臨床的個人理解についての基礎的研究の展望と考察
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(2) . 9年8月 昭和3. 北海道学芸大学紀要(第一部). 第15巻 第1号 C. 臨床的個人理解についての基礎的研究の展望と考察 鈴. 木. 正. 義. 北海道学芸大学函館分校教育心理学研究室 look of the Fundamen鎧1 ~[ asayoshi SUzUKI: The out I Under ini Studi l 旧nding of a Singl e Person s E 潟 on C1 ca. l . 序. 章. 最近, 伝統的精神医学的疾患分 類あるいは外部的基準に基づく心理学的診断の不適切性に関す る論議が, 精神医学者および心理学者によっ て, 活溌に行なわれている。 因子分析法によっ て現在 Ey ) s enck の精神医学的分 類体系の前提の改訂を目論む研究者( ,1952 , 命名診断, 疾患分類の危険性. l 48 を指摘したり(Ma ) s ow,19 , 学習理論に基づいて現在の疾患分類の概念化過程へ不信を表明して l i l i 1961 t )が あ る。 Zi い る 研 究者(Rot erand ph )は, 現今, 精神疾患の分類に反対する er gl ps( ,1954. 主張を支持する空気が, 多くの臨床家の間に広まっ ている理由と して, 現在の精神医学的分類体系 di i c な方法と, 対立する に幻 滅 を 感 じ て い る こと の ほ か に, 分 類 診 断 が, 力 動 的 理 解と か i ograph d i i もの で あ る と い う 考 え が 反 映 さ れ て い る と み な して い る。 i ograph c な立場を強調する精神医学. および心理学の臨床家は, ある個人なり精神疾患が一つのカテ ゴリーへ分類されるとき,.それらが もつ多様にして独自な特徴が見失なわれてしまうこと, 更に, 現在の分類体系がそれらの時間的変 化過程に十分な関心を持っ ていないという理由で, 反対 している。 最も強く, 現在の分類体系や分 類診断に反対意見を表明 しているのは Rogers 派 に 属 す る 心 理 学 臨 床 家 た ち で あ る(Rogers ,1946 ,. 1951; Pa t t ) er son,1948 。 彼 ら の 反 対 理 由 を 要 約 す る と 次 の よ う に な ろ う。 身 体疾 患 の場 合 に は, 同. 一失患と分類された患者は, いずれもその経過も結果も殆ん ど同じであるのに対 して, 器質性精神 疾患を除く他の精神疾患の場合には, 同一の診断を受け, 同一のカテ ゴリーへ分類された患者の間. には, その経過や結果について著しい相違がある。 また, 治療という 点からみても, 分類診断は, 治療法の選択に必要な正確な情報を与えてくれることは少ない。 更に, 診断的知識は, 外部的準拠 枠によっ て個人を理解しようとするものであり, 個人をその内部的準拠枠から理解することを目 ざ 1957 )は, 外 部 的 準 拠 枠 か s( して い る ク ライ エ ン ト中 心 療 法 と は, 無 縁 の も の で あ る と す る。 Roger. ら個人を理解する診断的評価は, パーソナリティの 変容過程を研究するような場合には, 一方法と して採り得るものであるが, 心理療法との関連に おいて言えば, 診断は心理療法を成功させる条件 と して 認 め ら れ な い と 述 べ て い る。. Zi er ら は こ れ ら の 意 見 に 対 して, 興 味 あ る 反論 を 述 べ て い る。 gl. d i 彼 ら は, i ographi c な立場. er らによれば, 個人なり事象が を表明する臨床家が強調する個人の独自性は認める。 しか し, Zigl 一つのカテ ゴリーへ分類される際には, たしかに, それらが有している独自性はある程度失なわれ. ようが, いかなる分類図式も, 必然的にこの種の損失を含んでいるものであっ て, その損失を補っ て余りある利益を, その分類図式が提供するかどうかという点こそ問題にされるべきであるとする。 i i c な方法にも 当 然 必 要 ograph 分 類 図式 は, 科 学 の 基 礎 的 段 階 に お い て は 必 須 の も の で あ っ て, id l er ら は, Roger s 派の主 張に と さ れ る も ので, 決 して 対 立 す る も の で は な い と い う の で あ る。 Zig. - 55 -. . ・ : ● . ▼ ・ 1 1 . 1 ● ’ ● . ● ● ●. 1 .. . . . : . : ● 1 . . ● ・ ・ ・. . ● 1 1 ・. 1 1 ・. ・. ・ ・ . ● 1 ..
(3) . 鈴. 木 正 義. 対 しては, 次のように反論する。 診断が治療効果に影響をおよぼすとの理由で, 分類診断に反対す る主張は, 面接, 心理検査, 事例史聴取, 環境調査, 身体的検診などを含む現在の科学的分類行為. と しての診断を混乱させるものである。 それは科学的研究の段階と して必然的に起る分類という基 礎作業から, 分類行為の心理治療場面へおよぼす影響という応用面へ, 注意をそらすものである。 診断を科学化するためには, たとえ, 特定の分類図式が不適切で不明確なものと して拒否されると. しても, 分類体系そのものの必要性には賛成しなければならないと述べている。 d i i 具体的個人の理解という仕事に従事 している臨床家が,i ogr aph cな研究方法と呼ばれるもの. d i i ic と い う用語 に 関 心 を 示 す の は, む しろ 当 然 で あ る。 周 知 の よ う に, i thet c お よ び nomo ograph. lband( 1904 ‐ は, W. Wi )の 著 書 Ge sたたみだ の24 Mα粥7 Ui e〃“ねα弗 に お け る 使用 法 か ら借 用 さ れ nde Z s s 1 1 9 3 7 た も の で あ る。 G, W. AI t ( こ 概 )が 念 理 学 的 有用 性 を 主 張 して, 現 代 心 理学 へ 導 の の 心 o r p ,. 入 して以来, 臨床心理学およびパーソナリティ心理学において, 頻繁に使用されるようになっ た。. G. W.AI 1 1938 t( )は, パ ー ソ ナ リ テ ィ は 科 学 と 芸 術 の 共 通 の 研 究対 象 で あ り, そ れ ぞ れ の 部 門 は por. その研究方法に長所を持っ ているとし, パーソナリティの豊富に して複雑な全体構造を考えるとき, 心理学は, 芸術とくに文学の研究方法から多く の も の を 学 ぶ べ き で あ る と 主張した。 更に, 彼. 1 946 ( )は, 科学は事象についての理解, 予測および統制を目 ざしているものであり, 心理学が人間 の行動について同 じことを目 ざしているならば, 機能的自律性を含めての一般法則の追求だけでな. 1 1961 t t )を解明 しな け れ ば な ら な い と 述 べ て い る。 G. W, AI t( く, 個人の全体的な結構( e r n ) por pa i t に よ れ ば, nomothe c な研究方法は, 人間行動の一般法則を追求 し, 科学と して許容されてい ・る手 i i 続 の み を 使 用 す る。 他 方, id c な研究方法は, 結構化された独自な体系である個人の 理 解 ograph d i l i t を 目 ざす が, indi v ua y は現在の科学によっ ては研究され得ないので, その研究方法の科学化の. 大部分は今後に期待されるものであるとされている。 例えば, 個人の知能や支配性が他人との比較 において研究される場合 が nomothetic であり, 個人の知能が彼自身の支配性, 価値観, 良心その. c であるとさ 他の パーソ ナリティ 内部の諸変数に対 して関連する仕方を研究する場合が idiographi れ て い る。. このような二つの研究方法の分離についての考えは, 臨床心理学やパーソナリティ 心理学の諸 問題を秩序 づけ, 解決への見通しを与える結果になっ たとは限らない。 しかし, 具体的個人の理解 という問題の重要性を, あらためて印象づけたことは確かであっ て, 現在もそれらの研究方法をめ. i i i l imens l l i i l など t t t a s ca c ona a ver sa ぐ っ て多く の 論 議 が展 開 さ れ て い る。 nomothet ,s ,d ,actuar ,uni の用語に対 し,idiographic,clinical, morphogenic,individual,particular などの用語が, 対照的意味. に用いられたり, ときには, ある程度重復 した意味で用いられるなど, 研究者によっ ては若干の相. 違がある。. 2. i ic な研究方法 diographic な 研 究 方 法 と nomothet. di i i Beck( 1953 d t i i )は,i ograph c な 方 法 と nomothe c な方法とを比較考察した後,i og r aph c な方. i the t 法 は 単 独 で 使 用 可 能 な も の で な く, nomo c な方法による研究成果の基礎の上に立っ て, 初 めて. 使用可能となるものであり, 今後の パーソナリティ 心理学の発展のためには, これら二方法 の統合 が必要であると主張した。 この主張は, その後に続く論争の出発点となっ た。 Be ck は,nomothetic. な方法は, その原理が完全にそ して正確に固守される度合が高いほど, その方法は, 全体と して機. i 能 して い る 個 人 を 研 究 す る の に 不 適 切 な も の に な っ て ゆ く と 述 べ て い る。 彼 に よ れ ば, nomothet c. な方法は, 行動を規定する諸変数を単離して研究することに重点を置き, 個人内の諸変数が相互に - 56 -.
