仮想通貨の貨幣論的考察
著者
奥山 忠信
雑誌名
埼玉学園大学紀要. 経済経営学部篇
巻
20
ページ
1-10
発行年
2020-12-01
URL
http://id.nii.ac.jp/1354/00001302/
者は予想しているものと思われる。本書の論 理構成はスリリングであり、タイトルも貨幣 論の琴線に触れた知る人ぞ知る、のものであ る。 本稿では、ビッドコインのブームは一連の 金融バブルの一環であり、一転してフェイス ブックによるリブラは中央銀行との確執もた らし、結果的に1990年代の貨幣のデジタル化 という電子マネーの問題意識に戻る、と考え ている。仮想通貨として一括りにはできない 展開である。一連の動向は貨幣論的には魅力 的な問題を提起している。 『世紀の大博打』は、ビットコインに群がっ た野望に満ちた若者たちについてのノンフィ クションであり、著者メズリックはこれを読 みごたえのある筋立てに仕立てている。 主人公は、タイラーとキャメロンの双子の ウインクルボス兄弟。フェイスブックの設立 の際には、CEOマーク・ザッカーバーグとの 確執の中で、悪役を演じさせられた。もとも 序 言 仮想通貨に関して、続けて2冊の新刊書が 出ている。6月に中島真志『仮想通貨VS.中 央銀行』(新潮社、2020年)、7月にベン・メ ズリック『世紀の大博打―仮想通貨に賭けた 怪人たち』(上野元美訳、文藝春秋、2020年)。 ビットコインの熱狂も冷め、フェイスブッ クの計画したリブラも模様眺めとなっている。 仮想通貨の喧騒は一段落しており、仮想通貨 を省察するのにはふさわしい時期なのかもし れない。 『仮想通貨VS.中央銀行』には、仮想通貨に 関する最新の貴重な情報が盛り込まれており、 丹念な情報収集に基づく労作である。リブラ が中央銀行の「虎の尾を踏んでいる」という 認識は、国家の通貨発行権を踏まえたもので あり、的を射たものである。日本銀行出身の 著者は、デジタル通貨におけるリブラの対抗 馬に中央銀行を置く。勝者は後者にあると著
Consideration of Virtual Currency from the View Point of Money Theory
奥 山 忠 信
OKUYAMA, Tadanobu 本稿では、ビッドコインは画期的なシステムではあるが、そのブームは一連の金融バ ブルの一環であり、フェイスブックによるリブラは中央銀行との確執もたらし、結果的 に1990年代の貨幣のデジタル化という電子マネーの問題意識に戻る、と考えている。こ れらは、仮想通貨として一括りにはできない展開である。デジタル通貨の変遷は貨幣論 的には魅力的な問題を提起している。 キーワード : 仮想通貨、暗号資産、ビットコイン、リブラ、モンデックス Key words : virtual currency, crypto-asset, bitcoin, libra, mondex本稿では仮想通貨を貨幣論の視点から考察 する。 Ⅰ 電子マネー・モンデックス 電子マネーが注目を浴びたのは1990年代半 ばである。とりわけモンデックスのデビュー は衝撃的であった。日立製作所のテレビの CMがキラキラした光を浴びた電話ボックス を映し出す。ここで電子マネー・モンデック スが引き落とされるのである。 モンデックスはロンドン郊外のスウィンド ンで使用実験が行なわれた。1995年7月であ る。カード型の電子マネーで、内蔵されてい るICにモンデックス貨幣が保蔵されている。 形はクレジットカードと同じであるが、クレ ジットカードは信用であり、決済は後から行 われる。クレジットカードに貨幣が入ってい るわけではない。これに対してモンデックス は、カードそれ自体に貨幣の価値が入ってい るのである。当時の驚きはここにあった。 電子マネーにはもう一つのタイプがあった。 