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質的研究の実施と評価に活かす視点

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Academic year: 2021

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日本助産学会誌 J. Jpn. Acad. Midwif., Vol. 28, No. 1, 60-63, 2014

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日本赤十字看護大学(The Japanese Red Cross College of Nursing)

特別記事

日本助産学会誌 28巻 1 号(2014)

質的研究の実施と評価に活かす視点

―質的記述的研究に焦点をあてて―

谷 津 裕 子(Hiroko YATSU)

* (日本助産学会編集委員) Key words:質的記述的研究,質的研究の実施と評価,質的研究の方法論,投稿論文,編集委員 はじめに  日本助産学会誌の編集委員にならないかと,前編集 委員長の島田啓子先生からお声をかけていただき,委 員の役割をいただいてから10年が経つ。長い月日が こんなにも早く流れたことに愕然とする一方,その過 程で助産学界に生じていた,ないし生じつつある動向 をいち早く知ることができるという,編集委員であれ ばこその恩恵に浴したことを改めてありがたく思う。  この10年に助産学界に起きた興味深い動向の1つに, 投稿論文における質的研究の顕著な増加が挙げられる。 日本の看護学界・助産学界では,2000年以降,看護研 究論文に占める質的研究の割合は急激な上昇傾向に ある。最新看護索引Webデータベースによれば,1975 ∼ 1994年の20年間にわずか8件だった質的研究論文は, 1995∼1999年の5年間で39件に伸び,その後,2000∼ 2004年は111件,2005∼2009年は419件,2010年以降 は2013年までの4年間で392件と,その数は年々うな ぎのぼりに増加している(2014年4月30日検索)。助産 学に限定した件数については調べきれていないが,お そらく同様の傾向がみてとれるだろう。  こうした傾向の背景には,看護学における大学院教 育の普及とそれに伴う質的研究への関心の高まり,そ して,その関心を後押しする質的研究関連文献やイン ターネットを通じた情報の流通が存在すると考える。 誰もが手軽に「質的研究」の情報にアクセスできるよ うになり,優れた質的研究論文に出会う機会も増え, 質的研究を実施したり評価したりするために必要な知 識や感覚が磨かれたことは,非常に喜ばしい変化だと 思われる。  しかし同時に,質的研究がいわば「大衆化」したこ とにより生じる弊害も看過することはできない。私は ここ3,4年全国各地で質的研究に関する講演をしてき たが,質的研究の入門書に書かれている内容,指導教 員や論文審査委員からの指導・助言,査読者からの指 摘に納得がいかず,どこかおかしいと疑問に思いつつ もそれを言葉にできずに悶々としている研究者や研究 者予備軍に多数出会った。彼らの悩みや戸惑いは,質 的研究に関する根拠に乏しいhow-toが質的研究者を混 乱させ,質的研究者の判断を鈍らせている由々しき事 態の反映であると考えられ,私はそのことに強い危機 感を覚えた(谷津,2013a, pp.vi-vii)。  残念なことに,こうした質的研究の「大衆化」によ る弊害は,本学会誌の査読プロセスにおいても例外で はない。件数としては多いわけではないが,投稿され る研究論文や査読者からの意見書のなかに質的研究の 方法論に関する混乱が見受けられることは確かである。  編集委員会の本来的任務は,学会誌の掲載論文の質 を担保するため著者と査読者によって適切で公正な査 読システムが行なわれるよう,著者や査読者を側面的 に支援することにある。基本的には 黒子 に徹する のが編集委員会の務めではあるが,本学会誌の研究論 文の質を担保するためには質的研究に関してどのよう な混乱がみられているのかを本学会員に向けて情報発 信することにより,今後の研究への取り組みに参考に

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J. Jpn. Acad. Midwif., Vol. 28, No. 1, 2014 質的研究の実施と評価に活かす視点 61 していただくことも重要な使命ではないかと考えた。  そこで本稿では,査読プロセスで見受けられること の多い「質的記述的研究」をめぐる混乱に焦点をあて て論じ,質的研究の実施と評価に活かすべき観点を整 理したい。

質的記述的研究は「稚拙な」方法論か?

