研究ノート : オーストラリアにおけるオープン・スクール(I)
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(2) . 研 究 ノ ー ト: オース トラリア にお けるオー プン. 佐. ス ク ー ル(1). 有. 藤. 目. ◎. 次. は じめ に 1. オ ー ス トラ リア にお ける オー プン・ デ ザイ ン・スク ー ル の 一般 的特 徴. 1 1 オ ー ス トラ リア にお ける オー プン・ デザイ ン・ スク ー ル の 展開. ◎ ( b ) ) c ( d ( ). 前. 史. 西オーストラリア州の場合 南オーストラリア州の場合 ニ ュ ー・ サウス・ ウ ェ ル ズ州 の場 合. ( e ) クィーンズラソド州の場合 〔以上本号〕 m オープン・デザイン・スクールの導入過程の特色 ( ) 上からの改革 a b () 改革の脱イデオロギー性 I V オープン・デザイン・スク ールと導入の教育的意義 〔補〕 クレイグスリー小学校における教育 むすびにかえて 〔以上次号〕. は じ め に. 今日, オーストラリアにおいて新しく建てられている公立の義務教育の学校建築は, 基本的には. い ず れ も い わ ゆ る オ ー プ ン e デ ザイ ン を 採用 し て い る,. こ の 研 究ノ ー トの ね ら い はそ う し た オ ー ス トラ リ ア の 新 しい 学 校 建 築 の 原 型 が い つ ごろ どのよ う. に発生し, どのような変遷をたどったのか, またそうした学校 デザイ ンと分ち がたく結び付いてい る教育組織 がどのようなものであるかについて論 じることにある, 論述の対象は公立小学校である, (注1) 00を越える, オープン・デザイン・スクール (文部省の用語でいうならば多目的スペー (注1) 今日, 我が国には2 ,0 4 ) 98 7 スを備えた学校) が存在する (加藤幸次・高浦勝義, 『個性化教育の創造』 . その数 , P, 1 , 明治図書, 1 「 基準面積に加えて約 助基準面積の改定 ( は, 1 9 8 4年に文部省が オープン・スペース」 の設置促進をはかり補 63.
(3) . 佐 藤. 有. 7%の面積を 「多目的スペース」 の建設にあてた場合, その分に対して国庫補助を与えること) を決定した時 点から急増を示している. 19 84年には3 5 7校 (小学校224校, 中学校1 3 3校) 85年には4 3 8校 (小学校26 0校, , 19 中学校17 8校) 6年には463校 (小学校2 82校, 中学校1 8 1校) となっている (『初等教育資料』 文部省小学校 , 198 課・幼稚園課編集, 東洋館出版社, 1 986 1 ), . 7 P. 「多目的スペース」 を持った新築の学校建築に止どまらず 児童数の減少に伴う既存の学校での空き教室 の , 増加とそれの 「多目的スペースJ への利用ということとも重なり, 今後もこの傾向は続くことが予測される . 187 3年 (明治5) 年の学制では大学から小学校までの建築については一貫して 「完全ヲ期ス」 という原則が たてられていた. そして東京や地方には欧風のモダンな校舎や土蔵造り形式のしっかりした校舎をもつ学校が 建てられたところもあった, しかし, 18 91(明治24 ) 年の小学校設備基準で建築基準が定められ, 「質朴堅牢」 と 「管理ノ便利」 の立場がとられ, 今日もその影響を引きずっている. また, 今世紀に入るころから学校校舎は, 北側廊下がはしり, 廊下に沿って南側に「たて4間( 2メートル) 7 , ょ こ 5間(9メートル) 」の箱型教室が並んでいる, と言う「北側廊下一文字型」形式が圧倒的なものとなった, (メ ー トル 法 採用 によ り, た て 6メートル×よこ1 0メートルと変更されて現在にいたっているが基本は変わっ ていない.ノ どこの地を旅しても, 建物を見るだけで 「あれは学校」 と判別できるほどステレオ・タイ プ化して き た.学校建築を美的な観点から,また「物理的な環境が精神を形成し 解放する」( “Ar i i t t t ch e c ur e&Educa o . , Harvard Educat ion Revi 2) と い っ た 観 点 か ら考 え る こ と が 弱 か っ た, と 言 えよ う, そ う ew,VOL39 , ,1969 ,p. した点ではオープン・デザインの学校建築は積極的な意味を持っていると私には思われる ,. ま た オ ー プン ・ デザイ ン・ スク ー ルと 結 び付 い て い る 本来 の オー プ ン・ エ デ ュ ケ ー シ ョ ン は思想 史的 に は人. 間の能力の解放, 開発, また児童の自主性の尊重という点でルソー, フレーベル, ペスタロッチ デューイと , いった人たちにつながるものである, それはまた今日の日本の学校教育に見られるような 学習者に対し既成 , の知識を所与のものとして伝達しようとする過度な効率主義(暗記主義)や教化思想と鋭く対立する教育方法 , 思想を内包させていると私には思われる, とりわけ後者に関しては私たち大人にとっても重要である 日本に . あっては, 教化をしようという思想は統治者の側に強く見られてきたことは断るまでもないが 私たち被統治 , 者にも上から定められた価値に一致することなしには不安感を抱いたり 上からの指導性を得てはじめて安定 , 感を得るような心性が強く見られ, 教育ということと教化との混同が見られる, この傾向は反体制の側に立っ た者の心にも染み込んでいる, 教条主義のおしつけ, それへの追従などはその代表である オープン・プラン・ , デザインと結びつく可能性を持つオープン・エデュケーションは 結局のところ 各自が自分自身の感性や考 , , え方にこだわりながら, 自分に特有なやり方で物事を明らかにしたり, 表現したり 行動していく力の育成を , ねらうものであると私は考える, そうしたことでは皇国思想, 全体主義と鋭く対立するものである . し か し, 日 本 にお ける オー プン・ デ ザイ ン・ ス ク ー ル ない し はオ ー プン・ エ デ ュ ケー シ ョ ン は私 立 や公 立 の. 学校からの自発的なものであったが, 先に見たように, 現在にあっては上からの政策として押し進められてい ることから事情は複雑であり矛盾を学んだものとなっており, 我が国におけるオープン・デザイン・スクール , オ ー プン・ エ デ ュ ケー シ ョ ン につ い て は別 に論 じる 必要 があ る.. こ こ で はオー ス トラ リ ア につい て の 研 究ノ ー トが上 述 のよ う な問 題 意 識 のも と に成 っ てい る と いう こ と に ,. 止 どめ た い,. 工, オ ー ス トラ リ ア に お け る オ ー プ ン ・ デ ザイ ン oスクールの一般的特 徴 オ ー ス トラ リ ア の オ ー プ ン ・ デ ザ イ ン o ス ク ー ル と は どの よ う な建 築 の 学 校 で あ る の か ,. それは, 子 どもたちの多様 な学習や (作業) 活動に見合 った多様な空間や施設を備える一方 子 , どもたちに見合ったスケールで, 家庭のような暖かみのある雰囲気のある学校である したがって . , よく見られた長方形 の普通教室が並び, それに管理棟や倉庫がある伝統的なもの に代わっ て 建物 , は内部壁がなかっ たり, 普通教室の2から8相当のサイズの空 間が用意されたものである また . , 物理的に, よりオープンな建物を用意する ばかりでなく 様々 な囲いの空間や半 ば閉じられた空間 , をも用意するものである. (図1ならびに2参照) . さらに, 床にはカーペ ッ トが敷かれ, 天井には 64.
