地質学雑誌 第125巻 第1号 73–85ページ,2019年1月 doi: 10.5575/geosoc.2018.0005 Jour. Geol. Soc. Japan, Vol. 125, No. 1, p. 73–85, January 2019
Late Pleistocene to Holocene sedimentary sequence and landform of the Nobi Plain, central Japan
濃尾平野の沖積層と地形
Abstract
The Nobi Plain, north of Ise Bay, Japan, is a Holocene fluvial– coastal lowland formed mainly by the Kiso, Nagara, and Ibi rivers. This paper introduces the late Pleistocene to Holocene sedimentary sequence and landforms of the plain. The landforms are classified into low-gradient alluvial fans, floodplains, and deltas using aerial photograph interpretation. The stratigraphy of the plain since around the Last Glacial Maximum (LGM) is divided from bottom to top into First Gravel, the Nobi Formation, and the Nan’yo Forma-tion mainly on the basis of lithofacies by analyzing borehole columns. Many valuable data have been accumulated by detailed sediment fa-cies analyses and radiocarbon dating of borehole core sediments, es-pecially during the last 20 years. These data have enabled us to un-derstand the evolution of the sedimentary sequence in response to sea-level change during the last 10,000 years at a millennial timescale. However, information for the interval between the LGM and the Younger Dryas is very limited. Reconstruction of the three-dimen-sional stratigraphic architecture of incised-valley fills and the esti-mation of sediment storage of the deltaic deposits were performed by analyzing existing borehole columns and radiocarbon ages and using a geographic information system. Sediment storage increased con-siderably after 1000 cal BP probably as a result of the increase in sed-iment production accompanying human activity in the drainage ba-sin. Recent human activities in the drainage basin have caused marked changes in its aqueous and sedimentary environments. The changes are visible in the form of features such as land subsidence, local riverbed scouring, and ecological changes.
Keywords: Nobi Plain, Last Glacial Maximum, sea-level change, sediment supply
堀 和明
*羽佐田紘大
**石井祐次
*, †高橋瑛人
***Kazuaki Hori
*, Kodai Hasada
**,
Yuji Ishii
*and Eito Takahashi
***2017年9月7日受付.
2018年1月21日受理. *
名古屋大学大学院環境学研究科地理学講座
Department of Geography, Graduate School of Environmental Studies, Nagoya Universi-ty, Nagoya 464-8601, Japan
**
法政大学文学部地理学科
Department of Geography, Faculty of Letters, Hosei University, Tokyo 102-8160, Japan
*** 太田市立太田高等学校
Ota Municipal High School, Ota 373-0842, Japan
†
現所属:日本学術振興会特別研究員(PD),産 業技術総合研究所地質情報研究部門
Present address: JSPS Research Fellow, Re-search Institute of Geology and Geoinforma-tion, Geological Survey of Japan/AIST, Tsu-kuba 305-8567, Japan
Corresponding author: K. Hori, [email protected]
©The Geological Society of Japan 2019 73 は じ め に 濃尾平野は木曽川,長良川,揖斐川の木曽三川や庄内川な どが形成する平野であり,台地(段丘)に比べて沖積低地の占 める面積が大きい(
Fig. 1
).濃尾平野の沖積低地は洪水によ る被害を頻繁に受けてきたことから,1950
年代に,治山治 水基本対策の確立のための基礎として,現地調査や空中写真, 地形図,土地利用図,地質図の判読などにもとづき水害地形 分類図が作成された(総理府資源調査会事務局, 1956
).沖積 低地の地形は,上流から下流に向かって,扇状地地帯,自然 堤防地帯(中間地帯),三角州地帯の3
つに大別され,日本の 沖積低地の一典型とみなされてきた(吉川ほか, 1973
). 一方,沖積低地を構成する沖積層については,松沢・嘉藤 (1954
)により平野南東部に位置する名古屋市内の沖積層の 概要が記載された.多田・井関(1955
)は深井戸資料などを 用いて,沖積層の基底に礫層(第一礫層)がみられること,そ の上位には下位から上位に向かって,下部砂層,(貝殻を含 む)粘土層,(貝殻を含む)上部砂層,泥炭質土・シルト層が 堆積することを明らかにした.また,第一礫層の形成が汎世 界的な海水準変動と関連しており,その形成時期を更新世末 と推定した.その後,ボーリング資料の解析や沖積層に含ま れる有機物や貝殻片などの放射性炭素年代測定値にもとづい た研究が進み,最終氷期最盛期以降の海水準変動と沖積層の 層序・沖積低地の発達過程との関係が議論された(井関,
