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7 章運動・リラクセーションと精神的健康

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Academic year: 2021

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7 章 運動 ・リラクセーションと精神的健康

道向 良 西洋 昭

1 節 運動 と精神

精神的側面 に対す る運動の影響 はさまざまな レベルが考え られ る。一般には 身体的側面の改善 と並行 して気持ちや行動に積極性や協調性,外向性が増 した りとい った現象が出現す ることが経験 的に知 られている。 この ことはマラソ ン ・ランナーや トライアス リー トらが高強度の運動を 3 0 分 〜 1 時間継続 した時 に感 じるとい う 「 ランナーズ ・ハイ現象」と関連のある可能性 も示唆され る。

この説はランナーが通勤中に感 じるといわれる陶酔感や幸福感が,血中に増大 した β‑ エ ン ドルフィンの影響を受けているのではないかという仮説 に基づい ている。 β ‑エ ン ドルフィンとは強力な鏡痛作用を持つホルモ ンである。運動 強度が高 くなるにつれて,ある程度まで血中濃度 は増大するが,それ以上の運 動強度で は逆 に減少す るとい う性質 を もった物質であ る

1)。

f l ar r e l lら

2)

は 長距離 ランナーであ った とい う経験を持つ 6 名を対象に 8 0%VO2 max,6 0%

や02 max ,及 びマイペースの トレッ ドミル走を 3 0 分間行わせ たとき, β ‑エ ン ドルフィンが最 も上昇 したのは 6 0%VO2 max の時であ ったことを報告 して いる。 また Cl ot ら

3)

は,長距離 ランナーを対象に,軽 いランニ ングと激 しい ランニ ングを行 ったときのランニ ング前後の β ‑エ ン ドルフィン濃度を測定 し たところ,軽 いランニ ングの場合には 1 1 . 8 pg/ ml か ら 1 7 . 6 pg/ ml と 4 9% 上昇

したのに対 し,激 しいラ ンニ ングの場合 には 8 . 2pg/ ml か ら 2 8 . O pg/ ml と顕

著な上昇 ( 2 41 %) を示 したことを報告 している。 これ らの研究 は,運動強度

と産生 される

β

‑エ ン ドルフィンの量の関係 という点では相反す る結果を示 し

(2)

ているが,比較的強度の低い運動で もβ‑エ ンドルフィンが生 じるという点で は一致 している。 これ らの ことから,我々一般人が比較的速い速度 ( 最大酸素 摂取量の5 0‑60%程度の歩行速度)で歩いた時に血中の β‑ エ ン ドルフィンが 上昇 し,その ことが陶酔感や幸福感などといった感覚をもたらし,結果的に気 持 ちや行動を積極的な姿勢に変容させ る可能性があるという図式は考え られ る。ただ しこの説を支持す るには,血中に上昇 した β‑ エ ン ドルフィンが直ち に脳内に作用 していわゆる鎮痛作用を発揮す るという仮説が正 しいのかといっ た疑問や,その鎮痛作用 とランナーズ ・ハイといった認知的な現象 とが学問的 な裏付けによってどのように説明されるのかといった疑問,さらにはそもそも ランナーズ ・ハイといった現象は本当に存在するのかといった疑問に,さらな る検討が加え られなければならない1

) 0

また,精神的側面の別の レベルに焦点をあてると,子どもの ころに経験 した 両親 との散歩や学校の先生 との遠足 といった経験が,「 郷愁」という言葉で表 現できるように,我々の精神的側面に安心感や信頼感といった温かい感覚を体 験 させ る場 となり得 ることを理解できる方 も少な くなかろう

この場合,「 歩 く 」 という行為以前のお互いの関係性が不可欠な要素となることを忘れてはな らないが, 日頃意識することのできない我 々の精神的側面に,「 歩 く 」 ことが 影響を及ぼす場となり得 る例として捉えてみたい。すなわち今回の健康教室に おいて 「1 日 1万歩あるこう ! 」 とい う目標を両地域 ともほぼ達成で きた点 杏,住民の健康志向を内発的に活性化することに成功 した例 と解するならば, その過程には我々研究 グループ,両町の保健担当者,体育指導員,住民のそれ ぞれのグループにおいて,健康をテーマとする, グループ内またはグループ間 相互のさまざまな交流が有効に機能 した経過を見てとれるのである。そ してこ の交流 ( 関係性)が後のさまざまな活動のエネルギーへと転換 されたのではと 思われるのである。 この ことは 「 歩 く 」 ことと健康 との関係を探る以前の問題 ともいえるが,マンパワーの育成または健康教育のあり方 という意味では重要 な点 と思われ るので, ここであえて指摘 したい。

