後 言 順 序 司 合 座 望月 座 芸局 康 二 宮 座 筑土 培 、 水 2 3 4 5 6 7 8 109 可舎者
信
仰
と
研
究
者 長 歎厚氏 長 歎厚氏 長 守人民 目 提 鈴寛民 霊鳳氏 ︵ 座 長 推 戴 提 言 ︶ ハ 長 井 民 琴 民 挨 拶 ﹀ ︵ 立 正 大 事 ︶ ハ 大 正 大 事 ﹀ ハ 大 正 大 風 宇 ﹀ ︵ 駒 津 大 暴 ︶︵
討
議
曾
速
記
録
︶
21 20 19 18 17 16 15 14 13 12 I I 座 二 座 ニ 望 上 深 座 深 度 金 官 官 月 間 滞 浦 山 龍重氏 長 正 夫 氏 長 正文氏 天端氏 歎厚氏 守人民 長 守人民 長 ︵ 駒 津 大 盤 ・ ︶ ︵ 龍 谷 大 穆 ﹀ ハ 高 野 山 大 撃 ︶ 31 30 29 28 27 26 25 24 23 22 ニ 宮 守 人 民 座 長 多 田 鼎 氏 勝 因 宗 倍 民 梅 田 園 鈴 民 増永霊刷脇氏 岡 本 来 光 氏 渡 漣 照 宏 民 結 城 令 聞 民 座 長 ︵ 大 谷 大 準 ︶ ︵ 東 洋 大 惨 ︶ ︿ 比 叡 山 事 修 院 ﹀ ハ 駒 津 大 事 ︶ ︵ 智 山 幕 門 準 校 ︶ ︵ 東 京 常 国 大 撃 ︶ ︵ 閉 合 之 助 断 ︶ とれから討議曾に移りたいと存じます。それについて長井真琴博士を座長に推薦したいと思びます が皆さんの御賛成を得たいと思ってをります。 ︹ 拍 手 起 る ︺ じ ま す 。 それではこれから四時学まで約二時聞に亙りまして、皆さんの熱誠怒る御協力の下にとの討議を進めたいと存 信 仰 と 研 究 ハ 討 議 合 法 記 録 ︾ 三 七 五日 本 悌 教 感 情 肋 骨 H 年 報 ハ 第 十 年 V 一 一 一 七 六 2 ︹ 長 井 座 長 登 壇 ︺
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長 井 真 琴 氏 ︵ 東 京 帝 園 大 島 一 ・ ︶ 諸君の櫛賛成を得まして、私が暫く座長の席を汚し、研究と信仰といふ題目の下に皆さまの御討議を願ひたい 座 長 の で あ り ま す 。 就てはとれはたか/、大きな問題でありまして、少し範園を狭めたらぎうかといふやうな御注意もありました Q さうして討議の始まらぬ前にとれについて私に説明をしてくれといふととであります。 買はとの討議曾にどういふ問題を掲げるかといふととについて、四五人の者が大分頭を惜したのであります。 その時に私が﹃信仰と研究といふやうな題目はどんたものだらうか﹄とうっかり口を滑らしましたととろが︵笑 聾︶園らや J も皆﹃それがい L だらう﹄といふととになったのです。それで私が護議したととではありますけれど も、かやうな問題が意義がるるかどうかといふととについては私一人で責任を持つ誇ではないのであります。然 し私が口出しをした因縁を以て、ちょっと設明を致したいと思ひます。 今から三十年程前には﹁智識と信仰﹂といふやうなととが、可たりやかましいととにたって居ったのでありま す。それは智識と信仰は両立するかどうかといふ問題で、さういふととについて論文を脅かれた方もありますが、 とれも柏 E それに似たやろたととで、研究と信仰とは両立するものか、したいものか。研究と申しましても‘私 は と L では一般の事術研究といふことまで損げないで、いはゆる悌教の研究‘微に入り細に亙るやうな,しかも 今日の科接的た怖敬研究.今までの日本の宗来、といふものとは遣って、科皐的に漣躍なく僻典批判などもやっτ
ゐる。かういふやうな研究が旧消して菩々の信仰をだん/\増長せしめる所以にたるか、或は信仰を冷やかにするやうにたるか o とんなととについて私の卑見を述ぺてゐると. しませぬが.例へば歴史から見ましでも・奈良朝時代は怖敬の研究が可たり盛んであったとも言はれてをります が、その後を承けた平安朝から鎌倉時代にかけて、今日五口々岡民の聞に最も勢力のある宗祇が興きて来た。かう いふととも飴程示唆を興へるものではないかと思びます。そんたゃうたととで.かやうな問題を掲げたのだとい ふととをお含みにたった上で、どうか皆さまで名論卓詑を御闘はし下さるやうに御闘したいと思ふのであります。 一時間や二時聞は経ってしまふことになるから申 御遠慮をたさると悪いから‘私の方から御願しませう。先づ皮切りに望月敷厚さんに御願して、 御高見を仰ぎたいと思びます。︵拍手︶ とれについ℃
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望 月 歌 厚 氏 ︵ 立 正 大 開 宇 ︶ 先程清水皐長が言はれたやうに、私もどちらかといふと.もう老境の方であります。随ってとの問題に封する 意見は柏z
片寄ってゐるかも知れませぬ。今日は貫は皆さんの意見を拝轄する積りで参りましたが、意見を一言へ と仰せられますると、知らぬとは申されたい問題でありまずから‘ 一言だけざっと申して置きたいと思ひます。 題目に掲げてありまする﹁研究﹂の意味を、私は研究の結果と限定したいと思ひます。研究の方法と信仰との関 係は−言葉を換へると今の科事的の研究の方法が信仰の肇聞であるととろの宗接、宗教といふものと相容れるか 芝うかといふ問題になるのではないかと思ひます。それですと.研究の方法が宗墜の上に首飲められてゆき得る か否かといふととにたります。とれは或る程度までは方法として信仰の皐問の上へ臨用するととが最も安営なこ 3 とでありまするし、叉それは可能たととであると思ってをります。だからとれは姑く措きまして、 A 7 と L に 興 へ られた問題は、やはり研究の結果が信仰と衝突した場合は芝うかといふととに限定されるのではたいかと考へま 信仰と研究︿討議合法記録︶ 三 七 七日 本 偽 数 嵐 平 協 合 年 報 ︵ 第 十 年 ︶ 一 一 一 七 入 4 す。結局研究の結果が信仰と相並んでゆくととができるか、或は相刻するかといふととにたるのではたいか。む しろ出題者の心持ちは.相刻する場合を考慮してた話になっ℃ゐるのではたいかと考へます。そとで極く端的に 申しますれば,今日のいはゆる悌教事、若くは帝大あたりで言ふととろの印度哲撃の方面の研究が信仰と衝突し た場合、或は矛盾した場合が必しもないとは申されませね。その場合に私共が研究は研究、信仰は信何で、別々 たものとして爾方共認めてゆけるかどうかと申しますと‘とれは私は非常に疑問だと思ってをります。現在悌敬 撃に於ては割合にその黙が問題にされたいで併用され並び立ってゆく相をとってをりますけれども.それはやは り何鹿かに一つの安協賄、若くは統一一賄.昔の悌敬で一百へば曾通黙といふものが吾々の心の中にあるから併立す る。大きく言へば各宗の信仰
