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保険理論からみた保険法

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保険理論からみた保険法

⎜⎜ 契約自由の世界からの離脱 ⎜⎜

米 山 高 生

■アブストラクト

本稿では,保険理論の立場から新しい保険法を検討した。第2節では,制 度目的の観点から,保険契約法と保険監督法の相違を明らかにした。前者は 保険契約者の私的情報による機会主義的行動を防止することによって保険契 約を維持することが目的であり,後者は保険者の持つ保険情報を保険契約者 が用意に取得できないことから生じる保険者の機会主義的行動を防止するこ とによって健全な保険制度を維持することが目的であるとした。第3節では,

契約前発病免責 未成年を被保険者とする保険 , 危険の変動 被保険 者による解除請求 を取り上げて保険理論から検討した。最後に,本稿の検 討から到達した二つの認識を明らかにして結語とした。その認識とは,保険 法と保険理論の前提とする契約世界の相違について,および保険法における 契約者保護の意味についてである。

■キーワード

保険理論,保険契約法,保険監督法

1.はじめに

保険は,様々な側面からアプローチが可能な仕組みである。たとえば,学 際的な研究領域として保険学を位置づける考え方がある。これは,保険を総

*平成21年10月24日の日本保険学会大会(龍谷大学)報告による。

/平成22年1月6日原稿受領。

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合的にとらえようとする考え方であり,従来から多くの研究成果を生み出し てきた。そして今後も研究貢献が多いに期待される 。

これに対し保険学を学際的な研究領域としてではなく,経済学,コーポレ ート・ファイナンス,統計学および金融工学などの隣接学問との連携を重視 するアプローチも存在する。この領域は,保険経済学として位置づけられて いたものであったが ,最近は経済理論の一部であるという認識をこえて,

保険実務と深く関連しながら展開されるようになっている。本稿では,後者 の保険理論,具体的には,ハリントン=ニーハウスやドハーティなどに代表 されるアメリカの保険理論 の考え方に依拠して,わが国の新しい保険法を 検討する。

本稿の課題は,保険理論の立場から新しい保険法のいくつかのトピックス を取り上げて検討し,その検討の結果,新しい保険法の特徴を明らかにする ことである。この課題を達成するために,本稿では,以下のような構成で議 論を進める。第2節では,保険理論からみた,保険契約法と保険監督法の棲 み分けについて明らかにする。次に第3節では,保険法におけるいくつかの 主要なトピックスをとりあげ,保険理論の立場から検討を加える。続いて,

1) 伝統的な保険論の一部は,約款論を中心に発展してきた。この領域は,保険 契約法と保険実務との結節点であった。そのため法学と商学の連携がとくに必 要とされた。強行規定および片面的強行規定の採用によって,保険法では約款 論を中心とする研究領域がやや狭まったが,法学と実務の連携は依然として重 要である。

2) 伝統的な保険学の集大成であり,かつ新しい保険学の出発点として,大林良 一(1979)を無視するわけにはいかない。保険経済学に関連する主要な研究と して,水島一也(2006),高尾厚(1991)が重要である。また海外の保険経済 学の紹介としては,マーク

F.ドーフマン著,鈴木辰紀,江沢雅彦,上田和勇

共訳(1993),R.

L. カーター著,玉田巧,高尾厚共訳(1989),D. ファー

ニー著,水島一也,鈴木馨共訳(1976)が参考になる。アメリカにおける保険 経済学の発展については,G.

Dionne

,

ed.(2000)の第1章,pp.3‑33が参

考になる。

3) ハリントン=ニーハウス著,米山,箸方監訳(2005)および

Neil Doherty

(2000)を参照。

(3)

第3節で析出した保険法の特徴から,保険法における契約者保護の観点から,

第2節で提示した枠組みを再検討する。その上で,最後に,本稿で得られた 知見を要約して本稿の結びとする。

2.保険理論からみた保険契約法と保険監督法の存在根拠

保険契約法と保険監督法が,保険というビジネスにおいてそれぞれにもつ 意義と機能については,法律学の立場からは一定の見解があるものと思われ る 。ここでは,法律学の立場から離れて,経済学を基本とする保険理論の 立場から両者の意義と機能について考えてみたい。

