高校教師にとっての異動の意味と異動に伴う変容プロセス : ナラティヴおよび学校文化という観点から 利用統計を見る
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(2) 平成30年 (2018年) 度. 山梨大学教育学部紀要. 第 28 号 pp.233-243. 高校教師にとっての異動の意味と異動に伴う変容プロセス: ナラティヴおよび学校文化という観点から Meaning and Process of Personnel Changes for High School Teacher: Focusing on Narrative and School Culture 東海林 麗 香 小 田 雄 仁 1 Reika SHOJI Takehito ODA 問題 本論文は,高校教師にとっての異動の意味と異動に伴う変容プロセスについて,ナラティヴおよび 学校文化という観点から探索的に検討しようとするものである。検討の素材は,異動1年目から2年 目にかけての第二著者の語りおよび授業観察の記録である。体験の意味づけが主な検討課題であるた めナラティヴの変容を分析していくが,同時に,より実践的な関心にこたえるため,授業における教 師の語り方や生徒とのやり取りの仕方についてもその変容を見ていくこととする。 教員の異動に関する研究には,異動に伴う困難の分類,メンタルヘルスへの影響,能力開発・授業 改善への影響,異動の決定過程に関する研究,といったものがある。異動に伴う困難の分類に関して は,例えば武智ら(2015)がある。教員 167 人を対象とした質問紙調査を行い,異動に伴って直面し た困難に関する自由記述の回答を分類した。その結果,「硬直な文化」「文化の差異」「いびつな人間関 係」という3つの困難が抽出された。メンタルヘルスへの影響に関しては,國本・松尾(2016)によ り,研究の動向と展望がまとめられている。そこでは,ストレスなどのメンタルヘルスに影響を及ぼ す要因と,ソーシャルサポートなどのメンタルヘルス向上のために必要な視点が明らかになってきた と述べられている。また,今後の展望としては,どのようなサポートが必要なのかを具体的に明らか にすること,異動した教員本人の心構えとして必要な要素は何か,といった研究の必要性が指摘され ている。異動が能力開発に及ぼす影響に関しては,例えば川上・妹尾(2011)の研究がある。そこで は,異動経験の直接的・間接的影響について検討が行われ,勤務校が増えることや広域異動を経験す ることが,特にキャリア中期の教員にとって能力形成に直接的な影響を与えること,異動を経験した 教員の相談者ネットワークが,有用感や学校組織に対する認識に影響を与えていることなどが示され た。また,町支ら(2014)では,従来の研究で扱われている異動による環境変化が,勤務校の立地や 規模に限られてきたことを課題とみなし,学校の荒れの度合いに着目して,異動が教員に与える影響 について質問紙調査により検討した。その結果,荒れについては経験する順序や時期によってはキャ リアの危機につながりうることが示された。これらは異動する教員に焦点を当てたものであるが,異 動そのものがどのように行われてきたか,行われているかについての研究も行われている。例えば町 支(2015)では,行政文書の調査や校長および教諭へのインタビューを行い,人事異動決定プロセス において学校が関与する部分がどこであるのかについて,ある自治体のケースから検討した。 このように,教員の異動に関しては様々な分野において,多様な観点から研究が行われてきている。 しかしながら,先行研究において扱われてこなかった,あるいは着目されてこなかった事柄もある。 そこから,本論文の特徴的な点を,以下の3点に整理した。第一に,異動後の変容だけでなく,異動 前からどのように変わったか,また変わらないのはどのようなことであるかについても検討の射程を 広げることができる点である。第二著者が異動する2年前から,第一著者は第二著者の授業観察をし 1. 山梨県立塩山高等学校 - 233 -.
