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歐 洲 經 濟 學 文 献 上 の 支 那

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(1)

資料

歐 洲 經 濟 學 文 献 上 の 支 那

田 崎 博 士 著

﹁ 王 道 天 下 之 研 究

﹂ を 讀 み て 伊 藤 久 秋

本校教授経済学博士田崎仁義先生再び其健筆を揮って﹁王道天下之研究﹂を公にせらる︒本書

は嚢に公刊せられたる﹃支那古代経醇思想及制度﹄の姉妹籍にして︑前書が﹃主として﹁何書﹂﹁連

記﹂及び﹁周超﹂等に現れたる融合上並に経済上の思想制度の特質壁適を考究し︑其の土地制度

及び封建組織の概略を閑明し.而て其の土地及び農業を女性又は陰性に配同象欲する思想上の

特質の其の制圧組織の上に表現せられて居るこ亡を論結せるもの﹄なるに封し︑﹃本書は前者と

同一時代の国家鹿骨の二八組織たる王道天下を中心ビして其の特故を明かにし以て其法制経済

の成立蓮螢を考察せる﹄ものなり︒︵序文︶両者併せて賓に千二官給頁︑同時代同一事物を対象

とする学問的研究として稀有の大著宝石ふべく︑又撃界の一大収穫なり︒今其内容の全般に亙

既洲経済単文献上の支那

一〇 五

(2)

商 業 さ 経 涛

O

って詳細なる紹介又は論評?なすこさ︑到底五日人浅牟の企つぺき所にゐら子︒ただ筆者は︑博

士が十数年に及ぺる篤買なる支那研究の一大結品に劃して︑何倍寸かの形に於て之舎紀念し︑又

特に一本を筆者に聡・りれたる博士の厚情に報ふるの責務を戚じたるを以て︑蕊に︑欧洲経済的学

文献上(特に十八世紀)に於て︑支那が如何なる形に於て紹介せられたるかの一端を示し︑以て

支那の特徴特質少くさも欧洲町学者によりて支那の如何なる結が特徴特質ごして注目せられ論評

せられたるかの会考に供せんさ欲す︒これ博士の大著一公刊を紹念するの方注ざして必しも不通

にあらぎるぺし︒

支那が如何なる時代に如何なる人によ

b

て欧洲に侍へられたるかの一般的問題は︑筆者の滋

に関知する所にあらや

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筆者はただ経済皐重要文献上に於て停へられたる支那に限り︑且又利

用する所の材料は︑筆者の拐に手詐に有する僅少の書籍に限るがために︑到底細大洩さざる研

究たる二ご能は歩︑補正ご修正は之を他日に期せんごするのみ︒

一︑商業圏さしての支那

支那人さ欧洲さの商業交通は十四世紀初頭に始まるさ務せられ︑其後一旦中絶せしさ雄︑中

世紀以来

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々ごして侍へられたる支那は︑常に欧洲図民の好奇心の調象たりしのみなら

子︑後商業交通大いに後達するに及びて︑彼等の得利心の目的物ごして支部は盆々比一の注意を

(3)

惹きたるが如し︒例ば間三百は支那人を海上岡民ごして掲げ︑欧洲人以前に磁石の智識を有

し︑航海を好み︑

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︑又彼等は古くよ

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し時さして其商貨を携へて紅海まで来りたるこどありさし︑立(ジヤ

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クの規模壮大にして︑机加

ご一去はんよりは寧ろ都舎の如く︑中は多くの家に分かれ︑ 会家族之に満っさ語れ

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は和朗人が実利子の低きこごによって支那及日本さ大いなる貿易十一行へるに拘らや

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は之に奥らぎるこど

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の著者は︑来印度曾一肢が支那及日本さ貿易

を開始し︑此等の図に英国の羊毛品を多量に吉(り︑之に代へて金銭銅を獲得し之を融︑返せば欧

洲より多額の金屈を印皮貿易の匁に捻出するの必要なかるべしさの論を掲げたり

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Nは臼く︑﹁支那人は最も商業に官民じ︑商業の便利の免︑河川ケ波

