Ⅰ. はじめに
今日の日本経済を概観すれば、輸出比率の高い大規模企業を中心に、一 部の電気・電子機械企業を除いて日本企業は過去最高水準の利潤を獲得する 企業が多い一方で、労働者の実質賃金の継続的な低下やいわゆる「円安」の 影響を受けた多くの中小・零細企業は苦境に立たされており、結果として国 民の消費需要は低迷したままである。また、公共事業需要の恩恵を受けた建 設業や製造業の一部、さらには低賃金・重労働の介護サービス業などでは、 有効求人倍率の上昇や労働力不足も報じられている。こうした中、日本企業 からは、更なるコスト削減や低賃金・重筋労働者不足を補うべく「技能実習 者」などという名目の外国人労働者の雇用拡大や、「女性の活躍」などとの 形だけの政策スローガンのもとで、女性の不安定・低賃金労働者としての雇 用拡大が目指されている。そうした、資本の要請を受けて、政府も「改正労 働者派遣法」(15年9月30日施行)により、派遣社員の契約期間を一律3年 とし、実効性の伴わない努力義務を派遣会社に課すのみで、受け入れ企業か らみれば、永久に派遣労働者に依存することを可能にしたのである。 確かに、「ワーキングプア」に典型的に表現されるように、男性労働者に
最近の日本における若年・低賃金女子労働者
の増大を巡る諸問題
Ⅰ. はじめに Ⅱ. 女性非正規労働者の現状 Ⅲ. 女性労働者を巡る最近の動向 Ⅳ. 女性低賃金労働者が創出されてきた背景 Ⅴ. おわりに 目 次吉 田 三千雄
あっても低賃金・不安定就業者が増大し、正社員であっても長時間・過密労 働を余儀なくされてきており、たとえ既婚女性であっても、自己実現のため や家計補助などのため就業意欲は高まっているのである。こうした状況下、 「ジェンダー格差」の極めて大きい日本社会にあっては男女間格差や企業規 模別格差などいわば「格差社会の構造」も明らかにされてきた。1 しかしな がら、本当の意味の「ジェンダー平等」と国民にとっての暮らし易い社会の 創設にはいかなる社会変革が必要とされるのかの検討を含めて、残された課 題も多いものと思われる。本稿は、こうした問題意識から、若年女子労働者 を中心としてその存立構造の特徴の摘出を官庁統計等の整理・検討という最 も基礎的な作業を中心として行おうとするものである。このため、本稿では その置かれた家庭的状況や病気・高齢などから労働力市場への参入さえもを 許されない貧困女性達の諸問題の検討は今後の課題としている。
Ⅱ. 女性非正規労働者の現状
1. 非正規の職員・従業員の構成 『労働力調査年報』(総務省)によれば、2014年時点で、日本の非農林 業従業者は2646万人に達するがが、そのうち自営業主(130万人)・家族従 業者(88万人)や役員等を除いた女性雇用者は表1に示したように、2330万 人に達する(通学・家事などのかたわらに労働している人を含む)。その雇 用形態別の割合を見てみると、年齢合計で、非正規の職員・従業員(以下、 本稿では単に非正規雇用者とする)が1318万人(56.6%)、正規の職員・従 業員(同様に単に正規雇用者とする)1012万人(43.4%)である。この比率 の男性との格差はもはや問わないとして、正規労働者が非正規労働者を上回 る年齢階層は25∼29歳の61.7%、30∼34歳の54.0%、20∼24歳の53.9%に過 ぎない。非正規雇用者の内訳をみると、パート831万人(女性雇用者全体の 35.7%)、アルバイト200万人(同8.6%)、契約社員132万人(同5.7%、20 ∼24歳以上から59歳までの各年齢層に広範に分布)、派遣社員70万人(同 3.0%、25歳から49歳までの各年齢層に多い)という構成をなす。ここで、 非正規雇用者の最大を占めるパート労働者831万人年齢別構成を確認してお けば、40∼44歳128万人、45∼49歳122万人、50∼55歳109万人を中心に35 歳から65歳以上に至るまで多くの雇用がみられ、初就職時の雇用形態にか かわらず、出産・育児などが一段落した彼女達の労働市場への再参入した場出所)「労働力調査年報」(総務省)による。 