(3) 平成30年 (2018年) 度. 山梨大学教育学部紀要. 第 28 号. たり授業案を共に検討したりするなどしてきたためである。第二に,実際にどのような授業を行いど のように生徒と関わっているかを現場に出向いて観察するため,異動当事者のナラティヴの変容と, 言葉遣いや説明の仕方といった関わり方がどのように結びつくのかについても検討することができる 点である。第三に,学校の異動だけでなく,学校内での配置転換も扱っている点である。詳細は後述 するが,本論文で取り上げるケースでは,異動2年目には,担任するクラスが持ち上がりでなはなく 別コースとなった。このような学校内での配置転換については異動に関する研究において十分扱われ てこなかった。 本論文では,ナラティヴを分析の視点とするが,これについて説明を加える。まずナラティヴとは, 人々が広義の言語によって経験を意味づける行為(act of meaning)と,語られたストーリーを指す(や まだ,2013)。本論文ではナラティヴ・インクワイリー(Narrative inquiry: Clandinin & Connelly, 2000) の立場から,ライフストーリーに位置づけて聞き取る。このアプローチでは,教師のもつ知識を,教 師それぞれの人生において紡がれ,彼らの実践にあらわれるナラティヴ的な解釈と捉える。そのため, 教師を匿名の職業人としてではなく,様々な思い/経験をもつ個人として捉え,彼らの語りの中に個 人的実践知(personal practical Knowledge)を見出そうとするのである。個人的実践知は経験から生じた ものが実践にあらわれるものであり,個人的で場合によっては些末に見えるものであるが,同じよう な立場にある者にとっては,より具体的で力強い知になりうるものである。このような理論的背景か ら本論文においても,異動にともなう経験の中でどのような意味づけが生じたり意味づけが変容した りするのか,どのような実践知が生じたのかをインタビューおよび授業観察から検討することとした。 異動は最大の研修といわれる(小林,2011)。では,異動をどのように経験することが,ナラティヴ の変容や教師としての成長につながるのだろうか。本論文ではそのような点を検討していきたい。 方法 1.対象 第一著者が第二著者に対して半構造化インタビュー,授業観察を行った。第二著者は 40 代の高校教 師(生物)である。生徒数 400 名程度の普通科,商業科のある進路多様校に異動となった初年度から2 年目の夏休みにかけて調査を依頼した。異動前は生徒数 700 名程度の進学校に9年間勤務しており,そ の間に教職大学院において2年間の研修を経験した。教職大学院在籍時より,授業で落語を取り入れ るという試みを行ってきた(小田・東海林,2016,2017)。学習成果に焦点化して落語の効果を検討し てきたが,小田・東海林(2017)では教師と生徒の関係性の変容に意義を見出すようになるなど,教 職大学院での学びや研究を通して教育や教師のありようについての考えが変わっていった。そのよう な背景から進学校から進路多様校への異動を希望した。 2.インタビューの手続きおよび分析手続き 「学校」 「教師,教えること,勉強させること」 「生徒,学ぶこと,勉強すること」 「授業以外の学校生 活や仕事」「教師にとっての異動の意味」の5つの事項について,話しやすいところから話してもらう という手続きを取った。1年目の1学期に2回(4/13,5/28),夏休みに1回(7/30),2学期に1 回(11/5),3学期に1回(2/23),2年目の夏休みに1回(8/10)の計6回行った。所要時間は1 回あたり 66 ~ 86 分であり,全ての回で録音をした。 分析は第一著者が行った。逐語録を作成し,語られた内容を質問事項ごとに表にまとめた。それを 新たに語られたこと,語りに変化のあったこと,なかったこと,という観点で整理した。分析結果を 第二著者に提示し,事実誤認等の確認も含め,内容の確認を依頼した。. - 234 -.
(4) 高校教師にとっての異動の意味と異動に伴う変容プロセス:ナラティヴおよび学校文化という観点から. (東海林麗香). 3.授業観察の手続きおよび分析手続き 4/28(2コマ) ,6/16(2コマ),12/17(1コマ)に計5コマの授業観察を行った。全て2年生の 生物基礎の授業であるが,クラスは全て同じではない。メモを取りながら観察を行ったが,各日程の 1コマ(計3コマ)は,ビデオにより録画した。 分析は第一著者が行った。分析にあたっては,映像,メモ,授業に使用されたプリントから,授業 の構成を整理した。授業の構成,説明の仕方や語りかけ方について変化のあったこと・なかったこと, を書き出した。特に,「インタビューで語られた授業の目標」という観点から見た変化に焦点化して, 書き出した内容を整理した。分析結果を第二著者に提示し,事実誤認等の確認も含め,内容の確認を 依頼した。 結果と考察 1.異動1年目のインタビューから 以下,異動1年目のインタビューについて,5回の概要と各時点での語りを示す。概要における墨 付き括弧は,インタビューにおける質問事項である。語りの引用については二字下げてかぎ括弧をつ けて記載する。また,まる括弧内は著者による注釈とする。インタビュー2回目以降の概要において, 新たに出てきたことや変化したことついては下線を付す。固有名詞や事例に関する事柄については記 号で示すなど,変更を加えている。 (1)全5回の概要 前任校を含めて進学校勤務を2校経験し,自分なりに手ごたえを感じてきたので異なるタイプの学 校で仕事をしたいと考え,進路多様校である現任校への異動を希望した。異動1年目はそれまでの経 験が通用しないことが多く,ストレスフルな日々を過ごした。次の年度にまた異動になるかもしれな いと思うようなことがあったがそれをさみしく思い,現任校に愛着を持つようになっていることを実 感した。現任校で勤務する中で,今までになかったスキルを習得できるだろうし,そうであればどの ような学校でも通用する教師になれるのではないかと考えている。 (2)1回目(4月 23 日)の概要と語り 【学校】【教えること】現任校では進学を学びの目標にしにくい中,高校で何を伝えればいいのか,何 を教えたいのかはまだつかめていない。理想論であるが,教科書に沿って知識を学びながら,学ぶ楽 しさを伝えたいと思っている。 【生徒】現任校の生徒と接していて,学習上の難しさを感じる一方で,進学校であった前任校の生徒 と変わらない部分もあることを感じる。また,中学校までで学校や授業に意義を見いだせなかった生 徒の苦しさにも気づいた。 「頑張ればできるってのを,本当に実感がしないんだな,実感したことがないんだなって思った 出来事があって。(中略)でもそうじゃなくて,頑張ればきっといいことがあるんだよってのを伝 えられるかどうかが求められる学校なんだなって,それは進学校とは全然違って。」 「(授業において)知識はがんがん出すけれど,でもなんか面白くて自然と覚えちゃう。で,全 然受験には使わないけど,なんかちょっと勉強したなって感じとか。勉強するって面白いな,知 識って面白いなってのを伝えたいし。テストはちょっと難しめにして。」 【異動の意味】授業の目的そのものが変わって,同じ教師なのにこんなにやるべきことが違うのかと 思う。「なんでもできる」くらいに思っていたが,現任校の仕事についていけなくて大変な思いをして いる。しかしながら,異動しなかったら気づけなかったこと,出会えなかった人,が多かったので異 - 235 -.
