―7― 滋賀大学環境総合研究センター研究年報 Vol. 9 No. 202
特集論文
自然体験学習による小学生への生物多様性の認知効果
:絵画による事前事後比較から
田代 優秋
Cognitive effects of biodiversity on elementary
school students through natural learning experiences:
Before-and-after comparisons of paintings
Yushu TASHIRO
Sanagochi Ikimonohureainosato Nature Center Tokushima
The purpose of the study was to clarify "what has been understood by biodiversity" by learning through natural experience at elementary school. The investigation method was to identify the changes in pictures drawn by 6 elementary schoolchildren before and after learning through natural experience. The results of this investigation clearly demonstrated the following: ) The number of species in the pictures had increased from .9 species to 3. species. The elementary school children drew clearly the morphological characteristics of fish. 2) Before learning, the elementary school students were not aware of the relationship with irrigation canals and paddy fields. After learning, however, the children were aware that there was a playground irrigation canal and paddy fields.
Keywords: Elementary School Students, Environmental education, Painting, playgrounds, ecosystem services
徳島県立佐那河内いきものふれあいの里ネイチャーセンター
1.はじめに
生物多様性の保全は、生物学的な重要性に加えて社会・ 経済・防災上の必要性についても指摘されるようになった。 生物多様性について一義的な定義は明確ではないが、我が 国が批准している生物多様性条約には 3 つの多様性が明文 化されている。つまり、遺伝的多様性、種の多様性および 生態系の多様性である。さらに、人々は多様な生物・生態 系 か ら 多 く の 資 源 や 利 益、 い わ ゆ る 生 態 系 サ ー ビ ス (Millennium Ecosystem Assessment 2005)を得ており、生物多様性が基盤サービスの基本的機能を担っていること も分かってきた。例えば、送粉昆虫の生息する森林が近い 農 地 ほ ど 収 穫 や 収 量 が 多 く な る こ と(Kremen et al. 2002;Taki et al. 200)、農地周辺に多様な生態系が存在 す る こ と で 天 敵 に よ る 害 虫 防 除 効 果 が 高 ま る こ と (Gardiner 2009)などが指摘されている。つまり、生物多 様性は、単なる生き物の多様さの重要性を示すだけのもの ではなく、“ 自然からの恵み ” として人々にも身近なかか わりを表現する概念として扱われている。 その一方で、生物多様性は、身近で人々の生活に直結す るにも関わらず、一般市民への浸透度は低いのが現状であ る。山本ら(2007)や荒牧ら(200)によると、国レベル をはじめ都道府県レベルでも様々な課題は抱えつつも全国 で行政施策が実施されている。また、市民団体レベルでも、 内閣府 NPO ホームページ(内閣府 2007)によると「生物
―8― 滋賀大学環境総合研究センター研究年報 Vol. 9 No. 202 多様性」を定款の目的に書いている NPO 法人は全国に 65 団体も存在している。にもかかわらず、一般市民の 6.5% は「生物多様性」という言葉を聞いたこともなく(内閣府 大臣官房政府広報室 2009)、国民全体への浸透度は低い。 つまり、環境意識の高い一部の市民が問題意識を持って積 極的に活動しているのが現状であろう。 このような背景を受けて、今日、行政・研究機関・民間 企業・NPO・任意団体・市民を問わず、様々な普及活動 が日本の各地で行われている。例えば、環境省生物多様性 センターによる「いきものみっけ」、農林水産省・環境省 による「田んぼの生きもの調査」、(社)地域環境資源セン ター(旧(社)農村環境整備センター)による「田んぼの 学校」など日本全国規模のものから、大学や研究機関など のアウトリーチ活動の一貫として実施されるシンポジウム (標葉ら 2009)や、市民団体・地域 NPO が地域資源探し の一貫で行うものまで日本中のどこかで毎日、何かのイベ ントや行事が行われている。