●人工臓器 ─最近の進歩 ■ 著者連絡先 慶應義塾大学医学部循環器内科 (〒160-8582 東京都新宿区信濃町35) E-mail. [email protected]
1. はじめに
弁 膜 症 の 外 科 治 療 に お け る 生 体 弁 は,1970年 代 に Carpentier-Edwards弁が登場してから進歩を続け,耐久性, 血行動態なども大きく改善されている。近年では生体弁の 使用比率が機械弁を上回ってきており,成績も非常に安定 している。しかし,いずれにしろ外科的大動脈弁置換術 (surgical aortic valve replacement, SAVR)は体外循環を必 要とし,全身麻酔が必須であるため,特に高齢者や様々な 合併症によりリスクの高い患者に対しては,手術が適応と ならない,もしくは手術可能でも術後activity of daily living (ADL)を大きく損なう場合が少なくなかった。近年のこの領域での最も大きなイノベーションの1つと して,経カテーテル的大動脈弁留置術 (transcatheter aortic valve implantation, TAVI)が挙げられる。TAVIの手技は, 周術期リスクが高くSAVRの適応とならない,もしくは高 リスクな患者群に対して,より低侵襲な治療として開発さ れてきた。本稿ではこのTAVIに焦点を当てて述べていく。 TAVIは2002年にフランスのRouen大学循環器内科の Cribier教授によって第1例が施行されて以後1),2007年 に ヨ ー ロ ッ パ でCEマ ー ク 取 得,2011年 に はEdwards Lifesciences社のSapien® valveがアメリカでFood and Drug Administration(FDA)認可を受けている。現在まで にヨーロッパ,アメリカを中心に世界中で7万例以上が TAVIにより治療されており,世界的に急速に進歩,普及し つつある治療法である。 現在ヨーロッパでは2種類のTAVIデバイスが商業的に 使用可能である(図1)。フランスでは2010年にすでに TAVIの保険償還がされている。施設基準として,SAVR施 行数が年間200症例以上,冠動脈インターベンション (percutaneous coronary intervention, PCI)が600症例以 上,大動脈弁に対するインターベンションの実績などが定 められており,現在では33施設がTAVI施行施設として認 可を受けている。またTAVI症例はnational registryに全例 登録が義務付けられている2)。
2. TAVI における周術期死亡率の低下
TAVIの歴史は合併症の歴史であると言っても過言 ではない。2006, 2007年のプログラム開始当初は多くの 重 篤 な 合 併 症 を 認 め,よ り 低 侵 襲 な 経 大 腿 動 脈TAVI (transfemoral-TAVI, TF-TAVI)においても20%を超える30 日死亡率を認めていた。しかし,年月とともに術者・施設 の経験の増加や知見の蓄積,さらにデバイスも改良され, 徐々に合併症発生率は低下し,それに伴って死亡率も低下 していった(図2)。特に2012年にはようやくTF-TAVIに おいて30日死亡率が5%以下まで低下しており,この数字 が今後日本におけるTAVI導入において,我々が目指して いく基準になっていくであろう。 それでは,日本人においてどのようにTAVIの合併症を 減らしていくことができるであろうか?3. 欧米における経験をいかに日本の患者に応用す
るか?
私がヨーロッパにいる間は,いかに日本の患者に対して 安全にTAVIを導入するかということを常に考えて研究を 行っていた。体の小さな日本人におけるTAVIを,フラン スにいながらにしていかにsimulateするかというのが課題 であった。我々は体表面積(body surface area, BSA)をフTranscatheter aortic valve implantation. Current status and
future perspectives
慶應義塾大学医学部循環器内科
林田 健太郎
ラ ン ス に お け るTAVIコ ホ ー ト の 中 央 値 で あ る1.75を cutpointとし,small body size群とlarge body size群に分け て,患者背景と治療結果について比較した(表1)。すると, small body size群ではlarge body size群に比べて有意に大 動脈弁輪径が小さく〔21.3±1.58 vs 22.8±1.86(mm),P <0.01〕,大腿動脈径も小さかった〔7.59±1.06 vs 8.29± 1.34(mm),P<0.01〕。それに伴って,弁輪破裂も増加す る傾向があり〔2.3 vs 0.5(%),P=0.11〕,重大な血管合併 症(major vascular complication)も増加した〔13.0 vs 4.3 (%),P<0.01〕3)。
我々はsmall body size群で十分日本人のデータを代表で きるのではと考えていた。しかし,2012年の日本循環器学 会学術集会で発表された,日本人初のEdwards Sapien XT® を用いたTAVIの治験であるPREVAIL Japanのデータを見 ると,日本人の平均BSAは1.4±0.14 m2であり我々のコ ホートにおけるsmall body size群 (1.59±0.11 m2)より, 想像をはるかに超えて小さく,それに伴って大動脈弁輪径 も小さかった(表1)。PREVAIL Japanにおいては弁輪破裂 は1例のみに留まり,また重大な血管合併症は6.3%であっ た。 今後日本においてTAVIが普及していく過程において, 体格の小さい日本人特有の合併症を予防することが大変重 要であると考えられる。では,どのようにこのような合併 症を低減していくことができるのか?
