スペクトルの時間変化に基づく音楽音響信号からの歌声成分の強調と抑圧
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(2) Vol.2009-MUS-81 No.12 2009/7/30. 情報処理学会研究報告 IPSJ SIG Technical Report. 表 1 歌声とコード楽器音のスペクトログラムの時間軸方向と周波数軸方向への滑らかさ Table 1 Smoothness of spectrogram of singing voice and chordal instruments in direction of time axis and frequency axis.. はそれぞれのパートの基本周波数を推定するのが非常に難しいが,実際にはこのような楽曲 も多い.このため,このような方針とは別の角度からのアプローチも検討する必要がある. そこで,歌声のスペクトルの局所的な性質のみに着目して,直接的に信号を操作するフィ. 歌声 コード楽器音. ルタリングのような手法が有効であると考えられる.歌声のスペクトルに局所的に現れやす い性質としては,ヴィブラートなどに由来するスペクトルの特徴的な形状を挙げることが. 時間軸方向の滑らかさ. 周波数軸方向の滑らかさ. 滑らかでない 滑らか. 滑らか 滑らかでない. できる.これは歌声のスペクトログラムの滑らかさの方向は,ヴィブラートや旋律的な動き などの影響によって,楽器音とは異なる方向になりやすいという性質である.スペクトログ. 音は,発音の瞬間や,ギターやピアノなどでは振幅が少しずつ減衰する点や,いくつかの. ラムの滑らかさの異方性に基づいた楽器音分離手法としては,我々の研究室でこれまでに,. 特別な奏法で演奏した場合などを例外として,ピッチや振幅は大きくは変動しないため,比. ギターなどコード楽器音 + 歌声と,打楽器とを分離する,調波打楽器音分離5)–8) という手. 較的変調の浅い,無変調波とみなすことができる.ところで,FM 波や AM 波は,無変調. 法を提案している.本稿では,この手法を少し条件を変えて用いることで,同様な原理で. 波と比べて広帯域を占有することが知られている.すなわち,歌声は FM や AM の効果に. コード楽器音と歌声も分離することができることを示す.また,この手法を従来からの打楽. よってコード楽器音と比較すると広帯域を占有する.この性質を周波数軸方向の滑らかさと. 器分離と組み合わせれることによって,歌声を強調した信号や,抑圧した信号を得ることが. いう観点から捉えなおすと,歌声は帯域幅が広いため周波数軸方向への滑らかであり,コー. できる.. ド楽器音は帯域幅が狭いため周波数軸方向へ滑らかではない,と言い替えることができる. 以上の性質をまとめると,歌声とコード楽器音のスペクトログラムの各軸方向への滑らか. 2. 歌声の持つ性質:スペクトルの時間変化. さは,大まかに表 1 のようになる.歌声は周波数軸方向により滑らかであり,コード楽器. 歌声には,基本周波数の不規則な微細変動や,ヴィブラートと呼ばれる 5–8Hz 程度での. 音は時間軸方向により滑らかである.この性質に着目すると,滑らかさの方向が異なる成分. 準周期的な変動がある9) .また,歌声は旋律的に歌唱される場合が多く,歌声にはしばしば. を分離するような手法によって,両者を分離することができることができると考えられる.. 旋律的な性質も付随する.これに対し,ギターなどのコードの音は,発音の瞬間に急峻な振. そのような処理は,我々の研究室でこれまでに開発した調波打楽器音分離を応用することで. 幅の変化がある以外は,一度鳴った後は比較的長時間音が鳴り続け,特にいわゆる白玉コー. 可能である.. ドのような場合にこの性質は顕著である.このことから,歌声は非定常的な音,コードを. 3. 時間軸方向に滑らかな成分と周波数軸方向に滑らかな成分の分離手法. 演奏する楽器の音は定常的な音とみなすことができる.なおこれ以降,後者のような音を. 3.1 調波打楽器音分離 (HPSS). 