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インドにおける賃金論研究
川 崎 文 .治
目 次
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T.N. RastOgi
:K.C. Lalwani(ed.)
K.A. Zachariah・
S.B. L. Nigam
(1}Fair Wage Principle (2)Living Wage Principle
(3) Capacity of Industry to Pay Principle R.Singh
V.V. Giri ,
Indian lnstitute of Personnel Managemellt
本稿はインドにおける賃金の実態分析を主とするものではなく,インド人によって試み られた賃金分析の対象乃至基本的取り上げ方を検討するものである。その際賃金問題研究 の一般的方向と対比しつつ,インドにおける特性を見ることになる。年代順に従って紹介 検討しよう。
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T.:N.Rastogi,」吻4¢伽1勿4%ε〃刎Lα∂o%7, Bombay,1949
ラストーギはAhmedabadのCalico MillsのLabour Officerの立場から分析レてい るが,「ある産業の経済分析のためには,その賃金構造(Wage StrUCtUre)を明らかにす ることが肝要である」 (OP. cit., P.46)という基本的態度をとる。しかし彼もいう様に綿 工業以外には信頼すべき統計を得ることが困雑であったし,その綿工業でも,ボンベイ,
アーメダバッド,ショラプール,コインバートル, コーンポールなどは相当に高給地:域だ が他との格差は大きい。良い所は労働組合のある所といってよいがそれでも物価手当を除
き月平均44−13−7ルピーというのは,「ボンベイ織物労働調査委員会」 (Bombay Tex・
tile 1ンabour Enquiry Committee)の定めた50〜55ルピーという公正生活賃金(fair li−
ving wage)にも及ばない。恐らくこれが戦前の最低線だろうという。(op. cit., p.51)
しかし綿織物業はそれでも最上位に在り,これと対照的に最も低い水準の産業はプラン テーションである。 (当時約490万人が従事し,内110万人が茶園関係)これについてR.K.
Mukerleeはその賃金決定事情を次の様に説明し ているQ (oP・cit・7 PP・51〜53)
フ。ランテーションにおける「賃金決定の基礎は次の通りである。一般にhazira即ち1 日の標準作業量に対して基本賃率があり,これにticca, nagda又はdoubliと呼ばれる 超過労働給が加えられる。しかしhazira taskも一定でない所があり,フ。ランター達は基 本的hazira taskを切下げて賃金の増加を抑えようとしてきたし,こうして第二,第三の hazira(所謂unit system)を導入したのである。第一のhazira所要時間はアッサムで は4乃至6時間が普通であったが,ドーアでは3時間半が一般であった。その後のhazira は2乃至2時間半が単位であった。」そして男女,年令や農園の沃度.作業内容によって標準 出来高賃率に格差があり,「若枝がはびこると,即ち7月から10月まではhazira system でなくunit system とな」つたりするが,結局「プランテーションで実質賃金をきめる 困難は,季節や園の違いによるticcaの変動のみならず,労働者が賃金の他にどれだけ土 地か薪か又は家畜をもっているかにある」という。以てプランテーション賃金決定に当り 多くの要因が作用し,結果的にその賃金水準をおし下げていることがわかる。 しかし茶プ
ランテーションでも工場労働者となると1940年で86ルピーも稼ぎ,その上物価手当,現金 手当,HoliとかPnja祭手当も与えられ,更に衣服やコーモリ傘が安く手に入るし,住 居,医療,燃料面でも特典かある。このことは要するにプランテーション労働が弱体で組 織ができていないことを表わしている。そして他の産業の労働者は上限の織物労働者と下 限のプランテーション労働者との間に位置している。さらに重要なのはうストーギが「こ の両極端こそは,産業賃金の全問題を,国民的関心や綜合的な国民経済の必要から理解す
る鍵を与えるもの」 (op. cit., P.53)といっていることであるが,そのいみは何なのか。
恐らく高賃金を産業平和を乱すことなく達成することにある様だ。(op. cit.)
