1 日本視機能看護学会誌5号
原
著
PA・ヨード点眼・洗眼液
®
を用いた皮膚消毒効果
河部至貴 城典子 山川良治
要 旨
目的:眼科術前消毒法において眼周囲皮膚には皮膚用の消毒薬を使用するのが一般的である。A 病院の術前消毒法には 結膜嚢内に加え,眼周囲皮膚にも 6 倍希釈 PA・ヨード点眼・洗眼液 ®( 以下 PAI) を使用している。この方法で眼周囲 皮膚消毒効果を検証する。 方法:2019 年 3 月〜 4 月の間に,A 病院で白内障入院手術を予定した 65 歳以上の患者 22 名 29 眼を対象とした。洗 眼消毒前後で頬部皮膚を BD BBL カルチャースワブプラスTM® で擦過し,培養を行った。 結果:消毒前の培養結果は 29 眼中 12 眼で菌が検出され,消毒後の培養結果は 29 眼中 3 眼で菌が検出された。両群 に統計学的に有意差を認めた。 考察:A 病院での眼周囲皮膚消毒後の細菌検出率は十分低い数値であることが確認できた。長時間の手術に対する有用 性を検証するためには,さらなる研究を行う必要があると考えられた。 キーワード:PA・ヨード点眼・洗眼液® 皮膚消毒効果 術前洗眼 皮膚常在菌 白内障手術 外科領域では術後感染を予防するために,術前に消毒を 行い,術野に菌を持ち込まないことが重要とされている。眼 科領域も同様で,術後眼内炎予防に対して様々な方法や研 究が行われている1~22)。しかし,Ciulla らは十分な根拠が示 された術後眼内炎予防法は少ないとしている1)。松浦は「眼 内炎は発症率が高くないことに加え多くの因子が絡んでいる ことから,ある特定の因子(消毒法など)の有用性を証明 することは難しい。仮にエビデンスが確立されていなくても, 理論的に良いと思われることを(安全で現実的であるならば) 積極的に取り入れる個々の術者の姿勢が大切である」2)と述 べている。 現在眼科領域で広く行われている消毒方法は 10%ポビド ンヨード(以下 PI)で眼周囲皮膚を,4 〜 8 倍希釈 PA・ヨー ド点眼・洗眼液 ®(以下 PAI)で結膜嚢内を消毒する方法が 行われている1,3,4)。他にも結膜嚢内,眼周囲皮膚に使用可能 な消毒薬はあり5),消毒方法は施設によって様々である6)。 A 病院では 2012 年に術前洗眼を見直す機会があり,最 も根拠があるとされていた Ciulla ら1)と,Inoue らの報告3) をもとに,眼周囲皮膚は 10% PI へ,結膜嚢内は 6 倍希釈 PAI とした。しかし,睫毛等が術野に露出しないようにドレー プを貼り付けるため,塗布した 10% PI を拭き取っていた。 拭き取るのであれば,文献 7 〜 11) を参考に,6 倍希釈 PAI で眼周囲皮膚を消毒し,ドレープで術野から隔絶させれば 充分な効果が得られるのではないかと考えた。しかし本来 皮膚への適応の無い PAI で眼周囲皮膚の消毒を行なうこと は一般的ではない。調べてみると,6 倍希釈 PAI を眼周囲 皮膚の消毒に使っている施設は少なく6),皮膚消毒効果の報 告も見つからなかった。術後眼内炎は失明の可能性があり, できる限りの予防が必要である。そこで 6 倍希釈 PAI を用 いた一連の洗眼方法には眼周囲皮膚に対して消毒効果があ るのか検証し,報告することとした。はじめに