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立って別々た研究をしてをっても、その結果が法華経たら法華経に封する信仰が‘ 法華経は悌設でないといふととにたったとしても,やはりその研究者建が伸教若くは怖といふ離に於て統一され‘ モとに立脚した信仰を皆持ってゐるのであります。若しとれがたければ.私は研究の結果が信仰と衝突した場合 には‘やはりどちらかピ敗ける時が来るのであると考へるのであります。だから言ひ換へれば‘めい/・1
の 心 の 中にそのこつを調和し得るととが根本の僚件である。それが調和し得たい時は.E
ちらかピ打ち克つ時であると 考へられるのであります。それでは相到した場合はどちらが克うかと申しますと.やはり限界があるのでありま すoE
ちらが主である‘必や克つものであるとは決められるべきものでたいので、その人を研究が停虜にした場 合には研究が克ち.信仰の方がその人の全部を停虜にした場合には信仰が克つ。その人の本官の批判||他から の批判ではたい、自分の人格金曜の批判がそれを決めるのではないかと考へられます。さろいふ酷から見ると. 大まかに言。て‘やはり信仰の方が中心に怒ってゆく。信仰は或る程度まで研究を引き摺ってゆ︿場合もあり、研究の方は信仰を或る程度是正してゆく場合もありますけれ芝も.信仰の方が力を持ってゐる。信仰は研究と較 ペて、見惑は頓断するととができるけれども.思惑は漸断するのだといふやうに.容易に改め得られないけれ
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も、研究は或る一つの問題の研究結果から忽ちに醜し得る場合も可たりある。ととろが.信仰の方はモの結は可 たりむつかしいものである。との二つの力は相影響し合ふけれども.信仰の方がやはり強いと一五ふことになると 思ひます。とれは賓際の研究者の加減であるかも知れぬけれども.今の悌敬を研究する根本に於て、その人の信 仰といふか.その人の全人格が研究を左右し.研究を引き摺る。とれは闘に見えたいけれども大き拡力である。 かう考へます。あま0
長 く た る と い け ま せ ね か ら . と の 程 度 で : : : 。4
座 長 まだ五分くらゐ結構であります。5
望月撤厚氏 い や . も う 。 ︵ 笑 馨 ︶6
座 長 今望月轍厚さんの御述べにたったととに直接関係があっても・またたくてもよろしいのでありまして、賓は A 7 度御参加になった各大祭ではその討論対をお濯びにたってゐる所もあるのでありますから‘どうぞ順失御遠慮な ︿ 御 職 思 表 を 願 ひ た い と 思 び ま す 。7
二 宮 守 人 氏 ︵ 大 豆 大 事 ﹀ 私には題自の意味が判らないのです。討論しようたって何と言って討論するのか.それが明瞭してをらぬのぢ 5 信 仰 主 研 究 ︵ 討 議 合 遁 記 録 ﹀ 一 一 一 七 九日 本 傍 数 凱 平 協 舎 年 報 ︵ 第 十 年 V 三 入
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6 ゃないかと思ひます。先刻、研究とは悌教研究の意味である.今の悌敬研究のやり方が信仰に低備することにな るかどうかといふととが考へられたから.かういふ題目を掲げたのだといふことが.座長の仰しゃったことの中 で割りとはっきり蕗き取れた乙とですが、結局今の望月さんの話は題目の調査で.如何にすれば乙れが討議の題 自にたり得るかといふた話に格始したやうに思はれるのですが、私はもう一つ研究中心か信仰中心かを決めて戴 きたいと思ひます。座長は討議する題目を指摘して貰ひたい。8
座 長9
︵﹁研究と信仰﹂と書いた紙を指して﹀とれが題目たんです。︵笑聾︶ 筑 土 鈴 寛 氏 ハ 大 正 大 息 一 ・ ︶ 只今二宮先生の御話もございましたが.題目はまづ定まってをるのですし、且つ望月先生の御話に依って目標 も略z
判ったととでございまずから. やはりそれについ℃進めて戴きたいと忠ひます。 それから私は買は局外者でありまして、僻敬の専門研究者ではないのでるりますが.望月先生の御話は私は大 いに賛成たので・ありまして、それは結局人の問題.信仰の問題に蹄するのである、かう考へる。串問は犬慨私の 考へからすると.先日のシユプランガ1
博士の講演ではありませねけれども、結局宗教にまでゆくべきであって. それでたい限りは大きた肥った撃問は決して出来ないのである、私はかねん\さうした考へを持ってをります。 先程清水先生から法華経の話がございました、かういふとん﹂を局外者が申すのは槽越たととですが、法華経は﹁止 みたん.止みたん﹂でどうしても異質のととを明かさぬととろに.ゃいぶんな偉さがあると私は思ふのでありま す。それと同時に、聾間総費流友皐者もやはりあるもので、それは結局開三顕一でございますが‘ さういふ所に至らたい乙とには‘その二乗墜者は結局成悌できない。さうした暗唱者はえて文献撃だけに止まる者が多いの
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ります。あっちとっちの聞書館へ行つては探り探つ℃到頭一生を格らして.識見もないといふやうなととになっ てしまふ。皐聞は高所に立ち.批評の立場に立たぬととには識見は出て来たい。それには信仰が必宇要るもので ある。まだいろノ\申上げたいとともありますが.皆さんの御話もありませろから、とれを以て・:・:。1
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増永璽鳳氏︵駒津大接︶ 私は研究の方法如何に依って或は信仰を活かし或は乙れ生破壊するであらうと考へるのであります。研究l
