企画テーマ討論会「共創・当事者デザイン」
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(2) デザイン学研究特集号 Vol.26-2 No.100. れた建築事務所に在籍されていました。建築の世界では共創は当たり前と聞 きます。地域社会のような多様な人と一緒に共創するとしたらどうすればよ いのかお聞きしたいと思います。四人目は、鈴木さんです。五稜郭公園の北 側にある八百屋「すず辰」の店主さんです。非常にユニークな方です。. 2.ソーシャルデザインのエコシステム(安岡) 安岡 安岡美佳といいます。ITU から参りました。私からは、なぜデンマー. クでは参加型が社会に根付いているのかという点についてお話しします。話 の題目を「ソーシャルデザインのエコシステム」としたのは、何か一つの理 由があるから参加型がうまくいっているというのではなく、重層的なさまざ まな理由があるからだと考えるためです。 私がデンマークに移り住んだのは13年前でして、日常生活の中から、また デザイン研究の観点から得てきたものを、お伝えしたいと思っています。 参加型デザインは、デンマークでは70年代から試みが行われています。 エンドユーザや関連各所が協力して、デザインをしていくという活動で す。実際にその背景を見てみますと、ユーザビリティだとか、巻き込まなけ ればいけないというよりかは、もう少し政治的な考え方から始まったといわ れています。労働運動であるとか、市民平等運動の流れからです。参加型、 つまり参加するのは当事者である労働者であるべきだという考えです。 70年代に工場やオフィスとかにコンピューターが入ってきました。実際に 使う人たちがどういうシステムにすべきか意見が言えないのはおかしいので はないかと、計算機科学の人たちが言い始めまして、現場の人を巻き込ん で、実際の工場の人たちであるとか、システムを使わなければいけない人た ちのエンパワーメントとして始めたといわれています。 もちろん、いきなり工場の人たちに自分たちでデザインしなさい、自分の システムをデザインしなさいと言ってもできないので、どういうふうにしたら いいだろうと考えていて、出てきたのが参加型デザインという手法です。上 のイラストでもあるように、いろいろな手法を使ってデザインの知見のない 人たちと一緒にデザインするということが現場で行われるようになりました。 70年代、80年代のコンピューターの黎明期に、計算機科学の人たちがその ようなことを主導していたのですが、計算機科学系の教育にも同時に参加型 デザインが埋め込まれていくようになります。例えば、インタラクションデ ザインとか、参加型デザインが大学の計算機科学系講義の一つとして行われ 始めたのがだいたい80年代ぐらいといわれています。おそらく皆さまもお聞 きになったことがあるペルソナ手法やジャーニーマップが手法として紹介さ れます。ジャーニーマップという言葉は使っていなかったのですが、そうい う手法がこのときに北欧の計算機科学系の人たちから提唱されるようになっ てきていました。 この教育プログラムとして参加型デザインというのを系統立てて学ぶ環境 が、北欧では80年代、90年代ぐらいに整えられていったのです。 話が少しそれるのですが、これは金唐革紙といいます。聞いたことある方 はいらっしゃいますか。ああ、すごいですね(多数の聴講者が挙手)。明治 時代の初期に、日本政府が海外での外貨獲得手段として、そのころ残ってい た日本の伝統工芸のスキルを使って、海外向けにいろいろ製品をつくってい たらしいのです。その中の一つがこの金唐革紙と呼ばれるもので、Gold. leather paper と英語ではいわれます。実は日本には作り手がもういなくて、. 7.
(3) 8. 特集:共創・当事者デザイン. どのようにつくっていたのか、どのようなものがつくられていたのかという 記録も本当にわずかしか残っていません。日本では、唯一、上田さんとおっ しゃる方が30年ぐらいかけて復元されて、いまその方とお弟子さんたちが修 復作業であるとか、新しい金唐革紙の姿を模索されているということです。 数年前、コペンハーゲンのある屋敷から金唐革紙が発見されました。その 修復を頼まれたコペンハーゲン市の修復士の方が、いろいろ繊維分析をして 修復を成し遂げました。もっと素材を知りたくて、上田さんとお弟子さんを 招いて、修復士の方たちと一緒にワークショップをしました。その際、お屋 敷にも行って修復した所を見せたら、日本の方に驚かれました。自分たちが 30年かけたものを、しっかり分析して復元してしまっていると驚かれていま した。 修復作業は本当にプロセスが細かくて、熟練した人でないと行えません。 水の量を丁寧に調整しなければいけないような作業があったのですが、デン マークの修復士の方たちにやらせてみると、思いのほかうまくいく。デン マークの修復士の方はすごくうまくやっていたそうです。 その背景を考えてみました。デンマークの伝統工芸は、徒弟制度がなく なっていってしまって消えかけています。そこに危機感を憶えた国が修復士 学校を1970年代に作りました。今、修復士の人たちというのは、5年間の勉 強を経て修復士になっています。もちろん座学だけではうまくいかなくて、 経験というものが必要で、実際に一流の修復士として活躍するには、やはり 10年、20年経験を積み重ねていかないといけないと修復士の方々はおっ しゃっています。デザインを学ぶには、学校で型を学んで、現場で経験を重 ねるといった両軸が必要なんだろうなということを、彼らの姿を見ていて感 じました。 デンマークにおける共創とか、当事者デザインの背景には、系統立てて学 ぶ教育の場と、毎日の生活の中の経験値、ないしは生活の経験で技術や理解 というものを醸成していくという両方の両軸があるのではないかと考えてい ます。 実際に共創、当事者デザインといったときに、当事者をどう巻き込むかと いうのが非常に難しいところだと思います。いろいろ鍵になるところはある と思っていまして、デンマークでは、例えば多くの人が系統立てて学習でき る勉学の場、そして経験しやすい環境の両輪があるように思います。 ここからは生活者視点で巻き込む工夫が社会の中で、どのように隠されて いるかというところを、お話ししたいと思っています。これは病院です。い まデンマークでは病院の統廃合、大型化が進んでおります。病院の中を歩く と、「工事しています」というサインや、同時に将来の病院の姿がどうある べきだと思うかをレゴでつくってみない? というようなコーナーがあった りして、自分とどういうふうに関係しているのかを考えさせる工夫があちこ ちに散りばめられています。 これはコペンハーゲンの目抜き通りで、ストロイエと呼ばれるショッピン グストリートです。テロの影響が結構ありまして、車が暴走できないように コンクリートでできたパーティションみたいなものがあちこちに置かれてい ます。そのうち、パーティションにはポスターが貼られるようになりまし た。こちらはニューハウンと呼ばれる結構カラフルな、ポストカードにも なっているような街並みです。ここのパーティションは、色を塗って町の宣 伝にしてしまおうというかたちで変えてしまっています。このパーティショ.
