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論理力と発想力によるイノベーションデザイン

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Academic year: 2021

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(1)40. 特集:イノベーションデザイン論. 山岡俊樹 Yamaoka Toshiki 京都女子大学. 論理力と発想力によるイノベーションデザイン Innovation Design Based on Logical and Creative Thinking Abilities. Kyoto Women’s University. 前川正実 Maekawa Masami 北陸先端科学技術大学院大学. Japan Advanced Institute of Science and Technology. 1.はじめに グルーバル化、サービス社会において、新しいデザインの視点によるイノ ベーションが望まれている。この新しい視点とは論理力であり、感性力を含 めた目利き力である。モノ作りは、広くとらえるとシステム構築であり、論 理力によりなされる。目利き力とはモノの良し悪し、つまりその価値を判断 できる能力のことである。デザインを包含した商品価値を見極める力とも定 義できる。 本稿ではこの論理力と目利き力について概説し、論理力に基づくシステム 構築方法と目利き力を作る方法(教育など)について述べる。. 2.目利き力 2.1. 目利き力の定義. 論理力と発想力の基礎を支えているのが知識量である。様々な知識が組み. 合わさって論理力となり、発想力ともなる。論理力は知識に基づく情報構造 の把握力でもあり、感性力の一部である発想力はその構造化された情報内で の組み合わせと考えられる。感性力とはある刺激に対して感じる力であり、 あるものを作り出す力(発想力)でもあると定義しておく。 従って、論理力が弱く発想力がある人は、その発想の裏付けを的確に説明 できない。一方、論理力が強く発想力が弱い人は、理屈を的確に喋ることが できるが、情報の組み合わせ力が弱いので、発想されるアイディアのレベル は低い。この両者に強い人を、目利き力があると人と定義する。. 2.2. 論理力と感性力の融合の必要性. 20世紀には、海外にモノ作りの手本があり、発想力よりも論理力の強化に. 注力するだけで充分であった。従って、初等、中等教育では、主要五科目な どと美術や音楽などの感性系の教育と区別し、論理力構築を主要目的として いたと思われる。更に、文系、理系という分類の仕方もそのベクトルの一つ としてとらえることができる。 しかし21世紀になり、新たな製品やシステムを構築するには、発想力と論 理力を高度に統合することが必要になってきた。つまり、新しいシステムの 構築には、総合的な力や見方が必要になってきている。20世紀は先進国にお いてもモノが不足しがちで、極端に言えば、機能さえ満足していればよかっ たといえる。しかし、モノが満たされた21世紀では、ハードとソフトを組み.

(2) デザイン学研究特集号  Vol.25-1 No.97. 合わせて高度な価値を提供できる製品やシステムがユーザに受け入れられる 条件となっている。 目利き力のある人は、様々な体験と膨大な知識を通じて、その分野の情報 構造を把握し、その中にある情報の多くの組み合わせとそれがもたらす価値 を認識し、活かすことができる。. 2.3. 協創における目利き人材の必要性. 協創という言葉を耳にする機会が増えた。関係者が集まり共に概念などを. 作り上げていくという意味である。関係者には、ユーザ他、様々な種類のス テークホルダーが含まれる。関係者が集まって議論したり、アイディアを表 現した簡易な試作品を作って相互に確認したりすることは、独りよがりでは ないシステムの構築に必要な作業である。 しかし、よくよく考えると、従来にない新しいシステムや概念を発想する には困難を伴うだろう。その理由として、例えばブレインストーミングに関 していえば、プロダクション・ブロッキング、評価懸念、ただ乗りといった 要因によって、個人での成果の方が優れているとの報告が挙げられる1)。現 実に、偉大な発明やシステム提案をしたエンジニアや経営者の多くは、他者 の意見を聴くことはあっても、その場で発想するのでは無く、得た情報を取 り込み、自分自身の思考によって発想している。例えば、阪急電鉄、阪急百 貨店、宝塚歌劇団や東宝などを創設した小林一三は、顧客の視点から常にビ ジネスを考え、駅前にデパートやビジネスホテルを作ったりし、他社と異な るビジネスモデルを構築した。様々な文献を読んだ限り、彼が部下や関係者 とブレインストーミングのようなことをしてこれらの発想をしたとは推定で きない。ここから言えることは、協創すれば自ずと優れた結果が得られると いうものではなく、協創においても目利き人材が必要ということである。あ るいは、協創の結果を判断できる目利き人材が必要ということである。現在 のビジネス環境に目利き人材が少ないという現状が、ビジネスの不活性化を 招いていると考えらえる。デザイン界でも、色や形といったスタイリングだ けでなく、事物の価値、役割や目的を定義し、その実現手段としてのモノ、 コト、システムを考案できるデザイナーは少ない。. 3.論理的思考でのモノ作りとデザイン構築 複雑なシステムやデザインの構築では、直感では無理で論理的に展開し、 可視化を行う必要がある(図1参照)。その方法として、汎用システムデザ インプロセスを紹介する2)。これは、まず企業の理念に基づいて“システム の概要”を決め、“システムの詳細”を決定し、続いて“可視化”“評価”を おこなうプロセスである。汎用性が高く、様々な対象のデザインに適用でき る。この特徴は以下の5点である。 ①現場主義 ②論理的アプローチ ③定量的アプローチを志向 ④情報の共有化 ⑤網羅的検討 以下、解説する。 ⑴ 企業や組織の理念の確認 すべての製品開発の基礎となるベクトルを確認する。. 41.

