1.は じ め に
社会が高度に情報化し,家電はもちろん,ロボットや エージェントをはじめとするさまざまな人工物が日常生 活に浸透しつつある.このような時代に,これら人工物 が人とどのように関わり,いかにして自然に人の活動を 支援するかを実装レベルで明らかにすることが,学術的 にも社会的にも重要な課題となっている.このような要 請に対して,ノーマンに代表される認知工学(cognitive engineering)[Norman 88],ユーザの生体信号を計測し, そのパターンとユーザのインタラクション状態および 感情の対応について研究を行った Affective Computing [Picard 97],人を説得できる人工物やコンピュータに関 する研究である Persuasive Technology [Fogg 02] などのさまざまな試みがなされてきたが,いずれも,人と自然 にかつ持続的にインタラクション可能な人工物の実現に は至っていない.その一方で,多くの場合,人は他者と 自然にかつ持続的にインタラクションを行っている.そ れを解く鍵は,「他者モデルに基づく意図推定」[Baron-Cohen 95]だと著者らは考えている. 相手が人であれ動物であれ,人は相手の心的状況(意 図など)を読み取り,それに適応した行動を取ることを 繰り返すことで,円滑にコミュニケーションを行って いると考えられる.このような相手の心的状態の推定と いう行為は,人同士のコミュニケーションに限られるも のではなく,霊長類や一部の鳥類(カラス類)も,行 動や文脈から他者の意図を推定できるといわれている [Bugnyar 02, Premack 03].同様な心的状態の推定は, 同種ではない人(飼い主)と伴侶動物のインタラクショ
意思疎通のモデル論的理解と
人工物設計への応用
A Model-Based Understanding of Communication and Its Application to
Artifact Design
植田 一博
東京大学Kazuhiro Ueda The University of Tokyo.
[email protected], http://www.cs.c.u-tokyo.ac.jp/
小野 哲雄
北海道大学Tetsuo Ono Hokkaido University.
[email protected], http://chaosweb.complex.eng.hokudai.ac.jp/
今井 倫太
慶應義塾大学Michita Imai Keio University.
[email protected], http://www.ayu.ics.keio.ac.jp/
長井 隆行
電気通信大学Takayuki Nagai The University of Electro-Communications.
[email protected], http://apple.ee.uec.ac.jp/isyslab/
竹内 勇剛
静岡大学Yugo Takeuchi Shizuoka University.
[email protected], http://cog.cs.inf.shizuoka.ac.jp/
鮫島 和行
玉川大学Kazuyuki Samejima Tamagawa University.
[email protected], http://www.tamagawa.ac.jp/teachers/samejima/samejima-j/
大本 義正
京都大学Yoshimasa Ohmoto Kyoto University.
[email protected], http://www.ii.ist.i.kyoto-u.ac.jp/?page_id=409&lang=ja
Keywords:
human-human/animal/agent/robot interaction, interaction design, cognitive analysis, communication, model of others, adaptive learning.ンにおいても生じていると推測される.というのも,伴 侶動物(例えば犬)は,飼い主が発する(お手などの) 短い言葉=命令の意味を,餌や,飼い主の声に含まれ る韻律や表情などの報酬系から状況に応じて学習してお り,最も原初的な形での意図推定が行われていると考え られるからである.人も犬もこのような意図推定には学 習を必要とするため,意図推定を可能にする何らかの認 知モデル,すなわち「他者モデル」がインタラクション を通して獲得されると推定される.人や動物が,どのよ うな状況で,どのような相手に対して,どのような他者 モデル(他者の行動を理解・予測するための認知モデル) をもつのかを,またインタラクションの中で他者モデル をいかに学習,更新していくのかを認知科学的,心理学 的に明らかにすることは大変興味深い. 人─人インタラクションおよび人─動物インタラクショ ンにおける,上述した他者モデルに基づく心的状態の推 定メカニズムを明らかにし,それを人─人工物インタラ クションに応用すれば,人と自然にかつ持続的にインタ ラクション可能な人工物の設計に資すると期待される. 特に,言語に依存しがちな成人同士よりも,非言語情報 に依存せざるを得ない子供と大人,あるいは人と動物の インタラクションの知見のほうが人─人工物インタラク ションに応用しやすいとも考えられる.このように,人─ 人および人─動物インタラクションの認知科学的な分析 と,人との自然かつ持続的なインタラクションを実現す る人工物の設計という情報学的な研究を結び付けること で,冒頭で述べた重要な課題に応える新たな学術領域を 確立することは重要である.そこで著者らは,科学研究 費補助金・新学術領域研究「認知的インタラクションデ ザイン学」(平成 26 ∼ 30 年度)を立ち上げた.このよ うな学際的な研究を通して,従来の情報学や認知科学だ けではなし得ていない,状況に応じて人と自然にインタ ラクション可能な人工物を設計するための基礎理論であ る認知的インタラクションデザイン学の確立を目指す. 本稿では,その研究概要を紹介する.
