氏 名 青木 是直 博士の専攻分野の名称 博士(工学) 学 位 記 番 号 医工博甲第341号 学 位 授 与 年 月 日 平成27年3月18日 学 位 授 与 の 要 件 学位規則第4条第1 項該当 専 攻 名 環境社会創生工学専攻 学 位 論 文 題 目 減農薬栽培に向けた薬剤耐性ブドウベと病菌のモニタリング 論 文 審 査 委 員 主査 准教授 鈴 木 俊 二 教 授 奥 田 徹 教 授 柳 田 藤 寿 准教授 岸 本 宗 和 准教授 久 本 雅 嗣 准教授 望 月 和 樹
学位論文内容の要旨
高品質なワインを醸造するためには、健全なブドウ果実を使うことが前提である。醸造 用ブドウの果実品質は、気象条件や栽培環境によって主に決定されるが、雨が多く多湿の 気候を持つ日本では病原菌によるブドウへの被害により果実品質が低下する恐れがある。 そのため、醸造用ブドウの品質を維持する目的で、徹底した化学薬剤散布が我が国では行 われている。一方、化学薬剤による環境や生産者への影響、消費者の心象を考慮した生産 者から、総合的病害虫管理方式(IPM:Integrated Pest Management)という考え方が注目を浴び始めている。IPM とは、「病害虫の防除に関し、利用可能なすべての防除技術を利 用し、経済性を考慮しつつ、人や環境へのリスクを軽減、もしくは最小限に抑えるための 適切な手段を総合的に講じる」という概念である。IPM では今まで基幹防除として使用し てきた化学薬剤をあくまでも補完として使用することにより、化学薬剤の使用量を無理な く抑え、減農薬栽培にスムーズに移行することができる。我が国のブドウ栽培においても、 物理的防除や耕種的防除が行われており、微生物農薬の開発にも積極的である。しかし、 理想とは裏腹に、我が国では未だに化学薬剤を主とした防除から脱することができておら ず、実際の圃場では「薬剤耐性菌」が出現するという新たな問題に直面している。 我が国のブドウ栽培において、最も注意すべき病原菌としてブドウべと病菌
(Plasmopara viticola)が挙げられる。ブドウべと病菌は、薬剤耐性菌が出やすい傾向が あり、近年においてはquinone outside inhibitor(QoI)殺菌剤に耐性をもつブドウべと病
菌が山梨県内で多大な被害を及ぼし、新聞の一面を飾るほどであった。QoI 殺菌剤耐性べと
病菌の出現に伴い導入された新規化学薬剤であるcarboxylic acid amid(CAA)殺菌剤にお いても、フランスなどで薬剤耐性ブドウべと病気菌が発生しており、増加の一途をたどっ ている。従って、薬剤耐性菌が出現する前に何らかの対策をとることは非常に重要である が、実圃場における実用的な研究は極めて少ないのが現状である。 こうした背景のもと、本研究では遺伝子診断法をもとにしたブドウべと病菌の薬剤耐性 診断法を確立し、山梨県内の圃場にて薬剤耐性ブドウべと病菌のモニタリングを試みた。 1.CAA 殺菌剤耐性ブドウべと病菌を検出する診断法の開発 CAA 殺菌剤耐性ブドウべと病菌は欧州などで拡散しており、ブドウ栽培に多大な被害を 及ぼしている。CAA 殺菌剤耐性獲得メカニズムは CAA 殺菌剤の標的タンパク質であるセ ルロース合成酵素をコードしているPvCesA3遺伝子配列上に点突然変異が生じることであ る。日本ではCAA 殺菌剤耐性ブドウべと病菌は未だ出現していないが、2009 年になって からレーバスフロアブルやベトファイターなどのCAA 殺菌剤がブドウ栽培に使用されるよ うになったため、CAA 殺菌剤耐性ブドウべと病菌が発生するのは時間の問題であると思わ れた。このような背景を受け本研究では、allele specific primer polymerase chain reaction (ASP-PCR)法による CAA 殺菌剤耐性遺伝子検出法を確立した。 ASP-PCR 法では、CAA 殺菌剤耐性を賦与する点突然変異部位の手前に一塩基のミスマ ッチ配列を挿入したプライマーを設計した。すなわち、CAA 殺菌剤耐性遺伝子を鋳型とし たPCR を行った場合はプライマーとの間にミスマッチ配列が 1 つでき、CAA 殺菌剤感受 性遺伝子を鋳型としたPCR を行う際は 2 つできるようにプライマーを設定した。DNA ポ リメラーゼは、連続したミスマッチ配列があると解離してしまうという性質があるため、 CAA 殺菌剤感受性遺伝子を PCR に供試した際は DNA 合成が行わなかった。対して、CAA
殺菌剤耐性遺伝子を鋳型とした際に特異的にPCR 産物を得ることに成功した。
CAA 殺菌剤耐性は劣性表現型であるため、PvCesA3遺伝子型を明確に区別する必要があ
