請負契約の過去、現在、そして未来
著者名(日) 芦野 訓和
雑誌名 東洋法学
巻 54
号 3
ページ 157‑185
発行年 2011‑03‑29
URL http://id.nii.ac.jp/1060/00000805/
Creative Commons : 表示 ‑ 非営利 ‑ 改変禁止
一 はじめに――社会の変容とサービス契約・請負契約――
1 .産業革命と取引ステム――役務提供契約概念とその重要性――
⑴ 現代はサービスの時代か?
現代社会はサービスの時代であるといわれることがある。アメリカの文明批評家であるJeremy Rifkinがその著 書の中で“Every Thing Is Service”という章を設け、これまでの「物の所有」という形態から「利用・サービス へのアクセス」へと時代は変わっていくと述べたのは二〇〇〇年のことであ (
る。事実、現代社会はサービスを中心 1)
とした利用の側面がより重要となってきているといえるだろう。しかし、このような指摘を待つまでもなく、経済
学における役務の重視という流れについては、すでに我が国において後述する中田裕康論文により詳細に紹介され
ている。 《論 説》
請負契約の過去、現在、そして未来
芦 野 訓 和
産業革命の進展により定着した大規模大量生産システムにより、「大量に生産された商品と財貨との交換」が近
代社会の取引の中心となったが、とりわけ第二次世界大戦後の社会を取り巻く環境の変化に応じ、サービスの対価
的価値の発見、社会生活の分業化によるサービスを目的とする取引の発展が生じてきたといえるだろう。
⑵ 役務提供契約 ――《商品交換》から《役務の提供》へ――
我が民法学説上において、サービスに関する契約(以下「役務提供契約」と称す)については、以前よりその重要
性が指摘されている。一九六六年には星野英一教授が、技術的な特色を有する民商法にない新しい型の契約として
種々の役務提供契約をあげ、研究対象としての重要性を指摘している。その後もその問題意識は様々な研究者によ
り受け継がれている。代表的なものとしては、一九九五年から一九九六年にかけてNBL誌上において中田裕康教
授、河上正二教授、沖野眞巳教授をメンバーとする「サービス取引研究会」による研究成果が公表されている。そ
の中で、中田教授は、星野教授の指摘以降の四半世紀におけるサービス取引をめぐる諸状況の急速な展開について
論ずるとともに、法的な観点からの検討の重要性を指摘し、「役務提供契約」という概念について、「役務提供契約
概念は、社会的経済的現象を把握するとともに、そこにある問題を掘り起こし、さらには、債権法・契約法の再検
討を促す意義がある」と述べてい (
る。 2)
このような取引の進展について長坂教授は、「サービス取引の進展という事態は、有価的財貨の供給という『与
える債務(給付)』から各種役務の提供という『為す債務(給付)』へと、債務態様の重要性が移ってきたことに対
応するものに他ならない」と指摘 (
し、これまでの各研究を整理した上で、役務提供契約の特徴として、①役務の不 3)
可視性・無形性(内容の特定・品質表示・事前評価の困難)、②品質の客観的評価の困難性、③復元返還の困難性、④
貯蔵不可能性(生産と消費が同時に行われる)、⑤人的依存性・信用供与的性格(提供者により給付内容が異なる、受給
者の協力を要することが多い、役務提供と代金支払を同時履行の関係にすることが困難)、⑥当事者の完全性利益保護の
重視(債権者の生命・身体・財産などが給付対象とされる場合が多い、役務の提供が債権者の権利・利益領域へ介入する)、
⑦提供態様の多様性(複合的・継続的・専門的役務)を挙げることができるとし、各特徴に即した解決を志向すべき
であるとしている。
2 .請負契約の変容
一方、本稿が対象とする請負契約は、一般に役務提供契約の一類型とされるが、ローマ法以来の歴史を有し、我
が民法においても典型契約として規定されている。しかし、現在の請負契約を取り巻く状況もまた、手工業的な手
作り製品の供給社会から大規模生産された商品の供給へとの社会の流れと無関係ではなく、有形物の製作を目的と
する請負契約では売買との近似性が問題となる一方、対象物の多様化、仕事の目的の多様化に応じ、様々な形態・
問題が生じてきている。また、「請負は、雇用と委任とに浸食されて、現在では、特殊の類型としての請負契約だ
けが重要な社会的意義を持つ」という我妻博士の指 (
摘もあり、現代社会における請負契約像について、あらためて 4)
検討する必要があるといえる。
実務界においても重要なものとされる請負契約であるが、実務での重要性と対比し研究面で対象とされることが
盛んであったとはいえない状況である。むろん、様々な論者が請負契約を研究の対象とし、そこでは有形物の製作
を検討の中心対象とした研究が多く見られ、担保責任あるいは保証責任、危険負担、所有権移転などを中心とした
研究が行われており、また、とりわけ請負契約では重要な問題である約款も研究の対象となっている。これらの研
究はどれも示唆に富むものばかりであるが、学界全体を巻き込んでの議論とは必ずしもなっていないのが現状であ
り、その理由としては、①技能・技術の特殊性、②業界の体質、③約款の存在、④特別規定の存在が指摘され
てい (
5)(
る。 6)
裁判例として現れた件数も売買や委任と比べ多いとはいえないが、実際の紛争が決して少なくないことは、東京
地裁民事二二部に「請負調停」が設置されていることからも明らかであり、また法律誌の座談会などで実務家から
の指摘もあるところである。
このような我が国の現状の中、近時「債権法改正」が議論の俎上に載せられ、請負契約も含めた「役務提供契
約」概念の改革が議論されている。そこでは、請負契約については物の製作請負に限定する一方、役務の提供を債
務の内容に含む契約の総称として「役務提供契約」という上位概念を創設し、これまで請負契約に含まれるとされ
