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アジアからの出稼ぎ女性の人権を守ろう/
﹁妓生(キ│セン)観光反対/﹂││韓国の金浦空港に女子大生がデ モをかけ、日本人の﹁買春ツア│﹂に初めて公然と抗議の声を上げ たのは一九七三年であった。その後、台湾の旅行業者が﹁恥という 字をご存じですか﹂という意見広告を出したほど、日本人男性のセ ックス・アニマルぷりはひんしゅくを買った。 こうした抗議の声に応えて、私たちアジアの女たちの会は七七年 の結成当初から、買春観光反対運動を活動の重要な柱にしてきた。 しかし、私たちの精力的なキャンペーンにもかかわらず、買春観光 は韓国、台湾から、フィリピン、タイ、インドネシアなど、アジア 各国に広がった。反対運動を意識した旅行業者のたくみな実態隠し もあって、アジアからの買春観光反対の声もかき消されたかに見え るが、円高日本は今年ついに海外旅行一千万人時代に入り、買春観 光はかつてない規模にふくれあがっている。 そのうえ、八0
年代にはいって、アジアから女性たちを日本に連 れて来て、性風俗産業で働かせるアジア出稼ぎ女性の時代を迎えた。 アジアの国々では経済開発が進んだが、それは日本など先進国本位 の開発であり、貧しい人々を一層貧しくさせ、若い女性たちがその 犠牲になって、都会の性産業に、さらに、海外へと押し出されるよ うになったからである。 こうして、日本に人身売買の形で送られてくる出稼ぎ女性たちは 年七、八万人にも激増し、最底辺の性産業労働者として、性的搾 取を受け、人権侵害に苦しんでいる。日本の性産業が肥大他し、性 の商品他が進んで、アジアからの安価な性労働力へ需要が増大する 一方なのだ。それは、日本の経済体制が日本女性の差別に拠っている だけでなく、アジアの女性た古からの収奪に拠っていることにほか な ら な い 。 アジアからの女性た古は性差別のうえに、アジア人蔑視という人 種差別も受け、さらに、その多くは不法滞在、不法就労を理由に、 侵害された人権を回復する手だてもないまま強制送還されてしまう。 日本政府は、八0
年代半ばからアジア各固からの男性出稼ぎ労働 者が急増し始めたため、外国人労働者締め出し政策を強佑するねら いで、入管法改悪をもくるんでいる。この改悪案に私たちは反対す る。こうした政策のもとでは、出稼ぎ女性たちはさらにひどい性的 搾取や人権侵害を受けることになるからだ。 私たちは、アジアからの出稼ぎ女性たちが、たとえ、入管法違反 の来日であっても、彼女たちが人間として扱われるように、日本政 府にまず要求したい。そして、私たち自身も、彼女たち一人一人を 友人として受け入れ、その人権を守るための活動をさらに強めなけ ればならない。 しかし、もっと根本的には、アジアの若い女性たちが、異国に出 なくとも、自国で家族や友人とともに、人間らしく生きられるよう に、経済大国となった日本とその犠牲になっているアジアの国々の 聞の不公正な経済構造を変え、私たち自身の生活のあり方を変える、 という長期的な闘いに挑まなければならない。 日本国内での女性差別に反対し、アジアの女性たちの人権を守る 日々の活動と、日本企業の進出や日本政府開発援助(
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)
など開 発政策を問う運動とをどう結びつけるか、九0
年代の私たち日本の 女性に課せられた課題は重い。それをアジアの女性たちとの連帯を 深める中で果して行きたい。 一九八九年十月ア
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出稼ぎ女性
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出稼ぎ女性はなぜ日本に来るのか
ー送り出す途上国と受入れ国日本の構造
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日本ほど多くのアジアからの出稼 ぎ女性を性産業労働者として受け入 れている国はない。七0
年 代 の セ ッ ク ス ・ ツ ア ー の 前 史 を 振 り 返 る と 、 日本の男性たちの買春観光先はまず 台湾から始まり、ついでソウルに移 り、さらにマニラ、バンコクと東南 アジアへ拡がった。年間何十万とい う数の男たちが団体を組んでアジア の女性たちの体を金で買うために出 掛けるという異様な状況になったの で あ る 。 このような金にあかせた性的搾取 に最初に抗議の声をあげたのは、韓 国の女性たちであった。七三年、女 子 大 生 た ち が ソ ウ ル の 金 浦 空 港 に ﹁ 祖 国を日本人男性の遊廊にするな﹂と いうプラカードをかかげて小さなデ モをしたのである。それが日本女性 た ち の キi
セ ン 観 光 反 対 運 動 を 起 こ すきっかけとなった。それがさらに アジアの女たちの会を作ることにま で 発 展 し た の で あ る 。 八O
年秋には、マニラで国際観光 問 題 会 識 が 開 か れ 、 日 本 で 買 春 ツ ア ー の 実 態 が 国 会 で も 取 り 上 げ ら れ て 、 全 国 的 に 知 れ 渡 っ た 。 翌 八 一 年 一 月 、 当 時の鈴木善幸首相がASEAN
諸 国 を歴訪したとき、マニラやバンコク で 女 性 た ち の 抗 議 デ モ で 迎 え ら れ た 、 各国で広く報道されて、マニラへの 日 本 人 観 光 客 は 激 減 し た 。 ところが売買春の背景にある途上 国 側 の 経 済 状 況 は そ の ま ま の た め 、 貧しい女性たちは日本への出稼ぎに 活路を見いだそうとした。買春観光 を通じてできた人身売買ルi
ト で 、 両国の業者は女性たちを日本へ送り 込 む こ と で 巨 利 を 得 ょ う と し た 。 こ う し て 、 八0
年代になって、来 日する出稼ぎ女性が年々ふえている ことは、不法滞在で摘発された人数 の 推 移(
1
)
からも明らかだ。最近は 年間七、八万人にも達すると推定さ れている。その大部分が各種の性産 業 で 働 い て い る の で あ る 。 ( 表2
)