(4) デザイン学研究特集号 Vol.26-2 No.100. ンは、アイスクリーム屋さんが裏にあるのですが、板をつけてテーブルにし てしまいました。自分のいる環境づくりというものを「自分ゴト」として考 えるというところが街中にあちこち見られているなというのが実感としてあ ります。 この夏にセーリングに一週間ぐらい行ってきました。こんな静かな感じの ところです。これはデンマークの地図ですが、青いところのあたりに船を泊 めていました。こんな感じで、すごく静かな感じのエリアですけれども、実 際に泊めてみると、テーブルがきちんと整備されていたり、奥に焚き木用の 木が積まれていたりして、火を起こせるようになっていて、バーベキューが できるように環境が整えられています。常時管理者がいたりするわけではな いのですが、きちんと整備されている。エリアをよく見てみると、左の上の ほうにある看板に「いらっしゃい」「私たちのポートにようこそいらっしゃ いました」と。「ここは私たちのコミュニティで管理されているエリアです。 何か問題があればここに連絡をください」と、電話番号が並んでいたりしま す。さらに、ここの道具を使った人は横にある赤いボックスの中にお金を入 れておいてくださいねといった、田舎にある野菜ボックスのようなものが設 置されていたりします。 メンテナンスが非常によく行き届いていて、ルールが掲示されている。と てもきれいに管理されているので、汚してはいけないなと私自身も思わされ ました。これが、みんなでつくりあげているという意識を醸成している仕組 みの一つなのかなと思いました。つまり、当事者意識ですね。自分たちの場 所を自分たちでつくりあげてメンテナンスをしていく。誰も見ていない場所 なんだけれども、誰も見ていなくても動くようなシステムというものが、こ こにデザインされていることに非常に驚かされました。 実はこれは上平先生にいただいた写真です。幼稚園ですね。これは普通の デンマークの公立幼稚園です。裁量権がデンマークの幼稚園は園長先生にか なり大きくありまして、ここは園長先生がクリエイティブ・コンフィデンス を養成する仕組みとして、毎日の生活の中にデザインを入れ込んでいるとい う非常におもしろい幼稚園です。毎日の生活で実践してサポートしてもらい ながら、経験をつくっていくような環境が整えられています。 これは壁に貼られていたポスターです。まさにデザインのプロセスを子ど もたちがやっているんだなというのが見て取れます。まずインスピレーショ ンを沸かして、アイデアが見つかったと。それじゃあ、まず、ちょっと図面 を描いてみよう。じゃあ、何か図面に沿ってつくってみようか、協力してい ろいろやらなければいけないよねということが、プロセスとして描かれてい ます。幼稚園の園児たちは意識していないでしょうが、創造性をいかに醸成 していくかが園の先生たちによって設計されて、意識的に導入されているい い例です。 これはクロンボーという北のほうにあるハムレットの舞台になったといわ れているお城です。お城の中を歩いているとハムレットが急に現れます。そ のハムレットは、そこで突然演技をし始めます。このような時間旅行ができ るような場所がたくさんデンマークにはあります。例えばここは古い街並み で、古い家が移築されて一つの街並みができあがっているエリアです。その 頃の時代を体験できるような場所がつくられています。日本にもたくさん同 じような場所があると思いますが、日本と根本的に違うのが、みんな真面目 にその世界に入り込んでいるんですね。例えばパン屋さんに行けば、こんな. 9.
(5) 10. 特集:共創・当事者デザイン. 姿でパンを売ってくれる人がいますし、お土産を買えば、昔やっていたよう なリボンの結び方でお土産をラッピングしてくれたりしますし、街の中を歩 いていると昔ながらのおもちゃで遊んでいるような昔の格好をした人がいる ような環境があります。もっとすごいのが、バイキング祭りです。数週間バ イキングになりきって過ごす人たちのコミュニティがデンマークにはたくさ んあります。昔ながらのつくり方でつくったテントに3週間住んで、草木染 めの洋服を作る。昔の針と糸をつくって縫った洋服を着て、そこで過ごすと いうこともやっているような人たちがいます。 何が言いたかったのかといいますと、身体化するための仕組みがあるとい うことです。実際に自分の体に染み込ませるというのはすごく大切なことで す。日常生活の一部になるから新しい発見がある。デンマークには、非日常 になってしまった知識を日常にして体感させる工夫というのがあちらこちら に埋め込まれているなと思っています。 デンマークでは、可視化が丁寧に行われています。「スピードを落として ね」という看板が運転手にもよく見えやすくわかりやすく作られてます。シ ニアの人を巻き込んで行なったプロジェクトの終了後には、きちんと経験を 冊子にしてシニアの人に渡してあげます。そうすることで継続して参加して もらいやすくなるのです。冊子は見た目にこだわっていて、伝える努力を惜 しまないことが大切と思っています。 先ほど岡本先生の導入にもありましたように、普通の人たちがデザインを やるということは、デザイナの役割はなくなるのではないかという議論は、 北欧を中心としてヨーロッパ各地で聞かれます。しかし、私はデザイナの役 割はあると考えています。例えば、この中央に書いてある、通訳者の役割と いうのは、非常に大切です。認知症の人たちは、これからもっとたくさん増 えてくるといわれていますが、当事者ではないと分からないことがありま す。でも、認知症の人たちにデザインをしてもらうのはなかなか難しい。そ こで、認知症の人たちの言葉が分かっていて、しかもデザインの枠組みを整 えてあげる人がどうしても必要ではないかと思っています。 実際にそういう試みはいろいろありまして、これは、イギリスにあるアク ティブ・マインドという認知症のためのツールをつくっている会社です。こ こは認知症の人たちと一緒に、People with dementia で、いろいろな脳をアク ティベートするような、感覚をアクティベートするようなツールなどをつ くっています。 デザインというのはいろいろなエリアがあると思っています。まず、もの としてのデザインです。形状のデザイン。そこからどういうふうにつくって いったらいいんだろうかというプロセスのデザイン。私はそのあたりが. Design Thinking とか、Process といっている部分ではないかなと思っていま す。次に、Participatory Design の段階です。北欧の参加型デザインでは、プ. ロセスの話は実は全然出てきません。プロセスをつくる、ものをつくるとい う背景には、価値観とか、哲学とか、そういうものが必ずあるはずで、それ はおそらく日本でいう「道」みたいなもの、それが北欧の参加型デザインで 行われていることです。 さらに最近、Living Lab というキーワードで研究しているのですが、これ. がこれから求められてくるデザイナの仕事ではないかなと私は考えていま. す。つまり環境のデザインです。デザインをする場のデザインです。場とい うのはフィジカルな場所でなくても構わないのですが、そういうものをデザ.