1956, 1962;
古川, 1972;
海津, 1979, 1992
など). 近年,日本の沖積低地では東京低地(Tanabe et al., 2015
など)や越後平野(Tanabe et al., 2013
)においてオールコア ボーリングが多数おこなわれ,従来よりも詳細なデータが得 られるようになってきた.濃尾平野においても,オールコア 堆積物の堆積相解析や化学分析,微化石分析,加速器質量分 析計(AMS
)を用いた放射性炭素年代測定により,この20
年間に多くのデータが蓄積されてきた(堀・田辺, 2012;
堀 ほか, 2008, 2014; Hori et al., 2011; Masuda and
Iwabu-chi, 2003;
鳴橋ほか, 2004; Naruhashi et al., 2008; Niwa
et al., 2011, 2012;
大上ほか, 2009; Ogami et al., 2015;
Saegusa et al., 2011;
若 林 ほか, 2012;
山 口 ほか, 2003,
2005, 2006a
).また,地理情報システム(GIS
)を援用する ことで,既存ボーリング柱状図の解析にもとづく地下地質の 詳細な復元も進み(山口ほか, 2006b
),沖積低地に堆積した 土砂量の検討も可能になってきた(羽佐田, 2015
). 本稿では,濃尾平野の概要および沖積層層序を説明した 後,1
)沖積層の形成と氷河性海水準変動,2
)流域からの土 Fig. 1. Landform classification map of the Nobi Plain (modified after Hasada, 2015). A–A′ and B–B′ mark the stratigraphic cross-sections presented in Figs 2 and 4, respectively. The triangles show the locations of recently radiocarbon-dated bore-hole cores.地質雑 125( 1 ) 濃尾平野の沖積層と地形 75 砂供給量,
3
)平野の微地形と浅層地質,4
)人間活動と沖積 層・沖積低地に焦点を当て,これまでの知見を紹介するとと もに,今後の課題についても考えてみたい.なお,放射性炭 素年代値の表記については,暦年較正されている場合はcal
BP
を,そうでない場合は14C yr BP
をそれぞれ用いる. 地 域 概 観 木曽三川の流域面積は9,100 km
2で,庄内川の流域面積1,010 km
2を加えると10,110 km
2となるが,これらの約半 分は木曽川流域で占められている.木曽三川の年流量は170
×10
8m
(3540 m
3/s
)に達する.海岸付近の潮差は大潮時で 約1.9 m
,有義波高は0.5 m
となっている. 沖積低地の面積は約1,300 km
2で,上流側から扇状地, 自然堤防–
後背低地(後背湿地)帯,三角州に分類されている (Fig. 1
).これらの要素がデルタシステムを構成している. 扇状地は木曽三川が山地から平野に出てくる付近に形成され ている.たとえば,木曽川は犬山付近に13.9 km
の長さを もつ,勾配の小さい(0.14
°)扇状地を形成している(Saito
and Oguchi, 2005
).自然堤防–
後背低地帯では,河道が蛇 行し始め,放棄河道や自然堤防が多数分布する.木曽川左岸 では自然堤防をはじめとする微高地が広く分布するのに対し て,揖斐川周辺では後背低地の広がりが目立つ.三角州の大 部分は一部の埋立地を除いて平均潮位以下である.三角州を 構成する干潟の多くは,江戸時代以降の新田開発にともなう 干拓や港湾・工業用地整備にともなう埋立てによって失われ ていった. 濃尾平野は少なくとも過去100
万年間は沈降を続けてお り,傾動していることで知られる(桑原, 1968
).この傾動は 濃尾傾動(地塊)運動と呼ばれ,養老山地から40 km
東にあ る猿投山地付近に達する(桑原, 1968
).最近100
万年間の 養老断層近傍における平野の沈降速度は1.3 m/kyr
,西への 傾動速度は約1.0
×10
−4/kyr
と見積もられており(須貝・杉 山, 1998
),この運動により平野下の堆積物は西側のほうが 東側に比べて厚くなっている. 平野表層を構成する沖積層の下位には熱田層や海部・弥富 累層などの第四系,さらにその下位には鮮新–
更新統の東海 層群が分布する(濃尾平野第四系研究グループ, 1977
).海津 町(現海津市)(Fig. 1
)でおこなわれた掘削長601 m
のボー リング(KZN
(GS-NB-1
)コア)および反射法地震探査に よって平野下の第四系が詳しく調査された(須貝・杉山,
Fig. 2. Identified widespread tephras underlying the coastal area of the Nobi Plain (Makinouchi et al., 2001). G1: Firstgravel, N: Nobi Formation, A: Nan’yo Formation. D3U and D3L: Atsuta Formation, Dm: Ama–Yatomi Formation. K-Ah: Kikai-Ah tephra, U-Oki: Ulreung-Oki tephra, AT: Aira-Tn tephra, BT8, BT34, and BT36: tephras intercalated in the bottom sediments of Lake Biwa, On-Tt: Ontake-Tatsuno tephra, On-Yb: Ontake Yabuhara tephra, On-Pm-1: Ontake-Pm-1 tephra. The location of the cross-section is shown in Fig. 1.
1999,
須貝ほか, 1999
).KZN
コアでは粗粒な堆積物と細 粒な堆積物が繰り返し堆積しており,コアの最下部において 第四礫層が認定されている.粗粒な堆積物が氷期の低海水準 期に,細粒な堆積物が氷期から間氷期にかけての海水準上昇 期から安定期にそれぞれ堆積したと考えられている.これら の堆積物はアズキ火山灰をはじめとする広域テフラなどを利 用して,房総半島や大阪平野を構成する第四系と対比されて いる(須貝ほか, 1999
). 沖 積 層 の 層 序 濃尾平野の基本層序は,下位から第一礫層,濃尾層,南陽 層に区分されている(Fig. 2
).多田・井関(1955
)は,平野 下の広い範囲に層厚20 m
前後の礫層が堆積していることに 着目し,これを第一礫層と呼んだ.礫はチャートや砂岩,濃 飛流紋岩類の亜円∼円礫層からなる(古川, 1972;
山口ほか,
2003
).第一礫層基底面の深度は平野の南および西で深く, 北および東で浅くなっている(濃尾平野第四系研究グループ,
1977;
桑原, 1985
).また,礫層は西濃地方における第1
被 圧地下水帯水層にあたる.第一礫層の堆積時期はヴュルム氷 期内の海面低下期と推定された(多田・井関, 1955
).この礫 層は日本各地の沖積低地下で確認されている沖積層基底礫層 (BG
)(井関, 1983
)に相当する. 濃尾層は,泥炭質粘土をはさみ,砂層と泥層との互層で特 徴づけられる(古川, 1972
).N
値はその上位の南陽層に比 べて高く,Corbicula sp.
