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明治維新の主体の歴史的形成 : 日本の対満進出の歴史的背景 (陵水四十年記念論文集)

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Academic year: 2021

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(1)

劇 ﹂

                i 日 本 の 対 満 進 出 の 歴 史 的 背 景 1

ノ 、

. _ ' 、   本 誌 で 、 す で に 述 べ た よ う な 先 進 資 本 主 義 列 強 の 競 争 的 な 対 日 進 出 の 動 き が 、 日 本 の 国 家 的 危 機 の 自 覚 を 呼 び お こ す ご   、 と に 、な る が 、 こ の 国 家 的 危 機 の 自 覚 が 、 集 権 的 封 建 体 制 の 政 治 的 ・ 社 会 的 ・ 経 済 的 行 詰 り の 体 験 と 結 び つ い て 、 薩 長 を 中 心 と す る 雄 藩 の 下 級 武 士 の 間 に 、 国 家 的 変 革 -国 家 統 一 の 方 向 へ の 変 革 i の 自 覚 を 醸 成 し て 行 っ た と 見 る こ と が 出 来 噛 る 。 何 故 な れ ば 、 彼 等 こ そ が 徳 川 の 集 権 的 封 建 制 度 に 最 も 疎 外 さ れ た 外 様 藩 に あ り 、 従 っ て 、 そ の 政 治 的 、 経 済 的 重 圧 と そ の 矛 盾 を 堪 え 難 い ま で に 体 験 せ る が 故 、 最 早 旧 幕 藩 体 制 が 、 当 面 せ る 国 家 的 危 機 の 超 克 に た え 得 ざ る こ と を 実 践 的 に 見 透 し 、 こ れ を 武 力 的 ・ 政 治 的 に 変 革 せ ざ る を 得 な い 地 位 に 追 い こ ま れ た か ら で あ る 。 す な わ ち 、 徳 川 の 集 権 的 封 建 体 制 は 、 そ の 展 開 の 内 的 必 然 性 と 外 国 資 本 主 義 の 帝 国 主 義 的 重 圧 の 媒 介 に お い て 、 こ の 体 制 を 実 践 的 に 否 定 す る 変 革 的 主 体 一 明 治 維 新 の 主 体 を 歴 史 的 に 形 成 す る と 共 に 、 や が て 、 こ れ と 結 び つ き こ れ を 経 済 的 に 支 え る よ う に な っ た 大 商 業 資 本 の 蓄 積 を 促 し て 行 っ た と 見 る こ と が 出 来 よ う 。   明 治 維 新 に お け る 最 も 有 力 な 変 革 主 体 を 生 ん だ 薩 長 二 藩 は 、 周 知 の 如 く 、 関 ケ 原 の 戦 で 徳 川 氏 に 敵 対 し 通 し た 雄 藩 で あ           明 治 維 新 の 主 体 の 歴 史 的 形 成                           .                              一 ・

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            明 治 維 新 の 主 体 の 歴 史 的 形 成                                                       二   つ た た め 、 、 徳 川 氏 の 集 権 的 封 建 制 度 の 下 で 、 最 も 苛 酷 な 政 治 的 ・ 経 済 的 圧 迫 を う け た の で あ る 。     例 え ば 、 毛 利 藩 は ﹁ 慶 長 五 年 ( 一 六 〇 〇 ) 一 乱 後 八 ケ 国 ヲ ニ ケ 国 .二 削 減 セ ラ レ タ ル ノ 境 遇 二 接 シ   秀 就 公 初 世 ニ ケ 国 ヲ 以                                                                                     .(1 )   テ 国 家 ノ 維 持 ハ 頗 ル 困 難 ト ナ リ   元 和 九 年 ( 一 六 二 三 ) 二 至 テ 遂 二 四 千 貫 目 ノ 負 債 ヲ 生 ズ ル ニ 及 ブ ﹂ 有 様 で あ っ た 。 こ れ に   加 え る に 、 幕 府 に よ っ て 課 ぜ ら れ た 参 覲 交 代 の 費 用 は 、 他 の 藩 と 同 様 に 永 く 、 藩 財 政 の 重 荷 と な り 、 こ れ を 愈 ミ 窮 迫 に 導 、 い た 。 一 例 と し て 、 同 藩 に つ い て 、 寛 永 二 十 二 年 ( 一 六 四 三 ) に お け る 参 観 交 代 制 の た め の 江 戸 の 諸 経 費 を 見 る に 、 銀 一 、   二 六 〇 貫 一 〇 〇 匁 で う 藩 地 並 び に 京 都 、 大 阪 の 諸 経 費 の 合 計 は 銀 一 、 三 二 六 貫 七 〇 〇 匁 で あ っ た か ら 、 そ れ は 全 貨 幣 的 経 費   の 略 ≧ 半 分 を 占 め て い た こ と に な る 。 し か も 、 そ の 年 の 総 収 入 は 一 、 二 五 三 貫 三 九 七 匁 で あ っ た か ら 、 差 引 不 足 分 は 一 、                                                                      三 三 三 貫 四 〇 三 匁 と な る わ け で 、 そ れ は 略 疑 江 戸 の 諸 経 費 に 相 当 す る 。 そ し て 、 こ の よ う に 江 戸 の 諸 経 費 が 財 政 上 過 大 な   負 担 と な っ て い た こ と は 、 寛 永 二 十 二 年 の 特 例 で は な か っ た 。 そ れ は 、 延 宝 四 年 ( = ハ 七 六 ) 七 月 に 、 国 許 よ り 世 帯 方 井 上                                                                            き     六 郎 左 衛 門 が 出 府 し て 、 藩 庫 の 財 政 窮 乏 を 報 告 し た 際 、  ﹁ 江 戸 支 出 年 々 千 八 百 貫 目 余 ﹂ と い い 、 そ れ が 直 ち に 不 足 分 と し   て 借 銀 と な る こ と を 告 げ て い る の を 見 て も 知 ら れ る 。 こ の こ と は 、 延 宝 三 年 八 月 六 日 、 同 じ く 小 川 善 左 衛 門 が 出 府 し ﹁た と . . ぎ の 負 債 一 万 五 〇 六 貫 目 に 対 し 、 翌 年 七 月 に は 、 そ の 負 債 高 が 一 万 二 千 貫 目 余 と な っ て 略 く 一 、 八 ○ ○ 貫 を 加 え た 数 字 に な っ て い 魂 こ と か ら も 実 証 さ れ る 。 更 に 江 戸 の 諸 経 費 は 次 第 に 増 加 す る 一 方 で 、 天 保 の 末 年 ( 一 八 四 〇 年 代 ) に は 二 、 二 九                                                                             ハら     五 貫 九 〇 〇 匁 余 と な っ て お り 、 藩 地 そ の 他 の 経 費 は 一 、 四 九 四 貫 三 〇 〇 匁 で あ っ た か ら 、 絶 対 額 に お い て も 相 対 的 比 率 に   お い て も 、 そ の 重 圧 ば 加 速 度 化 し て い っ た こ と が わ か る 。     右 0 よ う な 藩 財 政 の 窮 乏 を 打 開 す る た め 、 毛 利 藩 で は 慶 長 年 間 の 税 率 を 七 公 三 民 -当 時 一 般 の 標 準 た る 四 公 六 民 と 対                                                                         へ      比 さ れ 震 い 一 と し 、 寛 永 ( 一 六 二 四 -一 六 四 三 )   に 至 っ て 漸 く 五 公 五 民 に 改 め た 。 し か し 、 こ の 背 後 で は 農 民 の 唯 一 の 抜   け 道 た る 浮 処 ( か く し 田 畑 ) の 摘 発 政 策 た る 検 地 が 苛 鋤 な く 行 わ れ 允 の で あ る 。 こ の 経 済 的 重 圧 は 、 右 の 如 ぐ 農 民 に か か っ 巳

