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インドにおける賃金論研究

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(1)

1ファ

インドにおける賃金論研究

川 崎 文  .治

目 次

4

2 3

4

5 6 7

T.N. RastOgi

:K.C. Lalwani(ed.)

K.A. Zachariah・

S.B. L. Nigam

 (1}Fair Wage Principle  (2)Living Wage Principle

 (3) Capacity of Industry to Pay Principle R.Singh

V.V. Giri      ,

Indian lnstitute of Personnel Managemellt

 本稿はインドにおける賃金の実態分析を主とするものではなく,インド人によって試み られた賃金分析の対象乃至基本的取り上げ方を検討するものである。その際賃金問題研究 の一般的方向と対比しつつ,インドにおける特性を見ることになる。年代順に従って紹介 検討しよう。

1

 T.:N.Rastogi,」吻4¢伽1勿4%ε〃刎Lα∂o%7, Bombay,1949

 ラストーギはAhmedabadのCalico MillsのLabour Officerの立場から分析レてい るが,「ある産業の経済分析のためには,その賃金構造(Wage StrUCtUre)を明らかにす ることが肝要である」 (OP. cit., P.46)という基本的態度をとる。しかし彼もいう様に綿 工業以外には信頼すべき統計を得ることが困雑であったし,その綿工業でも,ボンベイ,

アーメダバッド,ショラプール,コインバートル, コーンポールなどは相当に高給地:域だ が他との格差は大きい。良い所は労働組合のある所といってよいがそれでも物価手当を除

き月平均44−13−7ルピーというのは,「ボンベイ織物労働調査委員会」 (Bombay Tex・

tile 1ンabour Enquiry Committee)の定めた50〜55ルピーという公正生活賃金(fair li−

ving wage)にも及ばない。恐らくこれが戦前の最低線だろうという。(op. cit., p.51)

しかし綿織物業はそれでも最上位に在り,これと対照的に最も低い水準の産業はプラン テーションである。 (当時約490万人が従事し,内110万人が茶園関係)これについてR.K.

Mukerleeはその賃金決定事情を次の様に説明し ているQ (oP・cit・7 PP・51〜53)

(2)

 フ。ランテーションにおける「賃金決定の基礎は次の通りである。一般にhazira即ち1 日の標準作業量に対して基本賃率があり,これにticca, nagda又はdoubliと呼ばれる 超過労働給が加えられる。しかしhazira taskも一定でない所があり,フ。ランター達は基 本的hazira taskを切下げて賃金の増加を抑えようとしてきたし,こうして第二,第三の hazira(所謂unit system)を導入したのである。第一のhazira所要時間はアッサムで は4乃至6時間が普通であったが,ドーアでは3時間半が一般であった。その後のhazira は2乃至2時間半が単位であった。」そして男女,年令や農園の沃度.作業内容によって標準 出来高賃率に格差があり,「若枝がはびこると,即ち7月から10月まではhazira system でなくunit system とな」つたりするが,結局「プランテーションで実質賃金をきめる 困難は,季節や園の違いによるticcaの変動のみならず,労働者が賃金の他にどれだけ土 地か薪か又は家畜をもっているかにある」という。以てプランテーション賃金決定に当り 多くの要因が作用し,結果的にその賃金水準をおし下げていることがわかる。 しかし茶プ

ランテーションでも工場労働者となると1940年で86ルピーも稼ぎ,その上物価手当,現金 手当,HoliとかPnja祭手当も与えられ,更に衣服やコーモリ傘が安く手に入るし,住 居,医療,燃料面でも特典かある。このことは要するにプランテーション労働が弱体で組 織ができていないことを表わしている。そして他の産業の労働者は上限の織物労働者と下 限のプランテーション労働者との間に位置している。さらに重要なのはうストーギが「こ の両極端こそは,産業賃金の全問題を,国民的関心や綜合的な国民経済の必要から理解す

る鍵を与えるもの」 (op. cit., P.53)といっていることであるが,そのいみは何なのか。

恐らく高賃金を産業平和を乱すことなく達成することにある様だ。(op. cit.)

 インド政府は最:近政府や連邦鉄道,鉱山,油田及び大港湾によって所有されるか管理さ れている全産業企業分野での産業と企業の労使関係(employer−employee relations)を 処理する機関を作り,労使関係(industrial relations),和解,福祉一労働法の管理や賃 金情報と作業条件の維持に努めている。これはボンベイ労使関係法G946)など各州の立 法と,それのない所ではインド産業紛争法(1947)によって規制される。しかも紛争は何 れにせよ賃金問題に集約されていた事情から,立法化までの過渡期に,これらの処理機関        (1)

に寄せる期待の大きかったことは,各州労働大臣会議での表明にも容易にうかがわれる所

である。

 さてインドでは戦前,戦時を通じて賃金規制は重要であったが,ボンベイ織物労働調査 委員会によるとこれを最低賃金制と結びつけて次の様にいっている。

 最低賃金の在り方については今日各国それぞれの方式があるが,それを(1)最低賃金決定 機構i,(2)基本賃金の二面から考えると,少くとも四つの方式がある。(1)法制化,(皿)

仲裁法廷,(皿)一般会議,(IV)専門産業別会議がそれである。ところで(1)はオース

トラリアやアメリカの各州で普遍的であり,結局法的強制力をもち, (皿)はオース『トラ

リアの代表的方式である。しかしその適用に当っては強制仲裁を前提にもっており,.:労組

(3)

インドにおける賃金論研究 179

の強力なことが必要である。 (皿)の一般会議方式はアメリカ,カナダ,オーストラリア に見られるが,そこでは大体生活賃金基準が賃金規制の為に確立されており,全国的生活 標準の保障が重要な目的となってい・る所である。 (IV)の各産業 (industry or trade)毎 に最低賃金をきめて行くのが一一番多い型である。ボンベイ委員会は1909年及び1918年のイ ギリス産業会議法(British Trade Boards Acts),を見ならう様勧告しているが,その中 心目標は産業毎の最低労働時間と,及び又は出来高賃率をきめることにある(OP. cit., P.

56)が,これは当然賃金の標準化或いは標準賃金の問題に発展する。そこで該当委員会も 政府に標準(化)委員会の任命を勧告したのである、。 これについてD・R・ガドギル (D.

R.Gadgil:1ヒθg〃α ∫o多z oノァ翫g召sαπ40〃診〃P70ゐ16〃zs o∫乃¢4z6s〃∫α1 jLα∂oz〃勿乃¢.