(4) . オー ス トラ リ ア にお ける オー プ ン・ スク ー ル(1). 吸音の機能を備えている, 図I. LEGEND : i IA PP t a r e a r a c c i Q Qu tA e r e a sS t o r e h i T Te n r e a a c gA tSp h TS T r s a c e e a c e d I A w} ゾ i hr t a r e aw a. I F GURE1 , SKETCHOFQUEENSLANDOPEN 1971 ). 1 ANPR I MARYSCHOOL ( P ‐. h i IR t No ian open Area School ject : inga沌d T,L s Pro B.Keat ,5 ,Tec nca ePor .ZaniAustral ion Depar ia t d i ‐ i l :Educat n Austral The Developmentof 。pen P1an PrimLary Bu ng Designi ia,1976 f wrestern Austral mento ,4 , ,p. 図2. ・ 御 薗] i ー な, E. ⑦. ⑦ 、. .. ,. 、. 8◇ ) 出典 は図1に同 じ, (p,5. . 耳. . .. 玉も. ⑦ t ・. 嫌. ⑦. ・. ,. ①. ‘ 1 EGEND : ‐ IA PP i t r a c c a r e a i Q Qu tA e r e a sS t e c r i T Te h a c n r e a gA h d IA wい ′ i t w r e a r a a. 65.
(5) . 佐 藤. 有. オープンoデザインという用語は,一般 的には,伝統的な一教室よりも大きい普通学習エリア( l a gener. l ing area) に そ の 由 来 が あ る, earn. それは, 2人ない しはそれ以上の教師やその教師の数に見合っ た数の生徒によっ て占められる空 間である.. その空間 は,伝統的教室の空間を基準 にして,それが2つ分ならば2教師用スペー ス( twot eache r. ) threeteacherspace) 等 と 呼 ば れ る. space , 3 つ分ならば3 教師用 ス ペ ー ス(. ま た, そ の 空 間 は, 普 通 学 習 エ リ ア の 外 に オ ー プ ン・ラ ー ニ ン グoエ リ ア (openl earningarea) , オ ー プ ン o テ ィ ー チ ン グ o エ リ ア (openteachingarea) ジ ネ ラ ル o ク ヴ ア テ ェ ィ ィ テ ィ ・エ リ ア , (generalact i ty area) ted a vi t r ea) とも呼 ばれることが , ア ン ・ コ ミ ッ テ ド ・ エ リ ア (uncommi. あ る.. 1章で取り上 げるが, その普通学習エリアのサイ ズと形 に, もっ とも際立っ たオースト つぎの第1. ラ リ ア の オ ー プ ン o デザインの特徴 があっ た,. 図 1, 2, 3 か ら も 分 か る よ う に, 普 通 学 習 空 間 (図 1, 2 で はテ ィ ー チ ン グ oエリアが普通学 習エリアに相当して いる) の外に特別な活動 (作業) の為に種々の空間が用意されており これら , 図3. 図4. 1 ,朴1 I. C. 2. 5. . ・. . . .. imeterp l an per i l i l d i s ng ebu ng. 3. + c. f dp r t r a n e gme a n. 托ニコ. ー i 星 t i ー d i mu ebu ng p. l egend. 臓。. dSp i C Comm t t e c e a -L i l 2 3 ・ ・ ・Ge e r e n a a r e a s n n gA r , , i dW8 1 1 --一-- F x e 5 - s …… operabーewa- NGAREAS I F I GURE3 :FLOORPLANSOFGENERALLEARN I NOPENPLANSCHOOLS. ) 出典 は図1, 2 に同 じ. (P.7. 66. . □. i d t t u n c omm e ) 墓詣ぎ( e. 圏. t d t e i鯉i. 国. さ電器r 8. 出 典 は 図 1, 2, 3 に同 じ. (P 1 . 0).
(6) . オ ー ス トラ リ ア にお ける オ ー プン・ スク ー ル(1). は前者の空間を補う役割をしている. そうした特別な空間は共通エリア ( t t commi edarea) と 名 づ. i けられ,用 途 に 応 じて プラク ティ カルリエリア(pract l thdrawa calarea) ,ウィ ズ ドゥ ローアルoエリア(wi tore) に 区 分 さ れ て い る. プラ ク テ ィ カ ルリ etarea) area) , 倉 庫 (s , ク ワ ァ イ ァ ト o エ リ ア (qui. エリア は絵を描いたり, 粘土をこねたり, 調理をしたり, 科学の簡単な実験をしたりするのに用い る種々の用具や材料と共に流しや戸棚を調達している. ウィ ズドゥローアルoエリア は騒音を出し, 他の学習の邪魔を生み出しそうなグルー プ活動の為に作られている. クワァイ ァ トoエリアは子ど. もたちが個々 に読書をしたり学習をする為に引きこもる空間である. また, いくつかの学校では, 資料空間は図書館や教具 (resource areas,teaching aid を置く建物に組み込まれている,. llearningareas) 図4のモデルは, 特別な学習エリア (補助的施設) が普通学習エリア (gene ra とどのように関連をもちえるのかと言う ことと, 広がりが既存の学校構造に対しどのよう に為され う る の か と 言 う こ と を 表 し て い る, オ ー ス トラ リ ア に お い て は共 有 ス ペ ー ス (commi t ted space). は多くの場合 は建物の周辺に配置されている, 共有スペースが建物の中心に配置されているのは幾. つかの実験学校の場合に限る.(注2)資料センターは他と切り離された建物として作られはしたが, 共 有 空 間 (commi t t t ted areas) と 非 共 有 空 間 (uncommi ed areas) が相 互 に 切 り 離 さ れ た ュ ニ ッ. トで構成された建物は, オーストラリアの小学校では一般的 に取り入れられることはなかった,(注. 3). 機能に富ん だ快適な家具を備え付けていると言うこともオー プン o デザ イ ン 6 スク ー ル の 特 徴 と 言 えよ う, て い 形 の テ ー ブ ル( )と言っ た家具は軽く持ち運びが容易なので, カー l t rapezoidalt e ab. ペッ トの床の上 を移動させ, グループの大きさに応じて並べることができる. 家具のあるものは2 重の機能を持 っ ている, 例えば, 戸棚, 黒板は学習空間内での空間を区切ったり, 教室 に新鮮な学. 習空間を設定する必要が生じた時などに容易に再調整を行う ことができる,(もち論, こうした家具 の備え付けと言うことはオープン o デ ザ イ ン o スクールの特権ではなく, 伝統的デザイ ンの学校で も数多く為されていることでもある,) 明るさや楽しい雰囲気を作り出す為の色彩の工夫と言うこともオープン o デ ザ イ ン o ス ク ー ル の 特 徴 で あ る と 言 えよ う, 多 く の 学 校 で は, プ ラ ク テ ィ カ ル リ エ リ ア, ク ワ ァ イ ァ トo エ リ ア, ウ ィ. ズ ド ゥ ロ ー ア ル e エリアと言った集団の大きさや活動の多様さに応じた様々な空間を, カーペッ ト. の色彩や仕切りの色彩の工夫によ って各空間毎にふさわしい独自の雰囲気を持たせる一方 で, 空間. と空間との連続性をもたせている, オ ー プ ンo デ ザ イ ン e スクールでは資料o用具の保管の新しい手段についても考え出されている.. 個々の子どもo教師o補助員のための資料o用具についての個人的な保管する場所を用意している, ま た 多 く の オ ー プ ン o デ ザイ ン o スクールでは教師のために幾つかの準備室をも用意している.. llearning 校舎は意図的に一階建てに建てられていて,多くのオープン・デザインには普通教室(g ene ra. tyard) が盛 り 込 ま れ て い る, 即 ち, 子 area) に 隣 合 っ た レ ン ガ な どが 敷 か れ た 中 庭 (pavedcour. どもたちは戸外へとスムー ズ に移動でき, そこでのインフォーマルな活動に専念しやすいように考. えられている, そうした空間は, 快適な学習空間を作り出すために風致木やかん木 (低木) で美化 さ れ て い る,. l i IRepor ZaniAus i 5 ingand T.L tNo t ject (注2) B.Keat ro ca :The Deve op. ral an open AreaSchool sP . , ,Techn , l i imary SchooI Bui i ignin Aus i t l d t tment ofvves : Educat ern ra a ng Des on Depar an Pr ment of 。pen P1. Aus ia 3 t ral , , ,1976 ,p. 6, (注3) lbid, , ,p. 67.