2.計画研究の概要
どの新学術領域研究でも,研究組織は総括班,計画研 究班,公募研究班から構成される.計画研究班(以下, 計画班と略記)は,領域の推進に必要と考えられ,領域 発足当初から組み込まれている研究グループの集合であ る.紙面の都合上,詳細は領域ホームページ(http:// www.cognitive-interaction-design.org/研究 組織 /)をご覧いただきたいが,表 1 に示すように構成 されている. 1章で述べたとおり,本領域では,人─人工物間の円滑 で自然なインタラクションをサポートするために,他者 モデルによるユーザの心的状態の推定に基づいて,ユー ザに自律的かつ持続的に適応できる人工物の設計・構築 に向けた基盤技術を確立する.人と人工物とが自然にイ ンタラクションを行うには,コミュニケーションにおい て普段,人が行っている,相手の心的状態(意図など) の推定に基づく適応的で持続的な関係性を,人─人工物 間にも成立させることが重要である.そのために,人が, どのような状況で,どのような相手に対して,どのよう な他者モデル(他者の行動を理解・予測するための認知 モデル)をもつのか,またインタラクションの中で他者 モデルをいかに学習・更新していくのか,に関する認知 科学的な分析を行う必要がある.そのうえで,インタラ クションにおいて変化する人の他者モデルの知見を人工 物設計という工学目的に応用する.この実現のために, 本領域では,以下の三つを研究目標として掲げた(図 1). (1)人─人インタラクションのモデル化 人─人インタラクションにおける他者モデルに基 づく適応メカニズムの認知科学的分析とモデル化 (2)人─動物インタラクションのモデル化 人─動物インタラクションにおける他者モデルに 基づく適応メカニズムの認知科学的分析とモデル化 表 1 計画研究班の構成 班 名 研究代表者 研究内容 A01班 植田一博 成人間インタラクションの認知科学的 分析とモデル化 A02班 長井隆行 子供─大人インタラクションの認知科 学的分析とモデル化 B01班 鮫島和行 人─動物インタラクションにおける行 動動態の分析と認知モデル化 C01班 山田誠二 人の持続的な適応を引き出す人工物デ ザイン方法論の確立 C02班 今井倫太 人の適応性を支える環境知能システム の構築 図 1 領域プロジェクトの概要(3)人と人工物の協創 自然で持続的な人─人工物インタラクションを実 現する人工物デザインの確立と環境知能の実現 上記の(1)と(2)の研究で得られた研究成果を積み 上げて(3)を目指すのが,本領域の基本的なスタンス である(図 1).(1)を担当する計画班が A01 班と A02 班, (2)を担当するのが B01 班,(3)を担当するのが C01 班と C02 班である(表 1).