保険契約は,市場をとおして締結される私契約である。その契約が効率的 に締結されるためには,市場メカニズムにまかせておくだけでは十分でない。

なぜならば,保険契約には,情報の非対称性から生じるインセンティブ問題 が存在するからである 。保険契約者のほとんどの私的情報(private infor-

mation

)は,保険者が,コストを払うことなしに知ることができないが,

保険契約は,将来の保険事故の有無によって結果が左右される契約であるた め,保険契約者の私的情報が結果の程度と頻度に大きな影響を及ぼす。経済 学では,私的情報が契約の一方にコストなしに知りえないことによって,も たらされる非効率な結果をインセンティブ問題と呼び,契約前のインセンテ ィブ問題を逆選択,契約後に契約者の行動が変化することによって生じるイ ンセンティブ問題をモラルハザードと呼んでいる。

保険理論にしたがえば,インセンティブ問題(モラルハザードと逆選択)

は,リスクの保険可能性(insurability)を制約する 。そこで,契約ルール によってインセンティブ問題を緩和することができれば,リスクの保険可能

4) 保険の意義との関係では,山下友信(2005),pp.6‑11を参照。

5) 情報の非対称性から生じるインセンティブ問題には,契約前の非対称性から 生じる逆選択と契約後の非対称性から生じるモラルハザードがある。詳しくは,

ミルグロム=ロバーツ著(1997)の第6章を参照。

6) ハリントン=ニーハウス著(2005)の第10章を参照。

(4)

性の制約が軽減され,効率性が増大する。したがって,情報の非対称性から 生じるインセンティブ問題を解決し,より効率的な保険市場を達成すること が, 保険契約に関する一般的な契約ルール にとって重要なことである 。

これに対し保険監督法は,保険契約法とは逆方向の情報の偏在が重要であ る。保険者は,保険契約の当事者として,保険に関する知識・能力に圧倒的 に優位にある。保険契約者は,劣位にある不利を克服するためには,保険契 約に関する詳しい知識を収集したり,保険者の財務情報を入手したりするな ど,多大なコストをかける必要がある 。

すべての契約者がそのようなコストを支出することはできないため,保険 者が情報優位な立場を利用して,不当ないしは不正な契約を行うことを許す 危険性がある 。そこで,保険監督法のルールは,第一義的には,保険契約 者の情報劣位を補うために存在するものと考えることができる。

たとえば,わが国においてソルベンシーマージン比率の公開を強制してい るのは,保険会社の財務状況に関する正しい情報を入手できない保険契約者 に対する情報ギャップを埋めることを意識しておこなわれたものかもしれな い 。保険業法の目的は,保険会社の財務健全性を確保することをとおして,

保険契約者の保護をはかることである。そのためには,情報のギャップを利

7) 萩本修編著(2009),p.2。

8) インセンティブ問題については従来の保険論でも重視されている。たとえば,

山下友信,竹濵修,洲崎博史,山本哲生(2006),pp.59‑60では,給付反対給 付の原則の実現との関係で情報の非対称性を強調している。

9) ブローカー制度は,比較的少ないコストで契約者の情報劣位を補うことが可 能となる制度であるが,わが国では個人契約者に対するブローカー業務は発展 していない。

10) たとえば保険金不払いのような不適切な慣行があっても外部から見えなくさ せる要因ともなっている。

11) アメリカでは,必要な計算をすれば誰でも算出することができるが,一般的 にその数値を各社に公開するように強制していない。保険会社の財務状況に関 する情報ギャップを埋めるのは,ソルベンシーマージン比率ではなく,格付け 機関による保険会社の財務格付けであろう。ソルベンシーマージン比率の公開 の強制が,保険監督法の目的に適っているものかどうか疑わしい。

(5)

用した不正な取引に対してきちんとしたペナルティーを課すなど,法的な強 制執行に裏付けられたものである必要がある。この点についていえば,保険 契約法が私契約の基本ルールを定めるものであり,不正な契約を防止するこ とを第一義的に考えているものではないことと対照的である。

3.保険理論から見た新保険法

3.1 契約前発病による免責の合理的根拠と問題点

生命保険において保険者は保険契約者に対して告知義務を課しているにも かかわらず,一部の契約の保険金請求時において,契約前発病であるとして,

保険金支払いが拒絶される例がある。保険実務では,契約前発病は免責とさ れているが,改正前商法においても,保険法においても,契約前発病に関す る規定は置かれていない。契約前発病の免責については,契約者に対して告 知義務と二重の制約を課すのは厳しすぎるのではないかという考えがある。

図 保険理論からみた保険契約法と保険監督法の目的の相違

(出典)保険学会全国大会シンポジウム米山報告プレゼンテーション資料より

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たしかに,告知義務を誠実に果たしているにも関わらず,別の理由により保 険金支払いが拒絶されるのは,契約者にとって釈然としない。しかしながら,

