話題
近年国内から発見された希少甲殻類
(端脚目,等脚目,十脚目)についての話題
Some topics on rare crustaceans (Amphipoda, Isopoda, Decapoda) discovered in recent years
藤田喜久
1・下村通誉
2・多留聖典
3・有山啓之
4・逸見泰久
5Yoshihisa Fujita
1, Michitaka Shimomura
2, Masanori Taru
3, Hiroyuki Ariyama
4, and Yasuhisa Henmi
5はじめに 日本の周辺海域は,世界でも最も生物多様性(種 多様性)の高い海域として知られる(Fujikura et al., 2010).さらに,近年,沿岸浅海域の微環境を評価 する試みがなされ,従来見過ごされて来た環境や調 査が困難な環境(例えば,砂浜間隙,サンゴ礁ガレ 場,海岸飛沫転石帯,海底洞窟など)から多様性の 高い甲殻類群集が発見されており,今後も新たな発 見が続くものと期待されている(大塚ら,2010; 塚 越,2010; 藤田,2017). しかしその一方で,沿岸および浅海域の自然環境 は,開発等の人為的影響によって危機的な状況に なっており,甲殻類を含む多くのベントスが絶滅の 危機に瀕している(日本ベントス学会,2012; 逸見 ら,2014).そうした状況を受け,環境省は,2012 年から「海洋生物レッドリスト」の作成準備を開始 し,2017年3月に公開した.本稿では,比較的近年 になって国内から発見された端脚目・等脚目・十脚 目甲殻類のうち,生息環境が特殊であり,今後の保 護・保全が必要であると考えられる種(絶滅のおそ れのある種)について取り上げ,各種の特徴や生息 環境などについて紹介する.なお,本稿で取り上げ た種は,現在,記載研究が進められている段階(未 記載種)ではあるものの,種の実体については各著 者が把握しており,かつ,その生存の危険性につい ても認識されていると判断される種を対象とした. また,これらの種の希少性を評価・検討する際に, 種の実体が不明瞭な状態(例えば,“○○科の一種” や“○○属の一種”のように)で取り扱うことで問 題が生じる可能性(例えば,希少種のリストから外 される等)が考えられるため,本稿にて標準和名を 提唱することにした. 東北地方の汽水域干潟生息種 2011年3月11日の東北太平洋沖地震に伴う津波に より,東北地方の太平洋沿岸域は大きな撹乱を受け 1 沖縄県立芸術大学 〒903–8602 沖縄県那覇市首里当蔵1–4
Okinawa Prefectural University of Arts, 1–4 Shuri-Tonokura, Naha, Okinawa 903–8602, Japan
E-mail: [email protected]
2 北九州市立自然史・歴史博物館
〒805–0071 福岡県北九州市八幡東区東田2–4–1 Kitakyushu Museum of Natural History and Human
History, 2–4–1 Higashida, Yahatahigashi-ku, Kitakyushu 805–0071, Japan
3 東邦大学理学部東京湾生態系研究センター
〒274–8510 千葉県船橋市三山2–2–1
Tokyo Bay Ecosystem Research Center, Toho University, 2–2–1 Miyama, Funabashi, Chiba 274–8510, Japan
4 大阪市立自然史博物館
〒546–0034 大阪市東住吉区長居公園1–23
Osaka Museum of Natural History, 1–23 Nagai-koen, Higashisumiyoshi-ku, Osaka 546–0034, Japan
5 熊本大学くまもと水循環・減災研究教育センター合
津マリンステーション
〒861–6102 熊本県上天草市松島町合津6061 Aitsu Marine Station, Center for Water Cycle, Marine