質的記述的研究に対する方法論的懐疑  著者から査読者への回答書,あるいは査読者から著 者への意見書のなかに,質的記述的研究の方法論に対 する懐疑論が展開されることがある。すなわち,質的 研究が論文として成り立つためには現象学的研究やグ ラウンデッド・セオリー研究,エスノグラフィックな 研究など特定の方法論的枠組みをもつ研究であること が必要であり,質的記述的研究はそれらのどれにも該 当しない残余カテゴリー,もっと言えば粗雑で洗練さ れていない稚拙な方法論であるとの考え方である。  このような懐疑論が呈されること自体が興味深く, その背景にどのような学問的伝統や教育的偏重がある かについて興味がそそられる。しかし,そうした関心 は本稿の主旨を超えるためここでは控えることとし, まずは質的記述的研究とはどのような研究なのか,そ して上記の懐疑論の正当性はいかなるものなのかにつ いて検討してみたい。 質的記述的研究とは何か  Sandelowski(2000/2013)によれば,質的記述的研 究とは,ある出来事についてそうした出来事が生じて いる日常の言葉で包括的に要約するものである。そこ で得られる解釈は,他の質的方法,例えば現象学的記 述やグラウンデッド・セオリーでの記述に比べると推 論の少ない解釈であり,他の研究者とコンセンサスが 容易に得られるような解釈であることが特徴である。 質的記述的研究を行なう研究者は,他の質的方法で研 究をする者よりも,データのより近くにいて,語られ た言葉や出来事の表面から離れないため,看護の臨床 実践や政策立案に関連する疑問に率直で飾りのない回 答を与えるのにとりわけ適する(p.140)とされている。 方法論的適切性とは  このように質的術的研究は,現象の率直な記述と解 釈が最小限となる分析を特徴とする。こうした方法論 的特徴は,研究領域が比較的新しく,研究しようとし ている現象に関する知識の蓄積が少ないとき,あるい は自分が研究しようとしている研究領域のなかで混乱 や矛盾がみられ,研究が前進していないと思われると き,さらには研究課題が非常に複雑な出来事やプロセ ス,人間の経験であり,注意深い定義や記述が要求 されるときに,その効力を発揮する(グレッグ,2007, p.56)。  このことは,別の観点からも説明できるだろう。研 究対象となる現象の性質が未だ明らかでない段階で特 定の方法論を用いることは,実りある質的結果の発見 を阻害することにつながり得る。しかし,先行研究を 通して研究対象となる現象の性質がおおよそ見えてい る段階であれば,その性質に見合う方法論を用いるこ とは重要である。例えば,その現象が時間的文脈のな かで常に変わりゆく自己のありように関係することで あればナラティブ研究の方法論的スタンスが有効であ ろうし,生きられた時間を省察することで見出される 生活世界の実存に関係することであれば現象学的研究 を行うのが適切であろう。しかし,探究したい現象が そうした性質かどうかが不明瞭な段階で特定の方法論 を用いることは,いわば度数の合わないレンズの眼鏡 をかけて現象を捉えようとするようなものであり,目 的と方法の齟齬を生じさせやすいために注意が必要で ある。そうした危険性を回避するためにも,質的研究 の方法論の選択には十分な吟味が求められる。 方法論に優劣はあるか?  言うまでもなく,研究の方法論は研究目的を達成す るための手段であり,それ以上でも以下でもない。つ まり,研究の質を決定するのはその手段の良し悪し (手段に良し悪しがあればの話だが…)ではなく,研 究目的が然るべき理由で導かれ,その目的が適切な方 法によって十全に達成されており,それが論理的に表 現できているかという点にある。  事実,研究の方法論は研究目的に即して用いられ, 方法の中でアレンジされる。方法論自体に優劣がある のではなく,研究目的からみて適切である方法論を用 いているか否か,またその方法論を実際の研究活動に おいてどのように調整して使ったかを十分に説明して いるか否かによって,その研究の優劣が評価されるの である。  こうした考え方によれば,冒頭に述べたような質的 記述的研究に対する方法論的懐疑論はその根拠を失う であろう。質的記述的研究は現象の率直な記述が求め