この問題は,保険契約のルールで定めるべきではなく,保険実務の中で契約 者の理解を深めてゆくのが最善であると思われる。

なぜならば,契約者にとって過酷な制裁であるとして,契約前発病の免責 を無効とすれば,別の問題が生じる。すなわち,保険者は保険料計算の前提 からやり直す必要がある。保険料の計算は,まず保険事故の範囲を確定し,

その範囲内のリスクを計量化することから出発する。契約前発病は,保険事 故の範囲外であるという前提で保険料計算を行っているのだが,契約前発病 の免責が無効されるならば,契約前発病による期待保険金支払コストを保険 料に加えなければならない。保険数理的にいえば,こうしなければ収支相等 の原則を維持できないのである。さらに契約前発病の期待保険金支払コスト には,逆選択によるコストを含む。たとえば,契約前に発病している病気を 隠して契約する人が増えることを防止することは難しいであろう。これに対 して,保険者が出来る主な対応は,期待コストに大きな安全割増を加えるか,

リスク増大に備えて資本を増強することであろう。その結果,期待保険金コ ストないしは投資家報酬付加保険料 (

profit loading) が大きくなることに

よって,契約者は契約前発病を免責とした場合の保険料と比べて相当に高額 な保険料を支払わなければならない 。

一般の保険契約者が,契約前発病により保険金支払いを拒絶された契約者 を救済するために,高額な保険料負担を敢えて認めるならば問題はない。し かしながら,通常の保険契約者は,逆選択による保険料上昇部分を負担し,

契約前発病者に対して内部補助を行うことに賛同しないであろう。その結果,

本来ならば保険契約を行っていたはずの通常の保険契約者の一部が,保険に 加入しなくなる。したがって,契約前発病の免責が無効とされることによっ て,保険市場の効率性が損なわれることになる。

12) 期待保険金コストおよび投資家報酬付加保険料について詳しくは,米山高生

(2008)の第8章 保険の価格について を参照されたい。

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以上のように,保険理論の立場からいえば,契約前発病を免責とすること には,合理的な根拠が存在する 。とはいっても,個別契約の観点からみれ ば,問題がないわけではない。たとえば,契約が失効してから復活する間に 発病した場合にも,契約前発病の免責が適用されるのが通例となっているよ うである。失効期間の保険料を支払わなければ契約は復活されないので,契 約前発病と復活前発病とは単純には同じものではない。 復活 という言葉 から連想する契約者の合理的な期待と実務的な対応の間に大きなギャップが 生じている。実務的な改善が大いに望まれるところである。契約前発病に関 する問題を必要悪として処理しまうのではなく,契約者には理解しにくい契 約前発病の免責について,保険実務的対応において契約者の理解を得られる ように継続的に努める必要がある 。

3.2 未成年を被保険者とする生命保険契約

未成年を被保険者とする場合には保険金制限の規定を保険契約法に導入す べしとする意見をめぐって,法制審議会において大きな議論を呼んだ。これ らの意見の背景には,本来は存在しないはずの需要を企業利益のために作り 出しているのであるという保険会社に対する強い不信感が見え隠れしてい た 。筆者は,この不信感の中にいささか感情論が紛れ込んでいるように感

13) 契約法上の問題については,土岐孝宏(2009)を参照されたい。

14) 実務的には,生命保険協会のガイドラインがあり,契約者の期待を裏切らな いための一定の配慮がなされている。

15) 経済学的には,保険会社が保険金不正請求の可能性の高い契約を進んで締結 するインセンティブは存在しない。これに対して,保険会社は保険金支払いが 多くなったら保険料を上げて対応すればよいので,そのようなインセンティブ は存在するという意見もある。しかしこの意見は,経済学的に理屈が立たない。

バッドリスクをつかんだ保険会社が保険料を引上げようとしても,バッドリス クをつかんでいない保険会社は,その会社よりも安い保険料で十分に競争でき る。そのためバッドリスクをつかんだ会社は市場から退出せざるをえない。未 成年の生命保険について本質的に問題なのは,保険会社のインセンティブでは なく,成績にインセンティブをもった営業職員を保険会社がコントロールでき

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じた。保険理論からみた保険契約法と保険監督法の枠組みからいえば,むし ろ私契約の基本ルールである保険契約法に市場を著しく制約するルールを組 みいれることには違和感がある。

