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従軍慰安婦裁判-原告の訴えるもの-: 沖縄地域学リポジトリ

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Author(s)

髙良, 沙哉

Citation

沖縄大学法経学部紀要 = Okinawa University JOURNAL

OF LAW & ECONOMICS(9): 37-48

Issue Date

2007-12-31

URL

http://hdl.handle.net/20.500.12001/5984

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【判例研究】

従軍慰安婦裁判

一原告の訴えるもの一

〇nthecaseofcomfortwomen

非常勤講師 :高 良 沙 哉 (専門 :憲法) SachikaTakara 辛- ワー ド :狭義 の強制、性的 自己決定権、立法不作為 1 はじめに 2(刀7年3月1日、安倍晋三内閣総理大 臣 (当時)は、従軍慰安婦 の動員 について、 「かつての定 義である強制性 について、それ を証明す る証言や裏付けるものはなか った」。強制性 を裏付ける 「証 拠はなか ったのは事実」であ り、 「その定義 については大 き く変わ った」 と発言 した 1。 この発言は,1993年の当時の内閣官房長官による、下記の談話の見直 しの動きではないかと波紋 を広げている。すなわち 「慰安所は、 当時の軍 当局の要請によ り設営 されたものであ り、慰安所 の 設置、管理及び慰安婦の移送 については、 旧 日本軍が直接 あるいは間接 にこれ に関与 した。慰安婦 の募集 については、軍の要請を受けた業者が主 として これ に当た ったが、 その場合 も、甘言、強圧 による等、本人た ちの意思 に反 して集 め られた事例が数多 くあ り、更に、官憲等が直接 これ に加担 した こともあった ことが明 らかにな った」。 この従軍慰安婦問題は、 「当時の軍 の関与の下に、多数 の女性の名誉 と尊厳 を深 く傷つけた問題である。政府は、 この機会に、改めて、その出身地 のいか んを問わず、いわゆる従軍慰安婦 として数多の苦痛 を経験 され、心身にわた り癒 しがたい傷 を負わ れたすべての方 々に対 し心か らお詫び と反省の気持 ちを申し上げ る」 とした 「慰安婦関係調査結果 発表 に関す る河野内閣官房長官談話」 (いわゆる河野談話)2である。 安倍前首相は、河野談話 を継承す ると強調 した3。そ して、安倍前首相が否定す る 「かつての定 義である強制性」 とは、 「官憲が家 に押 し入 って人 さらいのよ うに連れて行 く強制性」 (狭義の強制 性)であ り,上記河野談話 の 「甘言、強圧」な どを用 いた 「広義 の強制性」の存在 は認めた4。安 倍前首相は、 この 「狭義の強制性」 の有無について再調査 をす るとしたのであるS。 しか し後述のよ うに、元従軍慰安婦 らが 日本政府 を相手取 り訴えを提起 した事例 において、裁判 所は旧 日本軍 による慰安婦の動員の仕方 について、「狭義の強制」が認め られ る場合があることを明 らかに示 してお り、前首相の上記の発言は、批判 を免れ得ないものである。 従軍慰安婦問題は、現行憲法の施行以前に発生 した ものである。 しか し,性的 自由 ・性的 自己決 定権侵害についての事後的な救済 を、現憲法下において怠 ることは許 され るので あろうか。以下で は、元従軍慰安婦 らが原告 とな り, 日本 を被告 として訴えを提起 した事例 を挙げ、原告 らの被 った 被害事実 を明 らかにし、 日本に対す る請求の中で も、特 に、 日本が従軍慰安婦問題の被害事実 を知

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りなが ら、救済のための立法をせず に長 い間放置 した、立法不作為に関す る請求 に焦点を絞 り、原 告 らが どのよ うに主張 し、それ に対 し、裁判所が どのよ うに判断 したかをみてい く。 立法不作為の 問題が、女性たちに対す る性的 自己決定権侵害 と深 く関わ るためである。 旧 日本軍の行 った性的暴力は、軍隊による女性 ・少女 に対す る性的暴力とい う点において、在沖 米軍による沖縄 の女性 ・少女 に対す る性的暴力と共通する。 そ して、 日本国が政策 として、沖縄 に 重点的に配置 した広大な米軍基地か ら派生す る暴力とい う点で、「国家の政策」による被害の発生 と い う点で も共通 しているため、従軍慰安婦判例の検討は、在沖米軍人 らによる女性 ・少女に対する 性的暴力に対す る救済 について、何 らかの視座 を見出す契機 になるのではないか と考える。そ して 特 に、安倍前首相が上述 のよ うな発言 をし、従軍慰安婦問題 についての歴史が歪曲され る危険性の ある今、従軍慰安婦 とされた女性 ・少女たち被害事実 に、 目を向けなければな らないと強 く感 じる。 2 従軍慰安婦 に関する判例 (1) 東京地方裁判所平成15年 4月24日判決6 本件は、 日中戦争 当時、 旧 日本陸軍人か ら性的暴力を受けた中国人女性 7名が被害を訴えた ものであ り、安倍前首相 の否定 した、「狭義の強制」による、慰安所への強制連行の場合である。 (a) 原告の被害の状況 (む 原告Aは、 1943年6月か ら同年12月にかけて、 3回にわた り,旧 日本軍 人に持致 され、 洞窟 に監禁 された上、共産党員であることを理 由に暴行 ・傷害などを加え られ るとともに、 強姦 された。被害発生当時、原告Aは数え年15歳であった0 一度 目の泣致および監禁は、1943年 6月ごろに発生 した。 自宅で 日本軍軍人に捕 まり、 軍刀で斬 り殺 されそ うにな った後、 旧 日本軍 の拠点 に連行 された。 旧 日本軍人 らは、次 々 とAを強姦 した後、激 し く拷問 した。 この強姦と拷問によ りAは骨折 し、傷 口 ・下腹部か ら出血が止 ま らなか った。それ にも関わ らず、Aは、その後 も日本兵らに強姦 され拷問さ れ続 けた。数 日後、Aは 自力で逃走 したD 二度 目の粒致 は、同年8月ごろに発生 した。 Aが、自宅近 くで洗濯をしていた ところを、 旧 日本軍人に捕 らえ られ、連行 .監禁 されたO-度 目に逃走 した ことで、 日本軍軍 人らの 怒 りをかい、一度 目よ りも 「さらに激 しい拷 問、輪姦」を受け、 「失神すると、水をかけ ら れて放置 され、意識 を取 り戻す と,再び拷問が繰 り返 され」た。約 う週間後、再び逃走 し、 母 に匿われた。 三度 目の粒致は、同年12月ごろに発生 した。 自宅で 旧 日本軍軍人に捕 まえ られ、約20日 間にわた り、再び暴行および輪姦 を受けた。非常 に激 しい拷 問の末、「水をかけても意識が 回復 しな くな ったため、裸 のまま、真冬の川 に投げ捨て られたが、中国人の老人に助け ら れ、奇跡的に一命 をと りとめた」。 しか し、Aは 「救 出後、長期間意識が戻 らず、意識が戻 った後 も、体が全 く動かない状 態で,一年以上起 き上が ることもで きなか った。背中、胸、腰、脚など身体 中が骨折 し、 特 に骨盤がめちゃ くちゃに破壊 された ことによ って体型が変形」し、165センチ メー トルで あ った身長が、147センチ メー トルに縮んだほどである。Aは、人の助けがなければ トイレ にも行 けず、一人で座 ることがで きるほど回復す るのに長期間要 した。 夫が心労のため他

