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構成主義的理科学習論の教授論的展開に関する考察

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(1)構成主義的理科学習論の 教授論的展開に 関する考察. 森本 信也, "g h 1. ac Te. ce. en. Ⅰ 田 *l Ⅰl. n *1 sm ● 1 V ・tⅠⅠ. U エC. ns. t. C. MoFmoto@Shi. ya. 問題の所在. 1 .. 1.]. 理科学習論における 構成主義的視点導入の 可能性とその 展望. すべての知識は 、 個々の児童・ 生徒が多様な 事象に働きがけ、 その経験から 意味を作り出そうと. するときに、 彼ら一人ひとりの 中に構成される。 こうした認識論的な 見解を、 一般的に構成主義 (constructi ㎡ sm) と呼ぶ。 児童・生徒が 精神的に白紙 (tabularasa) の状態ではなく、 何等かの 枠 というこの認識論は、 知識の源泉を 感覚的な経験と 捉える経験主義 組みに基づき 学習を行な う. (empiricism)とは鋭く対立する。 観察・実験を 学習の基本に 据える理科教育において、 こうした考え 方は重大な問題を. す な む ち、 (観察・実験に. よ. るデータ収集 ) づ. (デ一. 提起した。. タを 一般化し法則性を 見いだす ) づ (法則を デ. ータに対して 検証する ) という伝統的に 了解が得られているように 見える帰納的 (inducti㎡ sm). な学. 習の方法に対して、 構成主義は疑義を 唱えたからであ る。 す な れ ち 、 上述の見解に 従えば、 児童・生徒は 精神的に白紙ではなく、 それぞれの 既 有の知識を 墓 にして自然事象を. 観察し、. そこから問題を. 見けだし、 その解決のためにデータを 収集し、. 既宥め. 知識の修正を 行ない、 知識の発展と 精微化を図る 存在だからであ る。 それでも、 この考え方の 内部 においても重大な 問題が存在した。 それは、 児童・生徒の 認識の基本であ る「枠組みの 中味」に っ い ての議論であ る。 言い換えれば、 認知構造 (co糾 Ative structure) の内容とその 機能に関する 検討. であ る。 す な む ち、 ピアジェ理論においては、 この枠組みは「シェ マ (schema)」と称される 論理操作、 す なむち「論理数学的知識 (1o伊co.mathematic. 由. knowled 炸 ) 」と捉えられている。 それは、 例えば、. 事物の分類操作、 正確に言えば 類一包含関係の 認識に伴 C. ノ. う. A+B. 二 C ならば、 B 二 C 一 A あ るいは. A 等の論理的な 思考であ る。 そして、 こうした論理操作は 発達段階ごとに 固有のものとして 存. 在し、. 逐次現われて 来るのであ る。. 実際、 同一年齢 二 同一の論理操作という 学習論が成立するのであ れは、 その帰結として、 児童・. 生徒の事象解釈スタイルには 同一性が予定されよ. う. 。 しかし、 児童・生徒の 実態はこの学習論が 説. 明する世界とは 乖離していた。枠組み 二 操作的知識 (operativeknwoledge) という見解に 対する疑義 と、. 枠組み内容の 変換論が生起したのであ る。. * 理科教育講座. (Dept.ofScienceEduca. もⅠ. on).

(2) 46. 森本 信也. これが、 現今の理科や 数学教育に見られる 理論に見られるよさに 絶対的なものとして. 構成主義者の 考え方であ. る。 彼らは、 知識をピアジェ. 捉えず、 児童・生徒一人ひとりの 論理のはこびや 記憶し. ていることはの 量と質とを重視し、 これを価値 付 るという立場から、 相対的なものとして 捉えてい った。 この認識論の 立場は、 研究の手法として 法則定立的 (nomothetic) 定位と個性記述的 (idio 緩aphic) 定位という二つ 視点を峻別していった。 法則定立的定位は 前者であ り、 個性記述的定位は 後者であ る。. そして、 こうした認識論を 裏 付けるために、 ピアジ ェ とは異なる心理学、 あ るいは哲学理論を. 動員していった。. その主要な理俳は、. 「私たち自身の 社会の中で生じてきた 認知的諸技能の 特定の体制化を 不変な. ものと誤解したり、他の文化の中でそうした 技能が見られない 場合に「欠陥」と 解釈してしまう」. (コ. 一ル 、 スクリブナ, 1985:295)という認識論上の 愚を排除し、 思考内容を人が 生活している 文化的な 背景に強く依存しているという 視点に立脚する、 知識構成の文化的相対性を 訴えたコール、 スクリ ブナ 一 らの「認識の 領域固有性 (domainspec 田city)」であ る。 この見解は児童・. 生徒個々に固有な. 知識体系、 即ち、. 認知構造の存在可能性を. ハンソンの指摘する「観察の 理論負荷性 (theory、ladeness). 」. (ハンソン,. 予期していった。. 1982)はこれを補強する 理. として、 構成主義者は 取り込んでいった。 それはなによりもこの 論の基底に、 自然事象に対する 見方は、 観察者個々の 保持している 理論体系により 決定されるという、 「認識の領域固有性」と 軌を. 論. 一にする考え 方が存在していたからであ った。. こうして、. 現今の構成主義的な. られる発達の 予定調和的立場. 学習論は、 帰納主義的な 精神的白紙 説 はもとより、. (発達のプロバラムが. 予め決められている 図式 ) を忌避. ピアジェに見 し、. 知識の相. 村 主義的な意味付け、あ るいは、認識の領域ごとの 知識構成の可能性とその. 精査を主張していった。 その具体的現れは「問題解決 (problemsol而 ng)」であ り、 その実相は児童。 生徒の情意的機能をも 包含する個々の 児童・生徒における 認知構造総体としての「スキーマ (schema)」の変換であ った。 的 理科学習論の 教授論的展開の 可能性とその 展望. 意味内容の価値付け、 これがこの学習論に 基づく教授論の 起点であ 、 原則であ る。 具体的に言えば、 教科書等の表面に 現われた公的なカリキュラムすなわち「顕在 的なカリキュラム (manifestcur Ⅱculum) 」に対する、 児童。生徒が構成する 固有な考え方の 世界で あ る「潜在的なカリキュラム (latentcurriculum) 」の承認、 と 、 教授としての 後者による前者の 内容 児童・生徒の 構成する知識の. り. 0 組み替え作業であ る。 構成主義的理科学習論を 教授論として 具体的にいかに 展開するのかという. 課題は、. 一見相互に矛. 肩 するような次の 二つのテーゼ 融合という形で、 解決を見せていった。. (1)いかなる知識も、 児童・生徒個人にとって「意味あ る」形で構成される。 児童・生徒の 既存 の 知識構造にとって 意味をもたらさない 情報 は 、 一切受容されない。. (2)人 それぞれは固有の 文化に属し固有のことはを 有する。 これは社会的なコンセンサスを. ことはは文化を 創造する源泉となるが、. 経て流通している。 したがって、. 社会における 他者の存在を 抜き. にした知識の 構成は考えられない。 これら. (1)及び (2)において論じられている 事柄は、. 的な構成との 問題の相互連関として. 単純化すれば 知識の個人における 構成と社会. 示すことができる。. すなれち、. このことは、. ヴィ ゴ ツキ一の 論.

