†教科教育専攻 保健体育専修 指導教員:石榑清司 原 著 論 文
小学校体育授業における教師の
反省的思考に関する実践研究
―― アクション・リサーチの取り組みから見えてきたもの ――
林
伸
晃
†Case Study on Reflective Thinking of Teachers
in Elementary school Physical Education
―What I thought from Action Research Efforts―
Nobuaki HAYASHI
Abstract
Summary and research traced to teachers “watchful eyes” and “look”, catch the mutual reflection of the reflection teachers in elementary school physical education classes and conferences of teaching and study of organically related to “double trick” Starting with practical knowledge gained by the overall, comprehensive action research (qualitative approach), consider the difference between theory and practice of reflective practice, and attempted to reinterpret “reflective thinking”. As mediation is a practical insight when involved in “reflective thinking” exploration “and” creation is in process, especially considering the “insights” and the language of “ʻnestʼ and a image recognition” and “ambiguous” “between subjective” a derived from the teacherʼs “wish” and “will” “ʻhigh ambition and visionʼ”.
These integration is again caught reprise. This mental representation is in creating value and meaning in practice is uncertain. The verbal expression are made organically related to past, present and future practices to function immediately as well. Hypothetical model is generated by inductive reasoning in to consideration to practice, and derive the “reprise” as a concept to “ruin of reflective practice was also motivation for this research and trend unexpectedly becomes a technical practice challenges utilities. キーワード:反省的実践,洞察,「入れ子」のイメージ認識,間主観性,リプライズ (捉え直し)
