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錯視の発達

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Academic year: 2021

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DOI: http://doi.org/10.14947/psychono.35.11 43 金沢: 錯視の発達

錯視の発達

金 沢   創

日本女子大学人間社会学部心理学科

Development of visual illusion

So Kanazawa

Department of Psychology, Japan Women s University

In this short article, we reviewed out studies about development of perception. At first, we explained the find-ings about material perception in infants. This study showed that the 3- to 4-month-old infants have a striking abili-ty to discriminate slight image changes due to illumination that are not salient for adults. These young infants lose this ability after 5 months of age and then develop an ability to perceive distal surface properties (glossy or matte) at 7–8 months of age. Second, we discussed the relationship between visual illusion and perceptual development. We defined the concept of “pre-constancy” based on the statements of William James. Finally, we defined the character-istic of visual illusion.

Keywords: perceptual development, visual illusion, infant, pre-constancy

生後3カ月ごろから6カ月ごろへと 発達してくる能力 私たちは通常,目を開ければ見えるように世界が見え ていることに疑問をいだくことはない。しかし,こうし た能力は,生後1年間の脳の発達によってようやく可能 となる。ここではその1例として,表面の質感に関する 実験を紹介してみよう。 Figure 1は,カタツムリとポットについて,その表面 の光沢感を変化させた surface changeと光沢感は変化し ないものの光のあたり方が変化するlightfield changeの2 種 類 の 変 化 を 実 行 し た も の で あ る(Yang, Kanazawa, Yamaguchi & Motoyoshi, 2015)。この変化する刺激を,い わゆるchange blindness画像のようにISI 200 msで呈示す る。ISI中にはブランク画像が呈示される。この変化す る画像セットをターゲット刺激とし,同じ2枚の画像を やはりISI 200 msで呈示した画像を非ターゲット刺激と して,これら2つを左右に呈示する。つまり,左右の画 像ともISI 200 msで切り替わっているのだが,ターゲッ ト側は変化しているのに対し,非ターゲット側は同じ画 像が2枚切り替わっていることになる。このように変化 するものと変化しないものを左右に呈示し,変化する側 への選好を調べる実験パラダイムを「change detection paradigm」と呼ぶ(Otsuka, Ichikawa, Kanazawa, Yama guchi, & Spehar, 2014)。

我々は,3–4カ月児,5–6カ月児,7–8カ月児の3種類 の月齢の乳児を対象に,surface changeとlightfield change のそれぞれに対して,変化している画像への選好注視を 測定した(Yang, Kanagawa, Yamaguchi, & Motoyoshi, 2015)。

その結果,物体の光沢感が変化する surface change画像 への選好は,7–8 カ月に向けて獲得されるのに対し, 3–4カ月ごろに見られたlightfield changeへの選好は,逆 に5 カ月以降は消失していくことが明らかになった (Figure 2)。 この結果は2つの興味深い事実を含んでいる。1つめ は,我々大人にとって識別が困難なlightfield change,す なわち映り込みのハイライトの位置の変化を,3–4カ月 児は識別できるということである。3–4カ月といった幼 い乳児は,我々大人には見えていないものが見えている ということになる。もう1つは,この低月齢児の「特殊 能力」も,発達とともに失われてしまうという点であ る。我々大人にとって容易に識別できる光沢感の変化, The Japanese Journal of Psychonomic Science

2016, Vol. 35, No. 1, 43–46

講演論文

Copyright 2016. The Japanese Psychonomic Society. All rights reserved. Corresponding address: Department of Psychology, Japan

Women’s University, 1–1–1 Nisi-ikuta, Tama-ku, Kawasaki, Kanagawa 214–8565, Japan. E-mail: [email protected]

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44 基礎心理学研究 第35巻 第1号 すなわちsurface changeの能力は,生後7カ月を超えた知 覚発達を必要とするわけであるが,その能力の獲得と引 き換えに,我々大人には見えていないものが見える能力 を失う。発達とは,単にできないことができるようにな るだけでなく,「見えなくなることの学習(learning not to see)」も重要ということになる(Fleming, 2015)。 pre-constancy 5カ月から7カ月にかけて発達する能力としては,5カ 月ごろ生じる背後の形の補完(Otsuka, Konishi, Kanaza-wa, & Yamaguchi, 2009),様々な絵画的奥行き手がかり間

