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音読指導による日本語音声指導の問題点とその課題

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Academic year: 2021

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音読指導による日本語音声指導の問題点とその課題

より良い音読指導を目指して

はじめに

国語教育における音読指導は,必ずしも一貫して指示を受け続けてきたわけではない。

黙読に比べると,重要視されない時期もあった。ところが,近年学習指導要領の改訂もあ り,国語教育においては十分にその価値が認められるようになってきた。

そして,この音読による指導は,英語などの外国語教育にも応用されつつある。しかし ながら,日本語教育においては,音読による指導方法はほとんど取り入れられてはいない。

音読の指導方法が取り入れられない理由の一つに,音読指導は難しいという考え方があ る。また,教師が音読指導を使って,何をどのように指導すればよいのかをよく理解して いないということもある。

音読による指導は,何の指針もなく,ただ教材を読ませればよいというものではない。

音読には,工夫された理論的な指導が必要である。

国語教育における音読指導は,音声指導のみならず,深い読みへとつながっている。今 後は,日本語教育においても,アクセントやイントネーション,音調の指導を中心に,さ らに 読む ための力の養成方法としての音読指導を考えなければならない。音読による 指導方法は,それだけ多くの可能性を持った指導の一つといえる。

前回拙稿( )では,日本語音声指導における音読指導の方法を考案した。本稿では,

まず,過去の日本語教育と音読指導のつながりを考え,音読指導の方法を取り入れた授業 を反省し,さらに改良を加えた指導方法を提案したい。

何よりもいろいろな方法での 音読 を日本語の音声指導に使用することにより,日本 語の楽しさを理解することができるようになる。 それは,声に出してはじめてわかるもの なのである。

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日本語教育における音読と朗読

まず最初に,日本語教育における音読と朗読の定義をしておくことにする。

高橋( )は,音読と朗読の概念的な違いを,次のように述べている。

音読……広義には,文章を声に出して読むこと総てをいう。黙読に対する言葉である。

また,狭義には表出や伝達を意識することなく(自分自身の理解のために) ,声に出 して読むことをいう。朗読に対する言葉である。

朗読……表出や伝達の意識をもって文章を音読すること。

さらに,作品の音声化をする(音読・朗読をする)者と作品の 語り手 との関係から,

音読と朗読の概念的な違いを説明している。

つまり,作品を声を大にして読もうとする者が 語り手 と同一化し, 語り手 の立場から声を発する場合を朗読といい, 語り手 の立場にならない,または,な れない読みを音読というのである。別に, 語り手 の存在など全く意識せず,無頓 着に無邪気に声を出す読み方がある。これは,発達段階としては初歩の読み,つまり 幼児や小学校低学年児童の音読である。

北村( )は,音読と朗読の違いを次のように述べている。

音読ということばは,ものを音声で読むことを広く意味し,その一部に朗読を含む のである。特に表現としての音読についていう場合に朗読と呼ぶが,朗読もまた音読 なのである。音読ということばは,慣習上,広くも狭くも用いる。音読・朗読と対照 的にいった場合は,理解活動としての音読,表現活動としての朗読という意味であ る。

外国人の学習者を対象とした日本語教育においては,指導の目標は,音読の広義の定義 となる。主として,国語教育において子供たちがたどる,朗読に至る一段階としての音読 に置くべきである。これは,国語教育における低学年児童の指導と共通する部分がある。

そして,言語の伸長に合わせ,これらの音読は聞き手を全く無視したものではなく,少 しずつ,聞き手を意識した音読から朗読へと変化していくべきである。

日本語教授法に見られる音読指導の方法

日本語教育は,国語教育を基盤として始められた。その結果,日本語教育にも,音読指 導は存在したのかどうか。 日本語教育 と 国語教育 の違いを強調するあまり,日本 語教育においては,音読を避ける傾向にあったのかもしれない。日本語教育と国語教育,

外国語教育における指導というものは,必ずしも同じでなければならないということはな

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い。教える対象は,異なっているからである。しかし,違っていなければならないという わけでもない。音読指導においては,一歩進んだ国語教育の音読指導の良い点を,日本語 教育や外国語教育にも取り入れればよいのである。