(4) . 臨床的個人理解についての基礎的研究の展望と考察. 影響しながら全体像を生み出 してゆく力動的体制を取扱わないものである。 一つの変数について観 察される個人の数が多くなるほど, 得られる結果の客観性は増大するとされるが, その変数へのそ れ以外の変数の諸影響は除外されてゆくことになる。 例えば, 彼によれば, 勇 敢, プライ ド , ユー モ ア 感 覚 そ の 他 の パ ー ソ ナ リ テ ィ 特 性 を 分 離 し, 個 々 に 測定 し, 多数 の 人 び と の 間 に お け る そ れ ら の 分 布状 態を 問 題 と す る の が, nomothe i t c な方法とみなされている. 。 それに対 し, 心理学的測定用 具を個人に課 し, それらの特性がどの程度存在するかを調べ, その個人内において, それらが相互. 作 用 して い る 力 動 的 過 程 を 研 究 問 題 と す る の が, i d i c な 方 法 で あ る と さ れる。 した がっ て, ographi h i di i nomot etc な方法は, 常 に, i ograph c な方法に, 先行するというわけである。 人間行動を規定. する諸変数の心理学的 研究には, これらの二方法が相補的に使用されるべき であるが, 個人の理解 i に 関 して は, nomothe d t i c な方法は多くの限界と欠点を有しているので, しだいに i cな ographi ・方. 法 が要 請 さ れる よ う に な っ て き て いる と す る。 そ して, 彼はi di ographi c な研究方法の代表的なも. の と して St ephenson の Q 技法を挙げ, 分裂病患者の研究に用いた結果を簡単に紹介 している。 Beck の こ の よ う な 主 張 に 対 して Ey 1954 )は 批 判 を 試 み て いる , senck(. 。 そ れ に よ る と,Beck は i i the t nomo c とid iography 概 ographi c と い う 用 語 を, 本 来 の 意 味 に お い て 用 い て お ら ず, 彼 は id. 念を全く放棄して しまい, その代りに,伝統的に nomothe i i i t c と さ れて いる 手 続 の 一 部 にid ograph c と再命名している。 異なる方法に独断で新らしく命名することは, 単に意味上の混乱をひき起こす だけであ る。 Beck が言う idiograph i i t c な 方 法 は本 来 nomothe c な も の で あ り, St ephenson の Q. 技法もidiographic と 呼 ば れる 独 特 の も の で は な く,. R 技 法 と 異 なる も の で は な い。 独 自 な 個人 と い う も の は, 結 局, 多 く の 量 的 変 数 の 相 互作 用 で ある の で,パ ー ソ ナリ テ ィ 研究 の方 法 は nomothe i t c. な も の でな け れ ば な ら な い と 主 張 して いる。. lk( 1956 その 後, Fa )は, こ れ ら二 方 法 に つ い て 比 較 し考 察 して いる が, そ の 主 張 す る 要 点 は 次. di i の通 り で あ る。 i ograph c な方法は, 予備研究などにおいては優れた価値を持つものである 。 人. 間行動について非統制的であるが, 新らしい観察をな し, 新らしい変数や仮説を豊富に供給し, 研 究者が作業仮説を形成するのに非常に役立つ ものである。 しかし, 作業仮説 の 確 証 の た め に は, d i i i i ograph c な方法を使用することはできない。 そ の た め に は, nomothe t c な方法を用いなければ ならず, 更に, 具体的個人の理解という idiographic な 目標 は, 終 局 的 に は, nomothet i c な方法に よ っ て, よ り 一 層 正 確 に 到 達 さ れ る も の で あ る。 i d i な方法は作業仮説 ographi c の形成に 役 立つも. i の であ り, そ の 限 り に お い て, nomo the t c な 方 法 を 補 足 する も の で あ る。 した がっ て, Beck にあ d h i i i h な i て は 方 法 が t t o r a c i っ t g p c , , nome e c な 方 法 に 先 行 す る と い う の で あ る。 そ して, nomothe. な方法は, 諸変数の精密な測定を目 ざし, 一般法則の確立を追求しており, 将来, 多くの変数の相 互関係が解明されるであろうから, そのときには, 一般法則とその相互作用によっ て, 個人の パー ソ ナ リテ ィ の 結構 を説 明 で き る で あ ろ う と して いる。. G.\▽.AI 1 1962 i t( )は, 従 来 の nomothe i i t c な 方 法 とid por c な方法に関する論争 を 通 じ ograph. て, これらの用語は, 特別の感情的色彩を帯びたり, ときには本来の意味とは違っ たものとして使 用されたり, 更には綴字が間違えられて使用されることが, いましばあっ たので, これらの用語を. 棄て新らしい用語で論議する方が, 個人理解の理論のすみやかな発展を促すであろうと述べている。 i そ して, nomothet c と idiographi 1 と morpho imens i c と に, そ れ ぞ れ対 応 する 用 語 と して, d ona ‐. c と い う 用 語 を 使用 す る こ と を 提 案 して いる。 morphogeni geni c と いう 用 語 は, 生 物 学 よ り 借 用 さ. れたものであるが, 生物学における使用法と同じではな い。 G. W.AI 1 t によれば, パーソナリティの共通の変数とは, すべての個人を水 平 線 上 に並べ por - 57 帽. 1 . ・ ・ . ・ ● ′ ● : ′ ’ ● ● ・ . ー ・ . r . 1 . ・ ● ● . 1 1 1 1 1. 1. ●. . i ・ ・. 1. 」. ・ 1. . ・ 1 1.
