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徳 田 陽 彦

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︿はじめに﹀

﹃失われた時を求めて﹄の第一篇は貢ワンの家のほう△︑第三

篇は軍ルマントのほう﹄と題されている︒スワンはブルジョワ社会︑

ゲルマントは貴族社会のシンボル的な存在である︒主人公の﹁私﹂

とその家族が第二の故郷ともいうべきコンブレー周辺の二つの﹁ほ

う﹂を散歩するとぎ︑おなじ門から家を出ることはなかった︒スワ

ン家が住む﹁メゼグリーズのほう﹂とゲルマント公爵家が住む﹁グ

ルマントのほう﹂はまったく別の方向にあり︑同一の日に一度に二

つの﹁ほう﹂に散歩にゆくことはできなかった︒当時少年であった

﹁私﹂はその二つの﹁ほう﹂をへだてている間隔に実際の地理的距

離以上のものを感じ︑双方はそれぞれの壺のなかに閉じ込められ︑

互いにコミュ一ケーションのない世界であると承なしていた︵I︑

︵14︶

一三五︶︒しかし最終篇の﹃見出された時﹄に至ると︑スワン家の令

嬢ジル?ヘルトと︑ゲルマント一族の貴公子サンⅡルーが結婚し︑二 人のあいだに娘lユダヤ人のブルジョワ﹁スワン﹂とフランスの歴

史を具現化している﹁ゲルマント﹂の肉体的特徴をそなえたサンⅡ

﹃失われた時を求めて﹂における﹁ゴモラのほう﹂I︵1︶︵徳田陽彦︶ ﹃失われた時を求めて﹄における﹁ゴモラのほう﹂I︵五︶

ルー嬢11が生まれ︑一弓の異なる社会の統一が彼女の裡に完成する︒

同時に︑昔﹁私﹂があれほど離れていると思っていた﹁メゼグリー

ズのほう﹂と﹁ゲルマントのほう﹂も︑同一の午後のあいだに一度

に散歩できることをジルベルト・サンⅡルー夫人からきかされ︑地

理的隔たりが存在しないことを知って︑﹁私﹂は惜然とする︒

この﹁二つのほう﹂の隔たりと統一は︑﹃失われた時を求めて﹂と

いう物語の骨格を支える最大のテーマである︒では︑二つの方向と

いう物語構造すなわちシンメトリーの構造は︑﹁スワン﹂と﹁ゲルマ

ント﹂だけにあてはまるのであろうか︒プルーストのシンメトリッ

ク構造への意思はほかにも顕現していないであろうか︒

コンブレーではじまりコンブレーでおわる物語の最初と最後にこ

の﹁二つのほう﹂が聲え立つとすれば︑プルーストが当初予定していた

より︵アル︑ヘルチーヌを途中で創造したために︶異常に膨張した物語

の中間部では︑はじめは野の孤立した火のごとくのちには僚原の火の

ごとくつぎつぎと二つの集団というより〃種族″を形成する人間た

ちが出現する︒ソドム︵男の同性愛︶とゴモラ︵女の同性愛︶の人

徳田陽彦

一一一一一

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最終的な推敲の手が加えられないまま死後出版されたこと︒ゆえに