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特に自然科接的研究の態度は主観を離れて純客観的にその封象を取扱ふにあるのであります。併し人文の歴史特 に精神生活の根祇を成す宗教の腰史的研究は、草に過去に於て斯くあった、現在斯くあるといふゃうた事買の記 録ではたくして、その事賓の裏に流れてゐる意味を見てゆかたければならない。印ち宗教的生命の動きを洞察し てゆく必要が存する。若しそれ草たる自然科忠一白た方法や態度に基づくものならば.それは信仰に基く宗教精神 を破壊し、永く生きて来た宗教的生命を滅ぼすものであると思ふのであります。例へば現代に生きてゐる日本僻 敬の中で、禅宗を除いて、各宗悉く教判に基いて成立してゐるものであります。敬判は耀隼一代の教設の中で特 に宗祖自身の信奉せらる L ととろの経典を最高の標準として、会悌敬の蹄趨を一不すと共に.自宗の優秀たる地位 を明かにして、新しい宗祇の濁立を宣言したものと忠ひます。さうして教判は五日々の信仰的な感受性を強からし めんが震に、歴史事買に基礎を置くが如く組織されてゐるものでありますけれども‘併したがらその買は騨傘を 通ヒて得られる信念に基づく宗義の上に立脚してゐるのであります。問中なる歴史科事的研究よりすれば.天台の それも華巌のそれも.歴史上の事貫にならやといふ理由で破壊せられるのでありまぜう。研究は更に新たなる研 7 信仰と研究ハ討議舎速記録 ν 一 ニ 入 一日 本 併 殺 且 平 協 合 年 報 ハ 第 十 年 u
= 一 入
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8 究に依って.絶え守動揺し破壊される諜であります。然るに信仰は吾々の生命を動かす根本的力でありまずから して、絶封であります。絶えや動揺して止まざる相封的研究を以℃、常に絶封にして確乎不動たる信仰を捌くと とは不可能であります。故に撃たる科曲学的態度や方法に基づく研究は.信仰を破壊し宗義を危殆に瀕せしむるも のであります。されば前越の如き事賓の豪に意味を見出さんとする歴史観に基づく研究であるたらば、信仰に衝 突するとと怒く・却って信仰を支持し、その内荷役を豊富にし‘更に将来その宗教乃至宗祇の進むべき規範を示す ペきものと思ひます。例へば天台の教判には樺容の俸道精神が脈々として生きてゐる。華巌のそれにもやはり生 きてゐる。斯くして教判に深き意義と債値とが見出されて︿る謹であります。か L る根本的の立場に立って各宗 の教判は一層高き立場より比較研究せられ、各宗 b L 貫くととろの悌敬精神を捉へてゆかたければならたい。邸ち 宗祇は単に︷一不滅としてばかりでたく、之を僻教として‘更に僻敬を単に僻教としてその範園を止めやして.文化 現象の一っとしてその流れを研究すべきものであります。斯くするたらば.研究は個々の宗敬事賞を見出し‘今 まで時代を導き来ったととろの信仰を生かし得るものと私は信やる者であります。 金 山 龍 重 氏 ︵ 駒 津 大 曲 学 ︶ 先程二宮先生から御話が出ました時に、題目については自明の盟であると一一一はれましたけれども、研究と信仰 といふやうな場合に、信仰の内容がいる/\ l の意味に解鰐されるのであります。信仰といふ言葉の説明は時しま すけれども、単に個人だけの信仰であるか、世曾金憾に及ぶととろの信仰であるか。或る敬圏が認めたォl
ソ目 指アイを持った信仰であるか.大韓それを限定したければ、研究に依って信仰が強まるか、或は筈があるか.決め がたいと思ひまずから‘やはり題目の意味合ひをもろ少し限定して戴きたいと思ひます。1
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先 般 と れ につ
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、
て 協 議 しt
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時 も 度 長 い ろ ノ k l議論が出て、信仰の意味をどう解科するか。また研究も非常に康い と と に な る が .E
う限定するか。つまり各宗の教義の上に立ってゐる信仰もあるし、さうでたく.或る一つの宗 教的の信念.会人格を動かしてゐる信念なども.先程望月撤厚さんの言はれたやうに、それはどうしてもそれが 克つのだといふととにたれば‘さういふ詑も立つのでありますし.また怖教の経典の批判とか.教義上のことに ついて、例へば真宗だけにしても‘虞︷一部の宗撃をだん/也、細かに研究してゆくと.今までの信仰と遣った異安心 一般的科事的の研究が各宗抵の研究の上に、又一般の宗壊の研究の上に も起ってくるのでありまずから、況や. 芝ういふ影響が起ってくるか。宗教を研究すれば本官の信仰が確立されるのだといふ設もありませうし.信仰と 研究とは別だ。研究して居つでも必やしも信仰がある詳のものではないといふととは‘事賢からいふと.悌敬撃 を深く研究すればする程.必やその人が深い信仰を持ってゐるかどうかといふことは.とれはめい/\ーに御考に たら−なければいけたいととぢやたいかと忠ひます。悌教を扱ってゐる坊さんが一番信仰が深くなければならたい のだけれE
も.ーーかう申すといけたいけれども︵笑聾︶却って悌敬をあまりよく研究して居らぬ在家の者|| 坊さんも在家になってしまったけれどもハ笑聾︶いはゆる在家の方に寧ろ坊さんよりか信仰の深い者のある事寅. また西洋ではシルヴァン・ ν グイl
ゑどが梯教を研究してをりますがもやはりユダヤ教に深い信仰左持ってゐる 事責もある。さういふのは本営の梯教ではないといふととも一設でありますが、研究と信仰とは別だといふ設も あるから.かういふ問題が出るのであります。また私がとれを出した時に﹁よからう﹂と賛成されたのは. や は 9 りそとに意義があるからで.かういふことは意義の−ないととだといふのも一つの設なのでありますが、知何ゃう 信 仰 ・ と 研 究 ︵ 討 議 合 法 託 銀 ︶ 三 入 一 ニ日 本 側 数 墜 胡 附 曾 年 報 ハ 第 十 年 ︶ 三入四 10 にも議論ができるのであります。之について何も一言ふととがないとして黙然として居られ L ば‘会たそれでもい \討議曾をとれで終ってもよろしい諜たんであります。 私は幾らでも議論があると思ひます。賓際諸君が自分の研究を深めれば深める程.自分の信仰が深められてゆ くかどうか。とれはめい/\ h が反省すペきだと思びます。例へば浄土宗に属してゐて.勿論漢語の経典は研究し た上に捷本の研究までやってゐ℃も.何鹿に有意味があるか判らぬといったやうな墜者もあるのでありますから それはまだ本嘗の研究ではない。さういふ信仰のたい研究は駄目だと一一言はれ L ば、それでも議論が立つのであり ます。私は幾らでも議論はあると思ひますが、ないとあればとれで止めてもよろしいです。︵笑聾︶ 日深浦正文氏︵龍谷大串︶ 私は只今仰しゃったやうに、信仰と研究とは全然別であるとも考へられますし、また信仰がなければ本営の研 究はできたいとも考へられます。また研究を進めてゆけばゆく程、信仰に害があるといふゃうたことを一百はれま したが、とれも一つの研究題日の目標になるんぢゃなからうかと忠ひまずからして.信仰と研究とは別問題かと いふやうに一つ/
