博 士 ( 農 学 ) 町 村 学 位 論 文 題 名
植物群落による降雨遮断過程に関する研究 学位論文内容の要旨
尚
本 論 文 は 、 図 66、 表 10、135べ ー ジ か ら な る 和 文 で 、 別 に 23編 の 参 考 論 文 が 添 え ら れ て い る 。
大 規 模 な 森 林 伐 採 に よ る 農 耕 地 の 拡 大 に よ っ て 、 降 水 量 の 変 化 が 報 告 さ れ て い る 。 森 林 か ら 農 耕 地 ー 植 生 が 変 わ る こ と に よ る 降 雨 遮 断 過 程 の 変 化 は 、 地 表 に お け る 水 循 環 に 影 響 を も た ら す も こ の よ う に 植 物 群 落 に よ る 降 雨 遮 断 過 程 は 、 流 域 あ る い は 地 域 の 気 象 水 文 環 境 の 形 成 に 重 要 で あ る が 、 ま だ 不 明 の 現 象 が 多 い 。 本 論 文 は 森 林 と 作 物 群 落 に お け る 降 雨 遮 断 過 程 に つ い て 、 種 々 の 測 定 法 に よ っ て 降 雨 遮 断 要 素 を 測 定 し 、 新 し い 知 見 を 導 入 し た 研 究 で あ る 。 第1章 は 「 緒 論 」 で 、 研 究 の 背 景 と 目 的 で あ る 。 過 去 の 降 雨 遮 断 研 究 に は 、 統 計 的 研 究 お よ び 物 理 的 研 究 の ふ た つ の 系 統 が あ る 。 統 計 的 研 究 に よ る と 、1 降 雨 に お け る 遮 断 雨 量 は 雨 量 に 比 例 し て 増 加 す る 。 一 方 、 物 理 的 研 究 は 遮 断 雨 量 を 群 落 貯 留 量 と 遮 断 蒸 発 量 の 和 と 考 え 、 物 理 的 手 法 に よ っ て そ れ ら の 収 支 を 動 的 に 計 算 し て い る 。 し か し 、 物 理 的 研 究 に お い て は 群 落 貯 留 量 ま た は 遮 断 蒸 発 量 と 雨 量 の 間 の 因 果 関 係 が 不 明 な た め 、 統 計 的 に 遮 断 雨 量 が 雨 量 に 比 例 す る 理 由 は 未 知 で あ っ た 。 そ こ で 本 論 文 は 遮 断 雨 量 構 成 要 素 の 詳 細 な 測 定 か ら 降 雨 遮 断 過 程 を 解 明 し 、 統 計 的 研 究 と 矛 盾 し な い 物 理 的 過 程 を 記 述 す る こ と を 目 的 と し た 。 ま た 、 群 落 貯 留 量 と 遮 断 蒸 発 量 に 加 え 、 従 来 考 え ら れ て い な か っ た 植 物 の 雨 水 吸 収 量 お よ び 飛 沫 に よ る 損 失 量 を 遮 断 雨 量 の 構 成 要 素 と し て 研 究 し た 。 第2章 は 「 遮 断 雨 量 の 測 定 と 統 計 的 解 析 」 で あ る 。 ま ず 、 落 葉 広 葉 樹 林 の 遮 断 雨 量 を 雨 量 収 支 法 に よ っ て 測 定 し た 。 平 均 遮 断 率 は16.9% で 、 雨 量 が 大 き い 降 雨 で は 遮 断 率 が 一 定 値 に 収 束 し た 。 ま た 、1降 雨 の 遮 断 雨 量 は 雨 量 に 比 例 し 、 過 去 の 統 計 的 研 究 と 一 致 し た 。 気 象 要 素 お よ び 降 雨 強 度 と 遮 断 率 お よ び 遮 断 速 度 の 相 関 関 係 を 調 べ た と こ ろ 、 降 雨 強 度 と 遮 断 速 度 の 間 の 相 関 が 最 も 高 く 、 他 の 気 象 要 素 の 影 響 は 小 さ か っ た 。 降 雨 強 度 と 遮 断 速 度 の 線 形 関 係 を 仮 定 し 、 モ