一九五四年にガリマール書店から刊行された権威ある版とされるプ

レィャード版でさえ完壁な決定稿とは言い切れない︒もう一つは︑

﹁多くのプルースト研究者たちに無視されていたが︑以前から知ら れてい室事実︑すなわち︑第一一篇の﹁花咲く乙女たちのかげE

にはじめて登場し︑中間部の第三︑四︑五︑六篇の最重要人物となる

アルベルチーヌが︑第一篇言ワン家のほうc刊行当時︵一九一

三年三月︶︑プルーストが公に予告した続篇プランには存在しな

かったことである︒われわれはこの章において︑後者の事実に関連

する﹁アル︒ヘルチーヌ創造﹂という問題をいくつかの視点から検討

してみたい︒まず事実を認識するにあたっては胃ワン家のほうこ

出版をめぐる事情を踏まえなければなるまい︒

一九一三年一月にプルーストがグラッセ書店にわたした貢ワン

家﹄のタイプ原稿は一二年の夏にはほぼ完成した︒この﹃スワン家﹄は

現在の形にほぼ等しい頁ワン家﹄と現在の﹁花咲く乙女﹄を構成

する部分から成り立っていた︒しかし後者の第一回バル・ヘック滞在

の部分には︑アル︒ヘルチーヌと乙女たちの一団は存在しなかった︒

十二年夏以降︑プルーストは出版してくれる書店を求めて︑小説を書

くこととはまったく異なる方面に精力を費やすが︑結局︑やむなく

グラッセ書店から自費出版する契約を一三年三月に結ぶことになっ

た︒四月中旬以降︑プルーストのもとにはグラッセ書店から棒組校 正刷が毎日届けられ︑彼はそのたびに字句を修正するだけにとどま

らず︑校正刷の余白をびっしり埋める加筆作業にあたった︒しかし︑

﹁私のいままでの修正はlこんなことがこの後も続かなければよい

のですがlふつうの修正ではありません︒初校11もつとも再校

実われた時を求めて﹂における﹁ゴモラのほう﹂I︵1︶︵徳田陽彦︶ ができましたがlでは︑二十行︵一・ヘージ分Ⅱ筆者註︶のうちも とのものは一行たりとて残ってやしません︒削ったり︑見つかるか ぎりの余白に加筆︑修正をほどこして︑さらには上下左右をとわず 至るところに紙を貼りつけていま打﹄と︒フルーストが語るごとく︑ それは通常の意味でいう校正刷修正の許容範囲をはるかに越え︑修 正の概念からまったく逸脱しており︑﹁校正刷にまた新たな本を書い た﹂︵同書簡︶と同じくらいのゆうに一冊の本に相当する量であった︒ こうしたプルーストの言葉から判断すると︑一二年夏のタイプ原稿 のもとの形は相当くずれてしまっていたであろうことは想像に難く ない︒初校が一応終了したのち︑七六○・ヘージにもわたる本を出版 するのは商業的にも技術的にも困難であるという書店主グラッセや 友人の意見をききいれて︑プルーストはこの﹃スワン家﹂を五○○・ヘー ジ目で切ることにした︒﹁スワン夫人の家﹂の部分と﹁バルゞヘック滞 在﹂の部分︵両方で現行版のほぼ半分︶は︑つぎの京ルマントの ほう﹂の部分︵現行版の三分の一︶と合体させて︑改めてアルマ ントのほう﹄というタイトルで出版することにした︒つまりプルー ストは当初の方針である﹃失われた時を求めて﹄の二分冊による出 版計画をあきらめて︑三分冊からなる出版計画をたてたのであった︒ この三分冊のあとの二篇は註⑨で示した﹃ゲルマントのほう﹄と﹁見 出された時﹄である︒奇妙な構成からなるこの﹃ゲルマントのほう﹄

︵5︶ は︑一四年六月六日から二二日にかけて棒組校正刷が印刷され︑そ

の年の秋に出版する予定であった︒しかし愛人の運転手兼秘書のア

ゴスティネリが五月に飛行機事故で死んだことがもとで︑プルース トが﹁綴字の誤りをなおす気力さえなくし産︶いたためと︑西年

八月に勃発した第一次世界大戦に出版者のグラッセ自身も動員され

一一一一一一一

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なわちプルーストの美学理論は大いに変貌することとなる︒

しかしながらアル︑ヘルチーヌ創造という新たな理念を得たいま︑

それ以後の﹃失われた時を求めて﹄は︑以前の物語構造とは異なった 相の下で再構造化されなければならない・われわれの目下の論究対

象であるアル︑ヘルチーヌが属するゴモラ︵女の同性愛︶の住民を物

語のなかに参入させ︑新しい領士を護得させなければならない︒ァ

︵9︶ ル︒ヘルチーヌ創造は︑﹁もう一つの小説﹂といってよいほど既存の小

説プランにとっては異物であり︑以後の物語構造に変化を蒙らせず

にはおかなかった︒十二年夏のタイプ原稿に基づく一四年グラッセ

版にも︑アルゞへルチーヌの存在がもたらした﹁私﹂をめぐる女性た

ちの新たな相関関係という視点が導入される︒とりわけ﹁私﹂とジ

ル︑ヘルトの関係が活性化され︑物語の中間および後半部でヴェール

をとる︑コモラの女たちを暗示する布石も打っておくことになる︒た

とえば︑グラッセ版におけるジル︑ヘルトに対する主人公の幼く淡い

恋心は嫉妬を生じさせるほどの激しい恋愛感情に変容し︑ジル︑ヘル

トの署名をする際の癖が︵I︑四九九︶︑﹃逃げ去る女﹄のなかでジル

ベルトが打った電報の差出人の名がアルベルチーヌと間違えられる

挿話に呼応し︑﹁私﹂のジルベルトに対する感情が時間とともに忘却

の原則のなかに埋没するというアル︒ヘルチーヌの場合と同じテーマ

が新たに加わり︵グラッセ版では︑いつのまにか﹁私﹂はジルベル

トに会わなくなり︑﹁私﹂の関心は母親のスワン夫人のほうへ傾いて

ゆく︶︑スワンはベル︑コットとの会話のなかで嫉妬のあまり男が女を

日夜見張りつづけるという﹁囚われの女﹄に通じる恋愛例をさりげ

なく語り︵I︑五六三︶︑さらに決定的なことは︑ジル§ヘルトとの離

別の直接の原因である彼女が見知らぬ青年︵﹃見出された時﹄で実は

﹃失われた時を求めて﹄における﹁ゴモラのほう﹂I︵1︶︵徳田陽彦︶ 男装した女優レアであることがわかるlⅢ︑六九五︶とシャンゼ リゼを歩く挿話︵I︑六二三︶がグラッセ版の土台の上に新たに築 かれる︒