インド政府は最:近政府や連邦鉄道,鉱山,油田及び大港湾によって所有されるか管理さ れている全産業企業分野での産業と企業の労使関係(employer−employee relations)を 処理する機関を作り,労使関係(industrial relations),和解,福祉一労働法の管理や賃 金情報と作業条件の維持に努めている。これはボンベイ労使関係法G946)など各州の立 法と,それのない所ではインド産業紛争法(1947)によって規制される。しかも紛争は何 れにせよ賃金問題に集約されていた事情から,立法化までの過渡期に,これらの処理機関 (1)
に寄せる期待の大きかったことは,各州労働大臣会議での表明にも容易にうかがわれる所
である。
さてインドでは戦前,戦時を通じて賃金規制は重要であったが,ボンベイ織物労働調査 委員会によるとこれを最低賃金制と結びつけて次の様にいっている。
最低賃金の在り方については今日各国それぞれの方式があるが,それを(1)最低賃金決定 機構i,(2)基本賃金の二面から考えると,少くとも四つの方式がある。(1)法制化,(皿)
仲裁法廷,(皿)一般会議,(IV)専門産業別会議がそれである。ところで(1)はオース
トラリアやアメリカの各州で普遍的であり,結局法的強制力をもち, (皿)はオース『トラ
リアの代表的方式である。しかしその適用に当っては強制仲裁を前提にもっており,.:労組
インドにおける賃金論研究 179
の強力なことが必要である。 (皿)の一般会議方式はアメリカ,カナダ,オーストラリア に見られるが,そこでは大体生活賃金基準が賃金規制の為に確立されており,全国的生活 標準の保障が重要な目的となってい・る所である。 (IV)の各産業 (industry or trade)毎 に最低賃金をきめて行くのが一一番多い型である。ボンベイ委員会は1909年及び1918年のイ ギリス産業会議法(British Trade Boards Acts),を見ならう様勧告しているが,その中 心目標は産業毎の最低労働時間と,及び又は出来高賃率をきめることにある(OP. cit., P.
56)が,これは当然賃金の標準化或いは標準賃金の問題に発展する。そこで該当委員会も 政府に標準(化)委員会の任命を勧告したのである、。 これについてD・R・ガドギル (D.
R.Gadgil:1ヒθg〃α ∫o多z oノァ翫g召sαπ40〃診〃P70ゐ16〃zs o∫乃¢4z6s〃∫α1 jLα∂oz〃勿乃¢.
漉α,in oP.cit., PP.56〜57)もいっているが,標準化の利点というのは,最低賃金規制の に認められる多様な方式を廃し,あらゆる賃金支払上の固定的且つ決定的性格の上で三つ まらぬ賃金紛争の可能性を減少するにあるというべきだが,しかしさらに考えてみると標 準(化)というのは極めて達成困難なものであり,特別の条件を必要とするもめである。
たどえば安定度が少い地域とか,新しい産業では無理であり,特別の地域的産業集中が必 要である。たとえばボンベイ,アーメダバッド,コーンポール,コインバートルの綿織物 工業,カルカッタの麻工業やその附近,大石炭産業地域の如く,こういうところでは産別 会議は団体交渉に代るものとされ,そこでの最賃決定の経験は,標準化賃金計画の推進上 必要なものと同じ性質のものといえる。従ってラストーギも産業別会議を喫緊のものとし,
価格安定という背景の前で,即ち価格,コスト,公共財政の広汎な影響と結びつけること を唱えている。そして重要なことは彼が「法定の最賃は最高賃金になってはならない」
(op.cit.,p.57)と強調している点であろう。そして大勢はILOアジア地域(労働)会 議(1947年於ニューデリー)での公正且適正な賃金への「賃金会議」の設定の勧告や,P
・J・ネール首相の努力宣言となり,法案提出,立法化されたのである。それによってた しかにラストーギもいう様にインドの苦汗産業(sweated industries)の労働者は守られ るわけだが・最賃決定の作業の困難さについては・とくにそのインド的性弩と共に・コー ンポール労働調査委員会の指摘する通りである。 (op. cit., p.59)即ち「最賃決定に当り われわれは必ず生計費を考え・標準をきめねばならぬが・このことたるや容易なことでは 塗い。生理的,社会的且つ環境要因をすべて精査し,データを集め,家計予算も手に入れ て研究し分析しなければならない。その他必要なことを質的に量的に注意深く処理するの だが,この仕事はどれをとっても困難な性質のもので忍耐と正確さ及び生計費に関する階 級の理解が要る。家族単位自身もきめねばならないが,インドの社会制度ではとくにむつ かしいことである。というのも伝統や社会的慣習は尊重し評価されねばならぬから」と。
