛々﹂は降雪表現として﹃後二条師通記㌔や﹃中. 巻十二元六・源順・三月三日於西宮池亭同賦花開己匝樹応教 ﹁未見習辞束之葡﹂などがある。. 奉和翫春雪・藤原冬嗣﹁覇降九天﹂、﹃瞥家後集﹄四九〇・ 雪夜思家竹﹁樹刺専夜笥﹂、﹁柳索﹂や﹁花﹂の見立てでは、﹃菅. 元長・. 形容に用いているが、平安の詩歌に最も影響した﹃文集﹄に少. 其 一. 家文革﹄巻五二二九四・柳索﹁覇続柳枝﹂、﹃本朝文粋﹄. 夜. ないことは注目すべきであろう︵﹃文選﹄にも落葉は無い︶。. た 飛 蛍 の. ⑳紛頑として習門空しく閉ぢ 寂々として鴬鳴いて日. や. 淵」欲) つ刹. 』. さて日本漢詩文でも、降雪の例は散見する。例えば、F凌雲集﹄. も散った花だが、作者が注目される︵M参照︶。さらに同⊥ハ・. 落葉の例は、F文集﹄. に一例しか無かったが. ︵もちろんこの. つまり、﹁紛々﹂が落花や降雪の表現であるということは、﹁こ林花落混舟・江以言﹁習散落混舟中﹂や、同・一九・度水落 ぼる ﹂ ﹁ こ ぼ す﹂ の語と親和的だと 言 え る 。 ヽヽヽ 花舞・橘為義﹁樹刺渡水舞猶軽﹂は、花の散っている様である。. ー34−. 意 二 首 花欄. ・. た. 復 Lは. これらを見る限りでは、落葉は例外的で、﹁紛々﹂は降雪と 落花の形容とされていたことがわかる。前述したように、落花 は前掲⑩の﹁折ればこぼれぬ﹂のように﹁こぼる﹂で表現され. ﹁花﹂の例である。﹃本朝麗. 藻﹄巻上・春・二七・花落春帰路・儀同三司﹁琴雲路探﹂. 照流﹂は﹁水﹂の上に既に散った. ヽ. ⑲況. ることもあり、また降雪についても、次のような例があった。 ⑳笥岬刊がごとふりて、ひねもすにやまず。⋮⋮目鞋れせ ぬ 笥 の 積 るぞわが心なる ︵虜勢物声八十五段︶. ヽ. 李.
(16) 終日遊人山に入る. に 々たり・. 詠 ・ と. 一. 一. さへぞuづ心剣引. 一. ろう). 、日 ・. 本. 漢. 時. ・. 上に点じ. 索々として濃落し萄錦を枝中に展ぶ︵﹃本朝文. ⑳観るに夫れ五更霜白く刀剣笥 組 分飛し燕脂を働. 三三七と三三八・左衛門尉︵藤原治方︶︶. ︵r窮恒き晩秋遊覧、同族秋景引閑行、各分一字・硲・. 将. 懐. 上・秋歌二一. であ 日. 詩文では散見. る. 重要. 遊 覧. 晩 秋 人. が. 雑. する。 ). 割刷起劉﹂︵巻十二・〇五九三・山石棺寄元九︶に拠ると. される讐⑳など前掲の秋の落花三例の存在も看過できない。. さらに渡辺氏は、⑳の末句は﹁澗底の松﹂︵﹃文選﹄、﹃文集﹄. 巻四・〇一五一︶を踏まえるが、道義的倫理的寓意は希薄化さ. れており、和歌のほうは紀友別の﹃古今集﹄八四番歌を本歌と. した1散り行く紅葉を桜の落花になぞらえた替え歌﹂でぁり、﹁惜. 春を惜秋に置き換えたもの﹂であると言われている。置換は、F文. 集﹄においては落花表現のほうが優勢な﹁紛々﹂を、落葉表現 として用いたことについても言えるだろう。﹁錦﹂の見立てや 日﹂など、中国の詩文における春の季節美やそれを愛でる表現 が、日本の詩歌ではむしろ秋に用いられていく中に、落葉の ﹁紛々﹂も位置づけられるのではないか。 さらに、次の落涙の例にも注目しておきたい。﹁下和の玉﹂. ︵﹃韓非子﹄﹃蒙求﹄︶の血涙の故事を引き、落涙を散る﹁玉﹂. に見立てた詩である。﹁紛々﹂は﹁涙﹂とも結びつくのであ ちなみに﹃菅家文革﹄巻二・九九・九日侍宴各分一字応製. ﹁拝舞紛幻m劃野は、玉石が多いだけで散るわけではない。. ⑳片糸に貫く遡の緒を弱み副珂て恋は人や知りなむ こころうすあか 誰か織る中心の恋の緒の練を 下和泣. ︵﹃新撰万葉集﹄上・恋歌二≡三と二二四︶ 落葉そのものに﹁紛々﹂を用いた例が、女性の詩や和漢兼作 なお、同じく降雪表現の﹁績紛﹂︵﹃文選﹄巻十三・謝意連・ の場に見られることに、注目しておきたい。 賦︶が、威撰万葉集﹄八八﹁酬劇楓矧乱遡飛﹂や、一三六 ⑳の﹁紛々﹂について、藤岡忠実氏・徳原茂美氏崩恒集雪注 tl剰績l矧客袖欄﹂にあり、紀斉名﹁落葉賦﹂︵岩朝文粋﹄巻 釈﹄は﹁紅葉が盛んに乱れ散るさま﹂とし、渡辺秀長氏は﹁ ﹁落ち ・日 ・八︶等々にも見えるが、畳語ではないので、やはり﹁紛々﹂ りまがひ﹂と訓んで、自詩⑬ないし晩春の山跡掲をよんだ一﹁ のほうが、より﹁ほろほろと﹂には近いと言えるだろう。. 粋﹄巻十・後江相公︵朝綱︶・初冬翫剋粛、応太上法皇製︶. −35−. ・ は見. ⑬. ⑳. ⑳ 暮 秋. 」. 撰 万 葉 集 』. 義. (. 酔. 一 例.