注)1 雇用形態別の欄は、役員を除外しているので、規模別とは若干合計が異なる。 注)2 「パート」、「アルバイト」の区分は事業所での呼称による。 注)3 ( )内は各々の合計を100とする構成比である。 合の極めて不穏当な扱いが示される。次に、パートに次いで200万人に 達するアルバイトについてみると、20∼24歳54万人(アルバイト全体の 27.0%)、15∼19歳34万人(同17.0%)のいわば「通学を主とする」ことが 想定される女性で44%が占められる他、25∼29歳で22万人を筆頭に高齢に 至るまで幅広く分布していることも注目される。2 なお、別の調査から、女 性雇用者の雇用形態を「配偶者の有無」からみておけば、年齢合計で「配偶 者あり」(1236万人)の場合、正規雇用者422万人(全体の34.2%)、非正 規雇用者812万人(同65.7%)と非正規雇用者が極めて高く、20歳以上の5 歳毎の年齢区分でも、正規雇用者が非正規を上回るのは25∼29歳のみであ る。これに対して、「配偶者なし」(914万人)の女性雇用者の場合、正規 雇用者486万人(全体の53.1%)、非正規雇用者427万人(同46.7%)と正規 雇用者の割合が高く、しかも20歳以上59歳までの各年齢層でその傾向は続 いているのであり、日本社会において、結婚・育児等が正規雇用者としての 女性の就業上の障害になっている事が示される。3 表1 非農林業女性雇用者の階層別・年齢別構成(2014年)
出所)『就業構造基本調査報告・全国編』(総務省) 注)1 産業部門は主要部門を抽出したもので合計には一致しない。 注)2 ( )内は各産業毎に(A)を100とした構成比である。 次に、女性雇用者を企業の従業者規模別内訳でみると、同表のとおりであ る。規模別区分が「中小企業基本法」で規定する中小企業とは異なり不便で あるが、全体の傾向としてみれば、正規雇用者を含む合計で2414万人(役 員の雇用者も含まれる)のうち、1∼29人704万人(全体の29.2%)、30∼ 99人388万人(同16.1%)という明確な中小・零細企業で45.3%、中規模企 業ともいえる100∼499人が453万人の3階層で60%以上が占められる。非正 規雇用者が56.6%を占める女性労働者にとっては、勤務先の企業規模は二次 的問題ともいえるが、1∼29人の小零細企業がどの年齢階層でも25∼30%を 占めていること(65歳以上では、52.9%)、1000人以上の規模も20%前後に 達すること(女性非正規雇用者のみの企業規模の算出が困難であるが、企業 の財務力としては、一般的に非正規雇用者の正規雇用者への転換が可能であ ろう)も注目されるであろう。 2. 非正規女性労働者の産業部門構成 次に、女性労働者の産業部門構成を検討してみることとする。 表2 女性雇用者の産業部門・雇用形態別構成(2012年)
表2の基礎となった統計では、総計2425万人のうち、非正規雇用者が1395万 人(全体の57.5%)、正規雇用者が1030万人(同42.5%)である。正規雇用 者が非正規雇用者を上回るのは、金融・保険業(正規雇用者の比率65.5%)、 医療・福祉(同56.1%)、学術研究など専門サービス業(会計事務所、土木 建築サービス業など)や人数として少ないが、建設業・情報通信業である。 銀行業に限定してみれば、正規雇用者14万人、非正規雇用者11万人とされて いるが、いわゆる「総合職」と「一般職」の相違、「限定正社員」の導入な どその内実が明らかにされねばならない。当該部門は日本の現状では女性に とって安定的な職場といってよいのであろうか。