(シジミ類)や藍鉄鉱(vivianite
)の 斑点がみられる.この層は,多田・井関(1955
)の下部砂層 や井関(1962
)の沖積下部砂層にほぼ相当する.また,オー ルコア堆積物を用いた堆積相解析(大上ほか, 2009
)におい て,濃尾層に相当する堆積物は,氾濫原や感潮河川といった 河口低地において堆積したと解釈されている.古川(1972
) は,現海岸線付近から伊勢湾にかけて,濃尾層が第一礫層を 切った埋没谷を埋めて堆積しており,第一礫層との間に不整 合が認められることを報告した.また,濃尾層が19,000–
10,000
14C yr BP
頃にかけての数回の海面上昇・停滞にと もなって堆積したと解釈した.一方,近年おこなわれている オールコア堆積物の分析(大上ほか, 2009;
堀ほか, 2014
)や ボーリング柱状図の解析(山口ほか, 2006;
羽佐田, 2015
)か らは,第一礫層と濃尾層との間に明瞭な不整合は報告されて いない. 南陽層は,松沢・嘉藤(1954
)により,日光川の河口付近 に位置する名古屋市港区南陽町を模式地とし,海生の貝類を 含む沖積層とされたが,その下限については述べられていな かった.多田・井関(1955
)は,南陽層の下限を前述の第一 礫層上面に置き,下部砂層,さらにその上位に堆積する粘土 層や上部砂層,泥炭質土・シルト層を南陽層に対比した.そ の後,古川(1972
)は,南陽層を下位の濃尾層を切った埋没 谷をうめて堆積した地層と再定義し,下部泥層と上部砂層の 大きく2
つに区分した.下部泥層は軟弱で,N
値が小さく, 最下部付近は微細砂泥互層,その上位は貝化石を多く含むシ ルト・粘土で構成される(古川, 1972
).この層は上流側に向 かって薄くなり,平野北縁で尖滅する.また,上部砂層は, 下位のシルト∼細砂の互層および上位の中∼粗粒砂層からな る.下部泥層は多田・井関(1955
)の粘土層や井関(1962
)の 沖積シルト・粘土層,上部砂層は多田・井関(1955
)の上部 砂層および泥炭質土・シルト層,井関(1962
)の沖積上部砂 層および沖積陸成層にそれぞれ相当する.オールコア堆積物 を用いた堆積相解析(大上ほか, 2009
)では,下部泥層が河口 低地堆積物(干潟)や内湾堆積物,上部砂層がデルタフロント 堆積物やデルタプレーン堆積物と考えられている. 沖積層の形成と氷河性海水準変動Fig. 3
はオールコア堆積物から得られている放射性炭素年代値(
Masuda and Iwabuchi, 2003;
山口ほか, 2003;
大 上ほか, 2009;
丹羽ほか, 2010; Saegusa et al., 2011; Hori
et al., 2011;
堀ほか, 2008, 2014
)の標高・年代分布を表示 し,海水準変動曲線(Lambeck et al., 2014
)と比較したも のである.年代値は第一礫層に相当する礫質堆積物の上位か ら得られている.炭素年代値の較正には,IntCal13
およびMarine13
のデータセット(Reimer et al., 2013
)とCAL-IB7.0.2
[URL1
]を用いた.貝殻片の暦年較正の際,ΔRは0
,海洋炭素は100%
と仮定した.また,ハイドロアイソス タシーによる隆起や断層運動にともなう沈降,堆積物の圧密 などの影響は考慮していない.Fig. 4
は平野の縦断方向(Fig.