深し︑数多の運河ケ問聞き︑又道路の修築に心掛く︒食料品の債格安きが故に商品も亦安倍な

b

さ︒又スペインに於て支那及アジヤの他の部分より絹物な総入するニざ禁壱らる︑に拘ら十一

此禁制は殺な︿︑住民は盛に之を用ふるこさを語る︒ハ

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て特に支那の絹に就て詳説し主︿倍格が伊太利の絹の三分の一に過ぎぎるこご︑業の最も優秀

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にて取引す︑これ不利盆

なるが故に他の地方ごも取引を開始すること望ましさ云ひ︑又支那の人民(其数二億)は主ざし

欧洲経済革文献上の支那

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(4)

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~Q4ミ~;三時"!'ØQ~"!'Ø足立匂ラJ建キ}-ú'i何'YJ~~.c、。〈∞〉

組(1""1)J. Evelyn, Navigation and Commerce, 1ρndon, 1674. Reprinted in Select Col1ection of Scarce and Valuable 

Tracts on Commerce, London, 1859 p. 63 

ω)J. Child, New Discourse of Trade, 1ρndon, 1693 Preface 

〈∞)Britannia Languens, London, 1680. Reprinted in Select Col1ection oI Early Eng1ish tracts on Commerce,工ρndon

J856 p. 339 

〈咽)The Theory and Practice of Commerce by Don Geronyms de Uztariz, translated hy John Kippax London 1751, 

Vo1. p. 171, Vo1. II p. 84 

(1Q) Gee, Trade and Navigation, 4th ed. (1738)PP. 40‑43, pp. 136, 139, 142, 68 

(~) Hum己,ESS1yS, MoraI, Political and Liter,叫んPartrr (1752) Of Commerce p. 296 (Longmans, Green, and Co's 

ed. 1912) 

(5)

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ωカシチロシの文加に就て一宮へあ

こさ口︑筆者の別稿ザチヤルド・カシチロシの研究﹂に越ろが故に︑本稿には之島省く︒

支那人の特殊なる岡家観念ご︑之を基礎ざする其特殊なる政健及び園陸は特に偽蘭西の皐 者︑就中フヰジオクラットの注目する所ごな

b︑支那は寧ろ一個の流行

ε

して彼等十入世紀の 卒者の問に常重され︑時一停きるるこご甚しかりき︒其所以差し︑自然的秩序OEB

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舎重し︑農業を岡宮の源泉ぜなしたる彼等の理想が

恰も絡調的王制の下に農業営基本ぎする 一大岡支那に於て現貨に兵睦化されたるの観ゐりたるが匁なり︒

フヰジオクラットの建設者

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の一文を草し﹃世界に最も美はしく︑最も人口多 く.最も繁栄せる閥家﹄たる支那の庁名

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排尽せり︒彼によれば支那の注律は凡て道徳に立脚し︑道徳ざ政治f

さは合して一個の向学問舎なす

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﹁此園に於ける最大のドクトY

︑立法︑道徳︑宗

教の最大の改革者﹄

さ務せらるる孔子の思想に応胎すご︒彼の門弟

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は彼を名けて

羅巴の孔子﹄のSP

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gなさなしたり︑恐く彼自身も爾信じたりさ︒

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はジエスイト涙より偽蘭西に留亭せし

欧洲経沼町単文献上の支那

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商 業 さ 経 済

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められたる支那の二青年の匁に起草され︑又彼等の忽に︑︒ロ

22 05

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プ!なりしこご︑卒史上極めて興味ゐる事買に属す︒ハ

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﹀プイジオクラットの二大

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匠既に然

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其流波を汲む多くの皐者︑敦れも支那に興味を有し︑競ふて其制度文物を傍へ

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之を詳細に誌すこさ能は子︑たャ一二の例を拐ぐるに止めんに︑

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に於て︑天の秩序︑不易の法則(]よ三百

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の原理ぞ設さ来︑りて臼く︑支那人は.常に此第一の兵理を深く信子る

