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罠の抗弁の判断基準における事前傾向の判断方法 利用統計を見る

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罠の抗弁の判断基準における事前傾向の判断方法

著者名(日)

宮木 康博

雑誌名

東洋法学

53

2

ページ

1-45

発行年

2009-12-22

URL

http://id.nii.ac.jp/1060/00000707/

Creative Commons : 表示 - 非営利 - 改変禁止 http://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/3.0/deed.ja

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︽論 説︾

罠の抗弁の判断基準における事前傾向の判断方法

 2 事前傾向に関する証拠の類型  1 事前傾向の審理の概要 三 事前傾向の判断方法  2 裁判例における客観的アプローチの動向  1 裁判例における主観的アプローチの動向 二 罠の抗弁の判断基準をめぐる動向 一 は じ め に 四 お(5)(4)(3)(2

宮 木

類似の過去の行為 誘引への反応 犯罪後の行動 犯罪を行う能力 被告人の評判 わ り に

康 博

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は じ め に       よ  平成一六年七月二一日におとり捜査に関する最高裁決定が出されて以降、わが国のおとり捜査論議は最高裁昭和        パこ      パ ゾ ニ八年三月五日第一小法廷決定および昭和二九年一一月五日第二小法廷判決によせられた関心以来の高まりをみせ   パぎ ている。わが国のおとり捜査論議は、米国の罠の法理に影響を受けて展開し、犯意の有無によって適法・違法を判 断する機会提供型と犯意誘発型の二分説が通説とされてきた。裁判例においても、下級審においては、明示的にニ        ハゑ 分説を採用したと思われる判例が散見される。  他方で、近時では、おとり捜査の違法性の実質を再検討し、二分説が、﹁おとりが﹃犯意︵”事前の犯罪的傾向、 犯行の素地︶﹄のない対象者に犯罪を実行させた場合、⋮⋮そのおとり捜査を違法とする一方、もともと﹃犯意﹄ を有する人に犯行の機会を提供した場合には、国家が犯罪を創り出したとはいえないから、これを適法とする﹂点 について、﹁対象者の﹃犯意﹄の有無にかかわらず、おとり捜査は常に犯罪の創出を伴うことになる﹂ため、﹁それ       パゑ が違法の根拠とするところと、適法・違法の判断基準との間に齪齪がある﹂との批判がなされている。また、おと り捜査が任意捜査であることを前提に、二分説が判断基準としてきた﹁犯意﹂について、昭和五一年三月一六日の 最高裁決定による任意捜査の適法性に関わる一般的な判断枠組にどのように位置づけられるのかは明らかではない        パヱ として、二分説が理論的な検証に果して十分耐えうるものかとの疑間も呈されている。  こうした指摘に対しては、対象者の犯罪性向いかんにより、犯罪を創出する力の強弱に差が生じるとして理論的         ︵8︶      ︵9︶ 基盤を肯定する見解や、批判的見解のいう二分説の捉え方自体に疑間を呈し、二分説の意義を再確認する見解が唱 えられている。いずれにしても、これまでの通説的立場であった二分説的見解について再検証・再検討が試みられ

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ており、その意味で、わが国のおとり捜査論議は古くて新しい間題として新たな局面︵二分説の再評価および再検 証の段階︶を迎えているということができよう。  違法性の実質論を踏まえた二分説の正当性については、別途検討を要するとしても、おとり捜査の適否に関し、 何らかのかたちで﹁犯意︵犯罪性向︶﹂の有無を絶対的あるいは判断要素の一つとすることに理由が認められると すれば、従来から犯意の意義の曖昧さや対象者による犯意がなかったことの立証困難性を理由に、犯罪を犯したこ        パリ と”犯意ありと認定される危険性があるなどの批判が向けられている点をいかに克服するかが課題となる。その際 には、ここでいう﹁犯罪﹂とは検挙された犯罪を意味するのか、犯意はいつの時点で存在することが必要かなども 含めて犯意の有無の判断方法を精緻化していく必要があろう。  そこで、本稿では、そもそも二分説の﹁犯意﹂とは何かを明らかにするとともに、﹁犯意﹂の有無を判断する要 素・方法は何かについて検討すべく、米国の罠の法理を取り上げたい。具体的には、米国では、わが国の﹁犯意﹂ の有無が﹁事前傾向︵榎a一呂oω崔9︶﹂の有無として議論されていることから、当該概念がどのように誕生し、い かなる展開をたどってきたたかを探るべく、罠の抗弁をめぐる裁判例の動向を整理する。次に、事前傾向の有無の 判断方法につき、事前傾向の審理を概観した上で、事前傾向に関する個々の判断材料について検討したい。最後 に、以上の検討を踏まえ、わが国の犯意をめぐる議論について、検討すべき事項を整理し、若干の考察を加えた いQ

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二 罠の抗弁をめぐる裁判例の動向  米国では、おとり捜査の対象とされた者が逮捕後に訴追され訴訟の対象とされた場合、捜査機関等によって罠に かけられたことを理由に、無罪を獲得すべく罠の抗弁を主張する。この罠の抗弁をめぐっては、政府機関の関与の       パユ 量ではなく、被告人の犯罪を行おうという意欲にポイントをおく主観的アプローチと捜査機関等の行動が﹁公衆の       レレ 感情がそれに反応する政府権力の適切な使用の基準を下回るか﹂否かにポイントをおく客観的アプローチというニ       パむロ つの流れがある。以下では、主観的アプローチと客観的アプローチの裁判例の動向について、それぞれ跡付けてお きたい。  1 裁判例における主観的アプローチの動向        ど  罠の抗弁についての本格的議論は、一九三二年の連邦最高裁のソレルス︵ω。霞亀ω︶事件判決から始まる。事案 は、禁酒監視官のマーティンが旅行者を装ってソレルス宅を訪れ、戦争経験談で打ち解けた後に酒の入手を何度も        パゑ 依頼した結果、ソレルスが酒を提供し、逮捕されて有罪判決を受けたというものであった。ソレルスは第一審で有 罪となり、巡回区控訴裁判所も原判決を支持したが、連邦最高裁の法廷意見は、犯罪の事前傾向を有さない被告人 は政府の誘引がなければ犯罪を行わなかったであろうから刑罰法規︵9日ぎ巴ω聾日①︶の適用範囲外であると結    パ  論付けた。そのような結論に至る根拠は、﹁さもなければ無実であった人﹂を政府によって作り出された罠の犠牲       ハぜ によって罰することを議会が意図していたはずがないとの立法者意思︵一畠巨呂く巴葺Φ旨︶に求めた。        パぬレ  連邦最高裁では、二六年後のシャーマン︵ω魯巽ヨき︶事件において、再び罠の抗弁の許否が審理の対象とされ

