感情と感覚・身体部位のイメージ関連性―アレキシ
サイミア・身体感覚増幅とフォーカシング的態度に
着目してー
著者
岡田 敦史
学位授与機関
Tohoku University
学位授与番号
11301甲第18983号
URL
http://hdl.handle.net/10097/00128184
感情と感覚・⾝体部位のイメージ関連性 ―アレキシサイミア・⾝体感覚増幅とフォーカシング的態度に着⽬して― 編⼊学年度 平成 29 年度 ⽒ 名 岡⽥敦史 論⽂内容の要約 本論⽂の第1の⽬的は,感情についてのイメージと,感覚モダリティ及び⾝体部位のイメ ージの関連性について,定量化を試みるために⼀般⼤学⽣を⽤いて⼀般的傾向を明らかに することであった。次に,⼼⾝症や精神的健康と関連の深い個⼈特性(アレキシサイミア・ ⾝体感覚増幅傾向とフォーカシング的態度)が,感情と感覚・⾝体部位のイメージ関連性に どのように影響を及ぼしているのか分析し,これらの知⾒をもとに,⼼理的健康⽀援などへ の臨床応⽤の可能性について考察することであった。 まず,感情と感覚・⾝体部位のイメージ関連性における⼀般的に広くみられる結合パター ンを検討した。具体的には,特定の感情と結びつきやすい感覚・⾝体部位イメージは⼈に共 通して存在するのか,あるとすれば,どのような結びつき⽅をするのかについて分析した。 例えば,しあわせを⾔いあらわすとき,「しあわせを味わう」という場合もあるし,「しあわ せにくるまれる」と表現する場合もある。これらは,しあわせという感情の微妙な違いにつ いて,誰でも共通して,前者は味覚イメージを⽤いて,後者は⾝体全⾝イメージを⽤いて感 情イメージを正確にあらわそうとしている。つまり,感情と同時に⽣起する感覚・⾝体部位 イメージには,特定のイメージ結合パターンがあると考えた。そこで,感情と結びつきやす い感覚・⾝体部位イメージ関連性について定量化し,⼀般的に広くあてはまる結合パターン の有無と,その特徴を明らかにした。 第2の⽬的として,感情と共起する感覚・⾝体部位イメージには個⼈特性が⼤きく影響を 及ぼすことが考えられる。例えば,⼼的ストレスが原因となり⾝体症状として表出される⼼ ⾝症症状(過敏性腸症候群など)は,特定の個⼈特性(アレキシサイミア傾向)と関連が強 いことが明らかにされている。そこで,アレキシサイミア傾向,⾝体感覚増幅傾向,フォー カシング的態度などの個⼈特性は,どのように関連性に影響を及ぼしているのか検討し,感 情と感覚・⾝体部位のイメージ関連性について個⼈特性ごとの特徴を分析した。 第3の⽬的として,それらの個⼈特性ごとに,感情と感覚・⾝体部位のイメージの結合パ ターンに違いがあれば,その特徴を分析することで,⼼⾝症への⼼理⽀援アプローチも検討 できるのではないかと考えた。クライアント中⼼療法の発展型であるフォーカシングなど は,内的⼼理状態と⾝体感覚の関連のあり⽅を重視する⼼理療法である。これらの⽅法は, 感情などの主観的体験と感覚・⾝体イメージに対するクライアント⾃⾝の感知の仕⽅(気づ き⽅)へアプローチすることで,症状の軽減や精神的健康の増進を図っている。本研究では, フォーカシング的態度を扱うこととし,感情と感覚・⾝体部位のイメージ関連性に及ぼす影 響について介⼊実験と臨床事例から検討した。 最後に,これらの知⾒をもとに,感情と感覚・⾝体部位のイメージ関連性について説明モ デルを提⽰し,⼼理的健康⽀援法としての臨床応⽤の可能性を考察した。 第 1 章「序論」では,まず本論⽂の⽬的について上述した内容を詳しく述べた。次に,