(7) . 佐 藤. 有. 1 1, オ ー ス トラ リ ア に お ける オ ー プ ン o デザイ ン・スクールの展開 高 浦 義 勝 氏 は, い わ ゆ る アメ リ カ 合 衆 国 で の 「オ ー プ ンo教 育 =openeducat ion と 言 う 用 語 が い. り, なぜ に, まただれによっ て発明されたか」 を明確にすることが困難であることを述べられてし・ る が (注 4) , エ で 見 た よ う な オ ー プ ンoデ ザ イ ンoス ク ー ル が, オ ー ス トラ リ ア で い っ, どの よ う. に発生したのかを明確にするのもこれまた困難である.. し か し, 西 オ ー ス ト ラ リ ア, 南 オ ー ス トラ リ ア, ニ ュ ー o サ ウ ス o ウ ェ ー ル ズ の 各 州 はこ の 国 に お け る オ ー プ ン ・ デ ザイ ン o ス ク ー ル 採 用 の 先 駆 け で あ っ た こ と は確 か で あ る し, ま た ク イ ー ン ズ. ラソ ド州 は, 今日, 連邦中の公立の小学校で支配的となっ ているオー プン o デ ザイ ン ・ ス ク ー ル の デザインを早い時期からさしだしていたことも確かである, 従 っ て, こ れ ら の 州 に お け る オ ー プ ン o デ ザイ ン o ス ク ー ル の 発 達 史 を 見 る こ と を 通 し て オ ー ス. トラ リ ア の オ ー プ ン o デザイ ン・スクールの発達の大筋を論述することにする,. が, そ の 前 に, オ ー プ ン ・ デ ザ イ ン ・ ス ク ー ル が オ ー ス トラ リ ア に取 り 入 れ ら れ る 以 前 の 学 校 は. 一般 にどのようなデザイ ンだっ たのかを一べ つすることにする. ( ) 前 a. 史. オーストラリアの初期のころの学校は木造の広い教室一つという簡素な建物 が普通であり, いわ. ゆ る 単 級 学 校 (oneteachers l )であっ た. しかし, 定住が見込まれる開拓地にあっ ては石や ブ choo. ロ ック造りのしっ かりとした学校が建てられた, (注5) [そうした学校として西オーストラリアの. Per l l 1847 th BorsSchoo ( ) hoo l( 1847 )があると いう, 前者については図5参 e BoゾsSc , Fremant. . ] 照,. 図5. ’School St Geor e ’ Perth Boys g s Terrace , ,1869 ,showing d f d d d ing headmastership of i t ur wo w ngs a e one o t inson vv i l l i ( am Adl ionin Wes Laadan F1etcher tern ) ( ed ;PioneersofEducat . Austral ia, Univers i ia Press 1 tyofvves tern Aus tral , 982 , p.120 .. 68.
(8) . オ ース トラ リア にお ける オ ー プン・ スク ー ル(1). 87 0年代に ビクトリアの教育委員 1 870年代にはオーストラリアで義務教育 が導 入される が, この1. . l 会 はギ ャ ラ リ ー o ル ー ム ー ロ ン グ ・ ル ー ム (gal ery room -l ong room) プ ラ ン を 出 し てい る, そ れ は ギ ャ ラ リ ー o ル ー ム と ロ ン グ o ル ー ム と い う 2種の空間を持たせる プランである. 後者の空間. は縦75フ ィ ー ト (23メ ー トル) 横17フ ィ ー ト (5.5メ ー ト ル) あ り, カ ー テ ン によ っ て 4 つ の 空 間 に 仕 切 られ て い る. 授 業 はモ ニタ ー や 補 助 教 員 によ っ て な さ れ, 校 長(マ ス タ ー ない し はミ ス ト レ ス). が生徒全体に語る必要 のある時にはカーテンが開かれた, 一方, 前者の空間は校長が授業を行いそ 図 6,. V d h a a e r n. T h e a c e r sRm .. l Ga l e r y. Ha l l. 」 b b o y. Me t s 「 e. HH H. “ Ga e r y. I. ’ PERTH CENTRALINFANTS HALL‐GALLERY DESIGN: AL I A( 1 8 9 AU S TR 7 E S TE RN ) W r SCHOOL , ) 出典 は1, 2, 3, 4 に同 じ, (P.13 Me t 5 「 8. 1 C a s s 「 c om. 1 C s o om a s r. C 1 s a s r o om. Ha l I. C 1 s o a s r om. 1 C a s s r o om. C 1 s s r o om a. T i 態t o s. i l T t o e s C 1 a s s r o cm. c l a s s r c om. 1 C s s o om r a. CENTRAL HALL DESIGN:SUBIACO SCHOOL , 1912 WESTERN AUSTRALIA( ). 出典 は図1, 2, 3, 4, 6と同 じ, (P,15) 69.
(9) . 佐 藤. 有. れをモニターや補助教員が手伝うという方法を用いて行う為の空間であった.(注6)[Pe hCen l t t r ra lnfanビs( 1897 l hoo l( 187 ) 0 ) はそうした学校であるという. 後者について は図 e Boゾs Sc , Fremant 6参照,]. こ う し た モ ニ タ ー や 補 助 教 員 の 授 業 へ の 参 加 と い う 組 織 化 は, イ ギ リ ス にお け る ラ ン カ ス タ ー ・. プランを模倣したものであっ た,. オーストラリアでは今世紀の初めに学校が拡大するにつれ, 学校デザインはセントラルoホール・. デ ザ イ ン に 基 づ く よ う に な っ て い る. そ の 設 計 はセ ン ト ラ ル o ホールの機能をもっ ぱら学校集会や. 小集団の活動の為に限定するといっ たものであった, セントラルoホールoデザインの今一つの特. 徴は自給自足教室 ( l f i l t room) [他の教室から区分され, 独立している教室で, そ s e ‐ con a nedc a s s こでは, 今日よく見られるように一 人の教師が30から40名の児童を受け持っている] を構成してい. るということであっ た. その結果, 助教師の必要性という考えが衰退することとなっ た,(注7)[こ の セ ン トラ ルoホ ー ルoデ ザイ ン の 例 と し て 西 オー ス トラ リ ア, バ ー ス の Subi aco School(1897年. 開 設, 1912年 ま で に セ ン トラ ル o ホール・デザインとなっ ている) があげられる. 図7参照.]. しかしこの建築に対し192 0年初頭までに, 暗い, 空気の流通が悪い, ホールでの活動による騒音 が害 になるということで批判が出されるようになっ た, また, この建築法はホールが教室によって 囲まれているため, 教室からホール へと直接に接近できるという大きな特徴をも って いるが, その. 特徴を失うことなく学校建築を拡張することは困難であっ た, (注8). こうした批判を背景にして第1次世界大戦後 のそれは図8, 9, 10のようなデザインになっ たと 言えよう, 図8の直線( l i )モデルは, 伝統的な自給自足教室の列がベランダにつながることによっ て結 near び付 けられていた. このデザインは, 採光とヴェ ンチレイショ ソと言う子どもたちの健康o衛生を 考 慮 し た も の であ る. お そ らく イ ギ リ ス の オ ー プ ン・エ ア o ス ク ー ル (ope a i ) か ら学 ん rschool. だものと思われる, イギリス において はそうした学校が 「特に肺結核が難病であったころ, 子 ども たちの健康改善のために, 可能な限り子 どもたちを新鮮な空気の中で過ごさせることをね らっ て建 て ら れ て い る,」 (注 9) こ さ ら に 西 オ ー ス トラ リ ア に お い て は, ベ ラ ン ダ は快 適 な 環 境 を作 り 出 す た. めを かりでなく, そこで授業を行うための施設として考えられた. しかし, 幾つかの学校では, そ うした空間 は仕切られた教室の共通の廊下として使われた,. 直線デザインの他の特徴 は, 図からも分かるように, 建物を様々 に拡張することが可能であると 言うことであっ た, 1 図8 1. C 1 k o a s. k C 1 s o a C 1 s s o om a r. h 1 1 C a c e rC s s o om Te a s s r o om a r. c l om a s s r o. To i - t e s. T i 1 t o e s Me t r e s ”- = 012も45. . o. L1NEAR DES1GN:KBNSINGT〇N SCH〇OL , SOUTH PERTH,WrESTERN AUSTRALIA( 1925 ) 出典は図1, 2, 3, 4, 6, 7と同 じ, (P.17 ) 70.
