〈原著〉
フランシス・ベーコンによる Cupid 寓話の解釈と彼の物質論の視野
― スピリット論の形態の物質論を礎とした長生法の現代的意義 ―
藤 井 義 博
(藤女子大学 人間生活学部 食物栄養学科・藤女子大学大学院 人間生活学研究科 食物栄養学専攻)本研究の目的は、英国の哲学者フランシス・ベーコン(1561-1626)がʠ古代人の知恵につ いてʡ(De sapientia veterum)とʠ原則と起源についてʡ(De principiis atque originibus)の中 で述べている Cupid(キューピッド)寓話の解釈の吟味により、彼の物質論(matter theory) の視野を明らかにし、彼のスピリット(the spirits)に基づいた長生法の現代的意義を考察す ることである。ベーコンの物質論は、彼が最終的に到達した事物の原則(原初物質)に基づ いている。そしてベーコンの事物の原則は、①事物の原則は物質(原初物質)であること、 ②原初物質はひとつであること、③原初物質は人格であること、という三つの特徴をもって いる。これらの特徴は、ベーコン哲学を、プラトン哲学やアリストテレス哲学、デモクリト ス哲学、デカルト哲学から区別する指標でもある。ベーコンによる人間は、Cupid という人 格としての原初物質からなり、Cupid という人格に由来する内発的な主体性を全人的に有し ている複合物質であると理解することができる。このように人間を理解してはじめて、長生 法は単に長生きするための長寿法ではないとするベーコンの真意がわかるように思われる。 ベーコンの物質論の魅力のひとつは、現代の諸科学のパラダイムであり続けている⽛身体物 質⽜と⽛精神物質⽜の⚒つの原則を峻別するデカルト的心身二元論を克服できることにある。 デカルト的心身二元論は、自然の全体を対象として分析しないで、自然からの抽象を出発点 としているという根本的な欠陥がある。この抽象の弊害を克服して、自然の全体を対象とし て分析するには、無生物と精神性を有する生物を峻別しないで、この両者をそれぞれ両極端 にもつ連続的なスペクトラムとする一つの原則から出発する哲学が必要になる。この意味に おいて多様な事物が由来するところの一元的な人格的原則であるベーコンの原初物質は、こ の条件を満たす原則であると思われる。ベーコンの物質論は、自然の全体を対象として分析 するための正しい出発点である。しかしながら正しい出発点を得ても、自然の全体を対象と して分析を進めるためは、ʠ想像ʡの過程を認めないベーコン的帰納法は方法論として不十分 であり、ホワイトヘッドが表明しているようなʠ想像的一般化ʡの過程を補完した帰納法が 必要であると思われる。 キーワード:長生法、原初物質、ベーコン的帰納法、デカルト的心身二元論、想像的一般化
⚑.はじめに
諸科学の再構築を意図した英国の哲学者フランシ ス・ベーコン(1561-1626)は、一方ではʠ新オルガノ ンʡ(the Novum Organum)によって彼の哲学プロジェ クトの計画と目的を示し、他方ではʠ自然誌ʡで実際 の具体的な検証・推進方法を公表して、人々による彼 の新哲学の実践と普及を目指した。そして⚖つのʠ自 然誌ʡの中でも長生のための生活法(以下、長生法と 呼ぶ)をテーマとするʠ生と死の自然誌ʡ(Historia Vitae et Mortis)をとりわけ重視した1)。ベーコンの長 生法の特徴は、身体の神経生理学的知見の進展に基づ き、相互に影響し合うスピリット(the spirits)と身体 部分からなる身体観を礎とすることで、主に食物を介 して身体部分を保持し回復する従来の方法に加えて、 身体の内発的な主体性であるスピリットを若く保持し それを回復するという新たな方法を用いたことにあ る1)、2)。そしてこの長生法を可能にしたのは、デカルト的心身二元論のように身体を機械とみなすことなく 身体と精神を峻別することなく、心身を全人的に把握 しているベーコン独自の物質論(matter theory)であ る。 ベーコンにはʠ原則と起源についてʡ(De principiis atque originibus)という 1612 年頃に書かれた未完の 原稿がある。これは、彼が 1609 年に刊行したʠ古代人 の知恵についてʡ(De sapientia veterum)の中で述べ た Cupid(キューピッド)の寓話の解釈の修正を内容 としている。しかしそのフルタイトルのʠCupid と Coelum の寓話による原則と起源について、すなわち パルメニデスとテレジオの哲学ととりわけ Cupid の 寓話において論じられるようにデモクリトスの哲学に ついてʡが示すように、事物の原則についての種々の 学説の最も広範な吟味であり3)、ベーコンの自然哲学 の根幹をなす物質論の確立のための分岐点となってい る著作である。 本論文の目的は、ʠ古代人の知恵についてʡとʠ原則 と起源についてʡの中の Cupid 寓話の解釈の吟味によ り、彼の物質論(matter theory)の視野を明らかにし、 彼のスピリット(the spirits)に基づいた長生法の現代 的意義を考察することである。
⚒.資料と翻訳
ʠ原則と起源についてʡ(De principiis atque origini-bus)とその英語訳 On principles and origins のテクス トは THE OXFORD FRANCIS BACON・VI(Director: Graham Rees. Oxford University Press, NY, USA, 1996.)を用いた。ʠ古代人の知恵についてʡ(De sapi-entia veterum)とその英語訳の Of the wisdom of the ancients の テ ク ス ト は Collected works of Francis Bacon Volume VI Part II, Routledge/Thoemmes Press, London, 1996(1878 年版のリプリント)を用い た。ʠ生と死の自然誌ʡ(Historia vitae et mortis)とそ の英語訳の History of life and death のテクストは、 THE OXFORD FRANCIS BACON・XII(Director: Graham Rees. Oxford University Press, Oxford, UK, 2007.)を用いた。 上記の資料からの引用の日本語訳は、すべて著者に よる。