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38-界 した後、性的暴力の被害者で あ るために再婚がで きず、村 に住み続 け る こともできな か った。 Aは、その後 1992年 に、旧 日本軍 による性的暴力の被害者であることを名乗 りで るまで、 被害事実 を誰 にも話す ことはできなか ったC (診 原告 Bは、1941年、数え年16歳 のときに,河東砲台か ら来た 日本兵 らに、西煙鎖 の婚家 で銃剣で脅 され捕 らえ られた。 日本兵が来た とき、新婚 の夫が居合わせたが、夫はまだ幼 く恐怖 のために、 Bを助け ることはで きなか った。 日本兵によ って、河東砲台へ連行 され る途 中の 「胡河港で、 日本兵は Bに銃剣 を突 き付け、怒鳴 った り殴 った りしなが ら、服 を 剥ぎ と り、 まだ幼 い夫 との間に性 関係 のなか ったBを処女のまま七、八人で数時間にわ た って輪姦 した」。その後、河東砲台の塞洞 に連行 し、監禁 した。 その後、110日間にわた り、日本兵 らは、「泣 き叫ぶ Bを太 い某で殴 り付けた り、大 きな声で怒鳴 りつけた りしなが ら、・・・昼 も夜 もな く、強姦 した」。 Bの父 と翼とが家財 を売 った り、借金をした りなどして、400銀元 を捻 出し、旧 日本軍へ 渡す ことによ り、 Bはよ うや く救出され、実家 に戻 ることができた。 しか しその後、長 い 間出血、頭痛、めまい.腰や腹、足な ど身体 中の痛みに苦 しみ、実家で一年間療養 した。 さ らに可能な限 りの治療 をしたが、その後 も様 々な症状 に苦 しんだ。 Bは夫には、被害事実を告げているが、子供たちには、本件訴訟 の時点で被害事実 を話 す ことはで きていなか った。 ③ 原告Cは、1941年4月2日、数え年17歳 のときに被害に遭 ったoその 日の早朝 「孟県 の 東邦秋村及び河東村 に駐屯 していた旧 日本軍及び警備隊計二

〇余名が出動 して西煙鏡 を 包囲 し、村 人を見かけ ると前後 の見境な く銃剣で攻撃 を加 える事件」 (いわゆる 「西煙惨 案」)の際、 「日本兵が、まず養母の頭 の後 ろに軍刀で斬 りつけ、次 に養父の喉 を軍刀で刺 した うえ、顔死の重症 を負わ された Cの養父母 に 目も くれず、 まだ未婚であ った Cを処女 のまま輪姦 し、 さらに、纏足のCを養母が飼 っていたロバの上に併せに縛 りつけて河東砲 台の下の窯洞 に粒致 した」。 その後、Cは、同奮洞 に40数 日間監禁 され、「連 日、多 い 日で

〇数名、少ない 日で七、八 名の 日本兵か ら強姦 された」。 この連 日の輪姦 のために、 「腰や太腿が擦れて肉がえぐ られ 腫れて痛んだほか、陰部が腫れ上が るほどであ った」。実父 と養父 とが、土地、建物等 を売 り払 い、210銀元 を捻 出して、旧 日本軍へ渡 し、救 出 されたが、養父母は 日本兵 によって斬 りつけ られた傷が原 因で 1年余の間に他界 した。Cは、救 出された後、約半年間は動 くこ とができず、義姉 の世話 にな り、生き延びることができた。 Cは、 日本兵による性暴力の被害者であることを、村 中に知 られていたために、なかな か結婚す ることもで きず、数え20歳のときに結婚するも、子供ができないことが原因で離 縁 された。 その後、再婚 したが、30数歳で生理が止 ま り、子 を産む ことが不可能 とな った。 また、胃痛、めまい、高血圧等 にも悩 まされ、 日本兵による性暴力の恐怖や不安感のた めに、重度の精神的病状に陥 った こともあった。 ④ 原告Dは、被害発生時の1941年4月4日、夫 とその両親 と商社郷商社村 に住んでいた。 数え年17歳であ った。 同 日朝、 「河東砲台 に駐屯 して いた 旧 日本軍及び警備 隊約四〇名が

