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医療事故死と医師法二一条の届出義務違反の罪--本罪に関する判例の立場の解明と厚労省の「大綱案」の検討-香川大学学術情報リポジトリ

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・ − − − − − − − − − − ︱ I I I I I ・     説

医療事故死と医師法二I粂の届出義務違反の罪

本罪に関する判例の立場の解明と厚労省の﹁犬綱案﹂の検討

はしがき

田  中  圭

J 1 一 ・  一 人が死亡した場合、医師は、求めがあった時は、その死亡を医学的に証明する死亡診断書または死体検案書と いう文書を、作成・交付しなければならない︵医師法一九条二項︶。これらの文書のいずれかがなければ、死亡届は 受理されず、その死体を火葬したり埋葬したりすることはできない︵戸籍法八六条二項、墓地、厘葬等に関する法律 五条を参照︶。かかる文書を作成するためには、医師は、原則として、その死体を検査しなければならない︵医師法 コ〇条︶。そのさい、たとえば死体の顕部に紐状のもので絞めた痰跡︵絞疸︶といった異状があった場合、その死者 は、犯罪によって殺害された疑いが強いといえる。そこで、医師法二︸粂は﹁医師は、死体⋮を検案して異状がある と認めたときは、二十四時問以内に所轄警察署に届け出なければならない﹂と規定し、医師に対して、犯罪の発見f        七七 28−3・・4−441(香法2009)

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七八 捜査といった司法警察活動への協力義務を課している︵以下では、二I条により届け出なければならない異状を﹁異 ︵ 2 ︶ − 3 − 状﹂、その﹁異状﹂な死亡を﹁異状死﹂、その死体を﹁異状死体﹂と呼ぶことにする︶。上記二I条に違反した医師は、 五〇万円以下の罰金に処されることになっている︵同法三三条の二第一号︶。医師に、かような届出義務を課した規 定は古くからあるが︵たとえば明治三九年の香師法施行規則九条は﹁督師屍豊ヲ⋮檜案シ異獣アリト認ムルトキ八二 十四時間以内二所轄警察官眉二届出ヘシ﹂と規定していた︶、平成︸一年頃まで、この届出義務違反の罪︵以下、本 罪という︶で処罰された事件はほとんどなかった。死体に、たとえば絞殺のような疸跡のある場合、警察に届け出る のは、医師として常識であったからであろう。判例も、旧法時代のを合め、わずかである。  二’死体に故意犯の痕跡がある場合は︵たとえば殺人︶、当然、医師法二I条でいう﹁異状﹂に当たるが、過失犯 の痰跡︵たとえば交通事故死︶、あるいは、それらの疑いがある場合も、これに当たると考えるぺきであろう。この ことは、医療現場での死亡事故についても同じことである。たとえば、患者の死亡が医師の誤った診療行為つまり医 療過誤による場合や、その疑いが強いような場合、その死体を検査した医師︵医師が主治医一人の診療所では、その 主治医が検査することになろう︶は、﹁異状﹂︵この場合は、業務上過失致死︶としで所轄警察署に届け出なければな らないことになる。なお、以下で、医療事故という時は、医療の場で意外な経過をたどり、患者の死亡とか症状の悪 化といった予期せぬ有害な結果が発生した場合を指し、死亡した場合を医療事故死と呼ぶ。かような医療事故のなか で、医療従事者︵たとえば医師や看護師︶の過失によるものを医療過誤と呼ぶことにする。  三 こうした医療事故ないし医療過誤による患者の死亡事案で医師の届出義務違反の罪が問題となったのは、平成 ︸一年に起こった都立広尾病院事件︵最判平ヱハ・四・一三刑集五八ふ四T二四七︶である。本件は、看護師が点滴 器具に注入する薬液を誤って取り違え、別の看護師がこれを確認ぜずに点滴器具に注人したために、患者が死亡した 28−3・・4−442(香法2009)

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医療事・故死と医師法二六条の届出義務違反の罪(田則 という医療過誤事案で、本件被告人である都立広尾病院の院長︵当時︶が、死体を検査した主治医と共謀して︵共謀 共同正犯︶、所轄警察署への﹁異状死﹂の届出を怠ったとして被告人に届出義務違反の罪の成立を認めたものである。 前記のように医師が本罪で処罰されたことは、ほとんどなかった上に、医療過誤事案に本罪が初めて適用されたこと で、この医師法二I条は、医師や医学者あるいは医事法学者の間で、にわかにクローズアップされ、主として二I条 の当否をめぐって白熱した議論が展開されてきている。  四 本稿は、都立広尾病院事件の原々判決・原判決︰最高裁判決、および、それに至るまでの本罪に関する判例︵旧 法時代のも含む。ただし、都立広尾病院事件以外の判例は、医療事故死に関するものではない︶を紹介し、私見を交 えながら、これらを検討し、主に医療事故死との関巡で問題点を指摘するとともに、二I条の解釈論のどのような点 が判例上確立されたといえるかを明らかにし、さらに、医療事故死のこの問題等に関する厚生労働省の法案の﹁大綱 案﹂の問題点を指摘しようとするものである。だが、その前に、この届出義務をめぐる医師法諸規定のなかで出てく る諸々の概念等を解説しておこう。 一

届出義務違反の罪をめぐる医師法規定における諸概念

 −死亡診断書と死体検案書との区別との関連で

 医師法一九条二項によると、医師は、死亡診断書か死体検案書のいずれかを作成・交何しなければならない︵前出︶。 医師法施行規則二〇条によると、いずれの文書も記載しなければならない項目は同じである。では、なにゆえ区別し なければならないのだろうか。つまり、項目は同じでも、どのような場合に死亡診断書を作成し、いかなる場合に死体        七九 3・・4−443(香法2009) 28

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       八〇 検案書を作成しなければならないのであろうか。そこでまず、これらを区別する基本的な理由は何かを考えておこう。  一 死亡診断書と死体検案書の区別  ある人の死亡をめぐって、なんらかの紛争︵たとえば裁判︶が生じた場合、 これら両文書に記載されていることが問題になることがあるだろう。その場合、死亡後に、いずれの文書が作成され たかによって、紛争処理の一応の参考になるようなものでなければならないだろう。たしかに、いずれの文害も、医 師が作成するものであるから、参考になるといっても、医学的な面からの参考資料になるにすぎないこともある。し かし、それが、紛争の解決に寄与することも、充分に考えられる。かような点からすると、その人の発症︵できれば 発症前も含む︶から死亡までの全過程、つまり、その人の発症までの既往歴、発症の状況、治療の経過、症状の変化、 死亡時の状況等といった病態の全経過を医師が医学的に把握しており、医学的に問題がないと合理的に判断した場合 が死亡診断書で、こういった全経過の全部または一部を把握していない場合︵多くは外因が関与している場合で、た とえば、頭部打撲で搬送されてきた患者が頭蓋骨々折・脳挫傷で死亡したような場合、医師は、頭部打撲の状況を把 握していない︶のように、医学的に何か問題があるかもしれない時とか、医学的に問題があるか否かが判然としない 時が、死体検案書というように区別されるのではないかと思われる。そして、具体的にどのような問題があるかとか。 その原因は何かについては、紛争当事者が、当の医師と相談して明らかにしてゆくことになろう。かようにして、そ の紛争が解決の方向に向かうこともあるだろう。なお、その医学上の問題と原因が後出の﹁異状死﹂とする医師の判 断の根拠になっている時もあるし、そうでない時もあろう。 二 ﹁診察﹂と﹁検案﹂ I 医師法▽几条二項および二〇条を素直に読むと、医師は、死亡診断書を作成すぺき 4−444(香法2009) 28−3