(3) 42. 特集:イノベーションデザイン論. ⑴企業や組織の理念の確認 ⑵大まかな枠組みの検討 ⑶システムの概要. ・目的,目標の決定 ・システムの概要 ⑷システムの詳細. ・市場でのポジショニング ・ユーザ要求事項の抽出 ・ユーザとシステムの明確化 ・構造化デザインコンセプト ⑸可視化 ⑹評価. ⑵ 大まかな枠組みの検討 現状や関連のシステムの観察、関係者へのインタビューや様々な文献調査 などを行い、システムの事前調査を行う。これらの作業により、これから開 発するシステムの大まかな枠組みを固める。 ⑶ システムの概要 具体的な目的と目標を決める。更に、それに基づいてシステム計画の概要 を決定する。 1)目的の決定 5W1H1F(Function)+期待の8つの視点に基づいて目的を決定する。. ①誰が、②何を、③何時、④どこで、⑤なぜ、⑥どうやって、⑦機能は、 ⑧期待は これらの項目から必要に応じて選択し、その視点に基づいて目的を定め る。 2)目標の決定 目的に基づいて、以下の10項目から必要な項目を使って目標を定める。. デザイン案. 図1 汎用システムデザインプロセス. ①機能性、②信頼性、③拡張性、④効率性、⑤安全性、⑥ユーザビリティ、 ⑦楽しさ、⑧費用、⑨生産性、⑩メンテナンス 3)システムの概要 ① 人間と機械・システムとの役割分担  目的と目標に基づいて、人間と機械の仕事の分担を決める。人的サービ スが対象の場合は、顧客とサービス提供者の作業の分担を決める。 ② 制約条件の検討  社会・文化・経済的制約、空間的制約、時間的制約、製品・システムに 関わる制約、人間に係る制約(思考、感情、身体)の5つの制約条件を検 討する。 ③ 製品・システム他の構成要素の明確化と構造化  想定する機能を分解し、構成要素を抽出する。 ⑷ システムの詳細 システムの概要を受けてシステムの詳細を決める。ここで要求事項を抽出 し構造化コンセプトを構築する。 4)市場でのポジショニング 5)ユーザ要求事項の抽出 6)ユーザとシステムの明確化(仕様書) 7)構造化デザインコンセプトの構築 ⑸ 可視化(形状、操作方法など) 構造化コンセプトに基づき、可視化を行う。可視化には、事前に準備され ている70デザイン項目などの様々な情報を参考にする。 8)可視化 ⑹ 評価 可視化案は V & V 評価(Verification & Validation)により、目的・目標な. どとの適合性を検証し、有効性の確認を行う。 9)評価. 以上の1)∼9)までの全てを実施する必要はなく、状況に応じて判断する。. 4.制約条件からの発想とデザイン 我々の身の回りには様々な制約3)があり、我々はこの制約の中で生活し.

