報
告
特集 追悼内田照章先生
九州大学農学部動物学教室におけるネズミ被害対策研究の取り組みの歴史
山 田 文 雄
森林総合研究所・沖縄大学地域研究所 摘 要 九州大学農学部動物学教室の教授であった内田照章先 生の追悼記念として,本稿では特にネズミ研究に注目し て,今から 100 年前に創設された同教室と,73 年前から 開始されたネズミ被害対策研究の取り組みを述べ,わが 国のネズミ被害や対策の歴史との関係を述べた.ネズミ 被害の多かった太平洋戦争後の 1950–1980 年代において, 同教室は四国,九州,奄美群島,沖縄諸島および海外の 南洋諸島におけるネズミ対策研究や基礎的研究を行い, また従来からわが国で広く使用されていた殺鼠剤と天敵 動物に関する効果の評価や天敵動物の使用上の警告など を行った.このような取り組みは,わが国では当時とし ては先駆的であった.今後の課題としては,生物多様性 と生態系保全のために,特に,捕食性哺乳類が元来生息 していなかった島嶼の外来種ネズミと定着した天敵動物 の外来種対策を総合的に実施する必要があると考える. は じ め に 日本哺乳類学会創設の母体となった「哺乳類研究グ ループ」,そしてその前身の「ネズミ研究グループ」に 関して,それらの誕生や日本哺乳動物学会との関係,そ して日本哺乳類学会の誕生について,金子(2018),和 田(2020),阿部ほか(2020)などが詳しく解説している. しかし,特にネズミ研究グループ発足に大きく関わりを 持った九州大学農学部動物学教室についてはこれまで説 明は少ない.このたび内田照章先生の追悼特集を企画す るに当たり,本稿では特にネズミ研究を中心に,今から 100 年前に創設された九州大学農学部動物学教室と,73 年前から開始されたネズミ被害対策研究の取り組みの歴 史,ネズミ研究グループや哺乳類研究グループの創設を 述べ,研究の背景となるわが国のネズミ被害や対策の歴 史との関係を整理し,今後の課題を述べる. なお,私自身が同教室に在籍し,また出入りした時期 は 1975 年ごろから 1990 年初期の間であったが,内田先 生はこの時期より早くネズミ被害対策研究から離れられ ていて,当時助教授の白石 哲先生に引き継がれていた. しかし,私自身は本テーマについて直接お話を伺う機会 はなかったために,過去の文献情報に基づいてまとめた. なお,以下では氏名の敬称を略した. 1.九州大学農学部動物学教室の創設 九州大学農学部は 1919 年(大正 8 年)に九州帝国大 学農学部として創設された.当時全国で設置されていた 農学部(農科大学)として,東京帝国大学(1890 年設 立の農科大学,元は 1870 年設立の駒場農学校)と北海 道帝国大学(1919 年設立の農科大学,元は 1876 年設立 の札幌農学校)に次いでの 3 番目であった.九州大学農 学部動物学教室の始まりは,農学部設立時の 5 講座のう ちの 1 つの「動物学第 1 講座」と称された研究室で,他 は「農学第 1」,「農学第 2」,「動物学第 2」(昆虫学), そして「植物学」講座であった(九州大学大学院農学研 究院「博畜会」編集委員会 2001).なお,この時の動物 学第 1 講座と深い関係を持つ後述の「九州帝国大学附属 天草臨海実験所」(熊本県天草下島)は 1928 年(昭和 3 年) に発足している. 動物学第 1 講座の初代教授(1920–1946 年の間在任) は東京帝国大学動物学科出身の大島 廣(1885–1971 年) である.海洋生物学を専門にし,開設されたばかりの天 草臨海実験所の初代所長となり,琉球諸島の採集調査, 海外留学,南洋諸島調査などを行った(大島 1930;大島・ 岡田 1943;大島 1962;馬場 1974;馬場 2011).第 2 代 目の教授(1947–1961 年)は,同じく東京帝国大学動物 学科出身の平岩馨よしくに邦(1897–1967 年)であった.彼は大 ©日本哺乳類学会島と同じく海洋生物学を専門とし,哺乳類の研究も行い, 本動物学教室の哺乳類研究の創始者である.第 3 代教授 (1961–1971 年)は大島の学生(3 名)の 1 人の三宅貞さだよし祥 (1908–1998 年)で,動物学教室出身の初の教授として, 専門は海洋生物学で,昭和天皇との共同研究やご進講も された(生物学御研究所 1978;三宅 1982,1983;馬場 2011 ほか).三宅の甲殻類標本は内田の手で国立科学博 物館などに寄贈されている.そして,第 4 代教授(1971– 1990 年)が内田照章(1927–2020 年)で,平岩の学生(5 名)のうちの最初の学生で,「小翼手亜目の繁殖及び発 生に関する研究」で 1961 年に学位取得し,平岩・三宅 両教授時代に助手と助教授をつとめ,哺乳類学として初 の教授となりネズミ研究やコウモリ研究などを行った. その後,ネズミ研究は第 5 代教授(1990–1997 年)白石 哲(1934–2018 年)につながった.白石は三宅のもとで 「カヤネズミの生態に関する研究」で 1964 年に学位取得 した. 九州大学では,九州と台湾とを結ぶ 1,300 km の間に 存在する 200 島以上からなる奄美群島や琉球諸島を対象 とした生物調査が戦前から行われており,初代教授の大 島 時 代 か ら 動 物 学 教 室 も 参 加 し て い た( 内 田 1963, 1964;馬場 1974;江崎 1984a,b). 2.九州大学農学部動物学教室のネズミ研究史 1.ネズミ研究の概要 平岩のネズミ研究の最初は,東京帝国大学動物学科[谷 津直秀(1877–1947 年)教授]の助手時代(1923–1925 年) に実験動物のシロネズミRattus norvegicus の飼育と発育 研究から始まり,その後シカゴ大学(1926–1928 年)で シロネズミの実験発生学の研究を行った(平岩 1967a; 内 田 1969a,b).これらの成果として,「しろねずみ 飼育・発生・解剖」(平岩ほか 1941)を発刊し,後年に は「シロネズミの発生・解剖・組織」(平岩ほか 1960) を発刊している.シカゴ大学留学後の平岩は大島教授の いる九州帝国大学天草臨海実験所で講師として勤務し, その後阿部余四男(1891–1960 年)教授の広島文理科大 学に移った.平岩が助教授と教授の時代(1930–1947 年) に太平洋戦争が盛んになると,東京の陸軍軍医学校(石 井四郎軍医中将)の命令で,兵器として「ネズミ細菌弾」 に用いるための「大黒鼠の大量飼育および増殖に関する 研究」を行った(平岩 1967b;埼玉県立庄和高校・遠藤 1996).