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高校教師の専門性発達とその連続性に関する考察― ライフヒストリー分析を通して ― 利用統計を見る

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高校教師の専門性発達とその連続性に関する考察―

ライフヒストリー分析を通して ―

著者

計良 智子

著者別名

KERA Tomoko

雑誌名

東洋大学大学院紀要

54

ページ

363-383

発行年

2017

URL

http://id.nii.ac.jp/1060/00009717/

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日本語要旨

本稿は、高校教師の専門性発達とその連続性をライフヒストリー分析を通して明らかにし たものである。本稿における分析・考察の結果、次の四点が明らかになった。 第一に、高校教師の教職アイデンティティに危機があったとしても、教師の指導には、生 徒指導、教科指導、部活動指導、行事指導、分掌業務、人材育成、保護者対応の領域があ り、教科指導と部活動指導、分掌業務において単独に専門性発達の連続性がみられる場合と これらの領域を超えて専門性発達の連続性がみられる場合がある。 第二に、教師の志向性の観点から専門性発達の連続性をみると「教育志向教師」と「行政 管理職志向専門家」において専門性発達の連続性がみられる。 第三に、ジェンダーによる困難さを乗り越え、克服したことによる自信や自己肯定感、ま た女性が男性と同等の社会的地位や待遇を得ることの希少性からくる職務満足感において専 門性発達の連続性がみられる。 第四に、実践コミュニティの観点から専門性発達の連続性をみると、学校内外の実践コミ ュニティへの参加を通して課題解決と学習が生じ、数多くの外部研修に参加することで連続 性がみられる。 キーワード: 高校教師、専門性発達、連続性、環境、教職アイデンティティ、ジェンダー

目次

1 はじめに 2 教師の専門性発達と指導環境に着目する意義 3 高校教師の専門性発達とは何か 4 高校教師のライフスヒストリー分析と専門性発達

高校教師の専門性発達とその連続性に関する考察

― ライフヒストリー分析を通して ―

文学研究科教育学専攻博士後期課程3年

計良 智子

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4.1 調査目的 4.2 調査方法 4.3 調査結果・分析 4.4 考察 5 おわりに ― 本論文の成果と課題 ―

1 はじめに

教師教育学にとって、どのようにして専門性発達が促されるかは重要な問いである。この 専門性発達を幅広く量的に捉えている調査研究に、経済協力開発機構(Organisation for Economic Co-operation and Development: OECD)が公表した第1回OECD国際教員指導環 境調査(Teaching and Learing International Survey, TALIS)の分析を行った『OECD教 員白書 効果的な教育実践と学習環境をつくる〈第1回OECD国際教員指導環境調査 (TALIS)報告書〉』(2012年)と、第2回にあたる国際教員指導環境調査(TALIS)2013年 調査結果の分析を行った『教員環境の国際比較 OECD国際教員指導環境調査(TALIS) 2013年調査結果報告書』(2014年)がある。以下、略称として「TALIS2008年調査」及び 「TALIS2013年調査」をもちいる。2007から2008年にかけて初めて実施されたこの調査に日 本は参加していないが、2013年に実施された調査には参加している。第2回TALIS調査の主 な目的は、「各国の教員・学習指導・学習に関する政策を国際指標に基づいてタイムリーか つ効果的に分析することである。それによって各国は、効果的な学校づくりのための環境や 政策を整備することができるようになる」1)ことという。また、もう1つの重要なテーマとし て教員の「専門性開発」2)を取り上げている。第2回TALIS調査の目的には、「職能開発など の教員の環境、学校での指導状況、教員へのフィードバックなどについて、国際比較可能な データを収集し、教育に関する分析や教育施策の検討に資することを目指している」3)とい う。2回のTALIS調査報告における「professional development」4)を、ここでは教師一人ひ とりに焦点を当てていることから「専門性発達」と呼び、論を進めていくこととする。 さて、現代の日本の教師は、国や地方自治体及び勤務校の教育目標達成に向けて職務を遂 行している。と同時に、より効果的な教育の向上を目指して自己省察しながら日々学び続け 研鑽に励んでいる。しかし一方で、自分の伸びや成長である教師としての専門性発達が意識 しにくい現状もある。TALIS2013 によれば、日本の教師は自己効力感が国際的にみて顕著 に低い状況にある5)。こうした状況をふまえ、現代日本の教師教育研究において「教師の自 己効力感を高め、専門性発達を促す指導環境とはどのような環境か」を明らかにすることが 喫緊の課題であるといえる。 このような状況を改善するにはどうしたらよいのか。何が課題なのか。どのような環境が 一人ひとりの教師の専門性発達を促すのか。

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そこで、本論文ではライフヒストリー分析によって、教師が自分自身の専門性発達を意識 し実感できる指導環境を探ることにしたい。

2 教師の専門性発達と指導環境に着目する意義

教師教育学において教師の「専門性」および「専門性発達」を構成する概念は数多くあ る。その中で本論文では、久冨義之(2008)にならって、教師の「専門性」を「ある職業や その仕事内容の専門的性格」6)と定義する。「専門性発達」は、今津孝次郎(2008)にならっ て、「『経験の省察』が可能な態度・技能を獲得し, 省察の結果として新たな知識を生み出し 続けること」7)と定義する。また、山﨑準二(2012)等の先行研究は、教師の専門性発達は 多様であり、個々の教師を取り巻く指導環境は教師の専門性発達に及ぼす影響も多様である ことを指摘する8) 一方、経済協力開発機構(OECD)が公表した国際教員指導環境調査(TALIS)で用いら れた「生徒との関係」「他の教師や校長との関係」「学校環境」等を柱にいくつかの視点から 専門性発達と指導環境要因との関係を通して分析すると、学習指導と学習に対する教員の信 念や態度、授業実践、教員同士の協働関係がわかる9) 表1-1と表1-2は共に、OECDのTALIS調査項目である。 表1-1.専門性開発のニーズ指数(2007-2008年)に基づく専門性開発項目 学習内容と学習目標 生徒の学習評価 学級経営 各教科領域 授業実践 ICTの授業スキル 特別な学習ニーズをもつ生徒の学習指導 生徒指導 学校運営や学校経営 多文化環境での授業法 生徒のカウンセリング <出典>OECD編.斎藤里美監訳(2012年)『OECD教員白書 効果的な教育実践と学習環境をつくる 〈第1回OECD国際教員指導環境調査(TALIS)報告書〉』明石書店,p.111. 表1-2.教員の職能開発のニーズに基づく職能開発項目 担当教科の分野に関する知識と理解 担当教科等の分野の指導法に関する能力 カリキュラムに関する知識 生徒の評価や評価方法 指導用のICT技能 生徒の行動と学級経営 学校の管理運営