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河東砲台か ら商社村 に向かい、途 中遭遇 した農民 らを有無を言わ さず、その場で 惨殺 した り、瀕死 の重傷 を負わせた」 いわゆる 「商社惨案」 の際に、Dも被害にあった。 姉 と共 に自宅 にいたDは、逃げ遅れたために 日本兵に捕ま り、他の村 人50余名とともに 連行 されたが、 「若 い女性は他 の村人 とは別室へ連れて行かれ、連 日強姦 された」。約半月 後、夫が土地 を売 り2(カ銀元 を旧 日本軍に渡 し、姑 とともに解放 されたが、Dは 日本兵 らに よる性的暴 力の結果、腹部の腫れや痛み、出血、月経不順の症状があ り、身体のだるさと、 痛みのために動けないことも多か った。 しか し貧困のために治療が受け られず、後 に医師 の診察 を受けた ときには、手遅れの状態であ り、薬を買 う余裕 もなか った。 Dは、 日本兵 による性的暴 力の被害 に遭 った ことと、子供が生めないことが原 因で、夫 に離縁 され、その後再婚 した夫 との間 との間にも子はできず、離縁 した。 3度 目の婚姻を し、姪を養女 とした。 またDは、 「敵国の 日本兵 に強姦 され ることで汚れ を負 ったかのよ うに蔑視 された当時 の中国農村部の社会通念の中で、一緒 に粒致 された姑 を含む周 りの人 々にそれ と分かる状 態で、 さらに被害 を受けた」 とい う。 ⑤ 原告Eの夫は中国共産党員で抗 日村長であ り、Eもまた抗 日活動をしていた。1941年あ るいは1942年の2月28日に、旧日本軍は、候党村 ・小掌村 ・南貝村一帯を包囲して、南貝 村で会議 中であ った共産党員を捕 まえる作戦を行 った。その際に,会議 に参加 していたE の夫は、 旧 日本軍 に捕 ま り、候党村 まで連行 され、見せ しめ として過酷な暴行 を加え られ た後、殺害 された。

E

は、夫を助けよ うと追 いすが った。その際に 日本兵は

、E

に他 の共産党員の名を言 う よ うに迫 り、それ に対 しEが黙秘す ると、拷 問を加 えた。拷問によ って、 Eの歯は 3、 4 本折れ、顔や胸が腫れあが り、血だ らけにな って原告Eは気 を失 った。気 を失 った Eを、 日本兵は ロバ に縛 りつけて河東砲台の窯洞に連行 し、そ こでEは20数 日間監禁 された。 監禁 されている間、連 日、昼間は2、3人、夜は 7、8人の 日本兵が Eを輪姦 した。「日 本兵がEを押 さえつけた り、縛 った りしている間に、別 の 日本兵が Eを強姦 した り、 Eの 尿道が腫れ あが ったのをわざわざ服 を脱がせて じろじろみて面 白が った後、 さらに強姦す ることもあ った」Q

E

の父が、土地、建物等 を売 って捻 出した金銭 を旧 日本軍側へ渡す ことによって

、E

は 解放 されたが、右脚 を骨折 してお り、腰や陰部が腫れ あが り出血 し、化膿 して膿が出る状 態であ った。その後、二年間は動 くことができず、下腹部 に激痛があ り、失禁状態 にな っ た。 ⑥ 1942年8月、旧 日本軍が尭上村 を急襲 した際に、原告 Fは 「住 まいが 日本兵の侵入拠点 に比較的近か った上、纏足であ ったため逃げ切れず、 日本兵に捕 らえ られ、- ・銃で殴 ら れた り、蹴 られた りした うえ、 ロバに乗せ られて西煙砲台に連行 された」。

F

は西煙砲台 において、 「その 日の うちに、約八名の 日本兵に強姦 された」。その後

、F

の夫、勇、実父が羊、ロバ、牛な どの家財 を売 り、借金 もして、380銀元 を作 り、旧 日本軍 に渡す ことによ って、よ うや く解放 され るまでの30数 日の間、「昼間は、西煙砲台の中の煉 瓦 の上に藁 を敷 いた便器以外 に何 もない真 っ暗な部屋 に監禁 され、夜 になると、別室に連 -