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﹂ 、 た ば か り で な く 、 藩 士 に も 強 く か か っ た こ と は 次 の 記 録 か ら も 窺 わ れ る 。     ﹁ 又 御 倹 約 と て 御 家 中 の 禄 米 を 召 上 け ら る る に 十 五 石 掛 り と 言 ふ は 、 四 十 石 の 中 嘗 て 召 上 げ ら る る 旅 役 出 米 の 玉 石 を 添 て 十 五 石 召 上   げ ら る る を 云 、 又 半 地 と 号 す る は 、 二 十 石 召 上 げ ら る る を 云 、 三 つ 成 と 称 る す は 十 石 召 上 げ ら る る を 云 、 三 つ 成 と い へ る こ 之 純 、 御 世   帯 の 調 理 あ し き 故 、 背 よ り 続 き て 賜 る こ と は な し 、 多 く は 半 知 十 五 石 松 の み 打 続 け る 、 今 永 久 三 つ 成 と な り し は 有 難 き 御 事 な り ﹂   そ の 結 果 、 文 化 十 四 年 ( 一 八 一. 七 ) 八 月 、 毛 利 藩 の 士 族 組 織 の 骨 骼 を な し た ﹁ ﹁ 八 組 ﹂ の 士 二 三 四 入 が 、 五 五 九 貫 目 余 の 負                                                                        き   債 で 困 窮 の ど ん 底 に 陥 っ て い た こ と が 、 時 の 藩 政 府 自 身 の 問 題 と な っ た 程 で あ る 。   島 津 氏 も 毛 利 氏 と 共 に 、 関 ケ 原 役 で 徳 川 氏 に 敵 対 し た が 、 毛 利 氏 と は 異 な り 辛 う じ て 旧 領 を 維 持 す る こ と が 出 来 た 。 し か し 、 戦 国 時 代 の 活 躍 、 秀 吉 の 西 征 、 朝 鮮 征 伐 へ の 大 規 模 な 参 加 、 関 ケ 原 役 で の 敗 戦 等 の た め に 財 政 が 極 度 に 窮 乏 し て い                                                                                  た の に 、 参 覲 交 代 、 江 戸 城 修 築 の 御 手 伝 (網 船 三 百 艘 の 提 供 ) 等 の た め 窮 乏 に 拍 車 を か け 、 元 和 二 年 ( 一 六 一 六 ) に は 借 銀 が                                                                                              千 貫 目 余 に 及 ん だ 。 そ こ で 、 そ の 返 済 の た め 家 臣 一 統 よ り 一 石 に つ き 銀 一 匁 三 分 宛 の 出 銀 を 徴 し た が 、 元 和 三 年 に は 高 一                                石 に つ き 二 匁 ず つ の 出 銀 を 徴 し 、 更 に 元 和 五 年 に 至 り 、 到 底 出 銀 で は 窮 乏 を 凌 ぎ 得 な か っ た の で 、 知 行 の 一 部 を 収 公 し 、 な い し は 賃 上 げ る よ う に な っ た 。 す な わ ち ﹁ 高 石 以 下 百 石 ま で は 二 分 半 を 百 石 以 下 は 三 分 二 を 上 地 せ し め 、 又 寺 領 も 三 分 . 一, 一、 小 者 衆 十 石 以 上 に も 同 じ く 三 分 二 を 上 地 せ し め 、 十 石 以 下 は 総 別 知 行 を 召 上 げ て 切 米 と し 、 諸 職 人 の 知 行 、 切 米 を 召               (12 ) 上 げ 、 賃 雇 と し た ﹂ と い う 。   更 に 宝 暦 三 年 ( 一 七 五 三 ) に 幕 府 に よ っ て 課 さ れ た 木 曽 川 、 長 良 川 、 揖 斐 川 の 治 水 事 業 は 、 島 津 藩 の 財 政 に 深 刻 な 影 響 を 与 え た 。 初 め 、 こ の 工 事 の 経 費 を 三 十 万 両 と 見 積 り 、 う ち 二 二 万 二 九 八 両 を 大 阪 の 大 商 業 資 本 に 借 り 、 そ の 他 は 国 産 の 売 却 、 士 庶 の 上 納 に よ っ て 調 達 す る こ と と し た 。 と こ ろ が 、 そ の 竣 工 前 後 に 、 同 藩 々 士 で こ れ に 当 っ た 老 の う ち 自 殺 し た 者 は 、 総 奉 行 平 田 勒 負 以 下 お よ そ 五 十 名 に 達 し た 。 そ れ は 、 右 の 実 際 の 経 費 が 、 は る か に 予 算 を 超 過 し た た め 、 多 く は そ           明 治 維 新 の 主 体 の 歴 史 的 形 成         ・            、                                三

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          明 治 維 新 の 主 体 の 歴 史 的 形 成           `      .-                              四 の 責 を 負 う て 自 殺 し た も の と 伝 え ら れ て 転 騨 。 こ の 工 事 着 手 以 前 に 、・ す で に 銀 面 万 貫 余 ( 約 金 六 十 七 万 両 に 当 る ) .の 借 金 が あ っ た 程 に 窮 乏 し て い た 藩 財 政 に と っ て 、 右 の 御 手 伝 が 如 何 に 深 甚 な 影 響 を 与 え た か は 想 像 に 余 り あ り と い わ ね ば な ら な 9題 か く て 、 文 政 の 末 に は 三 都 、 南 都 お よ び 領 内 の 借 金 五 百 万 両 に 及 び 、 し ば し ば 約 束 に 背 い て 信 を 失 っ た の で 、 も と か                                                                    お   ら の 銀 主 筆 も 出 銀 に 応 じ な い た め 、 財 政 の 窮 乏 は そ の 極 に 達 し た と い わ れ る 。 そ の た め ﹁ 士 族 の 高 に も 重 税 を 加 え 、 人 別 一 分 銀 又 は 国 役 銀 、 寺 社 方 に も 三 厘 重 銀 、 富 豪 の 聞 得 あ れ ば 貸 上 げ と い う こ と 毎 度 あ り 、 扶 持 米 に も 三 割 引 と 云 ふ 事 あ り 、 職 屋 毎 に 肩 取 を 唱 へ た る 税 、 何 品 に よ ら ず 一 手 売 、 一 手 支 配 と 云 ふ 事 あ り て 許 可 を 受 く る 者 よ り 謝 金 を 納 め る 事 に な り 、                                                            芸 者 に も 都 て 謝 金 を 納 め さ せ 、 以 前 に な き 事 に て 大 い に 沸 騰 す ﹂ る と い う 有 様 で あ っ た 。   こ の よ う に 、 薩 長 二 藩 は 、 徳 川 の 集 権 的 封 建 制 度 の 下 で は 、 関 ケ 原 役 の 敵 対 関 係 の 故 に 、 そ の 集 権 的 支 配 維 持 の た め 、 と く に 過 重 な 政 治 的 ・ 経 済 的 圧 迫 を う け 、 そ の 下 級 藩 士 は 農 民 と 共 に こ の 重 圧 に た え 難 き ま で に 困 難 を な め た の で あ る 。 こ こ に 、 彼 等 が 明 治 維 新 の 軍 事 的 ・ 政 治 的 な 変 革 主 体 と な る べ き 歴 史 的 素 地 が 醸 成 さ れ て 行 っ た 。   徳 川 幕 府 の 集 権 的 支 配 を 中 心 に 組 織 さ れ た 近 世 封 建 制 度 は 、 そ の 敵 対 的 関 係 に あ っ た 薩 長 両 藩 に と っ て 、 右 に 述 べ た よ う に 深 刻 な 政 治 的 ・ 経 済 的 圧 迫 と な っ て 現 わ れ 、 こ の 下 に 辛 苦 を な め た 両 藩 の 有 識 藩 士 が 振 い 立 っ て 、 と も に 天 保 以 後 に そ れ ぞ れ 財 政 改 革 を 断 行 し 、 遂 に 幕 末 に お い て 財 政 難 を 克 服 す る こ と を 得 た 。 そ し て 、 こ の 過 程 に お い て そ れ ら の 藩 士 が 有 効 な 経 済 政 策 の 遂 行 方 法 を 身 を 以 て 学 び 取 る こ と が 出 来 た 。 ま た 、 当 時 そ れ ら の 藩 が お か れ た 地 理 的 . 歴 史 的 地 位 か ら 彼 等 は 、 先 進 列 強 資 本 主 義 の 近 代 的 洗 礼 を 最 も 深 刻 に う け た 。 1 こ の 点 に つ い て 、 鹿 児 島 湾 に お け る イ ギ リ ス 艦 隊 と の                                                                  り   衝 突 お よ び 下 関 に 対 す る 英 ・ 米 ・ 仏 ・ 蘭 の 聯 A 口 艦 隊 の 攻 撃 を 想 起 さ れ 度 い 。 そ れ 故 、 む し ろ 近 代 資 本 主 義 的 技 術 お よ び 経 営 方 法 を 積 極 的 に 学 び 取 ら ね ば 、 当 面 せ る 歴 史 的 な 危 機 を 軍 事 的 に も 、 政 治 的 に も 、 経 済 的 に も 、 超 克 し 得 な い こ と を 体 験 し 、 こ の 方 向 に 藩 政 改 革 を 進 め て 行 っ た の で あ る 。 そ し て 、 ﹂こ の 実 践 過 程 に お い て 、 彼 等 は 、 や が て 来 る べ き 明 治 維 新