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た。事案は次の通りである。シャーマンは、麻薬中毒の治療を受けていた診療所で政府の情報提供者と知り合っ パお た。情報提供者は麻薬の禁断症状に苦しんでいるよう装い、シャーマンに対し数か月にわたって麻薬の供給元を知       パ  らないか繰り返し尋ねた。シャーマンはその話題を避けようとしたが、最終的には嫌々従い、情報提供者に麻薬を       む 販売したために逮捕されて有罪判決を受けた。連邦最高裁は、罠は法律間題として成立したと判示し、全員一致で       ハぞ 有罪判決を覆したが、主観的アプローチの妥当性については判事間で見解を異にしていた。法廷意見を書いた ウォーレン︵巧巽おロ︶連邦最高裁長官は、情報提供者が麻薬を入手するよう被告人を説得しようとして繰り返し       ぞ 試みる状況は誘引を構成すると判示した。政府は被告人の九年前の麻薬犯罪の有罪判決および五年前の所持の有罪 判決という犯罪歴が犯罪を行う事前傾向を示していると主張したが、ウォーレンは、特に被告人が誘引の時点で自        パぞ 分の中毒を克服しようとしていたという事実を踏まえてこれを拒んだ。すなわち、判断に際し、法廷意見は先のソ レルス判決で示された主観的アプローチを再確認したのである。これに対し、三名の判事が加わったフランク ファーター︵牢碧ζ霞け震︶判事は、事件の結論には同意したが、主観説の立法者意思に基づく解釈を﹁全くの       パき フィクション﹂であると批判し、捜査機関等の働きかけに着目する客観的アプローチの正当性を説いた。  このように、連邦最高裁では、罠の教義について当初より見解が分かれていたが、もっとも明確に分かれた例と       パぞ      パむ してラッセル︵園房ω色︶事件とハンプトン︵国四B営9︶事件を挙げることができる。       きレ  ラッセル事件では、以前から禁止薬物の密造の疑いがあったラッセルに対し、身分秘匿捜査官が製造に欠くこと のできない材料︵フェニル2プロパノン︶を提供し、製造物を購入した。フェニル2プロパノン自体は、禁製品で はなかったが、当局の指示により入手が困難な状況であった。レーンキスト︵零9∈奪︶による法廷意見では、 ソレルス・シャーマン事件における主観的規準を確認し、ラッセル自身が事前傾向があったことを認めている点を

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       捉えて有罪判決を破棄した原審を破棄した。これに対して、反対意見では、客観的規準に基づいて判断し、法廷意 見とはじめて結論を異にした。         また、ハンプトン事件では、ハンプトンは、友人ハットン︵缶日叶9︶の腕に注射針の跡があることに気が付き、       ハ マ ヘロインを入手することができる場所を知っていると告げた。ハットンは麻薬取締局︵U2鵬国艮98日Φ旨>ひq窪− 昌︹DEA︺︶の情報提供者である。ハットンはその後DEAに接触し、ハンプトンからヘロインを購入するよう        みレ 手はずを整えた。一回目の取引が成功したため、ハンプトンはもっと大量にヘロインを入手できると購入者︵DE        パぞ A捜査官︶に告げ、電話番号を渡したところ、翌日に購入したい旨の連絡が入った。二件の販売が完了した後にハ          パ レ ンプトンは逮捕された。有罪判決の後、ハンプトンは、ヘロインの提供︵ハンプトンはハットンが提供したと主張        パおマ している︶と購入の双方の役割を政府が担ったことは罠を構成するとして上訴した。  レーンキスト判事による相対的多数意見︵巳ξ巴ぞ8巨oロ︶では、三名の判事が被告人の事前傾向のみをみて        罠はなかったと判示した。レーンキスト判事は、連邦最高裁はソレルス・シャーマン両事件において﹁被告人の犯 罪を行う事前傾向が立証された事案では、⋮⋮罠の抗弁が政府の違反行為に基づくことができる可能性を排除し パむ た﹂と述べ、主観的アプローチを明示的に再確認した。これに対しては、同意意見中で客観的規準を考慮する余地 がない点に危惧感が示されたほか、反対意見では、明確に客観的規準の採用を求めるとともに、デュー・プロセス の法理の適用可能性が示された。  その後の下級審は、連邦最高裁の主観説に従うものがある一方で、客観的規準によるもののほか、両方を考慮す るハイブリツド・アプローチによるものやデュー・プロセスの抗弁を採用するものも見受けられた。こうした下級         審の状況下で、一九九二年に連邦最高裁はジェイコブソン︵宣8房9︶事件において罠の抗弁を審理した。現在の

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ところ、ジェイコブソン事件判決がもつとも新しい連邦最高裁判決である。事案は次のとおりである。郵便監察局 ︵d巳叶9望簿8∪8琶ぎ呂Φ。ぎbωR≦8︶は、カリフォルニアの児童ポルノを扱った書店の郵送先名簿にジェイ       パ  コブソン︵国の芽冒8房9︶の名前を発見した後、彼を潜在的な児童ポルノの購入者としてターゲットにした。 二六か月問、身分秘匿の郵便捜査官はジェイコブソンに対し、架空人物および架空団体から二件の性的態度に関す        るアンケート、性的趣向について尋ねる七通の手紙および二件の性的カタログを送付した。その後、ジェイコブン       パむ ソンは、、、ωo惨薯ぎ8話ωo誘..を注文し、配達後に一九八四年児童保護法に違反したとして逮捕された。ジェイ コブソンは、それを注文した際には雑誌の内容について確信がなく、政府は単に興味をそそるのに成功しただけで          パゑ      パ  あると公判廷で証言した。ジェイコブソンは罠の抗弁を提起したが有罪とされた。       お  連邦最高裁は五対四でジェイコブソンの有罪判決を覆した。多数意見を書いたホワイト︵譲耳。︶判事は、被告 人が児童ポルノを郵便で受け取ることによって法を犯す事前傾向を有していたことを立証するには証拠不十分であ       ハ レ ると結論付けた。最高裁は検察に対し、合理的な疑いを超えて被告人の犯罪を行う事前傾向が﹁政府の行動から独     パま 立したもの﹂であることを証明することを要求した。検察はジェイコブソンが以前にカリフォルニアの書店から雑 誌を注文したことを示すことによりこの責任を果たそうと試みたが、彼が同書を注文した当時は違法行為ではな   パゼ かった。多数意見では、この合法的な購入は﹁違法な行為を行おうという[ジェイコブソンの]事前傾向のたとえ        レ あったとしてもわずかな証拠﹂であるとみなし、政府は事前傾向についてその証明責任を果たすことができなかっ        を たと結論付けた。  反対意見を書いたオコナー︵O.Oo目9︶判事は、罠の論点は適切に陪審に委ねられているのであり、陪審員は       パ  ジェイコブソンが犯罪を行う事前傾向を有していたと評決を下すことができるとした。また、多数意見は、政府が

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犯罪の実行を誘引するいかなる試みも行っていなかったとしても、政府の彼との最初の接触の後に明らかになる被        パむ 告人の意図のいかなる徴表をも排除するよう不適切に事前傾向を再定義したと批判した。なお、ジェイコブソン事        パおロ 件では、これまでの連邦最高裁判決とは異なり、客観的アプローチに関するいかなる議論もなかった。他方で、主 観的アプローチの鍵となる﹁事前傾向﹂についての議論を精緻化していく契機となった。  2 裁判例における客観的アプローチの動向        パ   罠に対する客観的アプローチの基礎は、カセイ︵○器身︶事件のブランダイス︵田四区。邑判事の反対意見に遡        ハを る。弁護士であるカセイは、モルヒネを、違法に購入し、刑務所の囚人に届けたとして有罪判決を受けた。看守が 刑務所内の麻薬中毒者がカセイの訪問後に麻薬摂取の症状を繰り返しみせることに気が付き、連邦麻薬捜査官は、        パき 二人の情報提供者に対して、カセイに近づいてモルヒネの入手を依頼するよう説得した。彼らは事前にカセイに金        パ  銭を渡し、彼はモルヒネで浸されたタオルをそのうちの一人に届けた。最高裁の多数派はカセイの有罪判決を支持 したが、ブランダイス判事は、﹁政府が被告人を罰しようと求める行為は、その実行を誘引する[政府の捜査官の]        パむ 犯罪的な策略の結果である﹂という根拠に基づき、有罪判決を覆すよう主張した。彼は自身の立場の基礎を、政府        パ  と裁判所の廉潔性を保護する必要性に置いた。         ブランダイス判事の論法がソレルス事件判決におけるロバーッ判事の見解に継受された。ロバーッ判事による同        パ レ 意意見では、﹁︵罠の︶教義の真の基礎は、政府と手続の廉潔性を守る公共政策である﹂と述べた。ロバーツ判事 は、犯罪を行った時点の被告人の精神状態にかかわらず、﹁自身と政府をそのような刑法の堕落から守ることは裁        パむ 判所の職務であり、裁判所のみのものである﹂としたのである。