(5) 平成30年 (2018年) 度. 山梨大学教育学部紀要. 第 28 号. 動してよかったと思っている。 (3)2回目(5月 28 日)の概要と語り 【学校】【教師】生徒指導上,課題のある生徒もいることから厳しさが求められるが,そうではない方 向で存在感を出していきたい。授業については,前任校でやっていたことが通用せず,違う方法を試 みている(一話完結型授業など)。ペナルティーを勉強するモチベーションにするのではなく,分かる 楽しさを伝えていきたい。 「学校の先生って授業とか教えるのが仕事だと思うんだけれど,でも異動してちゃんと授業を成立 させられるのかとか,教えられるのか,自分は先生としてちゃんとできるのかっていうのがすご い不安で,でも2カ月たってみてこの2カ月間で9人の先生の授業を見て,いろんな教えるって いうのがあるんだなって思って。」 「(以前,進路多様校の先生が)授業は大河ドラマのようにストーリーが,今日はここまで,次 はここまで,ではなくて水戸黄門のように一話完結じゃないと生徒はついてこないよっていうア ドバイスをしてたのをふと思い出して,いろんな先生に聞いたらやっぱり一話完結でやってる。 『じゃあ前回の続きでやるよ』は生徒はもうすぽんと抜けてるから,毎回『今日やることはここで こういう内容だよ』っていう話をして,じゃあやってみようかっていう展開がいいってのに教え てもらってたけれど,ふとあるときにつながってそういうふうにしたらうまくいきだしたっての があって。だから今やってる工夫は,必ずその日に学んだことを,ちゃんと前回の続きじゃなく てその日で完結だし,問題演習も前任校の進学校も問題演習をしてたんだけれど,前回の学びの 知識を使った問題演習じゃなくて,その日にその時間の中で学んだことを確認するような問題に 直したりとか。今までは問題演習は最終的に受験がゴールで,受験と今日の授業をつなぐ問題演 習だったんだけれどそうじゃなくて,今日の学びが定着するための問題演習に。」 【生徒】勉強ができないのは勉強が嫌いだからだと思っていたが,そうでない様々な事情を抱える生 徒もいることに気づいてきた。 【異動の意味】進学校以外の学校で頑張っている先生がいることに,目を向けてこなかった。どんな 学校でも全部高校教師の仕事なのだから色々な学校に行くべきで,それが教師としての幅を広げる。 しかしながら自分は異動を希望したからこそ,やっていけるんだと思う。 「(進学校ではない)学校があって,そうじゃない学校で頑張ってる先生たちがいてってのを今ま で知らなかったわけではないけれど,目を向けてこなくて。確かに進学校には進学校の求められ るものがあるし,そうじゃない学校にはそうじゃないものの求められるものがあるっていうけれ ど,いろんな学校があってでも全部高校の先生の仕事なんだから,先生たちはいろんな学校に行 くべきで,きっとそれが先生としての幅を広げると思う。(中略)でも一方で不本意で異動した先 生は,主体的に自分を変えてかないと追いつかないところがあって,大丈夫なのかな。もし不本 意で来たら。」 (4)3回目の概要(7月 30 日)と語り 【学校】【授業以外】進学校ではルールやマナーを当たり前のこととして身に着けていたけれど,進路 多様校では必ずしもそうではないので,教えていくことが大事だと思う。 【教師】【生徒】勉強する面白さを伝える授業をしたい。そのために初任者の頃のように教材研究・ 授業準備をしている。これまでをベースにするのではなく,一から授業を作り直そうとしている。教 師がつくるルール以外に生徒が作るルールがあり,今まではそれをいかに排除するかだったが,その ルールを含めてうまく巻き込んでいけばいいんだと思うようになった。 - 236 -.