⚓.ʠ古代人の知恵についてʡの中の Cupid と
Coelum
ベーコンは、Cupid と Coelum をʠ古代人の知恵に ついてʡの中でそれぞれ 17 番目の寓話:Cupid すなわち原子(the Atom)と 12 番目の寓話:Coelum すなわ ち事物の起源(the Origin)として、別個に採りあげて いる。 ⑴ Cupid すなわち Love すなわち原子 古代ギリシアの哲学者で原子論を唱えたデモクリト ス(前 460 頃~前 370 頃)との関連を意識させる ʠCupid すなわち原子ʡのタイトルを付した寓話の本 文第⚑パラグラフを、ベーコンは古代の詩人たちに よって言われている Cupid 像を提示することで始め ている。それを箇条書きで示す。①Cupid は Love で あ る。②Cupid と 同 世 代 と い わ れ て い る カ オ ス (Chaos)を除いて、すべての神々のうちの最古の神、 それゆえあらゆる事物の最古である。③Love には親 がない。④Cupid はカオスを通じて神々を含む全ての 物を生んだ。 Love についてベーコンは次のように述べている。 ⽛原初物質(primary matter)の嗜好すなわち本能であ ると理解する、あるいはより平易にいうと、原子 (atoms)の自然の動きであり、実に物からすべての事 物を構築し形作る独自の他に例のない力(force)であ ると理解する⽜そして原子は、⽛事物の原初の種子⽜と 説明している。この原子は、現代理解されている原子 核に位置している陽子と中性子、核外の軌道に位置す る電子と呼ばれる粒子の集合体ではない。しかし現代 物理学の原子は、それぞれの粒子に分裂させると元の 原子の固有の性質を喪失するという意味において、非 分割性の原初物質である Love とよく似ている。Love の働きに関して、もうひとりの Love すなわちヴィー ナスの息子であり神々のうちで最も若い神との比較に おいて、次のように述べている。⽛この古い Cupid は、 すべての絶妙な共感の源である⽜。さらに、Love には 全く親がないことの説明において次のように述べてい る。⽛自然の要約的法則、すなわち物を結合し、反復と 増殖によって自然のすべての多様性を生み出す、God (引用者注:キリスト教徒の神)によって物質の原初粒 子に刻印されている希求のその推進力(that impulse of desire)は、人ㅡ間ㅡのㅡ思ㅡ考ㅡがㅡ一ㅡ瞥ㅡでㅡきㅡたㅡとㅡしㅡてㅡもㅡほㅡとㅡ んㅡどㅡ取ㅡりㅡ入ㅡれㅡるㅡこㅡとㅡがㅡでㅡきㅡなㅡいㅡもㅡのㅡである(傍点引用 者)⽜ベーコンは、Cupid を一方では Love というデモ クリトス的な原子(物の原初の粒子ないしは種子)の 働き(機能)と解釈し、他方では基本的に人間の思考 が受容できないものとしている。この Cupid の解釈 は、後述するʠ原則と起源についてʡの中で彼が述べ ている人格(person)としての原初物質(事物の原則 であり得るもの)の Cupid という非デモクリトス的な 解釈とは大きく相違している。しかしながら Cupid
が基本的に人間思考を超越するという点ではベーコン の解釈は全く変わっていない。 ベーコンは Love の⚔つの属性すなわち、①いつも 子どもであること、②盲目であること、③裸であるこ と、④射手であること、を指摘してその意味を解説し ている。そのうちの属性①は、⽛複合物質はより大き くしかも年の影響を受けるが、物事の原初の種子すな わち原子は微小でしかも永遠に幼年期にとどまる⽜と 解説し、属性④は、⽛離れた行為は矢を射るようである ゆえに、この徳が離れた行為であることを意味する⽜ と述べる。 属性③の裸であることに関して、⽛すべての複合物 質(引用者注:原初物質からなる二次的な事物)は、 (正しく思考する者にとっては)マスクと衣でおおわ れている、事物の原初の粒子を除いてそれ自体が裸体 のものは何もない⽜と述べている。後述するʠ原則と 起源についてʡの中で、この裸体の Cupid =原初物質、 着衣やマスクの Cupid =複合物質(二次物質)という 基準を用いて、ベーコンは従来の学説が主張している 事物の原則の質的な判定を行っている。 属性④について、盲目は、⽛知恵に満ち溢れた寓意的 意味を有する⽜と説明している。そして⽛この Cupid は摂理(providence)をほとんど持ち合わせていない、 盲人が最も手近のものによって暗中模索するように、 自分の道筋を導いている、このことは、運ㅡ命ㅡかㅡつㅡ必ㅡ然ㅡ のㅡ法ㅡ則ㅡにㅡよㅡっㅡてㅡ宇宙のすべての秩序と美を、格別に空 虚で摂理の欠如している主体からうまく引き出すの で、至高の聖なる摂理をますます称賛すべきものにし ている(傍点引用者)⽜と述べている。これは、Cupid と運命かつ必然の法則という⚒つの存在の表明であ る。ベーコンは、①粒子ないしは種子の嗜好、本能あ るいは力である Cupid の存在と、②宇宙の秩序と美を 形成している運命かつ必然の法則とからなる二元論の 立場をとっているように思われる。ʠ古代人の知恵に ついてʡ(1609 年刊行)の時点のベーコンは、後述する ʠ原則と起源についてʡ(1612 年頃の原稿)の中で展開 される原初物質による存在一元論である物質論に至る 過程にあったものと思われる。 ⑵ Coelum すなわち事物の起源 寓話のタイトルが示すように、ベーコンは事物の起 源を Cupid ではなく Coelum の寓話に帰している。 そしてその起源をデモクリトスの哲学との関連におい て採りあげて以下のように述べている。⽛この寓話は、 事物の起源にかかわる謎であるように思われるが、デ モクリトスによって後に抱かれた哲学とあまり差異が ない。デㅡモㅡクㅡリㅡトㅡスㅡはㅡ物ㅡ質ㅡのㅡ永ㅡ遠ㅡをㅡ主ㅡ張ㅡしㅡたㅡがㅡ、世ㅡ界ㅡ のㅡ永ㅡ遠ㅡをㅡ否ㅡ定ㅡしㅡたㅡ。これは彼が、⚖日間の創造の前に 存在しているような形のない物を表現している聖書に おいて宣言されている真実にある程度近づいている点 である(傍点引用者)。⽜後述するʠ原則と起源につい てʡの中で、この同じデモクリトスの主張は、Coelum の寓話の文脈ではなく、カオスからの Cupid 人格の誕 生の文脈において採りあげられている。この文脈の相 違は、上述したベーコンの Cupid 解釈の変化に呼応し た変化によるものと思われる。
⚔.ʠ原則と起源についてʡの構成
ʠ原則と起源についてʡは、章立てのない未完の原稿 であり、全体として長短の差異が顕著な⚙つのパラグ ラフから構成されている。16 行からなる第⚑パラグ ラフは、古代人による Cupid すなわち Love について 述べている。⚓ページにわたる第⚒パラグラフは、 Cupid すなわち原初物質には自然界に原因がないこと についての考察を述べている。⚕ページにわたる第⚓ パラグラフは、Cupid は Night(闇)が生んだ卵から孵 化したことの意味すなわち自然界に原因のいない原初 物質の存在様態について考察している。⚕ページにわ たる第⚔パラグラフは、事物の原則に関する見解を裸 体の Cupid を標準にして⚔つの思考学派に分類した うえで、どの思考学派が裸の Cupid にふさわしいかを 検討している。⚓ページにわたる第⚕パラグラフは、 第一学派の特徴と問題点について吟味している。第⚖ パラグラフ(⚔行)、第⚗パラグラフ(⚘ページ)、第 ⚘パラグラフ(⚗ページ)、第⚙パラグラフ(⚙ページ) は、第三学派についての吟味であるが、その大半はテ レジオの学派の学説の問題点の吟味である。⚕.古代人による Cupid すなわち Love
本章においては、ʠ原則と起源についてʡの第⚑パラ グラフの内容を採りあげる。 ⑴ 古代人の知恵 ベーコンは、Cupid すなわち Love について古代人 が何を語ったかについて述べている。以下に要約を示 す。①Cupid すなわち Love は同一人格に帰すること ができないこと。②実際、⚒人の互いに非常に相違す る Cupid、ひとりは神々のうちで最古であり、もうひ とりは最も若いと言われていること。③本論には最古 の Cupid が関わること。④Love はすべての神々のう ちで最古であり、それゆえに Love と同時代と言われ ているカオスを除いて、すべての事物よりも古いと言われていること。⑤Love には親がないこと。⑥Love はカオスとの性交によりすべての神々とすべての事物 とを生んだこと。⑦Love は Night が生んだ卵に由来 すると言う者もあること。⑧Love は常に子どもであ り、盲目であり、裸であり、翼を持ち、射手であると いう種々の属性があること。 Love の定義については、⽛Love の主要かつ特有の 力は、体の結合において効力を発揮し、しかもエーテ ル、陸、海の鍵もまた彼に預けられている⽜と述べて いる。この解釈は、上述したʠ古代人の知恵についてʡ の中の⽛私はこの Love を原初物質の嗜好すなわち本 能であると理解する、あるいはより平易にいうと、原 子の自然の動きであり、実に物からすべての事物を構 築し形作る独自の他に例のない力(force)であると理 解する⽜の表明とも、⽛すべての絶妙な共感の源である⽜ という Cupid の力の解釈とも矛盾がない。Cupid を 主要かつ特有の力とするベーコンの解釈は、ʠ古代人 の知恵についてʡ以来全く変わっていない。 ⑵ Cupid すなわち Love と道元のʠ同事ʡの類似性 Cupid すなわち Love は、道元による山・海・国の形 成原理であるʠ同事ʡ4)とよく似ている。道元は、ʠ同 事ʡがあるので、⽛海は水を辞せず、故に能く其の大き なることを成す。山は土を辞せず、故に能く其の高き ことを成す⽜だけでなく、⽛明主は人を厭はず、故に能 く其の衆を成す⽜と述べている。ベーコンの解釈によ る Love と道元によるʠ同事ʡは、ともに非生命体、生 命体を問わず存在物のすべてにおいて働いている結合 力という意味において、極めて類似している概念であ るように思われる。さらに道元は、民は⽛かならず国 をなし、明主をもとむるこころ⽜があり、⽛明主にいと はれずとのみよろこぶ⽜が、⽛わが明主をいとはざる⽜ ということを知らないと述べている。そしてこの⽛明 主⽜がいても下の民が⽛暗人⽜なら、ʠ同事ʡは実現し ないというʠ同事ʡの根本的な課題に対して、⽛明主に も暗人にも、同ㅡ事ㅡのㅡ道ㅡ理ㅡあるがゆゑに(傍点引用者)⽜、 同事は菩薩の行願であり、⽛ただまさに、やはらかなる 容顔をもて一切にむかふべし⽜と道元は答えている。 一瞥ではʠ同事ʡが存在しないように見える関係にお いても、ʠ同事の道理ʡがあるとする道元のʠ同事ʡは、 原初物質としての Love と極めて類似している。ʠ同 事ʡは Love とほぼ同一の原初物質と理解することが できる。 すべての存在にʠ同事の道理あるʡという道元の確 信は、思考の組織化によってスピリチュアルケアを実 現するための科学における哲学的な原点であると理解 することができる5)。このように道元のʠ同事ʡの意 味を理解するならば、そしてʠ同事ʡと Love はほぼ同 一の原初物質であるならば、ベーコンの長生法と道元 のスピリチュアルケアは、相互に全く関係のない異種 あるいは異次元の実践ではなく、共通の原初物質から 派生した同種で同次元の実践であると理解することが できるであろう。