様々な領域から検討されている感情と感覚・⾝体性に関する研究を 4 つの視点から概観し た。第 1 に認知⾔語学や精神分析学から検討されている感情と⾝体関連に関する⾔語表現 の側⾯から,第 2 に⼼⾝症症状に強く影響を及ぼすパーソナリティ特性としてのアレキシ サイミアと⾝体感覚増幅,脳腸相関の側⾯から,第 3 として,⼼理学における古典から現在 に⾄る感情理論及びソマティック・マーカー仮説について概観した。第4として,感情と⾝ 体の関係性を⼼理治療に応⽤している認知⾏動療法としてのマインドフルネスと,体験過 程療法としてのフォーカシングにおいて,感情と感覚・⾝体イメージの関連性について,ど のように捉えているのか概観した。 第 2 章「基本感情と感覚モダリティ・⾝体部位のイメージ関連性の定量化と個⼈特性(ア レキシサイミア傾向)の影響」では,基本感情と感覚モダリティ・⾝体部位のイメージ関連 性の定量化を第 1 の⽬的として,新たな尺度の開発を試みた。それらの尺度を⽤いて,両者 の関連性における⼀般的傾向を分析した。加えて,第 2 の⽬的として,それらの尺度を⽤い て,個⼈特性(アレキシサイミア傾向)の影響について,基本感情と感覚・⾝体部位のイメ ージ関連性を分析した。 ⽅法として,調査協⼒者は⼤学⽣ 156 ⼈であり,基本感情(しあわせ,悲しい,恐い,怒 り,驚き,嫌い)と感覚モダリティ(温覚,冷覚,嗅覚,味覚,触覚,痛覚,平衡感覚,⾝ 体運動感覚,視覚,聴覚)および⾝体部位(額,喉,胸,胃,へそ,下腹部,内臓,からだ 全体)について,モダリティ・デファレンシャル法(MD 法)と新たに試作したボディイメ ージ・ロケーション尺度(BIL 尺度(ver.1))を⽤い,上記の基本感情について関連性の強さ を評定させイメージ関連性の定量化を試みた。同時に,トロント・アレキシサイミアスケー ル(TAS-20)にも回答をもとめ,アレキシサイミア傾向の⾼低について判断した。 第 2 章の第 1 の⽬的としたイメージ関連性の定量化の結果から,基本感情と感覚モダリ ティとのイメージ関連性では,感情と結びつきやすい感覚モダリティが存在することがわ かった。基本感情(しあわせ,悲しい,恐い,怒り,驚き,嫌い)ごとに 感覚モダリティ ごとの関連性は異なっていた。遠感覚(聴覚,視覚)では,関連性の平均得点は⾼いが,変 動係数は低かった。つまり,どの感情も遠感覚は関連性が強いが,感情ごとの特異性はみら れなかった。⼀⽅,近感覚(温覚,冷覚,嗅覚,味覚,触覚,痛覚)では 6 感情の変動係 数は⾼かった。特に,味覚と嗅覚の変動係数は⾼く,感情ごとに関連性の違いが⼤きいこと が⽰された。近感覚では,モダリティごとに感情との関連性は⼤きく異なり,感情特異性が 存在することがわかった。特徴として,しあわせは味覚と⾼い関連性を⽰し,痛覚で低かっ た。対照的に,悲しいでは,温覚,嗅覚,触覚で関連性が低く,それに⽐べ,冷覚,味覚, 痛覚では関連度は低くないことがわかった。 また,基本感情と⾝体部位とのイメージ関連性では,どの感情も胸と強く結びついている が,反対に下腹部は,感情によって結びつきの強さが異なっていることがわかった。しあわ せや悲しいという対極の感情も胸との関連性を⾼く⽰している。つまり,基本感情はどの感 情も胸との関連が強いことが⽰され,⾝体部位イメージ特異性が存在していることがわか った。個々の感情別にみると,しあわせは,からだ全体で関連性が⾼く,部位に限定されず, 全⾝的イメージであることが⽰された。怒りは,額との関連性の⾼さを⽰し,嫌いは,胃, へそ,下腹部で関連性の⾼さを⽰した。悲しいは,他の感情と⽐較すると,喉と胸を除いて 全般的にどの⾝体部位ともイメージ関連性が低いのが特徴的であった。 以上のことから,MD 法と新たに開発した BIL 尺度を⽤い,基本感情と感覚・⾝体部位イ メージの関連性について,評定法を⽤いて定量化してそれらの特徴を明らかにすることが