(17) さて、⑳の詩歌は﹁惜春﹂の﹁惜秋﹂への置き換えであったあさぼらけの税におとらず﹂︵三五段・木の花は︶などのように、. ㈹大きにてよきもの⋮⋮山吹の花。樹の習。︵一二九段︶. が、本段に措かれた、木の葉が﹁ほろほろ︵紛々︶と﹂、涙の 桜花の通念的な美を認める一方で、次のような独特な取り上げ ように、花のように、﹁こぼれ落つる﹂光景も、次文の﹁桜﹂ 方もしていることが知られている。 を待つjでもなく、惜春の光景と重なり合うのではないか。 回木の花は、漉きも薄きも紅梅。樹は、習大きに、剰の 色濃きが、槻細くて咲き美る。⋮⋮ ︵三五段︶. 三、﹁桜の葉、椋の菓こそ、いととくは落つれ。﹂. 桜の葉、壕の葉こそ ﹁桜﹂は、遠景だけとは言えないが、﹁白雲﹂﹁霞﹂﹁滝﹂ 樹木名が、自詩②の﹁梧桐﹂や⑳の﹁柳・椀﹂などと同様に﹁ 、波﹂等に見立てられるなど、﹁雨﹂や﹁露﹂に滞れた様や 花も含めて、給体的に捉えられるのが一般的であり、花びらの 具体的に述べられている箇所だが、堺本と前田家本は1椋の菓﹂. 盛. が無く、﹁桜の葉﹂のみである。 大きさや、菓の色、枝の細さといった微細な視点で取り上げら ﹁椋﹂﹁椋の木﹂﹁椋の菓﹂は、増田繁夫氏校注﹃和泉古れ 典叢 るのは珍しい。⑳のような例もあるが、﹁花びら﹂の大きさ 書﹄が哀草和名﹄を、萩谷氏が﹃和名抄﹄を引いて注するよ を重視するのが当時一般的であったとは言えないだろう。 ぅに、研磨材として用いられた。文学作品ではほとんど見られ ⑳またの日、宰相の君、 びら 大き なる桜を瓶に挿して ない。それが、類纂本には無い一因かもしれない。 ﹃小学館古語大辞典﹄や毎日国﹄などの辞書類が挙げる戎 草子﹄に近い時期の例としては、⑳がある。﹃角川古語大辞典﹄ は﹃無名抄﹄の﹁俊頼朝臣感じて云、これは機内粛磨きして、 鼻脂引きたる歌なり﹂という表現を磨くの例を挙げている。 ⑳御堂の内を見れば、仏の御座造り輝かす。椀割引を見れば、 木賊、樹菊、桃の核などして、四五十人が手ごとに居並み. 固. (¶大斎院. そ. こ. 前御集. り. 』. な. 下. り. け. て. ︵﹃栄花物語﹄巻十五・うたがひ︹九︺︶. の. 「棄」は、夏の青葉. 州相花山喝. て笥。. ・四四大 ・. ). 書. 々. ん. 同. ﹁桜の葉﹂もまた、文学作品に一般的とは言えないものであ. の. て 人. ). る。﹃枕草子﹄では、﹁さて春ごとに咲くとて、桜lをよろしう思 ふ人やはある﹂︵三七段・節は︶や、﹁︵橘は︶朝露に滞れたる. 菊. 三 二 六 詞. れ. 七 人. た. 桜の. け 噛. ま. ⑳. に. ⑳ 桐. を. ー36−.
(18) ㈲. ㈲ す. ㈱ 花 の 木 な らぬは. い. (. 』. 前. 地れど、 、. の中. し出で. 楓。桂。五葉。たそばの 木 、しななき心. へ. ㊧. 草 子. りはて る. さぞ. た. て. 花の木ども散、お. ・:. つ 立 の席に. し. な べ. …・ ‥. 出. 笥桐や春. て. 三. 緑. ……. に. に、. 二. り. な る ら. な. ん. 顕. 季 卿. なりに. ). ま. の記. で. のと. ). て い. い こ. る. の. 『古. は、. ず. 葉 秋の 一. 」. 紅 葉 で ). え. はな. い 新緑の み「. 「も 「赤」 ぢ」. わ. るが、次の. な. や、詩歌 お、『和 庫 』. 泉. 詠. に の. いが り. 、. −37−. で く、い葉ある 。. 常.
(19) 早々と ⋮﹃角川文庫︵新版︶﹄﹃集成﹄﹃枕草子解環﹄. して、土御門に行き着きぬるにぞ、⋮・︰︵九五段︶. 早くから⋮﹃新全集﹄ このような速度の例もあることや、前文でも﹁風﹂が激しく す ば や く⋮﹃日本の文学﹄ 吹いて﹁ほろほろとこぼれ落つる﹂という落ち方に注目してい ﹃日本の文学﹄も、﹁開花・落花に週週叫為があるのと同様、ることから、﹁いととく﹂も落下速度と考える余地がある。そ 落葉にも、それが認められることをさりげなく述べて、観劉眼 もそも﹁九月つごもり、十月の頃﹂という限られた期間内にお いて、時期的に﹁両日とく﹂と言うのは、やや不自然である。 ある。1集成しには﹁桜や橡の菓は、ほとんど立秋間もなく散. ちなみに、¶枕草紙抄Lは本文に﹁とく﹂が無いので﹁此二色. の鋭さを印象づけている﹂からすると、やはり時期的な早さで. り習。﹂とある。﹁とく﹂は時期だけなのだろうか。 1枕草子J中の﹁とく﹂は、ほとんどが日記的章段にあり、. 契りし人の、音もせざりければ︶. 戸無頼の滝の習もこそ. すれ︵﹃赤染衛門集﹄五七〇・紅葉見に戸無瀬に行かむと. ◎後ろめた引と急が. だが、落葉と﹁とく﹂の語とが結びついた例歌は僅かである。. ちなみに◎は、早く紅葉狩りに行くべきだ︵った︶という歌. 