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個に応じた学習手法 特別な支援を要する生徒への指導 多文化又は多言語環境における指導 各教科で共通に必要な能力に関する指導(問題解決能力、学び方の学習など) 将来の仕事や研究で生かせるよう、どの職業にも必要な脳力を高める方法 職場で使う新しいテクノロジー 生徒への進路指導やカウンセリング <出典>文部科学省『教育職員免許法施行規則(妙)』国立教育政策研究所(2014年)『教員環境の国際比較  OECD国際教員指導環境調査(TALIS)2013年調査結果報告書』明石書店,pp.130­131.に基づいて、職能開発に必要 な項目を計良智子が作成した。 また、文部科学省の教育職員免許法施行規則(抄)第六条免許法別表第一に規定する幼稚 園、小学校、中学校又は高等学校の教諭の普通免許状の授与を受ける場合の教職に関する科 目のの修得方法は、「教職の意義等に関する科目」「教育の基礎理論に関する科目」「教育課 程及び指導法に関する科目」「生徒指導、教育相談及び進路指導等に関する科目」であるこ とがわかる10) 表2は、教育職員免許法施行規則(抄)第六条の各科目に含めることが必要な事項である。 表2.教職に関する各科目に含めることが必要な事項 教職の意義及び教員の役割 教員の職務内容(研修、服務及び身分保障等を含む。) 進路選択に資する各種の機会の提供等 教育の理念並びに教育に関する歴史及び思想 幼児、児童及び生徒の心身の発達及び学習の過程(障害のある幼児、児童及び生徒の心身の発達及び学 習の過程を含む。) 教育に関する社会的、制度的又は経営的事項 教育課程の意義及び編成の方法 各教科の指導法 道徳の指導法 特別活動の指導法 教育の方法及び技術(情報機器及び教材の活用を含む。) 生徒指導の理論及び方法 教育相談(カウンセリングに関する基礎的な知識を含む。)の理論及の方法 進路指導の理論及び方法 教育実習 教職実践演習 <出典>文部科学省『教育職員免許法施行規則(妙)』第六条に基づいて、小学校、中学校又は高等学校の教諭の 普通免許状の授与を受ける場合の教職に関する科目に含めることが必要な事項を計良智子が作成した。 東京都教育委員会が公表した『東京都人材育成基本方針【一部改正】』による経験や職層 に応じて身に付けるべき力の東京都の教育に求められる教師像は、「教育に対する熱意と使 命感をもつ教師」「豊かな人間性と思いやりのある教師」「子供の良さや可能性を引き出し伸 ばすことができる教師」「組織人としての責任感、協調性を有し、互いに高め合う教師」で ある11)。また、経験や職層に応じて身に付けるべき力の教員に求められる基本的な四つの力

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は、「学習指導力」「生活指導力・進路指導力」「外部との連携・折衝力」「学校運営力・組織 貢献力」である12)。そして、教員はこれまでの学校とは異なる環境の中で新たな課題に取り 組み、多様な経験を積む中で、教員としての幅を広げ、能力を伸長させていくことから、異 動は人材育成の大きな機会と捉えることができるとしている13) これらの視点から専門性発達と指導環境要因との関係を通して分析をする。OECDの TALIS調査項目である表1-1と表1-2の項目と教育職員免許法施行規則(妙)の表2の事項、 東京都教育委員会(平成27年2月)『東京都人材育成基本方針【一部改正版】』を比較してみ ると、教育職員免許法施行規則(妙)にも東京都人材育成基本方針にも掲載されていない項 目として、「多文化環境での授業法」「多文化又は多言語環境における指導」、「将来の仕事や 研究で生かせるよう、どの職業にも必要な能力を高める方法」と「職場で使う新しいテクノ ロジー」が入っている。また、東京都人材育成基本方針にあった「外部との連携・折衝力」 と「学校運営力・組織貢献力」はTALIS調査項目に載っていない。OECDや東京都教育委員 会など、それぞれの機関が求めている教師の専門性の違いが明らかになった。 「専門性発達」に関連するOECDの定義が「将来の仕事や研究で生かせるよう、どの職業 にも必要な能力を高める方法」である一方、東京都教育委員会の定義は「教員はこれまでの 学校とは異なる環境の中で新たな課題に取り組み、多様な経験を積む中で、教員としての幅 を広げ、能力を伸長させていくことから、異動は人材育成の大きな機会と捉えることができ る」である。本稿では、「専門性発達の連続性」を「異動後の学校において前任校での専門 性発達が活き、自らの専門性発達が促されたと感じた経験に普遍性がある」と定義して、教 師のライフヒストリー分析を進める。

3 高校教師の専門性発達とは何か

まず、高校教師の専門性発達が歴史的にどのように捉えられてきたのかを整理してみよう。 専門性発達とその連続性におけるこの分野の主な先行研究に、高井良健一(2015)『教師の ライフストーリー 高校教師の中年期の危機と再生』、塚田守(1998)『受験体制と教師のラ イフコース』、塚田守(2002)『女性教師たちのライフヒストリー』、小高さほみ(2010)『教 師の成長と実践コミュニティ』がある。そこで、これらの研究史上の位置づけを整理してお くことが必要である。 以下、これまでの先行研究を専門性発達に焦点をあてて整理する。 塚田守(1998)は、調査対象者の生き方と高校教育の知識と経験について聞き取ったこと をできるだけ「意味あるストーリー」として再現する中で、「教師自身が語る教師・学校文 化の諸側面」として、愛知県における高校教師たちの学校に関わる視点でまとめている。塚 田は、高校教師の志向性を、教師を取り巻く環境が生成する教師の人間類型として「教育志 向管理職」、「教育志向組合教師」、「学習志向専門教師」、「管理職志向専門家」の4類型に分

