造形遊びと原型論
―造形遊びの元型論による検討―
The Formative Plays & Jungian archetypes
―Interpretation by Jungian archetypes of The Formative Plays―
村 松 和 彦(作新学院大学人間文化学部) Muramatsu Kazuhiko(Sakushin Gakuin University, Faculty of Human and Cultural Sciences)
目 次
1 . はじめに ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 22 2 . 造形遊び ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 22 2-1. 自然発生的な造形遊び・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 22 2-2. 教科書題材としての造形遊び・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 24 2-3. 教科書題材から自然物を使った造形遊びの抽出・・・・・・・・・・・・ 26 3 . 造形遊びとユングの元型論 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 29 3-1. 造形遊びと元型論の思想的背景・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 29 3-2. 造形遊びとユングの元型論におけるイメージ・・・・・・・・・・・・・ 32 4 . おわりに ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 34 要 約 「造形遊び」は、小学校の現場において実施されることの少ない学習活動であ るという調査結果がある。自然や教室を離れた環境の中で自然物や人工物とふれ あい、教師の指導やコンクール主義から逃れた「造形遊び」は子供本来の活動で あり、現れてくる形は太古の遺跡から有史の建造物の中に共通する表現が見出せ る。そこで、スイスの精神科医、心理学者であるカール・G・ユングの著作であ る「元型論」をもとに「造形遊び」について解釈した。その結果、「造形遊び」 は「生物としての人間は『種としての人間』として振舞っているだけであり、『振 舞いのパターン』を満たしているにすぎない。」1)との結論を得た。 キーワード: 図画工作、造形遊び、小学校学習指導要領、遺跡、ユング、元型論、自然、イメージ、振舞いのパターン
1 .はじめに
図画工作科における「造形遊び」は、平面や立体表現の背景が伝統的な西洋及び東洋の 芸術表現にあるのに対して、自らの背景を持たない。平面表現や立体表現が、ややもすれ ば作品主義、コンクール主義に陥り、子供たちを置き去りにしてきたことへの反省として 「造形遊び」が導入された経緯を考えれば、造形表現が子供に多少なりとも寄ったと考え られないでもない。平成29年に告示され、令和 2 年の今年度に完全実施となった小学校学 習指導要領図画工作編によって、「『造形遊びをする』は、結果的に作品になることもあ るが、始めから具体的な作品をつくることを目的としない」2)と述べられ、子供たちの自 発的な意思によるものを背景として図画工作科の平面表現や立体表現のよりどころとして 位置付けられている。しかし造形遊びの教科書題材は、その活動を独立したものとして扱 い、教師(もしくは教科書の著作者)の意図が多く反映しているものであり、子供本来の 造形行為とは異なるものである。 こうした、教科書題材であっても、子供たちの活動の中には自ずと子供が本来持つ造形 行為は現れてくる。ではその子供本来の造形行為、「本来」とは何であろうか。本論では、 まず子供の自発的な造形遊びについて述べ、教科書題材を検討することによって、教科書 題材が内包する子供たちの本来の造形行為を抽出する。そしてこの抽出したものである本 来の造形行為を、ユングの「元型論」によって裏付けていくことをねらいとするものであ る。2 .造形遊び