このような日本への出稼ぎ女性の 急増をまず国際的にみると、南北問 題の一環だということ、つまり、南 の途上国から北の欧米諸国と中近東 の産油国へ何百万という人々が出稼 ぎにいくというグローバルな出稼ぎ の 流 れ の 中 で と ら え る 必 要 が あ る 。 イスラム国からは男性だけだが、ほ かのアジアの国々からは女性も少な く な い 。 ア ジ ア で 、 パ キ ス タ ン に つ い で 大 量 の出稼ぎ労働者を海外に送り出して いる国はフィリピンで、百カ国以上 に ざ っ と 二 百 万 人 に も の ぽ り 、 四 、 五人に一人は女性という。香港には 四万二千人、シンガポールには三万 人以上のフィリピン女性たちが家事 労 働 者 、 メ イ ド と し て 働 い て お り 、 アメリカなどには看護婦として働き に出ている。その中で、日本にはも っぱらエンターテイナ!として送り 込 ま れ て い る と い う 特 色 が あ る 。 なぜ彼女たちは故国を離れて、異 国で外国人男性に性サービスするよ うな仕事につかねばならないのだろ うか。第一は、貧困のためで、最大 の送り出し国フィリピンの場合、失 業率が非常に高く、学校を卒業して も四人に一人しかまともな就職がで きないという。また、たとえ職につ いてもきわめて低賃金で大勢の家族 が食べて行くのは大変なのだ。月給 が 千 ぺ ソ ( 五 千 円 ) ぐ ら い で 、 日 本 で は日給に相当するぐらいの聞きがあ るので、単純化していえば、日本で 一 日 働 け ば 一 カ 月 分 の 稼 ぎ に な る わ ず だ 。 つぎに、フィリピンは伝統的に海 外移民、とくに、アメリカへの移民 流出が戦前から盛んだったが、マル コス政権時代からとくに失業対策と 外貨獲得のために、国策として人カ 輸出政策をとってきた。アキノ政権 に か わ っ て も 、 対 外 債 務 は か き む 一 方 で 、 労 働 力 輪 出 は 奨 励 さ れ て い る 。 もうひとつの要素は送り出し固と 入管法適反、男女別事件の推移よ
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1983 1984 1985 1986 1987 1988 総 教 4,768 6,830 7,653 10,573 14,129 17,854 男 1,102 1,213 1,644 3,325 5,636 10,725 女 3,666 5,617 6,009 7,248 8,493 7,129 構 成 比 男 23.1 17.8 21.5 31.4 39.9 60.1 (%) 女 76.9 82.2 78.5 68.6 60.1 39.9 表1圃
日本側を結ぶ暴力団など非合法組織 による人身売買ル
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トがアジア全域 に広がって麻薬、武器取引と並んで 資金源になっていることである。 フィリピンについで来日出稼ぎ女性 が多いのはタイからだが、昨年あた りからのタイ女性の急増の背景には タイ側に送り出しルl
トができたこ ともあるという。三番目の台湾も二 大秘密結社が女性売買に関わってい るとみられている。 さらに、根本的な経済要因として、 資外活動事犯及び資格外活動がらみ不法残留国別、年次別推移i
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1983 1984 1985 1986 1987 1988 総 数 2,339 4,783 5,629 8,131 11,307 14,314 (200) (350) (687) (2,186) (4,289) (8,929) フ ィ リ ピ ン 1,041 2,983 3,927 6,297 8,027 5,386 (29) (96) (349) (1,500) (2,253) (1,688) タ イ 557 1,132 1,073 990 1,067 1,388 (39) (54) (120) (164) (290) (369) 中 国 528 466 427 356 494 502 (85) (136) (126) (161) (210) (230) 韓 国 114 61 76 119 208 1,033 (24) (34) (35) (69) (109) (769) Jぐ キ ス タ ン 7 3 36 196 905 2,497 (7) (3) (36) (196) (905) (2,495) バングラデシュ 1 58 438 2,942 (1) (58) (437) (2,939) そ 。〉 他 92 138 89 115 168 566 (16) (27) (20) (38) (85) (439) 表2 性差別が、からんでいるのだ。日本 独特の、伝統的な性差別を資本主義 的利潤追求のシステムが最大限に利 用する形で、性の商品化が極端にす すんでいるからである。 なぜ、日本には年間七、八万人に ものぽる出稼ぎ女性が来るのか。そ れだけの需要がある、つまり、それ だけ、性産業が発達、繁栄している ということである。東京・新宿の歌 舞伎町はわずか0
・三四平方キロな のに、なんと二千五百軒ものパl
、 ク ラ ブ 、 ス ナ ッ ク 、 キ ャ バ レ ー 、 テ レ フ ォンクラブ、ストリップなどあらゆ る種類のセックス産業の応が密集し ているし、全国津々浦々、どんな辺 部な田舎の温泉場にもアジアからの 女性が働いているという状況になっ て い る 。 こうしたセックス産業に、女性を アジアから供給する役のリクルータ ーは、全国で三百ぐらいといわれる が、それに暴力団が絡んでいる。つ まり、女性売買は暴力団にとって 格好の資金源なのだ。暴力団は、麻 薬、ピストル、女の密輸入で利潤を あげているわけだ。このような暴力 団の存在を日本社会は黙認している。 それどころか、礼讃するような本や 映画が氾濫しているのだ。大体百万 円ぐらいで女性を輸入して、百五十 万円から二百万円ぐらいで、クラブ 都市の富裕階級中心の開発で農村は 貧困の中に取り残され、しかも、消 費文化がテレビ・ラジオを通じて村 村まで浸透する状況では、現金を得 る方法として、娘を売るということ が起こっているのだ。 ここには、経済的要因に加えて、 あきらかに女性差別の問題もからん でいる。出稼ぎ女性に家族関係をき くと、長女が圧倒的に多い。まだ十 代の若い女性たちが大家族の家計を 補い、弟妹の学資を得るために、異 国に出るのである バンコクの緊急避難ホl