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 ブランダイス判事とロバーッ判事の論法の流れをくみ、シャーマン事件のフランクファーター判事は、初めて客 観的な罠の基準について明確に言及した。まず、ソレルス事件において提示された立法者意思を正当化事由とする 主観説に対しては、全くのフィクションであると批判し、次に、政府権力の濫用に対する適切な司法による監督に       パ  は客観的なアプローチが必要であると主張した。すなわち、誘引する際に、政府は、通常は犯罪を避け、自分との 戦いを通して通常の誘惑に抵抗する者たちではなく、すでに犯罪行為に関与する意欲がある者たちのみを犯罪の実       パおレ 行に誘引する可能性が高いようなやり方で行動しなければならない。犯罪を察知するのではなく、むしろ促進する ために用いられており、放っておけば、法律に従ったかもしれない者たちに破滅をもたらす場合、政府権力は濫用        パ  され、そのために構成されているわけではない目的に向けられている。罠への客観的アプローチは罪になる被告人 を自由にすることを許すが、﹁一部の犯罪者が自由になることは、政府が不名誉な役割を果たすことに比べれば、       パ  不道徳ではない﹂と指摘した。       ハ   一九七三年に、フランクファーター判事の客観的アプローチは、ラッセル︵園房の亀︶事件におけるスチュワー        む ト︵ω什Φ妻鷲叶︶判事による反対意見に採用された。事案はすでに述べた通りであるが、違法にメタンフェタミンを 製造したとして有罪判決を受けたラッセル︵勾房ω色︶は、犯罪を行う事前傾向を有していたことを認めたが、政 府の捜査官が製造過程に必須である化学物質を提供し、それによって犯罪事業に貢献することで、デュー・プロセ        スヘの憲法上の権利を侵害したとして罠にかけられた旨主張した。多数派はラッセルの有罪判決を支持し、彼の事        パ       パ  前傾向についての自白は﹁彼の罠の主張にとって致命的である﹂と判断してデュー・プロセスの主張を拒絶した。 これに対し、スチュワート判事は、反対意見において、政府の廉潔性を維持しようとするロバーツ判事の思いを改 めて表明し、フランクファーター判事と類似する次のような客観的な罠の基準を提示した。犯罪行為への捜査官の

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関与が、そのような機会の単なる提示を超え、犯罪を行う用意・意欲がない者による犯罪実行を誘引し、あるいは 引き起こすことができるようなものである場合、誘引された特定の人の性格や傾向にかかわらず、罠は起きたと考   ゑ      パを える。この基準を適用し、スチュワート判事はラッセルが法律の問題として罠にかけられたと示唆した。  また、ハンプトン事件では、主観的規準を再確認した相対的多数意見に対し、同意意見︵。92畦凶起8巨9︶ において、パウエル︵ぎ≦色︶判事とブラックマン︵国8屏日琶︶判事は、本件では主観的規準の使用を受け入れ たが、警察の過度な関与はいかなる状況においても無罪を証明する抗弁の余地を認めない点については強い危惧の       お 念を表明した。また、スチュワート判事およびマーシャル︵ζ貰筈毘︶判事が参加したブレナン︵ωお目磐︶判事 の反対意見では、罠の客観的規準の採用を求めるとともに、本件の麻薬取締局の手法は受け入れられないとして被       む 告人の有罪判決の破棄を求めた。  罠の客観的な基準は米国連邦最高裁で多数派になったことはないが、アメリカ法律協会︵>日①昌き冨妻冒呂− ε邑といくつかの州が採用してきた。最初に取り組んだのは、アメリカ法律協会︵>日豊8ロ霊類ざ豊ε邑で  ハおレ ある。同協会は、客観的基準を一九六二年に模範刑法典︵匡o号一評冨一〇〇号︵ζ勺○︶︶に組み込んだ。模範刑法典        パの では、以下に挙げるように、審理をもっぱら政府の行動に集中させることによって、ロバーツーフランクファー       パむ ターースチュワートーブレナンの一連の客観的基準をたどっている。  ︽模範刑法典ωΦ&・艮る︾※︵︶内筆者  ω犯罪の証拠を得る目的で、彼︵捜査機関等︶が、他の者に対し、以下のいずれかにより、当該犯罪を構成す る行為に関与するよう誘引あるいは働きかける場合、法執行官あるいはそのような官吏と協力して行動している者 10

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  @ 当該行為が禁止されていないという信頼を誘引するよう企図している偽の説明︵お肩①器導呂9︶を意図     的にすること、あるいは   ㈲ 当該犯罪が、それを行う用意がある者たち以外の者によって行われる相当なリスクを作り出す説得あるい     は誘引の手法を用いること    本条の⑥項に規定されている以外で、犯罪について訴追された者は、彼が証拠の優越によって当該行為が罠    への反応として生じたことを証明すれば無罪となる。罠の問題は、陪審がいない場合、裁判所によって審理    される。    本条項によって提供されている抗弁は、身体的な負傷を引き起こす、あるいはその恐れがあることが起訴さ    れた犯罪の要素であり、起訴がそのような負傷を、罠を実行している者以外の者に引き起こす、あるいは恐    れがある行為に基づいている場合は利用できない。  ︵    3         は、罠を実行している。  アメリカ法律協会による客観的アプローチの採用後、一三の州が、裁判例あるいは法律の制定によって後に続い ︵78︶      ︵79︶ た。最初の州は、一九六九年に最高裁がグロスマン︵90田日きV事件について判断したアラスカ州であった。裁        パ  判所は、﹁罠の根底にある基礎はパブリック・ポリシーにある﹂と述べ、﹁暗黙の制定法条件として罠を捉え、審理        パむ を︵犯罪︶意図の原因、犯罪計画の遂行、および被告人の事前傾向に集中させるのは道理にかなわない︵括弧内筆 者︶﹂と指摘し、ソレルス事件における多数派の論法を拒絶した。その上で、裁判所は、﹁外的基準は、もしそれが       きレ 達成できるのであれば、理論上の困難が伴う教義に比べ、確実により望ましい﹂と結論付け、客観的アプローチを 11

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明確に採用した。また、客観的規準を採用する各州の法律は、模範刑法典あるいはシャーマン事件のフランク ファーター判事の見解を手本にしている。ただし、近年、客観的アプローチの採用に向けての動きは、学説上は依        然として有力に主張されているものの、裁判例においては主観的規準が一貫して連邦最高裁の教義であり続けたこ       パぬレ とが影響してか、徐々に弱まっていると指摘されている。 三 事前傾向の判断方法  罠の抗弁の判断に際し、米国の連邦最高裁で一貫して採用されてきた主観的アプローチでは、対象者に事前傾向 があるか否かが焦点とされ、わが国のおとり捜査における通説的見解とされてきた二分説の﹁犯意﹂の有無による 判断方法に影響を与えてきた。他方で、この犯意の具体的内容や犯意の有無をいかなる方法で判断するのかについ ては、定義規定がないこと等が理由となり、必ずしも明らかではない。そこで以下では、わが国における犯意につ いて法的課題を検討する足掛かりとして、米国における事前傾向をめぐる議論を概観しておきたい。  1 事前傾向の審理の概要  公判で罠の抗弁が主張された際、主観的・客観的アプローチに共通して、まず、政府の誘引が被告人が訴追され       パ  ている行動の前に起こり、かつ奨励したか否かが判断される。誘引の存在は、応報・予防のいずれの観点からも社       レ 会が被告人を罰することを正当化する理由が存在しない可能性を示す。次に、主観的アプローチでは、被告人が起       パむ 訴された犯罪を行う事前傾向を有していたか否かが判断される。 12