1
)にとった地形地質断面図で,放射性炭素年代値にもとづ いて沖積層中に等時間線が描かれている(大上ほか, 2009
). 多田・井関(1955
)は,沖積層の形成が最終氷期以降の氷 河性海水準変動と関連することを指摘し,濃尾平野にみられ る第一礫層の堆積が,ヴュルム氷期内の海面低下期に生じた と推測した.また,井関(1956, 1962
)により,最終氷期最 盛時の海水準低下量と第一礫層のような沖積層基底を構成す る礫層(BG
)の最深深度との関係が議論された.さらに井関 (1983
)は,BG
の主体が最終氷期の最大海面低下期に向か う時期に形成された埋没段丘礫層であり,最終氷期最盛時の 最低位海面時にこの埋没段丘を刻む谷底に堆積した礫層を狭 義のBG
,埋没段丘礫層と狭義のBG
とをあわせて広義のBG
と考えた.桑原(1985
)は,第一礫層を最終氷期海面最 低下期に刻まれた谷の中の延長河川によって運び込まれた河 床礫と説明しており,埋没段丘上の礫層も第一礫層に含めて いる. 牧野内ほか(2001, 2006
)は,伊勢湾岸自動車道建設に際 して現海岸線付近で実施されたボーリングの資・試料を解 析・分析し,濃尾層内に姶良Tn
テフラ(AT
)や琵琶湖底で 検出された火山灰層であるBT8
またはBT9
(吉川・井内,
1993
)の降灰層準があり,その下位にBG
に相当する第一 礫層が分布することを報告した(Fig. 2
).また,濃尾平野のBG
は,最終氷期の最大海面低下期に向かう時期に,河床礫 が下流に向かって前進していく過程で形成された礫層と解釈 し,下流側ほどBG
の形成時期が新しくなることを推測し た(牧野内ほか, 2001
).牧野内ほか(2006
)は,平野全域の 第一礫層の形成過程を検討し,狭義のBG
と広義のBG
の 区別が困難であることも述べている.AT
の噴出年代は,水月湖の年縞堆積物の分析により,地質雑 125( 1 ) 濃尾平野の沖積層と地形 77
29,428–30,148 cal BP
と 考 え ら れ て い る(Smith et al.,
2013
).また,最終氷期における氷床や氷河の最拡大期(Last
Glacial Maximum
:LGM
)は,世界各地の氷床分布域から 得られた放射性炭素年代や宇宙線照射年代などにもとづいて26.5–19-20 ka
と推定されている(Clark et al., 2009
).し たがって,AT
の噴出した約30,000 cal BP
頃はLGM
の 直前に相当し,海水準がLGM
に向かって低下していった 可能性もあるが(Fig. 3
)(Lambeck et al., 2014; Peltier
and Fairbanks, 2006
),この時期の海水準のデータはたい へん少なく,その誤差も大きい. 第一礫層の上面深度は上流側に向かって浅くなり,現在の 河床にみられる礫層につながる,もしくは交差するようにな る.第一礫層に達するオールコアボーリングは多数おこなわ れているが,礫層中には放射性炭素年代測定に適した有機物 がほとんど含まれていないため,これまでのところ,第一礫 層内から放射性炭素年代値は報告されていない.濃尾層で は,伊勢湾内のISE-2
コアの腐植土や材から約24,000–
22,000 cal BP
(岩渕ほか, 2000
),現在の海岸線に比較的近 いOY
コアの有機質堆積物から約18,700 cal BP
(山口ほか,
2003
)といったLGM
頃の年代が得られているものの,OY
コアと同様に現海岸線に近い場所で採取されたNB
コアやYM
コアではLGM
頃の年代は報告されていない(大上ほか,
2009;
堀ほか, 2014
)(Fig. 3
).また,腐植土や有機質堆積 物(バルク試料)の放射性炭素年代値は,貝殻片や有孔虫など Fig. 3. Elevation–age plots of representative borehole core sediments taken from the Nobi Plain. The locations of eachborehole core site are shown in Fig. 1. The ages of AT and K-Ah tephras are based on Smith et al. (2013). The timings of the Last Glacial Maximum (LGM) and the Younger Dryas event (YD) are after Clark et al. (2009) and Carlson (2013), re-spectively.
の生物化石に比べて古い年代となりやすいこと(池原
, 2000;
石村ほか, 2016
)に注意を要する.KZ1
コアでは第一礫層の上位2 m
から約12,000 cal BP
の年代値が報告されており(大上ほか, 2009
),KM
コアで は第一礫層の上位数m
に10,255–10,177 cal BP
(Smith et
al., 2013
)に噴出したと推定されている鬱陵隠岐テフラ(U-Oki
)が認定されている(大上ほか, 2009
).Hori et al.
(2011
) は,AP1
コアにおいて,第一礫層直上の濃尾層相当層から9,300 cal BP
頃の年代値を報告している.また,平野上流 の墨俣町で採取したST1
コア(Fig. 1
)では,第一礫層の直 上から9,000 cal BP
の年代が得られている(堀ほか, 2008
). 以上の年代値は,第一礫層を覆う濃尾層下部の年代が上流側 に向かって若くなっていくことを示唆する. 木曽川をモデルとした河道縦断形形成過程のシミュレー ションでは,10,000
年前から6,000
年前にかけて与えた年 間1 cm
の海水準上昇にともなって,砂利と砂の境界が陸側 に移動しつつ,これらが上方に堆積している(山本ほか,
1993
).つまり,砂利は砂に覆われていく.砂利を第一礫層, 砂を濃尾層とみなせば,第一礫層の堆積時期(堆積終了時期) や濃尾層の堆積開始時期は上流側に向かって若くなる.これ は下流側ほどBG
の形成時期が新しくなるとする指摘(牧野 内ほか, 2001
)とは異なる.また,平野内(海岸線から水深20 m
付近までも含む)における第一礫層の堆積時期には1.5–2
万年以上の幅があることになる. 一方,第一礫層の堆積時期を,低海水準であった30,000
–20,000 cal BP
頃と仮定した場合,現海岸線付近における 第一礫層の下面深度は60–70 m
程度にあるため(Fig. 2
), 第一礫層は当時の海水準(Fig. 3
)よりも30–60 m
程度高い 位置で形成されていたことになる.第一礫層や濃尾層下部の 形成およびその形成時期については,AT
降下前後やLGM
前後の海水準やその変動速度も含めて,新たなデータの報告 が望まれる. 濃尾層の上面は,−40 m
の平坦面をつくった10,000
14C
yr BP
頃の海水準低下によって切られており,その後の海水 準上昇期に南陽層がそれを不整合に覆って堆積したと考えら れた(古川, 1972
).海津(1979
)は平野下の埋没平坦面の分 布やそれを覆う腐植層の深度・年代値から,10,500–8,500
14C yr BP
頃に数回の海面低下・上昇が起こったことを推定 している.しかし,ボーリング柱状図の解析から埋没平坦面 を抽出することは一般的に難しい.また,これらの研究では 年代測定に際して,貝殻片や木片・植物片よりも古い年代の 出やすい腐植土や泥炭質粘土が用いられていることが多く, 平坦面の形成年代が高い精度で求められているわけではな い. 海面低下が生じたとされる10,500–8,500
14C yr BP
前後 の年代を暦年に較正すると12,500–9,500 cal BP
前後にな る.濃尾平野のオールコア堆積物からは11,000 cal BP
以 前の放射性炭素年代値がほとんど得られていない(Fig. 3
). また,Figs. 2
や4
において第一礫層と南陽層下部に挟まれ る濃尾層に相当する堆積物の厚さは約15 m
以下と薄い.10,000 cal BP
や9,000 cal BP
の等時間線の深度から推定 すると現在の平野下において11,000 cal BP
以前から濃尾 Fig. 4. Stratigraphic cross-section of the Nobi Plain (Ogami et al., 2009). The isochrons are based on radiocarbon ages.K-Ah tephra (K-Ah) dated at 7165–7303 cal BP is a widespread ash fall that accompanied the huge eruption of Kikai Cal-dera located in southwestern Japan. The stratigraphy is classified based on sedimentary environment. A: alluvial fan and braided channel; B1: floodplain and delta plain; B2: estuary and delta plain; B3: estuary; C1, C2, and C3: bay; D1: delta front slope; D2: delta front platform, river-mouth bar, and beach. The paleo water depth can be estimated from the depth of each isochron and the sea-level curve. The location of the cross-section is shown in Fig. 1.