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40-れて行かれ、連 日、約七、八名の 日本兵に輪姦 された」。 日本兵 らは、原告Fが シ ョックの あま り気 を失 うと、水 をかけ 目を覚 まさせた。 そ してFが 「少 しで も抵抗す ると、顔 を殴 り、首 を絞め、 Uをふ さぐなどの暴行 を加えた」。 解放 された後、Fは 日本兵による輪姦 のために陰部が腫れ あが り、衰弱 しきって歩 くこ ともできなか ったo Fは解放後、半年間は全 く動 くことができず、起 き上が るのも横 にな るのも実母の介助な しにはできなか った。一・年 あま り経過 して、Fの身体 は少 し回復 した ものの、夫が疲労のために病死 した。 訴訟提起 当時 も、「心臓病、胃病、め まいなどの病気 を抱 え、また、今 も大腿部か ら腎部 にかけて痛み,黄色 い膿が出るなど」 の症状が残 っていた。 ⑦ 原告Gの夫は、1940年10月か11月ご ろ、彼女が19歳のときに死亡 した。夫の死亡直後の まだ遺体が 自宅 に置かれた状態 のときに、 旧 日本軍が村 に来た。そのためGは一度は実家 のある鳥耳荘 へ逃げた ものの、夫 の遺体 を葬 らねばな らず、 自宅 へ戻 る こととな った。 1941年の正月を過ぎた ころ、「日本兵が村 に再び侵入 して来て、銃剣で脅 しなが らG宅に押 し入 り、助けに入 った両親に梶棒 で胸 を突 いて血 を吐 くまで殴 るなどの暴行 を加 えて家か ら追 い出す と、Gをその場で強姦 した」。その後、 日本兵 らは、連 日のよ うにG宅へ押 し 入 っては、両親 に暴行 を加えて追 い出 し、 Gと姉 を強姦 した。 さらに、 日本兵は、 「夜 も、 河東砲台に連行 し、首を切 る手 まね をして、言 うことを聞かなければ殺す と脅 し、 出血す るまで頭、顔 を殴 りつけて山頂の砲台に連行 し、窯洞 の中に放 り入れて次 々と輪姦 した」。 1年以上経過 した後、再婚のため村 を出ることによ って、 Gはよ うや く日本兵による仕 的暴力か ら逃れ ることができたが、日本兵による 「過酷な性暴力によ り、腹痛、月経困難、 痘轡、震えの発作等様 々な病 を患」い、「満足に動けず、起 き上が ることさえできないこと が度 々であ った」。 また、生理不順 もひど く、子宮 の病気 を治すために5人の医師にかか っ て治療 し、33歳で子が生まれたが、痩撃や震えの発作等は治 らなか った。 日本兵 らの性的暴力を受けた ことについては、夫や二人の子 に一度 も話 さなす ことがで きず、被害者 として名乗 り出ることによ って、 日本人か ら二人 の子 に対 して、報復がある のではないか と、弁護団の聞き取 り調査 中も恐れていた。 また、弁護団がGか ら初めて聞 き取 りをする際、日本人弁護士が、日本語で挨拶をす るのを聞き、震 えが止 まらなか った。 ⑧ 原告Kは、数え年17、 8歳の1拠1年 あるいは1942年に、両親 と兄弟 とで、西煙鎮後河東 村で生活 していた頃、自宅に、旧 日本軍の下士官率 いる 日本兵が押 しかけてきて、「銃 と手 摺弾 を持 ち、家人を殴 って家か ら追 い出 し、家の中でKを襲 って輪姦 した。 日本兵はその 後、K宅 に来ては、家の中でKを強姦 した り、 ある時は、Kを細 い縄で縛 り上げて河東砲 台へ連行 し、 同砲台下の老洞 の中などで強姦」 した。その後、下士官がKを気に入 り、下 士官 の移動に伴 って連れ まわ され性的暴力を受け続けた。 移動の約半月後、 兄が 「区長 に以来 し、金品を渡すなどして奔走 した結果, よ うや く救 出された」。 しか し、その後、原告Kは約 2年間病気を患い、病状が少し落ち着いた20歳ご ろKは結婚 したが、「身体が回復せず不正出血が続 く中で、妊娠 して出産 したが、子供は坐 後数 日で死亡」 した。Kは30代前半で生理がな くな り、子が生めな くな った。それ以降 も 様 々な婦人病、下腹部、腰、脚の痛み、頻繁な下痢、失禁、めまい、高血圧に苦 しんでいる。

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㊨ 1942年の暮れあるいは1943年の初めごろ、Lは中国農村の慣習にしたがい、生まれたば か りの長女 を連れて、河東村 の実家へ帰省 していた とき、 「Lの実家 に突然 日本兵が乱入 し、Lの父の腰、背中を銃の台尻で殴 り、母 を蹴 りつけて大怪我 をさせ、Lを別室 に連れ て行 き、その後、交替で強姦 した」。Lが、数え年25、 6歳の頃であった。 その後、Lは婚家のある西煙鏡へ戻 ったが、Lを強姦 した 2名の 日本兵が、その後 もし ば しば実家 を訪れて、Lの両親 に暴 力を振 るい、Lを婚家か ら連れて くるよ う強要 したO そのため、半年以上にわた って 「Lは,実家 に戻れば必ず 日本兵に強姦 され ると分か りな が らも、両親を 日本兵の暴力か ら守 るために戻 らざ るを得ず、実家 に戻 ると、決 まって同 じ二名の 日本兵 に強姦 された」。 Lは、上記被害について 「蓋恥心 を抱 き続け」、1998年の聞き取 り調査の際に、初めて、相 続人である原告 (Lの三女)に被害体験 を語 るまで、「50数年の長 きにわた って誰にもその 辛い思 いを吐露す ることができなか った」。 ㊨ 1942年の春ごろ、Mが夫 と離れて、南頭村 の実家に戻 っていた とき、河東村 に駐 屯して いた 旧 日本軍が作戦行動 を実施 し、下士官が、 5、 6名の 日本兵を連れて、M宅に押 し入 り、Mの母 を殴 る蹴 るして庭 に追 い出 し、下士官がその場でMを強姦 した。そ して 「Mを 羊馬 山の麓 にあ った警備隊 の砲台近 くの民家 に粒致 し、軟禁 した」

。M

はその後、数 ヶ月 間、 この民家や河東砲台で、同下士官に専属的に強姦 された。 両親が700銀元 を旧 日本軍 に提供 して も、Mは解放 されず、逃げよ うにも、纏足のために 走 ることができず連れ戻 された。Mは、 自己の意 に反 して同下士官の子 を身ごも り、男児 を出産 した。 Mについて、親戚 の一部が誤解 して 「対 日協 力者 として敵視」 し、「1942年 8月14日夜 半、数人でMの実家に乱入 し、 当時妊娠八か月であった母 と二 人の弟 とを連れ出 し殺害」 す るとい う惨事 まで発生 した。 粒致 された約1年半後、同下士官が異動 とな ったため、逃げようとしたが、後任の下士 官に捕 ま り、以降、 2、 3箇月間強姦 され続けた。 また、夜は、砲台へ連行 され、他の複 数の 日本兵か ら殴 る蹴 るの暴行 を受け、強姦 もされた。 Mは 自力で逃げたが、下士官が、Mを捜 して実家 に押 し入 り、弟に大怪我 を負わせた上、 実家 を焼 き払 うな ど し、旧 日本軍が河東村か ら去 って、よ うや く実家 に戻 ることができた。 また、Mは 日本兵 らに性的関係 を強要 され続けた ことを理 由として、被害者であるにも かかわ らず、 「抗 日戦争中の対 日協 力者 として裁かれ、二年間投獄 され」、文化大革命のと きには、Mは反革分子 とみな された。 そ して、Mと再婚 した夫は 「反革命の妻を持 った」 として糾弾 された。 Mは、 日本兵 らによる性的暴力のために、子宮 の痛みや不正出血等に悩 まされ、子供 の 生めな い身体 とな った。 「文化大革命 中の激 しい糾弾 と病苦 とに耐えかね た後、一九六七 年、首 を吊って 自殺す るに至 った」。 Mの名誉回復 のため,原告 とな ったのは、Mの夫か らMの被害の経緯 を詳 しく聞いた養 女である。 ⑪ 以上が、本件原告 らの受けた性暴力被害であるが、 旧 日本軍 による直接の加害行為か ら