3.総 括 班 の 役 割
総括班は,計画班が研究を実施するための支援を行 う班であり,各計画班の代表者に領域の若干名の研究分 担者を加える形で構成されている.各計画班の単なる寄 せ集めではなく,互いに相互作用して研究上での相乗効 果を担保しつつ,国際的に認知される認知的インタラク ションデザイン学の確立を目指すために,総括班は,(1) 共通実験ツールの構築運営,(2)本領域の将来を担い, かつ視野が広く他分野の研究者とも協働できるような若 手研究者育成のための領域内インターンシップ制度の運 営,(3)研究成果の国内外への発信基盤の整備と運営を 行っている*1.以下,これらの活動の概略を説明する. 本領域では,すべての計画班および一部の公募班にお いて,人や動物の行動(動作,顔方向や視線,表情,音声) をモニタリングするための各種センサやハードウェアを 含めた計測手段が必要になる.その開発の一部を総括班 が行い,統合的に管理することで,すべての領域メンバ が使用できるようにする.領域関係者であれば誰でも利 用可能なため,「共通実験ツール」と呼んでいる.具体 的には以下のものを開発している. (1)Kinect を用いた三次元会話計測システム(大本 が担当.詳細は 4・1 節で説明する) (2)非言語情報の計測のためのモバイルソシオメータ (長井と小野が担当.詳細は 4・2 節で説明する) (3)光学式モーションキャプチャ装置を用いた,人や 動物の詳細な動作計測技術(鮫島と植田が担当.詳 細は 4・3 節で説明する) 本領域は典型的な学際研究プロジェクトである.近年, 学際研究の重要性が叫ばれている.一方で,質の高い研 究を行い,高いインパクトファクタをもつ学術誌に論文 を投稿する若手研究者が増えているものの,彼らが,評 価されにくい学際研究にはあまり興味を示さないことを 嘆く研究現場からの声も聞かれる.そこで,若手研究者 の視野を広げ,真の意味で日本の学際研究を担える人材 として育成するために,一定期間,他の班の研究者の研 究室に滞在して専門分野外の学問を学ぶ領域内インター ンシップ制度を,総括班のマネジメントのもとで運営し ている.このような試みは,数多ある新学術領域の中で もユニークなものだといえよう(4・4 節でさらに説明す る). さらに,他の領域と同様に,研究成果を国内外に発信 し,国内外の関連領域の研究者と研究交流を行うための 国際会議(HAI Conference など)と国内シンポジウム (HAI シンポジウム)を毎年開催している(詳細は 4・5 節で説明する). 以上の活動を通じて,総括班は,各計画班および公募 班の研究活動を支援している.4.総 括 班 の 活 動
3章で概略を説明した総括班の活動のうち重要なもの について,本章で詳しく説明する. 4・1 三次元会話計測システム 本システムは,複数人が参加する会話場を,人以外の オブジェクトとの相互作用を含めて,三次元時系列情報 として計測・記録することを最終的に目指している.記 録される情報としては,会話場面に存在するすべての物 体(人を含む)の三次元位置情報とそれらの時系列変化, 会話場面の音声,会話場面において計測されているその 他機器の計測情報,といったものを想定している.現在, 中心的に開発しているのは,Kinect v2 を用いた三次元 位置情報の計測システムであるが,大本らが開発してい 図 2 三次元会話場計測システムの概要 *1 これら以外に,第三者意見を領域運営や研究計画へ取り込む ために領域会議を実施している.る Distributed Elemental Application Linker(DEAL) システム [Ohmoto 13] を通して他のプログラムと連携 し,すべての計測情報を同期的に記録できるようにする 予定である. 本システムは,[矢野 12] において提案された従来シ ステムを Kinect v2 に対応させ,骨格情報だけでなく, 点群として記録されている表面の色と三次元位置を記 録・復元するように拡張することで実現する.三次元会 話場計測システムの概要を図 2 に示す.従来システムで は,複数の Kinect から得られた骨格情報を統合するこ とで人の三次元姿勢を推定していたが,どの Kinect に おいても骨格推定がうまくいかない場面が,特に複数 人による会話場において一定の頻度で存在した.そこ で,本システムでは,三次元の点群から物体表面の色情 報と三次元位置を復元し,事前に計測しておいた(主に 人体の)色情報付き三次元モデルとマッチングすること によって,骨格推定が不正確な場面における精度を向上 させるとともに,表面の色情報に基づく処理を事後に行 うことで,顔方向・表情・手の形状などをおおまかに推 定することを目指している.