地質雑 125( 1 ) 濃尾平野の沖積層と地形 79
層 の 堆 積 が 活 発 に 生 じ て い た 可 能 性 は 小 さ い. ま た,
11,000–9,000 cal BP
に海水準が停滞あるいは低下した明 瞭な証拠を,濃尾層から南陽層下部に相当する堆積物から見 出すことは困難である.一時的な寒冷期であるヤンガードリ アス期(Younger Dryas
:YD
)(約12,900–11,700 cal BP
) (Carlson, 2013
)には海水準上昇速度が低下した可能性があ るものの,現在までに得られているデータのみを用いてこれ を検討することは難しいだろう. シーケンス層序学の枠組みが日本の沖積層の解析に適用さ れ始めた1990
年代初頭に,海津(1992
)は濃尾平野の地質 断面図に等時間線を入れ,10,000
14C yr BP
以降の沖積層 の堆積過程を4
つのステージに区分した.Masuda and
Iwabuchi
(2003
)は,伊勢湾内で取得された音波探査データ とオールコア堆積物の層相解析・年代分析を組み合わせて, 音響層序学やシーケンス層序学の基本前提,すなわち音波探 査断面の反射面が等時間線に相当する,がほぼ成り立つこと を示した.また,デルタの前進と海水準変動についても論じ た. 山口ほか(2003
)は,掘削深度がBG
に達している2
本の オールコアボーリング堆積物について,堆積相解析と多数の 14C
年代測定をおこない,堆積速度の変化を明らかにした. さらに,大上ほか(2009
)は,山口ほか(2003
)で用いられた オールコア堆積物に加え,新たに採取された複数のオールコ ア堆積物の堆積相解析とコア堆積物中に含まれる有機物や貝 殻片から得られた100
点以上の放射性炭素年代測定,火山 灰分析をもとに,10,000 cal BP
以降の等時間線を1,000
年ごとに描いた(Fig. 4
).また,河口付近が海進から海退に 転じた時期を,7,800–7,300 cal BP
と推定した.この時期 は海水準上昇速度が低下しているものの,海水準の上昇は続 いている(Fig. 3
).海退に転じると,内陸側からデルタの前 進が始まり,各ボーリング地点の堆積速度はデルタフロント の通過時期に急増している(Fig. 3
). 既存柱状図の解析によると,木曽川河口から約30 km
上 流までは南陽層下部の軟弱な泥層(泥分が100%
に近い)が 分布している.これよりも内陸に位置するST1
コア(Fig.
1
)は南陽層下部に相当する泥層を欠いている(堀ほか,2008
).また,ST1
コアの堆積物は海水の影響を受けては いるものの,深度・年代値(Fig. 3
)が,海側の他のコアとは 異なり,海水準に近い位置にプロットされることから,海水 準に近い位置で土砂の堆積が続いていた可能性がある. 鬼界アカホヤ火山灰(K-Ah
)は,南陽層下部の泥層に相当 する堆積物に含まれており(大上ほか, 2009;
牧野内ほか,
2001, 2012
)(Figs. 2, 4
),分布深度は海側に向かって深く なる傾向にある.このテフラは濃尾平野内各地における7,303–7,165 cal BP
頃(Smith et al., 2013
)の標高(水深) のよい指標となる.詳細にみると,YM
やKZN
,KZ1
,KM
といったコアでは内湾泥底堆積物中に,内陸のMC
コ アでは内湾砂質泥底堆積物中にK-Ah
が含まれている(大上 ほか, 2009
).より内陸側,とくに南陽層下部の泥層が分布 しない地点からK-Ah
が見つかれば,古地形をより詳細に 復元できるだろう. 濃尾平野の沖積層の形成は,主として氷河性海水準変動や その速度に規定されてきたといえるが,平野下の沖積層を含 む堆積物の層厚は西側のほうが東側に比べて厚く,平野西縁 に分布する養老断層や桑名断層といった逆断層を主体とした 傾動運動の影響も受けてきた.オールコア堆積物の解析・分 析を通して,これらの活断層の活動履歴評価も試みられてい る(鳴橋ほか, 2004; Naruhashi et al., 2008;
丹羽ほか, 2009,
2010; Niwa et al., 2012
).桑名断層では断層を挟むように 上盤側,下盤側で群列ボーリングがおこなわれた.鳴橋ほか (2004
)やNaruhashi et al.