-

4 2

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-免れた後 も、 「当時の家父長制の下で女性 の貞操 を強 いる中国農村 の根深 い社会通念の中 で、被害者であ りなが ら、社会か ら蔑 まれ、責め られなが らいきなければな ら」ず、肉体 的被害だけではな く、 「極めて苛烈」な精神的苦痛 を負 った と主張す る。そ して、 「被害 者 原告 らの受けた精神的苦痛は、- ・その後 も様 々な形で継続 して同原告 らを苦 しめ - ・ 本件被害後60年余 りの時間の経過 も、同原告 らの精神的苦痛 を緩和す るどころか、却 って、 その間に反復 し増幅 されて同原告 らを苦 しめ、同原告 らは、心的外傷後 ス トレス障害、 い わゆる 『

PTSD

』 に羅患 しなが ら放置 されてきた」 とも主張す る。 (b)原告側 の請求 ① 本件原告 らは、 旧 日本軍が中国大陸 に侵攻 した際に、 日本兵 らによる強姦等の被害 を受 けた と主張 し、④原告 らの受けた当該被害 自体 に対す る、国際法上の責任、⑤ 当時の中華 民国法上の責任、⑥ 日本国法上の責任 を追及 し, そ して④被告が 「当該被害 の救済 を怠 っ て いることに対す る責任」 に基づ く、損害賠償および、内閣総理大 臣による謝罪 を求めて いるC これ ら4つの争点のうち、特に④は、 日本兵らの原告 らに対する性的 自己決定権侵 害 (憲法13粂)に関連 した、立法不作為 の問題である。④ について以下に詳述する。 原告側は、立法不作為 に関す る最高裁判所昭和60年11月21日第一小法廷判決について、 国会議員の幅広 い立法裁量 に対す る、「消極的な判断の射程 は、本件加害行為 によ って被害 者原告 らが侵害 された性的 自己決定権 のよ うな根本的な人権 については、 しかも、戦時性 暴力をめぐる国際的問題意識が格段 に高 まった現在 においては、 これ を限定的 に理解すべ きものである」とし、本件原告 らの被害状況か らすれば、「人権侵害の重大性 とその救済の 高度の必要惟 とが認め られ、被害者原告 らに対 して金銭的賠償 を行 う憲法上の立法義務が 生 じ、そ して、平成5年 8月の河野洋平内閣官房長官談話によってわが国の国会が立法の 必要性 を充分に認識 し、かつ、立法が可能な状況 とな ったのに、それか ら 一定 の合理的期 間を経過 した1996年8月以降 もなおその立法的な救済 を放置 して いるのであるか ら、立法 府の不作為は、国家賠償法上の違法性 を有 し、被害者原告 らに対 し、損害賠償責任 を負 う べきものとな った」 と主張 した。 (参 また行政府 ついて も、「本件被害 の実態 を調査 し、その被害認定に必要な審査機関を設置 す るほか、謝罪 と賠償 とに向けた条件 を整備 して、必要な法案 を提 出し、住居、医療等の 物質的援助 を行 い、他方、加害者及び責任者 をできる限 り特定 して処罰 し、その重 い戦争 責任 を認識 して、真の平和 を築 いて いける国民を育てる正 しい歴 史教育 を行 うなど、行政 上の作為義務があるのに、 これ を怠 っているのであるか ら、 この点における行政府 の不作 為 も、国会賠償法上の違法性 を有 し、被害者原告 らに対 し、損害賠償責任 を負 うべ きもの である」 と主張 した。 (C)原告側 の請求に対す る裁判所の判断 ① 裁判所は、上述の被害原告 らの受けた性的暴力の事実 について、 「その概要においては、 これ を明 らかに認め得 るところであ って、以上の趣 旨による本件加害行為ないし本件被害 の認定 を覆す に足 る証拠はない」 として、認定 した。