できた。加えて,感覚イメージ関連性において,特定の感情と結びつきやすい感覚モダリテ ィは存在し,感情特異性が⽰された。また,⾝体部位イメージ関連性においては,どの感情 も特定の⾝体部位イメージと結びつきやすい⾝体部位特異性が⽰された。 第 2 章の第 2 の⽬的として, ⼼⾝症と密接に関連するといわれている個⼈特性(アレキ シサイミア)の影響について,基本感情と感覚・⾝体部位のイメージ関連性を分析した。ア レキシサイミアとは,失感情症と訳され,⾃⾝の感情を表現したり,区別することができな い状態であり,⼼⾝症や PTSD などと結びつきがあるといわれている。トロント・アレキ シサイミアスケール(TAS-20)の回答から,アレキシサイミア傾向の⾼低について判断し, 個⼈特性(アレキシサイミア傾向)の影響について,基本感情と感覚・⾝体部位のイメージ 関連性を分析した。 結果として,MD 法から得られたデータから,アレキシサイミア傾向の低い群は,悲しい 感情を近感覚モダリティ(温覚,冷覚,嗅覚,味覚,触覚,痛覚)の違いを⽤いて関連づけ, 冷覚と痛覚に強く関連があると評定した。つまり,悲しいという感情については,近感覚モ ダリティ特異性を⽰して感知していた。対照的に,アレキシサイミア傾向の⾼い群は,悲し い感情と近感覚モダリティ関連性においては,低群に⽐べ全般的に関連が強いと評定した ことに加え,どの近感覚モダリティとも同じ程度に関連づけており,個々の近感覚モダリテ ィによる違いを区別していないことが⽰された。また,BIL 尺度では,アレキシサイミア傾 向⾼群は,悲しいと怒りについて,⾝体部位と関連がより強いと評定した。これらのことか ら,アレキシサイミア傾向の⾼い群は,感情を感覚・⾝体部位イメージと強く関連づける傾 向があることに加えて,悲しい感情について同時に⽣起する近感覚モダリティイメージの 違いを感知していないことが推察された。 第 3 章「個⼈特性が感情と感覚・⾝体部位のイメージ関連性に及ぼす影響」では,MD 法 と BIL 尺度(ver.2)を⽤いて,次の 3 つの⽬的について検討した。個⼈特性として,第 1 に ⾝体感覚増幅傾向の影響について検討し,第 2 にフォーカシング的態度の影響について検 討した。そして,第 3 としてこれらの個⼈特性の相互関連性について検討した。 ⽅法として,⼤学⽣ 130 ⼈の調査協⼒者には,⾝体感覚増幅尺度(SSAS),フォーカシン グ的態度(FMS-18),トロント・アレキシサイミアスケール(TAS-20)への回答と同時に, 基本感情(しあわせ,悲しい,恐い,怒り,驚き,嫌い)と感覚モダリティ(温覚,冷覚, 嗅覚,触覚,痛覚,平衡感覚,⾝体運動,視覚,聴覚)および⾝体部位(額,喉,胸,胃, 下腹部,内臓,からだ全体)についてイメージ関連性の評定をもとめた。それぞれの感情は MD データと BIL データごとに,第 1 に⾝体感覚増幅傾向の⾼群と低群に分け⽐較し,第 2 にフォーカシング的態度⾼群と低群に分けて⽐較し,個⼈特性の影響を検討した。第3と して,⼼⾝症に影響する個⼈特性の相互関連性の分析を⽬的としてアレキシサイミア傾向, ⾝体感覚増幅傾向,フォーカシング的態度の関係性について、とくにアレキシサイミア傾向 に注⽬して統計的分析を⾏った。 第3章の第1の⽬的として⾝体感覚増幅傾向の影響について,基本感情と感覚・⾝体部位 のイメージ関連性を分析した。⾝体感覚増幅傾向とは,アレキシサイミア傾向と強い正の相 関があり,⾝体感覚を強く,有害に,⽀障あるものと感じる傾向を⽰す個⼈特性である。⾝ 体感覚増幅は,不快な⾝体や感覚に対する関⼼が⾼まり,頻度や程度が強くないにもかかわ らず特定の⾝体感覚へ選択的に注意が集中する傾向や,出現した感覚を病的なものと感じ る感情・認知⾯の傾向であり,⼼⾝症症状と深く結びついているといわれている。 結果として,MD 法から得られたデータから,⾝体感覚増幅傾向⾼群は低群に⽐べて,悲
しい,恐い,怒り,驚きと近感覚モダリティ(温覚,冷覚,嗅覚,触覚,痛覚)とのイメー ジ関連性を強いと評定した。また,BIL 尺度では,⾝体感覚増幅傾向⾼群は低群に⽐べて, しあわせ,恐い,怒り,驚き,嫌いと⾝体部位とのイメージ関連性を強いと評定した。従っ て,⾝体感覚増幅傾向の⾼い者は,感情と感覚・⾝体部位のイメージ関連性に,強い結合パ ターンが存在することがわかった。このことから,感情と感覚・⾝体部位のイメージ関連性 において,⼼⾝症につながりやすいアレキシサイミア傾向や⾝体感覚増幅傾向が特有の影 響をもつことが確認された。 