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切って小分けをして討議されたら如何でせうか。 ︹ ﹁ 賛 成 ﹂ と 一 百 ふ 者 あ り ︺ 座1
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長 それ恥りや今直分けをされたことについて、あなたはどういふ御意見か伺びたい。 深浦正文氏 私の考は先程望月歌厚さんの仰しゃったことが大費結構だと思ひます。信仰と研究とは一致結もありませうけ1
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れぎも、金然一致したいととろもある。大関研究は相封慣値の人間がその感魔機関たり心理作用を運用し℃やる ととでありますから‘それは相封債値に限られて絶封債値といふとこるに進むととはできない.ととろが.信仰 となるとその信仰の封象が絶封慎値のものに封して捕はるべきもの、それでなければ本首の信仰でなくして.人 を信用するといふ程度もやはり信仰と言へるのでありますが、今宗教の信仰.殊に悌教の信仰と範悶左決めて討 議するといふ賠から考へると.その信仰は絶封者に封ずる信仰でなければならぬ。そとで相封慣他の範囲内に於 てやる研究には.まだ結封といふところまでゆか守して、吾々のやってゐるととは、俗の言葉で申すと、どうせ 人聞のやることだからといふ諜で.完全無快といふところまでゆかないのであります。その行詰ったととろは吾 々の絶封者に劃する信仰に侠つより仕方がない。それ以上のことは吾々の力では研究できない。例へば大乗非悌 設といふととが今日の皐界に於て定設になった o さうすると.それは科型的の研究であるからして、そこへ来る のは慨に古然として、扱、然らばそとを根本として成立ってゐる宗旨の信仰はどうかといふととになると.たど 研究だけであったならば、信仰を破壊するかも判らぬやうな悦がありまするけれども、そとに私は信仰の人とし て個人々々の問題だと望月さんの仰しゃった問題がそとにあると思びます。人一人としてその研究に於て抑制令騨 隼が怖にたらないといふととが成立たうとも・韓隼の仰せられたこと、韓傘は人聞であって怖である。怖といふ 黙は絶封債値であるから、その賠に於ては吾々の相針的の知識では及ばたいのでありまずからして、それをたど 信仰する外はないといふととろに信仰の憤値がある。信仰に依って研究を引き摺ってゆくととろまで進またけれ 11
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ぽ、信仰の本営の意義がないんぢや・なからうかと思ひます。 上回天瑞氏ハ高野山大事﹀ 発研と信仰︵討議舎速記録︶ 一 ニ 入 五日 本 悌 晶 執 筆 協 舎 年 報 ︵ 第 十 年 ﹀ 三入六 12 問題の意味についていろ/\御話がありますが、私は研究も信仰もむづかしく考へるといろ/ k l の意味がある と考へますので討議をする者が各自それん\考へてゐるととを強め述べて論を進めるのが一呑い L んぢや泣いか と思ってをります。 そとで私は先程望月さんが御話になったとと L 多少意味が建ひまして、研究をする場合に信仰的な態度がい L か悪いかといふととについての私の感想をちょっと申上げたいと忠びます。研究といふこともいろ/
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あると忠 ひますが、先程も御話がありましたやうに、今日は悌教の研究に限ってある謹ですが、僻教は有ゆる内容がある 語でありまずからして、とれを研究する場合には、純梓に事賓を研究するととも勿論あります。またさうでなし に、悌教の事買ではあるにしても.科撃的た事宜でたしに、悌教の精神が何ものであるかを研究するといふ封象 もあると思びます。そとで信仰的態度 l !とれもいろ/\ h 問題があると思ひますが.私が今申上げようと思ひま すととは.さういふものを研究する場合に、いはゆる純智的な立場で研究するのに劃して‘信仰はさういふので なしに‘智情意を粂ねたといふか、五口々が何等かの意味で質践的た筑持ちをもって研究するか、或は自己の生命 を以て榔教を味ははうといふ立場に立つ者を信仰的態度で研究するもの‘さういふやうに限定したいと思ふので あります。かういふ信仰的態度で研究するととが研究にたるかならたいか。果して役に立っかどうか。私は例へ ば悟史上の事買を明にするといふやうな純粋の事賓を明にするものは、さういふ意味の信仰的態度は殆ど要らな いのである。寧ろ害を及ぼすものであって.純粋に智的た立場で事買を明にするといふ方面から研究したらい L のだと思ひます。然しながら裁に僻敬の研究といふととは、それにつきたものでなしに.悌教の精神が何である か、さういふ事質を明にすると同時に.その事質の裏にある意味を明にする乙とが大切だと思ふのでありますが、それを明にする場合に箪たる智的な立場からのみゆくととは、果して真にその意味を明に摘むことができるかど うか‘私は疑念を持ってをりますが、悌教といふものは賞は一つの命の流れであると私は思つ℃をります。私共 が買にその事賓を摘むといふととは、五日々自身の中にも一つの生命の流れ、生命の躍動がなかった・ならばできた いものではたいかと瓜ふのであります。その意味から巾しまして‘怖教の精神が何であるかを真に知るといふ乙 とは、少くともその内部に生命を以て悌敬を味ははうとする賞践的の態度がなかったならば、できないのではな いか。道元締師が﹃伸教をならうは自己をたらうたり﹄ l 三日はれましたが、さういふ具合に思ふのであります。 そとで研究はどちらが債憶があるか。五日々とし℃はどちらを庖現すべきかといふととは第二の問題であって‘車 なる事買を明にするととの研究もそれ自身非常な大きい債値があるし、怖教の精神を明にしようとする方面も債 値があると思びますが、その債値の上下は吾々として如何にすべきか。それは各個人の気持ちと言びますか.さ ういふところにあるんぢゃないかと忠ひます。必やしも慣値の上下を決めてしまふととはできたいのではたいか。 さういふ具合に思ふのであります。
