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手形偽造と使用者責任 利用統計を見る

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手形偽造と使用者責任

著者

盛岡 一夫

雑誌名

東洋法学

31

1・2

ページ

207-233

発行年

1988-01

URL

http://id.nii.ac.jp/1060/00003565/

Creative Commons : 表示 - 非営利 - 改変禁止 http://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/3.0/deed.ja

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手形偽造と使用者責任

 一 はじめに 二 使用者責任の要件  ω 序説  ⑧ ﹁事業ノ執行二付キ﹂の意義  ③ 被害者の悪意・重過失 三 使用者責任の効果  ω 遡求権と損害賠償講求権との関係  ③ 損害額  ⑥ 遅延損害算定の起算日 四 使用者責任と権利外観法理にょる責任との関係 五 おわりに 東 洋 法 学

盛 岡

二〇七

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手形偽造と使用者責任 二〇八 はじめに 他人による手形行為には、他人が代理人として本人のためにする旨の代理文句を記載して、代理人自身の署名また は記名捺印をする方法︵代理方式︶と、他人が代行者として直接本人名義で署名または記名捺印をし、代行者の名称       ︵1︶ を表示しない方法︵代行方式、機関方式︶とがある。  通説は、代理方式の手形行為が無権限でなされた場合が無権代理であり、代行方式の手形行為が無権限でなされた       ︵2︶ 場合が偽造であると解している。従来の判例は、権限のない者が代行方式で手形行為をした場合でも、本人のために        ︵3︶       ︵4︶ する意思を有するときが無権代理であり、本人のためにする意思のないとぎが偽造であるとしていた。しかし、最判       ︵5︶ 昭和四三年二一月二四日は、従来の判例の立場によると、偽造と解されていた事案において、民法二〇条を類推適        ︵6︶ 用して本人の責任を肯定した。これにより、判例も通説と同じ立場に立ったことになる。  被用者が手形を偽造して振出した場合に、手形所持人は第一次的請求として、表見代理の規定の類推適用による被 偽造者の手形上の責任を主張し、予備的請求として、被偽造者たる使用者に民法七一五条に基づく損害賠償の請求を 主張することが多い。  この場合に、裁判所は第一次的請求よりも予備的請求を認めて、民法七一五条の使用者責任により、手形所持人を 保護している場合も多い。そこで、使用者責任を認める要件として議論のある﹁事業ノ執行二付キ﹂の解釈、第二に 損害賠償請求が認められると判断されたときに、裏書人に対し手形上の遡求権を有する場合にも、ただちに使用者に

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損害賠償請求権を行使することができるか、第三に、偽造手形を割引によって取得したときに、損害として請求し得 る額は割引金相当額か、それとも手形金相当額か、第四に、遅延金損害算定の起算日について検討する。最後に、被 偽造者に手形上の責任を負わせる根拠を権利外観法理にょる場合に、この権利外観法理による責任と使用者責任との 関係についても考察する。 ︵1︶ 代行者が直接本人名義の狭義の署名︵自署︶まで代行することができるかという問題について肯定説︵鈴木竹雄・手形法  ・小切手法一六三頁、河本一郎・約束手形法入門︵第三版︶九二頁、前田庸・手形法・小切手法入門六九頁︶と否定説︵田中  誠二・手形・小切手法詳論上二⋮一頁、大森忠夫・手形小切手法講義四九頁︶がある。 ︵2︶田中︵誠Y前掲一八六頁、鈴木・前掲一六二頁、大隅健一郎賛河本一郎・注釈手形法・小切手法九五頁、堀旦旦・手形法 小切手法概説五八頁、木内宣彦・手形法小切手法第二版八八頁。 ︵3︶最判昭和三二年二月七日民集二巻二号二二七頁、最判昭和三七年三月二七日民集一六巻三号六三二頁、最判昭和三九年  九月一五日民集一八巻七号一四三五頁。 ︵4︶ 大判昭和八年九月二八日新聞三六二〇号七頁。 ︵5︶ 民集二二巻二言互三二八二頁。 ︵6︶ 江頭憲治郎・法学協会雑誌八七巻五号六九〇頁は、判例の立場について詳しく述べている。 二 使用者責任の要件 ω 序 説    東 洋 法 学 二〇九

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    手形偽造と使用者責任       二一〇  民法七一五条は、 ﹁或事業ノ為メニ他人ヲ使用スル者﹂は﹁被用者が其事業ノ執行二付キ第三者二加ヘタル損害ヲ 賠償スル責二任ズ﹂ ︵一項本文︶とし、ただ、この場合に﹁使用者力被用者ノ選任及ビ其事業ノ監督二付キ相当ノ注 意ヲ為シタルトキ﹂または、 ﹁相当ノ注意ヲ為スモ損害力生ズベカリシトキハ﹂責任を免れ得る︵一項但書︶旨規定 している。  使用者責任の要件としては、第一に、 ﹁或事業ノ為メニ他人ヲ使用スル者﹂という使用関係が必要である。ここ で、他人を﹁使用スル﹂とは、雇用契約に基づくものであるか否か、報酬の有無・期間の長短に関係なく、一方が他        ︵王︶ 方の指揮命令に服する関係にあればよいと解されている。  A会社が建設業者Bに依頼して、A会社の業務を処理させるようになり、AB間に雇用関係はなかったが、Bが所 長代理の肩書で右営業所に常駐し、女子事務員が保管していた右営業所長印等を任意に使用して入札参加の書類を作 成したり、営業所長名義で請負契約を締結したり、工事代金の回収として約束手形を受領するなど、営業所長の権限 に属する業務を処理することが認められていたとぎに、約束手形の裏書を偽造した事案において、最判昭和六一年一       ︵2︶ 一月一八日は使用関係を認めている。  第二に、被用者が﹁事業ノ執行二付キ﹂第三者に損害を加えたことが要件になっている。この﹁事業ノ執行二付 キ﹂の解釈については問題点が多いので、後で詳しく論じることにする。  第三に、被用者の加害行為は、一般的不法行為の要件︵民七〇九条︶を満たしていることが要件になっている。使 用者が責任を負うためには、被用者の有責性を要件とするか否かについて見解が分れているが、通説・判例は被用者