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 事前傾向の審理は、被告人が自身の自由意思で判断したか否かについて信頼性ある兆候を提供する﹁いつ被告人        ハぱレ が犯罪行為を行う決断をしたか﹂に焦点を当てる。これは、被告人が社会に危険をもたらすか否かを推定させると   ハ  される。もし被告人が政府の誘引の前に判断したのであれば、必要なメンズ・レア︵ヨ窪のお四︶を有しており、       パ  当該犯罪行為は非難に値するとみなされる。反対に、もし政府が誘引した後に被告人が参加する判断をしたのであ        ロ れば、その誘引が判断の源であったと推定されるため、被告人は答められない。この違いについての正当化事由 は、法的制裁︵一畠巴O窪巴蔓︶の主な目的は、政府によって作り出された誘引と奨励に対して自制しなかったのみ の理由で犯罪行為に出た者たちではなく、害を与えようとする者から社会を守ることにあるという点に求められて  パぬレ いる。        パみレ  事前傾向の有無について、連邦最高裁が最初に審理したのはシャーマン事件であった。最高裁は、シャーマンの 躊躇および政府の誘引の時点で麻薬中毒の治療を求めていたという事実を考慮し、九年前と五年前の彼の過去二件 の麻薬事犯に関する有罪判決は、本件の有罪判決を維持するための被告人の事前傾向を証明する十分な証拠ではな        む いと結論付けた。もっとも、最高裁は主観的規準を適用するに際し、﹁状況の総合判断︵8邑一¢9浮①畠2学 の鼠目8︶﹂アプローチによって判断しており、事前傾向を具体的に定義することはなかった。  これに対して、下級審は、事前傾向の一般的定義を創出することによって、弁護人および事実審の裁判官に対し て何らかのガイダンスを提供しようと試みた。たとえば、カンザス州の最高裁は、ハウプト︵=2冥︶事件におい て、事前傾向は﹁その犯罪を行うための機会あるいは設備︵貯亀芽︶が提供されれば犯罪を行おうという一般的な       ハぞ 意図あるいは目的のみを意味する﹂と述べた。同様に、第二巡回区裁判所は、ウィリアムズ事件において﹁ひとた び犯罪の機会に彼の注意が向けられれば、犯罪を行おうという彼の判断は彼自身のものであり、政府の説得の成果 13

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      ハぱレ ではないという気持ちであれば十分である﹂とした。これらの判断はそれぞれ、事前傾向を有する被告人が﹁特定 の時と場所において特定の犯罪を行う意図﹂を有することは必要ではなく、﹁︵何らかの︶犯罪を行おうという一般       こ 的な意図﹂で十分であることを示しているといえよう。  しかし、被告人に要求される事前傾向は、﹁訴追されている犯罪を行う特定の意図﹂を有していなければならな いことを示唆する裁判例もある。たとえば、第一〇巡回区裁判所は、オルティス︵○岳N︶事件において、事前傾 向を﹁彼が訴追された違法な行動に関与しようという被告人の傾向、すなわち、被告人はその犯罪を行うことに用       ハ  意があり意欲があったこと︵傍点筆者︶﹂と定義している。同様に、第七巡回区裁判所は、ペレスーレオン︵評お甲       パ  冨9︶事件において、事前傾向は﹁被告人が訴追された犯罪を行う用意あるいは意欲を有していたか否かに注意    パ  を向ける︵傍点筆者︶﹂としている。また、連邦最高裁はジェイコブソン事件において、﹁検察は、被告人が最初に 政府の捜査官に声をかけられる前から︵その︶犯罪行為を行う事前傾向を有していたことを合理的な疑いを超えて        パルレ 証明しなければならない︵傍点筆者︶﹂とした。この部分の判示は、被告人の事前傾向の問題は、文字通り政府が 犯罪を行うよう被告人を誘引した時点ではなく、むしろ政府の最初の接触の時点で検討されるべきであると定めた        パ  と解されているが、この点に付随する﹁︵その︶犯罪行為﹂の部分についてコ般的意図﹂か﹁特定の意図﹂かに ついての説示はなされなかったため、そのような区別を考慮したか否かについての最高裁の態度は依然として不明        ハ  確であるとされる。  したがって、事前傾向の審理については、ジェイコブソン事件判決によって、かつてジャノッティ︵冒目o鼠︶       パ  事件で示されていたように﹁政府の捜査官への最初の接触以前の被告人の精神状態および傾向﹂に焦点を当てるベ       パ  きであることは確立されたとされるが、事前傾向の認定を裏付けるために﹁特定の意図﹂が必要かについては明確 14

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にされていない状況といえよう。もつとも、実際の適用状況をみると、多くの裁判所は、被告人が﹁その特定の犯 罪﹂に関与することについて意欲があったというかなり強い兆候を要求しているようである。たとえば、事前の犯 罪行為の証拠に関しては、被告人が事前傾向を有していたか否かに関係がある証拠として認めるに先立ち、裁判所        パハレ は、以前の行動の性質と訴追された犯罪の性質との間に﹁相当な類似性﹂を要求する。この広く適用されている ﹁相当な類似性﹂テストは、一般的な犯罪の意図を明らかにする過去の行為と、特定の意図の一様式を明らかにす       パ  る過去の行為との間を区別することを目的として実施される。  2 事前傾向の判断材料  連邦最高裁が罠の抗弁を認め、ソレルス事件で主観的基準を採用して以来、罠の審理の主な焦点は事前傾向の判       パ  断に関連する証拠の間題であった。ただし、いかなる人問の精神状態の調査でもその漢然性により、事前傾向を有       パお していない無実の者と事前傾向を有する犯罪者とを区別するための絶対的な手段とはならないため、裁判所は﹁状       パ  況の総合判断﹂アプローチを事前傾向の審理で使用する。このアプローチは裁判所にすべての関連要素の検討を可 能にする反面、司法に対して広範に及ぶ裁量を認めることとなり、無関係な情報、問違った情報、あるいは誤解を       パリ 招く恐れのある情報を裁判所の分析に組み込む可能性を高めることが懸念される。  下級審では、被告人の事前傾向の有無を判断するファクターを編纂する試みがなされた。とりわけ、デイオン      ど       パお ︵豆9︶事件において第八巡回区裁判所は、以下で列挙するように詳細なファクターを提示している。 15

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⑩⑨⑧⑦⑥⑤④③②①

被告人が提示された誘引に直ちに反応したか 違法行為を取り巻く状況 政府の捜査官が、犯罪を行うように提案をする前の被告人の精神状態 被告人が訴追されている犯罪に類似した既存の行為過程に関与していたか 被告人が訴追されている犯罪を行うという﹁計画﹂をすでに立てていたか 被告人の評判 身分秘匿捜査官との交渉の間の被告人の振る舞い 被告人が他の機会に類似する行為を行うことを拒否したか 起訴された犯罪の性質︵特徴︶ 被告人の犯罪歴と比較して法執行官が取引に寄与した唆しに含まれる強制の程度  こうした判断要素リストは裁判所に一定のガイドラインを提供するとともに、弁護人が潜在的な価値ある事前傾 向の証拠を見落とすことを防止することを助けるが、これらは必然的に一般化され、潜在的に過度な広汎性をもた らす。実際に、裁判所は事前傾向に関係のある多様な証拠を許容している。事前傾向の有無に関連する証拠は、一       レ 般的にω類似の過去の行為、ω誘引への反応、⑥犯罪後の行動、@犯罪を行う能力、㈲被告人の評判に分類される。 16 ω 類似の過去の行為 事前傾向の審理では、被告人の事前傾向の有無を判断する手掛かりとなる証拠として過去の行動を検討するに際