ム で は、売春宿から救出されてきた 少女たちの中にはまた舞い戻っ てしまう場合もあるという。売春 をやめては両親が困るのではな いかと案じるからだ。警察の手 入れを受けて女性たちが去った あとに残されていた手紙には、 自分が家族のために犠牲になら なければという責任感が行聞に 濠 ん で い た 。 タイ北部のパヤオからの十五 歳の少女は﹁お父さん、ここで はいじめられるし、とても淋し いから、お米の収穫が終わった ら会いに来て下さい。でも心配 しないで。どんなにつらくても、 家を建てるお金をかせぐまで、﹂ こでがんばります﹂と書いてい やスナックに売るわけで、女性を仕 入れた底は、元をとってさらに儲け るために、女性たちに売春を強いる わけだ。抵抗すれば、殴る、蹴る、 麻薬を打つ、賃金を払わない、レイ プするなどあらゆる手で、売春させ 搾 り 取 る の だ 。 このようにアジアからの女性たち を搾取している経営者を売春防止法 で、たまに、手入れをすれば、彼ら がいかに、ボロ儲けしているかが、 あきらかになる。タイ女性を十人以 上使っていた業者が昨年(八八年)売 防法違反で検挙されたが、タイ女性 の方は、成田空港にいくパス代さえ ないのに、業者の方は半年たたない のに、六千万円も儲けていたことが わかった。それほど、セックス産業 は儲かる商売なのだ。 このように、高利潤をあげられる 性産業がここまで繁栄しているのは、 日本独特の売買春文化の伝統がある ことも見逃せない。室町時代に幕府 が公娼制度を認めて以来、江戸時代 には廊文化が花開いて、四世紀にわ たって売買春が正当化されて来たの だ。とくに、儒教に縛られていた武士 階級は、性については、ダブル・スタ ンダードの規範をもっていた。彼ら は、封建的家制度を継ぐ子供を生む 妻と、性的快楽のための廊の女、遊 女を使いわけた。このように、女た た また、父親からの手紙も残ってい た。﹁業者から最近千パl
ツ受け取 った。お前が出かける前に受け取っ た 千 パl
ツ ( 五 千 円 ) と 合 わ せ て 二 千 パ!ツ(一万円)しか受け取っていな い 。 業 者 は 四 千 パl
ツ払ったとお前に いっているそうだが。私は一生懸命働 い て い る 。 お 前 も 我 慢 し て ほ し い 。 ﹂ こうしてわずか一万円で売られた 少女は今日もバンコクの薄暗い売春 宿で毎日五人も十人もの客に幼い体 を弄ばれているのだ。このような父 親の娘の性に対する支配は女性差別 以外のなにものでもない。たとえ、 いくら貧しくても親が娘を売ること を問うべきだ、という主張も出て来 た タ イ の フ ェ ミ ニ ス ト 、 ス カ ニ ャ ・ ハ ン ト ラ ク ン さ ん は 、 八 三 年 に オ ー ス ト ラ リ アで開かれたアジア学会主催の女性会 議 で ﹁ 親 は 大 目 に 見 ら れ 、 娘 は 売 春 を す ることで親孝行だと礼讃されるとい う親の権威が問題﹂と指摘した。バ ンコクの児童の権利擁護センターも ﹁親が娘を売ることを止めさせない 限り少女売春のような人権侵害に歯 止めをかけることは出来ない﹂と、 親を処罰する法律作りさえ検討して い ' G。
台湾でも少女売春は深刻な問題に なっている。とくに、山地原住民の ちは良い女と悪い女に二分化する考 え方は、現在まで受け継がれ、主婦 と娼婦、水商売の女に分断されてい る。ここに、福沢諭吉も唱えた売春 婦必要悪論、防波提思想が出て来る 根 拠 が あ る 。 アジアからの来日女性にも、これ はあてはまり、沖縄では、﹁フィリ ピン女性が来るお陰で、沖縄女性が 護られる﹂といった議論がおおっぴ らにまかり通っている。また、アジ アからの花嫁さんが八0
年代なかば から、急増しているが、花嫁輸入で もうけている国際結婚仲介業者たち は、日本の男性向けに﹁見合い相手 のアジア女性は、日本語を話せない、 日本に行った前歴のない女性たちで す﹂と、かつて、日本の性産業で働 いた事がない女性だと強調している。 つまり、アジアからの女性たちと遊 んでいながら、いざ、結婚相手とな ると、そういう女性には﹁ノl
﹂ と い う身勝手さ。ここにも、あきらかに、 女性を二分化する思想が表れている。 このような状況のなかで、性産業 で働く日本女性たちは、生活のため の中高年で子持ちの女性が結構多い。 日本では女性の平均収入は男性の約 半分という、基本的な性差別のため、 夫の病気や離婚などで生活を支える だけの収入を得るためには、夜の仕 事しかない現実があるのだ。確かに 少女たちが人身売買の犠牲になり、 台北の売春婦の四割もが原住民少女 だという。原住民は台湾の人口の二 %しか占めていないのだから、大変 な高率である。このため、女性グル ープが台北の売春の本場である華西 街で﹁山地少女売買反対﹂のデモを した。八七年二月のことである。 台湾から日本への出稼ぎ女性はフ ィリピン、タイに次いで多いが、そ の中には原住民の女性もいる。台北 郊外の川べりにへばり付くような原 住民部落をたずねたら、老人たちは 丁寧な日本語を話した。ひとりの老 人が東京に行っているという娘の話 をしてくれた。﹁お茶の商いをして いるとかで、時々仕送りをしてくれ ます。でも住所を書いていないので どこに住んでいるのかは知りません﹂ というのだった。彼女の仕事は容易 に想像がついた。掘立て小屋のよう な住まいから出て来たこの老人の経 済状態を見れば、娘の日本での稼ぎ は死活問題なのだ。私は、この娘が、 人権侵害を受けないように心のなか で、祈っていたのだった。 国境を超えて、女性の人身売買が 広がっていることも、経済的要素プ ラス女性差別が原因である。日本に 急増するアジアからの男女出稼ぎ労 働者に共通しているのは、貧困の問 題だが、女性の場合は、それに、女 派遣型売春など多様化する売買春に 流れ込む若い風俗ギヤルはいるが、 それでも、ふえる需要に比して絶対 的に不足している若年労働力をアジ アからの出嫁ぎ女性輸入で補ってい る わ け だ 。 需要がふえるのは、それだけ買春 日本男性が増えているわけで、女性 をとことんまで商品化する性情報に 刺激されながら、企業人間としての ストレスの解消をもとめて、男性た ちは性産業に群がっていく。厳しい 競争原理と異常な長時間労働(日本 の年間平均労働時間二千百時間以上 で、西欧諸国は千六、七百時間)と いう犠牲のうえに経済大国を築いた 日本。それは性産業の肥大化も伴っ たのであり、そのように、男性も、 女性も非人開化する苛酪な経済シス テムそのものを関わなければならな このように、アジアからの出稼ぎ 女性を通して見えて来るのは、伝統 的な女性蔑視や現在の男女不平等な ど女性差別であり、それを最大限に 利用して成り立っている日本の経済 構造である。そして、アジアの女性 たちを性的に搾取する南北問題であ る。つまり、女性が差別され、人間 として扱われないからこそ、日本の 経済発展があったという関係をきち んと見なければならないと思う。 園周
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ひどい人権侵害を受けた四人のフ ィリピン女性たちが裁判を起こした 名古屋のラパl