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      ︵3︶ の有責性を要件としている。  第四に、使用者が被用者の選任・監督につぎ相当の注意をしたこと、または相当の注意をしても損害が生じたこと        ︵4︶ を証明しないことが要件となっている。しかし、学説・判例は、この免責事由を事実上認めていない。  以上の要件を具備したときに使用者は責任を負うことになるが、学説・判例上議論があるのは﹁事業ノ執行二付 キ﹂の解釈についてである。そこで、被用者が権限なしに代表取締役の印鑑等を使用して手形を振出した場合等に使 用者は責任を負うか否かについて検討する。  鋤 ﹁事業ノ執行二付キ﹂の意義  大審院は、当初、 ﹁事業ノ執行二付キ﹂の意義を狭く解していた。手形の偽造の事例ではないが、大判大正五年七    ︵5︶ 月二九日は、株券発行事務を担当し、株券用紙を保管していた庶務課長が、自己の利益のために株券を偽造した事案 において、 ﹁被用者ノ行為ガ使用者ノ事業自体ナルカ、若クハ其事業ノ執行ト相関連シテ之ト一体ヲ為シ不可分ノ関 係ニアルモノナルコトヲ要シ、被用者ガ使用者ノ事業ノ執行トシテ何等為スベキコトノ現存セザル場合二、単二自己 ノ目的ノ為メ其ノ地位ヲ濫用シテ檀二為シタル行為二因り、第三者二損害ヲ加フルガ如キハ、仮令其行為ガ外形上使 用者ノ事業ノ執行ト異ル所ナシトスルモ、之ヲ以テ其事業ノ執行二付キ損害ヲ加エタルモノトシ、使用者ヲシテ之ガ 賠償ノ責二任ゼシムベキモノニアラズ﹂としていた。  この考え方によると、使用者が責任を負うのは、被用者の不法行為が使用者の事業の執行と一体不可分の行為から 生じた場合のみであって、被用者が使用者のためではなく、自己の利益のために第三者に損害を与えた場合には責任

    東洋法学      二二

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    手形偽造と使用者責任       二二一 を負わないことになる。この解釈は狭すぎるので、行為の外形を標準とし、広く解釈すべきであるとの主張がなされ ︵6︶ た。       ︵7︶  そこで、大審院民刑連合部判決大正一五年一〇月二一百は、株券発行事務を担当する庶務課長が、保管していた会 社の株券用紙と印を使用して自己の金融を得る目的で株券を偽造発行した事案において、 ﹁民法第七一五条二所謂 ﹃事業ノ執行二付﹄ナル文詞ハ、⋮⋮之ヲ広義二解スルヲ至当トスベク、当院従来ノ判例ノ如ク厳格ナル制限的解釈 ヲ採リ、使用者ノ事業ノ執行トシテ具体的二為スベキ事項ノ現存セザル場合二於ケル被用者ノ行為二付テハ、総テ使 用者二於テ全然責任ナシト為スガ如キハ、同条立法ノ精神二鑑ミ、且一般取引ノ通念二照シ、狭隆二失スルモノト謂 ハザルベカラズ﹂と判示した。これは、被用者の行為の外形から﹁事業ノ執行二付キ﹂なされたか否かを判断すべき であるとの見解にたって、使用者責任を認めたものであり、外形理論︵外観標準説︶をとったものである。        ︵8︶  この外形理論は、最高裁においても踏襲されている。最判昭和三二年七月一六日は、代表取締役がその名下にその 印章を押捺しさえすれば完成するばかりに手形を作成し、かつ、その交付する権限を有していた経理課長が、その権 限を濫用し、代表取締役の不在中に同人の印鑑を盗み出して偽造した事案において、民法七一五条にいわゆる﹁事業 ノ執行二付キ﹂とは、被用者の職務の執行行為そのものには属さないが、その行為の外形から観察して、あたかも被 用者の職務の範囲内の行為に属するものとみられる場合をも包含すると解すべきであるとして使用者責任を認めてい る。       ︵9︶  最判昭和三六年六月九日は、協同組合の取引関係・金融関係の事務および手形事務を担当していた書記が、保管し

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ていた理事長の記名印、印鑑を使用して手形を作成し、交付した事案において、 ﹁本件被用者の行為は、本来の職務 を逸脱しその地位を濫用して為されたものであるが、その行為は本来の職務と密接の関連を有し外形上本来の職務の 執行と見られる﹂として使用者責任を認めている。        ︵扮︶  最判昭和四〇年二月三〇βは、会社の会計係中の手形係として手形作成準備事務を担当していた係員が、手形係 を免ぜられた後もなお会計係員として帳簿の記入や割引手形を銀行へ使送などしていた係員が会社および代表者の印 鑑を濫用し手形を偽造した事案において、使用者の事業の施設、機構および事業運営の実情と被用者の当該行為の内 容、手段等とを相関的に酌取し、当該行為が被用者の分掌する職務と相当の関連性を有するときには﹁事業ノ執行二 付キ﹂にあたるとし、手形係を免ぜられても同じ会計係として手形を取り扱う点において、手形の作成は右職務と ﹁相当の関連性がある﹂としている。       ︵豆︶  最判昭和四三年四月一二βは、従業員の少ない会社において、主として商品の出納等を担当L代表取締役の印等を 商品受取書に随時して押印するなどの職務に従事していて、手形振出の職務に従事していない者が、右印を冒用して 手形を偽造したときでも、職務分担が明確でない場合には行為の外観上も、 ﹁内面の密接な関連性﹂からみても、そ の手形偽造行為は﹁事業ノ執行二付キ﹂なした行為と解している。        ︵12︶  否定した例として、最判昭和四三年一月三〇日は、建設会社の作業所主任が手形振出の権限がないのに作業所長名 義で二二〇万円の手形を振出した場合に、二二〇万円の手形振出行為は作業所主任の職務範囲の行為に属するとは認 められないとしている。