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類した。それぞれの類型の人間がどのような学校類型と親和性を持つかについて「自由」度 と「管理」度の軸と「生活指導」と「受験指導」の軸を考慮し、教師のタイプとの関連で論 じている。管理職志向専門家タイプに、「「功利的個人主義」から「表出的個人主義」への移 行を自らの「成熟」によって行う教師のタイプである。」14)ことを明らかにしているが、専門 性発達の連続性に関する着目に乏しかった。 塚田守(2002)は、受験体制のかかわりから男性教師と女性教師のジェンダー差を前提 に、日本社会のジェンダー問題から分析を試みた。塚田の対象者は、30歳代の英語担当教員 2名、40歳代の国語担当教員、50歳代の国語担当教員3名、50歳代の管理職の7名である。こ の7名を塚田は、①フェアーな男女関係を望みながら過ごした女性教師、②熱血教師として 生きようとした女性教師、③家庭と教職の両立を望んだ女性教師、④「がんばろう世代」と して過ごした女性教師、⑤女性同士の連帯で生きた女性教師、⑥人間教育をめざした女性教 師、⑦女性管理職として、後輩教師の活躍を願った女性教師であると分析している。30歳代 から40歳代の女性教師と50歳代の女性教師に分類し、それぞれの専門性発達に焦点をあてて 分析している。また、50歳代女性教師と30歳代から40歳代女性教師のライフヒストリーを日 本の社会や歴史的背景から分析し、ジェンダー問題点の制度的な整備としてのさまざまな法 制化と現状の改善が必要であることと、学校現場の勤務状況の改善、学校運営の再考が求め られていることを明らかにしている。世代による差は、「組合の時代」という歴史的事件が ここでの二つの世代間に差を生み出していると具体的に指摘され、歴史的文脈に位置付けら れて初めて有効であることも明らかにしている。また、「現場の教師は自らの実践的知識を 反省的にとらえず、教師としての経験知識を他者と共有することがなければ、教師の実践的 知識を発展させることができず、日常の多忙の中で習慣化された教師生活を送るだけで終わ るという問題がある。」15)と述べているが、専門性発達の連続性に関する着目に乏しかった。 また、苅谷剛彦ら(2009)では、宮崎県教育委員会が小中学校教員らを対象に実施した調 査で「二つの側面から能力観をとらえるために、「一度身につけた能力は、勤務校や担当す るクラスが変わっても通用する」こと、「優れた教師の判定基準は明確である」という二つ の質問項目への回答を用いて検討する。」16)と述べ、連続性を見出すことのできる教師もいる ことを明らかにした。刈谷は、連続性を見出すことのできる高校教師の存在を見出していな い。 小高さほみ(2010)は、「一人教科」17)の教師の成長を支える方策を検討する一助として、 日本の高校の家庭科教師が、ネットワークの中で、どのように課題を乗り越え、教師として どのように成長していくのかのダイナミズムが歴史とどのようにかかわってきたかを明らか にしている。男性と女性の家庭科教師の実践軌跡を歴史的な時間軸で整理し、アイデンティ ティの形成過程を論じている中で、教師の成長を支える実践コミュニティの支援に向けて、 ①教師主体の実践コミュニティを育成する職場環境、研修のあり方、②専任一人教科への校

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内外での交流の配慮と仕組みつくり、③教科を超えた実践コミュニティの生成、④異動して きた教師に対する学校文化のオリエンテーションの実施、⑤個々の教員の生活や異動歴を十 分に考慮した評価や異動のシステム構築の検討を課題として挙げている。また、「分析結果 によって明らかとなったカテゴリーで捉え直した教師のライフヒストリーを,「家庭科教師 としての成長の軌跡」として提示し,実践コミュニティの変遷とともに,マクロとマイクロと のせめぎ合いの中での新たなアイデンティティの形成を提示し,教師の成長の議論を進めて いく。」18)という。課題として挙げているように家庭科教師のみで、その他の教科教師の専門 性や役割との比較検討や教科の枠を超えた専門性発達への着目に乏しかった。 一方、山崎準二(2012)は、静岡大学教育学部を卒業し、静岡県下の小、中学校などに在 籍する教師を対象とした調査によるライフヒストリー分析によって、専門性発達を生涯発達 という観点から考察している。一定の目標に向かって単調に右肩上がり積み上げ型の連続し た曲線を描くのではないライフコースの場合、課題に立ち向かい新たな道を自己選択する飛 翔・停滞・後退・などの転換があることがわかるという19)。しかし、高校教師については調 査対象とされていない。 高井良(2015)は、教師の専門的成長を歴史的、社会的文脈、学校文化と、教師の個人的 な発達だけで説明するのではなく、これらを総合的かつ立体的に描き出すことを、高校教師 の中年期に焦点を合わせ試みている20)。その背景には、①高校教育の重要性、②教職生活に おける中年期という時期の重要性、③中年期における教職アイデンティティの重要性、④ 1950年代半ばから1960年代前半生まれという世代、等の特徴があるという。特に、中年期に おける教職アイデンティティについて高井良(2015)は、「そもそも日本の高校では、入学 する生徒たちが学力試験によって細かく輪切りにされていることもあり、高校によってその 学校文化が全くといっていいほど異なっている。その結果、学校毎に高校教師に求められる 役割が異なっているという事態を生み、このことが高校教師の教職アイデンティティの混迷 に歯車をかけている。」21)と述べている。そして、中年期の高校教師の軌跡から専門的成長の 課題を提起し探求することを試み、1990年代から2000年代の高校教育改革と教職アイデンテ ィティの危機の歴史的、社会的文脈まで探索している。 高井良(2015)によれば、高校は学校文化が全くといっていいほど異なっている結果、学 校毎に高校教師に求められる役割が異なり、学校間異動によって中断され、再構築されると いう。 そこで本研究では、これまでの研究の蓄積を参照しながら、教師の専門性発達の連続性と 指導環境との関係を、異動後の学校において前任校での専門性発達がどのように活きたか、 自らの専門性発達が促されたと感じた経験は、勤務する学校を越えた普遍性があるのかとい う観点から明らかにする。また、特定の場面で経験した挫折や困難が内省や他者からの助言 によって克服につながったのか、という点にも着目する。教師自身が指導環境にどう働きか

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けているのか、また困難の克服が専門性発達にどのような影響を及ぼすのか。これらについ ても分析・考察することとする。 以上を踏まえ、高校教師の専門性発達とその連続性に関する研究は意義あるものと考え、 教師の専門性発達とその連続性に焦点を当てて考察を進めていくこととする。 なお、本稿で調査対象としたのは、高校教師である英語と情報を担当する男性教師2名、 および世界史と化学を担当する女性教師2名のインタビュー調査から、そこで語られたライ フヒストリーの分析を、「中年期における教職アイデンティティの危機」、「教師の志向性」、 「ジェンダー」、「実践コミュニティ」の4観点から検証する。また、専門性発達のありようを 連続性との有無という観点から併せて明らかにする。

4 高校教師のライフスヒストリーとその専門性発達

4.1 調査目的 本調査の目的は、専門性発達が促された経験が異動後の次の学校でどういうふうに活きた か、挫折や困難を経験した時に内省や他者からの助言によってどのように克服したかなど教 師自身の内省に焦点を当てて、高校教師の専門性発達とその連続性をインタビュー調査によ って明らかにすることである。 4.2 調査方法 調査は、半構造化インタビュー22)の方法によって行う。それは、専門性発達とそれを促す もの、および、異動後の学校での連続性を、オープンエンド23)の会話型を採用したものであ る。 調査時期は、2014年3月から9月末までの期間とし、語り手の教師が都合のよい日時に都合 のよい場所へ出向くこととした。時間は、1人約2時間程度であったが、必要に応じて複数回 おこなった。 調査対象者は、都内にある高校に勤務する1950年代半ばから1960年代前半に生まれた世界 史・化学・英語・情報の科目を担当する4名の教師である。校種などの制限は設定しない。 条件は、自らの専門性発達を捉え振り返ることができる一定の年数を考え1980年代から 2014年までの間に10年以上教師として継続した勤務経験と学校間異動を経験したことがあり、 更に、調査期間中、職務に携わっていることとした。性別は男性2名、女性2名の合計4名で ある。調査対象者に調査方法について説明を行い、調査結果の公開について同意を得たうえ で進めた。 調査項目は、教師志望動機、教師歴、専門性発揮の時期と専門性発達に及ぼしたもの、教 育に対する考え方と影響、挫折と克服、専門性発達における連続性、専門性発達上の意識と 現状などである。