第3章の第2の⽬的として,アレキシサイミア傾向や⾝体感覚増幅傾向とは対照的に精 神的健康増進と関連があるといわれている個⼈特性としてフォーカシング的態度をとりあ げ,対⽐的な個⼈特性の観点から感情と感覚・⾝体部位のイメージ関連性への影響について 分析した。 ⾃分の内側の体験(体験過程)に直接注意を向け,漠然とした感覚(felt sense)に丁寧に触 れ続けると,体験過程が深まる現象と技法をフォーカシング(Focusing)と呼ぶ。フォーカシ ング的態度とは,⾝体の内側の体験に直接注意を向け,優しく,尊重し,丁寧に触れる独特 な態度である。 結果として,アレキシサイミア傾向とフォーカシング的態度には,強い負の関係が確認さ れ,アレキシサイミアとフォーカシング的態度は対⽐的な個⼈特性であることが確認され た。MD データをフォーカシング的態度⾼群と低群に分けた分析の結果では,⾼群は低群に ⽐べ,怒りについて感覚モダリティとの関連を強いと評定した。BIL データでは,フォーカ シング的態度⾼群は,しあわせ,悲しい,怒り,驚きについては,⾝体部位とのイメージ関 連性を強いと評定した。アレキシサイミアと負の相関を⽰すフォーカシング的態度の⾼い 者は,基本感情と感覚モダリティ・⾝体部位のイメージを強く関連づけていることが⽰され た。従って,精神的健康を増進するフォーカシング的態度といわれる個⼈特性においても, 基本感情と感覚・⾝体部位のイメージ関連性に強い結合パターンがあることが⽰された。 第3章の第3の⽬的として,⼼⾝症と深く結びつくアレキシサイミア傾向に関与する ことが予想される個⼈特性(⾝体感覚増幅とフォーカシング的態度)の関連性について検討 した。トロント・アレキシサイミアスケール(TAS-20)を⽬的変数,⾝体感覚増幅尺度(SSAS) と体験過程尊重尺度(FMS-18)の各尺度の得点を説明変数として重回帰分析を⽤いて検討 した。なお、体験過程尊重尺度で計られるフォーカシング的態度は,精神的健康と正の相関 が明らかにされている。 結果として,アレキシサイミア傾向を⾝体感覚増幅傾向は増強させる影響(プラスの相関) があり,フォーカシング的態度は抑制する影響(マイナスの相関)を及ぼすことがわかった。 つまり,主観的に感知する感覚・⾝体イメージに対して,否定的に気づく態度(⾝体感覚増 幅傾向)と,友好的,受容的に気づく態度(フォーカシング的態度)によって,アレキシサ イミア傾向が助⻑されたり、あるいは緩和されることが推察された。 このことから,フォーカシング的態度の習得により,⾃⼰の感覚・⾝体イメージに好意的 で受容的なモードで気づくことができるようになれば,感情と感覚・⾝体イメージの結合パ ターンの変容が可能となる道筋も⽰唆された。 第 4 章「イメージ関連性からみた基本感情の分離と類似性」では,これまでの研究で得ら れたイメージ関連性に関するデータをクラスター分析にかけ,はじめに⼤学⽣の対象者全 体について,次に個⼈特性ごとに群分けを⾏って,基本感情の分離と類似性の様態について 検討した。
第 1 に,⼀般⼤学⽣を対象とした MD データと BIL データをもとに,基本感情(しあわ せ,悲しい,恐い,怒り,驚き,嫌い)について,クラスター分析を施した。類似性を簡素 に判断するために,デンドログラムの⼤分類にあたる2分岐点をみると,MD データでは, 悲しい;怒り;恐いが同⼀クラスターであり,残りの驚き;嫌い;しあわせが同⼀クラスタ ーであった。BIL データでは,恐い;驚き;しあわせ;悲しい;怒りは同⼀クラスターに分 類されたが,唯⼀,嫌いのみ別クラスターとなった。しあわせと悲しいという対極の感情は, MD データでは明確に別クラスターとなった。BIL データでも,3 分岐点ではしあわせと悲 しいは別クラスターとなっている。つまり,しあわせと悲しいという対極の感情は,感覚・ ⾝体部位とのイメージ関連性では,分離的な位置関係であることが⽰された。 