博 士 ( 法 学 ) 河 森 計 二
学 位 論 文 題 名
生命保険契約における告知義務論
〜義務違反と告知妨害に関する法解釈を中心に〜
学位論文内容の要旨
生 命保 険は 、人 の 生死 を保 険の 対象 とし てい るが 、保 険者 は大 数の法則に基づいた保険 団体 を基 礎に するため、危険選択が必要であ る。告知義務制度もそのーつの手段であるが、
また 、保 険事 故が 発 生し た後 に加 入者 との 間に トラ ブル を発 生さ せる大きな原因にもなっ ている。
本 論文 では 、生 命 保険 契約 にお ける 告知 義務 違反 と、 募集 人に よる告知妨害をめぐる問 題点 を中 心に とら え 、従 来議 論さ れて きた 募集 人の 告知 受領 権の 有無とそれに伴う保険者 の過失との関りについて検討を試みた 。
第 ー章 では 、か か る検 討の 予備 的作 業と して 、告 知義 務規 定の 沿革的考察、告知義務の 法的 根拠 、告 知を す る者 、告 知す べき 重要 事実 ・事 項、 告知 義務 違反の効果、ならびに民 法の 詐欺 ・錯 誤規 定 との 競合 間題 につ いて 概観 的に 考察 し、 解釈 論を展開した。商法は、
告知 義務 違反 によ る 効果 のみ 定め 、如 何な る方 法で 告知 すべ きか 直接明示していない。し か し 、商 法678条 の解 釈 から 、告 知義 務は 保険 契約 者お よび 被保 険者 が自 ら重 要 事実 (事 項) を判 断し 、告 知 をし なけ れば なら ない と解 され る。 この 点、 保険者が作成した質問表 によ り告 知す べき 内 容の 定型 化が 計ら れた こと で、 告知 義務 者は 何が重要事実(事項)で ある かを 知る こと が でき た。 しか し、 重要 事実 は質 問表 の記 載事 項に限らない。約款規定 等か ら勘 案し 、た と えば ドイ ツ保 険契 約法 と同 様に 、質 問表 に掲 げられた事項は一応すべ て重 要事 項と 推定 し 、あ とは 告知 義務 違反 の成 立要 件で ある 主観 的要件(告知義務者の悪 意・重過失)で解決することが妥当と 考える。
第 二章 では 、実 際 の生 命保 険契 約締 結段 階に 介在 する 診査 医、 生命保険面接士、生命保 険募 集人 につ いて 、 告知 受領 権を めぐ る問 題を 考察 した 。診 査医 については、早くから判 例・ 学説 とも 告知 受 領権 あり とし てき た。 これ に対 し募 集人 に対 する告知はどうか。募集 人に は告 知受 領代 理 権が ある か。 これ につ いて は重 要な 問題 が含 まれており、実質的に生 命保 険契 約に おけ る 告知 義務 違反 をめ ぐる 最重 要テ ーマ であ る。 特に第二次世界戦後、無 診査 保険 の登 場に よ り、 戦前 の判 例だ けで は現 在の 生命 保険 契約 に関する告知義務を論ず るに は充 分で ない 。 有診 査で あれ ば診 査医 に告 知受 領権 が認 めら れるため、告知義務者が 事実 を告 知す れば有効な告知となる。無診査 保険では募集人だけが告知義務者と対峙する。
保険約款で、「書面で告知を要する」 (書面条項) というのは、無診査保険について意味が ある であ ろう 。募 集 人に は告 知受 領権 がな いと 解さ れ得 ると いう のが判例・通説である。
保 険約 款で 告知 の 方法 を明 定し たこ とは 、何 を誰 に告 知す れば 有効な告知となるかとい う問 題に つい ての 保 険者 の取 組と して 評価 でき る。 しか し、 約款 の書面条項だけで加入者 を拘 束で きる のか 、 告知 とい うの は観 念の 通知 であ って 、こ の観 念が適正に伝わりさえす
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れば 、「 書面 で告 知を 要 する 」という約款に固執すべき ではないであろう。むしろ観念が保 険者に伝達される過程の中で検討する必要がある。
続 いて 、約 款で 告知 の 方法 を限 定し たこ とに よる 募集 人の 役割 を検 討す る。 質 問表に告 知を して から 記入 され た 書面 が保 険者 に到 達す る過 程を みる と、 すべ ての 過程 に 募集人が 介在 する 。書 面に よる 告 知が 行わ れた 場合 、募 集人 は書 面の 受領 使者 とい うこ と になる。