わが国の保険会社が販売する未成年の生命保険において,突出して故殺等 の不正保険金請求事件が起こっているとすれば,保険契約のルールに盛り込 むまでもなく,保険監督の立場から,同意のない未成年の生命保険の販売を 禁止するというのが正しい対応であろう。しかし,そういった事実が特段認 められないならば,私契約のルールの中に,市場を制約する要素を定めるこ とは,市場の非効率性をもたらす可能性が大きい。

法制審議会での議論の結果,保険契約法の規定に市場制約的な規定を盛り 込むことが難しいということになったのは,妥当な判断であった。ただし,

この問題については,保険監督によって対応すべき可能性があるとして,金 融審議会第二部会 保険の基本問題に関するワーキンググループ (以後,

保険

WG

と省略)で検討することになった。

保険

WG

では,同意のない未成年者を被保険者とする生命保険を禁止し ている諸外国が多いという資料が示されたこともあって,同意のない未成年 の生命保険の存在は,子どもの生命を軽んじるわが国の民度の低さの表れで あるという意見が出されるなど,わが国において戦前から子ども保険が生命 保険市場に定着し,庶民生活の中で根を下ろしてきたという歴史や,未成年 の故殺による保険金不正請求が,他のケースと比較して特段多くはないとい う事実を軽視するような意見が多く出された 。結局,審議の結果,業界が 保険金額を自主規制するということで落着した。

ているのかという内部管理問題であろう。

16) 子ども保険が存続しているのは,子どもの生命を守るということについて日 本国民の民度が低いためではない。民度が高いため子どもの故殺がそれほど多 くは起こらず,子ども保険が存続してきたものと考えるべきである。

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3.3 危険の変動 3.3.1 保険価額の変動

保険法では 危険 を 損害の発生の可能性 (4条)と定義している 。 よって保険の目的の価額の変動は,経済価値の変動であり,危険の変動とは 別の範疇として理解すべきものであると考えられる。

保険価額をこえて保険契約された部分(超過保険部分)は,改正前商法に おいては,無効とされていた(商法631条)。保険法においては, 保険契約 者及び被保険者が善意でかつ重大な過失が ないかぎりにおいて,保険料に よる調整の道をひらいた(9条)。

他方,保険価額が減少した場合には,改正前商法でも保険料による調整を 認めていた(商法637条)。保険法でも基本的には商法637条の規律を基本的 に維持している(10条) 。なお保険法の規定にある 著しい減少 への実 務的対応としては,一般的な1年契約の保険における減価償却等は 著しい 減少 に含まれないが, 長期保険契約においては,数年に一度は保険価額 の確認を契約者に依頼し,超過保険状態になっていれば保険金額の減額に応 じる体制を構えることが望ましい ということのようである。

3.3.2 危険の減少

危険の減少について,改正前商法646条では, 特別の危険を斟酌して保険 料の額を定めたる場合 において,保険期間中にその特別の危険が消滅した ときは,保険契約者は 保険料の減額を請求することを得 と定めている。

17) この定義は,損害保険にかぎった 危険 であるが,生命保険では, 保険 事故の発生の可能性 (第37条),傷害疾病定額保険では, 給付事由の発生の 可能性 (第66条)とされ, 危険 とは,保険事故の確率であるという考え方 で一貫している。

18) 保険法では,契約締結時に保険価額が著しく減少した場合において,保険金 額についてだけではなく,約定保険価額を決めた場合には約定保険価額につい ての減額請求も認めるものとしている。

19) 上松公孝(2008),p.50。

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保険法では,特殊なケースだけではなく, 著しい減少 が生じた場合にお いて,一般的に保険料の調整が請求できることを,損害保険(11条),生命 保険(48条)および傷害疾病定額保険(77条)においてそれぞれ定めている。

なおこの場合の 著しい減少 とは,給付反対給付均等の原則(P=wZ)

を前提に考えた時に,保険金が支払われる確率(w)が著しく減少したこと にともなって保険料(P)を減ずるものであると解説されている 。

3.3.3 危険の増加

危険の増加についても,保険料による調整が導入された。ただし危険の減 少(11条,48条,77条)と危険の増加(29条,56条,85条)への対応はシン メトリックな関係にはない。危険の増加については,危険の減少の場合と比 べて,契約者に対する制裁の程度が大きくなっている。