﹃花咲く乙女﹄の第一部﹁スワン夫人をめぐって﹂︵グラッセ版で は﹁スワン夫人の家で﹂︶のなかでアル︑ヘルチーヌがはじめて物語に

登場する︒その名は三箇所で語られる︒①I︑五一二1勺F三七の三

の加筆︑②I︑五九八11もF四二の七の修正︑③I︑六二六の加筆︒そ

のうちの①と②をとりあげてみよう︵もF︐はも冨目a棒組校正刷の

略︶︒

オデットのサロンにまだ客が二人︵コタール夫人とポンタン夫人︶

残っている︒それに不満なジル↓ヘルトが︑﹁私﹂のいる前で父親のス

ワンにだだをこれ︑ボンタン夫人の夫の地位︵官房長︶を見くびり︑

夫人について嫌味を言う場面︒既存のスワンとジル︑ヘルトの言葉の

遣り取りのあいだに︑アル︑ヘルチーヌの名がはじめてジル︑ヘルトの台

詞を通して登場する︒

﹁その人︵ボンタンⅡ筆者註︶は︑私とおなじ塾にきていた女の

子の叔父さんよ︒女の子はクラスはだいぶ下だけど︑有名な︽アル

ベルチーヌ︾っていう子なの︒大きくなったら︽みだらな﹀箇輿な

女になるわね︒いまのうちから変な恰好をしているんですもの﹂︒

﹁まったくうちの娘には驚きますね︑誰でも彼でも知ってるんで

すからね﹂︒

﹁私︑その子を知っているわけじゃないの︒ただ通るのを見ただ

けなのよ・あちらでもアル︒ヘルチーヌ︑こちらでもアルベルチーヌっ

て︑ゑんなが騒いでいるの︒︵以下は既存の部分Ⅱ筆者註︶でもボン

タン夫人なら知っているけれど︑あの人もやっぱり好きになれない

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さらに娘にすることを決定的に忌避する理由は︑彼女の同性愛ゆ

えであろう︒娘の同性愛という性癖を知ったら︑親はいかに嘆き悲

しむであろうか︒こうした感情はプルースト自身のその母親に対す

るものである︒処女作﹃楽しみと日このなかの短篇﹃ある少女の

告白﹄は︑娘の男との快楽の現場を見つけた母親がショックのあま り死んでしまい︑娘は自らも死を選ぶ物語である︒しかしこの娘の

相手は異性ではなく同性であると読み直す解釈のほうが妥当である

︵娘の異性愛を見てショックのあまり死ぬ親がいるであろうか︶︒ま

たモンジューヴアンのピアノの老教授ヴァントゥィュは︑娘の同性

愛のために晩年は不幸な人生を送る︒主人公の﹁私﹂の母親はヴァ

ントゥイュの苦悩に同情し︑つぎのように代弁する︒﹁母はヴァン

トゥイュ氏のわびしい晩年を思い出すのであった︑それは⁝:・娘の

ために惹ぎ起された苦しみに使いはたされたのであった︒.⁝:母は︑

もっと残酷なくつの諦めをヴァントゥィュ氏が強いられていたと考

えていたが︑それは︑世間的にはずかしくない︑人からも尊重され

るような︑娘の幸福な将来に対する彼の諦めであった︒母は︑私の

叔母たちのピアノの元教師であった人のそうしたこの上もない悲嘆

のすべてを呼び起すとぎ︑ほんとうの心痛をおぼえ︑またヴァントゥ

イュ嬢が感じているにちがいない︑父親を殺したといってもよいほ

どの悔恨のまじった︑くつの意味での堪えがたい心痛を思いやって︑

ぞっとするのであった﹂︵I︑一五九一六○l傍点筆者︶︒

一九○五年に母親が死んでから︑プルーストはやっと同性愛を公

に大胆に扱うことが可能になり︑それを主要なテーマの一つにする

﹃サントⅡブーブに反駁する﹄という評論︵小説︶を書くに至った

のである︒そして同性愛の人々を﹃呪われた種族﹂というタイトル

﹁失われた時を求めて﹂における﹁ゴモラのほう﹂I︵1︶︵徳田陽彦︶ のもとに結集させたからには︑プルーストの同性愛への本質的な関 心は︑個のモラルの問題から種族の物語的︒ハノラマヘとアクセントが 移行していったにちがいない︒﹃失われた時を求めて﹄のなかでは︑ 母に対する同性愛の子の感情を話者に一般論の形で述べさせている が︵己の性癖を告げることができないために︑母が死ぬまで嘘をつ かねばならない﹁母のない息子﹂をめぐる叙述lⅢ︑六一五︶︑プ ルーストはそれを物語の顕在的なテーマの一つにする気はなかった のではないか︒初期作品にみられる母と子の心理的葛藤や良心の呵 責というような倫理的なテーマをこの小説の土台に据える意図はな かったのではないか︒そのような次元を超越したからこそ︑﹃ソドム と︑コモ|この第一章の同性愛の叙述をあれほど自由に脚色すること ができたのであろう︒それは同性愛を扱った︑一種の客観的な評論 とさえ言えるものである︒