始めに子供たちが教師からの題材の提案や参考となる作品もなく、子供本来の造形遊び として昼休みや放課後に校庭で行った造形遊びの痕跡について実例を挙げる。次に開隆堂 の教科書から題材としての造形遊びについていくつかを例として挙げ、そこから教師の意 図する造形遊びと、その題材の中に垣間見える子供の本来的造形行為についてまとめた い。 2-1.自然発生的な造形遊び 図 1 の校庭に残された造形遊びの痕跡は、子供たちが校庭で遊んだ後に残されていたも のである。図 1 のように柔らかい砂地では、土の上より自由な形の痕跡を残している。中 心に 2 つの円があり、各々が緑の葉と枯れた落ち葉で満たされ、その 2 つの円の外側に円が土と区別される薄い色の砂で描かれている。その円の周囲に 3 つの円が 1 つ 1 つ異なっ た表現で配置されている。こうした造形行為は、確かに学習指導要領で述べられている 「児童が、つくる過程そのものを楽しむ中で『つくり、つくりかえ、つくる』という学び の過程」3)での試行錯誤を繰り返しながら行われたと考えられる。こうした活動を自然発 生的(もしくは自発的)な造形遊びとする。 図 2 も、朝校庭に残されていた子供の自然発生的な造形遊びの痕跡である。図 1 でもそ うであるが、子供たちが校庭で拾う葉や小枝、石などは、円形に並べられることが多い。 子供たちのみならず、図 3 のストーンヘンジもまた環状列石であって、馬蹄形に並べられ た門を中心として、それを囲むように石が並べて配置されている。ちなみにズトーンヘン ジも子供の自然発生的な造形遊びの痕跡と同じように作られた目的は諸説あって定まって いない。かといって、ストーンヘンジが何の目的もなく作られたわけでもないことは明ら 図 1 朝、校庭に残されていた造形遊びの痕跡① 図 3 ストーンヘンジ(Reuters) 図 2 朝、校庭に残されていた造形遊びの痕跡②
かである。他にも多くの遺跡が円の形になっている。日本の古墳も、その作りやすさとい う理由もあるだろうが円墳が数としては一番多い。子供たちの造形遊びの痕跡、ストーン ヘンジや円墳は、その目的が異なっても形状として似たものが現れてくるところにユング の「元型論」の出番があると考えるのである。 2-2.教科書題材としての造形遊び ここでは、平成27年度用 開隆堂教科書の「造形遊び」題材を中心とし、令和 2 年度用 のそれは27年度用と同じ題材名もしくはほぼ同内容で題材名が変更になったものを挙げ る。「:」以下は開隆堂による内容の解説である。まず教科書題材となる造形遊びについて、 学習指導要領では次のように述べられている。 「『造形遊びをする』では、児童が自ら材料や場所などに働きかけ、そこから発想し ていく。材料としては、児童が関心や意欲をもつ、土や砂、粘土や木切れ、紙、 絵の具な ど、児童に身近なものが考えられる。活動としては、砂場で穴を掘ったり、新聞紙を丸 めたり、特徴のある場所を探したりするなどから始まることが考えられる。それは学年 が進むにつれ、次第に、材料や場所などの具体的な特徴に目を向け たり、校庭や光あふ れる広場などの場所や空間に活動が広がったりして展開していく。そこでは、材料や 用具についての経験や技能を総合的に生かすなどの活動も見られる。このように、『造形 遊びをする』は、単に遊ばせることが目的ではなく、 進んで楽しむ意識をもたせなが ら、資質・能力を育成する意図的な学習である。また、『造形遊びをする』では、材料 の質や量、場所の広さなどが活動を大きく左右する。育成を目指す資質・能力や児童の 実態と材料や場所、空間などの関連を検討し指導計画を立てることが重要である。」4) 以上の趣旨を元にした開隆堂の教科書にある造形遊びの題材と内容を見ていきたい。 教科書〔1・2 年上〕 ① しぜんとなかよし:学校の校庭や近くの公園などの自然を利用して、その場所にある自 然の材料(石、葉、砂、草木など)の形や色、質感などのおもしろさや美しさに関心を もって集め、それらの材料の特徴から発想して活動する。並べる、組み合わせる、積む、 身にまとうなどしながら、自然の材料との関わりを深めて楽しむ。 ② いろいろならべて令和 2 年用と同名):色紙や身のまわりにある材料(自然材料や人工 材料)をみんなで集め、気に入った並べ方を工夫する。自分の思いに沿って、材料の形 や色などを考えながら並べ、ときには友達と協力し合い、活動を広げていく。滑らない ようにするなど、並べる場所の安全に注意して活動するようにする。 ③ うつしてあそぼう(令和 2 年版/スタンプ、スタンプ!):型押しやこすり出し遊びを 通して、見つけたり試したりしながら、自分らしい造形的な表現を追求、発見する内容 である。ここでの活動は「写すこと」を中心的な課題として、「スタンピング」と「フロッ
タージュ」の二つの技法を紹介している。いろいろな写し方を試しながら、できた形や 色を楽しんだり、自分なりの表現のしかたを工夫したりする。 教科書〔1・2 年下〕 ④ 「土」って気もちがいい:手や素足で土や砂を使って、山にしたり、トンネルをほった り、水を加えて泥にしたりして、土や砂の触り心地を体全体を使って楽しむ造形遊びの 活動である。 にじいろコレクション(令和 2 年版/見つけたよ、わたしの色水):水に絵の具やイン クを混ぜて色水をつくり、透明の容器に移して色を比べたり、光にかざして見たりする。 たくさんの色水から好きな色を集めたり、色の特徴に注目し、友達と並べ方を工夫した りしながら、色のよさやおもしろさを発見する。 ⑤ 切って、ひねって、つなげると:牛乳パックや紙コップなどを切り開いて、ひねったり、 ホチキスでつなげたりして、形を変化させていく楽しさを味わう。