(10) . オ ー ス トラ リア にお ける オー プ ン・スク ー ル(1). l ) モデルは方形中庭を囲むたてものを構成している, これは一直線 図9の長四角形 ( rang e quad デザインの変形, つまり左右の部分に付加したものと考えられる. f inger) プ ラ ンoデザ イ ン は, 管 理 棟 や サ ー ビ スeル ー ム が手 の ひ ら に, そ し て 教 室 図10の 指 形 (. の列 が指に似ていることからそのように呼ばれている. このデザインは前者2つのデザイ ンの変形 であると言うことが可能である,. 図10. 図9 . . . ELE VA T I ON l s c a s s r o o m. d h a n V e r a. FL OORPL AN l Fi i S i t t ra zpat r ck an .and Angus ,MJ.Aus ,G. l i IRepor openar t ject eaSchoo sPro ca ,Techn ’ i 1 No s Eyes :Teach ngi n :Through Teacher . imarySchoo l 」 ; Ves tPer th : an openspace Pr .1 i Educat ion Depar l tmentofWes t t ra a ern Aus . ・ I974 53 , ,p. l c o om a s s r 凹 買要s 0 5. , 1 0 1 5 2 0 2 5. FINGER PLAN DES IGN:BALCATTA PR1 f虹ARY SCHOOL W rESTERN AUS ‐. TRALIA( 1964 ). ,. 出典 は図1, 2, 3, 4, 6, 7, 8 に同 じ. (p.19). 1 930年代の小学校も自給自足教室の代わり映えのしないものであっ た, 第2 次世界大戦後, 各州. 教育局が追われたことは急増する児童数に対応することであった, プレハ ブの教 室が建てられ, そ. れはまた一度使用 した物でも他の緊急に必要とする場所への移動が容易でしかも再利用が可能な為,. 950年代初頭にあっては, まだ, 学校のデザイ ンに新しい工 役立っ た. そのような情況のもとで, 1 夫を凝らそうとする試みは当然のことながら希薄 であった. 長い時間に耐えうるしっ かりした学校 建築のプログラムを各州の教育局が計画できるようになったのは1 950年代中葉のことであっ た. し 9 60年代初頭に支配的なデザイ ンは, やはり長四 かしながら, そうしてできた19 50年代後期並びに1 角形並びに指形デザインの派生物であった.. そうしたデザインは実際に利用できる床面積の観点からは浪費的で, また平地の敷地も多く必要 とした, さらには, プレハ ブでない場合は実質的な材料と多くの労働を必要とするので高い経費 が ついた,. 71.
(11) . . 佐 藤. 有. 以上, 要約するならばつぎのようになる, オーストラリアの初期の学校 は粗末な教室を一つ持つ単級学校であっ た. 都会の学校では広い空 間が用途に応 じて工夫, 調整され, モニターや補助教員を組み入れた協力教授 が為されていた, し. かし, 今世紀の初めにセントラル・ホール o デ ザ イ ン が 取 ら れ る よ う に な る に 伴 い, モ ニタ ー や 補 助教員といっ た考えは後退した, しかし一方では, セントラルo ホ ー ル o デザインの批判 が衛生・ 健 康 の 観 点 か ら お こ な わ れ る よ う に な っ た. そ こ で直 線 デ ザイ ンoス ク ー ル が 建 て ら れ る よ う に な っ. 96 0年代後期に新 しい学校デザインが出現するまでのデザイ た. つまり, 第1次世界大戦後以来, 1 ンの基本 は長四角形と指形であった, したがっ て, 1 960年代後半以降に現れたオー プン o デ ザイ ン o スクールは表面的には今世紀初頭 の こ ろま で の 学 校 へ の 逆 も どり で あ る と い う こ と が い えよ う. b ( ) 西 オ ー ス トラ リ ア州 の 場 合. 0年代後期までの学校デザインは先に見た指形 プランの考えに 西オーストラリアにおいても, 196 沿っ て建てられていた, しかし, 変化 への試みはすでに1967年初頭に始められていた, そして翌1968 2 ) 年 には 「 1968年デザイン」 モデルの学校 (図11 ) が, 1 969年には 「1 969年デザイン」 モデル (図1 , 図11 .. - ノー一も ▼ 「 - 一【一 一-- - -- --. ▼、. 雛 翼躍・ 垂. せr麟讐繕争 ま 電極欝』』 ぎ 濯 . . v. ‐ .. ;-. I ON ELEVAT. も 棚 膿 . 醇 甑. I S TEPLAN. 評. “・ 議 謎 〆 -- * . .. 熟. ・ ・稔 ・ ;, 、 ふき 、 . ,,; 、. FLOORPLAN. ) 出典 は図9と同 じ, (P.54. 72. . 謬. .. PR I MARY SCHOOL 1968.
(12) . . オー ス ト ラ リア にお ける オー プン・ スク ー ル(1). 「 1970年 に は 「1970年 デ ザイ ン」 モ デ ル (図13 , 14) , 73年 , 72年 に は 1972年 モ デ ル」 (図14 ,1 ) 「 「 デ ザイ ン」 モ デ ル (図16) に は 「1973年 デ ザ イ ン」 (図15) , 1977年 に は 1977 , 1976年 に は 1976年. ) が考えられている. 年デザイン」 モデル (図17. imary Schoolが あ げ lmayjunior Pr オ ー プ ン 。 デ ザ イ ン へ の 移 行 期 的 学 校 と し て は1967年 の Be lspace) に相 当 す る 場 所 が コ ンク リ ー ト で i ca ら れ る が, そ こ で は ブ ラ ク テ カ ル o ス ペ ー ス (pract. あったり, 机が重いものであった為に空間の利用率は低く, 伝統的な性質を引きずったものであっ た. 本 格 的 な オ ー プ ン化 は 「1968年 プ ラ ン」 か ら で あ る,. 「1 )のこれまでの デザインと異なる点は床面積を最大限に取り入れている 968年デザイン」 (図11. t tedareas) と し て プ ラ ク テ カ ルoス ペ ー こ と で あ る. ま た 図 か ら分 か る よ う に, 共有 空 間 (commi. しているこ ) t ス, 舗装中庭 (pavedcou r rd ya , 外の芝生空間へと直接に行き来できる出入口を導入 t t と で あ る, 教 室 を ベ ー ス に し て の 共 有 空 間(commi edareas)の デ ザ イ ン で あ る, 図 か ら は判 断 で. きない が, それぞれの教室は約12フィー ト×7 フ ィ ー ト の ク ワ ァ イ ァ ト o エリアと呼 ばれる小さな )また図のように舗装中庭の周りにグループ 付加空間である共有空間をも備えているという. (注10 化された長方形の6つの教室, 2つの プラクテカル e ス ペース (それぞれ-教室分の広さに相当) , l i i ) か ら成 る ュ ニ ッ ト を 基 本 と して い る, 各ク ラ t l i es トイ レ, 携帯品施設とその用具 ( ngfaci oak c スは教室とほぼ同じ広さの, 仕切りで囲まれた プラクテカル o ス ペ ー ス へ の 直 接 の 出 入 り 口 を も っ ている, 建築物 は基本的にレン ガと合板のたろ木でできている, 自然の明かりは普通の窓からだけ ではなく, 屋根窓からも採られる, また, 天井からつるされた蛍光ランプは十分な人工的な明かり ) を用意している. 用具, 家具も移動性の機能に富むものが選 ばれている, (注11. 「1969年 デ ザイ ン」 モ デ ル (図12)0業68 モ デ ル と 基 本 的 に は同 じク ラ ス タ ー (clus ter) 型 で あ る. 図12. ON EしE VAT I. 、 、 ‐ )し} .. ◎◎・ ◎,. ・( ‐ 1 1 ぎ部隊. r魂 . -- ;瞬. ㈱』 ・ご㈹ ” 馳 駆 勝義. AN I TEPL S 出 典 は図 9, 11と 同 じ, (P.55). 73.
