大谷大学図書館の書庫の中で、雑然と山積みされたまま長い 間放置されていたチベット文献が、この度ようやく調査整理さ れ、その目録が、大谷大学図書館から﹁西蔵文献目録﹂として 出版された。本目録によって、文献の分量は約四千百本余︵zo. ]8日l匡]E︶にも及び、量的には、世界に誇り得るものであ ることが判明した。しかも内容的には、所謂、蔵外文献︵チ↑、ヘ ット大蔵経に所収されないチゞヘヅト撰述の文献︶といわれるも のがその殆んどで、すでに周知されている北京版とナルタン版 との二大チベット大蔵経を所蔵する大谷大学にあって、さらに 新らたにチ署ヘット文献の一大コレクションの存在が公表された ことになる。ここに大谷大学が、チベット文献研究にとって、 世界的に貴重な資料を保有する佛教文献研究センターであるこ との存在意義がいよいよ大きくなったといえよう。 さて、本目録の具体的な内容についてであるが、その概略は、 すでに、本学の稲葉正就教授によって﹁大谷大学図書館所蔵の 蔵外チベット文献について﹂︵﹁大谷学報﹂、第四八巻第三号︶ として、また本学の片野道雄氏によって﹁大谷大学所蔵の蔵外 大谷大学図書館所蔵
﹁西蔵文献目録﹂
︵○画画き唱昂a弓号①国口三ご○尉穴の︸冷巨 旨○国日ご口弓①﹃望耳巨一員閏ご︶ 小 川 一 乗 文献﹂︵﹁日本西蔵学会食報﹂、第一七号︶として、それぞれ紹 介されている。従ってここでは、本目録の完成によって明確に なった内容の数量的な面を簡単に紹介するのみにとどめたい。 そして蛇足ながら、本目録の編纂事業が完成したことをよろこ ぶ協力者の一員として、私的な経過報告を付記しておくことに する。 本目録の内容は四部から成っていつg第一部﹁チ、ヘヅトにお ける刊行物﹂︵目号の菌己も匡昌o凹武○口﹄z○.己g子く巨認eと、 第二部﹁中国における刊行物﹂︵。︺旨の印の甸口目3茸g]︾zo. ご認]1山隠忠︶とのチベット撰述のものに間する二部と、第三 部﹁インド撰述の経論﹂︵シ9房目○口具、目国の営︵尿留首︲儲、 Z。.届患?L閨司︶と、それに第四部﹁ウメ体のもの﹂︵シQ︶﹄︲ 旨oは○邑旦冨閉.旨ロウロョ呂陣国冒︾z○.扇弓?く匡]E︶で ある。 第一部の﹁チベヅトにおける刊行物﹂は、全書物︵9日三目の 零○房”︶と単行物︵め①冒﹃貝①言○富︶とに二分されている。そ の中、全書物は二四種一四二一本に及び、その内容は次の如く である。 1野目算函ロ犯唱ョ弓︵Z。.gg]lSgg 、 2目め○口]応茸騨も四︵zo.﹄つつつつ74胃S餌︶ 3口目目騨叶目の声①口︵zp﹄臼監Iぢぢ望 診 4三匡扇初輌。号ユ、①ざぬい︵与己ざ闘騨コョ○︵罰。.ご函。↑l ﹄C画②函︶ 875口己皀盲目昏胃へzC.g患いjくち胃e / 、 6ご昌昌岸自国目へZ。.Sい﹃司りIぢい﹃酸 〆 、 7ロ巴巴医目いぐ員へzo.S﹄ごりくご鵠e 〆 8屯四国○宮③旨旨目pHへz○.己閉デムsご︶ 〆 9弓四口.巳扇口匿昌四員︵z○.呂圏つりくぢ認S m弓騨国○屋①ロ盲目騨胃員︵z○.己闇宇iご舌e 、局四国昌届昌冨目四月ぐ︵zC.]呂臼リム呂麗︶ 哩恒窟冒Qご琶息の?]]邑己陰宮aC型①閂︵zC,己麗苧t ﹄C、④○︶ 喝唇]騨旨Qごく息が言胃己ご窪言巳C儲意国富C↑S匿宇く hqd 4Jooユノ 岸こ民心ト﹄ 似望①旨画弓豐騨旦己沙巨凰○昼①︵z○.旨忠やt巨白撃 卜。 、 巧5,秒回の丙園四門巳もP官己○且①︵z○.