ばらばらにならない ように切り開き、新しい形につくり変えたりつなげたりして、立体的な形やひねったこ とによってできる空間を楽しむ造形遊びの内容である。 ⑥ ちきゅうからのおくりもので(令和 2 年版/しぜんからの おくりもので):落ち葉や小 枝、木の実などの自然材料の形や色のおもしろさを見つけながら、造形的な活動をする 造形遊びの内容である。また、様々な実情で落ち葉などの自然材料を入手できない地域 や学校には、落ち葉の代わりに割り でも活動できるようにした。 教科書〔3・4 年上〕 ⑦ 長―い紙、つくって:自分の体に巻きつけたり、身近な空間に造形的に働きかけたりす ることにより、机上の活動では得られないダイナミックな活動をする。児童なりの遊び 方、材料や空間への働きかけ方を工夫するようにする。 ⑧ いつもの場所で:自然の材料や身近な場所との触れ合い、関わりを通して、自然の材料 を試したり、場所のよさを見つけたりする。選んだ場所や自然材料の形や色、大きさや 量、材質などを生かしながら活動を進める。場所や材料に働きかけ、それらから感じた ことをもとに、さらに工夫して活動を深めていく。 ⑨ だんだんだんボール(令和 2 年版は 4 年生題材に移動/つながれ、広がれ!だんボー ル):いろいろな形や大きさの段ボール箱を重ねたり並べたりするなど、体全体で関わ りながら材料に親しむ。材料や場所のよさから思いついたり、友達と話し合ったりしな がら活動する。今までの経験を生かし、用具を選ぶなどして、工夫しながらつくったり、 つくり替えたりする。 教科書〔3・4 年下〕 ⑩ みんなで、どんどん むすんで、つないで:試したり見つけたりしながら、自分らしい 造形的な表現の発見と追求をする造形遊びの活動である。ここでは、場所を考えて木の
枝をひもでつなぐ活動から発想し、つなぎ方やつないだ形のおもしろさを確かめながら 表現する内容である。 ⑪ いい場所見つけて、囲んでみよう(令和 2 年版/わくわくネイチャーランド):材料を 生かし、場所と関わりながら表現していくことを通して、これまでの経験を総合的に生 かしながら活動を展開していく。仕切ることから生まれた空間と様々な材料との関わり から見慣れた場所に対する感じ方が変わることを楽しみながら、友達と協力して活動す る。学校の諸事情で、屋外で活動するのが難しい場合には、紙袋を使った室内での活動 例も紹介した。 教科書〔5・6 年上〕 ⑫ 流れる風をつかまえて:風のもつ魅力を十分に感じ、それを生かして場所や環境と関わ りながら、いろいろな材料を使って活動していく内容である。 風の動きを見つけ、とらえることができるように、様々な材料を選ぶことや試行錯誤し ながら、これまでの経験を総合的に生かして活動を展開していく。 ⑬ 自然の中で感じたことを:自然材料のもつ魅力を生かし、形や色を感じながら自然環境 や場所と関わって活動、表現していく造形遊びの内容である。自然のよさを体全体で味 わいながら、少しだけ手を加えて、景色を変えるように活動させたい。 これまでの経験を総合的に生かしながら活動を展開していく。 教科書〔5・6 年下〕 ⑭ 白い物語:身のまわりの白い材料を集め、白さや手触りの違いを味わいながら、思い ついた活動をする造形遊びである。生活の中から白い色に注目して材料を集めること から始める。白い材料の違いやよさ、または「白い色」に感じる特徴などを話し合い ながら、場所の特徴を生かして活動し、思いついたことを試していく。 ⑮ おどる光、遊ぶかげ:電球やLEDライト、プロジェクターなどを使って、色セロハン やお花紙、和紙などの身近な材料と組み合わせ、おもしろい光や影の世界をつくり出す 造形遊びの活動である。また、友達と協力して表し方を工夫したり、感じ取ったりする 過程でコミュニケーションを深めながら楽しむ活動でもある。 2-3.教科書題材から自然物を使った造形遊びの抽出 2-2で挙げた開隆堂の平成27年度用 開隆堂教科書の「造形遊び」題材と、令和 2 年度 用の同じ題材名もしくはほぼ同内容で題材名が変更になったものを挙げたものから、現代 になってから開発された人工物による造形遊びを抜いて自然物や場所と関わって遊ぶ内容 を抽出したのが以下である。(下線部分は筆者が引いたもの)