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医療事・故死と医師法二一条の届出義務違反の罪(田中) 死体︵以下では、便宜上、﹁診断死体﹂と呼ぶ︶に対しては﹁診察﹂をし、死体検案書を作成すべき死体︵以下では、 ﹁検案死体﹂と呼ぶ︶の時は﹁検案﹂をすることになる。﹁診察﹂も﹁検案﹂も、医師が死体の外表を検査するという 点では、同じである。しかし、死亡診断書と死体検案書とは前記のように明確に区別されるべきであるから、死後に 行われる﹁診察﹂と﹁検案﹂は、概念上、厳格に区別されるべきである。死亡診断書を作成する時は、前記のように、 医師は、発症︵できれば発症前を含む︶から死亡までの病態の全過程を医学的に把握しているから、﹁診察﹂も診療 録等にもとづいた比較的形式的な検査ですむだろう。しかし、﹁検案﹂は、上記全過程の全部または一部を医師が医 学的に把握していない場合であるから、死体の外表を慎重に検査し、死体検案書には、どのようなところを把握して いないかを、わかるようにしておかなければならないだろう。さらに、﹁検案﹂の場合は、、﹁異状死﹂か否かが問題と なるから︵同法二I条を参照︶、その判断の根拠となる死体の損傷等を明確にしておかなければならない。なお、以 下では、﹁診察﹂や﹁検案﹂といった医師による死後の検査のことを﹁死後診察﹂と呼ぶことにする。  ② 当該死体が﹁診断死体﹂か、それとも﹁検案死体﹂かについて、わが国の医療現場における伝統的な立場は、 診療中の患者が死亡した場合は﹁診断死体﹂で、今まで診療をしたことのない人の死体とか、かなり以前にしか診療 をしたことのない人の死体の場合が﹁検案死体﹂としていたようである。この立場からすると、短時間でも診療をす れば︵たとえば、他人に殴られて重傷を負って搬送されてきた被害者に対し、医師が治療をしたが、数一〇分後に死 亡したような場合︶、診療中の患者ということになり、したがって、その﹁死後診察﹂は﹁診察﹂であって﹁検案﹂で はないから︵本章二の困を参照︶、たとえ死体に﹁異状﹂があっても、医師は届出をしなくてもよいことになる。な ぜならば、医師法二I粂によると、届出をしなければならないのは﹁検案﹂の場合であるからである。こういった伝 統的な立場にもとづく右のような考え方は、後で紹介する都立広尾梢院事件の弁護人の主張のなかにもみられる。し 八 ←1 28−3・・4−445(香法2009)

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      八二 かし、たとえ診療中であっても、数一〇分後に死亡した上記の例のような場合、発症ないし発症前から死亡までの全 過程を医師が医学的に把握しているといえないことが、しばしばあるから、診療中ということだけで、﹁診断死体﹂と する伝統的な立場を支持することはできない。  ㈲ 医師法二〇条但書は、診療中の患者が受診後二四時問以内に死亡した時は﹁診断死体﹂で、﹁診察﹂をしなく てもよい旨、規定している。かように規定したのは、二四時間以内であれば、﹁死後診察﹂をしなくても、最終診療 時に医師が把握していたそれまでの患者の病態から推測して、死亡までの過程を医学的に把握することが可能である という理由によるものだと思われる。  三 ﹁異状死体﹂  I 医師法二I条によると、医師が﹁検案死体﹂に﹁異状﹂を認めた時は、所轄警察署に届け 出なければならないが、これからすると、﹁検案死体﹂であっても、﹁異状﹂なしと医師が判断したならば、届け出る 必要はないということになる。問題は、この﹁異状死体﹂とは、どのような死体をいうのかである。周知のとおり、 コー条は、この﹁異状﹂とは何かを明確にしていないので、臨床医の多くが、当の死体を﹁異状﹂とみるか否か、つ まり、届け出るぺきかどうかで迷い、医療界で混乱している。二I条違反には、罰金刑が科されることになるから、 当然、この二I条は、刑罰法規に組み込まれることになる。ぞうすると、そこでは、罪刑法定主義が支配することに なり、上記のように明確でないということは、罪刑法定主義による明確性の原則に反することになり、そこには、処 罰範囲が拡大される危険性があることになる。かようにみると、医師法二I条・三三条の二第一号は、罪刑法定主義 違反で違憲︵憲法三一条違反︶の疑いが強いということになるが、それでも、どうしても処罰すべきだというのであ れば、少なくとも﹁異状﹂の概念を解釈で明確にしておく必要があろう。筆者は、﹁検案死体﹂に明らかに犯罪によ (香法2009) 446 4 −3 28

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医療事・故死と医師法ニー条の届出義務違反の罪(田則 るものという痰跡︵たとえば、顕部に紐状のもので絞めた索溝︶がある場合とか、それが強く疑われる場合だけを﹁異 状死体﹂というように制限的に解すぺきではないかと考えてい殖そうすることによって、本罪での処罰範囲が限定 されることになる。もちろん、ここでいう犯罪には、過失犯も合まれることは、前述したとおりである。  ㈲ このように、本稿は、﹁異状死体﹂の範囲を制限的に解し、他は﹁検案死体﹂であっても届出の必要のない﹁異 状でない死体﹂とすることによって、本罪の成立範囲を限定しようとするものである。

二 都立広尾病院事件以前の本罪に関する判例

本罪に関する都立広尾病院事件以前の判例は、わずか二件である。 -1 ) 醤師法施行規則九条違反の判例︵大判大七・九・ニハ刑録二四・一二二七︶  これは、旧法時代の判例である。 弁護人の主張と大審院の判断  本件事案の詳細は判然としないが、弁護人の上告趣意からすると、大約、以 撲した。事故後、医師である被告人が往診した。けっきょく、甲は頭蓋骨々折で死亡したが、被告人は、﹁異状死﹂と して所轄警察署に届け出なかったという事案である。  弁護人の主張ないし疑義のうち、本稿に必要な点は、以下のとおりである。①被告人の往診時、甲は心停止に至っ てはおらず、被告人は生体を診察しているのにもかかわらず、生体か死体かについて、第一審と第二審では認定を異 にしている。②九条でいう﹁異状﹂とは、その死因が誰かの犯行に関係があるとの疑いのある場合を意昧する。③本 八 一 一 一 1 28−3・・4−447(香法2009)

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八四 件は不慮の事故によるもので、頭蓋骨々祈による死亡は変死ではない。現場を検査したが、故意や他人の危害による ものでなく家庭内に不和もなかった。これらにより、被告人は﹁異状﹂なしと判断し、届け出なかったものである。  弁護人のかような主張ないじ疑義に対し、大審院は、①については、第一審と第二審の認定事実は同趣旨であると 斥け、上記②⑤に対しては、以下のように判示している。啓師法施行規則第九條でいう死体等に﹁異状﹂ありという のは、純然たる病死ではないと認められる状況が死体に存在する一切の場合を指すものであって、医師が死因に犯罪 の嫌疑がないと認める場合であっても、その除外例にはならないと解すべきである。本件事案におけるように、土砂 に圧せられて、頭蓋骨が骨析して死亡したような場合は、上記規定が適用されることは、もちろんである。  ② この判例の立場  大審院の上記判示からすると、この判例は、以下のような立場をとっているといえよう。 第一に、純然たる病死は﹁診断死体﹂とみているのであろう。第二に、純然たる病死ではないとする状況があれば、 ﹁異状﹂として届け出るべきであ翻︵たとえば、外因によって、なんらかの疾思が発症し、その診療中に死亡した場 合も、純然たる病死ではないといえるから、この第二点は、診療中であっても、﹁異状﹂として届け出なければなら ない場合があるとする立場をとっていることになるといえよう︶。第三に、かかる場合、たとえ医師が犯罪の嫌疑が ないと判断しても、届け出なければならない。  ③ 検討  上記第一点については、純然たる病死の場合、おそらく医師は発症ないし発症前から死亡までの全過 程を医学的に把握しているであろうから、それを﹁診断死体﹂とする大審院の立場は、本稿の立場と基本的には同じ ということになろう。第二点は、前記伝統的な立場およぴそれにもとづく立場を否定している。これらの立場からす ると、診療中であれば、たとえ犯罪の痕跡があっても、届け出なくてもよく、これでは、犯罪の発見・捜査という司 法警察への協力という啓師法施行規則九條の趣旨が生かされなくなると大審院は考えているのであろう。第三点につ (香法2009) 448 28−3‥4

