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〈私〉を包摂する〈公共〉のかたち フレデリック・ワイズマン監督『ニューヨーク公共図書館 エクス・リブリス』

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Academic year: 2021

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−   −16  ニューヨーク公共図書館は、世界で最も有 名な図書館の一つである。4 つの研究図書館 と 88 にのぼる地域分館から成り、ブライアン ト・パーク内にある本館は、さし詰めそれら を支える大きな幹と言えるだろう。「世界有数 のコレクションを持ちながら、敷居の低さも 世界一」と言われる通り、子供から老人まで、 人種性別問わず、万人に寄り添った図書館で ある。フレデリック・ワイズマン監督の映画 『ニューヨーク公共図書館 エクス・リブリス』 は、普段は利用者が立ち入ることが出来ない 舞台裏にまでカメラを向け、何故この図書館 が有名なのか、その理由を教えてくれる。  映画の冒頭、『利己的な遺伝子』『神は妄想 である-宗教との決別』などの著作で知ら れるリチャード・ドーキンスが講演会で語っ た「無知は罪ではありません」という言葉は さまざまな解釈が可能である。彼は、今日の アメリカでは無宗教者が多数派であり、その 事実をオープンにする活動を行っているとい う。この象徴的な始まりを、図書館が担って いる〈真実の開示〉という使命の一つとして 好意的な視線で見るべきか、あるいは一種の 宗教への〈不寛容〉と捉え、そうした思想を 持つ人々のニーズにも応え続けなくてはなら ないという〈ねじれ〉と考えるべきか。いず れにせよ、この映画はそういった諸々の問題 を包括しつつ成長するニューヨーク公共図書 館という有機体を捉える試みであると言える だろう。  ニューヨーク公共図書館は公立図書館では ない。ニューヨーク州や市からの出資だけで なく、民間からの寄付によっても経営が成り 立っている。その予算の総額は、日本の国立

〈私〉を包摂する〈公共〉のかたち

フレデリック・ワイズマン監督『ニューヨーク公共図書館 エクス・リブリス』

大学院総合文化研究科 日本文学専攻修士課程 2 年

西 村   諒

国会図書館の二倍以上にものぼる。それでも 予算をどう獲得するか、どう分配するかは切 実な問題であるようだ。電子書籍の購入や資 料のデジタル化など、新たな資料形態の取り 扱いは図書館の大小を問わず司書や役員を悩 ませる。何度も映し出される会議シーンでは 幹部陣が議論を交し、意思決定を下す。その 熱の入りようは、ニューヨーク公共図書館が 〈公共〉図書館として、万人に開かれた空間を 守るという使命を負っていることを、見てい る者にひしひしと感じさせる。  〈公共〉-なんとも漠然とした言葉であ る。それは日本においては〈私〉や〈個〉の 対立概念として、〈公立〉とほとんど区別され ないままに理解されているのではないだろう か。しかしながら、この映画で示される〈公 共〉は、〈私〉や〈個〉を包摂するものとし て表れている。それは〈公共〉という日本語 が、英語の〈Public〉という単語に対応してい るのかどうか、疑ってしまうほどである。そ して、こうした言葉の概念の差は、〈図書館〉 と〈Library〉との間にさえ存在していると感 じる。ニューヨーク公共図書館は単なる書庫 に留まらない。人々に学びの機会を与え、職 業との出会いの機会を与え、パソコン教室や Wi-Fi の貸し出しを通して世界中の情報へアク セスする機会を与える。日本の多くの図書館 が、本の貸し出しと勉強スペースとしてしか 機能していないのに対し、ここでは、職員と 利用者 ( もしくは愛好者と呼ぶ方が適切かもし れない ) たちが、協力して情報共有のコミュニ ティを形成している。それは、あらゆる〈少 数者〉や〈弱者〉を掬い取りつつ、あらゆる 〈私〉や〈個〉を含みつつ成長してゆく。「図 香散見草:近畿大学中央図書館報  No.52, 2020

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−   −17 書館とは人である」というスローガンが、こ れらの〈Public Library〉においては誇張でな いということが分かる。  そして〈公共〉とは、ときに公権力と相対 することさえある。「図書館は民主主義の柱で ある」-作中のスピーチで館長が引用した トニ・モリスンの言葉は、まさしく大げさで はない。本館という大きな幹から伸びた 88 に も及ぶブランチ・ライブラリーは、黒人文化 研究図書館や性的少数者の聖域といった実を 結んでいる。現在のアメリカ ( それはワイズ マン自身が語ったように、単純にトランプと 言ってしまってよいものかは分らないが ) だけ でなく、世界中に蔓延る〈不寛容〉が反対す る全てのものが、これらの図書館にはある。  これまでのワイズマンの作品がそうである ように、この映画でもテロップやボイスオー バーによる解説が全くない。また、撮影され ている人物がカメラを意識することもほとん どない。そのため、ある瞬間から、あたかも 自分自身がニューヨーク公共図書館に入り込 んだかのような心地よい錯覚に陥る。そこに は、必要以上に映像や環境音に介入しない事 によって、むしろ観客を引き込むドキュメン トの詩学がある。  この映画では場面のあいまに、けたたまし くサイレンを鳴らしながらニューヨークの街 を走り回る救急車や消防車のショットが挿入 される。あえて、意図的にメッセージを受 け取ろうとするならば、これはワイズマン が「ニューヨーク公共図書館」を通して伝え ようとした、社会に対する警鐘と言えるだろ う。また、タイトルにある「エクス・リブリ ス Ex Libris」という単語はあまり耳馴染み がないが、日本語では「だれそれの蔵書より」 という意味である。このニューヨーク公共図 書館にある知が、本が、そして図書館自体が、 誰のものであるのか、そういった壮大な問い かけを意図しているのかもしれない。 (受理日 2019年 10月 9日) 〈私〉を包摂する〈公共〉のかたち:『ニューヨーク公共図書館 エクス・リブリス』映画レビュー(西村)

参照

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