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望月撤厚氏 ちょっと開明して置きますが、私の申しましたととを、信仰は絶封的なもので、どうしても動かぬものだとい ふやうに解捌押される方が若しあったとすると、私の考へとは遣ってゐるのであります。先程申しました通り、研 究は信仰を是正するのだ。反省するものだ。私は信仰といふものは求める心といふやうに考へてをります。一つ の固着した擬回したものではないと考へてをります。だから、信仰は鑓らぬものだと一百ひながら.非常に速く捷 13 り易いものであります。さういふ矛盾した性質 b L 持ってゐるのであります。さうして信仰は研究に依って是正さ 信仰左研究︵討議合法記録︶ 三 入 七日本悌教壌協命年報ハ第十年 υ 三入入 14 れ、まか一信仰は研究を引き摺ってゆく。かういふ関係に私は考へてをります。信仰の内容は.宗国の信仰とか悌 教会睦の信仰とか言っても‘要するに信仰そのものは個人々々の信仰である。 一つ一つ並ぺて見れば皆た遣って ゐるかも知れたい。同一宗祇に属する者でも或は還ってゐるかも知れない。然しそれを同一なる信仰であり‘不 費な信仰であると信中るととろに信仰の絶封憤値がある。さういふ確乎たる信仰を持ってゐるととが絶封債値ゑ ので.信仰そのものは流動性を持ってゐる。それで研究が信仰によって引き摺られる方が多いけれども・信仰を 是正し弐の時代の僻敦たり宗教なり或は信仰たりを五しくしてゆく力を持ってゐる。然し信仰は非常な力を持っ てをりまずから、研究は常に信仰に依って引き摺られてゆくのが木賞だ。かういふやうな因果関係に考へてをり ます。更に信仰を基礎にして研究をするのが値打ちがあるかないかといふやうな問題も・とれば私はやはり普通 の 怖 敬 研 究 と 、 宗 教 と か ︵ 一 一 小 皐 の 墜 問 が 濁 立 し 得 る と す れ ば 、 そ の 相 謹 に な る の で は な い か と 思 び ま す 。 宗 島 ? な る ものは信仰を基礎にして信仰を有するものが研究する墜問といふやうな意味で見たらい L と思びます。悌敬とい ふ一般的の串聞は、とれは必やしも信仰を基礎にしなくてもできる皐問であります。普通の科鹿市左方法で悌敬 を研究するとともできるのであります。然しん一不壊といふものはさういふ意味に於ては成立たねもので、信仰を有 するものが研究する事問であります。かういふやうに思ってをります。先程の申し足りないところを一言附抑へ ま し た 。
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ご官守人氏 漸く討議の題目が私に判ったゃうだから討議をします。先刻からの話では‘研究の態度は相封的のものを相手 にする。信仰の態度は結封的たものを相手にする。かういふととであるが‘断じて然ら守。乙れは一つであります。とれが分裂してゐるやうな悌教研究であったならば、そんなも白は問題にならない。我が悌教の研究は絶封 に信仰と分裂すべきではない。之は平く平安朝の努頭に白受用無誌の題目の下に南部北嶺が火花を散らして論じ 聾した問題である。
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座 長 もう少し詳しくそれが一つだといふととを仰しやって戴きたい左貼ひます。 内 H V 内 〆 ﹄ 津山の人が言うた方がい L んぢゃないですか。説明をするのは立派な方々に劃して甚だ失陸ぢゃないかと忠ひ 二宮守人氏 ま す し ・ ・ ・ ・ ・ ・ 02
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座 長 も う 少 し : : : 。。
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天ム口の五時といふものは誰も口を開けば信仰的であって研究的でないとよくかうした公開の席で諒くのであり ます。ところが.私共は決してさうは思ひませね。その場合に研究が不足してゐるから、併といふものを三身で 扱ふととを全く忘れて、三身即一する怖と単なる歴史上の緯迦とを混同して居る結果であります。故にその場合 にとの五時といふものが研究的に無償値であるといふやうなことを言ふのでありますが‘一二身離合の立場に於て の五時といふものを考へた友らぽ.これは決して翠なる信仰的たものではない。立波及研究的なものであります。 二宮守人氏 15 早い話が、去年の討議舎では私が非常に出しゃ張った形になったのでありますが、あの時も悌教史の本質は何か 信仰主研究ハ討議舎法記録︶ 三入九日 本 悌 数 単 協 晶 百 年 報 ︵ 第 十 年 ︶ 三 九
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16 といふ問題が出まして、私は年報にも書かして戴きましたやうに、悌教史の本質は結局はん一芭日々々の血脈に蹄着 する旨を述べた。血脈が単に信仰的なものであって、研究的に無償値であると在ったら真宗でも禅宗でも皆成立 しない。その血脈たるものは立汲に自己ω
研究と一致するところの悌敦史の本質であることが信ぜられてゐると とるに備教が成立してゐるのである。研究的には満足は出来ぬが異安心問題で引か L ってもつまらぬからと信仰 として認めてゐく事にしようと云ふが如き不純の態度を悌教界から一掃すべきである。2
