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重度・重複障害児との教育的係わり合いに関する一考察
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―子どものイニシアチブを大切にしながら―
鶴田 奈美
*・岡澤 慎一
**栃木県立那須特別支援学校
*宇都宮大学教育学部
**Nami TSURUDA*, Shin-ichi OKAZAWA** : Educational interaction with a lady with profound and multiple disabilities: A case study on child-initiative approach.
* N a s u s p e c i a l s c h o o l f o r c h i l d r e n w i t h intellectual disabilities
** Faculty of education, Utsunomiya university (連絡先:[email protected]) 概要 本研究では、重度・重複障害児との教育的係わり合いにおいて、子どものイニシアチブを大切にする ことでやりとりが展開したり、子どもの表出が明瞭になっていったりするなどの変化の過程に関する検討を 行なった。また、子どもとの教育的係わり合いについて検討する際、係わり手の在り方を問うことなしに係 わり合いについて検討することはできないとの考えから、子どもの変化と係わり手の在り方との関係性につ いて、双方向的に検討することとした。以上から、重度・重複障害児とのやりとりが展開する条件および「共 有する」ということについて検討を加えた。 キーワード:重度・重複障害、やりとり、コミュニケーション、子どものイニシアチブ Ⅰ.はじめに 第一筆者は、特別支援学校の教員である。現在ま で研修や文献などから、特別支援教育における様々 な方法や理論について学ぶ機会を得てきたが、教育 現場においてお子さんとの係わり合いを重ねるなか で、実際にお子さんとの係わりにおいて必要なこと は、また別のところにあるのではないかと考えるよ うになった。お子さんとの係わりにおいて大切なこ とは何なのか学びたかった。お子さんとのかかわり の中で迷ったり悩んだりした時に、心の拠り所とな るような考え方に出会いたかった。 こうしたなか、宇都宮大学に内地留学を希望した。 そして、内地留学を行なうにあたり、実践研究を志望 した。実際にお子さんとの係わり合いを重ねながら、 お子さんとの係わり合いにおいて大切なことを学びた かったからである。内地留学の1年間、教育相談や特 別支援学校への訪問、病院等へ同行させていただく などし、たくさんのお子さんと係わりをもたせていた だくことができた。ここでは、そのなかから、実際に 係わりをもたせていただいた重度・重複障害のあるH さんとの、彼女のイニシアチブを大切にした、約10 ヵ 月間の教育的係わり合いの実際について報告する。 Ⅱ.方法 1.事例紹介 現在(2015年3月)、19歳1 ヵ月の女性(以下、H と略記する)で、2014年3月に特別支援学校の訪問 教育学級を卒業した。卒業後は、重症心身障害児(者) 通園施設のデイサービスや訪問リハビリなどを利用 しながら自宅で生活している。医学的所見は脳性ま ひである。低緊張で、四肢の随意運動は見出し難い。 気管切開をしており、就寝時には人工呼吸器を使用 している。経管栄養(胃ろう)や痰の吸引など継続 的で濃厚な医療的ケアを必要とする。視力は、医学 的所見によれば「ほぼなさそう」とのことであった。 聴力は良好とみられる。 母親や聞き慣れた人の声が分かり、まばたきや表 情で応えるように見えることがある。問いかけに対 し、まばたきで応答していたり、周囲の会話を聞い て盛んにまばたきをして楽しんでいたりするように 見えることがある。また、表情で嬉しさや怒りを表 現しているように見えることがある(以上は、学校 の元担任の所見による)。 2.係わり合いの方針 Hと係わらせていただくにあたり、Hの表出の意 宇都宮大学教育学部教育実践紀要 第1号 2015年8月1日
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味を共有したいと考えた。Hの表出の意味を共有す るためには、まずはHが表出したいと思えるような 係わり手であるということが大切であると考えた。 そして、表出したいと思える係わり手になるために は、Hが表出したことを係わり手が受け取ってくれ たとか、読み取ってくれたとHが実感できることが 大切であると考えた。