4. 大動脈弁輪径の計測の重要性
まず弁輪破裂(もしくはdevice landing zone rupture)は 心タンポナーデにより瞬時に血行動態の破綻をきたすた め,致死率の高い大変重篤な合併症である4),5)(図3)。 Sapien® valveでより頻度が高いが,CoreValve®(Medtronic 社)でもバルーンによる前拡張や後拡張時に起きうるた め,注意が必要である。TAVIにおいては,外科手術のよう に直接sizerをあてて弁輪サイズを計測することができな い。そのため,事前に画像診断による詳細な弁輪径やバル サルバ洞径の計測,石灰化の評価と全てのファクターを勘 案した最適なデバイス選択が必要である。合併症を恐れる 図1 現在ヨーロッパで使用可能なtranscatheter aortic valve
implantation(TAVI)device
(a)Edwards Sapien XT®. Balloon expandable; cobalt chromium; bovine
pericardium; 16∼18 Fr sheath; (20), 23, 26 and 29 mm, (b)Medtronic CoreValve®. Self expandable; nitinol; porcine pericardium; 18 Fr sheath; 23, 26,
29 and 31 mm.
図2 30日死亡率の推移〔Institut Cardiovasculaire Paris Sud
(ICPS)データ〕
2006年のtranscatheter aortic valve implantation(TAVI)開始当初は大変高い 周術期死亡率であったが,その後経験の蓄積やデバイスの改良により,現在 では5%ほどまで低下している。
表1 体表面積の違いによる患者背景および治療成績の比較
Variables PREVAIL Japan Small Large P value
BSA < 1.75 BSA ≥ 1.75 (small vs large body size)
Patient number 64 215 209
BSA 1.41±0.14 1.59±0.11 1.89±0.11 <0.001
Annulus size (TEE)(mm) 20.5±1.3 21.3±1.6 22.8±1.9 0.001
Femoral artery(mm) 7.59±1.06 8.29±1.34 <0.001
Annulus rupture 1 (1.6%) 5 (2.3%) 1 (0.5%) 0.11
Major vascular complication 6.3% 13.0% 4.3% <0.001
BSA:body size area, TEE:trans-esophageal echocardiogram.
(Watanabe Y, Hayashida K, Lefèvre T, et al: Transcatheter aortic valve implantation in patients of small body size. Cathether Cardiovasc Interv, [Epub ahead of print], 2013)
(a) (b)
が余り小さめのサイズの弁を選択すると,逆にparavalvular leakが生じやすくなり,30日死亡率6),1年死亡率7)を増加 させることが報告されている。さらには,近年中等度のみ ならず軽度 (mild) のparavalvular leakも予後を悪化させる 可能性が示唆されており8),我々も同様の結果を得ている9) (図4)。 弁輪の正確な計測には,その構造の理解が重要である。 弁輪ははっきりとした構造物ではなく,3枚の弁尖の最下 部からなる平面に“virtual ring”で構成される部分であり, 正円ではなく楕円であることが知られている(図5a)。こ の3次 元 構 造 の 把 握 に は2Dエ コ ー に 比 べcomputed tomography(CT)が適しているという報告があり10)∼12), エコーに比べTAVIにおける後拡張の頻度を低下させたり13), 弁周囲逆流を減少させる14),15)と報告されている。我々もCT 画像における弁輪面積より算出される幾何平均を平均弁輪径 として使用し(図5b),弁逆流量の低下を達成している16)。 3Dエコーは3次元構造の把握には優れているものの,低い 解像度,石灰化などによるアーティファクトの影響が除外 しきれないため,現在のところ弁輪計測のモダリティーと してはガイドライン上勧められていない17)。しかし,3D エコーは造影剤を必要としない,時間分解能が高いなどの メリットもあり,今後の発展が期待される。
5. 血管アクセスの評価