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62 日本助産学会誌 28巻 1 号(2014) られるときに選択されるべき方法であり,他の研究方 法論には代えがたい基本的・基礎的なアプローチであ るといえる。研究者は,「○○法にも○○法にも当て はまらないから…」という理由で消去法的にこの方法 論を選択するのではなく,独自性のある1つの方法論 として質的記述的研究の特徴を理解し,自分の研究目 的に合うと感じられるときは積極的にこれを活用する べきであろう(谷津,2013b, p.150)。また,査読者に もそうした観点から研究の方法論の適切性および研究 論文としての質を評価することが求められる。

質的記述的研究は,他の方法論を

含み込む方法論か?

質的記述的研究とそれ以外の質的アプローチとの関係 性に関する混乱  質的記述的研究をめぐり,著者から査読者への回答 書や査読者から著者への意見書の中に見受けられるこ との多いもう1つの混乱は,質的記述的研究とその他 の方法論との関係性に関するものである。つまり,質 的記述的研究は他の質的なアプローチとは区別される 独自の方法論だとする立場と,質的記述的研究は他の 質的なアプローチを包含するマクロ的ないしメタ的な 方法論だとする立場が存在し,著者や査読者の間で互 いの正当性を主張し合う状況が見受けられる。  後者の立場では,質的記述的研究のなかに現象学, グラウンデッド・セオリー,エスノグラフィー,ナラ ティブ研究などのアプローチが含まれると考えるため, 質的記述的研究を用いた研究者は具体的方法としてグ ラウンデッド・セオリー等のアプローチがどう展開さ れたかを説明すべきだと意見する。しかし前者の立 場からすると,グラウンデッド・セオリー等の特定の アプローチを用いて研究を行なったわけではないため, 自分が行なった方法を別の方法で行なったように説明 することはできないと主張せざるを得ない。 質的記述的研究とそれ以外の質的アプローチとの違い  こうした閉塞状況に風穴をあけるには,質的記述的 研究と他の質的方法との違いを把握することが鍵と なる。質的記述的研究と,それ以外の質的アプロー チとの認識論的ないし学問的伝統の違いについては Sandelowski(2000/2013, 2009/2013)に詳しいので割 愛するが,大雑把に言うと両者の違いは質的解釈の方 法と深みにおいて認められる。  質的記述には方法論的に区別される2つのものが ある。すなわち,ケースの事実を「日常の言葉」で表 現する質的記述的研究の基本的・基礎的な質的記述 と,出来事を「別の言葉で」表現する現象学,グラウ ンデッド・セオリー,エスノグラフィー,ナラティ ブ研究などにおける質的記述である。後者の記述で は,それぞれの学問的背景で用いられる概念や言葉を 用いて,自分なりに現象を解釈し表現することが求め られる。言葉や情景をただ読むだけでなく,いろいろ な角度からそこにあるものをくみ取っていかなければ ならないため,研究者にはデータの中に深く入り込ん だり,データを超えて考えたりすることが求められ る(Sandelowski, 2000/2013, pp.137-138;谷津,2013b, p.149)。  質的記述的研究のなかに他の質的なアプローチが含 まれると考え,「質的記述的研究を用いた研究者は具 体的方法としてグラウンデッド・セオリー等のアプ ローチがどう展開されたかを説明すべきだ」と意見す る立場は,もともと異なる方法を使っている人に対し てその方法を別の方法で行なったように説明せよと要 求していることになり,意見された側にとっては修正 不可能な指摘であるといえる。 質的記述的研究における「含み」  ただし,質的記述的研究には現象学的な含みのある 研究,グラウンデッド・セオリー法の含みのある研究, エスノグラフィックな色合いのある研究,ナラティブ 的な色彩の研究など,多くのバリエーションが存在す る。むしろ「純粋な質的記述的研究」を探し出すこと のほうが難しいかもしれない。  しかし,「含みがある」ことと,そうでないこととの 間には大きな隔たりがある。Sandelowski(2000/2013, pp.134-135)が指摘するように,現象学的研究,グラ ウンデッド・セオリー,エスノグラフィックな研究を 行なっているというよりは,あまりにも多くのケース でそれらを「装っている」(Wolcott, 1992)だけの状況 が存在することは,日本においても確かであろう。し かしこのような場合は,たとえそこに「含み」があっ たとしても,質的記述的研究と言い表したほうがよい 場合が多い(Sandelowski, p.135)。もし仮に,現在日 本の学会誌(本学会誌も含め)に,厳密な基準でみて 真に現象学的研究,グラウンデッド・セオリー,エス ノグラフィーだといえる研究論文のみを掲載し,それ 以外のものを排除することとなったら,一体どれだ