カード型とは異なるネットワーク型のe キャッシュである。ネットワーク型の代表的 な電子マネーeキャッシュは、オランダのデ ジキャッシュ社が作成したものである。e キャッシュの実験開始は1994年である。1995 年には、アメリカのミズーリ州のマークト ウェイン銀行がeキャッシュを導入する。利 用範囲は、インターネット上に開設された ヴァーチャル・ショップであった。送金には、 秘密鍵と公開鍵を用いるなど、当時の画期的 な技術が使用されていた。また、安全性や匿 名性の観点から、一度使用したeキャッシュ は二度と使えない仕組みになっていた。将来 性はカード型よりあるのではないかと言われ ていた。貨幣のデジタル化という点では、カー とはハーバード大学の食堂で語り合っていた アイデアを、ザッカーバーグが独り占めした のである。これがfacebook.comであった。兄 弟は事前には知らなかった。兄弟は、裁判を 起こし調停で6500万ドルを得る。しかし、こ のことがハーバード大学の学長まで兄弟を非 難する最悪の悪評をもたらす。 「一からやり直してやる」。兄弟たちの第2 幕であり、本書の舞台である。ザッカーバー グと因縁の対立を抱えた兄弟に好意的な投資 家はいない。本書では、兄弟は悪役ではない。 むしろビットコインを堅実な軌道に乗せよう とするハーバード出身のエリート経営者とし て登場する。 登場人物はみんなITや金融の若い天才オタ クたちである。彼らは、ビットコインの中央 管理者のいないシステム、プログラムが管理 を取り仕切るオープン型のシステムのなかに それぞれの夢を託す。ビットコインにはリバ タリアンの無政府主義や犯罪の影がちらつく。 自由な通貨には多くの若い天才が吸い寄せ られるが、マネーロンダリングなどの犯罪の 温床ともなる。兄弟が闇市場のサイトに入る と、そこで使われていた貨幣は、ビットコイ ンであった。フェイスブックの無言の圧力に 耐え、ビットコインを社会的に認められる仮 想通貨にすることが、兄弟たちの戦いとなる。 ビットコインに参加した天才オタクたちは、 犯罪書として逮捕されたり、自らの信条に 従ってビットコインから離れたり、恋に生き たり、さまざまな人生を歩む。しかし多くは 自滅的に舞台から消えていく。主人公の双子 の兄弟は、挫折を繰り返しつつも、ビットコ インに経営者としての人生を賭ける。ビット コインが内包している危うい思想が、これを 取り巻く人物像を通して、描かれている。
残額をいつでも確かめることができた。とは いえ、バランス・リーダーもウォレットも携 帯しなければならない。財布よりも重い。モ ンデックスの理念は、カード一枚ですべてが 可能、財布すらいらない、ということにあっ たが、現実には、携帯の機器が必要であった のである。 モンデックスの最大の難点は、偽造を防止 できないことにあった。偽造した電子マネー は本物と同じである。作られてしまえば、偽 造を見破る手段はない。被害を少なくするた め、引き出せる限度額は500ポンドに抑えら れていた。致命的な難点である。 モンデックスは、転々と流通するという貨 幣としての最大の機能を持つ技術は備えてい たが、偽造問題は大きな壁となっていた。現 在の電子マネーを代表するSuicaには直接他 人に渡す機能はない。機能はモンデックスよ りも落ちるのである。 貨幣のデジタル化が成功すれば、高い天井 と巨大なビルに象徴される銀行の仕事は、1 台のコンピュータで可能となる。銀行の本社 の高い天井は、「信用」の証であった。しかし、 電子マネーに対する信用は、システムに対す る信用である。利便性だけが信頼の基礎であ る。電子マネーでは、決済や送金などの手続 きは一瞬であり、費用はただ同然である。 電子マネーはさまざまな疑問を提起した。 電子マネーが普及したら銀行の大店舗は必要 なのか。