最後に以上のインドの賃金問題処理に当っての基本的立場というべきものが,はしなく
もコーンポール労働調査委員会の勧告にみられるのは興味ある所であり,且つ検討に値し
ようQ
同委員会はインド産業の非科学的賃金構造に注意を払い,職業分類の標準化や産業別,
(2)
職業別賃金格差や同一産業センターの単位を明らかならしめる様注意しているのはよいと して,進んで「この賃金は公正であるべく,限界生産力説は経済学者の単なる知的遊戯で はない。それはきびしい市場の現実である」 (op. cit., p.59)というとき,賃金論理解の 資本家的一面性を覗かせるものがある。即ち続いて「それは多くの経済学者が国民所得配 分上決定的且つ終局的要因と認めるものであるが,他の要因も正しく扱われねばならぬ」
といっても,「現状では労働者が唯一のものではない。産業人,経営者(businessman),
技術者や監督者,管理機関も考えねばならぬ。企業家(entrepreneur)や金融業者(fin・
ancier)は国家経済組織上重要な役割を果す。インドの産業構造の近代化は,かかって彼 らのイニシアティヴ,才能,エネルギーにある。彼らの努力によって多くの障害が克服さ れたし,何よりコーンポール自身,はじめはイギリス人の,そして今やイギリス人とイン
ド人の使用者の勇気と事業の記念碑である。インドの急速な工業化を望む限り,産業のキ ャプテン(captain of industry)と金融業者とを損じてはならない。国家の経済制度の 基盤を変えようと考えぬ限り,利潤動機 (profit motive)を肝に銘じておかねばならな い」 (OP. cit., PP.59〜60)というとき,われわれはもはや第二次大戦後のインドの工業 化乃至産業の近代化の■notiveや原理と,それに基く賃金規制のつながりを容易に看取し うるであろう。そしてそれもアーメダバッドのキャラコ工業の労務担当者としてのうスト ーギなればこその必然的思考であると共に,さらに先進的工業センターにおける公式的委 員会のイデオロギーでもある点に留意しておかねばなるまい。従っていう所の賃金構造論 も,賃金水準,支払形態を中心に,格差の適正化表現と共に,最低賃金とその決定機構が 所期されたものとみることができる。まさにラスト一八自身のいう様に,これが最高賃金
とならねば幸いである。
注 (1) proper wage・fixing machinery is the crying need of the hour (oP・cit・, P・54)
② 経営の実践の中では既に時間,動作研究係が職務明細を集め,作業負荷に基いて賃金構造を きめている様で,人事担当者(Personnel officer)は賃金問題を処理し,賃金に関する交渉に 与るのは勿論だが,その際茎葉,動作研究係と緊密な連けいをとることが要請されている。両 者が労働者や労働組合に対して共同責任を負う形である(T.N.Rastogi, oP.cit., P.140)。筒こ の点に関しては,最近の研究としてのllPM,,Personnel Management in India,1961(本稿 の最後に紹介)のうちWork Study, Job Evaluation(PP.224・232)における労使共同漣解論 をみよ。
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Kastur Chand :La王wani(general editor):Lα∂o%7 E60πo〃¢26s, Calcutta,1953ラル
ワー二らは先ずインドの賃金について,経営(industry)の立場と労働の立場から見るこ
とから始める。即ち経営にとっては賃金は重要なコスト要因であり価格の構成要素であっ
インドにおける賃金論研究 181