〔1・2 年上〕 ① しぜんとなかよし:自然を利用して、その場所にある自然の材料(石、葉、砂、草 木など)の形や色、質感などのおもしろさや美しさに関心をもって集め、それら の材料の特徴から発想して活動する。並べる、組み合わせる、積む、身にまとう などしながら、自然の材料との関わりを深めて楽しむ。 ② いろいろならべて令和 2 年用と同名):身のまわりにある材料(自然材料)をみん なで集め、気に入った並べ方を工夫する。自分の思いに沿って、材料の形や色な どを考えながら並べ、ときには友達と協力し合い、活動を広げていく。 「①しぜんとなかよし」は、それこそ題材名となっている自然の材料について、「形や色、 質感などのおもしろさや美しさに関心をもって集める」ことが中心となっているが、子供 たちはそうした自然物について元々関心を持って活動することは、自然発生的な造形遊び でも自然物を集めたり、自然物から発想して遊んでいる。後半の「並べる、組み合わせる、 積む、身にまとう」についても同様であり、「深めて楽しむ」とはあるが、自然物を使っ た教科書題材は子供たちが元々もっている自然物との関わりを前提にしたものである。ま た「②いろいろならべて」についても、教師が求める形や色の組み合わせを提案の形で子 供たちに示さなければ、今は少なくなった野原や川縁、海岸などで子供たちが自然に行う 行為である。今や全国的にも遊びと言えばボール遊びや公園に集まって遊んでいる感心な 子供たちに近づいてみれば無線の対戦ゲームに興じている時代である。そうした子供たち に自然物を使って造形遊びをさせようとすることは、大人の郷愁がなせるわざかもしれな い。また、図画工作科で造形遊びの実施率が低いのは、もともと子供たちが行っているこ とを、なぜ授業時間にまた行わせなければならないのかという教師の思いもあるであろ う。 〔1・2 年下〕 ④ 「土」って気もちがいい:手や素足で土や砂を使って、山にしたり、トンネルをほっ たり、水を加えて泥にしたりして、土や砂の触り心地を体全体を使って楽しむ ⑥ ちきゅうからのおくりもので(令和 2 年版/しぜんからの おくりもので):落ち葉 や小枝、木の実などの自然材料の形や色のおもしろさを見つけながら、造形的な 活動をする ④の「土」遊びは、園で行われる「造形の時間」とは異なる、幼稚園や保育園で朝から 帰りまで盛んに行われている活動である。また⑥の「ちきゅうからのおくりもので」は、 季節性のある落ち葉や強い風に落ちた小枝、木の実を使う造形遊びである。こうした自然 の材料を用いた造形活動は、小学校低学年の「生活科」でも校庭や近場の公園に行って行 うことが多い。学校現場では、中でも授業研究会などでこうした活動が「図画工作科」な のか、それとも「生活科」なのかの区別が話題になることが多い。また幼稚園から小学校
低学年までは、無理に教科として分けることの是非が接続期の教育のあり方として問われ ることもある。 〔3・4 年上〕 ⑧ いつもの場所で:自然の材料や身近な場所との触れ合い、関わりを通して、自然 の材料を試したり、場所のよさを見つけたりする。選んだ場所や自然材料の形や 色、大きさや量、材質などを生かしながら活動を進める。場所や材料に働きかけ、 それらから感じたことをもとに、さらに工夫して活動 〔3・4 年下〕 ⑩ みんなで、どんどん むすんで、つないで:場所を考えて木の枝をひもでつなぐ 活動から発想し、つなぎ方やつないだ形のおもしろさを確かめながら表現 ⑪ いい場所見つけて、囲んでみよう(令和 2 年版/わくわくネイチャーランド):材 料を生かし、場所と関わりながら表現、仕切ることから生まれた空間と様々な材 料との関わりから見慣れた場所に対する感じ方が変わることを楽しみ 中学年になると、場所と関わって活動する教科書題材が出てくる。上記の文言では、「選 んだ場所や自然材料の形や色、大きさや量、材質などを生かしながら活動を進める。」と あり、「生かしながら〇〇の活動を進める。」の〇〇にあたる文言がない。「選んだ場所」 にしても、校庭や校舎の中、広がったとしても学校近くの空き地や野原の範囲であろう。 子供が選択できる範囲は狭いが、自然発生的な造形遊びでも学校の校庭の土の上であり、 遊具のそばということになる。環境との関わりは、学校施設や空き地が想定されていても、 古代の遺跡のあり方と通じるところがあると考えられる。また「⑪いい場所見つけて、囲 んでみよう」のように、空間を仕切ることは、例えば結界を結び、その中を神聖な場所と する宗教的な環境への関わりと関係があるように思える。紀元前から残る遺跡は、自然物 として岩や石しか残らない。しかし遺跡を造成したときに、材料として植林などの植物を 用いられていただろうことは、今も残る古墳の状況から考えて、十分あり得ると考える。 〔5・6 年上〕 ⑫ 流れる風をつかまえて:風のもつ魅力を十分に感じ、それを生かして場所や環境 と関わりながら、いろいろな材料を使って活動 ⑬ 自然の中で感じたことを:自然材料のもつ魅力を生かし、形や色を感じながら自 然環境や場所と関わって活動、表現していく。自然のよさを体全体で味わいなが ら、少しだけ手を加えて、景色を変えるように活動 〔5・6 年下〕 ⑮ おどる光、遊ぶかげ:おもしろい光や影の世界をつくり出す 「流れる風をつかまえて」は教師が仕掛ける造形遊びの題材である。何かを吊り下げる 行為が造形であるかどうかは疑問であるが、ただ何かを紐状のようなものでぶら下げても 風に振り子のように揺れるだけである。風という自然のものに目を向けさせるという意味 では造形の幅が広がるといえよう。高学年は図画工作科の時数が縮減されたこともあり、