(3) 47. 構成主義的理科学習論の 教授論的展開に 関する考察. を 援用すれば、 児童・生徒は 彼の思考において. 生まれたものではなく、 彼の思考の覚に 存在してい たもの、 あ るいは構想ほれたもの (精神間機能 (intermentalcategory) と言 、 つまり社会におい て 構成されていたもの ) と、 彼の思考の内にあ るもの (精神六機能 (intramentalcategory) と言 ) う. う. との、 いわば、 対話的な過程により 論理の構成を 図っていく いうよ. う. ( ヴィ ゴ ツキ 二. 1977:上巻 270-271)、. と. に定式化できる。. この教授論は、. 「人間を環境から 情報を受動的に 受け止める存在として. のみ着目して 環境を二次的にしか. 扱わず、. プローチとは、 いずれも対比される」. 捉える立場や、 他方、 個に. 環境は単に発達の 過程を刺激するだけと 考えるような ア. ( ヮ一チ. , 1995:24)のであ る。. 理科の教授論としてのこうした 問題の実証的な 展開は 、 一つの仮説として、 ヒューソンの 提起す る. 「概俳の生態系 (conceptualecoloW) 」という考え 方によって解決が 図られた (Hewson,M.,1987L 。. この考え方にしたがえば、 児童・生徒一人ひとりの 考え方は、 クラス特有の 環境 (その授業での 児 生徒の持っ問題、 こだわり、 興味等 ) の中に有機的に 結びつけられ、 常に、 発展の契機をもっ ものとして位置づけられる。. このとき、 児童・生徒一人ひとりの 個別的な学習目標は、 相互に関わり 合い、 相対化させられる。 これは、 個人から集団へ、 集団から個人へというループによる 学習活動と言える。 具体的には、 児 童 ・生徒一人ひとりは、 各自が他者 (人間だけではなく ) との多様なネットワークを 作り、 その中 でそれぞれの 考え方を対比しながら 考え方の構成、 修正、 発展を図っている、 という学習 象がイメ 一ジ されていったのであ る。 当然のことながら、 この ネ、ッ トワークは児童・ 生徒の考えを 構成する上において、 貴重な「メデ ノア. 器具、. (認識を媒介するもの ). 観察・実験事象等が. (media)」として機能する。 児童・生徒、 教師、 教科書、 観察・実験. 理科授業における、. 童 ・生徒の認識内容を 決定していくのであ. メディアであ. る (森本, 1996)。. り、 こうした要素の つむ がりの質が児. したがって、 こうしたネットワーク 間で. の相互のコミュニケーション 活動の活性化が 児童・生徒の 思考の伸張を 大きく左右するのであ る。 上 で述べた、 個から集団へ、 集団から 個 へとはこうした 考え方を意味している。 構成主義的理科学習論に 基づく教授論的展開を. 構想するとき、 それは「個人的構成主義 (personal. constructi而 sm) 」及び「社会的構成主義 (socialconstructivism) 」という二つの 世界を導出し、. こ. れらは、 理科授業において、 個人内での知識表象と 社会での知識の 共有という形で、 児童・生徒の. 知識構成を保証する 両輪、 すなわち教授論として 機能していった (Gergen,K.J.1995,Driver, R.,1995)0. そして、 最終的局面において、. 両 アプローチは、 学習における 個人 肉 世界と社会的世界との 境界. を 払拭する「社会文化的アプローチ た 教授論を展開する. の. こ うし. 上での基本的な 考え方は、バフチン (Bakhtin,M.)の「対話理論」を 構成する「 声. ( ホル ク イスト, 1990). いう概念により. (socio.culturalapproach)」として昇華されていった。. 、. 「宛名性」. ( バプ. チン, 1991:187)、 「社会的言語」. (バプ. チン, 1987:14-15)と. 構成された。 構成主義的理科学習論のこうした 教授論的展開は、 学習の成果として. 「学力論」に 対しても新たな 再編をなしていった. (森本,1999L。. 」.

(4) 48. 森本. 信也. 2, 児童・生徒における 科学概俳構成とその 支援への教授論的展開の 試み 2.] 個人的構成 主 技から社会的構成 主 荻への移行に 基づく教授・ 学習論の具現化としての「対話」 概念. 多くの場合、 児童・生徒が 個人的に多様な 情報源にアクセスし、 個人 の思考において 個別的に科学概俳を 構成する様態を 説明、 解釈するものであ った。 これは、 個人的 理科における 構成主義とは. 構成主義 (Pe 8ondConSt uCti㎡ sm) と呼ばれる立場であ る。 一方、 コミュニケーション 活動に見 「. 「. に、 児童・生徒はこうした 活動を通して 相互に情報を「共有」しながら、 協同的に科学 而 sm) 概念を構成していく 可能性も明らかとなっている。 これは、社会的構成主義 億ocialconstructi られるよ. う. と 呼ばれる立場であ る. (Gergen,K,J.,1995)。. この教授論は 、 既に述べたよ. 立場や、 他方、. う. に「人間を環境から 情報を受動的に 受け止める存在として 捉える. 個にのみ着目して 環境を二次的にしか. けと考えるようなアプローチとは、 いずれも対比され」. 扱わず、. 環境は単に発達の 過程を刺激するだ. ( ヮ一チ. るいは体制化し、 流布 している ) 道具や記号によって 媒介される」 ( () な 筆者 ヮ一チ , 1995:36-66) という立場を 主張 していくのであ る。 そして、 この論は、 個人の思考はそれが 存する社会的、 文化的基盤を 背景とし て構成され得るという 教授・学習論、 すな ね ち、教室における「社会文化的アプローチ (socio.cultural 「高次精神機能は. approach). (環境という ). ( ワ一チ. 」. 社会的な生活に. , 1995:36-66)を帰結してい. 起源をもち、. , 1995:24)、 むしろ、 思考といった. (そこで機能あ. く. このようなアプローチは 、 言い換えれば、 個人における「閉じた 系」としての 学習プロセスを 、 個人の学習を. ネ、ッ. トワーク化した「開かれた 系」としての 学習過程へと. レベルでの思考の 存在を明らかにしたと. 言える。. 変換することにより、. 集団. それでもこの 過程は、 個人的構成主義に 見られる. よさに、 学習者一人ひとりにおける 知識構成への 積極的関与の 意志あ るいは意欲の 指標とでも言. う. べき、 アイデンティティ 確立の機会を 収奪するものではない。 むしろ、 学習のネットワーク 化を通 した知識の相対化の 過程を経ることにより、 こうした感覚は 強化され まさに学習者一人ひとりの. 意志に基づき、 その反映の結果としてのみ. ぅ. るものと思われる。それは、. 実現され ぅる 学習の世界であ. る。. したがって、. 学習の拡がりを、 学習者自身が 意 味 的に実感する 様態を説明する 論と捉えることができる。 そして、 この論こそは 個性記述的定位の 具体的な全面的開花に 他ならない。 このような理科教育における 新しい教授・ 学習論成立の 可能性 を 説明し、 その実現可能性について 言及するためのキープードは「対話」と 捉えることができる。 具体的な授業実践を 分析する申で、 この説明概念としての 有効性及びその 意味を明らかにしてみる 社会的構成主義とは 個人の学習に 依拠しつつその. (森本,瀧口, 八嶋 ,. 1999) 。. 先達、 すな む ち、 その理論的起源は 一般的にはヴィ ゴ ツキ一に求められる。 ヴ ィゴ ツキ一の提唱する 認識論の基本は、 「精神間機能」から「精神六機能」への 漸進的な移行として 社会的構成主義の. 説明される とばに現れる. ( ヴィ ゴツ キ. ロ 1977:上巻 270-271) 。 「精神間機能」とは. 用語、 記号、 論理等、. 理科教科書あ るいは教師のこ. 学習者の眼下の 認識水準では 多くの場合自力で 到達できない 内. 容の総体を指す。. 一方、. 「精神木機能」とは 学習者の論理の. つの水準に止まることなく、. 世界を指す。 「精神木機能」は、 当然のことながら、 一. 教師とのコミュニケーション. (対話 ). を経て逐次、. 内容の更新がなさ.

(5) 49. 構成主義的理科学習論の 教授論的展開に 関する考察. れていく。 この更新をなすものこそ「精神間機能」であ り、 この機能の扱いこそが 学習者の「精神 力機能」の伸張に 影響を与えていくのであ る。 上述の「精神間機能」から「精神六機能」へというテーゼの. 由縁であ る。 その具現化がかの「発. 達の最近接領域」論であ る。 学習者の眼下の 認識に影響を 与え「成長過程にいまあ るものを考慮し つ っ 、 子どもの明日、子どもの発達の 動的状態を明らかにすることを 助ける」. ( ヴィ ゴ、 ソキ ㍉ 1977. 上巻 268) もの、 というのがその 基本的定義であ る。 「精神間機能」の「精神力機能」への たよ. う. 影響をこうした 文脈で捉えるとき、 「精神間機能」は 上述し. に「大人の文化」に 限定される必要性はなくなる。 教室における、 教師を含めた 他の学習者. の論理、 イメージ、 エピソード等をもその 範時 としていこ ク 化の具現化であ. こうした、. う. 。 上述した、 個人の学習のネット ヮ一. る。. ダ イ ゴ ツキ一による「精神間機能」と「精神門機能」との. 対話的な過程による 学習者. の 認識能力の成長を、 バフチンは具体的に 言語レベルでのやりとりとして 定式化した。 その基本的. なテーゼは次の 言に集約される。 「生きたことは、 生きた発話の 理解はどれも、 能動的な返答の 性格をもっ. ( なるほど、. 能動性の. 度合 いは じつにさまざまだが ) 。 どのような理解も 返答をはらみ、 なんらかのかたちで 必ず返答を生 み 出す。 つまり、 聞き手が話者になるのであ. る」 (バプ. チン, 1991:131)。 「彼が期待するのは、 動的. な 理解 一 それは、 いわば他人の 頭の中に作り 出される自分の 考えの模像にすぎない 一ではなく、 返. 答、 賛同、 共感、 反駁、 遂行その他」. (バプ. チン, 1991:132) なのであ る。. そして、 他者の発したことばが 自分のことはとして 理解し、 取り入れられるようになるのは、 他 者の発したことはの 中に「自分の 志向とアクセントを 住まわせ、 言葉を支配し、 言葉を自己の 意味 と 表現の志向性に. 吸収したときであ る。 この収奪の瞬間まで、 言葉は中性的で 非人格的な言語の. に存在しているのではなく ( なぜなら話者は、言葉を辞書の 中から選び出すわけではないのだから 他者の唇の上に、 他者のコンテキスト. (思考の文脈 ). ている. (バプ. 教室内で、. 自由に獲得し. ぅる. チン, 1987:66-67)。. )、. の中に、 他者の志向に 奉仕している。 つまり、. 言葉は必然的にそこから 獲得して自己のものとしなければならないのだ 向 が容易にかっ. 中. ( 中略 ). 言語とは話者の 志. 中性的な媒体ではない。 そこにはあ まねく他者の 志向が住みっ い 」. 学習者が何らかの 表現をするとき、 そのとき、 瞬時に、 この表現へ向けた「返答」が. 作り出されるのであ る。 その「返答」がまた、 次の「返答」を 生む。 この意味で、 学習者の頭の 中 に構成される 知識は、 彼自身のものでもあ り、 かつ、 こうした思考の 往復運動により 生み出された という意味で、 協同的 (collaborative) なものでもあ ると言. う. ことができる。. 対話、 すなむち協同的な 認識活動としての 指標として バプ チンはその共同体に 固有な「社会的言 語. 」. ( バプ. チン, 1987:14-15)の生成を挙げている。 社会的言語とは 理科授業に即して 言えば、. みたいなものさ」. (森本,. 「. 乾電. 1993:142) という地楡 的 表現に見られるような、 学習者固有の 科. 学概俳について 咀哺 内容がその集団において 承認され、 説明の手段として 自由に駆使されているも の 、 というよ. う. に理解することができる。. 対話を通した 授業における 認識の相互作用、 その結果として「社会的言語」の 生成に見られるよ う. な、 学習者個々における 了解、 理解の世界の 現れは心理学的な 視点からだけではなく、 教授・学. 習過程に関する 現象学的な視点からも 一つの事実として 指摘されている。 例えば、 中田は授業にお. ける学習者個々の 対話を通した 関わりを次のように 分析している。.