TAVIにおいてmajor vascular complicationは周術期死亡 リスクを増加させることが示唆されており18),19),特に腸 骨動脈破裂は急速に出血性ショックをきたし致命的である ため,血管アクセスの評価も大変重要である。ほとんどの 施設ではより低侵襲な大腿動脈アプローチ(transfemoral approach)が第1選択とされるが,腸骨大腿動脈アクセス の血管径や性状が適さない,もしくは大動脈にmobile plaqueが 認 め ら れ る な ど の 要 因 が あ る と,そ の 他 の alternative approach,例えば心尖部アプローチ(transapical approach),鎖骨下アプローチ(trans-subclavian approach) などが適応となる。我々はmajor vascular complicationの 予測因子として,経験,大腿動脈の石灰化とともに,シー ス外径と大腿動脈内径の比(sheath to femoral artery ratio, SFAR)を同定しており19)(表2),そのSFARのcut pointは 1.05であった(図6)。大腿動脈が石灰化していない場合は 1.1であり,石灰化があると1.0まで低下していた。つまり, 大腿動脈の石灰化がなければシース外径は大腿動脈内径よ り少し大きくなっても問題ないが,石灰化がある場合は, 図3 Sapien XT® valve 留置後弁輪破裂を認めた1例 急速に進行する心タンポナーデに対し心嚢穿刺を行い救命し得た1例。大動 脈造影上左冠動脈主幹部の直下にcontrast protrusionを認め,弁輪破裂と考
えられた。 Mild ARも予後に影響する可能性がある。(ICPSデータ,Hayashida K, 図4 ARの中長期予後における影響
Lefèvre T, Chevalier B, et al: Impact of post-procedural aortic regurgitation on mortality after transcatheter aortic valve implantation. JACC Cardiovasc Interv 5: 1247-56, 2012)
AR:aortic regurgitation, ICPS:Institut Cardiovasculaire Paris Sud.
図5 Computed tomography(CT)における弁輪径の計測 (a)大動脈弁輪は,ほとんどの症例において正円ではなく楕円である。この
症例の場合,短径24.2 mm,長径31.7 mm,(b)長径弁輪面積より幾何平均 (geometric mean)は26.7 mmと算出される。
シース外径は大腿動脈内径を超えないほうが良いと考えら れる。後にVancouverからも同様の報告がされており,我々 の知見を裏付けている20)。
6. Heart team approach の重要性
以上,弁輪径の評価と血管アクセスなどの患者スクリー ニングについて述べてきたが,いずれも画像診断が主であ り,ハートチーム内のimaging specialistの存在は,必要不 可欠である。また,TAVIのデバイス自体が未だ発展途上 でサイズも大きく(18 Frほど),治療対象となる患者群が 非常に高齢・高リスクであることから,一度合併症が生じ ると大変重篤になりやすく致命的であるため,PCI以上に 外科医の存在・バックアップが重要かつ必須である。特に, early experienceでは重篤な合併症が起きやすいため,経験 の豊富な術者の指導のもとでチームとしての経験を重ねて いくべきである。またエコー,CTなどイメージング専門 医,外科医,インターベンション医,麻酔科医との緊密な 連携に基づいた集学的な“heart team approach”が大変重 要である。
7. TAVI の SAVR 件数に与える影響
2004年から2012年までの,Institut Cardiovasculaire Paris Sud (Massy, France)におけるSAVRとTAVI件数の推 移を図7に示す。TAVI導入以前,SAVRは年間180例ほど であったが,2006年に導入後急速に増加し,2011年には 350例以上とまさに倍増している。このように,TAVIは従 来の外科によるSAVRを脅かすものではなく,今まで治療 できなかった患者群が治療対象となる,まさに外科・内科 両者にとって“win-win”の手技である。またSAVRに対す るTAVI件数の割合も増加しており,2011年にはSAVRの 半分ほどに達している。今後,弁の耐用年数などまだ明ら かになっていない点があるものの,TAVIの重要性は急激 に増加していくと考えられる。TAVIは内科・外科が“heart team”として共同して当たる手技であり,冠動脈疾患の歴 史を繰り返すことなく,我々の手で両者にとっての共存の 場にしていくことが重要であろう。
表2 SFARはmajor vascular complicationの予測因子
Variables Multivariate P value Odds ratio 95% CI
Early experience 0.016 4.02 1.30∼12.50
Calcium score of FA (0∼3) 0.010 2.19 1.20∼3.99
SFAR 0.003 119 3.03∼4.686
Sheath size (Fr) 0.140
CI:confidence interval, FA:femoral artery, SFAR:sheath to femoral artery ratio.