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(診 次 に被害原告 らが受けた精神的被害 については、「日本兵による強姦等の所業は、それが 日中戦争 とい う戦時下 において行われた ものであ った として も,著 しく常軌 を逸 した卑劣 な蛮行 とい うほかはな く、被害者原告 らが被 った精神的被害が限 りな く甚大で、原告 ら主 張の とお り耐え難 いものであった と推認す るに疑 いな」い。そ して、被害のために、「いわ れのない侮蔑、差別などを受けた ことも、国籍 ・民族 の違 いを超 えて、- ・優 に認め得 る ことができ、その程度は ともか く、 これ までに心的外傷後 ス トレスないし精神的な苛酷状 態に陥 り、また、そのよ うな状態か らよ うとして脱 し得ないことも容易に推認 し得 る」 と して、精神的被害 について も、 これ を認めた。 ③ しか し、立法府の立法不作為 について裁判所は、原告側が挙げた最高裁判所昭和60年判 決を 「当該立法 を行わな いことが憲法の一義的な文言 に違反 しているにもかかわ らず、あ えてその立法 を怠 るなど、容易に想定 し難 い、例外的な場合でない限 り、国家賠償法 1粂 1項 の規定の適用上、違法の評価 を受けない」 と解釈 した。 その上で、原告 らの主張 について、「重大な人権侵害があって、その救済 に高度 の必要性 が認め られ るとして も、その救済 の程度 ・態様 については、国会 に広範な裁量が認め られ ることには変わ りない」として、本件 における立法不作為 について、違法 とは しなか った。 また原告側が、「憲法13条か ら導かれる性的 自己決定権及び人身の自由」を国会議員の立 法 を義務づ ける根拠 として主張す ることについて、 「憲法13条が規定す る個人の尊重 と生 命、自由及び幸福追求権は、それ らが国家による侵害か ら保護 され るべき法的利益であ り、 人身の 自由がその保障がなければ 自由権そのものが存立 し得ないといえるほどに重要な権 利であるとはいえ、 これ らの侵害行為によ り、 同条 を直接の根拠 として、その被害の救済 に係 る立法措置を講ず る義務が一義的に生 じるとは解 されな い」 と判断 して、本件におけ る立法義務 を否定 した。 そ して、行政府 の不作為については、立法府 の立法不作為について責任 を認めなか った ため,そ もそ も 「行政府 の不作為を問題 にす る前提 を欠 く」 として退けた。 ④ ただ、裁判所は最後 に付言 として、日本兵 らによる性的暴力等による被害が、「戦後50有 余年 を経た現在 も、 また、 これか らも、- ・原告 らの心 の奥深 くに消え去 ることのない痕 跡 としての こ りつづけることを思 うと、立法府 ・行政府 において、その被害の救済のため に、改めて立法的 ・行政的な措置 を講ず ることは十分 に可能であると思われ る」。「いわば 未来形の問題解決 として、関係 当事国及び関係機関 との折衝 を通 じ、本件訴訟を含め、 い わゆる戦後補償 問題が、 司法的な解決 とは別 に、被害者 らに直接、間接 に何 らかの慰謝 を もた らす方向で解決 され ることが望 まれ る」 と付け加 えた。 (d)東京 高等裁判所平成17年3月31日判決7 控訴審 において も、従軍慰安婦 とされた女性た ちに対す る戦後補償 についての立法不作為 が問題 とな ったが、裁判所は、原審の判断を踏襲 し、立法府 による立法不作為は違法ではな いとした。

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-44-3 判例の検討 一在沖米軍構成員による性的暴力にも目を向けて -(1)「狭義の強制」性 について 上に挙げた判例は、 日本兵 らが直接家屋 に押 し入 るな どして、暴力を振 るい、地域の女性 ・ 少女 を強制的に連行 して長期間監禁 し、従軍慰安婦 として継続的 に強姦 し続 けた場合の事例で あるo去紺 J所は、元従軍慰安婦 らの証言 を、時の経過等 を考慮 に入れつつ も、おおかた事実 と して認定 している0 本稿の目頭 に触れたよ うに、安倍前首相は慰安婦動員に際 して、「官憲が家 に押 し入 って人 さ らいのよ うに連れて行 く強制性」 (狭義の強制性) を否定 しよ うとした80 しか し狭義の強制性は、すでに 日本の司法 の場 において広 く認定 されている。従軍慰安婦問 題 における、 旧日本軍の責任 を明確 にせず、長 い間放置 し続 けた上、慰安婦動員 の際の 「狭義 の強制」 を否定す る発言は、高齢化が進み、肉体的 ・精神的苦痛の中で、必死 に訴えを提起す る元従軍慰安婦 らを踏みにじるものであ り、批判 されて しかるべきである。 (2)立法不作為について (a)本件 において特に注 目すべ きは、元従軍慰安婦た ちの受けた被害を 「性的 自己決定権 のよ うな根本的な人権」 (憲法13条) と位置づけたことである。そ してそれ に基づき、 「人権 の重 大性 と救済の高度 の必要性が認め られ」 るとして、元従軍慰安婦側は、 このよ うな場合には 立法府の広範な立法裁量が制限 され、本件における立法義務 の発生 と、国会が立法義務 を認 識 し立法が可能であるにもかかわ らず、一定期間経過後 も放置 し続け、被害 を拡大 させた立 法不作為の違法性 を主張 した。 このよ うな主張 に対 して、国会 の幅広 い立法裁量の範囲内であるとして、地裁、高裁 とも に、立法不作為の違法 を否定 した。 しか し裁判所は、憲法13条か ら導かれ る人権 を 「国家に よる侵害か ら保護 され るべ き法的利益」 とした。

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従軍慰安婦問題 に関す る立法府 の責任 について、立法不作為を違法 とした事例 もあるD 山 口地方裁判所下 関支部平成10年4月27日判決 9であるO この判決で裁判所は、立法裁量 について 「少な くとも憲法秩序の根幹的価値 に関わ る人権侵害が現 に個別の国民ない し個 人 に生 じている場合」には、国会 に広範な立法裁量が認め られ るとして も、「例外的」に憲法上 の立法義務が生 じるとし、 「人権侵害の重大性 とその救済 の高度 の必要性が認め られ る場合 であって、- ・国会が立法の必要性 を十分認識 し、立法可能であったにもかかわ らず、一定 の合理的期間を経過 して もなお これ を放置 したなどの状況的要件」 のある場合 には、立法不 作為による国家賠償 を認めることができ、「立法不作為 に関す る限 り、これが 日本国憲法秩序 の根幹的価値 にかかわ る基本的人権 の侵害 をもた らしている場合 にも、例外的に国家賠償法 上の違法をい うことができる」 と解釈 した。 そ して、元従軍慰安婦 に対す る人権侵害が、「帝国 日本の国家行為」であ り、現行憲法制定 前の人権侵害であるとして も、帝国 日本 と現在の 日本 とは、「同一性 のある国家」であ り、現 行憲法が第13条に示すように、 「個人の尊重、個 人の人格の尊厳 に根本的価値」 を置 くこと、 帝国 日本の軍国主義を反省す る憲法であることか ら、女性 ・少女た ちを 「性奴隷」 として、