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医療事故死と医師法ニ¬・条の届出義務違反の罪(田中) いては、純然たる病死でないとする状況があれば、たとえ犯罪の嫌疑なしと医師が判断しても、それは、あくまでも 医師の判断であって、警察の側からすると、検視等により犯罪の嫌疑があると判断されるかもしれないと大審院は考 えているのであろう。このように、大審院は、届出の必要な﹁異状死体﹂の範囲を、かなり拡大しているといえよう。  本稿は、届出を必要とする﹁異状死体﹂を、医師が合理的に見て犯罪の痕跡が明白であるとか、その疑いが強い場 合とし、他は﹁検案死体﹂であっても届出の必要のない﹁異状でない死体﹂と考え、﹁異状死体﹂の範囲を制限的に 解することによって、本罪の成立範囲を限定しようとしている︵前章三の②を参照︶。それに対し、この大審院判例 は、伝統的な立場を否定し、﹁異状死体﹂の範囲を拡大することによって、本罪の成立範囲を拡大しているといえよ う。この点で、この大審院判例を支持することはできない。この判例の背景には、一件でも多くの犯罪の発見・捜査 という司法警察の実践への医師の協力をできるだけ確保しようとする意図があるように思われる。  I 弁護人の主張の前記①は、前述の伝統的な立場をとっていることからの主張のようである。この立場に対する 筆者の批判は、すでに述べたところである︵前章二の②を参照︶。 5 ) 本件を本稿の立場からみると、まず、本件は﹁検案死体﹂であり、つぎに、崖崩れであるから、誰かが意図的 疑われる場合でなければならないが︶、やはり﹁異状死﹂とすべきであって、﹁検案﹂した被告人は、所轄警察屠に届 け出るぺきであったと思われる︵ただし、前記のように、本判例が﹁異状死体﹂の範囲を拡大していることには賛成 できないが︶。 二 東京地八王子支判昭四四・三・二七刑月一・三・三一三 (1) 事案の概要と被告人の供述  某病院の患       八五 28−3‥4−449(香法2009)

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八 六 者・甲︵六三歳、女性︶は、屋外療法中に行方不明となり、捜索したところ、約二日後に病院から約五〇〇メートル 離れた国有林内の沢のなかで死亡しているのが発見された。これを﹁死後診察﹂した同病院の医師である被告人が、 ﹁異状﹂なしとして警察に届け出なかったという事案である。同医師は、捜査殴階で、大約、以下のように供述した。 前日の甲には尿毒症のような症状があったので、脳症が発現し精神に異常を来し、それで飛び出したのかと考えたが、 詳細な原因はわからない。死体については、外傷の有無を調べて、骨析、裂創、切創のないことを確認し、自・他殺 を考え、顕部も調べたが﹁異状﹂はなかった。水も吸引していなかった。胃内容物にも﹁異状﹂はなかった。かよう なことから、死因は、尿毒症による心臓麻舜による病死であって﹁異状﹂とはいえないので、警察には届け出なかっ た。かように供述した。  ② 裁判所の判断  これに対して、裁判所は、犬約、以下のように判示した。ここでいう﹁異状﹂とは、単に死 因についての病理学的な﹁異状﹂ではなく、法医学的な﹁異状﹂と解すべきであり、したがって、死体じたいから認 識できる﹁異状﹂がある場合だけでなく、死体が発見されるに至った経緯、死体発見場所、状況、身元、性別等の諸 般の事情を考慮して、死体に関し﹁異状﹂を認めた場合を含む。なぜならば、医師法が医師に届出義務を課したのは、 純然たる病死で、かつ、死亡に至る経過に何ら﹁異状﹂が認められない以外は、死体の発見は往々にして犯罪と結び つく場合があることから、何らかの﹁異状﹂が認められる場合には、所轄警察署に届出をさせ、捜査官に検視の要否 を決定させるためである。このことは、診療中の患者の死体を﹁検案﹂した場合も同様であり、特に患者が医師の管 理から離脱して二四時間を超えていた場合、医師法二〇条からすると、診療中とはいいがたく、安易に死亡診断書を 作成することは禁止されている。本件の場合、死亡原因が生前にはなく、患者が死亡していたのは病院から約五〇〇 メートル離れた沢のなかで、人家も人通りもほとんどないこと、患者が相当高齢であることなどにより、﹁異状﹂で 28−3・・4−450(香法2009)

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医療事・故死と医師法ニ、一条の届出義務違反の罪(田中) あったことは明白であるから披告人には本罪が成立する。本件裁判所は、以上のように判示した。  ③ この判例の立場  上記判示内容からすると、この判例の立場は、以下のようになる。第一に、医師法二I条 でいう﹁異状﹂とは、病理学的な﹁異状﹂ではなく、法医学的な﹁異状﹂をいう。第二に、かかる﹁異状﹂は、死体 それじたいの﹁異状﹂だけでなく、死体発見に至るまでの経緯も考慮しなければならない。なぜならば、かかる﹁異 状﹂の場合は、犯罪によるものが往々にしてあるから、捜査官に検視の要否を判断させなければならないからである。 第三に、純然たる病死で、かかる﹁異状﹂が認められない場合は、﹁診断死体 ﹁検案﹂して死体に法医学的な﹁異状﹂があれば届け出るべきである。第五に、 案死体﹂である。 ゝ   1 _ _ である。第四に、診療中の患者でも、 鍛終診療から二四時間を超えると﹁検  I 検討  第一点について、病理学的な﹁異状﹂というのは、おそらく疾患ということであろうが、特に医療事 故の場合は、法医学的な﹁異状﹂性と区別できないこともあるから、この第一点は厳密ではない。さらに、一般に医 師法二I条の届出をするのは、臨床医であって法医学者ではない。かような医師に法医学的な判断を求めるのは酷で あり、けっきょく、﹁異状死体﹂を、明白な犯罪の痰跡あるいはその強い疑いとする本稿の立場よりも広く解してい ることになる。こういったことにより、本判例を支持することはできない。第二点についてであるが、医師は、場合 によっては、 述べるように ゝ   ¬       - 異状﹂性の判断のさいに、死体発見に至るまでの経緯も考えなければならない。しかし、後出の㈲で  本件の場合、筆者は、本件医師がした﹁死後診察﹂で充分と考えているが、裁判所は、それ以上の検 査を要求しており、このことは、﹁異状死体﹂を、本稿の上記立場よりも、広く解していることになり、支持できな い。第三点については、﹁異状﹂がない場合という条件がついているが、純然たる病死という以上、﹁異状﹂がないの が普通であり、本章一の③で述べたのと同じことがいえる。第四点は、本判例も、前記伝統的な立場およびぞれにも        八七 451(香法20㈲ 28−3・・4

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八 八 とづく立場︵前章二の㈲を参照︶を否定していることを意昧している。第五点については、医師法二〇条の前記但書 からすると、当然のことである。  右でみたように、本判例が伝統的な立場を否定していること、および、﹁異状死体﹂の範囲を拡大していることか らすると、本章一の③の改行箇所で述べたのと同じことが、ここでも、いえるように思われる。  ㈲ 本件の場合、患者が行方不明になってから死亡までの病態の推移を被告人が把握していないから、本稿の立場 からすると、﹁検案死体﹂である。問題は、﹁異状死体﹂といえるかであるが、被告人の前記供述によると、被告人は、 ﹁死後診察﹂だけでなく、通常の臨床医としての諸調査をして、明らかな犯罪の痰跡またはその疑いが強いものとは 判断しなかったようであるから、﹁異状﹂なしとしたことは、判決とは異なり、妥当であったといえよう。