漉α,in oP.cit., PP.56〜57)もいっているが,標準化の利点というのは,最低賃金規制の に認められる多様な方式を廃し,あらゆる賃金支払上の固定的且つ決定的性格の上で三つ まらぬ賃金紛争の可能性を減少するにあるというべきだが,しかしさらに考えてみると標 準(化)というのは極めて達成困難なものであり,特別の条件を必要とするもめである。

たどえば安定度が少い地域とか,新しい産業では無理であり,特別の地域的産業集中が必 要である。たとえばボンベイ,アーメダバッド,コーンポール,コインバートルの綿織物 工業,カルカッタの麻工業やその附近,大石炭産業地域の如く,こういうところでは産別 会議は団体交渉に代るものとされ,そこでの最賃決定の経験は,標準化賃金計画の推進上 必要なものと同じ性質のものといえる。従ってラストーギも産業別会議を喫緊のものとし,

価格安定という背景の前で,即ち価格,コスト,公共財政の広汎な影響と結びつけること を唱えている。そして重要なことは彼が「法定の最賃は最高賃金になってはならない」

(op.cit.,p.57)と強調している点であろう。そして大勢はILOアジア地域(労働)会 議(1947年於ニューデリー)での公正且適正な賃金への「賃金会議」の設定の勧告や,P

・J・ネール首相の努力宣言となり,法案提出,立法化されたのである。それによってた しかにラストーギもいう様にインドの苦汗産業(sweated industries)の労働者は守られ るわけだが・最賃決定の作業の困難さについては・とくにそのインド的性弩と共に・コー ンポール労働調査委員会の指摘する通りである。 (op. cit., p.59)即ち「最賃決定に当り われわれは必ず生計費を考え・標準をきめねばならぬが・このことたるや容易なことでは 塗い。生理的,社会的且つ環境要因をすべて精査し,データを集め,家計予算も手に入れ て研究し分析しなければならない。その他必要なことを質的に量的に注意深く処理するの だが,この仕事はどれをとっても困難な性質のもので忍耐と正確さ及び生計費に関する階 級の理解が要る。家族単位自身もきめねばならないが,インドの社会制度ではとくにむつ かしいことである。というのも伝統や社会的慣習は尊重し評価されねばならぬから」と。

 最後に以上のインドの賃金問題処理に当っての基本的立場というべきものが,はしなく

もコーンポール労働調査委員会の勧告にみられるのは興味ある所であり,且つ検討に値し

ようQ

(4)

 同委員会はインド産業の非科学的賃金構造に注意を払い,職業分類の標準化や産業別,

      (2)

職業別賃金格差や同一産業センターの単位を明らかならしめる様注意しているのはよいと して,進んで「この賃金は公正であるべく,限界生産力説は経済学者の単なる知的遊戯で はない。それはきびしい市場の現実である」 (op. cit., p.59)というとき,賃金論理解の 資本家的一面性を覗かせるものがある。即ち続いて「それは多くの経済学者が国民所得配 分上決定的且つ終局的要因と認めるものであるが,他の要因も正しく扱われねばならぬ」

といっても,「現状では労働者が唯一のものではない。産業人,経営者(businessman),

技術者や監督者,管理機関も考えねばならぬ。企業家(entrepreneur)や金融業者(fin・

ancier)は国家経済組織上重要な役割を果す。インドの産業構造の近代化は,かかって彼 らのイニシアティヴ,才能,エネルギーにある。彼らの努力によって多くの障害が克服さ れたし,何よりコーンポール自身,はじめはイギリス人の,そして今やイギリス人とイン

ド人の使用者の勇気と事業の記念碑である。インドの急速な工業化を望む限り,産業のキ ャプテン(captain of industry)と金融業者とを損じてはならない。国家の経済制度の 基盤を変えようと考えぬ限り,利潤動機 (profit motive)を肝に銘じておかねばならな い」 (OP. cit., PP.59〜60)というとき,われわれはもはや第二次大戦後のインドの工業 化乃至産業の近代化の■notiveや原理と,それに基く賃金規制のつながりを容易に看取し うるであろう。そしてそれもアーメダバッドのキャラコ工業の労務担当者としてのうスト ーギなればこその必然的思考であると共に,さらに先進的工業センターにおける公式的委 員会のイデオロギーでもある点に留意しておかねばなるまい。従っていう所の賃金構造論 も,賃金水準,支払形態を中心に,格差の適正化表現と共に,最低賃金とその決定機構が 所期されたものとみることができる。まさにラスト一八自身のいう様に,これが最高賃金

とならねば幸いである。

注 (1) proper wage・fixing machinery is the crying need of the hour (oP・cit・, P・54)

  ② 経営の実践の中では既に時間,動作研究係が職務明細を集め,作業負荷に基いて賃金構造を   きめている様で,人事担当者(Personnel officer)は賃金問題を処理し,賃金に関する交渉に   与るのは勿論だが,その際茎葉,動作研究係と緊密な連けいをとることが要請されている。両   者が労働者や労働組合に対して共同責任を負う形である(T.N.Rastogi, oP.cit., P.140)。筒こ   の点に関しては,最近の研究としてのllPM,,Personnel Management in India,1961(本稿   の最後に紹介)のうちWork Study, Job Evaluation(PP.224・232)における労使共同漣解論   をみよ。

2

 Kastur Chand :La王wani(general editor):Lα∂o%7 E60πo〃¢26s, Calcutta,1953ラル

ワー二らは先ずインドの賃金について,経営(industry)の立場と労働の立場から見るこ

とから始める。即ち経営にとっては賃金は重要なコスト要因であり価格の構成要素であっ

(5)

インドにおける賃金論研究 181

て,賃金政策は個別経営のみならず国民経済に関連してくる。即ち個別経営でも国家でも 生産や投資や雇用を伸ばそうとすれば忽ち生産要素,とくに労働の問題に行さ当る。その 為に高賃金政策をとれば完全雇用水準以下にとどまらぎるをえない。賃金安定政策が計画 化の初めに当り必要な所以という (Industrial Wages in India, P.1)(本書は各這出に ページが打ってある。)われわれはここにインド賃金論の展開が国家計画との結びつきを必要 とする特殊性格をみうるわけだが,さらに労働にとってはどうかというと,それは労働者 の収入(earnings)であり,国民所得の分け前である。即ち彼の生活水準を決定し健康外 見,教育,社会的地位や次代の健康を規定するものである。そこでこの見地を入れた上で 賃金論の課題は次のようになろう。「如何にしても適当な週賃金を維持し,同時に,所与 の人件費で可能な最大生産量をうることができるか(o⇒.cit., p、2)ということである。

これについてインドの賃金問題は次の四点になる。 (OP. cit., PP.3〜4)

・第一に賃金決定についての労使関係の在り方は,西欧では団体交渉によるか,職務の標 準化が進んでいる所では個々の労働者の生産性の結果であるが,インドでは殆んど個人取 引(individual bargaining)であるという点はその本質と歴史性において注意しなければ ならない。これは職務の標準化が進んでいないことと,1労働組合運動の未発達という二点 に帰せられているが(op. cit., p.2)そこにラストーギについてみた様に賃金決定面にお ける立法乃至公設機関の要請或いは必要性との結びつきをみることができるであろう。こ のことはインド賃金についての第二の特性即ちそれが特に低水準であることによって更に 促進されるともいうことができる。即ち裁定者(arbitrator)や産業法廷(lndustrial Tr.