を超えた3次元表象の成立(Tsuruhara, Sawada, Kanazawa, Yamaguchi, & Yonas, 2009; Tsuruhara et al., 2010),6–7カ月 にかけて獲得される動きと影の情報を統合した3次元空 間の知覚(Imura et al., 2006),などがある。これらの各 実験の詳細は紙面では省力するが,いずれも2次元網膜 像から光と影をうまく処理し3次元空間における安定し た物体表象を形成するのに不可欠な能力といえる。我々 は,この時期を「世界の恒常性」を獲得する時期である と仮説的に捉え,5–7カ月以前の知覚世界をpre-constancy と呼んでいる(Yang et al., 2016)。つまり,5–7カ月以前 の乳児は,一定程度の視覚能力を備えているとはいえ, その知覚は不完全なものであり,影と表面の区別も明確 ではなく,立体と平面の区別も不明瞭であると考えられ る。つまり変化する網膜像から安定的に物体表象を作り 出す能力に欠けていると考えられるのである。

かつてWilliam James は乳児の主観的世界を one great blooming, buzzing confusionと喝破した。その部分を引用 しておこう。

The baby, assailed by eyes, ears, nose, skin, and entrails at once, feels it all as one great blooming, buzzing

confu-sion; and to the very end of life, our location of all things

in one space is due to the fact that the original extents or bignesses of all the sensations which came to our notice at once, coalesced together into one and the same

space. The Principles of Psychology, William James

Figure 1. Stimulus in “surface change” condition and “lightfield change” condition. We adult easily discriminate between the stimulus changes in surface change condition while it is hard to discriminate in lightfield change.

Figure 2. Preferential looking ratio in change detection paradigm. 3- to 4-month-old infants preferred to look at the lightfield change target, however the preference disappeared in 5-month-olds. Otherwise the prefer-ence for the surface change emerged at 7- to 8-month-olds.

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45 金沢: 錯視の発達 (1890).ゴシックは筆者 ここでは,乳児の主観世界を「(感覚が)咲き誇りガヤ ガヤと騒ぎ立てる大いなる混乱」としているのに対し, 大人の主観世界が,それらの感覚が1つの空間の中で統 合されたものであること(coalesced together into one and

the same space)が説明されている。

我々が考える「pre-constancy」とは,まさに感覚モ ジュールの情報が統合されずにばらばらで並列されてい る様子のことであり,constancy獲得後の世界とは,知 覚モジュールが1つの時空間に統合され,世界には網膜 像とある程度独立な「物体」が存在するようになる段階 のことを指している。この意味では,pre-constancyは,