「コード楽器音」と呼ぶ. ところで,定常信号はどのような時間区間の短時間スペクトルを観測しても,ほぼ同一の. 音楽中のある成分が,周波数軸方向と時間軸方向のいずれの方向により滑らかであるかに. スペクトル形状を示す.このため,コード楽器音を連続的に短時間フーリエ変換して得られ. 着目してそれぞれの成分に分離する手法として,我々の研究室ではこれまでに,調波打楽. たスペクトログラムを観察すると,比較的長時間一定のスペクトル形状を保たれるため,時. 器音分離 (HPSS, Harmonic/Percussive Sound Separation)5)–8) という手法を提案してい. 間軸方向に滑らかな形状で表現される.これに対し,非定常信号の短時間スペクトル形状. る.この手法では,ギターなどの調波楽器音(H 成分)が定常的で時間軸方向に滑らか,ド. は,スペクトル解析を行う時間区間に依存する.したがって歌声のスペクトログラムでは,. ラムなどの打楽器音(P 成分)が非定常的で周波数軸方向に滑らかであることに着目して,. 長い時間幅で見たときに一定のスペクトル形状は保たれず,時間軸方向に滑らかには表現さ. 両者を分離することを考えている.具体的には,3 つの指針. • 指針 1: H 成分は,スペクトログラム上において,時間軸方向に滑らかである.. れない.. • 指針 2: P 成分は,スペクトログラム上において,周波数軸方向に滑らかである.. また,歌声の基本周波数や振幅の変動は,周波数変調 (Frequency Modulation, FM) や. • 指針 3: H 成分と P 成分を足し合わせると,入力信号と等しくなる.. 振幅変調 (Amplitude Modulation, AM) とみなされることがある.これに対しコード楽器. 2. c 2009 Information Processing Society of Japan °.
(3) Vol.2009-MUS-81 No.12 2009/7/30. 情報処理学会研究報告 IPSJ SIG Technical Report. に基づいて目的関数を定義し,それを最適化することで H 成分と P 成分を求める.文献 7). 3.3 HPSS の最適化問題の実際的な解法. では,指針 1 から 3 のそれぞれの指針に関するコストの和を最小化することで H 成分と P. ここで,目的関数は |Ht,k |γ (γ ≈ 0.6) などの関数であるのに対し,拘束条件は |Ht,k | な. 成分を高音質で分離しているが,分離された信号は指針 3 を厳密には満たさないため,本. どに関するものになっていることに着目し,計算を簡単にするため以下 γ = 0.5 とする.こ. 稿の 4 節で検討するような多重処理を行った時に,より多くの誤差が生じる可能性がある.. れによって,両者とも |Ht,k |0.5 などに関する 2 次式となる.. そこで,本稿では指針 3 が厳密に成立するような拘束を与えた HPSS を新たに定式化する.. ここで,拘束条件を消去するために未定乗数 λt,k を導入し,ラグランジュ関数. 3.2 HPSS の目的関数と拘束条件. L({|Ht,k |0.5 }, {|Pt,k |0.5 }, {λt,k }) = Jγ=0.5 ({Ht,k }, {Pt,k }). 以下,入力信号,H 成分,P 成分の複素スペクトログラム(短時間フーリエ変換)をそれ. −. ぞれ Wt,k , Ht,k , Pt,k と表記する.なお,t は時間添え字,k は周波数添え字で,いずれも整 数値をとり,0 ≤ t ≤ T, 0 ≤ k ≤ K とする.. Jγ ({Ht,k }, {Pt,k }) =. λt,k (|Wt,k | − |Ht,k | − |Pt,k |). (5). t=0 k=0. 目的関数は,前節で述べた指針のうちの 1 および 2 を反映し, T K ∑ ∑ {. T K ∑ ∑. を定義する.このラグランジュ関数は,各パラメータに関する偏微分が,解の周りでいずれ. wH (|Ht+1,k | − |Ht,k | ) + wP (|Pt,k+1 | − |Pt,k | ) γ. γ 2. γ. γ 2. }. も 0 にならなければならない.