(13) . 佐 藤. 有. 「19 68年モデル」 をよりコンパク トP こしたものである, 経費の負担 をかけないで 家具や学習空 間 , ( i teachngs ) を作り出そうと いう試みである.’ 69 デ ザイ ン にお い て 学 習 ス ペ ー ス (teaching pace ’ )が全領域 に対して占める割合は83%である, ( space 68デザインでは7 4%) ) このデザイ , (注12 ンでは床にはカーペ ッ トを敷き, 天井には高い吸音機能を持たせ ている またグループ活 動や 視 , , 聴 覚 機 器 を 利 用 す る 活 動 に 耐 える 為 に ウ ィ ズ ド ゥ ロ ー ア ル ・ エ リ ア (wi lareas) を 備 え て thdrawa い る. (注13) こ の ウ ィ ズ ド ゥ ロ ー ア ル・エ リ ア は縦23フ ィ ー ト横15フ ィ ー トの 防 音 装 置 を 備 え た. 空間であり, いずれの教室からも数フィ ートの距離 に位置している (注14 ) 子どもたちの活動を . 尊重するとどうしても騒音が高まるのだが, その対策として 「1968年デザイ ン」 モデルに手を加 え , より多様な空間を設 けている. 舗装された中庭 は基本的 には長方形の外 へと移動さ れている した , がっ てュニ ッ トの機能 に貢献することが意図されていない, その代わり この分の空間をやや広め , の 教 室, プ リ ク テ カ ル o ス ペ ー ス の 為 に用 い ら れ て い る.. 西 オ ー ス トラ リ ア で は州 の 制 度 と して オ ー プ ン ・ デザ イ ン ・ ス ク ー ル を 導 入 し た の は1970年 の こ. とである, (注15 ) そうした意味では, 「1 97 0年デザイ ン」 モデル (図13 , 1翌) は西オーストラリ アでの最初の完ぺきなオー プン o エ リ ア・ス ク ー ル で あ る, そ れ は Bateman 小 学 校 (州 都 バ ー ス) に代表される,. 図13. 鴎豊 島. E L E V A T o N 1. S . TEPL AN. .H - 通じ雪 漉しI 1 1 , 1 1. . i麟 - 隈 .. 一.. 1. 皿. 皿 i. P R , MAR Y S CHOOL 1970. . FLOORPLAN 出 典 は図 9, 11 , 12と同 じ. (P.56). このモデルの決定的な特徴は, 建物全体を通しての動きを妨 げないよう に壁を取り除き 折り畳 ,. み 式 の ド ア に し て い る こ と で あ る. 6 教 師用 ュ ニ ッ ト (s ix‐ )と言う用語からも推測で teacher un i t きるように, 普通学習空間が6人の教師ならびにそれにふさわしい数の生徒の為の空間 で それは , 74.
(14) . オース トラ リア にお ける オ ー プン・ ス ク ー ル(1). ′ 図13 b o s y. i竺 s u q o r e 聞 t. . - ; o “ 陛噴. u管 t eq o r e a t㈱ s 鰹o. gM. i h d r t r w a w a. i ll r e a e a r n n e r a ga e n g. 3. 2. ≦. 5. 4. r e a a. e a r a. . Me t 「 B S. . im t: Bateman Pr six- ー ary School teacheruni ,vvestern. l i 1970 Aus ) t ra a( l l M. ee A J , W,A,MCAt .Angus , P,W.Hi , T.M.Beck. A ral ian s Nat ional study of open Area school , ust 21 i i ) bl i GovernmentPu ra r :1979 ngserv ce(Canbe sh . ,p. 普通の教室6個分に相 当するものである,. iet areas) 「1972年 デザ イ ン」 モ デ ル (図14 14) で は, ほと ん どの ク ワ ブ イ ァ トリ エ リ ア (qu , teaching i t 並びに建物の周 辺の合同倉庫( edstores) が 撤 去 さ れ て い る, ま た, 学 習 エ リ ア ( s oc a as 図14. B瞥 鰻 ,. . ‐. ′; ,▲ . . o . ,. . ▲ - o r 、. , ,. . . ノ・ r. き て「. - 脚 -. ) 出典 は図9 に同 じo (P.57. 園 紙誓剛 75.
(15) . 佐 藤. 有. ′ 図14. ′.. ー ▲ 一. Pキ :で 、 ‐ 園 .m . :!. ー ー . 」ド . ロ . 周. 一隅 …轡.. 肥. 1 1 , ‐ , , .. 鼠I. く. F L L O ORP AN. M, UV J ian open Area .Angus .Evans and B. Parkin Austral , K. School 4 s Pro ject ion Study :An observat ,TechnicaIReport No, l l and Teacher Behaviourin open P1an and of Se ected Pupi Convent iona1Des ign C1assrooms ion Depar tment :Educat .Perth ofl975,p.40. area) の 間 の コ ソ セ ル テ ィ ナ・ ド ア を 備 えて い る, 加 えて, トイ レ はも と も と は内 部 にあ っ た が , 今や完全に外部 に存在し, 資 源 室 (resourcesstore) は ウ ィ ズ ド ゥ ロ ー ァ ル o エ リ ア に 接 続 して 配. 置されている. 「 1970年デザイ ン」 モデルよりも一層, 固定化された壁を少なくしている. 図15. 図16. I. s. P. 2. Me t r e s 012345. G. B. .. W. B P. . 1 . 3 = 4 . = . 1 0. 出典 は図1翌に同 じ。 (p,21 ) 76. 6. 5. s . I. P. G W. p. 6. -- ‐ トT「 -- . . I. 2 、 Ma t r e s. . 3 1 1 4 . 5. . 出典 は図1 、 7に同 じ。 (p.21).