(6) デザイン学研究特集号 Vol.26-2 No.100. インするということが求められているのではないかなと思っています。い ま、ヨーロッパでは、このリビングラボの環境をつくり持続可能にすること を、インフラ・ストラクチャリングという言葉で現したりしています。 最後に、いま特に北欧の参加型デザイン周りで議論になっていることの話 題提供をしたいと思います。いま、デザイナとしての倫理観の部分というの が非常に強く取り上げられています。 例えば、これはシニアハウス、高齢者施設の写真です。認知症になってし まった人たちは、自分が施設にいるということが分からなくなってしまっ て、自分の家に帰ろうとして迷子になってしまうというケースがよくありま す。対処方法として、バスが来ないバス停をつくったり、扉を扉の形状にし ないで本棚のようにペイントしてしまう。これは、悪意のない嘘(White. Lie)と言われたりしますが、ここは通れないんだよという印を付けておく. ことで、高齢者が迷わない環境をつくっています。これが今議論の対象に. なっています。高齢者の方々のためにやっていることだけれど、これは本当 に騙していることにならないことで、デザイナが判断してやっていいことな のだろうか、という議論を最近ではよく見かけます。 私からの話題提供はこのあたりで終わらせていただきたいと思います。あ りがとうございました。. 3.身近な共創(上平) 上平 私からはあまり意識されないような視点から解釈した事例を少しご紹 介したいと思います。共創は、「いつ」「どこで」起きるかということです。 簡単に自己紹介します。もともとはグラフィックデザイナだったんです が、今は情報学部で働いていることもありまして、いかに人々がデザインす る環境をつくっていくか、その仕組みをデザインしていけるかということに 関心を持っています。そんな経緯で参加型デザインの研究をするために ITU に行って帰ってきました。いま、学んだことを生かして新しくいろいろと取 り組んでいるところです。 きょうは、まず配布資料が1点。皆さんにお配りしましたが、こういった 概論の解説は時間がもったいないので、ここに書いてあることを読んでいた だけたら、だいたい理解できるのではないかとおもいます。私自身も当事者 デザインという言葉は誰が言い始めたのかよく知りませんでしたが、経緯や 枠組みを整理してまとめてあります。あくまでも私の解釈からになります が、ここにありますように、Design を for User, with People, by Ourselves の3 列の関係として見ることで目的や役割の違いが少し整理できるのではないか なと思っています。特に、Design by Ourselves の列。私たちが主体的にデザ インしていくということですね。この辺の位置づけを理解しておくことは当 事者デザインの視点では今後大事になってくるはずです。あとで読んでいた だけますと幸いです。 それでは、まず示唆的な共創の事例ということで、お話ししていきたいと 思います。先ほどあまり意識されない視点という言葉を申し上げましたが、 今回話題にしたいのは、「いつ(WHEN)」と「どこで(WHERE)」です。. タイミングとか期間とか、時間軸にともなう問題。それから、そこに居合わ せるという場所的な問題。そういったことはしばしば見落とされがちなんで. すね。WHY とか、WHAT とか、HOW については、山ほど語られますが、 意外とこの辺は語られないのです。. 11.
(7) 12. 特集:共創・当事者デザイン. まず、マウンテンバイクの発祥時期には、非常におもしろい共創のプロセ スが知られています。50年ほど前まではマウンテンバイクはなかったのです が、カリフォルニアの郊外で、舗装された道に飽きたサイクリストたちが遊 び心でちょうど近くにあった山道を下り始めました。そうしたら、急降下し ていくのはスリル満点でめっぽう楽しい。だけれども市販の舗装された道を 想定して作られた自転車では、やはりすぐ壊れてしまう。そこで焼き切れな いブレーキが求められ、壊れない頑丈なフレームが求められ、パンクせず滑 らないタイヤが求められることになります。新しい遊びを見つけたサイクリ ストたちは、お互いが作るものに刺激されながら山道用の自転車を試作し、 山道をテスト的に乗り始めました。自分たち自身で必要なものをどんどんつ くっていくという「バイクの開発」のプロセスと、バイクで競い合いながら ルールを決め合い「競技化」のプロセスが、愛好家たちの間で同時多発的に 相互作用して急速に発展していった、そんな経緯があります。そこには発注 されたデザイナなんかいなかったのです。 ハードを自分たちでつくり、ルールを自分たちでつくっていた、それらの 距離が近かったこそ共創が起こったという話です。これはちょうど発火する タイミングがあり、まだ産業にもなっておらず未分化な状態だからこそ共創 は急速に起こった、と言えます。結構見落とされがちですので、強調したい と思います。例えば、いまのスマホを見てもそうですが、これだけ普及し、 システムが成熟してしまうと、もはやそんな簡単に変化はしないのです。で すから、共創はいっしょにやりさえすれば発生するというよりは、何か変化 が起こり、その波紋が広がり始める瞬間、まさにタイミングという観点が、 実は重要なはずなのです。 さてもう一つの事例は、「イワシビル」というものです。これは私が生ま れました鹿児島県の阿久根市という小さな街にありまして、つい最近オープ ンしたばかりです。ここを運営している下園薩男商店という会社が地方なら ではの活動をしておりまして、非常におもしろいのです。もともとは水産加 工の工場で、イワシの丸干しを製造販売している店なんですね。しかし、3 代目の若社長が非常にビジョンのある方で、企業理念に「いまあることにひ と手間を加え、人生を豊かにする」という言葉を掲げ、これまでなかったよ うな商品として「旅する丸干し」というヒットをだされています。これは小 さなイワシの丸干しを世界の国々をイメージしたオイルに漬けたものです。 パッケージも素敵ですよね。元々丸干しは普通こんなビニールでパックされ て販売されています。これまでは失礼ながらそれほど華やかさのある食べ物 ではなく、塩気が多いことで好まれなかったのが、オイル漬けになること で、イタリア料理とか、フランス料理とか、いろいろなところで使われるよ うになって、さらにお土産に買われるようなものになった。それが彼らの工 夫によってここまで違う意味のものに変化しています。このイワシビルは彼 らの自社ビルです。函館といえばイカというのと同じように、阿久根といえ ばイワシなんですね。それを自分たちのブランド名にしています。もともと 保険会社か何かが作った建物で、そこを改装して、1階がショップで、2階 が工場で、3階がゲストハウスになっています。社長の下園さんと私の実家 はもともと同じ集落にあって、家が何百メートルしか離れていないんです ね。そんな縁もあってオープン直前にアポを取って話を聞きに行きました。 彼はとてもビジョナリーですが、その一方で彼の近くには優れたデザインを するパートナー達がいます。例えば地域おこし協力隊で現在はこの街に会社.