巨臼やく己9s 塒尻5口凰巳匡伊目色己品旦ぴ騨口匡○胃騨回︵z○.巨畠?t 旨]C吟心︶ 〃ロヮ閨四儲の筐︺二m島ご陰巨巨C唱○“︵z○.旨置?t巨急巴 鵡曽冒﹄ごPE匡匡匡宅C︶gきび二℃昌唇ご琶CH.︵zC,旨S?l 胃﹄胃嵩切一 , 四c5m屏嵩侭罵二七C三C冒騨一●]宮賃自賃匿旨周嘩﹃畠E履冒E Qも臣ずい四目宅C︵zo.﹄巨屋1く巨屋巴 釦駒5ケ国四コ︺の瀞め房曾昌尼騨﹃沙ず侭閨四mQも己岸︶詞騨コも○ ︵zo.﹄巨置l巨麗臼 、 虹戸g菌]︺侭鷺↑冠⑦跨唖巨○冒員︺言冨]︺鷺一宮自侭C二頁︶ ︵zC,巨鵠?く]届認︶ 躯ござ嶌呂砂RE唱戸号胃一宮己○二①︵z○.巨函馨jI匡麗空 、 器禺○骨砥品罵一﹄冒嚴冒旨︵zC.、巨麗やj4巨きと 、 型の⑦品蕨冒照派︵zo息ESI匡烏ら 単行物は、佛教関係のもの三四四本︵zo岸匡隠l巨夢eと、 佛教関係以外のもの︵伝記、歴史、文法、その他︶二五本 ︵嵐○虐弓31旨麓eである。 第二部の﹁中国における刊行物﹂も、第一部と同様に大別さ れ、その中、全書物は九種三四九本であり、その内容は次の如 くである。 1陣○コ買い皆︺⑩鴫昌︶も○︵zo・旨認巳 、 2吋Ppopの巨医冒浄目へz○.巨聡や.kご$巴 / 、 3門c四回の屍︺国旨︵zo.]岳CCjL己詞︶ 、 4伊○”国牒望湧目一己国営且○ご①︵溺○・冒弓巳 5国]OgPp冨冨匡宅四宮境四吋己国民豐四ロロも巴ず間四.宅○︵Z︵︶. ﹄﹄④﹁﹃74]﹄・﹄胃︶ 6団旨ず圃段。庁巴冒昌戸琶凰日の︵z○.届臼やL曽望︶ 7圃冒ご肘昏口﹄︶巨胃冒匡び︵zC.届︺﹃、りく]唾いつ聖、 8碗炭旦︶一碩冨一再壱一C門盾昌EC境炭C唇巳E二C︵zCゞ雇いC嘩 it胃障画い、︶ 9口mop旨口目置屋昌毛Cず烏巳ご凶旦︺昼粋。ご酔己︵z○.届隠巴 単行物は、佛教関係のもの一九三本︵zc届鴎?と腱隠︶と、 佛教関係以外のもの︵伝記、歴史、文法、その他︶四○本︵Z︵︶ 届怠甲L陰馬︶である。 以上の二部︵チ、ヘット撰述に関するもの︶については、既刊 88
本目録の綿纂事業が本格的に開始される数年前に、稲葉教授 の要請を受けて、私と当時大学院生であった杣川隆道氏とが協 力者となり、これらチベット文献の調査整理に着手することに なった。われわれが当初に眼にしたチ尋ヘット文献は、その殆ん どが古新聞によって一束ごとに束ねられて、書庫の一角に山積 されてあった。一瞥したときは、それほどの分量とも思えず、 大して困難な仕事ではないとの印象を持った。しかし、いざ仕 事に着手して、古新聞の束を幾つか棚いて見たとき、その印象 は吹き消されてしまっていた。というのは、それらの一束一束 が必ずしも一つの整然とした所謂一函でなく、諸本を寄せ集め て一束にしてあるものであったり、バラバラな諸本が混然と束 ねられているものであったり、それに加えて、判読困難なウメ バーが註記されているし 呉局旨①雷邑乏C烏切g︺皆碆c与剰︶とも参照され、それらのナン 蔵チベット文献目録﹂、、鼻己c唱①9月○百国E烏C9号R旨] の諸目録︵﹁西蔵撰述佛典目録・蔵外東北目録﹂、﹁東京大学所 第三部の﹁インド撰述のもの﹂は、チベットにおける刊行物 三八八本︵zcL醒露l届謡eと、中国における刊行物三二五本 ︵zC、]膀留I屋弓巴である。既刊のチベット大蔵経目録︵﹁西 蔵大蔵経総目録・デルゲ版東北目録﹂、﹁西蔵大蔵経総目録・北 京版大谷目録﹂等︶のナンバー、及び漢訳︵﹁大正新修大蔵経﹂︶ のナンバーも、可能な限り註記されている。 