哲学者を有する唯一の図民なり︒彼等は之ケ呼んで﹃天の秩序︑天の珪﹄な

b

ぜ し

一切の政治

は専ら此天の設に合致するの方針によって行ムペしごなす︒彼等は夏に説く 一個の霊智︑唯

一至高の窓士山が白然的秩序の総館企導くが如く︑

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一園内に於け

る最高の一般合的事業の総健診導き︑結局︑人民会陸の智能さ怠士山に合致せしめ︑会位の目的︑

会人種の繁栄合同るべきものなりさ

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彼等が其皇帝を呼んで︑﹃天の長子﹄

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なりさ一疋ふは此意味な

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︒又此の天の長子の義務は︑立(智能を天の智能さ合致せしめ︑其窓田

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天の意思ご合致せしなるに在るは︑この刷局な

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てす︒かくてポオドオは支那ヶ世界中最も兵

の一料棒政般に近接せる図なりさし之を

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皇帝が一柳格の代理者

ごし︑一仰の意思を後表すべきものなりさせば︑皇帝の撰擦は︑又之を一仰に委するに去るこご白

(7)

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﹀他の個所に於て彼は︑︿

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を支那数化繁栄の建設者ごし砂

四千前米一一億の人より絶え十曾崇され来れるが︑我欧羅巴に於ても近来之骨骨崇するの風あち

さ 語

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又彼は他方に於て︑城壁︑大運河(千二百里)︑堤防︑池︑大道等を建設する一公盆事業の支那

に於て泌氏逮せるこさを述ぺ︑又若干の地方に於ては高山の頂上まで機械を以て麓の河水又は運

河の水密上げて︑之を濯滅するの設備且(は

b

︑普通の農夫にして能く︑欧羅巴の穣玉すら目し

て賛浮ごなすべき農具を所有するさ迷ぺたり︒

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は︑支那に四千年来行はるるが如き︑叉︑

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こそ最も理想的の政治なれてなす︑蓋し此の如き政治は人民に

其自然的権利の完全なる享受を容し︑叉人民ご王さに最大の富を奥ふればな

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さ︒彼は庁名OR

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る者は買は家臣の従僕た

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︑愛動常なき輿論の奴隷たり︑自己の兵士の玩弄物たるに︑過ぎや

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て︑決して英の仔名ORにあら歩さ断歩

6

此の如きプキジオクラットの設が支那哲卒者中主ぎして何人の思想を傍へたるものなるやは

問題の徐地あるぺし︒皇帝訟以て﹁天の長子﹄なりご一玄へるは王道的関家観念を表はせる事瞭然

欧洲経溺島文献上の支那

(8)

たりつ﹃天は元来天然自然の世界にして人匁世界印ち﹁鋳るの世界・﹂におして之を﹁成るの世界﹂ ε 観じたれざも之を細考密究するに至

b

ては︑﹁成るの世界﹂徒らに成るにあら争して予隠然た

る活生命のあるあり.共世界に充貫し︑天帝.上帝︑其世界の主脳た

b

主人会たるの地位にあ

るありて︑宇宙一切の事物に︑有然的の統制を後作するものさ信也らる︑きれば﹁成るの世界﹂

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︒而して天印ち上帝︑天帝 ε 裕せらる︾ものは︑此

の﹁大なる匁るの世界﹂の主人公た

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さ信也らる︑なり︑是れ支那の王道的岡家概念上頗る重要

なる意義を有するものにして天下に君臨し︑所謂皇極に立ち﹁大なる匁るの世界﹂に濁して﹁小

なる結局るの世界﹂ど目すぺき人間界の主人公たる王道的図家の皇常は﹁大なる匁るの世界﹂の主

人会たる上帝印ち天ご﹁アイデ

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チフヲイ﹂せらる︑こごによりて其濁特の地位を保有するもの

なり︑彼の皇帝或は王ご務して天子さなすも皐一覧此怠に外ならや﹄(王道天下之研究.二四 i 二

五百九)他方に於てプヰジオクラットの自然治及自由放任の亭設は寧ろ︑﹃自然法印も道の後する

所なり﹄ごし﹁作怨する所なきこさが却て大に結局す甲﹄さあるの結果子生子故に無免放任舎道の常

守しするなり印ち自然法より偉大なる注ある・﹄ごなきが故に人の小智小能を以て作然規制するが

如きは却て大自然誌を汚すものなり放任すれば却て荷物自ら化すさ云ふ﹄(王道天下之研究一二

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九頁)老症の思想に深︿近接するものにあら宇や

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恐ら︿プヰジオグラットには常時の不完全

(9)