ここでは,日本語教育における音読指導が,昭和初期にどのように記述されているのか を,当時の教授法の本と雑誌 日本語 から探ることにする。昭和初期は,日本語教育と 国語教育における音読指導が隆盛し始めた時期であった。

注1

里( )は,国語教育における音読指導を,主として大正 年ごろ 昭和 年ごろ は 指導原理形成期 ,昭和 年 昭和 年は 言語活動期 と呼んでいる。当時の日本 語教育においては,日本の南方政策の拡大とともに盛んに海外進出が行われ,さまざまな 教授法が試されていた。ところが,この時期に出版された教授法の本には,特に現在の国 語教育で行われているような積極的な 日本語教育における音読指導 の記述は見られな い。

この時期,国語教育における音読指導はその地位を固めつつあったが,日本語教育にお いては,現在に至るまで音読指導は本格的に取り入れられることはなかったのである。

当時の教授法の本や学術雑誌には,読み方の指導として,次のような記述が見られる。

松宮彌平( ) 日本語教授法 では,読み方の教育の方法を,次のように述べている。

それから,文に入れば,これも同じ方法と順序で,一文毎に教え,數回繰り返し,

その一文が,纏つて讀めるようになれば,その意味を 明し,叉本文を讀ませて,そ れから次の文に進むのである。そして,一課を終わった後に,更めて,その全課の全 文を讀んで聞かせてから,叉生徒にも通讀させる。

輿水實( ) 日本語教授法 では、次のように読み方の指導について述べている。

讀み方の教式は,生徒の 熟度,學 欲によってだんだんと,自發的活動を期待す ること勿論であるけれども,今,最も條件の悪い者を對象とした場合を考へると,先 づ第一は教師の 範讀 である。これは全部を通讀せず,一段落づつ切るのが適當で ある。ゆっくり,明瞭に讀む。

その後,斉讀,指名讀に入る。

讀方において 諳唱 は特に重大である。

讀方は國内における國語教育において基本分科である如く、日本語教育においても やはり基本分科である。

また,黙読,音読,朗読にも触れ,

黙讀の際にも下や唇が全然活動していないわけではない。舌を縛って黙讀すると非 常に能率が下がるといふ。黙讀でも内面的談話即ち内語はあり,補助的には舌も唇も 動いているのである。

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朗読 というのは本来朗々と聲高く読むことで音讀の一種であるが,今は特には その内容を生き生きと再現するような讀みぶりが指されてゐる。

太田幸善( )は,雑誌 日本語 における論文 異民族に対する日本語読み指導 において,日本語教育と国語教育の指導段階を比較し,次のように記している。

国語指導 日本語指導

1 通読段階 概要指導段階

原型指導段階

2 精読段階 理解指導段階

3 味読段階 探求指導段階

先づ素讀注解の問題でありますが,方法的に見ますと,この仕事の大部分を家庭作 業に託し,自 書等により,自 させることであります。

これによって学校での指導は,家庭で自習した発音,アクセント,語調の指導をするこ とになり,大いに時間を節約して教えることができるとしている。

このように日本語教育における音読指導は,日本語教育が隆盛した時期であった昭和初 期には, 讀方 指導として取りあげられている。ただし,当時の音読指導,読み方の指 導は,国語教育とほとんど同じく,細かい読み方の技法には触れられていない。その指導 は,形式的な読み方教育に留まっていたのである。

実際の音読指導からの反省点

平成 年度前期に,日本の大学への短期日本語留学生について, 新聞で学ぶ日本語 音 読集ひばり を使用した音読指導と,作文指導での音読指導を行った。その結果から反省 点をいくつか挙げ,次の音読指導に生かすことにしたい。

音読指導を行ったクラスは中・上級クラス 名で,その内訳はベトナム人5名,タイ人 2名,韓国人2名,オーストラリア人1名,ニュージーランド人1名の 名であった。

また作文での音読指導を行ったクラスは, 初・中級クラス 名で, オーストラリア人 名,

ニュージーランド人1名のほかは,全員中国人であった。留学生の専門は,日本語,また は日本語以外の分野を専門とする学習者もおり,日本語学習歴は,2年半から,5年であ る。