(6) 高校教師にとっての異動の意味と異動に伴う変容プロセス:ナラティヴおよび学校文化という観点から. (東海林麗香). 「社会に出てマナーが大事だよとか,法律を守ることが大事だよっていうのは,いろんな機会に 伝えられるんだけれど,勉強の面白さってなかなか伝えにくくて,伝えにくい。だからこそ何と か伝えられないかなって思ってるし(中略)学ぶことって楽しいんだよとか,学ぶことでできる ことが増えるんだよっていうのを,それを生物の授業を通して伝えられるような授業がしたい なって思う。」 「多角的に見るとある意味揺らぐんだけれど,でもそういう見方ができるようになったっていう のは大きい。例えば今だったら授業がうまくいかないときに,授業乗ってこない生徒がいるんだ けれど,乗ってこない生徒は乗ってこない生徒で1人で乗ってこない場合もあるけれど,複数人 のクラスの中のグループの中の友人関係のルールなり,自分の位置関係みたいなのがあって,学 校のルール,例えばノートはとるものだよとかってそういうのよりも,友人関係の中の自分の立 ち位置のほうが大切だから,わざとふざけて周りの笑いをとってみたりとかっていうのがある。 授業がうまくいかないっていうか,環境がばたばたするのは先生が作るルール以外に子どもたち が作るルールがそこに存在して。『今までは子どもたちのルールをいかに排除するかばかりを重 視されてたけれど,そうじゃなくて子どもたちのふざけた言葉に1回乗ってみて,巻き込んでみ るっていうのも手だよ。先生が作るルール,子どもたちの力関係,それを全部巻き込んで第三の 空間を作るっていう考え方もありですよ』っていうのとかを見ると,確かに(中略)それをうま く巻き込めればいいんだなとかも」 【異動の意味】教師としての幅を広げるので,異動には意味がある。とはいえ,常に不安で,そんな 自分をいつも励ましているようになった。 「やっぱり異動して良かったってのがあって,不安な環境に自分を置いてかないと変化し続けな いと駄目なんだろうなって。教育課程もころころ変わっていくけれど 10 年に1回変わっていくけ れど,生物って分野は本当にすごい変わっていく分野で,でもそれはだからこそ本当に自分をが らって変えて1から構築しているこの今のすごいつらい日々が,何年後かには絶対意味があるは ずでって思いながら,本当に自分を励ましながらやってる。(中略)自分に言い聞かせながら毎日 やってるっていう感じです。ある意味初任者に戻った感じ。」 (5)4回目の概要(11 月 5 日)と語り 【学校】【教えること】進路多様校のニーズ,求められる教師像について考える余裕が出てきた。それ には,どの先生も苦戦していることが分かるようになったのが関係している。教師はチームワークだ と思う。授業について,今までは入試・模試・問題演習というゴールから考えていたが,導入から考 えるようになった。 「学校が変わると、もう先生っていう仕事が 180 度違って。もちろん、大切なことは生徒や保護者 のニーズに応えるっていうことなんだけれども、そのニーズそのものが違って、じゃあ進路多様 校のニーズってどんな学校なんだろうかとか、じゃあどんな先生だったらこういう学校でニーズ に応えて、本当に生徒、保護者から『この学校に来てよかったです』って言われるような先生に なるのかなってのを考えてて。」 「今までは本当に、去年度までのキャリアの延長線上で考えてたような気がしたけど、そうじゃ なくて。もうちょっとゼロから考えなきゃなっていうのを、当たり前なんだけど、最近気付いた。 改めて、考える余裕が出たのかもしれない。今まではその日その日で精いっぱいだったけれど。 その日その日で精いっぱいだし、毎日嫌だなって思うことも多いんだけれど、でもその中で、や だなって思っててもしょうがないし、どうせ曜日が変わればその授業あるわけだし、そのクラス と向き合うわけだし、だったら少しずつでも変えていければ。」 - 237 -.