三 都立広尾病院事件

 一 事案の概要  本件の原々審・束京地方裁判所が認定した本件の事案の概要は、以下のとおりである︵東京地 判平言▽八二二〇判時一七七∇一五六︶。都立広尾病院の医師・A︵本件患者の主治医︶は、平成一一年二月一 〇日に本件患者・甲︵五八歳、女性︶の慢性関節リューマチの手術をし、経過は順調であった。翌一一日の午前八時 三〇分頃、抗生物質の点滴後の留置針周辺での血液凝固を防止するためのヘパリンナトリュウム生食水を注射器に注 入するさいに、看護師・Bが誤って消毒液のヒビテングルコネートを注人し、別の看腹師が注射器内のその薬液を確 認せずに点滴器具に注入し、ヘパロックしたところ︵上記処置は、Aの指示による︶、この消毒液が甲の静脈内に入 り、甲の容態が急変した。蘇生治療に加わったAは、別の医師から、Bが薬液を取り違えたかもしれないと言ってい 4−452(香法2009) 28−3

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医療事故死と医師法ニ,一条の届出義務違反の罪(田中) ることを聞き、さらに、甲の右腕に色素沈着の異常があるのに気付いた。甲の容態は回復せずに、同日午前一〇時四 四分に死亡が確認された。同時刻頃、Aは、甲の死体を﹁死後診察﹂し、死亡診断吉を作成した。そのさい、Aは、 甲の術後の経過も良奸で他に特段の異常所見もないので、薬液の取り違えが急変の原因ではないかと思うとともに、 上記色素沈着に気付いていたことなどからすると、その時に、Aには医師法二I条にいう﹁異状﹂の認識があった。 翌コー日の朝方から同病院内で対策会議が開かれ、当時の病院長であった本件被告人やAも出席した。そこでは、医 療事故の疑いもあるため、所轄警察署に届け出ることにいったん決まり、被告人も、これに同意した。病院側が、こ のことを監督官庁である東京都衛生局病院事業部に電話で伝えたところ、同部の係官は、すぐに職員を病院に行かせ ると述べたので、被告人等の会議出席者は、その職員が病院に来るまで上記届出を保留することにした。職員が病院 に到着した時は、すでに前記﹁死後診察﹂した時から二四時間が過ぎており、かようにして、被告人はAらと共謀し て本罪を犯したものである。甲の死因は、病理解剖などにより、消毒薬・ヒビテングルコネート液の誤投与にもとづ く急性肺塞栓症による右心室不全とされた。なお、病院側は、同月ココ日に所轄警察署に﹁異状死﹂の届出をした。  二 原々審での弁護人の主張と、裁判所の判断  弁腹人は、本件の医療過誤は診療中の患者に対するものである から、その﹁死後診察﹂は﹁検案﹂ではなく、医師法二I粂は適用されないと主張した。これに対し、東京地裁は、 医師法二I条は捜査官をして犯罪の捜査・発見・証拠保全などを容易にさぜるためのものであるから、診療中の患者 であっても、診療中の傷病以外の原因で死亡した疑いのある﹁異状﹂が認められる時は、﹁死後診察﹂した医師は届 け出なければならないとして上記弁護人の主張を斥け、被告人に対し、懲役一年執行猶予三年、罰金二万円を言い渡 した。これに対し被告人は控訴した。 八九 4−453(香法20㈲ 3 28

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       九〇  三 原審・東京高等裁判所の判断  原審・束京高裁の判断の要点は、以下のとおりである︵束京高判平一五・五・ 一九判ター一五ごT九九︶。  I 原々審では、Aは甲の死亡時刻頃に﹁死後診察﹂して、その時に﹁異状﹂を認めたと認定されているが、原審・ 東京高裁は、各証拠によると、Aは二月一一日の午前一〇時四四分頃と翌一コ日の午後一時頃の病理解剖に立ち会っ た時の二回にわたって﹁死後診察﹂をしており、その二回目の時に死体の右腕の色素沈着という﹁異状﹂に気付いて いるので、その時に﹁異状﹂を認めたとすべきであり、この点で、原々審での認定は、事実誤認であると判示した。  ② 医師法二I条でいう﹁検案﹂とは何かについて、束京高裁は、大約、以下のように判示した。﹁検案﹂を死体 検案古を交付すべき場合の﹁死後診察﹂だけをいうと解釈すると、診療中の患者の死亡であったため医師が﹁死亡診 断書﹂を交付すぺき場合と判断したという形式的理由により、たとえ、その医師が﹁異状﹂と認めていても、届出義 務は生じないことになり、これは相当でない。実際上、いずれを交付すべきかが明らかでないこともある上に、医学 上も﹁検案﹂を診療中以外に限定していない。したがって、診療中の患者の死亡であっても死亡診断のために﹁検案﹂ をすることはあるとすべきで、ここから、同条の﹁検案﹂とは、診療中か否かを問わず、医師が死因判定のためにす る外表検査をいうと解釈すぺきであり、診療中の患者であっても、﹁異状﹂があれば届け出るぺきである。弁護人は、 診療中の患者の死亡の場合は﹁検案﹂ではなく、本件に医師法二I条を適用することは罪刑法定主義に違反︵憲法三 一粂違反︶していると主張しているが、上記からすると、憲法三一条に違反していな い。このように、判示した。  ㈲ 弁護人は、診療中の患者の死亡の場合に、当該医師に﹁異状死体﹂の届出義務を諜すのは、不利益供述の拒否 特権を侵害するもので、憲法三八条一項違反と主張し心に。これに対し、東京高裁は、医師法二I条が要求しているの は↓異状死﹂があったことのみの届出であり、それ以上の報告を求めるものではないから、憲法三八条一項に違反す 28−3・・4−454(香法20㈲

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医療事故死と医師法二一条の届出義務違反の罪(田中) るものではないと判示した︵この問題の詳細は、本稿第五章で述べる︶。  I かようにして、束京高裁は、上記Iの事実誤認により原々判決を破棄・自判し、被告人に懲役一年執行猶予三 年、罰金二万円を言い渡した。これに対して、被告人は上告した。 (1) 本件最高裁判所の判断  最高裁は上告を棄却した。その判断の要点は、以下のとおりである。 原審での﹁検案﹂の解釈は、憲法三一粂違反とする被告人側の上告趣意について、原判決の解釈は正当と最高 裁は職権で判断した。  ㈲ 死体の﹁死後診察﹂をして﹁異状﹂を認めた医師が、その死因等につき診療行為における業務上過失致死等の 罪責を問われるおそれがある場合にも、医師法二I条の届出義務を負うとした原判決の判断は、憲法三八条一項に違 反するとの上告趣意に対して、最高裁は、大約、以下のように判示した。同条の届出義務は、警察官が捜査の端緒を 得ることを容易にするほか、場合によっては警察官が緊急に被害の拡犬防止措置をとるなどして、社会防衛を図るこ とを可能にするといった役割をも担った義務であり、しかも、﹁異状死体﹂の場合、人の死亡を伴う重い犯罪の可能 性があるから、かかる届出義務の公益上の必要性は高いとすべきである。他方、この義務は、﹁死後診察﹂をした医 師が死因等に﹁異状﹂がある時に、それを届け出るだけで、届出人と死体との関わりなどといった犯罪を構成する事 項の供述までも強制するものではない。さらに、医師免許は、人の生命を左右する診療行為をする資格を医師に付与 するとともに、それに伴う社会的責務を医師に課すものである。これらからすると、たとえ、その届出により当該医 師の犯罪が捜査機関に発覚する端緒を与えることにもなりうるなどの点で、︸定の不利益を負う可能性があっても、 それは、医師免許にもとづく合理的根拠のある負拒として許容されるものである。かようにみると、当該医師が業務        九︸ (香法2009) 28−3・・4−455