その結果、COP0 を経て少 しずつ認知度は向上してきている(財団法人経済広報セン ター 200)。このような現状において、これら普及活動は、 小学校や市民団体などが主催して生き物を採集・観察する 回限りの取り組み(以下、単発型自然体験学習)が一般 的である。複数回の自然体験学習の教育効果についての報 告は多い(例えば、石川・細井 994;蓬田ら 2000;向坊・ 城後 2006)が、単発型自然体験学習では生物多様性につ いてどの程度認知されたか把握することは難しい。 そこで本研究では、草の根的な単発型自然体験学習に参 加した小学生児童を対象として、体験前後を比較すること で何が認知され、生物多様性のどのようなことが理解され たかを明らかにすることとした。
2.方法
(1)対象の小学校 調査対象の学校は、徳島県にある市立 A 小学校 4 年生 と町立 B 小学校 3、4 年生の 2 校 3 学年とした。A 小学校 は中心市街地の周辺部にあるため比較的規模が大きく、調 査当時の全校児童数約 700 名、 学年 00 ~ 30 名程度で 各学年 4 クラスあった。対象の 4 年生の児童数は、調査を 行った 2008 年度で 39 名(男子 75 名、女子 64 名)であっ た。このうち、体験前後で調査できた児童は 33 名(有効 回収率 95.7%)であった。 次に B 小学校は県南部にある小規模な小学校で、調査 当時の全校児童数約 00 名、 学年 0 ~ 20 名程度で各学 年 クラスであった。調査を行った 2008 年度において、 対象学年の 3、4 年生児童数は 5 名(男子 7 名、女子 8 名)、 6 名(男子 6 名、女子 0 名)の計 3 名であった。この うち体験前後で調査できた児童は 28 名(有効回収率 90.3%)であった。この結果、両校を合わせて 6 名分(有 効回収率 94.7%)の調査結果を得た。 (2)調査方法 単発型自然体験学習によってどのようなものが児童に認 知されたかを把握する方法を検討すると、複数選択式アン ケート調査では質問者の想定した範囲内のことしか聞き出 せないという手法としての限界がある。また自由記述式の 場合、対象学年が 3、4 年生であったため、自分の感じたこ とを適切に言語化できない可能性が担任教諭から指摘され た。そこで、本研究では体験前後で児童に絵を描いてもら う自由描写式を採用した。これは、認知心理学分野や地理 学分野で用いられ、深層心理が絵の中に表現されることを 利用したものである(押田ら 2005)。具体的には、2008 年 6 ~ 7 月に単発型自然体験学習を実施し、その前後で “ 農 業用水(用水路や田んぼ)のイメージ ” を絵で A4 用紙に 描いてもらった。また、前後で絵の照合ができるように出 席番号と氏名についても記入してもらった。ここで、実施 した単発型自然体験学習は、水着あるいは濡れてもよい服 装で農業水路に入り、魚類を中心とした水生生物の生息状 況を観察して、小学生でも歩いて訪れることができる身近 な水辺環境にも多種多様な生物が生息することを伝えるも のであった。 児童が描いた絵の変化を定量的に把握するために、絵の 内容を要素ごとに読み取り、集計した。この要素は生物、 景観、人物および行動の 4 要素とした。生物については、 形態的な特徴が描かれ明確に種まで同定できたものや種名 の記載があったものを重複のない限り、種数を集計した。 また、魚・カメ・トンボといった総称・俗称、大部分の児 童が明確に描き分けていたカエルとオタマジャクシについ ても 種として集計した。景観については、出題テーマに もあるように水田、水路および稲を集計した。これに加え て、水路や水田内に捨てられている空き缶やゴミ袋などを 描いた児童が多かったため、これらをゴミとして集計した。 人物については、農家、自分と友人の 3 つを集計した。最 後に行動については、魚捕りや水泳など明確に分かるもの 以外に行為が識別できないものも多かったため、すべてを 遊びとして集計した。―9― 自然体験学習による小学生への生物多様性の認知効果(田代優秋)
3.結果
(1)生物 描かれた生物は、体験前が 2 種、体験後が 32 種、合わ せて 34 種が確認された(表 )。もっと登場回数が多かっ た種は、体験前が多い順にオタマジャクシ、魚類、水生植 物、アメンボ、カニ類であった。体験後には、魚類、カニ 類、水生植物、ナマズ、カニ類に変化した。また、体験後 にのみ描かれた種はニゴイ、ドンコ、ウグイ、オオクチバ ス、ヌマムツ、カワムツ、タイリクバラタナゴ、ヤリタナ ゴ、オイカワ、カマツカ、ギンブナ、カワヨシノボリ、タ モロコであった。ここで特筆すべきは具体的な種名が記載 されたり、明確な種の特徴を有した魚類が描かれたことで あった(図 、図 2)。 単発型自然体験学習前後で揃って絵画を得られた 6 名 のうち、体験前に何らかの生物を描いた児童は 25 名 (77.6%)で体験後は 55 名(96.3%)に有意に増加した (Χ 2test、Χ 2=24.6、 df、p=0.000)(図 3)。児童 名あ たりの描いた種数についても、体験前の .9 ± 0.3 種(平 均±標準誤差)から、体験後の 3. ± 0.3 種に有意に増加し た(Wilcoxon signed-rank test、n=6、z=-6.77、p=0.000)。 またこの結果は、男女とも同じであった。―0― 滋賀大学環境総合研究センター研究年報 Vol. 9 No. 202