(6) 50. 森本 信也. (対話においては ). ではなく、 しかも、. 「単に何らかの 判断なり知識が 一方の人間から 他方の人間へと 伝達されるの. 事柄への汝の 関与の仕方を 我が一方的に. 制御することなく、. むしろ汝に対する. 我 の 被 制御性において、 汝が我から委ねられたことを 汝の自由において 引き受けている 時に 、 初め て一対一の対話が 生き生きと営まれていることになる」. (. 中田, 1993:14)のであ る。. その結果、 「我と汝の対話行為は、 パートナ一の 対応により相互に 補完されて完全な 対話行為とな るという意味で、 相互に依拠 し 合っている、 ということができる」 ( 中田, 1993:15)ようになるの であ る。 言い換えれば、 「一方の対話行為は、 パートナ一の 対話行為に対し 何らかの作用を 能動的に 及ぼしていると 同時に、 パートナ一の 対話行為に依拠しているため、 受動的に作用を 蒙っている」 ( 中田,. 1993:15) ことにもなるのであ る。. 実際の様態は、 レイブ (Lave,J.)と ウェンガー (Wen 駿 r, E.) による、 次の言によりよりよく 説明されていく。 「知識や学習がそれぞれ 関係的であ ること、 意味が 交渉 (negotiation) でつくられること、 さらに学習活動が、 そこに関与した 人びとにとって 関心を持 たれた ( のめり込んだ、 ディレンマに 動かされた ) もの」 ( レイブ,ウェンガコ 1993:7)となるの 対話を基調とする 教授・学習過程の. であ る。 こうした関係性の 学習者一人ひとりの 意志に基づく. 生起と、 その彼らによる 承認あ るいは了解は 、. 以下に記述するように、 当然の帰結として、 対話的な教授・ ティティの本質的な 現れの可能性を 暗示していこ. こうして、. う. 学習過程において 実現されるアイデン. 。. 社会的構成主義に 基づく教授・ 学習過程における. 構成と、. とりの関係性に 基づく意味の. 対話の意味、 それは、. 学習者一人ひ. その構成過程への 参加意識に基づくアイ ヂ ンティティの 形成. という、 従前の個々人において「閉じた. 系」としての 学習に取って 代わる新しいパラダイムを 提起. していくのであ る。. 2.2. 理科の教授。 学習過程 と ヴェンガ一による、 学習者一人ひとりの 関係性を基調とした 教授。学習過程における. アイチンティティ 形成としての 対話に基づく. レイブ. イデンティティ 形成の意味の 捉えは、 対話的な授業の 有意味性をさらに. 補強する。. ア. すな ね ち、 「共同. 深い意味は、共同体の一部になるということにあ る ( レ イブ,ウェンガコ 1993:97) 。 そして、 共同体の一部になり、 学習者個々の 関係性のもとに 知識を. 体と学習者にとっての 参加の価値のもっとも 」. 構成していく 責任の一端を 実感的に担. う. ことにより、. としてのアイデンティティの 実感が増大する」. (. 学習者一人ひとりにおいて「熟練した 実践者. レイブ,ウェンガコ 1993:98)過程を見ることは. 決. して困難なことではないのであ る。 教授・学習過程における 学習者一人ひとりの 関わりをこのように. 捉えていくとき、. その具体化の. それは、 要約すれば、 レイブ と ウェン ガ 一の指摘にあ る「教授学的構造を 学習の発生源とみなすよりも、 社会的実践の 構造に焦点を 当てて」 ( レイブ,ウエンガ二 1993:100) いくべき、 という仮定への 移行であ る。 こうした教授・ 学習論を踏襲するとき、 個人的構成主義が 視野に入れてきた 懇意的で、 意味的に 流動性を保持する 学習者固有の 論理に対する、 意味的に一元的であ り、 客観性を保持する 科学の論 場であ る授業の構造に 対して重大な 転機がもたらされる。. 視点は消失しよう。 す な れ ち 、 従前の個人的構成主義 (DⅡve,R.,1995)では、 学習論においては、 学習者の意味構成の 承認、 教授論においてはこれを 慮 しない科学の 論理の導 入という、 認知心理学と 行動主義心理学との 奇妙な融合現象が 存在していた。 学習者において 構成. 理を対立的に 扱. う.

(7) 51. 構成主義的理科学習論の 教授論的展開に 関する考察. される意味は 科学用語と異なり 流動的であ. り、 科学的な定義のもとに. 用いられる語義に. 照らされ、. それは誤り、 非科学的と判断され、 「正しい」科学概俳の 導入が図られるのであ る。 一方、 学習者の関係性に 基づく意味構成の 立場は、 一貫して、 彼ら一人ひとりの 参加意識とその 根拠としての 論理の悉 意性 と流動性を支持し、 上述の単純な 二項対立ではなく、 「社会的言語」とし て現れる共同体に 固有の意味を 創出する可能性をもたらすのであ る。 それは、 一つの仮定として、 アイデンティティの 形成を含み込んだ、 学習者の価値意識が 込められた視点の 共有による科学概俳 咀 鳴の可能性を 意味しょう。. つまり、 バフチンの指摘するようにことはを、. あ るいは知識を「自己の 意味と表現の 指向性に吸. 収 した時」つまり、 自己のアクセントやセンスを 住まわせたときにこそ 成立するものと 捉えるなら ぼ 、 そこにはまさに 学習者の論理の 正当性が確認されるのであ る。 これこそが、 学習者における 科 学 の 咀喀 過程であ. り、 この視点を教授・. 学習論として. 特化するとき、. 学習者固有の 視点からの科学. の構成を志向することができるのであ る。 ヴィ ゴ ツキ一の次の 指摘は教授・. 学習論としてこの 可能性を補強する。 また、 この言は本論最終. 稿 において実証的に 検証すべき仮説ともなるのであ る。. 「単語は、 し、. それが織り込まれた 文脈全体から 自分自身のなかに 知的・情動的内容を 受け入れ吸収. われわれがそれを 孤立的に文脈外で 見るときにそれにふくまれているものよりも、. ものあ るいは少ないものを 意味するようになる. ( ヴィ ゴ ツキ 二. 1977: 下巻 222)。. より多くの. 」. 2.3 社会的言語の 構成を支援する 対話的な理科授業の 視点 対話的な理科授業を 構想するとき、 学習とは、 アイデンティティの 確立を伴 成を意味するものであ. う. 協同的な知識の 構. ることが明らかになってきた。 そして、 このような学習は、. アイデンティテ. ィの 確認を常に求めるような 社会的な状況において 成立するものであ った。. つまりこのことは、 個々の学習を 孤立させるのではなく、 他者との関係性においてこそ 進められ ることを意味しているのであ る。 このとき、 教室において、 科学は、 学習の進行とともに、 その社 会的言語として 意味の共有化、 すな む ちコンセンサスの 過程として漸進的に 現れよう。 言い換えれ ば 、 コンセンサスあ るいは教室に 固有な文脈を 背景とした社会的言語の 成立であ る。. その具体的様態とは、 共同主観性やパラダイム 論で説明される、 学習者が互いの 論理や理解から 観察や実験を 交えっ っ 、 納得のいく点を 重ね共有していく 過程にこそ、 「客観性」が 見いだされるこ とを主唱する 理科授業であ る (Scottぷ , 1996) 。. 理科授業において 共同主観性に 基づく知識の 成立を志向するとき、 それは教室において 社会的言 語 る 「つくる」という 視点から論じられるであ ろう。 それは、 先に バプ チンにより指摘された、 他 者と共有されることばに 自己の志向やアクセントをのせることによって 確認されるアイデンティテ イ としての学習と 不可分なものであ る。. つまり、 学習者が自己の 考え方を被擁するとともに、 対話すな む ちコミュニケーションを 通じ、 ことばの意味を 共有化していくことによって、 教室固有の科学理解へのアプローチとこれに 会的言語を「つくる」ことになるのであ. 伴う社. る。 一つひとつの 理科授業に固有のアプローチを 認め、 社. 全的な言語を「 づ くる」という 点 より考えるとき、 どのような実践が 見えてくるのかを 具体的に授 業 実践例を取り 上げ考察したい。.