三つを込めることができよう。表現に即して読むと、﹁とぐ﹂ が三つ目の速さの可能性もあることを、再度述べておく。. や﹁急いで﹂なら、早期・一斉︵一気︶・落下速度の速さ、の. てしまう。その意味でも﹁とく﹂なのである。 よって、﹁早く習﹂という訳にやや問題があることは確か であり、完了も早いことを含めて、諸注の訳の中では﹁すばや く﹂﹁早々と﹂がより相応しいと言える。さらに﹁すばやく﹂. 結びついていることが多く㈹、散り始めると一気に︵一斉に︶散っ. 嘲引圃動物なり﹂とする。落ち方の問題と捉えているのである。 但し、実態としては桜類は他よりは落葉の時期が早い。 しかも、山桜は葉が出る時に徐々に出る﹁順次型﹂ではなく 一気に出る﹁一斉型﹂であり、﹁一斉開葉﹂と﹁一斉落葉﹂は. 開花期も一例見られる。これは咲いた時期が早いの意である。 川棚の一丈ばかりにていみじう咲きたるやうにて、御階のも とにあれば、﹁いと封矧馴引にけるかな。轡Jそただいま. は盛りなれ﹂と見ゆるは、作りたるなりけり。すべて、花 の に ほ ひなど、句嘲まことにお と ら ず 。 ︵二六〇段・関白殿、二月二十一日に、法輿院の︶ しかし、.催促に用いられることが多く、特に﹁草の庵﹂の段. ︵七人段・頭の中将のすずろなるそら言を聞きて︶の多用が目. 立つ。次の有名な縫い物競争も、速くかつ早くである。 ㈲南の院におはしますころ、⋮⋮誰か引魂割とと、近く向 かはず縫ふさまもいと物ぐるほし。︵九一段・ねたきもの︶. また、次は既に牛車を走らせている場面なので、早く発車せ よの意ではなく、一層速度を上げよの意と考えられる。 川五月の御精進のほど、⋮⋮﹁待つべきにもあらず﹂とて、 走らせて土御門ざまヘヤるに、・⋮︰﹁目鼻と、州別. ー38−.
(20) はや. つきむら. ⑳到来ても見てましものを山背の多賀の顎にけるかも. もみぢが﹁道﹂や﹁宿﹂に降り積もる様が詠まれるようになっ た。三木雅博氏は、﹃伊勢物語﹄九十六段の﹁かへでの初紅葉﹂. 第. ︵﹃万葉集﹄拳ニ・雑歌・高市連黒人覇放歌八首二大○. な. ・旧二七七/﹃五代集歌枕﹄等では初旬﹁引来ても﹂︶. につけて贈った歌も含め、⑮の﹁長恨歌﹂や前掲②のような白 寿を、直接・間接に学んだ結果だと推定されている㈹。 とぎ ⑲刑扁して人到らず 橋破れて馬過ぎる事無し・⋮︰寒声は幡 暁気は糊の霜花. 八. 四、木の葉の散り敷く初冬の﹁庭﹂. の潮葉l. ふ. 十月ばかりに木立おほかる所の庭は、いとめでたし。. り の紅葉掃人稀. ︵﹃菅家文革﹄巻五・三六〇・仮中書懐詩︶. ・. この文は三巻本と能因本が全く同じである。堺本・前田家本. の埠き 門前. がら. ︵同・二八八・同︶. ⑮春風桃李花の開く日 秋雨樹桐葡萄刹時 西宮南苑秋 草多し 淵葉剰暗に満ち笥︵﹃文集﹄巻十二・〇五九 六・長恨歌︶. さらに⑮は、﹃伊勢集﹄﹁長恨歌の屏風﹂の歌︵五二・五六、. 前掲⑳と後掲⑳︶だけでなく、﹁柿﹂と一層赤い﹁ねずみもち﹂. 来て紅葉に書きて言ひつかはしける・枇杷左大臣︵仲平︶︶. ︵F伊勢集﹄一/F後撰集﹄剰・四五人・住まぬ劇にまで. ⑳人住まず荒れたる欄を来て見れば今ぞ刹叫菊は鍋繊引ける. −39−. ⑳親潮刑深く行跡絶え 四壁の虚中辛苦多し. 八. ︵r本朝文粋﹄巻丁一八・紀納言︵長谷雄︶・貧女吟︶ 山家. の﹁おほかた︵の︶、そのころ﹂も、落葉しっつある時期では. 秋 晩. なく、もう少し後の﹁十月ばかりに﹂に当ると考えてよかろう。. 八). 最初の文が、落涙に重ねて晩秋の黄落に﹁あはれ﹂を感じて. る. ⑳踏み分けてさらにやとはむ副菜剰潮の剖引嘲uてし過と見な. 寂 実 た. の紅葉に付けた冒頭の贈答歌でも踏まえられているという。. し. いたのに対し、この文は木の葉が散牒敷く初冬の﹁庭﹂の視覚 的な興趣を述べている。悲哀感は見当たらない。しかし、﹁水﹂ の表現の特徴を明らかにす. に散ったものは別として、散り敷いたもみぢが早くから愛でら れていたわけではない。r枕草子﹄. るために、前後の散ったもみぢの表現、主に和歌を見ておく。 ︵九〇〇年前後の宿や道に散ったもみぢ、孤独の表象︶. 散る前のもみぢ、散りゆくもみぢ、散ったもみぢ、の三段階 のうち、二つ目は本段を含め多く悲哀感を伴うが︵﹁幣﹂﹁錦を においては同. み分け鳴く鹿の声聞く時ぞ秋は悲し割. 裁つ﹂などの見立ては別︶、三つ目も﹃古今集﹄ 様であった。. ⑳奥山に. ︵F古今集﹄秋歌上・是貞親王家の歌合の歌・よみ人知らず︶. 右は﹁山﹂のもみぢである。これとは別に、西暦九〇〇年前 後の詩歌において、﹁﹃人の訪れの無いこと﹄の表象﹂として、. ⑳.
