• 検索結果がありません。

近代イギリス労務供給契約法における契約の自由と従属について 利用統計を見る

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "近代イギリス労務供給契約法における契約の自由と従属について 利用統計を見る"

Copied!
30
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

近代イギリス労務供給契約法における契約の自由と

従属について

著者

向田 正巳

著者別名

MUKAIDA Masami

雑誌名

東洋法学

61

3

ページ

289-317

発行年

2018-03

URL

http://id.nii.ac.jp/1060/00009682/

Creative Commons : 表示 - 非営利 - 改変禁止

(2)

《 論  説 》

近代イギリス労務供給契約法における契約の自

由と従属について

向田 正巳

目次 Ⅰ はじめに Ⅱ 研究方法 Ⅲ 近代におけるコモン・ロー上の雇用契約について―課題と展望 Ⅰ はじめに  筆者はかつて2002年度から2004年度に科研費の支給を受けて鎌田耕一氏とと もに労務サービス契約法の研究と題して研究を行ったことがあり( 1 ) 、筆者は 2006年の日本私法学会第70回大会においてこのテーマに関する報告をしてい る( 2 ) 。この労務サービス契約法というのは耳慣れない言葉であると思うが、こ の研究は雇用契約・労働契約を結ばないで労務サービスを提供する契約につい て適用される法の検討を行うことを目的とするものであった。業務委託など、 さまざまな名称で今日行われている労務の供給を目的とする契約の特徴を明ら かにしてその問題点を示し、最低労働条件などの公法的な規制の整備と合わせ て、これらの契約に適用される法について将来、立法を含めた法整備がなされ る必要があることを示そうとしたものである。現在、労働法の分野では労働法 の適用を受ける労働者の範囲如何という論点が巨大なテーマとして存在し、こ の論点は民法学と労働法学をつなぐものとして非常に重要であると思われる が、筆者は民法学者としてこの論点に取り組み、判例評釈等を発表する過程に ( 1 ) 『労務サービス契約の研究―業務委託契約・業務請負契約の研究―』(課題番号14520073、研究 代表者・鎌田耕一) ( 2 ) 『私法』69号(2007年)を参照いただければ幸いである。

(3)

おいてこの範囲が非常に制限されているということを知った。労働法の適用対 象が狭く限定されることの反面として、労務サービス契約法の成立の必要性が 大きくクローズ・アップされることになる。  このような研究が行われた背景として、日本では戦後における高度経済成長 により、経済大国になり、一億総中流の社会になったということがいわれ、豊 かな社会が実現したといわれたが、80年代以降、特にバブル崩壊以降の90年代 後半において、差別や格差拡大が問題とされるようになり、マスコミがさかん に中流の崩壊をテーマにした記事を出すようになった( 3 ) 。イギリスでは日本よ り10年から20年ほど早い70年代以降ということになるが、同じく差別や格差拡 大が問題となっており、我が国においてもイギリスにおいても雇用契約を結ん でいる被用者の数が増加し、請負契約や委任契約などを結んでいる自営業者の 数が減少していること、被用者のうちアルバイト、パートなど非正規雇用にあ る者の数が増加し、正規雇用にある労働者の数が減少していることが指摘され ている。フリーランスなど、雇用の外にいる人が増加しているのにもかかわら ず、自営業者の数が減っているのは、アウトソーシング等による自営業者の数 の増加を上回るスピードで脆弱な立場にある中小企業が倒産していることが原 因と考えられる。非正規雇用については、労働者派遣法やパートタイム労働法 などの労働法政策により、正社員との均等待遇や正社員化が目指されている が、このような労働法政策にもかかわらず、非正規雇用にある者の多くは正社 員と差別的取扱いを受けて正社員になることができず、さらに正社員になるど ころか年齢や過労などさまざまな原因でむしろ非正規雇用からも排除される者 が多数存在している。このような状況のなかで正規雇用を前提とする労働法の 規定では処理できない問題が多発するようになり、雇用契約・労働契約を結ば ないで労務やサービスを提供する契約についての法規制を整備する必要性が増 加している。この研究ではこのような契約に適用される法を労務サービス契約 ( 3 ) 拙稿「雇用契約、労働者の範囲と労務サービス契約法の基礎、沿革についての素描―雇用、請 負、委任の区別と労働者でない者の結ぶ労務供給契約について―(一)」九州国際大学社会文化 研究所紀要56号34頁以下(2005年)およびそこに引用する文献を参照されたい。

(4)

法と呼び、イギリスなど諸外国における法制度を主な素材として検討し、それ により従来の労務供給契約法の不備を明らかにし、今日では民事特別法たる労 働契約法が労働基準法のような罰則を伴う公法的規制とは別に制定され、次第 に整備されつつあるが、それと同様に、労働契約以外の労務供給契約である労 務サービス契約法についても、公法的規制の整備とあわせ、またそのような公 法的規制とは独立した民事特別法としての労務供給契約法の樹立が必要である ことを明らかにしようとする。労務サービス契約法は公法的規制とは区別され るが、その存在を前提とし、両者はセットとなっている点で、従来の民法にお ける労務供給契約とは区別されることになる。  この問題に関する従来の立法例等を簡単に紹介すると、まず ILO では97年 の第85回総会と98年の第86回総会において契約労働に関する条約案が討議され たが( 4 )、議論が紛糾して条約作成には至らなかった。次にイギリス法では労働 法の適用対象として雇用契約を結んでいる被用者(employee)のほかに労働者 (worker)の概念を設定しているが( 5 ) 、この概念の導入により労働法の保護を 受ける対象はあまり広がっておらず、日本法でも家内労働法が制定され、また 労災保険の特別加入制度や下請法(下請代金支払遅延等防止法)などがある が( 6 ) 、その保護の範囲が狭く、イギリス法に対するのと同様の批判がなされて いる。 ( 4 ) 契約労働というのは、雇用契約以外の契約形式、たとえば請負、委任などの契約にもとづいて、 ユーザー企業に対し契約労働者が労務やサービスの提供を行うというもので、契約労働者がユー ザー企業との直接の契約にもとづいて労務サービスを提供する場合と、契約労働者が下請負人そ の他の仲介者を通して労務サービスをユーザー企業に提供する場合(いわゆる三角関係の場合) の 2 種類があり、いずれにしても契約労働者とユーザー企業との間に依存または従属という雇用 関係類似の関係があるものをいうとされた。具体的にはフリーランスの契約やアウトソーシング による外注などを考えればよい。このように労働法の適用を受ける労働者と類似していながら労 働者とされない者を契約労働者と呼び、労働法による保護に準じた保護を与えることが目指され たが、契約労働、依存または従属、雇用契約に類似するといった言葉の問題や、三角関係の場合 を契約労働に含めるか否かをめぐって議論が紛糾し、契約労働について条約作成には至らなかっ た。契約労働については鎌田耕一編著『契約労働の研究―アウトソーシングの労働問題』(多賀 出版、2001年)を参照。

(5)