本システムは DEAL を用 いて構築されるため,計測・統合モジュール,人体モデ ルマッチングモジュール,骨格動作推定モジュール,表 面情報処理モジュールなどを,独立に開発することがで き,将来的なアルゴリズムの発展や計測センサの換装に も対応する.DEAL にはすでに,音声記録モジュール, Polymateを用いた生理指標計測モジュール,加速度セ ンサ計測モジュール,Unity3D へのデータ出力モジュー ル,などが開発されており,これらのデータを統合的に 利用するモジュールを開発することは容易である.例え ば,[Ohmoto 15] においては,Unity3D でインタラク ションゲームを作成し,DEAL を用いて,生理指標計測 モジュールと加速度センサ計測モジュール,および,本 システムの軽量化バージョンからの入力をリアルタイム で統合処理し,仮想エージェントを制御している. 現時点の三次元会話場計測システムでは,骨格情報 と点群情報を復元できる.図 3 に復元した例を示す. [Ookaki 15]は,歴史的事例の考証を複数人で行う際に, その場面を自分の身体を用いて再現しながら議論してい る様子を本システムで計測した.計測された骨格情報に 基づいて再現場面を Unity3D 上に再構成し,各登場人 物の視点に再現映像を切り替えながら再度議論すること で,考証におけるお互いの考えが深まることを示唆した. このように現時点においてもシステムは活用されている が,データのクリーニングに手間がかかるなど,一般的 に利用できる水準にはなっていないため,今後の研究を 通じて発展していく予定である.最終的に,本システム によって,複数人のインタラクション中の,身体動作を はじめとするマルチモーダルの時系列情報を同期的・統 合的に記録し,その構造の解析をサポートすることで, インタラクションモデルの構築や,人工物とのインタラ クションの評価に貢献できると考えている. 4・2 非言語情報の計測のためのモバイルソシオメータ モバイルソシオメータは,外部計測装置を用いること なく,インタクションの場を計測することを目的として いる.ソシオメータの基本的なアイディアは,Pentland らの先行研究 [Choudhury 02] によるが,画像情報の利 用や複数端末間の通信による身体動作の計測など,機能 的な拡張を図っている. 現在までに,二つのバージョンを開発し,現在新たな バージョン 3 を開発中である(図 4).バージョン 2 ま での基本構成は Raspberry Pi を中心に各種センサ(加 速度・ジャイロ・地磁気・マイク・カメラ)を接続して おり,データのロギングと Wi-Fi によるデータ転送を実 現した.現在はバージョン 2 で実験や評価を行っており 図 3 三次元会話場の復元例 図 5 バージョン 3 のシステム構成 図 4 開発したソシオメータ. (a)バージョン 1(170 g),(b)バージョン 2(115 g), (c)バージョン 3(30 g).バージョン 3 は十分小さいため, 乳幼児の計測にも利用可能である
[片上 14],並行してバージョン 3 を開発している.バー ジョン 3 では,Raspberry Pi をインテルの Edison に変 更することでさらなる小型軽量化を実現している(図 5). また,カメラなし版と搭載版の 2 種類を作成し,必要に 応じて使い分けることを可能とする.また,頭の向きと 体の向きを計測する場合には,2 台を使用する(カメラ あり版を頭に装着し,なし版を体に装着する)ことを検 討中である. 図 6 にソシオメータを利用した計測の例を示す.こ の例では,正直シグナルにおける話者の社会的役割 [Pentland 13]を認識することを目的としている.各話 者はソシオメータ(バージョン 2)を装着し,対話の際 に取得したデータを処理し識別器を構築することで,各 自の社会的役割の認識を実現している. モバイルソシオメータの特徴として,インタラクショ ンを行っている人や動物の外部に計測装置を設置しない ことをあげることができる.このため,計測場所の制 約を受けずに室内および屋外において自然なインタラク ションを計測することが可能となる.しかしながら,人 や動物に何らかのデバイスを装着する必要があるため, 計測方法や計測精度を向上させるために新たな手法が必 要となる.現在,我々は次世代のモバイルソシオメータ として,センサネットワークの技術を用いることにより, モーションキャプチャシステムのように外部に計測装置 を設置することなく,身体に付けた複数のセンサ付き無 線端末を協調させることにより,インタラクションにお ける人や動物の身体の動作を計測することを目指してい る.