ibuna1S) によって各産業の基本賃金の改善が図られてきたのである。第三のインドの賃 金問題は賃率並びに賃金に関連する職務,支払期間,待機;期間,老令手当,金融,超過勤 務の計算法・懲戒処理・遅刻等々の事項について標準がなじことである・最後に第四の問 題として,イ≧ドにおける基本賃金が低く且つ標準化されていないにも拘わらず,他方で は全体の収入としては労働生産性に対すると相当に高いということである。いうなれば三 分の一が仕事に対して支払われ,三分の二は働かないでもらっているめである。そしてそ の儘製品コストとなり価格を形成するするが,社会的購買能力以上に上ることになるとい うのは注意を要する重要な指摘である。以上それぞれ固有の興味をそそるが,それらの事 情を今少し尋ねてみよう。

 インドの産業労働能率の障害の一つは職務と賃率のバラバラであることにあるが,さら

に一寸賃金が上れば職場を去るという労働移動が加わる (OP. cit., P.2)。これらの事情

は標準賃率の維持と作業度(each grade of work)による引上げによってのみ除去され

よう。というのも労働者にとって最大のインセンチィヴは支払賃金の額と共に正当に引上

げることの有効さにあることを知らないのが多いからである。即ちこれによって労働者の

必要生活資料が確保され,彼の能力を増すのみならずモラールを高めることになる。換言

すれば賃金は必要生活資料を賄うに足るものでなければならぬが,インドは現在でも極め

(6)

て低いのである。インドのこの低賃金と不労対価の点とはどう関連するのか次の問題だが 唯ここにいう生活費原則乃至subsisteΩce theoryはインドめ場合基本的意義をもつであ

ろう。

 さてインドの賃金で重要なことは,インド労働者にとって賃金は収入のうちの一要素に 過ぎず,最も重要なものではないことである。賃金以外のもので最重要なのは物価手当 である。(dearness allow3nce)これは第一一次大戦中及び戦後の特別な経験に基くもので,

戦時中生計費の上昇程ではないにしても賃金もそれにつれて上ったが,戦後は引下げられ ることになり,景気の下降によってさらに促進された。しかし組織労働者は賃率の引下げ に強力に反対し各地でストライクが激化した。このことは賃金がコストの中で極めて固定 的項目であり引下げることはできぬことを表わしている。かくて物価手当は生計費の昂騰 を補う為第・一時大戦中支給さたが,常に物価上昇率とは大きく開いていた。戦後も暫らく は続いたが不況の到来と共に賃率が改訂され労働者の反対を招いていた。そして第二次大 戦と共に再び議論の対象となり,ボンベイで一九三九年組織的に要求されて忽ち他の工業 センターにも拡大したのである。その結果ボンベイ政府による調停会議は失敗したものの ボンベイ工場主団体(Bombay Millowners Association)はその判定を受け入れたし,

アーメダバツドでは調停会議一産業法廷と経由した結果,公式発表の生計費指数にスライ ドさせることになった。後者はインドにおけるsliding scale制の発端を為すという。

(op. cit., p.11)そして今日でも物価手当は全産業にあるが,その率など一定する様な確 固たる原理はない。センター,産業毎に様々である。石炭業では基本賃金に依り,綿織業 では一律(aflat rate)の処もあるが,大部分生計費スライディングである。機械工業で は所得階層別(agraded scale)が多い。という工合である。 (oP・cit, PP.12〜13)

 この様にして賃金に対して物価手当(D.A.)の占める地位は大きくなったが,このこと は次表に明らかである。即ち全収入の三分の二か少くも三分の一を占めている。これらは

賃金と物価手当(1950年10月)

産 業

綿 織 物

麻 工 業 機    械 石    炭 雲    母 金    鉱

セ  ン  タ ー

ボ ン ベ イ アーメダノミツド ショラプ・一ル

西ベンガル

M.P。

マ  ド フ  ス

西ベンガル 西ベンガル 西ベソガル

ビ  ハ   一 ル ミ  ソ   一 ル

最低基本賃金  Rs. A. P.

30 0 28 0 26 0 20 2 26 0 26 0 26 0 30 0 13 0 11 6 21 2

0 6 0 5 0 0 0 0 0 0 0

最低物価手当

 Rs.『A. P.

56 1 76 2 52 0 30 0 41 0 42 12 32 8 25 0 19 8 17 1 22 0

0 3 8 0 6 0 0 0 0 0 0

(注)両者の合計が最低収入となる(OP. cit.,PP,13〜14)

(7)

!fンドにおける賃金論研究 183

基本賃金部分が労働対価であるのに対し, 物価手当は殆んど生計費指数にリンクし,一一律 であることもあるのである。換言すればD.A.に関する限り労働能率とは関連性がなく,

不労所得(unearned income)であり,而もその額が大で労働へのインセンチィヴを犠牲 にするものできえある(op. cit., P.14)という指摘はその当否は別として重要であろう。

即ちこれらのことからラルヴー二らは,戦前に比べて現在の欠勤率の高さや能率の低さは,

作業度にかかわらぬ物価手当の故といっても過言ではない(op. cit.)というのだが,これ は作業度に見合う賃金部分の低さが勿論指摘されると共に,生活資料を保障すべきsubsis・

tence theoryからする労働力再生産費説からいうならばその存在意義もあるわけで,要は それでも尚インドの場合低賃金であることが問題で,全体収入をとに角増すべきであり,

そのことは賃金部分を増すことでもあっても叉,直ちに物価手当を不労所得として切下げ るということにはならぬであろう。ともあれインドにおける賃金の基本問題として興味深 く重要なものといわねばならないのでもう少し検討してみよう。

 ラルワー二によればかくてインドにおける賃金政策は二重のいみをもつ。一つは賃金の 適正な標準化であり,二つはインフレーションを防ぎ経済発展計画を可能ならしめる政策 である。前者は1948年の最低賃金法となったが未だD.A.で補っている多くの低賃金部門 が残っており,国家計画に沿ってコストζ物価の上昇率を考え・それに見合った基本最低 賃金が必要だという(OP. cit., PP.15〜16)。換言すればコストと物価の安定すべき水準へ

,基本最底賃金を引上げ,今日では所得,生産性開差の主たるインフレ要因をなしている 物価手当の消滅こそがインドの合理的賃金政策でなければならない。(do., Wages Policy

&Standard of Livi血g, p.44)今日までの所高賃金一高物価一高賃金という悪循環を招い ており,賃金構造と生産性或いは生活標準とは関連性がない。 しかし一一方では賃金は労働 生産性に見合い,他方適正生活水準を充たすべきであるとはいえ,生産性低く生活水準要 求は高いとすれば続々むつかしいことである。それでも不可能ではないであろう。何より も生産性・所得関係 (productivity・earnings relation)は堅持されねばならぬ。蓋しも しこのバランスを失する時は,低賃金なら労働者の,高賃金なら消費者の損失となる。而も 同時に生活水準は上げらるべく,予算の許す限り福祉国家を目指さねばならぬ。国家の活 動が教育,医療リクリエーション施設,住宅などに及び,無償或いはそれに近くなれば生 産性によって労働賃金は下っても衣食のみに向けうるであろう。しかし今の様に社会立法 の経営負担が大きいと経営者は価格を通じて消費者に転面してしまう。 これらの費用は能 率の低いどきははじめは国家が負うべきである。必要物資の生産や輸入によって市場力が ついたら労働者に対してインフレ的賃金についてやかましくいうべきだというのは先ず妥 当であろう。唯福祉国家の建設スピード,その程度と,企業負担による製品価格への転稼 との関係は,賃金額や物価手当の廃止面からのみでなく,付加価値に関連するものどして 利潤の問題を抜きにしてはならないであろう。何れにしてもこの様にして賃金の終局的基          (1)