てきた製作請負以外の契約については、上位概念としての「役務提供契約」によりカバーされるものとの提案がな
されている。このような規定方法はこれまでの請負契約概念の再考を促すものであるが、これらの点についての議
論はこれまで十分になされていないのが現状である。
歴史的な観点から見るならば、確かに、請負契約の対象となる仕事、さらには請負契約概念は変容してきてお
り、従来の視点からだけでは不十分であるともいえる。しかしながら、これまで十分に検討されてきたとはいえな
い請負契約について、その将来像を構築するためには、様々な角度からの検証が必要であろう。
そこで、本稿では、請負契約について、①歴史的な変遷、②現状及び問題点、について検討を行い、請負契約の
将来像について一つの指針を得ることとしたい。その際の視角として、他の類似する契約類型との異同という観点
から「役務の重要性」に着目し、また、請負契約の特徴という観点からは「仕事完成義務」に着目しながら行うこ
とにする。
二 請負契約の歴史的素 (
描 7)
1 .大陸法における請負契
(約
8)⑴ BGB制定以前
ローマ法において請負契約は、雇用契約とともに「労務の賃約(locatio conductio operae)」の一類型とされ、請負契約には、有形物の製作・修繕などを対象とする「物の請負」の他に、いわゆる無形の請負「遂行の請負」も含
むことができるとされてい (
た。そこでは、履行の形態として「役務の賃約」に、債務の内容として「仕事の完成」 9)
に着目しているわけであるが、仕事の独立性については十分に理解されていたとはいえ (
ず、主として「履行の形 10)
態」による分類がなされていたといえる。この考え方は、フランス民法典、オーストリア一般民法典、イタリア民
法典などの一九世紀の諸法典にも受け継がれた。
一方、ドイツ普通法時代においては、〈使用〉に関する統一的概念が放棄され、仕事の独立性を一つの視点とす
ることにより、請負契約を独立の契約類型とするものもみられるようになり、この考え方は、スイス債務法典、ド
イツ民法典(BGB)で貫徹された。
⑵ BGBにおける請負契
(約
11)BGBにおける請負法は、BGBの他の部分と異なりドレスデン草案を基礎としていない。さらに、その多くは プロイセン一般ラント法の影響を受けているとの指 (
摘もあるが、本質的な基盤についてはほとんど模範はなく、法 12)
の歴史について連続した経験を根底に有しておらず、「机上の知識だけで(von grünen Tisch)」の知識だけで起草 されたものとの指 (
Sachwerk摘が妥当であろう。例えば、ドレスデン草案は請負契約の対象を「物の請負()」に限 13)
定し「遂行の請負(Leistwerk)」を含めておらず、運送契約は雇用契約の一類型としている。また、プロイセン一
般ラント法は請負契約に関し詳細な規定を有しているが、BGBが規定する追完についての規定は存在しないこと
などから明らかであろう。
BGBは仕事の独立性に着目し、請負契約を「仕事の完成」を目的とする契約の総称とし、そこには「物の請
負」だけでなく「遂行の請負」も含まれるとした。そのこととも関連し、「仕事の瑕疵」概念について規定される
とともに、追完も含めた担保規定が創設され (
た。また、有形物の製作請負については、仕事の完成・瑕疵概念に着 14)
目することにより、売買契約との差異が問題となり、種々の議論を経て、いわゆる「製作物供給契約」概念が規定
されることになっ (
た。 15)
BGBにおける請負契約法の特徴としては、①瑕疵のない仕事の給付義務(六三一条)、②瑕疵除去義務(六三二
条)、③瑕疵修補請求権の優位性(六三四条)、④帰責を根拠とする損害賠償義務(六三五条)、⑤物の瑕疵及び権利
の瑕疵(六三二条、新六三三条)、⑥注文者の自力修補権(六三四条、六三七条)、⑦報酬減額(六三四条、六三八条)、
⑧製作物供給契約(六五一条)を挙げることができるが、この特徴は二〇〇二年のドイツ債務法改正後も保たれて
い (
る。 16)
⑶ 小活
このような流れについての概略的な小活として二つの点を指摘したい。まず一つ目は労務の「賃約」という概念の衰退をあげることができる。これは、正当な対価として「役務の提供」が評価されるようになったということも
できるだろう。また、二つ目として、請負契約の特徴としての「仕事の完成」概念が重要視されるようになったこ
ともあげることができよう。それに伴い、仕事が未完成の場合の請負人の責任、注文者の引取義務、注文者の協力
義務が問題となるようになった。
2 .我が民法起草過程における請負契約
⑴ 旧民法における請負契約
ドイツと同時期に立法作業が行われた我が国であるが、旧民法においては、ローマ法・フランス法と同じく、請負契約は雇用契約とともに「労務の賃約」の一類型として規定された。
今日の我が国においては一般的に役務提供契約の一類型とされる委任契約であるが、ローマ法からドイツ普通法
における議論においては「労務の賃約」とは異なる独立の契約類型として位置づけられ、それは「一方当事者が他
方当事者のために事実行為あるいは法律行為を無償で行う契約」とされ、ドイツ普通法においては代理との関係で
議論が行われていたが、我が国の旧民法においても、代理権の発生原因として代理の章(財産取得編第一一章)に
規定されていた。
⑵ 現行民法起草過程における請負契
(約
17)現行民法の審議過程では、旧民法において採用されていた「賃約概念」は採用されず、当時の諸国の立法例を参
照した結果、請負契約はドイツ民法と同様に「仕事の完成」を重視した独立の契約類型として規定することが法典
調査会において提案・了承され、現行のような規定となった。
その特徴として、対象を「物の請負」だけでなく、「遂行の請負」も含むものとしていることをあげることがで