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九二 上過失致死等の罪責を問われるおそれがある場合にも、この届出義務を負担させることは、憲法三八条一項に違反す るものではない。以上のように解すぺきことは、以前の当裁判所の大法廷判決の趣旨に徴して明白である︵筆者注、 本件最高裁は、交通事故を起こした運転者等の警察への報告を義稗づけた規定が憲法三八条一項に違反しないとした 判例︹最判昭三七・五・二刑集一六・五・四九五︺、その他、三件の最高裁判例をあげている︶。  ③ 本件最高裁は、以上のように判示し、披告人の有罪が確定した。

四 都立広尾病院事件原判決の検討

 本章では、本件原判決の立場を明らかにし、それらを検討する。なお、不利益供述の拒否特権に関しては、原判決 の立場と最高裁のそれは、基本的に同じである上に、最高裁の方が詳しいので、次章の本件最高裁の判決の検討のと ころで述べることにする。  I 原判決は、診療中の場合は﹁診断死体﹂で、その﹁死後診察﹂は﹁診察﹂であるから届出義務はないとする伝 統的な立場およびそれにもとづく立場︵これらの立場については、本預第一章二の②を参照︶を斥け、﹁検案﹂を、 診療中と否とにかかわらず、死体を﹁死後診察﹂することと解釈している。  ㈲ その理由として、原判決は、診療中だから﹁診察﹂ということで﹁異状﹂があっても届け出ないというのは、 相当でないからだとしている。その背景には、これでは、犯罪の発見・捜査という司法警察活動への医師の協力を規 定した医師法二I条の趣旨が生かされないという考えがあるように思われる。原判決が、本稿第二章一および二で紹 介・検討した二件の判例のように、﹁異状死体﹂とされる範囲を本稿の立場よりも拡大しているか否かは、判然とし 28−3・・4−456(香法2009)

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医療事故死と医師法ニ、一条の届出義務違反の罪(田中) ない聯少なくとも伝統的な立場およびそれにもとづく立場を排斥していることからすると、やはり原判決の背後に は、一件でも多くの犯罪の発見・捜査という司法警察の実践への協力をできるだけ多く確保しようとする意図がある ように思われる。  ㈲ 伝統的な立場は、診療中に患者が死亡した場合は﹁診断死体﹂であるが、本預の立場は、たとえ診療中であっ ても、発症︵できれば発症前を含む︶から死亡に至るまでの全過程を医師が医学的に把握していない場合、たとえば ﹁異状﹂がある場合は、把握していない場合であって、その場合は﹁検案死体﹂で、﹁死後診察﹂は﹁検案﹂というこ とになる。一方、原判決は、医師が﹁診断死体﹂と判断しても、﹁異状﹂があれば、従来は﹁診察﹂であっても﹁検 案﹂になるとしている。このようにみると、本福の立場は﹁検案死体﹂の概念を拡大しているのに対し、原判決は﹁検 案﹂の概念を拡大しているのであって、こういったことから、原判決も本稿も、本件は﹁異状死﹂として届け出なけ ればならないという点では、同じ結論に到達することになる︵但書付ではあるが、本稿のかかる結論については、本 稿の注︵20︶および同︵21︶を参照︶。しかし、本稿の立場は、基本的には死亡診断吉と死体検案吉を峻別しようと しているのに対し、原判決には、このように峻別しようとする意識は薄いように思わ牡匹。この点で、原判決を支持 することはできないであろう。  I たしかに、前述したように、医師法T几条二項および同二〇条からすると、﹁診断死体﹂には﹁診察﹂を、﹁検 案死体﹂には﹁検案﹂をすることになる。こういったところからすると、﹁診断死体﹂の場合にも、﹁検案﹂をして、 ﹁異状死﹂として届け出なければならないという原判決の立場は、罪刑法定主義に違反しているという原審弁護人の ような主張が出てくることになろう。他方、本稿の立場は、従来ならば診療中であるから﹁診断死体﹂で﹁診察﹂と 亨瓦られていた場合でも、医師が前記全過程を把握していなかった時は、﹁検案死体﹂として﹁検案﹂をしなければ       九三 (香法20㈲ 28−3・・4−457

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       九四 ならないとしているので、やはり罪刑法定主義違反になると批判されるだろう。しかし、本稿の立場は、前記のよう に、死亡診断書と死体検案書︵あるいは、﹁診察﹂と﹁検案﹂︶を峻別しようとするから、このようになるのであって、 今後、この峻別を明確にするように、医師法を改正してゆくべきと思われる。

五 都立広尾病院事件最高裁判決の検討−判例の総括を含む

 ﹁検案﹂の解釈について、最高裁は、原判決の立場を正当としているだけであるので、前章で述べた諸点が、ここ でも言えるので、これ以上はふれない。  一 主治医の過失により患者を死亡させ、その主治医に対して、刑法コー一条一項前段の業務上過失致死罪が成立 する可能性がある場合に、その死体を﹁死後診察﹂した主治医は、医師法二I条でいう﹁異状﹂として、所轄警察署 に届け出なければならないだろうか。もし、そうであれば、その主治医は、自己に不刊益な供述 ︵ここでは、業務 上過失致死罪の刑事責任を問われることになるような供述︶を強制されることになり、憲法三八条一項で保障されて いる黙秘権︵原判決は、この権利のことを不利益供述の拒否特権と呼んでいるが、本稿では、黙秘権と呼ぶことにす る︶が侵害されることになりはしないだろうか。広尾病院事件の主治医であるA医師は、看護師の過誤について監督 過失ないし薬液の確認をしなかった点で、業務上過失致死の刑事責任を問われる可能性があったから、こうした憲法 問題が考えられなければならない︵本稿の注︵20︶を参昭︶。この問類府、医師法コー条の届出義務を考える上での 重要問題で、本件原判決および最高裁判決の柱の一つとなっている︵両判決は、いずれも憲法違反ではないと判断し ている︶。そこで以下では、この問題に関する本件最高裁判決の立場を検討してみよう。 28−3・・4−458(香法2009)

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医療事故死と医師法ニ、一条の届出義務違反の罪(田中)  I 本件最高裁が上記のように憲法三八条一項に違反していないと判断した根拠の一つは、医師法二I条の届出は ﹁異状﹂がある旨を届け出るだけで、犯罪を構成する事項の供述までも強制するものではないとする点である︵原判 決も同にら︶゜しかし、﹁異状﹂がある旨の届出だけですむだろうか。医師法二I条は、犯罪の発見・捜査という司法 警察活動への協力義務を医師に課すといった趣旨の規定であるから、﹁異状死体﹂の届出それじたいが﹁捜査への協 力といえる内容﹂のものでなければならないはずである。そうすると、自己の過失によって患者を死亡させた主治医 は、﹁異状﹂と判断した根拠つまり医療過誤による死亡であることや死因あるいは死亡の状況などといった刑事責任 を問われる震のある事項までも供述しなければならないことになるだろう。なぜならば、そこまで供述しなければ、 ﹁捜査への協力といえる内容﹂のものにはならないからである︵つまり、医師法コー条で課されている捜査への協力 義務を履行したことにはならないからである︶。かように考えると、耶に﹁異状﹂である旨の届出だけですむという ようなものではなく、結果的に、当該医師は、白己の犯罪についての発見・捜査という司法警察活動に協力させられ ていることになろう。この点で、本件最高裁判決 ︵および原判決も︶は、妥当でないということになろう。 2 ) 本件最高裁は、医師法二I条の届出により警察官が緊急に被害の拡大を防止する措置を講ずるなどして社会防 も、憲法三八条一項に違反していないとする根拠の一つとしている。たしかに、たとえば、主治医が治療中に誤って 伝染性の強い細菌に人院患者を感染させて死亡させたような場合、他の多くの入院患者が感染するといった彼害が拡 大する危険性があることは明らかで、警察に届け出れば、警察は、なんらかの措置をとって、被害の拡大を防止する ことができるかもしれない。しかし、第一に、医療事故の場合、かように被害が拡大するのは、例外的なケースでは ないかと思われる。第二に、仮に、主治医によるなんらかの医療事故によって被害が拡犬する危険性があったとして 九五 (香法2009) 4−459 3 28