(8) 52. 森本. 2.4. 信也. 対話的な理科授業を 通した学習者の 社会的言語構成支援に 関する事例的研究. 2.4.] 研究の方法 (1) 研究の目的 燃焼概念に関する 社会的言語の 構成過程及びこれら 学習を支援する 理科教授の方法に 関する 分 析。. (2)研究対象 横浜市内の小学校. 6. 年生. 1. クラス. (男子 24 名、. 女子 16名 ) における、 単元「燃焼」 10 時間分の. 授業。 (3) 研究期間 平成 9 年 4. 月. 30 日∼同年 6. 月. 4. 日. (4) 資料収集の方法 児童と教師の 活動を視野に 入れた全授業の VTR 録画により、授業における 児童同士あ るいは児童 と教師との対話過程を 記録した。 また、 対話過程、 児童の描画から 児童固有の表現を 抽出し、. そ. 0 社会的言語としての 漸進的な構成過程を 分析した。 さらに、 授業ごとに授業者にインタビュー しこうした教授活動の 意味についての 明確化を図った。. 2.4.2 研究の実際 児童一人ひとりの 問いの追究と、 教室全体での 話し合いによるその 解決が本授業の 基本であ. また、 流れであ る。 そのため、. り. 授業では児童一人ひとりの 表現を通した 考え方の顕在化が 重視され. た。 それは「みんなでめざす 頂上は一つだけれど、 たどりつくためのルートは 自分に任されるもの」 という授業を 登山に 楡 えた、 本研究で対象とした 教師の授業観の 具現化であ. った。 つまり、. 「頂上」. となる問いの 設定と「ルート」となる 解決の筋道の 用意をもって 授業の基本的な 戦略と捉えられて. いたのであ る。. 単元展開のために 設定された問いは①「もえるってこんな 素 ? 、 ④「けむり 」. ? 」、. ?. 」. 、 ②「 入 って何だ ? 、 ③「 火 と酸 」. そして⑤「まとめ」の 五つであ った。 それぞれの問いのもとに、 児童たち. の話し合いやその 検証であ. る実. を. 「児童の活動」として、. また教師が児童の 活動に対する 働きか. けとして用いた 視点や価値づけの 様子を「教師の 支援」とした。 これらを表. 1. にまとめた。.

(9) と﹁. て 火つ ﹁ ②. ③. と 火. 現 づこい仮 造る 化認 ﹁ 酸 なへに て比 し ヒ 問 へ ィい 焦と 点 0 本て 意 た ﹂ 、 っ 注 ﹂ 体 白化う けし 究 と説 子 検 し。 の 気 い の よ. ①. の て ィつ 業 授 る え も ﹁. 用・このさ. 動カムロ﹂ 授業の流れ 表1. 53 構成主義的理科学習論の 教授論的展開に 関する考察. 青 し ぅ が一 乾 とを留 涌 かえ. ⑤. と ま. け を 慮考 し 験案 ﹁ 葉 定 確 かプ をこの こと二発 ス の とえた. り む ヰノ ﹁. ④.

(10) 54. 森本. 信也. 2.4,3 授業における 社会的言語構成過程の 分析 周知のように 燃焼概念の基本的な 定義は、 「発熱と発光を 伴. う. 急激な酸化反応」であ る。 本 授業に. おいて児童がこの 現象を説明するのに 用いた主要なキープードは「もえる」、 火 」、 「けむり」であ 「. る。 ここでは、 日常的に使用されるこのことばが、 児童間においてコンセンサスの 得られていない 非共有な状態から、対話を通して 共有化がなされながら、 その意味の深化と 拡大が図られていった。 それは、 児童固有の燃焼現象に 関する表現に 基づく 咀哺 過程であ る。 言い換えれば、 このことは、 児童が対話的な 学習を通して、 これらキープードを 社会的言語とし て 受け入れ、 その意味の深化と 拡大を図る過程と. 捉えることができる。 当然のことながら、. こうし. た学習過程における 教師の支援の 視点は、 児童固有の表現に 潜む科学概俳としての 萌芽を見い出す. ことと、 これに基づく 発展を展望することであ る。 社会的言語の 構成を通した 科学概俳理解の 過程に関する 分析を表 1 に示した①∼⑤を 通して行っ た。. また、 ①∼⑤の過程における 児童の話し合いの 主なプロトコルを 表. 2. に示した。 さらに、. 図 1. ∼ 4 には①∼⑤の 過程での児童の 話し合いやノートの 記述、 描画から抽出された 彼らの考え方の 教. 室 における共有と 非共有の状態を 示した。 表2. 授業の流れを づ くる主なプロトコル (1/3). ①もえるってこんな ヮ. プ. ロ. ト. コ. ル. 燃えるって何 ? 火があ ること ?! ほの お ?! 火や炎があ るっていうイメージ ? C l : たき び でほのおの色は 赤く申はオレンジ 色で、 あ ったかい感じ。 C2 : 火があ るともえて形が 変わるけむりもでる。 T : 燃える物があ って、 それだけじ ゃ 燃えない、 そこに火がくる。 そして別の物に 変わる ? C3 : 料理でい うと 材料がまきとか 酸素とかで。 T. :. T : 集まってきたことが 燃える ?. C4. :. ほ くも C2 と似ていると 思. う. んだけど酸素とか 燃える物、. あ. と熱い温度があ っ. て。. C5. :. C6. : 燃えるための 人って何ですか ?. まだよく分かんないんだけど 何かが起っているんだけど 燃える物があ って人で も 燃やしてみると 赤やオレンジ 色の光とか熟が 出て、 また、 黒い広みたいになる。. T : 入 って何だろう ? ② 入 ってなんだ. T. :. よいしょよいしょって 運んできたもの. ?. まきがあ る火がくる何か 色んなことが 起きる、 じ やあ その火は何なの ?. C l : 火は燃えるものをす ぅ とどんどん大きくなるんじやないかな。 C2 : すぅ ときには好きな 物 ときら い な物があ る。 C3 : 火は熱くて、 熱がないと燃えな 、 から、 木 みたいなものにガスバーナ 一でどん セ. ヮ. どん熱を与えれば 燃える. 1 Ⅰ. 火 (. C4. :. cs. : 酸素が入るかも。. C6 C7. : :. ょ。. ガンガン熱を 加えたら爆発するよ、 火は爆発みたい。 火は赤やオレンジ 色して光っているみたい、 だったら鏡で 反射させられるよ。. Cl. とはちょっと 違. う. ようなんだけど、 酸素をすって 大きくなるんだ、. 同じに、 二酸化炭素を 出すよ う、 生きているみたいだ。. 人問と.

(11) 構成主義的理科学習論の 教授論的展開に 関する考察. 表2. 55. 授業の流れをつくる 主なプロトコル (2/3) プ. ロ. ト. コ. ル. (実験後 ). T : 実験から火についてわかったこと 話して。. C@2. 火は紙とか 木 みたいに好きな 物を食べると 大きくなり、 アルミとか石はきらい で。 : レンガ や ゴムも嫌 い だよ。. C8 C C3. l :. 好物を食べて 火は大きくなるんだ。 かんの中のわりばしをガスバーナ 一で熟して熱を 加えたら簡単に 燃えてしまい. ました。 C10 Cll. C4. 火 というのは熱が 人に見られるよ. う. になったものものだと 思。. ぅ. 。. 火は熱がなりと 生きられないんだよ。 : 熟もそうだけど、 酸素で爆発したんじやない。. 6C. 光は見えるんだけど、 反射できないから 先 じやないよう。. 妃 ︵. Cl2. レンズで集められなかったよ。. C13. 赤 とかオレンジ 色して光っているけど、 光 じやないよう。. C7. : 酸素を加えれば 火は強く 、 大きくなる。 二酸化炭素は 大きくなるのをじやまする。. ③ 火 と酸素. T : 入 って 、 熱とか光っていたり、 好き嫌いで出たりでなかったりしたけど、 気体 検知 管や 、 かんで木を燃やした 実験から、 火について考えられたことって 何 ? C. 石灰水に二酸化炭素を 入れると白く 濁るんだけど、 白く濁ったからけむりは 二. Ⅰ. ヮ. 酸化炭素みたいなもの。 C2. けむりが出て. (気体検知 皆 で ). 測ったらすごい 反応した。 二酸化炭素がふえて、. だから、 酸素をへらすよ。 : だから、 火は酸素を原料にして 燃えているんだよ、 酸素の中だとよくもえる。 : 酸素を食べて 二酸化炭素をはく。. 如. ④けむり. C3 C4 C5. : 火は酸素は好きだけど、 二酸化炭素はきらい。. c6. : 酸素がなんかわからないんだけど 合体するんだ。 (実験結果の確認とけむりへの. C6. かんなの中でけむりは 二酸化炭素ってい. ヮ. c7 C8. 関心の移動 ). :. う. 意見が多いんだけど、 けむり発生装. 置でもえていたけむりは 二酸化炭素じゃない。 先生が燃やしたのは 別の気体 ? けむりは全部二酸化炭素じゃなくて 他にもあ る。. T : けむりは何かが 混ざっていてその 中に燃える気体があ るっていうこと ?. C4. : けむりは主に 二酸化炭素で、 他にも色々燃えかすとかあ ると思います。. ︶ -. むり. ヰ @ノ @一 -. ︵. Cg : けむりが二酸化炭素だとしても、 ほかに酸素みたいに 燃える気体が 入っている。 C10 私もそうだけどけむりの 中には二酸化炭素みたいにもえない 物とほかになにか 燃える物体が 入っている。 T : けむりとは二酸化炭素その 他燃える何かが 含まれたもの ? C3 : 自身が燃える。. C2. : けむりに火がついたから、 けむりの中に 二酸化炭素がはいっていても ) けむり は 二酸化炭素だけじゃない。 けむりはガスバーナ 一だと出ないけど、 ろ. 2. ︶. ヰノ. り む. ︵. ではちょっと 出て 、 紙とか木とかひもとか 植物からできたものだとよく もやし方によって 違うけむりがでる。. う. そく. 出る。.