る。ドイツと同様に有形物の製作請負については売買との対比が問題とされたが、立法者は現行五五九条の存在か
ら、当事者の意思により売買あるいは請負のいずれかに分類できるとし、いわゆる製作物供給契約については規定
されなかった。
また、請負契約と同じくそれまで「労務の賃役」の一類型とされていた雇用契約も独立の契約類型とされ、さら
に、旧民法においては代理関係に限定されるとしていた委任について、その制限を廃止し、その対象についても当
初は法律行為に限定するものとされていたが、最終的には事実行為を目的とする準委任を含めることにより、雇
用・請負・委任の区分が不明確なものとなったが、その点については必ずしも明確な基準は設けられなかった。
しかしながら、請負契約は他の役務契約規定にはない大きな特徴を有している。一つは「完成概念」を有してい
ることであり、そのことと関連し、担保規定を有していることである。さらに、同じく瑕疵担保規定を有する売買
と比較しても瑕疵修補規定を有していることは大きな特徴であるということができる。もっとも、この規定の妥当
するのはどのような請負契約かという問題が生じるが、規定ぶりからみるならば製作請負にのみ該当するようにも
見え (
る。 18)
3 .起草過程からみる請負契約の問題点
このような背景を有する我が国の現行規定であるが、以下のような問題を指摘できる。
まず、「役務の提供」という要素を共通のものととらえることにより、雇用・請負・委任の類似性に着目しなが
らも、その区分を明確にしていないという問題を内在している。
請負契約そのものについても、「物の請負」と「遂行の請負」の両者を対象として規定したにもかかわらず、い
ずれの規定がいずれの請負に適用されるのか否かについて明確な指針が示されることはなかった。
立法時に念頭に置かれていた典型的な請負人としては、有形物の製作請負については大工が、遂行の請負につい
ては「按摩」があげられているが、今日のような多様な請負人・注文者は想定されていない。
有形物の製作請負の特徴として「完成された仕事」を重視することにより「完成された物」の売買との異同が問
題となるはずであるが、規定上は売買・請負に差異があるにもかかわらず、平行して立法が行われていたドイツの
議論を十分に参照し切れていなかったのか、その適用基準については「当事者の意思」という不明確な基準を用い
れば良いとしたことにより、結局は解釈にゆだねられることになっている。その結果、その後の裁判例では種々の
規定の適用可能性が争われるようになった。
役務の提供及び仕事が大規模化・複雑化することにより、直接の契約当事者以外の様々な関与者が登場すること
になるが、例えば、そのような者の代表例である「下請負人」について、旧民法では規定があったにもかかわら
ず、現行民法では何らの考慮もされておらず、そのような者の法的地位をどのように考えるのかという点が不明確
であ (
る。 19)
さらには、「仕事の完成」を請負契約の重要な要素としたにもかかわらず、「完成概念」「完成に向けた両当事者
の義務」などについて十分には規定されていない。
また、請負契約は、現実売買とは異なり、契約成立後、契約終了までに一定期間がかかるのが通常であるが、こ の点についてはあまり考慮されていな (
い。 20)
そのほか、請負契約特有の問題ではないが、とりわけ請負契約では特殊専門的な請負人が当事者となることもあ
り得るが、そのことについては特に考慮されていない。さらには、社会が変容することにより、例えば、コン
ピューター・プログラムの製作請負のように、立法当時想定されていなかった仕事の目的・契約の内容・約款など
が登場してくることになるが、これらをどのように考えるのかの問題が生ずることになる。
三 現行民法下での請負契約
1 .請負契約の変容
⑴ 社会の変容と請負契約
いかなる法典であっても、社会の変容と無縁であることはできず、制定された時からその対象・解釈などが変容することを免れることはできない。このことは、私法の基本法である民法も例外ではない。また、対象となる契約
についても同様である。
⑵ 我妻・民法講義による指摘
先にも述べたように、社会の変化に伴う請負契約の変容については、既に我妻博士により「資本主義の発展により、請負契約は雇用と委任とに浸食されて、現在では、特殊の類型としての請負だけが重要な社会的意義を持つよ
うに思われる」という指摘があり、その観点に基づきさらにいくつかの変容が指摘されている。ここで要約しなが
ら概観した (
い。 21)
①請負人の変容と法理論「中世都市の親方は……形式的にはなお請負契約の当事者といいうるにしても、実質的
には、雇用と大差のないものとなった。もっとも、わが国では、かような「請負」業者の数は今日でもすこぶる多
い。彼等などは、団体を結成する力をもたず、その報酬は極めて低額なので、彼等の地位が低劣であるだけでな
く、同様の仕事をする工場労働者の労働条件や賃金を圧迫し、労働者全体の地位の向上を妨げている。……かよう
な特殊の請負においても、基本的な理論は異ならない。ただ、信義則によって請負人の責任を制限すべき場合に
は、その必要がとくに強く現れることに注意すれば足りるだろう。」
②建築請負の地位「建築請負は、純粋の請負として、今日では、最も重要な意義を持つものである。一方では、
巨大な注文者である国家公共団体と請負業者との関係はなお多分に封建的な従属関係が支配するといわれるが、他
方では、建設技術の発達とともに、大きな資本を有する建設業者を生じ、請負契約の内容も整備された。」
③運送契約「運送が資本主義的商品経済において重要な地位を占めるものであることはいうまでもない。……今
や運送は、請負の一種というよりも、一個の独立の制度となっている。」
④出版契約「運送の他に、無形の仕事の請負として重要な意義を有するものは、出版契約である。この契約で
は、著作権が重要な要素となるので、単なる請負の類型とすべきではなく、請負に類似した契約というべきであ