1.は じ め に (1) 研究の背景と問題の関心 わが国の体育科における諸問題の重点として, 児童の体力向上の課題があげられる。学習指導 要領改訂に伴う中教審教育課程部会の審議の焦 点も,特に体育については,近年の体力の低下 傾向に歯止めをかけることが命題とされてきた (高橋 2008)。そのため,「児童にどのような学 力が定着したか」という学習指導に対するアカ ウンタビリティー (説明責任) が求められてお り,この説明責任を果たすためには,オーセン ティックアセスメント (真の評価,信頼できる 評価) が重要となる (高橋1)2003)。ここで問 われているのは教師の「観察眼」であり,授業 実践の中で児童の運動様相を適確に見抜き相互 作用を施す「教育的鑑識 (眼)」(アイスナー 1998) である。 (2) 問題の所在とその現象 近年の体育科教育学や教育学では,ショー ン2) (1983) が提起した「反省的実践家」とい う教職専門家像に関する研究が蓄積され,教 師の専門的力量形成の核として「反省的思 考 (デューイ 1910)= 省 察 (リフレクション)」 の 重 要 性 が 指 摘 さ れ て い る。厚 東・辻3)ら (2003) は,「授業中の出来事」についての「気 づき」に焦点づけ,指導者の態度得点や経験年 数の相違を比較検討する中で「推論 − 対処」 の 7 カテゴリーについての知見を得ている。こ のリフレクションの能力の育成は,体育授業実 践後における検討会 (カンファレンス) によっ て同僚とともに主体的に推進するものである (秋田4)2008)。しかし,佐藤5) (1997) が指摘 するように,「あまりに『反省』の概念が広義 に流行し,ほとんど意味をなさなくなっている 状況」があり,リフレクションとカンファレン スの「形骸化」が懸念される。 (3) 本研究の目的と意義 このような問題意識から,本研究では,リフ レクションとカンファレンスの有機的連携の実 態把握を主眼に据え,この相互反映の中から示 唆される実践的知見を捉えることを目的とする。 そして,「反省的実践」の理論と実践の差異性 を検討する中で,理論的考察から得られる仮説 的知見の導出 (反省的思考の再解釈) を試みる。 そのために,授業と検討会を一連のセットとし て把握する「二重のしかけ」(鹿毛6)2007) を 基盤に,「アクション・リサーチ」(レヴィン6) 1954) という研究態度 (矢守 2010) による包 括的なアプローチを採用することで,研究と実 践の連関を果たし,教職現場の改善に寄与する ものと考える。 2.方法の概要 (1) 研究手続き及びコンテキスト ① 対象 滋賀県下の Y 小学校 5 年生体育科器械運動 領域 (跳び箱運動) における全 5 時間の授業と 授業実施後の検討会及び校内研究会を対象とし た。 ② 実践期間 授業実践及び検討会は 20XX 年 1 学期の約 1 カ月間に行われた。大学教員によるスーパーバ イズも同期間だった。また,校内研究全体会は 夏季休業中に行われた。 ③ 授業者及び主な参加者 授業者は教職歴 8 年,体育専科ではない女性 教諭 (以下 Z 教諭) であった。主な参加者は, 研究の趣旨に賛同した校内体育部教師及び校内 研究推進進部教師 (計 10 名) であった。 ④ 研究体制 単元実施前には指導案検討会を持ち,授業実 施後の検討会については,1 時間目,3 時間目, 5 時間目終了後の計 3 回の検討会をフォーマル に催し校内全職員にも参加を呼び掛けた。2 時 間目,4 時間目終了後の検討会については,有 志によるインフォーマルな検討会とした。また, 大学教員による間接的スーパーバイズを受けな がら,毎時間の授業の観察を行った。校内研究 会の取り組みの一環としての授業研究及び検討 会の位置付けでもあったため,夏季休業中の研 修会において,全職員に向けて実践報告を行っ た。
(2) データの収集と分析 ① 授業様相 毎時間毎 (全 5 時間) に授業様相をビデオ撮 影した。高橋らが開発した形成的授業評価法によ る児童アンケートを毎時間実施し,単元全体の推 移を量的に把握した。特徴的な場面についてエス ノグラフィーやエピソード記述の方法論を用いた。 ② 検討会様相 検討会の発話記録は,IC レコーダーに記録 し,エスノメソドロジーや談話分析の技法を用 いて,参加者の「秩序」や検討会談話の「大ま かな流れ」について吟味した。また,検討会の 「言説」については言説分析のパースペクティ ブを援用した。 ③ 実践の影響と変容 毎回の研究授業や放課後検討会の後に授業者 や参加者に対して自由記述アンケートを実施し た。夏休み校内研究会後にも自由記述アンケー トを実施した。