八木ありさ 西洋 昭
自分が健康であると感 じ 充実 した生活感情を抱いている状態が望 ましい精 神的健康状態だとす るならば,健康増進を目的 とした運動プログラムの処方に おいては,体力に代表される身体的指標を充実させ るのみならず,精神的指標 について も個人に適 した活動の指針を示す必要がある。
6
章では運動処方に必要な精神的側面の情報を探 る目的で,
1回の健康増進 運動前後でどの様に肯定的心理状態,つまり 「 快適 さ」が変化 したか,また, 健康運動教室への 3カ月間の継続参加によって精神的健康度がどう変化 したか を検討 した。
1
節
1回の運動による 「 快適 さ
」の増大
1.調査方法
心理的 「 快適 さ」の増大は身体的 「 快適 さ」の増大と相互作用を持つ もので あると想定 し。大島町と伊王島町の健康運動教室参加者を対象に,
1回 ( 約
90分間)の運動前後で心身の 「 快適 さ」の変化を検討 した。
身体的 「 快適 さ」 とは, 「 肩が こる」 ,「 腰がいたい」 , 「 なんだかだるい
」と いった,特別な病気ではないが不快感 ( 不特定愁訴)がないこと。あるいは, いろいろな身体活動がスムーズにで きる, よりよ くで きると感 じることであ る。そこで身体的 「 快適さ」については,身体的不快感のなさについての主観 的評定を求めた。
心理的 「 快適 さ
」の分析にあたっては,チクセ ン トミハイらが肯定的心理状 態を特定するときに用いた調査方法を参考に した。チクセ ン トミ‑イとラーソ
ー
6 3‑
ン
2),マシミニ ら
7) ,渡椿 と山本
10)などの調査では,活動中の経験の質がど の様に感 じ取 られているかを,一般的快適 さの感情 ( 楽 しい,明るい,社交的 吃,など) ,活動性 ( 機敏な,積極的な,強い,高揚 した,など) , 自己有効感 (はっきりとした,集中 しやすい,自発性の意識など)の因子について活動直 後に評定を求めている。またチクセン トミ‑イは,ある活動を行 う際にこれ ら 全ての因子にわたって肯定的な心理状態にあることを 「フロー体験」と呼び, 活動の難易度 とそれに対す る自分の能力が共に高いと本人が認識 しているとき が心理的には最良の状態であるという結果を示 している1 ) 。
しか し,肯定的心理状態つまり 「 快適 さ
」には,以上に見 られるはかに, リ ラックス している時の 「 快適 さ」 ,他者 との交流の中で自分は価値のある存在 であると感 じる時の 「 快適 さ
」なども含まれると考え られる。そこで これ らの
表 6‑ 1 「 快適 さ」 7国子 とその31の下位項 目
「 快適 さ」の
7因子 :下位項 目
心地よさ ここちょい,楽 しい,社交的な書,明 るい 自己有効感 機敏な,強い,積極的な, 自信のあ る
生命感 いきいき した,高揚 した, はっきりした,集中 した リラ ックス感 のんび り した,開放的な, リラ ックス した,安心 な
自己評価 集中 しに くい, 自分 自信 に満足, ノ自発的 に行動 してい る,他者か ら認め られて いる*
社会性 社交的 な書 ,周囲の人に満足,他者か ら認め られている* ,他者 と 協調 している
一般的情緒 怒り,悲しみ,不安,疲れ,活気,混乱
注)
心地 よさ 一肯定的感情 を構成す る一般的感覚。
自己有効感 一自己が身体的 に も精神的 に も有効に機能 して いる感 じ。 またこの感覚 を基 に,他者や環境への影響力を もつ感 じ。
生命感 一自己が身体的に も精神的 に も十分覚醒 している感 じ。エネルギーが充 実 している感 じ。
リラ ックス感 一心身共に必要な緊張がな く,不安 もない感 じ。
自己評価 ‑自己有効感 を内部感覚以外の情報 に基づ いて評価で きること。
社会佐 一他者 に体す る積極的関係づけ。
一般的情緒
‑2節 で述べ る
POMSで取 り上 げ られている一過性 の気分状態を代表
す る項 目。
要因と下位項 目に,運動の前後で変化が生 じると予測される生命感, リラ ック ス感,自己評価,社会性と関わる項目を加えた37個の評定尺度を,因子分析に より
7つの因子とこれを構成する
31の下位項 目 ( 表
6‑ 1)に再構成 した。
調査は,上記の心身の 「 快適 さ
」に関する評定項 目を約90分間の活動前後に 示 し,
4段階尺度評定法で回答を求める方法で行 った。評定値が大 きいほど
「 快適さ」が大きくなるように,不快感を表す項目については評定を逆転 して 集計 した。また,*印を付 した項目は,
2つの因子で重複 して抽出されたもの であり,それぞれの因子得点で重複 して集計 した。
2.