る。」
⑤その他の頭脳労務「科学的な検査・調査・考案・研究などを引き受ける企業も考えられ……るが、わが国で
は、その例は稀である。頭脳労働による仕事は成果自体を目的とする(請負)よりも、労務による事務の処理(委
任)として取引の客体とされている。」
⑶ 裁判例における請負契約像
このような我妻博士の指摘についてはさらなる検討が必要ではあるが、「役務の提供」が重要視されるようになってきた現代社会において、より妥当する一面を有しているといえる。さらには、先にも記したように、資本主
義の発展により、家内制手工業的な産業から大規模生産された製品の供給へと移行したという観点からは、売買と
の近似もより一層問題となっているといえるだろう。また、とりわけ不動産所有の意識が強い我が国においては、
建築請負は依然として社会的にも法的にも重要な契約であるといえ、他にも様々な請負契約をめぐって種々の問題
が生じている。
では、我が国の請負契約の実態はどのようなものであるのか。詳細については別稿において検討することにする
が、本稿では、請負契約の定義規定である六三二条、請負契約の特徴である六三四条、六四一条をめぐる裁判例を
概観する。
2 .裁判例の概況 1 ――六三二条――
六三二条をめぐっては、①契約の成立、②仕事概念、③仕事完成概念、④報酬支払義務、⑤受領義務、⑥所有権
帰属などが問題となる。
⑴ 契約の成立
当事者間で請負契約の成立が認められるかの争いは決して少なくな (い。例えば、近時のものとしてコンピュー 22)
ター・プログラム製作契約について、その成立時期が争われたものがあ (
る。コンピューター・プログラム製作契約 23)
に代表されるような大規模、複雑かつ高度化した仕事の完成を目的とする現代的請負においては、契約の成立をめ
ぐる争いは今後も増え続けるだろう。
⑵ 仕事概念
既に述べたとおり、請負契約は仕事の完成を目的とする契約であり、仕事には有形の仕事だけでなく無形の仕事も含まれるとされ、それは代替的であると不代替的であるとを問わないとされている。この仕事に関しては類似す
る他の契約との区分が問題となる。すなわち、有形物の製作を目的とする請負については類似する売買との区分が
問題となり、労務の遂行そのものが目的となっていると見るならば雇用との区分が問題となる。さらには、仕事の
処理、完成をめぐっては委任との相違が問題となる。これらをめぐっては六三二条の適用が直接に問題となること
はあまりないが、問題解決の前提として、契約の性質、すなわち、定義規定としての六三二条に当てはまるかが問
題となる。
売買との関係については、誰が生産するのかという「役務提供」の要素が薄まる一方、「どのような製品を供給
するのか」という成果物のみが強調されるようになり、製作請負という契約形式をとりながらも、すでに生産済み
の在庫品の供給というような実質的には売買と変わりのないものも現れるようになった。いわゆる製作物供給契約
については、BGBが規定を有するのに対し、我が民法は五五九条を有することから当事者の意思により解決でき
るとして規定がないことはすでに述べた。しかし、動産先取特権、危険負担、瑕疵担保などの規定の適用が依然と
して問題となり、また、注文者の任意解除権のように請負契約にのみ規定がある場合に、その規定を問題となる契
約に適用することができるかも問題となる。これらの点については、私見も含めて別 (
稿で検討しているところであ 24)
り、ここで繰り返し論ずることはしないが、近時は売買と請負との混合契約概念を認めた上で、各条文の可否につ
いて、目的物の代替性の有無や目的となった段階に応じて判断する傾向にあるといえ、私見も基本的にはその視点
にたつ。
労務の供給を主目的とする契約については、雇用との区分が問題となるが、そこでは、賃金・報酬支払、仕事完
成義務、安全配慮義務、解雇または解約告知、債権の差押え、労働法規の適用などが問題となる。雇用契約におい
ては、立法時と異なった、使用従属、指揮命令・監督という観点が解釈上組み入れられることにより雇用契約が変
容する一方で、当事者間で請負契約として締結されるものでも、実質的には注文者の指揮監督命令下に置かれなが
ら役務の提供を行う請負人も登場し、今日の偽装請負の問題に象徴されるように、一部の個人請負は雇用との境界
領域があやふやになっている。請負・雇用の両者を区別する基準については、今日では「指揮命令・監督」から
「総合判断」へと移行してい (
るといえるだろ 25)(
26)(
う。 27)
これらの問題においては、「請負的である」すなわち「仕事の完成を目的とする」という要素をどのように考え
るかという問題が生ずる一方で、本来は請負には必ずしも入り込むものではない注文者と請負人の人的関係をどの
ように考慮するのかという問題が生じることになる。
法の歴史の中では、現代になるまで必ずしも交錯するものではなかった請負と委任(準委任も含む)ではあるが、
委託を受けて仕事を処理するために役務を提供するという観点からは、両者は近似するものであるといえる。学説
上は、両者ともに労務供給者が独立的な地位に立ち、自らの裁量で労務を提供するという点で近似するが、成果実
現に関する危険を労務提供者が負担するか否かにより区分することができるとされてい (
28)(
る。すなわち、理論的には 29)
報酬の対価として仕事の完成を求めるか否かで両者は区分されることになる。しかし、債務の内容として、仕事の
完成を含むのかが必ずしも明確ではないものや、ある点については「善管注意義務」を負い、ある点については
「仕事完成義務」を負うというような複合的(混合的)な契約も今日では登場してきている。とくに、コンピュー
ター・プログラム製作請負のようなきわめて現代的な製作請負では、その工程もより複雑なものとなるため、その
ような問題が生じやす (