ン事件を通じてアジ アからの出稼ぎ女性たちのことを考 えようと、アジアの女たちの会が東 京在住のフィリピン女性と日本女性 の合同集会を八九年六月二五日、東京 山手教会で開いた 。立ち寄りセンター 作りを進めているメンバーが中心に なって、会としては初めての在日フィ リピン女性たちとの共同行動を企画 したのだったが、会場に入り切れな は金のことしか頭にないのだ。成田 空港から﹃殺されそうだから 助けて ﹄ という電話をもらったこともあるし、 自殺したフィリピン労働者の話も聞 いた 言葉の障害もあるし、不法滞在な ので禽えているのだ。そのうえ、不 法労働者は同じフィリピン人からも 付き合うななどと、差別されている。 不法入国者でも一人の人間であり、 なぐったり、殺したり、非人道的な 扱いはされてはならない、と日本の 皆さんに訴えたい﹂と、切々と語っ た 次に私、松井から、ラパ│ン事件 のような人権侵害が起こる日本社会 のあり方を問い、アジアの女たちの 会 が キl
セン観光反対からフィリピ ン女性とのセックス ・ ツア │ 反対の 共同行動、最近のタイ女性支援基金 まで、アジアの女性たちとの連帯活 いぐらいの二百人近い参加者があり、 熱気にあふれる討論となった 。 これ からも日本女性だけでなく、在日ア ジア女性たちと共に、出稼ぎ女性の 人権を活動をしなければという重い 課題を突き付けられた集会であ っ た 。 ラ パl
ン事件(次ぺl
ジ 参 照 ) は 七 、 八万人にのぼるアジアからの出稼ぎ 女性が人身売買の被害者として日本 に送り込まれている実態を暴露する ような事件で、全国各地の性産業で 働くアジア女性たちの身に日々起こ っている人権侵害のまさに氷 山の 一 角である。 アジアの女たちの会の立ち寄りセ ンター運営委員会のフィリピン・メ ン バ ーはこ の事件について知ると、 同胞女性として何かしなければばと 反応し、運営委員会として早速ラパ 1 ン事件の裁 判 闘 争 を 支援している 名古屋のあるすの会の五月一 一 一 一 日の 集会にメッセ ー ジを送った。そして、 東京でも集会を開くことをきめた。 何しろ日英両国語でのチラシ作り 、 当日の資料作り、日本のメディアだ けでなく、外国人ジャーナリストた 動の歴史を振り返ったあと、出稼き 女性の人権を守ることは、日本の女 性自身の解放と、他国を犠牲にする 日本の経済、社会構造の変革をめざ すことにつながることを述べた。 次いで、フィリピン女性チケ y 卜 谷崎さんの発言に移り、﹁私は 二年 ま えに 日本にきたが 、殴られたり、給 料を貰えない出稼ぎ女性のケl
スを 知っている。日本の活動家グループ は 、 。 ヵ ワ イ ソ ウ 。 という同情ゃあわれ みでなく、立ち寄りセンタ ー を 作 っ たり、医療援助をしたり、さまざま な支援活動をしてほしい。それには、 女性団体も、宗教者も、学生運動も、 マスコミも、人身売買をなくすため に、ネ y 卜ワークを作って活動する 必要がある 。 さらに、長期的なアプロ ーチとして、日本の企業進出や観光 もチエ y クしてほしい。とにかく、 外国人出稼ぎ労働者たちを犯罪者扱やより
ちへの宣伝など慣れない準備だった が、わずか一カ月に日本人メンバー もフィリピン人メンバーも総力をあ げた。集会参加者の半分近くがフィ リピン人という予想以上の反響に、 このような連帯集会が聞かれる時代 になったのだと、在日外国人のこの 問題に対する関心の大きさを改めて 実感させられた。 集会はまず、あるすの会の野上幸 恵さんの発 言 から始まった。カトリ ック・シスターとして、アジアから の出稼ぎ労働者の支援に飛び回って きた体験に根差した言葉には心打た れるものがあった。 ﹁四人の女性たちは危険なし、売春 なし、といわれて日本につれて来ら れ、ストリップ劇場を因されて、ラ パ l ンに送られ、売春とわかつて逃 げようとした。 二 人は逃げたが、連 れもどきれ、あとの こ 人は殺すと脅 されていた。実際、ユキと呼ばれた 女性は、この庖が ﹃ 男の天国マヒル カン﹄という名前だったときに働い ていたが、山梨県へ逃げて焼き殺さ れた。フィリピン男性が犯人とされ、 いせず、在留許可を与、えるよう、政 府に働きかけて欲しい。そのために、 日本人もフィリピン人も手を携、えて やりましょう ﹂ と 訴 、 え た 。 この後、フィリピン人メイドさん たちの好意によるコーヒー-ブレー クがあり、﹁アジアからの出稼ぎ女性 たちの人権をどう守るか﹂の討論に 移った。ラパ│ン事件について、﹁な ぜ、強姦などの訴えを検察側は認め なかったのか ﹂ な ど の 質 問 や 、 ﹁ 出 稼 ぎ労働者に特別在留許可を認めるよ うに運動すべきではないか﹂などの 提案が出たり、活発な質疑で、予定 時 間 を 一 時間もオーバーして、集会 を終わった。参加者の中から、立ち 寄りセンター作りに協力したいとい う申し出もあり、アジアの女たちの 会の出稼ぎ女性支援活動が前進する ことが期待される 。 八九年五月初め 、 フ ィ リピン出稼ぎ 労働者担当で大阪在住のラギダオ神 父から電話があった。﹁四人のフィリ ピン女性がひどい目に合って裁判を 起こしている 。 この事件をも っ と 広く 知らせられないだろうか﹂と達者な 日本語でいわれた 。 これはまさに氷 山の 一 角、ほとんどの出稼ぎ女性た ちが泣寝入りで、強制送還されてし まう中で、法的手段で自分たちの人 権を踏みにじった男たちを訴えた彼 女たちを支援すべきだと拙嘘に感じ た 彼女たちは名古屋市南区のスナッ ク﹁ラパ│ン﹂で昨年から働いていた 一 二 才から二六才の出稼ぎ女性たち で、売春を強制され、逃げようとし たため、庖の従業員らから残酷な仕 打ちを受けたのだった。居室に鉄格 子をはめら れ、常時男たちが監視し、 まさにタコ部屋に監禁され、レイプ 服役中だが、庖との関係など疑惑が ある。もう一人、ここで働いていた マ リl
は静岡で栄養失調で死んでい た 私達は、彼女達がたとえ、入管法 違 反 で あ っ て も 、 ど の よ う な 権 利 を 持っているのか、彼女たちを黙って 帰らせるのでなく、知らせるべきだ と、裁判を起こすように支援体制を とった。彼女達は、裁判で明らかに したくないことも明らかにするとい う痛みを身に引き受けて、他の多く のフィリピン女性が人聞の尊厳を守 られるために、裁 判をやると 言って いる。その勇気に感謝したい。その 勇気に力づけられて、きつい裁 判に つきあっている。最後に彼女達に代 わって皆さんにお礼をいいたい。﹂ 次いで、フィリピン・メンバーの テシl