⚖.Cupid すなわち原初物質は自然界の原因
をもたないこと
本章は、ʠ原則と起源についてʡの第⚒パラグラフの 内容について採りあげる。 ベーコンは、親がない Cupid の誕生の意味を三段論 法で説明している。まず親がないということは原因が ないことであるとする。次に Cupid 自身の中に包ま れていた物質自体、その力と性質、要するに事物の原 則は、原初物質についての言及であるとする。そして 最後に、⽛原初物質とその固有の力と作用についての 原因が自然のなかにはあり得ない(我々はいつも God を除外することから)⽜と述べている。 ⑴ 古代人の学説の欠点の指摘およびその判断の前提 ベーコンは、三段論法で古代の学説の欠点を指摘し、 それからその判断の前提を提示して、彼の自然哲学の 根本的な特徴を表明する。まず⽛Cupid の寓話と Coelum のそれとは簡潔に事物の原則と世界の起源に 関する学説を述べているように思われる。これらはデ モクリトスの主張する哲学とほとんど差異がない⽜と 述べる。これは、Cupid の寓話、Coelum の寓話、デモ クリトスの哲学の三者が、共通して事物の原則と世界 の起源に関する学説であることの指摘である。次に、 デモクリトス哲学の欠陥を指摘して以下のように述べ る。⽛しかしデモクリトスの学説は、自ㅡ身ㅡにㅡ委ㅡねㅡらㅡれㅡ てㅡいㅡてㅡ一ㅡ歩ㅡ一ㅡ歩ㅡ前ㅡ進ㅡすㅡるㅡ経ㅡ験ㅡにㅡよㅡっㅡてㅡ堅ㅡ固ㅡにㅡ支ㅡ持ㅡさㅡれㅡ てㅡいㅡなㅡいㅡ理ㅡ性ㅡから起きているように思われる(傍点引 用者)。⽜そして最後に、⽛この欠陥は最古の時代を捉え ていたのではないかと私は思う⽜と述べ、寓話が示唆 する最古の時代に共通の欠陥であることを指摘する。 ベーコンは、以上の判断の前提が、⽛感覚⽜ではなく ⽛人間の知性のみの権威⽜であることを次のように述 べている。⽛しかし最初に理解されなければならない ことは、ここで提言されている事物は人ㅡ間ㅡのㅡ知ㅡ性ㅡのㅡみㅡ のㅡ権ㅡ威ㅡにㅡ基ㅡづㅡいㅡてㅡ進められて結論されたことであり、 しかも聖なる言葉(the Divine Word)のより良くより 確かである神託が死すべき人間に光をもたらして以 来、消ㅡ滅ㅡしㅡ衰ㅡ弱ㅡすㅡるㅡ感ㅡ覚ㅡの神託は遠い昔に正当に却下 されているという感覚の信用性と一致していることである。⽜ベーコンはこの前提を実際の議論の開始であ る第⚒パラグラフのしかもその最初に述べることで、 それがʠ原則と起源についてʡの判断の基調であるこ とを示している。 ⑵ カオスと Cupid と事物の原則の関係 ベーコンは、カオスと事物の原則と Cupid の関係に ついて以下のように述べている。⽛Cupid と同世代の このカオスは、非創造の塊(mass)すなわち物質の集 まりを意味した。しかし物質自体、その力と性質、要 するに事物の原則は、Cupid 自身の中に包まれてい た。⽜この簡潔な表明に織り込まれている内容とそれ が示唆することを括弧内に箇条書きで示す。①カオス と Cupid は同世代である(親子関係ではないので両者 に因果関係はない)。②物質の塊または集まりであっ たカオスは、常に事物の原則ではなかった(カオスは 事物の原則すなわち原初物質を包含できなかった)。 ③事物の原則は、物質自体、その力と性質である(事 物の原則は原初物質である)。④事物の原則は、ある 時点で Cupid のなかに包まれることとなった(ある時 点において事物の原則すなわち原初物質すなわち Cupid が誕生した)。 事物の原則を包含している Cupid 像は、以下に示す ʠ古代人の知恵についてʡの Coelum の寓話の中の Coelum 像によく似ている。⽛Coelum によってすべて の物質を包含する凹面ないしは周囲が意味されてい る。Saturn によって物質自身が意味されている。⽜ Coelum は Saturn を包含していることから、両者はい わば親子のような同次元の存在である。一方、包含関 係にはないカオスと Cupid は、同時代ではあるが別個 の存在である。 ⑶ 原初物質はポジティブなものであること ベーコンは、原初物質はポジティブなものであると 指摘して次のように述べる。⽛この物とその力と作用 (引用者注:原初物質のこと)が究極的にどのようなも のであれ、それはポジティブなものであり、合ㅡ理ㅡ的ㅡなㅡ 説ㅡ明ㅡをㅡ超ㅡ越ㅡしㅡてㅡいㅡてㅡ、それが気づかれる通りに取られ なければならず、いかなる先入見によって判断されて はならない。その存在様態が知られたとしても、原因 によってそれが知られることは依然としてできない (傍点引用者)。⽜ʠ古代人の知恵についてʡ以来一貫し て原初物質はポジティブなものすなわち⽛合理的な説 明を超越して⽜いるものとするベーコンの限局的な人 間思考の理解は、後述するように、事物の原則に気づ いてもそれを理論や法則として一般化できないという ベーコン的帰納法の特徴あるいは短所と連結してい る。 ⑷ Cupid の親の探求ほど哲学を腐敗させてきたもの はないこと 寓話の Cupid が古代の賢者たちによって親がない、 すなわち原因がないと定められたことの重大さをベー コンは以下のように表明している。⽛さてこのなか(引 用者注:Cupid に親がいないことすなわち原因がない こと)には多くがある、実際どうもそれはすㅡべㅡてㅡのㅡうㅡ ちㅡでㅡ最ㅡもㅡ偉ㅡ大ㅡなㅡこㅡとㅡのように私は思う(傍点引用者)。⽜ ベーコンはこの前提に基づいて、事物の諸原則を定立 してきた過去の哲学者たちの誤りを指摘して次のよう に述べている。⽛哲学者たちは自然のなかで見つけた 通りに事物の原則を受容せず、それらをポジティブな 学説としてそして経験的信念個条であるかのようには 受け入れず、言説の法則、弁証法や数学の些細な結論 から、通例の概念から、そのような自ㅡ然ㅡのㅡ境ㅡ界ㅡをㅡ越ㅡえㅡ たㅡ心ㅡのㅡ脱ㅡ線ㅡから、それらを演繹してきた(傍点引用 者)。