質問 表の 受領 から 保険 者 への 到達 まで 段階 的に 区分 して 検討 する と、 最も 問題 に なるのが 質問表への記入段階である。
そ こで 、第 三章 では 、 告知 義務 違反 と募 集人 の告 知妨 害と の関 係に っき 考察 し た。保険 業法 には 募集 人の 告知 妨 害を 禁止 する 規定 があ る。 また 告知 妨害 が認 めら れた 場 合、募集 人が 所属 する 保険 会社 は 、保 険契約者に対して損害賠償 責任を負うものと規定されている。
しか し、 募集 人が 告知 妨 害の 禁止 規定 に違 反し ても 、た だち に私 法的 効果 は生 じ ない。告 知 義 務 違 反 に よ り 保 険 契 約 は 解 除 さ れ 、 保 険 金 が 支 払 わ れ な い と い う こ と に な る 。 募 集人 の告 知妨 害が 問 題と なる 事例 の特 色は 、妨 害な く適 正に 告知 され たな ら ば保険契 約が 成立 しな い可 能性 が 高い 点に ある 。募 集人 に告 知妨 害が あっ たと して も、 そ こには保 険契 約者 側の 告知 義務 違 反が 存在 する 。し たが って 、保 険契 約者 側の 保護 だけ を 前提に考 える こと はで きな い。 し かし 、す べて の責 任を 保険 契約 者側 にだ け負 わせ るの は 問題であ る 。 そ こ で 、 本 論 文 で は、 募集 人の 態様 によ り告 知妨 害を4類型 に区 分し 問題 解決 を試 み た。「告知不伝達型」、「過小告知・積極型」、「過小告知・消極型」、そして「結託型」である。
告 知 妨 害 に 関 す る 紛 争 を 同 一 に 扱 う の で は な く 、 類型 によ り妥 当な 法解 釈を 構想 する 。 募 集人 の告 知妨 害の 態 様も 様々 であ り、 すべ ての 事態 に当 ては めて 解決 を図 る ことは難 しいが、っぎのように考える。募集人が 質問表に虚偽の記入をするような「告知不伝達型」、
ある いは 告知 義務 者が 自 筆で 記入しようとして質問内容 について募集人に相談したところ、
募集 人の 勘違 いに より 質 問表 に記 入し なか った とい うよ うな 「過 小告 知・ 消極 型 」であれ ば 、 規 範 的 に 期 待 で き る情 報伝 達機 能を 保険 者が 構築 しな かっ たと 評価 で き、 商法678条 1項 但 書 に お け る 保 険 者過 失に あた るも のと し て解 決す るこ とが 考え られ る。 これ に対 し て、 募集 人が 挙績 高獲 得 のた め、告知義務者に対して虚 偽の告知をすすめたような、「過小 告知 ・積 極型 」で あれ ぱ 、保 険業 法に おけ る所 属保 険会 社の 損害 賠償 責任 と構 成 して解決 する こと が妥 当で ある 。 最も 問題 なの が「 結託 型」 であ る。 それ は告 知義 務法 制 の中で解 決す る問 題か 疑問 であ る 。結 託型 は、 募集 人の 態様 をみ ると 告知 義務 者に 対し て 不法行為 を行 って いる だけ でな く 、保 険者 に対 する 不法 行為 にも なっ てお り、 積極 的債 権 侵害にも あた る。 これ に対 して 、 告知 義務 者の 態様 をみ ると 、保 険者 に対 して 適正 な告 知 が行われ てい ない ばか りか 、詐 欺 的不 法行 為と 評価 でき る。 保険 者に 対す る共 同不 法行 為 的なもの とし て扱 われ るこ とに な る。 結託型は、告反事例として 処理するには止まらない。むしろ、