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九 六 も、かかる被害の拡大を防ぐためには、豊富な医学的知識を必要とするであろう。だが、警察官の多くは、医学には 全くの素人であるから、本件最高裁がいう﹁緊急に被害の拡大防止措置を講ずる﹂ことができるとは思われない。つ まり、この点での警察活動は、ほとんど期待できないといえよう。以上の二点から明らかなように、本件最高裁は例 外的なケースを前提とし、さらに、ほとんど期待できないことを﹁あて﹂にして、公益上の必要性は高いとしている ことになり、説得力に欠けるといえよう。この点でも最高裁の判断を支持することはできない。  ㈲ 本件最高裁は、医師免許は人の生命を左右する診療行為をする資格を医師に付与するとともに、それに伴う社 会的責務を医師に課しているという点を、憲法三八条一頂違反でないとする根拠の一つとしている。本件最高裁がい う﹁社会的責務﹂の内容は判然としないが、医師免許が付与するのは、医師にしかできない診療行為ないし医行為を 行なう資格であるから︵医師法一七条を参照︶、当の医師は、自己のする診療行為に関する一切の責任を負担しなけ ればならず、したがって、患者の死亡がその診療行為から生じたものであれば、当然のこととして﹁異状死﹂として 警察に届け出るべきだということなのであろうか。あるいは、﹁検案﹂も一種の医行為であるから、医師免許がある 以上、その死亡が自己の行なった診療行為に関係していると否とにかかわらず、当然のこととして届け出るべきだと いうのであろうか。いずれにせよ、かような責務があるから、主治医の黙秘権は侵害されてもよいということなので あろう。しかし、周知のように、黙秘権は、刑事司法の歴史のなかで培われてきたものであり、現代においては、憲 法上の重要な権利で、刑事司法における人権保障の要になっているものである。このような黙秘権が上記社会的責務 によって簡単に侵害されてもよいということにはならないだろう。かようにみると、本件最高裁は黙秘権を軽視して いるといわざるをえないように思われる。  ㈲ 白己が犯した医療過誤により患者を死亡させた主治医に医師法二︷粂の届出義務を課すことは、黙秘権を侵害 28−3・・4−460(香法2009)

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医療事故死と医師法ニ、一条の届出義務違反の罪(田中) し、憲法三八粂一項違反ではないかという問題について、本件最高裁は違反しないと判断しているが、右でみてきた ように、本件最高裁の論拠は妥当ではなく、違憲の疑いが強いといわざるをえないように思われる。  二 医師法二I条の届出義務違反の罪に関する判例の立場  以下では、本稿で紹介・検討してきた大審院判例と 東京地裁ハ王子支部判例および都立広尾病院事件の原判決と最高裁判決の計四件の判例の共通点を明らかにして、不 充分ではあるが、本罪に関する判例の立場ということにしたい。左記のIから㈲までが、本罪に関する判例の立場で ある。なお、平成二〇年八月二〇日に福島地裁が言い渡した福烏県立大野病院事件判決も、本罪にふれているが、今 回、時間的な制約もあって、ここで、検討することはできなかった。  I 前記伝統的な立場およびそれにもとづく立場︵本稿第一章二の②を参照︶は、妥当ではない︵本稿第二章一の ㈲、二の㈲および第四章のIを参照。なお、この点に関する上記最高裁判決の立場は、本章冒頭で述べたように、原 判決の立場と同じである︶。これは、いずれの判例にもみられる点であり、診療中ということだけで、﹁異状﹂があっ ても届出の必要がないというのでは、犯罪の発見・捜査という司法警察活勣への協力という医師法コー条の趣旨が生 かされないからであろう。こうした判例の論理からすると、当然のこととして、診療中に死亡した場合でも﹁検案﹂ することはあるということになる。ただし、その場合に、死亡診断書・死体検案書のいずれを作成すべきかは、各判 例においても、明確にされていない。  ② 純然たる病死の場合は、﹁診断死体﹂である︵本稿第二章一の②㈲および同章二の㈹Iを参照︶。都立広尾梢院 事件の原判決と最高裁判決は、このことを明言はしていないが、かかる病死の場合は、﹁異状﹂の入り込む余地はな いであろうから、当然のことである。       九七 28−3・・4−461(香法2009)

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九八  ㈲ 判例は、本稿よりも﹁異状死体﹂の範囲を拡大している。これにより、上記司法警察活勤へのより多くの医師 の協力が確保される︵本稿第二章一の㈲および同二のIを参照︶。この点に関する都立広尾病院事件の原判決および 最高裁の立場は判然としないが、両判決とも、伝統的な立場を否定し、司法警察活動への協力という医師法コー条の 趣旨を生かそうとしているのであるから、かかる協力がより多く確保される﹁異状死体﹂の拡大に異諭はないものと 思われる。ところで、本稿は、﹁異状死体﹂の概念を制限的に解し、医療事故死の場合であれば、本稿後出の第六章 で述べるように、明らかに医師に業務上過失致死罪が成立する時とか、ぞの疑いが強い時に限定している︵本稿第一 章三で述べたことを医療事故死にあてはめると、このようになる︶。しかし、都立広尾病院事件の原判決および最高 裁判決が、上記のように、﹁異状死体﹂の概念の拡大に異論はないとしても、医療事故死の場合に、どこまで﹁異状 死体﹂の概念を拡大するかは、都立広尾病院事件の両判決内容だけからは、判然としない。したがって、ここでは、 この点に関する判例の立場は、判然としないということにしておこう。  ㈲ 医療事故を起こし、それによって死亡した患者の死体を﹁検案﹂した主治医に対し、所轄警察署に﹁異状死体﹂ として届けさせることは、違憲ではない。これは都立広尾病院事件の原判決および最高裁判決の立場であるが、最高 裁判決であるから、判例として嬉立されたものとみてもよいだろう。これによって、結果的に、上記司法警察活勤ヘ のより多くの医師の協力が確保されることになる。  ㈲ 以上からわかるように、判例は、伝統的な立場およびそれにもとづく立場を否定し、﹁異状死体﹂の範囲を本 稿よりも拡大し、さらに、医療事故を起こした医師にも届出をさせることによって、本罪の成立範囲を拡大しており、 その背景には、一件でも多くの犯罪の発見・捜査という司法警察活動への医師の協力をできるだけ確保しようとする 意図があるもの︵あるいは、結果的にそうなるもの︶とみてもよいだろう。 (香法20㈲ 4−462 28−3

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医療事故死と医師法コ、一・条の届出義務違反の罪(田中)  ㈲ 本稿は、﹁異状死体﹂とされる範囲を制限的に解することによって、本罪の成立範囲を限定しようとするもの であり︵本稿第一章三の㈲を参照︶、また、上記Iについては違憲の疑いが強いと考えるものであるから、こうした 判例の立場を支持することはできない。しかし、都立広尾病院事件や横浜市大付属病院患者取違え事件が発生した平 成一一年頃から次第に厳しくなってきたマスコミの医療に対する報道、および、それによって高まってきた国民の医 療孔四を少しでも軽減させるためには、医療従事者や医療機関が﹁隠さない・逃げない・ごまかさない﹂といった標 嶮のもとで、みずから襟を正すようにしなければならず、そのためには、当該医師が医療事故を起こしたか否かにか かわりなく、医師みずからの警察への届出による協力が必要であろう。かような意味では、判例の上記Iの立場は、 意義があるといえるかもしれない。