(2008
)は,これらのコア堆積物 中の完新世の浅海堆積物に,断層の垂直活動を示唆する堆積 速度の系統的変化が繰り返し認められることから,過去7,000
年間に6
∼7
回の活動があったと推定した.また,丹 羽ほか(2009, 2010
)やNiwa et al.
(2012
)は,YM
,OY
,KZN
,KZ1
,KM
,AN
コア(Fig. 1
)にみられた堆積物の 粒度や電気伝導度の変化から,相対的な海水準上昇を推定 し,それが養老断層系の活動にともなって生じる地震性沈降 に起因する可能性を指摘した. 流域からの土砂供給量 内湾に面する濃尾平野の場合,低地を構成する土砂のほと んどは河川によって供給される.沖積層の形成と関わる時間 スケール,つまり更新世末から完新世において,気候変動や 人間活動の影響によって流域での土砂生産量や河口への土砂 供給量が変化してきたかどうかを明らかにすることは意外に 難しい. これまで沖積低地への土砂供給量の変化は,沖積層の層相 や年代値から,ある時期の海岸線(小野, 2004
)やデルタフロ ント(大上ほか, 2009
)の位置を推定し,それらの前進速度に もとづいて検討されてきた.こうした方法は海岸線やデルタ フロントの凹凸(出入り)が少ないことを,暗黙のうちに仮定 している.また,沖積低地の地形・地質や遺跡分布,遺物の 検出状況から土砂堆積域の変遷が検討されている(小野ほか,
Fig. 5. Sediment storage at 1000-year intervals in the NobiPlain during the last 6000 years (Hasada, 2015). MM: middle mud, US: upper sand, TSM: terrestrial sand and mud. MM, US, and TSM correspond approximately to prodelta, delta front, and delta plain deposits, respectively. The calculation area is shown in Fig. 1.
2004
). ダムの堆砂量から流域の侵食速度が推定されてきたよう に,浅海域を含む沖積低地を土砂の貯留場とみなすことで, 堆積土砂量およびその時間変化を定量的に評価できる.近 年,GIS
を利用した柱状図解析によって沖積層の体積を求 めることは容易になり,容積重を考慮することで堆積土砂量 を質量として求めることも可能になった. 羽佐田(2015
)は,約2,700
本のボーリング柱状図と約220
点の放射性炭素年代値にもとづいて沖積層の3
次元構 造を復元し,デルタの前進が生じていた過去6,000
年間の 堆積土砂量を1,000
年ごとに見積もった(Fig. 5
).その結 果,4,000–3,000 cal BP
頃と1,000 cal BP
以降に堆積土 砂量の増加がみられた.4,000 cal BP
以前は,計算対象範 囲よりも内陸側(扇状地など)での土砂堆積が活発であったた め,堆積土砂量がそれ以降に比べて小さく見積もられた可能 性がある.また,内陸ほど既存データ,とくに年代値が少な いため,等時間面の復元精度が低くなることも問題点として 挙げられる.一方,1,000 cal BP
以降の堆積土砂量の増加 は,デルタフロント堆積物から推定された1,300 cal BP
以 降のデルタの前進速度の急増(大上ほか, 2009
)とも調和的 で,河川からの土砂供給の増加を反映している可能性が高 い. 沖積陸成層(TSM
)の堆積量は時代が新しくなるにつれて 増加している.また,Fig. 4
のD2
(デルタフロントプラッ トフォーム)より上位の堆積物がTSM
にほぼ相当し,この 堆積物の層厚は内陸側のほうが海側に比べて厚い.これらは デルタが前進するにつれて,氾濫原に代表される陸上デルタ が拡大していき,氾濫の際に陸上デルタに土砂が堆積(上方 に累重)していることを示唆する.濃尾平野はテクトニック な沈降の影響を受けており,このような外的要因が上方への 堆積空間を生じさせ,陸上デルタへの土砂の堆積を促してい る可能性がある.さらに,内的要因,つまりデルタそのもの が海側に延伸することに起因して陸上デルタへの土砂の堆積 が生じやすくなっている可能性もある. 堆積土砂(Fig. 1
に示されたいくつかのコア堆積物)の有 機炭素含有率を元素分析計で測定し,沖積低地の蓄積炭素量 を推定することもおこなわれている(Hasada and Hori,
2016
).炭素含有率は土砂の堆積時期には左右されておらず, 粒度(泥分含有率)と関係しており,中部泥層や沖積陸成層で0.9%
程度,中部泥層よりも粒度の粗い上部砂層で約0.7%
であった.濃尾平野の沖積層の場合,有機炭素含有率は高く ないものの,大きな堆積速度(1 m/1,000
年)が低い有機炭 素含有率を補償していると考えられる. 以上のように,沖積低地における堆積土砂量や蓄積炭素 量,それらの変化を推定できるようになってきた.堆積土砂 量とも関連する流域での土砂生産量の評価は,これまで上流 域のダム堆砂データに依っており,その時間スケールも10
∼100
年スケールであった.沖積層の堆積土砂量を流域で の土砂生産量に結びつけることができれば,1,000
年スケー ルでの評価もおこなえるようになるだろう.ただし,現状で は,ボーリング柱状図の本数に比べて,放射性炭素年代値の データ数が圧倒的に不足している.また,堆積土砂量の評価 は,海退期とくに海面がほぼ安定し,デルタの前進が明瞭に なった6,000–4,000