(16) . オー ス トラリ ア にお ける オー プ ン・ スク ー ル(1). 図17 t -. 1. . s S R R , . .- . . 1 凡-- . .…. ←.. ,. i. Me t r e s 012345. … 1. 10. ) 出典 は図1 、 7、 8に同 じ。 (P.21. 「1 ) では, 固定化された壁のある回復を伴った, シン プルなデザ 976年デザイン」 モデル (図16 イ ン と な っ て い る.. 「1977年 デ ザイ ン」 モ デ ル (図17) で は, 「1976年 デ ザイ ン」 モ デ ル よ り も, さ ら に オ ー プン・エ teacherspace) よ り two ‐ リ ア。デ ザイ ン か ら の 逆 も どり が 見 ら れ る, こ こ で は2 教 師用 ス ペ ー ス (. も 小 さ い 普 通 学 習 空 間 を備 えて い る, (しか し, プ ラ ク テ カ ルoエ リ ア, ウ ィ ズ ドゥ ロ ー ァ ルoエ リ ア 作動壁を備え, オー プン o プ ラ ン o デザインであることに は変わりないが.). ,. 以 上 の こ と を 要 約 す る な ら ば, 西 オ ー ス トラ リ ア の オ ー プン o デ ザイ ンo スク ー ル の 変 遷 は自 給. ) や教室間の壁に一定の移動機能 eas 自足教室から共通特別目的エリア ( edspecialpurposear shar. ) へ, さ ら に 一 切 の 区 切 り を 持 た ない 6 人用 ス ペ ー ス の 設 置 と い ini teremoval を持 た せ る こ と (def twoteachergeneral う オー プン化 へ と 進 み,再 びよ り シ ン プ ル な デザイ ンや 二 教 師 用 普 通 学 習 エリア( こ と で あ る と い う 示 して い る 逆 現 象 を ) へと 向かう 戻り の l , ng areas earni. この1970年代後半に見られた二教師用普通学習空間を維持する傾向は今日でも継続していると思. われる, c ( ) 南 オ ー ス トラ リ ア 州 の 場 合 南 オ ー ス トラ リ ア に お い て 州 の 制 度 レ ヴ ェ ル と し て オ ー プン o プ ラ ン o スクールが認められたの. ) のことである, 同教育省による数多く の調査を踏ま え, 最初のオー プンoエリ 196 9年」 (注16 は「. ide に」 (注17) 建 て ら れて い る (図18) . この 学 ア。モ ジ ュ ー ル によ る 学 校 は 「1969年 8月 に Burns. 校 は オ ー プ ン 。 プ ラ ン o スク ールのために全く新 しい学校を建築したもので はなく, 既存の学校に. ) このデザインは「普通の教授のための領 付加された実験 的モジュールリデザインであった,(注18 ト @ エ リ ア (wetarea) (こ の i 域 (generalteach ngarea) , ウ ィ ズ ド ゥ ロ ー ア ル リ エ リ ア, ウ エ ッ. 図ではプラクテカ ルエリアに相当の 外にこの園からは判別でき ないが可移動性の教室仕切り半 ば閉 i tであ っ teacheropenun losedcour ‐ t を備 えた二 教 師用 オー プンュ ニ ッ トtwo じられ た 中 庭 semi enc ) ま た, 図 の プ ラク テ カ ルoエ リ ア に 隣 接 した 小 さ な空 間 は quietarea た.(下線部は著者)」 ,(注19 こ であ ろ う と お も わ れ る, う した 実 験 の 後, 「1970年 と1971年 に か け て 7 つ の 学 校 にこ の 種 の ュ ニ ッ. ) ま た,「1971年 の 期 間 に,南オース トラ リアモジュ ラー建 築(SAMCOM) トが建てられている.」(注20 )(SAMCOM と は South が二教 師用 オー プン o ュニッ トを建て る為 に利用 さ れてい る.」 (注21. ion の 略, 教 室 に モ ジ ュ ラ ーリ コ ン ス トラ ク シ ョ ン を用 い る 目 的 で, i t Aus t ruct ral an ModularCons. 77.
(17) . 佐 藤. 有. 図18. da o v e e e a c r r. da c o v e r e r e a. i l s g r. i l l e n e r a e a r n n r e a g a g. b o s y. l i h d t w r awa. Me t 「 e s. おi. l 1 o. H 圭三. Two‐ teacher uni t ide Demons ion School trat : Burns , ′S t l i outh Au 1969 s ra ) a(. 出典 は図6、 7、 8、 10に同 じ。 (P.25 ) 図19. I. ”. ー e Ge - n r a. E. ij e a s. , e a r n n g. 2. 3. 至言. 1 L 一-」 --- 一 - -J L「 一 -- Te h l a c Ce e s -R r t n r a e s o “c eA r e a. い ず i h d I t 「 a wa. Co d v e r e. P i I t r a c c a. Bo s y. G i l r s. い ′ i h d t I 「 aw a. Me t r e s 01 2 34 5. 1 0. FOUR-TEACHER UN工T SOUTH AUSTRALIA 1 (971 ) ,. 出典 は図6、 7、 8、 10 ) 、 18に同 じ。 (P.25. 1960年代初頭に南オーストラリアで開発さ れた, (注22 ) この建築法が取 り入れられたのは, 「経費 の安さ, 必要に応じてのサイズの増減の融通性 建築期間の短さ 建築の必要な部分的の大量生産 , , の可能性と言う諸要素を兼 ねてし・た」 (注23 ) ことを理由としている. 1969年 の 2 教 師 用 ュ ニ ッ ト o デ ザ イ ン は先 に触 れ た よ う に ウ ィ ズ ド ゥ ロ ー ア ル ・ ス ペ ー ス ウ , ,. ェ ッ ト・エリアなどの空間を備えており, そうした諸空間は固定 した壁などによっ て部分的に仕切 ら れ て い る, イ ギ リ ス で イ ン フ ォ ー マ ル o エデュ ケーショ ンがおこなわ れている学校では目的に応. じて建物の小さなコーナーなどを利用 して学習空間を設けているが〔それはヌーク・クラニイ[nook. ) 的な建て方として知られているが] andc ranny , 1969年のデザインはその考えかたを学んでいる. .. し か し 一 方,南 オ ー ス トラ リ ア で は1969年 の 初 め に は既 に2 年 後 の1971年 末 ま で に4 教 師用 ュニ ッ. 78.
(18) . オ ー ス トラ リ ア に お ける オ ー プン・ スク ー ル(1). 完成している(図 ) トを完成させる プラニングを進めており(注24 , それは予 定通り実行に移され,. 「 校 が 4 教 師 用 ュ ニ ッ ト を」 (注25)備 えて い る, こ の ュ ニ ッ 19) . そ して 翌 1972年 末 ま で に, 23の 学. 「 ) トと共にさかんに開発されたの は6教師用ュニ ッ トであっ た(図20 . 1972年末までの 27の6教師 ) さほど評判 がよく なかったのは5 教師用ュ 用ュニッ トを備えた学 校が経営されている,」 (注26. 「 ニ ッ ト で あ り, 同 じく1972年 末 ま で に, こ の ュ ニ ッ ト を備 えた の は 3 校」 (注27)にす ぎ な か っ た,. 既存の校舎に付け足しの建築 と言うことではなく,す べてが新築であると言うことでの最初のオー. ly に開 設 さ れ て い る, こ の 建 物 は4 教 師用 ュ ニ ッ ト 並 び に6 プン。スク ー ル は 「1973年 に TreeGul. ) ) 「児童数は490名であっ た.」 (注29 教師用ュニットの双方を併せ持つものであった. (注28 図20 d e c o v e r. i. i. 2. 1 a r p 誓 き 書 . a ta r e ′ e Y. d o v e r e c a a 「 e. 1. a e e an g r e n e r g も. r 』 1 - L--. 「 B P P. ・ i r 5 g. 5. ‐- -- - --1. 「. . b o s y. -. lr e a t s c u 「 c ea r e c e n r a. ー一 F t南r d驚, Me t 「 e s u ・i ・11 012345. 1 0. 1972 ) SIX一TEACHER UNIT,SOUTH AUSTRALIA( ) P 2 6 じ ( 1 4 1 9に同 出典 は図6、 7、 8、 10 . 。 、 、. 図から分かるように, 1971年の4教師用 ュニ ッ ト, 1972年の6教師用ュ ニッ トになると固 定化し た仕切りをなく す傾向 が見られる, 多くは建てられはしなかった が, 南オーストラリアで はさらに 0) こうした空間の拡大 化はアメリカ合衆国のオープ は8教師用ュニッ トも作られたと言う. (注3 ン。デザイン・スク ールの一 つの建てかたである, 学校全体が一つの大きな学級のような空間の取 b i りかた ( gbarnapproach) から学んでのことと考えられる. そしてこの空間の拡大化の程度の大. きさが南オーストラ リアの他の州とは異なる特徴である. 70年代半 ばから固定された仕切りを利用する方向へと逆戻 しかし現場の教 師の声を反映 して, 19 ) りの現象が見られるという. (注31. した が っ て, 南 オ ー ス トラ リ ア の オ ー プ ン o デ ザ イ ン o ス ク ー ル は, 自 給 自 足 教 室 か らヌ ー ク e ク ラ ニイ 型 の 2 教 師用 ュ ニ ッ ト ヘ, そ して 4 教 師用 ュ ニ ッ ト, 6 教 師用 ュ ニ ッ ト, 8 教 師用 ュ ニ ッ. トヘの拡大化 が進んだが, 再 び教室や教室内の仕切りを利用するヌークoクラニイ型へと落ち着い た と い え よ う.. d ( ) ニ ュ ー ・ サ ウ ス o ウ ェ ー ル ズ州 の 場 合. - ュ 一 。 サ ウ ス 。 ウ ェ ー ル ズ 教育 省 の オ ー プ ン o デ ザイ ン o スク ールへ取り組む態度 は南オース トラ リ ア 同 様, 実 験 的 で あ っ た, し か し 同 州 の Tregear 小 学 校 はオ ー プ ンoス ペ ー ス の 使用 と 言 う 79.