(5) . 鈴 木 正 義. て比較可能な次元に在る ものを意味する。 例えば, 不安, 外向性, 支配性, 創造性という特性や,. l( i i imens t ) な 立場に 立 the c ona あ る い は, 学 習, 抑圧, 同 一 視 と い う 過 程 が そ れ で あ っ て, d nomo lな立場から個人を理解 しようとす i ona つ研究者は それらに研究の焦点を合わせている dimens. 。 , る研究者は, 個人の普遍的一般基準あるいは集団的一般基準に対する一致度あるいは逸脱度を 採り あげる。 しかし, その個人が個人として成立する独自性は, 皮の行動や性質が一般基準という点か. ら説明されるときには, あとに取残された残津の特色に過ぎないことに なると述べている。 1 t は, 個人の理解は, 水平線上に個人 を並べてその共通変数を 追 求 し一般 更 に, G. W.AI por lな方法のほかに, 全体と しての個人を研究対象として採りあげて, i ona 法則の確立を目 ざす dimens 個人の パーソナリティの構造を, いわば垂直線的に理解する. morphogenic な方法を必要と す る と. 主 張 す る。 彼 は, morphogeni c な方法が科学的方法と して認められるためには, 個 人 の 結 構 を 直 観 し了 解 す る だ け で は 不 十 分 で あ る と し, morphogeni c な性質を持っ と同時に, 検証, 伝達, 予測 c 心 理学 に含 ま れる 方 法 の が可能な手続が必要であると述べている。 彼が掲げている morphogeni. lstruc‐ ldwin( 1942 ) Ba sona 主 な も の は 次 の 通 り で あ る。 1 ) に よっ て 考 案 さ れ た 個 人 構 造 分 析 ( per. l i ture a )による, s s na y. 1 1937 t( )に よ っ て 提 案 さ れ 個人表現記録の内容分析の方法。 2) F. H. AI por ) 完全感, 十分な機能感を与える た teleonomic trend にしたがっ て個人の行動を分類する方法。 3 l imen i s ona 経験などについて直接質問し, 個人の価値体系を解明する方法。 更に彼は, 部分的に d. l l ) G.A. Ke ‐morphogenic な 方 法 を 掲 げ て い る が, そ の 主 な も の は 次 の通 り で あ る。 1 である semi y R C G I 1 l t ) ) . W. A por 1955 ( ) によっ て考案された役割構成目録検査(Ro e onstruct epertory Test 。2 1 l 1953 t ) St )の Q ) ephenson( ues l960 他による価値観検査 (AI ‐Li ndsey Study of Va ‐Vernon por 。3 ‐ 1 t は, 自己認識に関する資料は, すべての資料の中で最も内容が豊富な 技法。 加えて G. W.AI por. ものであるから, 臨床家は, 被験者が児童, 精神疾患者, あるいは明らかに自己防衛的な者であっ ても, この種の資料を中心と して, 資料収集すべきであると している。. 1938 Mur )は, 個人を研究単位と して採りあげ, その十分な理解を目指す心理学の部門を, r ay(. ‐ 1 l 1962 t( t )は, G. W. AI ray ら sono ogy と 呼ぶ こ と を 提 案 して い る。 Hol por per , Mur , G. Murphy 1 t の理論を現 のパ ー ソ ナ リ テ ィ 理 論 を Personology に含まれるものと しており, 特に G. W. AI por. l 代の代表的理論とみな し, 批判を加えている。 Ho t はゞ 先ず, personology の主な特徴的主張を次 の 7 項 目 に ま と め て い る。. 理解でなければならず, 予測および統制であっ てはならない。 2 ) hy t )であっ て, そ れ ら は自然科学にお empa personology に固有な方法は, 直観と感情移入的理解( l い て は 占 め る べ き 場 所 を 特 た な い。 3 )per sono ogy は, 心理学の客観的部門とは正反対の主観的学 1 ) personology の目標は,. 問であり, そ して価値と意味とに関連を持っ ているものであるが, それらは量化不可能なものであ る。 4 )personol ogy の用いる概念は個別化されねばならない, 自然科学の概念のように一般化され l )per て は な ら な い。 5 sono ogy において容認される唯一の分析は構造分析であっ て, 抽象分析では. ない。 それに対 し自然科学は構造に関係を持たない。 6 ) 人間的状況においては, 偶然と自由意志 l の 果 す 役 割 の 故 に, パ ー ソ ナ リ テ ィ に つ い て の 一 般 法 則 は あ り 得 な い。 7 )per sono ogy に お い て. は, 研究対象が独自な個人である故に, 一般法則はあり得ない。 そ して独自な個人は自然科学の中 に占めるべき場所を持たない。 l こ の よ う な persol t の批判は, ・ology の特徴的主張に対する Ho. 上述の論点の複雑な性質上, 多岐にわたる詳細なものであるが, 要約すれば, 次のようになる。 われわれが科学的理解と言うとき, それは予測と統制の可能を意味する。 例えば, 背髄性小児 8- -5.
(6) . 臨床的個人理解についての基礎的研究の展望と考察. 麻輝の科学的理解とは, その原因となるポリオ・ビールスを分離 し, 更に, ビールスが背髄を侵し急 性灰白髄炎をひき起こ し, 結果と して肢体に麻庫をもたらすと いう, ビールスが人間を肢体不自由 に す る 条 件 と 過 程 と を 確 認 す る こ と で あ る が, per l sono ogy が 主 張 す る 理 解 は Verstehen に近く,. それは パーソナリティの特性, 動機あるいは構造を徹底的に目録化 し測定すること によっ て パー , ソナリティの理解に達しようとする科学と しての心理学と は無縁のものである。 科学と して の心理. 学も真観と感情移入的理解とに関係を持つが, それらは, 研究者が研究対象, 統制すべき変数 使 , 用すべき実験的戦略を決定するとき, および, 実験データの構造内において新しい発見をするとき. に用いられる。 しかし, 立証方法, つまり科学的 研究の仮説検証の段階においては 直観と感情 移 , 1 入 的 理 解 と は 入 り 込 む 余 地 は な い。 G. W. AI t はすべての人びとに共通に存在 していると仮 定 por される特性を用いることによっ ては, 個人の独自性を表 現できないので, その個人に特有な特性を. 用いることを主張 している。 しかしそのような個人的特性を記述するためには, 新造用語を使用す る か, あ る い は, 既 存 の 用 語 の 独 自 な 布 置( i t con6gura on)を 使 用 す る か の い ず れ か に よ ら な け れ ば. ならない。 しかし, 前者の場合には伝達不可能となり, 科学と して成立しない し 後者の解決法は , ic な一方法となる 今日の自然科学では構造概念 構造分析は普通のこととな ており nomothet っ 。 , , l 同 じこ と が per sono ogy においても将来起こるであろう. 。 人間的状況においては, 偶然と自由意志 の果す役割の故に, パーソナリティに関する一般法則はあり得ないとする主張は, 科学の立場に立 つ限り支持できない。 科学的研究は, 完全な決定論を基礎仮説として必要とするものである 理論 。 的には, 人間の行動は, 必要なデータがすべ て得られているときには正確に予測され得るものであ る。 科学は, その方法によっ て決定されるものであっ て, その 研究対象によっ て決定されるもので はないから, 個人も, また意味や価値も, 正統な科学的 研究の領域に含まれるものであると 以上 , の よ う に 批 判 して い る。. Ho l d i i t がi logy と して 一 括 し そ の 特 徴 を 七 項 に 要 約 ograph c な特質を有する理論を pe rsono , di h して 示 して い る が, こ の要 約 は,i i ograp c な立場に立つ研究者が暗黙のうちに容認している論理. まで摘出 していて手きびしいが, 梢極端に過ぎて事実と合わないところもある しかし それにつ , 。 い て の 批 判 は 穏 当 であ っ て, 大 体 に お い て 認 め る こ と の で き る も の で あ る Hol t は最後に, 。 d i i i he i ograph c および nomo t t c という用語で研究方法や立場を区別することは無意味であると して い る。. St 1953 )は, Q 技 法 が, 一 般 的 基 準 尺 度 の 代 り に, 独 自 な ( ephenson( i i t ) 尺度 に 基 づ い て ve psa. おり, 個人についてもこの技法により 研究可能であるので, 典型的 idiographi c な方法であ る と 述 べ て い るd Q 技法は従来の R 技法とは方法論的に異なるもので Q 技法で得た結果と R 技法で得 , た結果とは, 相互交換が不可能であると している。 この技法は, 自己報告を利用するという長 所を f l 対し, 自己概念( t s e c e )の変容を測定するのに有効であり, 制限はあるにしても個人理解へ接 onc ‐ p. 近する優れた方法であることは確かであるが,しかし, 特にidiographic な方法と 呼 ば れ 得 る も の 1 で あろうか。 G. W, AI t が semi c な性質をもっと指摘したように ‐morphogeni por , この技法は, h i nomot etc な特質を包絡している Q 技法においては f 通常 一組の標 l 準的な自己言及項目( e s ‐ 。 , , referenti t )が与えられるが, 仮に, 特定個人の独自性に適合するように選択された項目が与え ems られても, すべてのパーソナリティ は, 同一の平均値, 同一の標準偏差, および正規に近い分布を 有するものと仮定されている。 すなわち, 本来の意味において idiographic と 呼 ば れ る 方 法 と は 思 わ れ な い。. G. W.AI 1 t が掲げている morphogenic な方法は, 個人の全体的結構の把握の方法と しては por 9一 一5.