(4) デザイン学研究特集号  Vol.25-1 No.97. ている。例えば、地球の引力という制約がある。我々はこの引力に適応した 体を備えており、引力という制約の状態が異なれば、体格や生体組織の構造 は異なっていたかもしれない。こうした自然界の制約の他にも制約はある。 我々の思考は社会的制約、文化的制約、環境的制約、歴史的制約などの中で 行われていて、思考の幅や範囲は制限される傾向がある。しかしながら、こ うした制約条件が変わり、新しい思考や考えが生まれる可能性は大いにあ る。それは歴史を参照すれば明らかであろう。. 4.1. 制約条件に基づく発想法. 制約条件は「システムあるいはその上位項目から下位項目を決める際にそ. れに係る検討範囲(枠組)を限定する条件」と定義する。前提条件はある事 項が成立するための条件であるので、場合によって制約条件は前提条件と同 値となることもある。 ⑴ 制約条件からの発想 制約条件をあまり意識しない既存の発想法は、思いつくままアイディアを 発散的に出し、そこから何らかの基準により収斂させる。制約を意識しない ことで革新的な発想を生み出せるとの考えに基づくものだが、芸術とは異な るデザイン活動においては次の問題点がある。 ①属人的な方法で、発想者の経験や知識に左右され、品質が不安定で再現性 が乏しい。 ②実現可能性は乏しい。 ③意図、目的や有効性が不確かなアイディア群に対して、それを収斂する過 程で何らかの選抜基準を後出しするので、基準が首尾一貫せず意思決定が 曲折するおそれがある。 これに対し、制約条件からの発想(図2参照)は、上記の選抜基準をま ず明らかにする方法だといえる。制約条件に基づく発想法は、①社会・文 化・経済的制約、②空間的制約、③時間的制約、④製品・システムに関わる 制約、⑤人間に係る制約(思考、感情、身体)の5つの制約条件を基準にす る。勿論、これ以外の制約があれば追加する。これら5つの制約条件につい て、以下の切口からブレイクダウン(分解)してアイディアを発想する。 ① HMI(Human Machine Interface)の5側面4)(身体的側面、頭脳的側面、 時間的側面、環境的側面、運用的側面)とその各側面に包含される3項目. ②二項対立の視点  二項対立は言葉通り2つの対立概念を意味する。例えば、部分・全体、 日常・非日常などである。 ③ある概念の構造(外延、内包)  外延は適用される対象の集合であり、内包は対象の共通する性質である。 ④以上の①から③の視点の組み合わせ ⑵ 制約条件の範囲の決定 限界制約条件とは、その満足が必須の制約条件の範囲で、許容制約条件と は、状況によっては満足しないことが許容される制約条件の範囲を指す。こ れらの範囲設定は、デザイン対象の範囲、目的や目標に基づいて決定する。 ⑶ アイディア発想 制約条件の範囲や内容を明らかにすることによって、検討する領域は絞り 込まれ、検討対象の各要素の重要度や要素間の関係を把握できるようにな 図2 制約条件からアイディアを生成する. り、結果として的確なアイディア発想をしやすくなる。. 43.