なる文書によりて傍へられたる支那哲事者の思想が雑然ざして影響せしものにあら︑ざるか︒今

筆者は深く此等の問題に鯖れ争︑彼等が営時の欧洲の欣態にあきたら十して︑遠︿極東の大図

支那に其理想図を後見したりさ信じたるこさに無限の準設史的興味を成子るのみ︒

支那山戸川奔は決して仰蘭西プキジオクラットにさぜまら歩︒﹃出

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で園・家挙者に於ける支那崇拝は一の続行をなせ

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は図家経謝主義の立場より屡々支那の政治ぞ讃美せり︒ハ

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は支那は亜細亜の偽蘭西︑偽一関西は欧経巴の支那さ務するを以て偽関西人に調する御世鮮さ思

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﹀又支那が其自然宗殺の布教者を濁逸に送り︑濁逸が基督殺の宣殺師を支那に迭

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は欧洲人が自ら高しごする倣慢なる態度ぞ排し︑﹃支

那の制度は会世界中最理性的にして最賢明なるもの﹄さ讃せ

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ハ刊﹀英国の卒者にては例ば

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は︑支那の政治は普通の政府の企及し得る最も完全なる標本な

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ごし︑支那帝国の住

民は普通人の指して︑図民の偉大さ幸福さの俊件ざする諸種の技能を︑最も多︿具備し︑人類

歴史に比類なき多数の人口さ︑其他の戦争の資源ぞ獲得せり︑又彼等は欧洲人の賞讃を禁じ得

ゴる諸越の制反をされり︑例ば図家の事務を最も幼稚なる者も併且つゑし得ぺき範図に資し︑

之が潟に之が﹄種々の部分にわけ︑別個の部門に蹄麗せしめ︑凡ての政務を飾るに妊殿なる儀式

欧洲経済的単文献上の支那

一 一 一

(10)

商 業 さ 経 沼

一 一

さ社主なる形式を以てし︑形式の符宝が向︑不規則奈︑乱を師脱するに足ら

5

る時は峻殿なる警察

が各施の陸刑を加へて仮借する所なしご記す︒ハロ)

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ムは支那人が常に唯一の王によりて支配せられ︑旦到底自由政府の思想ぞ抱き得ぎる

に拘ら歩︑孝一臓にして︑宮み︑且つ善良の警察を有するは︑ 一見矛盾の如きも︑安は支那特有

の情況に出づさす︒印ち支那の政府は純然たる王制なれぜも︑正蛍に一玄へば︑絶調的(﹀

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王制にあら歩︒支那人の唯一の隣人はタタ

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人なるも︑彼の有名なる長城ぜ支那人口の優越

によりて︑或程度︑之が侵入を防ぐこ吉会得︒(少くさも然かるが如し﹂此故に軍事的数線は常

に等闘に附せられ︑立(常備軍は最悪の民兵に過ぎ争︑到底一般的叛乱ケ座する守得十︒滋に於

τ

か︑人民は常に之に調抗するの武器を有すご一式ふこさ会得ぺく︑之が王に濁する十分の抑制

策た

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︑之が地方の官吏又は知事を強いて︑新の如き叛飢を防ぐぺ︿︑ 一般的法律の範囲じ屈

服せしなるなり︒若し外一践の防御民に逓信ならんには︑此椋の純然たる王制は︑凡ての政府中最

品舎のものたるぺし.主し.王様には︑

文寧を奥へ︑人民の集合には中席さ自由争奥ふればな

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モンア久キューは特に数宰を費して支那の政治を論じ︑英人情を叙したり︒彼によれば支那

の治律は風俗倒臼慣に立脚す︒支那立法者の目的ざする所は其人民をして安寧の生活を匁さしれ

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而して之が匁に人相互間の膿議会傘ばしな︒支那の立法者は夏︑し宗敬︑注伴︑風俗

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m 臼慣を一位三し・之な以て道徳の基礎ごす︒此四籾に関する所の数訓を蔵文さ務しち支那政府

の優越は此蔵文の厳守にありき︒青年は之を

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晶子び︑人皆立︿生淀を之が賀行にささげ︑事者之を

数へ︑官定之を勧め︑人生の一奉一勤之に合まる﹀が故に︑只その厳行の方法ゐる時は︑支那

は乃ち安泰なりさ

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之に反して英政治の主義を棄て︑道義和服摩する時は図家は︑無政府さな

b.