危険の増加に対する法的対応は,まず通知義務違反の場合そうでない場合 の二つに分かれる。通知義務違反の場合には,改正前商法で規定されていた 帰責事由にかかわらず保険者は契約を解除できるものとされている。契約者 が通知義務を履行した場合には,保険者が遅滞なく解除または保険料の増額 を要求しない場合において継続と規定されている。なお保険料の増額によっ ても契約を継続できない場合には,通知義務の履行云々にかかわらず,約款 に明記すれば,当然に解除できるとされている 。

損害保険会社の実務的対応については,以上の考え方を前提とすることに なるが,契約者に要求する通知義務を要求するかぎり,その通知義務の内容 について保険約款において明確に示しておく必要があるといわれている。

危険増加に対する生命保険会社の実務的対応としては,保険期間中の発病 などの危険の増加については保険料に折込み済みなので 著しい増加 に含

20) 竹濵修監修,高山崇彦編著(2008),p.117。

21) 上松公孝,北沢利文(2008),p.125および上松公孝(2008),p.93。また約 款の意義が高まりについては,甘利公人,山本哲生編(2009),p.53。

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まれないが ,特別な状況において 著しい増加 が生じる場合があるかも しれない 。しかしこのような事例は極めて稀なことであり,あらかじめ一 般的な対応を考えておく必要はそれほど大きくない。次に,職業をリスク区 分にした生保商品は,職業変更が危険の 著しい増加 となるが,このよう な商品を販売している生命保険会社はそれほど多くないようである。最後に,

もっとも重要な点として,団体保険における企業の業務範囲の変更が,危険 の 著しい増加 に相当する場合がある。ただし団体生命保険契約は単年度 で契約を更新するタイプが多いので,とくに大きな実務的配慮をする必要は 大きくないという 。

3.3.4 危険の増加 の定義

保険法における 危険の増加 とは,29条本文かっこ書によれば 告知事 項についての危険が高くなり,保険契約で定められている保険料が当該危険 を計算の基礎として算出される保険料に不足する状態になる ことをいう。

前述したように 危険 は保険事故の確率と定義されているので,論理的に いえば 危険の増加 は保険事故確率の増大と理解すべきであるが, 危険 の増加 の定義では,保険事故確率が高まり,その結果,保険料に不足が生 じる状態と定義している点に留意すべきである。

保険理論では, 危険の増加 の実体は,契約者から保険者に移転する リスクの原価 たる期待損失額(期待支払保険金)だと考える。とすれば,

保険法の 危険の増加 の 実体 は,損失の確率と損失の程度を乗じた期 待値である。この期待値が 増加 するのは,一般的にいえば,損失確率な

22) 生命保険約款では,保険期間内に被保険者が業務や所在を変更しても契約を 解除されないことが前提となっている。Cf. 山下友信(2005),p.581。

23) 生命保険における危険の増加について詳細は,大串淳子,日本生命保険生命 保険研究会編(2008),pp.101‑112を参照。

24) 保険契約者保護の観点から,通知義務違反を問うためには,約款に義務違反 の対象となる危険について列挙することが望ましいが,生命保険約款にそのよ うな危険を網羅的に列挙することは困難である。

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いし損失程度が大きくなるか,または両方が大きくなる場合である。

このように考えると,保険法の 危険の増加 と保険理論の 危険の増 加 の間には,次のような食い違いがあることに気がつく。すなわち保険法 の 危険の増加 は,事故確率のみによる増加を意味するのに対して,保険 理論のそれはそれ以外の 増加 も射程に入れていることである。

3.3.5 保険理論による危険増大要因と保険法のおける危険の増大

保険理論によれば期待損失額(期待支払保険金),すなわち 危険の増加 の 実体 の増大要因は,以下のように分類される。

危険の増加 の実体=期待損失額(期待支払保険金額)の増大要因

⑴ モラルハザード(主観的要因:帰責事由)

⑵ 期待損失を構成する損失程度の増加(損失程度の変動)

⑶ 期待損失額を構成する確率的要素の増加(確率的変動)

⑷ 範囲外のリスクエクスポージャの追加

⑸ 期待値まわりの変動の増大

改正前商法では⑴の帰責事由が問われていたが,保険法では,通知義務が 果たされなければ,帰責事由がなくとも保険者は契約を解除できることにな った。ただし帰責事由がまったく不問にされたわけではなく,解除までの期 間に生じた事故については,帰責事由によらない場合に限って保険金が支払 われることになっている。

⑵の要因による 危険の増加 に対しては,期待損失額を単純に増大する という実務的対応で対処可能であろう 。保険者としては,単純に期待損失 額のみを上乗せするだけでは対応できず,合理的な付加保険料部分の増加も 必要な場合もあり,当然ではあるが保険料はより高額になる。したがって,