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の 主 動 的 変 革 主 体 ど し て 自 ら を 形 成 し つ つ あ っ た こ と は 、 看 過 出 来 な い 歴 史 的 重 要 性 を も つ も の と い わ ね ば な ら な い o   土 屋 喬 雄 氏 が そ の 著 ﹁ 封 建 社 会 崩 壊 過 程 の 研 究 ﹂ に お い て 薩 長 両 落 が 討 幕 、 従 っ て 明 治 維 新 の 運 動 の 急 先 鋒 と な っ た 事 情 に つ い て 次 の 如 く 述 べ い る 。   ﹁ こ れ ら 二 藩 を し て 他 に 卒 先 し か か る 大 活 動 を 為 さ し め た 力 は 、 そ も そ も 何 ん で あ っ た か 。 成 る 程 、 こ れ ら 二 藩 に お い て 関 ケ 原 役 以 来 徳 川 氏 に 対 し て 抱 け る 敵 愾 心 は 、 二 百 六 十 年 を 経 た 当 時 ま で も な ほ 燃 え て い た 。 当 時 上 に 君 あ り 、 下 に 傑 士 輩 出 し 、 豪 勇 の 士 卒 も 多 か っ た 。 ま た そ の 地 理 的 地 位 の 有 利 に よ り 、 他 に 先 ん じ て 西 洋 文 明 に 接 し 、 そ の 非 封 建 的 な 革 新 的 精 神 に 触 れ る こ と が で き た 。 こ の 方 面 の 事 実 は 、 今 日 ま で 特 に 多 く 伝 へ ら れ 、 世 に あ ま ね く 知 ら れ る と こ ろ で あ る 。 而 し て こ れ ら の 精 神 的 、 人 的 、 地 理 的 要 素 も 、 当 時 二 藩 の 活 動 力 を 強 め る に 与 っ て 力 あ り し こ と を 、 私 は 決 し て 等 閑 視 す る も の で は な い 。 た だ 私 は 今 日 ま で 一 般 史 家 に よ っ て 比 較 的 閑 却 さ れ た 経 済 的 要 素 を 、 特 に 重 要 視 せ ざ る を 得 な い の で あ る 。 す な わ ち 当 時 こ の 二 潴 が 何 れ も 、 幕 府 及 び 他 の 諸 侯 が 一 般 に 甚 し く 財 政 困 難 せ る 間 に あ っ て 、 比 較 的 財 政 上 裕 か な り し 事 実 が 、 実 は そ の 活 動 力 の 基 礎 た り し こ と を 私 は 信 ず る の で あ る 。   元 来 こ れ ら 三 潴 は 種 々 の 原 因 に よ り 江 戸 時 代 の 初 期 以 来 甚 し く 財 政 困 難 し た が 、 何 れ も 天 保 年 度 以 後 財 政 改 革 行 は れ 、 そ の 後 、 財 政                                                                                                                 (18 ) 政 策 効 を 奏 し て 余 裕 を 生 ず る に 至 り 、 幕 末 維 新 の 際 に よ く 軍 備 其 他 の 大 出 費 に 堪 へ 軍 事 上 政 治 上 大 な る 活 動 を 為 し 得 た の で あ る 。﹂ (1 )  奈 良 本 辰 也 著 ﹁近 世 封 建 社 会 史 論 ﹂ 九 頁 。 (2 )  三 宅 圭 治 氏 ﹁ 萩 蕃 の 財 政 と 撫 育 ﹂ 五 四 -五 七 頁 。 奈 良 本 辰 也 氏 (3 ) (4 )   ﹁ 毛 利 十 一 代 史 ﹂   奈 良 本 氏   右 書   一 五 頁 。 ( 5 ) ( 6 ) ( 9 ) ( 10 ) ( 12 ) ( 14 ) ( 17 ) ( 18 ) 右 書   一 四 頁 。 ﹁ 防 長 回 天 史 ﹂   奈 良 本 氏   右 書   一 五 頁 。 奈 良 本 氏   右 書   一 〇 頁 。    (7 )  奈 良 本 氏   右 書   二 八 頁 。    (8 ) 土 屋 蕎 雄 著 ﹁封 建 社 会 崩 壊 過 程 の 研 究 ﹂ 三 六 一 頁 。 土 屋 氏   右 書    ゴ 一六 二 頁 。       (n )   土 屋 氏   右 書 [  一二 {ハ 一二 頁 O 土 屋 氏   右 書   三 六 四 、 三 六 五 頁 。     (13 )   土 屋 氏   右 書   三 九 二 頁 。 土 屋 氏 右 書   三 九 三 頁 。     (15 )  土 屋 氏   右 書   三 九 六 頁 。     (16 ) 井 野 辺 茂 雄 著 ﹁ 幕 末 史 概 説 ﹂ 五 三 七 頁 以 下 お よ び 五 四 八 頁 以 下 参 照 。 土 屋 氏   前 掲 書   三 八 九 、 三 九 〇 頁 。 奈 良 本 氏   右 書   二 九 頁 。 土 屋 氏   右 書   三 九 七 頁 。 ・ 明 治 維 新 の 主 体 の 歴 史 的 形 成 五

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明 治 維 新 の 主 体 の 歴 史 的 形 成 ノ\ 二   明 治 維 新 の 変 革 主 体 の 主 流 を な し た 薩 長 の 二 藩 は 、 と も に 集 権 的 封 建 制 度 に 深 く 原 因 す る 極 度 の 財 政 難 打 開 の た め 、 殆 .ど 時 を 同 じ く し て 天 保 の 改 革 を 行 っ た こ と は 上 述 し た 通 り で あ る 。 そ し て 、 こ の 改 革 の 主 体 と な っ た 薩 摩 藩 の 調 所 笑 左 衛 門 、 長 州 藩 の 村 田 清 風 、 周 布 政 之 助 、 高 杉 晋 作 等 は 、 そ れ ぞ れ の 藩 に お け る 反 幕 派 の 源 流 で あ り 、 多 く の 志 士 は そ の 影 響 ・                                                                                      の 下 に 育 っ て 次 々 と 藩 政 改 革 に 参 与 し つ つ 、 遂 に 明 治 の 変 革 に ま で つ き 進 ん で い っ た の で あ る 。   尤 も 薩 摩 藩 ど 長 州 藩 で は 財 政 改 革 の 進 み 方 は 可 成 異 な っ て い る 。 す な わ ち 薩 摩 藩 に お い て は 天 保 の 改 革 は 二 十 年 間 一 貫 し て 調 所 笑 左 衛 門 を 中 心 に 行 わ れ 、 遂 に そ の 財 政 権 を 克 服 し 、 調 所 が 幕 府 の 忌 諱 に 触 れ て 嘉 永 元 年 に 自 殺 し た と き に は 、                                        藩 庫 に 約 百 万 両 を 残 し て い た と い わ れ る 。 こ の 財 政 改 革 を 詳 細 に 研 究 し た 土 屋 喬 雄 博 士 は 、 そ の 成 功 の 鍵 が ﹁ 一 方 そ の 領 内 に 有 せ る 黒 砂 糖 と い ふ 大 特 産 物 其 他 種 々 の 特 産 を 独 占 し 販 売 し 、 他 方 に 当 時 長 崎 を 除 け ば 唯 一 の 外 国 貿 易 地 た る 琉 球 を                                            ヨ   そ の 領 内 に 有 し ふ 之 を 利 用 し 得 た こ と に 在 る と 思 ふ ﹂ と 述 べ て い る 。   調 所 の 残 し た 改 革 の 後 を 引 継 ぎ 、 更 に 前 進 し て 近 代 的 な 革 新 計 画 を 遂 行 し た の は 外 な ら ぬ 藩 主 島 津 斉 彬 で あ っ た 。 斉 彬 は 調 所 が 行 っ て 効 果 を あ げ た 経 済 政 策 を 一 層 つ き 進 め 、 砂 糖 、 櫨 蝋 、 樟 脳 等 の 国 産 に つ い て も こ れ が 改 良 、 増 産 の 方 策 を   (4 )                                                                                                (5 )                                        ` と り 、 更 に 農 、 林 、 水 産 物 の 増 産 奨 励 の ほ か 、 金 ・ 銀 ・ 銅 ・ 錫 ・ 鉄 筆 の 採 鉱 に 意 を 用 い 、 ま た 石 炭 に つ い て は ﹁ 蒸 気 船 及 び 種                                                                                   (6 )  . 々 の 機 械 類 御 開 き 相 成 る に 付 、 石 炭 は 欠 く べ か ら ざ る 品 な る を 以 て 、 三 ケ 国 中 必 ず 出 産 あ る べ し ﹂ と い う こ と で 、 近 代 技 術 と の 関 連 に 重 点 を お い て こ れ が 探 索 に 努 力 し た 。 先 進 資 本 主 義 列 強 の 極 東 進 出 が 顕 著 と な っ た 時 代 に 人 と 為 り 、 早 く よ り 蘭 学 に 心 を よ せ て 近 代 技 術 の 摂 取 に 努 力 し た 1 例 え ば 彼 が 蘭 学 者 川 本 幸 民 を し て 訳 さ し め た 舎 密 読 本 三 十 冊 を 始 め 舎 密 す な わ ち 化 学 に 間 す る 図 書 が 彼 の 遣 書 中 に 多 数 有 す る こ と か ら も 窺 わ れ る 一 般 が 、 反 射 炉 、 熔 鉱 炉 、 鍬 開 台 ( 銃 砲 等 の 鎖 ,