Environment, and Disaster Management, Kumamoto University, Matsushima Kami-Amakusa, Kumamoto 861– 6102, Japan
た(鈴木,2011; 金谷ら,2012; 宮城県環境生活部自 然保護課,2016).特に宮城県の三陸海岸南部に位 置するリアス式海岸地域の湾部に位置する干潟は波 高の高い津波を受けた地点が多い(環境省自然環境 局生物多様性センター,2016).急峻な地形である リアス式海岸において,湾部は希少な平地であるこ とから,以前より市街地,漁港等として利用されて おり,残された少数の干潟も現在は河川・海岸の復 旧工事として大規模な防潮堤や護岸などの海岸構造 物の設置が計画・施工されるなど改変が著しい(環 境省自然環境局生物多様性センター,2016).これ らの復旧工事では,以前より海岸構造物の規模が拡 大する場合でも環境調査が省略されることも多く, 干潟環境自体が存続の危機にある場所もみられる. これらの小規模な干潟は転石が多く外洋水の影響 が強いなど,大規模な内湾や大河川の河口干潟と異 なる特徴を有するにもかかわらず,この地域での研 究 例 は 少 な く(宮 城 県 環 境 生 活 部 自 然 保 護 課, 2016),震災後に行われた調査(鈴木,2011, 2016; 木村ら,2016; 環境省自然環境局生物多様性セン ター,2016)で,過去にこの地域で確認されていな かった種の産出が報告されるようになってきた.こ こでは,震災後の調査において,宮城県北部で新た に確認された端脚目の一種について取り上げる. 1) サンリクドロソコエビ(新称) Grandidierella sp. (図1a) 本種は,雄第1咬脚や第3尾肢等の形状から,明 らかにドロソコエビ属Grandidierella Coutière, 1904 に含まれる.体長は最大9.0 mmで,色彩は背部が 褐色,触角は赤みを帯びる.本属の分類で最も重要 な雄第1咬脚の形態については,腕節に大きな3突 起を持つという特徴がある.既知種のオオサカドロ ソコエビG. osakaensis Ariyama, 1996とは色彩と咬脚 の形態,シマドロソコエビG. fasciata Ariyama, 1996 とは咬脚や第1尾肢の形態がよく似るが,他の形態 に違いが見られ,未記載種と考えられる. この種は,宮城県北部の気仙沼市舞根湾,南三陸 町細浦,石巻市万石浦から採集された.いずれの産 地もリアス式海岸の二次湾であり小規模な河川が流 入し,湾の外が岩礁や砂質海岸で海水交換はよいが 撹拌が弱く,満潮時に汽水が表層に保持され,砂泥 底の上に小礫や転石を伴った干潟が形成されてい た.本種は潮間帯中部から上部にかけての転石下や 小礫間に棲孔を掘って生息していた.この微生息環 境は,近縁のオオサカドロソコエビと類似するが (Ariyama, 1996; 有山,2012),両種の分布域は重な らず,現在のところ本種は上記3地点以外から産出 報告はない.上記3産地では護岸や防潮堤の設置工 事が進行中であることから,生息環境の存続が危惧 される. 本種は保護が必要と考えられるため,ここに「サ ンリクドロソコエビ」の新標準和名を提唱する.な お,標準和名の基準標本として,大阪市立自然史博 物館に収蔵されている気仙沼市産の標本( OMNH-Ar-10195: 雄,体長7.7 mm)を指定する. 海底洞窟(海底鍾乳洞)種 琉球列島のサンゴ礁礁斜面には,成立要因が異な ると思われる様々な規模の海底洞窟が存在し,特に 水深30~40 m付近においては,後氷期の海面上昇 に伴って沈水したとされる大規模な海底鍾乳洞の存 在が知られる.これらの海底洞窟環境には,暗所お よび貧栄養環境に適応した形態(例えば,眼が縮小 する,体が矮小化するなど)を有する種,地理的に 特殊な分布パターンを示す種(飛び石状分布種や テーチス海遺存種),系統的起源が古く“生きた化 石”と見なされる種などの興味深い動物群集の存在 が知られる. 海底洞窟性動物の研究は,1900年代後半以降, 潜水器材の発達と共に世界各地で活発に行われるよ うになった(大塚ら,1999; 大塚ら,2010).