(7) 平成30年 (2018年) 度. 山梨大学教育学部紀要. 第 28 号. 【学ぶこと】知らないうちに勉強になっていて,最終的には勉強することって面白いと思うように なっていればいいと思う。 【異動の意味】異動することで,例えば希望を持てることがいかに恵まれているか等,生徒を色々な 視点から見ることができるようになった。また,(進学校のような安定した)学校を変えようという雰 囲気をつくる人は異動してきた人で,職場環境における問題状況についても,解決する手段は異動し かないと思っている。 「進学校の生徒たちがいかに恵まれてるかっていうのも離れてみて分かったし。希望を持つこ とって今まで当たり前だったけれど、将来に対して。そうじゃなくて、持てることっていうこと がすごく恵まれてるんだとかも分かったし、チャレンジすること、スタート地点に立てることの ほうが恵まれてるとか。生徒に対していろんな視線から見ることができる。」 「学校文化を、これが例年やってる通りだからっていう雰囲気を作る教員がやっぱりいるはずで。 長くいる、そういう人たちを動かしていかないと。」 (6)5回目の概要(2月 23 日)と語り 【学校】【教えること】進学校では,勉強させること,教科教育が大切だった。現任校では,その生徒 に必要なことをプラスすることが教師の役割と思うようになった。それができる場面は,教科指導と, 人として大切なことを教える場面。特に後者の大切さを感じるようになり,また,進学校でないがし ろにされていることに気づいた。 【教師】【生徒】これまでは進学校と進路多様校を同じ数直線上で考えていたけれど,そのような生徒 理解では不十分。進学校のやり方を,ペースを落としたり難易度を下げればいいわけではない。全く 別のアプローチを考えていく必要がある。我慢させて学ばせるというのはしたくなくて,学ぶ楽しみ をもっと伝えたいが,叱るのも大切。 「進学校のやり方を、ペースを落とせばいいとか、難易度を下げれば伝わるだろうっていうのは、 根本的に全く違ってて。そういう生徒理解をしては駄目で。そうではなくて、全く別なふうに捉 えて、全く別なアプローチを考えていく必要があって。生徒が違えば、教師とか教えることも、 教師のやり方とか、教えることも変えなければ駄目で。そのためには、教師っていうのは、あり きたりな言い方なんだけれど、学び続けるっていうことが必要で。どうすれば通用するのかって いうのを考え続けなければならなくて。そのためには、いろんなことを学ばなければならないし、 それは専門教科であったり、生徒理解のために何が必要かとか、生徒を引き付けるために何が必 要かとか(中略)あとは、やっぱりいろいろ経験しないと駄目だなっていうので、教師も変わっ ていかなければならないっていうのは、すごく感じた。」 【異動の意味】学校のタイプなど,幅がある異動をしないと意味がない。うまくいかないことも多く プライドがなくなった。また,職場でもプライベートでも他者に対してイライラするようなことがな くなった。何があっても「そういうものなんだな」と思うようになり,他者に対する見方が変わった ように感じる。ストレスとどう向き合うのかということをすごく考えるようになった。 「この学校に来て、最初、なんでこんなうまくいかないんだろうって思ってたときに、自分だけ がうまくいかなくて、みんなはうまくいってるのかなって思ってて。でも、夏ごろになって(中 略)俺だけじゃないんだって思ったときから、少しずつ愚痴れるようになって」 「(現任校で)いろいろ工夫をしてるけれど,じゃあ、前任校では、そういう工夫ってしなくて よかったかっていうと、決してそんなことはなくて。もっと引き付けたりとか色んなアプローチ をしたりする必要ってあったのに、受験っていうふうになってたから、そういうことに気付けな かったなって。だけどこの学校に来たからこそ、そういうのに気付けて。でも、そういうのって、 - 238 -.
(8) 高校教師にとっての異動の意味と異動に伴う変容プロセス:ナラティヴおよび学校文化という観点から. (東海林麗香). いつかは進学校に戻ったときに、絶対還元できる。異動することによって、気付けなかったこと にいっぱい気付ける。」 (7)全5回のまとめ 【異動に伴うナラティヴの変容という観点から】 進学校から進路多様校に異動し,同じ「高校」「教師」であってもやるべきことや求められること がこんなに違うのか,とショックを受けた。学ぶ楽しさ,わかる楽しさを伝えたいというのは進学校 でも考えて実践してきたことで手応えもあったが,これまでやってきたことと同じことをする前提で ペースを落としたり難易度を下げたりするのでは不十分であり,一から授業を作り直すようにした。 同僚を含めた他者から学ぶことで乗り越えようとする中で, 「進学」とは別の価値の大切さに気づき, 進学校における教育についても捉え直しが起こった。 【ナラティヴの変容と学校文化との関係という観点から】 異なるタイプの学校への異動は教師の成長に意味があると思っているものの,自ら希望した異動で あっても,ストレスに打ちのめされそうになることもあった。それを乗り越えられたのには,以下の ようなこの学校の文化が関係していると考えられる。①教師同士が,愚痴を含めてよく話をすること, 声を掛け合うこと,②「叱る」「ほめる」等の役割分担をし,複数(集団)で生徒を見ようとしている こと,③商業科もあることで,学校に求められることや学校の価値感,教師のありようが多様であり, それぞれが自分なりに力を発揮していること,である。 2.授業観察から (1)理想とする授業(インタビューより) 1年目の5回のインタビューで一貫して,「教科書に沿って知識を学びながら,学ぶ楽しさが実感で きるような授業をしたい」と語られている。このような授業像は進学校勤務の頃から一貫している。 