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J. Jpn. Acad. Midwif., Vol. 28, No. 1, 2014 質的研究の実施と評価に活かす視点 63 けの数の質的研究論文が残されることだろう。しかし, こうした厳密な基準からは排除されるであろう,ある 種の「含み」をもつ質的記述的研究であっても,実践 に役立つ情報をもたらす価値のある研究であることは 間違いない。  質的記述的研究にそれらの「含み」をもたせた場合 には躊躇なくそのことを説明し,実際に行なったサン プリング手法やデータ収集,データ分析の過程をその 理由とともに詳述することが,研究者には求められる (谷津,2013b, p.150)。質的記述的研究は,先に述べ たように現象の率直な記述が求められるときに選択さ れる,他の研究方法論には代えがたい基本的・基礎的 なアプローチである。研究者は自らの方法を何ら恥じ ることなく質的記述的研究と呼び,もしその研究方法 のデザインに何か他の方法の「含み」が出ていれば別 のふさわしい名で読んでみたり,他の方法で行なう代 わりにその「含み」について詳しく述べるとよいだろ う(Sandelowski, 2000/2013, p.145)。 おわりに  助産学が学問化の成熟を遂げる過程で,研究が拠っ て立つパラダイムや方法論に関するさまざまな考え方 が生まれることは,それほど驚くことではない。著者 と査読者の間で相容れない考え方が表明されたり,編 集委員会のなかにも反駁し合う意見が交わされたりす ることもあろうが,そうした問題が議論されること自 体も助産学の発展性を示唆するものだと考える。本稿 がその議論の素地を育み,意見の異なる者同士の対話 を促進して,より良い研究結果の誕生に資することを 切に願う。 引用文献 グレッグ美鈴(2007).質的記述的研究.グレッグ美鈴・ 麻原きよみ・横山美江編著,よくわかる質的研究の進 め方・まとめ方―看護研究のエキスパートをめざして (pp.54-72).医歯薬出版. Sandelowski, M. (2000)/谷津裕子・江藤裕之訳(2013). 質的記述はどうなったのか?.質的研究をめぐる10 のキークエスチョン―サンデロウスキー論文に学ぶ (pp.134-147).医学書院. Sandelowski, M. (2009)/谷津裕子・江藤裕之訳(2013). 名前がどうかしましたか?―質的記述再考.質的研究 をめぐる10のキークエスチョン―サンデロウスキー 論文に学ぶ(pp.154-170).医学書院.

Wolcott, H.F. (1992). Posturing in qualitative inquiry. In M.D. LeCompte, W.L. Millroy, & J. Preissle (Eds.), The hand-book of qualitative research in education (pp.3-52). New York: Academic Press.

谷津裕子(2013a).はじめに.Sandelowski, M. (2000)/谷 津裕子・江藤裕之訳(2013).質的研究をめぐる10の キークエスチョン―サンデロウスキー論文に学ぶ(pp. iii-viii).医学書院. 谷津裕子(2013b).第8章 論文の解説.Sandelowski, M. (2000)/谷津裕子・江藤裕之訳(2013).質的研究をめ ぐる10のキークエスチョン―サンデロウスキー論文 に学ぶ(pp.148-150).医学書院.

参照

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