(19) . 佐 藤. 有. こ と で はオ ー ス ト ラ リ ア で の 最 初 の 試 み の 一 つ に 位 置 づ く も の で あ. この学 っ た (図21) . (注32) 校 で用 い ら れ た ュ ニ ッ ト は1968年 に 開 か れ た も の で Devinn は i こ そ の と して1 に関 9 6 9年 に次 のよ う ,. に熱狂的に述べてし・ると言う,. 図21. 。前. 晋. l c a s s r o om. i. ” t 帳 。 。. l c a s s r o om 2 ー」1 111 012345. Me t 「 e s 1 D I. UNIT OF N虹XED ARCHITECTURAL DESIGN:TREGEAR PRIMARY SCHOOL NE 一w SOUTH WALES( 1968 ) 出典 は図6、 7、 8、 10 ) 、 14 、 19 、 20に同 じ。 (P.34. 「も し も Tre ear の 特 徴 を 記 述 す る 一 語 を 探 す と し た な ら ば そ れ は レ g フ ッ ク ス ビリ ィ テ ィ と , ,. 言うこと であろう. 広い軒 は日の光や雨を防ぐ働きをし 滑動黒板 ( l i d i l kboa ) は戸棚 s ngcha rd s , となり, 子どもたちは資料保管室 の壁を見回ることが でき 光りはロフトから流れ入い り 家具 は , , 容易に移動させることができ, 内壁 は広げてあ り 外壁 はスライ ドす る 戸棚 は荷物の運搬用具と , . なり, 一 つの教室 は二 つの教室となる. それで経費は高ま ったか?と言うと伝統的なものよりも安 い の で あ る.」 (注33). さらに, このデザイ ンでは教室間 に可動式壁を備えるという新しさを導入している 図からも分 ,. か る よ う に 「ュ ニ ッ ト は 2 教 師 用 ス ペ ー ス ( twot ) と2 つの自給自足教室か ら成っ て eachers pace. いる,」 (注34) 可動式壁を利用 しての空間の広がりと言うことでは図22の Mur ryayFarm の初等学校のようなデ ザインも考 えられたよう である, またこの学校は教室そのも のをも拡大してし・ることも大きな特 徴 の 一 つ で あ る, こ の 学 校 の プ ラ ン は 「拡 大 教 室 プ ラ ン」 (“augmentedc lassroom“pl an) と 呼 ば れ る. もので, 「拡大教室」 は 「生徒たちが より自己 に向けられた活動 ( l f d i l act iv i t ty) ‐ s e r ec ed pupi , に専念することを期待してクワァイ ァ ト・エリアとウェ ッ ト・エリアとを合併した自給自足教室 を 80.
(20) . オ ース トラ リア にお ける オ ー プン・ スク ー ル(1). 図22. . . l C Carpetedc ass room P T i l i larea act edpr ca. . ^ S . s Storagearea i l T To et s. Br ionsin Pr imary Ed ian Jacka rect L ト , Di ion (Melbourne i ty Press cat : Univers ,. 1974 21 ) . ,p 構 成 し て い る.」 (注35). ま た 一 群 (c lus ter) が 図 の よ う に 「4 つ の 大 き な 教 室, 2 つ の トイ レと. 倉庫エリアのセ ッ トから成っている, それぞれの教室はペアで構成されており, 非常に高価で, 重 いア コ ー デ オ ン o ドア によ っ て 仕 切 られ て い る」 (注36) も の で あ っ た. 「こ の 建 て 方 は1972年 ま で. ) 7 にニ ュ ー o サウス・ウエル ズ州の標準的な教室デザイ ンとなった,」 (注3. 971年に, ‐ ュ ー o サ ウ ス o ウェール ズ州 では , 教育的考えと建築 上の考えの交流をねらって, 1 「学校建築 についてのリサーチ なら びに開発 グルー プ」 が 公共事業e教育 (Pub W r i lc orks and. Educat ion) 局 に よ っ て 作 ら れ て い る, 上 で 触 れた Murry Farm の 学 校 はこ の グ ル ー プ によ っ て デ ザイ ン さ れ た 最 初 の オ ー プ ン o ス ク ー ル で あ る. こ の Murry Farm 式 デ ザ イ ン は, Tregear と 同 じ よ う に, や は り 2 人 の 教 師 が 付 く 学 習 エ リ ア. ing a ( )を基本とするものであ っ た, この2人の教師が付く学習エリアを基 twoteacherl earn r eas 本とする建て方はニュー o サ ウ ス o ウェールズで好まれた訳である が, この好みは同州の公共事業. ) l i 975年の声明からもそうした傾向が読み取れる, (注38 省(Depar )による1 tmentof Pub c Wo rks 以上, 要約するならば, ニュー 6 サ ウ ス o ウ ェ ー ル ズ の オ ー プ ン o デ ザ イ ン o ス ク ー ル はオ ー ス. two teacher トラ リア でも っ とも早 い 時 期 にスタ ー ト したが,それ は最 初 から四 角 で 2 教 師用 ス ペ ース( ‐ ” 「 ン と いう デ ザ assroom pl an) space) の ス タ イ ル を取 っ た, ま た 拡大教室プラ 」 ぐaugmentedcl. インも好まれたが, それも2教師用ス ペースを基本とする デザイ ンの一種であっ た, ( e ) ク イ ー ン ズ ラ ン ドの 場 合. オ ー ス ト ラ リ ア で最 初 に オ ー プ ン o ス ペースを備えた学校を制度的に取り入れたの はクイーンズ i i ラ ソ ド州 で, 1968年 の こ と であ っ た. (注39) 1970年 に は Br sbane の Petr e Terrace に 新 し い 学 ) と教育 l ip leareaschool 校 が 建 て ら れ て い る が, こ の 学 校 は 「多 種 の エ リア を 備 え た学 校」 (mu t. 省によ って公式には呼 ばれているのである が, その後に同州に建てられた学校のオー プン o デザイ. , そうした意味では先駆けをなしている. この呼び方. ン o スクールはそのように呼ばれているので. 81.