(21) ⑰涙さへ時雨にそひて ふるさと は組魂の色も漉さまさりけり ︵同・二/同・四五九・返し・伊勢/﹃古今六帖﹄一・天 ・時雨・ 五 〇 八 ︶. 次は、その孤独の表象に﹁虫﹂の声が添えられた例と言える。 宿に誰 をまつ虫ここらなく. カ. ー40−. 「錦」. 「錦. 六. っ. り. て、. む. ひ. ⑳. 立て之集. 給. らむ. 貫. か せ. ︵﹃古今集﹄秋歌上二一〇三・題知らず・よみ人知らず︶. (『. ・. ︵山や林に散ったもみち、錦を敷く・錦を織り敷く︶. 院. しかしr後撰集﹄になると、散り敷いたもみぢと孤独とを結. びつけず、愛でた歌が見える。しかも、散る前の状態や水上・ 水底に散ったもみぢではなく、主に﹁山﹂や﹁林﹂に散り敷い たもみぢを﹁錦﹂に見立てている。動詞は、右の⑲仲平歌では ﹁錦織る﹂でぁったが、こちらの場合は﹁錦敷く﹂が多い。⑬. 「伊勢. の岩今集﹄よみ人知らず歌などにも﹁降り敷引︵頻く︶﹂が. 用いられていたが、﹁錦﹂は詠みこまれていなかった。 ⑳立ち寄りて見るべき人のあればこそ秋の榊に鏑割引らめ. 集』. 「女郎花. 」を. た. に見. ⑳租に珂叫瑚剋になりにけり悲しきこの とみの 潮りて 積も. と. 』. が. 、. 々詠. ︵﹃後撰集﹄秋下・四〇八・題知らず・よみ人知らず︶. 錦二二五二六・男・四句﹁織りきる﹂︶. の陶引割引秋の山辺こそたちて悔しき錦なりけれ ︵同・四一二・題知らず・よみ人知らず︶. て. 飼憫判の屏風を享子の帝か. つ く「. み. 三 四. 、. に を. そ. 蓬の欄に臥 っ. 。. 三六. み. は っ 詩. に. (. ⑳木のもとに織らぬ鏑の笥は雲の酬の組葡なりけり ︵同・四〇九・題知らず・よみ人知らず︶. 刻郎花樹に繊引覿引鍋なりけり は. ︵同・四一〇・題知らず・よみ人知らず/r古今六帖﹄六. 笥剰. ㊧. に. 特 も. た. こ. 人. ㊧.
(22) ︵﹃和泉式部集﹄観身岸額離根草、論命⋮⋮・二八〇︶. これらは、■前々項の﹁孤独﹂の表象の系譜である。 ヽ ︵庭に散ったもみち、掃かないのは愛でるため︶. され︵覇編国歌大観﹄解説︶、症草子﹄と関係の深い人々が. 関わっていた。作者藤原敦信は明衡の父で、敦良親王読書始に. ﹁文人﹂として詩を航した︵﹃平安時代史事典﹄︶。やはり漢文. の歌を紹介されている㈹。﹁庭﹂に散り敷く落花を愛でた歌で る。﹃古今集﹄八六四番歌を踏まえ、﹁錦﹂の縁語﹁裁つ﹂が てこそ、﹁歌のことばの中に安定した地位を得ている﹂という ここでは、これが元輔の歌であることに注目しておきたい。前. 一方、伊勢歌と同じ頃に、﹁孤独﹂の悲哀感を伴わない﹁学 庭的 ﹂背景で﹁庭﹂の語が使用されたわけである。前々項で述べ た﹁錦敷く﹂もあり、完全に賞美の歌である。 に散ったもみぢの歌も詠まれ始め、平安中期以降継承された。 ⑳洞中には清浅たり瑠璃の水 慮上には粛条たり鍋繍の榊 なお鈴木宏子氏は、例外的な桜=﹁錦﹂の見立てとして、次 ︵﹃朗詠集﹄上・秋・紅葉二二〇三・保胤︶. 紅葉 ◎翳副に唐紅になるまでに秋にあひかね落 つか る ︵﹃窮恒集﹄一五二号子の帝の大井におはしませる時に、 九つの題の歌・紅葉落つ/﹃書陵部本窮恒集﹄二〇・こ. 草子﹄で落葉に置き換えられているのである。. /. に. て. 拾. r後. 遺. る庭の紅葉は唐錦ま づuハぃりものは無しとこそ聞け. ・. 散. 射. 敷く﹂という表現もある︶。. け 散忍. ⑬は孤独感もうかがえるが、紅葉. を愛でていることには変わりが無い。. ー41−. 掲⑲の﹁こぼる﹂と同じく、元輔の落花の歌の言葉や光景が、 ⑳は、延喜七年九月十日字多院大井河行幸という和漢兼作の. 九 二. 場での詠歌である。﹁水上﹂と﹁水の面﹂︵﹃古今集﹄八四五・豊、. 輔. ⑳花の蔭たたまく惜しき今宵かな笥感と見えつつ. 粛. 九七六・窮恒等︶の関係のように、﹁庭上﹂などの漢語に拠り、 窮恒は﹁庭の面﹂を用いたのであろう︵﹃古今集﹄一〇〇五も︶。. ・. 目前の寛和二年︵九八六︶六月十日、花山天皇の主催で、義憤. ほ ど. の. 橋、 反. 渡殿. に. 列慧. の判、歌人は左が能宣・斉信・明理・長能・好忠・敦信、右が 組葉lのいろいろ漉き薄き、鍋封覿到たる渡殿の上 惟成・美方・道綱・公任・道長、本文によっては高遠もいたと 利圏叫面に、⋮⋮帝、世のつねの紅葉とや見るいにしへの. の. この歌合は、二節で取り上げた⑳の義孝の歌の後、譲位十三 ⑳神無月の二十日あまりのほどに、六条院に行幸あり。⋮⋮. ︵﹃寛和二年内裏歌合﹄冬・紅葉・左・二九・敦信︶. ). 『元. ﹁秋にあひかね⋮⋮﹂などから、散ったもみぢを愛でた歌とは 言い切れないが、少なくとも⑳や⑳のような作者の﹁孤独の表 さて、⑳と同様の表現が ﹁源氏﹂の地の文⑳にもあり︵波線 ﹁風﹂の有無の違いはあるが、﹁庭 部については後述︶、以後、 象﹂として﹁庭﹂のもみぢを詠んではいない。過渡的な歌と言 ヽヽ 例歌が散見する ︵他に﹁宿に錦を に錦を敷く﹂が継承され、 えるが、次の⑳になると悲哀感は全く無くなる。. て侍 槻彗. は鏑到割引、. ヽ. ( 道.