` 丿 テ 女Jレ ロ ・ シ ミ ュ レ ー シ ョ ン に よ っ て 、1降 雨 の 雨 量 と 遮 断 雨 量 、 雨 量 と 遮 断 率 の 関 係 を 推 定 し た 。 推 定 さ れ た 遮 断 雨 量 お よ び 遮 断 率 の 分 布 範 囲 は 観 測 値 ‑ 238
と 一致 し たた め 、降 雨 強度 と 遮断速度の 線形関係が 降雨遮断の 基本的過程 を表 す こと が わか っ た。 次 に、 ダ イズ群落の 遮断雨量を 秤量ライシ メータを用 いて 測 定し た 。遮 断 率は13.3% で、落葉 広葉樹林と 同様に降雨 強度と遮断 速度の線 形関1係がみられた。
第3章は 「 遮 断蒸 発 量の 測 定と モ デル に よる 推 定」 で ある 。ま ず、細線熱 電 対 乾湿 計 を使 用 した 渦 相関 法 による顕熱 ・潜熱フラ ックス測定 システムを 作製 し た。 細 線熱 電 対乾 湿 計は 放 射による加 熱および応 答速度に欠 点があった が、
降 雨中 の 測定 精 度は 高 く、 雨 滴の付着に よる誤差も 小さかった 。次に、こ のシ ス テム を 用い 、 落葉 広 葉樹 林 およびトウ モロコシ群 落における 熱フラック スの 測 定を お こな っ た。 風 速が 小 さいとき降 雨中の群落 上の大気は 飽和に近く 、潜 熱 フ ラ ッ ク ス は 日 中で20Wm−2程 度 、夜 間 はほ ぼOで あ った 。 風速 が 大き い と き 混合 に よっ て 上空 の 比較 的 乾燥した空 気が群落上 に輸送され て飽和度が 低下 し 、昼 夜 を問 わ ず50〜lOOWmー2程度の潜 熱フラック スと、これ を補償する 同程 度の下向き顕熱フラックスが観測された。
さ ら に、 バ ルク 法 を 用い た単 層植生モデ ルによって 降雨中の熱 フラックス を 推 定し 、 実測 値 と比 較 した 。 実測 値 と 推定 値 の差 のRMSは顕 熱フ ラックスと 潜 熱 フラ ッ クス は とも に20Wm―2で 、十 分 な精 度 であ っ た 。蒸 発効率の パラメー タ であ る 群落 の 最大 貯 留量 と して、葉と 樹皮の最大 貯留量の合 計よりも葉 のみ の 最大 貯 留量 が 適当 で あっ た 。降雨終了 後の急激な 乾燥過程で は、群落内 の湿 潤 度の 分 布に よ って 潜 熱フ ラ ックスが過 大推定とな った。この 効果を考慮 する た めに は 多層 モ デル が 有効 で あるが、降 雨終了後の 遮断蒸発量 は降雨終了 時点 の 樹冠 貯 留量 で 既知 の ため 、 複雑な多層 モデルの必 要性は低い と判断され た。
第4章は 「 植 物に よ る雨 水 吸収 量 の測 定 」で あ る。 植 物茎 内流 測定法を応 用 し て、 雨 水吸 収 に伴 う 下向 き 茎流 量 を 測定 し た結 果 、従 来 の茎熱収 支法では2 種 類の 誤 差が 生 じた 。 すな わ ち、茎熱収 支ゲージの 温度センサ 位置のずれ によ る 非対 称 誤差 と 、茎 流 量の ゼ ロ近傍で計 算値が発散 するゼロ近 傍誤差であ る。
茎 熱収 支 ゲー ジ 内温 度 分布 の シミュレー ションから 、ヒータ上 下温度差の 加重 平 均に よ って 非 対称 誤 差を 補 正する方法 を考案した 。また、茎 流量のゼロ 近傍 で ヒー タ 上下 温 度差 を 使用 し ない茎流量 計算法を考 案し、ゼロ 近傍誤差を 解消 した。
こ の 改良 茎 熱収 支 法 を使 用し 、アオダモ とトウモロ コシの雨水 吸収量を測 定 し た 。 ア オ ダ モ で は降 雨 開始3〜6時 間後 に 下向 き 茎流 が 発 生し 、 個体 の 下向 き茎流量の平均値はーO. 36gs−1(日中が―0.44gs‥、夜間が−O.29gs‑l)で、最大 蒸 散流 量 の30%であ っ た。 下 向き 茎 流量 は 降雨 開 始直 後 に大 きく 、次第に低 下