しかし,1946 年 8 月 6 日広島市への原爆投下に よって,爆心地から 1.5 km の位置の大学は全焼し,自 宅にいた平岩は倒壊した自宅の下敷きとなり脊椎損傷を 受け入院することになったが,回復を遂げて九州大学農 学部動物学教室の教授となった(山内 2013). 九州大学農学部動物学教室における平岩は,哺乳類の 生態学や発生学に取り組み,ネズミ類Rodentia やコウ モリ類Chiroptera の生活史解明や実験発生学的研究に取 り組んだ(内田 1969a,b).その後,ネズミ被害発生地 で有名な愛媛県戸島の現地調査(平岩・澄川 1951),豪 雨災害地の熊本県阿蘇山のネズミ現地調査(平岩ほか 1954a,c),堤防のコウベモグラ Mogera wogura 坑道調 査(平岩ほか 1954b)を行い,九州のネズミ分布調査や 山岳地の垂直分布調査(平岩ほか 1957a,b),奄美群島(平 岩ほか 1958a),隠岐島(平岩ほか 1958b)および福岡県 沖の島(平岩・内田 1960a)のネズミなどの調査を行った. 後述のネズミ研究グループの活動として,九州と隠岐島 の調査では京都大学の徳田御稔(1906–1975 年),奄美 群島調査には北海道大学の太田嘉四夫(1915–1994 年), 林業試験場の宇田川竜男(1917–2006 年),両生爬虫類 研究者の松井孝爾(1925–2014 年)などが参加した.そ の後,宮崎県延岡市の鷺島(サギ島)のネズミ被害発生 地の現地調査(平岩ほか 1959a),対策としての天敵導 入のシベリアイタチ(チョウセンイタチ)Mustela sibirica の効果調査(平岩ほか 1959b;平岩・内田 1960b)が行 われた.上記の野外調査の最初(1951 年愛媛県戸島) を除いて,すべてに内田は参加した.その後本研究は内 田に引き継がれた.内田は 1962 年の沖縄島調査や九州 大学学術調査隊に参加した九州大学理学部生態学講座の 小野勇一(1930–2015 年)が西表島で採取したネズミ類 (Rattus 属 ) の 分 析( 内 田 1963,1964;Uchida 1965), かつての日本領の南洋諸島のカロライン諸島に導入され たマングローブオオトカゲVaranus indicus(以下オオト カゲとよぶ)のネズミ類への天敵効果の評価調査(内田 1966a,b;Uchida 1966,1968,1969a,b),そして沖縄 におけるネズミ被害調査と天敵導入されたニホンイタチ
Mustela itatsi の評価研究(Uchida 1969b;内田・宮良
1972)を行った.
その後,内田はコウモリ研究に専念し,白石が加害ネ ズミのハタネズミMicrotus montebelli やスミスネズミ
Eothenomys smithii の野外研究や基礎的研究(白石 1967;
荒井・白石 1982a,b;Arai et al. 1983a,b;安藤・白石 1988;Ando et al. 1988 ほか),およびシベリアイタチの 生態研究(宮城ほか 1975;Miyagi et al. 1983 など),ネ ズミ被害と天敵効果の研究(白石 1982)などを行った. 2.ネズミ研究グループ創設と哺乳類学会創設
の九州大学動物学教室であるが,ここでネズミ研究グ ループや日本哺乳類学会創設について述べる. 平岩は,戦後の「日本学術会議」の創設に伴い,総合 的研究が可能となり,大学や研究機関を横断的に連絡す る組織が相次いで誕生する中,1955 年春に「防鼠のた めの基礎動物学的研究」のための「ネズミ研究グループ」 を誕生させた.代表は平岩,世話役は徳田御稔,メンバー は北海道から九州までの第一線のネズミ退治の研究者 11 名であった(平岩 1967a;金子 2018).目的は「ネズ ミ類は動物学や医学研究の材料であるが,家屋や田畑山 林への加害や疾病媒介の有害動物でもある.研究内容は 分類学的研究から生態学的研究に進みつつあるが断片的 で,防鼠のための基礎研究が社会的に求められており, 日本の動物学者が共通目的を立て総合的研究を進める意 義と必要がある」とした.3 年間の科学研究費(総額 176 万円で,現在の約 750 万円に相当)が得られ,参画 者に一律に配分された. 九州大学における 1955 年 10 月の日本動物学会大会時 が,このグループメンバーの初顔合わせとなった.参加 者は北海道大学の犬飼哲夫(1897–1989 年),徳田御稔, 高知女子大学の田中 亮(1907–1993 年),太田嘉四夫, 北海道大学の芳賀良一(1927–1987 年),平岩馨邦,内 田照章,吉田博一など合計 10 名であった.毎年 1 回開 催される日本動物学会の大会時に,ネズミ研究グループ の例会をシンポジウムの形で開催することを決め,以降, 群集研究と生活史研究の統一,各種ネズミの防除対策, 日本産ネズミ類の学名問題,ネズミの生態と防除の諸問 題などのタイトルでシンポジウムは開催された.当初は, 日本産ネズミ類の種数と和名の整理統一が行われ,わが 国にはほぼ 15 種類のネズミが分布するとし,住家に関 係し,海外から侵入した外来種のネズミ(ドブネズミ
Rattus norvegicus,クマネズミ R. rattus,ハツカネズミ Mus musculus など)を「家鼠(カソ,イエネズミ)」と よび,残りの日本土着で在来種のネズミ 12 種を「野鼠(ヤ ソ,ノネズミ,野ネズミ)」とよぶことになった(平岩 1967a).また,上述のような現地調査や防除対策研究も 議論された(金子 2018 表 7-1 に詳しい). このネズミ研究グループは,平岩の九州大学定年退官 (1960 年)に伴い,当時助手であった内田らの若手研究 者の運営に移行することになった.従来の齧歯類に,他 の分類群(トガリネズミ形類Soricomorpha,翼手類,霊 長類Primates など)を加えて,名称を「哺乳類研究グルー プ」とし,事務局を京都大学に置き,新たに学術誌とし て「哺乳類科学」を創刊させ,規模を大きくしていった (金子 2018 ほか).平岩は,哺乳類科学の創刊号の冒頭 に寄稿し,「ネズミ研究グループ発足から 7 年を経過し, 各所に分散する研究者が共同研究として組織化でき,平 等の立場でまた自由に参加する真摯な空気が,今後の躍 進を約束する」と述べ,自らが灯した小さな火を若手で 盛りたて大きく燃やしてほしいとして,“Keep the fire burning”と期待を寄せた(平岩 1961).その 27 年後に, 「日本哺乳類学会」の創設を果たし初代学会長となった 内田は,哺乳類科学 27 巻の巻頭言でこの平岩の言葉を 述べ,ますますの発展の期待を寄せた(内田 1987).内 田はこの 3 年後に九州大学を定年退官した(白石 1991). 3.