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4.3 調査結果・分析 半構造化インタビューによって明らかにされた専門性発達の連続性に関する調査結果を、 「中年期における教職アイデンティティの危機」、「教師の志向性」、「ジェンダー」、「実践コ ミュニティ」に分類して分析する。 4.3.1 「中年期における教職アイデンティティの危機」と専門性発達の連続性 本調査からは、「中年期における教職アイデンティティの危機」と専門性発達の連続性に ついて次のような結果がみられた。 インタビューの中で教師Aは、「力を発揮できたと感じた経験とそれを促す環境」という 質問に対して次のように回答している。 「1校目では、生徒に面と向かい合わざるを得なかった環境の中で、教師としての意地がつ いたこと、2校目では受験指導を頑張り、講習では希望生徒が教室に入りきらず講堂がいっ ぱいになるくらい集めたこと、3校目では英語も日本語もできない多様な成育歴をもつ生徒 に対して生徒指導と同時に保護者対応の多様な見方や考え方ができるようになったこと、4 校目では様々な事情をかかえながら高校に通っている生徒達に接する中で視野が広がったこ と、5校目では、前任の分掌主任から教育課程の適切な管理運営について指導を受け、教育 課程をはじめとする学校の組織的な運営についての理解をもとに他の教員への支援ができる ようになったことである。その環境は、常に同じ志をもつ教師が周囲にいたからである。異 動後の学校において、前任校での経験がすべて役に立ち、専門性発達は常に積み重ねられて 無駄なことはなかった」 これらのことから、1校目から5校目まで職務内容は、生徒指導、受験指導、生活指導、校 務分掌、人材育成と領域は違うが、常に同じ志をもつ教師が周囲にいたからであること、ま た、異動後の学校において前任校の経験が全て役に立ち、これらの積み重ねの中に無駄なこ とは何もなかったことがわかる。 インタビューの中で教師Bは、「力を発揮できたと感じた経験とそれを促す環境」という 質問に対して次のように回答している。 「異動後も、教務部の入学者選抜担当として知識が活かせ役に立った」その理由について は、「民間企業のシステムエンジニア経験から、1校目の1年目で教務部担当として入学者選 抜の責任者という仕事に就く、2校目では校内独自システムを引き継いで、自分がすべて運 用することになった。異動後も教務部の入選担当として知識が生かせ、役に立った。その環 境は、他に情報のスキルをもっている人がいなかったからである」 これらのことから、他に情報のスキルをもっている人がいなかったため、1校目の教務部 入学者選抜担当から2校目の校内独自システムを引き継ぎ全て運用することになり、教務部 入学者選抜担当として知識を生かせたことがわかる。

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インタビューの中で教師Cは、「力を発揮できたと感じた経験とそれを促す環境」という 質問に対して次のように回答している。 「教科指導などの自分自身で行う場合はより良いものを作ることができた。しかし、文化 祭や合唱祭などの学校行事の場合は、生徒や同僚との関係もあるのでいつも上手くいくとは 限らない。文化祭での教科学習内容展示発表など生徒の知られざる能力を引き出し、他の教 員や生徒に知られていなかったことをやってみたら上手くいって生徒に自信を持たせること ができた。2、3、4校目の文化祭取り組みで、学級の催し物がうまく出来た。3校目では合唱 祭や修学旅行の取り組みにも繋がった。異動後に役立つ環境は、生徒とのコミュニケーショ ンが上手くでき、同学年や分掌で、チームを組んだ同僚との関係がよく、お互い一緒にやる 気になっていたときである」 これらのことから、教科指導ではより良いものを作ることができ、2校目で上手くいった 文化祭の取り組みが、3校目では合唱祭や修学旅行の取り組みにも繋がっていることがわか る。しかし、文化祭や合唱祭などの学校行事の場合は、生徒や同僚との関係もあるのでいつ も上手くいくとは限らないこともわかる。 インタビューの中で教師Dは、「力を発揮できたと感じた経験とそれを促す環境」という 質問に対して次のように回答している。 「授業は積み重ねであり、化学の教員であるが、1校目の職業高校で物理・化学・生物を教 えたことが、次の学校で化学しか教えなくてもプラスになった。その環境は、1校目は受験 を意識しない職業校で生徒が素直な地域性があり、学校環境が良く、自分の判断で行えるこ とが多かったからである。4校目の進学校では、学力・能力が高く、性質の良い生徒が多い 環境であった。また、体操部の顧問であるが、宿泊を伴う女子生徒が在籍する部活動合宿に 引率できる女性教師が少ないため、専門外のテニス部合宿引率を行った。1校目の引率から2 校目では、引率時に生徒練習や長距離走を一緒に行った。異動後に、前任校のことは役に立 った」 これらのことから、化学担当の教員が、1校目で専門教科外の物理・化学・生物を教えた ことは、次の学校で化学を教える時にプラスになったこと、そして、女子生徒が在籍する部 活動合宿に引率できる女性教師が少ないことで、体操が専門の女性教師が専門外のテニス部 合宿に生徒引率をし、1校目の引率経験から2校目は、生徒練習や長距離走を一緒に行い生徒 指導に関わったことから専門性発達の連続性がみられる。 4人の教師の中には、高井良(2015)が指摘するように、生徒や同僚との関係がある文化 祭や合唱祭などの学校行事がいつも上手くいくとは限らず、学校間異動によって中断され、 再構築されると語った教師がいた。一方で、学校間異動で中断されることなく、教科指導と 部活動指導、分掌業務の各領域で専門性発達の連続性を語る教師もいた。