また、医療福祉業では、正 規雇用者297万人・非正規雇用者232万人(うちパート163万人)と業務の重 要性からみると非正規雇用者が多いし、今日その低賃金・重労働から高い離 職率・労働力不足が伝えられる老人福祉・介護事業(訪問介護事業を除く) では、正規雇用者62万人、非正規雇用者53万人であるが、訪問介護事業では 正規雇用者9万人に対して、非正規雇用者が27万人という状況にある。 逆に、圧倒的に非正規雇用者の割合が高いのは、宿泊業、飲食サービス 業85.5%(飲食店では89.1%)、卸・小売業70.4%(飲食料品小売業では 87.4%)、生活関連サービス業66.4%などであり、これらの産業はもはや女 性非正規雇用者(男性も含む)の低賃金に依存して存立しているといえよ う。4 また、戦後日本経済を主導してきた製造業においても、女性非正規雇 用者の高い割合(53.2%)が注目されるところである。すなわち、製造業の 非正規雇用者156万人(うち109万人はパートである)の内訳を小分類に下 してみれば、食料品製造の53万人を筆頭に、繊維工業13万人、金属製品、 電子部品・デバイス、プラスチック製品が其々7∼8万人、自動車・同付属 品5万人など、パート労働者を中心に広範な部門で非正規女子雇用者の雇用 がみられる(これらの人々の多くは生産工程に従事しているものと思われ る)。なお表2によれば、製造業において契約社員16万人、派遣社員15万人 と実数にしても、産業部門全体における構成比としても高い割合がみられて いる。ちなみに、製造業男性の場合、正規雇用者が580万人と他の産業部門 を引き離し、正規雇用者の比率も85.3%に達しており、この点女性雇用者の 状況とは著しく異なっている(ただし、製造業男子雇用者の非正規割合は 14.7%であるが、契約社員31万人、派遣社員18万人、パート19万人など総 計で100万人の非正規男子雇用者が存在しているのである)。5 また、「週刊 東洋経済」編集部による有価証券報告書の集計によれば、男性も含む数字であ
出所)「賃金構造基本調査報告」(厚生労働省、2014年6月実施)による。 注)1 本調査は民営事業所の「常用労働者」のうち一般労働者(短時間労働者を除いた者)を対象としたもの である。概ね月18日以上の実労働日があって、一日当たり5時間以上働く労働者の平均と考えてよい。 注)2 正社員には正職員も含まれ、非正社員か否かの判断は対象企業(常用労働者5人以上)の判断による。 るが、非正規雇用者人数と非正規割合の高い主要な企業が示されている。6 女性雇用者が多いと思慮される企業の非正規雇用者数と非正規割合は、イオ ン247千人・66.1%、ファーストリテイリング26千人・45.8%、オリエンタル ランド20千人・82.2%、しまむら12千人・82.7%、ニチイ学館80千人・ 82.8%など社会的に存在を知られた企業であり、各企業の業態や経営方針に よって相違が存在するが、他の企業を含めこうした大規模企業が非正規女性 雇用者を今後どう処遇してゆくかが注目されるところである。 なおここで、女子雇用者2436万人(正規・非正規の合計、農林漁業従事 者を含む)の業務内容構成を確認しておくと、「事務従事者」29.3%(男性 では15.7%)、「サービス職業従事者」19.2%(同6.6%)、「専門的・技 術的職業従事者」17.9%(同15.2%)、「販売従事者」13.7%(同14.0%)、 「生産工程従事者」9.5%(同18.1%)で約90%が占められなど、男性に比較 して特定業務への特化が著しいとともに、「管理的職業従事者」は0.6% (同3.9%)にとどまっているのである。7 3. 非正規女性雇用者の低賃金構造 日本企業における賃金の男女別格差・企業規模別格差は度々取り上げられてき たところであるが、ここでは女性雇用者間の格差を確認しておくこととする。 表3 常用労働者間における賃金格差