(8) デザイン学研究特集号 Vol.26-2 No.100. を作られた石川秀和さんです。もともとは京都でリノベーションをやられて いたのですが、この市に魅力を感じて移住されてきた方です。非常におもし ろいのは、地元民には近すぎて気がつくことができない価値を彼らが発見し て、それを地元民に教えているんですね。みなさんには当たり前のことだけ ど、これは絶対に他には無くて、こんなに素晴らしいんだよと、マイナス点 を発見するのではなく、良いところを発見して意味づけしている。それを通 して地元民も誇りを持てる街だ、と思わせてくれています。 さて、イワシビルの2階は見学できる工場になっていて、先ほどの丸干し をつくっています。3階のゲストハウスはさらにおもしろい。これは、魚を 運ぶときに使うパレットです。地元民は誰もこんなものをインテリアに使え るとは思わない。ゲストハウスの入り口も秘密基地みたいに狭くするのがい いんだと言って、こうなっています。中には廃材となった学習机をリユース しています。 壁に絵が描いてありますが、よく見たらこれは地元でとれる魚なんです ね。僕らは全部名前が言えます。漁で使うランプも使っています。一番驚い たのがこの洗面台です。トロ箱。みなさんトロ箱はご存じですか。魚を入れ るやつです。あれをミラーの演出に使うとは、と僕は絶句しました。あちこ ちに旅行者がこの市らしさを楽しめる体験になっていて、同時に地元民も驚 きで楽しめるようなこんな工夫が施されています。下園さんと石川さんは、 本当に企業理念のように、地元に当たり前にあるものに一手間加えて新しい 価値のある場をいっしょに作り上げています。 そして、お客さんが訪問して満足できるビルになっているのはもちろん素 晴らしいのですが、やはり注目すべきはそれに加えて、働く方の経験も上手 にデザインしていることです。まず、仕事を複線化することでスタッフの融 通しているんです。ゲストハウスと、ファクトリーと、カフェと。そうする ことで、いわゆる繫忙期とか、シーズンオフは労働力が余る問題を、ある程 度カバーできる。暇なときには瓶詰めしようかとか。そういうかたちで無駄 な時間がなくなって安定して働けるわけです。また同時に彼らが狙っている のは、お客さんとの関わり合いを通して、観光客がどんな体験に喜んでいる のかということをずっとリサーチして商品企画するところまでを行っている のです。カフェにしても、ゲストハウスにしても、それなりに市内の人や市 外のお客さんたちと話す機会は多く生まれるわけですから、そういう話す機 会を生かして、それをもとにもっとおもしろい商品を考えてみる、そんなラ ボ的な運営を行っています。 別に彼らは意識的にリビングラボとは言っていません。しかし地域に密着 した体験をデザインできる環境としては非常にすばらしいと言えます。 阿久根市は非常に小さな街です。実は私はこの市の観光大使に任命されて いまして、実は回し者なのですが、それを抜いても今回ご紹介したい事例で した。 さて、「WHEN」と「WHERE」の視点でみてみましょう。はじめに紹介. した事例のマウンテンバイクの話は、未分化のときにいろいろな共創が起. こったという話です。さらに、駆け下りるのにちょうどいい山と挑戦好きな サイクリストたちが出会ったという、環境的な要因ですね。 そしてふたつめの事例のイワシビルのある阿久根市は、過疎化が急速に進 んでいますが、10年ぐらい前に、非常に市政が混乱したことでも有名です。 しかし、それで若者が立ち上がって、そこで新しい流れが生まれたんです. 13.
(9) 14. 特集:共創・当事者デザイン. ね。隣町からはそれほどエネルギーのある活動は聞こえてきませんので、や はりピンチに対して、危機感を持った若者たちが新しいカルチャーをつく り、なんとかしようとする切実さ、気運が高まるタイミングとなったことは 一つの要因としてあると思います。そして下園さんと石川さんは阿久根とい う双方に思い入れを持つことができる場所を介すことで、出会うことができ た。この二つの事例は、共創において、時間や場所の視点が重要であること を教えてくれます。 最後に、One more thing。こちらは渡辺保史さんです。直接ご存じの方は. いらっしゃいますか。ありがとうございます。さすが函館ですね。彼はこの 函館の出身で、惜しくも4年前に亡くなられました。彼は『情報デザイン入 門』で知られていまして、われわれは彼の本を読んで情報デザインという分 野に期待をかきたてられたのです。彼はパイオニアとして語り継がれるべき 人だとおもいます。ところで、彼は次の本をずっと書いていたんですね。彼 が書き上げることが出来なかった未完成の原稿がいま眠っています。その原 稿のテーマは「自分たち事」といいます。非常に当事者デザインに近い、示 唆的なキーワードです。 僕はそれほど縁が深かった訳ではありませんが、たまたま原稿を見てしま いました。とても今のデザインの潮流とも繋がる素晴らしい論考で、せめて. 彼に影響を受けた人々には読めるようにしたいというのが、私の願いです。 これを来年の春までにはなんとか出版したいと思って準備しています。ぜひ 皆さま、クラウドファンディングにご協力ください。そういうわけで、この 件はブログ(https://kmhr.hatenablog.com)で続報をお知らせしていきますの. で、よろしくお願いします。. 4.建築と共創(髙田) 髙田 あらためまして髙田と申します。よろしくお願いします。私は建築家 です。世間的には建築家というと、非常に頑固で、とても使いにくい建築物 を無理やり押し付けられるイメージを多く持たれている方が結構多いのでは ないかなと思います。確かに20世紀前半ぐらいまでは、建築家といいますと 強烈な個性を出さなければというイメージが根強かったと思います。われわ れぐらいのジェネレーションになってきますと、建築家の役割というのが極 端に変化した時期になります。 どちらかといいますと、現在の私は特に主体性はありません。なぜなら、 われわれは自ら何かをつくることはほとんど不可能に近いからです。これは 当たり前の話なんですが、われわれが何か物事をつくろうとするときには、 必ず依頼者がおります。絶えず依頼者のために一品受注の仕事をこれまで続 けております。今日は共創というテーマですが、当事者デザインという側面 からは少し離れているかもしれませんが、直近でうちの事務所でやった四つ のプロジェクトを見ていただいて、さまざまな話題提供をさせていただけれ ばと思っています。 私は5年ほど前までは東京で仕事をしておりましたが、地元函館に戻って きて、5年間のうちに行った四つのプロジェクトを、時系列は前後します が、ご紹介させていただきます。 これは吉田眼科さんという病院の増改築の様子です。これは非常にベー シックな建築の仕事でありまして、うちの事務所が意匠設計で、構造設計、 設備設計、最終的には工務店にそれを伝達し、さまざまに枝分かれしていく.
(10) デザイン学研究特集号 Vol.26-2 No.100. 工事を一元的に管理していくことが最終的な仕事になります。当然、その上 にはご依頼いただくお施主さんがおります。ただ、私どもでは病院ほど大き い物件になると、なかなか難しい部分もあるのですが、限りなくエンドユー ザに近い視点で物事を整理していく、つくっていくように心がけて仕事をし ているつもりです。 具体的には、このときは何日間か病院に滞在させていただきまして、患者 さんたちが何を求めているかというのを、私なりにリサーチしております。 結果、病院の中におせっかいにも公園をつくってしまいました。病院という のは病気になってから訪れることが当たり前ですが、健康な人間も病院に来 たっていいじゃないかという思いで、少しスペースをいただいてポケット パークをつくってみたという事例です。 二つ目は、新幹線が北海道にやってきて、新幹線と並行する在来線存続の 問題です。これは全国どこにでもある事例です。このときは出資者の周辺市 町村の方や、運営を担当するいさりび鉄道さん、さらにデザイン監修をして いただいた未来大学の木村先生と私どもで Co-Design をしました。特にハル キさんという木材加工会社が近くの森町にあるのですが、そこに技術開発を していただきました。プロジェクトが大きくなればなるほど、私ども関係す る技術者やスペシャリストの方が増えていくのですが、そういう中で日々仕 事をしております。 最終的には、こういうエクステリアのデザインとインテリアのデザインが 完成しました。なかなか費用も限られた中ではありましたが、脱着可能な テーブルをデザインさせていただきました。こちらが木材加工会社のハルキ さんと一緒に作成しました木製の脱着可能なテーブルです。電車や列車は、 火災に対して建築以上に非常に厳しい規制があります。これは北海道で初め て難燃の認定を取った道南杉を採用したテーブルです。これが難燃化してい くための窯で、難燃剤を注入していていきます。このように多くの場面で、 技術開発も含めて複雑な共創が起きることが結構多いのも私どもの仕事であ ります。 三つ目は、ここにもいらっしゃいます岡本先生のプロデュースのもと、共 同研究させていただきました。未来の車をデザインするというプロジェクト です。このときは台湾の企業からの依頼でした。広大な大地を持つ北海道 で、未来の車は生活をどう支援していくのかを描いて欲しいという依頼でし た。様々な方にご協力いただいて、技術的な裏付けを取るために、学生さん や、主婦の方、高齢者の方やアプリ開発をされている技術者の方などにご協 力いただきながら、議論を行いました。 その結果を整理していくと、未来像を描き上げることができました。これ は私の独断と偏見で、ある日突然神の啓示を受けて、ズバッとデザインした わけではなく、協力者が多ければ多いほど、対象者が多ければ多いほど、ア イデアが多ければ多いほど、非常にいいデザインにつながっていくというこ とを実感しました。 イラストレータの方に登場人物を設定していただいて、私どもでシナリオ を作りました。この未来の車があることによって10年後の生活がどのように 変化していくのかということを、大企業ではありませんので技術的な裏付け よりは、むしろその10年後の様子を漫画で描き、最終的に巻物に仕上げました。 最後に、星野リゾートトマムにつくった遊具のお話です。私が学生の頃か ら比べますと、かなりインターネット技術が進化しています。私はいま函館. 15.