(12) 56. 森本. 表2. 信也. 授業の流れをつくる 主なプロトコル (3/3) プ. ロ. ト. ル. コ. T : 燃えるけむりについてかんなの 意見言って。 C. l. : モヤモヤしてたんだけど、 先生がつくったけむりは 普通に燃やしたときのけむ. りとはちが ぅ 。 火がついたっていうことは、 どうしてかは 分からないけれど、 けむりは二酸化 炭素とちが ぅ 。. C2 C3. : C2. につけたしなんだけど、 状況の違いってい. う. のか、 けむりが違っている。. T : けむりは火が 消えた後に出た ?. 4. C. もやした物によってけむりは 違. C5. う. 。. : わりばしに火をつけると 体積が減って 大きさが変わっている。. T : わりばしがやせたことね。. C6. : 体積が減ったってことは、 あ くまでも ほ くの考えなんだけど、 まだわかんない T :. けど、 けむりになって 出てきた。 C6 はどっちなの ? あ のけむりは同じ ?. C6. :. C2. : かんなが考えていることは 変だと思います。 酸素は使われるんだから、 集気ビ. ちがぅ 。. ンでも酸素がなければ C. l. 燃えなくて当然。. : C3. が言ったことでは、 発生装置は中からけむりがでてきた 穴のところに 人が ついたってい う から、 わりばしでは ( けむりは ) 完全に物体についていたけれ ど. C7 く. けむり. :. 3). かんな燃える 気体は二酸化炭素みたいに 言. う. けど、. けむりは二酸化炭素じやな. レト. ⑤まとめ. C@1. けむりに火をつけただけで 燃えた。 ホが 熱で分解されて、 水分や黄色い 液 とか に変身した。. C@2. す みもあ るよ。 けむりとか水分のぬけがらだよ。 : 百科事典で読んだことがあ るんだけど、 燃えるっていうのは、 酸素と炭素があ って燃える温度があ ると爆発して、 その爆発で光とか 熱がでて二酸化炭素にな. C3. るんだって。 完全に燃えるとけむりはでないんだよ。 C4 T. C4. : 燃えたいと 届、ぅ 煙は燃える物から 出てくる。 :. みんなが. (今まで ). 言っていたことはがいっぱい 入っているね。. :. C3 の意見を聞いてて、. 紙でも木でも 燃える物の中に 燃える 杓 っていうのが 入. っていて。. C3 C4. : そ うか 、 酸素と木の中の 何かが合体して 二酸化炭素になるんだ。 : 今の考えでオ ー って思ったんだけど、 C2 説で正しいとしたら 出てくるけむり. c4. は 炭素なんじゃないんですか ? : 体積が減っていて、 ホが 細くなって、 けむりになって 出てくる。. c5. : 賛成。.

(13) 57. 構成主義的理科学習論の 教授論的展開に 関する考察 例 験 実. 証. と. 検. る. 現 表. こ見. 画. の. 描. 土室. 児. 3. 表. しし. りを. ミ様 ルる アえ. ば用. わ等. きっ. 好あ. のるい. 視 たも 表 みな. もべら. ど 食き 子はと. ほの. ﹁な. 火も. 都娃 吸. 「. (火は ). 紙や木のように. 好物を食べるとどんどん. 大きくなる。 子を観察する。 「人間みたいに 酸素をすって 薬気ビンに酸素と 二酸化 「酸素は火を 強め、 二酸化 二酸化炭素を 出す。 生きて ぃ 炭素をそれぞれ 溜めた後、 炭素はじやまをする。 人 のついてわりばしを 入 るようなもの。 「爆発。 酸素に何かがくっつれ、 酸素ではよく 燃え、 二 「酸素が爆発しておきる いたり、 分裂したりする 衝 酸化炭素では 燃えない 様 もの。. て、 食べたらでっかくなる。. 呼. 実験結果と考察. 」. 」. 」. 」. 」. 爆. 発. 。. 子を観察する。. 撃「爆発している 状態が次々と 」. 起きて、 目に見える状態にな っ たもの。. 」. 光. 熱. 「熱のもった 光 。 もし大が光反射するかどうかを 見る 光 ならかがみに 反射する。 ため鏡をかざしてみるが、 沈 めよ う には反射しない ことが確認される。 「火は温度があ るていどまでわりばしを 熱し続け、 発火 「直接つけなくとも、 高温 であ れば火がつく。 火は熱 高くなって、 かみや木などのの 様子を観察する。 をもったもの。 も える物に温度がさつると 人. ではない。 「光を出してはいるが、 」. 」. 」. 0 目に見えるようになる。. 」. Ⅰ - 7. 、で. いの. 、の. 、づ. 反く. 回 に. 意墓. 方れ えこ. 考. のは. つ二 一集. れる さあ 明で. お・ 等. いの. に示 葉挺. 一. 一メ. Ⅰ. 第イ ずの. あ る。. 先制. 0 例. は太 準拡 墓の. そ事. ,その授業時点での社会的言語の 構成と成立は、 この児童個々の 考え ヌ の 共有をもって 判断した。. これは、 児童内における 社会的言語定着の 状況を見るものであ る。 先に述べたバフチンの 指. 摘する対話の 機能の具現化であ る。 以下においては、 ①∼⑤の各授業場面毎に、 こうした視点からの 分析を試みた。 ①「もえるってこんな ?. 」. 表 2 に示した話し 合いから児童たちは. 図 1. に示すような 考え方を互いに 構成していることを 確認. していった。 ここでは、 「もえる」ということはが「火があ. る」ということはとリンクできることが. この時点での 共有事項として 確認、されていった。 言い換えれば、 と. 「もえる」という 社会的言語が「 火. リンクされることにより、 その意味内容が 深化されていったというよ. にとらえることができよう。. ﹂. たり. の ﹂. も. レ. 「もえるってこんな ? 」にみる共有と 非共有. な え も. Ⅰ. の、. も る. 図. う ﹂ノ ﹂. オ. レか. ﹁﹁﹁﹁﹁. @-フ. ⅠⅠ@. Ⅰ. フ Ⅰ Ⅰ. ﹂ る え も ﹁. /. う. 」.

(14) 58. 森本. しかし、 それは図. 1. 信也. に示されているよさに、 単純な二つの 用語のリンクではなく、 燃焼について. の現象論的な 把握ではあ るが、 赤 、 オレンジ」二発光、 「. えるもの、 もえないもの」. 三 物質変化. (反応 ). 「あたたかい」二発熱、 「けむり」「 灰 」「も. という、 未だ共有はなされていないが、 次の概念の. 深化と拡大を 潜在させ得る 言語が随伴されていたのであ る。. ②「 入 って何だ ?. 」. この段階では「もえる」から 深化した「 火 」についての 追究が行われた。 に ①の段階で児童の 構成する個々の. 意味は、. それは、. 完全に共有はされていないが 潜在的に燃焼反応を 説明. する過程を示唆していたからであ る。 そこで、 本 授業では次なる 問い「 入 って何だ 児童にこれに 関するイメージ 内容を描画させ、 さらに表 を 確認、させた。. ここでは図. 1. そのまとめを 図. 2. に示した。. 図 2. 2. ?. 」を設定し、. に示す話し合いを 通して互いのイメージ. における「 火. 2. 」がそれであ る。. で示された「 火 」についての 現象論的考え 方が、 そのままの形で 深化と拡大されて. いる状況を見ることができる。 す な れ ち 、. 「熱がないと. 燃えない・・。 」、 赤や オレンジ色して 光っ 「. ている・・・」二発熱と 発光、 「火は好きなものをたべて…」 「人間みたいに 酸素をすって…」、 は図 1. 上述した よう. 「爆発…」. 二 物質変化. 二 燃えるもの燃えないもの. (反応 ). というように、. 図 2. (反応 ) 、. における「 火 1. 」. の概念をさらに 説明機能を高めていったものであ ることが明らかであ る。. こうした図. 1. の発展としての「 火. ない。 それには、. 1. 」はこの時点では 教室の中では 社会的言語として 定着してい. 児童固有の表現として 表された個々の 考え方の観察・ 実験を通した 検証と話し合. いな 通した共有化を 持たなければならなかった。. ここでは、. 図 2. における「 火. 2. 」はその結果を 示している。. 発熱や発光さらには 原初的な意味での 化学反応についての 社会的言語が 定着している. のが明らかであ る。 具体的には、 発熱については 表. メージの提示という、. 2. の「 火. 先に述べた社会的言語の 成立基準に適. 2. 」における C3 に対する dlo 、 Cnl の 々. う. 現象として現れた。 同様に、. 発光に. ついては C6 に対する C12 、 C13 の事例の拡大として 現れた。 また、 原初的な化学反応については C2 に 対する c8 の事例の拡大、 c¥ の反復として 現れた。. 一. 共有 非共有 実験経過 図. 2. 「. 入 って何 ? 」にみる共有と 非共有.