準は労働生産性にある(op. cit., p.16)という時,いわゆる支払能力説の主張に生存費説

(8)

がとって代られ,前節にみた経営者イニシアテイヴの尊重と,国家政策の結びつきの論理 につながるものを順うるものではなかろうか。

 注 α)ラルワー二らは賃金を生産性及び能率との見合いで考えるという基本的立場から,業績給     (Payment by results)をとり上げ,使用者にとっては生産増,計算の単純化,監督の減少     を可能にし,労働者には収入増,公正報酬,独立性を保障するという (Payment by Resul・

    ts,P。3)が,これもインド経済自立の過渡的試練:であるかもしれない。

3

 K.A.Zachariah,1π4z4s〃毎1 R6Zα渉♂oηsα%4 P67so脇6Z Pグ。∂16吻s, Bombay, Calcutta,

1954.

 これは著者のボンベイ大学での学位論文であるが,その趣旨はJ・マッタイ(John Mat・

thai)の序言にあるように,独立達成後のインドの民主主義理念に基いて労使関係を確立 するため政府叉は使用者による作業条件改善や労使の調和の努力に拘わらず,尚労働者は 感情と精神的衝動をもつ人間として人間関係としての問題が基本的に横たわっており,換 言すれば「人間的個性を正しく評価し,お互いに同胞であることへの本能的願望こそ問題 の基本的要:因であること」 (op. cit., Foreword, p.1/1)が認識されねばならない点にあ

る。

 さてこの様な視角に於て報酬(remuneration for work)問題は如何に扱われているか。

ザッカリアはいう 「労働者が彼の使用者の為に何時でも何処でも汗を流し苦労することを 選んだのは,正常な諸要求(衣食住,医療,教育,リクリエーション,社会的宗教的任務 一F.K。)を充たさんが為である」 (OP. cit., p.9)と。かくて彼らは満足する様に賃金 の多きを望むというわけだが,ここには賃金要求の基盤があまりに人間関係論的とい.うか,

人間的欲望充足の方に指向され過ぎてはいないかという懸念がある。他方からいえば賃金 要求に対する経済的根拠(労働の質と量に応じる正当な分配要求)が見出されない。否経 済的根拠はあるにはあるが使用者の源資枠(employer s financial Iimitations)として しか出て来ないのである。(op. cit., pp.99〜11)而も賃金論のしょっぱなに。即ち労働者 の十分な報酬要求も 「使用者は財政力が許す以上は賃上げできぬのだから,常に充たさ れるとは限らない」のである。使用者は抵抗できぬものではなくて,支払能力(capacity to pay)を越える場合にはやむをえない。蓋し賃金は原価の主要な要素であり,その占め

る割合は産業や機械化の程度によって差異はあるが,一般に比重は大きく,ボンベイの綿 織物工業でも手当を含んで総原価の35%に達している。 「従って賃率の上昇は実質的に

(substantially)生産費を増す」し,「生産費の増加は企業の収益性(profitability)を

       ● ● ●  ● ●       ●

      o

維持する限り他の要因によって相殺(neutralize)されねばならぬ」 (oP. cit., p.10,傍

り     り  の     の

点川崎)のである。 もし時間当り労働生産性が上るとすれば生産費増も吸収されるだろう

が,単なる賃率引上げだけでは生産性はさらに増加するものではない。生産性上昇要因に

(9)

インドにおけろ賃金論研究 185 はその他に,一層能率的な経営と組織,重装備,労働節約装置そして時藺・動作研究など が重要なものであるという。

 さて賃金引上げだけで労働生産性が上らないとすると,生産費の増加は単位当りコスト の増加となる。その場合製品価格を不変とすればこのことは利幅を削るか叉は損失となる。

企業者はそこで価格引上げで転稼しょうとするだろう。これを政府が抑えでもすれば結局 賃率引上げに抵抗することになる。賃上げが生産性向上を上廻る場合,価格が引上げられ ると賃幣賃金の上昇も仇になるし結局「実質賃金の引上げの究極的基礎は労働生産性の向 上にある」 (op. cit., p.11)という。ここにわれわれは再び支払能カー生産性基盤説への つながりを見出すことができる。ところで生産性の強調は一般論の他に現実的非能率の根 拠があるのではないか。前のラルワー二らはこれを指摘したがもしそうとすればザッカリ

アの基本的立場である人間としての労働者の情況解釈として,その非能率の根源がさらに       (1)

探求されねばならない。例えばわれわれが前稿で明らかにした様な苛酷ともいえる借金の 問題(indebtedness),インド的家族的社会的基盤と伝習と近代的労働者感覚のズレ,家 族との別居など様々の要因がある筈である。 これらの基盤的要因と賃金とが結びつけられ ねばならない。      9.

 このことはザッカリアが国家による最低賃金裁定も職業差により過不足も出るので,結 局は「公正さ」 ( fairness )が基本問題であるが,それは相対的概念であってむつかし い問題だとして以下標準化問題を扱うときにもあてはまる。即ち同一の肉体的精神的強度

(degree),熟練と責任度の場合は一定の賃率が類似の作業であっても支払わるべきはいう までもないし,ボンベイの綿織業での標準賃金は職業分類に基く典型的なもので,工場内 の職業別賃金格差も殆んど0に近いというが, (op. cit., pp.11〜12)職業(ここでは occupationは職務と解すべきか)そのもの或いは作業負荷及び遂行度(the Ioad and per・

formance of work)の標準化及び明細化ができていない所に更に問題がある。

 これは因難度と内容に従って分類することはできるだろうし,それなくして賃金の標準 化は達成しえぬということも,わが国における職務給導入に当っての水準論との関連から しても,一概に断定しえぬのではないか。しかし水準を充した上でなら (その限度も絶対 的でない所に問題をもつが,少くとも生活程度の標準化とそれに見合う賃金額の保障され

るまでと解されよう)一般論としては考うべきことであろう。その上でさらに困難なのは 職務間格差(inter−job differentials)の設定である。かくてこれらのことまで含めて賃金 の標準化の為には「職務評価」が絶対必要とされる。そして点数法が最もよく,点数とル ピー或いはアンナ(・nn・一直・upee)との一つけは・団体交渉繊定による・そし

て物価変動を補い,実質賃金を維持するには物価手当かその様な形の補足給を給すればよ

いが,物価手当は熟練度によらず同一分類の労働者には一律支給であるので,生計費にス

ライドする限りその上昇期には手取り,即ち賃金と物価手当の合計の職務間格差は縮まる

ことになるし,生計費が下れば開くことになる。明らかに格差の過度の縮少は作業へのイン

(10)