(23) 『道. 紙業散りたに、. 命阿. 梨. 閣 』. 集. る厳. 霞. 降. の. 親潮潮. を. ︵﹃教長集﹄秋歌・四九三・落葉歌とてよめる︶. を. 笥. ほ. し. ど. で秋過ぎに. ⑳闇摘も動瑚菊. 四二・大弐資 通 ︶. ㊥親潮菊の笥庭も. せで朝清めすな. 息集﹄五/¶朗詠集﹄ 〓二二︶ の落花の歌を踏まえている。落. 右のうち⑮は、﹃拾遺集﹄一〇五五番︵﹃拾遺抄﹄三九七/F公. ︵﹃田多民治集﹄八八︶. ︵﹃詞花集﹄冬・家に歌合し侍りけるに落葉をよめる・一. 掃はで ぞ見る. ︵﹃永久百首﹄落葉二二大九・伸実︶. れ. 葉を愛でる心象は、やはり落花のそれを連想させるのである。. 次は、これらの心象を明確に対比させた歌である。. ⑳花剖引u威に親潮の習れるをいづれ優りて惜uと見えけ. む︵﹃赤染衛門集﹄四九七・春、花見し山寺を見れば、劇 に親潮の散引欄引引たるを︶. ⋮⋮十月ばかりに木立おほかる所の庭は、いとめでたし。. 本段は、﹃古今集﹄には無くF後撰集﹄で注目されるようになっ. た地面に散り敷いたもみぢの美を、やはり漢詩的表現を取り込. っれ﹂から、春の終わりの﹁桜﹂の散り敷いた﹁庭﹂の﹁めで. 明らかではないが、落花との対比は、﹁桜﹂を提示した本段に おいても読み取り得るのではないか。読者は前文の﹁桜⋮⋮落. る。なお前述したように、⑳の義孝歌も非常によく似ていた。 また二節未でも述べたが、⑳の赤染衛門歌の春秋優劣論ほど. この詩句を知っていた可能性は高く、直接的な影響が考えられ. の閑適の自詩句に近い。r佳句し所収であることから、作者が. 第二文に具体的な﹁桜﹂と﹁椋﹂という木の名がある点で、②. また本段には﹁掃ふ﹂の語は無いが、第一文の﹁貴なる葉﹂、. な描写は、﹃購玲日記﹄ や﹃うつほ﹄ にも無かった。. く木の葉の美を散文で措いたことが新しいのである。このよう. でもあり、和泉式部と同様に、﹃枕草子﹄との関係が種々明ら が、﹁錦﹂の語は用いていない。もちろん、詞書を含め散文で かにされている河原院グループの第二世代である曾 は﹁庭﹂の語自体は用いられていたが、その語を用いて散り敷. の縁語で﹁散り︵塵︶積もる﹂が多い。㊨の作者道済は漢詩人. まれているが、それは落葉を愛でるためである。動詞は﹁掃く 代﹂ 和歌と同様の新しい興趣を表現したわけである。⑳の元締の ﹁庭﹂の落花の﹁錦﹂を愛でる歌をヒントにした可能性がある. また以下の例は、②と同じく﹁庭を掃かない﹂ことが詠みこんでもみぢの和歌でも詠まれ始めた﹁庭﹂の語を用いて、同時. ︵同二四九四︶. ⑬見る人もあらじや梱の劇画固にあたら親潮の錦割引らん. り 混. の積もれる庭に降りu刷ばただ露地の鍋とぞ見る. ためしにひける庭の錦を︵﹃源氏﹄藤葡萄︹一五二六︺︶. た. ㊨初時雨そめし剋菊の蘭鋼矧に引引潮刃風ぞ習める. 四. ︵﹃道済集﹄二大・笥劇︶. せ は 物. けり. と. 葛威. −42−. (. ⑳梢にて習しかば親潮菊の融剣劇を. ⑮.
(24) た﹂さを連想したであろう。最初の文の﹁ほろほろ﹂﹁紛々﹂﹁こ ぼる﹂は、落涙と共に落花を表わす言葉でもあった。 なお、⑳のF源氏﹄藤裏葉には、﹁風﹂によって﹁庭﹂に﹁錦. 、⑩ 戎草子』 以. 前の. の使用も含め、戒草子﹄が措いた﹁風﹂を¶源氏﹄が展開さ. も. 集. も. 、万葉. 』歌を. 「. 含. 僅. ︵﹃論春秋歌倉二・右・こたふ、とよぬし︶. めかだがある。. −43−. ︵錦を張る︶. えている。1読書行為﹂による創作的受容の三と言えよう。 F枕冊子新註﹄は1出典未考。後のものに﹂として、⑳を挙 げている。季経は清輔の異母弟で、散逸したF枕草子﹄の最古 の注釈書を著したことでも知られている︵﹃本朝書籍目録﹄︶。. して笥は和田の観相 ⑳しつえまでかかれる蔦はもみ ︵﹃六百番歌合﹄上・秋部・蔦二二番左・四二五・季経/芙. 木抄﹄六〇三三/戒枕名寄﹄四三七八︶. 見れば鍋を封ばま1叫利春の曙. へだつる霧の聞を作りて︵﹃山. ㊥おのづからいそしの峰や曇るらんおのれ笥の劇. 家集﹄上・秋・四八〇・霧中親潮/F夫木抄﹄五三五五︶. 慧痢を見せぬかな. ㊥誰か来ば︵いづれの山に手向く七て︶封盟固に鏑ばるらん ︵﹃経家集﹄三三・右大臣︿兼書家百首に、剋粛を︶. ︵﹃為患家後度百首﹄償・岡辺桜・七丁為息︶. @花盛り衣笠岡をきて. 最後に、堺本・前田家本のみにある﹁錦を張れる﹂と戒 い草 う子 見 ﹄以後は、逆に秋が優勢になる。㊥は春の だ付が 立てを取り上げておきたい。これは、平安末期以降に 加、 さ㊥ れは秋の﹁衣笠岡﹂、⑳は秋の﹁笠松﹂、㊥ ﹁張る﹂縁語の﹁笠﹂も目立つ。さらに後の例歌は、r琴後 たものと考えられる。共に、次段に晩秋・初冬に続くで 季、節 の﹁し ﹄の春秋各一例︵七〇九・二二五二︶など少ない。 も月のついたちころに﹂で始まる﹁風﹂に関する随想集章 段も加. ︵産経閣本元輔集J麓景殿の︿以下欠﹀・覆二三六︶. 鈴木美弥氏は﹁惜春の情﹂を見出されたが、末尾三文には、そ 霞たち矧を笥こめて花のほころぶ春は優れり の情七対照的に、また重ねて、﹁惜秋の情﹂が表現さ㊥ れて い た 。 ︵同・五・左・くろぬし︶ その意味でも、ほとんどの注釈書が認めているように、﹁風は﹂ ⑳浅緑花の笥覆いくらと知りて急ぎたつらむ という一連の文章と見るべきだろう。. せたのは、1野分﹂だけでは無さそうである。また、この文に. 例. るを 秋は は優れり ㊥春はただ花こそは咲け矧過ごとにれ錦. たる雨風。﹂との関係が注目されてきた。前述した﹁ほろほろと﹂. たように、本段冒頭近くの1三月ばかりの夕暮に、ゆるく吹き. を敷く﹂様が描かれていたが、同巻については第一節で紹介し. そ.