出所)「労働力調査年報」(総務省)による。 注)1 ( )内は各々の雇用形態の合計を100とする構成比である。 表3によれば、「常用労働者」(概ね、月18日以上の労働日と一日5時間 以上の労働時間のある者で、前述の様な明確な非正規雇用者の区分と異な る)を正規・非正規でみてみると、女性非正規雇用者の月収は年齢合計で 179千円、正規雇用者の70%程度となる。ただし、非正規雇用者の賃金は年 齢とともに下降気味であり、正規雇用者のそれは20∼24歳と50∼54歳との 比較で47%程度増大しており、両者の格差は30歳を過ぎると拡大し続ける傾 向にある。ちなみに、男性の場合は表3にみられるように、正規・非正規で さらに大きな格差が存在し、50歳代では非正規雇用者は正規雇用者の賃金 の54%を占めるに過ぎなくなる。 表4 女性雇用者の年間収入別構成(2014年) 次に、女性非正規雇用者の年間収入を見てみると、表4のとおりである。 総計1332万人のうち、100万円未満602万人(全体の45.2%)、100∼199万 円508万人(同38.1%)、200∼299万人145万人(同10.9%)で全体の94%に 達しており、周知のように極めて低賃金である。この点、女性であっても正 規雇用者の収入階層が、200∼299万円・300∼399万円を中心に一定の分散 を見せるのと対照的である(男性正規雇用者の場合も500∼699万円を中心 に各階層に分散する)。勿論、非正規雇用者といっても、その雇用形態・労 働時間や本人にとっての労働することの意味も異なるであろうが、その点は
出所)「労働力調査年報」(総務省)による。 注)1 ( )内は各年齢階層を100とする構成比である。 後に考察する。100万円未満のアルバイトはここでは差し当たり捨象すると しても、パートの100万円未満414万人、100∼199万円347万人の意味(育 児・家事等の理由で短時間労働を止む無しとしているのか、単に家計補助の 低収入に甘んじているのか)や若年女性を中心とした契約社員・派遣労働者 収入の200∼299万円以下各層への集中も問題をはらむものである。また、 「短時間労働者」(1日の労働時間が短いか、1週間の所定労働日が一般労 働者より少ないとされているが、パートもしくはアルバイトと想定してよ い)の時間当たり単価には、1000円前後であり、年齢・産業部門において も、殆ど相違がみられないことも特徴である(ただし、学生バイトが集中す る24歳以下では900円前後に下がり、飲食サービス業・製造業でも900円、 医療・福祉では1200円程度に上昇する)。8 これでは、常用労働者同様に、 8時間労働を週5日、月20日程度働いても、16万程度の収入にしかならない 計算となるし、租税負担や通勤交通費の未支給、社会保険料の自己負担な ど、都市部で自立した生活を営むことは困難である。 そこで、女性非正規雇用者が現在の職にとどまる(とどまらざるを得な い)理由をみてみると、表5の通りである。 表5 女性非正規女性雇用者が現職についた主な理由(2014年) 女性非正規雇用者1332万人が現在の雇用形態に留まるの理由は多様であ るが、主要な理由を見ると、以下のようになる。「自分の都合のよい時間に
働きたい」が24.9%(この理由は15∼24歳で極めて高く、学生アルバイトの 存在を示すし、65歳以上でも高い)、「家計の補助・学費等を得たい」が 24.1%(45∼54歳と35∼44歳では最も高い理由となり、いわば学齢期に達 した子供の教育費負担を示すといえよう)である。また、「家事・育児・介 護等と両立しやすい」が35∼44歳を中心に15.5%を占めており、保育施設等 の不足を示している。次に、「正規の職員・従業員の仕事がないから」は 12.8%であるが、25∼34歳の19.9%を中心に若年女性で高く、労働意欲があ りながら正規雇用者に登用されない彼女達の現状を示す(ちなみに、男性の 場合、この「正規の職員・従業員の仕事がないから」が、最も大きな理由で ある)。
Ⅲ. 女性労働者を巡る最近の動向