 本研究は以上に述べた現状と問題点をふまえた上で新しい労務サービス契約 法を構築しようとするものであった( 7 ) 。筆者は ILO の議論に現れた概念のあ いまいさを避けるため、労働契約以外の労務供給契約である労務サービス契約 にはさまざまな契約があり、それぞれに個別の法規制を作成していくという漸 進的な方法が望ましいこと、その際には労働法や経済法のような公法的規制に より最低基準の設定や経済的に優位な地位を利用して不当な契約を結ぶことを 罰則で禁じたり是正勧告を行うなどの制度を設けること、さらにはそのような 公法的規制を前提としつつ、民事特別法や判例法により当事者の経済的力の差 異を考慮に入れた当事者間の適正な契約を可能にする労務供給契約法の樹立が 必要であると考えている。労務サービス契約法という、対象となる範囲の広大 な概念を設定したのは、これにより、従来の議論のように雇用でなければ委 任・請負契約であり、委任・請負契約であるから独立関係であるとされること により、サービス提供者がユーザーに対して従属的な地位にあるにもかかわら ず、その実態とはおよそかけ離れた処理がなされるのを防止できると考えるか ( 5 ) 労働法の保護を受ける者を雇用契約を結んでいる被用者(employee)としており、この被用者 の概念は我が国における労働法の適用を受ける労働者とほぼ同じと考えてよいが、イギリスでは この被用者の概念の外に労働者(worker)の概念を設定している点が特徴的である。この労働者 とは、被用者の概念より広く、被用者とはされないが、労働法の適用を受けて保護される者を含 み、イギリスでは70年代からこのような立法がなされるようになった。しかしイギリスにおける 実務をみると、労働者の概念を導入することによって保護の対象がどの程度広がっているのか不 明であり、この概念は保護の対象を広げるという機能を実際のところ果たしていないのではない かということが指摘されている。被用者及び労働者の概念については、小宮文人『現代イギリス 雇用法』(信山社、2006年)67頁以下を参照。近年におけるイギリスの法改革の試みとして(「妥 協的」との批判をはじめより受けているが)、Good Work: The Taylor Review of Modern Working Practices, 2017がある。 ( 6 ) 日本ではいわゆる内職仕事に従事する者を主たる対象として家内労働法が制定され、また労災 保険の特別加入制度や下請法(下請代金支払遅延等防止法)などが制定されている。これらにつ いては、島田 陽一「雇用類似の労務供給契約と労働法に関する覚書」『新時代の労働契約法理 論―下井隆史先生古稀記念』(信山社、2003年)53頁以下、「優越的地位の濫用」日本経済法学会 年報第27号(2006年)所収の各論文などを参照。 ( 7 ) 近年における我が国の議論として、鎌田耕一ほか「委託型就業者の就業実態と法的保護」日本 労働法学会誌130号(2017年)を参照。

(6)

らである。また労務サービス契約法という概念の設定により、従来、消費者法 や民法の分野で議論されたような、サービス提供者がサービスの消費者と対等 か、むしろサービス提供者の方が消費者よりも情報量や経済的地位その他で優 位に立つ場合に、消費者を保護する目的で考えられてきた、サービスないし役 務提供契約に関する法との混同を避け、両者の違いを明らかにすることができ るものと考える。  労務サービス契約法の対象となるものは以上に述べたように非常に広く、大 きく分けただけでも 2 つの分野があると思われ、このうちの 1 つはフリーラン ス、専門技術者、外注を受ける中小企業など、労働者よりも独立した地位にあ り、使用者の指揮命令を受けず自己の裁量で労働するが、契約の単価や契約の 存続条件など、契約内容の決定の点でユーザー企業に経済的に依存する者の結 ぶ契約としての労務サービス契約である。筆者はこのような労務サービスを提 供する契約当事者を従属的自営業者と呼んだ( 8 ) 。もう 1 つは労働法の適用を受 ける労働者のように規則的に労働を行わず、ただ臨時的にのみ労働を行う者、 すなわち継続性や専属性などといった労働法の適用対象たる労働者の特徴を欠 くため、労働者とされない者の結ぶ契約としての労務サービス契約で、イギリ スの human trafficking や日本における貧困ビジネスの拡大といった事態と、そ れらに対する対策立法としてのイギリスの Modern Slavery Act などの整備にと もない、この契約の実態は今、少しずつ明らかにされつつある( 9 ) 。筆者はこの ような労務サービスを提供する契約当事者を本来は労働者であるが、法の不備 のために自営業者として扱われてしまう者という意味で自営業的労働者と呼ん ( 8 ) 拙稿・前掲書(注 3 )82頁以下参照。フリーランスを独禁法で保護することが現在、検討され ている(朝日新聞2018年 2 月 2 日、16日付報道)。 ( 9 ) 筆者が2012年から14年にかけてオックスフォード大学に留学中に最初にアパート探しのために 滞在していた guesthouse では vulnerable と呼ばれる弱い立場にある少女たちが長期に渡って奴隷 労働・強制売春をさせられていた。Lara McDonnell, Girl for Sale, 2015は survivor によるその記録 である。このような物語は、イギリスで無数といってよいほどに多数、存在する。我が国におけ る貧困ビジネスについて、湯浅 誠『貧困襲来』(山吹書店、2007年)を参照。Modern Slavery Act は2015年に制定されている。

(7)

だ(10) 。  筆者は2002年以来、この労務サービス契約法の解明という課題に取り組んで おり、本研究もこの労務サービス契約法の研究の一環として行われる。すなわ ち以上述べてきた広大な労務サービス契約の全体像を明らかにするという最終 目標に達するための 1 つの準備作業として本稿では18世紀および19世紀の近代 イギリス雇用契約法のうちで制定法たる主従法の適用を受けないもの、すなわ ち我が国でいえば委任あるいは請負契約にあたるが、イギリスにおいてコモ ン・ロー上の雇用契約法といわれてきたものの性質を明らかにするという作業 を行いたいと思う。これが本稿における検討の中心となる課題である。 Ⅱ 研究方法  Ⅰにおいて本稿における研究の目的あるいは課題を述べ、そこにおいて日本 においては80年代以降、特にバブル崩壊以降の90年代後半において、差別や格 差拡大、中流の崩壊が問題とされるようになったこと、イギリスでも日本より 10年から20年ほど早い70年代以降、同じく差別や格差拡大が問題となったこと を述べた。このような問題を引き起こしたものは何だったのか。日本とイギリ スを比較してこの問題を考えた場合、イギリスでは1970年代以降において経済 の後退が誰の目にも明らかになり(いわゆるイギリス病)(11) 、そのなかで、貧 困問題や不平等問題についての関心が高まったといわれる。日本でも、イギリ スに遅れること20年ほど経った90年代後半以降のバブル崩壊後において、これ また誰の目にも明らかになった日本における資本主義経済の低成長あるいは後 退という事態が生じた(12) 。このような中で不安定で窮乏化した底辺労働が増加 し、日本的雇用や上層労働が縮小するという形で雇用・労働の変化が生じたわ (10) 拙稿「雇用契約、労働者の範囲と労務サービス契約法の基礎、沿革についての素描―雇用、請 負、委任の区別と労働者でない者の結ぶ労務供給契約について―(二)」九州国際大学社会文化 研究所紀要57号101頁以下(2005年)を参照されたい。 (11) これについては櫻井幸男『現代イギリス経済と労働市場の変容―サッチャーからブレアへ―』 (青木書店、2002年)および拙稿・前掲書(注10)111頁以下参照。

(8)