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       ハぼレ し、﹁類似の過去の行為﹂と﹁類似の過去の犯罪﹂との間に明確な区別をつけることに重点をおく。行為を用いる        お ことについては、学説上、かなりの危険性を伴うと指摘され、類似の非犯罪行為を用いることは、既にみたように ジェイコブソン事件の連邦最高裁によって否定された。ジェイコブソン事件で最高裁は、﹁適法行為を行うことに ついての事前傾向の証拠は、多くの人がそれに賛成しない場合でも、多くの人は法律に従うという共通の理解があ        るため、それ自体では違法なことを行う事前傾向を論証するのに十分ではない﹂と結論付けたのである。  対照的に、被告人の過去の有罪判決は、事前傾向を証明するために検察によって一般的に証拠として使用されて  パゆ いる。ただし、その証拠価値︵箕3豊話く巴ま︶は、被告人に対する不公正な︵量闘旨︶偏見の可能性によって大        ハ レ きく上回られていることを理由に認められないこともある。しかし、もし証拠が罠の抗弁を退け、事前傾向を立証 するためだけに使用されるのであれば、連邦証拠規則︵閃aR巴肉巳89国くこ窪。①﹀の下で証拠として認められ パゆロ る。事前傾向の審理においてこの証拠を認める根拠は、特定の類型の犯罪を行った者は再び犯す可能性が高いこと       パお を再犯率が示唆しているというものである。  もっとも、事前傾向の証拠として使用可能な過去の犯罪行為の類型には制限がある。証拠として認められるため       ハルレ には、過去の犯罪は一般的に﹁起訴された犯罪と種類に類似性があり、時間的にも合理的に近接している﹂、ある いは、事実的観点から﹁切り離せないほど絡み合っている﹂ために当該証拠を排除することは裁判所がヒアリング         する内容に﹁時間的および概念的な隙間﹂を残すことになる、のいずれかでなければならない。さらに、すべての       ハぬロ 証拠と同様、その証拠価値は偏見を抱かせる弊害を大幅に上回っていなければならない。  ﹁種類の類似性﹂・﹁切り離せないほど絡み合っている﹂テストは、スウィアテック︵ω註讐魯︶事件の第七巡回       ハ  区裁判所の判決によって例示されている。スウィアテック事件の事案は次の通りである。数か月間、身分秘匿の連 17

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邦捜査官と情報提供者は、盗品の宝石をスウィアテックに売却するとともに、建前上彼らが盗んだものとした車を どうすべきかについてスゥィアテックにアドバイスを求めることにより、自分たちがアマチュアの泥棒であると信     ︵㎜︶      ︵㎜︶ じ込ませた。一連の打ち合わせの後、最終的にスウィアテックは銃器と爆弾を連邦捜査官に売却した。彼は逮捕さ        パ ぜ れ、各種連邦犯罪で起訴された。スウィアテックは、捜査官はそのような武器を入手することについて繰り返し彼       ハ  に助けを求めたと主張し、罠の抗弁を提起した。  これに対して、検察側は、スウィアテックが銃器や爆発物を取引する事前傾向を有していたことを立証するため        にいくつかの証拠を提示した。とりわけ、裁判所は、①爆発物に関するある程度の専門性を有している、②刑務所 に入る以前はガレージ一杯に銃器を所有していた、③何件かの武装強盗を行っている、というスウィアテックの供        ハ レ 述の証拠を認めた。また、裁判所は、スウィアテックの宝石︵盗品︶を取引する意欲および盗難車を取引する明白        ぬレ な意欲に関する捜査官の証言を認めた。スウィアテックは有罪判決を受けたが、証拠が不適切に認められ、不当に       ハぽレ 偏見を抱かせるものであったという根拠に基づいて上訴した。第七巡回区裁判所は、宝石と車に関する証拠の目的        お については、確かに不適切に認められたと判断した。また、事前傾向の審理に関しては、盗品を取引しようという 意欲は、銃器の取引という犯罪には十分に類似しておらず、過去の出来事はその証拠の提示を許可するほど十分に       パゆ 事実上その犯罪と絡み合っていないと判断した。他方で、銃器、爆発物および強盗に関するスウィアテックの供述 は、彼の事前傾向について十分に証拠となり、したがって証拠として認められると判断した。理由として、それら       レ は起訴された犯罪の性質との類似性が高く、犯罪が発生した時期とほぼ同時期になされた点を挙げた。  スウィアテック事件の審理では、﹁種類の類似性﹂と﹁切り離せないほど絡み合っている﹂テストを事案に適用 したことに加えて、事前傾向の審理における過去の犯罪の使用に関して別の証拠の間題を提起した。すなわち、ス 18

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ウィアテックの盗まれたと言われている宝石︵盗品︶の取引のような証明されていない過去の犯罪についての検察 の証明責任と、その被告人が以前に有罪判決を受けた犯罪についての証明責任との違いである。この点につき、裁 判例では、過去の有罪判決の証拠は﹁種類が類似﹂しており、起訴された犯罪と時間的に合理的に近いだけで良い パ  が、証明されていない過去の犯罪の証拠は、被告人が実際に犯罪を行ったかを陪審が判断するのに十分な証拠によ       パ  らなければならないとされる。       パ   たとえば、ハドルストン︵閏区色88昌︶事件では、連邦最高裁は、彼が故意に盗まれたビデオテープの販売に 関与したことを立証する目的のために、被告人が以前盗品のテレビを販売したことを示す証拠を認めたことを支持    レ した。テレビが盗品であるという検察の主張を裏付ける主な証拠は、﹁それらの安い価格⋮⋮販売されていた膨大        パお な量、そして︵被告人が︶売渡証︵げ目9ω鴇︶を提出することができなかったこと﹂であった。同様に、ヨーク      ハお ︵因o葺︶事件において、第七巡回区裁判所はこの基準を適用し、目撃者の信用性については議論の余地があったが、       ハ レ 被告人による類似した過去の犯罪の告白を単に述べただけの目撃者の証言は証拠として認められると判断した。  したがって、事実上、検察は僅かな証拠で裏付けられていさえすれば、過去の犯罪の証拠を陪審に自由に提示す ることができる。これは検察側にとって過度な負担とはならない。それゆえ、事実上、事実無根の過去の犯罪が被        パお 告人の主張を弱めるために誤って使われることが懸念をされる。また、過去の犯罪の証拠は、それが確定したもの        パ  であったとしても、陪審に不適切に偏見を抱かせる可能性も多分に存在する。  この点についての有力な見解は、過去の犯罪行動に関する証拠は、後に類似する行動に関与する被告人の傾向に        パ  関する審理に関連することを認める。これに対しては、そのような証拠の使用は、陪審に偏見を抱かせるかもしれ          パお ないと危惧されている。第一に、陪審は、被告人が過去に犯罪行為に関与していたのであれば、今回起訴された犯 19