4年前より実践している「落語教授法」の目的の一つも,そのような授業を実現することであった。 (2)そのための手立ておよび生徒とのやり取り 上記のような授業を実現するための手立てとして,1回目(4/28,インタビュー1回目の後)では 授業内容に関わる雑談(例:尿の色)を入れているが,考えながら話している様子があり,生徒を見 ずに話していた。2回目(6/16,インタビュー2回目の後)には授業の導入として内容に関わる雑談 をした。生徒とやり取りしながらであるが,話の筋が複雑だったようで生徒が理解できていない様子 だったため, 「雑談を繰り返す」という事態になってしまった。3回目(12/7,インタビュー4回目の 後)は身近な具体例を挙げながら説明しており(例:カラコン,修学旅行),雑談が授業に溶け込んで いる印象があった。生徒もよく反応していた。 3回目まで一貫して,授業内に生徒とやりとりすることは少ない。これは前任校からあまり変わら ない。しかしながら,説明しながら「(自分が)話してばっかりだな」とつぶやいたり,図を描いた後 に「これ何の絵だかわかる?」と問いかけたりするなど,インタラクティブな関係づくりの意図が見 取れた。 異動をしてから授業改善を試みる中で,担当教科外も含めた他の授業を見学させてもらったという。 それによる気づきはとても多く,インタビューにおいても折に触れて語られた。インタビュー5回目 では,インタビュアーから,授業見学での気づきは自身の授業にどのようにフィードバックされてい るのかとう主旨の問いかけをしたところ,「自分も生物の先生で何ができるのかっていうのは考えるっ ていうのはあるけれど、まだフィードバックまではいかなくて」とのことであった。 - 239 -.
(9) 平成30年 (2018年) 度. 山梨大学教育学部紀要. 第 28 号. 3.異動 1 年目についての考察 今回のケースでは,異動は教師としての成長,個人としての成長につながる経験であった。それは, 5回の語りの中で様々な実践知が語られたことから明らかである。異動がポジティブなものとして経 験されたのには,活用できるリソースが多かったことが関わっているからと考えられる。これには, 4つのSモデル(Schlossberg, 1981)が参考になる。このモデルでは,人生の転機を乗り越えること ができるかどうかを左右する要素(リソース)を大きく4つに分けており,転機に直面した際,個人 は「4つのS」を点検することにより,自分の持つリソースに気づき,対策を講じることができると する。4つのSの1つ目は状況(Situation)であり,①きっかけ,②タイミング,③コントロール,④ 役割変化,⑤期間,⑥過去の類似した経験,⑦ストレスの併発,⑧評価,といったものである。二つ 目は,自己(Self)であり,①個人的・社会経済的特徴,②心理的リソース,が含まれる。三つめは, 支援(Support)であり,①支援のタイプ,②支援の機能,が含まれる。四つ目は戦略(Strategies)で あり,①状況を変える戦略,②問題の意味づけを変える戦略,③転機に伴うストレスに対処する戦略, が含まれる。 今回のケースでは,①時期,異動先ともに希望どおりであり,②対応が必要なライフイベント等が なく,自身の生活状況が安定しており,③支援の手が差し出される職場環境であり,④自身で戦略を 考え講じるための経験や知識があった。このうち①②は自身でコントロールがしにくいものである。 ③については,今回のケースでは自分から愚痴を言うなどの働きかけをしているものの,そのきっか けは,自分だけが困っているわけではないと知る機会があったからであると語られている。そのよう な意味では,これも自身でコントロールしにくい。これらが偶然に左右されるものであると考えるな ら,異動をポジティブに経験するには④が重要であると考えることができる。5回のインタビューの 中で,それまでに見聞きしたことや読んだことが異動後に実感を伴って理解できたり,体験とつな がったり,その意味が明確になったりする経験があったと語られた。例えば,「教職大学院で一番思っ たのは、日本中に先生がいて同じような悩みを抱えてて、同じような問題を抱えててだからそういう 事例とか、トラブルの事例も解決の事例も、いっぱいあってそれは論文とかにも形にもなったりもし てるから検索すれば似たような事例が出てくる(3回目)」といった語りがあった。困ったときにより どころになる知識や経験があったことで,異動に伴う経験がこれまでの実践知と結びつきながらも, 新たな実践知を生むことにもつながったのではないかと考える。 ナラティヴは年間を通して様々な変化があった一方で,授業における実際の振る舞いや生徒とのや り取りの変化とは連動しておらず,後者の方は大きくは変わっていなかった。授業中は目の前の生徒 への対応で頭がいっぱいになってしまい,授業改善について考える余裕を持てなかったからかもしれ ない,と第二著者は考察している。 4.異動2年目のインタビューから 異動1年目は,進学希望者がほとんどである英数コース1年の担任であったが,2年目は普通科の 1年担任となった。この学校への異動は希望したものであったが,2年目の配置転換は想定外であっ た。前年度と比較して対応が必要な事態が増加し,大変な 1 学期であった。 (1)異動2年目の概要と語り 【勉強すること】教科書に難易度のレベルがあることは知っていたが,具体的にどのような内容であ るかは知らなかった,さらに言うと知ろうとしてこなかったことに気づいた。やればできる,頑張れ ばできるということを体験させたいという気持ちは継続しているが,例えば,授業で話したことや やった問題が定期試験にほぼ似たような形で出てくるので,しっかり復習するとしっかり点数が取れ - 240 -.