    東洋法学      二ニニ

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    手形偽造と使用者責任       一コ四        ︵13︶  また、最判昭和四四年四月二五日は、信用協同組合の預金課長の職務権限が預金の受払に関する窓口事務、預金通 帳の発行、預金に関する伝票・記帳の整理等の事務に限られ、組合名義の小切手の作成交付等の事務に及ばず、組合 代表者の記名印、代表者印の保管使用も許されていない場合に、第三者と通じ、偽造にかかる組合理事長の記名印、 代表者印を用いて組合理事長振出名義の小切手を偽造した事案において、右偽造行為は、右職務権限との密接な関係 を有するものとは認められず、右行為が外形上も職務の範囲に属するものとはいえないとしている。  このように、被用者の手形偽造につき、判例は一貫して外形理論をとっており、その外形理論の適用にあたって は、本来の職務と﹁密接な関連性﹂を有する場合のみでなく、この適用基準を緩和して、 ﹁相当の関連性﹂を有する 場合にも﹁事業ノ執行二付キ﹂なしたと解して使用者責任を認めている。       ︵蟄︶       ︵蔦︶  学説もこの外形理論を支持しているが、より具体的な基準を設定しようとしている。例えば、被用者の行為が、第 三者に対し正常な業務執行としての外観を呈する程度に、被用者の事実上相当する職務や正常な職務のために用いら       ︵蔦︶ れる手段との関連を失なわないものでなければならないとし、また、使用者が加害行為の発生を防止するについて相       ︵”︶ 当な措置を採る可能性があったのに、それをしなかった場合に使用者責任を認めようとする。  従来の判例は、被用者の偽造行為について、被用者が、組合理事の印鑑を保管していた場合、商品受取書の作成に 代表取締役の印を随時使用することが許されていた場合、会社の施設機構、事業運営の実情から、権限なしに手形を 作成することが客観的に容易におかれていた場合、手形作成に用いられる代表取締役印以外の印章・文字印、手形用 紙等を保管していた被用者が会社にあったあり合わせの取締役印を押捺した場合、支店としての実質を具えている営

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業所の営業所長代理の肩書で常駐していた者︵会社との雇用契約はない︶が、営業所長印等を極めて容易に使用する ことがでぎる状況にあった場合に、使用者に責任を認めているが妥当である。  ﹁事業ノ執行二付キ﹂とは、被用者の職務の執行行為そのものには属さないが、その行為の外形から観察して、あ たかも被用者の職務の範囲内の行為に属するものとみられる場合をいう。したがって、被用者が職務権限を逸脱して 手形を偽造して振出したようなときでも、客観的に職務執行行為の外形がある場合には、使用者は原則として手形所 持人に対して責任を負うことになる。使用者は被用者が会社代表者の印等を容易に使用できないような措置をとるべ きであるのに、その措置をしていない場合には、使用者責任を認めてよいが、偽造手形であることを知って取得した ような者を保護する必要がない。そこで、次に手形所持人の悪意または重大な過失について考察する。  ⑥ 被害者の悪意・重過失  被害者たる第三者の主観的事情は、使用者責任の成否とどのような関係があるのであろうか。事実的不法行為で は、被害者側の事情は問題とならないが、取引的不法行為の場合には、被害者側の信頼保護が考慮されるべぎである。        ︵弼︶  手形偽造に関する事案ではないが、最判昭和四二年四月二〇日は、 ﹁被用者の行為が、その外形から観察して、そ の職務の範囲内に属するとみられるからといって、それが被用者の権限濫用行為であることを知っていた第三者に対 してまでも使用者の責任を認めることは﹂行為の外形に対する第三者の信頼を保護しようとする外形理論の趣旨に反 すると述べている。これは、被用者の職務権限逸脱行為について第三者が知っている場合、すなわち、第三者が悪意 の場合には、使用者の責任を問うことがでぎないとするものである。

    東洋法学      二.一五

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    手形偽造と使用老責任      二一六       ︵19︶  これを一歩進めて、被害者に重大な過失がある場合にも、最判昭和四二年二月二日は、使用者責任を問うことが できないとしている。すなわち、被用者のなした手形行為が、その行為の外形からみて、使用者の事業の範囲内に属 すると認められる場合であっても、その行為が被用者の職務権限内において適法に行なわれたものではなく、かつ、 その行為の相手方が右の事情を知りながら、または、少なくとも重大な過失によってこれを知らないで当該取引をし た乏認められるときは、その相手方である被害者は民法七一五条にょり使用者に対してその取引に基づく損害の賠償 を請求することができないとしている。        ︵20︶  手形行為に蘭し、最判昭和四三年二月六日は、相互銀行支店長から約束手形交付を受けた老がその支店長に手形振 出行為の権限がないことを知っていた場合には、銀行は責任を負わないとしている。  これらの判例は、外形理論の根拠を取引的不法行為に関しては、外形を信頼した被害者を保護することに求め、被 用者の取引行為が、その外形からみて使用者の事業の範囲内に属すると認められる場合であっても、それが被用者の 職務権限内において適法に行なわれなかったことにつき、被害者たる第三者に悪意または重大な過失があるときに は、使用者に対し損害賠償の請求をすることができないとするものである。  これらの事案における第三者は、不法行為の直接の相手方が損害賠償を請求した場合である。  手形偽造の直接の相手方のみでなく、その後の第三取得者︵転得者︶に悪意または重大な過失がある場合にも使用 者責任を否定すべきである。前掲最判昭和四五年二月二六日および前掲最判昭和六一年二月一八日は、手形行為の 直接の相手方にその手形が偽造のものであることにつぎ悪意または重大な過失があったとしても、その者から取得し

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た者に悪意または重大な過失がなかったら、使用者に対する損害賠償請求権になんらの影響をおよぼすものでもない としている。  手形偽造における使用者の責任は、不法行為法上の責任であるから、手形の直接の受取人の主観的事情のみを問題 とすべきでなく、その後の手形取得者の主観的事情も考慮すべぎである。不法行為について悪意または重大な過失を 判断するのは、手形の直接の受取人ではなく、損害賠償を請求している被害者本人について問題にすべきであるから  ︵21︶ である。  したがって、被用者の偽造行為が、行為の外形より職務の範囲内に属するとみられる場合においても、偽造手形の 直接の受取人に悪意または重大な過失のあるときには、使用者は責任を負わないが、直接の受取人に悪意または重大 な過失があっても、その後の第三取得者に悪意または重大な過失がないときには、使用者は第三取得者に対しては責 任を負うことになる。  手形受取人の場合は、直接的に被用者の手形行為に関する行為の外形を信頼することが多いであろうが、その者か ら裏書によって手形を取得する第三者が行為の外形を信頼するということはほとんどない。むしろ、第三取得者は真 正に振り出された手形であると信じて手形を取得することが多いであろう。このように解する限り、第三取得者につ       ︵鴉︶ いて外形理論による使用者責任を認める根拠は薄弱となろう。  被害者側に重大な過失があるときに、過失相殺ではなく、不法行為不成立とすることに問題があるとの見解があ ︵2 3︶ る。使用者責任に関する外形理論の根拠を、取引的不法行為の場合にも危険責任ないし報償責任に求めると、被害者