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その 「人格の尊厳 を根底か ら侵す」 ものであるとした。そのよ うな従軍慰安婦制度 の下で負 わせた損害 に対す る回復措置 をとるべき義務は、現行憲法の制定後はよ り重 くな ったD また、1993年 8月のいわゆる河野談話 と 「いわゆる慰安婦問題 について」 とい う報告書の 発表 によって、従軍慰安婦制度 の下での被害 に対 し、「何 らかの損害回復措置」を構ずべ き作 為義務は、「損害 を回復す るための特別 の損害立法 をなすべき 日本国法上の義務 に転化 し、そ の旨明確 に国会 に対す る立法課題 を提起 した」。国会議員は、河野談話等か ら 「立法課題 を立 法義務 として認識す ることは容 易で あ った」 といえ るか ら、河野談話か ら3年 を経過 した 1996年 8月末には、 「合理的期間を経過」 し、元従軍慰安婦 らの損害 を回復す るための立演 をしなか った 「立法不作為が国家賠償法 上も違法」 とな った と判示 している。 山 口地裁判決 に基づ くな らば、従軍慰安婦制度下 において女性 ・少女に対 してな された性 的暴力は個 人の 「人格 の尊厳」 (憲法13条)を侵す ものである。 旧日本軍による性的暴力が、 「尊厳」 とい う非常 に根本的な人権 を侵害 した とい うことが、認識 されている。 このことか ら、現行憲法制定前の帝国 日本 の責任 の下 に行われた、個 人に対す る性的暴力について、そ れ を賠償 または補償すべ き義務が、 よ り重 くな った としているのである。 (C)ここで、沖縄 における在沖米軍 による性暴力に 目を移す。1945年 4月 1日の米軍の沖縄本 島上陸以降、沖縄 には米軍が大規模 に駐留 し続けている。そ して、1972年5月15日、沖縄の 日本本土復帰以降は、 日本国 とアメ リカ合衆国 との間の相互協 力及び安全保障条約 (‖栄安 保条約)第6条 1項1°に基づ いて、長期的に、そ して沖縄 に重点的に、米軍基地が配置 され ている。軍隊はその性質上、構造的暴力として、女性 ・少女 に対 して性的暴力を振 るいやす い組織で あるとされ る日。事実、米軍構成員 らは、沖縄本島に上陸 した直後か ら、沖縄 の女 性 ・少女 に性的暴 力を振 る って きた12。そ して、現在で も沖縄 の女性 ・少女は、常 に米軍基 地か ら吐き出され る危険 と隣 り合わせでの生活 を余儀な くされ、 いつのまにか危険に慣 らさ れて しまっている。 日本国は、1995年9月に発生した、 3名の米軍構成員による小学生の少女に対する少女暴 行事件によ って、米軍構成員 らによる性的暴力の明 らかな危険を知 りなが ら、放置 し続けて いるのであるO 沖縄 の本土復帰 によ って、沖縄住 民 に も 日本 国憲法 に基づ く人権保障が及ぶ よ うにな っ た。 日本国憲法 において、「個人の尊厳」は重視 され るべ き根本的価値である。先の山目地裁 判決 に基づ くな らば、 これ までの断続的な米軍構成 員 らによる性的暴力によって、沖縄の女 性 ・少女は個人の 「人格 の尊厳」 を侵害 されてきたのであ り、 これは、国が保護すべき人権 のはずである。上述 の東京地裁判決 も国による侵害か ら保護 され るべきもの としている。 そ もそ も 日本国憲法は、国家の安全保障について 「平和 を愛す る諸国民の公正 と信義に信 頼 して、われ らの安全 と生存 を保持 しよ うと決意 した」 (前文2段) と述べてお り、 「国際的 に中立の立場か らの平和外交、および国際連合 による安全保障」 を想定 し 「平和 を実現す る の戦力保持 を認めず、交戦権 を否認 した点 をあわせ考 えるな らば、 日本国憲法は、軍隊によ る自衛 を予定 した ものではないと思われ る。