又革命を経験せ

b o

﹀習慣︑風俗︑法律︑宗敬一位をなすが故に︑支那は征服されたる

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時ご雄︑主も其法律令﹄夫はや

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︑征服者さ被征服者の何れか鐙更するの要ゐる時は︑常に征服者

が之ヶ愛じたり︒支那立法者の主たる目的は︑前述の如く︑園の安寧にあり︑而て之を維持す

るに最も趨蛍なる方法は︑従属心ケ堅固ならしむるにあり乏し︑此思想よ

b

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勧め︑之がゑに百方カをつくし︑その生前.死後之を恭ふべき無数の漣儀ぞ制定せり︑ぞの死

その生前に於ける躍儀は︑注律︑風俗.習憤に閲すれぎ

後に於ける雄儀は盗一九宗殺に悶し︑

も︑素ご共に同一経央の一部たるにすぎや

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帝ヶ恭ふの精紳さな

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︑又子を愛するの念ごなり︑老人は幼者を愛し︑官憲は臣民を愛し︑皇

帝は臣下ケ変し︑此等の儀般は印ち一図の一般的精紳?なす︒支那帝図は一家族政治の精紳の

上に形成さる︒若し父母の椛戚ケ殺ぎ︑或は之におする恭敬守備らしなる時は︑其人民は忽ち

欧洲経掠島一文献上り支那

一 一

(12)

商 業 さ 経 演

一 一 六

父ご見る所の官窓を敬するの念を失ひ︑{自由一一品も亦︑子弟三越すぺ芦其人民に議す所なきに至

り︑又君臣の情愛も漸々に失はるぺく︑此等の賀行を破壊するこさは︑郎ち国家会覆す所以な

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﹀モンアスキューは︑此の如く支那人が儀躍を重ん十るこさを設けピも︑又一方に於て

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支那人が世界中長波滑なる岡氏庁間

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なるこさ伝記し︑商業上︑

彼等は三極の秤守備ヘ物を只ふに業主き診︑物ケ頁るに其軽きを︑欺く可からまる人には︑

実正しきを用ム豆諸り︑その所以は︑立法者が偏に閥民の安寧にして勤勉なることケ欲する一

方︑必姿ご︑気候の

態は支那人に飽くなき替利心を奥ふるが故に︑漆律は之ケ阻よりこさ

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子︑荷も暴力によらぎる限︑

︑奇談さ勤勉による所は︑皆之む

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・許容するの結果なるべしご云

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田崎博士が主ざして支那の研究に基きて﹃君位の板懐古しての血統仁徳権力﹄ごして述べら右

る所ご(王道天下之研究第三得策一宰)アダム・スミスが其岡富論第五篇第一章第二部に於て遁

る所ご封照して︑筆者は少なからぎる興味診党ゅ︒差しスミスの此一助は彼の評者

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は精紳のア

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ストクラジーが同時に地位のアソストグラジ

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し閥民及び時代

は絡ドド存在せ十三し.

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の賞揚拾かぎりし支那の戒態はスミスの知ら さりし所なりし

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が如しご一宮ふ大路なる断言を敢でせしめたればなり︒へ

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(13)