25) このような 危険の増加 は,定額保険では考えらず,損害保険に固有の問 題である。

(13)

改訂後の高額な保険料が保険市場で消費者に支持されるかどうかについては 保証の限りではないが,被保険者に保険の不正利用目的がないかぎり,同一 危険の増加による 危険の増加 に対する措置として,保険者が当然に解除 を行うということの理論的な根拠はない。

ところで,損失の程度の増減は,保険価額の経済的価値の変動とみなすこ とができるので,⑵の変動要因を広く考慮することによって, 危険の変動 の下に,損害保険の超過保険や保険価額の減少についても統一的に理解でき ると思われる。しかしながら,保険法による 危険 および 危険の増加 の定義にそくして考えると,この考えは拡大解釈であろう。

保険法の定義では,⑶のみを 危険の増加 の実体の変動要素として認め る。前述したように 危険の増加 は, 告知事項についての危険が高くな り,保険契約で定められている保険料が当該危険を計算の基礎として算出さ れる保険料に不足する状態になる (29条)と定義されている。定義中の 危険 は,その定義から損失確率であることが明らかであるので, 危険の 増加 の要因は,事故確率の上昇だけしか考えられていない。このような 危険の増加 に対しては,⑵同様に,期待保険金コストの増加をとおして 保険料に反映すべきものであり,解除に関していえば,⑵と同様に,被保険 者に保険の不正利用目的がないとすれば,保険者が当然に解除を行うという ことの理論的根拠はない。

⑷の要因は,保険料計算の範囲外のリスクが追加されるというものである。

そのため保険料を再計算する必要がある。つまり単純に期待損失額を増加す るだけでは対応できない。よって,再計算するコストが大きい場合,あるい は再計算した結果の保険料では到底保険ニーズを喚起できない場合には ,

26) 範囲外のリスクは,保険料計算のために十分なデータがない場合が多い。な ぜなら期待損失額を計算できるほどデータが揃っていれば,そもそも商品を作 るときにそのリスクを範囲外とする必然性が薄いからである。保険者がこのよ うなパラメータが不明なリスクを引き受けるためには,より多くの資本をつむ ことで対応する必要がある。再計算された保険料には,資本調達コストに由来 する高額な投資家報酬付加保険料が付加されることになり,その額が大きい場

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保険者は契約を解除する根拠を持つことになる。このような事例として,火 災リスクに対する単一のエクスポージャユニットであった工場が,製造物を 変更したことによって,隣接する工場に対して独立したユニットでなくなっ た場合などが考えられる。 リスクの増加 を招来する要因は,当初の保険 料計算において 範囲外 であり,それによる 危険の増加 とそれにとも なう保険料の調整は簡単ではない。ここで注意すべきは,⑷の危険が,保険 法の引受範囲外の危険と相違することである。保険法では,保険者が保険料 の増額ではもはや対応できないような場合を引受範囲外としている 。保険 理論の立場からいえば,危険=期待損失コストが増額された結果引受けでき ない場合というのは想定できない。取引き不能が想定できるとしたら,保険 料が高くなりすぎて,契約者がその保険を購入しないということだけである。

この点で,保険法における 引受範囲外 の考え方には疑問が残る。

最後の⑸については,⑴〜⑷とは性質を異にする危険であるので,ここで は深く検討を行わないが,保険会社の内部リスク管理にかかる規制監督の分 野,すなわち保険監督法の分野においては,このリスクが中心であることだ けを指摘しておく。

損害保険の実務では,前述したように,まずは通知義務を履行しているか どうかが問われ,履行している場合には,保険者が遅滞なく解除または保険 料の増額を要求しない場合において継続と規定されている。ここで⑵および

⑶の要因による 危険の増加 の場合には,理論的には期待損失額(期待支 払保険金額)を増加すれば対応可能である 。しかし実務的には,通知義務 違反なら一律解除であり,通知義務を果たしても,解除の可能性がある 。

合には,リスクの保険可能性を著しく制約する結果となる。

27) 大串淳子,和久田美嘉編著(2009),p.141。

28) ただし保険料が高くなりすぎて,契約者が解除を希望するということがあり うるかもしれないが,それはマーケットメカニズムが働いた結果生じた解除で ある。

29) 注26と同様に竹濵修(2009),p.95でも指摘されているが,保険法では,一 定以上の 危険 の増大を, 範囲外の危険 する。とすると,⑵および⑶の

(15)