琉球 列島においても,1990年代以降,二枚貝類や甲殻 類を主とした記載研究が行われ,進化系統に関する 議論がなされてきた(Hayami & Kase, 1993; 加瀬・ 速水,1994; 大塚ら,2010).しかし,海底鍾乳洞 は,潜水調査の困難さから充分な研究がなされてい るとは言えず,近年になっても数多くの未記載種, 日 本 初 記 録 種, そ の 他 稀 少 種 が 記 録 さ れ て い る (Fujita & Naruse, 2011; Shimomura et al., 2012; 藤田 ら,2013; Anker & Fujita, 2014; Naruse & Fujita, 2015;
甲殻類3種を取り上げる. 1) 等脚目 ドウクツヒレオミズムシ(新称) Lipomera sp. (図1b) ヒレオミズムシ属(新称)Lipomera Tattersall, 1905 は,体長0.74 mmから2.2 mmまでの微小なアシナ ガ ミ ズ ム シ 類(ア シ ナ ガ ミ ズ ム シ 科Munnopsidae Lilljeborg, 1864)で,これまでに世界から4種が知 られていた.既知の4種は全て大西洋の水深364 m から4822 mの深海底から記録されている.属の特 徴は尾肢が1節からなり大きく薄い膜状である点, 尾 肢 は 腹 尾 節 の 肛 門 周 辺 を 覆 う 点 な ど で あ る (Wilson, 1989).薄い膜状の尾肢はアシナガミズム シ科内だけでなくミズムシ亜目全体においても本属 のみが持つ特徴である. 本種は,2009年に行われた久米島海洋合同調査
KUMEJIMA 2009(Naruse et al., 2012)にて2個体が
採集された.久米島南西部沿岸の水深39 mに開口 する海底洞窟(通称“小学校沖”洞窟)の,開口部 から奥に35 m進んだ地点で採取された砂中より得 られた.本種の体長は0.74 mm,体色は白色で本属 図1. 近年国内から発見された希少甲殻類.a, サンリクドロソコエビ(新称);b, ドウクツヒレオミズムシ(新 称);c, ウミヌマエビ(新称);d, ガマモエビ(新称).
の他種と同様に眼がない.肛門周辺を覆う薄い膜状 の尾肢を持つためヒレオミズムシ属と同定された. 久米島における本種の発見は,太平洋から初めて の記録というだけでなく,海底洞窟環境においても 初めてとなる.本属既知種は,すべて大西洋の深海 から記録されており,本種の発見は本属の系統進化 や海洋生物地理を考える上で重要な知見となり得る ことから,「ドウクツヒレオミズムシ」の新標準和 名を提唱する.なお,標準和名の基準標本として, 北九州市立自然史・歴史博物館に収蔵されている 久 米 島 産 の 標 本(KMNH IvR 500943: 雄, 甲 幅 0.74 mm)を指定する. また,同じ海底洞窟からボクサ目Bochusaceaの
Thetispelecaris kumejimensis Shimomura, Fujita & Naruse, 2012が新種として記載されている(Shimo-mura et al., 2012).本種は目レベルでの太平洋から の初記録であった. 2) 十脚目 ウミヌマエビ(新称) Atyidae gen. sp. (図1c)
ヌマエビ科(Atyidae De Haan, 1849 [in De Haan, 1833–1850])エビ類は,世界に450種以上が知られ るが,基本的に河川や湖沼などの淡水環境(一部, アンキアライン環境や汽水域に生息する種も存在す る)に生息する一群である.しかし,2011年に実 施された久米島の海底洞窟調査の過程で,ヌマエビ 類の一種が採集された.このヌマエビ類は,水深 35 mに開口部を持つ海底洞窟(通称“ヒデンチガ マ”洞窟)の洞口から約100 m奥の地点から得られ た甲長2.5 mmの小型種であり,眼が退化的で洞窟 や地下水域に生息する種に良く見られる特徴を有し ている.また,頭胸甲に眼窩上棘を有する点でヌマ エビ亜科Paratyinae Holthuis, 1986に属するが,額角 や胸脚の形態的特徴が同亜科に含まれるいずれの既 知属とも合致していないため,未記載属未記載種で あると考えられる. 