    東洋法学      二一七

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    手形偽造と使用者責任       二一八       ︵忽︶ 側に重大な過失がある場合には、損害賠償額算定に関する過失相殺の一事由となり得るにすぎないであろう。  しかし、使用者責任に関する外形理論の根拠は、取引的不法行為に関しては行為の外形を信頼した相手方を保護す ることに求めるべきである。したがって、手形取得者に悪意があるときのみでなく重大な過失があるときにも、使用 者責任の成立を否定すべきである。       ︵25︶  ここでいう重大な過失の意味について、最判昭和四四年一一月二一日は、悪意のみでなく重大な過失によっても使 用者が損害賠償の責任を免れるのは、公平の見地に照らし、被用者の行為の外形に対する相手方の信頼が、重大な過 失に基づくときは、法律上保護に値いしないものと認められるためにほかならないから、ここにいう重大な過失と は、取引の相手方において、わずかな注意を払いさえすれば、被用者の行為がその職務権限内において適法に行なわ れたものでない事情を知ることがでぎたのに、そのことに出でず、漫然これを職務権限内の行為と信じ、もって、一 般人に要求される注意義務に著しく違反することであって、故意に準ずる程度の注意の欠歓があり、公平の見地上、 相手方にまったく保護を与えないことが相当と認められる状態をいうものと解している。  このように、重大な過失とは、手形所持人を保護するに値しないほどに著しく注意を欠いており、故意に近い過失 をいうものと解してよいであろう。 ︵1︶ 加藤一郎・不法行為︵増補版︶  島 昭夫・注釈民法⑬二七七頁以下。 ︵2︶ 金融・商事判例七六六号三頁、 一七〇頁、懇宮和夫・不法行為︵事務管理・不当利得・不法行為中・下巻︶六八三頁、森 最判昭和六一年一一月一八目の控訴審である福岡高判昭和五九年一二月二五日金融・商事

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判例七六六号八頁は、BはA会社との問に雇用関係はないが営業所長名義を使用しての請負契約の締結を一任され、所長代理  の呼称のもとに工事代金を回収するなど、営業所長の権限に属する業務を行っていたのであるから、民法七一五条所定の被用 者に該当するというべぎであると判示している。ただし、右最判昭和山会年二月一八日の第一次上告審である最判昭和五九 年三月二九濤金融・商事判例七〇九号三頁は、BはA会社と雇用関係がなく、所長代理の肩書が付されているにとどまるか  ら、BはA会社の使用人ということはできないと判示している。 ︵3︶ 森島﹁使用者の責任・注文者の責任﹂ジュリスト八九四号工七頁、田上富信・民法講座6事務管理・不当利得・不法行 為︵星野編︶五〇一頁以下参照。 ︵4︶ 四宮・前掲七〇三頁以下、加藤・前掲一八四頁以下参照。 ︵5︶刑録二二輯一二四〇頁、同旨、大判大正六年六月二日民録一〇六一頁、大判大正七年六月二日民録コ三⋮頁。 ︵6︶ 鳩山秀夫・増訂︵日本︶債権法各論下巻九一七頁。 ︵7︶ 民集五巻七八五頁、その後も大審院は、株式事務を担当していた庶務課員が、株券用紙を盗み出して偽造した事案︵大判  昭和一九年六月一七日民集二三巻一六号四七三頁︶においても外観理論にょって、使用者貴任を認めている。 ︵8︶ 民集コ巻七号一二五四頁。 ︵9︶ 民集一五巻六号一五四六頁、また、最判昭和四五年二月二六日民集二四巻二号一〇九頁は、経理事務担当者がその保管し  ていた会社の印等を押捺した事案において、手形を偽造して交付した行為は職務内容に密接に関連しているとしている。 ︵⑳︶ 民集一九巻八号二〇四九頁、なお、この判決は、被用者が取引行為のかたちでする加害行為について、使用者の事業の施  設、機構および事業運営の実情と被用者の当該行為の内容、手段等とを相関的に酌取し、当該行為が、ω被用者の分掌する職 務と相当の関連性を有し、かつ、㈲被用者が使胴者の名で権限外にこれを行うことが客観的に容易である状態に置かれている  とみられる場合のごときも、被害者の保護を尽的とする民法七一五条の法意にかんがみ、外形上の職務行為に該当するものと 解している。 ︵U︶ 民集二二巻四号八八九頁。 東 洋 法 学 一=九

