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随想 うもれている記念塔 (学長米寿・新校舎落成記念号)

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Academic year: 2021

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(1)

七・二一という日付をこのごろ全く忘れていた。毎日その前をすぐ通っていながら、すっかり忘れていた。さきほ どからこの室にまで読経の声が聞こえ、声色も聞きおぼえのあるHさんらしいとは分っていても、どこでよむのか、 何の為めの御回向とも気づかず、或ひは誰かがお経のテープをかけているのかとも思った。 それから、しばらくして用のついでに事務室にいくと、今しも外から入ってこられる先生たちと、窓の外には工事 関係者数人の今解散していくのが目にうつる。そして、﹁丁度、きょうが一周忌!﹂ということばで、やっと気がつ いた。もう一年か、まだ一年か、遠近こんとんとした情感のうちにも、ちくと胸を刺す。それほどの健忘症か、それ ほどの冷淡かと。反射的にまことにすまなかったと、内心つぶやいた。 あれからの一年間、まったく、皆さんの昼夜不断の御努力で、ようやく、竣工まちかいのである。予定よりも半年 もおくれたのも実は、この地縦のせいであった。まったくその犠牲にあの人はなったのである。その縦牲者の丁度ま る一年、正当の祥月命日の御回向なのである。

随想

うもれている記念塔

×

室住妙

(〃2)

(2)

見なかった。 突然ザザーッと、地すべりの音がして、それと同時に、﹁人がうまったぞ−ッ。﹂という悲痛と驚きの混じった叫 びが工事現場に響き、そこらを工事関係者が走り回る。﹁事故だ﹂と、とっさに思った。誰かが﹁電話だ。﹂と叫 ぶ。その前に、私は階段を駆け降りていた。 下は事故を聞きつけた人々で、ごったがえしている。たrちに救助作業が始まる。 仲間が、﹁大丈夫か、しっかりしろ。﹂と穴へ向けて、どなる。どうやら、生きているらしい。 一致団結した救助作業は進む。だが、石が多くて、どうにもはかどらない。作業員に、あせりの色がみえる。しか し、その間も、生き埋めとなった人の安否を刻づかい励ます声がとぶ。まだ大丈夫だ、応答があるらしい。それが作 それでい上のだろうか。 ろうが、また誰しも多些 ともかく、あの日か、 ともかく、あの日から × あ たしか一片の読経とはいえ無上甚深微妙の法の一文一句の一音、大千にひ蛍いてゆけば彼の亡魂も必ずどこかでそ れをうけ、よろこんでおられるであろうが、しかしそれですまされないのは、お互い、我々人間の考え方のことであ る。死人に口なし、死に損、できるだけの手は尽した、運命だ、あきらめが大切だ、とすまして仕舞うより外はなか ろうが、また誰しも多忙なんだから忘れてしまうのも己むをえないし、また忘却も必要なのかもしれないが、果して 四ヶ月後、学生U君の作文をこLにお僻りしておく。 ×

事故

夏休みに入ろうとしたある日、私は一人の工事夫の死を見た。あの日はすでに皆仕事も一段落し、 ほとんど人影を (〃3)

(3)

業を盛り返す。救助作業の人々の肌一面に汗がにじみ、土でまっ黒になり、もう疲れて、ふらノ、、になって交替する。 一時間が経過。しかし、作業ははかどらず。その後、しばらくして、応答がなくなったという。 夜に入って、消防団員や学生たちの協力があった。あちこちに、あきらめの溜息がもれる。 真夜中頃には、みんな引きあげ始めた。救急車も必要なくなったらしい。 私は、その夜、とうノ、1、一睡もせずに夜を明かした。 これからは死体の引き上げを待つばかりである。前日の作業で一同は疲労しきっている。そして、昼過ぎであった ろうか、いや、もう夕幕れ近かつたろうか。四・五メートルも掘り下げられた穴の底で、死体が見つかった。一瞬、 現場には厳粛な緊張した空郊が流れる。まもなく死体は引き上げられた。皆、それを見つめたまL、誰も口をきかな い。誰も近づこうとしない。それは、あまりにもはっきり、死というものを露骨に見せつけた光景だった。 あふ、悪夢のような、まる二十四時間。死体収容後、宙雨が襲うた。そして裸の人々の泥と汗とを流してくれた。 そして彼の人へたむけた天の涙でもあった。 ︵次のは、前文よりさらに一週間後私の作文です。︶

事件

血の通う声は尊い。それが地の底からひrく。それを血の通う耳がうけとめる。 こういう句々のつながる意味、意の味の生きた連結︵つながり︶・そういう事実が現に在るとき、じつはそう意識 されたとき、この人間の世界ぜんたい、宇宙全体が、異常な緊張にある。 × (〃4)