受付日:2020 年 3 月 28 日 受理日:2020 年 10 月 29 日 医療法人社団ひかり会 木村眼科内科病院2 日本視機能看護学会誌5号 1期間と対象 2019 年 3 月 28 日〜 4 月 24 日に,A 病院で入院による 白内障手術を受けた 65 歳以上で同意が得られた 22 名 29 眼(男性 8 名 11 眼,女性 14 名 18 眼)平均年齢 76.8 ± 6.5 歳を対象とした。またヨード・造影剤アレルギーがある,顔 面皮膚への軟膏などの薬剤使用中,術前点眼を除く抗菌薬・ ステロイド・抗癌薬の使用中,白内障クリニカルパス適応外, 研究者が不適格であると判断した場合等の除外因子を設け た。患者には手術室に来る前に自身の洗顔フォームで洗顔を してもらい,術眼周囲は特に入念に洗うよう指導している。 洗顔フォームの種類は特に指定していない。洗顔が確実に 行われたかどうかを看護師が聞き取りを行い,明らかな汚れ 等がないことを目視確認している。午前の手術であれば朝 食後に,午後の手術であれば昼食後に行うが,洗顔のタイ ミングは定めておらず患者に任せている。また洗顔の実施確 認の際に,術前 3 日前からのガチフロ ® 点眼液 0.3% による 点眼処置の実施も確認している。 2調査方法 手術室入室後すぐの消毒前と 6 倍希釈 PAI による消毒後 の 2 点で検体採取を行った。具体的な手順は以下に記す。 1)術眼付近の頬部皮膚から消毒前検体を採取。 2)低刺激性の石鹸(SARAYA アラウベビー ®)で眼周囲 皮膚を広めに 5 秒〜 10 秒程度洗浄。(上は眉毛上, 下は鼻下部,外側は顎関節上,内側は鼻背の範囲) 3)生理食塩液(以下生食)で濡らしたガーゼで肉眼的に 泡がなくなるまで拭き取り,6 倍希釈 PAI で石鹸洗浄範 囲を鼻背から耳側へ5秒程度かけ流す。この際ヨード が付着していないところがないように留意する。 4)6 倍希釈 PAI に浸した綿棒で 2 回,石鹸清拭範囲内の 眼周囲皮膚に摺りこむように拭く。 5)眼周囲皮膚,眼瞼縁,結膜嚢内を 6 倍希釈 PAI で連 続して1分程度洗浄する。眼周囲皮膚,結膜嚢内を 肉眼的に PAI の色がなくなるまで生食で流す。石鹸洗 浄範囲に 6 倍希釈 PAI を流してからはおよそ 2 分〜 2 分 30 秒経過している。この一連の洗眼消毒には生食 100ml 1 ボトルに PAI20ml(1 瓶)を溶解し 6 倍希釈 として作成したものを全量使用する。 6)皮膚は1〜2分後に乾燥したことを確認し,消毒前と同 様の位置から消毒後の検体を採取する。 検体採取には輸送用培地 BD BBL カルチャースワブプラ ス TM® を用い,B 検査センターへ好気性菌・嫌気性菌・ 真菌の培養を依頼した。 「人を対象とする医学系研究に関する倫理指針」に則り, 文書を用いて説明し,説明内容を研究対象者が理解してい ることを確認した上で,本研究への参加は被験者の自由意 思に基づいて決定して良いこと,研究に参加しなくても不利 益を受けないこと,一旦研究参加に同意した後でも不利益 を受けること無くいつでも同意を撤回できることを説明した。 またプライバシーの保護に努めることを約束し,同意が得ら れた患者に実施した。研究の実施,および結果の公表に関 しては,A 病院倫理委員会の承認を得た。 消毒前の群から12 眼(41.3%)で菌が検出され,消毒後 の群からは消毒前に検出された 12 眼のうち 3 眼(10.3%) で菌が検出された。(図 1)。
検 出 さ れ た 菌 は coagulase negative Staphylococcus ( 以 下 CNS),Propionibacterium acnes( 以 下 P.acnes),
Corynebacterium spp.の 3 種類であった。消毒前検出菌 の内 訳は CNS 7 株,P.acnes 7 株,Corynebacterium spp. 1 株であった。10 眼は1株のみ検出されたが、2眼は複数 の菌が同時に検出された。1 眼は CNS とP.acnes が検出さ れ、もう1眼は CNS,P.acnes,Corynebacterium spp.が検 出された。消毒後検出菌の内訳は CNS 2 株,P.acnes 1 株, Corynebacterium spp.は検出されなかった(表 1)。