・上田さんが、フィリピン女 性の相談に乗った経験を交えながら、 ﹁交番の前を通るとフィリピン人の 写真が張り出してあり、犯罪者なの かと思ったら、行方不明者の写真と 知って、本当に悲しくなり、無事で 見付かるようにと祈っている。 私の近所の人の友人ルデイはホス テスとして来日したが、ノイローゼ で不眠症になった。しかし、健康保 険に入っていないので金がかかると 病院にも連れて行って貰えずに帰国 させられた。マ、一不│ジャーにとって 図 までされた 。 彼女たちを救出しようとした日本 人 男 性 二 人が半殺しの目に合ったた め刑事事件になり、経営者や従業員 が逮捕されたが、暴行を受けつづけ ていた彼女達はすんでのところで強 制送還されそ うになったのだ。これ ほどの人権侵害を見過ごすことはで きないと、あるすの会が裁判闘争を 支えている。 とにかく四人の女性に会わなけれ ばと思った。今、生活のために別々 のところで働いており、裁判の時だ け、顔を合わせるという。たまたま、 ある日曜日の午後、法廷での尋問の 予行演習のために、裁判を支援して いる名古屋のあるすの会(滞日アジ ア労働者と共に生きる会)に集まる というのでかけつけた。 四人のうち、四日市で働いている 園C
さんがケガで来れなかったが、あ との三人は弁護士の質問にしっかり と答えていた。まだはたちそこそこ で、貧しい国に生まれたがゆ、えに異 国で地獄の体験をくぐり抜けてきた というのに、実に毅然とした態度な のでかえって心が痛んだ。みんない かにも人なつっこく、初々しい女性 たちだった。さすがに、ラパl
ン で のことになると、涙ぐんでいたが。 一体彼女たちはどのような目に合っ た の か : : : 。 ーさんは昨年八月、売春の仕事を 嫌がったため、底長と従業員に殴る 蹴るの暴行をされ、血まみれで夜中 に逃げ出し、南署に助けを求めた。 しかし、ケガをした理由も聞かず病 院に送られ、南署が底に連絡したため、 連れもどされてしまった。スキを見て また逃げ、タクシーで大阪まで行き、 ストリップ劇場で働き始めたが、昨 年暮れ、ラパl
ン の 男 た ち が 来 て 、 無理やり名古屋に連れもどされたう え、ホテルで、ピストルで脅されな がら、レイプされた。R
さんは昨年来日、ラパl
ン と ス トリップ劇場とかけもちで働いてい たが、給料も僅かしかもらえず十一 月に逃げ出して、ほかのスナックで ホステスになったが、十二月にラパl
ンに連れもどされた。そこで、ア ザができるほど殴られたうえ、鉄格 子の部屋で二人の従業員に底長ら他 の二人の男たちが見ている前で、レ ィプされた。思い余って﹁監禁され ているから助けて﹂という手紙を客 のひとりに託したことがきっかけで、 この底のことが明るみに出たのだっ たM
さんは、昨年静岡で、栄養失調 同然で亡くなり、死後十日ぐらいた ってから発見されたフィリピン女性 の 妹 だ 。 こ の 姉 も 一 時 期 ラ パl
ンの前 身の底で働いていて、売春の仕事がい やで静岡に逃げたという。﹁お姉さん は子供が二人いたんです。死んだと いう知らせに悲しくて泣きつづけま した。お姉さんの死因には不審な点 があると聞きました﹂とM
さんは涙 ぐんだ。彼女は、ストリップ劇場を 十個所ぐらいも転々とさせられた後、 昨年十月からラパl
ンで働き始めた が、婦人科の病気で下腹部が痛かっ たので深夜客を取るのを嫌がったら、 従業員が殴りつけて無理やり客を取 ら さ れ た と い う 。 C さんも、毎日、四、五人の客を 取らされ、底主にも性サービスをさ せられ、何かにつけ、殴られた。 このような人権侵害に対してある すの会が支援して、四人の女性たち は底主や従業員の男性たちを売春強 要、監禁、強姦、傷害などで、一月 九日告訴、名古屋地裁で裁判が行わ2
出稼ぎ女性
たちは舎・..
歴史的背景
フィリピン人の頭脳や労働力の輸 出はアメリカの植民地時代に始まっ た。ある文献によると移民の波は大 きく三つに分類される。最初の波は 一九OO年から一九四六年、二番目 が一九四六年から一九七二年、そし て第三番目が一九七三年から現在で あ る 。 第一期の移民は、米国の移民法に よって厳しく入国を制限された日本 人と中国人の労働力を補うためにハ ワイで働らくプランテl
ションの労 働者としてであった。一九O六年か ら一九三四年の問、約一一万人のフ ィリピン人労働者がハワイ砂糖プラ ン テl
ション協会と契約を結んでい, 。 。
そのほとんどが、地方から来た教 育の低い男性たちであった。(一九一 六年から一九二O年はセブとネグロ スからが大半をしめたが、一九二五 年から一九二八年の聞は、彼らの出 身地の多くは北部ルソン島にとって かわった。そしてイロコス地方の人 fタ
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れ、七月に判決が出た。それは懲役 一年二月など、かなりきぴしいもの であった。しかも、裁判官は判決の 中で﹁国籍の知何を問わず、不法滞 在、不法就労や言葉の不自由などの 弱みにつけこんだ外国人出稼ぎ労働 者の人権侵害は許きれない﹂と強い 調子で外国人労働者への差別をいま しめた。このような不法滞在外国人 の人権にふれた判決は初めてで、あ るすの会を初め全国的な支援運動の 成 果 と い え る 。季マ
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たちが五八%にもなった。 次にフィリピン人労働者はハワイ からアメリカ本土に移り、人々がや りたがらない賃金の低い、果樹園労 働等に就くようになった。 第二期の波というのはかしずく。 の落ちるようなものであった。つま り米国政府はフィリピンからの年間 移民入国割り当てを押し付けた時期 である。約二八O万人のフィリピン 移民たちがその間登録した。その多 くが初期の頃アメリカに移住し、米 国籍を取った人たちの親戚であった。 彼らは技術をもっており、米国社会 に貢献した人たちであった、このよ うな医者、エンジニアl
、 科 学 者 、 看護婦や他の専門家たちの米国人へ の大量移民は。頭脳流出。と言われ る も の で あ る 。 第三期の移民(一九七三年から現 在)は、第一期、二期に比ぺ、移民の 場所、目的や、社会経済的な状況が それまでとは違った様相を示してい ヲ @ 。 七0
年代の初期、フィリピン人は、 ﹁時的な就労のために地方から首都 マニラへ、又は中東の産油国へと出 て行った。その数は、一九七五年か ら八二年の全フィリピン出稼ぎ労働 者の八一%を占め、サウジアラビア への出稼ぎ労働者は少なくともその うちの七O%を占めていた。今日中 東には約二五万人の契約労働者が働 らいておりそのうちの七五%がサウ ジアラビアに集中している。ほとん どが男性で、工場、輸送関係や臨時 労働的な仕事に就いている。 又女性の契約労働者の数が目立ち はじめたのもこの頃である。 現在、フィリピン出稼ぎ労働者の 三五%が女性で、主にメイド、女中、 パl
のホステスや売春婦等のサービ ス部門で働らいている。 フィリピン移民の第一期とは対照 的に、六0
年代後半から八0