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手形偽造と使用者責任 ︵鴛︶ 民集二二巻一号六三頁。 ︵B︶ 週間金融・商事判例一六一号七頁。 ︵M︶ 上柳克郎・会社法・手形法論集四四七頁以下、  形法小切手法判例百選︵第三版︶五三頁。 ︵欝︶ ︵焔︶ ︵茸︶ ︵18︶ ︵珀︶ ︵20︶ 二二〇 大隅健一郎鱈河本一郎・注釈手形法・小切手法四九頁以下、紋谷暢男・手 紋谷・前掲五三頁、田上・前掲四八三頁参照。 四宮・前掲六九二頁。 宮内竹和・民法の争点︵加藤暦米倉編︶二九七頁。 民集一二巻三号六九七頁。 民集二一巻九号二二七八頁、同旨、最判昭和四二年一二月二一日判例時報五二膏互二五頁。 判例時報五一四号四八頁、ただし、大阪高判昭和五六年一二月一六日金融・商事判例六四三号一八頁は、 重大な過失を認  めながら使驚者責任を肯定している。 ︵a︶ 蓮井良憲・昭和四五年度重要判例解説七八頁、上田宏・民商法雑誌六三巻五号七六〇頁、星野英一・法学協会雑誌八九巻  三号九五頁、淡路剛久・法学協会雑誌八六巻三号九一頁。 ︵22︶ 紋谷・前掲五三頁、上田・前掲七六〇頁。 ︵23︶ 大塚龍児﹁有価証券の偽造・変造﹂現代企業法講座5︵竹内握龍田編︶二二二頁。 ︵24︶奥村長生・最高裁判所判例解説民事編昭和四二年五九四頁、蓮井・前掲七八頁、上田・前掲七六一頁は、被胴者の取引行 為にょる不法行為と事実行為にょる不法行為を区別し、前者の場合の外形理論の根拠は、取引の相手方の信頼保護、取引の安 全保護に求めるとすると、被害者の悪意・重大な過失は使屠者責任の成立自体を否定する一要因ということになり、不法行為 を区別しないで一元的に考察し、外形理論の根拠を報償責任・危険責任の理念等に求めると、被害者の主観的事情は、単に損 害賠償額の算定に関する過失相殺の一事由となるにすぎないことになろうとされる。 ︵25︶ 民集二三巻一一号二〇九七頁。

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三 使用者責任の効果  ω 遡求権と損害賠償請求権との関係  手形所持人は前者たる裏書人に手形上の遡求権を有する場合にも、使用者に対して損害賠償を請求することができ るのであろうか。  下級審判決には、↑D裏書人に手形の償還に応ずる資力がないことを認定した上で、損害賠償を認めるもの、@遡求 権を有するか否かは損害の算定に影響がないとするもの、⑲まず裏書人に対する償還講求が不能であることについて 主張立証しないかぎり、損害賠償請求は認められないとするもの、ω遡求権の有無にふれないで損害賠償を認めるも        ︵1﹀ のがある。↑りの立場をとる判決例は、裏書人が行方不明である場合や、裏書人が倒産して、手形の償還に応ずる資力       ︵2︶ がない場合等に、手形所持人は割引金相当額の損害をこうむっているとしている。これに対し、@の立場をとる判決 例は、裏書人に対する遡求権と損害賠償請求権とは、その発生原因および性質が異なるのみならず、債務額からみて も両者は必ずしも同額ではないのであるから、偽造手形を取得したことにより損害をこうむった手形所持人は、裏書 人たる前者に対する遡求権と、手形偽造による損害賠償債権を並列的に行使し得ると解すべぎであり、遡求権の行使 により手形金の全部または一部の弁済を受けたときは、弁済を受けた限度において賠償額も減少したことになるにす ぎず、裏書人によって手形金が現実に弁済された事実が存しないかぎり、裏書人の弁済資力の有無や、それに対する        ︵3︶ 遡求権行使の有無は、手形偽造による損害賠償請求を判断するにつぎ、これを斜酌することを要しないとしている。

    東洋法学      二二一

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    手形偽造と使用者責任      二二二 のの立場をとる判決例は、振出人に対する手形金の請求が不能である場合でも、自己の前者たる裏書人に対してこれ が償還請求をなし得る関係にあり、したがってそれが可能である限りいまだ確定的に損害をこうむったものというこ とはできないとし、裏書人に対する償還誇求が不能であることについて、主張立証しない限り使用者に対する損害賠        ︵4︶ 償請求は認められないとしている。  前掲最判昭和四五年二月二六日および最判昭和六一年一一月一八日は、手形所持人が手形上の前者に対し手形法上 の遡求権を有する場合でも、ただちに使用者に対し損害賠償請求権を行使することができ、遡求権の行使にょって手 形金の支払を受けたときは、右損害賠償請求権がその限度で消滅することになるにすぎないと解している。  学説は、損害を手形譲受けの際の出損に伴って生ずる損害と解するならば、その出損額と譲受けた手形の実質的価 値との差額と考える下級審のω説︵裏書人には償還義務を果す資力が全くないことを認定した上で、手形所持人が割        ︵5︶ 引金に相当する損害をこうむったと判断している︶の態度が理論的には正確なのではなかろうかとの見解があり、ま た、損害賠償の請求について、手形所持人は遡求権を行使した結果、償還が不可能なことが判明した後でなければ、       ︵6︶ 損害ありとして使用者の責任を追及でぎないのではあるまいかとの見解がある。  これに対し、手形所持人がさきに遡求権を行使しなければならないとするなら、前者が数人にわたるようなときに はとくに繁填であるし、損害賠償債権の方は時効が完成することもありうるし、また、損害賠償訴訟で、真正の損害 額の算定のため遡求債権の真実の価値を立証するというのは難きを強いるものであるとして最高裁の立場をとる見解   ︵7︶ がある。

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 また、偽造手形所持人の偽造者または使用者に対する損害賠償請求権と前老に対する手形行為独立の原則による遡 求権とは、法律要件を異にする別個の請求権であるから、相互に無関係に成立しかつ追及し得るものと解すべきであ       ︵8︶ り、これによって手形所持人は十分な満足をえる可能性があり、その保護が厚くなる利益があるとの見解がある。  手形所持人は、遡求権を行使した結果、償還が不可能なことが判明した後でなければ、損害賠償の請求を行使する ことができないということにすれば、遡求義務者が数人いるときには、損害賠償の請求をするまで長い期問を経過し ており、すでに時効が完成していることもあるであろう。手形所持人は、裏書人に対し遡求権を行使して手形金の償 還請求をすることも、また、使用者に対し損害賠償の請求をすることもできると解する。  遡求権を行使するか、損害賠償請求権を行使するかは、手形所持人の選択によることになる。遡求権が時効によっ       ︵9︶ て消滅した場合の損害賠償請求について、最判昭和四六年七月二〇日は、損害賠償請求権を行使するか、遡求権を行 使するかは手形所持人の自由な選択にまかされているのであるから、かりに遡求権を行使しなかったため、これが時 効により消滅したとしても、手形所持人には何らの過失も認めることがでぎないとし、したがって、裏書人に遡求権 を有していたとしても、これをもって手形所持人に損害が発生しなかったとすることはできず、遡求権が時効により 消滅したとしても、手形所持人の損害賠償請求権の成否に何らの影響をも与えるものではなく、過失相殺を論ずる余 地も存しないと判示しているが妥当である。