い。 30)
大規模かつ内容が複雑高度な仕事の完成を目的とする現代的な請負においては、当事者間で相手方の選定、内容
及び費用についての交渉が時間をかけて行われ、相手方確定後にも、当事者間において当初の内容の修正や変更が
行われることも通常だろうし、特にコンピューター・プログラム製作契約では、製作されるべき具体的内容につい
ては当事者間での交渉やプロトタイプの製作などを繰り返すことによって確定していくことも少なくない。とする
ならば、契約の成立とも関連する問題ではあるが、これらの問題は今後も生じる問題である。
さらに、コンピューター・プログラム開発委託契約の法的性質については、工程ごとの準委任的要素、請負的要 素が混合的に含まれた混合契約であると見る余地もあ (
り、今後は、当事者の義務やその不履行さらには注文者の任 31)
意解除権が問題となる場合に、その性質も争われることになるだろう。
その他には、我が国で請負契約として問題となるものの多くは建物建築請負契約であるが、建物建築請負では他
の請負契約とは異なった要素(例えば、一般には監督・指揮・検査などがあり、請負人は必ずしも独立的ではない。ま
た、瑕疵の発見も容易でない。さらに、報酬支払時期についても完成後一括ではなく、出来高に応じて段階的に支払うこと
が慣行である、地方による特殊性があ (
る)が含まれる。また、建築請負の分野では建築約款が発展し、中央建設業審 32)
議会により「公共工事標準請負契約約款」、「民間建設工事標準請負契約約款(甲)および(乙)」、「建設工事標準
下請負契約約款」といった種々の約款が作成されている。そのほか、民間工事に関しても「民間(旧四会)連合協
定工事請負契約約款」が制定されている。建築請負は、これらの独自性をどこまで認めるかも問題となろう。
仕事の完成概念についても議論がみられるところである。なぜなら、報酬請求権は仕事の完成により発生し、仕
事が有形的なものの場合にはその支払義務と目的物引渡義務とが同時履行の関係に立ち、仕事が未完成の間は注文
者に任意解除権が認められ、仕事完成後は担保責任が問題となるなど、完成の前後で法律関係は異なることになる
からである。完成については、「客観的に予定された全行程を終えたと見られる程度に工事が行われたこと」が一
般的に挙げられ、客観的については取引通念や社会通念に従って判断される。
他にも「物の請負」については、完成だけでなく、引渡しに関連し受領義務の有無について争われているところ
であるが、判例上は、この点については明確ではない。ただし、請負契約において注文者の受領遅滞を理由として
契約を解除することができるかについて争われた事案では、債務者の債務不履行と債権者の受領遅滞とはその性質
が異なるとして、解除を認めなかったも (
のがある。 33)
3 .裁判例の概況 2 ――六三四条――
仕事完成概念と密接に関連する問題として、六三四条の担保責任規定がある。この規定をめぐっては、売買と同 様に不完全履行との関係が問題とな (
るが、そもそも、瑕疵とは何かということも問題とな 34)(
り、さらには効果内容も 35)
争われていることは周知の通りである。例えば、過分な費用について争われたも (
の、相当期間について争われた 36)
も (
の、損害賠償請求権との関係について争われたも 37)(
の、損害賠償の範囲(立替費用相当額)について争われたも 38)(
の、 39)
損害算定の基準時について争われたも (
の、修補とともにする損害賠償について争われたも 40)(
の、報酬減額請求権の性 41)
質について争われたも (
のなどがある。 42)
また、適用対象となる契約についても、たとえば株式投資についての情報提供契約について、一種の請負契約で あると認め、六三四条の適用があるとしたも (
のがある。 43)
4 .裁判例の概況 3 ――六四一条――
六四一条の任意解除をめぐっては、当初は債務不履行との関係が争われていた (
が、その後、一部解除の可否につ 44)
いて争われたも (
の、債務不履行解除の意思表示との関係について争われたも 45)(
の、損害賠償の範囲について争われた 46)
も (
の、製作物供給契約への適用の可否が争われたも 47)(
のなどを見ることができる。 48)
四 役務提供契約および請負契約の将来像
1 .将来像構築のための方向性
これまで述べたような問題を内在する請負契約規定であるが、今後、解釈あるいは立法に当たってはどのような
点に着目すべきだろうか。
まず、他の類似する役務提供契約との関係に着目し、役務提供契約概念を想定することが考えられる。請負契約
についても、その特徴である「役務の提供」から、このカテゴリーに含まれることになるだろう。すでに、
一九九二年のオランダ新民法典がこのような総則規定を有し、二〇〇五年の役務提供に関するヨーロッパ契約法原
則(PELSC)、二〇〇九年のヨーロッパ私法に関する共通参照枠草案(DCFR)が役務提供契約に関する総則
規定を示している。
一方、我が国においても近時の債権法改正の議論の中で、中田裕康教授を中心として中二階概念としての「役務 提供契約」概念の提唱がなされてい (
49)(
る。 50)
確かに、前述のように、各契約概念が変容することにより、ある意味で典型契約の典型性が希釈化し、類似する
他の契約類型との境界画定がさらに困難となっている点から考えるならば、役務提供契約という受け皿を検討する
意味は十分ある。その際には、これまで検討されてきた役務提供契約の特 (
徴を踏まえた上で検討すべきだろう。 51)
「役務の提供」という要素からは、どのような共通項が浮かび上がるのか、下位概念としていくつかの契約類型を
想定する場合に、各契約間の区別基準をどのように想定するのかが重要である。その上で、新たな概念を創設した
場合のメリット・デメリット、創設の必要性の有無を検討する必要があろう。