Ⅰ. 非正規雇用者の増大 比較的統計の連続性が確保されている『日本の就業構造』(総務省、 2014年3月)によれば、女性雇用者に占める非正規雇用者の割合は、1982年 の31.8%から、「労働者派遣法」(85年、周知のように同法は女子正規雇用 者が担当してきた専門的でない一般事務・雑事を含めて派遣労働者に置き換 える事を追認したものに過ぎないといわれている)や「男女雇用均等法」の 成立(85年)を挟んで、97年には44.0%、そして2012年には57.5%と30年間 の間とはいえ著しく高まっているのである(同書、249頁)。また、女性の 学卒者の初就職に占める非正規雇用者の割合が、1987年10月∼92年9月卒業 者の場合18.8%であったのに対して、07年10月∼14年9月卒業者の場合420 万人中207万人・49.3%にも達したと報告されている(同書、89頁)。1982 年といえば、戦後日本経済を主導してきた日本の製造業が事業所数・従業者 数においてピーク水準に達する頃であり、90・91年には周知のようにいわ ゆる「バブル経済」の頂点ともいえるが、その後、今日まで日本企業がコス ト削減・利潤確保のために「雇用の流動化」というの名目のもとでいかに非 正規労働者を増大させてきたかが明白に示される。非正規雇用者から正規雇 用者への転換が困難な日本的雇用慣行のもとでは将来に向かって貧困女性を 増大させるであろうし、女性達の未来に益々暗い影を落としているといえよ う。9出所)「働く女性の妊娠に関する調査」(連合、2015年2月)による。 注)1 その時の仕事をどうしたかについてのモバイルによる調査である。 2 回答数の欄、合計は内訳と若干異なる。 2. 女性雇用者の妊娠・出産に対する日本社会・企業の対応 今日、女性雇用者の出産・育児をめぐって様々の報道が連日のようになさ れている。いわゆる「マタニティ・ハラスメント(マタハラ)」問題を中心 としたものである。妊娠を理由とした職場での降格や育児のための勤務時間 短縮制度を利用した女性に対する昇給抑制についての「違法判決」、「育休 退園」(育児休暇中、既に在園中の兄・姉を市立保育園から退園させるとい うもの)を巡る提訴など、そもそもこれらの事例を提訴者が長期間に及ぶ法 廷闘争に持ち込まざるを得ないこと自体が日本社会・企業に(半封建的な) 後進性が残存する証でもある。 表6 女性労働者の妊娠後の対応 表6によれば、妊娠した女性の61.2%はその当時の仕事を辞めてしまい、 「辞めなかった」女性は32.9%にとどまっている。正社員・正職員の場合、 「辞めた」51.9%、「辞めなかった」43.2%と継続する場合も増加するが、 非正規女性雇用者の場合はいわば「あっさり」と辞めており、その処遇に未 練はないということであろう。また、辞めてしまった女性はその理由につい て、複数回答で「家事育児に専念するため自発的に」が55.2%、「続けたか ったが仕事と育児の両立の困難」21.1%、「続けたかったが職場で安心して 出産まで過ごせない」16.8%、「解雇やパートへの変更を求められるなど不 利益な取り扱いを受けたから」7.2%となっており、種々の問題をはらむも のである。 この点に関連して、厚生労働省の初めての調査結果として(2015年9∼10 月調査、約6500企業や25∼44歳の女性を対象としたもの)、派遣社員の
48.7%、正社員の21.8%、契約社員の13.8%が「マタハラ」を受け、その内 容は「『迷惑』、『辞めたら?』など権利を主張しづらくする発言」である と報じられている。10 また、「連合非正規労働センター」の2015年8月の 調査では、「マタハラ」の発生する原因について、654人からの複数回答で 「男性社員の妊娠・出産への理解不足・協力不足」67.3%、「職場の定常的 な業務過多・人員不足」44.0%、「女性社員の妊娠・出産への理解不足・協 力不足」39.1%が上位項目として、示されている。11 今日の日本企業にあ って、男性・女性社員を問わず、長時間・過蜜労働のなかで、他人を思いや る心が薄れて来ているということであろうか。この様な意識状況であるな ら、女性の「10年前に総合職で採用された社員の現在の職位」が、2010年 現在で、既に離職65.1%(男性では29.2%)、一般職員22.1%(同29.4%)、 係長相当職11.1%(同34.6%)という結果に帰結することも理解出来るとい えよう。12