(25) 小. に. う. なむ 咲. ︵﹃更級日記﹄︹五︺︶. 到 研 川 副 や. ︵﹃栄花﹄巻三十六︹三こ︶. 錦. きも錦を引けるやうなり。. うす. ︵﹃夫木抄﹄巻四・葡部四・花・一二九五・建保四年︵一. 濃. たる。・⋮足 :柄山といふは、⋮⋮. き. 三六﹀内裏十首歌合・僧正行意/﹃歌枕名寄﹄四八九七︶ まことに﹃錦を張れる﹄など︵と︶見幻て﹂. @ 到. 茂れる所なれば、十計ばかりの租菊、四方の山辺よりもけ. にいみじくおもしろく、 錦をひけるやうなるに︵同︹一こ︶ ⑳斎院のわたりの粗菓−もいみじう盛りにて、 色 々錦引き渡し. ︵﹃狭衣﹄巻四︹三三六︺︶. ︵﹃寝覚﹄巻五︹三四︺︶. ⋮⋮習おもしろく、錦−を到馴刷. るやうなる山のかたを、⋮⋮. ︵﹃好忠集﹄︵毎月集︶九月上・二五三︶. 笥する四方の剖劉を見渡せば空に鋼到別封ぞ巡らす. 引き渡し たる錦と ぞ見る. を. ﹃源氏﹄. き. ︵﹃教長集﹄秋歌・四人四・東山辺にて、連峰紅葉︶. 橋. ︵散文では錦を﹁敷く﹂から﹁引くLへ、1張る﹂は例外︶. 春秋の違いはあるが、平安末期から鎌倉中期以前における堺を 本引く﹂は、歌の例もあるが少ない。 ﹁ 錦 祖本への増補に影響した可能性が高いのではないだろう⑳か 。 瀦山にはむらむら習かと見るにつけても酬粛ぞ立つ. に保延元年︵二三五︶頃に詠まれた㊧は、﹁春の曙﹂もあり、. に用いられているのである。 たるやうに見渡されたるに、 また﹁錦を張れる﹂という句自体は、㊥㊥㊥にあった⑳ 。十特 月ついたちごろ、. であった。他の花やもみぢの場合は、散る以前の1山﹂や﹁木﹂. という点で﹁庭﹂に近いが、落葉や落花ではなく、草花の1錦﹂. 敷く落葉や落花を詠んだものは無い。﹁野辺﹂の語が地上︵平面︶. とあるものの、少なくともこれらの歌の中には、﹁庭﹂⑳に 散り 足柄といひし山の麓に、暗がりわたりたりし木のやぅに、. 類編纂本系統に﹁. く. 浮. では前掲⑳ のいろいろ 、鋼をー割引た ふ庭の面﹂以外にも、春の落花に﹁錦を敷. 引責. ⑲高陽院の有様、・⋮・・秋深くなるままに、 の薄きも濃. ば鍋到引潮 る心地のみして. 二首和歌∴詠深山紅葉和歌・因幡守通方・七九︶. これらの歌や平安後期の散文に用いられたのは、㊤の好忠歌 の直接的な影響もあろうが、﹃源氏﹄の前掲⑳の汲線部﹁ため. に㊨や⑳は﹁引き珂た一列﹂︶。⑳の﹁霧﹂に対し、⑳は春の1霞﹂. しにひける庭の錦を﹂や、次の⑲の影響もあるのではないか︵特. と表現する例が散見する。⑲は、前掲⑲と同じ場面である。. 葉を﹁錦を引く﹂︵地面と並行ではな↑王に垂直方向に引く︶. 敷く﹂は用いられず、⑳を除き、﹁山﹂や1木﹂の散る前の紅. とは異なり︵㊨⑫⑬参照︶、散った紅葉や花につい†の﹁錦を. しかし、その儀の散文作品における﹁錦﹂の見立ては、和 歌 ︵﹃熊野懐紙﹄建仁元年︵一二〇一︶藤代王子和歌会・詠. しにけり冬来れ. ︵﹃為忠初度百首﹄冬・橋上落葉・四五三・伸正︶. に. −44−. は ⑳利明固. る渡殿の上 見えま. く﹂が用いられていた。. ろい割に習、鍋到覿刷 欄q酬ぃ. ると見ゆるに、鹿のたたずみ歩くも︵﹃源氏﹄若紫︹八︺︶. 」.