センチィヴ機能を失い,低級者の昇進意欲を殺ぐ。従って物価手当は望ましい賃金格差の 維持を考えてつけるべしというのは尤もである。これはうルワー二らによるno work no pay論と違った論である。唯そこから高給グループを守るために物価手当を基本賃金と結 びつけよくOP. cit., PP.13〜14)ということになるのも分るが,それは低給者の基本賃金 をもっと上げてからのことであるのはいうまでもないことであろう。

 以上ザッカリアの賃金論をみるとき,人間関係論的基盤から,個人的欲望充足の切なる ことは指摘されながら,その実現的充足度の分析の裏付けがない為に,経済的要求を支え ず,支払能カー生産性一標準化一職務給一物古手当論と展開きれる仕方の中に, もう一歩 突込みが足りぬ感が残る。

4

 S.B. L.:Nigam, S如 θR69〃α ゴ。%o∫M∫%吻%〃z恥96s, Bombay. Calcutta,1955。

本書はサブタイトルとしてAStudy of the Methods and Principles With Special Reference to Indiaとある様に極めて詳細な理論的著作であるが,ここでは本稿の目的

に照してその原理論に触れることにする。

 国による賃金規制には直接的,間接的違いと共に,各国の事情に基くものがあるが,規 制に際しての原理の研究は,規制が殆んど国家の手を離れて,労使間の自主性に委ねられる 段階に於ても,最低賃金設定を越えて賃金の水準なり体系なりを決定する基準を導くもの

として重要であることはいうまでもない。ニーガムは以下紹述する様にここではthe Fair Wage, the Living Wage, the Capaci旬of Industry to Payの三つを基本的範疇とし て捉える。われわれはこれにthe Prevailing(or going)Wageの原理を加えることに よって賃金問題への一般的接近の原理を整えうるであろう。

 さて生活賃金論の基礎はオーストラリアにおいて確立されたというが,それは連邦裁判 所の第二代長官たるJ・ヒギンス (Justice Hi99ins)による「文明社会に生きる人間と

して認められる平均的被用者の正常な必要」 (OP. ct., P.90)を充すものとして考えられ,

爾来オーストラリアでの主要原理とされたという。次にイギリス,アメリカその他の国で

は最賃規制の目的は,苦汗労働.(sweating)を廃止し,家内労働者の賃金と労働時間を規

制するにあった。そして苦汗労働の廃止は二つの理由,正義と道徳に基いていたが,正義の

見地からは同種の作業における高賃金を要求するものであったが,低賃金に頼っている業

者を閉め出すことでは使用者側も賛成であった。この様にして同程度の作業であれば他の

産業のものと比べて最賃をきめるというのが公正賃金原則である。 「公正」のいみは労働

者にとって同種作業(similar work)には同一g)報酬であり(同一労働同一賃金),.使

用者にとっては同マ作業(same work)の生産費を等しくすることにある。道徳要因から

は生活賃金が出てきたというが,ここでいわば同一労働同一賃金原則と,それが同時に同

一作業同一コストの原則ともなって競争の公正さをも保障するというのは興味ある問題を

(11)

インドにおける賃金論研究 187

提示している。さらに賃金決定の主要原理を為す生活賃金原理が倫理的根拠から労働者の 生活水準(standard of living)を引上げ.ることを目指し,他方公正原則が経済的理由か

ら搾取と不公正な競争を排除することを目的とするのに対し,第三の要因が殆んどの場合

(most)必要となる。賃金は経営収入(induslry s eamings)からのみ支払われており,

叉それ以外はできぬことである。従って鷲鳥を殺しては卵を手にすることはできない。生 活費原則をあまり厳格に立てれば屡々事がむつかしくなり失敗もする。そこで必要なのが・

第三の(個別的叉は一般的に)支払能力( capacity or ability to pay or what the trade can bear )原則である。

 さてこの三つの原則は一見して宥和し難い様だが一つ取出すだけでも駄目で,総合的に みられねばならない。生活賃金は既に行われている賃金(prevailing wage)に何らかの 関連をもつし,「慣行賃金」 ( prevailing wage , op. cit., p.g1)は叉直接に一一般的支 払能力( what the trade ill general can bear or bearing, op. cit.)原理と結びう いている。換言すれば純粋に倫理的見地に基く生活賃金は,現行賃金とあまりにもかけ離 れるときは,やがて実在性を失い,他の職業に支払われている賃金と比べてきめた公正賃 金も,多数の労働者の生活水準を改善するとは限らない。叉企業の支払能力に基づく賃金

も,法の対象とする者を保護しうるとはいえないのである。 (op. cit., pp.92〜93)

 しかしそれでは「最低」とは何か。 「生活賃金」や「公正賃金」重いは 「適正賃金」

( reasonable wage )とはどう規定したらよいか。これまで多くの要因がいわれてきた のもさらにこの問題の為である。曰く decency, comfort , reasonable comfort ・ su・

bsistence , domestic obligations to which an average employee, would l)e ordi恥 arily sublect ; norrnal a且d reasonable needs of the average employee ;a fair,

amount taking into collsideration the cllrrent wage and evils existing under that wage (oP. cit., P.92)と。そこで以上の三原理をさらにニーガムと共に精査しよう。

  (1)公正賃金原理

 ニュージーランドでは永い聞この原理のみでやってきたし,イギリスでは(Wage Cou−

ncilSで)未だ他の職業又は他地域での「慣行」賃金に基くことが多い。又オーストラリア の実際も併せて注意を要する。

 「公正賃金」の古典的定義ばアルフレッド。マーシャルが与えている。諸産業に於て労 働需要が安定していれば,どの職業の賃金も公正であり,「その賃金は,等しい困難度,

不快さをもち又等しく稀少な自然的才能と高価な訓練を必要とする他の産業(trades)の

仕事に支払われる平均賃金と同一水準にある」 (op. cit, p.g3)と。ピグーはこれに対し

て,「あらゆる場所,あらゆる職業の労働者に支払われる賃金が,彼らの仕事の限界純生

産物に等しいか,多くの階級や職業についている全等級の労働者に,国民所得を最大にす

る様に分配されているなら…人々の賃金の間にはある関係ができ上っており,この関係を

公正といおう」,その場合,類似の者の賃金は等しい筈であり,正確に類似しない者に対

(12)

しては「付随的な利害を調整してから能率に比例させる賃金が公正である。労働者の能率        ●  ●

は・,製品価格による限界純生産物によって測られる」 (op. citゆという。即 ち自由競争の 下で労働移動が自由で諸条件に通じているなら,等しい能率と熟練の労働者に対しては,

どの産業での彼らの純限界生産物に対しても賃金は等しい筈である。そこで逆に「不公正 賃金」は何かといえば,ピグーはこれを二つに分ける。その一は労働者の限界純生産物の 価値以下に支払われた場合で,これを搾取(exploitation)といい,これは競争が不完全 で労働移動も困難な時に生じ,その二は他の職業(occupations)と比べた場合である。.