年代に かけて出国したフィリピン人たちは、 フィリピン労働者の中では最も知識 的な人た.ちで、教育があり、技術を もっており働き盛りの年代であった。 (七四、三%は四O才以下で二こから コ二才が四八、五%を占めていた。) 三人に一人は専問的な又は高度な技 理- - - ' a z
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しかし、四人の被害女性たちが訴 えた売春強要や強姦など九つの罪状 のうち、監禁と傷害以外は検察段階 で不起訴になっており、あるすの会 は検察審査会に再調査を求めている。 フィリピン女性たちは裁判が終わっ たということで八月末に強制送還さ れ、フィリピンのマスコミがラパi
ン事件を大々的に報道したという。 彼女たちが異国で心身に負った深い 傷が一日も早く癒えて、力強ぐ生き るように願わずにはいられない。 ( 松 井 や よ り ) 術をもった人たち、つまり医者やエ ンジニアであった。中には修士号や 博士号をもった人さえもいるのであ ' Q。
海外就労の理由
一九七八年、時の大統領フェルナ ン ドE
・マルコスは失業問題を緩和 し、外貨獲得を助長するために、労 働力の輸出を政府の政策として公に かかげた。労働力の海外輸出は、フ ィリピンの伝統的な輸出以外の分野 でたちまちにして、外貨獲得のトッ プに踊り出た。一九七八年から一九 八三年の聞の経済発展に三四億八千 ドルにも昇る貢献をした。 アキノ政権になってもこの政策は 維持され、さらに強化された。二九O 億ドルの負債をかかえ、失業率は一 二%にものぼり、フィリピン国民五 千六百万人のうちのたった二%の金 持がこの国の七O%の資源(富)を所 有し支配しており、入Oから八五% の国民が自らの労働力を海外へ売り 七五%の国民が貧困ライン以下の生 活をしている。我々の最も貴重な資 源つまり人間!の大量輸出が近い 将来終るという可能性は全くない。 それゆえ、この厳しい経済状況に おいてはフィリピン人はたとえどん なに遠くとも、どんなにリスクがあ ろうとも(特に日本での多くのケl
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町' 句 , 品自~;"'...心 U 中弘主主婦ぬ品副白品目'・ スである不法就労のような)、社会的 負担(孤独、家族や友人との別離)が あろうとも海外出稼ぎを考えざるを 得ないのである。 このような見地からしても海外出 稼ぎという事実は送り出し国の社会 経済的又、政治的現実が引き起こし たものである、という事を認めなけ ればならない。しかしどうみても海 外出稼さはこの国にとっては、 一 時 的な間に合せの策にしかならない。出稼ぎ労働者の苦しみ
搾取はフィリピンでのリクルート で始まる。それは通常不法雇用(つ まり手数料が支払われた後は何の仕 事も与えられず、契約をした仕事と 実際与えられた仕事が違う)や過大 に上乗せされた職業紹介手数料(六 百ドルから千五百ドル)の支払いで ある(最大の紹介子数料でもたつた の二五0
ド ル 。 ) 合法、非合法を問わず日本で働ら くエンターティナl
は、普通はリク ルーターには手数料を払わないが、そ の人たちを除く海外出稼ぎ労働者は、 要求された手数料を支払うために高 金利で借金をしたり、家族の財産を 売り払ったりするのである。家族は 彼らのすべての希望をその出稼ぎ労 働者の海外での成功にかけ、あらゆる 支援をする。受け入れ国においては出稼ぎ女性
日
本
たちはさき・・・
今日は私が日本に来ている七、八 万人といわれるフィリピンからの女 性たちを代表して、日本の女性たち が何をしたらいいのかしぽってお話 したいと思います。 フィリピンの女性たち、特に、エ ンターテイナ l 、娯楽産業従業員、 売春婦として働いている人達は、こ の日本の社会である役割を果してい ると考えられます。それは、毎日の 色々なプレ y シ ャl
やストレスで疲 れた男性たちの逃げ場所としての、 あるいは慰める役割です 。 彼女たちのプロフィールはかなり わかつて来ました。しかし、それで は、誰が彼女達のお客さんなのかと いう問いが出てきました。顧客のプ ロフィールは、日本のあ らゆる種類 の男性達だということです。こうい う女性たちを買っているのはあなた のお父さんかもしれない、あなたの ダンナさんかもしれない、お兄さん や弟かもしれない、会社の同僚かも しれない、毎日通勤電車で 一 緒に通 っているビジネスマンかもしれない フィリピン人がやる仕事は、その国 の人がやりたがらない卑しかったり、 危険な職業で低賃金である。 海外出稼ぎ労働者がかかえる共通問題 1 労働者の権利や福 祉 に関する法 的保護の欠如。その原因として a 中束、マレーシアやシンガ 。 ホー ルのように、ある職種によって は、受け入れ国の労働法の適用 が受けられない。 b 日本のように。アンドキュメン テ ィ ド 。 ( 不 法 就 労 ) と い う 存 在 。 このような状態は、 一 雇用主によ り契約を勝手に破棄されたり、 不公平な労働条件で働かされた り、他の形で搾取されたりする 等、労働者を非常に不安定な立 場に追いやってしまう。 2 契約の不履行。契約は雇い主と 結ばれるので労働者は受け入れ国 に着くなり、不利な条件で、雇い 主によっていつでも 他 の労働に入 れ 換 、 え ら れ て し ま う 。 3 契約条件の違反l
これらは賃金 不払い、契約賃金以下の支払い、 長時間労働、賃金不払いの残業等 で あ る 。 4 女性への性的いやがらせや虐待l
恥ずかしきゃ社会的不名誉等の 理由から女性はほとんどレイプさ れた事など報告しない。そして女性 の で す 。 私が日本各地を旅行したときに この客の中に、あらゆる職業の人々、 農民も、普通の労働者も、日雇い労 働者も、ホワイトカラーのサラリー マンもいました 。 年 齢も若い人か ら年寄りまで幅広く、歌舞伎町のシ ョーを見に行ったら中年サラリーマ ンにまじって、学生たちもたくさん いたのにびっくりしました。 フィリピンの女性として日本の男 性、女性に聞いてみたいのは、なぜ そういう風に娯楽を求めなくてはい けないのですか、ということです。 フィ リピ ンからやって来る女性た ちにはもう一つ違った形があります。 それは、花嫁さんたちです。これは、 明らかに、日本の農業の危機のため です。この問題では決まった答えが 返ってきます。﹁女性たちは大都会 で働き、独立した生活をしたいので、 田舎には花嫁になる女の人がいない。 彼女達は農家に引きこもって農業を することなどできなくなっているん だ﹂というんです。 に差別的な法システムそのものが 被害者の女性自身の告発を困難に し て い る 。 50アンドキュメンティド。(不法 就労)という立場(身分)│日本(エ ンターテイナ ーや建 設労 働者)の ように、。ィリl