また、これまで役務提供契約については、新種のサービス契約を中心として、それらを準委任契約ととらえて解
決することが妥当かという観点からの検討が多く、そのような契約が請負契約に含まれるのか、請負契約とした場
合にどのような問題があるのかということについては、あまり検討がなされていない。
したがって、役務提供契約の検討と並行して、請負契約そのものについてもさらなる検討が必要である。その
際、BGBはなお我が国への示唆を与えてくれるだろう。オランダ民法改正後に改正が行われたドイツ債務法であ
るが、その改正はもっぱら売買法を中心として行われ、請負契約についてはその必要性は少ないとして、抜本的な
改正はなされていない。その特徴を再度検討しても良いだろう。そこから得られる我が国への示唆としては、
a)請
負契約の意義・範囲、
b)契約の成立と見積もりの関係、
c)瑕疵概念、
d)仕事に瑕疵がある場合の注文者の権利、
e)
期間制限、
f)売買契約との関係、
g)特別法との関係などをあげることができる (
が、それを踏まえた検討も重要であ 52)
る。
また、先に述べたヨーロッパの提案は、製作請負の他に、加工、設計、情報提供など種々の契約を下位概念とし ておいてい (
mandate る。さらには、両案とも“”を役務提供契約の下位概念とするのではな 53)(
いのに対し、我が国で 54)
の提案は委任を役務提供契約の下位概念としているところが異なっている。ヨーロッパの提案では、mandateに
ついては、その対象を法律行為に限定するなど、我が国の委任契約とは概念が必ずしも一致するものではないこと
に注意が必要である。これらの点を踏まえた上で、今後さらに検討が必要である。他にも、内国法である民法と性
質を異にする部分もあることは検討の際に念頭に置くべきだろう。
では、具体的にどのような請負契約像を描くことができるだろうか。
2 .将来像の方向性 ⑴ 現代的請負契約の特徴と検討課題
これまでも述べたとおり、現代における請負契約は多様なものがあり、その対象を幅広く捉えると同時に、個々の仕事の特徴を踏まえた分類も必要だろう。また、仕事が複雑化したことにより生じた諸問題についても考慮が必
要である。ほとんどの請負が継続した履行過程を必要としていることからは、「継続的」という要素も考慮すべき
である。
請負契約として一般にイメージされるのは、建築請負に代表される大規模で複雑かつ専門的な製作請負が中心で
あるが、それらの要素を取り入れた解釈も重要となるだろう。
さらには、そのような大規模で専門的な請負人以外にも、自己が用意した作業場で仕事を行うような在宅就業者
(いわゆる在宅ワーカー)も請負人であり、二〇〇九年度に厚生労働省がガイドラインを改定したことからも、その
法的検討が必要であるといえるだろう。 遂行の請負に目を移すならば、これまでの裁判例では俳優なども請負人
として問題となったものもあり、このような、多様性をどこまで考慮するのかについても検討が必要だろう。
仕事が複雑化したことにより種々の関与者が登場してくることになるが、それらの者について、立法で手当てす
るのか、あるいは、解釈に委ねるのかも重要な問題である。
今後社会がさらに発展することにより、サービスの利用・アクセスはより一層重要になる。しかしながら、利用
する物の製作、利用される役務の提供がなくなることはないのであり、全てがサービスだけとなる時代は到来せ
ず、製作請負は今後も重要な契約であることは変わりない。と同時に、役務の提供という観点から、遂行の請負も
含めて、その不完全履行論についても十分な検討が必要だろう。
では、今後請負契約はどのような方向で検討されるべきだろうか。
⑵ 将来像の行方
まず重要なのは、請負契約の意義・範囲についてである。確かに、一つの視角として、仕事の目的として物の請負に限定することも一案であろう。このような考え方は、「仕事の目的」の不明確さを解消する手段としては有用
である。事実、債権法改正検討委員会案では、製作請負に限定する提案がなされている。しかし、その点について
は疑問がある。なぜなら、確かに、我が国で法的に問題となる請負契約の多くは、建築請負を中心とした製作請負
であることは否めないが、しかしながら、請負契約のもう一つの特徴である「仕事の完成」という観点からは、仕
事の完成を目的とする契約類型としての請負契約を想定することは十分に意味があるからである。その際には、す
でに指摘されているように、「目的別に類型化した規定」が必要であ (
る。 55)
関連して、建築請負の独自性についは、これまでも指摘されているところであ (
り、十分に考慮する必要がある。 56)
「物の製作」について、対象となる物についても「有体物」
「無体物」という区 (
分の他に、「動産」「不動産」、「代 57)
替物」「不代替物」、市場性といった要素もその要否につき検討すべきだろう。
製作物供給契約については、定義規定を必要とするか否かとは別に、問題解決のために、売買・請負のいずれの
規定が適用されるのかが問題となる以上、その基準を示す必要はないだろうか。余談ではあるが、この点につい
て、二〇〇九年四月の債権法改正検討委員会のシンポジウムで質問票を出したところ、後日出版された別冊NBL
において、現行の五五九条と同様に考えれば良いではないかとの回答があっ (
たが、これまで解釈上問題となってい 58)
ることは考慮しても良いのではないだろうか。
関連するが、「役務の代替性」についても検討する必要があるのではないか。例えば、代替的な役務の提供を請
け負った者と特殊専門的で不代替的な役務を請け負った者とで異なる規範を設ける必要はないだろうか。
他の契約との関係では、権利の移転という観点からは売買法との平仄を整える必要もあろうが、製作という請負
契約の特殊性も考慮する必要があろうし、他の役務提供契約との区別確定基準についても検討する必要があろう。