Ⅳ. 女性低賃金労働者が創出されてきた背景
では、戦後日本において非正規女性雇用者が創出され続ける背景には、い かなる要因が存在するのであろうか。 まず第1に、戦後日本社会における半封建的遺制の根深い残存である。典 型的な思考は、「夫は外で働き、妻は家を守るべきである」いう考えに、今 日においてさえ、「賛成」と「どちらかといえば賛成」の合計が男性で 55.1%、女性でも48.4%に達するなど、13 性別役割に基づいた日本的企業社 会の在り様である。そこでの男性の賃金は、労働者個人の再生産費というよ り労働者家族を含めた再生産費という側面が強く(資本主義的生産様式の下 での共通事項ともいえるが)、些少ではあるが扶養手当なるものが多くの企 業・組織の正社員には支給されて来たし、所得税制・社会保険制度にみられ るように、政策としても推進されてきたのである。この点に関連して、戦後 日本の雇用の在り様も注目されるところである。すなわち、大規模企業を中 心とした、学卒一括採用、企業への忠誠心と引き換えにした企業内教育・長 期安定雇用・年功賃金によって、そこでの労働者は長時間・過密労働を余儀 なくされつつも、一定の経済的安定を獲得してきた。しかしながら、日本的 な階層構造のなかで、多くの中小・零細企業労働者は家族を養うべき充分な 所得を獲得することが出来ず、その妻は家計補助的低賃金労働(いわゆる「内職」を含む)に従事せざるを得なかったのである。 第2に、日本資本主義は戦後一貫して、相対的過剰人口ともいえる不安 定・低賃金労働者を創出・利用することによって、その高蓄積を遂げて来た ということである。戦後「高度成長期」における製造業大規模企業さえ、労 働者の零細農耕による収入を前提に臨時工・期間工に依存する部分があった し、また同一工場内における特定工程を系列・下請企業に外注依存すること によって自らのコスト削減・競争力強化を図ってきたのである。こうした中 で、女性労働者の殆どは、第三次産業を含めて非基幹的業務に従事する縁辺 労働者として位置付けられてきたのである。勿論、「高度成長期」を中心と した家電企業や80年代の電子部品の地方工場に典型的にみられたように、 新規学卒者としての女性が、正規雇用者として処遇された場合も存在した が、彼女達は定年まで単純作業の繰り返しの中でキャリアアップすることは 殆どなかった。そして、90年代初頭の頃の女性雇用者に対しては販売業 務、営業・事務補助に従事する「短大卒業・寿退社」なる扱いが企業によっ てなされたし、社会的にも大きな反対が発生しなかったように思われる。そ して、このことが今日のいわゆる「妊娠解雇」にも帰結していると言えよう。
Ⅴ. おわりに
今日、日本社会の将来に向かって人口減少や労働力不足が予測されてい る。一方日本の産業構造の変化に目をむけてみれば、戦後「高度成長期」か ら日本経済を主導し、他の産業部門への波及効果も大きい製造業(とりわけ 重化学工業)の雇用吸収力が生産工程の自動化や海外移転に伴って減少し、 未組織で非正規女性雇用者の多い小売業・飲食店・広義のサービス業など で、さらなる低賃金・不安定雇用者の増大が見込まれる。これに対して、日 本労働組合総連合会(連合、とりわけ傘下のUAゼンセン)や全国労働組合 総連合(全労連)、など労働組合や日本婦人団体連合会など女性団体による 女性労働者にかかわる調査・研究や改善に向けての取り組みもなされて来た し、また、「貧困女性」の救済・自立支援などを実施するNPO法人などの 活動も報じられている。