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46-しか し、 このよ うな憲法 を誠実 に履行せず、 日米安保条約 の下、米軍基地 の駐留 を許 し、 さらに米軍再編が進む中、 日本は 日米間の軍事 同盟 を強化 しつつあるD 確かに、米軍構成員 らによる沖縄の女性 ・少女 に対す る性的暴力事件 において、直接 の加 害者は米兵個人である。 しか し、個人の犯罪であって も、その背後 には国家 の安全保障政策 として、他国の軍隊の長期駐留 を積極的に認め、かつ、特 に沖縄 に大規模な米軍基地 を配置 した、 日本 の責任があるO 日本が、その政策 として受け入れている組織は、女性 ・少女 に対 し性的暴力を振 るいやす いとされ る軍隊である。そ して、軍隊構成員 らによ って侵害 され る 人権 は、個 人の 「人格 の尊厳」 を侵す ものであ り、東京地裁平成15年4月24日判決 における 原告 の主張す るところによれば、 「性的 自己決定権」 (13条後段)の侵害である。 個人の 「人格 の尊厳」や 「性的 自己決定権」 を侵す犯罪 について、 これ らの個人の人権 を 保護すべき立場 にある国家が、その政策 によって、被害 を招 き続 けているこの現実 を放置 し てよいはずはない。 日本は、軍隊受け入れ国の責任 として、軍隊所在地域 における、性的暴 力による被害の発生を予防 し、すでに発生 した被害 について、積極的に救済すべ き立場 にあ るといえる0 4 おわ Uに 冒頭の安倍前首相 による、従軍慰安婦動員 の際の旧 日本軍 による 「狭義 の強制」 を否定す る発言 は、上記の裁判所が認定 した被害事実 に明 らかなよ うに、やは り認め られない。 日本兵 らが地域住 民の家屋 に押 し入 り、女性 ・少女 に暴力を振 うな どして強制的に連行 し、長期間監禁 して、強姦 し 続けた ことは、真実であろうと思 う。 この 「狭義 の強制」 による従軍慰安婦動員 について、否定的 ともとれ る発言 をした安倍前首相は、長 い間想像 を絶す る精神的 ・肉体的苦痛 と闘いなが ら、元従 軍慰安婦 らが生きてきた ことを思 うな ら、決 して許 され るものではない。 従軍慰安婦問題は、未だ解決 をみないかつての 日本 の軍隊 による女性 ・少女 に対す る、 凶悪な性 的暴力の事例であるO憲法施行前の被害であ り、 また時の経過 のために、一般的に司法はその被害 救済に消極的な傾向にあ り、 この被害が憲法の根本価値である 「人格 の尊厳」 を侵害す るもので、 損害回復 の重 い義務が あるとした山口地裁下関支部判決は、評価すべき事例である。 一方、従軍慰安婦制度 における、慰安婦動員 の際の強制性 について、「狭義 の強制」もあった とい うことは認め られているOそ して、上に挙げた東京地裁平成15年4月24日判決で裁判所は、 司法 に よる救済 には限界が あった としても、 「立法府 ・行政府 において、その被害 の救済 のために、改めて 立法的 ・行政的な措置 を講ず ることは十分 に可能であ」 り、 「被害者 らに直接、間接 に何 らかの慰謝 をもた らす方 向で解決 され ることが望 まれ る」 と、最後 に付け加 えた。 これは、従軍慰安婦 らが 旧 日本軍 の性的暴力によって受けた被害が、 どれほど重大であるのか、そ して立法や行政が回復措置 を講ず るべ きことを示唆す るものであ り、立法 ・行政 の誠実な対応が求め られている。 また、軍隊の女性 ・少女 に対す る性暴力が、紛争下 において非常 に凶悪であ った事実、その暴力 によって侵害 され る人権が、個人の 「人格 の尊厳」 を根底か ら侵す罪であることが、 山 口地裁下関 支部判決で示 された。そ して、元従軍慰安婦側か らは、 旧 日本軍 による性的暴力が 「性的 自己決定 権」 の侵害であると主張 された。憲法13条 に基づ き、損害の回復 を図るべきことについて、裁判所 はおおかた消極的であ ったが、 このよ うな憲法 の根本的価値 に関す る侵害 については、立法権 の有

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す る広範な立法裁量 も制限 され る可能性 のあることが示 された といえる。 従軍慰安婦 に関す る判例は、暖味に され よ うとしている旧 日本軍の女性 ・少女に対す る性的暴力 の歴史的事実 を、明確 に確認す るものである。そ して、女性 ・少女の受けた被害 に対 して、現憲法 下 において 日本が、法的 ・政治的責任 をと り、高齢化が進む被害者 らに対 して、適格な被害回復手 段 をとるべきことを、再確認す るものであ った。 そ して沖縄 の女性 ・少女 について、軍隊組織 と密接な環境の中での生活 によ って、常に危険に晒 され侵害 されてきた人権 が、個 人の 「人格の尊厳」 とい う非常に根本的な価値であ り、性的暴力が 女性 ・少女 の 「性的 自己決定権」 とい う自己決定権 の一種 としての人権 に対す る侵害である可能性 が、従軍慰安婦 に関す る判例か ら導かれた といえる。 この ことは、 日本国に対 し、個人の人格 の尊 厳、性的 自己決定権侵害の予防 ・救済等の適切な対応 を求めるについて、大きな意味を持 つ。 このよ うに考 えるとき、過去 の旧 日本軍 による女性 ・少女 に対す る卑妨 きわま りない性的暴力に ついて、 日本が加害責任 について適切な対応 をす ることは、現在、沖縄で起 こり続けている米軍構 成員 らによる女性 ・少女 に対す る性的暴力について も、その侵害 され る人権 の重大性 に目を向け、 予防措置等 の対策 をとるための、道 を切 り開 くことに繋が ると考 える0 1 沖縄 タイムス2007年3月4日朝刊

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外務省

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3 沖縄 タイムス2007年3月5日朝刊 4 沖縄 タイムス2007年3月6日朝刊 5 沖縄 タイムス2007年3月8日朝刊 6 判例時報1823号61頁 7 事件番号平成15年 (ネ)第2878号 8 沖縄 タイムス2007年3月6日朝刊 9 判例時報1642号24頁 10 「日本国の安全 に寄与 し、並び に極東における国際の平和及び安全の維持 に寄与す るため、アメ リカ合衆国は、その陸軍、空軍及び海軍が 日本国において施設及び 区域 を使用す ることを許 さ れ る」 (日米安保条約第6粂 1項) 11 軍隊における教育では、「目標 に対す る攻撃性 を最大限に発揮 し、危険を前にして も恐怖感 を抑 えて、よ り暴力的に立 ち向か う 『雄 々しさ』を兵士 に徹底的に身につけ させ」るため、「男性的 価値 を徹底的に強調す ると同時 に 『女性的』 とされ る特性 への嫌悪 と排除が行われ る」 るとい う (竹下小夜子 「女た ちの怒 り」ゆいま- るセ ミナ一編 『オキナ ワ 女たちは今』 (ドメス出版 1997年 1月)77・78頁) 12 基地 ・軍隊 を許 さない行動す る女た ちの会 『沖縄 ・米兵 による女性への性犯罪 (1945年∼2004 年8月)第7版』 (基地 ・軍隊 を許 さない行動す る女たちの会2004年12月)1頁以降 13 芦辺信書著 高橋和之補訂 『憲法 第四版』 (岩波書店 2007年3月)56頁 -

参照

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