年前以降にとどまっており,海進期に おける堆積土砂量の評価はなされていない. 平野の微地形と浅層地質 空中写真判読による地形分類(総理府資源調査会事務局,
1956;
松田, 1968;
春山・大矢, 1986
)によって低地表面に みられる規模の小さな地形,たとえば旧河道や自然堤防の分 布が明らかにされている.また,こうした地形を構成する堆 積物の粒度分析もおこなわれている(森山, 1977
).しかし, 地形分類や堆積物の粒度分析からは,このような地形がいつ 頃形成されたかはわからないため,古文書などに記述された 地形変化や堆積物の堆積・侵食に加えて,地形やそれを構成 する堆積物に時間軸を入れることが必要になる.安田(1971
) は自然堤防におけるトレンチ調査や古図にもとづき,10
世 紀中頃∼14
世紀初頭に庄内川下流域において自然堤防が集 中的に形成されたことを論じた.また,井関(1983
)は稲沢 市を流下する,木曽川の分流であった三宅川沿いの自然堤防 が12
世紀以降に形成されたことを述べている. 安八町の牧(AP1
付近)(Fig. 1
)には,揖斐川の旧河道と それに沿った自然堤防や輪中堤がみられる(Fig. 6a
).歴史 記録によれば,慶長年間(1596–1615
)の洪水時に,揖斐川 がこの旧河道を通るようになったとされている.現在の揖斐 川の河道は,牧の集落の西側を流下しているが,これは明治 時代に人工的に開削されたものである.旧河道を横断するよ うにとった地形断面図をみると,輪中堤や自然堤防により旧 河道両側で標高が高くなっており,これらの背後の後背低地 で標高が低くなっている(Fig. 6b
). 旧河道や自然堤防,後背低地でボーリング調査をおこな い,堆積物に含まれる木片や植物片について放射性炭素年代 を測定したところ,後背低地堆積物の堆積開始は3,200
年 前頃と考えられた(堀・田辺, 2012
)(Fig. 6c
).また,AP1
にみられる河道堆積物(砂礫層)直下の年代は1,500
年前,AP2
の自然堤防堆積物の最下部の年代は400
年前であった. これは400
年前頃,揖斐川がこの地点を流れるようになっ たことを示唆しており,歴史記録から推定されている河道の 移動時期とも調和する.その当時の堆積環境が後背低地で, ほぼ平坦な地形であったならば,AP1
地点では堆積環境が 河道に変化したことによって,1–2 m
程度の泥層,時間に 換算すると1,000
年程度の記録が旧揖斐川による侵食によっ て失われていることになる.また,AP2
やAP4
地点の堆積 物からは,600
年前頃に河川の破堤にともなって一時的に 砂を被る環境になったことが示唆される. 山口ほか(2006a
)は,自然堤防–
後背低地帯および三角州 をそれぞれ横断するように多数の浅層ボーリングをおこなっ て地形・地質断面図を描いている.これらの断面図において も,とくに自然堤防–
後背低地帯において河道の移動が頻繁 にみられている.したがって,空中写真判読で認定できる地 形(自然堤防や旧河道)は数千年前のものではなく,数百年前 と極めて新しい可能性がある.また,上記の事例は,同じよ地質雑 125( 1 ) 濃尾平野の沖積層と地形 81 うな堆積環境が長期間にわたって安定して存続するわけでは ないことを示している. 古川(
1972
)は濃尾平野西部一帯の地表下数m
に泥炭層が 広く発達していることを報告している.泥炭層の上面標高が 平均−2 m
にあることから,泥炭層形成時期に海水準低下 (弥生の小海退)が関与した可能性を挙げている.山口ほか (2006a
)の地下地質断面図においても,現在の海水準よりや や低い位置に泥炭質の堆積物がみられる.筆者らも木曽三川 沿いの自然堤防–
後背低地帯で採取されたボーリングコア堆 積物の南陽層上部(沖積陸成層)に相当する堆積物中に有機質 な堆積物を確認している(未公表データ).濃尾平野のように 内湾を埋積しながらデルタシステムが前進していくタイプの 沖積低地では,デルタプレーンを構成する後背低地に泥炭層 や有機質土が形成され(海津, 1994
),それらは海水準よりも やや高い標高に形成されると考えられる.また,近年,バリ アー–
ラグーンシステムを構成していた石狩低地内陸部にお いて,広域的な泥炭の形成開始時期が,海水準変動のみでな く,東アジア夏季モンスーン変動にともなう降水量変化の観 点からも議論されている(Ishii et al., 2016
).放射性炭素年 代測定に供する試料の選定および得られた年代値の解釈には 注意を要するが,泥炭を含めた有機質な堆積物の空間分布と その形成年代を詳しく明らかにすることで,完新世中期以降 の海水準や気候といった外的要因の変化との関係を議論でき るようになるだろう.Fig. 6. Floodplain evolution around Maki, Anpachi Town. (a) Old topographic map of “Tsushima” and “Ogaki” published in 1892. (b) Topographic cross-section. (c) Stratigraphic cross-section across the old Ibi River channel. The location of core AP1 is shown in Fig. 1. Modified after Hori et al. (2011) and Hori and Tanabe (2012).