(7) . 鈴 木 正 義 ldwin は, 一婦人によっ て書かれた百通以上の手紙の内容 分析を い ず れ も 不 十 分 な も の で あ る。 Ba. 行なっ て, 息子への強い愛着, 強い美的関心, 金銭問題についての凡帳面さなどのパーソナリティ 特性を明らかに したが, その個人構造分析法は, 個人の独自性を解明するのには不十分なものであ 1 t の生活目的 を組織化して個人の行動と関連づけようとする方法は未完成 の も の る。 F. H. AI por. であっ て, 今後確立されるべき方法である。 個人の価値体系を直接の質問法によっ て解明 しようと する試みは, 個人の一層内奥の心理的事実に 迫ることを可能にするが, 同時に主観に流れる危険性. 1 t の 言 う mor ‐ こ の よ う な 方 法 を 体 系 づ け る こ と が で き た と して も, G, W. AI por h i Q 技 法 そ の 他, 彼 が semi i ‐morp ogenc な方法と し c心理学 が成立する可能性は少 な い phogen を 含 ん で い る。. 。 て掲げた項目 から印象づけられることは, 彼の意図とは逆に, 個人の理解に到達する方法として, i di t i c と い う 方 法 の 区 別 の 不 必 要 性 で あ る。 ographi c ある い は nomothe 3 . 臨床的予測と統計的予測. 臨床場面において, 具体的な個人の理解を追求する際, 多くの問題に遭遇するが, ここでは臨 床的予測の問題を中心に展望を試みたい。. 1 i l( Meeh 1954 t ら の id )は, G. W.AI c な立場の研究者が主張する個人のパーソナリ ographi por に テ ィ の 独 自 な 結 構 を 認 め, い か な る 二 人 も 正 確 等 しい と い う こ と は あ り 得 な い と 述 べ て い る。 し. か し, Meehlによれば, これらの研究者や臨床家が, 個人の行動について, 統計的予測よりも臨床. 的 予 測 を 重 視 して い る こ と に は 賛 成 でき な い と して い る。 Meehl は, 臨床的研究や活動における統. 計的方法の問題を論議する際に, 統計学の適用法を二つに区別して考える と, 現在みられる混乱は 少なくなるだろうとしている。 それら二方法について標準的名前はないが, 彼は, 一方を統計学の. l l idat i t d i tura ) i imina s ruc t )ある い は 妥 当 性 確 認 的( va ng)使 用 法 と 呼 び, 他 方 を 構 造 的( 弁 別 的( scr ve l i )使 用 法 と 呼 ん で い る。 あ る い は 分析 的( ana c yt. た だ し, こ の 二 種 類 の 使 用 法 の 間 に, 基 本 的 な 論. 理上の差異が存在 すると主張しているのではない。 弁別的方法とは, 研究されている行動の性質や 構造につ いて何の心理学仮説も持たない使用法である。 この使用法の純粋な場合には, 必要とされ る唯一の仮説は確率理論の仮説 だけである。 この使用法の典型と しては, 単純な有意差検定法があ る。 構造的方 法とは, 研究されている行動についてある経験的仮説あるいはその行動を説明するた. めに用いられる構成概念を, 予 め仮定している使用 法である。 そ して, その経験的仮説は, それ自 身, その統計的分析において直接確証されることのないものである。 この使用法の典型と しては, 因子分析や共分散 分析などがある。. Meehlは, 臨床家が臨床的予測が統計的予測より優れているということを主張 したいならば,. この統計学の二種の適用法のうち, 弁別的方法を用いなければならないと している。 臨床家の持つ パ ー ソ ナ リ ティ 理 論 と は 無 関 係 に, ま た, デー タ が ロ ー ル シ ャ ッ ハ・テ ス ト, MMP1 , TAT, 生 育. 史, 環境調査記録のいずれであろうとそれらと無関係に, 更にデータが予測目的のために, 直観,. 表, 方 程 式, ケ ー ス・コ ン フ ァ レン ス に お い て 発 展 さ れ る 仮 説 な ど に よ っ て ど の よ う に 統 合 さ れよ. うとそれと関係なく, その予測が偶然より優れた確率でなされるかどうかを知るためには, 弁別的 方法によらなければならない。 したがっ て, 臨床家は, 構造的使用法に反対する こ と が あ り 得 て も, 弁別的使用法に反対する理由はないのであっ て, 従来の臨床的研究における統計的方法の問題. が論議される際, 梢もすると臨床家 が混乱に陥っ たのは, 統計的方法をこのように二種に区別して 行 な わ な かっ た か ら で あ る と して い る。. 臨床家は, しばしば, ある臨床的用具や方法が, 通常の意味において妥当性の存在が証明され - 60 -.
