第8回 不当廉売
Ⅰ シンエネコーポレーション・東日本宇佐美の不当廉売事件 1.事件の概要 (1) シンエネコーポレーション(以下、「シンエネ」とする。)は、栃木県小山市において 3 つの 給油所を運営し、一般消費者に対して普通揮発油を販売している。平成19 年 4 月から 6 月の 間における同社の販売シェアは約 29%であり、小山市における普通揮発油の販売数量は第 1 位であった。同社は、普通揮発油の販売価格が同市内の給油所の販売価格中で最も低い価格 となるよう上記 3 給油所のいずれかにおける販売価格を設定し、集客のため、当該販売価格 をそれぞれの給油所の店頭に掲示して一般消費者に周知していた。 (2) 東日本宇佐美は、小山市において 3 つの給油所を運営し、一般消費者に対して普通揮発油を 販売している。平成19 年 4 月から 6 月の間における同社の販売シェアは 12%であり、小山 市における普通揮発油の販売数量は第 3 位であった。同社は、同市内の普通揮発油の販売価 格の最低価格よりも 1 円程度高い価格となるよう上記 3 給油所における販売価格を設定し、 集客のため、当該販売価格をそれぞれの給油所の店頭に掲示して一般消費者に周知していた。 (3) シンエネ及び東日本宇佐美は、普通揮発油について、東日本宇佐美が平成 19 年 6 月 18 日、1 つの給油所における販売価格を、その前日のシンエネの 3 給油所における販売価格と同額に 引き下げたことを契機として、それ以降、互いに販売価格の引下げを繰り返していた。 (4) シンエネは、同年 6 月 28 日から同年 8 月 3 日までの 37 日間、普通揮発油について、仕入価 格(運送費を含む。)を最大で10 円以上下回る価格で販売した。又、東日本宇佐美は、同年 6 月28 日から同年 8 月 3 日までの 37 日間(1 給油所は 36 日間)、普通揮発油について、仕入 価格を最大で10 円以上下回る価格で販売した。以上のように、両社は、上記期間において並 行的に廉売競争を行なっていた。 (5) 以上の行為により、平成 19 年 7 月における両社の販売シェアは、同年 4 月から 6 月の間の販 売シェアに比して増加し、シンエネの小山市における普通揮発油の販売数量は第 1 位を維持 し、東日本宇佐美は第2位となった。他方、小規模小売業者以外の競争業者は、普通揮発油 の販売価格の引き下げを行ったものの前記 2 社の行為には対抗できず、販売シェアは減尐し た。 2.公取委の判断 (1) 法令の適用 両社に対して、「正当な理由がないのに、普通揮発油をその供給に要する費用を著しく下回る 対価で継続して供給し、競争業者の事業活動を困難にさせるおそれがある行為をしていた」 とし、旧一般指定第6 項に該当し、独禁法 19 条の規定に違反するとした。 (2) 排除措置命令 ・ 両社は、それぞれ 3 給油所において行っていた廉売行為を取り止めた旨の確認、及び、 今後当該廉売行為を行わない旨を、取締役会で決議すること。 ・ 前記の措置を3 給油所の店頭に 30 日間掲示して消費者に周知すること。 ・ 今後、当該廉売行為を行わないこと。 ・ 前記に基づいて採った措置を速やかに公取委に報告すること。 (3) 小山市に 2 つの給油所を運営し、同市内での販売シェアが第 7 位の関東スタンダードに対し ては、普通揮発油の廉売行為に対して警告を行った。 3.コメント(●:白石教授、○:出席者) ○ シンエネと東日本宇佐美の行為は、「供給に要する費用を著しく下回る対価で」かつ「継続し て」なされたと認定されている。平成21 年改正後の独禁法では 2 条 9 項 3 号により課徴金 の対象となると考えられる(独禁法20 条の 4)。 ○ ただし、本命令解説(公正取引 690 号 60 頁)が指摘するとおり、販売価格が総販売原価を 下回るか否かの検討はなされていない。「供給に要する費用を著しく下回る対価」で供給して いたことについては、もう尐し詳細に述べるべきではないか。 ○ いかなる場合に「継続して」なされたか不明確である。「相当期間にわたって繰り返して廉売を行い、又は、廉売を行っている事業者の営業方針等から客観的にそれが予測されること」 の基準に当たることを、根拠を持って明示してほしい。 ○ この場合の課徴金の計算方法は、シンエネが小山市において平成19 年 6 月 28 日から 8 月 3 日までに販売した普通揮発油の総売上高の2%ということになるか。この場合に、「3 給油所 のいずれか」における販売価格を小山市において最低価格としたということからすれば、実 際に最低価格で販売した給油所の売上げのみが課徴金の算定の基礎になるのか。他の2 箇所 の給油所の売上げも基礎とされるのか。 ○ 解説書によると、ガソリンについては通常1 ヶ月に数回給油するという特質があるので、30 日程度の短期間でも継続性が認められるとし、他方、小山市の3 箇所において行っていたこ とも継続要件を満たすとしている。後者の要件については、これがなぜ継続要件に関係する のか疑問を感じる。 ● 旧6 項の前段は、現在の 2 条 9 項 3 号に該当し、継続要件があり課徴金の対象となる。旧 6 項の後段は、新6 項に該当し、課徴金の対象とはならない。本件当時は、いずれにしても排 除措置命令を出すのみであり、行為が継続していたかどうかは、他の事業者の事業活動を困 難にさせる間接事実と同様で、課徴金の対象となる現在の継続要件とは重みが異なる。 供給に要する費用とは、総販売原価であり、供給に要する費用を著しく下回るとは、可変的 性質を持つ費用を下回ると解釈されている。仕入れ価格は、可変的性質を持つ費用の中に含 まれる(同等或いは下回る)。 継続は、ガイドラインにも示されているが、連続していなくとも、毎週末、或いは数日毎に 繰り返す場合も、継続に含まれる。 ○ 問題となった給油所は、いずれも主要幹線道路に面しており、市場を小山市に限定したこと が適切であったのかどうか。 ○ 不当廉売を行った事業者と並行的に廉売行為を行った事業者の全体の市場シェアは考慮され ないのか。 ○ 排除措置命令と警告の違いは、対抗的な価格の引き下げの有無によることになるとする。廉 売が他の事業者の事業活動を困難にさせるおそれをもたらしていると言えるほどの因果関係 があるか否かにより、排除措置命令と警告に分かれるというが、対抗的行為により直接生じ る結果は価格が下がることであろう。 ○ 関東スタンダードが排除措置ではなく、警告で済んだことの理由とは何か。シェアが 7 位と 低いからか、或いはその他の理由によるものか。警告と排除措置との基準。 ● シェアが7 位である場合の、廉売が 30日前後継続して行われたことについて、この場合には、 他の事業者への影響・弊害への寄与度がそれほど大きくなかったことが警告にとどまった理 由の一つになり得るのではないか。どの事件を取り上げるかの裁量は公取委にあり、シンエ ネと東日本宇佐美は対抗関係にあることから排除措置の必要があり、関東スタンダードの行 為はそれほど影響がないとの公取委の判断であろう。 ○ 弊害行為と因果関係をどのように捉えるか。価格が安くなったことにより弊害行為が生ずる という因果関係が認められるためには、価格以外に提供しているサービス等が画一的である という事情がなければ、因果関係は認められないであろう。とすると、たとえば、洗車やそ の他の付加価値を考慮して消費者が特定のスタンドを選択しているとしたら、市場の範囲は もっと広がるのではないか。そのような市場で廉売が行われた場合に、他者排除が何処まで 広がるのか、市場の画定と因果関係が密接に関係しているのではないかと考える。 ● 本件は排除措置命令で終わり、争っていないことから、事実認定がそれほど詳しくなされて いない。対抗行為が意図と関係しているのか、或いは因果関係と関係しているのかについて は、やはり本件の事実認定が詳細でないことから明らかではない。不当廉売に関しては、意 図が問題になり、ガイドラインにも言及されているが、それは芝浦と殺場事件において、最 高裁が東京都の廉売は消費者に低価格の食肉を提供するために、と殺料金を安価にしたとい う(良い)意図があったことを理由としている。本来であれば客観的に証明するべきであっ たと思われる。又、コスト割れ販売であっても、他の事業者の事業活動を困難にするおそれ がない場合には違反とはならないのであり、この点も事実認定によることとなろう。 Ⅱ NTT 東日本 FTTH サービス 1.事件の概要