具体的には,身体の各部位に付けた複数の無線端末 間の通信により端末間の位置を推定することで,身体動 作をリアルタイムで計測するプロトタイプシステムを試 作している.このシステムは,人と人のインタラクショ ンだけではなく,計測することが難しい伴侶動物などの 動作を計測することも目指しており,人と動物とのイン タラクションにおける行動動態の分析とモデル化の研究 (B01 班)にも貢献することが可能であると考える. 4・3 人─動物インタラクションにおける動作計測 本領域の研究目標 2 である「人─動物インタラクショ ンにおける他者モデルに基づく適応メカニズムの認知科 学的分析とモデル化」の達成のためには,人と動物とが 自然な社会的相互作用を実現している場面におけるさま ざまな社会的シグナルを計測・解析する必要がある. 社会的シグナルとは,個体間において,他者の行動を 制御,または自己の意図や情動状態などを伝えるために 用いられる一連の行動である.例えば,人同士の間でや り取りされるさまざまな動作や視線などは「しぐさ」と して相手の情動状態や行動の目的を推定するのに役立つ であろう.人が動物と自然に社会的相互作用している環 境場面として,本領域では,使役動物である馬を対象と した馬術訓練場面や,伴侶動物である犬を対象とした盲 導犬訓練場面,古来の日本で神事に使われてきた日本猿 の猿回し訓練場面の三つを対象として研究を進めている. 人同士では社会的シグナルとして視線は非常に大きな 情報をもつ.例えば,視線は他者の目的とする空間的な 情報(空間的注意)を認知し自らの注意を向ける共同注 視や,自己に向けられた視線によって注意状態が喚起さ れ,自己の行動へのコマンドの学習が促進されるなどの 効果があることが知られている.視線以外にも,指さし 行動など他者の注意を制御する行動や,その際の声かけ なども社会的シグナルに含まれる.馬の場合には,騎乗 者がかける声や舌打ちなどが重要なシグナルとして用い られ,騎乗時における鞍の側面にかける足の圧力や体重 移動なども馬に行動の意図を伝える重要な社会的シグナ ルと捉えることもできる. このような馬や犬および人の動作計測を行うために は,屋外の訓練場面において人と動物の動作を同時に複 数点で計測する必要性がある.そこで,本領域の共通実 験ツールとして,屋外で使用できるモーションキャプ チャ装置を用いている.現在のところ,人が馬に指示を 与えその指示に従って馬がどのように行動を変化させる のか,および人の指示の動作について計測を行っている (図 7).乗馬訓練では,人が馬の歩様を制御すること を,騎乗せずに調馬索と呼ばれる長い手綱とムチで訓練 する.指示を出す御者はフィールドの中央に立ち,馬は その周囲を約直径 8 ∼ 10 m 前後で周回する.馬が,常 歩,速歩,駆足などの歩様を目標位置で変化させるよう に,人の動作や声かけを行う課題を行ってもらう(図 7 (A),(B)).馬は,ムチで追われれば,速く走るために 歩様を変化させるが,訓練が進めば馬は人がムチを振る う前もしくは振るう動作を見せ始めた時点で次のシグナ 図 6 ソシオメータによる正直シグナル計測例
ルを予測し歩様を変化させる.すなわち目標位置に至る 前の人の社会的シグナルを測定することができる.現在 進行中の研究では,人の両腕の動作と視線を筋電図計測 と視線計測装置で同時に記録(図 7(C))しながら,人 の動作と馬の動作の同時計測を,フィールドを囲うよう に配置した 8 台のモーションキャプチャカメラによって 撮影し,動作の計測を行っている.モーションキャプチャ による計測ばかりではなく,馬の体に設置した加速度セ ンサや心拍センサなどを統合して人の動作と馬の歩様の 変化の関係性について,計測と解析を進めていく予定で ある.特に,現在馬術審判員によってビデオ解析を行っ て歩様の判定を行っている(図 7(D))が,動作の正確 な計測や加速度センサの特徴量などを使って自動的にか つ正確に歩法の判定が行える技術開発を行い,人と動物 のより詳細で正確な動作解析を行うことができる. また,馬のみではなく,盲導犬訓練場面における熟練 訓練士の動作と犬の反応および,犬の動作による人のコ マンドや社会的シグナルの特性について今後計測と解析 を進める予定である. 4・4 若手研究者育成のための領域内インターンシップ 制度と勉強会の開催 3章で説明したとおり,本領域では,若手研究者の視 野を広げ,真の意味で日本の学際研究を担える人材とし て育成するために,一定期間,他の班の研究者の研究室 に滞在して専門分野外の学問を学ぶ領域内インターン シップ制度を,総括班のマネジメントのもとで運営して いる.