電子マネーの貨幣発行益(シニョレッ ジ、以下「シニョレッジ」と表記する)は誰 のものになるのか。電子マネーが国際通貨に なったら、アメリカ・ドルのシニョレッジは どうなるのか。 電子マネーという貨幣の未来は大きな夢を 掻き立てた。とりわけ、シニョレッジがどこ ドすらないeキャッシュが興味を引いた。 これに対してモンデックスは、カード型の 電子貨幣であった。イギリスのナショナル・ ウェストミンスター銀行、ミッドランド銀行、 ブリティッシュ・テレコムが中心となって開 発された。モンデックス・インターナショナ ルという共同の組織が、モンデックスという 電子マネーの発行主体である(1996年11月、 マスターカードに買収される)。 民間の形を取っているが、イギリスの国家 的意思を反映したものであった。当時スウィ ンドンを調査したことがあったが、スウィン ドンでは、駐車場もモンデックスで料金の支 払いが可能であった。 とはいえ、小さな店でモンデックスの関連 機器を見せてくれと言った時には、店主が埃 をたたいてモンデックス用のレジスターを出 してきた。実際の普及には限界があったと思 われる。 2000年スコットランドのエジンバラ大学で 学んでいたが、学内にはモンデックス関係の 機器がそろっていた。つまり学内で使用可能 であった。電子マネーは、国家的なプロジェ クトであったと思われる。 モンデックスは、1対1の比率で、イギリ ス・ポンドで購入する。ATMや専用の電話回 線を利用してカードにモンデックスを保蔵す る。参加の店舗にはモンデックス・カードで の支払いが可能である。残額はバランス・リー ダーで確認し、不足すれば補充する。 電子マネーは、現実の貨幣のように転々と 流通市場を動くことができるのかどうかが当 時最大の問題と言われていた。しかし、大方 の予想に反して、モンデックスでは電子ウォ レットを使えば直接他人にモンデックスを渡 すことができ、バランス・リーダーによって、
貨幣=法定説と呼ぶ。中世の限りではどちら の説も金や銀の貨幣に関しての議論であった。 歴史の現実からすれば、国王が悪鋳を繰り 返してきた。しかし、理論としては、20世紀 に入るまでは、貨幣=商品説が主流であった。 18世紀の初頭にスコットランド人のジョン・ ロー(John Law, 1671-1729)がフランスの中 央銀行総裁から財務総監になり、荒廃した農 村と経済不況にあえぐフランス経済を奇跡的 に立て直した。これはジョン・ローの体制 (1715-1719)と呼ばれる。この時の手法が銀 行券の増発であった。 ローへの批判が、後の財務総監テュルゴ (Anne-Robert-Jacques Turgot, Baron de
Laune, 1727-1781) の 貨 幣 = 商 品 説 を 生 む。 アダム・スミスも貨幣=商品説であり、ロー を貨幣=契約説と呼んで批判する。この時の 貨幣=契約説は、不換紙幣に関してのことで ある。インフレ政策、政策的バブル、である。 貨幣は金か銀であるという考えは、ヨー ロッパの伝統である。フランス大革命の後の ナポレオン戦争の時期、イングランド銀行は、 1797年に銀行券と金との兌換を停止する。物 価は不安定に変動しながら徐々に上昇する。 この時に、地金派と反地金派の論争が生じ、 これが後に通貨学派と銀行学派の論争になる。 銀行券と金との縛りをどう考えるか、これが 議論の焦点である。1844年にイギリスではい わゆるピール条例が施行され、金本位制が確 立する。通貨学派の主張に添った条例である。 新しいイングランド銀行券の発行には 100%の金準備を必要とする、というルール が定められたのである。イギリスの金本位制 は、ナポレオン戦争での勝利とその後の大英 帝国の繁栄の中で国際金本位制、すなわち世 界通貨システムとなる。 に帰属するかは、目を離せない問題であった。 