実際の学校現場ではコンクール用の出品作品づくりで時間を費やし、「自然環境や場所と 関わって活動」や「自然のよさを体全体で味わいながら、少しだけ手を加えて、」などの ように申しわけ程度の題材になっているのは理解できる。
3 .造形遊びとユングの元型論
次に、自然発生的な造形遊び及び教科書題材としての造形遊びとユングの元型論につい て述べる。 3-1.造形遊びと元型論の思想的背景 自然発生的もしくは教科書題材の造形遊びの、中心的な素材や対象は「自然」である。 造形遊びは、そうした自然物と関わりながら発想し、始めから何らかの形をつくることを 目的としていない。自然は太古の昔から人間の周囲にあり、環境であったことから自然と 関わることが生得的であり、後天的に自然と関わることを覚えたのではない。ユングは、 「集合的無意識とは心全体の中で、個人的体験に由来するのでなくしたがって個人的に 獲得されたものではないという否定の形で、個人的無意識から区別されうる部分のことで ある。」5) と述べている。これは自然発生的もしくは教科書題材の造形遊びにおいて、子供たちが 関わる自然が生まれた時から関わってきたという蓄積された個人的無意識によって自然に 働きかけるのではないと考えて良いと思われる。続いてユングは「元型」について、以下 のように続けて述べている。 「元型という概念は集合的無意識の観念に必ずついてまわるものであるが、それは心の 中にいくつもの特定の形式があることを示唆している。しかもそれらの形式はいつの時代 にもどこでも広く見出される。神話学ではその形式を「モチーフ」と呼んでいる。」6) 自然発生的な造形遊びは題材や表し方の指導などは一切なく、偶然的な要素はあっても 子供たちの心の内から出てくる形である。もちろん、生活の中で見たり感じたりしたもの が造形遊びのモチーフとして出てくることはあり得る。しかし、アニメのキャラクターは 線描きで校庭に残っている。また子供たちの興味あるものは、自然物での遊びではなく、 教室の机の中にある自由帳に描かれている。 作大論集第10号の拙稿「子供の無意図、もしくは神」の中で述べたように、「円」は太 古の遺跡や有史においても人が造るものの中に必ずといって良いほど繰り返されるモチー フである。子供たちの造形遊びにおいても、自然発生的で自発的に集められた自然の石や 小枝、草などは、円形に配置されることが多い。この円形の配列は後天的に身に付けたも のではないことは自明である。平面表現なら子供のなぐり描きの中で見られる円である。ユングは、 「心には第二のシステムがあって、これは集合的で非個人的な性質をもっており、[ す べての個人においても同一である。] この集合的無意識は個々人において発達するもので はなく、遺伝していくのである。それは存在に先んじる形式であるいくつかの元型から成 り立っているが、この元型は間接的にしか意識化することができないが、意識の内容には はっきりとした形式を与えている。」7) と述べ、[ すべての個人においても同一である。] ことは、例えば結界を結ぶ行為とし て内界と外界を分けるのも円形に近い形であるし、縦穴式住居もまた円形に地面が掘られ ている。これは、 「この目的のためにこそ、祭式や「集団表象」や教義体系が働いているのだ。これらは 無意識の危険、「霊魂の危機」に対して築かれた堤防や城壁であったのだ。未開人の祭式 の本質はそれゆえ、悪霊を封じこめること、魔法を解くこと、悪い前兆を避けること、鎮 めること、清めること、そして類感つまり呪術によって救いとなる出来事を作り出すこと である。」8) というように、子供たちは近い「未開人」として、造形遊びの中で行われる活動が、ま さにその性質を持つものであることを示していると言えよう。これは教科書題材において も、学校教育で行われる活動であるから宗教色は薄められるとしても、開隆堂の教科書に ある「〔1・2 年上〕並べる、組み合わせる、積む、身にまとうなどしながら、自然の材料 との関わりを深めて楽しむ。」内容において、子供たちにまかせられるがゆえに子供たち の内発的な活動を期待しているのであり、そうなるべき形式を子供たちは [ すべての個人 においても同一である。] がゆえの活動となるのである。 平成29年に告示され、令和 2 年である今年度から完全実施になった学習指導要領の図画 工作編では、造形遊びについて、次のように述べられている。 「身近にある自然物や人工の材料、その形や色などから思い付いた造形活動を行うもの である。児童は、材料に働きかけ、自分の感覚や行為などを通して形や色などを捉え、 そこから生まれる自分なりのイメージを基に、思いのままに発想や構想を繰り返し、手 や体全体の感覚などを働かせながら技能などを発揮していく。これは遊びのもつ能動 的で創造的な性格を学習として取り入れた材料などを基にした活動で、この内容を『造 形遊びをする』(後略)」9) この「自分の感覚や行為などを通して形や色などを捉え、そこから生まれる自分なり のイメージを基に、思いのままに発想や構想を繰り返し」という文言に謳われている「自 分の感覚や行為」は、後天的もしくは偶発的なものではなく、感覚は生まれ持っているも のであるが微細な差異はあってもユングの述べるところの [ すべての個人においても同 一 ] であり「そこから生まれる自分なりのイメージ」は生活年齢の低い子供たちが後天的