て,賃金政策は個別経営のみならず国民経済に関連してくる。即ち個別経営でも国家でも 生産や投資や雇用を伸ばそうとすれば忽ち生産要素,とくに労働の問題に行さ当る。その 為に高賃金政策をとれば完全雇用水準以下にとどまらぎるをえない。賃金安定政策が計画 化の初めに当り必要な所以という (Industrial Wages in India, P.1)(本書は各這出に ページが打ってある。)われわれはここにインド賃金論の展開が国家計画との結びつきを必要 とする特殊性格をみうるわけだが,さらに労働にとってはどうかというと,それは労働者 の収入(earnings)であり,国民所得の分け前である。即ち彼の生活水準を決定し健康外 見,教育,社会的地位や次代の健康を規定するものである。そこでこの見地を入れた上で 賃金論の課題は次のようになろう。「如何にしても適当な週賃金を維持し,同時に,所与 の人件費で可能な最大生産量をうることができるか(o⇒.cit., p、2)ということである。
これについてインドの賃金問題は次の四点になる。 (OP. cit., PP.3〜4)
・第一に賃金決定についての労使関係の在り方は,西欧では団体交渉によるか,職務の標 準化が進んでいる所では個々の労働者の生産性の結果であるが,インドでは殆んど個人取 引(individual bargaining)であるという点はその本質と歴史性において注意しなければ ならない。これは職務の標準化が進んでいないことと,1労働組合運動の未発達という二点 に帰せられているが(op. cit., p.2)そこにラストーギについてみた様に賃金決定面にお ける立法乃至公設機関の要請或いは必要性との結びつきをみることができるであろう。こ のことはインド賃金についての第二の特性即ちそれが特に低水準であることによって更に 促進されるともいうことができる。即ち裁定者(arbitrator)や産業法廷(lndustrial Tr.
ibuna1S) によって各産業の基本賃金の改善が図られてきたのである。第三のインドの賃 金問題は賃率並びに賃金に関連する職務,支払期間,待機;期間,老令手当,金融,超過勤 務の計算法・懲戒処理・遅刻等々の事項について標準がなじことである・最後に第四の問 題として,イ≧ドにおける基本賃金が低く且つ標準化されていないにも拘わらず,他方で は全体の収入としては労働生産性に対すると相当に高いということである。いうなれば三 分の一が仕事に対して支払われ,三分の二は働かないでもらっているめである。そしてそ の儘製品コストとなり価格を形成するするが,社会的購買能力以上に上ることになるとい うのは注意を要する重要な指摘である。以上それぞれ固有の興味をそそるが,それらの事 情を今少し尋ねてみよう。
インドの産業労働能率の障害の一つは職務と賃率のバラバラであることにあるが,さら
に一寸賃金が上れば職場を去るという労働移動が加わる (OP. cit., P.2)。これらの事情
は標準賃率の維持と作業度(each grade of work)による引上げによってのみ除去され
よう。というのも労働者にとって最大のインセンチィヴは支払賃金の額と共に正当に引上
げることの有効さにあることを知らないのが多いからである。即ちこれによって労働者の
必要生活資料が確保され,彼の能力を増すのみならずモラールを高めることになる。換言
すれば賃金は必要生活資料を賄うに足るものでなければならぬが,インドは現在でも極め
て低いのである。インドのこの低賃金と不労対価の点とはどう関連するのか次の問題だが 唯ここにいう生活費原則乃至subsisteΩce theoryはインドめ場合基本的意義をもつであ
ろう。
さてインドの賃金で重要なことは,インド労働者にとって賃金は収入のうちの一要素に 過ぎず,最も重要なものではないことである。賃金以外のもので最重要なのは物価手当 である。(dearness allow3nce)これは第一一次大戦中及び戦後の特別な経験に基くもので,
戦時中生計費の上昇程ではないにしても賃金もそれにつれて上ったが,戦後は引下げられ ることになり,景気の下降によってさらに促進された。しかし組織労働者は賃率の引下げ に強力に反対し各地でストライクが激化した。このことは賃金がコストの中で極めて固定 的項目であり引下げることはできぬことを表わしている。かくて物価手当は生計費の昂騰 を補う為第・一時大戦中支給さたが,常に物価上昇率とは大きく開いていた。戦後も暫らく は続いたが不況の到来と共に賃率が改訂され労働者の反対を招いていた。そして第二次大 戦と共に再び議論の対象となり,ボンベイで一九三九年組織的に要求されて忽ち他の工業 センターにも拡大したのである。その結果ボンベイ政府による調停会議は失敗したものの ボンベイ工場主団体(Bombay Millowners Association)はその判定を受け入れたし,