Ⅰ.方法
Ⅱ.倫理的配慮
Ⅲ.結果
PA・ヨード点眼・洗眼液 ® を用いた皮膚消毒効果 図 1. PAI 眼部皮膚消毒による菌検出眼数と割合 この図は洗眼消毒前後での菌検出数の変化を示している3 日本視機能看護学会誌5号 消毒前後で菌が検出された群とされなかった群で Fisher の正確確率検定を行い,p=0.0148 (p<0.05) 有意差を認め た。検定には js-STAR version9.8.3j を使用した。 今回の研究では症例数が少ない為,検出菌別の検定は行 わなかった。 A 病院で行なっている術前処置は,病棟での洗顔,手術 室での眼周囲皮膚石鹸洗浄,6倍希釈 PAI による眼周囲皮 膚,眼瞼縁,結膜嚢内消毒に分かれる。一般的に紹介され ている術前処置と比較して,手術室に来る前に洗顔をしてい ること,皮膚に6倍希釈 PAI を使用していること以外には大 きな違いはなさそうである5,9,12)。 今回の研究で消毒前の群では 12 眼 (41.3%) で菌が検出さ れCNS7株, P.acnes7株, Corynebacterium spp.1株であっ た。これらは健常な人間の皮膚常在菌で,CNS とP.acnes は術後眼内炎の代表的な起炎菌とされている4)。程度は不 明であるが,今回の検出結果には手術室に来る前の洗顔が 影響していると予想される。洗顔は患者自身の洗顔フォーム を使用して術眼周囲を入念に行うように説明するが,タイミ ングや方法は任せている。その上で 41.3% 菌が検出されたこ とは術前の洗顔指導の振り返りが必要である。 まず手術室に来る前に患者自身に洗顔をしてもらってい る。これは事前に汚れ等を落とした状態で来てもらうだけで なく,眼内炎予防の取り組みに患者自身が参加してもらう意 味でも有効であると考える。しかし皮膚面は消毒をしても約 20 分以上を経過すると毛根から細菌が湧き出してくることが 知られており9),洗顔のタイミングは患者に依存しているた めどれだけ経過しているか不明である。長く時間が経てば効 果が期待できない為,手術室に来る10 分前などに定めて患 者の協力を得るよう説明しておけば,より眼内炎予防となる 可能性が高い。患者の理解度に応じて洗顔に看護師が立ち 会うことも必要と考える。 手術室に来て始めに眼周囲を低刺激性の石鹸で洗浄す る。一連の流れからは 2 度目の石鹸洗浄となる。この方法 を採用した時にも参照されているが,ヨードは皮脂等をあら かじめ落としておくことによって,毛穴等によく浸透し,消 毒効果を高め,術後も細菌の増殖が抑えられるとされている 12)。そのため,6 倍希釈 PAI による皮膚消毒前の石鹸洗浄 は術後眼内炎予防のために重要であると考える。 6 倍希釈 PAI をかける前に石鹸を生食ガーゼで拭き取っ ているのは,10%PI は添付文書に石鹸成分が残ると殺菌作 用を弱めるとしている為である。PAI はもともと皮膚に適応 が無いためこのような注意書きは無いが,石鹸を拭き取って 使用する方が汚れも除去でき,毛穴の奥まで届き易いだろう と考える。石鹸を拭き取った後に 5 秒程度6倍希釈 PAI を かけるのは,目に見えない石鹸成分を流す意味と,この後 行う6倍希釈 PAI を毛穴等に刷り込む際によりなじみやすく する為である。圧をかけて刷り込むことにより毛穴の奥にヨー ドを届かせ,菌の増殖を抑える効果を期待している。 次に6倍希釈 PAI で眼周囲皮膚,眼瞼縁,結膜嚢内を連 続して 1 分程度洗浄する。本来 10%PI で皮膚を消毒し,眼 瞼縁,結膜嚢内を PAI で消毒するため,PI が乾燥するまで 待たなければならず,また PAI で結膜嚢内を流す際に 10% PI が目に入らないように注意が必要だった。