―― 自然体験学習による小学生への生物多様性の認知効果(田代優秋)
―2― 滋賀大学環境総合研究センター研究年報 Vol. 9 No. 202 (2)その他の要素 体験前後で描かれた各景観要素は、水田と稲が半減し、 水路が増加した(表 2)。また、ゴミについては前後とも 約 3%と変化はみられなかった(図 4)。 図 3 体験後に生物を描いた児童の例。上図が体験前、下図が体験後に描かれた絵画である。
―3― 自然体験学習による小学生への生物多様性の認知効果(田代優秋)
図 4 ゴミを描いた児童の例。上図が体験前、下図が体験後に描かれた絵画である。
―4― 滋賀大学環境総合研究センター研究年報 Vol. 9 No. 202 人物要素について、体験前は水路や水田に自分や友人を 描いた児童(9 名、4 名)よりも、水田内で田植えやトラ クターに乗っている農家を描いた児童(2 名)の方が多 かった。しかしながら、体験後はその関係が逆転して主に 水路にいる自分や友人の姿を描く児童が 3 ~ 4 倍に増加し た(図 5)。 図 5 体験後に自分や友人が遊ぶ姿を描いた児童の例。上図が体験前、下図が体験後に描かれた絵画である。
―5― 自然体験学習による小学生への生物多様性の認知効果(田代優秋) 行動要素について、体験前後を比較すると 3 名から 33 名と大きく増加した。描かれていた内容は、タモ網を持ち、 水路で魚やエビ・カニ類を採集している様子が多く、水路 で泳いでいる姿もみられた。一部に、ゴミ拾いをしている 姿を描く児童もみられた(図 6)。 図 6 体験後に自分や友人が遊ぶ姿を描いた児童の例。上図が体験前、下図が体験後に描かれた絵画である。
―6― 滋賀大学環境総合研究センター研究年報 Vol. 9 No. 202
4.考察
本研究では単発型自然体験学習に参加した小学生児童を 対象として、体験前後で描かれた絵画を比較することで何 が認知され、生物多様性のどのようなことが理解されたか を調査した。その結果、体験前後で絵が全く変化しなかっ た児童が 6 名いたが、96%以上の児童で変化が確認され、 種構成や出現種数などすべての要素が変化した。この絵に みられた変化から身近な水辺環境に )多様な種が存在す ること、2)自分と生物との関係性について認識していた ことが考えられた。 (1)多様な種の存在の認識 体験前に 77%の児童が何らかの生物を描いていた。身 近な水辺環境にどのような生物が生息しているか認知して いる児童は多かった。しかし、体験後には、具体的な種名 を書いたり、2 本の長いひげをもったナマズのような細か な形態的特徴が描かれたりしたことで、新たに 種も確 認された。つまり、漠然と生物の生息を認知していた児童 が体験によって、生物を知り、生物多様性の質的変化が大 きかったことが分かる。 また特徴的な変化としては、体験後に魚類全般が著しく 増加している一方で、水田内でみられるホウネンエビやオ タマジャクシが減っている。これは水路での生き物観察が 主要な活動であったため水路の印象が強かったことに起因 するが、本来は水路と水田が一体的に機能する空間である ことを鑑みれば、切り離されて理解されることは好ましく ない。今後は、水田域に生息する魚類のいくつかは水田で 産卵すること(片野ら 988)などを生物にとっても関連 性があることを提示していく必要がある。 (2)自分と生物との関係性の認識 生物の変化と同様に 20%以上の大きな変化がみられた 要素として、人物があった。これは、水路や水田内で魚捕 りや水泳をして遊んでいる自分や友人を描いていた。体験 前には、水田や水路は身近な水辺環境で生物が生息してい ることを認識しているものの、児童には遊び場として位置 づけられていなかったことが分かる。これは水路などの農 業水利施設の安全管理対策が指摘されるようになった昨今 では、家庭、小学校、土地改良区、地域全体などで「危な い、水路に入るな」という看板が設置され指導されている からであろう(図 7)。体験後には水路で遊ぶ姿が描かれ、 遊べる場所であると認識されたことが伺える。つまり、こ れまで自分と関わりになかった水辺環境で生き物を通じて レクリエーション活動ができる場、すなわち生態系サービ スのうち文化的サービスが享受できる場であることを認識 したといえる。 図 7 A 小学校区内に設置されている水路進入禁止看板。5.結論
本研究では、以下のことが結論として挙げられた。 )単発型自然体験学習を実施して、児童にその前後で絵 を描かせ、変化を把握することができた。 2)単発型自然体験学習において、体験前には認知されて いた種数が .9 種から体験後に 3. 種に増加し、形態的特 徴が鮮明な魚類や種名を記載した絵が描かれ、児童の生物 多様性に関する質的な変化がみられた。 3)水田や水路と自分との関わりは意識されていなかった が、体験後に「遊び」という場として認識され、自分との 関わりを見出し、レクリエーション機能を認知した。謝辞
本研究を遂行するにあたり、調査にご協力頂いた 2 つの 小学校に深甚なる感謝の意を表する。また、自然体験学習 の開催にあたり徳島県農村振興課のご協力を頂いたい。参考文献
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―7― 自然体験学習による小学生への生物多様性の認知効果(田代優秋)
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