(OP. cit., PP.93〜94)このうち前者は理論的には考えられても,実際には限界純生産物 の測定はむつかしく現実的ではない。そこでニーガムは分析の重点を後者に置き,公正賃 金を求めて行く。

 一般に賃金規制上の「公正賃金」論は次の様な柱をもつ。 (a)産業内賃金の標準化

(equal wages or wage standardization within an industry)。即ちあらゆる場所一州 か国一で同一叉は連合した産業か職業において類似の等級,熟練,能率の労働者の賃金は,

等しい。勿論生活費と支払能力の差を前提とした上である。

 さらに賃金標準化については,職務分類,熟練規定などの困i難性の他に,各企業の競争 条件がある。賃率を,従って賃金コストを一定ならしめるといっても,生産や組織要因の 違いによって企業別の利潤や損失額は異り, これに企業別の団体交渉における力関係の葦 もある。元来「同一労働同一賃金」原則は企業の収益状況とは無関係であるべく,ニュー ジーランドやオーストラリヤの判定もそうであったが,実は問題である。(op. cit., pp.

102〜103)賃金決定当局が種々の企業の種々の作業の性質や条件についてその差異を定め ることができようか。アラウワンスをつけることも考えられるがとにかく貨幣賃金の画一 性を脅かす所以である。さらに立地条件の違いがある。これは除去できぬ「自然的」,差異 をなし輸送費の差を生じる。機械の能率にしてもそうである。これはアラウワンスで調整 すべきだが,そういえば労使協調の度合,個人能率に影響する組織の一般的能率などもそ

うである。これらの経済的諸条件の中でも「生計費」が主要な項目であろう。

 もしも実質賃金の平等化が目的なら,地域による生計費や経済条件の差違に対してアラ ウワンスを付すべきである。他方「同一労働同一賃金」を原則とすれば,画一的な貨幣賃.

         の

金が諸要因に拘わらず定められねばならない。この両原則は背反する。 もし生計費アラウ

ンスをつければ労務費に関する限り有利な企業が出てくる。これは使用者による反対原因

である。.強行すれば高いところがら仕事が消えることになる。他方生計費を無視してしま

えば生計費の低い地域の労働者が有利になり,これは不公正ということになって新賃金へ

の交渉が始まるのであろう。ニュージーランドでは生計費統計の利用しうる限り地域にょ

っ・て賃率を変えていたが,小売物価指数の全国統計がでる様になってからは,生計費の変

化にはかまわずに全国的標準賃金をきめた。これは競争の公正,仕事の単純化にはなった

が,実質賃金の平等化には問題を残している.(OP. cit。, P.105)というσ

(13)

インドに1おける賃金論;研究 189

〈b)一地域の全職業の賃金の画一性(uniformity of wage−rates in all industries in an area)。即ち同一地域の他産業の大多数の労働者への平均賃金として,等級,熟練,

能率を等しくした場合は賃金は等しい。これは先のマーシャルの表現に回るものであるが,

オース トラリヤやニュージーランドの法廷では,特定企業が「斜陽」 ( languishing co・

ndition )であるという理由では標準賃金は下げられぬとしたのである。例えば1922年機 械工業が不景気で使用者側が一般的賃率の引下げを要求したときも,法廷は「熟練労働者 への標準賃率以下に機械工の報酬率を切下げるのは望ましくない」として拒否したのであ

る(oP. cit., PP.95〜96)

 山前一一性(同一作業には産業間で同一賃金)については,低賃金条件で競争している業 者に能率競争でなければならぬことを自覚させる一方・労働者の頻繁な職業移動が防止さ れ,時間,熟練,能率,金のロスそして就中移動による不安が労使関係を害することがな くなる(op. cit., p.99)点が指摘されるが,根本的には.「自然的能力」や熟練の測定と共 に,.「名目的変数」 ( nominal variations ) (oP. cit., P.109)と称せられる企業の特 殊性の問題がある(oP. cit., PP.107〜110)。

(c)不熟練,半熟練,熟練労働者或いは種々の利,不利をもつ作業間の「公正な格差」

(Maintaining Fair Margins )。これは熟練作業或いは出来高作業のインセンチィヴと 利益を守る為に必要である。 しかし「公正格差」をきめるについて作業の異った程度を見 分ける為には,必要な熟練,責任の度合のみならず,とくに困難,危険或いは不快な作業 の特別な性質を考えねばならぬ。 しかしこの格差の幅を維持するのはむつかしく,とくに 縮つたり広まったりする時に重要である。

 この原則はつまり地域と産業を問わず等しい熟練に対して不平等な賃金を等しからしめ るものであるが,それは高いのを下げるのか,低いのを上げるのかが問題であるσ.使用者 は前者を望み,労働者は後者を欲する。又支払能力原理自身からすれば高低格差もやむを えぬ筈であるが,動きとしては低きから高きへである。ニュrジーランドやオーストラリ ヤの裁決も,その逆は認めなかった。.(唯二人の業者が競争している時には公正競争の為 認めたこともあった。1913年)。しかしある業者の最高をとるべきか,ヨリ高いという幅が

あること(higher range of wage)かが,いわゆる「上方標準化」 ( standardization upwards )の問題を為す・(op. cit., p.g7)。労働者代表は勿論最高をとるが,単山の業 者の水準が必ずしも「適正」,「公正」「標準的」とは限らないところに standard ra・

te or average rate or prevailing rate を求める困難さがある。企業内の時間給三間

でもむつかしいが,出来高給者になると一層そうであって,「熟練」や「能率」だけでは

だめで,作業の性質,機械のタイプその他の作業条件などが入ってくる。これが産業間或

いはfactory, workshoP, home・workerに亘ると尚更である。 「熟練」一つとっても比

較は極めて困難となる。ニュージーランドやオーストラリアでも「同程度の他の産業の労

働者の賃金と比較する」ことをやめて,結局現実には各種賃金率間の実際の格差幅を考え

(14)

て,ヨリ良くして害の少い所に標準を求めている。これは判断と妥協(judgement and compromise)の仕事である。即ち「標準化水準は関係利害の最も望ましいバランスの上 に求められるものである」というより他にはないであろう。 (OP. cit・, P.98)

 さて公正格差(Fair Margins or wage differe且tials)は具体的に(1)格差の数,(2)そ の大きさの二つの問題をもつ。格差の数は職務分類乃至職務評価によることであるが,で きる丈少くする様試みられてきた。ニュージーランド法廷では,熟練,半熟練,未熟練の 三級のみとしたが,問題はむしろ格差の大きさにある。そして格差の困難さは「熟練」の

いみにかかっている.といえよう。  fair margin or fair skill (oP. cit., P,112)とい われる所以である。

 賃金格差についてはこれを熟練に関してみるとしても尚重要な問題が生じる。それは価 格や生計費の変動によって,熟練や未熟練に対レて同様に高くか低くか調整が行われる時 である。もし一率(percentage method)ならば両者間の格差を乱し,一律(uiform basis)

ならばケループ間の賃金比率をかえてしまう。実際には後者が価格変動の影響は誰にも一 定(uniform)だからとして採られているが,これは明らかに現存格差の比例関係を減少 する。といって収入額岱の定率法(percentage basis)では低給者の不満を招くことにな