けであるが、この際、かつて日本的中流層・日本的サラリーマン層を構成して いた者を中心として行われていた正規雇用とはいったいいかなるものであり、 その正規雇用を予定し規律する法律として19世紀末以降のいわゆる現代の時期 において生まれた労働法(およびそれと関係する労働契約法)とはそもそもい かなるものであったのかが議論されるようになった。本研究は歴史的研究の方 法をとり、以上に述べた19世紀末以降の現代に誕生した労働法とその規制対象 の歴史的特質を、それが成立する以前の近代の法規制と比較して明らかにする とともに、それらと対比して、現代の労働法の適用を受けないでなされてきた 労働の実態を歴史的に明らかにし、ありうべき法規制について考えようとす る。後に明らかにされるように、近代法の理念としてしばしば契約の自由とい うことがいわれるが、通常想定されるものとは異なってこの契約の自由という ものが認められる範囲というものはもともと狭いものであった。市民革命後の 18世紀から19世紀前半の近代の時期から独占資本主義下の19世紀末から20世紀 半ばにかけての現代に時代が移るにつれて、契約の自由が認められる範囲はさ らに失われていき、それにより現代法における従属労働が現れてくる(13) 。この ような過程を明らかにし、さらに1970年代以降とくに21世紀法においてその従 属からも放逐された人々が極端な野蛮に陥ることが明らかにされ、それに対す る対策立法の必要なことが示されることになる(14) 。本稿は以上に述べた一連の (12) 筆者の勤務する大学のある学生によれば、「バブル以降に生まれた今どきの学生はみな安定を 求めている」そうである。バブル時代に学生時代を過ごした筆者と異なり、「今どきの学生」は 日本が繁栄していた時代を知らないようである。残念なことに、「借金を背負いたくないため」 奨学金をもらわず、勉強や生活のための時間を削ってバイトに精を出す学生は非常に多い。奨学 金を返せず自己破産するケースは過去 5 年間に延べ 1 万 5 千人との報道がなされている(朝日新 聞2018年 2 月12日付)。 (13) われわれが素朴に歴史の進歩を信じるとき、近代から現代への歴史の変化のなかで人間の自由 は拡大していると思い込みがちなのではないだろうか。しかしいわゆる「二重の自由」により農 民が農村を追われて都市の労働者になるとき、彼らは生存の基礎を失い、中世から近代において あれほど問題とされた労働の自由や生存の自由は失われていくということに注意が必要である。 (14) 筆者が今この原稿を執筆している2017年において筆者と鎌田耕一氏の共通の師である中央大学 の川村泰啓先生が亡くなられた。近代法や近代法と対比された現代法の基礎を明らかにするこ と、このことこそが残された私たち後進の課題であろうと思われる。

(9)

比較法制度史的研究の中に、イギリスの市民革命以降の18世紀および19世紀に おけるコモン・ロー上の雇用契約法の構造を位置づけようとするものである。  筆者は2005年にすでに「雇用契約、労働者の範囲と労務サービス契約法の基 礎、沿革についての素描―雇用、請負、委任の区別と労働者でない者の結ぶ労 務供給契約について―(一)(二)」(15) と題する論文において、労務サービス契 約法についておおざっぱな素描を試みるとともに、我が国の雇用契約における 契約自由についての民法学説を紹介し、そこでは近代において自由で平等な人 の間で雇用契約が結ばれるようになったこと、また近代において労働すること が強制ではなく賃金との交換として、当事者の合意・契約のもとで広く行われ るようになったこと、さらに上の点と関連するが雇用契約においては雇用の当 事者の権利義務が合意あるいは意思にもとづいてのみ生じるのではなく、当事 者の関係あるいは身分からも生じるとされていること、最後に近代雇用契約に おける契約の自由が論じられるとき、近代資本主義の成立との関連が言及され ていること、などを指摘した。次にイギリス法に関しても同様の指摘がなされ ていることを紹介し、近代の時期として市民革命の時点とするものと、1875年 の使用者労働者法の成立した時点とするものがあることを指摘した。  現代に成立したとされる労働法に対し、民法は市民革命後のいわゆる近代の 時期に成立したといわれ、民法の基本原理として契約の自由というものがある といわれるが、近代のイギリスにおいて契約の自由というものが妥当する範囲 を明らかにするために2011年に書かれたのが「契約の自由と競業避止義務につ いて―イギリス法における営業の自由と営業制限の法理に即して―」と題する 論文であり(16) 、ここではイギリス法における営業の自由と営業制限の法理を主 たる素材として、競業避止義務との関係という非常に限られた点からではある が、この課題にアプローチする論文を発表し、そこでは18世紀の指導的判決で (15) 拙稿・前掲書(注 3 及び注10)。 (16) 拙稿「契約の自由と競業避止義務について―イギリス法における営業の自由と営業制限の法理 に即して―」山田省三ほか編『労働者人格権の研究 上巻(角田邦重先生古稀記念)』(信山社、 2011年)。

(10)

ある Mitchel 判決を紹介、検討し、そこにおいて初期独占やギルド制などの営 業制限に対して農村の独立自営農民や手工業者等によって営業の自由が主張さ れたこと、営業譲渡における営業制限特約を結ぶ契約の自由が認められるの は、営業の自由と営業譲渡の自由が認められていることを前提とし、それが労 働の自由や生存の自由と矛盾せず、それによって独占が生じない範囲であるこ とが明らかにされた。営業制限に関し、Mitchel 判決の後の19世紀以降、とく に現代の営業譲渡における営業制限の法理を明らかにし、営業の自由と契約の 自由の変化について明らかにすること、また雇用における営業制限をはじめと して、営業譲渡以外の場合における営業制限の法理について明らかにする課題 がまだ残されているが、この研究からは、近代における契約の自由というもの が認められる範囲というものが、非常に狭いものであることが示された。  上に述べた農村の独立自営農民や手工業者等に対し、中世では農奴などが領 主などに奴隷的に従属しており、サーバントとマスターの関係も同様であると いわれるが、この点を明らかにするため1563年のイギリス職人規制法を検討し たのが2010年に発表された「雇用、請負、委任の区別についての一考察―イギ リス職人規制法からの示唆―」と題する論文であり(17) 、そこにおいて上に述べ たような初期独占やギルド制などの独占が都市において行われ、都市による独 占を維持するために農村工業の抑圧がなされたこと、また農業における日雇 (labourers)が多いことを前提に、彼らをして奴隷的な常雇(servants)とする ような雇用契約を結ぶことを強制する規定が存在し、それによって下層人口を 農村へ縛り付けようとする政策が行われたこと、このような強制からの自由が 問題になることを指摘した。  徒弟修業を終えた熟練職人が手工業の独立自営業者あるいは産業資本家と なって商人と雇用契約を結んで商品生産を行うとき、営業の自由が問題とな る。しかしこのような熟練がなく財産のない日雇は職人規制法によって労働強 (17) 拙稿「雇用、請負、委任の区別についての一考察―イギリス職人規制法からの示唆―」季刊労 働法231号(2010年)。

(11)

制の対象となる可能性があり、彼らが強制的に結ばされる常雇の雇用契約は彼 らをして奴隷的な従属的契約関係下に置くものであった。市民革命後の近代に おいていわゆる主従法が成立するが、この主従法が中世の職人規制法と本質的 に同じ性質をもつことを明らかにしたのが2012年に発表された「近代雇用契約 における契約の自由と従属について―18世紀イギリス法における労働強制から の解放を中心に―」と題する論文であり(18) 、この論文において市民革命後の18 世紀の近代雇用契約における契約の自由と従属について検討し、そこでは中世 のイギリスにおける、独立自営業者の熟練や特権的地位を維持しつつ、浮浪者 や日雇に対してその独立性を抑圧し、最高賃金を定めて農業に縛り付ける政策 の、資本と労働の分離や囲い込み容認などに起因する市民革命後の近代法にお けるゆらぎに関して、近代雇用契約における労働強制からの解放を中心に契約 の自由の妥当する範囲が論じられた。そこでは雇用契約を結んでいない者に対 する労働強制と、雇用契約を結んでいる者に対する労働強制とに分けて紹介、 検討が行われた。この論文による簡単な整理から明らかにされたのは、18世紀 の法は、とくに雇用の法を考えた場合、市民革命以前の法とそれほど違うもの ではないと考えるべき点がみられ、市民革命を前後して雇用の法は原理的に変 化し、市民革命前に奴隷的な従属的雇用契約を結んでいた人は、市民革命後の 近代において自由で平等な商品交換契約を結ぶようになる、などということは 困難であるということである。農業日雇を中心とする貧民あるいは下層労働を 構成する人々が雇用契約を結ぶ場合、契約の自由の妥当する範囲は Mitchel 判 決が予定する独立自営業者が雇用契約を結ぶ場合よりも狭くなることが考えら れ、下層労働者に対する差別と主従の形式的不平等は契約自由の妥当する範囲 を極端に狭くしたのである。営業譲渡の場合の営業の自由と営業譲渡の取引制 限の場合と同じく、労働者に対する差別が取り除かれて形式的平等が実現し、 労働者を奴隷化する労働強制から解放されるとき、その解放された範囲におい (18) 拙稿「近代雇用契約における契約の自由と従属について―18世紀イギリス法における労働強制 からの解放を中心に―」小野秀誠ほか編『松本恒雄先生還暦記念 民事法の現代的課題』(商事 法務、2012年)。