ス ミ

ス は

人民の政治は或る服従を前提さすごなし︑ 自然的に服従密資し︑ 若干の人に其同

胞の大部分に謝する幾分の優越を奥ふる庭の原因又は事情は其数四あるが如しごし︑人格的性

質(肉健的︑精紳的)︑年齢の優越︑財産の優越︑内地(血統)の優越をあぐ

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肉位的優越のみに

よって︑一位曾上の権威を得るこさは如何なる時代に於ても之れなく.之に精

的 優 越 訟 加 へ

て︑始めて強大なる権威ケ得さ雄︑此等精紳上の資格は︑眼に児る可から玄るものにして︑常

に論‑議の穏ざなり︑且過去に於て論争の程な

b

しものなれば︑文野の論なく︑何れの粧台たり

さも︑凡そ此等の見るぺから

e

さる性質に従ひ︑その身分位の等級︑並じ服従の順位上下の規則

を定むるや}以て便利なりさ思惟したる一位舎は未だ一も存在せ歩︑凡での一枇舎は此限に見るぺか

らぎる性質より遜に明瞭なる或物によりて︑之を定なる守便利な

b

さ思惟し蒸れりさ︒ユミ

λ

の明瞭なる或物ごは︑年齢.財産及び門地の優越之なるが︑彼は財産ど門地さを以て︑個人一

身上の栄市夜間制柴の二大源泉さし︑又自然的に権威さ服従を生宇る主要原因なるこさを説明せ

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スミスの此一説に濁して上越ヲ

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の批評は果して営れるや否や︒支那に於ても︑純然たる

精一仰のアリ久トクラ

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ーが同時に地位のア

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只トグラシ

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たり得しゃ否や︒仁徳を以て王たる

の枚披どせし観念

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考ヘ︑又支那特有の官変登席の制度を考ふるも︑此貼甚だ疑はし︒

欧洲 経拙 倒的 改文 献上 の支 那

一 一 七

(14)

随患者加盟思11< 

相〈同)Oncken, Ge5chichte der Nationalδkonomie, 55. 353, 34111"‑主...,ミ久ー己笥抑(1・l?-lくお母~~11H・m)

5点急γもキ将+戸品占1恕..Jvernera'bleCor吋'uciu5del'包Europe似!巾}i(七,=,0

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J. ROU55e:m, 5e5 amisεet se5ennlemie5Par

E'treckωeisen

〈守ω司)Oncken1ibid.5.443

(et:) Nico1aBaudeau, Premireintroduction phi1050phie economiqne (1771) pp. 159‑161 1・~10~G察軍己

4ぬ〉

〈寸1)ibid., p. 180 

ω)ibid., p. 29 

(e.o) Dupont de Nemour, n~ L'origine et des progre5 d'une 5cience nouveile (1768p. 35 1・尺10.liトG是正再三己吋時〉

〈ド)Roscl悶,Geschic1巾derNationalokonomik in Dentsch1and, s. 280 

〈∞)Roschtr, ioid., s. 332 

c1) R05cher, ibid. 

ぐ~)Roscher, ibid., s448

〈口)Ferguson, On the History of Civil Society, 3rd. ed. 1768 p. 376 Cf. p. 448 

(~) Hume, Essay5 MoraJ, Political, and Literary Part 1. p. 183 note (1912) 

〈記)Montesquieu, 1spritdes lois, Livre XIX, Ch. XVI, XVII 

(::!:) ibid., Livre XIX Ch. XVIII, XIX 

(~) ibid., Livre XIX Ch. XX eミ)Kar1 Wa1cker, AdmSmith, der Begrunder d. moderen Nationalokonomie, Berlin, 1890 s. 27 

(戸)A. Smith Wea1tof Nations Book Ch; 1. ~art II :þ:E:縫11匂括和検川網漁11←同同~件。

(15)

三︑支那の人口

支那は古︿より人口籾密なる闘の著例させらる︒]川早々 は既に支那に於てすら一エーカーに

一人以上の人は住ま争ぜ云へり

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﹀カシチロシが支那の人口の事を述ぺたるは筆者の別稿︑

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ド・カシチ甘シの研究﹄に於て記したるが故じ蕊に掲げ

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カシチロジの書以前モシ

‑アスキューは︑魚類の油の部分は︑生児に必要なる物質を最もよく供給す︑これ殆ピ魚類によ

って生活する日本及び支那の人口著大なる一因なるべしさ一式ふ︑奇設をはさ︑叉支那に於て銭

僅が人口ぞ破壊するこさ︑父が娘争責

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︑又その子ケ棄つるの風朝日あるこさ争記せり︒ハ

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日立︒は︑支那人は世界中最賛誇なる図民なり︑食物に不足ぞ告る