William James のいう confusion の現代版であり,通常の 物理世界が立ちあらわれるのは,この constancy獲得後 ということになる。そして,錯視の成立には,このcon-stancyの獲得が必須であると私はまずは考えてみたい。 すべては錯視? 錯視が成立するには,安定した物理世界が成立してい なければならない。物には大きさと位置があり,その表 面は光源の変化によらず安定している。陰影やハイライ トは,表面の性質とは異なったものであり,面の質感を 推定する際の手がかりではあるとしても,それは光源に よって変化するものであり面に描かれたパターンとは区 別されなければならない。こうした当然の前提がもし成 り立たない場合,錯視は成立しにくいものとなるだろ う。なぜなら,錯視とは,ごく簡単にいえば,物理的な 世界と知覚的な世界の不一致である,といいうるから だ。物理的世界が成立せず,ただ単に網膜像が経験され るだけであれば,そこに錯視は存在しない。何かが見え ているとき,その見えの前提である物の大きさ,位置, 色,面の質感,といった性質が異なるとき錯視が起こる ともいえるだろう。 しかし,この言い方は,いささか物事を単純化しすぎ ている。もし錯視が,「物理的な世界」と「主観的な知 覚世界」の齟齬によるものだ,といいうるのであれば, ほとんどすべての知覚現象が錯視であるということに なってしまうからだ。例えば,我々が受け取っている網 膜像に奥行きは存在しない。また,折り重なっている物 どうし,どちらが背後にあるかは一義的には決定できな い。さらに,光源方向が不明な場合,陰影だけから形状 は決まらない。表面の色も,照明条件が与えられなけれ ば1つに決定できない。こうして「純粋で客観的な網膜 像」と,奥行き,色,形状等をもった「主観的な世界」 とのあいだに齟齬が生じることとなる。この主観と客観 の食い違いを,錯視ではないと,どのような基準でもっ て我々は言いうるのだろうか。そのためには錯視と呼ば れる現象の特徴を,より積極的に捉える必要がある。 錯視の特徴 典型的な錯視の代表として,ミュラー=リヤー錯視を 考えてみよう。ご存じのように,この錯視は,2つある 線分の長さが,両端の「矢羽」の向きによって実際より 長く見えたり短く見えたりする錯視図形である。紙と鉛 筆と定規さえあれば再現できる,いわゆる幾何学的錯視 の代表で,そのシンプルさゆえに,多くの心理学科/専 攻/研究室における必修の心理学実験実習でも,いまだ にこの図形が用いられていることが多い。 さて,この錯視図形であるが,これが錯視と呼ばれる 所以はどこにあるのだろうか。単純に考えればそれは, 実際には等しい長さのものが実際には一方が長く他方は 短く見えるから,ということになるだろう。しかし,こ の単純な説明に強く異議を唱えるものもいる。その代表 が,現象学者のメルロ=ポンティである。彼は『知覚の 現象学』の中で次のように言っている。 ミュラー=リヤーの錯視において,二つの直線部分 はほんとうは同等でも不等でもないのであって,こ んな二者択一が課せられるのはただの客観的世界の なかでにすぎない。視野というものは,相矛盾した 概念が交差する独特な環境であって,それというの も,視野のなかでは,諸対象―ここではミュラー= リヤーの二つの直線―は比較の可能となるような [客観的・即自的な]存在の地平には措定されてお らず,むしろ,あたかもそれらが同一の世界には所 属していないかのように,それぞれ別個のコンテク ストの中で捉えられているからである。心理学者た ちは,長いあいだ,こうした現象を無視することに ひたすら腐心してきた。(メルロ=ポンティ『知覚 の現象学』(1967, 1974)ゴシックは筆者) ここでメルロ=ポンティは,そもそも錯視などという発 想自体が誤った発想により成立するものであると主張す る。その根源には,「視野とは矛盾を含むものであり」 「二つの直線は,比較可能となる地平は措定されておら ず」,「同等か不等か」という「二者択一」そのものが誤っ たものである,とする考えがある。 もちろん,我々としては,これらの言明を字義通りに 受け取るわけにはいかない。「客観的世界のなかでにす