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座 長 私は本官の研究に依って員賓の信仰といふものが樹立されねばたらぬ。また本営の信仰を持ってゐるものに依 って本堂の研究ができるのだと常に考へてをります口そとで皆さまに一つ沿尋ねしてみたい。全く白紙になっτ
法華経たり華厳粧なりを一つうんと究めて‘一つの非常な信仰に入るべきものであるか。また諌め自分が何か一 つの信仰を臨験上持ってゐて‘その信仰を生かす詰にだん/\ I 研究してゆくとまず/\ h その信仰が深まってゆく といふものであらうか。もっと狭めて一一日ひますならば、例へば日蓮宗の信仰を持ってゐて、妙法蓮華経たり延い スート一フまでも極めてゆくととに依って信仰がますノー深まってゆくか。真宗で 一一首ふたらば、大無量害粧の研究は無論のとと.進んで現存してゐるマハ l .スッカ l ヴァチイ、ス l トラなどの てはサツダルマプンダリl
ヵ ‘ 党本から十分に研究してゆくととに依ってますノー信仰が深められてゆくものであるか。とれについ℃或る人が、 研究の上でその宗旨の教義とは非常に遣った研究の護表をした矯に、その宗祇から柏 t 外遺脱されてゐるといふ やうなこともあった。然しその人の信仰をだんノー探ってみると‘自分の京国 H を 信 仰 し て ゐ る と 本 人 は 一 一 一 一 っ て ゐ るので、それは嘘を吐いてゐる謹ではない。さうなれば一致するのでありますけれども‘とれについては如何でぜろか。今私がこれだけ巾上げたのも. 乙れに依って一言なければならむといふ方があられるかと思って巾した ので、店長にあまり世話をた掛けにたるやうに私は忠ふのであります。座長は会名前を指し示すくらゐに止めさ
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せて 戴 き た い 。 ︵ 笑 聾 ﹀ 多 間 鼎 氏 ︵ 大 谷 大 島 ナ ︶ 皆さんの御話に依って漸共問題が明になるやろであります。私は悌教の正しい研究は第一歩で定まると思びま す。是非共自分の菩提を完成せなければならね o 最高の解院に進まなければならね。とれだけの要求乞持たなけ ればならぬ。今日井上博士からの櫛話もございまして、折口早的の研究をしなければならぬ。とれ/\︸の研究にも 掛れ。かういふ御話で、結構でありますけれども、怖教の研究としては総て伴たるものであって附随的た研究で ある。悌教研究の主流はたど/\自己の最高解院を明にせたければたらぬ。是非共同離解脱の賓際の問題を摘ん で、火が見えるたらばその火をも跳び超え.水があればその水をも打ち超えて大目的を果さ怠ければならぬ。と の要求を以て研究を始めるのでたければ悌敬の研究ではないと存じます。との要求を提げて突進する研究である たらば、必・予備組の導きや大悲の冥護がある。必やそれに依って永遠の光を見付けることができる。いはゆる信 仰の究党に到建する乙とができる。その信仰に依って設高の光が穫期されるならば.ます/V
研究せやに居られ ね。正しき研究は必守や員賓の信に入らせるものである。その員貫の信は永遠の大法の研究に五口々を向はせるも のである。斯の如くにし℃悌教の員意義が益 E 明かたものになる。線ての事貰の一義に躍ってゐる農の精神を至る 所に登見して自分を利し‘全人類をも利するととができる。かやうに信じてゐる一人です。 勝目宗信氏︵東洋大事︶ 172
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信仰と研究︵討議舎議記録﹀ 三 九 一日 本 悌 数 血 中 協 合 年 報 ︵ 第 十 年 υ 三 九 二 18 悌教を中心として研究と信仰について明か私の考を述べ℃みたいと思ひます。 研究にも種々ありまして、賓在論的研究.掠起論的研究、或は主観的客観的研究、いろいろありまするが、研 究は要するに理論であり理屈であります。とれに反して信何とは貫際的方面を言び現したものでるらうと思びま す。それですから.との現貫問題に劃した時に果して何れがその力を護揮するかと言へば、言ふまでもたく信仰 の力に依らなければたらたいと思ひます。例へば自分の子たり親たりが今 ζ の世の命の絶えたんとする場合に於 て、如何に墜問の麓奥を極めて居っても、いざ臨終の場面に際合した時は何等の力を稜揮するとともできや、悲 惨た航態を呈するととにたる。とれに反して自己に何等かの信仰を抱いてゐる時は如何なる悲惨な場面に遭遇し ても、苦しみの中に慰安と光とを見出すととができるのであります。との信仰の力は、皐問が或る仮定に伏つ℃ 成立してゐるのは遣って.絶封の力を握ってをりまするから.斯の如き場合に力を稜揮するものであると思びま す。それのみたら守、との信仰の力は現賓の問題に於ても倫理道徳の源泉とたるのであります。それは信仰に依 って自分自身以上の絶封なる力を握ってゐるから.との結封なる力は怖力とも申しませろ。この俳力を自己の心 の中に戴いてゐるから、現賓の問題に於て力を護持するのであります。吾々の肉闘を泊して伸の業が現れるから 現買に於て倫理道徳を行ふととができる。また如何なる困難に遭遇してもとれを解決する力を護揮できると忠ひ ます。然らばとの絶封なる力とは何であるか。これは皐問.研究に依って詮明し査されるものではるりませぬ。 然しながら皐問、研究の債値を一臆考へてみまするに、研究に依って窮局のものを極めるととは不可能でありま す。それは一台々の不完全な五官を通じて研究をなすのでありまずから.真理白崎宣明瞭に認識するととは不可能 たのであります。た三県理の一部分を諒解するに過ぎたいのであります。されば堕問、研究のカは絶封的たる債