質的データ分析や KJ 法を用い て質的にアプローチした。 (3) データ分析の解釈 上述のような主に質的研究のアプローチを多 元的に援用することで,包括的なアクション・ リサーチ (実践) についての解釈を行った。 「結果と解釈」部では,具体的具象的レベルの 事実を包括的に解釈する中で,ローデータから 抽象度を上げた半具象レベルの記述表出による 「実践的知見」の構築を試みた。その際,半具 象レベルの解釈については,主観的解釈の妥当 化に考慮して,弁証法的 (肯定 − 否定 − 否定 の否定) な枠組みを援用し哲学的な解釈を試み た。「考察」部では抽象レベルの検討とし,現 場実践で得られた実践的知見と研究的な理論的 知見の編み合わせから,本研究の仮説 (モデ ル) を導出することを目指した。その仮説構築 にあたっては,具象的レベル − 半具象的レベ ル − 抽象的レベルの展開をもって「帰納的推 論」を行い,「反省的思考の再解釈」を試みた。 3.結果と解釈 (1) 授業様相について 図 1 は,「形成的授業評価法」をもとにした, 毎時間終了後の児童アンケートの集計結果 (推 移グラフ及び診断基準に照らした 5 段階の小評 価) である。小評価からは「3」ないし「4」の 評価が散見され,児童にとって「中程度,もし くは中程度やや上」の授業であったことが推測 される。ここでグラフの推移とも併せて特に注 目されるのは,第一に〈成果〉次元における 「① 感動の体験」項目の低さ (小評価「2」) で あり,第二に「『4 時間目の形成的評価』の低 下」である。この 2 点に焦点づけ,要因を探る こととなった。 ① 「①感動の体験」項目の低下の要因 授業者は,「台上前転」と「首はね跳び」の 中核技能を,それぞれ「膝を伸ばして大きな回 転 (スローモーション)」と「そる」動作にお いていた。そのため,1 時間目の授業から「腕 支持が弱く」着手と同時に首がつく前転をする 児童が大半であった。また,「そる」動作につ いても,「腕支持」と首部の「ため」がなく, 足をつっぱねて「へそ出し」の姿勢になる児童 が多かった。これを授業者は,「一斉指導」に おいて強調していた。さらに,毎時間の授業後 半において,台上前転から首はね跳びの移行を 意識した課題提示を,授業者は「一斉的」に 行っていたため,児童は運動に習熟する前に次 の運動課題に向き合うことになっていた。その 大きな要因は,1 時間目の授業から見られた 「腕支持の弱さ」が単元後半でも課題として 残っていたため後手の対応となり,児童が「台 上前転」の技能の習熟や達成感・成就感を味わ う間もなく,次なる「首はね跳び」の課題を 「一斉的」に提示していたことにあると推測さ れた。すなわち,スーパーバイザーの指摘でも あった「腕支持の弱さ」の克服がなされぬまま, 「児童の学習過程」ではなく全 5 時間の計画を 強く意識していた授業者による「教師の指導過 程」の傾向が強くなっていたことと,運動教材 に対する構造的理解の欠如や誤認識が,「① 感 動の体験」項目の低下の要因であると推察され た。 ② 「『4 時間目の形成的評価』の低下」の要因 4 時間目の授業では,台上前転に慣れてきた 児童は「首はね跳び」の運動に挑戦していたが, その試技中,M 児は 3 回連続して腰や背中を
痛打している。特に,3 回目の試技の「背中か らの落下」については,授業者も含め多くの児 童がこれを目撃していた。エピソードとして記 述すると次頁のようになる。 〈M 児の出来事〉 M さんが助走からの「首はね跳び」に 挑戦し,跳び箱上で背中を打った。着手の 瞬間,頭のてっぺんがついた倒立のような 状態から,「へそ出し」をするため,真上 図 1 単元過程における形成的授業評価の推移と診断基準(5 段階)に照らした小評価