ところでアル︒ヘルチーヌが同性愛の女であることをことさら意識

するのは︑もっぱら主人公の﹁私﹂だけである︒アル︑︑ヘルチーヌは

﹁私﹂だけに嫉妬と苦悩を味わわせる︒﹁私﹂は彼女との恋愛から愛の

一般的法則を抽き出す︒彼女は﹁私﹂の嫉妬と苦悩の源泉であって︑

親の苦悩の原因であってはならないのだ︒出自がもたらすあらゆる

絆から自由になった無限定のアルベルチーヌが﹁私﹂との物語には

必要だったのだ︵ポンタン夫人の親戚であることさえすでに制約で

あった11︑八七三︶︒出自の定かなアルベルチーヌは︑﹁私﹂の意

識の反映ともいうべき存在にはなり得ないであろう︒﹁彼女が表わす

もつと刈墹型的なシーニュは︑少年と少女の優美さが混じったとこ ろにある﹂というような物語の人物としての彼女特有の暖昧性も消

︵︑︶ 失してしまうであろうし︑彼女が﹁複合的な総体﹂であることも妨

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アル︑ヘルチーヌ創造を今度はいままでとは少し違った角度で考察 するために︑註②の読篇プランにふたたび注目したい︒プルーストは︑

一九二一年に貢ワン家のほうへ﹄を出版するにあたって以前の二 げられ︑﹁小説の女たちの生きた要塗になるには現実にあまりにも 近翻つぎすぎて︑三人称小説の人物のような客観的な存在になってし まうであろう︒

かりにアルベルチーヌが貴族の出であったならば︑$ブルジョアで

ある主人公﹁私﹂によって囲われた貴族娘の﹁囚われの女﹂となり︑

最終篇になってはじめてブルジョワ社会が貴族社会を凌駕するとい

う現実を先取りしてしまうことになって︑物語の整合性は著しく損

われてしまうであろう︒なによりもそうなると︑﹁私﹂とのあいだに

余計な階級的な緊張関係が生じ︑逆に階級的な劣等感が表出する陳

腐な征服物語に堕してしまうであろう︒同性愛の女を愛すという特 殊な恋愛形式からの愛の一般的法則を導き出すには︑配慮しなけれ

ばならない社会的側面という侠雑物ともいうべき要素は排除する必

要があるのだ︒それにフランスのブルジョワ階級は︑﹁きわめて多様

な人間彫刻のふしぎなアトリエに似ている﹂︵I︑八四四︶ので︑物

語の人物を創造するにあたっての可能性は貴族の場合より幅ひろ

く︑アル§ヘルチーヌの暖昧性︑一種の非人称的︑匿名的性格を表出

するのに最適であった︒一方︑アル︒ヘルチーヌをオデットのような

高級娼婦かラ︑ソェルのような娼婦あがり︑もしくは都市の下層階級

出︵プルーストは一般的にこの階級に対する関心はほとんどないが︶

であったならば︑﹁私﹂が演出する物語の美学的世界は狭くなってし

まったであろう︒ ﹃失われた時を求め星における﹁ゴモラのほう﹂I︵1︶︵徳田陽彦︶

分冊案から三分冊案に構想を変更したとぎ︑第三篇の﹃見出された

時﹄の見出しの一つに﹁花咲く乙女たちのかげに﹂の章をあげてい

る︒このことは何を意味するのであろうか︒一見︑同じ章題である

ところから︑プルーストはすでにアルベルチーヌと乙女たちの一団

を想定していたのではないかと思いがちであるが︑実は︑近年︑フ

ランス国立図書館にプルーストの下書きや手書き原稿︑あるいはタ

イプ原稿などが寄託されて以来︑おもに壽イことよばれる草稿

帖や﹃カルネ﹄とよばれるメモ帖の研究成果が徐々に公表されるに

つれて︑この問題はそう簡単ではないことが明らかになった︒こう

した文献研究に先駆的な役割を果たしたモーリス︒︑ハルデッシュ

は︑﹃見出された時﹄の﹁花咲く乙女﹂に関してつぎのように述べて

いる︒﹁そこには︵続篇プラン︶︑アル︒ヘルチーヌの名前が見つから

ないだけではなく︑﹃囚われの女﹄と﹃消え去ったアル︑ヘルチーこ

を特徴づけているいかなる挿話も見出せない︒だが大部分の批評家

たちは章の一つの題名にだまされてしまった︒この題名は︑アルベ

ルチーヌではなく︑一九一三年に書かれた章を指し示しているのだ︒

それ睦ハルベヅクの︽小さな一団︾を表現してはいるが︑その当時

の一団に姿を見せているのは︑アルベルチーヌではなく︑マリアと

いう名のス︒ヘィンの少女であり︑彼女たちとの出会いは挿話的で︑ いささかも小説の流れと異なる方向を決定づけてはいなかった学一

方︑わが国の吉川一義も同様に︑第三篇は書き上げて準備が整って

いるどころかまだ進行中であり︑その予告は﹁完成し構造化された

状態のレジュメというより︑むしろ一種のプラン︑しかもかなり流 動的で変更される可能性のあるプラ面︶であったと評している︒さ

らに吉川は︑プルーストは一九一三年中に三分冊案をすでに断念し︑

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︵妬︶ 対して︑愛と嫉妬の心理には部分的に置き換えを認めるが︑﹃失われ