ところで、1972年のニクソン・ショックに よって、金と各国通貨とのつながりは切れて いる。今の通貨は金とは何のつながりもない 不換紙幣である。電子マネーの登場が1990年 代であり、電子マネーは不換紙幣をデジタル 貨幣に置き換えたものである。 紙幣の限界は電子マネーにも引き継がれる。 それ自身には価値がない、という限界である。 紙幣の価値は、社会的な幻想によって作られ るだけであり、社会的な幻想が変化すれば、 貨幣の価値も変化する。貨幣の困難な問題は、 紙幣が貨幣となったことにある。紙幣のデジ タル化は、技術的な問題である。紙幣もまた 本質的には貨幣名と数字がすべての貨幣だか らである。 Ⅱ 紙幣の理論 貨幣は金のような現物か、それとも紙切れ でもいいのか。本稿で扱う紙幣は現在の不換 紙幣である。金との交換の可能な兌換(だか ん)紙幣ではない。 中世の論争が発端である。領主や国王が金 貨幣や銀貨幣に含まれる金や銀の含有量を減 らした場合、貨幣を改鋳する権利は誰にある のかという問題である。貨幣の悪鋳は歴史の 常である。日本も例外ではない。 貨幣は商品であるという考えを、本稿では 貨幣=商品説、と呼ぶ。貨幣=商品説は、貨 幣はもともと商品交換の中から一つの商品が 自然に貨幣として選ばれたのだから、誰のも のでもない。したがって、王や領主による貨 幣の悪鋳は不当である、と考える。これに対 して、貨幣は国王や領主が鋳貨として作った ものだから、貨幣の改鋳の権限は国王や領主 にあるという考えを貨幣=契約説、あるいは
集中されたのである。 企業の発行する手形は支払能力のある場合 に発行する。手形を受け取った企業が支払期 日前に現金(金鋳貨)が必要となった場合に は、銀行で手形割引をする。銀行は手形を引 き受けて銀行券を渡す。個別企業の手形より は銀行券の方が流通範囲は広い。 銀行券の発行が日本銀行だけのものとなれ ば、国内ではどこででも利用できる。貨幣そ のものである。金本制の場合は、日本銀行は 金で支払う義務があった。しかし、金本位制 が停止された後では、日本銀行券は支払義務 のない負債である。 通貨はまやかしであるが、支払義務のない 負債という幻想に疑問を持たなければ、日本 銀行券は流通する。負債である点では、信用 を基礎としており、この点で日本銀行券は信 用貨幣なのである。日本銀行は財務的には貨 幣発行額に見合った国債を保有することで、 日本銀行券の信頼を得ている。多くの国が同 様の制度を取っている。 国債がなぜ信用の基礎となるか。戦争を遂 行する財源を国債に求めてきたのはイギリス である。もともと戦争は国王が遂行するもの であった。国の借金ではあっても、それは国 王の借金であった。戦費が足らなければ、国 王が借金する。しかし、国王が死ねば、次の 国王に債務が継承されるとは限らない。また、 国王の場合には、個人的に借金を反故にする 可能性もある。 これに対して、国債は議会の承認が必要で ある。国王とは違って、議会は国の存在とと もに永続的である。また、国債は、税金によっ て支払われることが保証されている。国王の 借金よりも、国債の方が信頼できるのである。 国債は安心だという信頼を前提に、日本銀 金本位制は、盤石のシステムではなかった。 何よりも危機に弱かった。19世紀の半ばには、 ほぼ10年ごとに周期的に恐慌が繰り返された が、そのたびに金兌換のシステムは停止され た。人々は危機に際しては危機に強い金を持 とうとする。中央銀行の金は枯渇し、兌換が 停止される。金が危機に強いこと、とりわけ 恐慌や戦時に有効なことが、制度としての金 本位制の弱みとなった。 こうした中で、20世紀初頭のクナップの貨 幣国定説は、金貨幣のシステムに理論的な衝 撃を与えた。兌換紙幣ではなく、不換紙幣の 制度を唱えたのである。これは、貨幣=契約 説の流れを継承したものである。