(4)

これから病院に送られ、清められ、桔密検屍の上、数時間後かけつけてくる親類の者との対面であるそうだ。佐渡 相川の人、新田福蔵さんという。五十六才。 なま 人柱という、ことばのイミ、人と柱と複合したイミ、それが生々しい現実としてこLにある。そうと感じては、誰 に対して語ったらい$のか、とまどい、何というて訴えたらいLのか、わからない。l 、b、 ともかく、たしかに、今の事実の意味は、速く将来、いやすぐ今日明日から、我等すべてに負わされたおいめの柱 である。﹁我れ日本の柱﹂につながる柱と思う。︵虹・旭・6︶ 仏さまの大きなお慈悲ということをきいている者にとっては、殊にこ上の場処が、その大学の建設工事の現場であ るとき、こうした意味の現実が、ぢかに意識された一瞬、せつないノf、苦しみであった、祈りであった。黙々と坐っ た、お題目様の前に。あの日のこと。 外では大勢の人々のあわたrしい悲痛な努力、発掘作業だ、つ蛍いた夜昼一十四時間。 夕やみせまった柔道場の畳の上、泥まぶれのやぶれた作業衣から、はみ出た五体、つんと、つき出された、くろず 読経した。 ざようそう んだ凄んだ死の形相である。 そのとき、幸か不幸か、まだ泣きすがる者もない。親身の涙でまだ洗はれていない。 まつ白な検屍医の操作につれて、キビDI、した断片語が百ほど、手帖に記されたあと、私も数人の僧侶にまじって ︵之は御本人福田さんの代弁として仮りに私が作ってみた。前文より四日後。︶ × (105)

(5)

ぐんノq、としめつけられて、呼吸も止まり、手足も自由がきかない。重圧は加わる。やつきに支えようとしたが、 つい、抵抗の力は尽きた。意識も速くなる。あL、 、、、 、、 これでおわりか。一生の百千のコマが一瞬過ぎて終った。 だが、実はこれからだ。いうにいえない苦痴というのは。 I全身の血はまだ細々と流れている。流れが止まっても筋肉や臓脇の細胞がまだ生きている。まだ死にきれない。 けつきたたか 死にきれないどころか、畷起した斗いだ。斗いといっても、之は大戦争だ。私も戦争はみています、知っています。 しかしこれは全くの正真正銘の本ものの戦争、いわば純粋な戦争です。幾千万億兆という筋や細胞の総動員、それら とg 、 が一々、全身全霊全精力をかけてのカケネナシの斗いです。生きるということの真劒さ、この刻、わかりました。生 、、 、 きるということの真実の相をこのとき観ました。この断末魔の苫を通してです。それは幾億兆という毛すぢを、ょっ 、 て、なって、たばねて大綱としたような、大剛の苦痛が責めつけるのです。 、、 まことにノ、1、私が生きてきた今の今まで、たった一つ、頼りにしてきた私の肉体が、昼夜離れずに愛しっ蜜けて わたし、弁解するのじやありません。あの工事の現場です。予定が二ケ月ほども狂うほどの難工事です。その危い 地盤の穴を、みまわって来まして、そのために慎重にのぞいたのです。すべったのでも、ふみはづしたのでもありま 、、、 せん。ひょっとしたはづみで、足元がくづれて、墜ちていったのです。 、、 はっ!とおちていく穴の暗さを感じたと同時に、頭の上へぐらjくlと土がかぶさってくるのです。はてなく、上か らノ、.と、おしかかってくるのです。底しれぬ重さで息が苦しくなる。下の方から、まっ黒な死が襲うてくる恐しさ に、夢中で叫んだ、もがいた。 (”6)

(6)

きた私の肉体が、今や私を責めつけているのです。 と 、、 まことにノ、1、私が生きてきた今の今まで、お恥しいことですが、生きて来た、年老ってきたと思うていた生きは、 実はまるで眠っていたような夢みていたようなものでした。目がさめたように、そう気がついたのです。 ふと、きこえます。そのイミは、 ﹁実は、かれらが私を苦しめているのではなくして、私のために、こんな苦痂を忍んで斗ってくれている、ムダと は知っても、般期の岐後の御奉公に。﹂というイミなのです。 思わず合掌1勿論、心霊そのものが合戦。いつか詣でた大堂の、祖師堂の中に遥かに拝んだお方が、ひらめきまし た。南無妙法蓮華経と唱えました。そうして、ほんとうに、すべて了ったのでございます。