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46 基礎心理学研究 第35巻 第1号 ぎない」などといわれても,そのような言明が価値をも つのは現象学的世界のなかでにすぎない,とそのまま返 してみたくなる。それはこの宇宙の支配者が現象学者で ある場合にだけ成り立つ価値判断なのではないか。 と少々 ってみたくもなるが,ここでは現象学との格 闘が目的ではない。むしろこの物言いを利用しながら錯 視が成り立つ条件について考える手がかりにしてみたい のである。 錯視とは2つの作業のぶつかり合い メルロ=ポンティはいくつか興味深い指摘を行ってい るが,その中でも「視野というものは,相矛盾した概念 が交差する独特な環境」との主張は現代の視覚科学の観 点からも理解しやすい。先にふれたように,視覚とは古 典的には2次元網膜像から3次元世界のモデルを構成す るということである。その際,一見すれば consistentな 視野が得られたように見えるものの,実際にはいくつも の矛盾を抱えながら,ある程度のところで解を求めてい るものであることは,本誌の読者であれば周知のことで あろう。むしろ,実験と脳科学の知識なしに「視野の矛 盾」にたどり着いたメルロ=ポンティの慧眼には感心す るところである。先に,錯視を広くとらえるならば,視 覚過程の結果はすべて錯視であるとも言いうる,と書い たが,この観点はメルロ=ポンティの指摘そのものとも 一致する。 問題はこの「視野全体に生じている矛盾」と「錯視図 形」との差異である。錯視は視野全体といかなる点が異 なっているのであろうか。 手がかりは「計測」という作業にある。錯視図形を体 験する際には,「本当は同じである」ということを納得 する「計測」という操作が不可欠となる。ミュラー=リ ヤーでいえば,それは「定規で測る」という行動にあた る。この作業を,「客観的」などとして「皇帝の位置」 につける必要はない。むしろ,この計測という操作も, 見るという行為と並列に語られるべき,この世界内の1 つの体験にすぎない。問題は,その並列された2つの行 為が,ぶつかり合うという点だ。このぶつかりあいこそ が矛盾である。そして,ミュラー=リヤー図形が心理学 者に重宝されるのは,この図形が,「ぶつかり合い」を 目の前の1か所に非常にコンパクトに閉じ込めていると いう点だ。この「手のひらサイズのコンパクトさ」こそ が,錯視図形をすぐれたツールに仕立て上げるのであ る。 メルロ=ポンティも言うように,視野は常に諸概念が 矛盾する場所である。しかし,その矛盾は,現象学的還 元や脳科学的実験など,ある種の特殊な操作によって初 めて手にできるものであり,簡単には感じることができ ない。しかし,錯視図形は,紙と鉛筆だけで,非常に簡 単にこの世界にたどり着ける。私にとって錯視図形と は,主観と客観のぶつかり合いから生み出されるもの― それは心身問題と呼ばれる―が孕む恐るべき怪物を,小 さなシャーレの中に閉じ込める特殊技術のように思われ るのである。 引 用 文 献

Fleming, R. W. (2015). Visual development: Learning not to see. Current Biology, 25, 1166–1168.

Imura, T., Yamaguchi, M. K., Kanazawa, S., Shirai, N., Otsuka, Y., Tomonaga, M., & Yagi, A. (2006). Perception of motion trajectory of object from the moving cast shadow in infants. Vision Research, 46, 652–657.

James, W. (1890) The principle of psychology (republished by Dover Publishing Inc., Mineola, NY.)

Merleau-Ponty, M. (1945) Phénoménologie de la perception. Paris, Gallimard. (メルロ=ポンティ,M. 竹内他(訳) (1967, 1974).知覚の現象学 みすず書房)

Otsuka, Y., Konishi, Y., Kanazawa, S., & Yamaguchi, M. K. (2009). The effect of occlusion on motion integration in in-fants. Journal of Experimental Psychology: Human Percep-tion and Performance, 35, 72–82.

Otsuka, Y., Ichikawa, H., Kanazawa, S., Yamaguchi, M. K., & Spehar, B. (2014). Temporal dynamics of spatial frequency processing in infants. Journal of Experimental Psychology: Human Perception and Performance, 40, 995–1008. Tsuruhara, A., Sawada, T., Kanazawa, S., Yamaguchi, M. K., &

Yonas, A. (2009). Infant’s ability to form a common repre-sentation of an object’s shape from different pictorial depth cues: A transfer-across-cues study. Infant Behavior and De-velopment, 32, 468–475.

Tsuruhara, A., Sawada, T., Kanazawa, S., Yamaguchi, M. K., Corrow, S., & Yonas, A. (2010). The development of the ability of infants to utilize static cues to create and access representations of object shape. Journal of Vision, 10, 1–11. Yang, J., Kanazawa, S., Yamaguchi, M. K., & Motoyoshi, I.

(2015). Pre-constancy vision in infants. Current Biology, 25, 1–4.

Figure 2. Preferential looking ratio in change detection  paradigm. 3- to 4-month-old infants preferred to look  at the lightfield change target, however the preference  disappeared in 5-month-olds

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