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開 装 置 ) 、 刀 剣 製 造 所 等 を 設 け て 近 代 兵 器 の 製 造 に 着 手 す る と 共 に 造 船 所 を も 設 け て 西 洋 型 船 艦 の 建 造 を 行 っ た 。 そ の 他 、 硝 子 製 造 所 、 陶 磁 器 製 造 所 、 農 具 製 造 所 、 氷 砂 糖 製 造 所 、 抄 紙 場 、 胡 粉 製 造 所 、 搾 油 器 械 、 工 匠 器 械 、 皮 革 器 械 の 設 置 、 鉛 粉 製 造 所 、 獣 皮 消 軟 所 、 膠 製 造 所 等 の 設 立 、 瓦 斯 燈 、 電 信 機 、 地 雷 、 水 雷 等 の 製 造 お よ び 実 験 等 、 近 代 的 な 軍 需 お よ び 民                                                           (7 ) 需 産 業 の 移 植 に 努 力 し た 。 こ れ ら は 集 成 館 事 業 と し て 有 名 で あ る 。     集 成 館 に つ い て 研 究 し た 土 屋 喬 雄 氏 は 次 の 如 く 述 べ て い る 。       ﹁ 集 成 館 は 斉 彬 が 鋳 砲 、 製 鉄 其 他 工 芸 に 関 す る 多 年 の 抱 負 を 実 現 す る 中 心 機 関 で あ っ た か ら 、 そ の 後 も ま す ま す 事 業 を 拡 張 し 、 使 用   の 職 工 Ψ 人 足 等 は 日 々 千 二 百 余 名 の 多 き に 上 り 、 掛 役 十 数 名 、 筆 者 、 出 納 掛 四 、 玉 名 、 蘭 学 者 数 名 を 集 成 館 の 為 め に 特 に 置 い た 。 そ の   経 費 も 頗 る 多 額 で あ っ た ら し く 、 成 る 記 録 に よ れ ば 安 政 元 年 七 月 よ り 同 二 年 十 コ 月 迄 一 年 半 の 間 に 六 千 百 二 十 一 両 を 要 し た 。 ⋮ ⋮ 斉 彬                                                                                                 ヘ   ヘ    ヘ   ヘ    ヘ        ヘ    ヘ   へ ・ は 安 政 四 年 八 月 二 十 日 集 成 館 に 臨 み 、 当 時 財 政 の 局 に 当 り し 者 及 び 集 成 館 の 係 役 員 等 を 召 し 、 当 時 の 形 勢 を 説 き 、 軍 備 を 整 へ 、 理 財 の     ヘ  ヘ  ヘ  ヘ  ヘ  へ                                                                                                                                                                                           道 を 立 つ る は 、 目 下 の 急 務 に し て 集 成 館 設 立 の 主 意 軍 備 と 理 財 の 二 に あ る 旨 を 諭 し 、 皆 そ の 深 意 を 了 知 し 、 大 い に 感 銘 し た と い ふ ﹂   斉 彬 の 諭 旨 に あ る 如 く 、 当 時 の 先 進 資 本 主 義 列 強 の 脅 威 に 基 づ く 国 防 的 危 機 お よ び 国 内 の 変 革 的 情 勢 に か ん が み 、 軍 備 の 充 実 と 経 済 自 立 の た め に 、 近 代 的 な 技 術 お よ び 経 営 を 採 用 す る と い う こ と が 、 独 り 薩 摩 藩 に 止 ま ら ず 、 長 州 藩 、 肥 前 藩 、                                                                                    き   土 佐 藩 、、 水 戸 藩 等 維 新 の 主 体 と な っ た 諸 士 を 生 ん だ 雄 藩 に 多 少 と も 共 通 し た 傾 向 で あ っ た 。   薩 摩 藩 で は 、 安 政 五 年 ( 一 八 五 八 ) 斉 彬 が 没 し て か ら 集 成 館 事 業 も 一 時 後 退 し 、 文 久 三 年 ( 一 八 六 四 )   七 月 英 艦 と の 戦 に よ っ て 集 成 館 の 諸 設 備 も 殆 ど 灰 燼 に 帰 し た が 、 戦 後 集 成 館 が 再 興 さ れ 、 新 に 蒸 汽 鉄 工 機 械 、 轆 轤 台 ( ダ ラ イ ・ バ ン ク ) 、 鉋 台 ( シ カ ル ・ バ ン ク ) 、 捻 製 機 ( シ ナ イ ・ マ シ ー ネ ) 等 を 設 け て 銃 鉋 の 製 作 を 主 と し 、 そ の 他 諸 器 械 の 製 造 の み な ら ず 、 艦 船 の 修 繕 を も な す に 至 っ 廼 。 慶 応 二 年 夏 に は 、 陸 海 軍 を 英 国 式 に 改 め て 拡 張 し た の で 、 兵 器 の 製 造 も 益 々 盛 ん に 凝 っ た 。 ま た 同                                                                                              け   年 イ ギ リ ス か ら 紡 績 機 械 を 輸 入 し 、 イ ギ リ ス の 技 師 を 招 聘 し て 本 邦 最 初 の 洋 式 紡 績 工 場 が 創 立 さ れ た 。                                                                                                                     長 州 藩 は 天 保 十 一 年 ( 一 八 四 〇 ) に 借 銀 総 計 八 五 、 二 五 二 貫 五 〇 〇 目 余 と い う 財 政 窮 迫 だ っ た 事 実 に 鑑 み 、 維 新 変 革 主 体           明 治 維 新 の 主 体 の 歴 史 的 形 成                                                         七