(12)

て雇用契約における契約自由の認められる範囲は拡大し、またその限りにおい て雇用請負委任の区別の意味は失われることになるであろう。  最後の論文は職人規制法と主従法の検討を中心に市民革命後の近代雇用契約 における契約の自由と従属について論じてきた。これらの制定法上の雇用契約 法とは区別されるコモン・ロー上の雇用契約法について検討すること、産業革 命後の19世紀以降とくに現代における雇用契約法としての労働契約法について 検討すること、などの課題がなお残されていたが、以上の検討を通じて、近代 における契約の自由が妥当する範囲が非常に狭いこと、とくに主従法の適用さ れる場合にはその範囲は極端に狭くなることが示された。  以上の従来の研究を受け、本稿では18世紀から19世紀にかけて、主従法の適 用を受けない雇用契約、すなわち我が国においては委任あるいは請負契約とさ れるが、イギリスにおいてコモン・ロー上の雇用契約と呼ばれてきた契約につ いての法が明らかにされ、主従法上の雇用契約法との対比がなされる。主従法 はすでにのべたようにこの時代の労働の法規制の主要なものであったが、すべ ての労働を規制するものではなく、その適用範囲には限界があった。主従法の 適用を受けない労務供給契約は我が国では委任あるいは請負契約とされるもの が多いと思われるが、イギリスではこのような契約も広く雇用契約と呼ばれ、 制定法たる主従法の適用を受けない契約はしばしばコモン・ロー上の雇用契約 と呼ばれている(19) 。次のⅢでその概略を明らかにするように、主従法の適用さ れないコモン・ロー上の雇用契約法においては、主従法が適用される場合より も契約の自由が妥当する範囲が広く認められることが考えられる。これらの作 業を通して明らかにされたイギリス法と、日本法とが比較法的に検討され、日 本法を考える上での比較法的示唆を得ることを目指したいと思う(20) 。 (19) 例としては劇場で歌手が歌を歌うなどの出演を約束する契約、あるいは弁護士が雇われて弁護 士としての役務を提供する契約などがあげられ、これらは主従法の適用を受けない労務供給契約 になる。弁護士のギルドは中世以来続くものであることに注意が必要である。

(13)

Ⅲ 近代におけるコモン・ロー上の雇用契約について―課題と展望  以上、ⅠとⅡで述べた本稿の課題と目的、研究方法に従って、以下のⅢでは 18世紀以降の主従法の適用を受けないいわゆるコモン・ロー上の雇用契約法に ついての検討を行いたいと思う。この分野における古典であり、我が国の研究 水準を規定するものとして代表的なものを 1 つあげるとすれば、それは片岡 昇『英国労働法理論史』(有斐閣、1956年)であるとすることに多くの異論は ないと思われる(21) 。そこで以下の記述では、筆者に理解することのできた範囲 においではあるが、片岡氏の述べるところを以下の( 1 )から( 3 )の 3 つの 点にまとめて紹介し検討することで今日におけるこの問題についての研究の概 要を明らかにし、それを基本としてそれに沿う形で筆者が今後の研究として付 け加えるべき課題と展望を示していきたいと思う。 ( 1 )雇用契約法における近代と中世―中世法から近代法への変化の中で― 1 .片岡氏は前掲書第 2 章第 1 節の契約的労働関係の展開において、「今日の イギリス雇用契約法上の諸原則は、主として19世紀における判例を通じて確立 されたものであるが、この領域が普通法上一般契約法の特殊分野として展開せ しめられてゆく遥か以前に、労使関係は事実上契約的関係ないしはそれに類似 (20) 例を一つあげるならば、民法651条 1 項における委任契約における解除自由の規定に関し、し ばしば我が国の学説においてはこの規定を理解するためイギリス法を参考にすべきことが指摘さ れてきた(来栖三郎『契約法』548⊖ 9 頁、有斐閣、昭和49年など)。イギリスのコモン・ローで は先に述べた歌手や弁護士などの結ぶ契約に関し、契約の解除と損害賠償をめぐる数多くの判例 の蓄積があるが、これらのコモン・ロー上の労務供給契約法の法理を明らかにすることで日本法 における同様の問題を考える上での比較法的示唆を得ることができるであろう。 (21) 同書が出版されたのは1956年と今から半世紀以上前のことであり、同書が時代的制約を免れて いないことは当然のことで、そのことが同書の価値をいささかでも損なうものではないことはい うまでもない。なお比較的最近のものとして、石田 眞『近代雇用契約法の形成』(日本評論社、 1994年)があり、時期的に片岡論文と石田論文の中間に位置するものとして秋田 成就「労働法 における『身分から契約へ』」石井照久先生追悼論集『労働法の諸問題』勁草書房(1974年)が ある。

(14)

するものとして確立されつつあったといわなければならない。ただそれは、エ リザベスの徒弟条例(Statutes of Apprentices, 1563, 5 Elizabeth c.4)(22)

によって代 表せられる前期的立法と対抗しながら、それを下からつき破るものとして生成 するものであったが故に、このような前期的立法が支配的原理たる地位を持続 することを不可能ならしめることによって、かつその後にはじめて自己の地位 を確立することが可能であったのである」(23) とされ、氏は前期的立法と自由な 雇用契約法とを対比しつつ、近代において自由な契約関係としての労使関係の ルールである雇用契約法が生成せしめられてゆく過程を明らかにしようとす る。 2 .ここでいう前期的立法とは、「14世紀なかんずく15世紀後半以降におい て、農民の農奴制からの解放、農業の賃労働による資本主義的経営への移行、 封建的土地所有の解体等、資本主義経済体制へ向かって相伴って進行する一連 の経済的変革過程に対応して、農奴制及びそれに基礎を置く封建的土地所有の 解体を阻止し、さらにこのような変革過程の進行するにつれて自由労働者と化 した貧民を強力によって陶冶することを目的として繰り返し制定されたもので あった」とされ、「かかる経済的変化はまた、自由な労働者と彼等を雇用する 資本家的経営者とを絶えず生み出すところの、そもそもの基礎であった」(24) と される。そしてマスターとサーバントの法は、「古くは、マスターと僕婢 (domestic servant)の関係を規律する法として家族関係の法の一部とされ」(25) 「一 種の身分的関係を規律するものとしての法」(26) として存在していたが、「それが 独自の法分野として形づくられて来る端緒は、右に述べたような経済的変革の 進行し始める段階、いいかえれば、農民の自由労働者への転化、従って彼等を 雇用する資本家的雇い主との間に契約を基礎とする関係が成立し始める時期に (22) 同法は職人規制法とも呼ばれている。拙稿・前掲書(注17)及びそこに引用される文献を参照 されたい。 (23) 片岡・前掲書44頁 (24) 片岡・前掲書44頁 (25) 片岡・前掲書44⊖ 5 頁 (26) 片岡・前掲書49⊖50頁

(15)