また危険の増加の要因が⑷である場合にも,実務上は一律解除となっている が,範囲外の危険については免責とし,契約は継続という対応もありうるの ではなかろうか。

損害保険の実務において 危険の増加 に対する対応には,保険の不正な 利用目的を疑って解除という対応が多くなる可能性があるが,⑵から⑷まで の 危険の増加 要因に対する対応としては,当然に解除をおこなうことを 支持する理論的な根拠はない。保険の不正な利用目的を防止する技術を磨く ことで,当然に解除というやや契約者に制裁的な実務を定着させない努力を 払うことが,保険理論的にみて必要と思われる 。

3.4 被保険者による解除請求

改正前商法では,被保険者がいったん行った同意の撤回について特段の定 めを置いておいなかった。その理由は,保険契約の成立後に被保険者が同意 の撤回を求めることが出来るとすると,保険契約を著しく不安定にし,保険 契約者,保険金受取人あるいは保険者等の利害関係者の利益を害するおそれ があるということであった。これに対し,保険契約締結当時に被保険者が同 意をする前提となった事情が著しく変化している場合には,被保険者の同意 の撤回を認めるべきとする見解もあった。新法では,被保険者の同意の撤回 を認めるのではなく, 重大事由による解除が認められる場合等,一定の事 由に該当した場合に限って,被保険者に,保険契約者に対して保険契約の解 除を請求する権利をみとめる ものとして,それぞれ34条(損害保険),58 条(生命保険),および87条(傷害疾病定額保険)で規定している。なおこ れらは強行規定であるので,約款での変更は認められない。

一定の条件のもとで被保険者に解除請求権を付与することは,情報の非対 大きな増加は, 範囲外の危険 として一律に解除されてしまうことになる。

30) 本稿では保険理論的な解釈に終始しているが,保険実務的な観点も重要であ る。たとえば,竹井直樹(2009)は,超過保険等における実務的な対応の限界 について指摘している。

31) 大串淳子,日本生命保険生命保険研究会編(2008),pp.170‑1。

(16)

称性によって生じるインセンティブ問題を解決する手段とは考えられない。

なぜならば,親族関係の変更や保険契約者および保険金受取人による不正請 求の企ての強要など,被保険者が同意をした契約時の条件が著しく変化した ことが重要な条件であり,被保険者あるいは保険契約者の私的情報は大きな 問題ではないからである。

あえて被保険者の解除権を経済学的問題として理解するとすれば,被保険 者の身体的危険・心理的不安定の除去と保険契約者・保険金受取人の財産権 との対立である。この対立を解決するには,両者のコストとベネフィットを 勘案しながら,妥協的な解決手段を導き出す必要があろう。

解除請求の根拠となる理由は,次の二つである。第一に,犯罪・不正請求 などのおそれであり,それ自体重大事由解除に相当する事由が存在すること である。第二に,親族関係などの変更である。これらの条件は明確なもので あるが,これらの条件さえそろえば,自動的に解除請求を保険契約者に請求 できるというよりも,これらにともなって被保険者が心理的な不安定な状況 に置かれるということが実質的に重要である。

要するに被保険者の解除請求は,情報の非対称性によって生じるインセン ティブ問題の解決手段ではなく,被保険者が心理的に不安定な状況に陥って いることを除去することが目的であるルールである。解除請求の条件は二つ あるが,第一の条件については保険の不正利用にかかることであり,極端な モラルリスクの場合には,被保険者が警察に出頭すれば犯罪として摘発され るが,保険契約者に解除請求をして認められれば,そのようなたくらみが根 拠を失うため,被保険者としては選択の幅が広がったものと評価できる。

問題は,第二の条件である。すなわち契約が成立した時と親族関係等の条 件の相違が生じ,被保険者がその状況において心理的に不安定な状況に置か れた場合である。この場合には,被保険者の心理的不安定な状況と保険契約 者あるいは保険金受取人の財産権との対立となる。たとえば,満期直前の貯 蓄性の高い保険の場合,保険契約者あるいは保険金受取人が契約の解除によ って被る財産的損害は小さくない。このような場合においても,一律に被保

(17)

険者の心理的不安定の除去が絶対的に優先されるとすることには異論もあろ う。

この点において,法律の対応は,被保険者の解除請求が保険契約者に対し ておこなわれ,保険契約者は 保険契約を解除できる ということになって いる。もし保険契約者が解除しなかった場合には,裁判で争うことになるが,