平岩・内田・白石の主なネズミ防除研究 ではここで,先に述べたネズミ研究史のうちの防除研 究について年代順に少し詳しく述べる. 1.愛媛県宇和島近海におけるドブネズミ調査 当時社会的に最も問題となったのは,愛媛県宇和島近 海の戸島(人口 2,400 人,面積 2.76 km2,標高 190 m)と 周辺のネズミ騒動で,新聞や週刊誌でも取り上げられ, 小説や児童書にもなった(平岩 1967a;吉村 1973;椋 1976).戸島では 1950 年 4 月ごろからドブネズミが大増 殖し被害が発生した.島には水田はなく,段々畑で栽培 されているムギ(主にハダカムギHordeum vulgare と思 われる)やサツマイモIpomoea batatas,住民の主食の貯 蔵されたサツマイモ,また生産の盛んなイリコ(主にカ タクチイワシEngraulis japonicus の煮干し)がネズミの 食料源となった. 京都大学の徳田御稔と神戸市衛生研究所の宮田彜い徳とく が,1951 年 1 月に現地調査を行い,加害ネズミはドブ ネズミと同定した.その後,3 月に現地調査を行った平 岩は,対策案としてネズミの食料源対策,捕獲,殺鼠剤 使用を提案し,人家のネズミに対してイエネコFelis catus の効果の可能性も提案した(平岩・澄川 1951). その後,行政によるイタチ放獣やネズミ捕獲,そして殺 鼠剤(亜ヒ酸,クマリン系など)使用が行われ一時的に ネズミは減少するが,対策が途切れると回復し,これが 10 年以上も続いたという(平岩 1967a). 上記のネズミ研究グループの 1961 年のシンポジウム では,「日振島・戸島のネズミの害について」をテーマ として開催された.1962 年以降,愛媛県の予算増加と 対策強化により,捕獲や新たな殺鼠剤(硫酸タリウム, リン化亜鉛)や毒ガス(青酸ガス)が徹底され効果が見 られるようになった.やがて,山頂まで畑であった島が 森に変わり,畑の生産(ムギやサツマイモ)やイリコ(煮
干し)生産に代わって,島に密生するヨシ(またはアシ) Phragmites australis を観光用加工品として現金収入を得 る生活となり,ネズミは減り被害も減少したという(椋 1976). 2.奄美群島におけるネズミ類などの調査 平岩・内田らは 1957 年 7 月に 18 日間の奄美大島と徳 之島におけるネズミ類とヘビ類Serpentes との関係を検 討するための現地調査を行った(平岩ほか 1958a).水田 と人家でイエネズミ(ドブネズミ 2 頭とクマネズミ 32 頭) を捕獲した結果,家屋でクマネズミが優勢で,水稲Oryza sativa,サトウキビ Saccharum officinarum,サツマイモな
どの主要農作物のすべてに被害があった.野ネズミでは, アマミトゲネズミTokudaia osimensis 3 頭(湯湾岳の畑 地跡の山道沿いにおいて)を捕獲するとともに,ケナガ ネズミDiplothrix legata を確認し,コウモリ 2 種の新た な生息確認や両生類 9 種と爬虫類 15 種を採取した.毒 蛇のハブProtobothrops flavoviridis は森林地帯よりも,イ エネズミの多い集落周辺に多い傾向があったという.し かし,奄美大島(住用川上流と湯湾岳)および徳之島(井 之川岳)の森林内では,合計 1,500 罠日の捕獲にもかか わらず,ネズミ類はまったく捕獲されなかったという. ハブ対策の一環として,奄美大島や徳之島でのフイリマ ングースHerpestes auropunctatus[Urva auropunctata と シノニム(Patou et al. 2009)]放獣には海外の失敗例か ら反対とする一方,喜界島(1942 年導入),沖永良部(1952 年)および与論島(1953,1957 年)におけるネズミ対 策のニホンイタチ放獣による成功から,奄美大島や徳之 島に当時行政が実施していたニホンイタチ導入(1954– 1958 年)について,ハブ増殖を抑えるネズミ対策の効 果への期待と固有生物への影響の懸念を平岩らは示して いる(平岩ほか 1958a).なお,上記で平岩がフイリマ ングース導入反対を述べているのは,平岩の東京帝国大 学動物学科時代の教授(谷津直秀)の前教授(1910–1924 年の間在任)であった渡瀬庄三郎(1862–1929 年)の行っ た沖縄島へのフイリマングースの放獣(1910 年)の効 果について,ハブへの天敵効果がほとんどなく,家禽や 人家に被害を及ぼし住民に敬遠されていると評価されて いたためである(平岩 1967b). 上述の奄美大島や徳之島へのニホンイタチ導入に関し ては,鹿児島県衛生部が,ハブ対策の一環として奄美大 島や徳之島,奄美大島隣接の枝手久島,加計呂麻島,請 島および与路島にニホンイタチを導入したと記録されて いる(森田 1964).文献によって放獣頭数は若干異なる が,1954–1958 年の 5 年間に奄美大島に 1,617 頭,徳之 島に 566 頭のニホンイタチが放獣された(森田 1964). ニホンイタチの導入後は,ネズミによる農業被害の減少 やハブの生息の減少が見られたとされ,上記の平岩ほか (1958a)の森林内でのネズミ類がまったく捕獲されず, ハブも少なかったという報告とも一致する.しかし,そ の後のニホンイタチの定着状況は,導入の 5 年後(小林 1992),25 年後(林 1979)および 1989 年の 30 年後(大 野・高槻 1991)の記載によると,生息が認められてい ないので定着できなかったと考えられる(山田 2000, 2001,2017).他の隣接するハブの生息しない島(喜界島, 沖永良部島および与論島)には導入ニホンイタチが定着 していることから,生態的地位の類似するハブの捕食に よって導入ニホンイタチは定着できなかったと考えられ る(伊波 1966;山田 2000,2001,2017).なお,放獣期 間中の 1955 年の徳之島において,ニホンイタチの四肢 がハブの体内から体外に突き破り出た状態で死亡してい たハブが発見された例があり(木場 1962),ハブの捕食 対象にイタチも含まれることを示している.ニホンイタ チの導入は行政機関によって行われたが,その後の定着 や効果の継続的モニタリングや生態系への影響対策など 詳しくは行われていない.なお,ニホンイタチが定着し なかった奄美大島において,フイリマングース(約 30 頭) が 1979 年頃に放獣された(小林 1992;山田 2000,2001, 2017 ほか). 3.宮崎県延岡市鷺島におけるドブネズミと天敵効果の 評価 宮崎県延岡市の日向灘に面する鷺島は,3 河川の合流 地点の孤立したデルタ地帯で面積 100 ha の無人島であっ た.