(8) . ごついての基礎的研究の展望と考察 臨床的個人理解‘ l lusefu i lnes て い な い こ と が 判 明 して も, 既 に 「臨 床 的 有 用 性」( ) が あ る 場 合 に は, 妥 当 性 あ c ni ca s. l の考えを要約す る も の に な っ て い る と 考え る ,べ き で あ る と し て い る が, こ の 点 に つ い て の Meeh る と 次 の よ う に な る。 Meeh lによれば このことは 臨床家がその用具なり方法が診断や治療に役立っ ていると直観 , ,. 的に思い込んでいるだけのことである。 混雑 した データと複雑な判断を伴う多様なケースの混乱の 中で, その臨床的用具や方法による結果が有意義に優れたものであるかどうかを, 統計法を用いな. lは, このことは, 研究対象が行動障害の範 い臨床的判断だけで見極めることは困難である。 Me eh 囲内にある場合に限らず, 身体的疾患においても同様であるとして, 多発性硬化症患者に対するあ る治療法が, 臨床実践において有効なものと判断され, 数年間使用されてきたが, その最終結果に ついて組織的に記録し, 効果を調べたところ無効であることが判明した例を掲げている。 つま・ り,. 彼は, 臨床実践を 通じて臨床的判断だけで有効とする 「臨床的有用性」 は, 本来の妥当性を意味す る も の で な く, した が っ て, そ の 代 用 物 に す る こ と は で き な い と して い る。 い ず れ に して も 臨 床 家. は, その臨床活動の有効性を立証するには, 弁別的方法を用いる以外に方法はないとしている。 上述の Meehlの臨床活動における統計法の必須性についての主張は, むしろ当然過 ぎる 論 議. であるが, しかし, 臨床活動についての混乱 した論議を整理するためには必要なことであろう。 Meehlは, 予測の問題を取扱うのに際 し, 使用されるデータの種類と そのデータが予測のた ,. めに組合わされる方法とを区別し, 更に, 前者を心理測定的データと非心理測定的データに分け, 後者を機械的方法と非機械的方法とに分けている。 臨床実践において不断に起きてくるデータと予. 測方法との主な組合わせは次の四種類が考えられるとする。 1 ) 心理測定的 データが機械的方法で組合わされる場合。 例えば, 大学での学業成績 を 予 測 す るために, 知能検査と読書速度検査とが重回帰方程式において組合わさ ) ,れるような場合を指す。 2 心理測定的データが非機械的方法で組合わされる場合。 例えば, ロールシャ ッハ・テス ト, MMPI な どの 解 釈 に 熟 練 して いる 臨 床 家 が, こ れ ら の 用 具 に よ る プ ロ フィ ル を 調 べ て, パ ー ソ ナ リ ティ を. 記述 し, 予後を推測するような場合を指す。 3 ) 非心理測定的データ が機械的方法で組 合 わ さ れ る 場合。 例えば, 犯罪学の仮釈放表には, 最初の判決を受けたときの年齢, 地域社会の大きさ, 未婚. 既婚の別のような データ が用いられ, それらのデータは機械的方法で統計表によっ て組合わされて 予測されるが, そのような場合を指す。 4 ) 非心理測定的データが非機械的方法で組合わ さ れ る 場 合。 例えば, 患者の生育史, 面接記録, 病室における行動の観察に基づ いて, 精神医が電気衝撃療 法の実施を決定するような場合を指す。 Meehlの言う機械的方法とは, 方程式とか統計表をデータへ直接に適用 して予測 す る 方 法 の. ことで, 統計的予測法と同じ意味に用いられている。 これに対し, 非機械的方法とは, 臨床的判断 に基づく予測法で, 極端な場合には直観によるものであり, 臨床的予測法と同じ意味に用いられて いる。 ま た, 心 理 測 定 的 デー タ と は, 心 理 検 査 に よ っ て 得 ら れ た デ ータ と い う こ と であ り, 非 心 理. 測定的データとは, それ以外のデータのことで, 例えば, 生育史, 面接記録, 主観的印象, 未婚既 婚の別, 就職未就職の別, その他の環境調査記録などが含まれる。 彼の主な関心は, データの種類 よりも, 予測のためのデータの組合わせが統計的手続によるか, あるいは臨床的判断によっ て行な. われるかという点にある。 Meehl は, 上述の観点から, 従来の統計的予測法と臨床的予測法との比較研究を概観 している 。. Sarb in( 1942 )の Mi t so nne a大学の新入生の学業成績の予測研究, しばしば統計的予測法の優位性を l ke( i 1950 示す証拠と して引用される E. L. Kel )の臨床心理学訓練生の成績 の 予 測 研究, s y and F - 61 -. , 1 , 1 ● ● ・ 1 1 ‐ 1 1 , . ・ . . ● . ー 1 」 ・ ● ● . . ● ● . . 1 ・ . 1 . 1 .. . . ‘ ● 1 」 . . ・. .. ● .. ・. 1 1. 1.
(9) . 鈴 木 正. 義. Bar 1953 )が 行 な っ た M MPI の プロフィ ルに基づく成人神経症患者に対する心理療法の効果 の ron (. 予測研究など,25の研究を概観している。 研究手続などに問題があっ て明確な結論の出ないものも あるが, 約半数 の研究においては, 統計的予測法と臨床的予測法とは, ほぼ同程度の有効性を示し. ているが, 残りの研究においては, 明白に統計的予測法が優れていることを示 している。 結論とし て,.Meehl は, 臨床的予測法は, 標準定式を用いて機械的に予測する統計的予測法 よ り 劣 っ て お り, 無益な代用物であると述べている。 l l 1 l の 言 う 臨 床 的( i 1962 こ の よ う な Meehl の結論に対し G. W. AI )は, Meeh t( c ni ca )と い por. う用語を morphogenic と 同 意 味 に 解 して, Meehl の行なっ た比較研究は, 臨 床 的 あ る い は mor ‐ 統計的予測より劣っ ているという最終結論を示すものでなく, むしろ, 心理学. c な予測が, phogeni. 者が, 臨床的熟練を訓練によっ て最大なものにする方法を, 未だ知っ ていないという ことを証明す る だ け で あ る と 述 べ て い る。. 1 こ の G. W. AI t の批判は, 表面的に解される べきではない。 われわれは, 彼の言葉の中に por l が主 な 重 要 問 題 の 含 ま れ て い る こ と に 気 づ く。 そ れ は, こ れ ら 二 つ の 予 測 法 は, 実 際 に は, Meeh. 張する程明確に区別され得るものであるか, データ収集から最終予測が行なわれるまでの過程には. 多くの判断が含まれる可能性はないか, さらに, 臨床的予測に関する研究は, 予測者の判断到達の 行動についての研究によっ て解明されるものではないかなどという諸点である。 臨床的とか, 直観. 的という用語は, 多様な臨床活動の内容を含んでいるからである。 Meeh l の論文に対 し 最も組織的に行なわれた批判は Ho l l 195 8 t t( )によるものである。 Ho , , l が, 臨床的予測対統計的予測というように 二つの予測法に明確に区別 し, 両予測法の は, Meeh ,. 対立を促すようなかたちで, 問題提出を行なっ たことは不適切であると している。 何故 な ら ば, Meeh l は, 臨床的および統 ・計的という用語の内容を詳細に分析することなく, 臨床活動における多. 様な予測をこの二方法に区別可能と しているが, 実際には困難な場合が多い。 更に, 臨床的予測と か臨床的方 法のような複雑な問題を論議するときには, その論点は鮮明な形で引き出されにくいが.. 人間行動の予測における臨床的判 断の役割ということが中心的論点になるべきであるとする。 した l がっ て, いかなる場合に臨床的判断は最も有効であるかということになる。 Ho tによれば, 臨床的 判断とは, 既に入手している諸事実と諸理論に基づいて思考 し, 結論に到達する問題 解決行動を意 味する。 したがっ て, 臨床家が, 高校の成績点と知能検査の結果との 「臨床的綜合」 によっ て, 大. 学-学年の平均成績点を予測するような試みをする場合には, 明らかに不合理である。 すなわち, その場合には, 臨床家は, 性能の悪い計算機と して働く以外になく, 統計的予測法より劣るのは当 然である。 臨床的判断は, 洞察を可能とする種類のデータに基づいて行なわれるべきものであると い う の で あ る。. i i )の研究, 仲介変数の決定, 仲介変数の測定値の収集, 各 t c r e r on , 予測過程を, 規準( 事例に適合する データの組合わせなどの段階に分けて分析 し, 臨床的判断は種々な段階で含まれ得 Hol tは. ることを指摘 している。 彼は, 全過程を通 じて統計的方法と臨床的方法とが果す役割を考慮して, 次の三種の予測法に分類するのが適切であると している。 1 ) 第1 型. l i ) こ の方 法 で は, 客 観 的 デー タ の み が用 い ら れ, a 純粋統計的タイ プ ( e actuar pur. 統計的手続によっ て, 明確な規準が予測される。 判断の役割は極小におさえ られ, 職務分析, 項目 l l i i ca ) この ni ve c 分析, 交叉妥当化などが最大限に用いられる。 2 ) 第2型 純粋臨床的タイ プ ( na 方法では, 客観化が行なわれていない質的データが用いら れ, その加工処理は全く臨床的, 直観的 判断によっ てなされる。 規準および規準と予測データとの関係についての予備研 究 は 行 な わ れ な - 62 -.