結託 型の 場合 、保 険約 款 の詐 欺条 項に より 解決 され るべ き問 題で あろ う。 しか し 、逆に詐 欺条 項が 適用 され る裁 判 例を みる と、 告反 事例 へ単 純に 適用 する もの がみ られ る 。詐欺条 項の 適用 にあ たっ ては 、 保険 契約 者側 のモ ラル ・リ スク 、逆 選択 から 保険 者を 保 護する側 面を 強調 すべ きで ある 。 告知 義務 者側 に保 険金 取得 目的 があ るに せよ 、そ こに は 詐欺的な 保険 金取 得目 的と そう で ない もの に程 度の 差が ある よう に思 われ る。 この こと は 募集人の 告知 妨害 があ る場 面で 顕 著で ある 。従 来、 直接 研究 され なか った 告知 義務 違反 と 告知妨害 の関 係に つい て検 討し た 結果 、告 知義 務違 反が あっ たと して も、 結託 型に のみ 詐 欺無効条 項を 適用 すべ きで あり 、 それ 以外 は、 類型 ごと に保 険者 過失 構成 か不 法行 為構 成 かにより 判断 する こと で妥 当な 問 題解 決を 導き だせ る。 保険 契約 にお ける 告知 義務 法の 枠 組みの中 で、本来解決すべき問題を峻別し考察することが可能となる。
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学位論文審査の要旨
学 位 論 文 題 名
生命保険契約における告知義務論
〜義務違反と告知妨害に関する法解釈を中心に〜
本 論文 は 、生 命保 険契 約の 告知 義務 に関 する 問題 のう ち、 保険 契 約者 また は被 保険 者の 告知 義務 違 反と 保険 募集 人に よる 告知 妨害 をめ ぐる 問題 を中 心に 検 討す るも ので ある 。従 来、 保険 募 集人 の告 知妨 害に っい て正 面か ら検 討し たも のは なく 、 本論 文が 先駆 とな る。
保険 募集 人 の告 知受 領権 の有 無と 商法678条1こ おけ る保 険者 の悪 意 ・過 失と の関 係に つい ては 議論 さ れて きた ので ある が、 実際 の保 険募 集の 場面 を想 定し て 、保 険募 集人 の態 様に 焦 点 を あ て つ つ 、 告 知 不 伝達 型、 過小 告知 消極 型、 過小 告知 積 極型 、結 託型 の4っに 類型 化 す る こ と で 新 た な 解 釈 論 を 導 き 出 す と こ ろ に 特 徴 と 新 規 性 が あ る 。 第 ー章 で は、 本論 文で 検討 する とこ ろの 予備 的作 業と して 、商 法 の告 知義 務規 定の 沿革 的考 察、 告 知義 務の 法的 根拠 、告 知義 務者 、告 知す べき 重要 事実 ・ 重要 事項 、告 知義 務違 反の 効果 、 なら ぴに 民法 の詐 欺・ 錯誤 規定 との 競合 問題 につ いて 詳 細に 検討 して いる 。本 章で は、 従 来、 告知 義務 にっ いて 論じ られ てき たと ころ を明 快に 整 理し 、問 題点 を明 らか にし たう え で第 二章 、第 三章 への 伏線 とし てい る。 ここ では 単に 問 題点 を明 らか にす るだ けに 留ま ら ず、 例え ぱ、 告知 義務 に関 し民 法錯 誤規 定の 適用 はな い が、 詐欺 規定 の適 用は ある 、他 保 険契 約の 告知 を本 来的 告知 義務 とし て扱 うべ きで はな い など 、結 論的 には 独自 とは いえ な いが 、そ の根 拠づ けに おい て独 自性 があ りか つ説 得的 な 解釈 論が 展開 され てお り興 味深 い 。
第 二章 で は、 実際 の保 険契 約締 結段 階に 介在 する 診査 医、 生命 保 険面 接士 、生 命保 険募 集人 の告 知 受領 につ いて 考察 する 。約 款で は告 知の 方法 につ いて 、 保険 者の 質問 表ま たは 診査 医に 対 する 口頭 によ る告 知に 限定しており、診査医の告知受領権,は判例 ・通説でも認 めら れて い る。 本論 文は 、診 査医 の告 知受 領権 を、 相手 方が 示し た 観念 の通 知を 受領 する 権限 とと ら え、 告知 義務 者の 告知 (観 念の 通知 )は 、口 頭で 表示 す るこ とに 限ら ず、 身体 部位 を示 す こと も告 知に 当た ると 主張 する 。こ の点 は現 象の 法的 た 見方 とし て優 れた もの と評 価で き る。 保険 募集 人に は告 知受 領権 がな いと 解す るの が判 例 ・通 説で ある が、 募集 人の みが 保 険契 約者 ・被 保険 者と 対峙 する いわ ゆる 無診 査保 険に お いて 、実 際の 保険 契約 締結 過程 の 中で 、観 念の 通知 とし ての 告知 を強 調し 論じ る点 も本 論 文の 特質 とい えよ う。