人間活動と沖積層・沖積低地 人間活動の影響は,近年,濃尾平野においても顕在化して いる.最も知られているのは地盤沈下である.濃尾平野の三 角州はもともと海水準に近い位置にあるが,地下水の過剰な 汲み上げによる地下水位の低下もあって,日本でもっとも大 規模な海抜ゼロメートル地帯が広がっている.海抜ゼロメー トル以下の面積は,
1959
年頃に186 km
2,1978
年には274 km
2に達したが,その後はあまり変化がみられない [URL2
].また,大潮のときの平均満潮位(海抜1.20 m
)よ り低い面積は400 km
2に達する[URL2
].濃尾平野では1975
年頃まで激しい地盤沈下が生じていたが,その後,地 下水揚水規制などがおこなわれ,沈下速度は鈍化した.1961
年から2015
年までの累積沈下量は,木曽三川河口部 や日光川の中・下流域で大きく,最大で160 cm
程度となっ ている[URL2
].しかし,渇水時の一時的な地下水低下に よって沈下する地域や,軟弱粘土層(南陽層下部)の自然圧密 が原因で,年間1 cm
程度の沈下が進行している地域もみら れる(大東, 2015
).1994
年には長良川の河口から5.4 km
上流に長良川河口 堰が完成し,翌1995
年に運用が開始された.河口堰周辺で は,有機物を多く含み,シルト・粘土含有率の高い細粒な土 砂の堆積が生じた(村上, 1998
).こうした堆積物への有機物 供給には,堰湛水において発生した浮遊藻類の寄与が大きい (村上ほか, 1999
).また,有機物の分解の際に酸素が消費さ れることにより,酸素不足になった川底からメタンの発生や リンなどの栄養塩の溶出がみられる(村上ほか, 2000
).さら に,このような環境変化は,堰の下流においてヤマトシジミ 類の生息に深刻な影響を与えたと考えられている(山内,
2002
). 木曽川の河口から37 km
ほど上流の地点では,1997
年 以降に局所洗掘が顕在化した(栗原ほか, 2013;
高岡ほか,
2014
).洗掘の深さは20 m
程度にまで達した.観測によれ ば,この地点の地下には南陽層下部の泥層が分布しておら ず,侵食は南陽層上部の砂層のみでなく,さらに下位の(濃 尾層に相当する)砂層にまで及んでいる(栗原ほか, 2013
). この局所洗掘の発生要因として,1
)砂利採取や上流域から の土砂供給量の減少にともなう河床低下の進行,2
)河床低 下による表層の粘土層の露出と剥離による下層の砂分の流 出,3
)左岸側の中州による低水路幅の急縮と,洪水時の流 体力の集中,が推定されている(栗原ほか, 2013
). 江戸時代初期の海岸線の位置は,Fig. 1
の三角州と干拓・ 埋立地の境界付近にあった.したがって,河口の位置は干拓 や埋立てといった人為的作用によってこの数百年間に急激に 前進したことになる.これは濃尾平野に限ったことではな く,内湾に面した沖積低地に共通してみられる現象である. 河口位置の変化が木曽三川や濃尾平野にどのように影響した かを検討することも必要だろう. お わ り に 濃尾平野ではオールコア堆積物の解析・分析により,過去10,000
年間については1,000
年スケールで海水準変動と沖 積層形成との関係が解明されるようになってきた.さらに,GIS
を用いた既存ボーリングデータの解析により,沖積低 地に堆積した土砂量の定量的な評価が可能になり,完新世中 期以降の気候変動や人間活動にともなう土砂供給の変化も議 論されるようになった.このように完新世に入ってからの情 報は急速に蓄積されてきたが,その一方で最終氷期最盛期 (LGM
)からヤンガードリアス期(YD
)にかけての情報はほ とんど得られていない.LGM
から7,000
年前頃にかけて の海水準上昇にともなって生じた海進を1
回の海進期と考 えた場合,われわれはこの海進期のうち,後半30%
程度に あたる部分の情報を詳細に解読してきたに過ぎない.沖積層 研究をさらに進展させ,また,沖積層解析から得られた知見 を古い地層の解釈に援用していくためには,海進初期∼中期 にかけての情報を得ることが望まれる. もう一度,Fig. 3
をみてみよう.LGM
の海水準は現在よ りも120–130 m
程度低かったと推測されているが,濃尾平 野のオールコア堆積物から得られている年代値のほとんどは11,000 cal BP
以降で,その深度も50 m
より浅い.海水準 はLGM
から11,000 cal BP
にかけて約70 m
上昇してい るが,現在の平野下の沖積層からこの時期の情報を読み取る ことは極めて難しいといえるだろう.11,000 cal BP
以前の 情報は,伊勢湾内に延びる開析谷を充填する堆積物から得ら れる可能性があるものの,伊勢湾の水深は比較的浅いため,LGM
前後のような低海水準期の情報を取得するためにはそ の可否に加え,調査地点を慎重に吟味する必要がある. 流域における近年の人間活動は,平野への土砂供給量の減 少,平野内の地盤沈下や生態系の変化を急激に生じさせてき た.このような人間活動の影響を評価するためにも,平野の 地形や地質の特徴,それらの形成過程を深く理解することが 求められる. 謝 辞 公文富士夫信州大学名誉教授には本特集号への投稿機会を 与えていただきました.記して感謝申し上げます. 文 献Carlson, A. E., 2013, The Younger Dryas Climate Event. In Elias S. A., ed., The Encyclopedia of Quaternary Science,
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