クナップは、 人々は金属貨幣の下で長い経験を積んできた ので、金属の土台を外しても、紙幣に対応可 能であると考えた。 不換紙幣の理論は以前からあり、歴史的な 経験もアメリカ南北戦争時のグリーンバック 紙幣のように少なからずあった。しかし、ク ナップの大著は、本格的な学術研究書であっ た。 Ⅲ 政府紙幣と信用貨幣 紙幣には2種類ある。現在の仮想通貨問題 を考察する上で、必要な限りで言及しておく。 1万円札や千円札などの日本銀行券は、政府 ではなく日本銀行の発行である。100円や10 円などの鋳貨は政府の発行である。政府の発 行する貨幣(「鋳貨」)は、政府への信認が根 拠となる。担保は必ずしも必要はない。 これに対して、日本銀行券の場合、基本的 には信用貨幣である。かつてはイギリスでも 日本でも、各銀行が企業の手形を割り引くた めに、それぞれの銀行が独自の銀行券を発行 していた。日本銀行の登場によって、発券が
を思わせるbancor(orはフランス語の金)で あった。 この構想は実現しなかった。一般には金貨 幣を捨てたといわれているケインズは、実は 金から離れようとして金にしがみついていた のである。これは発行主体による金の独り占 めであり、ケインズのバンコールの発行主体 はわがままなのである。 Ⅳ 歴史の結論 歴史が貨幣を金から紙幣へと転換した。紙 幣や変動相場制の理論は提唱されていたが、 信じられてはいなかった。すべては歴史的事 実であり、理論は後付けである。金から離れ た貨幣システムの後遺症はいつまでも続く。 仮想通貨もその枠内で登場したに過ぎない。 仮想通貨が不換紙幣の価値の安定性を取り戻 したわけではない。 人類の歴史においては、金や銀は早くから 貨幣になった。体積が小さくても価値が大き いため持ち運びに便利であること、均質なた め価値の表現に適していること、何よりもい つまでも保存できることなど、貨幣の適性を 備えていたからである。 制度としての金本位制がイギリスで確立し たのは、先に指摘した1844年のピール条例で ある。この条例によって、イングランド銀行 は唯一の発券銀行になるとともに、新しく発 行する銀行券は100%の金準備が必要となる。 つまり、紙幣は金との兌換が保証されていた。 金や金と兌換可能な紙幣と不換紙幣とは明 確に異なる。不換紙幣には、何の保証もない のである。大英帝国の繁栄の中で、イギリス の金本位制は、1870年代には国際的な貨幣制 度となる。しかし、第一次世界大戦と1929年 に勃発した世界大恐慌、および第二次世界大 行は日本銀行券の発行と国債との釣り合いを 取る。国民の信頼を得るにも、国際的な信頼 を得るにも、これがもっとも受け入れられて いるのである。金本位制でない以上、国債を 裏づけに貨幣を発行することが現状ではベス トなのである。 国債を担保扱いすることに理論的な意味が あるわけではない。現在の日本では、GDPの 2倍近くにおよぶ国債が発行されている。日 本の税収は約50兆円。これで累積約1000兆円 の国債を返済するなど、気の遠くなる話であ る。 しかし、みんなが信じていれば、日本円は 流通する。日本円にリンクしたデジタル通貨 も流通する。みんなが自分を偽ることで流通 する。これが不換紙幣の流通根拠であり、リ ブラがこれに基礎を置くなら、安定した未来 貨幣ではない。 他方、不換の政府紙幣は国家に対する幻想 を根拠にする。アメリカの紙幣は、南北戦争 の時のグリーンバック紙幣の流れをくむ。こ の紙幣は後に兌換紙幣となるが(1879)、不 換紙幣として発行され(1842)、北軍の資金 となった。日本の西南戦争の時の西郷札も国 家紙幣ではないが、西郷隆盛への個人的な崇 拝を基礎とする不換紙幣であった。 不換の政府紙幣は、無から有を生み出す。 第二次世界大戦後、ケインズが国際決済同盟 を提唱し、バンコールという通貨によって各 国の間に決済を行うことを提唱した。バン コールはまず無から有を生み出すものとして 作られた。しかし、各国は金でバンコールを 入手することはできても、バンコールで金を 入手することはできなかった。最初のバン コールは無から生まれたが、成立した後は金 によって支えられる。フランス語で金の銀行