「 快適さ」の増大とその内容
身体の 「 快適さ
」の評定平均値を 1回の運動前後で比較 したところ,参加者 の身体的 「 快適 さ」は運動前より運動後でより大きな値を示 していた ( 図
6‑1
) 。運動前後の身体的 「 快適 さ」の変動量 は‑
1か ら
+ 2の間の
4つのグ ループに別れ,
±0か ら
+2のグループでは心理的 「 快適さ
」変動量がプラス32
評 定 平 均 値
運動 前 運動後
(p
‑.0001)図
6‑1身体的 「快適 さ」の変化
‑
6 5 ‑値をとり,グループ間の差は認め られなか った。 ‑
1グループでは心理的 「 快 適 さ」変動量 もマイナス値をとっていた ( 図
6‑2)。 これ らの結果か ら,逮 動参加を通 じて身体的 「 快適さ」が変化 しないか増大する場合は,心理的 「 快 適 さ」が増大する傾向があり,身体的 「 快適 さ」の低減は心理的 「 快適 さ」の 低減 と関連 しているということができる。
02心
理
的「快
」変 動 量
★
l ★
l
「 「
T T
‑ , . . / . I
‑ 1 +
‑ 0
+1 +2身体 的「 快」の変動 量 ★
significantat95%図6‑ 2
身体的 「 快適 さ」の変動量 と心理的 「快適 さ」の変動量 の関係
2
評定平均値 7httl般的情緒o3耶社会性o7hLL,自己評価o4mリラックス感o1m生命感ooo‖HhN有効感010Fl心地よさoOニp
図
6‑3心理的 「快適 さ」因子 の評定平均値比較
国 エアロビクス 田 スイ ミング 8ヨ ミニ ・バ レー
httl股的情緒
耶社会性
EILn自己評価
mリラックス感
m生命感
a:有効感
Fl心地よさ
図
6‑4種 目ごとの心理的 「 快適 さ」変動量の比較
‑ 67‑
4200
変動量
次に心理的 「 快適 さ」因子 ごとに運動前後の評定平均値を比較 したところ, 運動後 に 「 心地 よさ 」, 「 有効感 」, 「 生命感 」 の各因子で大 きな増大が, 「リ ラックス感」 ,「 社会性 」, 「 一般的情緒 」 の各因子で幾分かの増大が認め られた ( 図
6‑3)。また,運動種 目ごとに心理的 「 快適 さ」評定の変動量比較 した ところ,各因子で種 目間差が認められた。 「 生命感
」と 「 社会性
」の因子で, エアロビクス群が他群 と比 して特に大 きな値を示 し,「 自己評価
」の因子でバ レーボール群が, 「 社会性」の因子で水泳群がマイナス値を示 した ( 図
6‑4)
。 こうした評定結果の相違 は,種 目の持つ運動特性,あるいは指導者の有 軌 グループ活動か否か,集団凝集性の有無 といった活動形態の特性が,「 生 命感」や 「 自己評価 」, 「 社会性」の評定の変化 と関わっている可能性を示唆す
るものである。
以上か ら,
1回の運動を通 じて身体的 「 快適さ」と心理的 「 快適 さ
」は関わ り合いなが ら増大するが,「 快適 さ
」の内容は,活動の特性によって異なるということが分かる。 したが って,『 体を動かす と快適になる』という身休活動 への第
1次的導入に次いで,「自己評価」や 「 社会性
」の快適 さを提供で きる かという 「 快適 さ」の処方についての検討が必要になると考え られる。
2 節 健康教室 3カ月間の主観的な精神的健康指標の変化
1.POMS
( 感情プロフィール検査)について
POMS
は,アメ リカの精神科医
McNair9)らによって開発 された気分や感 情を評定する自己記入式質問紙法である。人がおかれた状況により変化する気 分を
6つの尺度か らなる
65個の下位項目で構成 してある。一般人,スポーツ選 辛,精神疾患患者を対象に妥当性,信頼性が検討 され,特にスポーツの分野で のカウンセ リングなどに利用 されてお り,横山 らによる日本語版
14)が標準化 されている。精神的健康状態が良好 と判断 され る典型的なプロフィールは,
「 活性
」が高 く,「 抑欝」や 「 混乱
」が低い氷山型 ( 図
6‑ 5)13)である。運
動 との関連では,運動後あるいは運動習慣のあるものの方がより良好なプロ
フィールを有することが認め られてお り,
POMSを構成す る
6つの因子 はそ
れぞれ次のようなことと関係 している。
(1)
緊張