た時﹄の挿話すべてが置き換えられたと解釈するのは不可能である

とする︒さらに﹃カィこや﹃カルネ﹄には置換説を立証するいか

なる痕跡も指示も存在しないと述べる︒事実︑﹃カィェ﹄や﹃カルネ﹄

は人が期待したほど︑この種のモデル問題を解く鍵をわれわれにも

たらしてはくれなかった︒しかし︑タディエによれば︑﹃カイニのアル

§ヘルチーヌヘの憎しみと突然の和解を描いた箇所に︑アゴスティネリ

とともにプルーストの晩年の秘書アンリ・ロシヤの名が書かれてお

り︑アルゞヘルチーヌのモデルとして少なくともこの二人は確認され

たわけである︒

さて︑われわれは﹁置換説﹂を全面的に肯定することも否定する

ことも︑どちらにも反対する︒いままで論じてきたことは︑作品の

登場人物と実生活上の人間とのあいだの照応関係に興味があったか

らではない︒﹁芸術家が芸術作品から人生の単なる写しを作ることに

同意をしたり︑想像力から生まれた作品にX氏とかY氏とかを〃入 れ〃たりするとは私は決して田候ませ必と︑モンテスキュウ宛の

書簡に書いたそのとぎのプルーストの言葉はいささかドグマティッ

クであるとしても︑作家の想像力および深層意識の領域に踏みこま

ずに︑この種の照応関係を論じることにわれわれはそれほどの意味

は見出せない︒われわれのここでの目的は︑ただアルベルチーヌが

作者の生きた経験に関しても︑さまざまな見解を生じさせるほどす

コンプレックス ぐれて複合性をそなえた人物であることを示すことであった︒

芸術作品と実生活の単純な照応関係に反対した同じプルースト

は︑モデル問題についてたずねた友人に︑﹁この本の登場人物には鍵

などありません︒いやむしろ︑たったひとりの登場人物に八つも十

﹃失われた時を求めて﹄における﹁ゴモラのほう﹂I︵1︶︵徳田陽彦︶ ︵羽︶ もの鍵になる人がいるのです﹂と答え︑このあと︑人物たちだけで はなく︑無数の教会をモデルにしたコンブレーの教会︑何人かの作 曲家の音楽からヒントを得たヴァントゥィュのソナタ︑ジルベルト のモデルなどについても触れている・これとまったく同じことを﹁見 出された時﹄で話者も言う︑﹁︵人間であろうとなかろうと︶本のな かの個体的存在というものは︑数多くの印象から成り立っている︒ そうした印象は︑たくさんの乙女たち︑たくさんの教会︑たくさん のソナタから着想を得たものだが︑たったひとつのソナタ︑たった ひとつの教会︑たったひとつの乙女を創りあげるのに役立つのだ︒ 私は自分の本を︑あんなにたくさんの肉片を付け加え︑選んで味わ い深いゼリーをつくる︑フランソワーズがビーフ・ァ・ラ・モード をこしらえるあのやり方で︑書くのではないだろうか﹂︵Ⅲ︑一○三 四三五︶︒もちろん︑プルーストは実生活上のモデルをいくつも利 用し︑単純に足し算をして人物像を形成するのではない︒物語の個体 的存在は︒フルーストの想像力という手術をへなければならないのだ︒

問題は︑アル︑ヘルチーヌに関するプルーストの生きた経験という

レヴェルでの証言の複合性lときに女主人公を男として解釈しな

ければならないlと︑この登場人物が途中から物語に参入したい

という事情を考慮するとぎ︑描かれたアル︑ヘルチーヌ像から﹁たった

ひとりの乙女﹂像lあの﹁ゼリー﹂lを呈示することが可能か

どうかということである︒まったく逆に﹁たくさんの肉片﹂になっ

ていないかどうかということである︒

肉片︑いや個体的存在の断片は結合したり︑一貫性を打ちたてよ

うとすることができないのだ︒﹁このことはプルーストの小説の人物

たちに関して真実である︒人物たちはしかじかの角度から見た場合

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ところで︑﹃失われた時を求めて﹄は時間を物語の流れの最大の契

