博 士 ( 医 学 ) 相 澤 寛 志
学位 論文 題名
Variable patterns of varicella‑zoster virus reactivation in Ramsay Hunt syndrome
(ラ ムゼ イハ ント 症候 群に おけ る水 痘帯 状疱疹 ウイ ルス 再活性化の多様性)
学位論文内容の要旨
はじめに
Ramsay Hunt症候群(以下、Hunt症候群)は水痘帯状疱疹ウイルス(vari.cella‑zoster virus:
VZV)の 再活 性化 によ り発 症し 、耳 介皮膚 や口 腔咽 頭粘 膜の 疱疹 、末 梢性顔面神経麻痺、
難 聴 や 耳 鳴 お よ ぴめ まいな どの 第8脳神 経症 状を3主徴 とす る疾 患で ある 。VZVの初 感染 は 水痘 であ り、発症時に皮膚・粘膜の病巣部の知覚神経終末よルウイルスが神経内に侵入 し 、軸 索内 を逆行性に伝わり知覚神経節に至る。ここでウイルスは増殖を停止した状態で 潜 伏す るが 、何らかの要因により再活性化し、知覚神経を伝わり支配神経領域の皮膚・粘 膜 に 帯 状 疱 疹 を 惹起 する。Hunt症候 群に おい ては 顔面 神経 膝神 経節 に潜 伏感 染したVZV が 再活 性化 することにより、膝神経節の支配領域である耳介皮膚や口腔咽頭粘膜に帯状疱 疹 が生 じ、 また 神経 炎の 波及 によ り顔面 神経麻痺と第8脳神経症状が発症することが推定 されている。
Hunt症候 群に おけ る顔 面神 経麻 痺の発 症機 序に つい ては いく っか の仮説はあるものの 未 だに 不明 な点が多い。再活性化したウイルスが直接神経を障害する機序や、ウイルス感 染 後の 免疫 反応にて神経炎が発症する機序が疑われている。実際Hunt症候群において帯状 疱 疹と 顔面 神経麻痺の発症の関係を調べると、両者が同時に出現する例、疱疹が先行する 例 、麻 痺が 先行する例など様々である。っまり、Hunt症候群における顔面神経麻痺発症の 病 態に は多 様性がみられる。今回の研究ではHunt症候群症例を疱疹先行群・同時発症群・
疱 疹 後 発 群 の3群 に 分 類 し 、 そ れ ぞ れ の 唾 液 中VZV DNA量 の 定 量 と 抗VZV抗 体 価 の 変 動 を 調 査 し 、 症 状出 現パタ ーン とVZV再 活性 化動 態につ いて 解析 した 。ま た、 その 結果 から顔面神経麻痺の発症機序にっいて検討を加えた。
方法
1. 対 象 : 顔 面 神 経 麻 痺発 症 後7日 以 内 に 初 診 し たHunt症 候 群42症 例 を 対 象 と し た 。 2. 唾 液 中VZV DNA量 の 定 量 : 初 診 時 以 降 再 診 ごと に 採 取 し た 唾 液50V1中 のVZV DNA量 をreal‑time PCR法を 用い てそ れぞ れ2回 定量し、その平均値を唾液中VZV DNA量とした。
唾 液 中VZV DNA量 の 変 動パ タ ー ン を 、 ◎ 初 診 時 以 降DNA量 が 徐 カ に 減 少 す る 漸 減 パ タ ー ン 、 ◎ 一 度 増 加し てその 後減 少す る増 加パ ター ン、 ◎経 過中 にVZV DNAが検 出さ れな い陰性パターンの3っに分類した。
3.血 清抗体 価の 測定 :初 診時 およ びそ の2〜3週 間後 に採 取し た血清 を用いて、ELISA法 に よ り 抗VZV IgG.IgM抗 体 価 を 測 定 し た 。 抗VZVIgG抗 体 価 が50以 上 ( 健 常 人 の 平 均
値十3 SD 以上)を示した場合に高値とみなした。
結果
1 .疱疹と顔面神経麻痺の発症パターン:疱疹が麻痺発症の3 日以前に認められた疱疹先行 例が13 症例、初診時に疱疹を認めず、麻痺発症の3 日以降に疱疹が出現した疱疹後発例が 7 症例、それら以外の同時発症例が22 例であった。42 例中25 例 (60 %)において、経過 中に少なくとも1 回VZV DNA が唾液中に検出された。
2 . 疱疹先 行例 にお ける VZV 再活 性化動 態: 疱疹先行例では唾液中VZV DNA 陽性率は 31 %と低く、陽性例でのVZV 変動パターンは全て漸減パターンであった。また、初診時 (大部分の症例で麻痺発症時)既に血清抗VZV IgG 抗体価が高値を示した症例が91 %を 占め、初診時のVZV IgM 抗体陽性率も 73 %であった。一方、 2 〜3 週後の測定において はIgG 抗体価の有意変動は認められなかった。