以上のように, 「 質良 く歩 く 」 ことは個人の身体的側面,精神的側面,認知

的側面に好ま しい影響を及ぼす。またそれ らが相乗的に作用することで社会的

側面を も癌養する可能性がある。

(3)

7 運動 ・リラクセーシ ョンと精神的健康

2 節 休養 とリラクセーション

近年,さまざまな組織で試み られているメンタル ・マネジメン トのテクニ ッ クの うち,その根幹をなす ものが リラクセーションである。企業における生産 性アップや各種 コミュニケーションの活性化,軽度の心身症に対す る治療的措 置,スポーツ ・チームのイメージ ・トレーニ ング,教育機関における記憶力の 向上,エステティック ・サロンの痩身術など,目的はさまざまであるが,いず れ もその初歩の段階では リラクセーションに導 くためのテクニ ックが駆使 され ている。 このような試みは,「 身体的に リラックスすることによって,我 々が 潜在的に持 っているさまざまな能力を自由に発揮する心理状態に導 くことがで

きる

との信念に支え られている。

一般に リラクセーションは副交感神経系の活動によって もたらされ,身体的 には血圧や心拍数が低下 し,皮膚温や皮膚抵抗が上昇 し,周波数 8‑1 0 Hz の 脳波 (α 波)の出現頻度が高まるなどといった現象を引き起 こす。そ して身体 が このような状態に至 った際には,精神活動が活発となり, 日常生活の 「 価値 にあふれた感情 」 の出現頻度 は低下 し,受動的な態度が強まり,個人的なイ メージまたは発想が活発に想起 され,禅でいう 「 月の光をゆるぎな く反射する 川のながれ」のような精神状態 ( al t e r e ds t at e sorc ons c i ous ne s s; As°) が生 じることが知 られている。 この点に関 しては必ず しも周到な研究がなされ ているわけではないが,いわゆる座禅 とか隈想などといった古 くか ら精神面の 修行とされてきた活動について,上述 したような身体的かつ心理的変容の過程 を経 ることを通 して,日常のス トレスを軽減 したり,さまざまな発想を構築 し ていくという場を提供 してきた活動 との解釈を下す ことも可能である。あるい は盆栽や釣 り,お茶などといった 「 趣味」 も,上記のような心身の変容をきた した場合には リラクセー ションのための手段の一つ ととらえることもで きよ

う。

運動の継続的実践によって リラクセーションの能力がどのように変化す るの

か,今のところ明 らかではない。ある研究では,連続的にた し算を行 うという

精神的ス トレスを与えて心拍数を上昇 させたのちそのス トレスか ら解放 した

(4)

場合,心拍数が低下する速度は運動選手において有意に速かったという

この 結果か ら運動の継続的実践が副交感神経系の活性化に貢献する可能性が示唆さ れてお り,そのことを リラクセーション能力の積極的開発 ととらえ, メンタ ル ・マネジメン ト・テクニ ックの一つ として活用で きないかという試み もなさ れている

4)

。我々は経験的に,運動 したあとには リラックスしやすいという傾 向を認めてお り/そのことか らすると, リラクセーションを導 くものは副交感 神経系の活性化 といったファクター以外 に,実験的な確証 は得ていない もの の,前節で述べたような運動の実践にともなう内分泌系または認知的側面の変 化,さらには指導者 との関係性 も見逃せない要因となっているのではないかと 考え られる。いずれにして も, リラクセーションの能力を高めるには,現在の ところ,い くつかの技法の中か ら自分にあったものを選択 して リラックスする 経験を積み重ねる以外に近道はなさそうである。専門的な指導者がいれば,そ の効果は格段に向上するものと思われる。