戦時中の食糧難時代は耕作地となり,ネズミ被害が 1957 年から発生した.平岩らは 1958 年に現地調査を行 い,生息数の推定,食性,繁殖,大発生要因などの考察 を行い,特に作物のムギやサツマイモが食料源となり, ドブネズミが増殖して被害を与えていることを明らかに した(平岩ほか 1959a).生息数推定には,九州大学理 学部生態学講座(1951 年設置)に 1953 年から着任して いた森下正明(1913–1997 年)助教授も協力した.生息 数はさらに増加し被害が増える可能性があるため,早期 の駆除対策を実施する必要があるとして,1958 年 3 月 に殺鼠剤(モノフルオール酢酸ナトリウム)散布を実施 し,同年 9 月にイタチ導入(当時,福岡市で優勢のシベ リアイタチ 23 頭)を実施した.翌年の 1959 年 5 月に駆 除効果の評価を行った.殺鼠剤だけでは完全でなかった が,シベリアイタチ導入により完全に終息できたと評価 し,今後シベリアイタチの定着があれば効果は持続でき
るとし,また耕地整理を行い環境改善を図る必要がある とした(平岩ほか 1959b;平岩・内田 1960b).ただし, シベリアイタチのような天敵導入には,土地の産業(家 禽や家畜)や生物的環境に影響を及ぼすことを考慮して 行うべきは当然と述べている(平岩 1967a).なお,九 州へのシベリアイタチの侵入は 1920 年代終わりから 1930 年代初め(昭和初期),あるいは太平洋戦争後(1945 年)とされ,朝鮮半島から九州北部に入り拡散したと考 えられている(平岩 1967b;佐々木 2018). 4.南洋諸島ミクロネシアにおけるネズミと天敵効果の 評価 まず,南洋諸島ミクロネシアについて少し解説すると, 第一次世界大戦によってドイツ領の南洋諸島(ミクロネ シアの島々)を占領した日本は,国際連盟から委任統治 区域として 1920 年から 1947 年まで 27 年間を日本領の 一部とし,開拓のために「南洋庁」を設置した.当時日 本人は最大で 10 万人が移住し,人口は島民 5 万人に対 して日本人は 8 万人ほどであった.日本の統治により産 業が盛んになり,農業ではサトウキビ栽培と製糖業,コ コヤシCocos nucifera,カツオ Katsuwonus pelamis 漁と 鰹節生産,鉱業ではリン鉱石やボーキサイトが採掘され 利用されていた.しかし,第二次世界大戦の敗戦によっ て日本はこれらの統治をすべて失うことになった. この南洋庁とも関係し,ミクロネシアなどにおいて, 1930 年代後半から昆虫相などの調査研究を九州大学農 学部昆虫学教室(当時は動物学第 2 講座)の教授の江崎 悌三(1899–1957 年)や天敵による害虫防除研究で世界 的にも有名な九州大学農学部生物的防除研究施設(1964 年創設)の教授の安松京三(1908–1983 年)などが行っ ていた(江崎 1984a).世界保健機関(WHO)の環境生 物部長マーシャル・レヤード(Laird 1963)が 1964 年に 安松を訪問し,ミクロネシア諸島のネズミ対策としてオ オトカゲの天敵効果の評価調査を平岩と相談し,内田が 現 地 調 査 を 行 う こ と に な っ た( 内 田 1966a,b;平岩 1967a).ネズミや小型哺乳類に対するイタチ類 Mustela の天敵動物利用は古くから諸外国でも実施されている が,宮崎県鷺島のシベリアイタチ天敵導入の成果が注目 されたという(Long 2003).当時,海外やわが国におい ても,レイチェル・カーソン著「生と死の妙薬―自然均 衡の破壊者〈化学薬品〉」(カーソン 1964)により,農 業分野では化学的防除(農薬DDT や薬剤抵抗性の問題) から天敵利用や生物農薬による防除,そして生物的総合 防除の新たな方向へと転換が図られ始めた時期でもあっ た(安松 1970;大串 1974 ほか). 内田の調査は,太平洋西部のミクロネシアのカロリン 諸島のIfaluk 環礁(Ifalik)(総面積 1.3 km2,人口 316 名) に 1965 年 11 月から 1 ヶ月間滞在して行われた.旧日本 委任統治区域の島々に,その当時日本人が導入したオオ トカゲによるネズミ類(クマネズミ,ナンヨウネズミ R. exulans)に対する天敵効果の評価が目的であった(内 田 1966a,b;Uchida 1966,1968,1969a;Schreiner 1989). ネズミ類は島の産物のココナツを食害し,落下果実はバ ンクロフト- フィラリア Wuchereria bancrofti 症やデング
Dengue virus 熱 を 媒 介 す る ポ リ ネ シ ア ヤ ブ カ Aedes polynesiensis の発生源となり,ネズミ類は衛生的にも根 源的問題のため,他の太平洋の島々(ポリネシア,ミク ロネシア)へのオオトカゲの天敵導入の評価が求められ ていた(Laird 1963).このオオトカゲの原産地はパラオ 諸島である.ネズミ類の生息密度調査,オオトカゲの食 性調査(胃内容分析)から,オオトカゲが島嶼生態系の 上位捕食者であるが,ネズミ類への捕食が少なく,甲殻 類などへの捕食が多いために,オオトカゲのネズミ類捕 食の効果は少ないと評価し,他の有力な天敵候補として フイリマングースも挙がった.しかし,他の海外におけ るフイリマングースの高い有害性の知見を参考とし,当 時,南琉球諸島(慶良間諸島の座間味島,大東島,石垣 島など)で行政が進めていたニホンイタチ導入の成否や 効果を参考にした上として,ニホンイタチ導入を提案し た.しかし,その前提として,在来種や生態系への影響, 家禽の被害についても考慮が必要とした.しかし,この 提案は実現されなかったようで,当地域へのイタチ類 (Mustela 属)のどの種も導入や定着の記録は今日ない (例えばLong 2003). 5.南琉球諸島におけるネズミと天敵効果の評価 後述のように,南琉球の島嶼で全般的に 1950 年代ご ろにネズミによる農作物被害が著しくなり,加害ネズミ は主には島嶼に広く生息するクマネズミで,市街地や郊 外および一部水田でドブネズミも加害していた(Uchida 1969b;内田・宮良 1972).クマネズミの加害はサトウ キビで多く,パイナップルAnanas comosus にもあり, ドブネズミは水稲を加害した.ニホンイタチ導入は地元 行政により 1957–1958 年の座間味島が南琉球諸島で最初 となり,導入個体は鹿児島県からで,その後農家個人に よっても石垣島(1963),久米島(1965),竹富村(1965– 1966),北大東島(1966),南大東島(1966),伊江島(1966) などの沖縄群島,宮古群島および八重山群島で 2–3 年の 間に一挙に進められた(伊波 1966;Uchida 1969b;宮良 1972;内田・宮良 1972)(表 1).また,ネズミ被害に窮