(15) 59. 構成主義的理科学習論の 教授論的展開に 関する考察. しかし、 その一方で、 燃焼概念の中核であ り、 かっ、 火炎の生成を 説明する概念として. 発展にい. 強く、 大きくなる」、 「酸素で爆発しておきるもの」は、 こ こでは共有されなかった。 それは、 次の段階に現れる「けむり」を 追究し、 その社会的言語として の定着により 解決を見ることになった。 実際に、 この時点では、 児童間の話し 合いにおいて、 この. たる可能性を 持っ「酸素を 加えれば火は. 考え方に対する 反応の現れは 見ることはできなかった。 ③「 火 と酸素 r. 」. へ 移る前段階として、 ここでは燃焼現象を 気体反応とリンクさせて 考えさせることを. 「けむり」. 意図して、 表. 1. の③に示す観察・ 実験が行われた。 ここでは、 燃焼に気体がかかわることを 一つの. 事実として受け 入れられることを 企図したのであ る。. さらに、 燃焼の過程でしばしば 目撃される「けむり」が 引火する事実も 児童に提示した。 これは、 「けむり」を 素材として、 「酸素はものを 燃やす働きがあ るらしい」という 事実と併せて、 燃焼概念 0 本質であ る「燃えるもの、 燃やすもの、 燃えてできるもの」という 考え方の追究へと 児童が学習 を進められることができるよう 支援した結果であ る。. その結果、 図. 3. に示すよ. う. に酸素や二 酸7% 炭素の存在に 関わる Cl に対する C2 、 C3 での同意、 や事. 例の拡大が見られたが、 c4 、 c5 、 c6 に対するイメージの 提示に対する 反応は見られなかった。 言い換 えれば、 燃焼に酸素や 二酸化炭素が 関わることの 社会的言語の 成立は見られる 物の 、 ②の「 火 2 で 見られた原初的な 化学反応としての「好物を 食べると・ 酸素の物質への 親和性に対する. 共有、. 」. の発展としての C5 、 C6 のような、. すなわち児童間での 顧慮は見られなかったのであ る。. 「酸素が好きで 二酸化炭素がきらい」. , ノ ⅠⅠ. 「酸素を食べて 二酸化炭素をはく」 「酸素が何かと 合体する衝撃」. 「酸素の中だとよくもえる」 「酸素を減らす」. 一. 「石灰水を白くすをけむりを. 共有. Ⅰ「二酸化炭素を 増やす」. 非共有 実験経過. 図 ④「けむり ?. 3. 「. 火 と酸素 ? 」にみる共有と 非共有. 」. 「けむり」を 発生させる木材の 乾留実験を行 むり. 1. 出す」. 」に見られるよ. う. う. 前では、 当然児童の考え 方においては 図 4 の「 け. に 、 「もえる」、 「酸素」、 「二酸化炭素」あ るいは「廃棄物…」というよ. う. に. 「燃えるもの、 燃やすもの、 燃えてできるもの」とが 混在している。 この深化と拡大を 図るために 乾留実験が設定された。 その結果、 されたよ. う. 「けむり. 1. 」では明確化されなかった「けむり 2 」の c3 、 c2 に示. に、 「燃える」、 「燃えやし方によって 違. 共有された考え 方は、 さらに、 図 4 に示すよ. う. う. けむりが出る」が 共有されていった。. に「けむり 3 」として発展していった。 すな む ち 、.

(16) 60. 森本. 信也. C2 を起点とし、 C3 の同意に見られるけむりの 内実のさらなる 追究であ り、 また、 C4 の言い換え、 事 例 の 拡大としての C5 、 C6 であ った。 これらは、 ③で共有された「燃やし 方によって違うけむりが 出. てくる」に対する 別のイメージの 提示であ る。 これに対する 同意や事例の 拡大として⑤のまとめの CL 、 C2 、 C3 が現れた。. こうして、 ④及び最後の 話し合い 積み上げてきた 社会的言語の. 0 まとめ⑤ ). 集大成が図られた。. 応としての燃焼、 気体燃焼としての 火炎」という の 表現としての「 (木を燃やして ). けむりのもととか‥・」、. では表. 2. に示されたよ. う. に、 今まで教室において. 具体的に言えば 児童固有の表現からなる「化学反 燃焼概念の共有化であ. る。 その証左は「化学反応」. やせた分の・。 ・」、 「木は熱でけむりとか 水分・・・」、. 「すみは. 「気体燃焼としての 火炎」表現としての「完全にもえるとけむりが‥・」. に 見ることができる。. 表 く. 1. に示された個々の 段階において、 児童たちは、 「 賞 して固有の問いの 追究とその表現に 基づ. 学習を要式され、. かっその解決がこうした 活動を踏まえることによりなされることを 実感するこ. とができたのであ る。 それは、 まさに上述した 児童一人ひとりにおけるアイデンティティの 確立を 前提とする学習の 成立の具現化に. 他ならない。. ﹂ り む サ. //. み. み. 方が. ,フ. Ⅰ く ¥ Ⅰ ¥. 方が. なっく いよて たに 出. く Ⅰ. なっく いよて たに 出. ﹁﹁﹁﹁﹁. り む. 斗ノ ﹁. 「けむり」 3. 一. 共有 非共有 実験経過. 、、. 「もえたいと 思" ぅ けむりはもえるも のから出てくる」. 図. 4. 「けむり. ? 」にみる共有と 非共有.

(17) 61. 構成主義的理科学習論の 教授論的展開に 関する考察. 2.5. 学習者の科学概俳の 理解過程に見る 社会的言語の 構成とアイデンティティの 確立. 本授業の展開に. 際しての基本的仮説は、. 教室において 個々の児童が 社会的言語「つくり」に 参加. 、 その参加意識、 すな む ち、 他者とのことばの 共有による自己の 指向性反映としてのアイ ヂ ンテ ィティ確立の 有無であ った。 既に明らかにされてきたよ に、 その返答は、 図 1 ∼ 4 における児童が 構成してきた 考え方の変 遷に 如実に現れている よう に思われる。 す な れ ち 、 図 1 ∼ 4 に示されたよ にここでは、 児童の考 し. う. う. え方の共有と 非共有の繰り 返しなされた。. それは、 言い換えれば、 児童個々における. 恐竜的な学習への. 参加、. 不参加意識の 反映であ. 学概俳 咀鳴 としての学習個々における 地楡的な表現はまさにその 典型的な現れであ. 地楡的な表現とは 学習個々の論理、 価値観の反映であ. り. (森本,. る。 科. る。なぜならば、. 1993,中山, 1998)、 したがって 、. これを軸にした 学習過程が展開されるとき、 そこにアイデンティティの 確立を見ることは 決して困. 難なことではないのであ る。. 実際に、 本 授業は比倫的な 表現を軸にし、 最終的な結論もこうした 視点により決着を 見たことか ら、 児童個々においてアイデンティティの 確立がなされたことは 容易に想像できよう。 児童の悉 意 的な表現としての 地楡 的 表現、 これをいわば 手段として、 授業各段階での 児童固有の 科学概俳 咀哺 としての社会的言語の 生成、 これが 本 授業展開の根底を 流れていた考え 方であ った。 そして、 この事態は学習個々の 学習への参加意識、 すな む ちアイデンティティ 確立のメルクマール としての地楡 的 表現により一貫して 支持されてきたのであ. った。. 本研究の事例に. 見られる、. 「対話」. としての学習を 志向した理科授業の 要諦であ る。 児童固有の論理と 科学の論理は 二項対立として 捉えられるものではない。 理科授業における 児童 の 地楡 的 表現への着目と、 その価値付け、 社会的言語化、 そして、 こうした情報 群のバプ チンの 指. 摘 する対話的あ るいは相関的思考への 位置付けがなされる. 時、. 対立的に見えた. 現象は解消された。. 「対話」としての 理科授業を試みる 申で得られた 知見であ る。 それは、 本論の仮説であ った、 一貫 して児童個々の 論理構成を保証する 立場であ る、 個性記述的定位が 説明しようとする 学習の本質的 な 展開であ る。. 的 理科学習論の 教授論的展開成果としての 学力論. 3.1 理科における「学力」概俳の 再定義 個人的構成主義の 視点からの学習成果は 既に述べてきたよらに、 それは、 学習者の認知構造とし ての スキーマの構成であ った。 そして、 このスキーマの 拡がりは「対話」を 基調とする社会的構成 主義の視点からその 保証がなされた。 こうした学習記述の 特徴は、 学習者個々が 情報をひたすら 受 察 するという形ではなく、 既 有の枠組みから 認識を拡大させるという 動的な学習プロセスの 悉皆的 な反映にあ ると言える。 それは、 言い換えれば、 時々刻々と変化する 学習者個々に 具備されていく、 学習における 資質、 すなわち「学力」の 総体と捉えることができるのであ る。 最終章において「学力」論を 検討するこ とは、 この意味で、 本論において 記述してきた 理科における 学習論と教授論の 本質を開示すること になるのであ る。 それ故、 先ず、 理科における 従前の学力論をレビュー し、 次に、 本論の議論の 本 質的反映としての 新学力論を提示したい 「「学力」という. G森本,. 1999) 。. 語ははかなり 日本的な用語であ り、 したがって特有の 意味合いをもつ 用語であ. っ.