⽜この表明の内容を箇条書きで示す。①事物の原 則は自然のなかで見つけなければならない。②自然の なかで見つけられた事物の原則は見つけられた通り に、ポジティブなものとして受容されなければならな い。③事物の原則は自然の境界を越えた心の脱線から 演繹されるものではない。④自然の境界を越えた心の 脱線とは、言説の法則、弁証法や数学の些細な結論、 通例の概念である。 ベーコンは、人間の知性のみの権威に基づいて進め られなければならない哲学が本来的に有している危う さ、すなわち⽛心が空虚の領域に迷い入る⽜危険につ いて述べている。そしてその原因を言説の法則、弁証 法と数学の些細な結論、通例の概念の⽛高度の一般論 に魂を奪われた人間知性が、事物の自然と自分の両者 の使用を誤ること⽜に帰している。⽛自然の境界を越 えた心の脱線⽜に数学が含められていることは、想像 を排除するために自然から離れない厳格なベーコン的 帰納法の特徴を示している。
⚗.Cupid(自然界に原因のない原初物質)の
存在様態
本章においては、ʠ原則と起源についてʡの第⚓パラ グラフの内容について採りあげる。 ⑴ Cupid は Night(闇)が生んだ卵から孵化したこ と ベーコンは、寓話において⽛Cupid は Night が生ん だ卵からかえったとエレガントに主張する⽜こと自体、Cupid の存在様態が全くよくわからないことを示して いると指摘する。そして原初物質の不明瞭性という観 点から、デモクリトスの主張を賞賛して次のように述 べている。⽛原子すなわち種子とその力は、感覚に従 属するいかなるものともまったく相違するが、その性 質がまったく闇であり隠れている事物であるという並 外れたものである。⽜そしてこの寓話の解釈として、闇 は卵であり否定と除外によって結論される事物である が、光は孵化した卵の子孫であり肯定によって結論さ れる事物であるとして、次のように述べている。⽛肯 定によって結論される事物は光の子孫のように思われ るが、否定と除外によって結論される事物はあたかも 夜の闇から絞り出されている。⽜ ⑵ Night は永遠に卵を抱いていないこと ベーコンは、Night が生んだ卵の寓話が示している もうひとつのことすなわち⽛Night は永遠に卵を抱い ていない⽜ことを指摘して次のように述べている。⽛し かるべき否定と除外の後で、何かが肯定され樹立され て、あたかも、適切な抱卵期間の後、卵がかえった。 しかも Night によって卵がかえっただけでなく、卵か ら Cupid の人格がかえった。すなわちこの物質の何 らかの概念が無知から引き出され抽出されただけでな く、際立った明確な概念が引き出された。⽜Night が生 んだ卵の寓話の解釈において、ベーコンはʠ古代人の 知恵についてʡの中で主張していた Cupid を専ら Love という原子(物質の原初の粒子ないしは種子)の 働きとする解釈を放棄するに至ったように思われる。 ベーコンのこの新しい Cupid 像においては、①Cupid は人格としての原初物質(事物の原則であり得るもの) であり、②Cupid は働き(virtue)をその属性として有 している人格そのものであり、③原初物質としてのデ モクリトスの原子(人格ではない物質の原初の粒子な いしは種子)の解釈は放棄されている。 この原初物質である Cupid 像の根本的な変化は、 ベーコンの複合物質ないしは二次物質であるスピリッ ト像の変化をもたらしたはずである。実際、ベーコン 晩年の 1623 年に刊行されたʠ生と死の自然誌ʡの長生 法において、そのオペレーションの対象として述べら れている身体の内発的な主体性としてのスピリット1) は、デモクリトスによる原子の複合物質ではなく、こ の Cupid という人格としての原初物質からなる複合 物質と理解しなければならないことを示している。こ のように理解してはじめて、ベーコンの長生法は、① 単に長生きするための長寿法ではないこと、②人々の キリスト教徒としての市民生活に役立つものであるこ と、そして③当時の医師たちが従来黙してやり過ごし てきた長生という真に必要なテーマに医師たちが真摯 に向き合うことを求めたものであること1)の真意がわ かるように思われる。 ⑶ 闇に覆われている原初物質の特質は理解が困難で あること ベーコンは、⽛その性質がまったく闇であり隠れて いる原子⽜を主張したデモクリトスの哲学が蒙った 人々からの不評判に言及することによって、闇に覆わ れている原初物質は人の感覚と思考による理解が困難 であるという特質を例示し、その哲学を次のように評 価している。⽛自然のなかへとより鋭くより深く切り 込んで、ありふれた概念からは十分な距離を置いて佇 立していたために、俗間の群集によって子供っぽいと 扱われ、群衆の容量により相応しい他の哲学の口先ば かりの論争によって吹き飛ばされほとんど消されてし まった。⽜ ⑷ 事物の性質に心を従属させていた古代人 ベーコンは、ほとんどすべての古代人(古代ギリシ アの詩人・哲学者)、すなわち上述したデモクリトスの ほか、エンペドクレス(前 490 頃~前 430 頃)、アナク サゴラス(前 500~前 428)、アナクシメネス(前 585 頃~前 525 頃)、ヘラクリトス(前 535 頃~前 475 頃) は、原初物質の他の点においては異なるものの、⽛物質 は活動し、形を持ち、形を授け、自身の内に運動の原 則を有すると主張することにおいては軌を一にしてい た⽜と述べている。そして古代人(古代ギリシアの詩 人・哲学者)が原初物質を⽛抽象的な、潜在的な、非 形的なもの⽜ではないと考えたのは、彼らが経験 (experience)を全面的には放棄しないで、⽛(古代人は) みな心ㅡ(minds)を事物の性質に従属させていた(傍点 引用者)⽜からであると考えている。ここでは、⚒つの 点に注目したい。ひとつは、ベーコンは感覚と言わず に心と言っていることである。なぜなら感覚なら、デ モクリトスには当てはまらないだけでなく、古代人は 人間の知性のみの権威に基づいて進められる哲学が全 くできていないことになるからである。もうひとつ は、経験を全面的には放棄しなかったことである。こ れは経験による心の支持の不十分さの表現である。古 代人は感覚だけを信じてはいなかったものの、経験に よって十分に堅固に支持されない心で哲学をしていた ということであると思われる。 ⑸ プラトンとアリストテレスの抽象的思考 ベーコンは、古代人(古代ギリシアの詩人・哲学者) の主張した原初物質(事物の原則であり得るような)