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          明 治 維 新 の 主 体 の 歴 史 的 形 成                                        .                凡 の 源 流 妄 ・ た 長 州 藩 霧 派 の も と 村 田 清 風 を 忠 に 天 保 ± 年 か ら + 四 年 に か け て 大 改 革 が 行 わ れ 鱗 . 村 思 風 の 改 革 の 重 点 は ω 蕃 地 お よ び 江 戸 邸 の 経 費 節 減 を 中 心 と す る 倹 約 方 針 の 強 行 、 ② 越 荷 方 を 設 置 し て 馬 関 海 峡 を 往 来 す る 諸 国 商 人 に そ の 商 品 担 保 の 利 貸 を 行 う こ と 、 , ⑧ 専 売 政 策 を 緩 和 転 換 し 、 独 占 的 御 用 商 業 資 本 の 搾 取 を お さ え 、 直 接 生 産 者 を 保 護 せ                                                                                    む   ん と し た こ と 、 ㈲ 徴 税 法 を 公 正 に 改 正 し 、 家 臣 団 お よ び 農 民 の 馳 走 米 を 減 少 し た こ と 等 で あ っ た 。   か く の 如 く 、 村 田 清 風 の 改 革 は ﹁ 旧 来 の 殖 産 興 業 政 策 及 び こ れ と 結 び つ い た 商 業 資 本 に 対 す る 痛 烈 な 批 判 を 含 み 、 そ れ 等 の 犠 牲 に 於 て 新 し い 政 策 を 実 施 せ ん と し 触 目 と 見 ら れ る が 、 そ の た め 、 商 業 資 本 と 結 び 付 く 動 力 か ら の 反 対 に 、 一 時 後 退 を 余 儀 な く さ れ た が 、 後 日 安 政 に 至 り 村 田 の 流 れ を く む 周 布 一 派 が 藩 政 改 革 の 要 路 に つ き 、 一 方 農 本 的 政 策 を 行 う と 共                                                                                あ   に 、 他 方 、 諸 商 品 座 元 を ﹄ 切 禁 し 、 藩 当 局 の 専 売 制 度 の 復 活 を 中 心 に 殖 産 工 業 政 策 を 行 っ た 。   こ れ と 前 後 し て 、 藩 士 中 島 治 平 に よ る 近 代 技 術 の 習 得 移 入 の こ と が あ り 、 実 際 に も 、 安 政 以 来 軍 艦 製 造 場 、 大 砲 鋳 造 場 、 火 薬 製 煉 所 等 を 設 け 、 洋 銃 の 製 造 の 如 き は 単 に 自 藩 の 軍 備 に 資 す る ほ か 、 こ れ を 他 国 に 売 出 し て 利 を 得 ん と の 企 図 さ え も あ っ た 。 更 に 、 近 代 化 学 を 応 用 し て 良 質 の 硝 子 器 を 製 造 し 、 こ れ を 広 く 販 売 し て 、 永 久 の 国 産 ど な す べ し と の 意 見 も 行 わ    り   れ た 。   長 州 藩 の 政 策 と し て 高 杉 晋 作 に よ る 農 兵 隊 た る 奇 兵 隊 の 組 織 は 維 新 の 武 力 的 変 革 へ の 途 に 通 ず る も の で あ っ た 。 実 際 、 保 守 派 と の 抗 争 の 下 に 近 代 的 軍 事 工 業 化 を 背 景 と し て 近 代 的 兵 器 と 訓 練 を も つ 農 民 な い し 庶 民 に よ .る 奇 兵 隊 の 組 織 化 と そ の 拡 充 の 過 程 は 、 一 方 に は 、 明 治 の 軍 事 的 な 絶 対 主 義 的 統 一 国 家 の 形 成 に 参 与 し た 大 村 益 次 郎 、 広 沢 真 臣 、 品 川 弥 二 郎 、                                                                                                          山 田 顕 義 、 山 県 有 朋 等 の 近 代 的 軍 事 官 僚 を 形 成 し て 行 く と 共 に 明 治 の 徴 兵 制 度 に よ る 近 代 的 軍 隊 編 成 の 先 駆 と な っ た 。     ノ ー マ ン が 、 当 時 の 藩 政 改 革 が 明 治 維 新 の 先 駆 的 意 味 を も つ こ と を 強 調 し て 、 次 の 如 く 述 べ て い る こ と は 注 目 に 値 す る 。     ﹁ こ れ ら の 藩 で は 、 反 幕 感 情 の 最 も 露 骨 な 表 明 た る 勤 王 党 が し だ い に 勢 力 を 占 め 、 つ い に 藩 の 政 策 を 支 配 す る よ う に な っ た 。 こ の 政

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O 7 治 的 傾 向 に と も な い 、 急 進 的 藩 政 改 革 が お こ な わ れ た が 、 長 州 を 例 に と れ ば 、 こ れ を 担 当 し た の は 若 い 武 士 お よ び 藩 の 財 政 上 の 助 力 者 ・ 腰 間 た る 御 用 人 で あ り 、 か れ ら は 有 能 で 公 正 で は あ る が 、 横 暴 な 、 皇 室 に 対 し て は 献 身 的 な 、 武 断 的 心 理 の 濃 厚 な 藩 閥 官 僚 と な っ て い ・ た 。 伝 統 主 著 で あ レ 、 し ん 喜 党 派 的 偏 狭 に こ り か た ま ・ た 旧 藩 内 指 導 層 の 敗 退 書 味 し 集 州 の 譲 改 革 は 、 他 藩 に お け る 同 様 の 傾 向 と 相 ま っ て 、 明 治 政 府 の 達 成 し た 大 業 の 一 つ で あ る 中 央 集 権 化 の 最 初 の 段 階 を 示 し て い る 。 L   ﹁ ⋮ ⋮ 藩 政 改 革 は 、 人 民 反 抗 の 勢 に 押 さ れ て 達 成 さ れ た の で も な く て 、 ご く 少 数 の 軍 事 官 僚 の 手 で 成 し と げ ら れ た の で あ る 。 .し か し                                                                          ヘ    ヘ   ヘ    ヘ    ヘ   ヘ    ヘ   ヘ    ヘ   ヘ   ヘ    ヘ    ヘ    ヘ   ヘ    ヘ    ヘ    ヘ       ヘ   ヘ    へ こ の 官 僚 の 受 け つ い だ 政 治 的 遺 産 は 専 制 的 な い し は 父 権 的 で あ り 、 か れ ら の 識 見 は 、 外 国 の 脅 威 を 前 に し て は 徹 底 し た 軍 事 的 . 経 済 的 憂 恥 か 必 塾 か 勤 沁 、 う ち つ づ く 社 会 不 安 を 前 に し て は 、 か か る 事 業 を 急 速 か つ 決 定 的 に 遂 行 す る た め の 唯 一 の 機 関 と し て 、 絶 対 主 義 的 中 央 無 権 政 府 を 樹 立 す る 必 要 を 感 じ さ せ た 。 か れ ら の 立 場 は 当 然 ﹁ 国 政 の 舵 色 取 る 断 乎 た る 手 ﹂ の 信 条 、 い い か え れ ば 開 明 的 絶 対 主 義 を 採 る こ と を 命 令 し だ 。 し た が っ て 日 本 は 最 初 か ら 、 過 渡 期 の 数 年 間 に お い て す ら 、 自 由 主 義 時 代 を な ん ら 経 験 し な か っ た の で あ る 。 封 建 制 度 の 遠 心 性 あ る 原 子 を 結 合 し た 磁 力 は 天 皇 だ け で あ っ た し 、 巨 大 な 建 設 聖 業 を 実 行 し う る 立 場 に あ る 者 は 、 た だ 四 大 外 様 藩 の 藩 閥 官 僚 、 た と え ば 長 州 の 木 戸 孝 允 ( 桂 小 五 郎 ) 、 井 上 馨 、 前 原 一 誠 、 広 沢 真 臣 、 薩 摩 の 大 久 保 利 道 、 西 郷 隆 盛 、 黒 田 清 隆 、 寺 島 宗 則 、 土 佐 の 板 垣 退 助 、 後 藤 象 二 郎 、 佐 々 木 高 行 、 肥 前 の 大 隈 重 信 、 江 藤 新 平 、 大 木 喬 任 な ど あ り 、 こ れ に 少 数 の 公 卿 特 に 岩 倉 具 視 、 三 条 実 美 が 加 わ ワ た だ け で あ る 。 : 鴇⋮ 明 治 革 命 の 政 治 的 指 導 権 は 下 級 武 士 の 手 に 握 ら れ た が 、 そ の 背 後 の 経 済 的 推 進 力 は 三 井 、 住 友 、 鴻 池 、                                                      の   小 野 、 安 田 の よ う な 大 商 人 の 増 大 し つ つ あ る 貨 幣 権 力 で あ っ た 。﹂   幕 末 雄 藩 に お け る 上 述 の 如 き 藩 政 改 革 の 過 程 は 、 明 治 維 新 の 有 能 な 変 革 主 体 を 産 み 出 す 歴 史 過 程 で あ っ た が 、 こ の 藩 政 改 革 を 必 然 的 な ら し め た の は 、 国 吋 的 に は 徳 川 の 集 権 的 封 建 制 度 の 展 開 が 、 そ の 内 的 必 然 性 に よ っ て 外 様 雄 藩 に 極 度 の 財 政 難 を も た ら し 、 と く に そ の 犠 牲 が 進 歩 的 な 有 識 下 級 武 士 に 最 も 強 く 感 ぜ ら れ た こ と 、 対 外 的 に は 、 先 進 資 本 主 義 列 強 の 極 東 進 出 に よ る 国 防 的 脅 威 を も た ら し た こ と 、 そ し て 、 最 後 に 、 も は や 旧 幕 藩 体 制 が 国 内 的 に も 対 外 的 に も 危 機 打 開 の 力 な ぎ こ と を 暴 露 し 、 国 内 的 変 革 の 不 可 避 性 を 露 呈 し た こ と で あ る と 考 え ら れ る 。 従 っ て 、 こ の 藩 政 改 革 は 旧 幕 藩 体 制 の 揚 棄 の 方 向 と 先 進 資 本 主 義 列 強 の 圧 迫 に 対 抗 し う る 絶 対 主 義 的 国 家 統 一 の 方 向 に 進 ま ざ る を 得 な い 内 的 必 然 性 を 蔵 し て い た 関 係 上 、 旧 体 制 に 利 害 関 係 の 深 い 藩 主 や 上 級 武 士 層 は 、 そ の 主 体 と な り 通 し う る も の で な く 、 漸 次 、 そ の 主 導 曲 地 位 を 進             明 治 維 新 の 主 体 の 歴 史 葡 形 成                     、                              九