その場合には形式要件だけではなく,被保険者の心理的不安定性と保険契約 者の財産権との基軸において判決が下されると思われる。このような意味に おいて,被保険者の解除請求の法的対応は,経済合理性を十分に考慮できる ように制度設計されているものとして評価できる。

4.結 語

第2節において,保険契約法と保険監督法の経済学的存立根拠を明らかに した。また第3節においては,保険理論からみた保険法というテーマのもと に,新保険法をめぐるいくつかのトピックスを取り上げて論じた。その結果,

保険理論と保険法理論の間に,前提となる世界観の相違があることがわかっ た。さらに,保険契約法における契約者保護が,監督法におけるそれとは異 なることが明確になった。最後に,この二点について述べて,本稿の結びと したい。

保険理論と保険法理論の間の認識の相違がもっとも明確にあらわれている が, 危険の変更 である。すでに述べたように, 危険 および 危険の増 加 の定義で明らかなことは, 危険 が事故率・死亡率などの確率のみを 指す。したがって期待値を構成する二つの要素である強度と頻度のうち,頻 度だけが強調されている。このように保険法の想定する 危険 とは,保険 理論のリスク概念と比べると相当に狭い概念である。保険理論と保険法の間 で 危険 に対するこのような相違が生じた理由は,保険理論が前提とする 契約の世界と保険法が前提とするそれが異なっているためである。すなわち,

保険理論ないし保険経済学の前提となる契約の世界は,効率的な市場の存在 を前提として,私的契約自由の原則が貫徹されるような世界である。これに

(18)

対して,新保険法が主な対象とする範囲は,企業対個人の取引を中心とした 契約実務の世界である。このことは,法改正の過程で,海上保険は商法に残 し,いわゆる企業保険に対して強行規定に関する適用除外規定(第36条)を 置いていることからも明らかである 。

保険法の特徴として,任意規定が原則であった改正前商法と異なり,ほと んどの条文が強行規定ないし片面的強行規定となった。われわれは,この変 更の背後に,保険約款による比較的自由な取引から,契約者保護の観点から 約款の自由度を制約された取引への転換をみることができる。

次に,保険契約法の契約者保護の特徴について,本稿の検討から確認され たことを述べておこう。改正前商法においては,契約自由の原則により約款 の優位を謳いながら,保険監督の認可制度を前提とし,契約者に不利になら ない約款文言の解釈を採用することなどをもって契約者保護を実現してき た 。これに対して,保険法は,そのルールとして強制規定もしくは片面的 強行規定を採用した。その結果,契約者保護を約款解釈によって達成すると いう方法から,契約ルールの次元であらかじめ契約者に不利な約款を排除す るという方法に転換することになったと考えることができる。保険法におけ る契約者保護とは,このような文脈の中で理解する必要がある 。

したがって,保険契約法における契約者保護とは,保険監督法の次元での 契約者保護とは次元の異なるものであることに注意する必要がある。すなわ ち,今般の改正における契約者保護の主眼は,保険契約の基本ルールを整備 する過程において,保険者に有利であると思われる従来の取引慣行を契約者 に不利にならないように是正するということに主眼を置くものであった。法 制審議会保険法部会の審議過程においてこの点の認識に若干の混乱があった

32) 海上保険の法的扱いについては,萩本修編著(2009),p.219を参照。

33) 約款に対する立法・行政の介入および司法の介入については,今井薫,岡田 豊基,梅津昭彦(2005),pp.25‑6を参照。

34) フランス法とベルギー法の比較法研究として,契約法における契約者保護を 論じたものとして山野嘉朗(2007)がある。同書の成果を十分に活かしきれて いないとすれば,筆者の法律的素養が不足しているためである。

(19)

ように思われる。たとえば,本稿で取り扱った未成年を被保険者とする同意 のない保険に関する議論の中で,保険金額の制限を保険法の規定に盛り込む ことは,本来は保険監督法の次元での契約者保護の問題である。とりわけ近 年の立法が市場の機能を前提とする傾向にあるとすれば,保険契約の基本ル ールに市場を制約する要素を書き込むことには慎重にならざるを得ない 。 以上の2点が本稿の検討から得られた結果である。法律家からみれば議論 する余地の少ない論点であったかもしれないが,あえて本稿の意義を主張す るとすれば,これらの結果が,保険理論から検討して得られたものであるこ とである。

(筆者は一橋大学大学院商学研究科教授)

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参照

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