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4.3.2 「教師の志向性」と専門性発達の連続性 本調査からは、「教師の志向性」と専門性発達の連続性について次のような結果がみられ た。 教師Aは、「1校目では生徒指導、2校目では受験指導、3校目では生徒指導と保護者対応、 4校目でも生徒指導、5校目では、分掌管理運営から人材育成ができるようになった」と語る。 しかし、「教師として30年目の現在も、教育委員会からの支援を受けていると感じられない ことで、継続した挫折感を感じている」という。「人、もの、金の支援がないと教育現場に いる教師の士気が下がる」と考えている。「多忙な環境で同時進行の仕事が幾つもあると、 どれから処理しなければならないか分からなくなり校務が停滞する」と語り、「多忙な中で 些細な間違いをすることを常に恐れている」 教師Bは、教職生活の中で「ゆきづまり」を感じたり「やめたい」と思ったことがないと いう。また、その理由は、管理職試験を受けるからであると話す。「校長になりたいのでは なく行政に行きたいと思っている。その理由は2つあり、1つは、自分の能力がシステム的な スキルなので、今、教育委員会からどんどん導入されているシステムをもっとよくしたいか らである。2つ目は、先生方を見ていて、自分は教師には向かないと考えるからである。生 徒指導の上手い教師にはかなわないと思い、システムを良くして生徒指導の上手い教師の負 担を減らす方が全体として良くなり、公立高校全体の発展につながると考えている。教育現 場に煩雑な仕事が回ってこないようにするためである」 教師Cは、「生徒実態に応じて毎時間、教材や話題を考え工夫し、良い教材を作り教科指 導をしている」という。「授業や生徒指導などがうまくいかなかった場合、経験を重ねた教 師の助言通りにやろうとしてもうまくいかず、助言は助言として聞き、いろいろな人のやり 方を観察し、自分のやり方を考察することが大切である」と考えている。「新任の1校目、組 合員が中心となり若い教師が集まって生徒の話をする「若者会」で励まされ、いろいろ参考 にしている。挫折を乗り越えるのは、時間をかけて広い視野で自分自身のやり方を見つけて 行くしかないと感じている」 教師Dは、教科指導と部活動指導について次のように回答している。「1校目で理科を嫌い にしないため、身の回りの物資を使った教材づくりに取り組み、化学以外に物理・生物を教 え、2校目から化学を教えている。4校目では、有機化学反応について詳しく知りたがる生徒 に、性質や電子の動きなどから説明している。文系に進学する生徒からは、人生で最後の化 学だからもう少しきちんと学習したいという要望が出る。難しい入試問題に取り組む生徒が おり、解らない時は一緒に調べたり、大学に聞きに行ったりして一緒に学ぶ楽しい時である と考えている。生徒の疑問や要望に対して生徒とともに学んでいる」と感じている。また、 「体操部の顧問であるが、専門外のテニス部合宿引率を1校目と2校目でおこない、2校目では 1校目ではしなかった生徒練習や長距離走を一緒に行っている」

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一方、塚田(1998)は教師のタイプを四つに分類し、類型化している。「教育志向管理 職」、「教育志向組合教師」「学習志向専門教師」「管理職志向専門家」の4類型である。第1の 「教育志向管理職」は、世代によって管理職の「質」は変化しているが、①「進学実績」を 上げている、②受験「教育」に対して熱心であり、全体として協力体制を確立する努力をす る、③全体への責任を持つ、④リーダーシップを経験の中で確立する、⑤ネットワークを持 つという共通点があるという。第2の「教育志向組合教師」は、教育現場の問題点を指摘す る時に、組織化し訴える方式をとるために、一人で行動するのではなく、「集団」で行動し、 意義申し立てを行い、現状を改善しようと志向するタイプであるという。第3の「学習志向 専門教師」は、「若き日」のある特定の専門への「憧れ」があり、関心をもち、学びながら、 三十歳代半ば頃から、その専門性を勉強することに「喜び」「生きがい」を実感し、私的な 「楽しみ」としているタイプという。さらに「管理職志向専門家」は、管理職としての職務 を果たすとともに、自己啓発を追及している「管理職志向専門家」であるという。 しかし、これらの4類型の他に教師A、C、Dからみられた①「進学実績」を上げている、 ②受験「教育」に対して熱心であり、全体として協力体制を確立する努力をする、③全体へ の責任を持つ教師のタイプを、ここでは「教育志向管理職」に対して「教育志向教師」と呼 ぶ。教師Bのように自分の能力がシステム的なスキルなので、教育委員会からどんどん導入 されているシステムをもっとよくしたいという理由と自分は教師には向かないと考えて管理 職試験を受けている教師のタイプを、ここでは「管理職志向専門家」に対して「行政管理職 志向専門家」と呼ぶ。この「教育志向教師」と「行政管理職志向専門家」を加えて6類型に なる。 「教育志向教師」は、「専門性発達は常に積み重ねられて無駄なことはなかった」「生徒実 態に応じて毎時間、教材や話題を考え工夫し、良い教材を作り教科指導をしている」「授業 は積み重ねであり、化学の教員であるが、1校目の職業高校で物理・化学・生物を教えたこ とが、次の学校で化学しか教えなくてもプラスになった」と語り専門性発達の連続性がみら れた。「行政管理職志向専門家」は管理職試験を受ける目標があるから教職生活の中で「ゆ きづまり」を感じたり「やめたい」と思ったことがなく、システム的で教師に向かない能力 を生かして教育現場全体が良くなるようにとを語り専門性発達への連続性がみられた。 4.3.3 「ジェンダー」と専門性発達の連続性 本調査からは、「ジェンダー」と専門性発達の連続性について次のような結果がみられた。 50歳代男性教師Aと40歳代男性教師Bからは、ジェンダーに関する意識がなくライフスト ーリーは語られなかった。 インタビューの中で教師Cは、「教員歴」の質問に対して次のように回答している。 「勉強ができ姉妹二人で、男の子と比べられることもなく、父に期待されて育った。小学

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生の時にはインディラ・ガンジーがインドの首相になり、先生からもこれからは男子と肩を 並べる時代だからどんどん頑張っていけるよと励まされ、ずっとそう思っていた」と話す。 「小中高と男子に引けを取ることはなく、引けを取るということは考えられない男女が全く 平等な中で教育を受けて過ごしてきた。男女共学の大学で学んだ4年生になって女子学生が 就職で苦戦している中、男子学生は内定がどんどん決まり、就職の厳しさがわかった」とい う。「こんなはずではなかったと焦りを感じた。人文社会科学系の学問を専攻した女子学生 にとってキャリアを活かせる職業は、上級公務員か教員か弁護士等の法律家しかなかった。 女子学生にとって一般企業の就職は厳しく、社会科の教師になるのも倍率が高く若干名しか 採用がなかった。卒業時の昭和53年は景気が悪く、当時は男女雇用機会均等法もなく、男子 学生しか求人がなかった。教師になりたいとはっきり意識した時期は大学の4年生であった」 と語る。そのため、「この職業に就けて有難いという気持ちで、どんなことがあっても教師 として頑張ろうと思った」と語る。「男女雇用機会均等法が施行される以前の社会は女性が 一般企業で働く門戸はすごく狭く、女性はとにかく努力しなければいけなかったことは、そ の後、どんなことがあっても教師として頑張ろうという職業継続意欲となった」と話す。「仕 事は楽しいことばかりではない。生徒指導では、生徒の行動に怒りながらも、どう乗り越え ようか考えるのが楽しかった」という。一方、「自分の理想とはかけ離れた。約束を守るこ とができない生徒に出会い、いらだち、生徒指導では生徒を怒ってばかりいた」ともいう。 「当時は余裕がなく、生徒との間に信頼関係をつくることが出来なかった。今思うともう少 し生徒に寄り添うことができなかったかと反省が先に立つが、その時は結婚したばかりで家 事と職業の両立で手一杯であり個人的にも忙しい時代であった。経験が足りないので自分の やり方に確固たる方針が出せず、周囲の助言に振り回されてしまうことが多かった」と話す。 また、「教師採用時の校長面接で修学旅行に行ってもらえますかと言われるくらい女性教師 の宿泊を伴う引率が必要であり、37年間の教職中17回引率している」という。「現在、男子 生徒とはないが、女子生徒とは卒業してからも結婚や出産などの機会に連絡があり、生徒と 先生の関係から育児や夫の話をして盛り上がる女同士の関係になっている」 このことは、専門性発達の連続性が一生涯続く可能性があることを示唆している。 これらのことから、男女雇用機会均等法が制定される以前に職業選択した女性教師の場合、 ジェンダーによる困難さを乗り越え、克服したことによる自信や自己肯定感、また女性が男 性と同等の社会的地位や待遇を得ることの希少性からくる職務満足感につながっている可能 性があるので、それが専門性発達の連続性を促しているのではないか。 インタビューの中で教師Dは、「教員歴」の質問に対して次のように回答している。 「大学を卒業後、研究所や事務所を経て、働き続けたいので結婚を機に公務員である教職 に就いた。体操部の顧問であるが、宿泊を伴う女子生徒が在籍する専門外のテニス部合宿引 率を1校目と2校目でおこない、2校目では1校目ではしなかった生徒練習や長距離走を一緒に