(Tention‑Anxiety)心身の緊張や不安の強さを測 る。 この評定が高いと注意の幅がせばまり,外 部か らの働 きかけに対する適切な反応がで きに くい。スポーツなど,生活を離 れた心理的に安全な場面に投入す ることによって,仕事や人間関係での過度な 緊張や不安といったス トレスは解消される。
( 2) 抑欝
(Depression)悲 しみ,孤独感の強さを測る。 これが高いと気分が落ち込んでおり,物事を 悲観的に受け止める傾向があり,また動作の反応速度がお くれる。集団での身 体活動では,身体的にも心理的にも活動のプロセスを他者と分かち会 う機会に 恵まれているので,集団に所属 している感覚,受け入れ られているという実感 が,孤独感,疎外感を解消する働 きを持つ
。( 3) 怒 り
(Anger)他者に向けられる怒 りや攻撃心,敵意の強さを 測 る。 これが高いと,怒 りの 原因を不適当な相手 に転嫁す ることも考え られ る。スポーツや遊びの場面で は, 日常場面とは分離 した,仮の役割をとって勝敗を競 うことになる。 この場 合,心の中に蓄積された怒 りや敵意は,ルール上の敵への攻撃という安全な,
緊 張 岬うつ 怒 り 活 性
(Ten.) (DeD.) (Ang.)
( V
tg
.)図
6‑5氷山型プ ロフ ィール
ー 69‑
蔽 ')i I馴古
混
乱(Fat.) (Con.)
認め られた形で発散 され,安定 した情緒を取 り戻す ことができる。
(4)
活性
(Vigor)活動性の高 さ,元気良 さを測 る。 これが高いと積極的,肯定的状態にある。
(5)
疲労
(Fatig
ue)疲労感,生気のなさ,活動性の低 さを測る。 これが高いと消極的であり,無 力感 も強い。
身体運動に伴 う身体各部の覚醒は,高揚感や生命感を高める効果がある。心 身の覚醒機能が充実す るに連れて自信が増 し,より高い レベルでの活動性,機 能の開発を求めるように もなる。
(6)
混乱 (
Confusion)情緒の混乱 した状態や,焦 り, うろたえ,不安定性などの レベルを測 る。 こ れは意志決定 と関わる要因で,行動のタイ ミングに影響す る。スポーツの場面 では,ある限定 された行動 目標が提供 され,身体の コン トロールが必要 とされ
るので,行動その ものへの適度な集中が情緒の安定を導 く作用を持つ
。2.
調査
大島町 と伊王島町での調査で は,
POMS65項 目中横 山 らの信頼性及び妥当 性の検討で行われた因子分析 において因子負荷量が
0.6以上を示 した
27項 目を 採用 した。気分を説明 した文に対す る回答を 「 まった くない」か ら 「 非常にあ る」までの 5段階で評定を求め,各 0か ら4点を与えて尺度得点を算出 した。
対象者は 3カ月間の運動実践プログラムへの参加者で,教室開始の直前 と終 了直後の各
2日間ずつの測定会に参加 した者に回答を求めた。いずれの回にお いて も,できるだけその 日の内に回答を終えるよう依頼 したが,一部, 自宅に 持ち帰 った上で回答 し,次回の活動 日に回収された もの もある。
プログラム参加前後での回答状況を比較す ることが 目的であるので,全回答 者の うち,プログラム前後の調査両方に回答 した ものを対象 として以下の結果 を得た。対象 とな った回答者 は,伊王島で
27名 ( 平均年齢
49.37±6.25歳)大 島では
28名 ( 平均年齢
56.14±4.86歳)の女性
55名 ( 平均年齢
52.8±5.8歳)で あった。
伊王島町,大島町共に,プログラム参加後で 「 活性」が有意に増加 し,伊王
島町では 「 混乱」が有意に減少 した ( 図
6‑6, 7)。せ.一一 百巧 一一一一一 後
TENS DEP ANG VIG FAT CON
図6‑ 6 POMS
各因子得点 ( 平均)の前後比較 ( 伊王島)
・ 一 一・ ・ 〇‑
削 一一 ・・・.・.一 緒TENS DEP ANG VIG FAT CON
図
6‑ 7 POMS各因子得点 ( 平均)の前後比較 ( 大島)
‑ 71‑
また統計的有意性はないが,大島町では 「 怒 り」と 「 混乱」が,伊王島町で は 「 緊張」が参加期間後に減少する傾向を見せている。運動不足感を訴えるも のはど仕事での精神的ス トレスを強 く感 じているという報告があるが,本報告 での 「 怒 り」や 「 緊張」の低減は,運動習慣の形成 とス トレス感の低減 との関 連の一端を示 している。両町の参加者は 「 混乱