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した。降雨強度が変動しても、下向き茎流量はほとんど変動しなかった。また 黄葉が進む
10月上旬以降、下向き茎流は発生しなくなった。これらから、降 雨時の下向き茎流は気孔を通して吸収された雨水流であると考えた。トウモロ コシ個体の下向き茎流量の平均値は、ー9x 10 ー3gs‑I (最大蒸散流量の50 %)と 推定された。植物体内の水ポテンシャルの考察から、植物体内のりザーノく(水 分貯留器官)への給水が吸収された雨水の移動の駆動カであるという仮説を示 した。
第
5章は「降雨遮断過程に関する総合考察」である。第
2〜
4章で測定した 遮断雨量の構成要素を比較し、降雨遮断過程について考察した。落葉広葉樹林 の測定値から、遮断雨量と樹冠貯留量、遮断蒸発量、雨水吸収量の残差として 飛沫損失量を推定した。各要素が遮断雨量に占める比率は、樹冠貯留量が7 %、
遮断蒸発量が
2%、雨水吸収量が32 %、飛沫損失量が59 %であった。従来考えら れていたよりも遮断蒸発量は小さく、飛沫損失量および雨水吸収量が相対的に 重要であった。また、飛沫損失量は降雨強度と正の相関があることから、遮断 速度が降雨強度に比例するという統計的解析の結果は、飛沫損失に由来すると 考えられる。
蒸発に要する熱量からも、遮断蒸発よりも飛沫損失が多いという結果は妥当 である。観測された最大遮断速度はlOOOWm −
2を越える潜熱に相当するが、降 雨中にこれを補償する熱源は存在しない。飛沫の微水滴は長時間大気中に滞留 できるため、小さい下向き顕熱を熟源として長時間かけて蒸発することができ る。
以上から飛沫による損失が遮断雨量の主たる要素であると考え、新しい 降雨遮断過程の仮説を示した。作物群落についても降雨強度と遮断速度の相関 が高く、最大遮断速度の潜熱当量がlOOOWm ―
2を越えることから、落葉広葉樹 林と同様の過程が存在すると考えられる。
以上の成果は、降雨中という特殊な状況に対応して開発した種々の測定法に よるものである。特に、降雨中の熱フラックス測定と植物の雨水吸収量測定は、
前例がない観測手法である。
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学位論文審査の要旨
学 位 論 文 題 名
植物群落による降雨遮断過程に関する研究
本 論 文 は 、 図66、 表10、135ぺ ー ジ か ら な る 和 文 で 、 別 に23編 の 参 考 論 文 が 添え られ てい る。
大 規模 な森 林伐 採に よる 農耕 地の 拡大に よっ て、 降水 量の 変化が報告されている。
森林 から 農耕 地ヘ 植生 が変 わる こと による 降雨 遮断 過程 の変 化は、地表における水循 環に 影響 をも たら す。 この よう に植 物群落 によ る降 雨遮 断過 程は、流域あるいは地域 の気 象水 文環 境の 形成 に重 要で ある が、ま だ不 明の 現象 が多 い。本論文は森林と作物 群落 にお ける 降雨 遮断 過程 につ いて 、種々 の測 定法 によ って 降雨遮断要素を測定し、
新し い知 見を 導入 した 研究 であ る。
第1章 「緒 論」 は研 究の 背景 と目 的で ある 。本 論文 の目 的は遮 断雨 量構 成要 素の 詳 細な 測定 から 降雨 遮断 過程 を解 明し 、統計 的研 究と 矛盾 しな い物理的過程を記述する こと であ る。 また 、従 来考 えら れて いなか った 植物 の雨 水吸 収量および飛沫による損 失量 を遮 断雨 量の 構成 要素 とし て研 究した 。
第2章 は「 遮断 雨量 の測 定と 統計 的解 析」 であ る。 落葉 広葉樹 林の 遮断 雨量 を雨 量 収支 法に よっ て測 定し た。 その 結果 、雨量 が大 きい 降雨 では 遮断率が一定値に収束し た。 また 、1降 雨の 遮断 雨量 は雨 量に比例し、過去の統計的研究と一致した。さらに、