る。例えばオー琴トラリアでは賃金が basic wage と margins for ski11 or Sec・

.ondary Wage とに分れ,生計費変動による調整は前者に対してだけ定額で行われるが,

熟練者との格差を縮めるという批判がある。公正格差は又「支払能力」原則によって同一・

熟練でも差がついた時には別の問題をはらむことになる。オーストラリアやニュージラン ドで不況産業に妥協した時に既に生じた通りである。 (OP. cit・, P.113)

 以上公正賃金についてのピグーの第二の条件,即ち他の職業との比較基準として,(1)標 準化,(2>画一化,(3)公正格差の三つの決定要因を精査したが,何れも理論的結論は,公正 賃金設定の現実に合うと多くの困難を見出すこと,そしてとくにオーストラリア,ニュー

ジーランドの実践の中に教訓を見出すことができた。ニーガムもいう様に「標準賃率」( s・

tandard rate )の発見,熟練や能力の意義,ある職業の相対的有利不利,賃金格差の設 定の聞題が重り合っている。 (op. cit., p.114)従って公正賃金原則は賃金水準の切下げ

を防ぎ,産業間の不当な格差を除き,労使の賃金上の独占化を防ぐことはできるが,基本 的に賃金決定の役を為すのでなく,他の原理即ち生活賃金原則と支払能力原則と並び,そ れらをチェックする場合に有効である(op. cit.)ことになるが,公正賃金については,標 準化と画一化はいわば水準に関し,公正格差は体系に関するともみられるとすれば,とく にインドにおいては先にみた物価手当などの要因から,水準向上の為のある企業又は産業 の先達的生産性向上の役割と共に,賃金決定当局をして賃金下限を割らせぬ注意が肝要で

,あろう。そしてその幅の中の問題となる。

       (2)生活賃金原理

 賃金規制の第二の原理たる隼活賃金原理( Living Wage pri即iple)は〜オーストラ

(15)

インドにおける賃金論研究 191

リア,ニュージランド,カナダ,アメリカ,南アフリカ,メキシコ,アルゼンチン,ハン ガリー等々の諸国で役割を果している。公正原理の中で関連して触れた以外の諸点を述べ

よう。

 これは本来経済的原理よりも倫理的なものである。そして掴み所のない,一定せず弾力 的な基準であり,時と所によって異るが,その支持者達は産業能率論を持出すのが普通で あり,それは労働者が満足な生活水準を楽しまぬ限り不可能であり,そして亦彼らは産業 の生産物から(from the produce of industry) (勤勉の産物によって)少くとも生活 賃金に対する経済的権利を基本的にもっていると主張する。この様にこの原則は勇働者が 社会に為したサービスの価値や,企業の支払能力とは何らの関係も主張されていないこと

を知らねばならぬ。即ち純粋に倫理的なものであり,道徳家,社会主義者や労組あ指導者 達によって,  comfgrt , decency , health などあいまいに用いられた点もある。

例えばK・イングラムは1880年ダブリンでのTUCに於て適正賃金(adequate wages)

について言及し「正常の状態では,所定の時と処における賃金は,労働者及びその家族が

(その平均数に継て),最も経済的で且つ現代の地方文明が精神的及び肉体的に不可欠と 認める所の様式で生活しえ,或いは人間としての合理的自尊心によって必要とされる額以 下に下ってはならない」といい,

 イギリス最:大の社会主義者P・スノーデンはその著「生活賃金』に於て生活賃金の弾力 性を認めつつ「生活賃金の貨幣額は,産業間,地方間で異る。 しかしその理念はすべての 労働者が,産業の最高能率状態の中で自分を保ち,家族の健康と肉体的福祉に必要なもめ

を準備し,彼をして市民としての義務を遂行する力をつけさせるに十分な賃金をうること である」という。又,

 ウエッブ夫妻は「産業民主高義」に凡て「社会の最善の関心は,各区分の労働者に対し て,社会的有機体の中でその機能を不断に且つ能率的に遂行するに必要な条件を慎重に確 保してやることによってのみ達成される」といっている。 (op. cit., P.116)

 以上によっても分る様に,生活賃金の定義はむつかしく,スノーデンではないが,それ は理念,信念;確信,要請であり,人間の心にひそむ本能的正義に根ぎすものであり,賃 金という数字以上のもの(OP. cit., P.117)とさえいわれるのである。 F・ライヤンに従

っていえば「少くともそれ以下になると誤りだという限界を定めうるのみであり,而もそ の限界が十分高いとはいい切れないものである。」(op. cit.) これらはそれぞれのニュア ンスの差を以て各国の最低賃金法の中に盛られている。

 これらを通じて見出される主要な問題は次の二つである6

 ① 正常且つ適正な必要とは何か,或いは公正且つ適正な慰安の標準とは何か7  ② 平均的被用者とは誰か?

 これらは相関連しており,生活賃金は数字では表わされないが, 「実際的な一般化では

ある。」そレてその真実佐は相対的ではあるが不偏的であるといわれるqそこで右のζの二

(16)

つの問題に沿ってみてみよう。

 先ず「労働者の正常或いは適正な必要」(・・normal or reasonable needs of worker ) には四つの生活水準が考えられる。

(1)貧乏水準(Poverty level)一労働者の所得が生活のギリギリの必要(the bare ne・

cessities of Iiving)さえ充たしえず,且つ半ば他人の援助に頼っている場合。

(皿)最低生計水準(bare SUbSiStenCe leVe1)一出費に厳重な注意と技術を要し,肉体 的生活必要品(physical necessities of li∀ing,食料,燃料,衣料,住居)を充たす場合。

(皿)最低の健康,能率水準(minimum for health and efficiency level)一労働者 の健康と能率を維持するに必要な出費を充たす場合。この水準に必要な物は国や研究者の 見解によって異る。

(W)最低慰安水準或いは最低の健康と体面水準(minimum com!ort level or miniln・

um for health and decency)一生活必要品(necessaries of living)1こ大きな変化を もたせることができ,さらに設備,便宜及び娯楽をもつ。この水準も実際にきめるには国 によって異り,とくに全体としての国家の繁栄や他の人々の享ける水準に依る所が大きい

(OP. cit., P.119)Q

 一般的にいえば最低賃金決定の為には右の(皿)か(皿)が採用される。 しかしアメリカな ど労働者は(IV)の水準が要求されている。だが第(皿)の最低生活必要水準に対しては誰も 根拠のある正当性をもつが,第(IV)の最低慰安水準については,労働者の方の経営に対す

る貢献と関連させねば承知しないだろう。とくに支払能力を越える水準要求の場合困難が 生じる。従って生活賃金原則の成否は,採らんとする水準の型に依る処が大きい(op. cit.)