にあがるようなはね跳びであった。その結 果,仰向けの状態で跳び箱に落下したため 背中や腰,臀部を打ち,まるで跳び箱の上 で寝そべるかのような状態で試技を終えた。 ほとんどの児童がこれを見ており,何人も の児童が,この瞬間に「おー」と叫んでい た。横についていた Z 教諭はあわてて駆 け寄り抱え起こして「この跳び箱ではなく て,こっちの跳び箱にしよう」と提案し 「跳び箱が短ければ大丈夫」と助言した。 さらに励ますつもりで「いけるいける, めっちゃきれい,ビデオで観せてあげる し」と告げると,M さんは即座に「いや いやいや」と腰を押さえながら返答した。 (※下線部は筆者による) 本来の「首はね跳び」の運動構造は,「ため」 の姿勢からの「足の振り出し」による「腰角の 開き」によって自然と「そり」の姿勢になると いうものである。この運動構造を Z 教諭は誤 認識し「へそ出し」を強調していた。授業者も さすがにこの事態に動揺を隠せずにいたが,腰 に手を当て放心状態の M さんに対しての的確 な助言もできず授業が終了してしまったので あった。この 4 時間目の授業様相が直接的に影 響し,「『4 時間目の形成的評価』の低下」の要 因となったものと推察された。 (2) 検討会様相について 上記にみてきた授業の実相では,1 時間目の 「腕支持の弱さ」が単元全体に響いていたが, 検討会 (1 時間目終了後) では,これを指摘で きていなかった。授業者は,検討会における改 善点を素直に次時の授業に取り込み反映させて いたため,検討会での談話の方向性が,授業を 規定づけていたともいえる。表 1 は,1 時間目 の授業終了後の検討会様相の概要であり,改善 点として話し合われたことと次時の授業への反 映様相である。 計 3 回の検討会において特徴的であったのは, ① 一部の発言者の発言で談話が進行していく 傾向 ② 検討会当初は「児童」の話題が中心である が,中盤から後半以降には次時への具体的 な技術的方法論的な指導の話題となってし まう傾向 ③ 限定的な議論 (場作りなら場作りのみ) や 極端な合意形成 (安全面に配慮するという 名目のもと,その運動は取りやめ) がなさ れる傾向 の 3 点が顕著であったということである。これ ら検討会の在り様が,次時の授業に如実に反映 されていた。そして,スーパーバイザー (大学 教員) の助言を筆者 (研究参与者) が間接的に 伝達・支援していたが,検討会においては集団 心理や言説の影響がその場や状況を左右してい ることが確認された。特に上記②,③のような 「期せずして技術的実践に陥ってしまう傾向」 についての改善の方途を模索することが重要で あると推察された。そして,「検討会や会議の 質を高めることが授業や実践を高めることにな 改 善 点 と し て 話 し 合 わ れ た こ と 及 び 次 時 の 授 業 へ の 反 映 様 相 ②ゆっくり回るなら,目をあけて膝を見て,天 井見えるとええな〈体育部 A 教諭〉 → z 教諭のフィードバック「膝,膝」が頻繁 ③「手がややこしい子がいる。」〈体育部 B 教諭〉 「わきがひらく,手の付き方・押し・突き放し は?」〈体育部 A 教諭〉 →授業始めの課題提示「着手の位置」「着手の仕 方」(説明 10 分間) → Z 教諭の台上前転へのフィードバック「もっ と跳び箱を押す」「放すタイミング」 ④ゆっくりやると曲がる→早く回転するとずれ る (助走つきではさらに)→つまづき・苦手な 子への系統的指導が必要〈5 年学年部〉 → j さん,K さんへのフィードバックが中心→ 他の児童がおざなりに ⑤ K さんはいけとった。こわがってないので。 〈体育部 B 教諭〉 → Z 教諭の K さんへのフィードバック「頭の てっぺんがついてる。頭入れて」 ⑥短い跳び箱の 2 台連結でおしりから落ちてい た。跳び箱の適正,次回の場の設定は?〈5 年学年部〉 → 2 台連結跳び箱が全て大跳び箱になる→臀部 から落ちる児童は減少した 授業者 1 名 体育部 2 名 体育部兼校内研究 部 4 名 5 年学年部 2 名 研究参与者 1 名 計 10 名 (※太字部は次時の授業への反映事項) 参 加 者 表 1 検討会様相の概要 ①並んでいるのがもったいない。周りにいる子 がどうするかがポイント。それを教える必要 性〈体育部 A 教諭〉 →児童同士のアドバイスとして「膝を伸ばして」 「膝の反動」を強調する。