本種は,ヌマエビ類としては世界で初めてとなる 海産種であり,ヌマエビ類の系統進化や陸水域への 移行を考える上で重要な事例となりうる.一方,本 種が生息する海底洞窟は,国内最大級の沈水鍾乳洞 でもあり,近年,レジャーダインビングやテクニカ ルダイビング(リブリーザーを用いた特殊潜水)の トレーニングに利用されるようになっている.しか し,現在は入洞制限などの環境保全策がとられてお らず,今後の海底洞窟環境の悪化(水中ライトによ る過剰な光や呼気による環境撹乱など)が懸念され る状態にある.以上のことから,本種および本種生 息地の保護・保全を進める必要があるため,本稿に て「ウミヌマエビ」の新標準和名を提唱し,今後の 普及啓発を促したい.なお,標準和名の基準標本と して,琉球大学博物館(風樹館)に収蔵されている 久米島産の標本(RUMF-ZC-4515: 雌,甲長2.5 mm) を指定する. 3) 十脚目 ガマモエビ(新称) Barbouriidae gen. sp. (図1d) 本種は,2012~2016年にかけて沖縄島,伊江島, 宮古諸島下地島で実施された海底洞窟調査の過程で 採集された甲長4 mm程度の小型のモエビ類の一種 で,海底洞窟内において淡水の影響を受けていると 思われる付近(淡水あるいは汽水の滲み出しが確認 される場所)でのみ生息が確認されている.本種 は,額角が短く第一触角柄部を超えないこと,触角 上棘が眼窩下縁より背側に位置すること(suborbital toothとされる),胸脚に関節鰓を欠くことなどの特 徴から,リュウグウモエビ科(新称)Barbouriidae Christoffersen, 1987の内,大西洋産のBarbouria属お よびJanicea属に近縁な未記載種であると考えられ る.ただし,本種は眼が退化傾向を示し(角膜部が 眼柄よりも幅狭い)つつも,歩脚の前節が分節する などの形態的特徴を有しており,両属の特徴を一部 共有している.よって,本種の帰属については,未 記載属の可能性も含め,今後の詳細な検討を必要と する. 本種は,海底洞窟環境に依存する種である可能性 が高いことから,沖縄での洞窟の方言である「ガ マ」を冠し,新標準和名として「ガマモエビ」を提 唱する.なお,標準和名の基準標本として,琉球大 学博物館(風樹館)に収蔵されている宮古諸島下地 島産の標本(RUMF-ZC-4516: 抱卵雌,甲長4.0 mm) を指定する.
謝 辞 本稿のとりまとめおよび本稿に関連する野外調査 を実施するにあたり,多くの方々にお世話になっ た.宮城県北部の気仙沼市舞根湾,南三陸町細浦, 石巻市万石浦の調査では,阿部拓三氏,伊藤 萌 氏,内野 敬氏,金谷 弦氏,木下今日子氏,鈴木 孝男氏,太齋彰浩氏,田中正敦氏,中井静子氏,松 政正俊氏,三浦 収氏,柚原 剛氏にご同行・ご協 力いただいた.琉球大学熱帯生物圏研究センター西 表研究施設の成瀬貫准教授には久米島海洋合同調査 KUMEJIMA2009での調査にご尽力いただいた.久 米島漁協所属第三勇丸船長の仲与志勇氏,同島ダイ ビングサービス・カラーコードの塩入淳生氏,同島 ダイビングサービスBLUE DOMEの伊関亜里砂氏 には,三井物産環境基金による「久米島応援プロ ジェクト(申請代表:WWFジャパン)」の海底洞 窟調査にご協力いただいた.名古屋大学大学院理学 研究科附属臨海実験所の伊勢優史博士,琉球大学大 学院理工学研究科の水山 克氏,伊良部島漁協所属 盛秋丸船長の伊地博喜氏,伊良部島マリンズプロ宮 古の冨谷 剛氏には,沖縄海邦銀行のかいぎん環境 貢献基金(平成24, 25年度助成)による支援を受け た研究プロジェクト「橋が架かると島の自然はどの ように変わるのか?~伊良部島および下地島の生物 相の現状調査~」の一環として実施された海底洞窟 調査にご協力いただいた.また,本報告の取りまと めの一部には,独立行政法人日本学術振興会の平成 28年度科学研究費助成事業(基盤研究C: 課題番号 16K07490: 研究代表藤田喜久)による支援を受けた. 以上の関係者および関係機関に感謝する. 文 献
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