(5) 44. 特集:イノベーションデザイン論. 4.2. 制約条件に基づくデザイン方法. 制約条件は、汎用システムデザインプロセスの根幹を占める要素である。. このプロセスでは、様々な制約条件を明らかにして的確なアイディアを発想 し、最終ソリューション(システム案、デザイン案)を導出する。 例えば「斬新な形態」であることを目標とするならば、これを制約とす る。「斬新な形態」という制約を分析し、これを満足するための構成要素を 求め、それを基にアイディア発想して可視化する。. 5.制約編集 5.1. 外部制約と内部制約. 制約条件はデザイン検討の重要な位置を占め、様々な種類が存在する。制. 約は大きく分けて、デザイン対象事物が包含される社会や環境に基づくもの と、デザイン対象事物そのものに基づくものがある。前者を外部制約、後者 を内部制約という5)。4.1に挙げた5種類の制約のうち、④以外は外部制約 である。デザインされる事物は、環境、社会、社会を構成する人々に受け入 れられなければ存在し得ないため、その条件すなわち外部制約に適合しなけ ればならない。そして、外部制約に適合するように事物を構成するための内 部制約が存在する。内部制約には、外部制約に即して秩序立った事物状態を 構成する要素とその状態を定める基準としての内部制約α、その結果選ばれ た各要素の性質としての内部制約β、そして要素間の相互関係から生じる性 質としての内部制約γの3種類がある5)。. 5.2. 制約編集. デザイン活動は、工学的設計に至る前の企画・構想を大いに含む活動であ. る。イノベーティブな価値創出が求められている現在、デザイナーの注力点 は既存品の改良ではない。この場合、創るべきものは所与でなく、どんな価 値をどのような手段によって実現するか、つまり何を創るのか、を定めるこ とが要点となる。しかも、この段階で意思決定を間違えば、後工程の創造的 努力と投資は無駄になるおそれが大きい。企業の目的は顧客の創造であり、 そのために企業が備える基本的機能としてマーケティングとイノベーション が存在する6)。したがって企業経営とイノベーションは不可分といえるが、 リスクが高いために躊躇する傾向もみられる。このリスクの低減、すなわち 企画・構想段階での思考の洗練・品質向上が求められているといえる。 イノベーティブな価値創出を意図すれば、デザイン対象事物がそれまでと 異なる種類になる可能性がある。わかりやすい例として、鉄道の運賃を徴収 する方法が挙げられる。かつては駅員が乗車券を販売していたが、その後、 自動販売機が主流となり、最近は乗車券を購入せずにプリペイドカードやモ バイル機器を改札機にかざすかタッチすれば自動改札機を通ることができ る。自動販売機が主流時代のデザインの要点は、自動販売機(機械)の外観 およびユーザインタフェースや、希望駅までの運賃を客に伝える表示のあり かたなどだが、現在のデザインの要点は、ユーザが課金額や状態などを把握 しやすくする方法や、ユーザを中心とする様々なステークホルダーにとって 望ましいサービス全体の運用と効率化の方法などであって、機械ではない。 このようにデザイン対象は変化する。 企画・構想段階での焦点をいわば抽象的な機能や価値に置き、それを具現 化する手段(デザイン対象となる事物)を所与としないアプローチは、上記.

(6) デザイン学研究特集号  Vol.25-1 No.97. 図3 事物状態の編集過程における3種類の内部制約の働き. の例のほか多くの事例から、イノベーティブな価値創出に有効といえる。 このアプローチにおいては、デザイン対象事物の種類や状態の自由度が高 く、当然のことながら、考慮すべき制約や事物状態を定めるための制約が不 明・曖昧になる。結果として、さまざまな選択肢の中から正しい解を得るた めに、的確な外部制約と内部制約を選定し設定することがデザイン活動の要 点となる(図3参照)。 そのためには、顧客やユーザを含むステークホルダーや社会環境に起因す る多様な外部制約を、ある部分では利用し、別の部分では回避し問題が生じ ないようにすること、すなわち制約の編集が必要である。企画・構想段階で は、デザイン対象事物が定まっていないため制約も確定していない。編集可能 な制約の範囲は広く、その中で外部制約と内部制約をいかに適切に設定するか が重要である。地球の引力や物理法則といった制約に抗することは難しいが、 ユーザのメンタルモデルや文化は変化可能である。むろん、事物を構成する部 品も変化可能である。例えば、部品サイズを小さくするためにコストアップを 容認する判断は、制約を編集(組み換え)していることに他ならない。 デザインを確定するとは、解として残すもの以外の可能性をすべて排除す るということである。つまり、外部環境からの制約や、デザイナー自身や関 係者が設ける制約が、デザイン過程を通じて検討・編集・精緻化された結果 として解の範囲が狭まり、デザインは確定される。精緻化される制約の中に はデザインコンセプトも含まれる7)。コンセプトはデザイン対象が備えるべ き価値、要素、状態などを表現し、解の範囲を定め、デザイナーの思考をそ の向きに方向付ける。そして結果として事物状態を制約する。. 6.イノベーションと教育 6.1. イノベーション. ドラッカーは次のように述べている。イノベーションとは、市場に焦点を. 当てて、7つの機会(予期せぬこと、ギャップ、ニーズ、構造の変化、人口 の変化、認識の変化、新知識の獲得)を分析し、これらの変化をチャンスと して利用するための手段である8)。イノベーションとなりうる創造活動をい かに実施するかという困難もさることながら、その実現に資するマネジメン トは要点といえる。 イノベーションとなりうる創造活動は、論理力+発想力による目利き力に 依存するだろう。顧客との協創やワークショップも有効性はあるが、それを. 45.