る」ことが示唆された。 (3) 教師の受け取り方とその影響について 授業と検討会を含めた上述の実践を,校内研 究会において報告し任意に自由記述をしても らった。若手教員から中堅,ベテラン教員,講 師の見解をもとに,その受け取り方と影響につ いて総括すれば, ① 現象としての「できる (成果)」というこ とへの注目傾向 ② 教師主体の姿勢と原因帰属の傾向 ③ 改善に向けての量的対応策の傾向 ④ 児童の運動様相に対する一面的な認識に よる言説の流布という 4 点が浮き彫りと なった。これらは,「技術的実践」の傾向 であるといえるが,前項の検討会様相と 同様に「期せずして技術的実践の傾向に 陥ってしまう」ということがあらためて 確認された。「反省的実践」に関連する見 解が顕著であったのは,講師の 2 名であっ た。 以下に示すのは,I 講師の自由記述の部分抜 粋である。 〈1 時間目の授業及び検討会に参加して〉 今回,マットや跳び箱が苦手な j さんにペア の 2 人がとことん付き合う姿がありました。2 人のアドバイスに j さんの言葉での返答はな かった様に思いますが,何度もトライすること が j さんなりの返答だったのかなと思いました。 今回,j さんができたことは j さんの頑張りで もありますが,アドバイスがあってできる様に なったことを感じ,そのことを友達に自分の言 葉で上手に伝えられるようになっていってほし いと思いました。 (※下線は筆者による) この記述では,体育授業を参観した I 講師に よる,児童の運動様相の捉え方 (認識) が示さ れている。特に,注目されるのが 3 人の児童の 関わり方・相互作用の在り方に言及した下線部 の箇所である。すなわち,I 講師は,運動技能 ができるようになったプロセスや文脈を捉えて おり,児童間の関係性も見抜いた上で,さらに 次なる児童の高みの姿を描いている。このよう な,I 講師のような「願い」や「想い」から派 生するめざす児童像に関わる「ビジョン」こそ が,検討会の議題の中心であると推察される。 小林7)が懸念する「見れども見えず」の対極に ある実践的見識といえるであろう。 (4) アクション・リサーチの取り組みから示 唆されたもの 表 2 は,アクション・リサーチにおける実態 把握から得られた「実践的知見」と「阻害要 因」及び「改善への示唆」の概要である。この 実態把握の中では,授業実践に実質的に機能す る側面が確認された一方で,真に「反省的実 践」とは言い難い場面や状況 (期せずして「技 術的実践」に陥ってしまう場面や状況) も多く 確認された。そして,人々の認識は様々で,そ のような人々が集まって授業や検討会の構成メ ンバーとなり教育実践を形づくり,また,その 教育実践から認識を形成する,という「再帰 性」をみてきた。このような一連の取り組みを 包括的に総合的に勘案すれば,本研究のアク ション・リサーチで言えることは,授業や教育 実践の「複雑性」と「多様性」ということであ る。この見解は授業や教育実践の本質を「不確 実性」だとする「反省的実践」の捉え方を改め て支持するものである。この問題の本質は「認 識の転換」にあるのだが,「認識」を「転換」 たらしめる要因や契機について次章で理論的に 考察した。 4.考 察 「技術的実践」の合理性や理論適用の姿勢は, ある側面で効果を発揮し成果をもたらすもので あろう。今日の科学技術の発展や社会の進展を みても「技術的合理性」は決して軽視されるも のではなく,我々の生活は常にその恩恵を受け ている。ここで問題となるのは,このような背 景を受けて教師の「認識」が「技術的合理性」 一色に染まっていく傾向及び局面においてであ る。 この問題は,「教師側」の立場や「児童」の 立場,「技術的実践」や「反省的実践」の認識
というように,「二項対立的」「二律背反的」な 課題に置き換えることができる。この時「どち らか一方を (交互作用的に) 優先させる」とい う「振り子」の方策を取ることになれば,どち らか一方は必然的に後回しにならざるを得ない。 また,論理的思考や合理的推論とは別の次元の, 即興的で暗黙知的な実践的推論の形態でなけれ ば心的情報処理が間に合わない。ここで解決の 一つの鍵となるのが,「入れ子」構造のイメー ジ認識である。「省察 (reflection)」と「洞察 (insight)」を例にとって説明する。 (1) 「入れ子」構造のイメージ認識と「省察 の中の『洞察』」 図 2 は,「省察」に 内 包 さ れ る「洞 察」を 「入れ子的」な構造で表した「反省的思考」の 仮説モデル図である。