これを求めることができるであろう」(27) とされ、中世のマスターとサーバント の法と前期的立法との連続性が示される。つまり14世紀なかんずく15世紀後半 以降において、封建制の危機とともに封建制の再編が始められて前期的立法が 制定され、また封建制の危機とともに近代の自由な契約が始まることになる。 3 .前期的立法としての労働者条例(Statute of Labourers)は、「マスターと サーバントの関係が契約によって生ずることを一応承認しつつ、かつまたそれ に幾つかの点で契約的特質を承認しながら、契約形成の条件や当事者の権利義 務につき当事者の合意を排して詳細かつ特有な規定を設けることによってこの 関係にできるだけ強く身分的性格を残存せしめようとした」(28) ものであり、「マ スターはサーバントの労務に対し物権的権利 real right に類似する権利を有す るものとされ」、「これは中世法が、夫の妻、後見人と被後見人の場合の如き身 分関係の維持のために、優勢な身分を有する者が権力的関係に基づいて劣勢な 身分を有する者に対して一種の所有権的な支配権を有することを承認したのと 共通した現象である」(29) とされる。このためサーバントを誘惑して労務を放棄 せしめる第三者が現れたような場合、「statute of Labourers の結果として、普通 法は契約違反の惹起ではなく契約によって創設されたか否かを問わず一定の身 分の紊乱に対して(マスターに)訴権を認めたのである」(30) とされる。つまり 中世においては前期的立法により普通法の雇用関係自体が合意ではなく身分的 関係を基礎としていたことがここでは示される。 4 .このように述べることによって「雇用契約を純粋に契約的なものとして み、契約違反の招来に対する訴訟を契約の付随物とみる考え方は、後世の法に 属する」(31) として中世の雇用契約法と近代の雇用契約法との断絶を示された (27) 片岡・前掲書44⊖ 5 頁 (28) 片岡・前掲書45頁 (29) 片岡・前掲書47頁 (30) 片岡・前掲書50頁。Holdsworth 氏は、雇用関係が身分関係としてとらえられた結果、婚姻の場 合と同様に、関係が契約によって創設されるとしても権利や義務は多くの場合において合意では なく法によって固定され、しかも契約当事者のみならず第三者にも影響を与えるとしている(A

(16)

後、氏は普通法が中世から近代にかけて変化していることを示そうとする。つ まり、中世の間は制定法としての前期的立法と連続していた普通法は近代にな ると変化し、そのため制定法としての前期的立法との間に齟齬が生じ始める。 氏によれば、「こうした制定法の立場に対し、普通法は社会経済的条件の変化 につれて次第に反撥を示し始める。王政復古の後には、枢密院の産業に対する 積極的な干渉は影をひそめ、使用者は不況の際に労働者を自由に解雇しえた し、賃金を固定する法律の存在も忘れられるに至るのであるが、裁判所も徒弟 条例の最も重要な多くの条項を新たなマニュファクチュアに対して適用を制限 もしくは除外しその間隙を自由の原則によって代位せしめようと努力しつつ あった。」「普通法における労働関係の像は、かくして次第に『自由』の原理に 依拠する度合いを増大し、遂には制定法上のそれと全く相反する方向において 形成せられるに至る」(32)とする。「かくして初期資本主義の時代を通じて急速に 発展しつつあった、そしてこのような変革期においては産業革命以後のそれの 確立期におけるよりも一層自由ですらあり得たところの契約的労働関係は、ほ ぼ18世紀後半において、完全に国家的規制に代置されるに至る。マスター・ サーバントの関係は、身分的関係から完全な契約的関係に転化する。そしてか (31) 片岡・前掲書50頁 (32) 片岡氏は Jevons 氏の言葉を引用して、制定法が偏見にもとづく階級的立法であったのに対し、 普通法は「すべての階級に対し正義であり、平等」であり、その理由として裁判官が「彼等の唯 一の導き役たる社会の利害に忠実であった」からである(W.S. Jevons, The State in Relations to

Labour, 1910, p.39)とした。また片岡氏は Dicey 氏の言葉とそのいわゆる「イギリス革命の保守 主義」を引用し、その当時の普通法について、「イギリス人の自由は普通法上の諸原則の維持と 緊密な関係があると信ぜられ」、自由は「自然的権利」としてよりもむしろ普通法上の「伝統の 維持」として把握される(Dicey, 清水金二郎訳、菊池勇夫監修『法律と世論』120頁、法律文化社、 1972年を参照)とした。さらに片岡氏は加藤新平氏の言葉を引用して、コモン・ローが古くから イギリスに育った政治的自由と結びつき、国王の恣意的行政司法に対する最も有効な防塞として 考えられたとして、「このような伝統と威信とをもつコモン・ローが、法曹階級の努力により、 新しく発生しつつある経済関係に漸次適応せしめられることによって、イギリスは、ある点から いえば、非合理的なその法秩序にもかかわらず、資本主義の母国となったのである」(同氏『法 学的世界観』66頁、有斐閣、昭和25年)とし、「労働関係に関する普通法の発展も、こうした普 通法全体の立場において理解せられなければならない」とした(片岡・前掲書47⊖ 8 頁)。

(17)

かる契約化を前提として、19世紀に入って、一般契約法の適用による近代的雇 用契約法としての独自の法領域= Law of Master and Servant が、漸く形成され てくるのである」(33) とする。もちろん、普通法が先例に拘束せられかつ具体的 事件の処理を介してのみ発展せしめられる以上、雇用の場を離れて抽象的に一 般契約法なるものが発生・存在しており、それが雇用にも適用される、という ことはありえない。氏も述べるように「産業革命前の段階にあっては、普通法 上自由契約的労働関係の像が明確かつ統一ある形においていわば定型的に打出 されていたわけではなく、その各領域において既存の前近代的法原理を、新た な社会的基礎の上に立って修正し、展開せしめていく過程において自ずから 1 つの像が形成せられつつあった」(34) というべきであろう。 5 .小括。氏は近代において自由な契約関係としての労使関係のルールである 雇用契約法が成立する過程を論じ、前期的立法と自由な雇用契約法が対比さ れ、いわゆる身分から契約へというシェーマにもとづき議論が展開されてい る。筆者はこの「身分から契約へ」という発想に必ずしも異論があるわけでは ないが、契約は必ずしも自由意思によるものではなく、形式は契約であっても 契約が単に身分関係を設定しているにすぎないという場合もあり、契約的とい うことが必ずしも自由な意思を基礎とすることを意味するわけではないことか ら(35) 、「身分から契約へ」という言葉がややもするともたらしかねない誤解 (33) 片岡氏は、Blake v. Lanyon (1795) 6 T.R.221などを引用しつつ、普通法が労働関係を契約関係と して把握するにつれて、本文で述べたサーバントの誘拐(abduction or seduction)に関する法原 則も顕著な展開を示し、今や完全にマスター・サーバントの関係は契約関係として把握され、そ のうえに第三者による契約違反の誘導に対する救済を基礎づけたとした(片岡・前掲書49⊖50頁)。 また片岡氏は Ruegg 氏の言葉を引用し、徒弟規制や賃金裁定制の衰退の結果として「18世紀の 終わりには、国家のコントロールは、一般的には個人的取引によって代置されるに至り、マスター とサーバントとの関係は contractual な関係となった」(Ruegg, The Laws regulating the relation of

Employer and Workman in England, 1905, p.23)とした(片岡・前掲書50頁)。

(34) 片岡・前掲書48頁

(35) 中世における臣従の誓いや親の決めた結婚などの場合を考えればよいかもしれない。意思と身 分、自由と従属という対立の中で、近代において次第に前者が後者よりも重視されるようになる 過程については拙稿・前掲書(注 3 )43頁以下で示しておいたので参照していただければ幸いで ある。

(18)