 ⑧損害額

 偽造手形を割引によって取得した場合に、手形所持人が損害として請求し得る額は、割引金相当額か、それとも手

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二二三

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    手形偽造と使用者責任       二二四 形金相当額であろうか。       ︵憩︶  下級審判決には、手形金相当額を得べかりし利益の喪失による損害として請求することができるとする判決もある       ︵n︶ が、多くは、手形取得の対価として出損した額︵割引金額︶としている。最高裁は、対価を支払って手形を取得した 所持人は、その出損と手形偽造行為との問に相当因果関係が認められる限り、その出損額を通常の損害として請求す        ︵扮︶ ることがでぎるとしている。          ︵捻︶       ︵M︶  学説は、手形金額説があるが、出損額説が多い。不法行為に基づいて損害の賠償を請求するのであるから、出損額 によるべきである。  ⑥ 遅延損害算定の起算日       ︵路︶  前述のように、手形金額を損害の額とする説は、遅延損害金の起算目を偽造手形の満期日の習日としている。  これに対し、損害の額を手形取得の対価として出損した額によって決定するとの説によれば、損害発生の日すなわ ち譲受けのための対価を交付した日以降である割引代金交付の翌日から法定利率五分の遅延損害金を請求し得ること   ︵路︶ になる。しかし、実際には、偽造手形の所持人は、第一次的に手形上の責任を請求し、予備的に不法行為にょる責任       ︵1 7︶ を訴求しているために、結果的には手形の満期以後の遅延損害金の請求が認められているという。 ︵1︶福岡地判昭和五五年二月一四臼金融・商事判例六一四号三八頁。 ︵2︶ 東京高判昭和四一年二月二四日判例時報四七四号二二頁、同旨、 号三二頁、前掲大阪高判昭和五六年一二月一六日等。 大阪高判昭和四二年一二月コ一百金融法務事情五〇五

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︵3︶ 大阪地判昭和四四年一〇月二三目判例時報五九三号七八頁、  二二五三頁等。 ︵4︶ ︵5︶ ︵6︶ ︵7︶ ︵8︶ ︵9︶ ︵鶏︶ 同旨、大阪地判昭和三四年一〇月三〇ヨ下民集一〇巻一〇号  ︵二八二二四〇〇円︶  全額 ︵H︶ 月一六日金融・商事判例六四三号一八頁。 ︵鶏︶ 前掲最判昭和四五年二月二六日は、出損金額であるとしている。ただし、手形金額婆一三万円であったが、手形所持人は  割引金額の三〇万円を請求しているので、出損額以上のもの︵例えば、出損金額である割引金額に割引料を損害額として︶を 認めない趣旨であるかは閉らかでないといわれている︵吉井・前掲一二九頁、上田・前掲七六四頁︶。前掲最判昭和六一年二 月一八日も出損額を損害としているが、手形金額二〇〇万円に対し、額引金額一八五万円を損害金として請求している。 ︵B︶ 植松弘・民商法雑誌五四巻六号九一八頁は、手形が偽造であったことによって手形偽造者が与えられた不利益は、手形が 適法に振出されたものであったとすれば、その手形上に存在したであろうと考えられる債権を、第三者が取得できなかったと  いうことであり、そして、将来この偽造手形が流通におかれるであろうことを知りながら、被用者が偽造したものと考えられ  る限り、この偽造手形の取得者が偽造したものと考えられる限り、この偽造手形の取得者が偽造であるがゆえに手形債権を取 大阪高判昭和四二年一〇月三〇日金融法務事情四九六号三四頁。 上柳・前掲四五九頁。 森島・前掲注釈民法二八九頁。 吉井直昭・法曹時報二二巻九号二一七頁、蓮井・前掲七九頁。 上田・前掲七六三頁。 判例時報六四〇号四二頁。 大阪地判昭和四四年六月一九日金融法務事情五五九号三四頁は手形金額三〇〇万円を現実に割引金として支出した金額         のほかに、満期日に取得し得べき割引料と同額の利益金︵一七七六〇〇円︶の損害を認め、結局手形金 ︵三〇〇万円︶の賠償を認めている。前掲大阪高判昭和四二年一二月二一百は、手形金相当額の賠償を認めている。 東京地判昭和三七年四月二四日判例時報二九九号三三頁、前掲福岡地判昭和五五年二月一四日、大阪高判昭和五六年二一 東 洋 法 学 二二五

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   手形偽造と使用者責任      二二六 得しえないであろうことまで被絹者において予見可能であったであろうから、偽造行為と手形所持人が手形債権を取得できな  かったこととの間に相当因果関係が存在すると考えられるので、手形所持人の損害は手形金額と算定されるべきであると解さ  れる。 ︵M︶ 大隅程河本・前掲五四頁、上柳・前掲四五六頁。 ︵拓︶ 前掲大阪地判昭和四四年六月一九目。 ︵16︶ 上柳・前掲四六〇頁、大隅聾河本・前掲五七頁。 ︵η︶大隅睡河本前掲五七頁、手形所持人が、第一次的に手形金を、第二次的に不法行為に基づく責任を求めた場合に、例えば、  前掲福岡地判昭和五五年二月一四資は、被用者が額面三〇〇万円の約束手形︵支払期日昭和五三年五月一〇日︶を偽造した事 案において、損害賠償は、割引金および損害の発生した日︵割引金を交付した日︶である昭和五三年二月工ハ日より後の同年  五月一〇日から支払ずみまで法定利率年五分の遅延損害金の支払を認めている。また、前掲大阪地判昭和四四年一〇月二三日  は、第二次的請求につぎ、割引金およびこれに対する割引金支払時以後である昭和四二年二月二六日︵満期日の翌臼︶から  完済まで年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があるとしている。 四 使用者責任と権利外観法理による責任との関係  偽造手形の所持人は、被偽造者に対し、第一次的には手形上の責任を求め、予備的に使用者責任にょる損害賠償を 求めることが多い。しかし、裁判所は、多くの場合に、第一次的請求よりも予備的請求である損害賠償の請求を肯定 している。  過去の判例をみると、予備的請求を認めるよりも、むしろ、第一次的請求を認めて解決した方が妥当な事例も多数 あるようにおもわれる。権利外観法理︵カ①9富ω9蝕旨冨窪置︶によって、被偽造者たる使用者に手形上の責任を負わ