に自分の外界から取り入れたイメージというより、生得的なイメージと考えるべきであ る。確かに生まれた時から与えられた玩具の多くが保護者の趣味からかもしれない乗り物 などの人工的なものであれば、自然物を見たときに乗り物というイメージが生まれるかも しれない。しかし自然物は人工的なソリッドの個体ではなく、自然発生的に行われている 造形遊びでは、乗り物その他の現実にある形を自然物で再現しようとしているものはあり 得ないと言える。なぜなら子供は乗り物の玩具を持っているので、あらためてそれを自然 物で再現しようとはしないからである。子供たちは絵で描けるものを自然物で再現しよう とはしないのである。 「児童の遊びには、人が本来もっている、生き生きと夢中になって活動する姿を見る ことができる。遊びにおいて、児童は、自ら身の回りの世界に進んで働きかけ、いろ いろと手掛けながら、自分の思いを具体化するために必要な資質・能力を発揮している。 そこには心と体を一つにして全身的に関わりながら、多様な試みを繰り返し、成長して いく姿がある。(中略) 大まかな内容は、 児童が材料などに進んで働きかけ、 自分の 感覚や行為を通して捉えた形や色などからイメージをもち、思いのままに発想や構想を 繰り返し、技能を働かせてつくることである。学習活動としては、想像したことをかく、 使うものをつくるなどの主題や内容をあらかじめ決めるものではなく、児童が材料や 場所、 空間などと出会い、それらに関わるなどして、自分で目的を見付けて発展させ ていくことになる。」10) 教科書題材の前提となるこの学習指導要領の文言においては、「想像したことをかく、 使うものをつくるなどの主題や内容をあらかじめ決めるものではなく」と述べられて いるが、この学習の過程は従来の図画工作科や美術科の題材に慣れた教師にとって受け入 れることが難しく、造形遊びが実施されにくい理由になっている。「初めに主題ありき」で、 その主題を具現化していくために材料や技法を駆使することこそ子供たちの表現力を高め ることだと考えるのは図画工作科や美術科の教師には根強く残っている。なので「児童が 材料や場所、 空間などと出会い、それらに関わるなどして、自分で目的を見付けて発 展させていく」ことはややもすれば子供たちが い回っている状態にあり、一定の到達点 に向けて努力する姿が見られないとするのである。遺跡などに見られる形は、神や畏敬の 対象となるものを祀るという目的がある。子供たちの自然発生的な造形遊びもシャーマニ ズム的な色彩を帯びる。明確な目的があっても、活動しながら「自分で目的を見付けて発 展させる」にしても、出現する形は似通ったものになる。ユングはこのようなことを「遺 伝していくのである」と述べているが、その遺伝はあたかも染色体の中にある情報の発露 としての遺伝ではなく、暗喩として用いられている。「間接的にしか意識化することがで きない」とは、自然発生的な子供の造形遊びは、なぜ円の形に結実するのかはわからない が、円形という「はっきりした形式」として現れると考えてよいであろう。さらにユング
は次のように述べている。 「ものごとを決定する力はこの無意識から来るものであって、この力によって一人一人 の人間の誰をとっても、彼らが受けついでいるもの〔伝統など〕にかかわりなく、体験や イメージ形成は似ている、いや同じであるということが保証されているのである。このこ との最大の証拠は世界中に同じような神話のモチーフが存在していることであり、このモ チーフを私は原イメージの性質を持つという意味で元型と名づけた。」11) 「プロセス自体は別種の元型、すなわち変容の元型によって表現される。これは人格で はなく、むしろ典型的な状況、場所、手段、方法等々であって、これらはそのときどきの 変容の仕方を象徴している。人格化される元型と同様に、この元型も真正なシンボルで あって、これを《記号》や比喩と見たのでは十分に理解することのできないものである。 それは多義的で予感に満ち、究極的には み尽くすことができないという意味で、真のシ ンボルである。無意識の《根本諸原理》は、その関連内容が豊富すぎるために、認識する ことはできても、筆舌には尽くしがたい。知的な判断は当然にもつねにそれらを一義的に 把握しようとするが、そのために本質的なものを見逃してしまう。