しかしながら、総体としてみれば、それらの取り組 みは、関係者の多大な努力にも拘らず充分なものとして実質化していないと 言わざるを得ないであろう。その意味では、企業に社会的責任を厳守させ、 「同一労働同一賃金」を前提として、労働条件の男女間格差の解消・正社員として女性の働ける社会の構築に向けた、日本国民の意識改革を基本とした 社会運動・政治改革が待たれるところであろう。 戦後日本社会・企業における男女間格差問題(とりわけ女性の低賃金構造や低 い社会的位置)については、様々な視点から多くの研究が積み重ねられてき た。また、最近では「女性の貧困」に焦点を当てた事例研究も多数みられると ころである。ここでは、最近の主要な文献のみを参考文献としておくこととする。 竹中恵美子(2012年)『戦後女子労働史論・竹中恵美子著作集Ⅱ』(明石書 店)。 上野千鶴子(2009年)『家父長制と資本制』(岩波書店)。 久場嬉子編(2002年)『経済学とジェンダー』(明石書店)。 武石恵美子編(2009年)『女性の働きかた』(ミネルヴァ書房)。 中川スミ(2014年)『資本主義と女性労働』(桜井書店)。 伍賀一道(2014年)『非正規大国日本の雇用と労働』(新日本出版社)。 『経済』1988年8月号、2015年3月号(新日本出版社)。 労働総研女性労働研究部会編(2014年)『人間らしい働き方とジェンダー平等 の実現へ』(本の泉社)。 ここで、今日注目されている「ブラックバイト」問題について、我々の身近な 事例から触れておくこととする。今日の大学生は飲食店・コンビニエンススト ア・学習塾・大規模家電販売店などその職場は多様であるが、早々と翌月のシ フトが決定し、その変更には学生自身が対応したり、アルバイトを辞めるのに 後任探しを強要されるケースも存在し、しかも基幹的業務を担当させられる状 況に直面している。そこでは、本業は学業なのかアルバイトなのか不明であ る。勿論、大学進学率も上昇し、層としてみれば、「保護者」の収入が増大せ ず、学生の生活も困窮してきていることは事実であるが、「ブラックバイト」 問題は日本社会・企業に強い反省を迫っているといえよう。 『国民生活基礎調査』(厚生労働省、2015年)、343頁。 いわゆる「ブラック企業」については、今野春貴『ブラック企業』(文春新 書、2012年)が簡潔に伝えている。 『就業構造基本調査報告』(総務省、2012年調査・全国編)、239頁による。 (注釈) 1 2 3 4 5
『週刊東洋経済』(東洋経済新報社、2015年10月17日号)、89頁による。 『労働力調査年報』(総務省、2014年調査)113頁による。 『賃金構造基本調査』(厚生労働省、2014年調査・第1巻)、87頁による。た だし、この結果は我々が見聞する身近なパート労働者の事例より、高い結果に なっているものと思われる。 筆者の数十人程の卑近な実例であるが、20代後半から30代前半の女性の転職の 場合、当初からの派遣労働者→契約社員、正社員としての就職(対企業・個人 への営業職や洋服販売、コンピータ処理など)→実態は「ブラック企業」であ ったり、加重なノルマ営業などから2年を待たず退職→派遣社員として、各種 教育機関や生命保険会社などで勤務するという事例が典型的である。 朝日新聞、2015年11月13日付による。 「第3回マタニティハラスメント(マタハラ)に関する意識調査」(2015年8月 実施、インターネットでの調査)による。 『男女共同参画白書』(内閣府、2013年版)、31頁による。 同上書、2014年版、24頁による。もちろん、こうした考え方に賛同する人の割 合は高年齢層程高くなるし、1992年当時に比較すれば減少してきてはいる(92 年当時、本文の数字は女性55.6%、男性65.7%であった)。 6 7 8 9 10 11 12 13