は形と属性をもっており、抽象的な、潜在的な、非形 的なものではなかったこととの対比において、プラト ン(前 427~前 347)とアリストテレス(前 384~前 322) の思考を採りあげている。そしてプラトンとアリスト テレスの思考は、抽象物質の思考であり、プラトンは ⽛世界を思考に⽜、アリストテレスは⽛思考を言葉に⽜ それぞれ⽛譲渡していた⽜と述べている。さらにプラ トンとアリストテレスの抽象的思考のために⽛人々の 研究は議論と言葉に傾きさえし、真実のより厳格な探 求を諦めていた⽜という悪影響を指摘し、両者の思考 による⽛この抽象物質は議論の物であり、宇宙の物で はない⽜とベーコンは非難している。 ベーコンは、原初物質と抽象物質の差異を⽛自然の 解剖⽜すなわち自然の具体的な対象を分析することの 有無に帰して、次のように述べている。⽛自然を解剖 すること(dissect nature)をしない者は抽象すること (abstract;引用者注:自然の具体的な対象を離れて思 念すること)を余儀なくされる。⽜そして⽛正しくしか も秩序的に哲学する者は、自然を解剖しなくてはなら ず、それから抽象してはいけない。⽜と警告している。 ⑹ 人格としての Cupid は聖書の記述とよく一致し ていること 聖書においては⽛God はその始めに物(引用者注: デモクリトスの純粋に物質的存在の原初物質すなわち 原子)ではなく、天と地(引用者注:人格を内包する 構造)を創造したと書かれていることから、Cupid を 人格とする寓話は、⽛聖書とたいへんよく一致してい る⽜とベーコンは判断している。ベーコンは、原初物 質すなわち原則である原子によってすべての事物がな るとするデモクリトスの原子論を、プラトンやアリス トテレスによる抽象物質の思考でないという意味で絶 賛している。すなわち Cupid 寓話における Cupid を 原初物質であるとデモクリトスが見抜いたことを評価 している。しかし Cupid 寓話の原初物質を非人格的 な純粋の物質的存在であるとするデモクリトスの解釈 は是認していない。Cupid を人格的な原初物質である と解釈するベーコンは、その原初物質の中にすでに地 球において生命のない物質から生命の出現が可能であ ること、言い換えると無生物と生物の間には根本的な ギャップはなく、原初物質の原初的な特徴が生命体の 出現につながることを想定していたと思われる。この 意味においてベーコンは、Cupid を人格的な原初物質 であるとする彼の物質論が聖書における創世の記述と ⽛たいへんよく一致している⽜という判断をしたと思 われる。
⚘.事物の原則に関する見解を裸体の Cupid
を標準に分類すること
本章においては、主にʠ原則と起源についてʡの第 ⚔パラグラフの内容と、第⚕パラグラフの内容につい て採りあげる。第三学派とりわけテレジオの学派の学 説についてはʠ原則と起源についてʡの第⚖~第⚙パ ラグラフの内容を採りあげる。 ベーコンは、裸体の Cupid が正しい原初物質の姿で あることに基づいて、事物の原則に関する見解が原初 物質以外を原則にしていることを Cupid を衣で覆う と表現し、次のように述べている。Cupid を衣で覆う とは、⽛いかなる二次的存在物の形と実質的に相同 (homogeneous)であると主張できる原初物質に帰せ られている何らかの形を意味するために使っている。⽜ ベーコンは、この原初物質すなわち事物の原則の判定 法を用いて、事物の原則に関する見解を分類している。 そして Cupid に衣を着せている誤りすなわち原初物 質以外の二次的存在物を原初物質に誤って帰している ことについて、⽛物質は抽象であると主張する者(訳者 注:プラトンとアリストテレス)のすぐ後を、それを 衣類で覆うことによって(反対の意味で)それを誤っ たものにしている者が従っている⽜と表現している。 ⑴ 分類された⚔つの思考学派の特徴と評価 ベーコンは全部で以下の⚔つの思考の学派に分類し ている。第一学派は、⽛事物にはひとつの原則があり、 この原則の変化し分布する性質のなかで存在の多様性 を構成すると主張する。⽜第二学派は、⽛事物の原則は 物質においてひとつであり、固定した変化しない原則 であるが、存在物の多様性をその原則の異なった大き さ、形、位置から導き出す。⽜第三学派は、⽛事物の多 数の原則を設定し、存在物の多様性をそれらの性質と 混合に帰する。⽜第四学派は、⽛事物の無限の原則を設 定し、それらは特異的で形をなしている。⽜ ベーコンは、これらのうちで第二学派だけが、 Cupid を真実のままに、生まれたままの裸として表現 していると判定している。第一学派は、⽛(Cupid を) ヴェールで隔てて⽜おり、水を事物の原則としたター レス、空気を事物の原則としたアナクシメネス、火を 事物の原則としたヘラクリトスを第一学派の例として 挙げている。そして第一学派の特徴として、⽛彼らに 影響を与える刻印のより強力なものがその後にその他 のすべてを引きずって行った⽜と述べている。第四学 派では、⽛(Cupid は)マントで覆われ、ほとんど覆面 を被っている⽜と述べている。 第三学派は、⽛(Cupid は)短上着(tunic)を着ており⽜、⽛より力があり確実により偏見が多いように見え る学派⽜であるがゆえに、一般的ないしはひっくるめ てではなく、個別的に吟味すると述べ、パルメニデス (前 515 頃~不詳)とテレジオ(1509~1588))を採り あげている。