(7) 46. 特集:イノベーションデザイン論. 活かすための目利き力をつけるのが先決である。目利き力は、主に個人の能 力向上に焦点を当てた教育によって実現可能性を高められると考えられる。 他方、マネジメントは組織に関する問題である。わが国においては、組織こ そがイノベーションのボトルネックといわれており、従来型のマネジメント や組織文化を改めることが求められているといえる。. 6.2. 教育. わが国においては、理系と文系の教育、論理系の教育と発想系の教育を分. 離することによって、これまでの社会や産業界に適した人材を輩出してきた といえる。しかし今後は、論理力と発想力の双方を備えた人材の育成が必要 となっている。デザイン教育に関していえば、これまで造形力や発想力、感 性的側面に力点が置かれてきた傾向がみられるが、今後は論理的に分析と総 合をおこない、製品開発をマネジメントする能力も備えたデザイナーが望ま れる。 デザイン関連知識 デザイン. デザイン. 人間工学他. デザイン関連知識. デザインの本来の機能・特性を考えると、デザイナーは、T 型人材やΠ型. 人材であることが必要だといえる(図4参照) 。これらの横棒に相当するの. は、デザインに関する幅広い知識(人間工学、材料、色彩等)やマーケティ ング・経営・情報工学などの知識で、縦棒は柱となる高度で専門的なデザイ ンの能力と知識である。Π型人材は2本の専門分野を備えるが、デザイナー. T型デザイナー. 図4 T 型とΠ型デザイナー. Π型デザイナー. が備えるべきもう一つの分野としては、人間工学や、これに関連する分野が 第一の候補である。人間工学は、人間と機械・システム(道具、空間なども 包含する)の関係を最適化する学際的な学問分野であり、生理、身体運動、 認知、ヒューマンインタフェースなどを包含する。デザインは人間と機械・ システム(道具、空間なども包含する)の望ましい関係を考案して可視化す る活動であるため、デザインと人間工学は表裏一体の密接な関係にあると言 える。また、デザイナーが備えるべき分野として、マーケティングリサー チ、統計学、経営学なども候補に挙げられる。むろん、この他の分野であっ ても大いに結構で、デザインの実践と学術の両面に新たな境地をもたらす可 能性が期待できる。. 7.デザイン思考とシステム思考 7.1. デザイン思考. デザイン思考を簡単に言えば、ユーザの体験や意識を重視して新たな価値. を発見し、それを満足するための仮説をプロトタイピングしてソリューショ ンを生み出す思考と方法を指す。その特徴は以下の通りである。 ①属人的 革新的な成果が出る可能性を高める方法であり、厳密なルールはないた め、再現性は乏しい。 ②体験の重視 ③試行錯誤 デザイナーの暗黙知の一部(知識間の関係性の発見方法、作業・判断プロ セスなど)が形式知化されているため、一般に利用・学習しやすいとされる が、実際には、幅広い知識と目利き力が無ければ優れた成果をあげるのは難 しい。 例えば、人間に関する知識(例えば、人間工学、認知心理学など)が無け れば、優れた体験を設計できないことがある。具体的な例をあげると、押す.