(11) 16. 特集:共創・当事者デザイン. に住んでいるのですが、お施主さんはトマムにいます。古くから親しくして いる構造設計者は、ロンドンに転勤になってしまったものですから、面と向 かっての打ち合わせができませんでした。しかし、情報技術が発達したおか げで、時差はあるのですが、直接会えなくても、このプロジェクトは非常に スムーズに進みました。距離の壁は確実に低くなっていると感じる体験だっ たなと思っております。 これが計画途中に作成した CG です。これはうちの3DCAD で外形をデザ. インしまして、それをそっくりそのまま ARUP ?に送って、構造的な裏付 けをもって?具材の強度を決めていただくと。それを実際に施工するとし. て、今回はネット遊具で有名な富山の岡部さんという企業に全面的に協力を いただきました。北海道の工場がオリンピック関係の仕事で満杯だったもの ですから、実際の鉄骨の製作も富山で行って JR で陸送するという、なかな かスリリングなプロジェクトでした。. 実際にこれは星野リゾートさんのホームページから拝借した最終的な完成 像です。当初、トマムといいますと雲海が非常に有名でして、当然訪れたと きに僕も雲の上に寝てみたいなと。ただただ、それだけが私のアイデアでし て、実際にそのアイデアを実現させるためには、非常に多くのエンジニアの 方とか、またさまざまな施工の会社とかの方々の協力があって、いろいろな プロジェクトが成立しているという4物件を見ていただきました。 私からの話題提供は以上になります。どうもありがとうございます。. 5.患者や八百屋から見えるもの(鈴木) 鈴木 あらためまして八百屋です。せっかくなので、こんな感じで(前掛け を見せながら)。これが一応正装なんです。 あまり八百屋の話をする気はなかったのですが、ずっとデザインのことを 言われていたので、「あ、そうか、俺もデザイナなんだ」といま思いました。 これは店のマークなんですが、電電太鼓です。なぜこれにしたかといいます と、函館の市章が巴マークで、函館発祥の八百屋なので巴にしました、とい うのは後付けです。三つの模様は、天地人とか、あと商売人の世界では三方 良しといって「売り手良し・買い手良し・世間良し」。やはり世間を考えた うえで売り手、買い手がいて、それを回してこそ商売人の王道だというのが 昔から言われていますので、それにあやかっています。 あと、農業的にいうと作り手がいて、食べる人がいて、その間を仲介する 八百屋がどうバランスを取って商売をしていくか。八百屋というとかなり古 い商売で、スーパ―があるし、百貨店があるし、わざわざいまさら何やって いるんだという話なんですが、だからこそ対面での八百屋として、売り手、 買い手の間をどうデザインし直して、新しい八百屋をつくるのか。そういう のを日々、実は自分はやっていたんだなと、皆さんの話を聞きながら思った 次第です。ある意味、デザイナ。でも八百屋なんです。ちなみに、岡本先生 と数年前からお付き合いしていただいて、ただただおもしろいなと思って やっていたら、学会に呼んでいただきました。ちなみに学生以来、学会とい う場は本当に二十数年ぶりなので、本当に一市民として。 きょう、実は八百屋ではなく、病院の話をしたいなと。先ほど、髙田さん が設計した眼科の話が出たりとか、あと、開会式のときに看護のデザインと いうテーマも出ました。実は先月、個人的に3週間あまり入院しました。耳 の内耳の奥に腫瘍ができたのが発見されまして、それで耳の裏を切って、開.
(12) デザイン学研究特集号 Vol.26-2 No.100. けて、取ったんです。手術は7時間かかって、成功しまして、いまこうやっ て元気に皆さんの前にいるわけです。 そこですごく一患者として、病院をもっとなんとかしてくれよというの を、体験を簡単に話したいなと思います。手術、内耳があるんですね。ここ を開けるので、患部がここなので、ずっと右半身で、こっちを下にして寝て いたらしいです。全身麻酔なので全然覚えていませんが。手術が終わって、 意識が戻って、女房の顔が目の前にあって、「ただいま」と言ってから、「ど う、大丈夫」と言われて、「頭、痛い?」と言われたんですが、頭はたいし て痛くなかったんですね。ここ(左の側頭部)を切ったんですけれども、 一番痛かったのはどこか。お尻です。 こう寝たときに、一応全部ベッドには乗っているんですけど、なぜかここ が一番深く、体重がかかっているんですよね。思いっきり押さえまくったの で坐骨神経痛ではないですが、お尻をキュッとやったときに凹む所がすごく 痛かった。押さえ込まれたのを普通に戻そうとした瞬間、そこに「蒲鉾板で も、先生、埋め込みました?」みたいな感じで、ちょっとやったらビビビッ て(電気が)走るような。 2番目に痛かったのが脇腹です。ここはちょっとした床ずれ状態で、ここ はここで痛くて、なかなか大変。頭をいじったので、頭は頭で一応痛いんで す。寝るときに頭を置くんですけれども、左側は痛いから、左側で寝られな い。逆の右側は、頭は全然痛くないけれども、体が痛い。だから、後頭部を つけて寝ても側頭部の傷がつって、やはり上向いても痛い。完全なうつ伏せ はないでしょうみたいな。さて俺はどこで寝るのという。しかも脳外科は頭 を何度もいじる病院で、そこは考えないのかと。 そういう話を術後24時間、アドレナリンが出まくりの中で、獣のようにウ オーっと思いながら、うーん、そう、病院の現実を感じましたね。手術が ピーク。脳までいかないですね。耳と小脳の間にあったのですが、その腫瘍 を取るというのが第一目標。そのために手術中、本当だったら床ずれしてし まうから、途中、キュッと動かしてくれたらよかったのですが、そうもいか ないと。看護婦さんにぼやいたら、いや、手術だから無理ですと。固定です と。当然、しょうがないですよ、そんなもんですよと、ハハッと言われたけ ど、いまも実は触ると少し痛い。1カ月以上たっているのですが、40代なの で、そのうちきっと治ると思います。 ただ、腰も術後3週間入院していた中で、退院ぎりぎり、やっと9割方痛 みが取れた。ずっと痛かった。退院後、そんなに入院していて、一応脳の片 隅を開けているので、道を歩くとすごくふらふらするんです。デコボコがす ごくて、風にあおられたりして、そんなので動いていると、ぎっくり腰にな りました。 だから、医療関係者の方、先ほど看護とデザインというテーマがありまし たが、医療とデザインという意味で、一番のサービスの受益者は患者で、患 者は診療、手術、その後の回復のための看護、リハビリ。全部横串でサービ スを受けるのです。医師は全体を見ているはずですが、ポイントポイントで は見ていないですし、やはり手術が一番の最優先事項の中で、術後どうそれ が影響するかはあまり考えられていない。ということは、手術の体位を動か してはいけないというけれども、実はクッションをどうにかしたらいいと か、あと、整体のプロに手術中を見させたら、部分的にここを動かさない で、足だけこう動かしてもいいんじゃないとか、きっと新しい知恵が生まれ. 17.