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明 治 維 新 の 主 体 の 歴 史 的 形 成 一 〇 ● 歩 的 な 下 級 藩 士 層 に 譲 ら ざ る を 得 な か っ た 。   佐 賀 の 下 級 藩 士 か ら 出 た 大 隈 重 信 が ﹁ 各 藩 の 藩 主 間 に 於 て は 、 固 よ り 一 人 の 倒 幕 の 念 を 懐 く も の あ ら ず 、 彼 等 は 自 己 の 藩 を 全 う せ ん に 鴛 一 必 ず 幕 府 を 全 う せ ざ る ぺ か ら ず 。 若 し 幕 府 倒 る れ ば 諸 藩 も 亦 従 っ て 倒 れ ざ る を 得 ず 、 暴 れ 封 建 制 度 の 上 に 於 て 必 然 の 結 果 な れ ば な り ﹂ と い い 、 ま た 伊 藤 博 文 が ﹁ 倒 幕 派 の 武 士 は 封 建 制 以 外 の 生 活 様 式 を な ん ら 考 え 出 せ な か っ た し 、 徳 川 政 権 の 崩 壊 を 望 ん だ 者 も 、 外 様 藩 の あ い だ に 権 力 を 再 配 分 す る こ と に よ っ 肛 掩 体 と し て 封 建 制 度 を 復 活 し 、 し た が っ て 封 健 的 身 分 構 成 に お け る 武 士 階 級 の 社 会 的 地 位 が 全 体 と し て 強 化 さ れ る こ と を 期 待 し て い た ﹂ と 述 べ て い る こ と は 注 目 に 値 す る 。   ま た ノ ー マ ン は 、 先 に 本 文 で 述 べ た 点 に つ い て 、 次 の 如 く 叙 述 し て い る 。   ﹁ 早 く も 維 新 前 か ら 、 一 つ の 部 分 的 政 治 革 命 が 始 っ て お り 、 諸 藩 内 部 の 政 治 権 力 は 藩 主 の 手 か ら 最 も 野 心 的 な 藩 士 の 手 に 次 第 に 移 り つ つ あ っ た が 、 こ れ ら の 藩 士 は 身 分 か ら い え ば 中 以 下 で あ っ た に か か わ ら す 、 藩 を 支 配 す る 重 要 な 人 物 と な っ た 。 ま た 、 長 州 の 木 戸 孝 允 、 高 杉 晋 作 、 水 戸 の 藤 田 東 湖 の よ う な 強 力 な 人 物 を 中 心 に 、 こ れ ら 下 士 が 一 つ の 党 派 を 結 成 し た 場 合 も あ る 。 匹 ず れ に せ よ 、 こ の 少 壮 武 士 は 、 ク ー デ タ 卸 埴 敢 行 し て 、 藩 内 か ら 年 長 の 家 老 執 政 ら 保 守 的 上 士 の 勢 力 灌 一 掃 し 、 領 主 を か れ ら 自 身 の 急 進 政 策 の 三 文 判 的 存 在 た ら し め た の で あ る 。﹂   ﹁ こ の よ う に 下 級 武 士 鳳 倒 幕 運 動 の 前 衛 と し て 、 或 い は た め ら い 或 い は 恐 れ る 藩 主 た ち を 後 に 引 き ず っ て 行 っ た 。 武 士 は 軍 事 科 学 の 知 識 逢 独 占 し 、 そ の 政 治 的 経 験 と 指 揮 統 率 の 習 慣 と を 一 つ に 結 び 合 せ た 。 一 八 六 〇 年 か ち 六 八 年 に か け て の 決 定 的 な 時 期 に 、 全 国 を 倒 幕 運 動 に 糾 合 す る 者 は 、 実 に 武 士 を 除 い て は ほ か に な か っ た の で あ る 。 こ こ に 維 新 の 後 に 、 完 全 な 勝 利 を 収 め る こ と に な る 一 政 治 指 導 力 醜 顕 し つ つ あ 。 た 。 す な わ ち 、 倒 幕 雄 藩 出 身 の 武 士 が そ れ で あ り 、 こ れ が 徳 川 政 権 崩 壊 の の ち に 新 政 府 の 政 権 を 掌 握 す る こ と と な っ た 。﹂   ﹁ 幕 末 の あ の 熱 狂 的 な 時 期 に あ た っ て 、 す で に 港 内 の 実 権 を 奪 取 し て い た 西 南 の 下 級 武 士 は 、 社 会 的 動 乱 と 政 治 破 壊 と 思 想 的 激 変 の 時 代 に 処 す る 困 難 な 行 政 上 、 実 際 政 治 上 の 教 訓 を 現 実 の 経 験 か ら 学 ん だ 。 将 来 の 支 配 階 級 と な る べ き こ れ ら の 雛 鳥 は 、 嵐 の 吹 き す さ ぶ 険 悪 な 天 空 に 向 っ て 最 初 の 飛 翔 を 試 み た が 、 .そ の 成 功 に 気 を よ ぐ し て 、 い ま や 後 に 続 く 時 代 の よ り 大 き な 冒 険 を 待 望 し つ つ あ っ た 。 か れ ら は 過 渡 期 に お け る 政 治 的 策 謀 と い う 複 雑 な わ ざ に 熟 達 し た 。 ま た 国 家 統 治 の 秘 訣 と 技 術 mH 8 岳 冒 ℃ 自 律 2 碧 8 。。 を 習 得 し た ば か り で な く 、 排 外 事 件 を ひ き 起 し て 、 そ の 結 果 報 復 さ れ る 危 険 を 賭 し て ま で も 、 西 洋 の 兵 器 と 戦 術 の 優 越 を 満 足 の ゆ く ま で 試 験 し た が 、 こ

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                                                                                          も   し   し  ヘ   ヘ   へ   し   ヘ       へ   し  へ   も   ヘ   レ の こ と は 幕 府 と の 闘 争 に お い て か れ ら の た め ど れ ほ ど 役 立 っ た か し れ な い 。 明 治 時 代 に 入 っ て か ら 、 国 防 問 題 に 対 し て 、 先 天 的 に 敏 感   ヘ    ヘ    ヘ    ヘ    ヘ    ヘ    ヘ    ヘ    ヘ    ヘ    ヘ    ヘ    ヘ    へ    ぎ   ヘ    ヘ    ヘ    ヘ    ヘ    ヘ    ヘ    ヘ    ヘ        ヘ    ヘ    ヘ    ヘ    ヘ    ヘ    ヘ    ヘ    ヘ    ヘ    ヘ    ヘ    ヘ    ヘ    ヘ    ヘ    ヘ    ヘ         ヘ    ヘ    ヘ    ヘ    ヘ    ヘ    ヘ    ヘ    ヘ    ヘ    ヘ    ヘ    ヘ    ヘ    ヘ    へ な こ れ ら 下 級 武 士 が 初 め は 何 よ り も 軍 備 の 建 設 に 努 め 、 つ い で 防 備 の 必 要 限 度 を は る か に 超 え て 、 大 陸 侵 略 戦 争 の 兵 器 廠 を 準 備 す る た