第 2 に,個⼈特性として⾝体感覚増幅傾向をとりあげ,基本感情(しあわせ,悲しい,恐 い,怒り,驚き,嫌い)の類似性を分析した。⾝体感覚増幅傾向の⾼群と低群を抽出し,MD データと BIL データをもとに,群ごとにクラスター分析を⾏った。⾝体感覚増幅傾向低群 では,デンドログラムの⼤分類にあたる2分岐点をみると,MD データでは,悲しい;怒 り;恐いが同⼀クラスターとなり,残りのしあわせ;驚き;嫌いが同⼀クラスターであった。 BIL データでは,しあわせ;恐い;怒り;驚き;嫌いは同⼀クラスターに分類されたが,唯 ⼀,悲しいのみ別クラスターとなった。これらの結果から,⾝体感覚増幅傾向低群は,対極 の感情であるしあわせと悲しいについて,感覚モダリティイメージでも⾝体部位イメージ でも,分離的であることが明確に⽰された。 対照的に,⾝体感覚増幅傾向⾼群では,同様にデンドログラムの2分岐点をみると,MD データでは,悲しい;怒り;しあわせが同⼀クラスターとなり,残りの驚き;嫌い;恐いが 同⼀クラスターであった。BIL データでは,恐い;怒り;しあわせ;嫌い;驚きは同⼀クラ スターに分類されたが,唯⼀悲しいのみ別クラスターとなった。MD データでは,⼀般⼤学 ⽣のクラスターとは異なった類似構成が特徴的である。⾝体感覚増幅傾向⾼群は,しあわせ と悲しいというような対極の感情でも,感覚モダリティイメージ関連性において,類似した 感情であると判断していることを⽰していた。つまり,しあわせと悲しいという対極の感情 を,感覚モダリティイメージでは区別できず,混交したものとして体験していることが⽰唆 された。 第 3 に,フォーカシング的態度について検討した。フォーカシング的態度の⾼い群と低 い群を抽出し,MD データと BIL データをもとに,群ごとにクラスター分析を⾏った。 まず,フォーカシング的態度⾼群では,デンドログラムの2分岐点をみると,MD データ では,悲しい;怒り;恐いが同⼀クラスターとなり,残りのしあわせ;嫌い;驚きが同⼀ク ラスターであった。BIL データでは,しあわせ;恐い;怒り;驚き;嫌いは同⼀クラスター に分類されたが,唯⼀悲しいのみ別クラスターとなった。どちらのデータでも,しあわせと 悲しいという対極の感情は,別クラスターとなった。つまり,しあわせと悲しいは対極の位 置関係であることが⽰された。 対照的に,フォーカシング的態度低群では,デンドログラムの2分岐点をみると,MD デ ータでは,悲しい;怒りが同⼀クラスターとなり,残りの驚き;嫌い;恐い;しあわせが同 ⼀クラスターであった。BIL データでは,しあわせ;悲しい;驚きが同⼀クラスターであり, 残りの恐い;嫌い;怒りが同⼀クラスターであった。BIL データでは,フォーカシング的態 度低群は,しあわせと悲しいといった対極の感情を,⾝体部位イメージ関連性においては, 類似した感情と判断していた。つまり,⾝体感覚増幅傾向⾼群が MD データで⽰したのと 同じように,しあわせと悲しいという対極の感情を,⾝体部位イメージでは,区別できず, 混交したものとして体験していると解釈することができた。
まとめると,⼀般⼤学⽣群では,しあわせと悲しいのように対極にある感情は,感覚モダ リティイメージ,⾝体部位イメージ,どちらにおいても異なったクラスターに分類され,明 確に分離された。しかし,⾝体感覚増幅傾向の⾼い群では,感覚モダリティイメージにおい て,悲しいとしあわせの区別ができず混交したものとして体験されていた。加えて,フォー カシング的態度の低い群でも,⾝体部位イメージにおいて,悲しいとしあわせの区別ができ ず混交したものとして体験していた。このことから,⾝体感覚増幅傾向の⾼い者や,フォー カシング的態度の低い者は,対極にある感情であっても感覚モダリティイメージや⾝体部 位イメージは明確に区別されておらず混交していることがわかり,特別な特徴をもつこと が⽰唆された。 