「仕
事の完成」という要素からは両当事者の協力義務も重要な問題であるが、これまでもドイツを参考にした検
討がなされてお (
仕事の目的に瑕疵があった場合の「瑕疵概念」についても明らかにする必要があろう。役務という特殊性から り、拝聴すべき提案も多く含まれている。 59)
は、役務の瑕疵とは何かということも検討が必要だろうし、役務の成果物である有体物あるいは無体物の瑕疵、権
利の瑕疵、これらに共通する概念の模索が試みられて良いだろう。この点、BGBは六三三条二項に「瑕疵概念」
につき規定を有しており参照に値する。
仕事の目的に瑕疵があった場合に、追完方法として、瑕疵修補だけでなく新規製作を認めるのかは大きな問題で
ある。さらに、その瑕疵について責任がある請負人の追完権の有無、関連して、追完方法の選択権者についても検
討が必要だろう。この点、債権法改正検討委員会の『基本方針』でも、契約の効力として新規製作を含めた追完請
求権を認め、さらに、一定の要件のもとで債務者に追完権を認めている。一方、ドイツでも、新規製作を含めた追
完権が明文で認められ(六三四条一号)、その選択権は請負契約の専門性ゆ (
えに請負人に与えられている(六三五 60)
条)。新規製作請求権については先駆的な研究があり、それも十分参照すべきだろ (
う。 61)
追完方法として一定の要件のもとで注文者に新規製作請求権を認め、さらに請負人にも追完権を認め、その選択
権はいずれが有するのかは大きな問題である。追完権の有無については、それを望まない債権者の利益とのバラン
スを考慮する必要があり、さらに選択権について「専門性」という理由から請負人に認めるというのも説得的では
あるが、代替的な役務の場合と不代替的な役務の場合とで異なる考慮があっても良いのではないだろうか。関連し
て、代替的な役務の場合には、一定の要件のもとで注文者に自力修補権を認めた方が良い場合もあろう。
民法が妥当する領域はどこまでなのかという観点から、どのような請負人を想定するのかという点も検討する必
要がある。今日、多くの請負人は専門家であり、さらには大規模なものについては、自然人ではなく法人である場
合も多いと思われる。そのような場合、注文者がいわゆる一般人ないし消費者のときには、知識や情報収集能力も
含めた様々な点で格差が生じるが、そのような点をどこまで考慮すべきかが問題である。注文者が事業者である場
合も両者の衡平を考える必要がある。この点については、民法が対象とするのは、「誰」の「どのような行為」な
のかという観点から、民法典全体での検討が必要だろ (
う。また、関連する特別法との関係についても検討も必要で 62)
ある。
今日の請負契約においては、履行が長期あるいは複数回にわたるなど継続的である場合、債務の内容が必ずしも
一つでない場合も少なくなく、注文者・請負人以外にも様々な関与者が存在する。このような問題については、こ
れまでもその責任を中心として議論がなされ、法的地位の検討に際し、《契約結合》あるいは《複合契約》《多角的
法律関 (
係》といった観点からの検討がなされているが、そこでの議論も参考にした上で、請負契約にあった規範を 63)
作り出す必要があるだろう。債権法改正検討委員会案では下請負人と注文者との関係については、旧民法のような
直接請求権を認める規定がおかれているが、複数の下請負人が密接に絡み合う現代的な請負において、これまで研
究されてきた目的物の所有権帰属を含めて、さらなる検討が必要ではないだろうか。また、一方的に下請負人に報
酬請求権を認めることで注文者とのバランスがとれるのかも疑問である。この点については、すでに拙稿で検討し
ているところでもあ (
る。 64)
また、関連して、近時研究が行われているパートナリングについても、検討すべきだろ (
う。 65)
3 .おわりに
最後に繰り返しにはなるが、簡単に今後の展望として纏めることにしたい。
請負契約の特徴である「役務の提供」という観点からは、役務提供契約というカテゴリーを認め、その通則性を
検討することは有用である。しかしながら、これまでの役務提供契約の検討は新種のサービス契約を中心としたも
のであり、それが請負契約にどこまで妥当するのかという検討は十分ではない。共通するものとして昇華できるも
の、各契約に特徴的なものに着目した検討も必要だろう。とりわけ、役務の不完全履行についてはその問題点がこ
れまでも指摘されつつも、学界全体では議論がし尽くされてはいないのではないだろうか。
一方、請負契約のもう一つの特徴である「仕事の完成」に着目した場合、「仕事」とは何か、「完成」とはどのよ
うな状態か、さらにはそこから観念できる権利・義務についてどのように考えるかということを、より深く検討す
べきである。仕事類型ごとに検討し、その結果から共通項・相違点を見つける作業が必要である。また、「完成」
「未完成」概念、「瑕疵概念」を明らかにし、完成に向けた両当事者の義務についてもさらなる検討が必要だろう。
本稿は、具体的な立法提案を志向するものではない。解釈上の問題を解決する指針として、今後筆者を含めた学
界で請負契約を検討する際の一つの方向性の提案にしか過ぎない。しかし、仮に法改正がなされる際には、解釈上
の諸問題は十分に検討されるべきだろう。現在の民法が起草される際には、多くの外国法を参照し、慎重な議論が
為された上での立法が行われた。それゆえ、その後の解釈学の発展もあるが、一世紀もの間に耐えうる民法典が生
み出されたのではないだろうか。
研究対象とされることがそれほど多くないと言われる請負契約でさえ、多くの問題点が存在し、参照すべき有益
な研究が多く存在する。今後は、それらも十分に考慮した上で、上からの議論ではなく、個々の検討の積み上げに
より議論が為されるべきではないだろうか。
もちろん、必要な検討課題はこれまで述べたことに尽きるわけではない。そもそも「典型契約とは何か」「典型 契約はどのようにあるべきか」ということをもう一度考える必要があ (