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       ハ レ 罪を行った可能性がより高いと推察するかもしれない。第二に、陪審は、今回起訴された犯罪への関与に関係なく       パお 被告人が過去の犯罪について罰せられるに値すると結論付けるかもしれない。したがって、事前傾向の審理におけ る過去の犯罪の証拠使用についての関連性と偏見を抱かせる弊害との間には特に強い緊張関係が存在することにな る。それにもかかわらず、裁判所は、過去の犯罪の証拠の証拠価値は潜在的に偏見を抱かせる弊害によって大幅に       ハゆロ は上回られておらず、その強さや弱さに関係なく、証拠として認められると結論付ける傾向があるとされる。  ω 誘引への反応  犯罪に関与しようという被告人の意欲、あるいは被告人が政府の誘引の際に躊躇を示さなかったという事情は、        パ  検察によって事前傾向を立証するための情況証拠として使用される可能性がある。確かに、被告人の誘引への反 応、すなわち、躊躇や関心の程度︵無関心あるいは熱心さ︶は、被告人の精神状態のもっとも説得力のある証拠と    パ  なり得る。  この種の証拠は、被告人自ら犯罪を認めたが、罠の抗弁を提起したケースで解決の手掛かりをもたらす。例とし          ハ  てハント︵国巨け︶事件を挙げることができる。ハント︵いゑ浮9閏巨け︶は、ノースカロライナ州の地裁判事で    パ  あったが、彼を﹁警察に逮捕させることができる﹂という情報提供者の主張に従って、身分秘匿のFBI捜査官は 違法なギャンブル事業の経営者を装い、便宜を図ってもらうために月々一五〇〇ドルをハントに支払うよう手配し パゆ       パ  た。捜査官が提示した当初、ハントの反応は単に﹁それで良いです﹂であった。その後ハントは何度か懸念を示し        パロ たが、支払いを受け続けた上、それらを選挙献金とみなすと言った。﹁献金﹂への見返りとして、ハントは、特定 の者たちに対して低い保釈金を設定し、交通違反切符を処理し、麻薬の密輸事業を助けるために彼の影響力を利用 20

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  ゆ した。ハントは逮捕され、裁判で罠の抗弁を提起したが成功せず、ノースカロライナ州の威力脅迫および腐敗組織        パ      パ  に関する法︵寄良98二邑器琴亀曽昌αO自匡営○鑛き“呂9の︹困OO︺︶の下で有罪判決を受けた。  控訴審において、ハントは起訴された犯罪に関与する事前傾向に関する証拠は法律問題として不十分であると主   パ  張した。第四巡回区裁判所は、﹁裁判官︵ハント︶の同意を得るのに、いかなる著しいプレッシャーや甘言も必要 ではなく︵括弧内筆者︶﹂、彼は十分な機会があったにもかかわらず、その取り決めから引き下がらなかったとして         パ  彼の主張を拒絶した。ハントは十分に躊躇を示さなかったため、第四巡回区裁判所は、陪審は彼が事前傾向を有し       パ  ていたと判断することができると結論付けたのである。ここでは、被告人の誘引への反応と関連して、被告人の ﹁引き下がる機会﹂が考慮されている点が注目されよう。        パ マ  ハント事件とは異なり、被告人が当初は躊躇を示したが、その後、犯罪を行う意欲を示す行動に関与する事案は より一層問題となる。そのような事案における重大な区別は、被告人の当初の躊躇が、単に犯罪に関与する真の意 欲を覆い隠したものなのか、それとも気の進まない被告人を政府機関が罪を負わせる方法で行動するよう強制した       パゆレ      パハレ       パぼマ のか否かである。この区別に関する事案として、ナイト︵囚巳讐什︶事件とペレスーレオン︵評おN−い①9︶事件があ る。ナイト事件では、被告人はショットガンを政府の捜査官に販売することに合意したが、捜査官は、まず銃身を       レ 違法な長さに切るよう強く求めた。ナイトは当初は拒絶したが、捜査官が二回目に彼に接触したのちに応じた。先        パ  端を切り詰めたショットガンの所有で逮捕された後、ナイトは、罠にかけられたと主張した。地裁は、﹁被告人の       パリ 当該武器を販売することへの躊躇は、政府の度重なる誘引と、被告人の不安定な財産状態によって克服された﹂と 結論付けて同意した。  ペレスーレオン事件では、被告人が当初、躊躇したにも関わらず、犯罪の意欲的な参加者であったという陪審の 21

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       パお 判断によってナイト事件とは異なる結論に至った。事件概要は次の通りである。被告人は政府の情報提供者に対        パお し、﹁以前に痛い目にあっている﹂と述べ、麻薬販売への関与を求める申し出を断った。しかし、その後に彼は情        パむ 報提供者の電話番号を聞き、間もなく、次の麻薬取引の﹁熱心な﹂参加者になった。この熱心さおよび被告人の麻 薬関連事項への専門性に基づき、陪審と第七巡回区裁判所は、政府の誘引による事前傾向を有しない犠牲者である        パ  との被告人の主張を拒絶した。  本件においても、ハント事件のように被告人の誘引に対する積極的な反応を強調することに加えて、検察は被告 人が引き下がる機会を与えられていたがそうしなかったと主張することによって事前傾向を証明しようと試みる可      パ  能性があった。この点については、当該不履行のみで被告人が事前傾向を有していたと結論付けるのには躊躇する         パ      パが 裁判例がある一方で、次にみるハリソン︵国貰冨9︶事件のように、事前傾向の判断に際し、被告人が引き下がら        パお なかったことを重視しているとみられる裁判例も散見される。  ハリソン事件の事案は次の通りである。ハリソン︵名巨ヰa缶四霞一の9︶は、デラウェアのスミュルナ矯正施設       パ  の看守であった。州警察の情報提供者であった刑務所の囚人バーロウ︵ω毘o≦︶は、ハリソンが施設内への食ベ        パハレ 物の持ち込みを禁じる刑務所の規則に違反していることに気が付いた。バーロウは、この情報のみに基づいてハリ        ハ  ソンに近づき、大麻を密かに持ち込むことを求め、謝礼として一〇〇ドルを提示した。ハリソンは最終的に同意        ハ  し、身分秘匿捜査官のウィリアムズ︵≦自餌目ω︶︵バーロウの外部の窓口︶と大麻を購入するために会った。打ち       パ レ 合わせの際、ウィリアムズは引き返す機会を提供したがハリソンは拒絶した。ハリソンはバーロウに大麻を二回受       パ  け渡した後に逮捕された。       パゆ  ハリソンは、犯罪を行う事前傾向を有しておらず、罠にかけられたと主張したが成功しなかった。控訴審で、デ 22

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ラウェア州の最高裁は、ハリソンの唯一の事前傾向の証拠は﹁引き返さなかったこと﹂であると認めたが、この証       パ      ハ レ 拠は陪審がハリソンの罠の抗弁を拒絶するのに十分であると結論付け、有罪判決を支持した。  政府の誘引に対する対象者の即時の反応は、事前傾向の審理においてもっとも広く使われている証拠の一つであ る。他の事前傾向の証拠類型とは異なり、違う状況下での違う時間ではなく、誘引の時点における被告人の精神状        パ  態について証拠となる点で価値が認められる。他方、引き返さないことについては、対象者には状況と行動の影響 を注意深く熟考する機会があったのであり、時間の経過があったにもかかわらず、犯罪活動に関与しようという被       パ  告人の意欲を示すかもしれないという点で価値が認められる。       パハレ  もっとも、裁判所は、そのような証拠を取り巻く状況を注意深く考慮しなければならないと指摘されている。な ぜなら、当初の積極的な反応とその後引き返さないという事実は、ともに犯罪に関与しようという熱心な意欲では        パお なく、むしろ、単に不承不承の、あるいは恐怖による誘引への従順さを示しているだけかもしれないからである。  ⑥ 犯罪後の行動  検察は、被告人の事前傾向を証明するため、犯罪に先行する、あるいはその間の行動に加え、被告人が犯罪後に        パ  類似の行動に関与したという証拠を提示するかもしれない。証拠として認められるためには、犯罪行為以前の証拠 と同様に、その後の行動が性質的に類似しており、起訴された犯罪の時点と合理的に近いか、あるいはそれと﹁切        パお り離せないほど絡み合って﹂いなければならないとされる。もちろん、その証拠価値もまた偏見を抱かせる弊害を        ハお 大幅に上回らなければならない。犯罪後の行動を証拠として認める背後にあるのは、﹁政府の誘引がなくなった後 の被告人による禁じられた行為の継続は、起訴された犯罪を行うよう被告人を動機づけていたものが政府の誘引で 23