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  さ れ ば ﹁ 幕 府 の 顛 機 は 、 薩 摩 . ﹁長 州 . 土 佐 ・ 肥 前 の 下 級 武 士 お よ び 浪 人 と 少 数 の 公 卿 を 指 導 者 と し 一 京 ・ 大 阪 の 豪 商 の 財 力 を 後 楯 と す る 反 徳 川 諸 勢 力 の 団 結 に よ っ て 達 成 さ れ た 。 こ の 劃 期 的 変 革 の 指 導 権 は 、 当 時 の 政 治 的 代 弁 者 た る 上 級 武 士 お よ び 封 建 領 主 に し だ い に 取 っ て 代 り つ つ あ っ た 下 級 武 士 の 手 に 握 ら れ た 。 こ こ に お い て 維 新 は 、 単 に 狭 義 の 政 治 的 意 味 に お け る 、 幕 府 か ら 中 央 集 権 的 宮 廷 へ の 政 権 の 移 行 を 意 味 す る ば か り で な く 、 政 治 の 重 心 の 上 士 か ら 下 士 へ の 移 行 を 意 味 す る 。 下 士 の う ち か ら は 、 木 戸 孝 允 、 大 久 保 利 道 、 西 郷 隆 盛 、 大 村 益 次 郎 、 伊 藤 博 文 、 井 上 馨 の よ う な 当 代 の 最 も 有 能 な 人 材 を 輩 出 し た の に 対 し 、 薩 摩 の 島 津 久 光 、 長 州 の 毛 利 元 徳 、 土 佐 の 山 内 容 堂 ら の 藩 主 は し だ い に 政 治 の 舞 台 か ら 姿 を 消 し て い っ た 。 し か し な が ら 、 こ れ ら 下 層 武 士 お よ び 浪 人 は そ の 鋭 い 劔 の 力 や 断 乎 と し た 決 意 だ け で は 幕 府 を 顛 濁 し え な か っ た 。 武 士 の 政 治 的 ・ 軍 郵 的 活 躍 ほ ど 劇 的 で は な い が 、 幕 府 の 顛 覆 と 新 政 権 の 安 定 を 達 成 す 、 る う え に そ れ よ り も 深 甚 な 影 響 を 及 ぼ し た も の は 大 町 人 f 日 本 の 富 の 七 〇 パ ー セ ン ト が 集 中 し て い た と い わ れ る 大 阪 商 人 の 経 済 的 支         (26 ) 援 で あ っ た 。 ﹂   右 の ノ ー マ ン の 叙 述 に も 見 ら れ る よ う に 、 前 述 の 過 程 に お い て 形 成 さ れ て 行 っ た 変 革 主 体 に 、 同 じ 集 権 的 封 建 社 会 の う ち に ■内 的 必 然 性 を も っ て 1 諸 藩 の 財 政 窮 乏 化 と 表 裏 を な し つ つ 一 蓄 積 さ れ て 行 っ た 大 商 業 資 本 が 結 び 付 き 、 こ こ に 明 治 維 新 の 大 変 革 が 達 成 さ れ た の で あ る 。 ・ (1 )  奈 良 本 辰 也 著 ﹁ 近 世 封 建 社 会 史 論 ﹂ 一 二 八 頁 。 (2 )  土 屋 蕎 雄 著 ﹁ 封 建 社 会 崩 壊 過 程 の 研 究 ﹂ 四 四 四 頁 。 (3 )  土 屋 氏   右 書   四 四 五 頁 。    ( 4 )  土 屋 氏   右 書   四 八 四 -四 八 六 頁 参 照 。 (5 × 6 )  土 屋 氏   右 書   四 八 八 頁 。    み 7 )  土 屋 氏   右 書   四 九 〇 1 四 九 七 頁 。     (8 )  土 屋 氏   右 書   四 九 八 頁 。 (9 )  日 本 経 済 史 研 究 所 編 ﹁ 幕 末 経 済 史 研 究 ﹂ に 江 頭 恒 治 氏 の ﹁佐 賀 藩 に 於 け る 洋 式 工 業 ﹂   (五 九 頁 以 下 )  ﹁高 島 炭 坑 に 於 け る 日 英 共 同 企 業 ﹂   ( 二 三 頁   以 下 )  ﹁ 高 知 藩 に 於 け る 幕 末 の 新 政 策 ﹂  ( 一 〇 一 頁 以 下 ) お よ び 堀 江 保 蔵 氏 の ﹁ 山 口 藩 に 於 け る 洋 式 工 業 ﹂  ( = 三 二 頁 以 下 ) 宮 本 又 次 氏 の ﹁ 水 戸 藩   に 於 け る 幕 末 の 新 事 業 ﹂   ( 一 五 三 頁 以 下 ) の 研 究 が あ る 。 明 治 維 新 の 主 体 の 歴 史 的 形 成 一 一

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戸 ・ ( 10 ) ( 12 ) ( 14 ) ( 16 ) ( 17 ) ( 18 ) ( 19 ) ( 21 ) ( 22 ) ( 24 )     明 治 維 新 の 主 体 の 歴 史 的 形 成                         ,            ・            一 二 土 屋 氏   前 掲 書   四 九 九 、 五 〇 〇 頁 。     (11 )  土 屋 氏   右 書   五 〇 〇 、 五 〇 一 頁 。 奈 良 本 氏   前 掲 書   一 〇 〇 頁 。     (13 )  奈 良 本 氏   右 書   一 一 〇 頁 。 奈 良 本 氏   右 書   一 ・一 一 一 一 = 二 頁 。     (15 )   熟否 異 本 氏   右 書   一 一 八 、 一 一 九 頁 。 奈 良 本 氏   前 掲 書   一 一 七 、 五 七 頁 。 堀 江 保 蔵 氏 ﹁ 山 口 藩 に 於 け る 洋 式 工 業 ﹂ 前 掲 ﹁ 幕 末 経 済 史 研 究 ﹂ 一 三 八 頁 以 下 一 四 二 頁 以 下 一 五 〇 頁 以 下 参 照 。 E ・ H ・ ノ ! マ ン 著   大 窪 懇 二 訳 ﹁ 日 本 に お け る 近 代 国 家 の 成 立 ﹂  (岩 波 版 ) 入 四 頁 。 ノ ー マ ン 著 .層 右 書 八 六 頁 。     (20 ︾  ノ ー マ ン 著 右 書   八 七 、 八 八 頁 。 ﹁ 大 隈 重 信 述 、 圓 城 寺 清 著 ﹁大 隈 伯 昔 日 謹 ﹂ = 二 九 頁 。 ノ ー マ ン 著   右 書   二 八 ○ 頁 。 ノ ー マ ン 著   右 書   二 八 一 頁 に よ る 。 .  (23 )  ノ ー マ ン 著   右 書   二 七 八 頁 。 ノ ー マ ン 著 右 書   二 八 三 、 二 八 四 頁 。     (25 )   ノ ー マ ン 著 右 書   二 八 六 頁 。     (26 )  ノ ー .マ ン 著 右 書 六 四 頁 。 9 三   こ れ ま で に 繰 返 し て 述 べ た よ う に 、 幕 末 に お け る 反 幕 雄 藩 の 藩 政 改 革 は 、 世 界 史 的 な 先 進 資 本 主 義 列 強 の 帝 国 主 義 的 侵 略 の 脅 威 と 国 内 史 的 な 集 権 的 封 建 社 会 の 崩 壊 と い う 歴 史 的 情 況 の 下 に 進 め ら れ た 。 そ の た め 、 そ れ ら は 、 必 然 的 に 集 権 的 封 建 制 度 打 倒 の 方 向 と 先 進 資 本 主 義 列 強 の 脅 威 に 対 抗 し う る よ う な 絶 対 主 義 的 国 家 統 , 一 、 そ の 下 に お け る 資 本 主 義 の 育 成 と い う 方 向 に 進 む 歴 史 的 崩 芽 を 内 包 せ ざ る を 得 ず 、 従 っ て 、 か か る 方 向 へ の 革 新 政 策 の 推 進 主 体 と し て 進 歩 的 な 下 級 武 士 層 が 、 な ん と し て も 保 守 性 を 脱 し 得 な い 藩 主 や 上 級 武 士 層 に 漸 次 代 っ て 行 か ざ る を 得 な か っ た 。 そ し て 、 こ の 過 程 に お い て 、 ・ こ れ ら の 進 歩 的 下 級 武 士 層 が 、 軍 事 的 に も 、 軍 事 産 業 的 に も 、 近 代 化 へ の 実 験 を 多 少 と も つ み 、 ま た 財 政 . 経 済 政 策 的 に も 得 難 い 経 験 を つ ん で 、 来 る べ き 明 治 維 新 の 主 体 と し て 高 ま っ て 行 っ た 。   こ の よ う に し て 、 右 の よ う な 明 治 維 新 の 変 革 主 体 が 形 成 さ れ 、 彼 等 の 軍 事 的 ・ 政 治 的 活 動 が 、 大 商 業 資 本 の 経 済 的 支 援 の 下 κ 、 し か も 先 進 資 本 主 義 列 強 の 絶 え ざ る 脅 威 に 対 抗 し つ つ 、 行 わ れ た こ と 鳳 、 そ の 後 に 展 瀾 七 光 日 本 の 政 治 お よ び 経 電