第四部の﹁ウメ体のもの﹂は九二九本である。 体︵草書︶のもの、印刷の不鮮明なもの、表題の部分が欠けて いるもの、等賓が多くある、といった具合で、実のところ暗然 とした気持にならざるを得なかった。ともあれ、可能な限り整 理するということで仕事が始められた。 私は、ワ肖旨凹昌︺・胃冒の宝性論釈︵本目録z○.邑匡巴 や、爵呂匡畠冒の入中論釈︵本目録zc.ご巨己を重要な 参考書としている自分自身の研究の上から、特に宝性論釈の方 は東洋文庫所蔵のものを書写したという苦労の思い出や、入中 論釈の方は校正に充分な信頼のおけない北京版しか見ていない スAプン という事情も絡んで、自然と全書物の方に注意が向けられた。 全書物は各束がきちんとした一伽になっている場合が殆んどで あるので、古新聞の一端を破って中を覗いてみては、全書物と 推量される束ばかりを取り出して逐次調査整理をするといった 身勝手な結果になってしまった。自分の研究に関係のある一函 を手中にしたときは、何とも形容しがたい感慨を持ったのを憶 えている。 調査整理がすすみ、一応の終りが近づいた段階で、これらの チベット文献の目録作成ということが、図書館の事業として具 体化した。そこで、この目録編纂事業のために、それに専門的 に従事する図書館嘱託として片野道雄氏が迎えられ、事業が強 力に遂行されることになった。これ以後、実務的な仕事は片野 氏を中心に押し進められ、ここに本目録の完成を見るに至った のである。その間の片野氏の苦労は、協力者の一人として時に は相談を受けた私の知るところであるが、それとて同氏の苦労 89
の一端にしかすぎないのであろう。例えば、ウメ体︵草書︶の ものや不鮮な印刷で判読の困難なもの、また表題の部分の欠如 しているもの等煮の調査整理に思いあまって、そのために、東 洋文庫に依頼してチベット人研究員国鮠且邑僅日めい四四目筋目︶ 冒昏騨印耳曽ロ胃四国胃﹄弓冒ヴ冨菌ロ園冨褐晶mの諸師の協力 を得たときのことなどが思い出される。 現在、大谷大学図書館の書庫に入ると、かっては雑然と山積 みされ侯にまみれていたチ、、ヘット文献が、整然と配置され、真 新しい箱の中に納められている。感無量というほかはない。願 わくは、これらの文献が、このまま書庫の中で惰眠をむさぼる ことなく、存分に活用され研究されることこそ、本目録の真の 完成という。へきであろう。これらの文献の研究者の続出せんこ とを願うのみである。 終りに、本目録は、諸本の内容がす尋へて明確にされた上での 目録ではなく、あくまでも一応の目録であって幾多の難点を残 したままである。例えば、ウメ体︵草書︶の文献を、第四部と して一括してしまい、内容について何らの分類をしていない点 などがその一例といえよう。また中には、表題が解読されてい ないものも残存しているし、本目録にはどうしても掲示するに 至らなかった幾つかの端本も少しく残ったままである。従って、 本目録には多分に表題の誤写︵あくまでも原本に忠実にと心掛 けたのであるが︶、整理上の不備等が残存していることであろ うが、それらは、いずれ作成されなければならない表題名や作 者名等の索引の完成をまって改正されていくことであろう。ち なみにⅡ下、稲莱教授によって、表腿の和訳が遂行整理されて いるが、それによっても、木目録の不備や誤謬が補填されるで あろうことが待たれる。 ︵昭和四十八年三月、大谷大学図書館刊、B五版、非売品︶ 90