(Hayashida K, Lefèvre T, Chevalier B, et al: Transfemoral aortic valve implantation new criteria to predict vascular complications. JACC Cardiovasc Interv 4: 851-8, 2011)
図6 SFARのthreshold
SFAR = 1.05はmajor vascular complicationを予測し,大腿動脈が石灰化して いない場合は1.1であり,石灰化があると1.0まで低下していた。
AUC of ROC:area under the curve of receiver operating characteristic,
SFAR:sheath to femoral artery ratio. 図7 ICPS (Massy, France)におけるTAVI導入後の外科的大動脈弁置換術とTAVI症例数の推移
TAVI導入後,外科的大動脈弁置換術の症例数は倍増している。
ICPS:Institut Cardiovasculaire Paris Sud, SAVR:surgical aortic valve replacement, TAVI:transcatheter aortic valve implantation.
〔Hayashida, et al. 第21回日本心血管インターベンション治療学会(CVIT 2012)〕
mistakeがmajor problemとなりうるため,綿密なスクリー ニングと経験のある各分野の専門医による丁寧な手技によ る合併症の予防が大変重要である。またヨーロッパではす でに2007年にCEマークが取得され,多くの症例が治療さ れているが,未だこの分野の知識の発展は激しく日進月歩 であり,解明すべき点が多く残っている。日本における TAVI導入はデバイスラグの問題もあり遅れているが,す でに世界で得られている知見を生かし,また日本人特有の 繊細なスクリーニング,手技により必ず世界に誇る成績を 発信し,リードすることができると確信している。そのた めには“team Japan”として一丸となってデータを発信し ていくことが大変重要になってくるであろう。 利益相反の開示 林田 健太郎:Edwards Lifesciences社TAVI指導医 文 献
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assessment of the aortic annulus diameter: implications for
図8 劣化生体弁に対する経心尖部アプローチによるSapien XT®の留置 (a)逆流を伴う劣化生体弁に対し,位置決めを行う,(b)留置後逆流の消失 を認めた。
8. 将来への展望
TAVIは2013年の時点でfirst in man1)から未だ11年とい う大変新しい手技であり,弁の耐久性など長期成績がまだ 未確定であるものの,今後急速に普及しうる手技である。 現在ヨーロッパでは,日本での適応が得られていない, 劣化生体弁に対する“valve in valve”の手技も日常臨床の一 部として行われている(図8)。このように劣化生体弁に対 しても再開胸せず治療を行うことができるため,高リスク な患者にとって非常に有望な治療である。今後,このvalve in valveの手技が劣化生体弁に対する治療として普及して いくのに伴い,外科的弁置換術における生体弁の適応年齢 がさらに下がり,パラダイムシフトを起こす可能性がある と考えられる。 現在,日本においてはEdwdards Lifesciences社のSapien XT®が す で に2013年6月 に 薬 事 承 認 を 受 け,10月 か ら 保 険 償 還 が 決 定 し て い る。 ま た,現 在Medtronic社 の CoreValve®も治験が終了しようとしており,高リスクな高 齢者に対するより低侵襲な大動脈弁治療が,今まさに日本 でも現実のものとなっている。 現 在 ヨ ー ロ ッ パ を 中 心 と し た 海 外 で は,Sapien®, CoreValve®などの第1世代デバイスの弱点を改良した,も しくは全く新しいコンセプトの第2世代デバイスが続々と 誕生し,使用されつつある。いくつかのデバイスはすでに CEマークを取得しているか,もしくはCEマーク取得のた めのトライアル中であり,今後急速に発展しうる大変楽し みな分野である。9. 最後に
本稿ではTAVIの現状と将来への展望について概説した。 TAVI適 応 と な る よ う な 高 リ ス ク の 患 者 群 で はminor (a) (b)transcatheter aortic valve implantation. J Am Coll Cardiol
55: 186-94, 2010
12) Piazza N, de Jaegere P, Schultz C, et al: Anatomy of the aortic valvar complex and its implications for transcatheter implantation of the aortic valve. Circ Cardiovasc Interv 1: 74-81, 2008
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19) Hayashida K, Lefèvre T, Chevalier B, et al: Transfemoral aortic valve implantation new criteria to predict vascular complications. JACC Cardiovasc Interv 4: 851-8, 2011 20) Toggweiler S, Gurvitch R, Leipsic J, et al: Percutaneous
aortic valve replacement: vascular outcomes with a fully percutaneous procedure. J Am Coll Cardiol 59: 113-8, 2012 21) Hayashida K, Lefèvre T, Chevalier B, et al: T r ue
percutaneous approach for transfemoral aor tic valve implantation using the Prostar XL device: impact of learning curve on vascular complications. JACC Cardiovasc Interv 5: 207-14, 2012