土谷(2004)は、「子どもと 係わり手がいっしょになって、活動(遊びや学習) に取り組み、その活動が喜びにあふれている『joyful shared event』のなかでこそ、子どもは活動を共有 する係わり手に対して、その思いを活発に表すよ うになる」と述べている。筆者らは「joyful shared event」において、Hの表出が明瞭になるような係 わり合いを目指し、Hの表出や行動すべてを意味の ある表出、行動であると捉えるように心掛けた。そ して、Hの表出や行動を見逃さないようにし、係わ り手がHの表出を受け取ったことを伝えるように し、Hが自分の表出を受け止められたと実感できる ような係わり合いを目指した。こうしたの係わり合 いを重ね、振り返り、問い直していくことで、Hの 表出や行動の意味を共有したり、理解したりするこ とができるのではないかと考えた。岡澤(2012)は「子 どもからの自発的な表出、あるいはかかわり手から の『提案』に対するイニシアチブをもった諾否から、 相互性のあるやりとりが展開し、そのなかで子ども の行動の意味はかかわり手による省察の蓄積の結果 として把握されていくのである」と述べている。筆 者らはHの表出や行動の意味を教育的な係わり合い のなかから見出していきたいと考えた。 係わり合いについては、基本的には第一筆者(以 下、A1と略記する)がHの自宅へ訪問して行なった。 月に1 ∼ 3回程度、1回に1時間から2時間程度の係わり 合いを行なった。2014年5月から2015年3月までに20回、 セッション(以下、S1 ∼ S20と略記する)を行うこと ができた。そのうち、第二筆者(以下、A2と略記する) は、A1と共に7回訪問した。また、Hの元担任であっ た特別支援学校教員も3回同行した。Hの母親も毎回 係わり合いの場に立ち会い、我々の係わり合いを支え て下さった。係わり合いの場面は、全てビデオカメラ で撮影した映像記録と記述記録が残っている。 係わり合いでは、様々な活動を行なった。楽器演 奏では、係わり手の腕の上にHの腕を重ね、キーボー ドや鉄琴などの楽器を一緒に弾く共同的活動を行 なった。この活動は、係わり手の手の上から楽器を 演奏するという擬似的状況を作り出す「ハンドアン ダーハンドの関係」(土谷,2006)と言える。また、 Voice Output Communication Aid( 以 下、VOCA と略記する)やジェリービーンズスイッチ(エーブ ルネット社製、以下、スイッチと略記する)を使っ た活動を行なったり、Hの好きな演歌をCDプレイ ヤーやタブレットで視聴したり、絵本の読み聞かせ をしたり、雑談などを行なったりした。これらの活 動を係わり手が共に行なうなかで、Hの表出が明瞭 になったり、Hの表出の意味を係わり手と共有した り、係わり手が理解したりできることを目指した。 Ⅲ.係わり合いの経過と考察 1.第1期:働きかけに対しHがまばたきで応えて くれていると感じることが増えてきた時期 第1期は、筆者らがHの表出について全く分から ない状態から、係わり合いを重ねていくうちに、徐々 にではあるがHのまばたきでの表出について、仮の 解釈ができるようになっていく時期であった。 S5では、「かえるの合唱」を鉄琴で演奏すること をHに提案した。Hは大きくまばたきをしていたの で、「やってみます」とHが表出したと一旦受け止め、 解釈することにした。A1が「さあ、じゃあやって みますよ。さん、はいって言いますからね。」と言 うとHは小さなまばたきを2回した。演奏が終わり、 A1が「上手にできましたね」と伝えると、Hは2回はっ きりとまばたきをしていた。Hが筆者らに視線を向 けて集中して話を聞いてくれているような様子が見 られたのもS5が初めてだった。Hは医者から「視力 はほぼなさそうだ」と告げられていた。Hが見えて いるのは、どの程度なのか定かではないが、Hが筆 者らを見ようとしてくれていることに驚いたと同時 にとても嬉しく思った。 第1期の前半では、Hのまばたきが生理的な動き によるものなのか、意思表示によるものなのか、分 からないことがあったが、徐々にまばたきで応え てくれていると感じられることが増えていった。そ して身体の緊張についても同様で、身体の緊張は生 理的なものなのではないかというように考えていた が、映像記録を見返していくと、それだけではない ように見える場面があった。 2.第2期:Hが全身で表出していると思うように なった時期 この時期は、Hがまばたきだけではなく、全身で− 215 −