音読指導が十分に行えるような音読を主眼としたクラスではなかったため,多くの課題 が生じた。半期の授業中に十分な音読指導が行えたとは言い難いが,日本語教育における 音読指導の方法を改めて考察するためには,良い機会であった。

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(1)音読の目標を学習者にはっきり示す

外国人の学習者にとって音読をすることは,まず,何の目的で音読をしなければならな いかを十分に説明してから行わねばならないものであった。音読を習慣にしていない国,

音読を積極的に授業で取り上げない国,早い段階で黙読に移行する国もあるため,いった い何のために声に出して読まねばならないかということは,常に疑問の対象となる。音読 指導を始める前に,音読の意義,例えば,音読をすれば発音矯正にどのように役立つかな どを教える必要があった。

(2)教材の取り上げ方

新聞で学ぶ日本語 で説明文を取り上げて授業を行ったが,物語文に比べて 楽しい 音読 の授業につながるような授業ができたかどうかは疑問であった。

音読集 を使用した授業は,単音の矯正に深く関わるものである。授業の方法として は楽しいが、まずは,この教材を使用した音読の目標をはっきり示さなければならなかっ た。同時に語句の意味の説明に難しいものがあり、日本語を母語としない学習者にとって は,単純に音のリズムや音のおもしろさを楽しめる状況になかった。

(3)自分の音読を他人に聞いてもらう,他人の音読をよく聞く

外国人のための音読は,まず自分のためにある。つまり,自分の発音練習のために音読 をするのである。しかし,クラスの活動として授業で音読を取り上げた場合には,自分の 音読を他の学習者に聞いてもらわねばならないのと同時に,自分も他人の音読を聞かねば ならない。特に他の学習者の音読中は,その内容を短時間でも集中して聞けるような授業 ができなかった。音読を聞いてもらう,音読を聞くことが,さらに朗読につながる音読指 導の中間の段階であることを強く示唆すべきである。音読を聞いてもらう,音読を聞くこ との楽しさが味わえるような指導が必要であった。

(4)指差し読みの禁止

特に初級クラスでの指導の場合,あるいは作文クラスにおける指導で自作の作文を読ま せるような場合,レベルの低い学習者ほど,あるいは読み慣れない学習者ほど,指差し読 みをする場合が多かった。前期の作文指導では,縦書きでの作文指導を主においていたの で,さらに読みにくかったためもある。指で文字を縦になぞりながら読む学習者が目立つ た。

指差し読みをする習慣が身に付いてしまうと,指差しをしながらでないと文が読めなく なったり,後で黙読をするような場合にも,拾い読みとなり,読む速度が遅くなる。日本 語教育においては,指差し読みはどのような場合にも禁じた方がよい。

(5)範

注2

読(教師による朗読)の必要性

授業中には,簡単に教師による模範読み(範読)を行ったが,さらに詳しく読み方の説 明が必要であった。例えば,次のような点である。

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ポーズの取り方を具体的に示す。

必ず句点で息継ぎをする必要がないことの説明。

見本としての息継ぎの方法。

などを教師が示す必要があった。

範読(教師による朗読)については,後で詳しく述べるが,外国人学習者には具体的な 読み聞かせとしての模範読みをしないと読み方が 拾い読み となり,ひとつのまとまり のある語や文として,言葉をうまくとらえられない。

国語教育と同じく日本語教育でも,テープによるのではない,教師の肉声による範読が 必要である。

(6)アクセント・イントネーションの指導

アクセトンと単音の矯正については, 音読集ひばり の しっぽ を使用した促音の 矯正を, ぞう を使用した長音の矯正などを行った。特に単音の矯正については,読ま せ方の工夫が必要であった。また,国籍や母語によって、クラスの中に,その単音の矯正 が必要ではない学生もいたため,教材使用にも工夫が必要であった。

イントネーションについては, 新聞で学ぶ漢字 の本文の読みで音読指導を行ったが,

知らない漢字の読みや語句をなかなかひとまとまりで読めず,イントネーションという文 全体に関わる問題にまで,焦点を当てられない場合が多かった。

中・上級の学生の中には, 語句の読み方を間違えていないので,自分の発音は正しい。

と思い込むものもおり,まず,その読み方のどこが正しくないかということに気付かせな ければならない場合も多かった。これは,本国での日本語の音声指導に対する考え方が異 なるためでもあろう。