ガ ル 。 ( 不 法 ) と い うことは期限切れのビザで働らい ているので、労働者としての権利 の主張は禁止されている。 一 般的 な考、えとして、不法就労者はいか なる権利や思恵も与、えられていな い。しかし、日本のアジア人出稼 ぎ労働者支援グループに指適され たように、合法労働者に適用され ている基本的権利、つまり雇用主 からの不払い賃金の請求権などは 不法就労者にも認められるべきで ふ め ヲ 匂 。結
論
フィリピン囲内で社会的政治的経 済危機がさらに悪化する状況の中で、 労働力の輸出は政府の経済政策の一 環として続くであろう。移民労働政 策の主要な支持者として、フィリピ ン政府は、海外労働者の権利や福祉 の向上に努力すべきである。 とは言えそれは残念ながら、労働 者のニ l ズや問題に適切、かつ満足 に は 答 、 え て い な い 。 従って、自らの生活や労働条件のリ
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-フ ィ リ ピ ン 問 題 資 料 セ ン タ ー 日本は工業化は大変進歩しました が、工業化だけでは生活出来ません。 日本の国民と社会に食糧を供給しな ければならないからです。農村に女 性がいるいないにかかわらず農業は 続いてゆかなくてはならないのです。 村が存続してい くためには子供が生 まれなくてはならないのです。 日本政府は牛肉、オレンジの輸入 要求があっても、日本の市場をアメ リカやオーストラリアからの牛肉、 オレンジで満杯にしようとは考、えて いないのです。日本の農民や農業社 会をそれなりに保護しなくてはなら ないと考えています。ところが、そ 改善は、労働者自身が行なわなけれ ばならない。香港で働らくメイドや、 サウジアラビアの建設労働者がキャ ン ペ ー ンに参加して エクゼクティブ オーダー八五七(強制送金法 1 す べ ての契約労働者には、月給の四01
七O%
を政府機関を通して送金する ことと帰国に際しては五O
%
の輸入 税が義務づけられていた│)の制裁 処置の廃止に追いこんだ経験は、彼 らが組織を作り、団結した行動を支 える力があることを示した。 フィリピン国内の人々と共に、フ ィリピン海外労働者の組織は、我々 の国が 他国 の支配の手 中からぬけ出 し徐々に自由の身になるようそして 真の農 地改 革と 、国の産業化計画 の 遂行を 一 致団結して要求しはじめた。 そうすることによって、生きる為に、 父や母達、兄弟姉妹達が、自分達の 家族を残して、外国の土 地で途方も なく大きな困難や不平等に直面する 必要がなくなるためにゆっくりとで はあるが、その軌道を引くことがで きるのである。 図リ
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の農村が人々の都市への流出でどん どん空洞 化 しているわけです。その ような日本の農村を埋めようとして いるのが、第 三 世界から輸入されて 来た女性たちなのです。 花嫁さんといわずに、移民と呼ぶ べきかも知れま せんが、日本には様 ざまな入国管理の規則があって、そ れを全部満たさないと正式に移民と 呼べないので、私はとりあえず、﹁輸 入された花嫁さん﹂と呼ばせていた だきますけど、彼女達は農村に嫁い で、実質的な役割を負わされます。 まず、農地に出て農業をやり、実 際に日本の国民に食物を提供する役 割を担っています。このような農業 労働のほかに、家事を し、子供を生 むわけです。彼女達の人間の再生産 能力が村を存続させるという大きな 役割を果しています。 このように、彼女たちは農業労働 と子供を生むことで、村の人口の流 出、女性たちだけでなく、若い男性 も出て行く、﹂とによる村の絶滅から 救っているのです。 なぜ、女性たちは田舎から都会へ 出て行くのでしょうか。都会の魅力 はなんでしょうか。男性たちも都会 へ、都会へと押し出してし まう日本 の農業とは一体なんなんでしょうか。 私の見た日本女性という女性像に ついてお話ししてみたいと思います。去年(八七年)十月に日本に来たと き、日本語の日常会話を覚えること から始めたんですが、最初は簡単だ と思いました。ところが、そのうち に、女ことばと男ことばがあること がわかつて、日本語を勉強するのを 止めてしまいました。例えば、﹁お いしい﹂というところをフ 7 ま い ﹂ と いってみたり、﹁お元気ですか﹂を ﹁元気かい﹂といってみたわけです。 このような言葉の使い分けが、私に とって日本にずっと生きていくため のひとつの障害という感じがしました。 私は日本の年配の女性のところに 民宿していたことがあります。日本 の中年の主婦の生活と同じだと思う のですが、彼女は朝ご飯の支度から 解放の努力をし、解放されていると 思います。しかし、第三世界の女性 たちが重荷を代わりに背負ってくれ、 社会を回してくれているから、日本 の女性の解放が行われているという 面はないでしょうか。 日本の女性たちが本当の解放をす るなら、どうか他の人達に自分の重 荷を押し付けないで、自分達だけで 自分遠の解放をして項きたいと思い ま す 。 本当の連帯とは﹁私はいやだから、 あなたがやりなさい。そのために、 私がちょっとお手伝いしましょう﹂ というのではないと思います。 日本での生活は、安全な飲料水も あり、フィリピンでは農業生産物は ほとんど輸出されてしまいます。エ ピは輸出されてしまい、私達は食べ られません。みなさんが割箸を捨て るとき、第三世界の森を捨てている のです。逗子の池子の森を守る市民 運動をしている主婦たちが割箸を捨 てるのを見るとき皮肉だなあと思い ま す 。 日本での心地よい生活に浸って、 それを問わずに生きて行くことは簡 単です。ですから、このような問い かけをすること自体が、日本の男性 にとっても、女性にとっても、一つ の挑戦だと思っています。日本の現 実が他の人々の資源を搾取したもの 洗濯、買い物、畳ご飯、夕食の支度、 戸締り、そして家族のふとんを全部 敷いてやっと寝る、という毎日です。 田舎の女性の生活は、これに農作業 が加わります。今は都会でも、パー トタイマーという仕事が女たちに課 せられてきました。 様々な組織とのコンタクトで、出 て来るのはいつも男性です。これは 女性もたくさんいる政治団体などで もそうです。つまり、指導的な地位 に女性が非常に少ないということ。 女性は出産機能を備、えているわけ で、それは奪われではならないもの だと岡山います。ただ、生まれて来る 子供に価値観を与えるのが母親でな く、制度的に決められているようで す。子供達は小さい時から団体生活、 団体精神を植え付けられていきます。 