(10) 高校教師にとっての異動の意味と異動に伴う変容プロセス:ナラティヴおよび学校文化という観点から. (東海林麗香). るというようにする,ということを考えるようになった。 【学校,教師】前任校の生徒が恵まれていたことを実感した。これまでは経済状況など様々なことを 当たり前のこととして話していたことに気づいた。様々な事情を抱えた生徒がいる中で,彼らが自立 した社会人になれるように,3年間付き合うのが教育だと思うようになった。 「もちろんそういう子がいるっていうのは知ってはいたけれど,今までは知ってただけで全然, 何てのかな,知ろうとしてこなかったっていうか。異動してみて,あらためて前任校の生徒た ちってすごく恵まれてたんだなって,異動してみて気付いたっていうか,今だったら進学校とか そういう学校に行ったら本当に実感を持って,君たちは恵まれてるんだよ。〇〇な子もいるんだ よとか,そういう話もできるかなって。でも進学校にいたときはそういうのも知らなかったから, 当たり前みたいに前提でいろんなこと話してたなっていう意味で浅かったなっていうか」 「高校出るときは社会人になる子が多いんだけど,ちゃんと自立した社会人になれるように,そ れを目指して3年間,付き合う。成長に付き合うっていうのが教育なんじゃないのかなって。(中 略)スルーしないとか(中略)嫌な思いをしてつらいことがあって,くじけている,座り込ん じゃってる子に,隣に座ってあげる先生もいるけれど,隣に座るんじゃないけれど,でも見て るっていうのか。こっちから声を掛けるときもあれば,向こうが何か言ってたときに答えるとき もあるけれど,でも隣に座ってるんじゃないんだなっていうか。目の届く所,その子の声が届く 所にいるんだけれどっていう感じ」 【異動の意味】進学校にいた頃は,同じような経験をしているであろう進学校から異動してくる先生 をありがたいと思っていた。今は,異動をしてくる人には,違う見方をしてくれることを期待するだ ろうと思う。異動してくる人に対する見方が変わった。 「進学校にいたときは,進学校じゃない学校から来た先生をあんまりありがたく思わなくて。(中 略)成績上げてくれんのかなって。でも今だったらば,もっと違う見方をしてくれるんだろう なって,関わり方をしてくれるんだろうなとか,クラスで問題が起こったときにこの先生,〇〇 高校にいたからこういう相談できるんじゃないのかなってそういう見方もできる。進学校にいた ときはもう進学っていう視点しかなくて,だから進学校から異動して来てくれた先生だったらな んか安心(中略)そんな見方しかできなかったけれど,でもそうじゃない見方もあるんだなって いう。」 (2)異動2年目についての考察 異動2年目の配置転換により,前年度以上に職務上の難しさを経験することとなったが,その中で 新たな実践知が生まれており,教師としての成長につながったと考えることができる。これには,1 年目よりさらに同僚に頼れるようになったことに加え,以下のようなこの学校の文化が関係している と考えられる。①愚痴の言い合いやその際のユーモアを大切にする,②例えば学級のトラブルがあっ た際に担任に全責任があると考えるようなことがなく,個人の責任に帰さない,③誰かが大変なとき には業務を分かち合う,といったことである。2点目については,管理職にも共通した考え方である と語られた。3点目については,自身のみがサポートを受けているのではなく,他の同僚が大変な状 況にあった際にも周囲で業務を分担することがあったと語られた。 特に2点目3点目は重要である。これにより,困難に対峙した際にも自分を責めずに落ち着いて対 応することができ,ストレス状況下にあっても心身ともに短いスパンで回復することが可能で,だか らこそ自身の実践を省察することができ,対応策を考え実践することができたのではないだろうか。. - 241 -.