すなわち,for∀t, k,. 圧のおよそ 0.6 乗に比例する10) とされる.また,wH , wP はそれぞれの項への重み係数であ. ∂L = (2wH − λt,k )|Ht,k |0.5 − wH (|Ht+1,k |0.5 + |Ht−1,k |0.5 ) = 0 (6) ∂(|Ht,k |0.5 ) ∂L = (2wP − λt,k )|Pt,k |0.5 − wP (|Pt,k+1 |0.5 + |Pt,k−1 |0.5 ) = 0 (7) ∂(|Pt,k |0.5 ) ∂L = (|Wt,k |0.5 )2 − (|Ht,k |0.5 )2 − (|Pt,k |0.5 )2 = 0. (8) ∂λt,k いま,未定乗数 λt,k を消去するため,式 (6), (7) を式 (8) へ代入すると,未定乗数 λt,k に. る.なお HPSS においては,H 成分と P 成分を同時に最適化することが重要であるため,. 関する 4 次方程式が得られる.ここで wH ≈ wP ≈ 1 と仮定すると,式 (8) は λt,k に関す. wH , wP のどちらか一方に極端に傾斜をかけるのではなく,両者の違いはごくわずかである. る 2 次方程式に近似できて,λt,k は. 必要がある.. 2 2 wH (|Ht+1,k |0.5 + |Ht−1,k |0.5 )2 + wP (|Pt,k+1 |0.5 + |Ht,k−1 |0.5 )2 . (9) 0.5 |Wt,k | これを式 (6),(7) へ代入すると,2T K 元の連立方程式 for ∀t, k,. (1). t=0 k=0. と定義する.この目的関数の第 1 項が指針 1 に,第 2 項が指針 2 に対応している.なおス ペクトログラムの絶対値を γ 乗しているのは,物理量を感覚量に換算するときに冪乗がよ い近似を与えるという知見に基づくものであり,音量の場合,帯域にもよるが,感覚量は音. √. λt,k ≈ 2 −. さらに,指針 3 を以下のような拘束条件として課す.. for∀t, k,. Wt,k = Ht,k + Pt,k .. (2). (. ここで,Wt,k などは複素数であるのに対し,目的関数は Wt,k の絶対値を含んだ非正則な. |Ht,k |. 関数である.このため,各変数を複素数のままで扱うことによる利点は小さい.そこで,拘. |Wt,k | = |Ht,k | + |Pt,k |. (3). Wt,k = 6 Ht,k = 6 Pt,k. (4). ). wH |Ht+1,k |0.5 + |Ht−1,k |0.5 |Wt,k |0.5. = √ (10) 2 2 wH (|Ht+1,k |0.5 + |Ht−1,k |0.5 )2 + wP (|Pt,k+1 |0.5 + |Pt,k−1 |0.5 )2. (. 束条件を絶対値と位相に分解し,代わりに 6. 0.5. ). wP |Pt,k+1 |0.5 + |Pt,k−1 |0.5 |Wt,k |0.5 |Pt,k |0.5 = √ (11) 2 2 wH (|Ht+1,k |0.5 + |Ht−1,k |0.5 )2 + wP (|Pt,k+1 |0.5 + |Pt,k−1 |0.5 )2. を拘束条件とする.すなわち,位相は固定したまま,絶対値のみの拘束条件とみなすこと. が得られる.この連立方程式は非常に大規模であり陽に解くことは困難だが,式 (10), (11). で,問題を扱いやすくする.. の各右辺を評価した結果を,各左辺の近似値として各左辺へ逐次的に代入するような操作を. 以上の式 (1), (3) が,HPSS の目的関数と拘束条件である.. 繰り返すことによって,この問題の近似解を得ることができる. これにより得られた解 {|Ht,k |0.5 }, {|Pt,k |0.5 } と位相情報 (4) から,複素スペクトログラ. 3. c 2009 Information Processing Society of Japan °.