というのは、その根本 諸原理の唯一の本性と言えるものを確定しようとしても、はっきり言えることといえば、 それが多義的であり、豊富な関連性をもつために全体を見渡すことができないということ だからである。」12)造形遊びと元型はこのようなユングの言説によって裏付けられるので ある。 3-2.造形遊びとユングの元型論におけるイメージ 次に学習指導要領で述べられている「自分の感覚や行為などを通して形や色などを捉 え、そこから生まれる自分なりのイメージ」においての「自分なりのイメージ」について 検討したい。ユングは、 「それは私が『イメージ』と呼んでいる機能形式であるに違いない。イメージは実行さ れるべき活動の形式のみならず、活動を解き放つような典型的な状況をも同時に表現して いる。これらのイメージは、完全に種に固有のものであるという意味で『原イメージ』で あり、それらがもともと「発生した」ものだとすると、その発生は少なくとも種の始まり と一致している。それは人間の人間らしいところ、人間活動の、人間という種に特有の形 式である。この種に特有の性質はすでに胚の中に存在している。これが遺伝するのではな く一人ひとりに新たに発生するのだという仮定は、朝昇る太陽が前の日の夕方沈んだ太陽 とは別のものだという幼稚な考えと同じくらいに馬鹿げたものであろう。」13)と述べてい る。形や色から生まれる自分なりのイメージは、「遺伝するのではなく一人ひとりに新た に発生する」という仮定は「馬鹿げたもの」とし、人間という「種に固有のものであると いう意味で『原イメージ』であり、それらがもともと『発生した』ものだとすると、その
発生は少なくとも種の始まりと一致」して、もともと共通のものとして子供のたちの中に、 (もちろん大人たちの中にもあるが、それは後天的に身に付けたものが多いが故に見えに くくなっている)あるイメージが発現するということであって、それは太古の遺跡から子 供たちの造形遊びの中にある共通した表現のことを表すと考えて良いのではないだろう か。ユングは続けて次のように述べているのである。 「あらゆる心の内容があらかじめ形式をもっているからこそ、心の個々の機能も、とく に無意識の即応体制から直接に現れてくる機能も、あらかじめ形式をもっていることにな る。このことはとくに創造的な想像力について言える。想像力の産物の形で『原イメージ』 が目に見えるものとなるのであるが、このばあいには元型の概念がとくに当てはまる。こ の事実にはじめて注目したという手柄は決して私のものではない。その栄誉はプラトンの ものである。民族心理学の分野で、特定の「原観念」が世界中に分布しているという現象 をはじめて主張したのはアドルフ・バスティアンである。後にデュルケーム学派の二人の 研究者、ユベールとモースは想像力の固有の「カテゴリー」という言い方をしている。『無 意識の思考』という形で無意識的な形式が形象の中にあらかじめ存在しているということ を認識したのは、ほかでもないヘルマン。ウーゼナーである。私がこの発見に寄与したこ とといえば、元型が決して伝統や言語や移住によってのみ世界中に広まるのではなく、い かなる時にもいたるところで自発的に繰り返し発生するということ、しかも外からの伝播 によっては左右されないような仕方で発生するということを証明したことである。(下線 部は筆者)」14) ユングはまさに「創造的な想像力」と述べており、「形や色から生まれる自分なりのイ メージ」は「無意識的な形式が形象の中にあらかじめ存在」するとまで言い切っている。 さらに、 「すでに述べたように、フロイトはすでに無意識の中に太古の残滓や原始的な働き方を する機能があることに気づいていた。このことは後の研究によって証明され、たくさんの 具体例が集められた。身体の構造を考えてみれば、心だけが発達史の痕跡をとどめない唯 一の生物環境であるとしたら奇妙なことであり、またそれらの特徴〔無意識の中にある太 古的な機能〕が本能という基盤と密接に関係していることはじっさいありそうなことであ る。本能と太古的な型は、生物学的概念である「振る舞いのパターン」をもっているとい う点では一致している。つまり本能に無定形のものはなく、どの本能にもそれに見合った 状況の配置が組みこまれているのである。本能は決まった特性をもったイメージでつねに 満たされている。葉切りアリの本能にはアリ、木、葉、切ること、運ぶこと、キノコの庭 のイメージが詰まっている。これらの要件の一つでも欠けると、本能は働かない。なぜな ら本能は全体の配置図すなわちイメージがないと、まったく存在できないからである。そ のようなイメージとはア・プリオリな型である。このイメージはあらゆる行動に先立って