観念 の通 知 であ る告 知が 適正 に伝 わりさえすれぱ、「書面(質問表)で告知を 要する」とす る約 款条 項 に固 執す べき では なく 、む しろ 観念 が保 険者 に伝 達さ れ る過 程の 中で 検討 する
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必要があるとの指摘をみても、告知の本質に正面から取り組む本論文づ姿勢を窺う事がで きる。質問表に告知がなされ、記入された書面が保険者に伝達される過程をみると、すぺ ての過程に募集人が介在する。ここで募集人t姦養面の受領使者としての役割を担うと指摘 する。保険者令の危険情報伝達過程を段階的にみると、保険契約者・被保険者と保険者の 書面の受領使者たる募集人の関係において、 も問題に詮るのが質問表ーの記入段階とい ,ニ
うことになる。
第三章では、質問表への記入段階で問題となる保険契約者側の告知義務違反と募集人の、
告知妨害について検討をすすめる。保険募集人の告知妨害が問題となる事例の特色は、妨 害なく適正に告知されたならば保険契約が成立しをい可能性が高い点にある。保険募集人 に告知妨害があったとしても、そこには保険契約者側の告知義務違反が存在する。したが って`保険契約者側の保護だけを前提に考えることができ詮いと指摘する。また、商法678 条1項但書の保険者の過失は、いわゆる自己過失と解されており、保険募集人の告知妨害 をこの保険者の過失にどのように結ぴっけて考えることが可能か困難な問題である。この 問題について、本論文では、保険会社にとっての危険選択の手段を整備することは鉄道会 社が線路を整備することと同じであるとした上で、危険選択の手段を整備できなかったと いうことは保険会社自体の過失にあたると主張する。保険会社自体の過失を指摘する点、
高く評価することができ、学説上不法行為法で言われる組織体の過失(法人の過失)との 関 連 を ど う っ け て ゆ く か 詮 ど 、 今 後 さ ら を る 研 究 成 果 が 倹 た れ ると こ ろ で あ る 。 保険会社自体の過失について、本論文では募集人の態様により告知妨害を@告知不伝達 型(募集人の代筆による虚偽記入が典型)、.◎過小告知消極型(相談を受けた募集人の過誤 により重要事実ではないと教示)、◎過小告知積極型(募集人による積極的な不実告知の教 唆)、@結託型(不正ぬ保険金取得と手数料取得の目的)の4類型に区分し、@◎の場合、
保険者が規範的に期待される危険選択情報の伝達機能を整備できなかったと評価し、商法 678条1項但 書に いう 保険者 の過失があるものとして、保険者は保険契約を解除できない と構成する(「保険者過失構成J)。◎にっいては、保険業法における所属保険会社の損害賠 償の問題と構成する(「不法行為構成」)。保険者過失構成ではなく不法行為構成とする理由 として、この類型は保険契約者側の積極的な告知義務違反にとどまらず、募集人の保険会 社に対する積極的債権侵害にあたると指摘する。その際保険契約者・保険金受取人が保険 者に請求できる損害賠償も、単に契約上の保険金額ではたく、個々具体的た場合において 差額説により算定すべきものとする。また・@の場合く告知義務者の態様をみると、保険 会社に対して適正な告知が行われてい詮いぱかりか、詐欺的不法行為と評価でき、告知義 務違反にとどまらず民法詐欺規定ないし約款による詐欺無効の規定の適用があってしかる ぺきであるとする。すなわちこの場合は、保険者の解除権の阻却事由は問題にならず、除 斥 期 間 の 適 用 も な い ( 商 法678条1項 但書 ・2項 。644条2.項 )。 同じ く告 知妨 害と呼 ぱれる中にも法的結論が、保険契約者側、募集人の態様により異なるとする点は説得カあ る独自性であり、高く評価できる。
以上の本論文の研究は、学界のみならず実際界に対しても大きな貢献をなし得ると評価 することができる。
.本論文の穏健な論旨もときに不備もあり、筆が走り過ぎ、あるいは論理的詰めの甘さを 感じる点(例えば、募集人の受領使者と告知不伝達型の場合の保険者の過失)もある。種々 指摘することは可能であろうが、これらは修正可能の範囲内といえ、本論文の全体的価値 を損なうものではない。
以上の評価と口頭試問の結果に基づいて、申請者河森計ニ氏に北海道大学博士(法学)
の学位を授与することが適当であると判断する。
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