母親とか家庭はこのような学校で決 められた価値観に子供が従うように サポートし、学校の望む子供に自分 の子供がなるように努力しているよ うに見えます。政府が決めている価 値観に子供達が従うように、助ける のが彼女達の役割になっているので はないでしょうか。 このような社会の体制の中で、女 性たちは非常に寂しく、大変な生活 を送るようになると思います。男性 たちは、自分の属する団体、グルー プの中にずっといますが、女性には の上にあるということから目をそむ けではならないのではないでしょう AM 。 第三世界からのエンターテイナー や花嫁さんのところへ行って、﹁私 達はあなた達のために闘っている﹂ ということはできるでしょう。それ では、あなた達の社会の、あなた達 の闘いはどうなんですか。 いま、第三世界では、人々はただ 生きるために、または、生きるため の基本的人権を守るために、毎日闘 っています。私達の闘いはとまるこ とはありません。 フィリピンはかわいそうとか、出 稼ぎ労働者はかわいそうと同情する ﹁かわいそう症候群﹂は取り除いてい ただきたいのです。第三世界の人達 と一緒に働くとき、または、助ける とき、そういう同情の気持ちは持た ないでいただきたいのです。 フィリピンも日本も両方の社会が きっと変えられなければならないと 信じています。 自分の小さなグループも組織もない。 男性たちが、自分の社会の中で楽し んでいる時に、女性たちは家という
日本の女性の重荷を第三世界の
女性が負わされている
ことを、急に、気にして騒ぎたでな くてはならないのでしょうか。 ここで、私がいいたいのは、日本 に来ている第三世界からの女性たち は日本の女性たちが背負い込みたく ない重荷を代わりに背負ってくれて いる人達ではないかということです。 日本の女たちが田舎はいやだとい う。そこへ第三世界の女たちが代わ りに入ってきて、農村を存続させる ために働いているのです。日本の女 性たちが売春婦をしたくないといえ ば、そこに、第三世界の女たちが売 春婦になってやって来る。もちろん どんな女性も売春婦をしてはいけな いのですけれども、社会がそれを必 要とする限り、その売春という仕事 は、いつも再貧困の女性たちが、家 族を養うため、お金を儲けるためだ けの仕事として、社会に存在するわ け で す 。 彼女達の本国である第三世界では、 女性たちは解放されていない状況に あり、解放への道を模索しています。 日本では、女性たちが、それなりに フィリピンでは、洗濯機とか掃除 機とか電気製品をもっているのはお 金持ちの家だけです。だから、フィ リピン女性たちは、日本の女性を羨 ましがっていますが、それは、表面 的なことに過ぎないと思います。 家電製品は女性たちを家事から解 放するのではなく、もっと家の中に 閉じ込めるものだと思います。もっ と、危険なのは、女性たちが、マス メディアや企業の標的にされて、新 製品が出ると買わずにいられないと いう消費の怪物のようになっている ことです。このように、怪物のよう に育ってしまったコンシューマリズ ム、消費主義で、必要によって物を 買うより広告媒体で買いたい欲望が つくられていくのです。このような 状況にいて、日本の女性たちは人生 で一体何を望んでいるのでしょうか。 これだけ安全な社会を女性たちに 保障している日本で、日本の女性た ちが、アジアから、第三世界からやっ て来ているエンターテイナーや出稼 ぎ労働者や、輸入された花嫁たちの -消費税は廃止するっきゃない/ 小さな箱の中に閉じこもってしまう ことになります。山の動く日
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八 八 年 学 生 市 民 に よ る 民 主 化 要 求 は 軍 事 ク ー デ タ ー に よ り 圧 殺 さ れ た L ・ I -則 アジアに起こる政変はどこに向かうのか?社会主義一党独裁に未来は干 あ る の か け豊かなアジア貧しい日本:円
-│過剰開発から生命系の経済へ││一一層﹁
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円 一 ? 走 洗 温 、 食 べ も の 、 援 助 、 暮 ら し : : : 具 体 的 な 例 と や わ ら か な 感 性 で 、 一 司 盲 師m
, 過 剰 社 会 ニ ッ ポ ン e の 常 訟 を ひ っ く り 返 す ・ 朝 日 、 毎 日 他 で 大 評 判 ・ 一 l ﹃ 代 日 - - E . . . .,
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朝日新聞社会部編(松井やより、樟田邦宏ほか)一室.明
﹁ 太 き な ニ ッ ポ ン ﹂ ﹃ 働 く 外 国 人 ﹂ ﹁ 出 稼 ぎ 女 性 た ち ﹂ な ど 、 綿 密 な 取 材 -暗 唱 を 通 し て ア ジ ア と 日 本 の 共 生 の 道 を き ぐ る .国
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東京のタイ大使館に救出された。同 行のタイ男性は現職の警官だった。 W さんたちは日本でパスポートを業 者に取り上げられ、バンコクの空港 から警察に連行されて取り調べられ たが、そのさい、同行した現職警官 のことを話したため、暮れに彼らは 逮捕された。しかし、 W さんたちは リクルーターからの報復を恐れて、 隠れていたのだった。﹁娘から電話 はかかって来るが、居所は知らせて くれません﹂と W さんの母親は顔を 曇らせた。 日夕イ両方の人身売買組織は金を 儲ける一方だが、女性の側はまさに 踏んだり蹴ったりの自に合 っ ている の だ 。 の 侵 だ 害 タ ろ の イ う 犠 の か 牲 女 。 に 性 タ な た イ っ ち { 目JIて が の い こ 事 る の 情 の よ を は う 知 何 な り 故 人 バンコクのトンムアン空港近〈の警察て・日本から強制送還された な 権 たタイ女性の状況について聞くタイ女性の友のメンバーたち いと思ったのだが 、行っ て見て売買 春のすさまじい拡大ぶりに仰天した 。 一 九八四年、南部タイの観光地プ ケット島で五人の少女売春婦が地下 室に閉じ込められて焼死するという 痛ましい事件がおこり、タイの女性 解放グループが大々的なキ ャンペ ー ンを組織したので取材に行ったこと が思い出された。それから五年、タ イの経済発展はめざましく、売買春 は下火になっているだろうと想像し て行 っ た の だ っ たが 、実 態はその逆 で、少女売春は目をおおうばかりの 爆発的拡大ぷりであった。 一 月下旬、ちょうど、タイのもう ひとつの有名な観光リゾート、パタ ヤ海岸に九千人の米海軍兵士が休暇 で 上 陸 し 、