機の一つとする小説である︒ではこのアル︑ヘルチーヌ像に時間の観

念を導入すればどうなるであろうか︒それはおそらく︑﹁継起するイ

スペルポジション メージの積象重なり﹂︵Ⅲ︑六九︶となるであろうが︑主人公の﹁私﹂

には積み重なったイメージの本質を把握することができないのだ︒

果たして﹁私﹂はつぎのごとくに嘆く︵アンドレとアルベルチーヌ

に対して︶︑﹁君たちの本質は何なのか︒それを知るには︑君たちを

固定してしまうこと︑たえず他人になり変わる君たちへの不断の期

待のなかに生きることをやめる必要があるだろう!君たちを定着さ

せるには︑君たちを愛することをやめる必要があるだろう!﹂︵Ⅲ︑ しか認知されることはないのだ︒そうした角度もすぐくつの角度に とってかわられる︒アル︒ヘルチーヌはその最良の例である︒アル︒ヘ ルチーヌはさまざまな様相へと無限に分割ざれ盈・主人公の﹁私﹂ にとってのアルベルチーヌは︑﹁数多くの部分からなる︑数多くのア ルベルチーヌからなるアルベルチーヌの分割性であり︑それが私の 裡における彼女の唯一の存在様式﹂︵Ⅲ︑五二九l傍点筆者︶なの である︒﹁私﹂がアル︒ヘルチーヌに接吻しようとしても︑彼女は﹁私﹂ に統一したイメージを呈示してくれない︒$ハルベックでは失敗した が︑今度はうまくゆくという予感がした﹁私﹂は︑パリの自宅に訪 ねてぎたアルベルチーヌから﹁唇による認識﹂を得ようとする︒し かし︑﹁私の唇をアルベルチーヌの頬に向ける短い行程において私が 見たのは︑十人のアル︒ヘルチーヌだった︒そしてこのたったひとり の乙女がいくつもの顔をもった女神のようになってしまい︑︑ハル§ヘ ックで最後に見た顔は︑私が近づこうとすると︑くつの顔﹂︵Ⅱ︑三六 五︶へと変貌しているのであった︒ ﹃失われた時を求め星における﹁ゴモラのほう﹂I︵1︶︵徳田陽彦︶

アル︒ヘルチーヌこそ存在しないものの︑ァ↑コスティネリの死以 前にも︑﹁花咲く乙女﹂に関する〃試作堅胸はたしかにあった︒しか

しここはそうした〃試作品″の詳細な分析をして︑それらがどのよ

うな物語上の実体をもっていたかを論じる場所ではない︒ただわれ

われのテーマである﹁︑コモラのほう﹂との関連においてアプローチ

するだけである︒ゞハルデッシュは﹃カィこにある乙女たちの一団

の古い記述は挿話的であり︑ほかの物語とのつながりはなかったと

論じている︒アルベルチーヌの名を創造するまではその通りであっ

たろう︒だがアル︒ヘルチーヌは︑いままでほかの部分とつながり

のなかった﹁花咲く乙女﹂をまったく異質の次元に高めた︑という 六四︶︒では人間の固定した姿を捉えるのに︑いちばん手短かな︑い ちばん安定した情況とは何であろうか︒眠りである︒人の眠る姿で ある︒かくして主人公はアル︑ヘルチーヌの寝姿をながめる︒﹁たった ひとりのアル.︑ヘルチーヌのなかに多くのアル︑ヘルチーヌを知ってい た私には︑いまも私のかたわらにまた多くの彼女が横たわっている ように思えた⁝⁝︑頭の位置を変えるたびに︑彼女はしばしば私に とって見知らぬ新たな女を創り出す︒たったひとりの乙女ではなく︑ 無数の乙女たちを私は所有しているような気がした﹂︵Ⅲ︑七二l 傍点筆者︶︒しかし彼女への嫉妬心にさいなまれ︑苦しめられる主人 公にとっては︑ともかくこのときだけがひととぎの心の平安をおぼ えるとぎなのだが⁝⁝︒以上述べたごとく︑読者に呈示されるアル ベルチーヌ像はけっして﹁たったひとりの乙女﹂ではない︒その本 質は統一性にあるのではなく︑むしろ分割性に︑部分性に︑変動性 に︑多様性にあるのだ︒