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      お はなく、むしろ他の継続している要素であることを示唆する﹂というものである。  それゆえ、検察はしばしば、政府の誘引が止んだ後であっても、被告人が積極的に類似の違法な行為に関与して       パ  きたことを示すためにその後の行動の証拠を提示する。たとえば、バークレイ︵国自匹身︶事件では、政府は、被 告人が九月九日に捜査官にヘロインを販売した際に事前傾向を有していたことを立証するために、被告人が一一月        パ  八日にヘロインを販売したという証拠を出した。そうすることによって、検察は、警察官が被告人との接触を開始        ハ  したにもかかわらず、被告人の罠の主張をうまく退けたのである。  また、裁判所は、被告人の事前傾向を立証するための政府が誘引を中止した後に単に類似の行動に関与する﹁意       ハ  欲があった﹂ことのみを示す証拠も認める。たとえば、ジェンキンス︵富爵一霧︶事件では、身分秘匿捜査官にへ        ロインを販売したとして起訴されたことを受けて、罠の抗弁を提起した。ジェンキンスが起訴された事件以外の犯 罪行為に関与したことがあるという証拠はなかったが、第五巡回区裁判所は、単に彼が販売完了後に、﹁もっと欲       パ  しければ私はここにいる﹂という発言をしたという理由で、事前傾向を有していたと判断した。ここでは、被告人 の犯罪後の発言が事前傾向の有無を判断するための重要なポイントとなっている。  したがって、その後の行動および発言は、被告人の事前傾向を立証するために証拠として認められるかもしれな い。しかし、この種の証拠を証拠として認めることによって、裁判所は、起訴された犯罪の時点における政府の誘 引と強制が、被告人のその後の﹁事前傾向﹂を生じさせたかもしれないという可能性を無視していると指摘されて  パハレ いる。すなわち、発言の証拠を認めることは、そのような発言が被告人の罠の抗弁の行使を封じたい警察官によっ        パ  て簡単に引き出されることを無視しているのである。これは、﹁もっと欲しければ私はここにいる﹂といった自己        パ  満足の発言が、被告人の事前傾向を示す証拠であるとみなされる場合に特にそうである。ジェンキンスは、その発 24

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言を取引が完了した直後、すなわち、彼がかなりの金額を儲けることができる見込みで興奮していたかもしれない         時点で行った。したがって、事前傾向の審理において、そのようなその場の勢いでなされた思いつきの発言は、 ジェンキンスが、政府の誘引の前から意欲があり、麻薬の密売に関与する用意があったか否かという問題にほとん        ど関連性を有さないと指摘されている。それゆえ、裁判所は、さもなければ根拠の明確な罠の抗弁を捜査機関等が 否定するのを許すのではなく、むしろ不適切あるいは不十分さの根拠に基づき、法律の間題として類似の発言を排        パ  除するべきであると批判される。  @ 犯罪を行う能力  裁判所は被告人の犯罪を行う能力を事前傾向を推認するのに使用してきた。逆に、裁判所は被告人が明らかに犯 罪を行うことができないことを事前傾向を有しないことを推認するために使用してきた。これら二つは表面上類似        パ  しているが、これらを区別することは重要であるとされる。すなわち、犯罪を行う能力は、しばしば事前傾向の強 い現れであるが、他方で、犯罪を行うことができないことは、事前傾向を有しないことの信頼できる秤ではないと       パ  指摘されているのである。  被告人が容易に犯罪を行った場合には、事前傾向を有していたと推認されるため、陪審はこの事実を単独で使用 することができる。たとえば、麻薬密輸の事案で、被告人が大量の密輸品を身分秘匿捜査官に比較的短期間で配達         することができたケースである。また、起訴された犯罪類型の犯罪行為において被告人が高度の専門性を示したに        もかかわらず、罠にかけられたと主張するケースでも問題となる。容易さと専門性は準備と過去の経験を証明する 傾向があるため、被告人の犯罪の能力は、政府の誘引の時点で対象者に事前傾向があったと結論付けるのに強い合 25

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       ハ  理的な根拠が存在するとされるのである。  しかし、その逆は必ずしも真実とはいえない点には注意が必要である。被告人が犯罪を行うことができないこと は、事前傾向を有さないことではなく、単に被告人のイネプタテユードをあらわしているだけかもしれないためで  ハ  ある。この点については、弁護側が犯罪を行うことができないことは被告人に事前傾向がないことを立証すると主        パ  張してきたことに加え、同様の判断を示した裁判例もある。たとえば、ホリングスワース︵国色営鴨≦霞9︶事件 の第七巡回区裁判所は、被告人らが必要な﹁裏社会のつながり、金融関係の見識あるいは資産、外国の銀行あるい       ハ  は銀行家に近づく機会、あるいは他の資産﹂を有していなかったため、国際的なマネーロンダリングに関与する事       パむ 前傾向を有していないと判断し、被告人は﹁客観的に無害﹂であると結論付けて有罪判決を覆した。  ホリングスワース事件の判断に対し、学説上は、多数意見の論法には、実際の能力に注目する点に欠点があると      パ  の指摘がある。犯罪を完結することができないことは、被告人が熱心ではあるが自信過剰な参加者である可能性を        パ  排除しないため、実際の能力は無関係であるとされるのである。それゆえ、事前傾向を有さないこと︵ぎ亭鷺a甲      8ω置9︶の審理の適切な焦点は、被告人が﹁客観的に無害﹂であったか否かではなく、被告人が主観的に自分自       パ  身が政府の誘引の時点で犯罪を行う能力があると理解したか否かであるとし、もし被告人が能力の証拠を使用して 事前傾向がないことの立証を望むのであれば、誘引の時点で犯罪を行うことができるとは信じていなかったことを        パぬマ 立証しなければならないとする。 26 ㈲ 被告人の評判 このほか、事前傾向の有無は誘引の時点より以前、 最中、および以後の被告人の行動を評価することによって判