(18) 62. 森本. 信也. て 、 西欧にはこれに 正確に対応する 語がないといわれる」. (安彦,. 1985) 。 英語で、 この概念に相当. する用語を当てて 考えれば acade 巾 nc achievement であ り、 理科の学力といえば、 academic achievementin. scienceであ る。 それでも、 これは直訳すれば「学問的な 到達度」であ る。. 本論で述べてきた 児童。 生徒のアクテイーブな 学習の姿の目標とすべき 概念とは、 かなりニュア ンスが異なっているように 思える。 科学概俳の理解、 基本的技能の 習得、 科学的態度の 獲得等々 個 別 的な理科の目標と 対応させると、 achievement を使用することには 問題がないようにも 思えるが、 これら全体を 包括すべき概念を 考えるとき、 やはり児童・ 生徒の学習の 実態とは乖離する。 このように考えるとき、 「学力」とは、 児童・生徒の 学習のすべてのプロセスに 関わり、 それを 説 明 できる概念こそ、 それと呼ばれるにふさわしいものであ ると捉えられる。 その概念とはいかなる. ものであ ろうか。 一つの手がかりとして、 次の提案を吟味してみよう。 表 4 に示す内容は、 アメリカ. (EducationalPsycholo め st) 」に掲載さ 学習についての 見解」の抜粋であ る (Mayer,1996)0. 心理学会の下部組織の 一つの機関誌であ る「教育心理学者. れたこれから、 つまり 21世紀へ向けた「授業と. 表における、 「子どもの一挙手一投足を 丸ごと捉えその 意味するところを 探る」という 表現は 、 本. 見るとき、 それは、 児童・生徒における 問題解決のプロセスであ ることが明ら ろう。 そして、 その際、 児童。 生徒の「意味構成」の 内容を探り、 適切な評価を 行えば、 本. 論の内容に照らして かであ. 論 における「授業と 学習についての 見解」と合致していこ 表4. う. 。. EducationalPsycholo 伊 st 誌に見るこれからの 授業と学習の 見解. 学. 子どもによる 知識構成. 習. 研究者によりあ らかじめ計画された 枠組みにより、子ど. 研究の視点、 もの反応をとらえるのではなく、 子どもの一挙手一投足 を 丸ごととらえその 意味するところを 探る. 教 子. ど. 師. 子どもの学習活動のガイド・ 調整. も. 知識の受容ではなく、. 学習活動の形態解決への 教師の調整に 参加. 意味の構成. 基づく、 子どものディスカッションや. 課題. これは、 紛れもなく本論における 児童・生徒の 学習を包括する 考え方であ る。 児童・生徒の 学習 を 説明するにふさわしい 包括的な概念、 それは、 系統的に知識を 受容する「 力 」ではない。 明確な 問題解決の意志のもとに、 この視点にとって 意味あ る情報を捉え、 知識として再構成していける「 力 」. こそこうした 学習を説明する 概念であ る、. と言. う. ことができよう。. 児童・生徒の「学力」は、 従前のように、 一定の基準から 測定され、 その結果を受けての「反応 の 強化」、. という形で形作られるべきものではない。 むしろ、 常に、 自らの論理の 運びをチェック. 論理の確実な 地歩を確かめるべく、 問題解決に関わる「意味構成」を. し、. 広げる中で、 他者からの強制. ではなく自ら 学習する意志、 力にょり「強化」されていくのであ. ところで、 ここでい. う. る。 、 児童。生徒の「学力」を 構成する要素は、 既に、 本論において、 個人的. 構成主義の反映としてのスキーマ 論あ るいはこれを 広げる社会的構成主義を 論じる際に現れてきて. いる。 具体的に包括されるべき 要素の群として、 整理されなければならない。 それが、 論を記述すべき 課題であ る。. 次の「学力」.

(19) 63. 構成主義的理科学習論の 教授論的展開に 関する考察. 3.2. 理科における 新学力論とその 構成要素. 図 5. は、. ホワイト や レイブ、 ウェンガーらの 児童・生徒の 学習に関する 論を参照しながら 構成し. た 、 理科における 学力を構成する 要素であ. り、 また、. 全体としての 意味内容の体言であ る. 森本,. (. 1998)。 これを提起した 根拠とその意味内容は 次の通りであ る。 学習者の保持する 知識. (概念 ). について先ず 見てみよう。. パフオーマンスは 既に検討したホワイトの. 記号的表現、 イメージ、 エピソード、 知識表現の多様性を 示したものであ る。 一つの知識を 獲. 得すること、 構成すること、 それは、 こうした要素 群 に見られるよ に 、 いろいろな言い 換えをす ることができること、 あ るいは、 どのような表現方法でも 知識の獲得と 捉えること、 というよ に う. う. 考えるのであ る。. また、. 記号的表現 イメージ エピソ. @. 興味、 関心. 学習意欲. ド. パフオーマンス. 5. (概念 ). による意味の広がり. 図. 学習者の保持する 知識. :. 他者の学びとのリング. の学びとめリンク る意味の広がり. 図. 理科における 学力を構成する 要素. 図の同じ欄の 右側の興味、. 関心、 学習意欲はいわゆる 情意的な要素 群 であ る。 これも、 既 にホワイトの 所論として検討したよらに、 上述の知識構成においては、 情意的な要素も 表裏 一体と なって児童・ 生徒において 醸成されている、 ということを 示しているのであ る。 感動すること、 次 の活動へ意欲を 示すこと、 そこには図の 左側に示されているような、 認知的な裏 付けがあ るのであ る。. 逆に言えば、 認知的な学習の 成立があ ったとするならば、 そこには、 次の活動への 飽くなき問題 への追究意欲が、 あ るいは、 大いなる感動が 児童・生徒の 中に成立していると 見るのであ る。 イメ 一ジ をすること、 感動すること、 これは児童・ 生徒の学習を 広げる上において、 重要な要素であ る が、 それは、 そのまま彼や 彼女の学力として 定着していぐのであ る。 児童・生徒の 感動が生まれな いところに、 学力の定着はあ りえないのであ る。. 言い換えれば、 児童・生徒一人ひとりが 実感的に捉えるプロセスを、 さらには、 そこで獲得した ものを重視することにより、 こうした「学習の 力」は形成されて い くのであ ろう。 図にあ る観察・ 実験の要素、 それは、 こうした児童・ 生徒が実感的に 学習を形作っていくプロセスに 関わる重要な 視点であ る。 図に示されているよ. う. に、 観察・実験は 上述したよらに、 児童・生徒の 多様な考え方、. 表現、 感じ方の検証、 あ るいは、 拡大の手段として 位置付けられているのであ る。 したがって、 児童・生徒の 考え、 感じ方、 思い、 願い等が反映されない、 観察・実験は 考えられ. ないのであ る。 それは、 児童・生徒が 自らの学習の 見通しを持つことができないのと 同義であ る。 考え、 感じ方を検証しょうとするから、 そこに学習の 見通しが存在してくるのであ る。 「水に入れた ニクロム線に 電流を流し、 そのときの、 温度、 電流、 電圧の変化を 表にしてみましょう、 また、. こ. れ き グラフ化するとどのようなことが 言えるでしょう」、 という通常なされる 発問では、 当然のこと.