アリが生まれながらに持っているものである。なぜなら行動に見あった配置をもつ本能に よって動機と可能性が与えられてはじめて、実際の行動が起こされるからである。この図 式はすべての本能に当てはまり、同種の個体すべての中に同じ形で存在している。同じこ とは人間にも当てはまる。つまり人間はア・プリオリな本能の型を自らの内に持ってお り、人間が本能的な行動をとるときには、その型が行動の引き金となり基礎となる。生物 としての人間は『種としての人間』として振舞っているだけであり、『振舞いのパターン』 を満たしているにすぎない。これによって人間の自由意志の可能性は狭められ、それが狭 められれば狭められるほど人間は未開的となり人間の意識は本能領域に依存するようにな る。『振舞いのパターン』を、たとえばニーチェが夢の働きをそうみなしたように、いま だに存在する太古の名残りとみなすことには、ある視点からは非常に正しいのであるが、 しかしそれによってこの型の生物学的心理学的意味を正当に評価したことにはならない。 つまりそれらは過去の機能の遺物やいまだに存在する名残りというだけにとどまらず、今 も常に存在する、生物学上不可欠な本能領域の調整者なのである。その影響は心の全領域 にわたっており、比較的自由な意思によって制限されてはじめてその絶対性を失う。イ メージは本能の意味を表している。(下線部は筆者)」15) ここで述べられている「生物としての人 間は『種としての人間』として振舞ってい るだけであり、『振舞いのパターン』を満 たしているにすぎない。」ということは、 「自分の感覚や行為などを通して形や色な どを捉え、そこから生まれる自分なりの イメージ」が、実はその子供なりのイメー ジではなく、「種としての人間」が「振舞 いのパターン」を「満たしているにすぎな い」とまで言うのである。これが太古から の遺跡と有史における造形、自然発生的な造形遊びや教科書題材のそれにおいて、同じパ ターンの活動、表現が見られることへの答えであるとしたら、恐ろしさを感じざるをえな い。
4 .おわりに
平面や立体表現が生活経験や見たもの、「想像したことをかく、使うものをつくるなど の主題や内容をあらかじめ決めるもの」からスタートし、その表現の中に子供の個性が 現れることを造形表現の良さであるということは、大人の表現も含めてほぼ共通した認識 図 4 子供が掘る穴(埋葬のイメージ)であろう。しかし造形遊びにおいては、「身近にある自然物や人工の材料、その形や色な どから思い付いた造形活動を行うものである。児童は、材料に働きかけ、自分の感覚や 行為などを通して形や色などを捉え、 そこから生まれる自分なりのイメージを基に、 思いのままに発想や構想を繰り返し、手や体全体の感覚などを働かせながら技能など を発揮していく。これは遊びのもつ能動的で創造的な性格を学習として取り入れた材料 などを基にした活動」として子供たちを作品主義やコンクール重視の指導から解き放ち、 「児童の遊びには、人が本来もっている、生き生きと夢中になって活動する姿を見ること ができる。遊びにおいて、児童は、自ら身の回りの世界に進んで働きかけ、いろいろと手 掛けながら、自分の思いを具体化するために必要な資質・能力を発揮している。そこには 心と体を一つにして全身的に関わりながら、多様な試みを繰り返し、成長していく姿があ る。」16)はずであった造形遊びの「本来」の姿が、ユングの元型論によって人間がその種 の起源からプログラムされている元型によって振舞いのパターンを満たしているにすぎな いものであるという結論に達したことは、ある意味、空虚さや虚無感を感じる結論であっ た。造形遊びが小学校において実施されることが少ない傾向にあるのは、指導者が薄々そ のことに気付いていたせいかもしれない。これから更にユングの他の著作や心理学の諸理 論を検討して、造形遊びについて考えていきたい。
5 .注
1) カール・G・ユング著、林 道義訳、紀伊國屋書店「元型論」、2018、pp333. 2) 小学校学習指導要領解説 図画工作編 第 2 章 第 2 節 1 内容の構成 ⑴ A 「表現」、2017、pp21. 3) 前掲 第 2 章 第 2 節 2 各領域及び〔共通事項〕の内容 ⑴「A 表現」の内容、pp26. 4) 前掲 pp26. 5) カール・G・ユング著、林 道義訳、紀伊國屋書店「元型論」、2018、pp12. 6) 前掲 pp12-13. 7) 前掲 pp13. 8) 前掲 pp51. 9) 小学校学習指導要領解説 図画工作編 第 2 章 第 2 節 1 内容の構成 ⑴ A 「表現」、2017、pp21. 10) 前掲 第 2 章 第 2 節 2 各領域及び〔共通事項〕の内容 ⑴「A 表現」の内容、pp26. 11) カール・G・ユング著、林 道義訳、紀伊國屋書店「元型論」、2018、pp84. 12) 前掲 pp72. 13) 前掲 pp103-104. 14) 前掲 pp104. 15) 前掲 pp333. 16) 小学校学習指導要領解説 図画工作編 第 2 章 第 2 節 1 内容の構成 ⑴ A 「表現」、2017、pp26.6 .引用・参考文献
開隆堂出版株式会社 平成27年度版「小学校図画工作科」教科書及び「題材別評価基準一覧」、2020 年度版「小学校図画工作科」教科書