佐藤や鹿毛の分類を加味 してまとめると,「省察」には,①「行為の中 の省察 (状況との対話)」,②「行為の後の省 察」,③「行為についての省察」,④「見通し的 省察」がある。 これらの中で特に注目されるのが,④「見通 し的省察」であり「洞察」や「閃き」の見地を 踏まえたパース (1839-1914) の言う「アブダ クション (仮説的推論)」(米盛8)2007) に比類 する。すなわち,単なる思いつきや直感ではな く,いわば「根拠のある閃き」である。このモ デルで筆者が主張したいことは,「入れ子的」 な構造の認識による「省察」と「洞察」の有機 的な連関性である。「省察」という行為を通し て試行錯誤的に推論され醸成化されたものの中 に,予測的で見通し的な「洞察(根拠のある閃 き)」が発現し,実践の問題解決に作用すると 考えるのである。このような「入れ子」のイ メ ー ジ 認 識 に よ る 理 解 や 解 釈 は,ギ ア ツ (1976/1979) が言及する「解釈学的循環」であ り,「個」と「全体」の同時把握・同時対応を 可能にする見解である。すなわち,実践におけ る即興的判断において,熟慮的な検討の積み重 ねに基づく「発想」や「創造性」のイメージ認 識が,「時間的制約」を乗り越え,「同時把握」 「同時対応」を可能にすると考えるのである。 (2) 「両義性」の認識と意志がもたらすビ ジョン 上述のイメージ図は最も初元的なモデルであ り,実際のイメージの心的機能は「重層的で」 「拡張的な」ものであろう。このモデルを端的 に表現した「『省察』の中の『洞察』」の言語表 出は,「真摯な『省察』から『洞察』の見地が 実 践 的 知 見 ・教師による一面的な印象,認 識をもつ傾向 ・児童の捉え方に際しての「先 入見」や「原因帰属」の傾向 ・「言説」や「常識」→「技術的実 践のパラダイム」 ・検討会の談話の流れの中で「限定 化」や「極端化」が生じる ・「皆で」「協働で」の姿勢が,単眼的 な傾向をうむ。 ・期せずして「技術的実践」の傾向に なること ・「時間制約性」のため,単元計画 通りに進めようとする教師の傾向 ・児童の運動様相を「個」も「全体」 も捉える「同時把握」の困難性 ・児童の主体性か教師の指導性かと いう「二項対立性」の編み合わせ 阻 害 要 因 ・I 講師のような「実践的見識 (= 実践的洞察ともいえるも の)」(文脈把握力,関係性を 見抜く力,意味づけする力の 同時発動) ・児童の立場に立つ捉え方 = 間 主観的な認識 ・期せずして「技術的実践」に陥って いる状況についての認識及び自覚性 ・複雑で不確実な状況を捉えた上での 改善の提案 ・現場実践者としての自負と公共的使 命感による「責任ある」カンファレ ンスの実施 ・授業構想時においてストラテジー と方略性をもつこと ・児童の運動様相を把握した上での 授業展開の実施と即興的判断 ・時間的制約のある教師文化におけ る教材解釈の際の創意工夫 (アレ ンジ) 改 善 へ の 示 唆 授業実践の実態把握 反映様相の実態把握 教師の認識と影響の把握 表 2 アクション・リサーチにおける実態把握から得られた「実践的知見」と「阻害要因」及び「改善への示唆」 の概要 ①人々によって認識の違いがあ る。 ②その感受から自分の実践に取 り込む姿勢を示している。 ③モノゴトに対する教師の見る 目や観察眼 (認識) によって, その後の実践が規定される。 ①検討会での談話が授業に如実に反映 される。 ②スーパーバイズや間接的支援は有効 で あり,授 業 実 践 に 対 し て「連 関 性」や「相互作用性」を示していた。 ③検討会の質を高めることが,実践の 質を高める。 ①運動構造の理解 (実技を含めた教 材解釈) と,児童の実態に則する 「熟考」の重要性 ②個人的課題と全体的課題 (共有課 題) の適切性と両立 ③児童の「学習過程」を組織するこ とが教師の務めであり児童の運動 様相を変えていく推進力となる。