(10) . 臨床的個人理解についての基礎的研究の展望と考察. い。 臨床的判断はデータを統合する方法としてだけでなく, 事実把握の方法と して 常 に 用 い ら れ l l i i i t t ) 第 3 型 混 合 臨 床 的 タイ プ( ) この方法では, 面接, 生活史, 投影法な る。 3 soph s ca ed c ca ni どから得られる質的データと, 客観的事実や得点との両方が, ともに用いられる。 統計的方法は,. 計画, データの収集, データの分析など利用可能なところへ常に導入され, 職務分析, 項目分析, 交叉妥当化などが行なわれる。 それと同時に, 臨床家は最も重要な用具の一つとされ, 可能な限り. 信頼性と妥当性を有するデータ加工処理者となるよう訓練 される。 そして, 臨床家が, 各事例に適 合する予測を生み出すため, データの最終組織化を行なう。. ▲ ● . . 1 ・ 1 1 1 . ● . 1 、 ・ 1 ′ ● . ・ 1 ● . ’ 1. .. ・ ・. .. . ′. l Ho lが引用した諸研究を再吟味しているが, t は, 予測法を上述の三種類に分類した後, Me eh. それによると, それらの研究の大部分は, 第1 型(純粋統計的タイ プ)に近似している方法と, 本質 l 的に第2型(純粋臨床的タイ プ)に含まれる方法とを比較していると している。 そして, Ho t は, こ. の場合, 第1型の方法が第2型の方法よりも優れた結果を示しているということは, べつに注目す べ き こ と で は な い と して い る。 そ れ は統 計 家 の 側 は, 予 測 デ ー タ と 規 準 と の 関 係 に つ い て 既に 予 備. 研究を終えているという有利な条件を有しているのに対 して, 臨床家の側はそれを持っ ていないか lが引用 した残りの研究は, 第2型の方法と第3型(混合臨床的タイ フつの方法との らである。 Me eh. 」 . ー . ・ ● ●. いう事実をもうて, 統計的予測法が優れていることの証明と しているが, これは不合理なことであ. ′ . ・ ● . ● ● .. 比 較 に近 い もの で あ る。・そ して, Meehl は, その場合, 第3型の方法が優れた結果を示 していると. t は 述 べ て い る。 る と, Hol. Ho l tと同僚が行なっ た予測方法に関する実験を簡単に紹介しよう。 第1実験は, 上述の分類に. lofPs} した がえ ば, 第 2 型 の 純 粋 臨 床 的タイ プ の 予測 法 に関 す る も の で ある。 Menninger Schoo. t ry にレジデントを志 願した者たちに対し chia , レジデントを訓練 した経験のある精神医と心理学者. とが, それぞれ得意とする パーソナリティ 評価法を用いて, 志願者の将来の医師と しての職務遂行 能力を予測 した。 精神医は面接を, 心理学者は諸種の心理検査を実施して評価を行ない, 採用, 不. 採用, 採用疑問に分類 した。 採用決定委員会は, それらの結果に基づいて, 採用, 不採用の最終決. i i 定 を した。 こ れ ら の 臨 床 的 判 断 の 妥 当 性 を 検 証 す る 規 準 と して, Amer t can Boa rd of Psych a ry. and Neurology の医師資格認定試験の合格が用いられた。 その結果, 三者がそれぞれ分類した採用. 者と不採用者の資格認定試験の合格率の間には, いずれも統計的に有意義な差がみられた。 第2実 験は, 第3型の混合臨床的タイ プの予測法に関するものである。 レジ デントの仕事の内容, 仕事の 遂行の促進や阻害に関連する パーソナリティ 属性, それらの属性を弁別する心理検査や面接記録の. 項目の種類などについて, 予備研究が行なわれた。 それらの予備段階を経た後, 一方の判断者は一 種類の心理検査(投影法)の結果に基づいて, 他方の判断者は入手 .可能な限り豊富なデータに基づい て, 採用レジデントの将 来の職務遂行力を評価した。 その評価は, 後程, 心理治療能力や診断能力 などの領域において, スー パー・バイ ザーによる評価およびレジデント相互間の評価との 相関 が 求. められた。 その結果, 豊富なデータを用いた予測者の評価は, 有意義に高い相関を示したが, 一種 l 類 の デー タ の み に 基 づ い た 予 測 者 の 評 価 は, 低 い 相 関 を 示 した。 こ の よ う な 結 果 か ら, Ho t は, 臨. 床家が予備研究を含む統計的手続を最大限に利用し, かつ, 豊富なデータを用いるときには, その ような混合臨床的タイ プの予測法は非常に有効であると している。 また, この実験を通じて, ある 判断者が他より一貫して僅かながら予測が優れていることが相関表より判明 したが, このことは臨 床的判断がある種の熟練に依存していることを示すものであると している。. 最後に, 彼は, 今後われわれは, 統計家と臨床家とが, 各自に最適な種類の デ ー タ に 基 づ い 一方は統計的方法を て, , 他方は臨床的判断を用いて, 各自に最適な種類の行動を予測する場合を 一 63 一.
(11) . 鈴 木 正 義. 研究して, 両方法の長所を見出 すべきであると している。 概観 して来たいずれの研究において も, 統計的予測の意味する内容は比 較的明確であるが, 臨 l tは, 臨床的判 床的予測とか臨床的判断の意味する内容は相当に莫然と している。 前述の通り, Ho. 断と は既に入手 している諸事実と諸理論に基づ いて思考 し, 結論に到達する問題解決行動であると 述べ, 更に, 臨床的判断について種々考察を行なっ ているが, その形成過程については触 れていな い。 臨床家が, 多種多様な データ を組合わせて, 統合 して, 推論を形成・してゆく 過 程 は 複 雑 で あ っ て, 微視的研究を必要と しよう。 この臨床的予測と か臨床的判断が形成されてゆく過程が明 らか haway( 19 56 t )や Tho rne に さ れ な い と, 統計的予測との有意 味な比較研究は 困 難 と 考 え る。 Ha. 1960 ( )は, このような臨床的判断の形成過程の解明を意図する研究を行 ない, 活動中の臨床家は自 分自身の診断行動を組織的に分析することが極めて困難であることを指摘している。 最近 Mahrer. 1 961 and Young( )によっ て行なわれた心理診断手がかり の組合わせに関する研究は, 示唆に富む興. 味深いものである。 彼らは, 自分たちの研究は, 統計的予測の手続を, 臨床家自身の目的へ適合さ t の 提 案 に 添 う も の で あ る と して い る。 せ る べ き で あ る と す る Hol. Mahrer and Young は, 診断者にいくつ かの診断上の手がかりを与えて, 診断が確立されてゆ. く過程を分析 している。 彼らは, 心理診断は, 構成されている手 がかりの性質と, それらの組合わ せの様式によっ て, 予測可能なものであるという仮説に基づいて研究している。 先ず, 神経精神疾 患者についての精神医学,心理学およびソーシャル・ワークに基づく諸報告から採られた多数の文章. を, 多数の診断者に与え, いかなる診断名 が思いつく かを問い, それらの回答に基づいて手がかり 文章の性質を調べ ている。 その結果, ある文章が最 も高い頻度で特定の診断名へ連鎖する場合, そ れを 主連鎖と呼び, 二番目に高い頻度で別の診断名へ連鎖する場合, それを副連鎖と呼ぶ。 例えば. 罰に対する言語化された恐怖反応を示す文章は, 主連鎖と して不安反応, 副連鎖として分裂 病反応 となっ ている。 一つの手がかり文章がある診断名へ連鎖する確率, ここでは全診断者数に対するそ の診断名を述べた人数の割合 を, 確率価と呼ぶ。 また, 診断名を選択する際の 診断者の確信の度合. を点数配分によっ て示させ, それを確信価とする。 更に, 全手がかり文章を個々に調べ, 偶然に期 待されるよりも有意に高い頻度で一定診断へ連鎖 した場合を正連鎖。 偶然より有意に低い頻度で連 鎖 した場合を負連鎖, 偶然とは変らない選択頻度で連鎖 した場合を中性連鎖と呼んでいる。 これら. 主連鎖, 副連鎖, 確率 価,確信価, 正連鎖, 負連鎖および中性連鎖を, 多様に組合わせて診断者に与 え, その出現する診断名や頻度の変化を調べるという本実 験を実施 している。 実験結果のいくつか を述べ ると次の通りである。 異なる 主連鎖を有するが同一のかなり強い副連鎖をともに有している 二つの手がかり文章が組合わされて与え られると, 副連鎖して いる診断名が出現する。 それは, 二 つの手がかりが個々に与えられたときには, そのように出現しなかっ たものである。 同一診断名に. 対 し比較的高い確率価をともに有する手がかりが, いくつか組合わさ.れて示されると, それらの手 がかりが個々に示 されたときよりは, はるかに高い頻度で, その診断名が選択される。 同一診断名 へそれぞれ正連鎖と中性連鎖している 二つの手がかりが与えられると, 正連鎖の手がかりが単独で 与えられた場合よりも, その診断は低い頻度で選択される。 Mahrer らは, これらの結果に基づいて論 議を行なっ ているが,重要なことがらを要約して述べ ると, 次の通りである。 彼らによれば, 臨床的判断とか直観と いう用語は, 臨床家が自分の推論を. 発生させている複雑 な諸変数に気 づいていないことを示 すものである。 この研究が示唆するように 臨床的判断とか直観とか洞察は, 手がかりの性質や手がかりの組合わせという点から解明 される可. 能性がある。 例えば, 既に臨 床家が持っ ているいくつ かの手がかりへ新らしい手がかりが追加され 一 64 一.