これからの音読指導と課題

ここでは前期半年間の指導の反省点を考慮しつつ,改良した新しい音読指導の要点につ いて考えてみる。

(1)多

注3

様な音読指導の必要性

音読指導では今後,決まり切った読み方の指導ではなく,いろいろな音読指導の方法を 学習者のレベルや発音指導の焦点により,異なる読み方の指導をすることが大切である。

一文リレー読み

読点で区切って,一文ずつ読ませる。すらすら読めないときに活用でき,現在まで にも,よく使用された読み方

追いかけ読み

教師の模範読みに続いて,学習者が読み,初めは一語ずつ区切って読む。すらすら

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読めるようになったら,一文を通して読む。また,早さの調節を意識的に行いながら 読み,一語ずつでは,ゆったりと,一文を読むときには,少し早く読む。 早く読む ことで言葉のまとまりをとらえられるように指導する。

役割読み

文中の登場人物や語り手など役割分担をしながら読む。教材を使用したドラマの手 法である。

一斉読み

クラス全員,あるいは半数やグループで一斉に読む読み方。

指名読み

特定の学習者を指名し,読ませる。

この他に,新しい読み方として,大

注4

杉( )により,スモール・ステップの読み方も 提唱されている。例えば,

ライン読み・ストップ読み

自分のペースで音読しながら,声に出してみて,つかえたり,意味の分からないと ころがあれば,その言葉や文にサイドラインを引きながら読む音読である。

スピード読み

言葉のおさえが済んでから,速度を上げ,一斉に微音読をスタートさせる。自分の 音読のスピードとリズムをつかむ。

(2)正しい姿勢で読む。

正しい発音は,正しい姿勢から生まれる。特に外国人の学習者の場合は,立って読む場 合に姿勢が悪く,机に体をもたれかけさせるような姿勢で読む場合がある。学習者には,

本や教材をどのように持って音読すればよいかも指導する必要がある。

(3)音読指導とカリキュラムの関係

音声の指導は,クラスの中で長時間行うよりも,短時間でも毎日継続して行うことが大 切である。そのためには,既存の授業のカリキュラムの中に音読をどのように取り入れる かを決定しておく必要がある。

(4)良い教師の育成と指導方法の徹底

音読指導は,国語教育においても専門家から,その難しさについて述べられていた。音 読の指導は,単純な方法ではない。日本語教育においても,ただ学習者に繰り返し教材を 読ませていればよいと考えるなら,それは正しい効果的な音読の方法ではない。従って,

指導に音読方法を取り入れたいという熱意のある教師と,そういった教師への音読指導方 法の徹底が肝要である。

(5)音読記号の使用

音読をする場合には,文字を目で追う際に,さまざまな音読記号を使用すると,より音

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読しやすくなる。どのような音読記号を使用するべきかは決まっていない。ただし,個々 の学習者によって音読記号が全く異なると,一斉指導は難しい。そのため,一つのクラス では統一した音読記号を使用できるようにした方がよい。

国語教育においては,どのような音読記号を使用するかを決めるのも,クラス活動の一 つであるが,日本語教育においては教師の主導で音読記号を決定してかまわないだろう。

以下に,瀬川( )を参考にした音読記号の例をあげておく。

速く 強く

ゆっくり 弱く

間(ポーズ) イントネーション

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注5

あいうえおうた と五十音図を使用した音読指導

授業開始後の5分間を使用して,次のような あいうえおうた と五十音図を使用した 口の体操をする。

あいうえおうた あらい たけこ あいうえおうた 谷川俊太郎 あいうえおうた と五十音図を使用した音読指導には,次のような利点がある。

五十音図の仕組みを理解できる。

楽しく音読することにより,語感を育てることができる。

毎日5分間など,継続して取り組み,短い時間の練習を何度も根気よく繰り返すことが 必要である。

(7)作文における音読指導

作文の指導に音読指導を取り入れることは,難しいことではない。声に出して読んでみ ることで,自分の文章の誤りを見つけ出しやすいからだ。

注5

十嵐( )は,次のように述べる。

そして,心を込めて表現した自作の作文が表記の誤りなどで教材作文を音読すること より難しいことにすぐ気づく。

作文を書き上げた喜びと同時に目的意識を持って 自作の作文の読み発表会 の練 習をすることは,文字や表記上の誤りに気づくことにもなる。自分の作文が友達に拡 がり, 読み の感動を味わうことにもつながる。