(21) . 佐 藤. 有. はク. イ ー ソ ズ ラ ソ ド 独 自 の も の で, 他 の州 で は見 ら れ な い. ま た 「1972年 以 降 は, こ の州 に お い て 建てられた学校 は総てオー プン o デ ザ イ ン に よ る も の で あ る」 . (注40) 図23はクイ ー ンズラン ドのオー プン・プラ ン・スク ールの デザイ ンである.(先 に触 れた Pet i r e Terrace. の学校もこれと同じデザインである) . 図のように, このプランの基本ュニ ッ トは長方形の建物で, 「 およそ 1 どもと4人 2 から 1 0 4 0人の子 の教師 が活動す る空間 である. 広さ は4教室分に相当する,」 , (注41 ) 図23. 1 1 2代 t ・8f ー. 4 0 f t. 1. s f t , , l. i t o eP a v n n c 「 e. STORE TEACHERS AREA. …Q 言 音 誓 A. L--------ー. TEACH I NGAREA Ca t r e p. w I TH. 麗wAL. Ca t r e p Co i t e v n c r eP a n g. I NGARE A TEACH Ca t e r p. STORE TEACHERS AREA i Qu t e A r e a. I I ; i l. ー-…------. iculum iple Area School(Research and Curr Teachingin a Mul t land) no. ion Queens N Branch DepartmentofEducat 5 o v ember , , 3 l973 . ,p. 図 の よ う にカ ー ペ ッ ト が 敷 か れ た 学 習 エリ ア( )はカ ー ペ ッ ト が敷 か れた ウィ ズ ドゥ teachingareas ロ ー ア ルoエ リ ア に よ っ て 切 り 離 さ れ て い る. 一 つ の 学 習 エ リ ア ( ) の広さは伝統的 teachinga rea. 教室2つ分で, そこで7 0人の子 どもたちと2人の教師が活動するよう になっ ている. つまり, 多く の場合, 教師たちはチームを組んで教えているようである. しかし教師がそれを望まない場合は必 要に応 じて可動性教室仕切りによ って一つの学習空間( i t each ng ar ea)をさらに小さな空間に区切. ることが可能になっ ている. (注4 2)建物の一 方の壁 に沿っ てタイルの張られたウェッ トがあり, そ. れは通り抜けとしてまたは絵を描いたり, 工芸をしたりするエリアとして利用される. 窓が天井か ら床まで届き, 数多くの ドア が外部 へとつながっている. カーペッ トの敷かれた床や防音の効いた 天井は騒音のコントロールに役立 っている. ュニッ トの双方の端は, 資料室, 教師の為の空間, 子 どもが静かな活動 に専念したい時に利用するクワァイァ ト・エリアがあり,それは学習エリア( i t ng each. teaching area)につ な が っ て い る, こ の 図 か ら は分 かり かね る が,「建 物 は一 階 建 て 戸 外 の 学 習 エ リア(. ) に容易 に出入りできる」 (注43 ) ようになっており, 「戸外の庭 は造園 によって美化され, 個 ar ea 別にも小集団でも利用できるようデザインされている」 (注44 ) 以 上, ク イ ー ン ズ ラ ン ドの オ ー プ ン o デザイ ン・スクールの建築 はその初発から一貫して (伝統. 的な) 教室2つ分に相当するサイ ズ の学習エリア ( l i earn ngareas) を 好 ん だ と い えよ う.. し か し, 昨 年, す なわ ち1987年 か ら は新 し い オ ー プ ン o デ ザイ ン ・ ス ク ー ル が導 入 さ れ て い る と. ) のことである, (注45. 以 上, 西 オ ー ス トラ リ ア, 南 オ ー ス トラ リ ア, ニ ュ ー o サ ウス o ウ ェ ー ル ズ, ク イ ー ン ズ ラ ン ド. のいずれの州も, オー プン・デザインとして, 長四角形の2教師用学習エリアを据えることを好む 82.
(22) . オース トラ リ ア にお ける オー プ ンリ ス ク ー ル(1). 傾向を示したといえる,. (注4) 加藤o高浦, 『個性化教育の創造』 98 7 , 明治図書, 1 , 78ページ, ing and T,L, Zan i i (注5) B.Keat 1 2 t o c p p , . , ,. . 14 (注6) lbid. . , ,p 14 15 (注7) lbid, ‐ . , ,pp 1 5 1 (注8) lbid, ‐ p p . , . 6. ionary ofEducat i 200 (注9) Derek Rowntree,A Dict on . , , Harperand Row,1981 ,p K M S A (注1 0 ) K, R h IB i l d i i W l i i W S S i l i l l J t t t e ) c n n a e c e n c o o u n n e s e r n u s r a a n m ( ns er( ed g p . ,. . , ,A,H.Mi ,Chang ing Educat ion Aus ian Vi int l IBook Companyl972 157 t ) ral ewpo s(Sydney = McGraw‐Hi . . ,p. 156 157 (注1 1 ) lbid. ‐ , , ,pp 1 5 (注12 ) lbid. 7 , , ,p i i l i ) Fi S.and Angus t t 1 (注13 t No jec zpat r ck an open Area Schoo s Pro caI Repor : , , G, , Techn , Austral , MJ ’E es Through Teacher inginanopenspacePr imarySchoo l ion Depar tPe th tment s r :Educat y :Teach .VVes. ia t 55 t ern Aus ofVVes ral , . ,p ,1974. (注14 158 t ) KJ.McKenna,op.ci . . りp l ian Educat ion(Me lbourne iver i (注15 ) A1an Barcan,A HistoryofAus t ty Pr 367 ) ra :oxford Un s ess . . , p ,1980 (注1 6 ) lbid, i L. Zan i i 23 (注17 t ) BKeat ng and T, .c , . . ,op ,p (注18 ) 西 オ ー ス トラリ ア州 で は丸 ごと新 築 の オ ー プン ・ プ ラ ン ・ スク ー ル が数多 く 建 て られ た が, 南 オ ー ス トラ リ アにおいては既存の学校に付加する形で多くのオー プン・スペースを伴った建物が建てられた, ing and T,L, Zan i i (注19 ) B.Keat 24 t p .c , , ,op (注20) lbi dりpp 23 24 ‐ ,. 24 (注21 ) lbid. . , ,p (注2 2 ) lbid. .xi , ,p 24 ) lbid, (注23 . , ,p (注2 4 ) lbid,. (注25 i ionsi imary Educat ion(Me l bourne i i ) Br 21 ty Pr ) anJacka rect n Pr :Un s ver s es , , ,Di ,1974 ,p 21 22 (注2 6 ) lbid, ‐ ,pp , . 21 (注2 ) lbid, 7 ,p . , i i i ) B.Keat Zan 24 (注2 8 t ng and T,L, .c , , リp ,op. 22 (注2 9 ) Brian Jacka,op.ci t p , . B (注3 ) MJ.Angus T M k P l l iona lstudy of open Ar l l ian 0 t e c ee ea Schoo s ra , ,, , ,W.Hi , W.A.McAt , A Nat , Aus l i ing serv i GovernmentPub 10 ) sh ce(Canber ra :1979 . , ,p. 18 (注3 1 ) lbid. . . ,p i Zan i i 33 t (注3 2 ) BKeat ng and T,L , , .c . ,op りp (注3 3 ) lbid. (注3 4 ) lbid,. ) 工bid, (注35 21 ) BraianJacka,op.ci (注36 t , , りp ing and T.LZan i i (注3 ) B,Keat t 7 .c , . ,33 ,op (注38 ) lbid.. (注3 9 ) A1an Barcan,op,cit,p,367 参 照, (注4 0 ) クイーンズラソド教育省 デス・イーストメソト氏からの手紙 ( 19 8 6 . 10 , 16付け). (注4 1 ) RESEARCH AND CURRICULUM BRANCH DEPARTMENT OF EDUCATION QUEENSLAND, TEACHINGIN A MULTIPLE‐AREA SCHooL, NOVEMBER I973 3 , , ,p. 83.
(23) . 佐 藤. 有. l i imary Schoo l (注4 ) Ha・ni ton Lり The Mult 12 t 2 pleArea Pr .Ques . . , W. ,1972 ,p l b i d (注4 ) 3 . (注4 4 ) lbid.. (注4 5 ) 前掲, デス・イーストメソト氏からの手紙.. 84. (本 学 助 教 授. 岩 見 沢分校).
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