具体的には,計画班,公募班を問わず,研究代表 者および分担者の研究室に所属し,本領域の研究を実施 している若手研究者(本領域の予算で雇用している PD 研究員も含む)の中から,他の研究室に所属して実験や 分析のノウハウを学びたい人を募り,旅費や滞在費を総 括班が支援する形で,インターン生として希望する研究 室に 1 ∼ 3 週間程度派遣する.毎年 2 ∼ 3 件程度の派遣 を予定している.この制度を平成 27 年度(2 年目)か ら実際に実施した.平成 27 年度は,実験実施のノウハ ウを実験に参加しながら学ぶために,C01 計画班の山田 誠二研究室から PD 研究員が A01 計画班の植田一博研究 室に,人の行動データの定量的な解析手法を学ぶために, A01計画班の研究分担者の大本義正助教と B01 計画班 の澤 幸祐研究室の PD 研究員が B01 公募班の池田和司 研究室に,また A01 計画班の竹内勇剛研究室の若手研 究者が C02 公募班の飯塚博幸研究室に派遣された. 上記のインターンシップ制度とは別に,本領域に所属 する研究者が共通に理解しておくべき話題について専門 家がレクチャーする勉強会も開催している.平成 26 年 度(1 年目)は,櫻沢 繁准教授(公立はこだて未来大学) を講師としてお招きして,生体信号計測(主に発汗)を 取得し解析する実習形式の勉強会を,平成 27 年度は, 荒木雅弘准教授(京都工芸繊維大学)ほかを講師として お招きして,定量的な他者モデルの構築に必要となる機 械学習全般の勉強会を実施した. 平成 28 年度以降も,同様に,インターンシップ制度 および勉強会を実施する予定である. 4・5 シンポジウムなどの開催 本領域は,研究成果の発信および,研究課題の議論の 場として国内外で複数の展開を行っている.本領域のメ ンバを中心に国際会議 ACM Human-Agent Interaction (HAI:http://hai-conference.net/)を立ち上げ,
札幌(2013 年),つくば(2014 年),韓国大邱(2015 年) と開催し,2016 年はシンガポールの開催を予定してい る.また,IEEE IROS 2012 では,HAI 2013 の前進と して HAI Workshop を開催している.人とコンピュータ もしくは人とロボットのインタラクションに関する国際 会議は複数存在するのに対して,コンピュータやロボッ ト,家電などの人工物を区別することなくインタラク ションの主体であるエージェントと捉え,他者とどのよ うにインタラクションするのかについて国際的に議論で きる場は今までになく,国際的に注目されている国際会 議となりつつある.ACM HAI は本領域の研究課題の各 研究成果を世界的に発信する主要な場の一つとなってい る.また,HAI 2014 および HAI 2015 内で,本領域の 研究課題をより深く議論するためにワークショップを開 催した. 本領域に関連して開催されている国内でのシンポジウ ムなどとしては,まず「HAI シンポジウム」(http:// hai-conference.net/other-symposiums/)があ げられる.このシンポジウムは 2006 年から毎年 12 月 上旬に年 1 回開催されている.「HAI シンポジウム」は, Human-Agent Interaction(HAI)に関する研究発表の 場として本領域の計画班メンバの多くが運営に参加して 図 7 人─馬インタラクションの動作計測. (A)調馬索計測状況,(B)調馬索計測場面のビデオ記録,(C) 視線計測器による御者の視野カメラ映像,(D)実際の馬の 歩様の時間変化.ビデオ解析により馬術審判員が分類
おり,本領域の立上げのための構想を検討するうえで大 きく貢献した.特筆すべきこととしては,HAI シンポジ ウムは学会などの既存の学術団体とは独立に,本領域の 計画班メンバの多くを含む国内の有志が HAI という新 しい学問領域を構築し,普及・発展させていく目的で設 立された点である.したがって新学術領域研究(研究領 域提案型)の趣旨とも合致しており,本領域を通して得 られた成果や課題を議論する場として今後も本領域との 連携が望まれる.なお,上述の HAI に関する国際会議 はこのシンポジウムからスピンオフしたものである. 上述のように「HAI シンポジウム」は母体となる学会 をもっていないために,学術論文を発行するためには既 存学会などの論文誌を利用することになる.そのためこ れまでは,人工知能学会論文誌や電子情報通信学会和文 論文誌 A 分冊などで論文特集号を企画してきた.そこで 今後は,本領域の研究成果の一部もこれらの論文特集号 を通じて国内の研究者や学生らに知ってもらう機会がつ くれるものと期待している. さらに 2016 年 3 月には,国内外の動物心理学者と人 工物研究者を招いて,領域横断型のシンポジウムを開催 する予定で,準備を進めている.