(4) Vol.2009-MUS-81 No.12 2009/7/30. 情報処理学会研究報告 IPSJ SIG Technical Report 表 2 コード楽器音,歌声,打楽器の音のそれぞれを,短いフレームと長いフレームのスペクトログラム上で HPSS によって分離したときに,H 成分と P 成分のどちらに分離されやすいかの傾向. Table 2 Tendency into which the sound tends to be separated by HPSS, H component or P component. The sounds are chordal instruments, singing voice, and percussion. The lengths of analyzing frames of are about 30[ms] and 200[ms]. 短いフレームを用いた従来法 (30[ms] 程度). 長いフレーム (200[ms] 程度). H 成分へ分離 H 成分へ分離 P 成分へ分離. H 成分へ分離 P 成分へ分離 P 成分へ分離. コード楽器音 歌声 打楽器. ム {Ht,k }, {Pt,k } を復元し,逆短時間フーリエ変換により波形情報を求めることで,所望の. H 成分(調波的成分)と P 成分(打楽器的成分)が得られる.各要素 {|Ht,k |0.5 }, {|Pt,k |0.5 } に関する更新の回数は,経験的に,5 回程度である程度の精度の近似解が得られ,50 回程 度である値へほぼ収束する.なおこの反復計算は,分析ブロックを用いることでオンライン で実行することができる7) . 図 1 直列多重 HPSS 法の概念図 Fig. 1 Diagram of serial multi-stage HPSS.. 4. 多重 HPSS 法. 図 2 並列多重 HPSS 法の概念図 Fig. 2 Diagram of parallel multi-stage HPSS.. 4.1 長い窓関数を用いた HPSS による歌声とコード楽器音の分離 前節で述べた HPSS は,本来はギターなどコード楽器音を H 成分に,打楽器などを P 成. 以上の議論をまとめると,スペクトログラムを計算するときに用いるフレームの時間幅に. 分に分離する手法だが,これはスペクトログラム上での滑らかさの方向に着目した手法であ. 依存して,コード楽器音,歌声,打楽器のそれぞれは表 2 のような性質を示すと考えるこ. るため,同様な方法によってコード楽器音と歌声とを分離することができると考えられる.. とができる.. 4.2 多重 HPSS 法による歌声と伴奏(コード楽器音 + 打楽器音)の分離. ただし,従来の HPSS をそのまま適用するだけでは,歌声成分はコード楽器音と同様に. H 成分へと分離されてしまい,両者を分離することができない.これは,通常のスペクトロ. コード音,歌声,打楽器音のそれぞれの音が,H 成分,P 成分のいずれに分離されやすい. グラム分析で用いるような 30[ms] 程度の時間幅のフレーム(窓関数)で分析した場合,た. かは,表 2 のように,スペクトログラムのフレームの時間幅に依存する.また,HPSS の重. かだか 5–8Hz 程度の歌声のスペクトルゆらぎの効果よりも,短い窓関数を用いたことで周. み係数 wH , wP の微妙な差も同様に分離性能に影響を与え,例えば wP を wH より若干小さ. 波数分解能が粗くなることの影響の方が大きくなるためである.すなわち,歌声とコード楽. く (wH , wP ) = (1.00, 0.95) などとすると,P 成分に分離されるための条件が厳しくなるた. 器音の違いがスペクトログラムの滑らかさの方向の違いとして現れなくなるため,スペクト. め,より P 的な成分のみが P に分離されるようになるという性質がある.. ログラム上で近接した数 bin のみの情報からこれらを識別することができない.. これらを利用すると,スペクトログラムを長短それぞれのフレームで計算し,それぞれの. そこで,歌声とコード楽器音を HPSS によって識別するためには,フレームの時間幅を従. 領域上で適当な重み係数を用いて HPSS を行うことによって,これらの混合信号の各成分. 来の HPSS よりも長く取り,歌声の非定常性が単一フレーム内で観測できるようにすれば. を分離することができると考えられる.このような分離信号が得られれば,それらを適当に. よいと考えられる.そのために必要な窓関数の長さはヴィブラートの 1 周期程度以上と仮定. 再合成することで,特定の成分を強調した信号,すなわち歌声強調信号や伴奏強調信号が得. すれば,歌声のヴィブラートが 5–8Hz 程度であることから,フレーム長はおよそ 200[ms]. られる.. 以上と想定することができる.. このような方法の一つとして考えられるのが,図 1 のように,入力された音楽信号に対. 4. c 2009 Information Processing Society of Japan °.