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せることも可能であったのではなかろうか。        ︵1︶  被偽造者に手形上の責任を負わ燈る根拠として、判例は、表見代理類推適用説をとり、学説は、表見代理類推適用 ︵2︶      ︵3︶      ︵4︶      ︵5︶ 説、表見代理適用説、権利外観理論説、表見代理類推適用に加えて権利外観理論も認める説、表見代理類推適用に商       ︵6︶ 法二三条の類推適用を認める説、等がある。  偽造の場合には、偽造者の名は手形書面上現われず、代理関係は表示されないのに、表見代理の規定を類推適用す ることができるか、また、手形の取得者、とくに第三取得者は︵判例は、第三者とは手形行為の直接の相手方に限る    ︵7︶ と解する︶、署名を誰れがしたのか知らないで、単に真正な署名であると信じて手形を取得したにすぎないこともある        ︵8︶ であろう。この場合、無権限者を権限ある者と信ずるという表見代理の要件が存在しないことになる。  このような場合に、表見代理の規定を類推適用することには無理がある。そこで、真実と外観とが異なる場合に、 本人に外観をつくり出したことに責むべぎ事由があり、そして相手方がそのような外観を真実と誤認することにつぎ 十分の理由があるとぎは、本人をして責に任ぜしめて、何らさしつかえなく、無理に表見代理のような実定法の根拠       ︵9︶ を求める必要は存しないといわれている。  偽造者が被偽造者と同一人であるという外観を惹起したときや偽造された表示を、通常の努力によって流通を阻止        ︵⑳︶ できたのに流通におかせたような場合には、被偽造者に責任をおかせてよいといわれている。        ︵U︶  この権利外観法理は一般理論であって、その適用要件および帰責事由が不明確であるとの批判がある。しかし、手形        ︵⑫︶ 取得者が善意であるのに対して被偽造者に相当の帰責事由がある場合には、手形上の責任を負わせてよいであろう。     東洋法学       二二七

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    手形偽造と使用者責任      二二八  その要件としては、①法的信愚性ある外観の存在、②取得者のその外観への信頼の存在、③外観的行為者の帰責性        ︵13︶ の存在、の三要件が必要であるといわれている。  帰責事由については、印鑑が実印であるか、あらかじめ届けられた印鑑と同じものであれば、たとえそれが権限の ない者によって押捺された場合でも、第三者とすれば判別する方法がないから、被偽造者はその印章の保管に注意 を欠いた場合には帰責事由が認められ、これに対し、印鑑が実印でも届出印でもないときには、取得者は軽々に信 じても過失があると考えられ、また、実印または届け印の保管につぎ何ら責がないとぎには被偽造者は手形上の責任        ︵M︶ を負うべきでないとする見解、たとえば、不動産登記のため預託した印章が、手形に悪用された場合、それを忍容し       ︵1 5︶︵略︶ ていた場合、照会に応じ真正なものと回答した場合に帰責事由があるとする見解、被偽造者に責任を負わせるには、 被偽造者にその意思に基づく署名と同視される程度の帰責性が存在することが必要であるから、被偽造者がその意思        ︵1 7︶ に基づいていてその印鑑を他人に交付したときに帰責性を認めることができるとする見解がある。  このように、被偽造者に印鑑の保管等について帰責性があり、他方手形取得者に、偽造者に代行権限があると信ず るか、署名は真正なものと信じる外観がある場合には、被偽造者に責任を負わせることになる。この場合に、取得者 が保護されるのは、善意で無過失の場合であるか、それとも重大な過失のない場合でよいか問題となる。表見代理と        ︵18︶ の関係から考えると無過失となり、手形の善意取得との関係から考えると重大な過失のない場となる。  前述の使用者責任の認められた事案の多くは、右のような被偽造者に帰責事由︵権利外観法理によるとき︶のある 場合である。したがって、被用者の偽造行為が、その外形上﹁事業ノ執行二付キ﹂なしたものと解し得る場合の多く

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       ︵廻﹀ は、被偽造者に手形上の責任を負わせることもできる場合である。  権利外観理論によって、被偽造者に帰責事由があると判断され、手形上の責任を負わされる場合には、被用者の偽 造が﹁事業ノ執行二付キ﹂なしたものと判断され、使用者に損実賠償の責任を負わされる場合も多いであろう。ま た、権利外観理論の場合と同じように、使用者責任に関する外形理論の根拠は、手形取得者の信頼を保護し、取引の 安全を確保することにある。  このように偽造者が被用者である場合に、被偽造者︵使用者︶に民法七一五条による不法行為上の責任を負わせる ことも、権利外観法理による手形上の責任を負わせることもできるような場合に、偽造手形の所持人の保護をどのよ うな理論によってはかるべきか問題となる。  判例は、表見代理の規定の類推適用が認められない場合や、この場合の第三者を直接の相手方と解しているので、 第三取得者に悪意または重大な過失のない場合に、民法七一五条の使用者責任に関する規定を適用して手形所持人を 保護している。 ﹁事業ノ執行二付キ﹂とは、被用者の職務執行行為そのものには属さないが、その行為の外形から観 察して、あたかも被用者の職務の範囲内の行為に属するものとみられる場合をいうと解されている。しかし、第三取 得者は行為の外形を信頼するというよりも、真正に振り出された手形であると信じて取得することが多いであろう。  使用者責任は、署名の代理で表見代理が成立する相手方たる第三者を判例が直接の相手方に限る点を機能的には補 完する役割を果たし、また、要件の必ずしも明確でない権利外観理論によって取得者の︵重︶過失の有無を決め手に して手形金額のすべてかゼ・かという解決を図るよりも、過失相殺による処理をした方が具体的事案の利害の調整と