しづ、、、、、、、、

私は今、寂かに生きがいというものを感じさせていたrきました。同時に死にがいということがあれば、それも 、、、 今、ありがたく頂きました。まったく不思議な、みのぶの山の霊山をさとらしていたrきました。 この度、ふしぎな御縁により、偶然この地に働きに参り、殉職を御縁に、﹁アミダ念仏はムゲンヂゴクということ を、ょくさとらしていたrきました。というのは、私の生家はモント念仏です。特別に熱信な者じゃありませんが、 ひまな 人に云われるま典に、なんとなくこLへ働きに来たくなったのです。そして、たしかに、地の獄におちて、間無き苦 をうけました。そして真に仏を念じさせられました。いや真実の仏を念じさせていた童きました。 そしてたとい胸にはならないでも、たしかに﹁おん題目﹂を念じました。生きた呼吸も息も吹きこめたとは申せま せんが、しかし全身の毛孔から吐きました蚊後のJ1の精気をば、この地底にひそめました。いや、うち込めまし て、そして末永く御法のために祈りまする。 (〃7)

(7)

︵このまる一年、さきのように御命日のことは、すっかり忘れてしもうた私です。こ典にそのおわびのしるしに、 ついでにもう少し考えさせていたrきましょう、死者との問答体で。︶ ﹁事件はたしかに地盤のせいです。その犠牲になったあなたは、過失や不注意でないかぎり、せめらるぺさではあ りません。ではせめらるべきは大地でしょうか。まさか大地が余りに脆弱だったとしても、責めることはできませ げしゆrん ん。人間が勝手に切りくづし掘り込んでいるのですから。そうした下手人こそ人間です。とりわけて施工上の安全度 にあり、また事故当座救出作業の適切度にあるでしょう。それを今、こ上にあばき出してそして幾人かの犯人嫌疑を 出すことも不可能、さらに科学的裁判にかけて責任を追究することもできません。たといそう出来たとしても、それ こそ多大の人々の身心の労苫と経饗とは莫大でしょう。さてそうして真犯人なるものを幾人か幾十人かを決定できた と仮定しても、法律的に彼等をどのような罪名で処刑できるでしょうか。あなた自身、こうした直接間接関係の罪人 を摘出してそれで満足なさるわけでもないでしょう。﹂ ﹁はい勿論のことです。私は今はどなたにも不平や恨みなどをいだいておりませぬ。そもそも何という罪名でも処 おしいで 刑は一瞬恥辱というつらい想出となる上に、それからそれへとあばき出したら際限のない多人数となって参りましょ くわんげん・ う。私にしましては、そうした大捻察の暁にも、私自身が全くもと通りに還元できるわけでもありません。たrせい #、、再びこのような事故や事件のないように祈るだけです。社会的に施設工事の安全度や関係者の心構えについて どうぞ、皆々様の素直に真面目に真劒に、妙法五字の御修行のほどを祈りおりまする。

南無妙法蓮華経。︵虹・皿。、︶

× (〃8)

(8)

反省に喪するところあれば幸いです。さらに願えば逝族の者たちへの多少の御慰耕を剛られ上ば結櫛です。﹂ ﹁それにしても、あなた御自身の本心を少しきかせてくれませんか。﹂ ﹁はい、ありがとうございます。さし当りの本心は、早く土の中から救い出して欲しかったこと、この一念は事実 ﹁はい、あり狸 です、真実です。 ところが、あく ところが、あの日、何十人、のべ何百人か、二十四時間、小さい穴に集中しただけで、それほどにはかどらず、つ い時間切れでした。親戚知人とは生死の一線をへだてての対面、痛ましい感傷はお互い千万無欽でありながらも、言 葉は一方側だけで、それもやっと片言。そして、さふやかな告別、火葬、小箱に納められ有縁の墓地に埋められまし た。これで永遠の眠りについてもいLのですが.⋮・⋮⋮。﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮やっぱり、そうですか。あの臨終のときの恐怖と苦痛と・・・⋮。﹂ ﹁そうです。誰だって恐怖や苦痛はいやです。死はいやです、ことにあんな死はいやです。実際あの土の中から早 くのがれようと、もがいた芳しさ恐しさ、何ともいえようのない残念さ恨めしさ。そのいやな記憶は、なかノ、0、い まだに洲えませぬ。他人のこととなれば、どんなにも強そうなこというてももっともらしいこというてもちきにお忘 れになってしまえるのも、ほんとにむりないです。自分の事となれば、どんなに他人から、あきらめろと、せつかれ ても、あきらめられません。自分から忘れてしまいたいと思うのですが、忘れることはできないものです。之を執念 というのでしょうが。恐怖や苦捕などは、そのことが去れば自然と、時が忘れさせてくれましょうが、恨みとか、残 念さというものは、塀にふれ時が経って、かえつていよノーl太ってくるのではないでしょうか。﹂ ﹁では、その残念とか恨みとかは何ですか。あなたの場合。﹂ (〃9)