NTT 東日本は、光ファイバー設備を用いた通信サービス(FTTH サービス)を供給するに当た り、「ニューファミリータイプ」と称する品目において、NTT 東日本の電話局から伸びている光 ファイバーの1 芯を複数人で共有する方式(分岐方式)を用いるとしてユーザー料金を設定して いたが、実際には分岐方式を用いず、1 芯の光ファイバーを 1 人で使用する方式(芯線直結方式) を用いていた。分岐方式と芯線直結方式では、後者の方が回線品質が優れており、接続料金も高 い。ニューファミリータイプのユーザー料金は、名目上は分岐方式のため、実際の芯線直結方式 の接続料金を下回っていた。 NTT 東日本は、電気通信事業法に基づく規制により、自社の光ファイバー設備に他の FTTH サービス業者が接続する場合の接続料金を定めた接続約款の認可を受けることが義務付けられて おり、又、自社のFTTH サービス部門も同額の接続料金を自社の光ファイバー設備部門に内部取 引によって支払う方式の採用を義務付けられている。 2.審判審決(平成 19 年 3 月 26 日) 被審人の、光ファイバー設備を用いた通信サービスの提供における平成 14 年 6 月 1 日以降行 った行為は、被審人の光ファイバー設備に接続して戸建住宅向けFTTH サービスを提供しようと する事業者の事業活動を排除することにより、東日本地区における戸建住宅向けFTTH サービス の取引分野における競争を実質的に制限していたものであり、独禁法2 条 5 項に規定する私的独 占に該当し、同法3 条の規定に違反する。当該行為は、既になくなっており、被審人に対しては 格別の措置は命じない。 3.東京高裁の判断(平成 21 年 5 月 29 日) 争点1 他の事業者の排除行為の有無(本件審決を支持) 価格の引き下げは正当な競争行為であるというが、分岐方式で提供するかのように装いなが ら、芯線直結方式のサービスを接続料金を下回る価格で提供してユーザーを確保する行為は許 されない反競争的行為である。 争点2 一定の取引分野-ブロードバンドサービス市場化、戸建住宅向け FTTH サービス市場か (本件審決を支持) 「より広い市場において競争が行われていると認められる場合においても、同時に、その市 場内において細分化された市場を一定の取引分野として画定することは可能である」 争点3 排除措置は競争の実質的制限をもたらすものであったか 「東京電力や有線ブロードという強力な競争の存在を否定することはできないが、その競争 状態については、加入者光ファイバーの保有量や保有地域の広狭、戸建住宅向けFTTH サービ スのシェア等において、原告が極めて優位な立場にあったと認められるから、原告が新規参入 を妨げてそのような3 社のみによる競争という状態を維持することは、市場支配的状態を維持、 強化することに他ならない」 争点4 「公共の利益に反して」といえるか(本件審決を支持) 「本件排除行為は、実際には分岐方式を当面用いることなく、かつ、その具体的計画もない のに、分岐方式を用いるとしてニューファミリータイプを導入し、分岐方式による接続料金と ユーザー料金を設定しながら、芯線直結方式でこれを提供したことであるが、かかる方法によ らなければ、すなわち実際に分岐方式を用いてサービスを提供する段階になってからニューフ ァミリータイプを導入することとするのでは、原告のいうインセンティブが失われるとする合 理的な理由を見出すことはできない」 争点5 電気通信事業法の規制に係る行為を独禁法違反に問えるか(本件審決を支持) 「分岐方式を用いて提供するとして接続料金の認可を受けたことが電気通信事業法上適法で あるとしても、そのことをもって原告が実際には分岐方式を用いず、芯線直結方式を用いてい たことについて、独禁法の適用が当然に除外されると解する余地はない」 3.コメント(●:白石教授、○:出席者) ○ 認可を受けたとおりの分岐方式でニューファミリータイプを提供すればユーザーの増大は生 じなかったのか。 ○ NTT の行為がなければ、他の事業者は東京電力に対抗して参入しなかったのか。