    東洋法学      二二九

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    手形偽造と使用者責任       二三〇        ︵20︶ して妥当な面も無視しがたいとの考えがある。  また、﹁判例が民法七一五条によって本人に使用者としての責任を負わす場合を見てみると、それは不法行為責任と 言いながらも、実質的には、本人に表見責任を負わせているのと大差はない。それならば、実定法上の根拠はない が、一般の表見理論により、本人に相当の与因があるならば、本人に表見責任を負わせ、この者に手形上の責任を追 及しうるとしてもよいではないかということが考えられる。しかしまた、不法行為責任として構成しておけば、過失 相殺の理論によって、かえって妥当な結論に到達することもでぎる。まだ容易には結論を出しにくい問題である﹂と      ︵21︶ いわれている。  これに対し、被用者による手形偽造の事案のように取引行為に関し第三者の信頼保護を問題とする場合には、使用 者の責任は、判例のように不法行為の理論を借用し、しかも外形理論の適用条件を著しく緩和して決するよりも、む しろ法律行為上の責任の成否として表見代理の規定を援用して決すべきであり、これによる救済が不可能な場合にの        ︵22︶ み補充的に使用者責任によるよう両者をパラレルに考えるべきであろうとの見解がある。  手形法上では、まず手形債務の負担の有無が本来的に問われるべきであって、その否定された後にはじめて、使用        ︵23︶ 者責任が間われるべきであると考える。 ︵王︶ ︵2︶ ︵3︶ 前掲最判昭和四三年一二月二四日。 竹田省・手形法・小切手法二五頁、 河本・前掲九五頁。 鈴木・前掲書一六六頁、石井照久韮鴻常夫・手形法小切手法一〇九頁。

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︵4︶ 田中︵誠Y前掲一九圏頁、平尾賢三郎・金融・商事判例工ハ七号四頁、加藤勝郎﹁手形の被偽造者の責任﹂手形研究二一  一号九頁、川村正幸・金融・商事判例五七七号五八頁。 ︵5︶ 木内宜彦・特別講義手形法小切手法六四頁。 ︵6︶ 高窪利一・現代手形法小切手法二一三頁。 入7︶ 判例は、直接の相手方に表見代理が成立すれば、その後の取得者は常に保護され、その反対に、直接の相手方に表見代理  が成立しなければ、その後の取得者に表見代理の要件が備わっても保護されないと解している。直接の相手方は、手形上の記  載によって形式的に判断すべぎではなく、実質的な取引の相手方をいうと解している︵最判昭和四五年三月二六日金融商事判  例二二号一三頁︶。服部栄三﹁手形行為の代理﹂手形法・小切手法講座−一九一頁、倉沢康一郎・手形法の判例と論理七八頁  以下、坂井芳雄・裁判手形法︵増補︶二三五頁以下も第三者とは直接の相手方をいうと解している。 ︵8︶ 上柳・前掲四四八頁以下、庄政志﹁手形偽造と表見代理等e﹂成城法学二二号一三九頁。田中昭・商法の判例︵第三版︶  一五一頁参照。 ︵9︶ ︵⑳︶ ︵n︶ ︵鶏︶ ︵捻︶ ︵M︶ ︵15︶ ︵16︶ ︵葺︶ ︵娼︶ 鈴木﹁手形の偽造・変造﹂判例手形法小切手法︵伊沢還暦記念︶一二〇頁。 冨8ぼ鳩≦Φo霰o一氏誉儀ωoび①島容oo剛卦 お㎝9ω・郎oq① 蓮井・手形法小切手法講座1二四五頁。 竹内昭夫・判例商法E二四八頁。 川村・前掲五八頁、加藤︵勝Y前掲九頁。 鈴木・前掲論文一二〇頁。 加藤︵勝︶・前掲五三頁。 鵠綴Φo圃︽/O§巽貫沁のo簿血R奢震ε巷凶貧ρ一一●︾経一・ごミ”ω.一餐 川村・前掲五八頁以下。 木内・前掲特別講義六五頁。 東 洋 法 学 二三一

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    手形偽造と使用者責任      二三工  ︵珀︶ 伊沢孝平・手形小切手判例百選︵新版・増補︶六三頁。  ︵20︶ 大塚・前掲ニコニ頁、上柳・前掲四六三頁。  ︵21︶ 河本﹁手形行為と表見代理﹂判例と学説商法∬二〇八頁。  ︵22︶ 蓮井・前掲重要判例七九頁、我妻栄・法学協会雑誌七九巻一号一二〇頁、田村諄之輔・法学協会雑誌八三巻六号一七〇頁。  ︵23︶ 川村・前掲五九頁。    五 おわりに  手形が被周者によって偽造された場合に、その取得者は第一次的に手形上の責任を請求するとともに、予備的に民 法七一五条に基づく使用者責任による損害賠償を請求することが多いが、この場合に裁判所は、第二次的請求を認め ることに寛大である。  判例は、民法七一五条の﹁事業ノ執行二付キ﹂の意味については、被用者の職務の執行行為そのものには属さない が、その行為の外形から観察して、あたかも被用者の職務の範囲内の行為に属するものとみられる場合をも包含する と解し、外形理論をとっている。その外形理論の適用にあたっては、本来の職務と密接な関連を有する場合のみでな く、相当の関連性を有する場合にも使用者責任を認めており妥当である。  被用者の偽造行為が、行為の外形よりみて被用者の事業の範囲内に属するとみられる場合でも、被害者である手形 所持人に悪意または重大な過失がある場合には、使用者は責任を負わない。この場合の重大な過失とは、著しく注意 を欠いており、故意に近い過失をいう。その悪意または重大な過失は手形所持人本人のそれを問題とすべぎである。

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 手形所持人は前者たる裏書人に手形上の遡求権を有する場合にも、使用者に対してただちに損害賠償を請求するこ とがでぎ、偽造手形を割引によって取得したときには、手形金額ではなく割引金額を損害として請求しうると解す る。また、遅延損害金の起算日は割引代金交付の時と解する。  手形所持人の保護を問題にする場合には、外形理論を著しく緩和して決するよりも、また、第三取得者は行為の外 形を信ずるよりも、真正に振出されたものと信じて手形を取得した場合には、まず、権利外観法理︵手形上の責任︶ による解決をはかるべきである。手形法上では、原則的に手形債務の負担の有無が問われるべぎであり、これでは十 分な保護が得られない場合に使用者責任が問われるべきである。 東 洋法 学 二三三

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