(9)

﹁それはいうまでもなく、生きようとしているものの不意に断ち切られようとするとき、文字通り、必死に肢期ま で斗ったのに、而もそれがむくいられずに終った、その念のことです。私にかぎったことではなく、生顛すべてがも っている残念の本性でしょうか。 、、 これは、ごまかしては駄目です。生命というものは、もう無条件に生きようとしているのに、それをたrむりに死 、、 ねといっても、どうなりますか。あきらめというものは絶望という意味の範囲では、それは生命には通川しませんで しょう。生命の論理がうなづくのでないとおさまりません。この度の事件は、われノー∼のようなものは、まことに牛 な 馬鶏豚の死と同様でしょうが、しかし本人自身の問題意識とかいうものからすれば、牛馬並みとはまた格別でしょう よ。ほかから何やかやと褒められても、リクッでいるノ、これられてみても、た蟹うるさいだけで心からうなづけま ひごう と せん。いわば非業の死を遂げた者にとっては、生命の論理で、さとしてくれないと、どこまでも残念は永久に残って つまりはたr、その一つの生命の在り方が、自体からすなおにうなづけるのでなくちゃだめです。﹂ ﹁では、あなたはこれまで何を求めてきたのですか。どう生きて行きたかったのですか。﹂ ﹁おはづかしいですが、さし当りは食うための.ハンを求めてはたらいてきましたが、その底意には、今から思え ば、生き方、真に行く末の安心、それも生命の底から、なるほどと、うなづけるように、なっとくがし度かつたので しょうね。それが知らず,r、に、このお山に引かれて参ったのかもしれません。﹂ ﹁それで、このお山に来て解決できましたか。﹂ ﹁はい、このお山にきたにはきたのですが、特別に参詣間法したのでもありません。ほんの両三度、お堂にお詣り いくでしょうよ。 ("0)

(10)

したことはあります。たr、尊いお山の仕事という感じで一ぱいでした。今までに増した真面目さでつとめました。 ねんぷつむげんごぼうもん ところがあの土塊の不意打で、この仕末です。よくいえば殉職ですが、四格言の﹁念仏無間﹂とか申す御法門を甚深 微妙に味は$せていたrさました。之はあなたに前に︵昨冬︶代弁していたrさましたような次第です。﹂ ﹁それでは残念さは、すっかり附れましたか。﹂ |︲いや、むしろ、新ためてよみがえったとでも申せましょうか。﹂ ﹁というと、変なお話しですね。どういうことですか。﹂ と 、、、 、、 ﹁これは私の穴の中で執らしていたrきました生命の無上尊厳、甚深微妙の綱にあづかりました。生前死後を一貫 する教理の正法でなくては立正安田も保証されますまい。そういう尊い道場の建設工事に参加させていた笈さました 上に、その礎石の人柱となるなんて又とないえらばれた光栄を与えられました。 こくしゃく しかし、人柱たる以上、放念無念残念ならぬ念々尅武の耐念の念々でございましょう。之を私にしてみますると、 新たによみがえった残念とでも申しましょうか。 ちりあくた 終ったところが始、あの塵芥のような死が永遠の生のか・やく始となる。畏れ多いが、 たつく毎 ﹃娑婆世界の中には日本国、日本国の中には相模の国、相模の国の中には片瀬、片瀬の中には竜の口に、日蓮が命を

齢んゆえじゃつごうどか

とrめおく事は、法華経の御故なれば寂光士ともいうべき欺﹄︵五○四︶ 漣つしん ひ 日蓮大聖人様の永遠の法身のおいでます、この山のこの施設の底に秘められたる護念でございます。たしかにいつ 。 ︾ も踏まれてはいます。誰にも知られませんが、しかし悦びは一ぱいでございます。﹂ ﹁なにか記念の塔でも姓て上上げたいと思いますが。⋮..。﹂ (III)

(11)

﹁いやノI、、それには及びませぬ。強いて形象に見ようとするなら、すでに祖師堂の大屋根の棟のあたりに力んで

おりまする。あれこそ私の絡好い聖晴れ姿でございましょうか。私の命日などは忘れても、皆さんが、しっかり、や

って下されば満足です。﹂︵妃・8.妬︶

参照

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