第5章「フォーカシング的態度習得による感情と感覚・⾝体部位イメージの関連性変容に 関する実験的検討」では,⾝体感覚増幅傾向(SSAS)とフォーカシング的態度(FMS-18) で測定される 2 つのモード(否定的態度による気づき⽅と肯定的態度の気づき⽅)の影響 を実験的に確認するために,フォーカシング的態度の習得教⽰により,感情と感覚・⾝体部 位のイメージ関連性の結合パターンに変容が⽣じるのか実験を⽤いて検討した。仮説とし て,フォーカシング的態度を教⽰することで,否定的から肯定的へ,気づき⽅のモードが変 容することによって感情と感覚・⾝体部位のイメージ関連性の結合パターンは変化するこ とを推測した。加えて,顕著な変容が⽣ずればアレキシサイミア傾向の改善につながるので はないかと想定した。 ⽅法として,約 40 分(20 分を 2 回)のフォーカシング態度習得セッションを 7 ⽇間隔 で 2 回⾏い,前後で MD 法・BIL 尺度,SSAS,FMS-18,TAS-20 を⽤いて測定し,感情と 感覚・⾝体部位のイメージ関連性の変化を検討した。フォーカシング的態度の習得を⽬指す 実験群には,「ゆっくりと時間をとって,今のからだの内側でどのように感じているか,ど んな気持ちだろう,と問いかけ⾝体はどう反応するかを待ち,やさしい注意の向け⽅で,友 好的な態度で優しく感じ,眺めるという注意を向ける。何も感じないときは,何も感じない ことに優しく友好的な注意を向ける。1 分ごとに⼩⾳量でブザーをならし,5 分間続ける。」 と教⽰した。⼀⽅,コントロール群は,⼀桁の単純計算作業を実施した。 結果として,実験群も統制群もどちらも,前後の⽐較では,TAS-20 の得点に変化はみら れなかった。加えて,FMS-18 と SSAS の得点にも差がみられなかった。 しかし,感情と感覚・⾝体部位のイメージ関連性においては,実験群では習得教⽰後では, 感情によって,MD も BIL も有意に⾼くなることが明らかになった。また,実験群では, BIL データを基にしたクラスター分析の結果から,習得教⽰前は,しあわせと悲しいのよう に対極にある感情が同⼀クラスターとなったが,習得教⽰後はクラスターが分かれ,両者は 分離した位置関係へと変容した。このことから,基本感情の類似性においてもフォーカシン グ的態度習得教⽰が影響していることが明らかになった。加えて,実験群の内省報告を分析 すると,統制群とは体験内容が⼤きく異なり,意味を含んでいそうなイメージ体験(フォー カシングでいうフェルトセンス)の報告もあった。実験群では⼼理療法としてのフォーカシ ングに近い習得教⽰の効果であったことも⽰された。なお,統制群では,前後で,MD も BIL もどちらもイメージ関連性に違いはみられなかった。しかし,基本感情の類似性パター ンでは,MD において,課題前は悲しいとしあわせは分離していたが,課題終了後には同⼀ クラスターとなった。BIL では,しあわせと悲しいは,前後ともに分離しており変化は⾒ら れなかった。 これらのことを総合すると,フォーカシング的態度の習得教⽰は,感情と感覚・⾝体部位
のイメージ関連性の⼼理的機序に働きかけ,イメージの結合パターンの変容に影響するこ とが⽰唆され,基本感情の分離と類似においても,しあわせと悲しいのような,対極の感情 イメージを混交したものから,明確に分離したものとして⾝体部位イメージで感知するこ とができるようになることが⽰された。しかし,2週間(2回)という短期間の介⼊では, 強固な個⼈特性(TAS-20)まで影響しないことがわかった。課題として,⼀般健常者を対 象としたアナログ研究だけでなく,治療⽬的にクリニックを訪れる臨床群を対象とした臨 床研究として,フォーカシング的態度習得の教⽰が⼼⾝症症状の軽減に効果を及ぼすこと ができるのか検討する必要性を指摘した。 第 6 章「臨床事例からみたフォーカシング的態度習得による⾝体感覚と感情の変容」で は,カウンセリングの進展とともに,⾝体感覚や内⾯に対して受容的で肯定的な態度で気づ くことができるようになるフォーカシング的態度を習得することで,⼼理的問題を解消す ることができた 2 つの⼼理療法事例を提⽰し,フォーカシング的態度習得による⾝体感覚 と感情の変容について検討した。