る。 66)
また、民法が想定する「人」の概念が民法起草時とは変化し (
たとするならば、どのような人までをも民法は対象 67)
とするのかが明らかにされなければならない、その際には、自由で対等・平等な当事者概念も再検討されなければ
ならないだろう。
社会が変容している今、「新しい酒は新しい革袋に」という思考は必要だろうが、今の社会現象は突然変異的に
生じたものではなく、これまでの歴史の流れの中から生み出されたものである。とするならば、法的諸問題につい
ても、将来像を構築するにあたっては、過去も含めた歴史の連続性に立った上で議論する必要があろう。
*本稿は、二〇一〇年一〇月一〇日北海道大学で開催された第七四会日本私法学会における個別報告内容である。報告の概略につい
ては私法七三号に掲載予定であるが、誌面の関係上概略にとどめざるを得ず、また、引用についても省略せざるを得なかったた
め、重複するが、本稿でも公表することとした。さらに、本稿の作成・校正と並行して、債権法改正について法制審議会で議論が
行われ、そこでは本稿の内容にも関連することが検討されているが、時間の関係上本稿では扱えなかった。他日を期したい。
本稿は、文部科学省科学研究費補助金(平成二二年度基盤研究(C))及び東洋大学井上円了記念研究助成金(平成二二年度)
による研究成果の一部である。
(注)
(1) Jeremy Rifkin, Access, 2000.(2) 中田裕康「現代における役務提供者契約の特徴(下)」NBL五八一号四一頁(一九九六年)。
(3) 長坂純「役務提供者責任の基本構造」法論七八巻一号四〇頁(二〇〇五年)。
(4) 我妻栄『民法講義
V』五九七頁(岩波書店、一九六二年)。3
(5) 水本浩『契約法』三〇五頁(有斐閣、一九九五年)、平野裕之『契約法』四三八頁(信山社、二〇〇七年)。
(6) ドイツにおいても、約款や特別法の存在がドイツ民法(BGB)の適用領域を狭め、それゆえ請負に関する判決数が少ないと
の指摘がある。S. Schubert, Die Rechtsprechung des Reichsgerichts zum Werkvertrag (1900-1914), S. 281f. in : Das Bürgerliche
Gesetzbuch und seine Richter.(7) 請負法の歴史的素描についてはすでに発表しているところでもあり、本稿では概略にとどめる。詳細は、拙稿「請負契約
―
役務提供契約の一類型としての請負契約」円谷峻編『社会の変容と民法典』三九七頁(成文堂、二〇一〇年)を参照願いたい。
(8) S. Staudinger/Perters/Jacoby, Komm zum BGB 631-651. Werkvertragsrecht,Vorbem zu §§631ff. Rn. 9.; Coing, Europäiches Privatrecht Bd. II, §96; Rohtenbücher, Geschichte des Werkvertrages nach deutchem Recht, uns.(9) Coing, aaO. (n. 8), S. 487ff.(
( 10 Staudinger/Peters/Jacoby, Eckpfeiler des Zivilrecht, 2. Aufl., S. 734f..) 11) 丸山絵美子「民法六三四条における『仕事の目的物』と無形仕事・役務型仕事」新井誠・山本敬三編ゲルハルド・リース教授
退官記念『ドイツ法の継受と現代日本法』五一四頁以下(日本評論社、二〇〇九年)も参照。
(
( 12 Schubert, aaO. n. 6, S. 282.) ()
( 13 Staudinger/Peters/Jackoby, aaO.n. 10.) ()
( 14Vgl. Fels, Die Sachmängelgewährleistung im Wekvertragsrecht des BGB.) 15) 詳細は、拙稿「ドイツにおける製作物供給契約概念の生成」法論七三巻二=三号二三七頁(二〇〇〇年)を参照。
(
16) 拙稿「ドイツ新債務法における請負法の改正」駿河台一七巻一号三頁(二〇〇三年)。
(
17) 現行民法起草過程については、前掲注(7)の拙稿の他、鎌田耕一「雇傭・請負・委任と労働契約」『市民社会の変容と労働
法』一五七頁以下(信山社、二〇〇五年)、坂本武憲「役務提供契約」(特集「債権法改正の基本方針」を読む)法時八一巻一〇号
六二頁以下(二〇〇九年)も参照。
(
18) 丸山・前掲注(
11)頁も参照。
(
19) 拙稿「請負契約における多数当事者と法律関係・序説」洋法五一巻二号五五頁(二〇〇九年)も参照。
(
20) 平井宜雄『債権各論Ⅰ上』における組織型契約もまた考慮すべき要素である。
(
21) 我妻・前掲注(
4)五九七頁―六〇〇頁。なお、漢字・仮名遣いは現代的用法に改めた。
(
22) これらの問題点については、研究会「事実認定と立証活動」
10 「契
約類型に即応した事実認定」判タ一二五八号一六頁以下
も参照。
(
23) 名古屋地判平一六・一・二八判タ一一九四号一九八頁。
(
24) 製作物供給契約をめぐる我が国の裁判例については、拙稿「売買法と請負法の交錯領域としての製作物供給契約(1)(2)
(3)」駿河台一八巻一号一頁、二〇巻一号三頁、二一巻二号五頁を参照。
(
25) 例えば、裁判例として名古屋高金沢支判昭六一・七・二八労働民集三七巻四=五号三二八頁がある。また、最判平
二一・一二・一八民集六三巻一〇号二七五四頁(パナソニック・プラズマディスプレイ事件)及びその解説である拙稿「判批」セレ
クト(二〇一一年)も参照。
(
26) 内山=山口『請負(叢書民法判例研究)』一二、一三頁(一粒社、一九九九年)。