六 医療事故と﹁異状死体﹂

1 ) 医療従事者の行為が、患者の死亡に関係している場合、あるいは、その疑いがある場合のうち、どのような場 病院事件がきっかけになったのであろうか、平成二I年頃から、臨床医達や関巡学会で活発に論議されはじめた。そ の叩き台になったのは、日本法医学会が平成六年に公表した﹁﹃異状死﹄ガイドライン﹂︵以下、ガイドラインという︶ である。これは、医療事故だけでなく、たとえば自殺とか交通事故死というように、もっと広範に﹁異状死﹂として 医師が届け出なければならない場合を列挙している。ガイドラインは﹁基本的には、病気になり診察を受けつつ、診 断されているその病気で死亡すること﹂を﹁ふつうの死﹂と呼び︵これは、本稿が﹁診断死体﹂とした場合と、ほぼ        九九 4−463(香法2009) 28−3

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       一〇〇 同じといえるだろう︶、それ以外は、すべて﹁異状﹂として届け出なければならないとしている。これらのなかで、 その︻四︼は、医療事故による死亡の場合であるので、以下、引用しておこう。 ︻四一診療行為に関連した予期しない死亡、およびその疑いがあるもの  注射・麻酔・手術・検査二分娩などあらゆる診療行為中、または医療行為の比較的直後における予期しない 死亡。  診療行為白体が関与している可能性のある死亡。  診療行為中または比較的直後の急死で、死因が不明の場合。  診療行為の過誤や過失の有無を問わない。  ㈲ この︻四︼の内容は、主として臨床医学系の諸学会や医学者あるいは臨床医達から強い批判を浴びた。それら の主要なものを要約しておこう︵出掬は省略する︶。﹁手術の危険性等の説明が十分になされた上で同意を得て行われ た外科手術の結果として、予期された合併症に伴う患者の死亡が発生した場合にも、刑事事件になるとは、到底考え ることができず、かような死亡は﹃異状死﹄ではない﹂︹筆者注、ガイドラインは﹁予期しない死亡﹂としているこ とに注意されたい。なお、後出の㈹を参照︺﹁医療現場での予期されない、あるいは、診断が明確でない場合の死亡 が、すべて﹃異状死﹄となり医療の実態にそぐわない﹂﹁内科診療の場では、診断が不確定な場合や隠れた疾患が存 在する場合があり、それらは﹃異状死﹄ではなく﹃ふつうの死﹄とすべきである﹂等々で、警察への届出によって遺 族との信頼関係が損なわれるとか、それによる混乱をおそれて医師達の萎縮医療を招き多くの患者が手術を受ける機 28−3=・4−464(香法2009)

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医療事故死と医師法コ、一条の届出義務違反の罪(田中) 会を失うなどといった危惧を表明している。  ③ これに対して、日本法医学会は、予期せぬ死亡やその疑いのあるものを﹁異状死﹂とするもので、明らかに危 険性の予測される手術合併症による死亡とか、診療中のすぺての死亡を﹁異状死﹂とするものではないから、萎縮医 療を招くものではないとか、医療者みずからの届出によって国民や患者側の医療への侶頼を高めるなどと反論した ︵學これで問題が解決したわけでは如ヅかかる紛糾の主たる原因は、第一に、ガイドラインの医療事故における﹁異 状死体 すると ゝ   | の概念が広すぎる点、第二に、上記第一点と関連するが、本稿第一章三で述べたように、医師法二I条から ﹁検案死体﹂には﹁異状死体﹂と﹁異状でない死体﹂があるのに、ガイドラインは、﹁ふつうの死﹂以外は、 すぺて﹁異状死体﹂で、﹁異状でない死体﹂を考慮していない点に求められると思われる。  I 本稿第一章三のIで述べたように、本稿は、﹁検案死体﹂に明らかに犯罪による痕跡が認められるもの、ある いは、その疑いが強いものだけを、﹁異状﹂として届け出るべきだとする立場をとっている。これを医療事故ないし 医療過誤のケースにあてはめると、明らかに医師をはじめとする医療従事者の過失つまり業務上過失致死罪が成立す るような場合とか、その疑いが強い場合は、届け出なければならないことになる︵ただし、主治医が﹁検案﹂した場 合は、憲法三八条一項違反の問題が残るが︶。こうした場合以外、たとえば、予期せぬ隠れた疾患が併発して死亡し た時とか、死亡の危険性が高い手術による死亡あるいは診断が不明確なまま死亡した時などは、﹁検案死体﹂であっ ても、上記犯罪の成立が明白ともいえず、また、それが成立する疑いが強いともいえない場合があるので、かかる場 合は、﹁異状でない死体﹂ということになり、したがって、届出の必要はないということになろう。かように考える と、前記臨床医学系諸学会の危惧は、かなり解消されるのではないだろうか。ただし、右で述べたことは私見であっ て、医師法二I条が﹁異状﹂について定義しておらず、判例も、医療事故の場合に、どのような死体が﹁異状死体﹂        ︼○一 (香法20㈲ 28−3・・4−465

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- ← J 1 0 一 ・ 一 k なのかを明らかにしておらず︵前章二の㈲を参照︶、さらに、医師法二I条の改正もなされていない現状においては、 日本法医学会の異状死ガイドラインにしたがって﹁異状死﹂として届け出ることが安全といわざるをえないだ ≒ヤ

七 医療事故死の調査に関する厚生労働省案

 都立広尾病院事件で今までほとんど処罰されたことがなかった医師法二I条違反で医師が処罰されたことによって 同条による届出件数が増えたことや、患者側の医師達に対する処罰感情が増大したためであろうか、最近、医療過誤 事案で刑事処分になった件数が増加していることは、周知の事実である︵統計的な数値は省賂する︶。このことは、 警察捜査が医療現場に入り込み、医師が捜査官による取調べを受けたりすることが増加していることを意昧してい る。かような実状に対する医師達の反発は強く、ここ数年、特に医療界では、医療に対する刑事司法の過剰な介入を ︵ 3 7 ︶ 防ぐぺ乱燈とかヽ医療過誤についでの医師達への刑事貴任の追及は不当でヽやめるべきだなどといった意見が多くみ られるようになり、それとともに、検察や警察から独立した医療事故調査を担当する第三者機関ないし中立機関の設 置が強く叫ばれるようになってきてい廿  現在、医療事故によって死亡した患者の死因の調査や臨床経過の評価や分析などについては、常設されている専門 の第三者機関がなく、結果として、多くの場合、民事ふ刑事手続に頼っているのが現状である。そこで、かような死 因究明等の在り方について、平成一八年の医療制度改革に関する国会審議において、第三者機関による調査および紛 争解決の仕胡み等の検討が必要であるとの決議があった。これを受けて厚生労札七は、法務省や警察庁とも協議の上、 平成一九年三月に﹁診療行為に関巡した死亡の死因究明等のあり方に関する課題と検討の方向性﹂を公表した。さら 28−3‥4−466(香法20㈲