生起する」という意味と,「『洞察』の発現が あってこそ『省察』が真に機能する」という意 味を同時に内包している。この認識は「省察」 と「洞察」の個別的な認識を乗り越えた有機的 連関のイメージであり,第三的に派生する新た な価値創出の萌芽でもある。これはメルロ・ポ ンティ (1945) の「両義性 (amibiguity)」と符 合する (鷲田9)2003) が,両者の間にある第三 性の発現を見い出そうという「新たな価値創造 の契機」と捉えるかどうかで実践の在り様は規 定される。譬えて言えば,「ピンチをチャンス に」というように,不利で不確実な状況や場面 を「次なるステージへの契機」と捉える発想の 転換や,既成なものとして「見えている」もの から未知の「まだ見えていない」モノへの眺望 である。つまり,I 講師のように「見えない」 ものをも捉えようとする創造的で両義的な「意 志」や「信念」が,実践における問題解決のビ ジョンをもたらす発現の「核」となりうると考 えられるのである。 (3) 「間主観性」及び「中庸」から派生する 「『志高』的ビジョン』 「児童の主体性」や「教師の指導性」という 両者の関係性の「編み合わせ」の課題について の示唆も,上述の認識の延長上にあるが,その 礎となるのが「相手 (児童) の立場にも立つ」 認識であり,視点獲得の見地であろう。この認 識は「間主観性 (intercorporeite)」であるが, 授業においては実践主体である児童や学習その ものについての教師の「願い」や「想い」に具 現化される,公共的使命感 (大義) に則った 「意志」や「信念」と言えるであろう。 「間主観性」という両義的で脱自的な力は 「実践的見識」と言え,教職の根幹を支えるも のであるが,包括的で曖昧なものである。しか し,この包括性や曖昧性こそが不確実な状況や 実践に臨機応変に対応することをアフォード (ギブソン10)1985) する,いわばニュートラル ポジション (中庸) であると言える。そして, 検討会の議論の核も,「中庸」的な認識から派 生する望ましい児童の姿に関する実践的な 「『志高』的ビジョン」であり,このビジョンが 実践についての教師達の「教育理念」を再帰的 に形成する基盤となるとも考えられるのである。 そして,これを実質的に作用させる基盤として 心的な「中庸」状態であるかどうかの自覚的な 認識をも促すものが「反省的思考」なのである。 ※佐藤と鹿毛の見解を図式化したもの 図 2 「省察」に内包される「洞察」の「入れ子的」構造 の仮説モデル図
(4) 「反 省 的 思 考」の 再 解 釈 と「捉 え 直 し (リプライズ)」の言語的表象 「反 省的 思 考 (reflective thinking)」と は, ジョン・デューイ11) (1910) によって「探究」 を意味する概念として提起された (佐藤 1997)。 この「探究」には「創造」の意味が内包されて いる。しかし,「反省」や「振り返り」という 言語表象は,「過去」の事象に対する「内省」 と「回顧」の意味が前面に打ち出されすぎて一 義的に受け取られがちである。同時に,人の心 理として「過去」を振り返るあるいは見つめ直 すことは「心的負担」が多分に大きく,また, 「自責感」にかられ自信が構築できないことも 考えられる。そのため,反作用的に表面的な 「反省」に留まってしまい,反省的実践の「形 骸化」が引き起こされる一因となっているとも 推察される。 この脱却の方途として,本研究でもみてきた 「談話」や「対話」という言語的な機能や作用 に着目する必要があるだろう。「対話原理 (di-alogism)」(1963) を提起したバフチンは,「対 話」を通して人と人との相互作用における言語 的な実践性の意味を表出した。言語が,人と人 のあいだで社会的な交流を促し,自己観の変革 をもたらすものであると考えると,教師の「反 省的思考」や「信念」に影響する鍵は「対話」 であると考えられる。ここで重要なことは言語 を介して,対話の当事者達は「イメージを共有 化する」ということである。そのイメージが認 識となりビジョンとなって共通了解をうみだす。 すなわち,言語の交流による「イメージの伝達 性」が検討会の機能を拡張させ,実践性をもた らすものと推察されるのである。そして,言語 交流やイメージ伝達に伴って,「児童をどのよ うに捉えているか」という認識論的な見解や, 「どのような児童の姿であるべきか」という存 在論的な信念や価値観も交流している。これが 教師の「実践的見識や意志の伝承」である。