した石垣島の自家農園ではフイリマングース(1963 年 に 9 頭)が放獣され,また北大東島では個人などにより イエネコ(1965 年に 276 頭)が放獣されたという(伊 波 1966).なお,石垣島導入のフイリマングースは沖縄 島産で,その後の生息情報がないことから定着せずに消 滅したと思われる. このような導入が進められた後の 1967–1968 年に,内 田はこれらの島嶼で現地調査を行い,次のように評価し て指導助言を行った.「比較的小さな島においても殺鼠 剤(クマリン系)だけでは実害がない程度にネズミを減 少できず,イタチ導入と殺鼠剤を併用によりネズミ被害 防除を達成できるが,効果は島の環境条件で左右される」 とし,「ただし,学術的に貴重な固有動物の生息する島 嶼(特に西表島)にイタチ導入は絶対に避けるべき」と 強調し,さらに次のように使用上の注意や警告を述べて いる(Uchida 1969b;内田・宮良 1972).「①イタチによ る他の動物個体群(固有動物)に対する破壊の可能性と 生態系への影響があるため導入の可否を決めるべきで, むやみな導入は厳に慎むべき,②著しい鼠害を鎮圧する ために,イタチ導入のような生物的防除を新たな島嶼で 使用するには,注意深く考慮すべきという考えと,きび しい監督下の実験的研究以外は許されないという考えが ある,③鼠害による減収や防除負担の経済的問題と,ネ ズミや天敵による生態系への影響の生物的問題は同じ目 盛りで図り得ない複雑な因子が存在するように思われ, 島嶼に関係する行政と島民自身が十分に考慮判断される べき問題であろう.」 イタチが農作物のネズミ被害を激減させることを知っ た農家たちや行政は,一挙にイタチ導入を独自に進め農 業生産を回復させている中で,内田はイタチの高い効果 を認めつつも,イタチ導入や定着後の在来種や生態系へ の影響について,注意や警告を後追いで述べざるを得な い状況に当時は置かれていたのではと考えられる. 6.わが国におけるネズミ被害対策としての天敵効果の 評価の総括 北海道から沖縄にいたる地域のネズミ被害防除のため に 1925–1977 年の 52 年間にイタチ(多くはニホンイタ チで,2 個所でシベリアイタチ)導入が実施された少な くとも 51 の島嶼や地域を対象とし,白石が天敵効果の 総括的評価を行っている(白石 1982)(表 1.なお,表 1 では島嶼を追加分離し 55 例とした).この評価は,内 田の南琉球諸島における評価(Uchida 1969b; 内田・宮 良 1972)を全国の事例に拡大したものである.白石の 評価は南琉球諸島における放獣の約 10–20 年後に当た る.これによると,島嶼のような閉鎖的環境では効果は 認められるが,大きな面積の開放的環境の森林などでの 効果は低く,また高密度のイタチの放獣ほど効果が高い と評価している.さらに,殺鼠剤と天敵導入による相乗 効果が高いことも認められるとしている. 一方,イタチの天敵導入に当たっては,対象とする島 嶼や地域の在来生物相の把握,固有種や希少種の存在の 把握が事前に必要で,もしもそれらが存在する場合は天 敵導入ではなく,殺鼠剤など化学的防除に頼るべきと提 言している.その実例として,固有種の生息する東京都 三宅島に対して,1976–1977 年に 20 頭(オス個体)の イタチが導入されたが効果が認められず,追加放獣が検 討されたが,現地の鳥類調査結果を受けて,東京都がイ タチの追加放獣でなく化学的防除にただちに変更決定し たことを,白石はその素早い対応を敬意をもって紹介し ている(白石 1982).しかしその後,実際には 1982 年頃 に雌雄合わせて 20 頭前後が放獣され,1985 年以降イタ チが急増し,ネズミは減少したが,同時に固有爬虫類の オカダトカゲPlestiodon latiscutatusや固有鳥類のアカコッ コTurdus celaenops の減少が顕著になったという(高木・ 樋口 1992;長谷川 2002;樋口 2002;Hasegawa 2003). 4.当時のわが国のネズミ被害と対策の歴史 これまで述べた九州大学農学部動物学教室のネズミ防 除研究の時代的な背景を理解するために,わが国のネズ ミ被害の歴史や対策の歴史,また今日の状況についてこ こで概説する. わが国におけるネズミ類の異常大発生と被害は古くか らあり,例えば江戸時代では,島根県(異常大発生), 山形県(異常大発生),長野県(異常大発生),静岡県(異 常大発生と農作物など被害),青森県(異常大発生と農 作物など被害)における記録がある(宇田川 1961).明 治時代になると,より具体的な記録があり,1883 年(明 治 16 年)から 1960 年(昭和 35 年)の 77 年間に 48 件 ほどの記録が残されており,北海道から九州までの地 域で,ハタネズミやドブネズミによる山林や耕作地で 被 害 が あ り, ま た サ サ 類( イ ネ 科Poaceae タ ケ 亜 科 Bambusoideae)の開花結実に伴うネズミの増殖も多く記 録されている(渡辺 1960;宇田川 1961). ネズミの被害面積の変遷については,1950 年から林 業被害面積が記録されており,被害面積は 1950 年代か ら 1970 年代にかけて最大 20 万ha から 5 万 ha 前後の広 範囲の被害が起きており,1980 年代以降は,造林面積 の減少とともに被害面積は小規模になり 2 千ha 以下と
表 1.わが国におけるイタチ類の放獣によるネズミ駆除の評価(白石 1982)とその後の生息と対策の状況(2020 年現在での再整理に よる状況) 例 放獣地 (km面積2)*, ** イタチの種類* イタチ放獣年 放獣頭数 イタチ頭数/km2 殺鼠剤使用 効果対策† 2020 年現在で再整理した生息と対策の状況* イタチ生存/ 消滅 イタチ影響・対策 文献 1 鹿児島県・吐噶喇(トカラ)諸島 101.35 ニホンイタチ, 一部でニホンテン 1925–27 70–80 0.74 ◎ 生存 鹿児島 2017 2 北海道・樺太 76,400.00 ニホンイタチ 1932–40 123 0.002 × 3 北海道・利尻島 182.11 ニホンイタチ 1933–35 41 0.23 ○ 生存 北海道 2010 4 大分県・久住山国有林 156.17 ニホンイタチ 1934–36 66 0.42 ○ 5 東京都・利島* 4.12 ニホンイタチ 1935 ? ? ○ 長谷川雅美(https:// www.toho-u.ac.jp/ sci/bio/column/0805. html;2020 年 11 月 3 日確認) 6 北海道・礼文島 81.33 ニホンイタチ 1940–44 88 1.08 ◎ 生存 北海道 2010 7 鹿児島県・喜界島 56.93 ニホンイタチ 1942 ? ◎ 生存 対策 鹿児島 2017 8 北海道・奥尻島 142.97 ニホンイタチ 1948 24 0.17 × 生存 北海道 2010 9 北海道・焼尻島 5.21 ニホンイタチ 1950–52 約 200 38.39 ○ 10 鹿児島県・沖永良部島 93.63 ニホンイタチ 1952 相当数 ― × 生存 鹿児島 2017 11 鹿児島県・与論島 20.80 ニホンイタチ 1953 10 0.48 × 生存 鹿児島 2017 12 鹿児島県・奄美大島・名瀬市 127.68 ニホンイタチ 1954–58 264 2.07 ○ 消滅 山田 2017 13 鹿児島県・奄美大島・宇検村 103.07 ニホンイタチ 1954–58 246 2.39 ◎ 消滅 山田 2017 14 鹿児島県・奄美大島・龍郷町 81.82 ニホンイタチ 1954–58 172 2.10 ○ 消滅 山田 2017 15 鹿児島県・奄美大島・笠利町 60.23 ニホンイタチ 1954–58 130 2.16 △ 消滅 山田 2017 16 鹿児島県・徳之島・徳之島町 104.92 ニホンイタチ 1954–58 235 2.24 ○ 消滅 山田 2017 17 鹿児島県・徳之島・天城町 80.40 ニホンイタチ 1954–58 159 1.98 △ 消滅 山田 2017 18 鹿児島県・奄美大島・瀬戸内町 239.65 ニホンイタチ 1955–58 570 2.38 △ 消滅 山田 2017 19 鹿児島県・徳之島・伊仙町 62.71 ニホンイタチ 1955–58 172 2.74 △ 消滅 山田 2017 20 鹿児島県・奄美大島・大和村 88.26 ニホンイタチ 1956–58 143 1.62 ◎ 消滅 山田 2017 21 鹿児島県・奄美大島・住用村 118.16 ニホンイタチ 1956 60 0.51 △ 消滅 山田 2017 22 鹿児島県・与論島 20.80 ニホンイタチ 1957 200 9.62 ◎ 生存 鹿児島 2017 23 沖縄県・座間味島 6.70 ニホンイタチ 1957–58 約 40 5.97 ◎ 生存 関口ほか 2002, 沖縄県 2020 24 沖縄県・阿嘉島 3.80 ニホンイタチ 1957–58 43 8.69 併用 ○ 生存 沖縄県 2020 25 沖縄県・慶留間島 1.15 ニホンイタチ 1957–58 8.69 併用 ○ 生存 沖縄県 2020 26 沖縄県・外地島* ニホンイタチ 生存 沖縄県 2020 27 宮崎県・鷺島 1.00 シベリアイタチ 1958 23 23.00 併用 ◎ 28 愛媛県・戸島 2.76 ニホンイタチ 1958 90 32.61 併用 ◎ 消滅 山内ほか 2008 29 愛媛県・嘉島 0.54 ニホンイタチ 1958 30 55.56 併用 ◎ 消滅 山内ほか 2009 30 東京都・八丈島 69.11 ニホンイタチ 1959–63 67 0.97 併用 ◎ 生存 環境省 2015 31 北海道・大雪山国有林 961.97 ニホンイタチ 1961–79 402 0.42 併用 × 生存 北海道 2010 32 沖縄県・北大東島 11.93 ニホンイタチ 1965–67 178 14.92 併用 ◎ 生存 沖縄県 2020 33 沖縄県・石垣島 222.54 ニホンイタチ 1965–71 3,097 13.92 併用 ○ 34 沖縄県・竹富島 5.42 ニホンイタチ 1965–66 113 20.85 ? 35 沖縄県・南大東島 30.53 ニホンイタチ 1966–67 481 15.75 併用 ◎ 生存 沖縄県 2020 36 沖縄県・伊江島 22.78 ニホンイタチ 1966 360 15.80 併用 △ 生存 環境省 37 沖縄県・伊良部島 29.06 ニホンイタチ 1966–68 732 18.90 併用 ○ 生存 対策 河内ほか 2018, 沖縄県 2020 38 沖縄県・下地島 9.68 ニホンイタチ 1966–68 18.90 併用 ○ 生存 対策 河内ほか 2018, 沖縄県 2020 39 沖縄県・来間島 2.84 ニホンイタチ 1966–67 70 24.65 併用 ○ 40 沖縄県・西表島 289.61 ニホンイタチ 1966–68 319 1.10 併用 △ 41 沖縄県・小浜島 7.86 ニホンイタチ 1966–68 207 26.34 併用 ◎ 42 沖縄県・波照間島 12.73 ニホンイタチ 1966–68 348 27.34 併用 ◎ 生存 沖縄県 2020 43 長崎県・青島 0.90 シベリアイタチ 1966 20 22.22 併用 ◎ 44 沖縄県・伊平屋島 20.66 ニホンイタチ 1967–68 472 22.85 併用 ○ 45 沖縄県・久米島 59.11 ニホンイタチ 1965–70 1,057 17.88 併用 △ 46 沖縄県・多良間島 19.75 ニホンイタチ 1967–68 472 23.90 併用 ○ 生存 沖縄県 2020 47 沖縄県・宮古島 158.93 ニホンイタチ 1967–71 713 4.49 併用 △ 生存 対策 河内ほか 2018, 沖縄県 2020 48 沖縄県・池間島 2.80 ニホンイタチ 1967–68 62 22.14 併用 ○ 生存 沖縄県 2020 49 鹿児島県・沖永良部島 93.63 ニホンイタチ 1967 78 0.83 ○ 生存 鹿児島 2017 50 秋田県・八郎潟干潟 22.02 ニホンイタチ 1967–68 58 2.63 ? 51 長野県・中央アルプス国有林 16.40 ニホンイタチ 1968 5 0.30 ? 52 沖縄県・伊是名島 4.50 ニホンイタチ 1969–71 806 179.11 ○ 53 沖縄県・渡名喜島 3.74 ニホンイタチ 1969–71 123 32.89 ○ 54 東京都・三宅島 55.44 ニホンイタチ 1976–77 20 0.36 × 生存 樋口 2002, 環境省 2015 55 東京都・三宅島* 56.44 ニホンイタチ 1982 20? 0.35 ○ 生存 樋口 2002, 環境省 2015 *:本表のカラム名と本表内の*部分は山田の追記,無印部分は白石(1982)による. **:放獣対象面積は不明のため,面積は島では島面積,地域では名称の国有林の面積を示す. †:×,効果なし;△,地域により効果あったりなかったり;○,効果あり;◎,顕著な効果あり;?,不詳.