(12) . 臨床的個人理解についての基礎的研究の展望と考察. ると, そのとき, 新ら しい確率価が供給されて, 既にある手がかりの確率価と組合い, 突然の臨床 的洞察を生じる結果になる のかもしれない。 診断が確立される過程は, 最初の手がかりへ, 次々と 新らしい手がかりが追加される際, どんな性質の手がかりがどんな組合わせをしてゆくかというこ とによっ て異なることになる。 新ら しいデータが提供する手がかりが高い確率価 を供給し, 副連鎖. が主連鎖を確実なものにして, 緊密に統合された推論に到達するかもしれない。 あるいは 逆に, 副 連鎖がある推論を弱めるように組合わされて, 混乱した推論に到達するかもしれない。 つまり, 追 加データは, 心理診断の統合を促進するように作用するかもしれないし, あるいは阻害するように. 作用するかもしれないのである。. こ の よ う な Mahrer らの研究は, 勿論, 完全なも のでなく, 多くの欠点を持っ ている 例えば 。 ,. 通常, 臨床的心理診断は, 患者に関する多種にして多量のデ」夕に基づいて行なわれるものである が, この研究は, 少数の手がかりについて思いつく診断名を強制的に述べさせるという余りに人為 的 変 容 の 加 え ら れ た 実 験 で あ る。 ま た, Asch( 1946 )が 行 な っ た パ ー ソ ナ リ テ ィ 特 性 を 示 す 一 連 の. 形容詞からパーソナリティの全体像を構成させる実験において, 言 葉の意味は異なる文脈に置かれ. るとき変化するものであり, ある中心となる言葉をめぐって他の言葉はそれに矛盾 しないよう意味 変化 す る こ と が 明 ら か に さ れ て い る が, こ の 点 に つ い て Mahrer らの研究は注意を払っ ていない 。 手がかりの持つ意味は, 組合わされても, 機械的に加算されたり減算されたりするという考えが暗 黙 の う ち に 認 め ら れ て, 作 業 仮 説 の 基礎 に あ る よ う で あ る。 し か し, Ma誼er ら の 研 究 は, い く つ. か の 問 題 に つ い て 解 決 の示 唆 を 与 え て く れ る。 Arnfo 1960 t t( )の 研 究 に よ れ ば, 中 等 度 の 量 の 情 報. に基づいた推論は, 多くの追加情報を含めて行なう推論より, 一層統合され正確であるとされる。 f i ま た, Sarb i l 1960 tand Ba n )は, 臨床家は, 患者に関する余り多量のデータを与えられると y( , Ta. 混乱する傾向があると報告している。 しかし, これらの研究結果に対 して, Ma虚e rらの研究は, データの量よりも, データが提供する手がかりの性質とその組合わせについて考慮することの重要. 性を示唆している。 以上展望した如く, 臨床的予測あるいは臨床的判断の問題は, その複雑性のために, 十分な解 明はなされていない。 統計的予測に比較して, 臨床的予測の過程は複雑であり, そのため, 不明確 なまま比較研究がなされている状態にある。 今後の研究課題は, 臨床的予測あるいは臨床的判断の. 過程の 解明であろうと思う。 その問題は, 人間の思考, 学習 ・にも関連するので, 臨床心理学の領域 l 内で解決されるものではないだろう。 それらがある程度解決されたとき, Ho tの主張するような, 各種の予測における統計的予測法と臨床的予測法との最適の組合わせの問題が論議され得るものと. 考える。 4 . 結. 語. この小論は, 具体的個人の理解という問題について, 最近の研究を中心に, ささやかな展望と 考察とを試みたものである。 個人の パーソナリティ構造の理解を直接の目・ 的とする idiographic あ. 1 る い は morphogeni t をはじめとする研究者によっ て 提 案 さ れて c 心 理 学 の 構 想 が, G. W. AI por. いる。 しかし, これらの提案は, 臨床家に対 し, 現実の個人の複雑な諸問題の解明という臨床的課 題に答えるための理論と方法を提供するに至っ ていない。 すべての研究者は, 個人の独自性を認め d i i る が, そ の解明に対し, 研究方法を i t ographi c な方 法 と nomothe c な方法とに区別 して, 前者を. 適用可能な方法と して設定する必要があるかどうかという点で, 多岐に論議は分かれている。 数学的記述, 図式的表示, 類型学的記述, その他にかなる記述にも, 抽象的, 要約的性格が存 一 65 -.