カウンセリング経過を詳細に検討することで,クライエン トの内⾯では否定的態度から肯定的態度へ変化が⽣じ,⼼理的健康の回復につながったプ ロセスを⽰した。 事例 1 は,フォーカシング指向カウンセリングの進展とともに,⾝体に障害を持つクラ イアントが幼い頃から持っていたネガティブな感覚・⾝体イメージに対して,優しく接する 態度を習得することができた。幼いころから持っていた⾝体障害に対する否認イメージに ついて,肯定的・受容的に向かい合う「気づき⽅」へと変化した。つまり,クライアントは フォーカシング的態度を習得することで,変えられない⾝体障害やそれに随伴したネガテ ィブな感覚・⾝体イメージを否認するのではなく,優しく丁寧に肯定的態度を持って接する ことができるようになり,⼼⾝症症状は消去され,⼼理的健康回復へとつながった。 事例 2 は,重度⾝体障害のある息⼦を育児する⺟親とのフォーカシング指向カウンセリ ングの事例であった。カウンセリングの進展とともに,クライエント(⺟)は,息⼦の⾝体 障害について抱いていた消極的なイメージに対して肯定・受容的な態度で「気づく」ことが できるようになり,障害のある息⼦に対する感情イメージが「脆弱」なものから,それまで ⾒過ごしていた「たくましさ」へと変化した。つまり,フォーカシング的態度を⺟親が⾝に つけることで,障害のある息⼦の「たくましさ」や「チャレンジ精神」などの新たな感情イ メージに気づくことができた。 どちらの事例でも,フォーカシング指向カウンセリングの進展を検討すると,クライアン トの内⾯では,気づき⽅モードが否定的態度から肯定的態度へと変わることで,⼼理的健康 の回復につながったプロセスを推察することができた。 第7章「総合考察」では,本研究で得られた知⾒をまとめ,感情と感覚・⾝体部位のイメ ージ関連性について結論を述べた。また,それらに基づいて、フォーカシング的態度の臨床 応⽤可能性についても考察を加えた。本研究から得られた成果は次の 6 項⽬である。 1. MD 法と新たに開発した BIL 尺度を⽤いて,感情と感覚・⾝体部位のイメージ関連性 について定量的に把握することができた。 基本感情と感覚・⾝体部位のイメージ関連 性においては,感情特異性と,⾝体部位特異性が⽰された。 2. 感情と感覚・⾝体部位のイメージ関連性において,個⼈特性により特異的な結合パタ ーンがあることが⽰された。⼼⾝症と結びつく個⼈特性(アレキシサイミア傾向や⾝ 体感覚増幅傾向)の⾼群は,感情と感覚・⾝体部位のイメージ関連性をより強く判断
していることが明らかになった。同様に,精神的健康増進に結びつくフォーカシング 的態度の⾼群も,感情と感覚・⾝体部位のイメージの関連性をより強いと判断するこ とが明らかになった。個⼈特性(アレキシサイミア,⾝体感覚増幅,フォーカシング 的態度)間の関連を検討すると,⾝体感覚増幅傾向は,⼼⾝症と深い関連があるアレ キシサイミア傾向を増強させる影響(プラスの相関)が認められ,反対にフォーカシ ング的態度は,抑制する影響(マイナスの相関)を与えていた。 3. イメージ関連性からみた基本感情の分離と類似性を検討するために,MD データと BIL データに基づきクラスター分析を⾏うと,⾝体感覚増幅傾向の⾼群とフォーカシ ング的態度の低群は,しあわせと悲しいという対極にある感情を類似する⽅向に感受 しており,感覚・⾝体部位イメージを使って,感情の違いを的確に判別できていない ことが推察された。⼀⽅で,フォーカシング的態度の⾼群は,しあわせと悲しいとい う対極の感情は明確に分離して感受され,感覚・⾝体部位イメージを使って,感情イ メージの違いを的確に判別していることがわかった。 4.フォーカシング的態度の習得実験から,フォーカシング的態度の習得教⽰は,感情と 感覚・⾝体部位のイメージ関連性の⼼理的機序に働きかけ,イメージの結合パターン を変容させた。