3 .疱疹後発例におけるVZV 再活性化動態:疱疹後発例では71 %にVZVDNA が検出され、
陽性例の変動パターンは80 %が増加パターンで残りが漸減パターンであった。初診時には 全 例で 抗VZVIgG 抗体価 が低 値で IgM 抗体 も陰 性であったが、2 〜3 週後の測定におい ては全例でIgG 抗体価の有意の上昇を認め、また71 %の症例で IgM 抗体が陽転化した。
4 . 同時発 症例 に茄けるVZV 再活性化動態:同時発症例では VZVDNA 陽性率は73 %であ り、陽性例の変動パターンは増加と漸減パターンが同程度みられた。初診時に血清抗VZV IgG 抗体価が高値を示した症例が52 %に認められ、初診時のIgM 抗体陽性率は43 %であ った。またIgG 抗体価の有意の上昇認めた例が52 %、 IgM 抗体が陽転化した例が43 %で あった。っまり、VZVDNA と血清抗体価の変動パターンは疱疹先行例と疱疹後発例の典 型パターンが混じた結果となった。
考察
Hunt 症候群においては、疱疹のみならず、唾液、涙液、末梢血単核球などからVZVDNA が検出されることが報告されているが、VZV 再活性化の動態を調べた研究は少ない。VZV 関連の神経疾患においては、臨床所見からVZV 感染の様々な時期に神経症状が発症する ことが知られている。今回の研究ではHunt 症候群において、VZV 再活性化の開始時期か ら消退時期までの様々なタイミングで顔面神経麻痺が発症することをウイルス学的解析に より明らかにすることができた。すなわち、疱疹先行例ではVZVI )NA 陽性率が低く、陽 性例での変動パターンは漸減パターンのみであり、麻痺発症時にはウイルスの再活性化が 消退時期になっていたことが考えられる。疱疹先行例の血清抗体価を調べると、麻痺発症 時にVZVIgG 、 IgM 抗体がともに上昇しており、2 〜3 週後の解析でもIgG 抗体価の上昇が みられず、麻痺発症時既に抗体価がピークの近傍に達していたことが考えられ、このこと からもウイルス再活性化の消退時期に麻痺が発症したことが確実である。これに対して、
疱疹後発例ではVZVDNA は初診後上昇し、疱疹が遅れて出現し、IgG 、IgM 抗体価は2 〜 3 週後に有意の上昇を認めた。っまり疱疹後発例では、VZV 再活性化の早期から麻痺が生 じたとみなせる。同時発症例では唾液中,VZVI )NA と血清抗体価の変動が、ともに疱疹先 行例と疱疹後発例の典型パターンが混じた結果となった。
Hunt 症候群における顔面神経麻痺の発症機序をVZV の再活性化動態から考えると、再
活性化に伴う神経炎はVZV 再活性化の早期から生じ得ると考えられるが、個々の症例に
よって発症するタイミングが異なっていることが考えられる。その要因としては以下の事
項が挙げられる。1 )神経炎の発症機序:ウイルスによる直接障害、またはウイルス感染
後の免疫反応に基づく神経炎などの違いにより、炎症・浮腫の程度とその進行が異なるこ
とが推測される。2 )解剖学的要因:側頭骨内顔面神経管内での顔面神経の占める割合の 差異により、神経の絞扼、虚血の程度とその進行が異なることが推測される。すなわち、
VZV 再活性化に伴うウイルスによる直接障害あるいは免疫学的機序によルウイルス性神 経炎が発症し、更にそれによる神経の浮腫、絞扼、虚血がおこり、麻痺の発症にっながっ ていくと考えられるが、それぞれの過程に要する時間、さらには解剖学的要因も加わるこ と に よ り 、 様 々 な タ イ ミ ン グ で 顔 面 神 経 麻 痺 が 発 症 す る と 推 測 さ れ る 。 本研究においてはHunt 症候群におけるVZV 再活性化動態をウイルス学的に解析した。
その結果、顔面神経麻痺はVZV 再活性化の様々なタイミングで発症することを示し、Hunt
症 候 群 に お け る 症 状 発 現 の 多 様 性 を 明 ら か に す る こ と が で き た 。
学位論文審査の要旨
学 位論 文 題名
Variable patterns of varicella‑zoster virus reactivation in Ramsay Hunt syndrome