6倍希釈 PAI を用いた方法であれば,目に入っても心配なく,1剤である ため処置として簡易である。最後に生食で眼周囲皮膚,眼 瞼縁,結膜嚢内に肉眼的にヨードが見えなくなるまで洗浄す る点だが,本来皮膚上に関しては消毒効果を持続させるため にはドレーピング直前までヨードを流さない方がより高い消 毒効果を期待できると考える。今回は検体採取の際にヨード が混入し,消毒されて細菌が培養されなくなることを防ぐた め,生食での洗浄の必要があったが,今後は皮膚上のヨー ドをドレーピング直前まで除去しないようにしていきたい。 消毒後の群からは 3 眼(10.3%)で菌が検出され,CNS 2 株,P.acnes 1 株が検出され,Corynebacterium spp.は検 出されなかった。消毒前と比較し,明らかに菌検出率が低下 した。文献で述べられているように,6 倍希釈 PAI が 16 倍 希釈の PI と同等の臨床効果を持つことが明らかにされてい る3),PI は遊離ヨウ素濃度が高い方が強い殺菌効果を持つ とされ,原液よりも 100 倍希釈(0.1%)が最も殺菌力が高 いとされている13)。また秦野らは,希釈 PI は殺菌持続時間 が短くなるため繰り返しの洗浄における遊離ヨードの供給が 必要であり,殺菌持続性を保つことが重要であると述べてい る14)。さらに宇野らはどちらのヨードも(PI と PAI)作用時 間が1分以上とすれば十分な殺菌効果を持っていると述べて いる15)。A 病院の方法は,6 倍希釈 PAI を用い,繰り返し 洗浄して皮膚との十分な接触時間持っていたため,完全な無
Ⅳ.考察
PA・ヨード点眼・洗眼液 ® を用いた皮膚消毒効果 ⾲ࠉὙ║ᾘẘ๓ᚋࡢ᳨ฟ⳦✀ࡑࡢෆヂ ᳨ฟ⳦✀ Ὑ║ᾘẘ๓ Ὑ║ᾘẘ⳦ᚋ &16 ᰴ ᰴ 3DFQHV ᰴ ᰴ &RU\QHEDFWHULXPVSS ᰴ ᳨ฟ↓ࡋ ⾲ࡢㄝ᫂! Ὑ║ᾘẘ๓ᚋ᳨࡛ฟࡉࢀࡓ⳦ࡢᩘࢆ♧ࡋ࡚࠸ࡿࠋ 表 1 洗眼消毒前後の検出菌種とその内訳 洗眼消毒前後で検出された菌の数を示している。4 日本視機能看護学会誌5号 菌化には至らなかったが,菌検出率 10.3%という高い消毒 効果が確認できたと考える。 眼科手術を受ける患者の特徴として,今ある視力障害に加 えて,合併症として「失明するのではないか」という不安を 潜在的に抱えていると言われている23)。自身の体験でも術 前の患者からそのような不安の訴えをよく耳にする。A 病院 では白内障術前オリエンテーションの中で術後眼内炎の危 険性と予防の必要性に関する説明を行っている。術後眼内 炎は失明のリスクもあるため,できる限りの患者の理解と協 力を得て感染予防に努めなければならない。そのため術後 眼内炎予防法のひとつとして,一連の術前処置が確実に行 われることが重要である。これができてはじめて患者の合併 症への不安に応える看護に繋がるのではないかと考える。 今回の研究では眼周囲皮膚において高い消毒効果を確認 できたが,長時間の手術に対する有用性が検証できていな い。吉田は「皮膚 1㎠当たりの菌数は通常 103〜 104程度で あるが,多いところでは 106くらい存在する。これを十分に 消毒すれば一時的にはほとんど無菌に近くなるが,まもなく 毛包管や汗腺などから残存した菌が出現して元に戻る。」24) と述べている。そのため高い消毒効果を確認できても,そ の状態がどれだけ維持されるかは不明である。今後の課題と して,今回の方法とドレーピングによる消毒の維持効果につ いては,更なる検証研究を行う必要があると考える。 本論文は第 35 回日本視機能看護学会学術総会で発表した。 利益相反申告すべきもの無し。 文献
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