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より︑物語の真只中に引き込んでしまったのである︒

今日知るアルベルチーヌ像といわないまでも︑少なくともアル︑ヘ

ルチーヌの名を︑プルーストはいつ頃︑創造したのであろうか︒こ

れについては︑ゞハルデッシュ︑ボネ︑吉川の三氏が仮説を提出して

︵魂︶ いる︒︑ハルデッシュは﹁おそらく一九一四年一○月以後﹂︑ボネは﹁一

九一三年のおわりもしくは一九一四年﹂︑吉川は﹁一九一三年夏以

前﹂︒これらのなかで︑詳細な分析と信瀝性の高い根拠に基づいて提

出されているのは吉川の仮説であろう︒吉川が提出したいくつかの

根拠のうち︑われわれにとってもっとも重要なのは︑一九一三年一

一月に出版された責ワン家のほうこのモンジューヴァンの場面

︵ヴァントゥイュ嬢とその女友だちが戯れて︑冒濱的な行為に耽る︶

の冒頭にみられる予告的な文章︑すなわち︑﹁もっと先にゆけばわか

ることだが︑その印象の回想が︑まったくくつの理由から︑私の人

生に重大な役割を演じることになったのだ﹂︵I︑一五九︶が︑貢

ワン家﹄の校正刷の第三校緯︶九二一年八月六日の日付︶までは存 在しなかったということであるcこの予告は︑のちの﹃ソドムと︑コ

モラ﹄の巻末のアルゞへルチーヌが言う︑|私の母のように︑姉のよう

になってくれた私より年上の女のお友だちのことをお話したでしよ

︵ヴァントゥィュ嬢の女友だちのことl筆者註︶:::︑この友達

がそうよ︵あら︑あなたが想像するようなそんな種類の女のひとで

はぜんぜんないわよ!︶⁝⁝このかたがちょうどそのヴァントゥィ

ュのお嬢さんの親友なの︑だから私はヴァントゥィュのお嬢さんも

同じくらいよく知っているっていってもいいくらい︒私はいつも︑

私の二人のお姉さまって呼ぶのよ﹂︵Ⅱ︑二一四︶という言葉に照

応する︒それは︑アル︒ヘルチーヌとモンジューヴァンの二人の同性

﹃失われた時を求めて﹂における﹁ゴモラのほう﹂I︵1︶︵徳田陽彦︶ 愛の女たちの関係がはじめて判明するこの場面を暗示しており︑ア ルベルチーヌの物語との結びつきなくしては考えられないものであ る︒だから吉川は︑プルーストはこの頁ワン家﹄出版以前にす でにアル︑ヘルチーヌを発見していたのだという仮説をたてたのであ る︵もちろん︑吉川はこれ以外にも非常に綿密な文献研究の手続き をへてから仮説を打ちたてているが︑それらをここで扱うのは本題 ではないので省略する︶︒

この﹁モンジューヴァン﹂の加筆された予告は︑はかりしれない

ほど重要である︒それは単にアルベルチーヌという新しい人物の誕

生だけではなく︑種族としての;コモラの誕生をも意味しているから

だ︒このような観点からすれば︑吉川が﹁締切間際にこの加筆をし

たときこそ︑ひとりの〃囚われの女″のプランが最終的に小説に付

く弧︶ け加わった﹂と解釈するのは︑少々言い過ぎではないかと思われる︒

われわれの解釈では︑︵本質的には同じで︑単なる解釈の相違にすぎ

ないかもしれないが︶︑〃囚われの女〃を予告するというよりむしろ︑

創造されたばかりのアル︒ヘルチーヌを︑ヴァントゥィュ嬢とサッ

フォーの名をいただく﹁サフィスムのプロフェッ︑ンヨナル的実行者﹂

︵Ⅲ︑一二五︶のその女友だちに結びつけることによって︑はじ

めて同性愛の女たちの群像が想起され︑小説のなかの﹁ゞコモラ﹂と

いう種族が誕生したのである︒

なるほど︑一九一三年以前の〃試作品〃のなかにも少女どうしの

恋愛を示唆する箇所はある︒︒ハルディッシュの巻末の補遺に集録さ

れた﹃カイこ別では︑少女たちに恋をするのは現行版の主人公の

﹁私﹂ではなくスワンであり︑少女たちの名はマリア︑ソランジュ︑

セプティミ︑アンナである︒アンナを愛するスワンは彼女とセプティ

(14)
(15)