(13) 18. 特集:共創・当事者デザイン. るのではないかと、素人考えですが思ったりしました。 その結果として、私は頭の部分もあったのですが、3週間かかった入院期 間が2週間になるかもしれない。もしくはこれが40代だからそれで済みまし たが、もし70、80でその手術を受けていたら、そもそもお尻の痛みで歩けな くなったかもしれない。床ずれで穴が開いたみたいな。(私は)穴は開いて ません。ちょっとヒリヒリしているというだけですが、年配の方であれば、 肉も薄いですし、まさに本当の床ずれのように、もう肉が腐って死んでし まって、穴が開くみたいな。 そういうことを考えたときに、医療の現場でも当事者である患者の意見を 吸い取ったら、もっと違うかたちの医療のデザインの仕組みができて、結果 的に入院期間が減って、医療費も減ってみたいな。もしくは退院後、実はも のすごく金をかけていますので、マッサージに行ったり、湿布を貼ったりと いうようなお金がかからないで、トータルで元気になったり、そういう試験 によって、それこそ老人介護が追いつかない。手術によって介護しなければ いけない人が増えているという現実も実はあったりするのではないかと思う と、もっとやりようが。まさに医療という現場で命は守らなければいけない けれども、そのあとの回復のためにというところも第二目標として考えたと きに、当事者デザインという考え方でできることはいっぱいあるのではない かなと、当事者としてすごく思いました。 あと2分ぐらいあるんですね。せっかくだから、もう一つだけテーマを。 八百屋をしながら、去年からこども食堂というのをやっています。このこど も食堂をご存じの方はいますか。ここ数年、子どもの貧困が言われてきた中 で、お腹をすかせた子どもがいるとか、もしくは孤食の子どもがいるという 中で、何かできないかという問題意識で始まった部分があるのですが、一番 の目的は地域の子どもと地域の大人がいきなり、私が知らない小学生に声を 掛けたら、下手をすると逃げられて、親御さんに言われて、警察に通報され て、不審者になってしまう。そういう世の中です。なので、まずはつながろ うということで、子どもだけでも食べに来られる場所、一緒に食べる場所と いうかたちでやっています。 その中で思うのは、子どもたちが結果的に当事者になるんです。何かとい うと、うちの場合、ただ来てもらって、「はい、どうぞ」と料理を提供する のではなくて、一緒に子どもたちと料理をしています。下は2、3歳、上は 小学校6年生。2、3歳児に料理ができるのかというのはあると思います。 それはそれで、上の子どもたちがやっているのを見て、とりあえずレタスを ちぎるとか、きのこを割くとか、そういうことはできたり、ただその子がい るだけでなごんだり。もしくは年長さんになると、包丁を持っている小学生 を見て「僕もやる」と言って、 「分かった。しょうがない。左手はグーにし なよ」と言ってやらせてみたり、その年年で自分のやれることをやる。その コミュニティに対して自分は何ができるのかを考えて、やれることをやる。 日本の小学校では、子どもらに掃除をやらせるというのがあります。あれ はいま考えると、すごくすてきなことだなと思います。自分の住む場所、コ ミュニティを、自分らできれいにして、維持して、参加していく。そういう ところで、すてきなことだなと感じて。ちょっとばらけましたね。時間に なったので、一旦区切ります。ありがとうございます。.
(14) デザイン学研究特集号 Vol.26-2 No.100. 6.視覚障がいの子供や漁師から学ぶ(岡本) 岡本 最後、時間がなくなってしまいましたが、少し時間をください。未来 大の原田先生や伊藤先生、川嶋先生らと、コトのデザインの研究会をしたこ とがあります。コトのデザインという言葉はよく耳にしますが、コトの定義 がされてないことに気づきました。あるとき哲学者の染谷先生に来ていただ き「コトとは何か」を議論したことがあります。染谷先生は、コトの定義は 難しい、哲学の世界ではそれに対応する英語がないと言われました。しか し、染谷先生は続けて、改めてコトの定義をしてみるといろいろな特徴があ る。コトの特徴の一つは、変化すること。ものと違ってコトは一定でなく必 ず変化・変形が含まれる。コトは変化し続けるので、コトを固定すること、 つまり記述することは難しい。また、コト中に社会的相互作用が、例えば相 互学習などが含まれるので、常にそれは変化し続けると特徴があるというこ とでした。 さらに、参与者の能力という話もありました。コトはどんどん変化してい き、コトに含まれる参与者も変化する。また、主観と客観という視点も興味 深かったです。主体として、つまり観察する人の主観によってコトを見るの であって、見たものが客観的なのかどうかというような問題がある。こうい う議論があって、何を言いたいかというと、共創的デザインの中に当事者 (コトに当たる人)と深く関わることでしかコトを理解することはできず、 また一緒に作ったものでも、価値はどんどん変化して、完成はないんだと思 いました。デザイナが 実践活動の外にいてはいけないのだと思います。 僕はこんな図をよく使うのですけれども、下がデザイナです。デザインの 人は創造の技を少しは身につけているのですが、現場で起きているコトから は遠い。上は当事者の人たちです。いろいろな実践の知を持っている人たち で、各自が工夫して生活を営んでいたっしゃる。農業や漁業の人も、それか ら障害者の人や患者の人も。そういう人たちの思いはなかなか分からないん ですね。それが作る人と使う人のように分断しているので、この間を埋める ことが必要になります。お互いが歩み寄る部分を「共創の知」と書いていま す。そこには先ほども言ったような、コトを捉えるのは非常に複雑で、参加 する人もどんどん変化してしまうので、含まれることが大事なんじゃないか なと思います。共創がうまくいけば、お互いをちゃんと理解できて、お互い の態度が変わって持続的に物事が進むのではないかなと思います。 私は、視覚障害の人が空間を理解できるユーザインターフェースをつくり ました。センサーで測った距離に応じてレバーが動き、指先で外界を理解で きるものをつくりました。だけど、考えてみたら、これは目の見える僕が考 えただけのものです。こうなっていたら、視覚障害者の人にはいいだろうな と思ってつくったのですが、視覚障害者の人がつくったらどうなるでしょう か? しばらくして、目の不自由な子供たちが自分たちが欲しいものをデザイン するワークショップをしました。しかし、目の不自由な子供達は絵が描けな いので、積み木や小間物をテープではり合わせる表現ツールを作りました。 これを使って、自分がほしいものを表現するということをやってみました。 子供たちは嫌になってしまい、投げ出しちゃうかと心配したんです。ところ が、みんな、すごいものを作ったんです。 これは全盲の女の子で、色を見たことがない子なんです。だけど、表現し たものには、赤やピンクが沢山入っています。理由を聞くと、積み木や飾り. 19.