値は存在したいととにたります。金科玉僚として設を保ってゐても.それは忽ち破壊されてしまふのであります。 撃問の基礎は稀薄であると申す如く‘串問、研究は吾々の相封的知識を通じて行ふのですから、とれに絶封的債 値を認めることができたいと思ふの寸あります。とれに反して信仰はこの皐問、研究に依って推理された真理白 轄を認識するととができるのであります。との絶封たるものは吾々が認識できまぜぬが、瞳験するととはできる のであります。例へば水はかろいふ味があると設明しても、水本来の味を認識することはできませぬ。然し一度 水を飲んでみれば‘水本来の味が判る如くに、結封の意に融合すれば‘と L に伸凡一位の境地に至るととができ ょうと思ひます。斯くするととに依って信仰の力を得れば、と L に一世合高般のととに封して十分なる威力を護揮 できるのであります。即ち現今国民精神綿動員が叫ばれて左りまするが、藍忠報圏、堅忍不抜の精神も‘員の事 園一致も‘園民各位が結封なる力に槌る確乎たる信念があれば、易々として宜現できようかと思ひます。また吾 ι H 悌教徒も悌教報国の需に力を壷すととができるのであります。古来高借方建が自身に護願して墜問研究をなさ れたととは‘との信仰を得んが矯めであり‘信仰を妨げる妄念妄想を排除せんが震にされたのであります。即ち 一度信仰を得た後は悌恩を感謝するととにたり・ 梯恩を感謝するととになれば、伸果受用せんとする精神を護揮するととになり、また王法を顕揚したければなら 信仰を得る前の研究は信仰を得んが矯めの研究でありまして、 訟いといふ考へが自己の信念の下に於て湧き起ってくるのであります。斯くするととに依って正法を額揚し、悌 果を受用せん曹とするととろに於て五日も信じ人も信じさぜようといふ立場に於て皐問研究をするととになるのであ ります。斯くするととに依って悌教の研究に債値を生じ.信仰を根祇としての研究は‘信仰から切り離された研 19 究と異って非常た慣値を生やるととにたり、且つ現質問題に於てそれが更に賀行に移るものであらうと思ふので 信 仰 主 研 究 ハ 討 議 合 法 記 録 ︶ 三九三
日 本 併 殺 単 協 舎 年 報 ︵ 第 十 年 ︶ コ 一 九 四 20 あります。明か私の考へを述べた次第であります。
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梅田園紗氏︵比叡山専修院︶ 信仰は鰐迦の通りに決定してゐる。研究は自己に於ての問題である。かういふ見方も成立致します。然しなが ら私は自己の宗教心の表現といふか、宗敬心が賓際化した時に現れる信仰.自分の作り出した信仰‘自分の躍動 といふか、さういハ J たものから護露した信仰、かういふ立場に於て、研究に依ってその信仰はだん/V
と是正さ るべきものだと考へます。私の立場はさういふことから先程どなたかどた言びになった設に賛するものでありま す。担、宗圏の偉統的信仰の場合はどうか。山一不聞には兎に角完成形として過去に於て樹てられた信仰ありと解僻 するのであります。とれは貴いととであって、悌の信仰は私共の研究を以て是正してゆく立場と異るものであり まして、とれはどうしても是五されないものです。併の信仰を是正するといふことは‘私の信何としてよう論じ ませぬ。たい‘先程座長が仰しゃった原典を一生懸命に研究なさった結果が宗闇内に於ける研究.信仰と矛盾を来 したといふととは有り得るととであります。然し私は矛盾を来したが震に外道服された ιならば、されてもい L と 思ひます。さういふ方は先費者であって‘研究の結果が偶z
不幸にも既成宗圏の信仰とは異ったととになっても 本 営 の 生 き / \ h した既成宗閤たらばその人を功績者として大いに認めて包容してゆく。さうしてだん/\宗波の 命脈が激しく活動してゆくやうな形にするのが本官の宗抵の生命維持の立場ぢゃないかと汚へるのであります。 かういふ立場を私は持ってをります。2
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増 、 水 霊 鳳 氏 間平たる科事的方法で研究するのも悪︿はないと思びますが、宗教を研究する場合には如何かと考へてをります G事責を事貨として日本の陪史を研究した場合.吾々の考へてゐる隈史とは甚だ異ったものが出て来ゃしないかと 思ひます。廃史は m 単なる記録ではたくして.その事質の一血痕にある生命.或は意義を見出さなければならぬと品ふ の で あ り ま す 。 先 如 何 紳 秀 上 座 と 幹 部 能 絹 師 に O いて合速になりました。とれは研究に依っていろいろ設が鑓るかも 知れませぬが、果して慧能がそれ程無皐文官で.神秀が今寺々の考へてゐるやろた人であったか。兎も角も五組 の法を慧能が受けたといふととは.そとに六舶が参究したがら法門の底に流れてゐる緯傘や建摩の精神を捉へた ととろに偉大牲があるのではないかと思ふのであります。だから、 国もで水にたるといふ研究だけでは不充分 だと思ふのであります。宗教研究の場合に於ては、その事賓の裏に流れてゐるものを捉へて始めて信仰を培養し‘ 信仰の内容をます/\ l 深くし.将来その信仰の畿展すべき一つの規範を示すものであると考へるのであります。 成程シルグアン・レヴイ
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が悌敬を研究してゐるとともい L .然しながらそれだけでは十分でないと思ふのであ ります。やはりその裏に流れてゐる深い意味を捉へてゆく.宗教的た生命を捉へてゆくととろに本営の研究は完 成するものだ左私は考へてをります o n n u 内 ’ ’ M 岡本素光氏︵駒津大墜︶ 私は少しこの問題を低い去とろに引下げて考へてみたいと思ひます。研究と申しましても. 一つの宗門、或は 悌教といふ教圏の中に入れて、そとで行ふ研究ならば、研究が信仰を超す場合も十分あり得る筈であります。ま た研究に依って強め持って居った信仰が強くたる場合もある筈であります。との場合には決して矛盾は生じない と思ひます。然しん 7 問題にたってゐる研究の意味はさうではたくして、自分が信仰主持ってゐるかゐたいかは暫 21 く別として.宗門の外に出て宗門の中に行はれてゐる信仰花見て、それを文献に依って批判研究してゆかうとす 信仰と研究ハ討議合法記録﹀ 三 九 五日 本 傍 敬 準 協 舎 年 報 ハ 第 十 年 ︶ 三 九 六 22 る研究.とれが今問題にたってゐる意味の研究ではないかと思ひます。先程から科撃的研究といふととが一言はれ てをりますが‘その研究の結果が現在行はれてゐる信仰と一致すれば問題ではない。一致しない場合にどうすれ ば い L かと申しますと、具瞳的に申しまして.例へば信仰の中に居って研究しますと.大乗経典を韻んだりして 信仰は傷つけられるでありませうか。教圏の外からそれを見ると‘経典は非併設であるといふととにもたらない ではありませ血 o 更に伸敬と離も草に印度の一人の人聞が論文を軒へたに過ぎたいといふことにならたいとも限 りませぬ。