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      パ  断されているが、被告人の地域社会での評判もまたその間題に関係するかもしれない。従来、被告人が事前傾向を        パ  有していたことを論証するために評判の証拠を使用しようとしたのは検察であった。しかし、裁判所がそのような       パ  証言が偏見を抱かせる可能性があることに慎重になるにつれて、被告人が事前傾向を有さないという主張を支える        パ  ために評判の証拠を出すケースが多くなっている。  たとえば、政府の関与以前には、郵便詐欺、恐喝およびリベートを受け取る犯罪を行う事前傾向を有していな       パ  かったことを証明するために評判の証拠を提供したフェドロフ︵窄Ro$事件がある。フェドロフ︵冒器9問中 Ro巳は、公務員の汚職を捜査していたFBI捜査官がニュージャージー州ノースアーリントンをターゲットに       パ  した際、町の公共事業の監督者をしていた。鉄鋼の営業マンを装った身分秘匿捜査官は、フェドロフに近づいて彼        パ  に契約を懇願した。町が最初の注文をした後、捜査官は地元のバーでフェドロフと会い、﹁ここに一〇〇ドルある、 どうもありがとう、ジョー。今回の注文ありがとう。君たちは素晴らしい﹂と言いながら、彼に一〇〇ドルを渡し パ       パ  た。その後、フェドロフは追加の支払いと捜査官の賄賂を受け取り逮捕された。  フェドロフは、罠にかけられたのであり、﹁︵自身に対する︶良い評判とこの種の違法な行為へ以前は関与してい        レ なかったこと︵括弧内筆者︶﹂を証言する二人の証人がいると主張した。フェドロフは、この証言は実際に捜査官 に金銭を要求したことがないという事実の観点から考慮されれば、事前傾向を有していない証拠となると主張し パ       ハ  た。しかし、裁判所は陪審に罠を教示せず、フェドロフは有罪判決を受けた。控訴審において、第三巡回区裁判所 は、被告人による事前傾向がないとする証拠は十分ではないが、教示を正当化するのに十分であると同意し、再審     パ  理を命じた。        パ   地域社会における評判に関する証言は、裁判での伝聞証拠の使用を禁止する連邦証拠規則の明白な例外である。 27

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ただし、事前傾向を立証するための評判の証拠は、もしその証拠価値が不公正な偏見の危険性によって大幅に上回         られているのであれば、いかなる証拠も排除されるうる規則四〇三条を含む各種制限の対象となる。この問題に取 り組んだすべての連邦巡回区裁判所は、不公正な偏見の危険性のため、検察は評判に関する伝聞証拠を提示しては          ハ  ならないと結論付けた。結果的に、連邦裁判所で事前傾向を論証するために証拠として認められる唯一の評判に関        パ      パ      パぬロ 連する発言は、被告人自身あるいは共犯者によってなされた発言など、伝聞証拠ではないものとされている。 四 お わ り に  米国では、おとり捜査の対象者が犯罪を犯し、逮捕・訴追され、訴訟になった場合、公判段階では、その不当性 を主張して無罪を獲得すべく、罠の抗弁を提起する。連邦最高裁は、一九三二年のソレルス事件以来、一貫して主 観的アプローチを採用してきた。当初は、捜査機関等の働きかけの方法に着目する客観的アプローチとの対立が連 邦最高裁内部でもみられたが、一九九二年のジェイコブソン事件判決では、客観的アプローチに関する議論自体姿       を消した。          他方で、学説上は、依然として客観的アプローチが有力に主張されており、下級審では、客観的アプローチを採       ハ  用して判断するものも散見される。また、州レベルでは、模範刑法典等に倣って法を制定することによって客観的 アプローチによることを明示的に示す州もある。さらに、おとり捜査に対する抗弁として、罠の抗弁の許否を主        ハ  観・客観の両面からアプローチするハイブリツド・アプローチがあるほか、並存しうるものとしてデュー・プロセ ハ  スの抗弁が主張され、下級審では採用した裁判例も散見される。それゆえ、米国のおとり捜査に対する抗弁をめぐ 28

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る議論については、罠の抗弁およびデュー・プロセスの抗弁双方の今後の展開を注視していく必要がある。  もつとも、本論でみたように、連邦最高裁が一貫して主観的アプローチを採用してきたことにより、判断のメル クマールである事前傾向に関する議論は積極的に展開されてきたといえる。わが国では、当初よりおとり捜査に対 するアレルギー反応に対する懸念から、当該手法が実施されているのか否かですら一般的には明らかにはされず、 捜査機関や公判段階の検察も、表立って議論しようとはしてこなかったといえよう。確かに、おとり捜査には﹁罠﹂ ﹁トリック﹂﹁騙す﹂等といった具合にダーティーなイメージがあるため、慎重な運用に寄与してきたとも考えられ る。他方で、オープンにされないことで、適正なおとり捜査ですら、ダーティーなイメージを払拭できていない点 も指摘できよう。薬物犯罪等の組織性、継続性、密行性という実態に鑑みれば、事案によっては︵適正な範囲内で の︶おとり捜査の必要性は否定できないように思われる。そうであるとすれば、トリックからテクニカルな手法と 評価される範囲を明確にすべきであるとともに、原理的な議論にとどまらず、実際上の判断要素・方法が検討され         る必要があることになろう。このことは必ずしもおとり捜査の積極的活用につながるわけではなく、むしろ︵不適 切な︶おとり捜査が曖昧なまま密行的に事実上実施されていくことに対して、謙抑的な役割を果たすように思われ る。また、おとり捜査への一般的な受け入れ難さへの配慮に鑑みれば、表立った議論をすることが社会の刑事司法 に対する信頼にとっても必要不可欠である。  その意味では、近時、二分説に対しては、捜査手法の適否の判断基準としての正当性の再検証がなされている が、捜査段階︵働きかけの段階︶、身体拘束段階、訴追段階、公判段階︵処罰段階︶のいずれかにおいて適否の判 断要素として犯意が考慮されるのであれば、その判断構造をできる限り精緻化し、明らかにしていくことが必要と なろう。米国では、事前傾向の有無を判断するに際して、ω類似の過去の行為、吻誘引への反応、⑥犯罪後の行 29

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動、@被告人の評判、⑥犯罪を行う能力の五つの観点から検討が加えられている。本論でみたように、ω類似の過 去の行為と類似の過去の犯罪の区別、働誘引への反応と引き下がる機会、⑥犯罪後の行動と犯罪後の発言、@犯罪 を行うことができる能力と犯罪を行うことができない事情、㈲被告人の評判と予断・偏見等を検討しておく意義は 二分説の再検証の一面として、小さくないように思われる。  最後に、これまでのおとり捜査論議は、捜査の違法を前提に法的帰結を検討するという枠組みであったが、おと り捜査の多様性および法的間題の広範性ゆえに、想定しているケースや問題性が必ずしも一律であったとはいえな い状況にあったように思われる。おとりの働き掛けによって対象者が犯罪を犯すのみならず、その犯罪を理由に逮 捕・訴追の上、処罰するという一連の過程をたどるおとり捜査の特殊性に鑑みれば、おとり︵捜査機関等︶が働き        パ  掛けて対象者に犯罪を犯させることの適否に加え、憲法一三条によって国民に付与されていると解される不適正な       ハ レ 手続によって被疑者として取り扱われることのない人格的権利の観点および国家によって︵不当に︶創出された理 由︵犯罪︶による捜査権の発動の許容性など、各手続段階の規範に照らして違法性の質・量を精査した上で法的帰結       パ  を検討していく必要があるように思われる。また、適正なおとり捜査の解明とともに、おとり捜査に捜査機関や私 人が関与する以上、諸外国で展開されている証人保護プログラムについても併行して検討・整備する必要があろう。 ︵1︶最決平成一六年七月一二日刑集五八巻五号三三三頁。 ︵2︶最決昭和二八年三月五日刑集七巻三号四二八頁。なお、本件の判例評釈として、奥村正策﹁いわゆる囮捜査はこれによって犯 意を誘発された者の犯罪の成否および訴訟手続に影響するか﹂神戸法学雑誌三巻二号︵一九五二︶四二六頁、田中政義﹁囮捜査に 関する最高裁判所の見解﹂ジュリスト三七号︵一九五三︶五頁、中武靖夫﹁おとり捜査﹂憲法判例百選︵一九六三︶一三二頁、鈴 30

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