5.公募研究に関して
認知的インタラクションデザインに関連する研究領域 は幅広く,計画班がカバーできる研究内容は限られてい る.そこで,各研究項目について,計画班ではカバーで きていない部分で,個性的で将来性がある研究を補うた めに公募研究班を募集した.第 1 期(平成 27 ∼ 28 年 度)の公募研究として選ばれた研究者および研究内容に ついては,紙面の都合上,領域ホームページ(http:// www.cognitive-interaction-design.org/研究組 織 /)をご覧いただきたいが,複雑系の科学の立場から のインタラクション研究,信号処理に基づく行動データ の定量的な解析手法の開発研究,ロボット以外の人工物 の設計に関わる研究など,計画班ではカバーしきれない 研究内容を実施する研究者が選出できたと考えている. 第 2 期(平成 29 ∼ 30 年度)の公募研究の募集は平成 28年度に実施される予定である.認知的インタラクショ ンデザイン学に関連する研究を実施されている方は,ぜ ひとも応募していただきたい.6.ま と め
科研費・新学術領域研究「認知的インタラクションデ ザイン学」が目指しているところ,計画研究の概要,総 括班の役割とその活動,公募研究の概要について紹介し た.紙面の都合上,説明を省かざるを得なかった項目も ある.興味のある方は,領域ホームページ(http:// www.cognitive-interaction-design.org/)の情 報をご覧いただきたい.認知科学,認知脳科学,動物心 理学の知見を人工物設計に生かすという発想はこれまで にもあったが,成功しているとは言いにくい.それゆえ, 「認知的インタラクションデザイン学」の構築に向けて, 本領域の関係者には最善の努力を行っていただく必要が ある.それと同時に,この研究プロジェクトに賛同され る方のご参加やご支援を期待して止まない.◇ 参 考 文 献 ◇
[Baron-Cohen 95] Baron-Cohen, S: Mindblindness: An Essay on
Autism and Theory of Mind, MIT Press/Bradford Books(1995) [Bugnyar 02] Bugnyar, T. and Kotrschal, K.: Observational learning and the raiding of food caches in ravens, Corvus corax: Is it ‘tactical’ deception?, Animal Behaviour, Vol. 64, No. 2, pp. 185-195(2002)
[Choudhury 02] Choudhury, T. and Pentland, A.: The Sociometer: A wearable device for understanding human networks,
Workshop Proc. Computer Supported Cooperative Work
(Workshop: Ad hoc Communications and Collaboration in
Ubiquitous Computing Environments),New Orleans, LA(Nov. 2002)
[Fogg 02] Fogg, B. J.: Persuasive Technology: Using Computers to
Change What We Think and Do, Science & Technology Books
(2002)
[片上 14] 片上祐介,阿部香澄,アッタミミ ムハンマド,長井隆行: 人とロボットの対話における正直シグナルの利用,計測自動制 御学会システムインテグレーション部門講演会論文集,2G2-4 (2014)
[Norman 88] Norman, D. A.: The Psychology of Everyday Things, Basic Books(1988)
[Ohmoto 13] Ohmoto, Y., Lala, D., Saiga, H., Ohashi, H., Mori, S., Sakamoto, K., Kinoshita, K. and Nishida, T.: Design of immersive environment for social interaction based on socio-spatial information and the applications, J. Information
Science and Engineering, Vol. 29, No. 4, pp.663-679(2013) [Ohmoto 15] Ohmoto, Y., Takeda, S. and Nishida, T.: Distinction
of intrinsic and extrinsic stress in an exercise game by combining multiple physiological indices, 7th Int. Conf. on
Virtual Worlds and Games for Serious Applications, pp. 1-4
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[Ookaki 15] Ookaki, T., Abe, M., Yoshino, M., Ohmoto, Y. and Nishida, T.: Synthetic evidential study for deepening inside their heart, Current Approaches in Applied Artificial