(15) 20. 特集:共創・当事者デザイン. に赤やピンクがあったので(周りの人に)集めてもらったと言います。なぜ そうしたのかはじっくり聞かなかったのですが、子どもの頃からお母さんに 赤いものを買ってもらっていて、女の子は赤という社会的な意味を学んだの ではないかと推察しました。 それからこれは、上のほうを触る杖です。柔らかい材料でできています。 これで、盲学校の先生の身長とか、お母さんの顔を触りたいというんです ね。もしインタビューだけをしても、この女の子は何も答えてくれなかった と思います。でも、その子が表現することによって、現在、過去、将来のい ろいろな想いを吐露してくれたんだと思います。表現することは、両者の理 解の距離を縮めてくれるように感じました。 それから、あと、安井先生と一緒に、和田先生のマリン IT というプロジェ. クトに参加しています。これもなかなか大変な仕事で、漁師さんとコラボし なければなりません。漁師さんの世界は全然僕は分からないし、漁師の人に 気に入ってもらえるか自信がありません。ともかく漁業の現場に入っていっ て、漁師さんの仕事や暮らしをいろいろ見ながらデザインをしなければいけ ない。 これは、インドネシアの漁業者と一緒に漁業環境のデザインをしている例 です。サンゴ礁の上の養殖いかだの上に即席のデザイン事務所を作りまし た。紙とペンは、床の上。旗を下げて雰囲気を出しています。現場の漁師さ んに現場や未来の仕事場の絵を描いてもらっています。 言葉の問題もあります。漁師さんは、インドネシア語で喋るので、普通に 話すとインドネシア語、英語、日本語を行き来することになります。そこで 絵を使ってこっちが理解したコトを表現し、それに相手の漁師さんが了解し たり、言葉や数字や線を加えるを繰り返しました。描いたり消したりしてい るうちに、次第に理解が深まっていきます。漁師さんも面白がって、いろい ろなことを言ってくれます。 先日は、とうとう30人同時に養殖筏の上の活動を観察しました。参加者 は、日本人もいればインドネシアの人もいる、インドネシアの研究所の人は 頻繁に施設を訪問する人もいます。同じ場所で同じ時間、観察したのです が、30通りの観察記録ができて、一人として同じものがなかったのです。当 たり前かもしれませんが、当事者の興味や関与の度合いによって記述は変 わったのですが、皆の記録を見ていると、いろいろな視点を理解することが できます。 要は、デザイナは現場に入って当事者の人と一緒に現場を理解し、未来を イメージすることが大事なんだろうなという思いが強くなりました。この写 真は盲学校の子供さんですが、この人たちと一緒に作っていければ、デザイ ンに自信みたいなものが生まれるような気がしました。. 7.ディスカッション(全員) 岡本 ここからはフリートークです。安岡さんに、参加型デザイン、Co-. Design の意義や利点、あるいは、課題についてもう少しお話をいただきたい。 安岡 参加型デザインのはじまりは、初めのほうのスライドで少し話してい たと思います。北欧では非常にポリティカルな意味で始まっています。実際 にやり始めてみると、いろいろな発見があるというのは、よくいわれること でもあります。例えば、もともとのユーザビリティの向上というのも一つで すし、あと、皆さんの話の中でも要所要所に出てきましたが、A さんと B さ.
(16) デザイン学研究特集号 Vol.26-2 No.100. んがいて、A と B の考え方をしていたところが一緒に共創する、デザインす. ることでまた新しい C というものが出てくるというところにつながるという. のも非常に参加型デザインのおもしろい場所ではないのかな、方向性ではな いのかなと思います。 あと、エコシステムの話で生態系と言いましたが、言いたかったことは、 先ほどの金唐革紙の話に関連します。私はあのワークショップの場で、実際 に説明を何度も何度も聞いて、それをほかの人たちに通訳したりしていたの で、ある程度の紙をつくるプロセスなども理解しているつもりでしたが、実 際に手を動かしてやってみようと思ったら、刷毛で塗るときに水を含ませ過 ぎたし、叩くときに柔らかすぎて、あと10分ぐらいは叩いていないといけな いとか言われたりして、やはり目で見て聞いて理解できることと、体感して 理解できることは、やはり全然違うと思います。 なので、単にそこで何か学習すると考えたときに、いろいろな重層的なも のが必要になってくるということがいえるのかなと思って、参加型でもこれ だというところも、実際は目で見てもしかしたら理解しているつもりになっ ているのかもしれないけれども、当事者のことは当事者に聞いてみないと分 からない。逆に、当事者の人も自分では気が付いていないかもしれないの で、全然違うかたちのインストラクションをすることで、自分はこういうと ころを欲していたんだというところが出てくるのではないかなと思います。 岡本 ありがとうございます。パネラーの皆さんのほうから何か、質問した いこととかはありますか。 上平 岡本先生に質問したいことがあります。当事者デザインという言葉を 少し私も、配布資料で整理し直したのですが、もともとは岡本さんが構想さ れたのは、Co-Design として「当事者とともにデザインする」ということで. すよね。. 岡本 いや、あまり深く考えてないですね。先ほども言ったようにデザイン を一緒にやる人は、コンシューマーでもなくユーザでもない。最初は市民と 言っていたのかもしれない。だけど、市民というと、誰だか見えなくなる。 コトのデザインとかと言っているときには、コトにあたる人、つまり当事者 というのは、すっとくるなと思ったんですね。 もう一つは、少し脱線しますが、西洋の言葉をそのまま輸入するのは嫌だ なと思っていたんですよ。パートナーという言葉もありますが、その言葉には 主従の関係がありそうだし、デザインに参加することが前提のように感じま す。日本人だから日本語でいったほうが腑に落ちるなと思って、そういう意 味で当事者に落ち着いたと思います。皆で考えるきっかけだと思っています。 上平 ありがとうございます。もともと参加型デザインは、自分たちに関わ る環境なのに一方的に決められてきた労働者が、デザインのプロセスに参加 することを希求した、反体制のニュアンスが強い言葉なんですよ。今ではそ のミッションはもう達成されつつあって、いまはあまり言われなくなり、. Co-Design というもっとパートナーシップをつくっていく言葉になっていま. すよね。そしてその先に、Design by Ourselves のような自分たち自身で責任 を持ってデザインしていこうというデモクラティックな活動が活発になって います。そういった意味では、当事者デザインという言葉は、当事者「と共 に」から、当事者「による」デザインに移行していく話なのかなと私は解釈 していました。. 21.