Ⅴ 仮想通貨ビットコイン ビットコインの開発者は、サトシ・ナカモ ト、日本風の名前であるが、日本との関係は 不明である。論文が注目され始めた段階で、 姿を消してしまっている。 ビットコインの功績は、ブロックチェーン という決済の相互監視システムを作ったこと であり、これによって電子マネー最大の問題 であった偽造問題は解決したといわれる。中 島、前掲書には、ブロックチェーンが破られ た事例と、その理論的説明が含まれている。 しかし、現状ではエピソード的な扱いである。 ブロックチェーンの作成者は、貨幣を増や す権限を持つ。マイニングと言われ、金を発 見し採掘したのと同様の利益を得る。歴史上 で何度か生じているゴールドラッシュの仮想 通貨版である。ただし、貨幣量の増加はプロ グラムによって制限されており、貨幣需要に 対して貨幣供給が対応する形にはなっていな い。4年ごとに新規発行量を半減させるとい うのがルールであった。通貨供給量の制限と いうプログラムが、ビットコインを通貨から 資産に変質させた理由である。 ビットコイン(bitcoin)は2009年に運用を 開始したが、その後のブームによって仮想通 貨の代名詞ともなった。新時代の通貨とみな されていたが、価値が安定せず、むしろ価値 が安定しないことで、貨幣としてよりも資産 として投資の対象となった。貨幣の追加供給 に制限があることが、まれにみる投機ブーム をもたらした。 仮想通貨はvirtual currencyの訳語であるが、 一般的には cryptocurrencyが使われており、 暗号通貨であった。また、仮想通貨は、通貨 として使われるよりも、資産として投機の対 戦という大きな混乱の中で、金本位制を維持 すことが困難になる。危機に際しては、人々 も国家も紙幣を金に代えて保有しようとする からである。 第二次世界大戦後に発足したIMF(国際通 貨基金)の体制の下では、アメリカが1トロ イオンス=35ドルでの交換を保証することで、 金・ドル本位制が国際通貨システムとして確 立していた。各国通貨は、金を媒介にしてド ルとの固定相場制を維持し、これによって各 国通貨は間接的に金の裏づけを持っていたこ とになる。 しかし、1972年にベトナム戦争が激化し、 アメリカに対する兌換要求が増え、アメリカ の金が流出する中で、8月15日に金とドルの 兌換が停止される。いわゆるニクソン・ショッ クである。これ以降、各国の通貨は、不換紙 幣となった。 紙幣とデジタル通貨とは、貨幣としては基 本的には同じ性質のものである。デジタル通 貨も金と兌換できれば、兌換通貨である。で きなければ不換通貨である。 紙幣は例えば1万円札は、原価は約20円と 言われているが、タダとみなしていい。デジ タル通貨も、増加発行する費用は無視しても 問題はない。金の採掘には費用がかかり、金 は商品としての価値を持つ。商品金の価値が 裏づけとなって金貨幣は価値を持つ。金と不 換紙幣では本質的に異なるのである。 とはいえ、使い勝手の差は、無視できない。 貨幣が羊か金かは、実物貨幣としては同じこ とであるが、使い勝手としては、羊よりも金 が優れている。金と紙幣とは、貨幣としては 本質的に異なる。しかし、紙とデジタルとも、 本質は同じであるが、利便性に大きな差があ る。