」で標準値より高い値を示 して いるものの,プログラム参加前か ら良好なプロフィールを有 してお り, もとも との積極的で活力に富む精神的傾向が,運動習慣の形成を通 じてさらに強化さ れた ものと考え られる。
3 節 「 快適さ」と精神的健康度を高める運動
以上の調査結果より, 1回の運動経験の中で得 られる一過性の身体的,心理 的 「 快適 さ」は,繰 り返 し経験 されることにより強調 され, 日常生活で持続的 に感 じられているス トレス感を低減させる可能性を持つ
。ところがスポーツ種 目と
POMSの変容 との関連 について調べた山本 らは,スキーが 「 抑欝」や
「 攻撃性」を,水泳が 「 緊張」と 「 攻撃性」を低減させるのとは対照的に,ゴ ルフでは 「 緊張」 , 「 抑欝」 ,「 混乱
」が増大 し,「 活性
」が低減す るという結果 を得た1 2 ) 。前述の調査にもみるように,運動の形態によって強化 される 「 快 適さ」や精神的健康の要因に違いがあるようである。そこで, どの様な運動プ ログラムが継続的運動参加を動機づけ,精神的健康について望ましいかを考察 する必要が生 じる。
健康や豊かな生活への注目と相待 って, レジャー ・スポーツ,健康関連産業 の伸びが著 しい。 レジャーやスポーツによる高揚感,爽快感やス トレス解消は 日常的に経験 され ることであ り, こうした活動への動機づけの大 きな要素 と なっていることは確かである。 しか し,消費者主体のサービスを旨とする商業
クラブにおいてさえ退会率が高 く,会員が定著 しにくい現状 もある。商業 クラ ブの多 くは,個人にあった時間帯で,個人にあったプログラムを提供するよう 組織 されている。 したが って大抵の場合が個人的な活動であり,集団であって
もクラスの構成員 も流動的であると考え られる。 自分に自信が持てず,他者 と
の比較に会 うと緊張が高まるようなス トレス状態では, こうした固定 した対人
関係のない種 目設定や競争的色合いの薄 い遊戯的種 目によって, 「自己有効 感
」や 「 自己評価
」を低減させずに 「リラックス感
」を高める効果が必要であ ると考え られる。例えば一人のインス トラクターに対 して多数の参加者がいて 個人が埋没で きるよ うな設定のエアロビクスや, フォー ク ・ダ ンス, リラク セーションのクラスなどがあげ られるだろう
。「 怒 り」や 「 攻撃性」のス トレスが高まっている状態では,本報告の調査結 果にもみるように,バ レーボールなどの活動量の大 きい種 目,競争的色彩の濃 い種 目が効果的である。
ところが精神的健康のなかで も,さらに社会的関係の豊かさが求め られるよ うな場合,「 社会性
」と関わる 「 快適 さ」を増大 させるような,一定の親 しい メンバーが互いに許容 し合い,対人的状況あるいは集団で活動するような形態 が望ましい。従 って,小人数の固定 した参加者による集団競技や,マ ッサージ など身体接触を含むプログラム構成が適すると考え られる。
また別の視点では,チクセ ン トミハイが述べ るように,適度な挑戟により
「自己有効感」や 「自己評価」を高めて行 く 「 快適 さ
Jが存在すると考え られる。 このような場合,自分に合 った達成 目標 とこれに適 した計画を立て, 自分 の達成 した事柄を評価 して行 くようなプログラムが必要になる。 これが一般に 身体的 「 運動処方」において推奨 されている事柄 と対応する心理的側面要点で あると考え られる。
このように主たる活動種 目とその設定は様々な対象とその必要性に応 じて選 択 されるのであるが,対象に共通 して考慮すべき事柄は運動後の回復期の扱い である。運動時に一時的に増大す る 「 不安」や 「 疲労感
」は,回復期において 急激に低減す る傾向があり, 「リラックス感」は運動直後 より回復期において さらに増大する。心身の機能を高度に興奮 させる主活動の後に, 「 快適さ
」を 定着 させ るための時間を十分にとることも運動処方 にとって大切な要素 とな
る。
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