(契約とは常に自由な合意を基礎とする?)を避けるという説明の便宜上から すれば、「身分から契約へ」という用語よりも「中世契約法から近代契約法 へ」という概念を用いて説明する方がベターではないかと今のところ考えてお り(36) 、このような用語法をここで読者に提案しておきたいと思う。  そこでこのような用語法に従い近代の雇用契約法と中世の雇用契約法との対 比をする場合(37) 、中世に比べて近代においては契約の自由の認められる範囲は 広くなったということができると思われる(38) 。氏も中世においては前期的立法 により普通法の雇用関係自体が合意ではなく身分的関係を基礎としていたこと を示しており、契約関係がこのような身分的関係を基礎としている限り、そこ において契約の自由が妥当する余地はあまりないであろう。しかし中世から近 代への移行において、どの程度、契約自由が妥当するようになったのか、氏の 文章から読み取ることはできない。われわれの今後の課題は、近代においてど の程度、自由の範囲が広がったか、その範囲を明らかにすることであろう。契 約の自由というのは権力関係や身分関係等から解放された範囲において認めら れるものであり、近代において契約の自由が認められる範囲というのはなお狭 いものであったことが指摘されるべきである(39) 。さらに、近代契約法のなかで (36) ここで中世契約法は身分関係を基礎とし、近代契約法は身分関係から解放された人々が自由意 思による合意をした場合のその合意を基礎とすると考えれば、従来の議論との間にそれほどの相 違があるわけではないと考えるが、中世における「身分的な契約」、近代における「自由意思に もとづく合意を基礎とする契約」など、用語法の点で従来とは異なるため違和感を感じられるか もしれない。 (37) 松岡氏が近代の雇用契約法というとき、次の( 2 )で述べるコモン・ロー上の雇用契約法が念 頭に置かれていることに注意が必要である。 (38) 石田氏は、前掲書(注21)67頁以下において、本文で紹介した松岡氏の議論に対する異論を提 出されているが、石田氏の同書の記述からは、同氏が前期的立法から独自に形成されたコモン・ ロー上の雇用契約法について、どのような性質をもつものと評価しているのか、筆者は読み取る ことができない。 (39) 営業譲渡と営業制限の法理を素材として近代イギリスにおける契約の自由が妥当する範囲を明 らかにしたものとして、拙稿・前掲書(注16)を参照されたい。具体的には、ギルド制の連続や 熟練の重視などに対して営業の自由や契約の自由が強調されるなど、中世から近代への変化のな かで連続したものと変化したものを見極めることが必要となる。

(19)

の近代の雇用契約法の位置づけと、中世契約法のなかでの中世雇用契約法の位 置づけが今後、明らかにされねばならないと考えられる。 ( 2 )近代雇用契約法におけるコモン・ローと主従法 1 .以上( 1 )で述べたように「ほぼ18世紀後半において、完全に国家的規制 に代置され」近代化され自由化された雇用契約法であったが、前期的立法とし て残存したものがあった。それが主従法である。氏は、「ところで、以上のよ うな『労働の自由』を原理とする近代的労働関係の確立と展開、ならびにそれ に伴う近代的雇用契約法の発展という歴史的過程は、そのうちに、古き前期的 規制を温存し、あまつさえそれを拡充し強化していたという事実にわれわれは 注目しなければならない。イギリス労働運動史家のしばしば指摘する主従法、 すなわち master and servant acts がこれであって、これらは、雇用契約違反に対 する法的救済措置につき、マスターとサーバントの間に本質的な差異を認める ものであった。すなわちマスターの側における雇用契約違反に対して、サーバ ントは単に民事上の救済のみが認められたのに対し、サーバントの契約違反は 通常の民事的救済のほかに刑罰が科されたのである。これらの法律は、すでに 述べたごとく、マスターとサーバントの関係を身分関係として規制し、契約違 反を身分関係の侵害として把握する労働者条例ないし徒弟条例に端を発する が、18世紀に入って各産業毎に一層明確峻厳な規定を設けることになった」(40) とする。 2 .氏は前期的立法の系列に属する上記の如き主従法を、「労働の自由」(41) との 関係においていかに把握すべきであろうかと自ら問い、主従法が「徒弟や賃金 に関する前期的立法の廃止にもかかわらず意識的に残存せしめられ、『労働の 自由』の原理的確立と並んでその意義を認められたという事実は、『平等』な 人格の『自由』な契約関係として構成される近代的労働関係にとっては、まさ に致命的である。労働者が使用者と法上差別して取り扱われていること、およ (40) 片岡・前掲書60⊖ 1 頁

(20)

び労働関係に対する国家権力の直接的介入が容認されていること、少なくとも この 2 点において、主従法は『労働の自由』本来の論理構造のうえからみて相 矛盾する。したがって、『労働の自由』が主従法との併存において認められて いる限り、そこにおける『労働の自由』は、使用者による労働力の取得と処分 の自由という面に著しく力点をおかれた、いわば資本の自由たる意味のみをも つところの、片面的な性格を現すものであり、またその『自由』は、ゆがめら れた、未成熟な自由といわざるをえない。」「資本主義の母国であり、近代化の 先進国である英国においてさえ、労資間の形式的平等ですらも、労働者の自主 的な運動によってはじめて達成し得たことは、注目されなければならない」(42) とした。 3 .小括。主従法は氏により( 1 )で述べた前期的立法と連続するものととら えられており、当然のことながら主従法が適用される範囲において、契約の自 由が認められる範囲は狭くなる。逆にいえば主従法が適用されないコモン・ ロー上の雇用契約法においては、主従法の適用される場合よりも契約の自由の 認められる範囲が広くなることが考えられるであろう(43) 。すでに旧稿で示され (41) 「労働の自由」というのは、片岡氏の前掲書を貫くキーワードといってよいかと思われるが、 この「労働の自由」というのは、同書14頁に「労働者の団結を『労働の自由』ないし『契約自由』 の原理に対立するものとして捉える限り」とあるように、片岡氏によって近代民法の原則として の契約の自由と同義あるいは同列のものとして捉えられているように思われる。中世から近代に かけて、「生存の自由」と結びつけられて「労働の自由」(こちらの方については拙稿・前掲書(注 16および17)を参照されたい)が議論されてきたが、氏の「労働の自由」が後者のそれと同じか 否かは必ずしも明らかではない(例えば、片岡・前掲書 7 頁には「この場合『自由』は、生産手 段からの自由を意味しており、それによって『自由労働』はまた賃労働として規定せられる」と あるが、本文で述べた封建制の危機の中で生じた自由労働者たちは生産手段を失うことによって 生存の手段を奪われ、「生存の自由」や「労働の自由」を失っていくのである)。 (42) 片岡・前掲書62⊖ 3 頁。片岡氏は Holdsworth 氏の議論(サーバントの契約違反に対して単に民 事的救済のみを認めることは契約の履行を担保する方法としては極めて不完全なものであったと して、本文で述べたような措置が当時の経済的社会的条件に合致するものであったとする) (Holdsworth, A History of English Law, vol.iv, reprinted, 1966,p.386を参照)を労使の形式的不平等と

いう点から否定する。片岡氏は同様の理由から、石田氏による批判(主従法が資本主義に適合的 であるとして前期的立法との連続性を否定する)(石田・前掲書(注21)10頁以下)を否定する のではなかろうか。

(21)