外国人の学習者への自作作文音読の際に,最も問題になる点は,自作の作文の文字,特 に漢字が読めないことである。これは作文を書くとき,日本語で分からない言葉を辞書で 引いて調べて書くためであるが、このときには正確な読み方まで学習していない。そのた め,自分の書いた作文にも,自身が読めない言葉が出てくることになるのである。自分が 読めない作文を,他の外国人の日本語学習者に聞いてもらうことはできない。従って,日 本人に対する国語教育の中での作文の音読指導は,日本語教育の作文の音読指導はその目 標が異なる。

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注5

十嵐( )は,また,次のように述べる。

自作の作文をはじめて聞く相手に内容が分かるように音読するには,光景や姿勢な どの部分に注意を払うように促すとともに,その子自身の持っている言葉のリズムで 聞き手に作品の内容がイメージできるように読むことを工夫させる必要がある。例え ば,

行またぎの言葉に波線などの印を付ける。

発音しにくい言葉,なじみの薄い言葉を十分練習する。

練習の段階で読み誤りの多い部分に色 をつける。

同じことを,日本語教育においても言うことができる。また,他の学習者に,自分の作 文を読んでもらうという試みもおもしろいだろう。

教師の範読または朗読について

日本語教育において,教師の範読といわれるものは必要なのであろうか。

まず,国語教育における範読についての二つの考え方を例に挙げ,日本語教育における 教師の範読について考える。

高橋( )は,子どもたちを前にして教師が朗読する行為には,範読・読み聞かせ・

教師の表現読みといういくつかの呼び方があるとしている。さらに,教育者の朗読(範読 と呼ばれる)について次のように自身の考えを述べ,教師の朗読の重要性について言及し ている。

作品の朗読は個性的な読みの発言であり, 範 の意味とは相いれないものである。

そして, 範 には相手を見下ろした鼻もちならない語感がある。少なくとも作品の 朗読表現をいう場合には用いたくない。これと近いニュアンスが, 読み聞かせ と いう語にあるようだ。

感動する朗読とは,作品に対する読み手の情念が,聞き手に響いてくるもの として,

教師の朗読 という言葉を用いている。

そして,次のように 教師の朗読 の効用を述べている。

内容理解だけでなく,叙述表現に対する目も開かれる。

日本語の持つ美しい響きを感じ取ることができる。

人の言にじっと耳を傾ける,聞く姿勢ができる。

たとえ優れた朗読であっても,録音の再生には,読み手と聞き手とが相乗作用としてつ くり出す場の効用はあり得ない。生身の教師の朗読を大切にしたい,と結んでいる。

また,高橋( )では,次のように述べている。

特に,低学年にあっては,声を出して読むことによって,内容をとらえるというこ

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とがある。言葉として音読するということを,理屈ではなしに具体的な語や文や文章 に応じて,指導していきたい。

そのためには,教師の範読が,強力な効果を発揮する。

実は,私は 範読 という術語をたいへん狭く限定して用いるようにしている。そ れは, 範 という語を教師側から使うことに対する恥ずかしさもあるが,それ以上に,

個性的な作品を読むに当たって, このように音声かすべきだ という規範があるの か(あってよいのか)と考えるからである。

しかし,低学年の指導では別の要素がある。そちらのほうが強いともいえる。それ は, 作品 の音声化というよりも,言葉というものを教えるということ,また,純 正な日本語を教えるということである。そのため教師は,高度の範読力を持つべきで ある。そして,大いに範読すべきである。