(20) 64. 森本. 信也. ながら、 適切ではないのであ る。 「電気、 パワーがあ ったよね、 ニクロム線を 使って調べてみよう、 電気のパワーって 、 何で表し たらいいのかな」というような、 児童・生徒のイメージや 興味を基礎にした 検証過程が設定されな. いとき、 観察・実験することに 対する自らの 学習にとっての 意味は、 児童・生徒には 実感されまい。 観察・実験、 それは、 同時に、 児童.・生徒にとって 自然の仕組みを 探るための重要な 技術としての. 位置付けを意味しょう。. 児童・生徒が 学習を自由に 検証する技術として、 それは駆使されなければ. ならないのであ る。 図 における、. 最後の要素であ る、 他者の学習とのリンクによる 意味の広がりは、 一言で言えば、. 社会的構成主義を 体現する児童・ 生徒を取り巻く 情報へのアクセスであ る社会的分散認知. (socially. distributedco 糾 ition) (Hutchins, 1991) への覚醒を意味している。 観察・実験が 学習を広げる 重. ったのと同じように、 自らの周りにあ る多様な情報群を 自由に駆使することの 必要性、 重要性がこの 要素の意味内容であ る。. 要な技術的手段であ. 自分の頭の延長として. コミュニケーション 活動の一環として、 議論すること、 インターネット 情報を検索すること、 教 師 より助言をもら. こと、 図書室で資料を 探ること等すべて、 この要素に含まれる 事柄であ る。. ぅ. 図. に示されたよさに、 こうして児童・ 生徒一人ひとりが 個人から発想し、 社会的な広がりとして 学習 を 広げていくことを. 確認するとき、 初めて、 われわれは理科授業における 彼らの「学力論」を. 口に. することができるのであ る。. 3.3 児童・生徒固有の 学習に起因するものとしての 学力 本論において 紹介してきた、 理科授業における. 児童。生徒の学習プロセスのいくつかを. 振り返っ. てみよう。 そして、 その学習の実態と 上述の「学力論」とを 対照してみよう。. 2. で紹介したよ. う. に、 児童・生徒は 科学概俳を既製の 科学概俳の表現を 越えて、 自らに対して 意. 味 をもたらせるべく、 実に巧みに構成してきた。 児童・生徒の. 固有の考え方、発想を適切に 評価し、 その発展を支援するとき、 こうした表現に 見られるよ に、個性的な理解の 世界は展開されてきた。 言い換えれば、 そこには、 児童・生徒自身の 手になる固有の 自然の仕組みに 関する理解、すな ね ち、 う. スト一リーが 展開されているのであ る。児童・生徒が 自然についてのスト 一リーを展開できたとき、 あ るいはスト一リーテラ ー. となったとき、 それは明らかに、 児童,生徒における自然 観 構成の証で. あ る。. そして、. スト一リーとしての. 自然観の構成、 それは、 言さまでもなく、. 一つの学力形成であ. る。. なぜなら ぱ 、 このとき、 理科授業における 児童・生徒個々の 思考が彼らの 学習のプロセスにおいて、. 想像し、 かつ確認することができたからであ る。 学 力は 固定的に「蓄えられる」ものではない。 この例に示されたよさに、 常に稼働され、 構成する要 素の内容の充実を 求めて、 改変されるべきものであ る。 図 5 で説明される 児童・生徒の 学力は、 こうして、 児童・生徒一人ひとり 固有の学習に 起因して 構成されることが 明らかであ る。 児童・生徒固有の 学習、 発想がないとき、 彼や彼女にとってはま さに、 生きて働く学力は 形成されていかないのであ る。 本論で検討してきたいくつかの 実践は、 こ フル稼働された 状態にあ ったことをわれわれは. のことを如実に 物語っている。. 学力論と並立して、 て 設定される。. 学校では「∼能力」なるものも 理科に限らずすべての 教科における 目標とし. 理科においては、. 代表格が問題解決能力であ. り、 観察。実験能力、 表現能力等々。.

(21) 65. 構成主義的理科学習論の 教授論的展開に 関する考察. ここに挙げられた 要素は既に述べたように、 すべて、 図 5 に包含されているものであ 児童・生徒の 学習の論を図のように. 捉えるとき、 能力論と学力論の. る。したがって、 相違は見あ たらない。 また、 こ. とさら区別する 必要性もないように 思われる。. しかしながら、 こうした条件から 離れて「∼能力」論なるものがしばしば 提唱されるのも 事実で あ る。 そこには、 児童・生徒個々の 学習とは懸け 離れた形式的な 内容の羅列があ るだけであ る。 例えば、 「バラフ化能力」なるものを 取り上げてみよう。 図 5 に則っとれば、 この内容は既に 述べ たように、 「電気、 パワーがあ ったよね、 ニクロム線を 使って調べてみよう、 電気のパワーって、 何. で表したらいいのかな」、. 関わる形で育成されよう。 生徒固有の問題を 解決するための 技術としての 位置付けられているのであ る。 という児童・ 生徒の問題解決と. 問題の検証手段としてのバラフ 化の定着は、. 図 5 によれ ば 情意的な要素も. グラフは児童・. 連動して拡大させよう。. 積極的に新聞やインターネット 等からグラフや 表を読むことへの 興味や関心の 喚起などはその 好例 であ る。そして、 こうした学習を 包括するものとして、 「バラフはそこから 何らかの意味を 読みとる、 探るべきもの」という 感覚が育成されるのであ る。 一方、 これと対照的な 例は、 測定したデータを 児童・生徒に 教師の指示のもとにバラフ ヘ 書き込. ませ、 そこから何かを 発見させるという. 手法であ る。 児童・生徒は 試行錯誤として、 規則性を偶然. 発見することもあ ろうが、 検証すべき問いを 欠くため、 グラフを書き、 そこで問いを 検証するとい ぅ. 学習の必然性を 伴わないため、 こうした技術の 必要性は定着しがたいのであ る。. 目標に掲げさえすれば、 児童・生徒に 学力が形成されていくわけでは ない。 児童・生徒の 学習の論理の 固有性を承認し、 その展開を構想するとき 初めて学習の 論として 「∼能力」の 育成を授業の. の、 学ぶ 力 の形成はその 端緒を開くのであ る。 「∼能力」というよ に 吸飲させるのではなく、 図 5 に現れているよ. う. う. に、 その固有性にこそ 着目し、 その支援こそ 構想し. たいものであ る。 そのとき、 児童・生徒個々には 何ものにも比肩し ぅる 学習の 力 が定着していくのであ. に、 児童・生徒の 学習を形式的 ぅる. 、 かっ一人ひとりが 納得し. る。 それは、 理科学習論としての 個性記述的定位の 教授論的展. 開のもとでこそ 実現され得るのであ る。 本論は、 まさに、 こうした結論を 目指して論述されてきた のであ る。. 引. 用. 献. 文. 本文中での文献の 引用・参考は 著者名、 発行年次を. ()内に記載した。 また、 同一著書・論文から. の 複数箇所の引用には 年号の次に (:) を付しぺージ 数を示した。 (欧文 ). D ど lver,R. Ⅰ 995Cons. も. lructlⅦ s App noachestoSclenceT Ⅰ も. LawrenceEarbaumAssocla Gergen.R,J.1995 EdH ⅠC 』 tぬり LawrenceEa. Hewson.M.. Ⅰ. CoりぽⅠⅠⅠ上丁Ⅱ 88 じ7%e. も. ね S,Publlsherspp.385-400. Soci 田 Const]ruction ど. and. the Educatlond. lbaumAssoclates,Publisherspp.4. 987 The Role ofIn <ellectualEnVironment 仕. 舌はrea. achlng. けⅠりs かぴビとア vIs 皿皿 E はⅡC 』 血わⅠ. コカ Coりりの @eヰアサⅠ a Ⅰ. Ch. 五れ. Ⅰ. Process.. Co按りnSznⅢⅡ ct7visⅢⅠ刀. -56. ln the Onl 期 n of Conception. ln. @a血ヒヂ接AcademlcCPressInc.p.154. Hu 比 hins,E.19gl The social distributed co 臣廿tion. in Resnick,L.B.,Le 血 ns,J.M.&T も asly,S.D..

表  1   授業の流れ  ①  ②  ③  ④  ⑤  なへに しえ 青一を留  現 づこい造化 仮る認 ﹁ 酸 ぅ がと 乾   た ﹂︒  涌 か   て比   しヒ     問いと ィ へ焦点 0 本意 て けをし 慮験 体 ︑注 っ の ﹂ 白化けと う究 し子 説 検し ﹁ 葉 定考案   気 いのよ             確 かプ   と ‑ ﹁ をこの   動 カムロ﹂     こと二発とえた ス  の 用 ・このさ り て の と て む ィつ と 業 ま ヰノ   る ﹁ 授 火   
表 2   授業の流れをつくる 主なプロトコル  (3/3)     く  けむり  3  )  ⑤まとめ  プ  ロ  ト  コ  ル T : 燃えるけむりについてかんなの  意見言って。 C l :  モヤモヤしてたんだけど、  先生がつくったけむりは  普通に燃やしたときのけむ りとはちが ぅ 。 C2       火がついたっていうことは、  どうしてかは 分からないけれど、 けむりは二酸化 炭素とちが ぅ 。 C3 : C2  につけたしなんだけど、 状況の違いってい う のか、 けむりが違ってい

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