たように、ここでいう雇用契約とは日本で雇用・請負・委任の区別を考えると きの雇用とは同じではなく、日本でいう雇用よりも広い概念である(44) が、氏が 雇用契約というとき、その契約当事者としてどのような者を考えているのか、 同書からは読み取ることはできない(45) 。また( 1 )の小括で述べたのと同様 に、氏の文章からは近代におけるコモン・ロー上の雇用契約法において、契約 の自由の認められる範囲が主従法の適用される場合に比べてどの程度広いのか は明らかではなく、この範囲を明らかにすることが今後の我々の課題となる。 具体的には職人規制法や主従法において雇用契約を結んでいない者に対する労 働強制(46) と、雇用契約を結んだ者に対する労働強制(47) が認められたが、これら の適用を受けない近代コモン・ロー上の雇用契約法において、どの程度の契約 自由が認められるかが今後において明らかにされなければならない(48) 。 (43) 本稿の議論は主従法上の雇用契約法と、コモン・ロー上の雇用契約法が峻別されるという場合 を念頭においている。主従法がコモン・ロー裁判所で解釈適用されるような場合には当然に両者 の峻別は起こらないであろうし、また本文で述べられたようにマスターと domestic servant の関 係が身分関係としてとらえられ前期的立法が適用された場合と同様の関係になるという場合にも 両者の峻別は起こらないであろう。秋田氏は前掲書(注21)161頁において前期的立法の影響を 受けたコモン・ローのみに言及されており、両者が峻別される場合は想定されていないかのよう である。 (44) 拙稿・前掲書(注17)45頁以下参照。片岡・前掲書31頁にも同様の指摘がある。 (45) 片岡氏は、もしかすると、中世から近代にかけての雇用の概念が広いものであったのにもかか わらず、暗黙のうちに存在していた狭い「雇用」の概念(これは前期的立法の影響を受けたもの であろう。なお職人規制法下における雇用・請負・委任の区別に関する私見は拙稿・前掲書(注 17)で示しておいた)を前提にして、その「雇用」の中にある人々が中世から近代にかけて解放 され、自由な契約を結ぶようになった、と考えているのかもしれない。石田氏による前掲書(注 21)150頁は、「19世紀におけるコモン・ロー雇用契約法が制定法たる『主従法』の存在を前提と し、その間隙を縫うかのように主として『家内奉公人と事務員の主従法』として形成された」と しつつ、同書166頁以下では上級労働者の事例として会社と弁護士との雇用契約の事例などを紹 介して、このような上級労働者の事例の背景となった事実関係は、「雇用契約として見た場合、 限界的なものであった」(同書170頁)とする。また同書170頁以下ではコモン・ロー上正当化さ れる予告なき解雇としての即時解雇の法理を紹介し、非行や不服従の場合において、19世紀中葉 の即時解雇の法理は、「家内奉公人や同種の労働者に関する法理と、監督的労働者や事務員など の上級労働者に関する法理に分裂し」(同書175⊖ 6 頁)ていたとする。

(22)

( 3 )雇用契約法における近代と現代―近代法から現代法への変化の中で― 1 .以上のように述べたあと、氏は雇用契約法が近代化し、現代化していくな かで主従法や団結禁止法が果たしてきた役割について述べ、「近代雇用契約法 の形成は、また、契約的原理そのものによって否定せらるべき労働者の団結に よる激しい攻勢のなかで行われなければならなかったのである。近代的雇用契 約法の完全な開花を前提し、そのうえで団結や争議の禁止が行われるわけでは なく、両者は同時並行的に進められる。」「産業革命期を経て確立されたもの は、事実たる労働関係ないしは経済的世界におけるそれの近代化であり、法的 にはせいぜいその確認が、一般契約法原理を労働関係に対しても適用すること の可能性を保障するもっとも基礎的な条件が、もたらされるにとどまった。」 「『労働の自由』を徹底化する過程において、もっともラディカルな自由主義者 達が団結禁止法の非合理性を非難し、労働者の団体的活動を少なくとも労働者 (46) 雇用契約を結んでいない者に対する労働強制の制度に関しては、それと結びついていたと考え られる賃金裁定制と呼ばれる制度があり、労働強制の制度が直接に労働強制を行う制度であった のに対し、間接的な労働強制の制度としては( 1 )浮浪者の処罰、( 2 )囲い込みと定住法、( 3 ) 労働者としての陶冶とワークハウス法などがあった。さらに職人規制法の全体的な構造から労働 強制と結びついていた職人規制法上の徒弟規制と呼ばれる制度があった。詳しくは拙稿・前掲書 (注18)を参照されたい。 (47) 雇用契約を結んだ者に対する労働強制に関しては、労働者の労働義務違反を理由とする労働強 制につき職人規制法上のものと、主従法上のものとがあり、主従法上の労働義務違反としては a 逃亡、仕事を去ること、b 仕事の完成義務違反、c 手抜きなど、d 競業・退職避止義務違反、二 重雇用、e 命令違反などがあり、これらの義務違反は、c の場合を除き、団結禁止条項よりも労 働者に対し威力をもったものであるとされており、このような義務違反は労働者側の自由を前提 に、刑罰をもって彼らに労働を強制し従属的雇用下におこうとするものであって、このような労 働強制は契約当事者の形式的不平等と差別を前提としていると思われ、契約当事者に契約の自由 が妥当するのは c の場合などごく限られた場合のみであった。詳しくは拙稿・前掲書(注18)を 参照されたい。 (48) 石田氏は前掲書(注21)176頁以下においてコモン・ロー上の即時解雇の事由としての非行と、 1823年主従法 3 条により処罰の対象となる非行とを比較されている。なおすでに旧稿で述べたよ うに、主従法においては職人規制法に比べて契約自由の妥当する範囲が若干ではあるが認められ るので、その分、主従法は近代コモン・ロー上の雇用契約法に近づき、近代雇用契約法における コモン・ローと主従法との差は、( 1 )で述べた雇用契約法における近代と中世との差よりも小 さいと考えられる。

(23)

の個別的自由の集合たる点にまで解放すべきことを主張したのも、上述の意味 において理解され得るし、1824・25両年の労働組合法による団結禁止法の廃止 自体、『労働の自由』の純粋化を意味した。」「一般契約法原理がくまなく労働 関係の内部を貫徹し、『労働の自由』の片面性の克服=純粋化の過程が進むに つれて、主従法の果たす社会的役割は、労働に対する経済外的強制としてより も争議に対する使用者の武器として意義づけられることとなり、それのもつ 『労働の自由』の埒内における自由の制約としての意味はやや背後に退き、 1825年の労働組合法やコンスピラシーの法理と並んで、労働者の争議行為を禁 圧するための法的手段としての意味を新たに担わしめられてくる。そしてかよ うな事態は、『労働の自由』によって前期的立法の支配原理が完全に圧倒せら れたとき、『労働の自由』は自己に対する新たな挑戦者としての労働者の団結 に当面しなければならなかったという事実によって、必然化されていた」(49) する。 2 .そして「主従法の完全な廃止は、1832年の選挙法改正によって国家の権力 が完全に産業ブルジョワジーの手に帰し、彼等が『自由』の論理の完全な貫徹 を可能ならしめる経済的基礎を一方で確立しながら、穀物条例の改正に始まる 一連の自由放任政策を実現し得るに至るまで期待し得ない。しかもそれは、労 働運動による激しい主従法の廃止の要求をまってはじめて実現せられる。主従 法の廃止が『労働の自由』の論理的貫徹を意味し、それが労働組合の完全な法 認と争議権の解放がもたらされる段階に至ってはじめて実現されるという事 情、さらにまた、労働者の団結権や争議権承認の要求が『自由』の原理的基礎 のうえになされること―それ自体背理を意味するにせよ―を現実に可能ならし めたのは、すべて以上のような歴史的条件に基づくものであった」(50) とする。 3 .以上のように述べた氏は市民法と労働法との関係をどのように考えている のか。氏は、「整然たる理論的体系のもとに構想せられたドイツ型労働法に比 (49) 片岡・前掲書63⊖ 4 頁 (50) 片岡・前掲書64⊖ 5 頁

(24)