また悌教は必然的な十分た力を以て今日に護展したものであるといふ吾々の考へに封して、必やしも さうでゑくて、偶然的ゑ幸運に恵まれて今日あるを得たのだといふやうな建論にたらないとも限りませぬ。さう なった場合に、現代行はれてをり.吾々の持ってゐる信仰からそれを如何にしてゆくか、信仰が壊れるか壊れな いかといふ問題に師着するのであります。それについて私は、如何に現在の信仰と相容れないやうな結果が出て 来ても.決して信仰は壊れるものではないと思ひます。壊れてはたらたいといふのではたくして、事貫壊れるも のではないと存じます。寧ろ矛盾するかの如くに見える結果の出るととに依って信仰の本質が明瞭になってくる ものだと思びます。研究の結果のさういふ最悪の場合を仮定しても、決して信仰は壊れるものではたい。向且つ 例敬の研究と言はれてゐるものは大部分は聖典の研究であって、一言語晶一向な研究であり、其他心理的な研究があ るだけのもので、文化研究の場合と同ヒ方法であります。宗教を一つの文化と見て信仰と無関係に研究すること は最悪の場合ですらさういふやうに信仰を壊さたいと考へ・まずからして、況や、それ程でない場合は信仰に取っ て有径た結論を得るととも非常に多い佐官だと思ひます。それで決して信仰に闘係のたい研究であっても差支たい と 思 ひ ま す 。
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渡 謹 照 宏 氏 門 知 官 山 専 門 曲 学 校 ﹀ 私は只今どんな研究が出たところで信仰が壊れることはないといふ御説には全く賛成であります。信仰は智識 の持つ内容とは全く遣ったものでありまずから、新しい事賓がどうあったところで信仰が壊れるやうな筈がない し.新しい研究の震に壊れるやうゑ信仰であったたらば.かういふ歴史のある護遣は途げられる筈でないと忠び ます。とれを研究の方面から考へてみますと.八ーやってゐる研究に封してはもっと科接的た理論的危方法が趨用 されて‘どんどん皐理的た方法で進めてゆくやうにする必要があると思ひます。但し研究の結果の護表について は別問題であり会して.生きてゐる枇舎の信仰といふものは.謂はピ工場から生産されて世の中に出る商品のや ろたものでありまして‘吾々皐究的の研究は宜験室の中に於て行はれて居って.どのやうな危険な質験が行はれ ようとも、その偉世の中に出るものではない。その立味に於て狭い意味の信仰と研究とは巌筏に区別してゆかな ければたらないと共に、賞験室内の研究をもっと助長させる必要があると思ひます。それから経典の新しい研究 の銭に従来の信抑と相違する場合が出るといふ話がありましたが、畢聞の研究.例へば原典批判をいふやうな場 A n に於て、明治以来原典比較研究が行はれてから今日まで、例へば初めの問は焚語を皆珍しがって.党本にある のが本官で.外は皆嘘だと考へてをりましたが、最近では新しい資料が出てくれば巌格に批判してゐるゃうであ ります。ですから、車に研究の一時的の結果がかうなったからと言って‘質験室内の結果を直ちに枇舎に臆用し て信仰を云々するととは.皐者として考へ−なければなら左い問題であると同時に貫験室の内容を竪富にさせるこ 233
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とは虞い意味に於て信仰を中心とする人の立場からも之を醸成されたければたらぬ問題だらうと思ひます。 結城令聞氏︵京京帝国大皐︶ 信仰主研究ハ討議合法記録︶ 三 九 七日 本 悌 数 血 平 協 曾 年 報 ハ 第 ヤ 年 − u 三九入 24 私ももっと横げて自然科事的研究まで持って行ってもい L のではないかと思ふのであります。それでも信仰は 決して崩れるものでない。また従来の悌教の先費者がたしたところの研究なども.賓はこれが一番科接的たのだ と考へてをられたのではないかと思ひます。例へば須捕山設は今日あまり信ぜられないけれども.その営時の人 から言へばやはり正しいものだといふ立場に立って研究を進めていった講で、さういふ人を今日此慮に連れて来 たならば.もっと科壊を採り入れて悌教を研究したければならねと言ふのではないかと思ひます。さうすれば俳 教外からの研究と信仰の聞には可なり衝突があるのではたからうかと考へます。然しそれは本官の衝突でたくし て.悌教の方から言へば完全に設明ができるのであらうと考へます。さうして今の原典批判といふゃうたことで 信仰が崩れるかといふゃうた問題に封しても.質は知らやに盛んに原典批判をして.而も信仰を崩さないで今日 まで来てゐるのではないかと思ひます。例へば建摩大師が賓際居られたとか居られないとかいふととが問題にた つでも.焚本を誼めば事質建摩大師が出て来てゐる。今日の経典は耀傘の白設ではないといふ研究を得ても.吾 々はやはり直設だと信じてゐるのであります。私は閥申同研究の方面と宗教的信仰の方面とが非常に完全に、矛盾 しないで成立し得ると考へるのであります。ですから、もっと科接的にしてい Lo それで涜れるものたらば、ど うせ漬れる時期がくるのである。そとを切り抜けてゆくものであったならば、僻教は永遠に生きてゆく。結局さ ういふ方面の説明よりして、信仰といふものは有ゆる研究にぶつかっても崩れるものではたい.私はかういふや
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ろ − h u品 考 を 持 っ て を り ま す 。 長 座 もう議定の時刻が参りましたので、とれで止めたいと思びます。結果としては‘研究と信仰といふものは雨立する。いや、寧ろ信仰が中心なあり‘信仰が研究の意義あるべきものである。それであるから,悌教の研究はど れ棋深くまた細かにやっても悌教の信仰が動揺すべきものでない.また動揺するやうな信仰であったならば.そ れは本官の信仰でないといふやうな結呆になったと私は拝聴致しました。それではとれで討議合左閉づることに 致します。仰設を御護表になった御方に先づ御糟を市上げ.また最後まで御静聴下さいました皆さまに厚く御躍 b q 一 市 上 げ ま す 。 ︵ 拍 手 U ︵ 昭 和 十 二 年 十 月 二 十 三 日 午 後 笹 山 叫 が 、 東 京 帝 闘 大 製 法 文 粧 第 二 十 九 番 一 室 一 ︶