瀬川( )は範読の重要性について,次のように述べている。

最近,教師の援助の重要性が叫ばれている。教師が,正しい発音・リズム・テンポ・

イントネーション・プロミネンスをおさえて情感豊かに読み,なぞって子どもたちが 正確に読む。しかも,正しく美しい読みから,豊かなイメージを描かせるような援助 技法を開拓したいものである。また,教師の範読による的確な指導なくしては,正し く美しい音読・朗読を実現できないのは当然のことである。正確に読むことのできな い子どもに対してまでも,範読は,個性的な読みを妨げるという論法は,教師の専門 性・指導性を放棄した逃げである。また,子どもたちが一文字・一語句・一文を大事 にしながら,個性的にイメージを創り出す方法も,教師が丹念に指導・援助してはじ めて可能になる。支援や援助という言葉を短絡的に解釈して,的確な指導を怠ると,

自由な発想からなる感動的な音読も朗読もできないのではなかろうか。

特に, 範読は,個性的な読みを妨げる という考えに対し, 教師の専門性・指導性を 放棄した逃げ であると主張した点に注目したい。

日本語音声指導における教師の範読は,不可欠のものである。ただし,日本語教育にお ける範読は 正確さ を主にしたものであって,読みの 豊かさ を主眼においたもので あるべきではない。従って,教師の読みでなければテープによる範読でもかまわない場合 もある。しかし,やはり教師の生の声の範読を選ぶべきであるのは,上記のような理由と ともに,音読指導は教師の主導の元で行われるべきだからである。

おわりに

音読指導は,決して難しい指導方法ではない。教師の工夫と適切な指導があれば,日本 語教育においても国語教育と同じく,十分な効果が期待できる。

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音読指導は,日本語教育においても,音声指導の方法の一つとしてさらに研究されるべ き方法である。日本語教育における音読指導の試みは,まだ始まったばかりである。しか し,音読の指導を重ねることで多くの資料を蓄積し,さまざまな音声指導の方法の一つと しての音読指導を,日本語教育にも定着させる必要がある。そこには,声に出してはじめ て分かる音声のおもしろさが存在する。

日本語の文字を読み,文字に親しみを覚えることも大切である。口頭練習に偏りがちな 日本語の指導方法において,音読指導は,文字と音声を結びつける役割も果たすことがで きる。音読によりすらすら読めることこそが,外国人への日本語の音声指導においても重 要なのである。すらすら読めることが,その後の 黙読 , 味読 ,文章を 書くこと , 話 すこと へと発展する日本語力の基礎となるものだからである。

1 大里正安( ) 音読・朗読指導の史的展望 表現・理解の接点に立つ音読・朗 読指導の実際

2 第6章で詳しく述べる。

2 高橋俊三編著( ) 音声言語指導のアイデア集成 小学校低学年

4 大杉稔( ) 音読法のスモール・ステップを試みる 生きる力 を育む国語 学習 国語教育別冊

5 中川紀子 五十音図 高橋俊三編著( ) 6 五十嵐祥江 自作の作文を読む 同上

参考文献

太田幸善( ) 異民族に対する日本語読み指導 日本語 4月号 日本語教育振興會 北村季夫編( ) 表現・理解の接点に立つ音読・朗読指導の実際 新光閣書店 興水実( ) 日本語教授法 国語文化研究所

日本語教育史資料叢書 復刻版 第二期 日本語教授法基本文献(8)冬至書房 瀬川栄志編( ) 音読・朗読・群読・暗唱 で意欲を高める 明治図書 高橋俊三 群読の授業 ( )明治図書

高橋俊三編著( ) 音声言語指導のアイデア集成 小学校低学年 明治図書 世紀の国語教育を創る会編( ) 生きる力 を育む国語学習 国語教育別冊

明治図書

松宮彌平( ) 日本語教授法 教文館

日本語教育史資料叢書 復刻版 第二期 日本語教授法基本文献(8)冬至書房 まど・みちお,瀬川栄志監修 音読集1 ひばり 光文書院

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水谷修,水谷信子( ) 新聞で学ぶ日本語

安原順子( ) 音読による日本語発音指導の試み 神女第国文 第 号

柳井,海野他( ) 楽しい英語授業 第3号特集 音読の力 を育てる指導 明治図書

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参照

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