(11) 平成30年 (2018年) 度. 山梨大学教育学部紀要. 第 28 号. 総合考察 本論文は,高校教師にとっての異動の意味と異動に伴う変容プロセスについて,ナラティヴおよび 学校文化という観点から探索的に検討しようとするものであった。最後に,本論文の限界と今後の課 題について述べる。 本論文では,1ケースを対象とした。ケースの少なさによる一般化可能性の限界以上に,本論文で 扱ったケースは,進学校から進路多様校へ異なるタイプの学校への異動を希望したという比較的珍し い異動状況にあったということと,教職大学院での研修経験者であるということに留保が必要であろ う。後者については,小中の現職院生・ストレートマスターの院生との学び合いや交流の機会が多く あったこと,小中の授業観察の機会があったこと,自身の経験を省察することを折に触れ求められた こと,他者の省察過程を知る機会が多く提供されていたことなどが,教職大学院において経験されて いた。そのため,高校教師一般とは異なる経験・知識をもって,異動を経験したのかもしれない。こ の点については,今回のケースとは異なるタイプの高校の異動について(学校のタイプ,異動の経緯) の縦断データを収集しているので,それらとの比較から検討を進めていきたい。 今後の課題としては,一つ目に児童生徒にとって教員異動がどのようなものであるかということで ある。異動の経験が教師の成長につながるものであることは本研究のみならず,先行研究によって既 に指摘されていることである。しかしながら一方でメンタルヘルスへのネガティブな影響も指摘され ている。異動をしてきた教師が担任になったり授業を担当したりすることは,児童生徒にとってはど のような経験となるのだろうか。本論文は教師の立場からのみの検討であったため,課題とした。二 つ目に,教員の異動が組織にとってどのようなものであるのかということである。本論文では,異動 する教員個人に焦点を当てて同僚性や組織について考えてきたが,受け入れる側の個人,また,組織 経営の視点から異動について検討することも必要であろう。これらを今後の課題としたい。 文献 1. Clandinin, D.J. and Connelly, F.M. (2000) Narrative Inquiry: Experience and Story in Qualitative Research. Jossey-Bass, San Francisco. 2. 川上泰彦・妹尾渉(2011)教員の異動・研修が能力開発に及ぼす直接的・間接的経路についての考察- Off-JT・ OJT と教員ネットワーク形成の視点から,佐賀大学文化教育学部研究論文集,16(1), 1-20. 3. 小林直樹(2011)岐阜県の教師教育制度と教職大学院,岐阜大学教育学部教師教育研究,7,1-10. 4. 國本可南子・松尾直博(2015)教員の異動とメンタルヘルスに関する研究の動向と展望,東京学芸大学紀要 総合教育科学系Ⅰ,67,207-214. 5. 町支大祐・脇本健弘・讃井康智・中原淳(2014)教員の人事異動と自己効力感に関する研究-“荒れ”の変化 に着目して-,東京大学大学院教育学研究科教育行政学論叢(34),143-153. 6. 町支大祐(2015)教育経営における教員人事異動の研究 : 決定過程における学校の関与の再評価,東京大学大 学院教育学研究科紀要,55,471-480. 7. 小田雄仁・東海林麗香(2016)高校生物の授業における落語の影響に関する探索的研究-学習の質的向上に向 けて-,教育実践学研究 山梨大学教育人間科学部附属教育実践総合センター研究紀要,21,207-216. 8. 小田雄仁・東海林麗香(2017)落語を取り入れた授業とその後にみられたインタラクティブな関係性の広がり -授業者の視点からの気づきを通して-,教育実践学研究 山梨大学教育人間科学部附属教育実践総合センター 研究紀要,22,207-216. 9. Schlossberg, N.K. (1981). A model for analysing human adaptation to transition. The Counselling Psychologist, 9, 2-18. 10. 東海林麗香(2017)教師は運動会をどのように語るのか-個の多様性に応じた指導と一斉指導のあいだのジレ ンマに焦点を当てて-,教育実践学研究 山梨大学教育人間科学部附属教育実践総合センター研究紀要,22, 103-112. 11. 武智康晃・チニンタアプリナ・岡谷絢子・田中理恵(2015)教職員の意識調査(1)-若手教師への指導基準 - 242 -.
(12) 高校教師にとっての異動の意味と異動に伴う変容プロセス:ナラティヴおよび学校文化という観点から. (東海林麗香). と異動時の困難に着目して―,研究論叢第3部 芸術・体育・教育・心理,65,169-178. 12. やまだようこ(2013)質的心理学の核心,やまだようこ・麻生武・サトウタツヤ・能智正博・秋田喜代美・矢 守克也(編)質的心理学ハンドブック (pp.4-23),新曜社:東京 . 付記 この研究は科学研究費 17K04346(基盤研究 (C)「個の多様性を支える教師のありようと教育実践の変容可能性」) の助成を受けて行われた。. - 243 -.
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