(8) デザイン学研究特集号  Vol.25-1 No.97. 面が凸の球形状の押しボタンはよくみられるが、指先と接する面積が小さ く、乾いた指では滑りやすい。高齢者は指の汗腺が少なく指先が乾いている という知識が無ければ、デザイナーは間違ったデザインをするおそれがあ る。また、著者の自転車には変速機のギア番号表示があるが、数字が小さ く、日中でも判読しにくい。視距離の1/200以上を文字・数字の高さにする. という人間工学知識があれば、問題は生じなかったはずである。. 7.2. システム思考. システム思考をごく簡単に言えば、フレームワークに従って絞り込み、ソ. リューションを求める考え方である。ここでは、この思考に基づいて、デザ イン対象を取り巻く制約条件からデザインする方法について、デザイン思考 と対比して述べる。 ある問題を鶴亀算で解く場合と方程式で解く場合を考えてみる。鶴亀算は 問題を構造的に考えて解くのに対し、方程式は数量の問題を立式して捉えて 解く。方程式は対象を抽象化するので、抽象化思考が苦手な人にとっては一 見難しそうに思えるかもしれないが、方法をマスターすれば鶴亀算よりも簡 単で応用が利く。ある見方をすれば、デザイン思考は個別具体的な事象に基 づく鶴亀算と類似し、システム思考は方程式に似るといえるだろう。 デザイン思考は、現存する事象から仮説を作り評価する試行錯誤を繰り返 すことから、インダクションとアブダクションを多用する方法である。その ため、最終解を定めるための基準はもともと不十分で、プロトタイピングの 過程で発見された基準を随時採り入れていくことになる。したがって、基準 の見落としが起こりうる危険性はある。逆に、これまで気づかれていなかっ た価値が発見される可能性もある。前述した目利き力のある人材が実施し、 十分な評価基準によってその解が作られれば、イノベーション創出につなが る可能性は高いであろう。 他方、デザイン対象を取り巻く制約条件からデザインする方法は、解の条 デザイン案. 件となる制約をシステム全体から定義する。制約が厳密に定義されれば、い. 制約条件 抽象レベル. 具体レベル. わば外堀が埋められるようにデザイン解は定まる。最初から明らかな制約も あるが、ほとんどの制約には曖昧さがあるので制約編集が行われる。デザイ ン検討過程でそうした制約間の重要度や関係性は変化し、これに応じて各制. 具体レベル. 具体レベル. 約の内容や種類は変化するとともに明確化される。制約には感性的内容もむ. 事例 (体験). デザイン案. ろん含まれ得る。システムや制約の観点を用いるデザイン方法は、解の基準. デザイン思考. システム思考. を広い観点から規定するため、評価基準の見落としは相対的に少ないはずで. 図5 デザイン思考とシステム思考. ある(図5参照)。 ここまで、システム思考を応用し制約の観点を用いるデザイン方法とデザ イン思考について対比的に述べたが、これら2者は対立する概念ではない。 利用現場に基づくデザイン発想は両者に共通している。異なるのはその発想 を、デザイナーの属人的能力に基づいて行うか、あるいは、理想的状態のコ ンセプトを導き、その具現化に必要な制約条件の定義と編集に基づいて行う か、という点である。むろん、考案されたデザインが社会や市場で成立する ためには、成立するための制約条件を満足する必要がある。従って、制約条 件を先に考慮するか、後で考慮するかの違いと理解することもある面ではで きるだろう。しかし例えば、多くの機能と要素から成る大規模システムのデ ザインでは、全体整合を図るため、システム思考は不可欠といえるだろう。 その場合でも、デザイン思考を一部の検討に採り入れることは可能である。. 47.

(9) 48. 特集:イノベーションデザイン論. このように、これら2者を組み合わせて用いることが一般に望ましいと考え られる。. 8.まとめ デザイン思考や汎用システムデザイン方法などのフレームワークは、知識 の集め方、関係性の見つけ方、そうした作業の順序やフローを提示するが、 その思考のもとになる知識を生むことはない。したがって、これからのモノ 作りやイノベーション創出には、まず知識、そして論理力と発想力に基づく 目利き力を備えることが求められる。そして、その能力を備えた人材の育成 は教育機関の課題である。 【参考文献】 1)Diehl, M., Stroebe, W.: Productivity loss in brainstorming groups: Toward the solution of a riddle,. Journal of Personality and Social Psychology, Vol. 53, No. 3, pp. 497-509, 1987.. 2)山岡俊樹:デザイン人間工学,pp. 177-184,共立出版,2014.. 3)山岡俊樹編著:サービスデザイン,pp. 53-67,共立出版,2016.. 4)山岡俊樹編著:デザイン人間工学の基本,pp. 19-27,武蔵野美術大学出版局,2015.. 5)前川正実:デザイン対象の外部制約と内部制約の観点に基づく思考プロセスモデル,デザイン学 研究,61,6,pp. 9-18,2015.. 6)P. F. ドラッカー,上田惇生訳:新訳 現代の経営(上),p. 49,ダイヤモンド社,1996年. 7)広川美津雄:2章デザインコンセプト,デザインと感性,海文堂,pp. 19-48,2004.. 8)P. F. ドラッカー,上田惇生訳:経営の哲学,pp. 93-102,ダイヤモンド社,2000..

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