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している」 こうした関係が女子生徒への生徒指導に役立ち、女性教師としての自信や専門性発達につ ながった可能性がある。 結婚による家事と職業の両立は時間に余裕がなく、子育ての支援がないことから専門性発 達に結びつきづらいことは塚田守(2002)と同じであった。しかし、宿泊を伴う女子生徒が 在籍する専門外の部活動合宿引率は、女子生徒への生徒指導に役立ち、女性教師としての自 信や専門性発達につながった可能性があるという新しい知見があった。また、卒業後も女子 生徒から結婚や出産などの機会に連絡があり、生徒と先生の関係から育児や夫の話をして盛 り上がる女同士の関係になっていることは、専門性発達の連続性が一生涯続く可能性がある ことを示唆している。このことも新しい知見であった。 4.3.4 「実践コミュニティ」と専門性発達の連続性 本節では、「実践コミュニティ」と専門性発達の連続性について分析・考察してみたい。 インタビューの中で教師Aは、「専門性発達上の意義と現状」の質問に対して次のように 回答している。 「最近は多忙ゆえ同僚と話をする時間がないと感じている。教育委員会への提出書類が増 え、一つの取り組みが終わらないうちに同じような取り組みが同時に出てくること。書類作 成に時間がとられ、生徒に直接還元する授業を実施するための時間も割かれる。潤滑油は必 要であるが飲みに行く機会もめっきり減り、先輩の先生は疲れて家に帰る。仕事を離れての 交流が減り、世代交代が円滑にいかず、若者同士で自己完結している」 これらのことから、教育委員会提出書類作成に時間がかかり、授業準備や仕事を離れての 教員間の交流が減り、教員同士のインフォーマルな日常的な交流によって促される専門性発 達の連続性は厳しくなっていることがわかる。 インタビューの中で教師Cは、「専門性発達上の意義と現状」の質問に対して次のように 回答している。 「若い教師が集まって生徒の話をする組合員中心の自主グループ「若者会」で励まされ、 先輩教師の家へ遊びに行きいろいろ話せる仲間がいたことがよかった。教師として成長する 上で最も意義あったと感じているものは、日々の実践であり、「若者会」や先輩の家で、教 師が励まし合ったり、いろいろ話せたことはよかった」 教員同士のインフォーマルな日常的な交流によって、教員文化の伝達や相互アポートが促 され、そのことによって教職アイデンティティが形成されていくこと、またたとえ教職アイ デンティティに危機が訪れてもそれを乗り越えるためのレジリエンスが形成されることがわ かる。 インタビューの中で教師Dは、「専門性発達上の意義と現状」の質問に対して次のように

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回答している。 「教科指導が解らない時は生徒と一緒に調べたり、大学に聞きに行ったりして一緒に学ぶ 楽しい時がある。また、教師生活の中で、自分の教育実践や教育に対する考え方に影響を及 ぼし、変化を生み出したと思われる事柄は、勤務校の教頭で高校時代の化学教師から、学校 外にある研究に参加するように言われ、研究会に参加し、研究員や開発委員をしたことであ る。その機会を得て、化学図表作成、教科書執筆、教育テレビ出演などができ、人との出会 いに恵まれていた。今まで、自分が教師として成長する上で最も意義あったと感じているも のは、外部研修を沢山し、それができる環境があったからである」 これらのことは、学校外にある研究会に参加することで更に実践コミュニティが広がり専 門性発達を促し教職アイデンティティが形成されていくことを明らかにしている。 「実践コミュニティ」の課題、開催団体(者)、参加者など世代を超えると同時に、教師の 成長を支える「実践コミュニティ」は、家庭科教師だけでなく、英語、社会、化学の教師 も、実践コミュニティへの参加を通して、課題解決と学習が生じ成長することが明らかにな った。自主グループ「若者会」、先輩教師の家、大学、研究員会や開発委員会の学校外研修 会が実践コミュニティとして具体的にわかり、同志、同僚など周囲の人、数多くの外部研修 会に参加することが専門性発達の連続性を支えることも明らかとなった。 4.4 考察 4人の教師の「中年期における教職アイデンティティの危機」、「教師の志向性」、「ジェン ダー」、「実践コミュニティ」と専門性発達の関係を考察する。 4.4.1 「中年期における教職アイデンティティの危機」と専門性発達の連続性 高井良(2015)の専門性発達は学校間異動によって中断され、再構築されるという。しか し、教職アイデンティティに仮に危機があったとしても、本調査によれば生徒指導では、生 徒に面と向かい合わざるを得なかった環境、多様な成育歴をもつ生徒に対して多様な見方や 考え方ができるようになった環境、様々な事情をかかえながら高校に通っている生徒達に接 する中で視野が広がった環境と、専門性発達の連続性を促す指導環境が明らかとなった。化 学担当教師が物理・化学・生物を教えたことが、次の学校で化学のみを教えた場合でもプラ スになっている環境があり、専門性発達の連続性が促されたと捉えられる。また、専門外の 部活動合宿引率の2校目で、1校目と同じ部活動の合宿引率をした時に、1校目ではしなかっ た生徒練習や長距離走を生徒と一緒にした環境は、女子生徒と信頼関係が生まれ生徒指導に 役立ち、女性教師としての自信や専門性発達につながり、専門性発達の連続性を促す指導環 境が明らかとなった。学校行事では、2校目の文化祭取り組みで、教科展示や学級の催し物 がうまく出来た環境が、3校目では合唱祭や修学旅行の取り組みにも繋がる環境であった。