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済 、 従 .っ て 日 本 資 本 主 義 の 性 格 に と っ て 決 定 的 な 影 響 を 与 え る こ と と な っ た の で あ る 。   明 治 の 変 革 に あ た っ て 日 本 が 当 面 し た 歴 史 的 問 題 は 、 第 一 に 、 日 本 が 、 中 国 の 加 く 、 先 進 資 本 主 義 国 の 植 民 地 な い し 半 植 民 地 と な る か 、 そ れ と も こ れ ら 列 強 に 対 抗 し つ つ 声 ド イ ツ の 如 く 資 本 主 義 国 と し て 自 立 す る か と い う こ と で あ り 、 ﹂ 第 二 に 、 徳 川 の 集 権 的 封 建 制 度 に 代 っ て 諸 藩 連 合 と い う 形 の 新 な る 封 建 制 度 を 形 成 す る か 、 ま た 先 進 列 強 に 対 抗 し う る 強 力 な 軍 備 を も つ 絶 対 主 義 的 . 中 央 集 権 的 な 国 家 機 構 を 形 成 す る か と い う 問 題 で あ っ た 。 そ し て 、 い わ ば 世 界 史 的 な 第 一 の 問 題 が 、 日 本 史 的 な 第 二 の 問 題 と 密 接 な 関 連 を も っ て い る こ と は 自 明 で あ り 、 日 本 が 列 強 の 植 民 地 化 な い し 半 植 民 地 化 を 免 れ て 独 立 を 全 う し 得 ん が た め に は 、 こ れ ら 先 進 列 強 に 対 抗 出 来 る 強 力 な 軍 事 力 を も つ 絶 対 主 義 的 国 家 機 構 を 形 成 せ ざ る を 得 ず 、 ま た 、 そ の 売 め に も 急 速 に 資 本 主 義 化 の 方 向 と く に 軍 国 主 義 的 な 資 本 主 義 化 の 歴 史 的 方 向 を 辿 ら ざ る を 得 な か 、つ た 。 そ し て こ の 歴 史 的 課 題 を 負 荷 し た も の は 、 先 に 述 べ た よ う に 反 幕 雄 藩 の 藩 政 改 革 に お い て 保 守 的 な 藩 主 ま た は 上 級 武 士 層 を 漸 次 押 し の け て 、 革 新 主 体 と な っ て 行 っ た 進 歩 的 下 級 武 士 層 と こ れ と 同 盟 せ る 反 幕 的 、 進 歩 的 な 公 家 で あ り 、 最 後 に 、 こ れ を 、 受 身 な が ら 、 経 済 的 に 支 援 し た の は 、 大 商 業 資 本 家 で あ っ た つ   と こ ろ で 、 明 治 維 新 の 主 体 と な っ た 反 幕 雄 藩 の 下 級 武 士 層 は 、 幕 藩 封 建 体 制 を 打 破 し 、 絶 対 主 義 的 な 近 代 国 家 を 樹 立 し 近 代 資 本 主 義 を 積 極 的 に 育 成 す る と い う 意 味 で は 進 歩 的 で あ っ た が 、 彼 等 が 武 士 階 級 で あ っ た と い う 存 在 的 本 質 と 当 時 、 国 内 的 に も 、 対 外 的 に も 喰 う か 喰 わ れ る か と い う 切 迫 し た 環 境 を 打 開 せ ず レ て は 前 進 し 得 な か っ た と い う 事 情 と の た め 、 本 質 的 に 軍 国 主 義 的 で あ り 、 更 に 侵 略 主 義 的 で さ え あ っ た 。   ・ 例 え ば 幕 末 維 新 の 志 士 の 指 導 者 で あ っ た 吉 田 松 陰 は     ﹁ 今 急 に 武 備 を 修 め 、 艦 略 ぼ 具 し 、 磁 路 ぼ 足 ら ば 、 則 ち 宜 し く 蝦 夷 を 開 墾 し て 諸 侯 を 封 建 し 、 間 に 乗 じ て 砺 榔 鵜 施 、 隙 紺 加 夢 奮 戦 、 .   琉 球 を 諭 し ⋮ 朝 鮮 を 責 め て 質 を 納 九 貢 を 奉 る こ と 古 の 盛 時 の 如 く な ら し め 、 北 は 満 洲 の 地 動 き 、 南 は 台 湾 、 呂 宋 諸 島 を 収 め 、 漸 に           明 治 維 新 の 主 体 の 歴 史 的 形 成                                                       = 二

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、         明 治 維 新 の 主 体 の 歴 史 的 形 成                                                     一 四                                           (1 ) 進 取 の 勢 を 示 す べ し 、 然 る 後 昆 を 愛 し 土 を 養 ひ ⋮ ⋮ ﹂ 之 述 べ 、 更 に 米 露 両 国 の 和 親 条 約 締 結 後 の 安 政 二 年 ( 一 八 五 五 ) 四 月 、 萩 の 野 山 獄 か ら ﹁ 同 志 一 致 の 意 見 ﹂ と し て 兄 に よ せ た ﹁ 獄 是 帖 ﹂ で は ﹁ 魯 ・ 墨 講 和 一 定 、 決 然 と し て 我 よ り 是 を 破 り 、信 を 夷 狄 に 失 ふ べ 可 ら ず 、 但 章 程 を 厳 に し 、 信 義 を 厚 う し 、 其 間 を 以 て 国 力 を 養 ひ 、 取 易 き 朝 鮮 満 洲 支 那 を 切 り 随 ひ 、 交 易 に て 魯 墨 に 失 ふ 所 は 、 又 土 地 に て 鮮 満       (2 )                                                                     -, に 償 ふ べ し ﹂ と 述 べ て い る 。   こ う し た 国 防 即 侵 略 と い う 軍 国 主 義 的 傾 向 は 、 ロ シ ア の 樺 太 な い し 蝦 夷 ( 北 海 道 ) へ の 進 出 お よ び 朝 鮮 へ の 進 出 な ど の 傾 向 に 対 抗 し て 、 日 本 は 樺 太 を ば 一 時 ロ シ ア に 譲 り 、 弱 き 環 の 台 湾 な い し 朝 鮮 を 侵 略 す べ し と い う 意 見 が 、 明 治 維 新 直 後 の 政 府 当 路 者 の 間 に 支 配 的 と な つ ,た 点 に も 具 体 的 に 現 わ れ て 来 る 。 現 に 、 柳 原 外 務 権 大 丞 は 明 治 三 年 ( 一 八 七 〇 ) 七 月 に 天 津 事 件 に 言 及 し 、 英 ・ 米 ・ 仏 ・ 魯 に 朝 鮮 侵 略 の 意 あ り と し て 、 彼 ら が 朝 鮮 に 手 を つ け る よ り 先 に 日 本 が ﹁ 急 速 先 鞭 ヲ ツ ケ 、 皇 使 ヲ 下 シ 、 大 二 廟 略 定 マ リ 候 上 、 必 ズ 一 回 ノ 出 兵 ヲ 議 定 シ 置 候 テ 、 寛 猛 恩 威 並 施 サ バ 、 大 戦 二 不 レ 至 シ テ 服 従 可 レ 被 レ 致 候 ﹂ と 建 言 レ ﹁ 朝 鮮 国 ノ 儀 ハ 、 北 満 洲 二 連 リ 、 西 鍵 清 二 接 シ 候 地 ニ シ テ 、 之 ヲ 緩 服 ス レ バ 、 実 二 皇 国 保 全 ノ 基 礎 ニ シ テ 、 後 来 万 国 ノ 経 略 進 取 ノ 基 本 ト 相 成 リ 若 他 二 先 ゼ ラ ル レ バ 、 国 事 愛 二 休 ス ル ニ   (3 ) 至 ル ﹂ で あ ろ う と 述 べ て い る 。   先 に 述 べ た よ う な 事 情 か ら 明 治 維 新 の 主 体 従 っ て 明 治 政 府 の 主 導 層 が 右 の よ う な 国 防 即 侵 略 と い う 軍 国 主 義 的 考 え 方 か ら 本 質 的 に 離 れ る こ と が 出 来 な か っ た と い う こ と は 、 そ の 後 に お け る 日 本 資 本 主 義 の 性 格 に 決 定 的 な 影 響 を 及 ぼ し た こ と は 否 定 出 来 な い と こ ろ で あ ろ う 。 ( 1 ) ( 2 ) ( 3 ) 吉 田 松 陰 全 集 (普 及 版 ) 第 一 巻 ﹁ 幽 囚 録 ﹂ 三 五 〇 、 三 五 頁 、 同 全 集 (普 通 版 ) 第 八 巻   四 二 三 頁 、 煙 山 専 太 郎 著   右 書 大 日 本 外 交 文 書 第 二 巻   第 六 項 、 第 七 項 。 煙 山 専 太 郎 著 ﹁ 征 韓 論 実 相 ﹂ 一 五 五 頁 。 一 五 五 頁 。

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