(13) . 鈴 木 正 義. 在する以上, 個人についての余すところ ない記述は不可能である。 また, 科学と しての心理学は, 因果分析 あるいは予測という目的にとっ て, 最適の抽象化を行ない, 数学的記述を含む可能な限り 正確な記述を用い なければならない。 個人の独自性も, 多くの量的変数の相互作用の結果と考えら. i i c な方法という特別の研究方法が適用されね ば な ら な い ograph れ る か ら, そ の 理 解 の た め に, id. という理由は考え られない。. 臨床家は, 個人の理解に対 し, 臨床的判断を用いる場合が多い。 臨床家は, 患者に関する面接 データを, 臨床的判断によっ て, 理論上仮定されている構成概念の指標へ転換させるなどという, 複雑な行動をとる。 この臨床的判断の過程は十分に解明されてい ない。 統計的予測法と臨床的予測. 法との比較研究が行 なわれているが, 臨床的予測あるいは臨床的判断が形成される過程について解. 明されない限 り, 有意味な比較研究は困難であると考える。 文. 献. l i AI l i i ]por tudy of persona t zqr s t eonomi c descr on inthes y pt . CZ . 品 Reγ . . ,1937 ,6 ,202‐214 ,F. H. Te l ゐoわgたメ カz NewYork: Ho 1937 A R お AI 1 ね” Z G w t s のめだ o “ : c t e の α 7 P 2 け y por . . . . , , Z カo デ l ogだ,1938 l ′ i t? Reむ〆”α de Fs AI 1 Zy: A prob em for ar t 7nZ em forsc ence ora prob , por , G. w. Reなo 1 1 5 1 , - . 1 .n G. ▽▽ オ t t on: Beacon Press sのz〆“γ αフメ s odαZ のに。“ ヱ er フ . ・3-15 por ,pp ・ Bos ,1960 . AI . Reγ ん F J d ん 1946 l β“ i h f o i i “ ご s c 1 i i t e AI G G n a y t t e r s o t 2 s se t e o r e s o . o r w e n e c s m r ” o ‐ s r u c u r e nt y 4 p . . p , . . g . 9 0 1 6 P B B d メメ r e s s 1 1 R 〆” 5 7 6 ・ A ね t e a c o n p p 8 G ▽ ▽ r o s o n : 16 t の c o “ “ - . s o の s o z n o r e r 7 z z , γ , p . . . . . ,. 137‐151 . ton Mi旧in ton: Hough 1 3rd ed. ) Bos G W AI , t “dy げ りα彰e s ,1960 por ,( . , ,Lindsey , G, A sむ , , Vernon,P, E, 1 H l 1 9 6 k AI 1 so t z のzd g t γow乙カメ 刀 力er フ ヱ α力む. New Yor : ot . por , . Fα#のフ , G. VV logi lsc Z Rの . i land the un i AI 1 ca ence n psycho t . quei .t ,30 ,405-422 por ,1962 . The genera , G. VV 1 2 3 1 2 8 0 / Z 1 9 6 Z F 1 6 l l d Z メ 一 h f i i Arn o任,F. N o. s o c nca ju gment z , . sycz .t C フ , , , .Some aspect ions o f Per l i oム ー946 Asch,S. E. Formi t s 7 orm.soc ng impres sona z . y .Psydz ,41 ,258一290 , J αわ l ing df i i i ‐ h A l e per sona l l A L P l i i i t t Ba dwin o n ofthes n e s a t ture anayss: s t ts tca me t o or v g ruc a sona s , . . er F 4 1 わ ん ー 9 2 1 6 3 8 3 l J i 3 7 一 ム t o “ル s o ご s c o , α z ツ y . ・ ・ , , 41 Z l f responset Bar therapy s z ‘#, Fsツcんo tcorre t 7 z a o psycho es es o ron,F.Somet ,235一2 . ,Co ,1953 ,17 .J 1953 353一359 れoZ Reり 60 di hi ? Fs hesc f per l i Nomo het i i S T i Beck t じ t c o r a c e n c e o s o n a : o r . ツ g p y . . , , , . , 1z l l Eysenck ege & Kegan pau esdのぼり i ′〆立y csz“〆y oザ Peγso’ . ,1952 . London: Rout , H. 7′ 1954 339一341 Fsyc Z Z Reり 61 h l h ! 日 T f i N i Eysenck i t t t z o es c e c e e r s o n a om o e c n o : . p y , . , , . , , heory l i he d i t i l k i Fa sona t t o per ッcたoZ t capproaches t s ngui shi ng i cf rom nomo yt . ssues di ographi . Ps .l ,J 1 6 5 6 2 Reり 9 5 3 3 6 , , , 一 , , laccuracy Z Her li i haway in i i Ha s t ntui nferent a t ca on andi . .1956 ,t ,223‐250 ,24 . R. C1 ,S d A l t o““ 1α d l d f i a ァ z R. R・ C1 ini i i i i l ew da Ho t s om e n t t t t a r e o r mu a o n n ・ t c a s a s c a r e c o n : . soc 7 z ・ J αわ p , ′ 1 1 2 Ps 1 9 5 8 5 6 ‐ z oZ yc . . , , , l i ]ogy of per dv dua l l i i t s i i Ho l t sona ty and genera on i t za nthe psycho y . . .ノ . Her ,1962 ,30 ,377-404 , R. R.ln i l lpsycho l i i i i h A i i ‐ i l ranng program n c nca Ke l t nt e V. .t ske c on ofsuccessi y . The pred , D. VV , E. L, & Fi ば 7 z er oZ og sも 1950 ogy . , Psツメヱ . A7 ,395‐406 ,5 l Ke l l 乙留 αs t on,1955 s e力砂じんoZ ogy o ザPersoフ ヱメ co ′ ・ z . y . New York: Nor . Vo .1 , G・ A. TZ ・ i J h d h b f i H H T i i Y t s N1 A R e s n o s c c u & t c o a c om n a o n o s e o u n g . ahrer .1961 g py . . Her ,29 ,428-448 , . . , . . 2 4 0 2 / Z R 1 9 4 8 F 5 5 一 l i l i i ~l り o e s c z t t cu c ow, A. Cogni on ofthe par arand ofthe gener y a s . . . . , , , l i ~l nn s s: Uni V edた”o凡 Minneapo eehl zた”Z りs . . Mi . Pres ,1954 .s如”s”cαZpr ,P. E. C”7 f d l 9 38 o Y k 友 N 互 筋 Mur l “ x o r r : e w o r s o朋 夢 t ) エメo川 o e ray, H, A( abora or s “ ;P , and col , , 1 9 4 8 わ Z ′ 3 F 乙 i o o s Pat s c ′ z er agnos s? A7 g t therapy dependenton di y er son, C. 日.1s psycho . , . ,155一159 , 4 1 4 2 2 1 4 6 5 ん Z 9 F ‘ 1 ー 乙 - d h R 6 1 Rogers i i f i o o s C S t e s c t “ z r t e r a ta t n c e n e r e y n c a n s c s o c e - . e p y g p ・ ・ ,, , , . . i f モ l i i Rogers i n,1951 Z t on: Houghton N4 e〃かc e e ′ ℃〆Z z e ′ 2 ′協力ツ . . Bos , C. R. CZ. - 66 -.
(14) . 臨床的個人理解についての基礎的研究の展望と考察 i i i ftherapeut i l i Z cのz Roger C. R. The neces t t entcond s“比 Ps ons o c Persona sary and su伍c ツー y change .t 1 0 3 dz 1 9 5 7 2 9 5 1 - oZ . . , , ,. l l Z i Ro t ceHa 7 zた〆 褒yc Z OZ Ogy t t zd 〆ご er . . New Yolk: Pren ,1954 .SodαZ たの翼勿g α7 ,J dua l me landindi f ac i i i l i but i i Sarb tuar thods of pred t tudy o vi a “er r ont othes c on n, T. R. A cont . A7 .t 2 1 4 2 5 9 3 6 0 9 soc 4 8 - . . , , ,. l f l i i t Sarb t z競りe 境eo 7ツ. New York: Ho n ey . ,1960 , T. R. , Ta , R. & Ba ,D.E.C助成〆 粥舵だれ” のzd cog’ h i P Z St ss も ′Qfる頭腸諺○γ cago: Uni z es粥{ v ephenson, W . C cago re . . Chi ,1953 .7T l i i i i i ljudgment: A c Thorne oん 1960 ni c ads v ewpo nt ni ca .ノ .cあれ . Psydz . ,1 ,128‐134 ,F. C. C1. i i i i i l l i i Z t t i s: A cr a r cd agnos oじ er que ps gl . J αられo““ .s . FsycんoZ . . . Psychi ,1961 ,63 ,607‐618 ,L , E. & Ph. 後記 児童相談, 精神疾患者の心理判定において, 日頃, 精神医学のご指導をいただいている函館市立病院 柏木分院の加藤, 山田両先生, ならびに, 文献の収集閲覧に特別の便宜をはからって下さった函館日米文化セン ターの皆様に, 謝意を表します。. 一 67 一. . ・ 」. ’ ・ 1 ● ● ● ・ ー . ・ . ・ 1 . ● ●. . 1 ・ ..
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