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異動後の学校で、生徒とのコミュニケーションが上手くでき、同学年や分掌でチームを組ん だ同僚との関係がよく、お互い一緒にやる気になった環境が、専門性発達の連続性を促す指 導環境として役立つことが明らかとなった。分掌業務では、教務部の入学選抜業務の責任者 として1校目のスキルを活かして、2校目の校内システムに引き継ぎ全て運用した環境は教師 の自己肯定感や達成感となり、専門性発達の連続性を促す指導環境と捉えることができる。 このように、専門性発達の連続性を促す領域には、生徒指導、教科指導、部活動指導、行事 指導、分掌業務、人材育成、保護者対応の領域があることが明らかになった。 これらの指導環境は、①生徒とのコミュニケーションが上手くできたこと、②同僚や管理 職など周囲の人に恵まれていたこと、③経験豊かな教師の助言は助言として聞き、自分のや り方を考案しいろいろな人のやり方を観察したこと、④自主グループ会で励まされたり、先 輩教師の家でいろいろ話せる仲間がいたこと、⑤時間をかけ広い視野で自分自身のやり方を 見つけたこと、⑥管理職や自分の所属する分掌主任から慰められたことなどであることが明 らかになった。 したがって、経験豊富な管理職や同僚による生徒指導、教科指導、部活動指導、行事指 導、分掌業務、人材育成、保護者対応の領域と、これらの領域を超えて、専門性発達の連続 性に関するそれまでの教職経験を生かした日常的な承認の機会を増やしたOJT(On the Job Training)を再検討すべきであろう。 4.4.2 「教師の志向性」と専門性発達の連続性 教師の志向性には、「教育志向管理職」、「教育志向組合教師」、「学習志向専門教師」、「管 理職志向専門家」の4類型の他に、本調査結果から、①「進学実績」を上げている、②受験 「教育」に対して熱心であり、全体として協力体制を確立する努力をする、③全体への責任 を持つ教師のタイプを、ここでは「教育志向教師」と定義する。教師Bのように自分の能力 がシステム的なスキルなので、教育委員会からどんどん導入されているシステムをもっとよ くしたいという理由と自分は教師には向かないと考えて管理職試験を受けている教師のタイ プを、ここでは「行政管理職志向専門家」と定義する。この「教育志向教師」と「行政管理 職志向専門家」を加えて6類型になる。 「教育志向教師」は、専門性発達は常に積み重ねられて無駄なことはなかった環境、生徒 実態に応じて毎時間、教材や話題を考え工夫し、良い教材を作り教科指導をしている環境、 授業は積み重ねである環境と、専門性発達の連続性を促す指導環境がみられた。「行政管理 職志向専門家」は、システム的で教師に向かない能力を生かし、教育現場全体が良くなる環 境を求めて、管理職試験を受ける目標がある環境で専門性発達への連続性が明らかになっ た。 したがって、教師の志向性を知り、志向性にあった専門性発達が連続する指導環境を提供

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すべきであろう。 4.4.3 「ジェンダー」と専門性発達の連続性 本調査はオープンエンドの会話型を採用した半構造化インタビューであり、男性教師から はジェンダーに関するライフストーリーは語られなかったが、女性教師からはジェンダーが 障害となっていることが語られた。男女雇用機会均等法が制定される以前に職業選択した女 性教師の場合、ジェンダーによる困難な環境を乗り越え、克服したことによる自信や自己肯 定感、また女性が男性と同等の社会的地位や待遇を得ることの希少性からくる職務満足感、 につながっている可能性がある。また、宿泊を伴う女子生徒が在籍する専門外の部活動合宿 引率は、生徒と一緒に練習や長距離走をする環境で女子生徒への生徒指導に役立ち、女性教 師としての自信や専門性発達につながった可能性があるという新しい知見があったことが明 らかとなった。更に、卒業してからも女子生徒とは結婚や出産などの機会に連絡があり、生 徒と先生の関係から育児や夫の話をする女同士の関係になっていることは、男性教員にはで きない女子生徒に対する生徒指導の専門性発達の連続性が一生涯続く可能性があり、教員と しての自信や職務満足感につながっているという新しい知見もあったことが明らかとなった。 したがって、男性教師と同じように専門性発達の連続性の妨げにならないジェンダーと生 徒指導の専門性発達の連続性につながるジェンダーが重要である。現在も存在しうるジェン ダー課題の解決に向けた取組を多方面からすべきであろう。 4.4.4 「実践コミュニティ」と専門性発達の連続性 実践コミュニティは、家庭科教師だけでなく、英語、情報、世界史、化学の教師も学校内 外の実践コミュニティへの参加を通じて課題解決と学習が生じ、教師の成長を支えることが 明らかになった。数多くの実践コミュニティに参加することで専門性発達の連続性がみられ るが、校務多忙で実践コミュニティに参加できない課題があることも明らかになった。 したがって、現在存在する課題の解決と教師として成長する指導環境として実践コミュニ ティに参加できる時間の確保を補償すべきであろう。

5 おわりに ―本論文の成果と課題―

本研究では、高校教師の専門性発達とその連続性を、教師自身の内省に焦点をあてて検討 してきた。専門性発達の連続性を促す指導環境要因を次のようにまとめることができる。 第一に、教職アイデンティティに危機があったとしても、教師の指導には、生徒指導、教 科指導、部活動指導、行事指導、分掌業務、人材育成、保護者対応の領域があり、教科指導 と部活動指導、分掌業務において単独に専門性発達の連続性がみられる場合とこれらの領域 を超えて専門性発達の連続性がみられる場合がある。教職経験を生かした日常的な承認の機

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会を増やすOJTを再検討する必要がある。 第二に、指導環境要因として、生徒とのコミュニケーション、同僚や管理職など周囲の 人、自分の方法を考案、周囲の人を観察、自主グループ会での励まし、先輩教師の家での会 話などがあり、これらの活用によって専門性発達とその連続性を促している。 第三に、教師の志向性には、「教育志向管理職」、「教育志向組合教師」、「学習志向専門教 師」、「管理職志向専門家」の4類型の他に、専門性発達は常に積み重ねられて無駄なことは なかったと捉え、生徒実態に応じて毎時間教材や話題を考え工夫し良い教材を作り教科指導 をしている教師など、おかれた環境を活かすことで専門性発達の連続性を促す「教育志向教 師」と、システム的で教師に向かない能力を活かして教育現場全体が良くなる環境を求め て、管理職試験を受けるなど目標をもつ「行政管理職志向専門家」で専門性発達への連続性 がみられる。 第四に、男性教師からはジェンダーに関するライフストーリーは語られなかったが、男女 雇用機会均等法が制定される以前に職業選択した女性教師の場合は、ジェンダーによる困難 な環境を乗り越え、克服したことによる自信や自己肯定感、また女性が男性と同等の社会的 地位や待遇を得ることの希少性からくる職務満足感につながっている可能性がある。それが 専門性発達の連続性を促している指導環境ではないか。また、宿泊を伴う女子生徒が在籍す る専門外の部活動合宿引率は、生徒と一緒に練習や長距離走をする環境で女子生徒指導に役 立ち、女性教師としての自信や専門性発達につながった可能性があるという新しい知見があ った。更に、卒業してからも女子生徒の結婚や出産などの機会の連絡を通して、生徒と教師 の関係から育児や夫の話をする女同士の関係になっていることは、男性教員にはできない女 子生徒に対する生徒指導の専門性発達の連続性が一生涯続く可能性があり、教員としての自 信や職務満足感につながるという新しい知見もあった。 第五に、実践コミュニティは、家庭科教師だけでなく、英語、情報、世界史、化学の教師 も学校内外の実践コミュニティへの参加を通じて課題解決と学習が生じ、教師の成長を支え ることが明らかになった。数多くの実践コミュニティに参加することで専門性発達の連続性 がみられるが、校務多忙で実践コミュニティに参加できないという課題の解決に向けて参加 できる時間の確保を保障すべきであろう。 以上、本研究は、学校毎に高校教師に求められる役割が異なり、学校間異動によって中断 され、再構築されるといわれてきた高校教師の専門性発達とその連続性を、教師のライフヒ ストリー分析を通して、勤務する学校を越えて専門性発達に連続性があるのかについて検証 し、その連続性を促す指導環境を捉えたことに、その意義がある。 一方、本研究の課題は、①男女各2名の4名のライフヒストリー限られていること、②男女 雇用機会均等法制定前に採用された女性高校教師であり、制定後に採用された女性高校教師 はいないこと、③背景を一人ひとりの教師のライフヒストリーに視点を置き、歴史的、社会