( ラム ゼ イハント 症候群に おける水 痘帯状疱 疹ウイル ス再活性化 の多様性 )
Ramsay Hunt症候群(以下、Hunt症候群)は水痘帯状疱疹ウイルス(varicella‑zoster virus:
VZV)の 再活 性 化に よ り 発症 し 、耳 介 皮 膚や 口 腔咽頭 粘膜の疱 疹、末梢 性顔面神 経麻痺、
難 聴や 耳 鳴お よ び めま ぃ など の 第8脳 神経 症 状を3主徴とす る疾患で ある。Hunt症 候群に おける 顔面神経 麻痺の発症 機序につ いてはい くっかの 仮説はあ るものの 未だに不明な点が 多い。 本疾患に おいて帯状 疱疹と顔 面神経麻 痺の発症 の関係を 調べると 、両者が同時に出 現する 例、疱疹 が先行する 例、麻痺 が先行す る例など 様々であ る。っま り、Hunt症候群に おける 顔面神経 麻痺発症の 病態には 多様性が みられる 。本研究 において はHunt症候群にお け るVZV再 活 性 化 動 態を 明 ら かに し 、VZV再 活 性化 に よる 顔 面 神経 麻 痺 発症 の 病態 を 検 討した。
顔 面 神経 麻 痺 発症 後7日 以内 に 初 診し たHunt症候 群42症 例 を 対象 と し、 疱 疹先行 群・
同 時発 症 群・ 疱 疹 後発 群 の3群に 分 類 した 。 それ ぞ れ の唾 液 中VZV DNA量 の 定量と 抗VZV 抗 体 価 の 変 動 を 調 査 し 、 症 状 出 現 パ タ ー ン とVZV再 活 性 化 動 態 に つ い て 解 析 し た 。 そ の 結果 、 疱 疹先 行 群 にお い ては 唾 液 中VZV DNA量 は漸 減 パ ター ン をと り 、初診 時に 血清抗 体価がす でに高く、 抗体価の 変動を示 す例が少なかった。一方、疱疹後発群ではDNA 量は増 加パター ンをとるこ とが多く 、初診時 に抗体価 は低く、 抗体価の 有意変動を示す例 が 多か っ た。 同 時 発症 群 にお い て はDNA量 は 漸減 ・ 増加 の 両 者の パ ター ン を 呈し、抗 体 価 の 変 動 も 上 記2群 の パタ ー ン が混 じ てい た 。 以上 か ら、Hunt症 候 群に お いてVZV再 活 性化の 開始時期 から消退時 期までの 様々なタ イミング で顔面神 経麻痺が 発症することが明 ら かと な った 。VZV再 活性化に 伴う直接 障害あるい は免疫学 的機序に よルウイ ルス性神 経 炎が発 症し、更 に神経の浮 腫、絞扼 、虚血が おこり、 麻痺の発 症にっな がっていくと考え られる が、それ ぞれの過程に要する時間、さらには解剖学的要因も加わることにより、様々 なタイミングで顔面神経麻痺が発症すると推測された。
本 研 究に お い てはHunt症 候群 に お けるVZV再 活性 化 動態 を ウ イル ス 学的 に 解析し た。
そ の結 果 、顔 面 神 経麻痺はVZV再活性化 の様カなタ イミング で発症す ることを 示し、Hunt 症候群における症状発現の多様性を明らかにすることができた。
口頭発 表後、副 査の佐々木 教授から 「知覚神 経の症状 である痛 みと麻痺 の出現のタイミ
郎 直
諭
和 秀
嶋 木
田
々
長 佐
福
授 授
授
教 教
教
査 査
査
主 副
副
ング」「疱疹先行型のウイルス量」「特発性顔面神経麻痺におけるvzvの関与」にっいて、
副査の福田教授から「潜伏感染DNA感染量と発症パターン」「疱疹の数などの皮膚粘膜症 状と発症パターン」「発症パターンと予後の関係」「抗VZV抗体保有率の変動」について、
主査の長嶋教授から「ウイルス株の違いによる影響」「電気生理学的な予後診断」「疱疹後 発例における麻痺発症機序」に関しての質問があり、学位申請者はいずれにも適切な回答 を行った。
この論文は、Hunt症候群においてVZV再活性化の開始時期から消退時期までの様々な タイミングで顔面神経麻痺が発症することをウイルス学的に証明したことで高く評価され、
今後のHunt症候群の病態解明、新たなる治療法の開発に向け研究の発展が期待される。
審査員一同は、これらの成果を高く評価し、大学院課程における研鎮や取得単位なども 併せ申 請者が博士 (医学)の 学位を受けるのに充分な資格を有するものと判定した。