った。本研究ではpolymerase chain reaction restriction fragments length polymorphism (PCR-RFLP)法をもととした遺伝子診断法を開発し、CAA 殺菌剤感受性ヘテロ接合体お よび耐性ホモ接合体の識別に成功した。
遺伝子診断法は、従来の生物検定法に比べ一度に多検体を迅速に診断できるという優位 性を持っている。そこで、本遺伝子診断法を用いて、これまでは物理的に実施できなかっ
た広範囲の圃場での薬剤耐性菌モニタリングを実施した。 2.山梨県内におけるCAA 殺菌剤耐性ブドウべと病菌のモニタリング 2012 年の調査において、CAA 殺菌剤を散布していた山梨県山梨市の 1 圃場から CAA 殺 菌剤耐性遺伝子を保持するブドウべと病菌を日本で初めて検出した。2013 年では、山梨市 の1 圃場から 2 サンプル、 甲州市の 1 圃場から 3 サンプルの CAA 殺菌剤耐性遺伝子をヘ テロで保持するブドウべと病菌を検出した。CAA 殺菌剤耐性遺伝子が検出されなかった他 の圃場に比べて、これらの圃場では2012 年までに通年で複数回の CAA 殺菌剤を散布して おり、連続したCAA 殺菌剤散布が CAA 殺菌剤耐性遺伝子の拡散につながったと思われた。 CAA 殺菌剤耐性遺伝子は劣性遺伝子であるため、本遺伝子変異を両対立遺伝子にもつホモ 接合体だけがCAA 殺菌剤に耐性を獲得する。 現時点では、5 サンプルともにヘテロ接合体 であり、生物検定法による接種試験の結果からもCAA 殺菌剤耐性菌でないことが確認され た。しかしながら、今後CAA 殺菌剤耐性遺伝子を保持するブドウべと病菌が圃場内で増加 すれば、交雑によりCAA 殺菌剤耐性ブドウべと病菌が発生する危険性は否定できない。こ のような事態を未然に防ぐため、今後も遺伝子診断法によるCAA 殺菌剤耐性ブドウべと病 菌のモニタリングを継続し、監視する必要がある。
論文審査結果の要旨
雨が多く多湿の気候を持つ日本では、醸造用ブドウの品質を維持する目的で徹底した化 学薬剤散布が行われている。しかし、実際の圃場では化学農薬に耐性を示す「薬剤耐性菌」 が出現するという新たな問題に直面している。本学位論文は遺伝子診断法をもとにしたブ ドウべと病菌の化学薬剤耐性診断法を確立したものである。本学位論文では新規化学薬剤である carboxylic acid amid(CAA)殺菌剤に対するブドウ ベと病菌を検出する方法を確立した。CAA 殺菌剤耐性ブドウべと病菌は欧州などで拡散し ており、多大な被害を及ぼしている。日本ではCAA 殺菌剤に対する薬剤耐性ブドウベと病 菌の報告はないが、2009 年になってからレーバスフロアブルやベトファイターなどの CAA 殺菌剤がブドウに使用されるようになったため、CAA 殺菌剤耐性ブドウべと病菌が発生す るのは時間の問題であると考えられる。本学位論文は、近い将来ブドウ栽培で問題になる であろう課題の解決に取り組んでいる点で非常に意義がある。
びpolymerase chain reaction restriction fragments length polymorphism (PCR-RFLP) 法をもととした遺伝子診断法を開発し、多検体の試料でも迅速かつ簡便にCAA 殺菌剤耐性 を診断できる技術を開発した。ブドウベと病菌は絶対寄生菌であるため、従来の薬剤耐性 診断法である生物検定法はブドウ葉が必要であり、また培養方法が煩雑であったため、多 検体の評価には不向きであり、多検体を対象とした薬剤耐性菌モニタリングは実施されて こなかった。本学位論文で確立した遺伝子診断法はこの問題を解決し、従来の生物検定法 では物理的に実施不可能であった広範囲の圃場での薬剤耐性菌モニタリングを可能とした。 遺伝子診断技術を用いた山梨県内におけるCAA 殺菌剤耐性ブドウべと病菌のモニタリン グにおいて、CAA 殺菌剤耐性遺伝子をヘテロで保持するブドウべと病菌を我が国で初めて 検出した。これらの圃場では、2012 年までに通年で複数回の CAA 殺菌剤の散布が行われ ており、このことがCAA 殺菌剤耐性遺伝子の拡散につながったと推定された。現時点では CAA 殺菌剤耐性菌は確認されなかったが、CAA 殺菌剤耐性遺伝子をヘテロで持つブドウべ と病菌が増殖し、圃場内で交雑すれば、CAA 殺菌剤耐性ブドウべと病菌が発生するリスク が高まる。従って、山梨県内圃場におけるCAA 殺菌剤耐性遺伝子の拡散状況を継続的に監 視する必要性を本学位論文は訴えている。 これらの研究内容は、英文論文3 報として国際学術誌に第一著者として発表されている。 将来のブドウ栽培が直面する課題を解決するために、薬剤耐性診断技術を開発し、多検体 のモニタリングを可能にした本学位論文は、ブドウ栽培における効果的な薬剤防除体制の 構築に大きく貢献するものと確信する。 以上のことから、本論文は博士(工学)の学位論文に値すると博士論文審査員一同が認 め、合格と判定した。