遮断 速度 は降 雨強 度と の相 関が 最も 高く、 他の 気象 要素 の影 響は小さかった。次に、
遮 断 速 度と 降雨 強度 の線 形関 係を仮 定し 、1降雨 の雨 量と 遮断雨 量、 雨量 と遮 断率 の 関係 を推 定し た。 推定 され た遮 断雨 量およ び遮 断率 の分 布範 囲は観測値と一致したた め、 降雨 強度 と遮 断速 度の 線形 関係 が降雨 遮断 の基 本的 過程 を表すことが判明した。
また 、ダ イズ 群落 の遮 断雨 量に つい て測定 した 結果 、落 葉広 葉樹林と同様に降雨強度 と遮 断速 度の 線形 関係 がみ られ た。
第3章 は「 遮断 蒸発 量の 測定 とモ デル によ る推 定」 であ る。細 線熱 電対 乾湿 計を 使 用し た渦 相関 法に よる 顕熱 ・潜 熱フ ラック ス測 定シ ステ ムを 作製した。この細線熱電 一241―
夫 明
一
郁 徹
慎
口 澤
野
堀 長
浦
授 授
授
教 教
教
査 査
査
主 副
副
対乾湿計は降雨中の測定精度は高く、雨滴の付着による誤差も小さかった。次に、こ のシステムを用い、落葉広葉樹林およびトウモロコシ群落における熱フラックスの測 定を行った。風速が小さいとき、潜熱フラックスは日中で20Wm−2程度、夜間はほぼO であ った。風速が大きいとき、昼夜を問わず50〜lOOWm,2程度の潜熱フラックスと、
こ れ を 補 償 す る 同 程 度 の 下 向 き 顕 熱 フ ラ ッ ク ス が 観 測 さ れ た 。 さらに、バルク法を用いた単層植生モデルによって、熱フラックスを推定した。実 測値と推定値の差のRMSは顕熱フラックスと潜熱フラックスはともに20Wm―2で、十 分な精度であった。
第4章は「植物による雨水吸収量の測定」である。植物茎内流測定法を応用して、
雨水吸収に伴う下向き茎流量を測定した結果、従来の茎熱収支法では非対称誤差と、
ゼロ近傍誤差が生じた。ヒータ上下温度差の加重平均によって非対称誤差を補正する 方法を考案した。また、茎流量のゼロ近傍でヒータ上下温度差を使用しない茎流量計 算法を考案し、ゼロ近傍誤差を解消した。
この改良茎熱収支法を使用し、アオダモとトウモロコシの雨水吸収量を測定した。
アオダモは個体の下向き茎流量の平均値は―0. 36gs−1で、最大蒸散流量の30%であっ た。下向き茎流量は降雨開始直後に大きく、次第に低下した。降雨強度が変動しても、
下向き茎流量はほとんど変動しなかった。また黄葉が進む10月上旬以降、下向き茎 流は発生しなくなった。これらから、降雨時の下向き茎流は気孔を通して吸収された 雨水流であると考えた。トウモロコシ個体の下向き茎流量の平均値は、−9x 10―3gs‑' と推定された。植物体内の水ポテンシャルの考察から、植物体内のりザーバ(水分貯 留器 官)ーの給 水が吸収さ れた雨水の 移動の駆動 カであると いう仮説を立てた。
第5章は「降 雨遮断過程 に関する総合考察」である。第2〜4章で測定した遮断雨 量の構成要素を比較し、遮断雨量と樹冠貯留量、遮断蒸発量、雨水吸収量の残差とし て落葉広葉樹における飛沫損失量を推定した。観測された最大遮断速度はlOOOWm−2 を越える潜熱に相当するが、降雨中にこれを補償する熱源は存在しない。飛沫の微水 滴は長時間大気中に滞留できるため、小さい下向き顕熱を熟源として長時間かけて蒸 発することができる。以上から飛沫損失が遮断雨量の主たる要素であると考え、新 しい降雨遮断過程の仮説を示した。作物群落についても降雨強度と遮断速度の相関が 高く、最大遮断速度の潜熱当量がlOOOWm−2を越えることから、落葉広葉樹林と同様 の過程が存在すると考えた。
以上のように,本論文は植物群落における降雨遮断過程について、種々の新しい方 法によって降雨遮断要素を測定し、新しい知見を導入した研究である。この成果は学 術的に高く評価される。よって審査員一同は,町村尚が博士(農学)の学位を受け るに十分な資格を有するものと認めた。