そしてパルメニデスは、事物に⚒つの原 則、すなわち火と地あるいは天と地があることを主張 したが、我々の時代においてテレジオが、このパルメ ニデスの見解を復活させたと述べている。16 世紀イ タリアの哲学者テレジオは、心的そして物質的な全て の事象は、⚒つの原則、熱(hot)と冷(cold)、の葛藤 からなると説明する。この熱と冷は、感覚と自己保存 の欲求が備わっており、非物質であり、全ての物のな かに現在しているので、この世のすべてのものはとも に延長でありかつ有情であるとする6)。このテレジオ の学派の学説についてベーコンは、原初形と原初活動 存在物、それゆえに原初物質は、暑熱と寒冷であると し、テレジオは寒冷を暑熱の欠乏とみなされないで、 まったくの活動原則、暑熱のライバルでありあたかも 競合者であるかのようにみなされることを欲したと述 べている。 ⑵ 第三学派としてのデカルト的心身二元論 ベーコンによるデカルト的心身二元論への言及は一 切ない。ベーコンより 35 年遅れて生まれ、ベーコン の死の 24 年後に亡くなったルネ・デカルトは、現代に 至るまで近代科学の世界観であり続けている心身二元 論の提唱者である。デカルト的心身二元論は、心身を ⽛身体物質⽜と⽛精神物質⽜の⚒つの原則によってそれ ぞれ別個に形成されている心と身の独立的な並存状態 と把握している。このようにデカルト的心身二元論 は、⚒つの原則を設定していることから、ベーコンの 分類では、⽛より力があり確実により偏見が多いよう に見える学派⽜である第三学派に分類されると思われ る。そしてデカルトの⽛身体物質⽜と⽛精神物質⽜は、 それぞれ誤って原初物質に帰せられている⽛二次的存 在物の形⽜ということになるものと思われる。
⚙.存在と原則の関係
本章においては、ʠ原則と起源についてʡの第⚙パラ グラフの内容について採りあげる。 ⽛さてこのことは今回限りで全ての個人によって同 意されることを願うばかりだ⽜と表現することで、ベー コンは自身の自然哲学の根幹をなすアイディアの重要 性を次のように述べている。⽛存在(entities)は存在 でない事物から作られることは不可能であり、原則 (principles)は原則でない事物から作られることは不 可能である。そして明らかな矛盾は同意されることは 不可能である。⽜この表明は、ベーコン的帰納法が、事 物の存在に始まり事物の存在に終始し事物の存在を離 れないという徹底的な方法論であること、それゆえに 事物の存在を離れて一般的な法則や理論を導くもので はないことを示している。なぜなら⽛抽象的原則は存 在ではなく、また死すべき存在は原則でない⽜ことか ら、⽛人間の思考を真の存在であり物、形、次元、場所、 抵抗、嗜好、運動、発散を有する原子(引用者注:原 初物質)へと駆動する⽜という表明がなされているか らである。 ベーコン的帰納法では、例えば、魚類の鰭や哺乳類 の四肢(手足)にそれぞれ⽛物、形、次元、場所、抵 抗、嗜好、運動、発散⽜という原初物質の機能の発現 を分析的に観察することができる。しかし脊椎動物の 経時的変化において魚類の鰭と哺乳類の四肢(手足) の間に類似性を認め、この両者の関係をʠ相同ʡと名 づけ、両者をʠ相同器官ʡと把握することや、さらに はこのʠ相同ʡという類似性の分析によって、脊椎動 物のʠ進化論ʡという高次の真実の発見に至ることは、 ʠ想像ʡの過程を含まないベーコン的帰納法を超える 過程であると思われる。このような高次の真実の発見 には、⽛発見の真の方法は、航空機による空の旅のよう なものである。個別的な観察の大地から始まり、想像 的一般化(imaginative generalization)という希薄な 空気の中を飛行して、合理的な解釈によって鋭くなっ て刷新された観察のために再び着陸する⽜7)とホワイ トヘッドが表明しているようなʠ想像的一般化ʡの過 程が必要であると思われる。10.おわりに
ベーコンの物質論は、彼が最終的に到達した事物の 原則(原初物質)に基づいている。そしてベーコンの 事物の原則は、①事物の原則は物質(原初物質)であ ること、②原初物質はひとつであること、③原初物質 は人格であることという三つの特徴をもっている。こ れらの特徴は、ベーコン哲学を、プラトン哲学やアリ ストテレス哲学、デモクリトス哲学、デカルト哲学か ら区別する指標でもある。すなわち事物の原則を物質 (原初物質)と考える第一番目の特徴は、プラトンやア リストテレスの哲学は、事物の原則から出発していな いという意味において抽象論と判断する指標である。 第二番目の特徴の原初物質はひとつであることは、そ れは⽛物質においてひとつであり、固定した変化しな い原則である⽜と理解することであるから、事物の多 数(二元論の場合は⚒つ)の原則から出発してそれらの原則の性質と混合により存在物の多様性を説明する デカルト的心身二元論のような学説とは相容れないも のである。第三番目の特徴の原初物質は人格であるこ とは、人格としての Cupid という原則であることか ら、純粋の物質的存在としての原初物質であるデモク リトスの原子とは相容れないものである。そしてこの 原初物質にはすでに地球において生命のない物質から 生命の出現が包含されていることから、聖書における 創世の記述と⽛たいへんよく一致している⽜というベー コンの判断の根拠となっている。 ベーコンの長生法は、スピリット論の形態における 彼の物質論に基づいている。ベーコンは人間をスピ リット(非生物スピリットと生物スピリット)と粗野 な部分からなると把握している1)。この⚒種類のスピ リットと粗野な部分は、原初物質ではない。これらは すべて原初物質からなる複合物質である。それゆえに この⚒種類のスピリットと粗野な部分からなる人間 は、原初物質からなる複合物質であることになる。し かし人間という複合物質は、純粋に物質的存在である 原子からなる複合物質ではない。