また,感情の分離と類似性においても,しあわせと悲しいのような, 対極の感情イメージを混交したものから,分離したイメージへと変容させることの可 能性が⽰唆された。しかし,アレキシサイミアや⾝体感覚増幅,フォーカシング的態 度については,本実験で実施した回数・時間・期間では変化は⾒られなかった。 5.臨床事例からみたフォーカシング的態度習得による⾝体感覚と感情の変容について 検討した。フォーカシング指向カウンセリングの臨床事例では,クライアント⾃⾝が 受容的で肯定的な態度で気づくことができるようになり,気づき⽅モードが否定・拒 否的なものから,肯定・受容的モードに変容することで,⼼理的健康の回復につなが ったプロセスが⽰された。 6.本研究の成果をもとにして,感覚や⾝体部位に関わるイメージを感情と結び付けて意 識化する際に,個⼈特性の違いによってネガティブモードとポジティブモードが介在 し,それらのモードの違いによって,感情の間の混交や分離が⽣じたり,精神的健康 を損ねる,あるいは増進する経路が存在するという説明モデルを図式化し提案した。 以上のように,本研究では,感情と感覚・⾝体部位のイメージ関連性を定量化して⽰すこ とができ,感情と感覚・⾝体部位のイメージは密接に関連していることがわかった。また, ⼼⾝症と関連の深い個⼈特性であるアレキシサイミア傾向と⾝体感覚増幅傾向は,感情と 感覚・⾝体部位のイメージ関連性を強めることがわかった。加えて,精神的健康の増進と関 連があるといわれるフォーカシング的態度でも,感情と感覚・⾝体部位のイメージ関連性は 強い傾向がみられた。 ⼀⽅で,MD と BIL をもとに,基本感情の分離と類似性の検討では,⾝体感覚増幅傾向 の⾼い者とフォーカシング的態度の低い者は,しあわせと悲しいという両極にある感情に ついて,明確に区別できず,混交した感覚・⾝体部位イメージを形成していることがわかっ た。対照的に,精神的健康増進につながるフォーカシング的態度の⾼い者では,しあわせと 悲しいのように対極の感情については,感覚・⾝体部位イメージの違いが明確であり,それ らは混交せず分離していた。 感情と共起する感覚・⾝体部位イメージの感知が極端に強すぎたり,弱すぎたりする場合, 主観的体験としての感情の微妙な違いを正確に感知することができなくなり,⼼⾝のバラ
ンスが崩れ,様々な精神的ストレスが⾝体症状として現れてくることが考えられる。⾝体感 覚増幅傾向は,特定の⾝体感覚へ選択的に注意を向け,有害で,⽀障のあるものとする否定 的な気づき⽅にもとづいて感覚モダリティイメージを形成しており,しあわせ,悲しいとい った正反対の感情に対しても,感覚モダリティイメージは混交してしまい,感情の差異を感 知できなくなり,精神症状が出現するとも考えられる。このような傾向とは反対に,フォー カシング的態度も感情と感覚・⾝体部位イメージの関連性を強く⽰すものの,内側の漠然と した体験に対して,友好的,受容的な気づき⽅で注意を向けることで,感情と共起する感覚・ ⾝体部位イメージの微妙な差異を感知し,正確に認識することができ,精神的健康の増進に つながると考えることができる。 気づき⽅モードの違いによる感情と感覚・⾝体部位のイメージ変容については,フォーカ シング的態度習得の介⼊教⽰を⾏なった実験的検討からも⽀持された。加えて,臨床事例の 検討からも,気づき⽅モードが否定・拒否的から肯定・受容的モードに変化することで,⼼ ⾝症などの症状の改善と⼼理的健康回復に効果的であることが⽰された。 このような知⾒を総合して,感覚や⾝体部位に関わるイメージを感情と結び付けて意識 化する際に、個⼈特性の違いによってネガティブモードとポジティブモードが介在する経 路が存在することを図式化した説明モデルを提⽰した。 感情と感覚・⾝体部位のイメージを意識化する際に,肯定的・共感的態度で気づく経路で あるフォーカシング的態度を習得し,⽇常⽣活で活⽤することができれば,⾝体感覚増幅や アレキシサイミアなどの⼼⾝症につながりやすい特異的な感情と感覚・⾝体部位のイメー ジ結合パターンを改善する道筋の⼀端が⽰された。