表出しているのではないかと思うようになった時期 である。第1期において、A1はHのまばたきの動き にだけ注意を払っていたように思う。もちろん、H にとって、まばたきは気持ちや感情を表していると 思うが、Hとの係わり合いを重ねていくと、まばた きだけではなく全身を使って、表出しているのでは ないかと思うようになった。集中して活動に取り組 んだあとで、身体に強い緊張が入り、大きく長い息 を吐いたり顔や頬がピクッと動いたりすることに気 付いたのもこの時期であった。活動に集中して取り 組み、一息ついたというような様子なのではないか と思われるが、そこにもやりとりが存在していると いうことをHから教えてもらったように思う。Hに とって身体の緊張は、体調不良を意味することもあ る。しかし、Hにとって身体の緊張が意味するもの は、体調不良だけではないということに気付くこと ができた。Hの表出全てを意味のある表出であると 受け止め、検討を重ね、不随意運動と呼ばれる動き についても意味のある表出であると受け止めたこ とで、Hの身体の緊張の意味を理解することにつな がった。また、係わり手からの休憩や終了の提案の 意味をHが理解しているのではないかと思えるよう なやりとりが展開できたように思えた時期であり、 同様のことが何度か見られ、係わり合いを検討して いく上で重要な手掛かりとなった。 3.第3期:Hとのやりとりが展開することが増え たように思えた時期 第2期の後半頃から、Hとやりとりが展開できた という感覚を味わうことができることもあったが、 Hの表出の意味が分からないことも多く、振り返り、 検討を重ねることでHの表出の意味を考えた。 S14では、Hに活動の順番を決めてもらうことに した。まずは、絵本とデスクベルのうちどちらの活 動を行ないたいか尋ねてみた。活動の提案をしなが ら絵本数冊をHの眼前に見せるとHは2秒ほど間が 空いてからまばたきを2,3回していた。「デスクベ ルやってみますか?」と尋ねるとHは目を大きくし たままでいて、5秒程度まばたきをしなかった。こ のときのHはまばたきをせず、「NO」という意思表 示をしているのではないかと考えた。そしてA1が 「じゃあ、絵本にしようかな∼」と言って絵本を眼 前で見せて「Hさん、絵本にしますか?」と尋ねる とHは目を大きく開けて約1秒間隔で5回まばたきを した。デスクベルを提案したときの表出とはあきら かに異なり、Hが「絵本がいいです」と言ってくれ ているのだと解釈した。 S15ではHは体調不良で身体の緊張が強かった。H とA1は、見てみたい動画を選んだり、雑談をした りしながら係わり合いを続けた。Hは時々視線を動 かずに集中して動画を見たり、母親やA1と雑談を したりするうちに身体の緊張が抜けていったようで あった。ここでは、Hのやってみたいということに 十分に寄り添い、臨機応変に活動を展開することで、 やりとりがスムーズに展開できたような感覚を味わ うことができた。Hの本当の気持ちは分からないが、 険しかった表情が柔らかくなったことや身体の緊張 が抜けたことは、係わり合いを経てHの気持ちが動 き、身体面にも影響したということなのではないか と思った。Hの身体の緊張が非常に強く、Hも周囲 の係わり手もどうすることもできないということは ある。しかし、S15でHが見せてくれた様子は、A1 にとって係わり手の在り方を問い直すきっかけと なった。係わり手としてできることは何なのか自分 に問い、Hの気持ちに寄り添うことで身体の緊張が 少しずつ和らいでいった様子を見せていただいた。 岡澤・川住(2006)が「対象児の状態変化に応じた、 臨機応変な『やりとり』」の重要性について述べて いるように、体調が良いときも悪いときも係わり手 がお子さんに寄り添い、お子さんの状態に応じた係 わり合いをすることが教育的に大きな意味をもつの ではないかと思う。 第3期は、Hとのやりとりが展開することが増え たように思えた時期であった。第1期ではよく分か らなかったHの表出が第3期にはまばたきや表情、 身体の動きなどにHの意思が込められていると思え るようになった。Hの興味関心や状態変化に寄り添 い、共に活動を楽しむなかで、Hのまばたきや表情、 身体の動きがHの気持ちのこもったはっきりしたも のになったのではないかと思われた。 Ⅳ.まとめ Hと係わり合いのなかで、筆者が学んだことを以 下のようにまとめた。 1.やりとりが展開する条件 Hとの係わり合いを通して、やりとりが展開でき るようになるためには、いくつかの条件があるので はないかと考えた。 (1)子どもの表出や行動すべてを意味のある行動と受け− 216 −