(26) ヽヽヽヽ. 愁を感じさせると述べている。これ自体は伝統的な﹁悲秋﹂で. ︶る が吹 で、傍線部は確かに﹁春霞の美景の比喩。大和絵を連想さしせ 。き ﹂、黄葉がはらはらとひとしきり散りゆくのが、哀 ︵﹃新全集﹄︶が、﹁錦﹂とある限り、﹁霞みあひたる梢ども﹂が. やうに、︵﹃大鏡﹄人〓九七︺︶. 流行し始めていたが、r枕草子では非在の﹁涙﹂を明記せず、. あるが、従来﹃晴蛤日記﹄﹃うつほ﹄などで落涙表現であった﹁ほ ﹁色々﹂であることは自明であろう。 ⑳三月の二十すあまりのころほひ、⋮⋮こなたかなた風ろ 刺ほ あろと﹂の語を用い、同じく落涙の動詞であり⑲元輔歌﹁誰 がためか明日は残らん山桜こぼれて匂へ⋮⋮﹂などのように和 ひたる梢ども、鏑葛に︵﹃源氏﹄胡蝶︹こ︶ は。 落花をも表わしていた﹁こぼれ︵落つ︶﹂を用いて、落 さて、このような例がある中にあって、次は例外的と言歌 えでる ヽた ヽヽ ﹃うつほ﹄などに見立てではない﹁錦を張る﹂の例はあっ がヽ、葉︵散りゆく葉︶を落涙のイメージと重ねて表現した点に独 自性が見られた。当時、⑳義孝歌﹁夕暮れに刹矧引頗を眺めつ 見立てでは前項で述べたように例歌も少なかった。 ⑳やうやう日は山の端に入りがたに、光のいみじうさしつ て木 、の葉と共に落つる涙か﹂のように落葉を落涙に重ねる歌も 錦をはりたる. 涙﹂を避けている。一方、漢詩文には﹁黄落﹂や﹁黄葉﹂があ. この⑲の存在から、平安後期に﹁錦を張る﹂が一時的にせよ歌言葉ではない﹁ほろほろと﹂を用いて、和歌的な縁語・掛詞 韻文・散文を問わず用いられたのは確かである。しかし、これの方法で﹁涙のように﹂と表現している。また﹁黄なる葉﹂と も前項の歌と同じく、本段のような散ったもみぢではない。そ色を指定し、﹃万葉集﹄より後の和歌で一般的な﹁紅葉﹂や﹁紅 の点ではr枕草子し類纂本の﹁まことに錦を嘲叫刹など︵と︶ など︵と︶見えて﹂とすべきところである。常. で、﹁紅葉=紅涙﹂とは別の意味で﹁涙﹂と結びついていた。. 見えて﹂の見立ては、やはり孤立している。一般的には﹁まこり、特に前者は人生の黄昏と重なる秋の﹁あはれ﹂を表わす語 とに錦をしける. に和漢兼作の場などで用いられた畳語の﹁紛々﹂が、ヒントに. ほろと﹂についても、﹁揺落﹂の他、⑬白詩句﹁紅葉紛々蓋欲瓦﹂ などを拠り所に、落花・降雪以外に落葉の表現としても積極的. 識的な見立てをあえて排して独自に﹁まことに⋮⋮﹂と述べた当該文は、③﹃礼記﹄月令﹁季秋之月⋮⋮草木黄落﹂や、⑳﹃文 選﹄﹁秋興賦﹂所引﹃楚辞﹄﹁九弁﹂の冒頭﹁悲秋気⋮⋮草木揺 のか、表現史にやや不案内であった結果なのかは、類纂本全体 落﹂に符合し、特に前者を訓読した可能性が高い。また﹁ほろ の傾向から明らかにできようが、本稿では﹁錦を張れる﹂が常 識に完全には一致しないことを指摘するに留めておく。 五、まとめ. わした例もある︵⑳︶。そして当該文の﹁紛々︵ほろほろ︶﹂や﹁こ. 以上見てきたことを、繰り返しになるが、まとめておきたいな 。った可能性が高い。この語は﹁玉﹂の見立てにより落涙を表 最初の文は、晩秋から初冬にかけて、曇り空に強風︵木枯ら. ー45−.
(27) もよまれるが、落葉は時期すら問題にされない。もし﹁いとと. くとく開くる花の枝ゆゑに⋮⋮﹂︵﹃元輔集﹄九九︶など和歌で. しまうという発見を述べている。﹁梅﹂などの開花の遅速は﹁遅. 次の文は、﹁桜﹂と﹁椋﹂の葉が特に急いですばやく散って. は、この興趣をいち早く仮名散文に取り込んだのである。そこ. もみぢを積極的に愛でる歌が詠まれるようになった。﹃枕草子﹄. つ如く︵敷く︶ものは無しとこそ聞け﹂なぜ、﹁庭﹂に散った. み、同じく和漢兼作の敦倍の⑳﹁落ち積もる庭の紅葉は唐錦ま. ⋮⋮ ﹂と孤独とは無関係に﹁庭﹂に散ったもみぢの叙景歌を詠. 以後、窮恒は和漢兼作の場で㊨﹁庭の面に唐紅になるまでに. く﹂が落下速度を指しているのであれば、一層特異である。具. には、﹃後撰集﹄撰者の一人でもある元締の落花を愛で惜しむ歌、. ぼれ落つ﹂からは、落花の惜春の光景も浮ぶ。. 体的な落葉樹名を挙げた点で漢詩文に近いが、それが春を代表. ⑳﹁花の蔭たたまく惜しき今宵かな錦を晒す庭と見えつつ﹂の. 直接・間接の影響も考えられるが、﹁錦﹂の見立ては避けている。. し落花も注目される﹁桜﹂と、実用的・非文学的な﹁椋﹂であ るという点で、一般的な﹁もみぢ﹂を取り上げない. また、自詩の﹁晩秋閑居﹂の②﹁秋庭不掃携藤杖. ﹃枕草子﹄. らしさがある。そして、﹁桜﹂﹁落つれ﹂の語を出すことで、当. 葉行﹂は、﹁庭﹂の語を含み、もみぢを簸でるという点でも詩. 人や歌人達が⑮﹁長恨歌﹂以上に依拠したで透ろうが、F千載. 閑跨蒋桐黄. 該箇所の落花の光景との重なりは、より確かなものとなるバ 最後の文は、初冬十月、木立の多い場所の庭は、木の葉が散. 佳句﹄. にもあり、最初の﹁黄なる葉﹂や次文の具体的な樹木名. り敷いてすばらしいと愛でたものである。