(17) 22. 特集:共創・当事者デザイン. 岡本 ただ、当事者というときに、頭に with が付くか、by が付くかで、い. ろいろな意味合いもあると思います。ユーザとつながるような、普通の人を 被験者とかね、売る相手と見るのではないということが大事なんだと思いま す。だけど、その with とか by になったときに、デザイナは何をすればいい のかが謎なんです。それで、いろいろ興味を持ったということです。. せっかくそういう話をいまいただいたので、髙田さんに少し聞きたいので すが、髙田さんと話したときに、当事者デザインとか、参加型デザインとか といって、そんなものは建築では当たり前ですよと、前にお話を聞きました。 髙田 そうですね。冒頭でもお話ししましたけれども、私は日常的には、ど なたかから依頼をいただかないと、お仕事が発生しない。これはもう宿命的 な世界なんですが、建築の一番小さい単位といいますと、概ねやはり個人住 宅というものがございます。それは本当に当事者で、だいたいは平均的には 3∼4人の家族のためにつくるものですので、個人的にはその人たち、その ご家族がどんな空間を本当にほしがっているのかなということを、探り当て るのが僕の仕事なんですね。日常的には。 岡本 大きな公共の建物になるとどうなりますか? 髙田 なかなか難しくなっていきます。特に大学とか、病院とか、当然そこ には教職員の皆さんも当事者ですし、例えば学校ですと学生の皆さんも当事 者ですし、ひょっとしたらそこにふらっと訪れる市民の方も当事者かもしれ ない。病院もそうですよね。お医者さんがいて、看護師さんがいて、事務の スタッフの方がいて、患者さんがいてと。その方すべての意見といいます か、リサーチみたいなものも行うことはほぼ現実的には不可能ですね。 ですから、常日頃私が心がけているのは、いろいろな人の側になってみる というのですかね。例えば僕が患者としてこの病院に来るとしたら、先ほど 鈴木さんが言われていましたが、現時点でどの辺に不満がありそうかとか。 それだって完璧ではないですけれども。ときどき自分が多重人格者ではない かなと思うときもあります。いろいろな人間を演じてみるというのでしょう かね。自分が一番のユーザの側に立ってみて、そういう人たちの思い、身に なったうえで、もう一回それを設計側として提案してみるということが、建 築の規模が大きくなればなるほど、非常に大切なスキルかなと。未来大学を 設計しているときに、すべての教員の皆さんにアンケートを取らせていただ きました。いろいろな一人一人に少しずつお時間をいただいて、全員の方の アンケートを取らせていただきました。僕は、それをまた貴重な資料として こっそり持っています。私は、山本理顕事務所の出身ですが、そもそも建築 家の主体性というものが非常に危うい時代になっていると感じています。設 計というと、なんか格好いい造形物をこれみよがしにという設計のスタイル もありますが、そうじゃない設計のスタイルが本当は必要なんじゃないかと いうことは、私の師匠である山本理顕の世代あたりからぽつぽつ出始めた考 え方だったのではないかなと、いま振り返ると思います。 岡本 鈴木さん、共創や参加型デザインについてどう思われますか。 鈴木 そう見れば、確かにそうだなみたいな。ただ、当たり前といえば当た り前ですよね。そう思いました。だからこそ、僕も学問の世界に行かずに実 社会に出たんですけど。研究は研究としてありなんですが、ある意味、枠組 みなり、見方を洗練させるというか。そこで見方がある、ものさしがあるこ.
(18) デザイン学研究特集号 Vol.26-2 No.100. とで見えてくる面だったり、新たな局面もあるんだと思います。それがあっ たおかげで、具体的に現場でどうするのというのが日々僕らの仕事なので。 でも、そうやってお互いに立ち返ってそういうのを見ると、ぐちゃぐちゃに なっていたものがスッときれいになるので、どちらも大切は大切なんでしょ うね。 岡本 ただ、デザインもいままで特殊なところにいたのですが、当たり前の ところに出てきてしまったという感じかもしれないですね。そう考えると、 新しいデザイン者は、実は社会の中にすでにいるのかもしれません。 鈴木 今日たまたま店を開ける前に、地域のコミュニティ会議みたいなもの がありました。町会の方と民生委員と市から委託されたコーディネーターの 方と、私は町内でこども食堂をやっている代表として、参加してきました。 民生委員の話を聞いている中で、高齢者の中でも人のつながりがどんどん 希薄化していると感じました。僕は大人と子どもの関係が、不審者という壁 の中で希薄になっていると思っていたのですが、高齢者の中でも80、90に なってくると、そもそも体が自分で動かないので、ピンポンされても玄関出 るにもけがしかねないから、もう出ないとか。出てきてもすごく時間がか かって、毎度大変だから来なくてもいいんだよという、良心的な疎遠状態。 あとは、遠方に行ってしまった自分の子どもから、オレオレ詐欺ではない ですが、詐欺だ何だといろいろなことが起こるので、世間とはあまり関わる なと子に言われて、実際、確かに自分でも面倒くさいし、「もういいわ。来 ないで」というマイナス面での疎遠と両方あると。そういうのを今朝聞いて きて、そんなことが高齢者でもあるんですね。では、どうしましょうねとそ の場でなったときに、雲南市の事例が結構おもしろいです。 一つだけ紹介します。雲南市は中学生が高齢者に手紙を書くんですよ。直 筆で、せいぜいこんなの。「高齢者のおじいさんたち向けのイベントがあっ て、みんなで楽しくやろうと思っています。私も待っていますから、ぜひ来 てくださいね。何々さん」と。そうすると来るんですよね。この仕組みを考 える時、中学生が参加して、大人たちがギャーギャー、どうしよう、どうし ようと言っている時に、「いや、僕らが手紙書きますよ」という一言ですん だ。それはすごく強力な解決ツールになったという話です。 岡本 安岡さん、デンマークもボトムアップで人間関係をつくっているので しょうか? 安岡 意見を言う人はもちろんいると思いますし、民主主義、つまり自分も 社会に関わっているという意識がすごくみんな高いと思います。そういう意 味で、自分がこの社会で何かをやらなくてはいけないという当事者意識を 持っている人は確かに多いと思います。ただ、それと同時に、うまくその意 見が反映されるような枠組みづくりというのも、自治体であるとか、国がが んばってやっているんじゃないのかなと思います。わざわざ例えば地域住民 の声を聞くような会を頻繁に設けて、来やすいように。 例えば、日本でも選挙がありますよね。デンマークの選挙はお祭り騒ぎに なるんですね。例えば、コンサートがどこかで開かれたりとか。お祭りっ て、楽しそうだからみんな行きますよね。ついでに投票しちゃおうかという ような話になったりもするし。やはり面倒くさくなって、行きたくないとい うような、雨が降ってしまったりすると行きたくないというのは、みんな考 えることは同じで、それをうまくデザインの力で促すような仕組みはつくれ. 23.
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金沢大学学際科学実験センター アイソトープ総合研究施設 千葉大学大学院医学研究院
東京大学 大学院情報理工学系研究科 数理情報学専攻. [email protected]
東北大学大学院医学系研究科の運動学分野門間陽樹講師、早稲田大学の川上