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[Pentland 13] Pentland, A. 著,柴田裕之 訳,安西祐一郎 監訳: 正直シグナル:非言語コミュニケーションの科学,みすず書房 (2013)
[Picard 97] Picard, W. D.: Affective Computing, MIT Pres(1997) [Premack 03] Premack, D. and Premack, A. J.: Original
Intelligence: Unlocking the Mystery of Who We Are,
McGraw-Hill(2003)
[矢野 12] 矢野正治,大本義正,西田豊明:RGB・深度センサを用 いた複数人数会話の三次元記録環境の構築,人工知能学会全国 大会(第 26 回)論文集(2012)
著 者 紹 介
植田 一博(正会員) 1988年東京大学教養学部卒業.1993 年同大学院総 合文化研究科博士課程修了.博士(学術).東京大 学大学院総合文化研究科助手,助教授,准教授,大 学院情報学環教授を経て,現在,東京大学大学院総 合文化研究科教授.人と人のインタラクション以外 に,創造性,意思決定・判断,日本伝統芸能におけ る技などを研究対象にしている.第 7 回ドコモ・モ バイル・サイエンス賞・奨励賞(2008 年),日本認知科学会論文賞(2004 年,2007 年,2012 年)などを受賞.日本認知科学会,日本心理学会, 日本認知心理学会,行動経済学会,社会情報学会,電子情報通信学会, Cognitive Science Society各会員.今井 倫太(正会員) 1992年 慶 應 義 塾 大 学 理 工 学 部 電 気 工 学 科 卒 業. 1994年同大学院理工学研究科計算機科学専攻修士課 程修了.同年,NTT ヒューマンインタフェース研究 所入社.1997 年株式会社国際電気通信基礎技術研究 所(ATR)知能映像通信研究所へ出向.2002 年慶 應義塾大学大学院理工学研究科後期博士課程修了. 2009∼ 10 年シカゴ大学客員研究員.博士(工学). 現在,慶應義塾大学理工学部情報工学科教授および ATR 知能ロボティク ス研究所客員研究員.人型ロボットとのインタラクションの研究に従事. 情報処理学会,電子情報通信学会,日本認知科学会,ヒューマンインタ フェース学会,ACM,IEEE 各会員. 小野 哲雄(正会員) 1997年北陸先端科学技術大学院大学情報科学研究科 博士後期課程修了.同年,株式会社国際電気通信基 礎技術研究所(ATR)知能映像通信研究所客員研究 員.2001 年公立はこだて未来大学情報アーキテク チャ学科助教授,2005 年同学科教授.2009 年北海 道大学大学院情報科学研究科教授,現在に至る.博 士(情報科学).ヒューマンエージェント・ロボッ トインタラクション(HAI/HRI),インタラクティブシステムに関する研 究に従事.情報処理学会,電子情報通信学会,ヒューマンインタフェー ス学会,日本認知科学会,ACM 各会員. 長井 隆行(正会員) 1993年 慶 應 義 塾 大 学 理 工 学 部 電 気 工 学 科 卒 業. 1997年同大学院理工学研究科博士課程修了.博士(工 学).1998 年電気通信大学電子工学科助手.2003 年カリフォルニア大学サンディエゴ校客員研究員. 2004年電気通信大学大学院電気通信学研究科助教 授.現在,同大学院情報理工学研究科教授.玉川大 学脳科学研究所特別研究員,産業技術総合研究所人 工知能研究センター客員研究員を兼務.知能システム,知能ロボティク スに関する研究に従事.日本ロボット学会,情報処理学会,IEEE 各会員. 竹内 勇剛(正会員) 1992年宇都宮大学工学部卒業.1999 年名古屋大学 大学院人間情報学研究科博士後期課程修了.博士(学 術).1997 年より株式会社国際電気通信基礎技術研 究所(ATR)知能映像通信研究所研修研究員(博士 後期課程在学期間中),学位取得後同客員研究員を 経て,2001 年より静岡大学情報学部講師.2002 ∼ 03年 ATR メディア情報科学研究所非常勤客員研究 員.2004 年より静岡大学情報学部助教授,准教授を経て 2014 年より教授. 近年は人とエージェント・ロボットとのインタラクションに着目し,原 初的な身体インタラクションからの他者認知の過程に注目している.日 本認知科学会,電子情報通信学会,ヒューマンインタフェース学会,情 報処理学会各会員. 大本 義正(正会員) 2006年東京大学大学院総合文化研究科広域科学専攻 博士課程満期退学.2008 年博士(学術,東京大学) 取得.2006 ∼ 08 年東京大学大学院総合文化研究科 研究支援員.2008 年より京都大学大学院情報学研究 科助教,現在に至る.人間と他者のつながりに興味 をもち,マンマシンインタフェース,コミュニケー ション分析,会話エージェントなどの研究に従事. 日本認知科学会,電子情報通信学会,ヒューマンインタフェース学会各 会員. 鮫島 和行 1993年東京農工大学工学部卒業.1999 年同大学院 工学研究科博士課程修了.博士(工学).科学技術 振興事業団研究員,株式会社国際電気通信基礎技術 研究所(ATR)脳情報研究所研究員,2005 年に玉 川大学学術研究所講師を経て,現在,同大学脳科学 研究所准教授.人工神経回路,機械学習研究,神経 生理学研究,理論モデルと生理学実験を融合させ た計算神経科学などに従事.日本神経回路学会奨励賞(1999),同論文 賞(2006)を受賞.日本神経回路学会,日本神経科学学会,Society for Neuroscience各会員.