しかし、現在は、絶望的な経済停滞の中にあ るから、ありあまる日本銀行券を投資に使う 企業は少ない。また、賃金が低迷している中 で消費も伸びない。つまり使う人がいないの である。日本銀行にある民間銀行の口座の中 に、貨幣が膨れ上がっているだけである。使 い道のない貨幣なので、花札の用語でこれを 「ブタ積み」と呼ぶ。つまり、貨幣は乱発し ても需要には結びつかない。したがって物価 は上がらない。 ビットコインにはこの心配がない。悪鋳や 乱発を繰り返してきた政府がいない。この点 では、場合によっては日本銀行券よりも信頼 できると期待させるものはあった。ギリシャ 危機の時は、ビットコインが買われたのであ る。ビットコインを増やすことは、プログラ ムによって制限されていたからである。 Ⅵ フェイスブックのリブラ 仮想通貨の領域に、フェイスブックが「リ ブラ」によって参入するという計画が発表さ れた(2019年6月)。ビットコイン同様に、 ブロックチェーンの技術を用いた仮想通貨で あり、各国通貨とは別の独自の通貨である。 リブラは、何よりもフェイスブックという、 SNSの国際的な巨大企業であり、そのネット ワークを用いれば、リブラの流通範囲は国際 的である。 貨幣の強さとは、使用される領域、すなわ ち市場性である。より多く用いられる貨幣が、 最も便利な貨幣であり、最後にはその貨幣だ けが使用される。一番便利だからである。貨 幣は、新たな貨幣が登場したとしても、貨幣 としては1つに収れんする性格を持つ。 リブラは、フェイスブックを背景とするた めに、貨幣として使用される一般性をはじめ 象となっており、国際的な用法にならって、 現在では日本でも暗号資産crypto-assetと呼 ばれている。ビットコインも暗号資産である。 ビットコインには大きな魅力が3つあった。 第一に、希にみる投機対象であったことで ある。天文学的な価格の高騰、目を見張るブー ムの中で、若年の富裕者が生み出された。多 くの若者が仮想通貨投資に熱中した。第2に、 運営をプログラムに任せるシステムである。 管理者のいないシステムであり、逆に言えば、 責任者のいないシステムである。誰にも拘束 されない自由の空間であり、投機とマイニン グの自由があった。第3に、完全なオープン 型のシステムである。誰もがブロックチェー ンの一角に加わることができた。誰もが通貨 の発行者になれた。参加するのに事前審査は なかった。反社会的な要素は排除できなかっ た。 ところで電子マネー・モンデックスは、イ ギリス・ポンドとリンクしていた。モンデッ クスを発行してポンドを獲得した主体がその ポンドを使用すれば、発行主体はオリジナル なシニョレッジを得ることになる。しかし、 発行主体が政府の管轄下にあれば、こうした 問題は生じない。電子マネーは独立してもよ いし、ポンドのデジタル化にとどまってもよ いのである。取引や送金や決済の利便性ゆえ に国際通貨となれば、計り知れない利益を得 ることになる。その勝利者は新しい通貨戦争 に勝ったイギリス政府かもしれなかった。 ビットコインは、各国通貨とは何の関係もな い独立したシステムである。システムのなか で貨幣が造られ機能する。 歴史的な経験からすれば、金銀貨幣の時代 に鋳貨が悪鋳を重ねたように、不換紙幣でも 財政が赤字になれば中央銀行券を乱発する。
画を変更し、当初のリブラと並んで、個別の 国の通加、例えばドル・リブラなども合わせ て発行すると発表した。 リブラは各国通貨のデジタル通貨と同じに なる。発行主体が各国中央銀行ではなく、リ ブラ協会になる。各国中央銀行から見れば、 通貨発行権の乗っ取りであり、金融政策に対 する侵害である。 各国中央銀行にとって、貨幣のデジタル化 は今日的な課題である。高額紙幣は、犯罪の 温床となる。スウェーデン、シンガポール、 インドなど、高額紙幣の廃止は続いている。 貨幣を銀行に預けて監視にさらすよりも、表 に出せない貨幣は高額紙幣で隠し持つ。高額 紙幣が求められる理由の一つである。