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さ度々あるも︑

倫世界に最人口羽密なる闘なりさし︑之を以て食料不足は婚姻の一陣碍にあら歩ぜなす︒(マ

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スの論さ反割なり) ただ支那人は一度々子供の養育に窮して︑之を棄つるこさあ

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さ務せらるる

も︑若し支那が植民地を作

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︑大なる外国貿易念行はば︑か︑る非人道を避くるを得ぺしさ論

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ムは棄児の風習が現時に於て行はる︑唯一の園たる支那は最も人口籾密なる園 にして各人皆二十歳以前に結婚す︑恐らく殺児の風ゐるにあらぎれば︑斯の如き早婚の普及は

困難なるぺしさ云ふ︒︿

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は︑支那に於で子供を殺(又は菜つるニさの詐きる︑ y

は︑恐らく子供の多投なるの負搭より救済せんごする意味なるべきも︑買は人口を制限する殺

欧州経済仇文献上の支那

(16)

商 業 さ 経 済

O一 二

なさが如く.却て他の多くの制度ご同じく︑その目的さする所ご反劉の結果を生・干るが如し︑

郎ち親は此救済を日営ざして結婚し︑子供は此手段の賀行より兎がるさ諮る︒︿

5

アダム・只ミ只は︑支那は長く世界中にて最豊傍にして最も良く耕作され︑長勤勉にして︑

最人口籾密なる闘の一なりさし・ただ長く停止的朕態に在りて︑労働賃銀低く︑努働者は家族

ケ一中旬ふに困難し︑其続放は欧洲の'如何なる貧閤よりも甚し︒庚来の附︑返にて︑数千の家族は陸

上に居住ケ得歩︑縫に河及運河に小舟を浮ぺて之に住す︑犬猫の死屍倫彼等の好んで食する所

なり︑子供診殺すこご自由なるが故に結婚は自然に奨厨きる

o

各大都合に於ては︑若干の子供

は毎一役︑路芳に委棄せられ︑叉犬の子の如く水中に溺渡せしめらる︑此戦傑すぺき行怨は︑一公

然の職業ごして或者の援

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の如く豊伎なる闘な︿︑又支那の如く人口の多言図なし︒然れざも棄てられたる子供の哀盤

は︑支那も肢に人口の限界に達したるこどを詮すさ記し︑叉支那に於ける米の栽培は他の穀物

の支持し得るよりも数百誌の多き人民を支持するに足るさ遁ぺたり︒ペ

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は支那に於ける人口調査の方法を誌せ

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︒印も支那に於ては飢餓に備ふるため︑入

民の数さ生産さるる食料の量ざを毎年調査し.大臣は之によって珠め如何なる地方に食料の過

剰又は不足あるかを知るの方泌をさるさし︑此調査の方注ごして︑各家門戸の外に一片の札を

(17)

掛りしめ.之に家の人数︑生産食料の量等を記入せしめ︑役人は各家に入って尋ぬるの煩労な

く︑ただ門前を通過し記録するのみにして目的を達し得さ述ぺた

b

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国主は︑支那に於て

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飢僅の結局穀物を貯蔵し置くこさ康く行はるご雄︑貫効少く︑之?管理する役人が濫に私腹を肥

一旦飢僅に際して之ケ開くに倉庫は殆ピ本一虚なる?と屡ありさ語る︒(彼は出

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支那の人口に閲して.