60

ぎほどのⅡの八三四・ヘージにも﹁スワンの例⁝⁝私はオデットのい

きさつを思い出した﹂という叙述があり︑この反映の事実を示唆し

ていると言えよう︶︒それは︑︵﹃カィニと同じ主人公の︶スワンがオ

デットと女友だちとの関係を疑う場面︵I︑三六一三六九︶であ

る︒ここでのオデットは︑人生に未経験で悪徳にも無縁であるような

種類の女に属し︑﹁そうした女たちは︑その会話が示すように無邪気

でありlたとえばオデットがそうであったようにl他の女に対

して熱狂的な愛情を感じるといったことには︑誰よりも縁遠いので

ある﹂とみなされ︑けっしてゴモラの一員としては表現されていな

いo

ラノドムと︒コモラ﹄の成立過程では︑﹁↑コモラ﹂は遅れてやってき た︒一九○八年の﹃カル︑塗︶には︑のちにシャルリュスとなるゲル

シー︵またはギュルシー︶という名がすでに記されている︒また﹃ソ

ドムとゴモラ﹄の冒頭を飾る一種の﹁ソドム﹂の言一フェストとも

いうべき︑シャルリュスとジュピァンの出会いの場面の骨格は︑︑ハ

︵訂︶ ルデッシュによれば︑一九一二年には書かれていた︒しかし︑アル

・ヘルチーヌ創造と﹁モンジューヴァン﹂との結合からそのパース︒ヘ

クティブがひらかれた﹁ゴモラ﹂は︑︵少なくともその慨念の︶誕生

を一九一三年まで待たねばならなかった︒それゆえ︑﹁ゴモラ﹂を﹁ソ

ドム﹂と同じ物語的次元に高めようとするプルーストの二元論的意 図の表出ともいうべき︑ゴモラの種族に関する叙述は︑遅れてきた

︵認︶ テーマに属し︑その多くは加筆されたものである︒では︑﹁ゞコモラ﹂

の遅れは物語構造をいかに変化させたのであろうか︑それは次章の

課題である︒

﹃失われた時を求めて﹂における﹁ゴモラのほう﹂I︵1︶︵徳田陽彦︶ 註

︿はじめに﹀

の以下︑﹃失われた時を求めて﹄の引用はすべてプレイ︲ヤード版︑a三目

号盲里三○夢gロの号両国図呂の︸の四三ョ画己による︒巻数と︒ヘージ数を

記す︶︒

②三四日丙①国閏忌呂①︾ミミsミェミのミミミ員詩裁旧朋艀冒○○巳2厨︾

目や己︒﹄つ〆

③野呂扁房宛書簡︑○言冒号奇さ鼠︾型目も﹄望.

﹁第一章﹂

の三・国胃晟gps・蔓・︾胃も﹄語.

②グラッセ書店版言ワン家のほうへ﹂の仮扉の裏面に印刷された続篇

・フランO

﹃ゲルマントのほう﹄︵スワン夫人の家でl士地の名・土地lド・シャ

ルリュス男爵とロベール︒ド・サンⅡルーの最初の粗描1人の名・ゲル

マント公爵夫人lド・ヴィル・ハリジ夫人のサロン︶

﹃見出された時﹂︵花咲く乙女たちのかげにlゲルマント大公妃lド・ シャルリュス氏とヴェルデュラン家の人々I祖母の死l心情の間

歌lパードヴァとコンブレーの︽悪徳と美徳︾lド・カンブルメール夫

人lロ︒ヘール・ド・サンⅡルーの結婚l永遠の熱愛︶︒

側貢ワン家のほうへ﹄出版をめぐる事情についてはつぎの研究によ

る︒

函の回国国○コ︒g・二言胃ミヱ己養凰暑ごs画ご宝︾z旨2.

の⑯○﹃ぬ①の勺巴口蔚﹃.二言言亀弔︾s震忽・︾︻①﹃oロ﹃のQ①句﹃四口oの.

屏○巳のQの罰○ず①風.○︶ミミ︑ミ昼︑守震冒二寄胃ミエs蚤異の巴雪国a︐

尿○口国①国のID昌昌︾尋曼凰凰奇望葦昌噴ミミ︑冨ミ︾○○コ9.

側アンリ・ヴォドワィェ宛書簡︑言国.国8.2︾s・蔓・も.屋騨

⑤一四年グラッセ版棒組校正刷についてはつぎの研究がある︒

一四丘

(16)

畔名異呉塗如偶倉Ⅷ里異土卜Or。n'l」IIKe延心」−(R)(煙田蛮仙)

/︑

q﹄

一旦︵一

つい

AlbertFeuillerat,Cb"""e"/Mzγ℃cノ月り"s/"co"@"oseso"""zα〃, YaleUniversityPress.

HamhikoTokuda,助γd刎兀zノgが0"sd'A/、O"z6""s〃""es 阿此se"Fソを"庵,inEtudesdeLangueetLitt6ratureFranCaises,n。34. VictorGraham,?脆"z理2"qf月り"s/,OxfordPress. 三④。ロー=、K偲伽艇′inH.Bonnet,".c"p.201. ELeC6tedeGuermantes

n.a.fr.16761PlacardscorrigeS29‑66

n・a・fr.16760Placardscorrigesl‑28 室「程苦く、/卜Jトコ<」e垢中逆1111HQ「'<E、八G膳」Q尽堤Q鎮二、如判組 Ljヨトノ認揖I‑J<̲p兵呉Q以衷‐」IJ′「1、ミヤ八一eg"、」Q垢中道1国叶1エ ゴ巡″毎や。1、ドノ迦柳‑)裡睡淫如淨JJuJトーノム狸。

SM.Bardeche,OP.c".,II,p.11. =MiltonMiller,A)肥加'""e庇乃'DzJs/,Fayard,p.65. =GillesDeleuze,PJり"sjgメノとss""es,PUF.,p.150. SJean‑YvesTadi6,Bozds/e/〃γり"ztz",Gallimard,p.222. =M.Bardeche,OP.c".,I.p.299. =YoshikawaKazuyoshi,E加加s"γ血9℃"如叱血乃jSo""〃〃 dIzMsdbs6γり"/"りれs/d"s,ThesepourlaDoctoratdelllecycle,I. p.20.

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=H.Tokuda,OP.c".,pp.114‑116. SH.Bonnet,OP.c".,p.200長《Q示旺。 室乃〃.,p.195. SAndr6Gide,ノリ"〃α/,BibliothequedelaPleiade,Gallimard,p 694.

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gc.メAlisonWinston,丹ひzfsi'sA〃耐0"s,I,IICambridgeUni‑ versityPress.

参照

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