ことになる。そこで「正常且つ適正な必要度」或いは「生活賃金」を決定せねばならぬが,

それには三通りの方法がある。

 ①純理論的に労働者の必要カロリーに基くもので,能率維持の為に3千から3千5百

  カロリーが必要とされ,これに性別,年令別(子供)計算がされる。 さらにそれを充

  たす食品とその量によって労働者或いは一定規模の家族の規定食 (dietary)が計算

  され,市価(prevailing prices)と結びつける。又健康,安全,慰安に必要な床面積

  が出され,当該地域の地代によって住居費を貨幣換算する。衣料,燃料その他は実際

  の出費により理論的に出さない。イギリスではローントリー (S.Rowntree)が最低

  必要費の研究を1918年に始めた(1936年改訂)が,食費は労働者及び家族の必要カロ

  リーで,住居費は必要床面積(square feet of floo士space required)を理論的に出

  していた。しかしそれぞれの項目で階層別の実際の出費も考慮している。アメリカも

  亦理論的にカロリー計算に基いていたが,この方法には元来欠点がつきまとう。第一

  は食料と住居費のみが理論的に考えられても,他の項目は実態なり慣習なりを知らね

  ばならぬという不完全さがある。食料自体にしても人により又作業内容(heavy, mo一

  暴er舞te gr l棺ht)によって異るレ2第二には主婦が買物をする時にカロリーと量なぜ

(17)

インドに:おける賃金論研究 193

  考えてやるものではない。又理論的必要カロリーも,ヨリ安いか高い品物で代用され   うるが,そうなると生活賃金も変動することにもなる。 しかしこの方法も他の方法を   導き検証する役は果すし,理論カロリー計算も家計予算とにらみ合わせると望ましい   ばかりでなく必要性ももっているといえよう。健康と能率の為にとにかく必要カロ   リーはとらねばならず,それだけは生活賃金に入らねばならぬからである。

 ② 理論カロリー方式の変型。目標とする標準生活用の理想的予算が構成されるが,規   定食の品目や量がやはり問題となる。この際「必要カロリー」の代りに予算で裏付け   さるべき生活必需品と慰安品(subsistence or comfort)の水準が考慮される。1920   年のオーストラリア基本賃金委員会はこの方法を採用したが,慰安水準は個人又は集   団というより全労働者に共通のものをとり,それ以下は許されないものを基準としたQ   食料品については科学的カロリーにより3千5百であった。その限り第一の方法をと   っているが家計の費目毎且つ品目毎(section by section and item by item)に調べ   ている。例えば食料,衣料,住居,その他につき(oP. cit., PP.121〜122)。尚1919年   ニューサウスウェールズ産業生活賃金委員会も同じやり方である。

 ③ 特定階級の異った労働者の実態家計に依るもので,実際的且つ問題も少いが,賃金   は従ってその時の労働者の平均水準でなく,特定生活水準を参考にする。1907年J・

  ヒギンスはこの方法により,九種の階級につき食料,住居費など調べて,それを「公   正且つ適正な」報酬とした。こ,れは当時の支払賃金に相当したという(OP. cit., P.123)

  が,支払賃金で家計予算:が組まれるので,実態即標準的ということはできない。

 以上正常且つ適正な必要水準についての三つの方法は恣意的且つ相対的な特質をもって いる。最後の実態家計費法も, もしそれが低所得層を対象にすれば仲々上に上ることはで

きず,理論生計費法も現実条件や支払能力を無視しては架空のものとなる。結局前述の四 生活水準といい,その三つの探求法といい,絶対的に決定的なものはないことがわかった。

而も賃金は支払われるし,叉その引上げが要求されねばならぬ所に問題がある。

 次に生活賃金決定上,平均労働者の規定が問題である。この点に触れている最低賃金法 は少いが,労働者階級については相当な協定はある様である。これまで生活賃金は「最低 労働者階級」 ( humblest class of worker )か「未熟練労働者」 ( the unskilled la−

bourer )が対象となったが,それは彼らの最低賃金が基底をなしたからである。しかし 熟練労働者或いは高水準者には通用しない。

 しかし最も重要なのは家族の規模である。平均労働者とは本人だけか,或数の家族も含

むのかア後者なら何人かアー般には家族を養うものとしての家族生活賃金(family living

wage)であるがこれにも批難はある。先ず働いているものは本人一人なのに全家族に支給

すべきなのか, もしそうなら本人の限界純生産物に支払うという経済概念をはみ出るもの

で,彼の仕事の価値或は社会への貢献に対して過払いとなるというもので,第2は全部が

結婚してはいないのに独身者にも家族生活給とはこれ如何にアというものである。 しかし

(18)

妻と子供の扶養は当然とされて社会もその責任を課しているのであって,本人1人だけし か養えぬなら妻子は飢え,社会の損失となり企業の将来も損なわれる。そして又労働者本 人の健康と能率もむしばまれることになる。現在の社会秩序が変らぬ限り妻子扶養の責任 は個人にある。従って国家でなければ企業が家族生活賃金を支払うことになる。第2点に ついては既婚者と未婚者とで賃率をかえるのは実際に適しない。 もしそうなれば差別待遇

されるであろう。又やがては結婚する者にとっては,家族生活給のうち一部は将来の為の 節約分に充てるだろう。

 ところで問題が家族の数になると一定しない。これまでの実際をみると,最初はJ。ヒ ギンスの5人家族(妻及び14才以下の子供3人),次はJ・ヒードン (J.Heydon)の子 供2人でこれは家族手当制(Family AlIowance System)の施行までニユーサウスウー ルズの裁定で用いられた。南オーストラリアでは3人,クィーンスランドでも法は3人の 子供を基礎にした。西オーストラリアはしかし2人ときめたが国家基本賃金委員会は妻と

14才以下の子供3人の5人家族を標準とした。1918年と1936年のS・ローントリーは代表 的ヨーク市の2875家族の調査が左の通りであったので生活賃金には子供3人を数えた。

      32.7%    3人或はそれ以上の扶養子弟       57.2%    2人或は     〃       子供全数の63.6%は3人或はそれ以上の兄弟

 しかし:London School of Economicsが1931年に行ったロンドンの生活,労働新調査 では,東部調査区で労働者地域全体として全家族につき次の通りであった。

      31%    1〜2人家族    3人家族が普通

      11%   5人  〃    28% 5人或はそれ以上の家族       1000家族毎の838家族中

      354家族は子供なし   279家族   2人或はそれ以上の子供       142〃(17%)3人或はそれ以上の子供

 アメリカでは1917−18年の労働統計で家族は5人位であった。カナダでも5人が基準で,

ミラノやローマでも大人2人子供3人が労働者家計の基礎とされた。 (oP. cit., PP.125〜

127)

 しかし他方では子供3人もの予算を立てることは,現実的でないとか,存在しない子供 への支払いで企業をつぶすものだとして使用者や批判者から強く批判された。南オースト

ラリアの産業法廷で或る使用者は,それは既婚者の犠牲で未婚者に,熟練労働者の犠牲で 未熟練労働者に補助を与えるもので,社会の大部分に誤った過大な生活水準を作り出すも のと反対したのである。

 この問題は物価が上り賃上げ要求が続く時に重大となる。オーストラリアの国家基本賃

金委員会(Royal Commissio且on Basic Wage)によって推奨された3人の子供を基礎

とする賃金は強く反対され,全国統計家は統計を求めやがてそれは国全体とレての支払能

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