止め、その表出や行動の意味について検討を重ねること 係わり手がお子さんの行動をどのように捉えるか によって、お子さんの見え方が大きく異なってくる ことを実践を通して学ぶことができた。そして、お 子さんの表出や行動から見えたことについては検討 を重ね、解釈を行ない、自らを振り返り、問い直し ながら係わり合いを続けていくことが大切である。 そうすることで、係わり手はお子さんの表出を少し ずつ理解できるのだと思われる。 (2)子どもの興味関心や状態変化に応じた臨機応 変で丁寧な係わり合いを行なうこと 目の前のお子さんの興味や関心、体調や状態に応 じた係わり合いを係わり手はその都度考えていかな ければならないのだと思う。係わり手は目の前のお 子さんと真伨に向き合い、お子さんの興味関心、状 態に寄り添いながら係わることで、お子さんが一緒 に活動したいとか、発信したいと思えるような係わ り手になるのではないかと考える。 (3)子どもの主体性や自主性を重んじ、子どもか らの発信やイニシアチブを大切にする お子さんが自分の発信が受け止められたと実感す ることが大切であるということをHから学んだ。お 子さんは自分の発信が受け止められたと体験するこ とで、再び一層明瞭に発信するようになると考える。 2.「共有する」ということ Hとの係わり合いを重ねていくことは様々なことを 「共有する」ということなのではないかと考える。土 谷(2009)は、「相互の発信―受信によって成立する 活動を二者が受容しあう場合には、その場には共有さ れた活動(共同活動)が成立していると捉えることが できる。そこには、『注意の共有』『イメージの共有』、 『意、 味の共有』という様相が認められる。また、共同性が 深まるなかで、『情動の共有』を生じさせることもある」 と述べている。筆者はHと「共有する」ことを目指し てかかわっていたのだと気づくことができた。 (1)子どもからの表出を「共有する」ということ 係わり合いを重ねていくということはお子さんの 表出を「共有する」ことなのだと思った。特に重度・ 重複障害児との係わり合いにおいては、身体面の制 約が多いことから発信することへの困難さを伴うこ とが少なくないが、お子さんの表出を「共有する」 ということ自体が教育的な係わり合いなのだと思う。 (2)係わり手からの働きかけを「共有する」こと 活動を共有していく際に、活動への提案から始ま り、お子さんと係わり手はやりとりを通して係わり 手からの働きかけを「共有する」ことになる。お子 さんが、係わり手からの働きかけを「共有したい」 と思えるためには、まずお子さんのやってみたいこ とに寄り添い、思いを重ねることができる係わり手 となることが求められるのだと考える。 (3)活動を「共有する」ということ お子さんと活動を共有するためには、活動の提案 やその提案に対しての諾否などの手続きが必要にな る。活動を「共有する」ことができるまでには、お 子さんと係わり手の間に様々なやりとりを挟むこと になる。そして、活動が充実したものになるかどう かは、お子さんと係わり手によるのだと思われる。 (4)情動を「共有する」ということ お子さんと係わり手が活動を「共有する」ことが でき、そこからお子さんと係わり手が情動を「共有 する」ことを目指して、筆者らはHと係わり合いを 重ねてきたように思う。情動を「共有する」ことで お子さんの表出が明瞭になったり、より深くお子さ んを理解するきっかけになったりするのではないか と思う。Hと係わり合いを重ねるなかで数々の楽し いエピソードがあるが、筆者らも共に情動を「共有 する」ことができた。 以上のように、「重度・重複障害児とのやりとり が展開する条件」を満たすことと「共有する」こと を目指して、Hと係わりをもたせていただき、表出 の意味を少しずつ理解できるようになっていった。 文献 岡澤慎一(2012)超重症児への教育的対応に関する 研究動向.特殊教育学研究,50(2),205-214. 岡澤慎一・川住隆一(2006)超重症児に見出され た身体の動きに関する発現条件の検討.東北 大 学 大 学 院 教 育 学 研 究 科 研 究 年 報,55(1), 283-294.土谷良巳(2004)JOYFUL SHARED EVENT.川 崎市立大戸小学校研究紀要,7. 土谷良巳(2006)重複心身障害児・者とのコミュニ ケーション.発達障害研究,28(4),238-247. 土谷良巳(2009)先天性盲ろうの子どものコミュニ ケーションにおける係わり手との関係性―接 近・回避の文脈に視点をおいた弱視難聴二事例 による考察―.上越教育大学特別支援教育実践 研究センター紀要,15,15-21. (2015年 3月31日 受理)