中国が 人民元のデジタル化に積極的な理由の一つは、 秘匿された不正貨幣の問題がある。 デジタル貨幣には持ち運びや決済や送金な ど貨幣として使用する際の利便性がある。し かし、リブラは、各国政府の虎の尾を踏んだ と同時に、中央銀行券のデジタル化に火をつ けたようである。 結 語 新刊の2書に触発されて、仮想通貨の貨幣 論的分析を行ってきた。最後になるが、中央 銀行券がデジタル化したら、仮想通貨には出 番はないのか、という問題に言及したい。 2009年の秋に勃発したギリシャ危機。ビッ トコインはその時に買われた。ビットコイン のデビューである。世界金融危機最中の出来 事であり、世界的な不安が蔓延していた。そ の時、ビットコインが買われたのである。 リブラは、国債や中央銀行券を通貨の信認 の基礎としているが、国債も中央銀行券も、 戦争や金融危機には対応できないのである。 から持っていた。したがって、リブラの衝撃 は、国際的ネットワークを持つ巨大企業フェ イスブックの企画したデジタル貨幣であるこ とにあった。それは貨幣として最も重要なこ とであった。 リブラは、発行主体としてリブラ協会を持 つ。通貨の管理者であり、トラブルが起きれ ばここが解決する。ビットコインとの大きな 違いである。また、参加するには許可が必要 であり、ビットコインのようなオープン型で はなく、クローズド型であった。ビットコイ ンに付きまとう危険性を排除しようとするも のであった。 リブラ協会は、中央銀行のようにふるまう。 デジタル通貨リブラは、いわゆるバスケット 通貨である。バスケット通貨の場合、複数通 貨の構成比を公表している国もあれば、公表 しないこともある。経済規模の大きい主要国 あるいは取引の多い国の通貨の加重平均をそ の国の通貨とする。ドルなどの単一通貨に ペッグするよりも、価値の安定性は相対的に は保たれる、と言われている。 また、リブラは、現在のほとんどの中央銀 行と同じく、リブラの発行に見合った担保を 用意している。担保は基本的に各国の国債で ある。各国の国債は利子を生む。この利子部 分が一般的なシニョレッジである。リブラは、 手数料を取る代わりにシニョレッジによって 運営する。シニョレッジは中央銀行が取る。 各国中央銀行がシニョレッジを手放すはずが ない。リブラは国際的批判を浴びる。発足時、 リブラに参加を表明していたVisaやマスター カードなどの大手企業は、参加を取りやめる (2019年10月)。 また、リブラは、他国通貨のバスケット通 貨として発行される予定であったが、この計
de Turgot, vol.3,「価値と貨幣」、『テュルゴー 著作集』、同前。 国家が信認をなくし、国債が信認をなくし、 中央銀行券が信認をなくした時に、プログラ ムだけの何の裏づけもないビットコインが、 相対的な信頼を獲得していたのである。 天才オタクたちの熱狂が作り出したビット コインが、中央銀行券に小さな勝利を収めた 瞬間であった。現在の国際通貨システムが不 安定である以上、新たな仮想通貨に出番は残 されている。 参考文献 奥山忠信『富としての貨幣』名著出版、1999。 富田俊基『国債の歴史―金利に凝縮された過去と未 来』、東洋経済新報社、2006。 中島真志『仮想通貨VS.中央銀行』、新潮社、2020。 ベン・メズリック『世紀の大博打―仮想通貨に賭け た怪人たち』、上野元美訳、文藝春秋、2020年。 (Ben Mezrich, Bitcoin Billionaires, William Morris Endeavor Entertainment LLC, 2019) Knapp, Georg Friedrich, Staatish Theorie des Geldes,
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