人間は、Cupid とい う人格としての原初物質からなる複合物質と理解しな ければならない。それゆえに人間は、Cupid という人 格に由来する内発的な主体性を有する複合物質であ る。そしてこの内発的な主体性は、⚒種類のスピリッ トと粗野な部分において共有されている性質である。 しかしこの内発的な主体性は、複合物質に均一に共有 されているものではなく、生物スピリットにおいてそ の特徴が最も顕著に表現され、粗野な部分における表 現は最も少ないという連続的なスペクトラムとして分 布している。ベーコンによる人間は、Cupid という人 格としての原初物質からなり、Cupid という人格に由 来する内発的な主体性を全人的に有している複合物質 であると理解することができる。 このように人間を理解してはじめて、長生法は、単 に長生きするための長寿法ではないとするベーコンの 真意がわかるように思われる。実際、ベーコンは彼の 長生法が人々のキリスト教徒としての市民生活に役立 つものであるがゆえにそれを人々に勧めるとともに、 当時の医師たちが黙してやり過ごしてきた長生という 真に必要なテーマに医師たちが真摯に向き合うことを 求めた1)。またベーコンが彼の⚖つのʠ自然誌ʡの中 でも長生をテーマとするʠ生と死の自然誌ʡをとりわ け重視したこと1)の真意は、それが人間の在り方を 扱っているからであると理解することができる。そし てベーコンの長生法が、主に食物を介して身体部分を 保持し回復する従来の方法に加えて、身体の内発的な 主体性であるスピリットを若く保持しそれを回復する という新たな方法を用いることができた1)、2)ことは、 彼の物質論がもたらしたアウトカムであると理解する ことができる。さらに、ʠ同事ʡと Love はほぼ同一の 原初物質であるならば、ベーコンの長生法と道元のス ピリチュアルケアは、相互に全く無関係な異種、異次 元の実践ではなく、共通の原初物質から派生した同種、 同次元の実践であると理解することができるであろ う。 ベーコンの物質論の魅力のひとつは、現代の諸科学 のパラダイムであり続けている⽛身体物質⽜と⽛精神 物質⽜の⚒つの原則を峻別するデカルト的心身二元論 を克服できることにある。デカルト的心身二元論は、 心と身をそれぞれ影響し合わない独立的存在と把握す ることであるが、そのどちらか一方だけに限定して注 目することは、自然の全体を対象として分析すること ではなく、自然からの抽象(abstraction)をしている にすぎない。デカルト的心身二元論は、自然の全体を 対象として分析しないで、自然からの抽象を出発点と しているという根本的な欠陥がある。この抽象の弊害 を克服して、自然の全体を対象として分析するには、 無生物と精神性を有する生物を峻別しないで、この両 者をそれぞれ両極端にもつ連続的なスペクトラムとす る一つの原則から出発する哲学が必要になる。この意 味において多様な事物が由来するところの一元的な人 格的原則であるベーコンの原初物質は、この条件を満 たす原則であると思われる。ベーコンの物質論は、自 然の全体を対象として分析するための正しい出発点で ある。しかしながら正しい出発点を得ても、自然の全 体を対象として分析を進めるために、ʠ想像ʡの過程を 認めないベーコン的帰納法は、方法論として不十分で あり、ホワイトヘッドが表明しているようなʠ想像的 一般化ʡの過程を補完した帰納法が必要であると思わ れる。 引用文献 ⚑) 藤井義博.フランシス・ベーコンのʠ生と死の自 然誌ʡにおける生活の組織化と感情の管理による 長生.藤女子大学 QOL 研究所紀要 2019;14:pp. 33-44. ⚒) 藤井義博.フランシス・ベーコンのʠ生と死の話ʡ とクリストフ・ヴィルヘルム・フーフェラントの ʠマクロバイオティックʡにおける長生法の相違. 藤女子大学 QOL 研究所紀要 2017;12:pp. 13-23. ⚓) THE OXFORD FRANCIS BACON・VI (General
Editors: Graham Rees and Lisa Jardine. Oxford University Press, Oxford, UK, 1996, p. xxix. ⚔) 水野弥穂子校注⽝正法眼蔵 全四冊⽞,岩波書店,
⚕) 藤井義博.医学とスピリチュアリティ~ベストケ アの実現を目指して~.スピリチュアルケア研究 2019;3:pp. 1-12.
⚖) D. P. Walker. Spiritual & Demonic Magic. The Pennsylvania State Uiversity Press, University
Park, PA, USA, 2000, p. 189.
⚗) A N whitehead. Process and reality, collected edition. Edited by D. R. Griffin and D. W. Sherburne. The Free Press, 1929.
Francis Baconʼs interpretation of the fable of Cupid
and the scope of his matter theory:
― Contemporary significance of prolongation of life based on the matter theory
in the form of spirit theory ―
Yoshihiro FUJII
(Department of Food Science and Human Nutrition, Faculty of Human Life Science, and Division of Food Science and Human Nutrition, Graduate School of Human Life Science, Fuji Womenʼs University)