極めて少なくなっている(林野庁 2016;山田 2019)(図 1).一方,農業被害では過去の全国的な被害記録が整っ ていないが,例えば,農林省の全国調査が行われた 1935 年には被害面積は 130 万ha(被害金額は 2020 年の 価値換算で約 180 億円)で,イネ(47%),イモ類(19%), ムギ(17%),雑穀・蔬菜・豆類・果樹など(17%)が 被害を受け,また 1950 年の全国調査では,被害面積は 80 万ha で,イネ(43%),ムギ(29%),雑穀と蔬菜(19%), イモ類(10%)が被害を受け,被害金額は約 2,100 億円 (2020 年の価値換算として)と推定されている(宇田川 1974).今日では耕作地の被害面積は 1,000 ha(1999 年) から 400 ha(2017 年)程度に減少している[農林水産 省 2019 年度野生鳥獣による農作物被害状況の推移(鳥 獣 種 類 別 )URL:https://www.maff.go.jp/j/press/nousin/ tyozyu/191016.html;2020 年 11 月 3 日確認]. 太平洋戦争の直後の食糧増産期の 1950 年代には,水 田の拡大に伴い,耕作地における加害獣はハタネズミか ら優勢となったドブネズミにより被害を拡大させたとい う(宇田川 1974).一方,九州から奄美群島や沖縄諸島 で栽培の盛んなサツマイモに大きな被害が発生し,島民 が離島した事例(鹿児島県トカラ列島の臥蛇島)もあり, さらに奄美群島や沖縄諸島の主要農産物のサトウキビ も,クマネズミ,ドブネズミ,ハツカネズミ類から大き な被害を受け,石垣島では 1966 年に総生産量の 60%が 被害を受け,当時,アメリカ軍政(「琉球列島米国民政 府United States Civil Administration of the Ryukyu Islands, USCAR」,1946–1972 年の間)下の琉球政府は日本政府 に緊急の対策を求め,対策がとられた[高良 1966;宇 田川 1974;沖縄公文書館「ねずみ駆除大作戦 1951 ~新 殺鼠剤ワルファリン」,「ねずみ駆除大作戦 1967 ~一斉 駆除週間とイタチ」(URL:www3.archives.pref.okinawa. jp;2020 年 11 月 3 日確認)].特に毒蛇ハブの生息する 島嶼(奄美大島,徳之島,沖縄島など)においては,増 殖したネズミの捕食者のハブによる人間への咬症問題も 大きくなった[千葉・小野寺 1978;水上 2004;沖縄県 ハブ被害(URL:https://www.pref.okinawa.lg.jp/site/hoken/ eiken/eisei/habunohigai2.html;2020 年 11 月 3 日 確 認 )]. 奄美大島の名瀬市(現,奄美市名瀬)を取り囲む山は緑 の森で現在覆われているが,かつては山頂まで段々畑と なりサツマイモ畑が広がっている写真を私は驚きながら 見たことがあったが,食糧増産のための山域までの開拓 やサトウキビ畑の拡大,それに伴うネズミ被害増加やハ ブ咬症の増加がこの時期に起きていたのであった. 全国的にはこの他にも,ネズミ類により果樹や絹生 産のための桑園の被害,畜産業では養鶏場や豚舎牛舎 の飼料や牧草への被害,水産業では漁網被害,養殖被 害などさまざまな被害が起きた(宇田川 1961,1974; 阿部 1983).これに加えて,感染症の問題として,農 作物や家畜への病気の伝播や人への感染も起こし,人 で は ペ ス ト 菌Yersinia pestis 感 染 症, サ ル モ ネ ラ 菌 (Salmonella 属)など食中毒,黄疸出血性レプトスピラ (Leptospira interrogans など)症,鼠咬症(Spirillum minus と Streptobacillus moniliformis),ツツガムシ Orientia tsutsugamushi 病,日本住血吸虫 Schistosoma japonicum 病,
大阪の梅新熱(あるいは梅田熱)や韓国出血熱(ハンタ ウィルスHantaan orthohantavirus)などが大きな問題と
図 1.北海道と本州・四国・九州における野ネズミの森林被害の推移(1960–2015 年度)および全国における野ネズミの森林被害の推 移(1950–2015 年度).1950–1959 年の間の統計に地域区分はないため全国として表示.林野庁「林業統計要覧(1950–2002),森林・ 林野統計要覧(2003–2016)」から描く.
なっていた(宇田川 1961,1974).
このようなネズミ被害に対する当時実施されていた対 策は,明治期から大正期の 1900 年代以降では,農業や 林業の現場では,病原菌の野鼠チフス菌(ネズミチフス 菌)Salmonella enterica subsp. enterica serovar Typhimurium (血清型分類に基づく表記)が使われていたが,1948 年 (昭和 23 年)以降に禁止となった(宇田川 1961).化学 的防除として硝酸ストリキニーネ,タリウム剤,炭酸バ リウム,亜砒酸石灰,黄燐製剤,そしてモノフルオール 酢酸ナトリウムが用いられたが,短期的な効果でしかな く,捕食動物への薬害による二次被害の問題があり,太 平洋戦争後(1945 年)には,生態的防除法も加わり, 性能の高い薬剤も使用されるようになった(宇田川 1961,1974;阿部 1983). ネズミ対策の長期的効果を期待した一手段として,島 嶼では早くから天敵動物(ニホンイタチ)の放獣が行政 により行われ,わが国では鹿児島県トカラ諸島(1925 年, 大正 14 年)が最初で,その後北海道の樺太(1932 年), 利尻島(1933 年)で実施され効果があったために,以 降各地での天敵導入として使用されることになった(犬 飼 1935,1939,1942,1949;宇田川 1961;林野庁 1969) (表 1). 林業では天敵動物の保護や導入が行われ,九州の阿蘇・ 九重山でニホンイタチの捕獲禁止が 1932 年から,また 放 獣 が 1934–1936 年 に 行 わ れ た( 犬 飼 1949; 宇 田 川 1961;林野庁 1969;白石 1982).放獣ニホンイタチの多 くは他所の野外で捕獲された野生個体の放獣であった が,林野庁は宇都宮営林署(栃木県日光市)に「日光有 益増殖事業所」を設置して,1959–1979 年の 20 年間に 養殖した 1,350 頭のニホンイタチを北海道や本州,四国 の主に国有林で放獣した(御厨 1980).なお,ニホンイ タチの養殖は,そもそも毛皮生産を目的として 1915 年 ごろから始まり 1930 年ごろから増え,「昭和農業恐慌」 と呼ばれる東北の冷害大凶作時の各地の農家の副業とし て奨励され,野生個体の毛皮とともに,わが国の有力な 輸出品(ジャパニーズミンク,ウィーゼルあるいはイタ チ の 名 称 で 他 製 品 と 区 別 ) の 1 つ で あ っ た( 林 野 庁 1969;寺田 1977;御厨 1980). このようなネズミの異常増殖と被害および人間の対応 の騒動は,報道にも取り上げられ,小説でも発表されて いた(開高 1957;平岩 1967a;御厨 1980). なお,天敵動物の保護や導入は,林業被害の多かった ノウサギ類Lepus 属(北海道のエゾユキウサギ L. timidus ainu と本州以南のニホンウサギ L. brachyurus)に対して も行われ,捕食者としてアカギツネVulpes vulpes,ニホ