(5) Vol.2009-MUS-81 No.12 2009/7/30. 情報処理学会研究報告 IPSJ SIG Technical Report. して HPSS を段階的に 2 回適用することで,コード楽器音,歌声,打楽器音を分離する方 法である11) .この方法では,まず,長いフレームのスペクトログラム上で,P に重点をお いた重み係数を用いた HPSS を適用することで,P 成分(打楽器的成分 + 歌声的成分)と. H 成分(コード楽器音的成分)を分離する.次に,前の処理で得られた H 成分を,短いフ レームのスペクトログラム上で,H に重点をおいた重み係数を用いた HPSS を適用するこ とで,P 成分(打楽器的成分)と H 成分(歌声的成分)とに分離すれば,ここで得られた. H 成分を「歌声」とすることができる.また,その際に副産物として得られる打楽器的成分 とコード楽器音的成分を用いて,それらを足し合わせた信号を「伴奏」とすることもでき る.この方法は直列多重 HPSS 法と呼ぶこととする.. 図 3 RWC デ ー タ ベ ー ス よ り,ポ ピュラ ー 楽 曲 図 4 図 3 の楽曲に直列多重 HPSS 法を適用したと (RWC-MDB-P-2001 No. 96)のスペクトロ きのスペクトログラム グラム Fig. 4 Output spectrogram of serial multiFig. 3 Spectrogram of a popular music from stage HPSS. RWC music database.. もう一つの方法として考えられるのが,図 2 のように,入力された音楽信号に対し 2 種 類のスペクトログラム上で HPSS を同時に実行する方法である.2 種類のうちの一方では. P1 成分(打楽器的成分 + 歌声的成分)と H1 成分(コード楽器音成分)を分離し,もう一 方では P2 成分(打楽器的成分)と H2 成分(歌声的成分 + コード楽器音的成分)の分離. 5.2 実 験 結 果. を行うことで,それぞれの出力を用いて「歌声」と「伴奏」を 「歌声」= (P1 + H2 − H1 − P2 )/2. (12). 「伴奏」= H1 + P2. (13). 様々な楽曲に多重 HPSS 法を適用した結果観察された定性的な性質として,全体的な傾 向として,以下のような音が「歌声」に分離されやすいことが観察された.. • 歌声で,特にヴィブラートがかかった音や,旋律的な音. として求めることができる.この方法は並列多重 HPSS 法と呼ぶこととする.. • ピアノなどの音の立ち上がりの瞬間. 5. 実音楽データを用いた実験. • ヴァイオリンやトランペットなど,ヴィブラートなどがかかりやすい音 • ベースラインやバスドラムなど低音域の音. 5.1 実 験 条 件. • 対旋律など,伴奏の中でも比較的旋律的な音. 多重 HPSS 法の効果を確認するため,実際の音楽音響信号を用いて,歌声強調/抑圧の実 験を行った.実験に用いたのは,RWC 研究用音楽データベース3) より,ポップス,ジャズ,. 一方,以下のような音が「伴奏」に分離されやすいことが観察された.. および著作権切れ楽曲である.これらはいずれもモノラル信号に変換し,16kHz にリサン. • 歌声の,立ち上がりの瞬間や,平坦で音価の長い比較的コード楽器音的な音. プリングして用いた.これらの楽曲に対し,直列多重 HPSS 法,並列多重 HPSS 法のそれ. • ギターやピアノなどの,立ち上がり以外の部分. ぞれを適用し,得られた信号を聴くことで,この手法の定性的な性質を調べた.. • スネアドラムなどの打楽器音. 短時間フーリエ変換に使った窓関数は,順変換,逆変換ともにサイン窓(ハニング窓の平. 直列多重 HPSS 法と並列多重 HPSS 法の結果を比較したとき,前者の方が後者よりも「歌. 方根)で,窓関数は半分ずつオーバーラップさせながらスペクトログラムを求めた.片方のス. 