アーメダバツドでは調停会議一産業法廷と経由した結果,公式発表の生計費指数にスライ ドさせることになった。後者はインドにおけるsliding scale制の発端を為すという。
(op. cit., p.11)そして今日でも物価手当は全産業にあるが,その率など一定する様な確 固たる原理はない。センター,産業毎に様々である。石炭業では基本賃金に依り,綿織業 では一律(aflat rate)の処もあるが,大部分生計費スライディングである。機械工業で は所得階層別(agraded scale)が多い。という工合である。 (oP・cit, PP.12〜13)
この様にして賃金に対して物価手当(D.A.)の占める地位は大きくなったが,このこと は次表に明らかである。即ち全収入の三分の二か少くも三分の一を占めている。これらは
賃金と物価手当(1950年10月)
産 業
綿 織 物
麻 工 業 機 械 石 炭 雲 母 金 鉱
セ ン タ ー
ボ ン ベ イ アーメダノミツド ショラプ・一ル
西ベンガル
M.P。
マ ド フ ス
西ベンガル 西ベンガル 西ベソガル
ビ ハ 一 ル ミ ソ 一 ル
最低基本賃金 Rs. A. P.
30 0 28 0 26 0 20 2 26 0 26 0 26 0 30 0 13 0 11 6 21 2
0 6 0 5 0 0 0 0 0 0 0
最低物価手当
Rs.『A. P.
56 1 76 2 52 0 30 0 41 0 42 12 32 8 25 0 19 8 17 1 22 0
0 3 8 0 6 0 0 0 0 0 0
(注)両者の合計が最低収入となる(OP. cit.,PP,13〜14)
!fンドにおける賃金論研究 183
基本賃金部分が労働対価であるのに対し, 物価手当は殆んど生計費指数にリンクし,一一律 であることもあるのである。換言すればD.A.に関する限り労働能率とは関連性がなく,
不労所得(unearned income)であり,而もその額が大で労働へのインセンチィヴを犠牲 にするものできえある(op. cit., P.14)という指摘はその当否は別として重要であろう。
即ちこれらのことからラルヴー二らは,戦前に比べて現在の欠勤率の高さや能率の低さは,
作業度にかかわらぬ物価手当の故といっても過言ではない(op. cit.)というのだが,これ は作業度に見合う賃金部分の低さが勿論指摘されると共に,生活資料を保障すべきsubsis・
tence theoryからする労働力再生産費説からいうならばその存在意義もあるわけで,要は それでも尚インドの場合低賃金であることが問題で,全体収入をとに角増すべきであり,
そのことは賃金部分を増すことでもあっても叉,直ちに物価手当を不労所得として切下げ るということにはならぬであろう。ともあれインドにおける賃金の基本問題として興味深 く重要なものといわねばならないのでもう少し検討してみよう。
ラルワー二によればかくてインドにおける賃金政策は二重のいみをもつ。一つは賃金の 適正な標準化であり,二つはインフレーションを防ぎ経済発展計画を可能ならしめる政策 である。前者は1948年の最低賃金法となったが未だD.A.で補っている多くの低賃金部門 が残っており,国家計画に沿ってコストζ物価の上昇率を考え・それに見合った基本最低 賃金が必要だという(OP. cit., PP.15〜16)。換言すればコストと物価の安定すべき水準へ
,基本最底賃金を引上げ,今日では所得,生産性開差の主たるインフレ要因をなしている 物価手当の消滅こそがインドの合理的賃金政策でなければならない。(do., Wages Policy