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サスの遮る所が最も詳細にして︑又最・注目に位するものなるこさ

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彼は其人口論第一版(一七九八年)に於て玩に支那の人口大なるこご

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彼によれば支那の人口が甚だ大なる原

因は土地の優秀にして︑温帯に位するこごぞ第一ざし︑第二に政府が農業を奨臨棚倉重するこさ

も.之に奥て力ゐり︒印ち農民は商工民よ

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地位高しさせられ︑農民に濁して︑工業者は甚だ

少く︑金七僅かに例外を除き食料の生産に 3 ﹀げらる︒剃へん潟候温きが放に︑年二作の場合多

し︒又他の園よ

b

多種多様の動植物ケ食用するこごが食料を大ならしなる一因なり︒最後に結

婚は家系命宣ご人種繁殖の手段ざして大いに奨脱され︑荷も家族支持の望あれば忽ちにして結

婚す︒結婚奨厨の結果は財産を各兄弟に分割するこど︑な

b

︑此事が夏に人口を増加せしむる

欧洲経部品文献上の支那

(18)

商 業 さ 経 済

の 傾

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一方富は漸次に分割され︑自ら働くこさなくして猫立し得る者の数は少ごなる︒

結婚奨鳳の結果は下府民の生活を極端に座泡し︑努賃は甚低し︒此故に彼等は甚だ勤勉なるに

拘ら宇︑貧に迫って屡々子供を殺し︑士見り︑又は鋤棄す︒

一般の結婚奨厩にも拘ら歩︑支那には又︑珠防的抑制も行はる︒郎ち借侶の如き其例なるが

殊に甚しきは奴隷問に於てなり︒差し奴隷が子供ケ生み之&養育するこさは︑主人の利盆に人口

せゴるが故に︑彼等の大なる部分は未婚の欣態に在り︒不健全なる性的行翁より来る人口抑制

は支那に於ては︑きして大なら子︒疾病じよる積極的抑制は土地健康なる匁︑珠想程大なら

5

るも.倫流行病は稀な

b

ごせ歩︑多数の子供︑之が犠牲さなる︒気候の不服より来る飢僅は︑

支那の積極的抑制中最も有力なるものなるぺし︒其後生は競築にして︑政府の穀倉によって救

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支那の人口に閲しては︑ マ

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サス以後の向学者も屡々之を論じた

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に於で︑支那人口

の詳細なる数字を輿へ︑之ケ論じたり︒︿日﹀本稿に於ては︑此位一すの卒者に言及せ宇

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支那人口

の貫故に就ては王道天下之研究第三篇第五章第一節会照)

(19)

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以上筆者は︑商業固さしての支那︑ 支那の政陸︑園陸︑及び支那の人口に閲する欧洲経済亭

文献上の読過密紹介し来れるが︑此順序は又︑大陸に於て支那が欧洲亭者の注意の濁象ごして

此三極の愛化ケ経たるこごを示せるものなり︒印ち支那は先づマ

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的物ごして欧洲人の注目?惹き︑次で近代的思想の勃典さ共に悶家向学的︑政治哲率的問題が率

者の研究題目たるに及びて︑支那の園陸政府が興味の中心ごなり︑最後に︑主ざして十入世紀

後字︑人口問題が緊急の質際問題さなりでは︑支那の泡大なる人口が欧洲町学者の注目する所さ

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が如し︒素より彼等の侍ふる所の支那は︑不完全の資料に基き︑到底諜謬さ偏見より

関股する事能はや

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さ雄︑又大陸に於て彼等より足たる支那の特質が奈迭に存在するかを推知す

るに足るぺきなり︒

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欧洲経済皐文献上の支那

(20)

盟締似製鼠111m 

(r:‑) Townsend, Dissertation on the Poor Laws, London, 1786 (in Select Collection of Scarce...Economical 

Tracts, 1859) pp. 420422

(OCI) Extracts from the Works of Dr. Franklin, on Population, Commerce etc. (in SIectCollection of SCarce... 

Economical Tracts, 1859) p. 206 

(~) A. Bell, An Inqlliry into the Poiicy and Jllstice of the Prohioition of the Use of Grain in the Distilleries, 

Euinburgh, 1808 (in Select Collection of Scarce...H..EconomicalTracts, 1859) p. 522 

(~) Malthus, Essays on the Principle of Popubtion, BK. 1, Ch. XII十討議Q~~J君主ト冨諜Q~4否み謬-.J'"'制(~Q豊富

総監訳霊者~~~tQl/中'JIP '¥lト代;?irl ‑',R穂

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よ,=,0(L'esprit des is, Livre XIV, Ch. VIII) 

〈口)Doubleday, The True Laof Popu1ation, 1ρndon. 1853. p. 103 

参照

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