ンテンMartes melampus,タヌキ Nyctereutes procyonoides そして猛禽類の保護も行われた.天敵導入としてアカギ ツネやニホンテンが新潟県佐渡島に導入(1959–1962 年) され,今日ニホンテンは定着している(佐藤 1998;山 田 2017).また北海道にもニホンテンが導入され定着し ている(Masuda 2015).一方,海外でも用いられている ような病原微生物を用いた生物的防除法を,わが国は実 施しない決定を 1960 年に行ったという(宇田川 1961). わが国では,今日においてもネズミ被害は起き続けて いるが,上述のとおり,過去に比べて被害規模は小さく なってきている.ネズミ被害対策を見ると,主に野ネズ ミ(在来種)による被害を受ける林業では,森林伐採や 植栽面積の小規模化や分散化に伴い,被害も小規模分散 化してきており,林業地の生態的防除や薬剤使用が主に 実施されている(中田ほか 2000;中津 2002;明石ほか 2007).一方,野ネズミも含まれる場合もあるが,主に イエネズミ(外来種)による被害の多い農業においては, 化学的防除や侵入防止対策が行われ,また畜産業も同様 で,最近は感染症対策として農林水産省「飼養衛生管理 基準」の改正が 2020 年に行われ,実態把握調査などが 進められている(森田ほか 2010;河本ほか 2011;河本 2012;坂本ほか 2019 ほか). 5.残された問題と今後の課題 以上見てきたように,平岩や内田が取り組んだ四国, 九州,奄美群島,沖縄諸島および海外の南洋諸島におけ るネズミ対策研究は,主にイエネズミ(外来種ネズミ) の起こす被害対策を対象とし,わが国では先駆的取り組 みであり,また従来から広く使用されていた殺鼠剤と天 敵動物の有効性の評価や指導助言も調査研究に基づいた 知見からの初めての取り組みであったと言える.当時の 社会経済や農業技術から考えると,ネズミの異常増殖と 被害を抑制する有効手段の少ない中で,即効性や持続性 を期待しての従来から使用されている天敵導入は農家や 行政が大いに救われたと思う.しかし,ネズミ増殖と被 害が収束し始めると,内田が指摘したように,導入した 天敵動物による在来生物や生態系への被害が問題になっ てきた.特に,在来の捕食性哺乳類が生息していなかっ た島嶼では影響は顕著に現れたと言える. わが国で起きた特に記録の残る 50–70 年前のネズミ被 害と対策の歴史は,太平洋戦争の戦中戦後からの復興と して森林再生や食糧増産による大きな人為的な自然改変 の中での出来事と言える.島嶼などにおける外来種ネズ ミの異常増殖と被害は,海外でも古くから大きな問題で,
天敵動物の導入やさまざまな対策が取られてきた(熱帯 野鼠対策委員会 1993;Long 2003;橋本 2011;池田・山 田 2011;亘 2011;ソウルゼンバーグ 2014;Buckle and Smith 2015;Duron et al. 2017 ほか).近年は,島嶼から の外来種ネズミの完全排除(根絶)の成功も達成されつ つあり,また導入された天敵動物(外来捕食性哺乳類) の定着と在来生物や生態系への影響の大きいことが明ら かになり,ネズミと天敵動物の両方の排除も実施されつ つある.わが国においても,小笠原諸島でのネズミ対策 の取り組みが進められ,また伊豆諸島や琉球列島などで 天敵として導入された外来種による在来のトカゲ類 Sauria やヘビ類の絶滅や生息数減少を起こしていること が明らかになり,一部で対策(天敵動物の捕獲排除)が 実施され始めている(上杉ほか 1998;長谷川 2002;関 口ほか 2002;山田ほか 2011;Nakamura et al. 2014;中 村 2016;河内ほか 2018;鈴木 2018).本稿では,導入 イタチ類のその後の状況を把握するために,本稿作成時 に可能な範囲の文献や行政情報をもとに表 1 に追記した ( 樋 口 2002; 関 口 ほ か 2002; 山 内 ほ か 2008; 北 海 道 2010;環境省 2015;鹿児島県 2017;沖縄県 2020 ほか). しかし,地域や島嶼を個別に確認できていないために不 明な箇所があるため,今後,生息や影響また対策の実態 などの情報収集が必要と考える. 環境省は 2015 年 3 月策定の「生態系被害防止のため の外来種リストと行動計画」において,島嶼などの外来 種ネズミ(ハツカネズミ,ドブネズミ,クマネズミ), 伊豆諸島などのニホンイタチや関西以西のシベリアイタ チ,佐渡島のニホンテンは国内由来の外来種として「重 点対策外来種」に指定し,生息数削減や根絶などを目標 とした対策を求めている(環境省 2015).なお,天敵導 入されたフイリマングースの外来種対策は奄美大島では ほぼ根絶寸前まで進み,沖縄島北部においても生息削減 を達成し,それぞれ在来種回復を図りつつある[小倉・ 山田 2011;橋本ほか 2016;山田 2017;環境省沖縄奄美 自 然 環 境 事 務 所 マ ン グ ー ス 防 除 事 業(URL:http:// kyushu.env.go.jp/okinawa/pre_2019/post_84.html と http:// kyushu.env.go.jp/okinawa/pre_2020/20192020.html;2020 年 11 月 3 日確認)].また鹿児島県本土に侵入したフイ リマングースはほぼ根絶状態にある(船越ほか 2015). 生物多様性保全の観点から,天敵動物の野外での使用 は今日では禁止されているが,わが国においても外来種 ネズミの対策や定着した外来生物の対策を,特に捕食性 哺乳類が元来生息していなかった島嶼において総合的に 一層進める必要がある. お わ り に 内田照章先生の追悼として,九州大学農学部動物学教 室の取り組みのうちで,特にネズミ対策研究の取り組み を整理し,当時の背景や状況との関係を理解するために 概要を述べた.このような取り組みなどに基づいて,今 から 65 年前に創設されたネズミ研究グループ,59 年前 に発展的移行された哺乳類研究グループ,そして 33 年 前に発足した日本哺乳類学会のそれぞれに,平岩先生や 内田先生が中心的に関わり,日本の哺乳類学の発展に貢 献されてきたと言える.今回先生方に関連する資料を読 みながら,これまで知り得なかった多くの新たな興味深 い知見や関係性などを知ることができた.先生方は被害 発生地の現地調査を農家や行政とともに行い,助言指導 を行い,また共同研究の輪を広げ,問題解決に向けて精 力的に取り組んでこられたと思う.時代や背景は異なる かもしれないが,本稿が今後の哺乳類研究や対策研究に 何がしら役立てればと思う. 謝 辞 九州大学名誉教授の内田照章先生の追悼特集として, 内田先生の研究活動の歴史順に,1)ネズミ研究につい て山田文雄,2)コウモリ研究について庫本 正先生(元 秋吉台科学博物館館長),そして 3)研究協力や学会統 合などについて三浦慎悟先生(元日本哺乳類学会会長, 早稲田大学名誉教授)の報告を掲載した.ご寄稿いただ きました庫本先生と三浦先生に謝意を表する.また掲載 のお世話をいただいた前編集長(大館智志氏)と現編集 長(佐藤喜和氏)に謝意を表する.本特集の企画提案を いただき,また私の草案を読み適切なアドバイスをいた だいた村上興正先生と船越公威氏に感謝し,また匿名の 査読者 2 名からも適切で丁寧なご指導をいただき感謝す る.また,文献のご提供をいただいた河内紀浩氏にお礼 を述べる. 引 用 文 献 阿部 永・藤巻裕蔵・齊藤 隆・大舘智志・佐藤喜和.2020.『哺 乳類科学』60 巻記念座談会―創立メンバーから次世代へ 伝えたいこと.哺乳類科学 60: 129–137. 阿部 禎.1983.ネズミ.鳥獣害の防ぎ方(由井正敏・阿部 禎, 編)pp. 216–246.農山漁村文化協会,東京. 明石信廣・南野一博・中田圭亮.2007.1985 年から 2005 年の 野ネズミ発生予察調査資料に基づくエゾヤチネズミ発生予 想式.北海道林業試験場研究報告 44: 97–108.
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