&Standard of Livi血g, p.44)今日までの所高賃金一高物価一高賃金という悪循環を招い ており,賃金構造と生産性或いは生活標準とは関連性がない。 しかし一一方では賃金は労働 生産性に見合い,他方適正生活水準を充たすべきであるとはいえ,生産性低く生活水準要 求は高いとすれば続々むつかしいことである。それでも不可能ではないであろう。何より も生産性・所得関係 (productivity・earnings relation)は堅持されねばならぬ。蓋しも しこのバランスを失する時は,低賃金なら労働者の,高賃金なら消費者の損失となる。而も 同時に生活水準は上げらるべく,予算の許す限り福祉国家を目指さねばならぬ。国家の活 動が教育,医療リクリエーション施設,住宅などに及び,無償或いはそれに近くなれば生 産性によって労働賃金は下っても衣食のみに向けうるであろう。しかし今の様に社会立法 の経営負担が大きいと経営者は価格を通じて消費者に転面してしまう。 これらの費用は能 率の低いどきははじめは国家が負うべきである。必要物資の生産や輸入によって市場力が ついたら労働者に対してインフレ的賃金についてやかましくいうべきだというのは先ず妥 当であろう。唯福祉国家の建設スピード,その程度と,企業負担による製品価格への転稼 との関係は,賃金額や物価手当の廃止面からのみでなく,付加価値に関連するものどして 利潤の問題を抜きにしてはならないであろう。何れにしてもこの様にして賃金の終局的基 (1)
準は労働生産性にある(op. cit., p.16)という時,いわゆる支払能力説の主張に生存費説
がとって代られ,前節にみた経営者イニシアテイヴの尊重と,国家政策の結びつきの論理 につながるものを順うるものではなかろうか。
注 α)ラルワー二らは賃金を生産性及び能率との見合いで考えるという基本的立場から,業績給 (Payment by results)をとり上げ,使用者にとっては生産増,計算の単純化,監督の減少 を可能にし,労働者には収入増,公正報酬,独立性を保障するという (Payment by Resul・
ts,P。3)が,これもインド経済自立の過渡的試練:であるかもしれない。
3
K.A.Zachariah,1π4z4s〃毎1 R6Zα渉♂oηsα%4 P67so脇6Z Pグ。∂16吻s, Bombay, Calcutta,
1954.
これは著者のボンベイ大学での学位論文であるが,その趣旨はJ・マッタイ(John Mat・
thai)の序言にあるように,独立達成後のインドの民主主義理念に基いて労使関係を確立 するため政府叉は使用者による作業条件改善や労使の調和の努力に拘わらず,尚労働者は 感情と精神的衝動をもつ人間として人間関係としての問題が基本的に横たわっており,換 言すれば「人間的個性を正しく評価し,お互いに同胞であることへの本能的願望こそ問題 の基本的要:因であること」 (op. cit., Foreword, p.1/1)が認識されねばならない点にあ
る。
さてこの様な視角に於て報酬(remuneration for work)問題は如何に扱われているか。
ザッカリアはいう 「労働者が彼の使用者の為に何時でも何処でも汗を流し苦労することを 選んだのは,正常な諸要求(衣食住,医療,教育,リクリエーション,社会的宗教的任務 一F.K。)を充たさんが為である」 (OP. cit., p.9)と。かくて彼らは満足する様に賃金 の多きを望むというわけだが,ここには賃金要求の基盤があまりに人間関係論的とい.うか,
人間的欲望充足の方に指向され過ぎてはいないかという懸念がある。他方からいえば賃金 要求に対する経済的根拠(労働の質と量に応じる正当な分配要求)が見出されない。否経 済的根拠はあるにはあるが使用者の源資枠(employer s financial Iimitations)として しか出て来ないのである。(op. cit., pp.99〜11)而も賃金論のしょっぱなに。即ち労働者 の十分な報酬要求も 「使用者は財政力が許す以上は賃上げできぬのだから,常に充たさ れるとは限らない」のである。使用者は抵抗できぬものではなくて,支払能力(capacity to pay)を越える場合にはやむをえない。蓋し賃金は原価の主要な要素であり,その占め
る割合は産業や機械化の程度によって差異はあるが,一般に比重は大きく,ボンベイの綿 織物工業でも手当を含んで総原価の35%に達している。 「従って賃率の上昇は実質的に
(substantially)生産費を増す」し,「生産費の増加は企業の収益性(profitability)を
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o
維持する限り他の要因によって相殺(neutralize)されねばならぬ」 (oP. cit., p.10,傍
り り の の