較すれば、イギリスの労働法はいかにも不統一であり、とりわけ市民法との原 理的対立を明確に意識しない点においてドイツの場合と正しく対蹠的である。 そればかりでなく、イギリスでは『特別な』労働法によって問題を解決するよ りは、むしろでき得る限り市民法原理の枠内で処理しようとしているとさえい うことができる」(51) とし、労働の従属性に関してカーン・フロイント氏の説を 引いてイギリスではドイツにおけるように労働の従属性に基づいた労働者並び に労働契約に関する統一的概念が欠如している(52) ことを指摘したあと、普通法 と制定法との関係についてイギリス雇用契約法における普通法の制定法に対す る優位を述べ、「イギリスにおいても工場法、災害補償法、最低賃金法等の保 護立法が早くから成立し、制定法による労働関係への積極的関与が行われざる を得なかった」が、「このような制定法をも含めて労働関係を形成する原理が 雇用契約の原理から区別して統一的に確立されず、契約外的契機である制定法 の関与も極めて技術的かつ例外的とせられる結果、労働関係は Law of Master and Servant の原理を基層として形成せられるものとなっているというにすぎな い」(53) とされた。 (51) 片岡・前掲書30⊖ 1 頁 (52) 片岡・前掲書31⊖ 2 頁。片岡氏によるカーン・フロイント説の紹介として、同氏による「英米 労働法の特質」季刊法律学20号(昭和30年)を参照。 (53) 片岡・前掲書33⊖ 4 頁。氏は「イギリスにおいても特に19世紀以降、労使の関係は契約的関係 ―雇用契約(contract of service)に基づく関係―とせられ、この分野を規律する法である Law of Master and Servant は、契約に関する一般的法の適用、従ってその一部として発展せしめられたも のであって、この関係に付帯する権利並びに義務は正に近代法の所産ということができる。しか もイギリスにおける使用者・労働者の関係は、なお普通法に基礎をおくところの、制定法上の事 項とは区別せらるべきものとされ、立法は法原則の定型化ないし一般的原則の確立をその責務と しないという法体系上の構造にもとづいて、単に例外的に普通法上の原則ないし特定の判決に基 づく事件の処理が著しく不合理な場合に、かつ緊急の必要に基づいて干渉するにとどまるのであ るから、契約法たる Law of Master and Servant こそ、労働関係に関するもっとも基本的な法であり、 これに対する立法の修正は、依然として例外的地位における非体系的な集積として放置せられる こととならざるを得ない」とされる。1970年代以降の、イギリス雇用法におけるコモン・ローと 制定法との関係については、秋田成就編著『労働契約の法理論―イギリスと日本』(総合労働研 究所、1993年)に収められた諸論稿を参照。

(25)

4 .そして団結権および争議権の保障にみられるネガティヴな性格について、 「イギリスにおいて、労働関係を構成するための、市民法原理とは異質的な、 統一的法原理を欠くという事情は、集団的労働関係に関するこの国の法規制の 特殊性とも極めて密接な関連を有し、かつ、根本的にはそれによって規定され ているといわねばならない。」「団結権及び争議権の保障にみられるネガティヴ な性格こそ、この点に関する最も重要な特質ということができる。1871年労働 組合法、1875年共謀罪・財産保護法、1906年労働争議法等この分野においても 多くの重要な制定法が存在するが、これらにみられる共通した性格は、極めて 消極的であるという点においていずれも共通する。そられはいずれも、単に労 働組合及び争議行為の普通法上の違法性を除去するにとどまり、全体としてそ れに何ら特別の義務ないし責任を設定するものではない。」「イギリスにおいて は、前記諸法律は、労働組合に対する明白な一般的承認すら与えていない。多 くの労働組合は、普通法上は依然として違法な存在であり、1871年労働組合法 はこの意味において、単に労働組合を『部分的』に合法化したものにすぎない とせられる」(54) とする。 5 .さらに協約の効力とイギリス労働法の存在形態につき、「こうした関係 は、現実において労働関係を基礎づけている労働協約に対し法的効力を認めな いとする立場のうちにも一貫して現れている。協約当事者は Ehrenschuld を生 ぜしめる Gentlemenʼs Agreement を締結するにすぎないのであり、その履行に は当事者による社会的な規制が予定されているのみで、法的規制は一切顧慮さ れていない。むしろ、それは積極的に排除せられる。」「労働協約は法外的 (praeter legem)な存在であり、立法はその違法性を除去することによって労使 の協約上の権利・義務に対する法的基礎を確立するにとどまる。かくして契約 外的契機としての労働協約もまた単なる法外的契機として、労働関係形成に関 与する独自かつ統一ある法的原理とはせられない。労働協約を法外的世界に追 いやることの反面、労働関係に関する最も重要な事項をあげて協約の規制にゆ (54) 片岡・前掲書35⊖ 6 頁

(26)

だねることによって、法は労働関係を市民法的雇用契約的原理と区別せられた 独自の原理に基づいて規制するという責任を免れることになるであろう。した がってまた、法学理論が独自の労働法理論と精緻な体系を確立し、現実の要求 に答えるという必要もまた失われるであろう」(55) とされた。 6 .以上のようにイギリス労働法を特徴づけられた氏は、最後にまとめとして 「以上のようなイギリス労働法の特質は、資本制経済の発展に対応しつつ、そ の直接的否定をめざすという端緒的形態から次第に自己をそのうちにおいて順 応せしめながら展開するという、極めて漸次的な発展をたどったこの国の労働 運動の性格を直接反映するものである。イギリス労働法は、いわば労働運動に よって自生的に築き上げられたところを基礎としてそれを容認し、かつ成果を 保障するところに成り立ち、急激な政治的衝撃によって一挙にその華々しい地 位を確立することのなかった点において、正しくイギリス的であるといわねば ならない」(56) とされた。 7 .小括。最後の( 3 )では雇用契約法における近代法と現代法の対比がなさ れており、近代雇用契約法と現代法としての労働契約法との対比が中心とな る。片岡氏はカーン・フロイント氏の説を引いてイギリスではドイツにおける ように労働の従属性に基づいた労働者並びに労働契約に関する統一的概念が欠 如しているとするが、筆者はこの点については疑問をもつ。イギリスにおいて は近代の雇用契約法から区別された現代の契約法としての労働契約法は確かに その存在が明らかではないかもしれないが、だからといってそのことはイギリ スにおいて労働契約法が存在しないことを意味するわけではない。かつて西谷  敏氏は「現代市民法と労働法」と題する論文(57) において古典的市民法と対比 されて新しく提唱された現代市民法の議論を高く評価して、近代契約法と対比 された現代契約法について述べられており(58) 、労働法における労働契約法が近 代における雇用契約法と対比されて述べられている(59) 。労働契約法と対比した (55) 片岡・前掲書36⊖ 7 頁 (56) 片岡・前掲書37頁 (57) 『労働法学の理論と課題:片岡昇先生還暦記念』(有斐閣、昭和63年)所収。

参照

関連したドキュメント

いかなる使用の文脈においても「知る」が同じ意味論的値を持つことを認め、(2)によって

問についてだが︑この間いに直接に答える前に確認しなけれ

式目おいて「清十即ついぜん」は伝統的な流れの中にあり、その ㈲

C)付為替によって決済されることが約定されてその契約が成立する。信用

2021] .さらに対応するプログラミング言語も作

これはつまり十進法ではなく、一進法を用いて自然数を表記するということである。とは いえ数が大きくなると見にくくなるので、.. 0, 1,

点から見たときに、 債務者に、 複数債権者の有する債権額を考慮することなく弁済することを可能にしているものとしては、

ペトロブラスは将来同造船所を FPSO の改造施設として利用し、工事契約落札事業 者に提供することを計画している。2010 年 12 月半ばに、ペトロブラスは 2011