実 践の中でしばしば生起する「二項対立」や「二 律背反」の葛藤やジレンマという問題について, これを乗り越えようと思えば,矛盾性や不確 実性を「捉え直して」価値創出にむかう認識 が必要となる。この時,この「捉え直す (re-prise)」(ポンティ 1945) という心的表象は, 過去と未来を結ぶ現在的な行為性をもち,実践 における問題解決において機能性や作用性をも たらす核となる。 図 3 は,前項までにみてきた「『入れ子』的 なイメージ認識」及び「『志高』的ビジョン」 の萌芽性や,「『省察』(過去性) の中の『洞察』 (未来性)」という捉え方を,探究と創造を志向 し有機的に連関させた仮説モデルである。この ような行為性や心的表象自体が「リプライズ」 であり,不測的な出来事や相反する事象を「両 義性」及び「間主観性」のもとに融合・昇華す る言語表出である。また,この心的表象は, 「反省的思考」と同義の機能をもち,かつ,「洞 察性」を志向するものであると言える。ここに 「リプライズ」という表象の,リフレクション とインサイトを有機的に連関させる実践的で有 用な可能性を見い出すことができると考える。 5.ま と め (1) 結論 以上の議論を概括すれば,本研究における包 括的なアクション・リサーチの取り組みから 「見えてきたもの」とは,「反省的思考」の「探 究と創造」に関わる「洞察性」への注目と,言 語を媒介として実践的見識が伝播する際の 「『入れ子的』なイメージ認識」及び「『志向』 的なビジョン」への注目である。そして,「リ プライズ」という心的表象及び言語表出が, (「捉え直し」続けることで) 技術的実践との有 意味な連関を果たし,目に見えにくい「反省的 実践」の意義と「反省的思考」の本義を継承し, 現場実践において実質的に機能するものである と結論づける。 本研究の一連の取り組みを通して得られた 「仮説的知見」の要点を列挙すれば, ① 「省察」の中の「洞察」性への注目による 「創造性」への実践的機能 ② 「入れ子構造」のイメージ的認識による実 践的見識の交流可能性 ③ 両義性の認識と意志からもたらされる「相 手 (児童) の立場」に立つ間主観的な視点 獲得と,教師の信念形成及び価値観への作 用性
④ 包括性に基づいた「中庸的」な心的状態か ら派生する「『志高』的ビジョン」による 問題解決への機能性や作用性 ⑤ 「リプライズ (捉え直し)」概念の価値創出 の機能性と実践的な言語的有用性 の 5 点であった。 (2) 今後の課題 本研究の「リプライズ」の導出は,帰納的推 論及び哲学的解釈学の見地に依拠したものであ る。現場実践に還元する際には,これら仮説的 知見をメタ認知的知識や先行情報としてオーガ ナイズすることで,より善い実践に寄与するも のと考える。また,「イメージ認識」や「『志 高』的ビジョン』の洞察的発露と,「意志」や 「願い」との相互反映の実態について,具体的 事例を通しさらなる解釈を目指す必要がある。 主な文献 1 ) 高橋健夫 (2003) 体育授業を観察評価する授 業改善のためのオーセンティック・アセスメ ント.明和出版. 2 ) ド ナ ル ド・シ ョ ー ン (2001) 専 門 家 の 知 恵 反省的実践家は行為しながら考える.訳者: 佐藤学・秋田喜代美.ゆみる出版 3 ) 厚東芳樹・辻延浩他 (2004) 小学校体育授業 における教師の業中の「出来事」に対する気 づきに関する研究―熟練度の相違を中心とし て―.兵庫教育大学連合教育学論集. 4 ) 秋田喜代美 (2008) 授業の研究 教師の学習 レッスンスタディへのいざない.世織書房. 5 ) 佐藤学 (1997) 教師というアポリア―反省的 実践へ―.世織書房. 6 ) 鹿毛雅治 (2007) 子どもの姿に学ぶ教師 「学 ぶ意欲」と「教育的瞬間」.教育出版. 7 ) 小林篤 (1978) 体育の授業研究.大修館書店. 8 ) 米盛裕二 (2007) アブダクション 仮説と発見 の論理.勁草書房. 9 ) 鷲田清一 (2003) メルロ = ポンティ 可逆性. 講談社. 10) J. J. ギブソン (1957) 生態学的視覚論―ヒト の知覚世界を探る―.サイエンス社. 11) ジョン・デューイ・訳者:宮原誠一 (1957) 学校と社会.岩波書店. 図 3 リプライズ (捉え直し) の有機的連関に関する仮説モデル図