ス トレスフルな今 日の社会においては,仕事か ら離れることを主眼とす る休 養か ら心身のバランスを回復 してさらに鋭気を養 うための積極的な休養へ と, そのあり方を模索す ることが個人にとって も社会にとって も求められているよ うに思われる。その意味では今後 リラクセーションの果たす役割は大 きく,健 康指導に立つ我々にはさらなる研鎖 ( 研究の蓄積)が期待 されているように思 われる。

3 節 健康づ くりと運動実践

健康を支える要因には身体的側面,精神的側面,社会的側面の 3 つの側面が あって,それぞれが相互に関連 し合いなが ら個体の健康を形成 してい く

また 身体的健康は栄養と運動,休養がバランスよ く満たされた時に最 も効率よ く達 成 される。誰 もが知 っている知識であるが,実践できないという現実の方が一 般的である。 このことは運動の実践という側面に限 ったことではな く,精神的 側面,社会的側面のそれぞれについていえることである。学校ではい じめや登 校拒否,家庭では暴力や無関心,社会では大量虐殺や暴動があいっいでいる。

健康を成立 させる要因について理解で きる人は増えてきたが,そのことが意味

(5)

7 運動 ・リラクセー シ ョンと精神的健康

をなさない時代 とな りつつある。

運動の実践を通 した健康づ くりを教育現場で実践 して いるが, このような社 会の中で, 日常の活動 にむな しさを覚え ることが少な くない。残念な ことに一 部 には,運動の実践がその時点での健康の保持増進になんの役割 も果たさない であろ う学生 も見 られ る

単 に精神的活性が低 くな っているだけで はな く,学 校,家庭,社会のあ らゆる場面でのス トレスにさらされている場合が多いよう である。 この場合運動 または リラクセー ションの実践によって一時期の楽 しさ や快適 さを体験 した り,友人 との交流を促進す ることはで きて も,学生の全体 的な健康を見たときには本質的な解決 にはな らない場合 も多い。問題の解決が な された時には積極的に取 り組む余裕 もで きるのであろ うが,なかなか難 しい 現状 にある。

運動を用いた健康づ くりの実践には,運動実践以前の環境づ くりが重要のよ うである。今回の健康教室では長崎県の伊王島町 と大島町の両地域 とも目標運 動量の 「1 日 1万歩」を実践で きた。 この種の教室 としては大変優れた成績で ある。関係者の密な協力な くして この数字を達成す ることはで きなか ったであ ろ う

いわゆるマ ンパ ワーの育成に成功 した もの ととらえることがで きよ う

繰 り返 しになるが,運動実践 と健康づ くりをテーマとす る場合,それに関わ る組織や体制, またはマ ンパ ワーの育成 といった環境づ くりの重要性を認識す ることは重要である。そ してそれを推 し進めよ うとす るメンバーの,それぞれ の立場での強力な意志の存在 は見逃 してはな らない要素である。 さらにこのよ うな活動の成否 は,最終的には,その社会に 「 地域社会の幸福をめざ し,住民 の一人一人を活かすための健康づ くり」 といった基本的な理念があるかどうか に関わ っているように思われる。地方の役場などで これ と似た内容の垂れ幕を 目にす ることがあるが, このよ うな地道な活動の中に運動 ( 健康)の実践 を実 現す るに足 る可能性を兄 いだすのである。今回芽生えた この可能性を今後 さら

に充実 させていきたい ものである。

引用文献

1

)岩 根 久 夫 ほか :運動 とβ‑エ ン ドル フ ィ ン

,∫.J. Spor t sSc i . ,1 9 8 4,3:4 5 0 ‑

4 5 7 .

(6)

2)Far r e

ll

,P.A. ,e ta

l.:

Ⅰ nc r e as ei npl as maβ‑e ndor phi n/β‑1 i pot r o‑pi n i mmunor e ac t i v i t yaf t e rt r e admi l lr unni ngi nhumans. ,J. App

l

.Phys i o1

.,

1 9 8 2,5 2:1 2 4 5

3)Cl ot ,E.W.D"S.L War dl aw andA.G.Fr ant z:Thee f f e c tofr unni ng onpl as maB‑e ndor phi n. ,Li f eSc i . ,1 9 81 ,2 8:1 6 3 7

4

)竹中晃二 :運動を用いたス トレス ・マネ ジメン ト〜ス トレス反応か ら見た効果

〜,体育の科学

,1 9 9

1

,41:61 8‑62 3 .

参照

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