声」と「伴奏」のそれぞれが排他的(「歌声」では伴奏があまり聞こえず, 「伴奏」では歌声. ペクトログラムでは,フレーム長は 256[ms](4096 点),重み係数は (wH , wP ) = (1.00, 0.95). はあまり聞こえない)に分離される傾向にあった.また,H と P への重み係数を逆にした. とした.もう一方のスペクトログラムでは,フレーム長は 32[ms](512 点),重み係数は. 場合と比較すると,通常の場合では「歌声」は伴奏に対して排他的で「伴奏」にはやや歌声. (wH , wP ) = (0.95, 1.00) とした.いずれも HPSS の更新式 (10), (11) の反復回数は 30 回と. が混ざりやすい傾向があったのに対し,重み係数を逆にした場合ではその逆の性質を示し,. した.また,重み係数 wH , wP の値を相互に入れ替えた場合についても同様な実験を行った.. 「伴奏」は歌声に対して排他的で「歌声」にはやや伴奏が混ざりやすい傾向があった.. 5. c 2009 Information Processing Society of Japan °.
(6) Vol.2009-MUS-81 No.12 2009/7/30. 情報処理学会研究報告 IPSJ SIG Technical Report. 最後に,実験に用いた楽曲のうちの 1 曲の入力信号,および直列多重 HPSS 法により求. も, 「歌声」として強調されやすい傾向にあることが確認された.. めた「歌声」強調信号のスペクトログラムを図 3, 図 4 に示す.図 3 に見られる縦の筋(打. 本稿では定量的な分離性能を評価するまでには至っていないが,今後,定量評価を行える. 楽器音),横の筋(コード楽器音)が,図 4 では抑圧されていることが見られる.. 6. 考. 環境を構築することによって,歌声強調に最適なフレーム長や重み係数の値を調べることを 検討している.また,本研究の成果として得られた歌声強調手法に,後処理として基本周波. 察. 数推定手法などを用いることで,メロディラインを認識するなどの応用も検討している.. 多重 HPSS 法を実音楽信号へ適用する実験によって,提案法によって歌声に相当する成. 参. 分の大部分は強調され,伴奏に相当する成分の大部分は抑圧されることが確認された.また. 文. 献. 1) Downie, J.S.: The music information retrieval evaluation exchange(2005-2007): A window into music information retrieval research, Acousti. Sci. & Tech., Vol. 29, No.4, pp.247–255 (2008). 2) 藤原弘将,北原鉄朗,後藤真孝,駒谷和範,尾形哲也,奥乃 博:伴奏音抑制と高信頼 度フレーム選択に基づく楽曲の歌手名同定手法,情報処理学会論文誌, Vol.47, No.6, pp.1831–1843 (2006). 3) 後藤真孝,橋口博樹,西村拓一,岡 隆一:RWC 研究用音楽データベース: 研究目的 で利用可能な著作権処理済み楽曲・楽器音データベース,情報処理学会論文誌, Vol.45, No.3, pp.728–738 (2004). 4) Li, Y. and Wang, D.L.: Separation of Singing Voice From Music Accompaniment for Monaural Recordings, IEEE Transactions on Audio, Speech, and Language Processing, Vol.15, No.4 (2007). 5) 宮本賢一,立薗真理,ルルージョナトン,亀岡弘和,小野順貴,嵯峨山茂樹:スペク トログラム 2 次元フィルタによる調波音・打楽器音の分離,日本音響学会講演論文集 (秋),pp.825–826 (2007). 6) 宮本賢一,亀岡弘和,小野順貴,嵯峨山茂樹:スペクトログラムの滑らかさの異方性に 基づいた調波音・打楽器音の分離,日本音響学会講演論文集(春),pp.903–904 (2008). 