﹃万葉集﹄以来もみ. も類似することから、本段においても踏まえられた可能性が高. いた。しかし、九〇〇年前後の詩歌において、主に⑳﹁長恨歌﹂. ヽヽヽ や﹁池﹂﹁江﹂など﹁水﹂の上や底に散ったもみぢに限られて. の地名などと共に流行した表現であり、他の散文が恐らくF源. ヽヽヽ 葉集し㊥にあるが、﹁庭﹂に限らず散った花やもみぢの例は無い。. や﹁木﹂や﹁野﹂の花やもみぢに対して用いられ、早くはF万. い。なお、類纂本系統の本文にある﹁錦を張る﹂の見立ては、﹁山﹂. ぢは美しく惜しむべき秋の代表的景物として賞美されてきた ヽヽヽ. の﹁秋雨梧桐葉落時 西宮南苑秋草多 落葉滞階紅不掃﹂の影 ヽヽヽ 響で、孤独感を表わすものとして﹁宿﹂や﹁道﹂に散ったも. 氏﹄の影響でもっばら﹁錦を引く﹂を用いる中にあって﹃大鏡﹄. が、﹃古今集﹄までは﹁山﹂や﹁木﹂の散る前のもみぢか、﹁河﹂. みぢが詠まれるようになったという。その中に﹁庭﹂の語を持. にも見られ、その時期の後補と考えられる。. ﹁まことに﹂とあるが実は例外的であった。平安末期に﹁笠﹂. っ㊨伊勢歌﹁紅に掃はぬ庭になりにけり⋮⋮﹂もあった。一方、. 様を視覚的に措いて﹁悲秋﹂﹁惜秋﹂を表現したものであるが、. これらは、晩秋・初冬の﹁風﹂に散る、そして散ウた落葉の. みぢの美にも﹃万葉集﹄以来の﹁錦﹂の見立てを用い、﹁錦を. 用語から、春の終わりの落花ヒ重なり合うのである。. ¶後撰集﹄になると、﹁山﹂や﹁林﹂﹁宿﹂など地上に散ったも. 敷く﹂と愛でた歌が取り上げられるようになる。また、F古今集﹄. ー46−.
(28) た. 得. も. この. も. で. ち. よ. ろん、 き. うに当. 手. 、. 該三 続きが. 文は、. 無く. 名. 風」と. 平. た 写 易で生的. 大. と. 素. 読. だ が、 新. 奇 で. と. 孤立. せ. に. た. した. に. 一. 方 で は 必 要 だ. も. みぢ. 澤五 月. に. う。. を 含. ・窮. み 孤. 前掲. 六. が. 題知ら 」. 六、補足−三者棟は「錦」の他に、散る様. 三. 「幣. 五. と. よ り. 唯 一 絶. 村. く 「. 」や涙」 「. 「. いる. 雨」. 時 雨. 葉なりけ り. 月 −47−. L--. 」. の 解. 釈 な. ど は 無 い と. 思. 、ネットワーク. 「. ). も. 奥行き︵言語文化的背景や言葉による人脈︶を探ることむ. ろ. 雨水気. には違いない。しかし、さりげないが分析に耐える表現であり. 雨 に.
(29) の て. を聴く︶の例は、孤独と無関係なものも含めて無い。. このような孤独感や見立てなどに村する姿勢が、和泉、赤染、 清少納言において、﹃文集﹄など漢詩文の表現を踏まえて、言 葉を共有しっつ、三者三様に一貫しているのが興味深い。 和泉式部は、聴雨の他に雁の歌でも、﹁青紙﹂と﹁文字﹂の 漢詩に始まる見立てを取り込んで新しく隊列を詠みつつ㈹、結 句に雇が音を聴く﹂という﹃万葉集﹄以来の聴覚表現を用い て、訪れの無いこと、人恋しさを詠んでいた︵﹃和泉式部続集﹄. 五九七︶。そして⑳の﹁庭﹂に散り敷く紅葉も、㊧伊勢歌と同. じく孤独の表象であった。いずれも独詠歌で哀感がある。 一方赤染衛門は、娘の﹁文字﹂を﹁空﹂の隊列に見立てて詠 み︵﹃赤染衛門集﹄三三五︶、﹁庭﹂の紅葉については、⑲の落. 村 象. 繋. し. な. と. 清. 但る人 々. 状. によっては. 習呵割引. か. を. 払 ひ. き. 況痛切な歌となる。「ほ. 花の美との優劣論を含む賞美の歌を詠んだ。いずれも贈答歌で、 機智的な明るさがある。◎の﹁とく﹂と紅葉狩りを催促する贈 答歌もあった。さらに次のような歌もある。﹁烏﹂はあまり歌 に詠まれないが、漢詩文では家族愛の深い鳥とされ、症草子﹄ 初段でも踏まえられている。ここでも、﹁唖々﹂たる鳴き声を べ引を、うちながめたまひて、 詠み込み、﹁床﹂の語があるためか、六八段﹁たとしへなきものま ﹂へる⋮⋮ ︵﹃源氏﹄須磨〓五︺︶ の﹁夜烏﹂と同じように微 、笑ましさを感じさせる。 右で用いた三者三様の語は、﹁あはれ﹂も﹁をかし﹂も伝統 ⑳夕暮れは梢の痢や紛ふらん司叫村村叫利と鳴く烏かな 的な型に結晶させた和歌と、文脈を持つ物語と、自由な散文に ︵﹃赤染衛門集﹄二三四・同じ御社に寵りたりしに、暮る れば鳥どものかしましかりしかば︶. ⑳噴噴たる児を護る鶴 習母子の烏 ︵﹃文集﹄巻八・〇三大三・官舎︶. た. ょる写生文の三つにも言えるだろう。いずれにしても戒草子﹄ には独自の達成がある。観察と、詩歌め伝統と、散文表現の可 能性の追求とによる、創造的な言語妻術の一つなのである。. −48−. ろ. っ に.
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