○ 事業法との関係:届出料金は料金変更命令に値しないという総務省の競争政策的判断を、独 禁法違反要件の成否の判断に織り込んで尊重すべきではないか。 ● 過去に検討したジャスラック事件において、著作権管理事業法では、使用料が高すぎる場合 には利用者は異議申立をすることができる。異議申立があった場合には、使用料規定を使用 開始してはならず、使用待機期間が延長されるという規定になっており、同法は価格が高す ぎることだけを規制する法律であるように見える。ジャスラック事件は、使用料が安すぎる ことが問題となり、安すぎるがゆえに他社が排除された事件である。したがって、ジャスラ ック事件の問題は、著作権管理事業法があるからという理由で独禁法がこれを尊重すべきだ という議論にはなりにくいのではないか。本件においては、電気通信事業法に価格の安さに 関する規定があり、ジャスラック事件とは異なる。 公取委は、独禁法の観点から問題があれば、他の官庁の判断とは別に措置をとる方針である。 光ファイバーを国内に整備する必要から価格を安くできないとすれば、それについては独禁 法上も正当な理由があるという判断になるであろう。 ○ この事件での本質的な問題は、接続料金が高すぎることにあるのではないか。 ● 将来にわたって光ファイバーを国内に張り巡らさなければならないことから、接続料金を引 き下げることができない事情があったと思われる。しかしながら、競争者である東京電力が 安価の接続料金を設定したために、NTT はそれに対抗するために分岐方式を発明して導入し た。他社は、その分岐方式で参入しようとしたが、シェアを上げることはできなかったので はないか。 ○ 分岐方式であれば価格が安くなるので、それを顧客が認識していると仮定すれば、顧客を増 やすことができたのではないか。 ● 公取委は、分岐方式と称しながら、実際には直結方式であり、早くきれいにつながるという 直結方式の改善品質の高さゆえに顧客が増えたのであって、実際に分岐方式を採っていたら 顧客は増えなかったであろうと判断していると思われる。 ○ 本件のように、逆ざやの価格設定をした場合には、常にマージンスクウィーズ等の問題が問 われるのか、或いはケースバイケースで問題とされるのか。 ● 逆ざやでコストを割れていることは、不当廉売の違反要件のうちの一つだけであり、コスト 割れだが影響がないということもあり得る。エッセンシャルファシリティを有する者が逆ざ やを行えば、他の者はその影響を免れないことになり、違反要件を満たすことになるであろ う。 ○ NTT が実際に分岐方式を採り適切な価格にしたとしても、ブランド等により顧客の移動はな く、競争者の排除は変わらなかったのではないかと思われる。 ● NTT が適法行為を行った場合にも顧客が増大し、他社を排除することになった場合には因果 関係はなく、違法ではないことになるであろう。 ○ NTT は、ユニバーサルサービスで事業を展開しなければならずコストもかかる状態でありな がら、本件のように市場を絞って問題を取り上げることに疑問を感じる。 ● 本件においては、光ファイバーの設備の部分と顧客の部分は切り離されており、設備に関す るインフラ整備の義務がある。問題となったのは、顧客に対する料金設定の安さであり、設 備に関することは、本件では切り離して考えられている。この場合に、両者を切り離して一 方だけを問題とするべきでないとの議論は起こり得るが、本件については、顧客に対する料 金設定におけるコスト割れ価格設定を問題としている。 ○ NTT がエッセンシャルファシリティを有している以上、因果関係がないとすることはないの ではないか。 ○ 他社は、分岐方式でFTTH サービスを本当に提供できなかったのかどうか疑問を抱く。NTT が分岐方式に変更した時点で、一般に対して特に広告等の周知が行われたわけではなく、他 社にとってもそれを機に特に参入が容易になる等の状況が変わったわけではない。さらにそ の後、他社の FTTH サービスへの参入があり、市場は拡大していったのであるから、NTT の行為が問題とされたことに疑問がある。 ○ 平成16 年・17 年以降、他社が FTTH サービスに参入して市場は拡大していっている中、あ えてNTT に対して排除行為があったと認定したことに矛盾を感じる。 ○ 平成16 年 4 月以降、NTT が既に獲得した顧客について、芯線直結方式から分岐方式に変更
したのは約2 千件程度で、残る約 24 万件の顧客については芯線直結方式を維持していること について問題としないことに疑問を感じる。
● 同じく光ファイバ設備を持つ東京電力が接続料金を安くできるのであれば、本件について因 果関係があるかについては疑問がある。そうすると、そもそも、NTT の排除行為があったの かどうかについて、疑問の余地がある。