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的背景から捉えているのは「ジェンダー」のみであること、である。 今後は、①学校間異動における専門性発達の連続性の研究対象を増加し多面的に研究して いくこと、②男女雇用機会均等法制定後に採用された女性高校教師と制定前に採用された女 性高校教師の比較をしていくこと、③高校教育をめぐる教育政策を踏まえた歴史的、社会的 背景から、どういう影響を受けつつライフヒストリーが展開されたのか、その中で専門性発 達の連続性が促され構築されてきたのかを検討すること等が課題である。

注・引用文献

1) OECD編.斎藤里美監訳(2012年)『OECD教員白書 効果的な教育実践と学習環境をつくる 〈第1回OECD国際教員指導環境調査(TALIS)報告書〉』明石書店、p.29。 2) 同上、p.32。 3) 国 立 教 育 政 策 研 究 所(2014年 )『 教 員 環 境 の 国 際 比 較 OECD国 際 教 員 指 導 環 境 調 査 (TALIS)2013年調査結果報告書』明石書店、p.40。 4) 斎藤里美(2014年)「教員環境の国際比較と教師教育研究の課題―TALIS2013年調査結果の分 析をもとに―」日本教師教育学会第24回大会特別課題研究「教師教育研究における今後の課 題を考える」配布資料、p.8。 なお、TALISにおける「professional development」を斎藤里美監訳(2012年)『OECD教員 白書 効果的な教育実践と学習環境をつくる〈第1回OECD国際教員指導環境調査(TALIS) 報告書〉』では、調査・分析対象を教師固有の職務に必要な資質や能力に焦点を当てているこ とから「専門性開発」と訳し、国立教育政策研究所(2014年)『教員環境の国際比較 OECD 国際教員指導環境調査(TALIS)2013年調査結果報告書』では「職能」と訳している。「職業 能力開発促進法」では「職業能力とは、職業に必要な労働者の能力をいう」と定義され、職 業能力という用語は「職能開発」と略されている。 5) 国 立 教 育 政 策 研 究 所(2014年 )『 教 員 環 境 の 国 際 比 較 OECD国 際 教 員 指 導 環 境 調 査 (TALIS)2013年調査結果報告書』明石書店、p.24 pp.191-195。 6) 久冨善之(2008年)『教師の専門性とアイデンティティ―教育改革時代の国際比較調査と国際 シンポジウムから』勁草書房、p.28。 7) 今津孝次郎(2008年)「総括討論:教師の専門性発達と10年経験者研修の再検討」『岐阜大学 教育学部教師教育研究』4、p162。 8) 山﨑準二(2002年)『教師のライフコース研究』創風社、p.26。 9) OECD編、斎藤里美監訳(2012年)『OECD教員白書 効果的な教育実践と学習環境をつくる 〈第1回OECD国際教員指導環境調査(TALIS)報告書〉』明石書店、p.160。 10) 文部科学省『教育職員免許法施行規則(妙)』

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11) 東京都教育委員会(2015年)『東京都教員人材育成基本方針【一部改正】』、p5。 12) 同上、p.6。 13) 同上、p.11。 14) 塚田守(1998年)『受験体制と教師のライフコース』多賀出版、pp.373-374。 15) 塚田守(2002年)『女性教師たちのライフヒストリー』青山社、pp.212-213。 16) 苅谷剛彦、諸田裕子、妹尾渉、金子真理子(2009年)『検証 地方分権時代の教育改革「教員 評価」』岩波書店、p.44。 17) 小高さほみ(2010年)『教師の成長と実践コミュニティ ―高校教師のアイデンティティの変 容―』風間書房、i。 小高さほみは、はじめにiで、「日本の高校の家庭科教師が,ネットワークの中で,どのように課 題を乗り越え,教師としてどのように成長していくのか,そのダイナミズムが歴史とどのように かかわってきたのかを明らかにすることによって,一人教科の教師の成長を支える方策を検討 する一助となることを目指したい」と表現している。 18) 同上、p.25。 19) 山﨑準二(2012年)『教師の発達と力量形成―続・教師のライフコース研究―』創風社、p.28。 20)高井良健一(2015年)『教師のライフストーリー 高校教師の中年期の危機と再生』勁草書房、 pp.17-18。 21)同上、p.3。 22)谷富雄、芦田徹郎(2009年)『やわらかアカデミズム〈わかる〉シリーズ よくわかる質的社 会調査 技法編』ミネルヴァ書房、p.76。 23)U.フリック、小田博志他訳(2002年)『質的研究入門―〈人間の科学〉のための方法論』春秋 社、2002、p.117。

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Professional Development and Its Continuity among

 Senior High-School Teachers

― Through Life-History Analysis ―

KERA, Tomoko

This article uses life history analysis to clarify the state of professional development and its continuity among senior high-school teachers. Results of the analysis and the discussion have revealed the following four points:

First, even though senior high-school teachers’ teacher identities are under threat, their responsibilities encompass numerous domains including student guidance, subject teaching, supervision of club activities and events, assigned duties, human resource development, and dealing with parents and guardians. There are cases in which continuity in professional development occurs separately for subject teaching, supervision of club activities, and assigned duties, and also cases in which the continuity transcends these individual domains.

Second, when professional development is examined from the perspective of teacher orientations, continuity in professional development occurs in “education-oriented teachers” and “administration management-oriented specialists.”

Third, continuity in professional development can be observed in confidence and self-esteem that is gained by overcoming the difficulties posed as a result of gender bias and in job satisfaction that stems from the rarity with which female teachers obtain social positions and working conditions that are equal to male teachers.

Fourth, given the continuity in professional development, from the perspective of the communities of practice, problem solving and learning arises through participation in communities of practice inside and outside the school and continuity occurs through participation in a large number of external training activities.

Keywords: Senior high-school teachers, professional development, continuity, environment, teacher identity, gender

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