7) Ono, N., Miyamoto, K., Kameoka, H. and Sagayama, S.: A Real-Time Equalizer of Harmonic and Percussive Components in Music Signals, Proceedings of ISMIR, pp.139–144 (2008). 8) Ono, N., Miyamoto, K., Le Roux, J., Kameoka, H. and Sagayama, S.: Separation of a Monaraul Audio Signal into Harmonic/Percussive Components by Complementary Diffusion on Spectrogram, Proceedings of EUSIPCO (2008). 9) Saitou, T., Unoki, M. and Akagi, M.: Development of an F0 control model based on F0 dynamics characteristics for singing-voice synthesis, Speech Communication, Vol.5, pp.267–277 (2005). 10) Stevens, S.S.: The Measurement of Loudness, The Journal of the Acoustic Society of America, Vol.27, No.5, pp.815–829 (1955). 11) 橘 秀幸,小野順貴,嵯峨山茂樹:多重 HPSS 法によるモノラル音楽音響信号に対す るボーカル抑圧,日本音響学会講演論文集(春),pp.852–853 (2009).. 同時に,楽器音でも,音の立ち上がりの部分や,微細なゆらぎのある音や,旋律的な動きを する場合は, 「歌声」として強調されやすい傾向にあることが確認された.なお,これらの 性質は,始めに我々が歌声の性質として想定していた性質でもあり,このことは,本手法の 一定の有効性を示すものである.すなわち,本手法の適用後,あるいは適用前に,楽器音に はないような歌声に特有な条件を用いた処理を施すことで,より高精度の歌声強調も容易に 実現することができると考えられる.. H, P の重みに関しては,2 種類の実験によって,歌声における伴奏の排他性を重視する か,伴奏における歌声の排他性を重視するかをある程度制御できることが確認された.これ らの中からどれを利用するかは応用次第であり,例えば後者で求めた「伴奏」成分は,カラ オケとして使うときに有効と考えられる. 直列多重 HPSS 法と並列多重 HPSS 法とを比較したとき,時間遅延という観点からする と,並列版では,この遅延が 1 段階の HPSS と同程度であるのに対し,直列版の場合は,2 段階の HPSS によってその遅延が拡大してしまうという欠点がある.一方音質という観点 では,直列版は並列版よりも音質が優れている場合が多い.本手法を応用するときに,どち らの方法を採用するかは遅延の短さと音質のどちらを優先するか次第である.. 7. 結. 考. 論. 本稿では,音楽中の歌声を強調/抑圧するために,歌声のヴィブラートや旋律的な動きな どといったスペクトルの時間変動が,時間幅の短さや帯域幅の広さとなってスペクトグラム 上に現れるという性質に着目した.この性質を検出するために,スペクトルの時間軸方向, 周波数軸方向のそれぞれの方向への滑らかさを基準に楽器音を分離する手法である調波打 楽器音分離 (HPSS) を 2 回用いる方法を提案し,実際の音楽音響信号にこの手法を適用し た結果,ある程度音質を制御しながら,歌声強調信号/抑圧信号が得られることが確認され た.また本手法によって,楽器音でも,音の立ち上がりや,微細なゆらぎのある音に関して. 6. c 2009 Information Processing Society of Japan °.
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