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医療事故死と医師法コ一条の届出義務違反の罪(田中) に、同年四月に厚生労働省に﹁診療行為に関逓した死亡の死因究明等の在り方に関する検討会﹂を設置し、上記三月 に公表したのを検討するなどしてきた。かような議論にもとづき、同省は、診療関連死の死因究明を行なう組織、診 療関連死等の届出制度の在り方および調査の在り方等について、同省としての考え方をとりまとめ、現在は、平成二 〇年四月に﹁医療の安全の確保に向けた医療事故による死亡の原因・究明・再発防止等の在り方に関する試案−第三 次試案﹂を作軋い、公表している︵以下、﹁第三次試案﹂と呼ぶ︶。同省は、この内容を踏まえて、同年六月に﹁医療 安全調査委員会設置法案︵仮称︶大綱案﹂を公表した。  これは、法案の大綱案︵以下、﹁大綱案﹂と呼ぶ︶であるから、立法化までには多くの修正があるだろうが、この ﹁大綱案﹂では、上記のように医療事故で死亡した患者の死因等を調査する第三者機関、医師法二I条の届出に替わ るものとしての医師の管理者への報告義務や管理者の○○大臣への届出義務、第三者機関での調査と警察捜査、警察 への通知、医師法二I条の改正問題等、本稿に関係する事項が規定されている。そこで本章では、﹁大綱案﹂におけ る規定のうち、本稿に関係する規定等を簡単に紹介し、﹁第三次試案﹂を参考にしながら、かかる医療事故死事案の 捜査や事故を起こした医師に対する刑事責任追及という面礼抑ヽ筆者の経験にもとづい︵ごヽこれらの規定等から生ず る問題点を指摘しておこう。なお、﹁第三次試案﹂や﹁犬綱案﹂は、各所で医師以外の医療従事者にふれているが、 本章では、医師だけに限定して論を進めることにする。  一 医療安全調査委員会  ﹁大綱案﹂は、︷第︸ 目的﹂のところで、医療事故死等の原因を究明するための調査 等を適確に行なわせるための﹁医療安全調査地方委員会﹂、医療の安全の薙保のため講ずぺき措置について勧告等を 行なわぜるための﹁医療安全調査中央委員会﹂を設置する旨規定し、もって医療事故の防止に貴することを目的とす       ︷○三 467(香法20㈲ 28−3・4

(28)

      一〇四 ると規定している。ここでいう医療事故死等とは、﹁大綱案﹂第三二②の一によると、①行なった医療の内容に誤り があるものに起因し、又は起因すると疑われる死亡又は死産、②行なった医療に起因し、又は起因すると疑われる死 亡又は死産であって、その死亡又は死産を予期しなかったものをいうとされている︵なお、本章の以下では、死産の       ー問題を、一応、除外して論を進めることにしているので、医療事故死等の等を除くことにする。さらに、本章の以下 で医療事故死という時は、かような場合を指すが、これは、本稿七八頁で定義した医療事故死の内容を具体化し、限 定したものといってもよい︶。﹁大綱案﹂第一二の一は、こうした医療事故死の調査は、医療事故死に関する事実を認 定し、これについて必要な分析を行ない、当該医療事故死の原因を究明し、もって医療事故の防止を回ることを旨と して行なわれるものとすると規定し、さらに、医療安全調査地方委員会の調査は、医療関係者の責任追及が目的では なく、医療関係者の責任については、委員会の専門的判断を尊重する仕組みとすると規定している。  このように、﹁大綱案﹂は、中央と地方に委員会を設置し︵以下、後者を地方委員会と略称する︶、医療事故死の原 因の調査は地方委員会が担当することになる。﹁第三次試案﹂によると、地方委員会の下に、事例毎に、調査チーム がおかれることになるようである。﹁大綱案﹂第六の注によると、この調査チームは、臨時委員や専門委員で構成さ れることになるとされている。さらに、﹁第三次試案﹂は、調査チームの構成としては解剖拒当医二久T臨床医五な いし六名・法律家その他の有識者一ないし二名という構成が適当としている。  二 ﹁検案﹂した医師の報告義務および管理者の届出義務  ﹁大綱案﹂第三二は、医療法の一部を以下のように改 正するように規定している。医師が死体を﹁検案﹂し、前記医療事故死に該当すると判断した時は、その医師が勤務 する病院または診療所の管理者に、二四時間以内に、その旨を報告しなければならない。上記管理者が医療事故死と (香法2009) 4−468 28−3

(29)

医療事故死と医師法二−条の届出義務違反の罪(田中) 認めた時は、○○省令で定める事項を直ちに○○大臣に届け出なければならない。﹁検案﹂した医師が病院または診 療所の管理者である時は、○○省令で定める事項を二四時間以内に○○大臣に届け出なければならない︵なお、﹁大 綱案﹂第三二は勤務医以外の医師や特定多数人のため往診のみをする医師の○○大臣への届出義務も規定している が、本章では、これらの医師のそれらを、除外して論を進めることにする︶。上記の者がかかる報告や届出を怠った 場合、または、虚偽のそれらをした場合、○○大臣は、直ちに届出を行なうように、または、届出の内容を是正する ように命ずるとともに、報告を適切にするために必要な体制の整備を命ずることができる。これらの命令に違反した 者は、六月以下の懲役または三〇万円以下の罰金に処せられる。﹁大綱案﹂は、医療法の一部を以上のように改正す べきとしている。  三 地方委員会への通知と医療事故死の調査  I 上記届出を受けた○○大臣は、直ちに該当する地方委員会 に、その旨を通知しなければならない︵﹁大綱案﹂第一言。遺族も、○○大臣に対し、同委員会に通知して医療事故 死の調査を行なわせることを求めることができる︵﹁大綱案﹂第一五︶。通知を受けた同委員会は、直ちに調査を開始 し、関係者に報告を求めたり、必要と認める場所に立ち入って関係物件を検査したり、提出を求めたりなどして、調 査をするが、これらは、犯罪捜査のために認められたものと解釈してはならないと規定されている︵以上については、 ﹁大綱案﹂第一六、第一七︶。地方委員会は、原則として遺族の承諾を得て、死体を解剖することもできるが、この解 剖は、刑事訴訟法による検証や鑑定のための解剖を妨げるものではない︵﹁大綱案﹂第一ハ︶。なお、同委員会の上記 調査は、前記調査チームにさせることになると思われる。  ② 調査を終えた地方委員会は、報告書を作成し、これを○○犬臣および前記医療安全調査中央委員会に提出し。        一〇五 28−3・・4−469(香法2009)

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届け出た病院や診療所の管理者および遺族に交付し、かつ、公表しなければならない       一〇六 ︵﹁大綱案﹂筈己︶。  四 警察への通知  地方委員会は、①故意による死亡の疑いがある場合、②標準的な医療から著しく逸脱した医 療に起因する死亡の疑いがある場合、③当該医療事故死に係る事実を隠ぺいする目的で関係物件を隠滅し、偽造し又 は変造した疑いがある場合、類似の医療事故を過失により繰り返し発生さぜた疑いがある場合その他これに準ずべき 重大な非行の疑いがある場合に該当すると思判する時は、直ちに警視総監又は道府県警察本部長に、その旨を通知し なければならない︵﹁大綱案﹂第二五︶。  なお、上記②については、後述するが、刑法二I一条一項後段の重過失に相当すると考えてもよいように思われる。  五 医師法二I条の改正  ﹁大綱案﹂第三三は、医師法二I条に以下の但書を討すように改正すぺきとしている。 ﹁検案﹂をした医師が医療事故死と判断し、その旨を当該病院や診療所の管理者に二四時間以内に報告した場合や、 管理者である医師が医療事故死と判断し、二四時間以内に○○大臣に届け出た場合は、二I条の届出の必要がないと する但書である。 _ L _ ノ ゝ 問題点の指摘  医療事故死事案の主治医に医師法二I条の届出義務を課すことは、憲法三八条一項違反の疑 いが強いという私見とは異なり、一応、本章では、違憲ではないとする判例の立場︵本稿第五章二のIを参照︶にし たがって論を進めることにする。 旧 ﹁第三次試案﹂は、医療の安全の確保がわが国の医療政策上の重要課題であるとし、ぞの安全を向上させてゆ (香法2009) 470 28−3・・4

参照

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